興南新聞1943年9月
序號 | 標題 |
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01 | 三都澳(福建)に上陸 米の潛艦基地使用を先制 作戰は順調に進捗 |
02 | 臺灣海峽に臨む軍事要地 |
03 | 皇帝陛下に接見 青木大東亞相謹話 |
04 | 真に民族協和の姿 □□□□□新京で語る |
05 | 八角眾院慰問 團長上海へ |
06 | 石渡國府顧問歸任 |
07 | 建國忠靈廟に參拜 |
08 | 圖像:上、萬縣上空に巨彈の雨を降らせる我が爆擊機下、我が 荒鷲の萬縣猛爆の狀況(支那派遣軍報道提供) |
09 | 大東亞週間展望 わが決戰建設進捗 |
10 | ルーズヴエルト 宋子文と會見 |
11 | 重要なる發明の 急速實用化を圖る 科學技術審議會の答申 |
12 | 增產は順調に進展 南方各地の纖維植物 |
13 | 空母で日本空襲 マ作戰部次長強調 |
14 | アツツ島の 米軍死傷甚大 AP特派員が報道 |
15 | 食糧增產の具體案 臨時地方參事官會議で協議 |
16 | 丁抹治安回復 |
17 | 「不死鳥」と謳はる 加藤神鷲隊の三羽烏安間機 |
18 | 伊軍司令部發表 |
19 | 獨軍の防禦力增大 各所で猛反擊開始 |
20 | 戰略上の必要 タガンログ撤收 |
21 | タガンログ撤收 ハンメル大佐報道 |
22 | 米英の擊滅に挺身 孫殿英將軍日華記者と會見 |
23 | ビルマ初代駐日□□ テイン‧モン |
24 | 獨軍戰況發表 |
25 | 伯林巴里二都物語 戰時下獨佛兩國を視察 |
26 | 赤軍の發表 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | □□□□□□新 □□□□決戰力 □□齊に展開 |
02 | 市民必覽の寫真 報道部貸下菊元百貨店に陳列 |
03 | □□の勇士と眠る 義人賴順良の精忠 金包里憲兵殉難碑慰靈祭に石田少將參列 |
04 | 臺灣藥事法制定 十月一日から實施 |
05 | 守る秘密が國守る(四) 防諜は國民道德の重要な一部 石田憲兵隊司令官談 |
06 | 更に一段の奮起 新竹州下の貯蓄達成に |
07 | 嚴かな招魂祭 |
08 | 病院內の空閑地 白衣勇士が蓖麻栽培 |
09 | 陸軍大臣代理 遺族を弔問 |
10 | 勤報新竹州隊壯途へ |
11 | 總督さんも一鍬 州農林課、市農務課職員が 官邸に乘り込んで蓖麻を栽培 |
12 | 勤行報國青年隊 第二訓練所第一次入隊式 |
13 | 池田工研所長來新 |
14 | 割增改正彈丸 切手賣出し |
15 | 酒なし日 あすから八日迄 關東大震災二十年 |
16 | 彈丸切手の消化に 臺北市日婦が一役 |
17 | 出征職員慰問に寫真帖 |
18 | 日婦北滿慰 問隊出發 |
19 | 花蓮港署管內 の定期召集 |
20 | この店主に この店員 |
21 | 花蓮港で敵機 模型防空展 |
22 | さア、大空に羽搏け 航空機乘員募集始る |
23 | お山もまた戰ふ 男女青年が合宿訓練 |
24 | 戰力增強に重點 出版報國團實踐事項決る |
25 | 決戰下體位向上 ラジオ體操會終る |
26 | 無敵海軍に献金 大橋校の教員と兒童 |
27 | 國語家庭申請 九月十五日まで |
28 | 聽け護國の叫び 九月一日防諜辯論大會 |
29 | 興南詩苑漢詩 菲島潮音 慶祝同聲詩社開幕□/(破損無法辨識)、敬步子蠡先生原韻/(破損無法辨識)、敬步子蠡先生原韻/虛□、(破損無法辨識)/(破損無法辨識)、(破損無法辨識)/悠明、(前題)/懷笑 |
30 | 各家庭へ“藷米” 先づ主要都市から配給 |
31 | 防空水槽で詐取 不埒な男檢擧 |
32 | 井原警察部長 が山地初巡視 |
33 | 臺北食料品雜貨 卸商組合の總會 |
34 | 國境警備慰問隊勢揃ひ |
35 | □□□□□□ □□健民大會 |
36 | 鐵道部人事異動 |
37 | 人事‧消息 |
38 | 今晚の放送 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵死傷五千六百餘 飛機三百五十八機を擊墜 ニユーギニア方面の大戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(八月三十一日十五時三十分) 一、ニューギニア島サラモア附近の我が部隊は六月三十日以降ナッリウ灣及びワウ附近より優勢なる空軍支援の下に前進せる敵をカミタアム、ムボ、ナッリウ灣の線に於て邀擊し之に大打撃を與へたる後目下サラモア周邊地區に於て激戰中になり、右期間、敵に與へたる損害戰死者五千六百以上なり 二、ニューギニア方面我が航空部隊亦地上戰闘に協力すると共にベナベナ、ファブバ等の敵航空基地に進攻し或は敵機の來襲を邀擊し熾烈なる戰闘を繼續中なり、同期間に敵機三百五十八機(內不確實五十三機)を撃墜せり我方の損害百三機なり |
02 | 六月卅日以降 ニユーギニア戰鬪經過概要 |
03 | 國土防衛に大御心 各防衛部隊に侍從武官御差遣 防衛總參謀長佐野中將謹話 |
04 | 謹んで聖旨を傳達 石黑農報聯理事長 |
05 | 皇軍の果敢な戰鬪 西南太平洋敵の損害甚大 |
06 | 航空機の增產確保 工作機械應急措置決定 |
07 | 特別價格報獎制度 先づ四業種に適用 |
08 | わが攻擊猛烈 敵特派員悲鳴を擧ぐ |
09 | 無敵陸戰隊の勇戰 傳統的鐵の攻擊力を發揮 |
10 | 實施要綱の骨子 |
11 | 農林省發表 化學肥料工業 |
12 | 日、ソ條約に忠實 ソ聯政府、不時着米飛行士抑留 |
13 | 昨日の定例閣議 |
14 | 賃金統制條例 の措置 |
15 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 金屬類の非常 回收實施社說 一 緊迫せる戰局の要請に應じ戰力の飛躍的增強を圖るため政府に於ては良質大量の金屬類の非常回收を斷行するに至ったが本島に於ても中央と相呼應して九月一日より從來の特別回收に代へ更に金屬類の非常回收が實施される事になった。今般の回收は金屬類回收令の改正に見るが如くあく迄戰力增強の急速なる實現を圖るべく企業整備に伴ふ產業の回收に重點を置き回收の對象を產業設備並に附屬施設に擴張し家庭物件を除去すると共に從來の鐵及び銅物件の規定の他新に鉛を追加したものである。而も計畫量の確保を圖るため回收物件の任意の移動を制限し更に回收方法及び回收物件の對價決定に關しては國家に於ての責任行ふ事とし回收の國家的性格を明瞭ならしめたもので謂はば國家の寶刀を拔いだものといってよいのである 二 上述の非常回收に備へるため督府では先般來必要なる措置を講じて來てをり回收事務の中樞機關として資源回收本部を設置し更に回收事務の據るべき指針を明確ならしめるため回收實施要綱を制定する等回收に關し完璧を期してゐる。しかし非常回收はもと指定業種の企業整備と深き關聯をもってゐるので各部局の企業整備計畫が真に緻密で速急實施されるべきであるのみならず企業整備に伴ふ共助方法も十分見透されてゐなければならない。其上回收物件の買上に伴ふ對價支拂による浮動資金の吸收はインフレ防止上何より必要な措置であるとすればこれも十分考慮されて然るべきであらう。かく觀て來ると非常回收は獨り回收本部或は地方廳のみの企畫、實施を以てこと足れりとはせず關聯ある一聯の施策をまってよく所期の目的を達成することが出來るものといって過言ではない。それのみならず回收對象とされる公共團體並に事業主の協力があってこそ始めて圓滑且つ迅速に回收が行はれるものなるが故に官民一體事に當ることが何より必要なることを深く認識すべきである。 三 それにつけても內地の如く產業設備營團又は國民更生金庫がない本島に於て回收實施機關をどれに指定するかは十分注目されてゐる所である。勿論代行機關は全く官廳の指導、監督の下に回收實務に携はるにすぎないがしかし非常回收それ自體の意義から見て尚相當考慮されなければならない問題であらう。これに關しては從來金屬回收に當って來た故銅屑鐵統制會社が回收實施機關に指定されることも傳へられてゐる。このことは同社の過去を知るものにとって深き反響を呼び起すに違ひなからうがしかし差當りこれを除いては適質のものも見當らない。といっても同社が現狀のままでよく右國家事業の代行に堪え得るとするのではない。即ち過去を清算し新しい奉公精神の下に社內陣容を整備の上再發足しなければならないことはいふ迄もない。とはいへ事の本質上產業設備營團にも比すべき強力なる國家機關が速かに設置され回收實施の指定機關として強き働きを行はれんことを切要する次第である |
02 | 靖國神社 秋の臨時大祭 擧行の儀、勅許あらせらる |
03 | 金屬類の非常回收 實施に遺憾なきを期せよ 森部總務局長語る |
04 | 真摯な島民の聲 上通して着着實踐へ |
05 | 無敵荒鷲に新威力 戰鬪機“臺北水利號” 晴れの献納命名式 |
06 | 滅敵の誠を捧げよう 新竹州の九樓常會申合 |
07 | 圖像:臺北州水利號献納命名式 |
08 | 理窟よりも實踐だ 臺北奉壯團實踐部員が清掃作業を躬行 |
09 | 勝利への船出 銃後の熱誠乘せて 木造船晴の進水式 |
10 | 皇奉部長會議 |
11 | 敵米英も一突だ 臺北織物商奉團銃劍術鍊成 |
12 | 風光明媚な處 馬總領事に三都澳を聽く |
13 | 燐寸を買ふ時 けふから空函が要る |
14 | 蓖麻供出運動 |
15 | 鄉土工藝の振興へ 金關教授等を迎へて座談會 |
16 | 健民指導醫鍊成 |
17 | 新竹州海志 豫備訓練 |
18 | 中小商工業再編成 協力會組織 |
19 | 臺北北華僑公會 臨時總會 |
20 | 除草機講習 |
21 | 放送開始時刻變更 |
22 | 大東港運送荷役會社 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧州一體の增產陣 奉公委員達が示す不退轉の決意 |
02 | 嘉義學徒隊の敢鬪 擔ふ決戰增產の一翼 |
03 | 白衣勇士を慰問 最上代議士一行來屏 |
04 | 自轉車競爭 大會を開催 近く屏東市で |
05 | 三勇士の英靈 無言の凱旋 |
06 | ラジオ體操大會 終了に際して(上)/小林準一 |
07 | 配給業務に查察指導 臺中州けふから實施 |
08 | 形式より實踐 新莊郡奉公運動 |
09 | 高雄河、左營を結ぶ 直線運河を開鑿 明後年から二年繼續事業として |
10 | 鶯歌街の硬貨 回收好成績 |
11 | 各區に納稅組合 稅制記念日に優良區表彰 |
12 | 目指す黑潮の若櫻 海志最後の試驗十三日から實施 |
13 | 山下臺中市長來屏 |
14 | 畜牛の結核病 檢查を實施 |
15 | 回收硬貨を献納 |
16 | 彰化水利組 合の圳頭祭 |
17 | 軍事之栞 無敵海軍の組織 水漬く無比の誠忠 |
18 | 甘蔗耕種改善競作會 晴れの褒賞授與式擧行 |
19 | 武勳を土產に 三勇士出迎裡に晴れの歸還 |
20 | 奉戴日を貯蓄日に 高雄州九月から實施 |
21 | 高雄市戰時債 券の消化割當 |
22 | 御苦勞!御苦勞 宮尾知事增產學徒を激勵 |
23 | 新莊郡既に完了 本期州下割當の奉納米 |
24 | 知事さん鍬の陣頭指揮 |
25 | 新化郡に侵入 臺南州のコ疫 |
26 | 彰化市健民 委員講習會 各區一齊に開催 |
27 | 各課に責任面積 嘉義市職員增產に垂範 |
28 | 苗栗街歌唱奉公隊 けふ結成式を擧行 |
29 | 地方多より |
30 | 今日の映画演劇 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | けふ實施 銅、鐵、鉛の非常回收 督府回收實施要綱決定 |
02 | 金屬類回收令施行規則 |
03 | 木造船建造に拍車 重油發動機本島で完成 |
04 | 短期取引無事終了 當分二本建立會を繼續 |
05 | 國民徵用制度刷新強化 徵用施行規則けふ改正 |
06 | 堆肥增產の推進 宮尾支部長以下が陣頭に起つ |
07 | 木船保險組合 けふより業務開始 |
08 | 青果物配給統制 一日より改正(內地) |
09 | 食糧增產に拍車 農事諸團指導者の鍊成終る |
10 | 農機具統制會社 損失金八萬餘圓 |
11 | 照明燈 |
12 | 商況(卅一日前場) |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1047)/黃得時;碇政彌 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機廿機を擊墜 ブ島でわが海鷲奮戰 |
02 | 必勝信念更に鞏固 在滿特殊會社首腦と懇談 青木大東亞相、一場の挨拶 |
03 | 國務院を訪問 |
04 | 地方參事官會議 食糧增產の成案を中心に |
05 | マイコールで二機屠る |
06 | 圖像:青木大東亞相新京着 |
07 | 青木大東亞相動靜 |
08 | 敵艦船七隻擊沈 獨潛艦隊地中海で |
09 | 時局評論 食糧增產に伴ふ問題/山田文雄 |
10 | 時間を大切にせよ 東條首相、重ねて強調 |
11 | 國家總動員體制實施 ビルマ國の最高方針 |
12 | 精神力に基礎置く バー‧モウ代表語る |
13 | 參謀本部、永年 勤續軍屬表彰 |
14 | 防禦と攻擊/室伏高信 |
15 | 英軍部隊を全滅 伊本土に上陸を企圖 |
16 | 獨長距離砲 進航中の英艦齊射 |
17 | 支那方面艦隊參謀長に 宇垣完爾中將 |
18 | 航空局長に 小松茂氏起用 |
19 | 價格報獎制 造船への適用要領 |
20 | 石炭礦業、銅鑛業 |
21 | 三提督略歷 |
22 | 外務省顧問會議 |
23 | 獨軍の防禦戰成功 東部戰線一般の戰況 |
24 | 丁抹の不穩平靜 不穩狀態の責任者は 反樞軸陣營の手先き |
25 | 興亞總本部の 協力會議議員 五十二氏發令 |
26 | スターリン議長への お世辭に終始 チヤーチルの放送內容 |
27 | 統帥に絕對信倚 生產戰を戰ひ拔け |
28 | 署長級異動發令 |
29 | マイスキー イーデン會議 |
序號 | 標題 |
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01 | 培へ‧航空決戰の底力 羽搏け若人よ大空へ 來る廿日は“航空日” |
02 | 三宮家御二十年祭の儀 嚴かに執行はせらる |
03 | 軍神部隊に續け(一) 便りに皇軍魂躍如 專門諸家は斯く讚ふ |
04 | 女子體力章檢定制度 けふから全國的に實施 |
05 | 臺大卒業式 |
06 | 博士號授與 |
07 | 蓖麻增產運動 基隆郡愈よ乘出す |
08 | 軍援相談所強化 出張所を二つ新設 |
09 | 當るぞ彈丸切手 八枚に一枚の當籤率 |
10 | けふからお勉強だ 增產奉仕で鍛へたヨイ子供達 神前で互に誓ひ合ふ |
11 | 市廳舍空地 に蓖麻栽培 |
12 | 區民鍊成會を開く 東園町と西園町で |
13 | 百%の供米成績 |
14 | 農村巡廻映畫 |
15 | 奉壯團曉天常會 來る五日に決行 |
16 | 必勝の體力を鍊る 青年學徒戰場運動鍊成大會 九月廿四日帝大競技場で開く |
17 | 州廳對抗戰技 廿五、六日帝大で開催 |
18 | 戰ふ女性(一) 紡織の卷 |
19 | 銃劍道振興會臺北市西第二分會 |
20 | 新竹市警防團召集 |
21 | 技術員鍊成終る 警察會館で修了式 |
22 | 四倍の申請者 新竹市の國語 家庭認定申請 |
23 | 按擦さんの 美しい献金 |
24 | 本島畫壇の寵兒 李石樵氏文展無鑑查に推薦 |
25 | 興南詩苑漢詩 菲島潮音(二) 敬步岡本先生原玉/懷笑、 敬步岡本先生原玉/天放、同聲詩社第一次雅集賦呈子蠡社長暨同社諸先生教正/一葦、同聲詩社開幕席上賦呈諸先生指正/少奇、同聲詩社諸問人雅集敬題奉呈指正/野千 |
26 | 增產學徒を 廣谷市長激勵 |
27 | 昭和國民校 兒童献金品 |
28 | 都市體育運營協議會 長野縣を皮切りに開催 |
29 | 中部水泳鍊成會 |
30 | 司法保護事業 關係者鍊成 |
31 | 區規程の一部 を改正 |
32 | 人事‧消息 |
33 | 今晚の放送 |
34 | 興南案內報社消息 |
35 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 血と鐵との鬪爭 南方皇軍將兵の奮戰狀況 第一線の作戰指導○○參謀語る頭條新聞 【南大本洋戰線○○基地發同盟】敵アメリカの西南太平洋反攻作職は尨大なる航空勢力及び科學兵器を侍んでレンドバ島及びニューヂヨーア島ムンダ方面に出撃して來たが同方面守備のわが忠勇無比の精銳の反擊に遭つて隨所に大損害を被りつゝも尚優勢な補給力に後から後からと兵力彈薬を補給して執拗極まりない激烈な戰局面を露呈しつゝある時現地第一線の作戰指導に當つでゐる○○參謀は去る八月○日から○日間ニュージョージア島パンカ島、コロンバンガラ島などの反攻第一線正面に飛んで親しく第一線將士の米英擊滅戰を視察して○○基地に歸還したが歸還と同時に記者團と會見凄絕極まりない苛烈なる戰局に臨んで堂々米英擊滅戰を完遂する皇軍將士の奮戰狀況と共に今後の南太本洋戰線の辿る豫斷を許さぬ戰局の推移に處する一億銃後國民の總蹶起を要望南太平洋戰線の樣相は一言にして言へば「血と鐵との闘爭」であり敵の尨大なる鐵量に血がもっともその威力を發揮するためには敵の鐵量を押へる鐵量が皇軍の血にプラスされねばならぬと言明こゝに銃後を打つて一丸とする一大兵器廠の生產こそ敵アメリカの反攻を挫折せしめる唯一の鍵であるとして敵アメリカ反攻の正體を次の如く語った、以下○○參謀の談 去る六月三十日早朝敵アメリカはレンドパ島に上陸、しかも晝間堂々と輸送船をもつて來て上陸作業を續け高射砲防空火器を揚陸先づ防空陣を強化させると共に戰車、重砲などの強力な科學兵器を續々と運んで反攻して來た、其後間もなく多數舟艇を使用して相川方面に上陸すると共にムンダ正面に對して海陸兩面から強行進擊を試みて來た即ち海上方面では敵は七月十四日二回に亘って煙幕射擊を實施した後約七十隻(內三十隻は人員、他は軍需品)をもつてルビアナ方面よりムンダ岬東方四粁のわが陣地附近に上陸せんと企圖して出擊して來たがわが○○砲の猛射撃に依って片端から海中に潰滅されその半分四十隻を擊沈して擊退殘りの一部は相川方面に、一部はルビアナ方面に遁走した、また陸上戰にあつては七月十七日わが精銳はその一部をもつて相川の鈴木濱を遮斷、薄暮鈴木濱の敵を急襲撃破し一部をもつてその一角を占領敵に多大の損害を與へまた翌十八日拂曉相川――鈴木濱中間附近の敵自動車部隊の宿泊地を急襲してこれを擊滅し七時頃には主力を集結して相川石岸に進出して來た約二千の敵を右側背に向つで攻擊殲滅せしめるなど敵の反攻企圖を各所に挫折せしめてその都度敵に大損害を與へて來たが敵はこの大損害をも顧みず絕對優勢な航空兵力と迫撃砲を驅使して大兵力をこの戰線に集中して次々と壓迫を加へて來たニユーヂヨーヂアは一週間で獲得するとは敵の呼號だつたがわが精銳はこの反攻正面の話にならぬ敵の大空襲下に頑としてムンダの陣地を固守して一箇月以上の今日に及んでゐる狀態であるこの間皇軍得意のジャングル戰も敵の熾烈な空爆に依ってジャングルはすつかり切り開かれてその形を留めず本地戰と同樣の戰場と化してしまつた第一線では空爆と砲彈のため至る所土は掘返へされ真赤にもり上り何處を見ても赤山の樣に土肌を露出して居りこの中に椰子は葉を吹き飛ばされて防材の樣に突立つてあるばかりであるだがその後方の空襲のない所ではジャングルの綠が一層濃く目に映じて信ぜられぬ樣な光景を現出してゐるこうしてジャングルが切り開かれてしまふと敵の火砲は益々その威力を發運するばかりで友軍の損害は多くなつて來たのだがこうした不利な狀況下にあつてもわが軍は得意の夜間急襲などを敢行しては執拗に出擊する敵を捕捉擊破しで次々の戰果を舉げて來た特に手榴彈戰では問題にならぬ壓倒的な優勢を示し白兵戰などのいわゆる近接戰闘では絕對の戰勝を収めて敵の企圖を粉砕し續けて來たのであるだがこの樣な奮戰の內にも補給線が長いためにそれも續かず砲彈に切り開かれた平地戰となつては友軍各部隊の間隙が廣くなるばかりで思ふ樣な連絡が出來ないので陣地を狹めて更に別なジャングルを利用することが必要となり七月下旬頃から部隊の連絡を密にするため新たな有利な地上戰を展開すべく新戰場を求めて轉進したのであつた この間敵は優勢な大砲陣地をレンドパ島からルピアナ島、更にムンダへと推進せしめてその重火器の威力を發揮させてじりくと皇軍を壓迫して來たのであるこうして敵が優勢なる航空兵力と重砲火を侍んで執拗極まる反攻に出て來てゐるがこの反攻正面に現はれた敵の戰闘技術はどうか第一線の兵隊の感想は米國兵は濠洲兵よりも弱くて豪洲兵は支那兵に劣り戰前的に支那以下であると言つて居り全般的に見て米兵の素質は問題外であると言ひ切つてゐるが問題は敵の飛行機であり火砲力であるそして敵は日本軍の強さと特徵を知悉して居り決して日本軍の側へ近寄つて來ない近接戰闘では必ず破れると意識してゐるので歩兵の近接を避けて專ら物質戰闘―火砲の威力に賴つてゐるのみであるだがアメリカの步、砲、火の協同作戰は流石に巧妙でこの三者一體の連絡は實に巧に一ツの陣地に向つて集中されて來るこれは彼等の特色でこうして徹底的に叩いて日本軍の手足をずたずたに斬りさいなんでも弱ったと見るや敵は直樣栗鼠の如くに敏捷日本陣地に侵入直ちに砲兵陣地を固めて要塞化するこの點ドイツの如く先つぐつと心臓部に楔を打込んで突込んで行く攻擊は絕對にやらないまたムンダの戰場で敵がもっとも威力を發揮したのは自動車道路建設速度の早いことだった敵は歩兵第一線の進擊前面に後方から無數の砲彈を打捲って彈幕を張りその彈幕の後から歩兵の進擊その後からトラクターが火砲彈幕で破壞された密林を走り彈幕を運んで火砲陣を確保しそのまゝ跡を工作自動車が來てどんく道路をつけこゝに機動道路が建設されて行くのである或る部隊の目擊した所では二、三日前まではなかつた自動車路が何時の間にか立派に切り開かれてゐたと言る事實があり一說には建設時速は實に五キロの速度をもつてゐると言はれるまたこの戰場での一つの奇現象は敵の防諜觀念が實に徹底してゐると見へて戰死者も捕擄も身に軍裝以外の證據となるべき何物もつけてゐないことだつたノート、階級章、名前など後日證據となるべき何物ももつてはゐない遺棄死體も非常に少なく無駄を得ず遺棄する場合には裸にして衣類などをもつて逃げてゐる有樣だつた敵が科學兵器を充分に利用してゐることはこの戰場でもつとも濃厚に現はれ特に通信機關の完備は見るべき多くがあつた 歩兵の斥候は必ず電話機をもつて道々連絡しながら進んで來るが日本軍と遭遇して逃げる時はそのまゝ電話機を密林內に殘して行く敵兵が残した電話機はそのまゝ擴聲機となりその擴聲機の側でがやく聲がする時何處からともなく忽ち其處へ重砲火が集中されると言る巧妙な仕組となつてゐるのである譬へば敵がこうしてあらゆる科學陣の動員と尨大なる火砲陣それに絕對優勢な航空兵力を總動員しての大反攻に直面してこの暴慢な反擊を擊碎しつゝある 勇士はこの火砲の前に戰ってどう考へてゐるか兵隊は何を感じてゐるかを言ふと誰もが必勝の信念に燃えて戰事には絕對負けてはならないと自信してゐるのであつた、ある部隊の如き敵の火砲のため十分の九の損害を被りつゝも絕對に負けてゐないと思ってゐるそして殊に近接戰爭の如きは一をもつて實に十倍の敵を潰滅させてゐる狀況である但し飛行機が少ないこと、敵の大砲がわれに數十倍すること彈丸に至っては何百倍の量をもつて撃ち込んで來ることそのため莫大な損害を受けつゝ新たな密林を求めて轉進せねばならぬこの苦境に立つのであつた戰闘には勝つてゐるだが敵の火砲鐵量に壓倒されてゐるのである敵の鐵量が勝手に縱橫無盡に威力を揮つてゐるのである そして新たなジャングルを求めざるを得なかつたのであるここでは實に凄絕な鐵と血との戰が繰展げられてゐるのであるわれにもう少しの鐵があれば血の力で敵の蹴を壓倒することが出来るのであるだが遺憾ながら今の敵の鐵量に壓倒されねばならなかつたので鐵だ、鐵さへあればこの敵の鐵量は瞬時にして一蹴することが出來るのであるそしてこの敵を斃す鐵で火砲を造つて貰ふ彈丸を造つて貰ふそしてそれを前線に送って貰はねばならない鐵がする火砲と彈丸の生產力と輸送が問題でありそして多數の飛行機を送ることがもつとも重大なことなのである 密林戰では敵味方が不意に遭遇した場合急襲的火力に依り機先を制して敵を壓倒することが勝敗を決定してしまふが歩兵銃よりも自動小銃が有利なのでありこの自動小銃の數量でも敵は比較にならぬ數を保持して居りわが裝備もまた急速に改善されればならないがそのためにはこれを造る鐵と生產力がなければならないことが痛感されここに銃後一億國民の生產增強への奮起と國力の充實こそ切望されるのである既に本年に入つて敵アメリカはガ島及びルッセル島を手中に攻めてその尨大な物資力を恃み對日總反攻の旗職の下に執拗にンロモン群島に出撃し來り次でムンダへ、今またその進攻をペララベラ島に及ぼさんと企圖し優勢な航空兵力に掩護された有力な運輸艦隊をもつてベララベラ島に進擊侮るべからざる攻勢を示しニューギニア戰線と歩調を合せて豫斷を許さぬ形勢を示してゐる、しかしニューギニヤは勿論ンロモンの第一線正面を押へるわが皇軍の邀擊態勢は萬全の姿勢の內に不動の戰略的位置を確保してゐるのであるが敵のこの熾烈な攻勢はまた決して輕視出來ぬことを感ぜられ敵の強力な反攻勢力が或は敵の企圖とする如くにニユープリテンのラバウル進攻にまで發展するか、或はまたニューヂョージアを中心として日米の正面ががつちりと噛み合って動かないものとなるかそれとも日本が前進してアメリカを潰滅するかこの問題は極めて重大なる國民の關心事であらうが何れとなるかは實に一に懸つて日本の國力の充實如何にあると言はねばならない凡そ一つの戰線が歐亞の世界戰線と關聯をもつものである時この南太平洋戰もまだ決して單なる一局部の島嶼爭奪戰に終るものではなくあらゆる戰局に連繋されて來るものであるが少なくともこの南太本洋戰局の一進一退はそのまゝ日本々土に深い關聯をもつことこそ生意を要するのである戰爭の波蘭は戰場の常であり譬へば一國がぐつと兵站基地を遠く離れて進擊する時は後方補給線が從つで長くなり後方警備の兵力も船も飛行機も多くを必要として來るが一方押されて後方に下ったものは補給力も太くなつて戰力が強まつて來る一體攻擊側と守備側の損害の比率は一般に三對一の割合と言はれてゐる即ちぐつと進擊した日本の立場が戰力の損害において既に三倍のハンデイキャップを加へてゐると見ていいのである だが今の敵反攻正面ではこの原則とは遙かに逆に三の犧牲の上に立つべき日本が一の兵力をもつてし敵側は三の兵力に加へて○乃至○倍に匹敵する航空兵力と火砲の鐵量をもつて來てゐるのであるこの間逆に敵がンロモン戰以來ぐつと踏みこたべて戰力を充實して假にラパウルまで進攻したと假定した場合に最後まで踏み留まって戰力を充實して反擊に出ることが大切なので要はこうした場合に戰勝に對する信念を失った方が破れてしまふのである頭を十叩かれたものが破れるのでなくたつた一つ毆られても負けと思ったものが負けるのである今ンロモン戰線においては敵の絕對優勢な飛行機と鐵量の真正面にわが盡忠の血が立ちはだかつてゐるが日本の後方生產陣が充分に生產增強に厥起して戰力を充實しこのアメリカ反攻の鼻柱をぐんと叩きっけぐつりと押捲った時、其處に始めて勝利が獲得されるのであるあれが惡い、これが惡いとする國內の仲間割れが生じて混亂する時敵の謀略は侵入して戰爭遂行を妨げてしまふのでありその時日本が破れることをこの際しつかり頭に叩き込まねばならない、ソロモン、ニユーギニア方面の南太平洋戰線の前途はこれからが真の決戰壇場の頂點にあり戰局面は今後いよく凄絕苛烈な激戰連續の一途を辿るのみであるこの重大なる秋一億國民の戰勝の信念に一分の搖みがあつてはならない南太平洋戰線は今盡忠に凝り固まる忠勇なる將士の鬼神の如き奮戰に依つて敵の反攻企圖に鐵槌を下してゐるがしかしこの戰線の戰場に戰ふ勇士は單にムンダやベララペラの一島嶼にゐるのではなくして銃後の一億が火の玉となって飛行機と鐵量の送出しに戰はねばなならいのである銃後も第一線であると言ふの言葉は用意されてはゐるが今こそ真實にひしくと其實感が貫かれて決死奉公の生產戰が勝たねばならない秋なのである「機はあれども飛機なしをいかんせん」とは第一線參謀の歌った句であるが敵アメリカを殲滅する機會はレンドバ島でもムンダの相川でも白バイロコでも幾度となく會つたのだが悲しむベしわれにこの殲滅に要する飛行機がなくしてどうすると出來なかつたと述懐するのみなのである飛行機も鐵量も敵と同等の數が欲しいのではなく唯敵機を押へるだけのまた敵の鐵量をして我儘をさせないだけの彈藥を與へて吳れればいゝのであるアメリカ兵も問題にしないわが優秀無敵の精銳が敵の物質量を押へるだけの彈藥を手にした時戰爭は既に勝てるのである、この結論にこたヘてくれるものは一に懸つて國力の充實にありこれが南太平洋戰線の解決は一瞬にして決定するのであるそしてこの結論こそ私が第一線で痛烈に感じた唯一の言葉なのである 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02 | わが海鷲偉功絕大 海軍關係殊勳甲一七一名の內 海鷲百五十五名の多數を占む |
03 | 體當り敵空母に自爆 |
04 | 比島方面航空と 海上敵兵力擊滅 |
05 | 敵機南鳥島に來襲 小癪‧艦砲で陸上砲擊 |
06 | 二度目の攻擊を受く |
07 | 大東亞戰爭死歿者 海軍側の論功行賞 |
08 | “必勝防衛の構へ” 佐野防衛總參謀長談 |
09 | 敵補給船團を猛爆(ベララベラ島) |
10 | 勝手な手前味噌 チヤーチル放送 |
11 | 敵岳州、宜昌に ゲリラ的空襲 |
12 | 平田海軍中將 在鄉軍人會 副會長に |
13 | タイ駐日陸空 軍武官を任命 |
14 | チリー內閣總辭職 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 自作農創 設の好機 拙速主義で 斷行すべし社說 一 本島に於ける土地所有狀況が小作地が五割六分強といふ高率を占め、而も從來の小作料が概して割當であるため小作關係が決して安定であるとはいへない。殊に近年となって當局では地主保護よりも食糧增產の第一線に立つ小作人を尊重する結果、小作關係が新たなる樣相の下に惡化しつつあるは爭はれないのである。此の對策として吾人は早くも自作農創設の必要を強調し、現在農村に於ても強き要求として皇民奉公會の上通事項に取擧げられたが、當局よりは(一)多額の低利資金を要する事(二)本島人の分頭相續により折角創設した自作農が次の世代に於て崩壞する虞れありとの理由により本島に於て政府事業として實施するには更に研究調查の要ありと回答せられてゐる。當局の立場としてはかかる劃期的事業を始めるには出來る丈慎重の態度を以て臨まなければならない事は誠に當然の話であるが、刻下の情勢に於ては苟くも食糧增產に寄與する政策であれば多少拙速でも之を斷行すべきではなからうか。 二 蓋し自作農創造の意圖とするところは言ふ迄もなく農民をして耕地に安定せしめ以て愛土精神を振起する事によって土地の改良、農產物の增產を圖らんがためであり、又事實の示すところによれば自作農は小作農より平均約一割の增收を來してゐるとの事であるから、かかる基本政策に對して徒に調查に日子を費やすべきものでなく、殊に農氏離村の傾向強き今日に於てこれ程適切反對策はない。周知の如く內地に於て所謂皇國農村建設の基礎條件として目下大規模に自作農創設に努力せられつつあるのを見れば、決戰下の現在と雖も之を緩かにすべき政策でない事を立證し得るのである。尚內地では自作農創設の一大障害として耕地價格の高價なる事を擧げられてゐるが幸に本島に於ては現在土地の價格が一時の高値より大分低落し、其の利廻も七分以上のところが少なくないし、地主も容易に手離し得る狀態にあるからこれらの點から見れば絕好の機會であると思はれる。 三 當局の擧げてゐる低利資金の金額がなる程多くはないが、現在產組聯合會の遊金が五六千萬圓に上り勸銀からは年五分五厘ならばいくらでも借入れが出來るのであるから、若し當局に於て勸銀と相談して內地並に田畑擔保利率を五分二厘に低下せしめ、且つ多少利子の補償を行へば獨りで自作農創設に進行するに違ひない。現に鹽水港及草屯の產業組合が聯合會からは年四分二厘の利子を借入れて、獨力土地買入資金として一種自作慶創設を行ってゐる程其の時機が既に熟してゐる事を知るべきである。尚分頭相續の自作農創設に及ぼす惡影響は誰しも認めるところであるが、次の世代にならざれば直ちに起る問題ではないし、今直ちに法律を以て自作地の保護を為す手續が多少遲れても差支へないわけである。要するに自作農創設の客觀的條件は前記の如く今や斷行の絕好機會であるから、假令大規模でなくとも當局の推進力一つで拙速主義を以て邁進すべきであり、又拙速主義なるが故に何等弊害を生じない事は明かである。 |
02 | 南溟の海上に散華 柔道四段で大の世話好き 優賞に輝く安武少將 |
03 | 漢詩和歌に堪能 典型的武人今里少將 |
04 | 武人に妻は不要 緣談を斷つて勇躍征途へ 殊勳の高野少佐 |
05 | 圖像:故永久王の御英靈に決意を誓ふ山崎中將 |
06 | 敬神思想を昂揚 神道鍊成會を開催 |
07 | 在鄉隊の猛訓練 |
08 | 銃劍術對抗 大會盛況 |
09 | 受驗延期を許す 陸軍特別操縱見習士官 |
10 | 豫想外の好成績 今夏の戰時學徒動員 |
11 | 故藤村翁の 餘榮 |
12 | 廳民赤誠の一丸 兵器資金に一萬圓献納 |
13 | 匂ふ決戰銃後の花 桔俱、新目標へ驀進 |
14 | 蘇澳庄常會 決戰事項申合せ |
15 | 海軍武官府 への赤誠献金 |
16 | “さア‧つぎは水だ” シヤツ一枚の長谷川さん 官邸で蓖麻栽培 |
17 | 臺北市消防署 非常召集 |
18 | 防空警備を強化 警視級人事異動に關し 山內警務局長語る |
19 | 十三回から第 十一回鍊成會 |
20 | 銃後の決戰線 優良部落概要を上梓 |
21 | 衣服着用狀況 を調查 |
22 | 建國勳兒首 相を訪問 |
23 | 全島模型航空機 十九日に競技大會 |
24 | 日婦慰問隊 西部班出發 |
25 | 內田基隆水上 署長が榮轉 |
26 | 蘇澳庄の地 區改正 街昇格目ざし |
27 | 花蓮港防空展 盛況裡に閉幕 |
28 | 消火は防空群 の手で |
29 | 報國債券當籤番號 |
30 | 富里郵便局が開始 |
31 | 厚生演劇第 一回發表會 |
32 | 人事‧消息報社消息 |
33 | 訃文:松葉清耀 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 航空思想普及に 滑空場を設置 臺中州の計畫進む |
02 | 國語普及に拍車 嘉義市で推進員を設置 |
03 | 江藤知事桃園 郡を初度巡視 |
04 | ラジオ體操大會 終了に際して(下)/小林準一 |
05 | 張り切る海の若櫻 臺南州下最後の銓衡試驗終る |
06 | 桃園郡水泳講習會 |
07 | 女子青年の鍊成 大肚山道場で開催 |
08 | 臺南市常會 |
09 | 街庄常會を推進 市で上通事項協議 |
10 | 新埔庄の硬貨 回收好成績 |
11 | 決戰の夏に鍜ふ若人 |
12 | 軍事之栞 海軍の中央機關 海軍省と軍令部 |
13 | 八月分の公債 全部職域組 會等に割當 |
14 | 臺南陸上戰技 けふ末廣校で |
15 | 姙婦に優先特配 高雄州昨日から實施 |
16 | “分區一家”の ラジオ體操會 |
17 | 推肥增產を推進 知事が陣頭で激勵 |
18 | 實戰則應の猛訓練實施 近く拔打的に警防諸團體を召集 |
19 | 空閑地を活かしませう 增產に郡下全保甲民を動員 |
20 | 蓖麻增產打合會 |
21 | 派出所職員 が率先垂範 |
22 | 嘉義に擬似コレラ 市民の注意を要望 |
23 | 防遏戰士激勵に 濱崎部長が來屏 |
24 | 決潰海岸林見事に復舊 北斗郡大城庄民の熱汗奉仕で |
25 | 增產に一路邁進 海山郡で農事組合長會議開催 |
26 | 本社新竹宜蘭取次更迭報社消息 |
27 | 臺南州總務部人事異動 |
28 | 各映畫一 日から開館 |
29 | 地方多より |
30 | 今日の映画演劇 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 重要物資の生產 豫定通り着着進捗 南方地域の視察終へて上山臺銀副頭取土產談 |
02 | 銀行合同の傾向 普銀の貯銀合併具體化 |
03 | 食糧增產座談會(五) |
04 | 臺銀總會終了 平野理事は重任 |
05 | 窒素肥料の不足は 自給肥料の增產で補填 |
06 | 最近經濟の展望 |
07 | 臺灣油脂初配當 五十萬圓に增資內定 |
08 | 臺中州 重要物資配給業務 查察指導要綱 |
09 | 臺北市燃料配給 組合通常總代會 |
10 | 照明燈 |
11 | 商況(一日後場) |
12 | ラジオ |
13 | 水滸傳(1050)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機七機を擊墜 コ島の上空で邀擊 |
02 | 敵中深く飛び込む 大空の斥候、偵察機の敢鬪 |
03 | 泰國國防副大臣ら參內 |
04 | 決戦台灣の新使命 地理的優位性を發揮(一)/中尾莊兵衞 |
05 | 敵來ないのが辛い 南海我が荒鷲日記 |
06 | ニユーギニア戰線 血戰に次ぐ血戰 地上空中に敢鬪する皇軍の姿 |
07 | 周密且つ細心な索敵 輸送船團掩護の苦心 |
08 | 曉闇衝いて飛上る 惡氣象下に烈烈たる空の猛訓練 |
09 | 一機一機に整備員の 愛情と鬪志を注ぐ 勝利の蔭に整備班の尊い勞苦 |
10 | 大藏辭令 |
11 | 百九十六隻を血祭り 獨空軍、地中海の敵艦船に對し |
12 | ベルリン市に對する 組織的密集的爆擊失敗 |
13 | 泰軍事視察團 軍需工場見學 |
14 | 完勝まで戰ひ拔く バ國家代表、東條首相交驩放送 |
15 | 全世界へ放送 ローマ法王、歐戰四周年に |
16 | ソ聯砲艦二隻 を擊沈 獨輕艦隊が |
17 | チヤーチル 華府到着 |
18 | 戰局の重點三轉 中部戰線に移動 |
19 | 支那方面艦 隊報道部長 松島大佐を任命 |
20 | 無敵皇軍の 偉容に驚歎 タイ國軍事視察團 |
21 | 英海空部隊 ガ島を砲爆擊 |
22 | 地方參事官 會議第二日 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 原住民の指導に 農業技術員を送れ 西貢で齋藤長官語る |
02 | 國史料と地理科 來年度から二、三號表國民校 一號表教科書を使用 |
03 | 常會を視察激勵 梁井知事、士林街へ |
04 | 基隆郡下で防諜講演會 |
05 | 軍神部隊に續け(二) 貯蓄の必勝態勢 大村大尉の心遣に應へよ |
06 | 基隆の市會 |
07 | 缺勤防止強調 週間好成績 |
08 | 除草肥培管理 曾我產業部長陣頭指揮 |
09 | 激烈な通商 破壞戰 |
10 | 基隆市內の區長更迭 |
11 | 都會地の奉公運動 十一都市の支會主事を集め 中央本部で協議會 |
12 | 決戰下の文學者 本島代表に感想を聞く |
13 | 米兵ブラジル で嫌はる |
14 | 貯蓄へ一億總突擊 郵便貯金增強運動を展開 |
15 | 宴會一卓一萬元 上海市政府奢侈生活に斷 |
16 | 炭礦の統合促進 一日統合要綱を決定 |
17 | 罹災民に見舞金 基隆華僑から報社消息 |
18 | 山猪湖行 市民登山 |
19 | ローマ爆擊をフリ メーソンが決議 |
20 | 百八甲步拓く 勤報隊が汗の奉仕 |
21 | 戰ふ女性(二) 授產の卷 |
22 | 奉公防空群の 猛訓練を實施 |
23 | つづら藤の栽培獎勵へ 花蓮港廳で種苗造成園設置 |
24 | お山でも增產に驀ら 竹南郡下各駐在所で獎勵 |
25 | 臺電彰化支店工業 振興研究發表會 |
26 | 加藤臺北憲兵隊長 隸下諸部隊初巡視へ |
27 | 浮塵子退治に大童 |
28 | 八通關產業道 路補修に奉仕 水里青年團員が |
29 | 興南詩苑漢詩 次韵友生筮仕金陵不樂歸隱/文訪、過挹翠齋呈主人可軒社兄/痴雲、次韻/可軒、憎蠅三首/嘉義 聯滄 |
30 | 大甲郡各街庄 防空定期訓練 |
31 | 勤報青年隊 臺中團隊出發 |
32 | 石底□火事 |
33 | 人事‧消息 |
34 | 今晚の放送 |
35 | 商況(二日前場) |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵十二機を屠る 南鳥島來襲敵機に對し頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(九月二日十七時) 南鳥島に對する昨一日の敵襲に關しその後判明せる處に據れば來襲せる敵は航空母艦を基幹さする機動部隊にして戰爆延約百六十機を以て地上施設を攻擊せるものなり、此の間敵に與へたる損害擊墜十二機、我が方地上にありたる飛行機に多少の損害ありしも人員及施設の損害は極めて輕微なり |
02 | 的確無比の我攻擊 わが電波探信機の優秀性 |
03 | 日、米本格的決戰へ 我が建設戰の進展に敵側焦慮 |
04 | 圖像:亂雲を衝き重慶爆擊行の陸鷲加藤陸軍報道班員撮影、陸軍省檢閱濟 |
05 | 陸鷲、又建甌を急襲 巴東で敵船多數屠る |
06 | 航空機の飛躍增產 生產隘路の是正へ 答申案を決定技術院より發表 |
07 | 協力會議議題の 處理方針、手續を完了 |
08 | 谷萩少將語る 藤田聯隊長の一喝 山崎隊長感淚大悟 濟南事件當時、山崎部隊長の秘話 |
09 | 當時の聯隊長 藤田中將語る 山崎は死んで生きる 國民その遺烈を繼ぐ |
10 | 日本兵は最強 米指揮官、士官學校で訓示 |
11 | 緬甸防衛軍宣誓式 蘭貢で嚴肅に擧行 |
12 | 戰爭完遂に全力 ビルマ米英擊滅の決意固し 北澤參事官は語る |
13 | 敵二機擊墜され 倉皇として遁走 小癪‧廣東香港方面來襲 |
14 | アツツ英靈の 合同慰靈祭 來る廿九日札幌で |
15 | 參議官會議 第二日 |
16 | 全國道府縣農會長 幹事、主任技師協議 |
17 | 木炭價格改訂 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 國土防衛と 民防空強化社說 一 大東亞戰爭は愈よ本格的決戰段階に入り、最近の西南太本洋、アリユーシャン、支那大陸、印緬國境等各方面における敵米英の反抗企圖は洵に熾烈なものがあるのである。殊に去る二十四日のケベック會談の結果に基き、敵米英の共同聲明に依って明らかなる如く、日本軍に對する總反抗と重慶政權に對する効果的援助が、今後の作戰行動において具體化さるべく、今次のケベック會談を契機とする敵の總反抗が愈よ現實の具體的問題として吾人の目前に切迫し來ったことを直視せねばならぬ。從って今後大東亞戰域に注入せらるべき敵の航空兵力並に地上兵力に思ひを致し、吾人の頭上に迫り來る空襲必至を稽ふるとき、我ら國民は一人として傍觀者たるを許されぬこと多言を俟たぬところである 二 勿論作戰に關する限りはあくまで統帥に信倚し、忠勇なる皇軍將兵に信賴して、戰局の局部的變化に一喜一憂することなく、吾人は只管莫大なる消耗戰に對處するための戰力增強生產戰に銃後の總力を結集發揮させねばならぬのであるが、同時に頹勢挽回に必死の敵米英が日本本土の空襲企圖に對し國土防衞の重大任務を完了せねばならぬのである。現在の如き緊迫せる情勢下に、死物狂ひの敵が本土空襲は必至と覺悟せねばならず何日何時わが嚴重なる警戒の隙を潜って來襲するか、全く豫測を許さない。銃後國民にとって國土防衞の鐵壁を完ふするの今日より急務なるはないのである。畏くも天皇陛下におかせられましては、さきに防衞總司令部を始め、東部中部、西部、北部の各軍防衞部隊に侍從武官を御差遣あらせられ、國土防衞に有難き大御心を垂れさせ給ふたことは、軍のみならず銃後國民のひとしく恐懼感激措く能はざるところである。 三 國土防衞の重責に國民もその一半を荷ふこと言を俟たぬところであらう。いはゆる民防空が其れに他ならぬのである。今や敗戰挽回に手段を選ばぬ敵米の來襲が必至である秋民防空鐵壁の備へを更に一層固めることに依って國土防衞の重責を完ふすることは銃後國民の任務でなければならぬ。民防空の施設を整備し訓練を強化するはもとより、何人も戰場に居ると同樣の心構へ、必勝防衞の心構へを堅持することが何よりも必要なことと謂はねばならない。而してドイツ、ハンブルグ盲爆に徵して明らかなる如く、人道主義の假面をかなぐり捨てた米英は遂に鬼畜の本性を發揮して、樞軸國市民の大量殺戮を企圖する非道殘虐なる都市盲爆戰法に出るに至った。日本本土空襲についても同樣の手段に出づるは想像に難くないところである。斯くして身近かに切迫して來た敵空襲の新態樣を直視するとき防空態勢も必然的に其れに對應して整備されなければならない。現在の防空體制により一段の工夫創意と強化を望むや切なるものがある、空襲は決して恐ろしくない只充分なる備へなきを恐れなければならぬ。 |
02 | 空の宮樣 朝香宮孚彥王殿下 陸鷲御修學御終了 |
03 | 軍國家庭の豪華版 一家七名が揃って晴の御奉公 譽れは高し柿原家 |
04 | 故永久王殿下 あす御三周年御靈前祭 |
05 | 建國の調べと共に巢立つ海の戰士 |
06 | 滅敵の利器“山刀” どしどし前線へ送らう |
07 | 明朗お山一つ |
08 | 臺南市日婦常會 |
09 | 飛ばせ大空へ 五日、臺北州模型機競翔會 |
10 | “暗黑の島”に黎明 ニユギニア派遣衛生工作隊長 森下薰博士語る |
11 | 爆彈が落ちた場合 大丈夫の信念が必要 |
12 | 本島初等教育の飛躍 一、二號表の發展的 融合が今後の課題 |
13 | 勞働力增強に 司法保護者と協力打合 |
14 | あつ!弟の勇姿だ 奇しき肉親の寫真對面 |
15 | 軍馬慰問 |
16 | 赤誠感謝の現はれ 海軍武官府八月中扱ひの 献金品三萬四千餘圓に達す |
17 | 半島出身新規採用 內閣關係百十三名 |
18 | 教育查閱打合 |
19 | 土曜音樂會 |
20 | 赤誠白衣勇士 慰問部隊は續く |
21 | 抑留者郵便の取扱開始 成る可く早目に差出すこと |
22 | いざの場合に備へて 臺南日日婦國防訓練實施 |
23 | 海山郡下の硬貨回收好成績 |
24 | 堆肥增產運動 |
25 | 慰安能樂大會 |
26 | 人事‧消息報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 勸業課長會議に 農業學校長が參加 高雄者で全島に先鞭 |
02 | 增產參謀本部に 州農事試驗場を活用 |
03 | 神社に豐年祈願 北斗郡第二期の作柄上乘 |
04 | 鐵窓から增產へ 地底に揮ふ鶴嘴(上) 百度の炎熱と戰ふ |
05 | 神社の清掃奉 仕作業を實施 彰化市奉壯團 震災記念日に |
06 | 鬪ふ舊都市民の姿 臺南市陸上戰技鍊成大會盛況 |
07 | 知事さんが垂範 州職員蓖麻栽培に敢鬪 |
08 | 鷺洲庄日婦會員 硬貨回收に協力 |
09 | 中和庄の硬貨 回收好成績 |
10 | 里港庄青少年 の劍道鍊成會 一日發會式擧行 |
11 | 增產に督勵隊 |
12 | 嘉義市の患者 は陰性と決定 |
13 | 軍事之栞 無敵海軍の教育 基礎教育と綜合教育 |
14 | 鬪ふ婦人の防衛戰士 麻豆明糖本社區班の查察 |
15 | 目指す大洋の勇士 臺中州海志最後の銓衡試驗 |
16 | 三坂技師來彰 虫害狀況を視察 |
17 | 決戰型同窓會 お米持參で雜草料里 |
18 | 嘉義郡增產 助役任命 |
19 | 清水地方課長 きのふ來高 |
20 | 割當切干藷の供出完了 鬪ふ東石郡民の意氣高らか |
21 | 配給の適正化へ 臺中州で商奉團が打合 |
22 | 山の青年の祭式講習會 花蓮港廳始めての試みとして |
23 | 新進氣銳揃ひ 員林郡下三街の 保甲役員發令 |
24 | 災害義捐金第拾回領收報告(敬稱略)報社消息 |
25 | 張秩宗陸軍軍 屬名譽の戰死 |
26 | 壽山學院愈よ 十日から開校 |
27 | 地方多より |
28 | 今日の映画演劇 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 手當支給手續簡易化 賃金總額制限より除外 十月一日より本島にも實施 |
02 | 兵器、造船木材の供出 府林業試驗所で試驗研究を協議 |
03 | 食糧增產座談會(六) |
04 | 協力會共助會への經費割當 常任常議員會で決定 |
05 | 高級硝子近く增資 新株の一部を公開せん |
06 | アルミ製品等の 販賣期間を延長 |
07 | 米增產に電氣の利用 |
08 | 鐵道部職員鍊成會 十九日より開始 |
09 | 本島第二次食糧增產 去る一日に殖產局案決定 |
10 | 廚介で鶩を飼養 行商組合で品評會開く |
11 | 鹽乾魚配給統制 近く關係官で打合 |
12 | 經濟手帖 |
13 | 甘藷の防腐と配給 |
14 | 照明燈 |
15 | 商況(一日後場) |
16 | ラジオ |
17 | 水滸傳(1051)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 海運力の增強につき 御進講を聽召さる 山下龜三郎氏を召させられ |
02 | レ島、ムンダ海峽を 一舟艇で敵中突破 八勇士の漂流奮戰記 |
03 | 南太平洋戰愈よ激化 敵の集中反攻熾烈 |
04 | 決戦台灣の新使命 島民の皇民意識昂揚(二)/中尾莊兵衞 |
05 | 赤軍作戰釘付け |
06 | 獨國民斷乎の決意 “偉大なドラマ”ゲ宣傳相論ず |
07 | 圖像:泰國軍事視察團一行志津の陸軍本演習見學(陸軍省檢閱濟) |
08 | 東部戰線戰況 |
09 | 英、躍起の工作 日、葡兩國の離間策を |
10 | 兵器生產增強へ 五大目標完徹に突進 |
11 | 南部地區の情勢 極度に緊迫化 |
12 | 丁抹戒嚴令の真相 |
13 | 全國經濟保安 課長會議 |
14 | 鐵鑛石調查隊 の派遣先 十一地帶に決定 |
15 | 兵器工場協力會が誕生 |
16 | 低溫科學研究所を新設 北海道帝大に |
17 | 米空軍司令官 英國に到着 |
18 | イ土國大統領 アンカラ歸還 首相も近く歸任 |
19 | ストツクホルム 丁抹の公使館 本國より離脫 |
20 | 第二次交換船 紐育を出帆 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰間に合せ生活 お互にこれで行かうや 臺北市日婦實踐實例を頒布 |
02 | 麗し‧模範防空群 表彰金をそつくり献金 |
03 | 圖像:南方の沈沒船甦える |
04 | 海の子集ふ處 真砂ヶ海水浴場十日で閉場 |
05 | 前線將兵へ憩ひの彈丸 |
06 | 軍神部隊に續け(三) 死して勝てり 山崎部隊は生きてる |
07 | 航空記念日 行事打合 臺北日婦役員會 |
08 | “誠心誠意で” 杉田新臺南州兵 事防空課長語る |
09 | 非農家にも割當栽培 基隆郡の蓖麻增產運動 |
10 | 新生ボゴール植物園 (上)中井猛之進博士と語る |
11 | 共同炊事訓練 日婦彰化市宮前班 |
12 | 江湖の同情に愬ふ 災害義捐金募集報社消息 |
13 | 醫療報國に赤誠披瀝 高砂族青年醫務助手に採用 |
14 | 眾議院皇軍慰 問團中支へ |
15 | ウクライナの明 朗風景 |
16 | 放送塔 |
17 | 戰ふ女性(三) 炭鑛の卷 |
18 | 人事‧消息 |
19 | 今晚の放送 |
20 | 興南詩苑漢詩 用覺齋君韻寄題可軒君挹翠齋兼申積素/嘯雲、次韻奉酬並謝惠贈花木/可軒、次底事韻二首却寄少奇同社馬尼拉/幼岳 |
21 | 商況(二日前場) |
22 | 興南案內報社消息 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ソロモン群島方面 戰況は依然熾烈 皇軍八月中の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(昭和十八年九月三日十六時) 一、ニューヂョーヂア島コロンパンガラ島及びベララベラ島を繞るソロモン方面の其の後の戰況は依然熾烈なり (一)ニューヂョーヂァ島ムンダの北方海岸地區及びバイコロ地帶にて敵と交戰せし帝國陸海軍守備部隊は敵に大なる打擊を與へつつありしが八月二十八日以降コロンバンガラ島及びニューヂョヂァ島の中間島嶼地區にて激戰中なり (二)ベララベラ島に於ては未だ地上戰鬪行はれず敵は依然として兵力の增強を圖りつつあり 二、所在帝國海軍航空部隊、海上部隊及び陸上部隊の奮鬪に依る八月中の戰果 左の如し (一)敵に與へたる損害 輸送船 大型 擊沈 一◯ 大破 一 擊墜 ◯ 擊破 一◯ 中型 擊沈 六 大破 一 擊墜 ◯ 擊破 ◯ 小型 擊沈 三 大破 ◯ 擊墜 ◯ 擊破 一 艦艇 巡洋艦 擊沈 一 大破 三 擊墜 ◯ 擊破 三 輕巡又は大型驅逐艦 擊沈 二 大破 ◯ 擊墜 ◯ 擊破 ◯ 驅逐艦 擊沈 三 大破 三 擊墜 ◯ 擊破 五 魚雷艇 擊沈 一二 大破 二 擊墜 ◯ 擊破 七 上陸用舟艇 擊沈 二八 大破 ◯ 擊墜 ◯ 擊破 一六 海上トラック 擊沈 一 大破 ◯ 擊墜 ◯ 擊破 二 その他舟艇 擊沈 五 大破 ◯ 擊墜 ◯ 擊破 ◯ 飛行機 擊沈 ◯ 大破 ◯ 擊墜 二七一 擊破 二一 右の外地上に於ける敵の戰死傷約三千を下らず (二)我が方の損害 艦艇 沈沒 大破 自爆未歸還 驅逐艦 沈沒 一 大破 一 自爆未歸還 ◯ 上陸用舟艇 沈沒 四 大破 三 自爆未歸還 ◯ 小型舟艇 沈沒 三 大破 ◯ 自爆未歸還 ◯ 飛行機 沈沒 ◯ 大破 ◯ 自爆未歸還 五七 |
02 | 不斷熾烈なる進攻 支那派遣軍週間戰況 |
03 | 海運報國を誓ふ 畏き聖慮を體して |
04 | 真に恐懼感激 光榮の山下氏謹話 |
05 | 建甌飛行場に進擊 修理中を又もや爆碎 |
06 | 定例閣議 |
07 | 閣議決定事項 臺灣關係 |
08 | 燒夷と威嚇効力を 狙ふ黃燐型燒夷彈 恐れず侮らず直に處置せよ |
09 | シ島米軍損害 例の小出し發表 |
10 | スモレンスク戰線 主動性獨軍に移るか |
11 | 出沒の匪群に鐵槌 中國軍、治安に挺身 |
12 | 本土空襲の前哨戰(南鳥島爆擊) |
13 | 四億五千餘萬圓本年度の純節約額 きのふ定例閣議で決定 |
14 | 反樞軸軍三日正午 伊本土南端に上陸 |
15 | レジオ市の 南北に上陸 獨軍當局の言明 |
16 | 木材價格引上げ 公定價格を改訂 |
17 | 伊軍戰況公報 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 敵の鐵を制 壓せよ 一億奮起して社說 一 わが道義に基く諸施策によって大東亞諸地域の決戰建設は着着進捗を見せてゐる。新生中華民國に對しては、本年初頭より帝國は相次いで對華新政策を具現化して自主獨立の完整を援助し、その國力の增強に寄與してゐる。新生ビルマは既に獨立を見、今やバー・モー國家代表領導の下に、米英擊滅の決戰體制を整へてゐる。又本年中に獨立を約束された比島は、その後溫かい指導の下に着着その獨立への準備を進めてゐるがその推進體たる比島獨立準備委員會も、會合を重ねること既に五回、益益熱烈な檢討熟議が加へられ、去る廿五日の全體委員會に於ては最も活潑なる樣相を描き、獨立目睫にありの印象を與へた。他方曩に確約された帝國の公正なる政治參與の聲明は、直に實行に移され、南方原住民は嬉嬉として決戰建設に挺身してゐる。かくて新中國を始め、南方諸地域及盟邦諸國の大東亞血盟の誓ひは、益益強靱化し、米英擊滅へ十億の總力は愈よ強固不拔なものとなり、賴母しい大東亞共存共榮の大進軍が逞しく驀進を續けてゐる 二 上述の如く我が大東亞建設戰は確實に進展し、日一日と戰力增強の物資を供給するとともに、南方地域は大東亞防衞の要塞として面目を一新しつつある。かかる狀況に對し、反樞軸陣營は漸く焦慮の色を深め、米國の輿論は頻に太平洋第一主義論を強調してゐるが、今次のケベック會談では、果然これが檢討を加へ、本格的太平洋攻勢に併行して重慶政權の強化、ビルマ公路の奪還等を議したと傳ヘられてゐる。從って今後反樞軸軍の總反攻は全太平洋のみならず、インド洋を含めて今や新なる戰場となりつつあるとを注視しなければならない。反樞軸軍はケベック會談直後に、米東南太平洋艦隊司令官と並んで、マウントバッテンを東南アジア司令官に任命した。これは敵の反攻は海正面よりする直接日本本土攻擊とインド洋の制海權を確實に握って、インドを通じ大陸作戰をも實施せんとしてゐるのであって、茲に我我は本格的決戰の樣相を看取しなければならないのである 三 勿論敵の總反攻の基礎は、彼らの尨大なる生產力に物を言はせて、量を以て我を壓倒せんとするにあることは明かである。南太平洋戰線に於ける苛烈なる戰爭の樣相を、第一線作戰指導の參謀は「血と鐵との鬪爭」と形容してゐる。而して「われにもう少しの鐵があれば、血の力で敵の鐵を壓倒することが出來る」と言明、ここに銃後一億國民の生產增強への奮起と國力の充實が切望されるのである。即ち銃後を打って一丸とする一大兵器廠の生產力こそ、敵の總反攻を挫折せしめる唯一の鍵であることを吾吾は知らなければならない。「鬼に金棒」と云ふ諺があるが、如何に強い鬼でも金棒を持たせなければ、十分にその力を發揮することは出來ない。肇國以來の大精神で、大君の邊にこそ死なめ、と鍛えに鍛え、練りに練って來た大和武士が、大和魂をゆりうごかして「金棒」を振り廻はすかぎり、ヤンキーの「鐵量」ごときに僻易する道理はない。だから銃後に居る吾吾は、一本でも多くの「金棒」を作り上げ前線將兵をして縱橫無盡に振り廻はさせたならば、敵米英またなんするものぞである。 |
02 | 心強い南方建設 總力態勢は到る處に具現 齋藤總務長官歸任談 |
03 | 南方施策を強化 齋藤長官視察の意義 |
04 | 北白川宮永久王殿下 けふ御三周年祭の御儀御執行 |
05 | 圖像:○○方面陸鷲の活躍 |
06 | “海の戰士”を養成 締切を十日に延期 |
07 | 勞力不足の克服へ 工場間勞務者派遣に就て |
08 | 圖像:漢口來襲米機の殘骸 |
09 | 杉本一等兵 南支で散華 |
10 | 小型輸送船の殊勳 最後まで責任を完遂 |
11 | 新竹州下司法 主任會議 |
12 | 蓖麻栽培週間 を設定 |
13 | “さあ一つ手傳はう” 夏に鍛へる若人の群に混つて 廣谷市長甘藷を栽培 |
14 | 花蓮港市職員 率先して蓖麻栽培 |
15 | 羅東街演劇挺 身隊の結成式 |
16 | 日本文化の基本 時局に即して“家”を強化 |
17 | 衣生活簡素化に 大藏省思ひ切つたおふれ |
18 | 州廳內の給任君 七十餘名が合宿鍊成 |
19 | 大に勉強する 羽藤新高雄州兵 事防空課長語る |
20 | 新劇用脚本 を募集 |
21 | 人事報社消息 |
22 | 訃文:廖行生 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 增產學徒を犒ふ 宮尾知事嘉義市內各中等校歷訪 |
02 | お山の中堅巢立つ 霧社道場初の修了式 |
03 | 產組女子職員鍊成 |
04 | 新店庄の硬貨 回收好成績 |
05 | 新化神社鎮 座祭打合會 |
06 | 文山郡日婦幹部 硬貨回收に挺身 |
07 | 兵隊さんに文旦 麻豆街で献納運動 |
08 | 繰出す挺身隊 二日間で硬貨の山 |
09 | 彰化郡保甲役員一齊に發令 |
10 | 新莊街常會 |
11 | 鐵窓から增產へ 國家意識に燃ゆ(中) 默默と働く產銅戰士 |
12 | 保護委員講習會 |
13 | 安田翁六日に來彰 |
14 | 婦人蹶起運動展開 分會各班で一齊に懇談會 |
15 | 軍事之栞 海軍の教育機關 百年の變遷史 |
16 | 今昔談に花が咲く 澎湖在住の古老に物を聽く會 |
17 | コ疫侵入の危險 州民の戒心望む 有住臺中州衛生課長談 |
18 | 日婦の救急 處置法講習 |
19 | 逞し‧州民の赤誠 三ヶ月間の建艦献金十一萬圓突破 |
20 | 防衛戰士の龜鑑 |
21 | 結婚獎勵に大車輪 近く第二回推進員連絡打合開催 |
22 | 左鎮庄總常會 |
23 | タンニンの增產へ 臺中州でワツラル樹栽培を獎勵 |
24 | 花蓮港臺東兩廳下鄉軍武道大會 |
25 | 北港郡郡民道 場落成奉告祭 |
26 | 廖行生氏逝去 |
27 | 臺中州辭令 |
28 | 臺南青少年團 理事初顏合せ |
29 | 高雄州辭令 |
30 | 人事‧往來報社消息 |
31 | 地方多より |
32 | 今日の映画演劇 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 閣議決定 預金部資金の運用 その範圍を調整擴張 |
02 | 沖合漁業の振興 油槽船の建造決定 |
03 | 基隆港 港灣荷役力強化 近く增強期間を設定 |
04 | 造船用材と造林/島田錦藏 |
05 | 鮮魚の輸移出入統制 日本海洋漁業を調整機關に |
06 | 民需用肉豚割 當數量決まる |
07 | 農機具の配給統制 複雜な機構と高率な手數料 |
08 | 生食用甘蔗作 付統制を斷行 |
09 | 農業團體法等近く實施 |
10 | 躍進する獨軍需生產 |
11 | 臺鐵の貨物輸送力 海岸線の增強で好調 |
12 | 荷物の早期引取 船舶運營會勵行を實施 |
13 | 照明燈 |
14 | ソ聯の戰時農業施策 |
15 | 海藻から武器 カリの增產強化 |
16 | 商況(三日後場) |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1052)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 十機を叩き墜す ブーゲンビルで空中戰 |
02 | 地上火器で五機擊墜(マダンで) |
03 | 十日間で三隻擊沈 (我鐵鯨の活躍日誌) |
04 | 圖像:敵陣を砲擊の我が○○砲隊(南太平洋戰線にて)海軍省提供 |
05 | 掘井、小田兩少將 夫夫中將に進級 南方戰線で壯烈な戰死を遂ぐ |
06 | 決戦台灣の新使命 重工建設、食糧增產(三)/中尾莊兵衞 |
07 | 病死者數戰死傷者の二倍 米軍間にマラリヤ猖獗 |
08 | 米空軍の爆擊 不正確極まる 米誌タイムが暴露 |
09 | 敵船損害六十萬噸以上 獨軍八月中海の戰果 |
10 | 反樞軸軍と激戰中 上陸兵力は約一ケ師 |
11 | 全面的上陸 作戰を展開か |
12 | 事態推移を注視 獨軍飽くまで冷靜に |
13 | 圖像:山崎部長に應へて北海の荒海と戰ひつつ連日猛訓練を續 ける船舶機關砲隊佐野特派員撮影海軍省檢閱濟 |
14 | 消耗戰術の目的 最大限度に發揮 獨軍オリヨール地區で |
15 | 東部戰線戰況 |
16 | 獨新兵器“照射器” 火山の樣な壯觀 |
17 | シチラ市で激戰 |
18 | ソ聯機二千六百餘臺□擊墜 |
19 | 獨軍綜合戰果 オリヨール地區 |
20 | メツシナ水道 制壓が目的か |
21 | 土木建築統制組合を設立 |
22 | ソ聯貨物船 を擊沈 |
23 | 反樞軸軍の發表 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 固めよ鐵壁防空陣 黃燐彈はかうして處置する 內務省防空當局指示 |
02 | 協和青少年隊員の長白山鍊成大會結隊式 |
03 | 軍神部隊に續け(四) さあ兵器の增產だ 決戰の鍵は飛行機と船 |
04 | 再起奉公を念願 傷痍軍人の鍊成會 |
05 | 忠靈塔へ汗の奉仕 皇奉本部職員八十餘名 |
06 | 後藤府保安課長 昨日空路歸臺 |
07 | 南方第三次 留學生到着 |
08 | 感心なヨイ子供 街頭で献金募集 |
09 | 目から耳から防げスパイ あす防諜演藝競演大會開催 |
10 | 新生ボゴール植物園 (下)日本の積極利用に俟つ |
11 | 港都兒童水泳 大會 |
12 | 物資配給明朗化 新竹州監察指導要綱決定 |
13 | 海軍軍屬陳 萬鎰氏戰死 |
14 | 戰ふ女性 增產の卷 |
15 | 綠地帶を掘返し 市役所職員蓖麻を栽培 |
16 | 教員對抗排球大會 |
17 | 港都に三つ兒 この通りお產も決戰型 |
18 | 全臺灣排球 鍊成大會 |
19 | 兵器資金一萬圓 新竹州醫師會が献納 |
20 | 貢寮、平溪兩 庄とも豐作 |
21 | 事務機構を擴充 皇奉花蓮港廳支部 |
22 | 闇の排除問題 十日日婦で座談會 |
23 | 衛生思想普及 畫劇競演會 |
24 | 人事‧消息 |
25 | 親指山へ |
26 | 興南詩苑漢詩 草山早秋/文訪、「新秋」與景南生作/嘯庵生 |
27 | 硬貨二十萬餘 枚を回收 |
28 | 人命救助表 彰金を献金 |
29 | 今晚の放送 |
30 | 商況(四日前場) |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 伏見博英伯南方で 壯烈なる御戰傷死 竹の園生の御出身、恐懼に堪へず頭條新聞 【東京發同盟】海軍大尉伏見博英伯は八月下旬南方第一線にあって作戰要務を帶び飛行機にて御活躍中敵機と交戰重傷を受け遂に二十六日戰傷死遊ばされた四日午後三時海軍省公表並に海軍省副官談を以てこの旨發表され少佐に御進級遊ばされたが畏き邊りでは伏見少佐の御功績を嘉せられ特に金鵄勲章功五級並に木杯一組を授賜あらせられた、伏見少佐は畏くも前軍令部總長元帥 伏見宮博恭王殿下の第四皇子にして大東亞戰爭勃發前は軍令部に勤務、本年七月以來南方第一線○○部隊司令部員として出征御活躍遊ばされ四日三年祭を迎へさせられた 北白川宮永久王殿下と共に竹の園生の御出身にも拘らず苛烈なる最前線に挺身し御散華遊ばされたことは寔に恐懼に堪へない所でその御最期を悼むと共に一億國民は米英擊滅の決意を更に鞏固にしこの大戰に勝ち抜かねばならぬ 海軍省公表(九月四日十五時) 一、海軍大尉伯爵伏見博英は八月下旬南西太本洋方面に於て作戰要務を帶び飛行機にて行動中敵機と交戰機上にて重傷を受け同月二十六日戰傷死を遂げたり 二、八月二十六日附左の通り進級せしめられたり 海軍大尉伯爵 伏見 博英 任海軍少左 內閣發表 海軍少佐勳一等 伯爵 伏見 博英 叙功五級授金鵄勳章 賜木杯一組 |
02 | 米の對日勝利絕望 扼腕敵のビルマ作戰を待つ 谷萩報道部長、徹底的に剔決 |
03 | 伏見伯戰傷死に對する 海軍省副官談 |
04 | 又建甌飛行場爆擊 南雄、梧州をも急襲 |
05 | 畏し‧侍從を御差遣 故伏見博英伯邸に |
06 | 在支米空軍の 中繼基地 南雄は小都市 |
07 | 武勳輝く伏見博英伯 海軍將兵は勿論國民の士氣昂揚 |
08 | アツツ島の勇士に 重ねて有難き恩命 見習士官等十七勇士任官 |
09 | 海南島肅清進捗 海軍部隊八月中の戰果 |
10 | 米機十一を屠る 六月初旬以來揚子江方面の 我海軍部隊の戰果 |
11 | 米機の惡虐非人道 生生しい彈痕は各所に殘る ぶえのすあいれす丸故國に入港 |
12 | 伏見博英伯の 御略歷 |
13 | 同期生○○大尉談 |
14 | 在支米一機北佛印の ジヤワ附近修道院襲擊 佛印民眾の憤激今や最高潮 |
15 | 伯の御家庭 |
16 | 小癪、又廣東來襲 なす所なく遁走 陸鷲追擊、敵機二機擊墜 |
17 | 重慶大混亂 爆擊の跡始末に |
18 | ジヤワ訪日 視察團來朝 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 勞務研究會 を創設せよ社說 一 先般臺灣總督府の招聘に應じて來臺、親しく本島勤勞者の狀況を觀察した日本勞働科學研究所長暉峻博士は此程視察報告書を督府に提出したが右報告書は博士獨得の勞働科學的認識に基き行はれたもの丈に極めて示唆深きものがあり本島勤勞問題の指針として今後の勞務對策の樹立に貢献するところ少くない。博士が本島勞務狀況について如何なる結論を得たかは後述に讓るとして此際我我は博士の結論を理解する必要からしても勞働科學について深い認識がなければならない。周知の如く「勞働科學」なる言葉が實際に用ひられたのは大正十年七月勞働科學研究所の創立を以て始とするが爾來それが外延並に內包的に擴充され一の綜合科學として獨自の任務を果して來た。勿論資本主義經濟の盛行なりし時代に於ては產業に於ける人を問題として成り上げ人の能力を發揚する要件としてのみ資本や資源や動力を問題とするといふやうに產業を觀て來た勞働科學の過去は確かに□の途であったに違ひないがしかし新しい產業經濟の理念から見て人間勞働の科學は正に產業文化を高める方途の正しい認識を供與するものでなくてはならない。 二 上述の知く人の働きの價值を高めることによって生產力を高め產業を興隆せんとする勞働科學の任務に基き行はれた博士の視察報告が結局勞務者を人格的に遇するのみならず更に皇民たる資質を向上せしめることによって生產力を增強せよとの結論を得るに至ったのも無理からぬことであると謂ふべきである。即ち國民教育と事業場の有機的一體化を圖ることによって國民學校教育をして一層に實踐的ならしめと共に各事業場を皇民化工作の最前線たるの性格の確認の下に宜しくその勞務管理を整備して確乎不動の勤勞生活體制を樹立せよと強調しこれがため凡ゆる政治的措置を講ずべきであるとしてゐる。即ちこれのみが勤勞精神を昂揚し其他の隘路を克服して生產增強を實現させる唯一の方途であると結論してゐる 三 誠に前述せることによってこそ勞働法等基本法規確立の下に勞務省の生活が安定され皇民資質の向上が齎らされて臺灣工業化は順調に推進められることに問題はあるまい。しかしこれには博士が提唱される如く民間業者を打って一丸とした勞務研究會の創設が急務であらう。從來からも本島に於ける官民勞務對策が著しく立遲れてゐるのはかかる機關の缺如に基くこと否まれない事實である。かるが故に事業場の專門家を結束して勞務管理の強化、生產增強目的達成の為に右研究會が組織され全島の勞務管理をして從來の常識主義經驗主義を離脫せしめ科學的基礎の上に立たしめることになれば極めて効果的なること必定である。而も產業奉公會が研究會の研究成果を實踐に移し普及に努めるならば從來とかく精動に終り勝ちの產業奉公運動に新なる局面を與へることになるものでありこの意味に於ても研究會の創設は忽せにすべきでないこといふ迄もない。 |
02 | きのふ御三周年祭 故北白川宮永久王殿下 |
03 | 現地で晴の入隊式 大自然に挑んで敢鬪 勤報隊臺北第二訓所生 新店―礁溪道路開鑿 |
04 | 御三周年祭執行 現地軍○○部隊講堂で |
05 | 二ケ年に短縮完成 建設戰士の意氣軒昂 |
06 | 圖像:勤報青年隊臺北州 第二訓練所入隊式 |
07 | 故能久親王の 御視察記念式 |
08 | 西村總監訓示 |
09 | 木炭增產に拍車 花蓮港挺身隊を結成推進 |
10 | 圖像:決戰だ、增產だ |
11 | 赤誠感謝の結晶 軍司令部八月中扱ひの 献金品十七萬七千餘圓 |
12 | 圓滑配給にこの意見 基隆市商議所の調查 |
13 | 堆肥增產推進協議 |
14 | 民藝の醇化振興へ 島都生活工藝品座談會で 金關教授東洋文化謳歌 |
15 | 植ゑよ‧愛國蓖麻 怠ばれ申譯ないぞ |
16 | 菊池中佐 臺銀で講演 |
17 | 花蓮港市奉壯團 栽培に垂範 |
18 | 花蓮港廳事務監查 |
19 | 宜蘭桔梗クラブ 結成に先立ち鍊成實施 |
20 | お山國語普及 功勞者表彰 |
21 | 貰つた金を献金 |
22 | 臺北市の生蚵 近く配給制 あす配給組創立 |
23 | 木船保險組合 設立 |
24 | 新竹市國講所 入所式 |
25 | 基隆市農事 小組合結成 |
26 | 美術展覽事務員募集 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 空閑地の一掃へ 臺南市民擧げて增產 |
02 | 防空の必勝態勢 警防團幹部の訓練實施 |
03 | 蓖麻の增產へ 深坑庄常會で協議 |
04 | 皇軍將兵を慰問 軍援嘉義市分會演劇に招待 |
05 | 鐵窓から增產へ 感激に張り切る(下) 增產戰士として更生 |
06 | 飛沫上げて力泳 中部水泳大會盛況 |
07 | 增產指導者の鍊成 臺東廳で五日間に亘り開催 |
08 | 製莚講習會修了式 |
09 | 鳳林郡下の國民貯蓄好成績 |
10 | 新莊郡下街庄常會 |
11 | 國民精神文化 講習會 |
12 | 十五日に創立總會 中小商工業再編成協力會創立總會 |
13 | 保甲役員表彰 大甲郡保協で |
14 | 遊休電話機に“赤紙” 港都高雄の計畫進む |
15 | 軍事之栞 海軍諸學校(上) 種類と教育概要 |
16 | 防諜講演座 談會を開催 三日竹南郡で |
17 | 下奎一區の 國報演習會 |
18 | 防衛戰士の龜鑑 病軀押して當直勤務中に散華 |
19 | 宮尾知事增產 學徒隊を激勵 |
20 | 麻豆街九月總常會 |
21 | 災害義捐金第拾壹回領收報告(敬稱略)報社消息 |
22 | 增產學徒汗の敢鬪 六校で計三十甲餘の整地を終へ 一部は藷植付を完了 |
23 | 兵隊さんの 理髮に奉仕 新莊郡組合員の 赤誠 |
24 | 高雄市の火事 |
25 | 人事報社消息 |
26 | 地方多より |
27 | 今日の映画演劇 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 男子從業の制限、禁止 從業者の雇入等命令 けふ本島にも實施 |
02 | 養兔業の將來 (上)/蘇新 |
03 | 鹽乾魚配給統制 十日より本島に實施 |
04 | 鑛業金融に萬全 鑛業財團抵當法近く施行 |
05 | 木材の消費規正 愈愈具體的方法決定 |
06 | 鳳梨の收量增加 增產熱を如實に反映 |
07 | 鹽乾魚介藻類 十六品目に指定 |
08 | 米麥に藷を加へて 主要食糧の自給確立 |
09 | 自動車事業組合 愈よ統合、強化 |
10 | 企業整備に即應 業態別組合も統合 |
11 | 中小商工業の 再編成打合會 あす高雄州で開く |
12 | 物資配給初の查察 嘉義市一圓に亘り實施 |
13 | 福大公司拂込 一株廿五圓 |
14 | 配給の適正化 嘉義市で打合會開催 |
15 | 物資配給監察 指導要綱決る 廊下各郡に通牒 |
16 | 經濟手帖 |
17 | 照明燈 |
18 | 商況(四日) |
19 | 島內株仲值表 |
20 | ラジオ |
21 | 水滸傳(1053)/黃得時;碇政彌 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 我方の備へは萬全 ビルマ再侵攻こそ われの望むところ頭條新聞 【東京發同盟】わが方のビルマ戡定作戰に依つて蔣政權への輸血道路が絕たれて以來抗日重慶の戰力は急速に低下し支那大陸を基地として我本土攻擊を企画した米英の痛手は蔽ふべくもなく玆に米英蔣合作の下にビルマルートの奪還作戰が計置され鳥滸しくも米英軍は昨十七年八月以來急速に正支空軍を補充強化し印緬國境防衛のわが軍の後方補給遮斷を目標として頻繁なる空襲を加ヘビルマ人の信仰の中心たるシユエダゴンパゴダを爆擊するの非さへ敢て行った、この空襲企圖に策應して東部インド國境方面に於ける敵地上部隊の動きも共に活潑化し在支英第十五軍團主力の第十四、第二十六の二箇師八箇旅園、約四萬を以てビルマ反攻を企て十二月末彼我の地上戰闘はマユ河畔に開かれた、ビルマルート奪回を呼號して在支英軍の精銳を以て行はれた敵の必死の反擊はわが方の善謀勇戰により敵を奔命に疲らせた舉句本年五月十四日遂に敵據點モンドーを占領遂に敵ビルマルート奪回の企圖は「アラカンの悲劇」を以て幕を閉ぢるに至つた、このアラカンの悲劇にも懲りず敵は猶重慶を驅って對日攻擊の手先たらしめ且つは自らの空軍基地の強化を圖らんとして虎視眈々ビルマルート奪回を目指しビルマ侵略の野望を燃やしてその機を狙つてゐる、即ち歐洲戰線に於いて北アフリカ、シチリアの占領に氣を良くした反樞軸軍は東亞に於いても對日總反攻を揚言現に南太平洋に於ける苛烈なる決戰が展開されつゝあるがこれと呼應して日本々土に攻擊を加へんとし支那大陸基地の強化に狂奔しつゝある、既に支那大陸に於いてはシエンノートを司令官とする第十四航空部隊が桂林、衡陽、建甌、麗水、零陵等を基地として蠢動を續け廣東、香港、漢口及び佛印方面等に小規模の攻撃を加へつゝあるもその都度わが方に撃退され逐次兵力を消耗、餘儀なく在米第十航空部隊より機材補給を仰ぎつゝある實情であるが支那大陸こそ日本攻擊の最も良き足場であると確信してゐる敵米英は叩かれても叩かれても大陸基地の強化を目指してゐるもので玆に彼等の呼號するビルマ再侵略作戰の真意が存するのである即ちビルマルートが過去に於て重慶軍の輸血路として六千乃至七千のトラックに依り月一萬噸內外の飛行機、ガンリン其の他の軍需品を輸送して來た事を顧ればビルマルート再開の企圖は在支米空軍強化が急速に實現し又重慶軍の抗戰力の強化にも或る程度寄與すると云ふ敵側にとって一石二鳥を狙る作戰であり更に英本國の兵站基地としてのインド防識の全きを期する一石三鳥の狙ひでもある、インドの國內情勢並びにチヤンドラボース氏の指導下にインド人のインドを目指して起ち上つたインド獨立義勇軍の存在は英國に取つて將に裾に火がついたものである、ケベック會談に於いて對日攻擊の強化を揚言し英が中南アジア軍司令官にマウンドバッテンを任じた意圖も南太平洋戰局と呼應してビルマ奪回の敵企圖が窺はれるのである斯くて反樞軸軍は新作戰の企圖をビルマに向けて明かにしつゝある、歐洲に於ける英軍の南イタリア上陸も敵の反攻に一つの氣勢を添へる事にならうしかしこれに對するわが方の備へは萬全であるビルマヘ地上から空中からそしてベンガル灣の洋上から性懲りもなく再來するであらうところの敵の反攻がアラカンの悲劇の再演に終るは火を睹るより瞭かである、この結果は亦重慶軍の孤立化でありアジア人のアジア誕生の產ぶ聲となるであらう、敵のビルマ再侵攻こそわれの望むところである |
02 | 日華提携を強化 青木大東亞相歸る |
03 | 比島憲法草案決定 晴れの署名を終る |
04 | 梧州と建甌を強襲 |
05 | 揚子江確保に鐵壁陣 |
06 | 大東亞相歸京 |
07 | 希望と理想を實現 ラ委員長感激を語る |
08 | 日滿は骨肉關係 離滿の青木大東亞相談 |
09 | 獨立旗をデリーへ ボース氏ペナンで絕叫 |
10 | 圖像:南太平洋○○爆擊に向ふ海軍水上機(三枝海軍省報道班員撮影海軍省許可濟第一○一號) |
11 | 我が對華新施策 一段の飛躍を遂げん |
12 | 南部イタリア戰況 |
13 | 反樞軸上陸軍に 甚大な損害與ふ |
14 | 伊軍三都市撤收 |
15 | チアノ伯を逮捕か |
16 | 赤軍前線突破 に失敗 |
17 | 總統大本營 發表 |
18 | 東部戰線戰況 |
19 | 土國‧米英ソ 要求を拒否 |
20 | 米英ソ三國の 外相會議か |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 同志的結合を固め 時局打開に猛突進 島都奉壯曉天入團式 |
02 | 增產戰線に參加 東條首相の令孃 |
03 | 防諜思想を強化 新竹州で講演會開催 |
04 | 圖像:荒鷲に進攻命令を下達(中支○○基地) |
05 | 軍神部隊に續け(五) 脈打つ究學精神 肺腑を扶る林大尉の書簡 |
06 | 一億胸に防謀 演藝競演會盛況 |
07 | 前田大將現地一周忌祭 |
08 | 羅東奉壯團 臨時常會 |
09 | 羅東街で體育 鍊成大會 |
10 | 海軍○○特別工作隊の建設譜 |
11 | 戰時下の化學知識 工夫を要する衣食住/白井俊明 |
12 | 闇の珍刑 |
13 | 私利を拂吹ばし 吳服屋も嬉しい心意氣 |
14 | 紐育五月中 の人口狀況 |
15 | 秋空へ“豆翼の饗宴” 臺北州模型航空機競技會 |
16 | 郵便貯蓄事務 非常態勢愈よ決る |
17 | 變つた增產方法 花蓮港で驅除強調週間 |
18 | 英國の癌、ユダヤ問題 |
19 | 厚生演劇好評 八日まで日延べ |
20 | 新生イタリア 復興の意氣 |
21 | 獨カソリツク 僧侶決戰態勢 |
22 | 國防訓練大會 柔劍道選手豫選 |
23 | 米國の化粧難 |
24 | 興南一家の總 常會 昨日北投で |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ジヤングルに挑み 未開の原野を拓く 白雲たなびく佐倉社の敢鬪 |
02 | 工業高雄の飛躍 企業家の進出目覺し |
03 | 工場地帶に 鳳山河沿岸利用 |
04 | 斗六奉壯團常會 |
05 | 奉壯團北斗郡 支會結成式 |
06 | 土橋彰化署長着任 |
07 | 敢鬪に輝く記錄章 中部水上競技閉幕 |
08 | 清水地方課長來屏 |
09 | 產業州の赤誠披瀝 惡條件克服、臺南州の切干藷供出 |
10 | 部隊に草刈奉仕 臺中學徒奉公隊 |
11 | 嘉義郡下事務監查 |
12 | 彰化市奉壯團 十四日から鍊成開始 |
13 | 屏東市郡の 青年學校查閱 |
14 | 臺東廳視學 事務連絡打合 |
15 | 藷增產一色 一生懸命のヨイ子供達 |
16 | 司法保護委員 事業講習會 |
17 | 硬貨回收に戸別訪問 戰ふ新莊郡の日婦 |
18 | 模範防空群 七星郡から指定 |
19 | 木炭の心配無用 今年は澤山出廻る |
20 | 彰化市役所の 職員蓖麻栽培 |
21 | 增產の敵害虫殲滅戰 員林郡の防除週間 |
22 | 臺東廳異動 |
23 | 赤誠の献金品 |
24 | コ疫新患なし 臺南で無料豫防注射 |
25 | コ疫防遏に萬全 斗六郡で豫防注射 |
26 | 人事往來報社消息 |
27 | 地方多より |
28 | 今日の映画演劇 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 決戰婦人の心構へ(二) 戰場精神を昂揚/佐佐木榮三郎 |
02 | 文化 藤村と明治文壇 特に「破戒」前後を中心に/鑓田研一 |
03 | 編輯者の立場から(4) 民俗諦視の新意義/金關丈夫 |
04 | 圖像:外遊の途に上る島崎藤村夫婦 |
05 | 藤村文學の精神/龜井勝一郎 |
06 | 噫‧山崎部隊/吳阿泉 |
07 | 詩人島崎藤村/長田恒雄 |
08 | ブリテン島/水島清 |
09 | 決戰川柳/野狐禪 |
10 | 思ひ出の處女作(四) 出發點“南山開關”/濱田隼雄 |
11 | 淡水句會 |
12 | “海の志願兵を讚ふ”/王昶雄 |
13 | 文化消息 |
14 | 新刊紹介 |
15 | ラジオ |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵十九機を擊墜 ウエワク來襲を邀擊 |
02 | 潤滑油の消費規正 科學審議會の答申 |
03 | 圖像:茫洋幾千浬太平洋の怒濤を蹴つて運送決戰に 晝夜をわかたぬ船團を空から護衛する陸鷲 (西南太平洋○○洋上春日特派員撮影、海軍省檢閱濟) |
04 | 加里製造方策 內容を技術院より發表 |
05 | 敵魚雷艇二隻を擊破 海鷲敵陣地に縱橫活躍 |
06 | 決戰台灣の新使命 戰力增強、企業整備(四)/中尾莊兵衞 |
07 | 國際展望 歐洲の反攻謀略激化 |
08 | 初の國家豫算編成 ビルマ政府關係省で折衝 |
09 | 嵐のやうな感激 比島憲法草案の歷史的署名式 |
10 | 反樞軸東南アジア 司令部構成內容 |
11 | 惡辣な米英の謀略 中立國抱込み工作活潑化 |
12 | 我が鵬翼の蹂躪下に 奧地の民心戰戰兢兢 |
13 | 南方留學生 けさ入京 |
14 | ボリス三世 葬儀嚴修 |
15 | 獨伊軍の猛反擊 英軍の進擊遲遲として進まず |
16 | 獨軍と赤軍との 戰略極めて微妙 獨の撤收作戰に赤軍辟易 |
17 | 赤軍戰車の損失莫大 |
18 | 英軍バルミ上陸 |
19 | 英軍トウシヤント 島奇襲上陸に失敗 |
20 | 伊軍バニアラを 撤收 |
21 | 英機廿七機擊墜 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 英靈通過の砌り 恭しく敬禮しませう |
02 | 有田兵事部長 金瓜石鑛山へ |
03 | 賞賜物件傳達式 けふ臺北陸軍兵事部で |
04 | 軍神部隊に續け(六) 忠孝一如物心一體/伊東延吉 |
05 | 山內警務局長 大詔奉戴日 に詔書奉讀 |
06 | 炊出訓練を實施 日婦幹部百五十名が |
07 | 新竹州下海の 志願兵試驗 |
08 | 北署廳舍增築なる 落成に武道大會開催 |
09 | 防空貯水槽 起工式 |
10 | 基隆署で防空講習會 |
11 | 勤行報國青年隊 擴大強化の連絡會議 |
12 | 狙はれてゐる台灣 敵機の來襲は必至 (一)固めよ必勝の防空陣 |
13 | 日婦新竹州支部結成一週年 |
14 | 炭鑛業者の懇談會 |
15 | 朝のラジオ體操 休まずにやりませう |
16 | 學園の教練查閱 臺大豫科から開始 |
17 | 廈門市政府機構改革 九月一日から實施 |
18 | 戰ふ女性(五) 紡織の卷 |
19 | 州單位中等對 抗戰場運動豫選 |
20 | 李市長語る |
21 | 府定例局部長會議 |
22 | 臺灣美術奉公會 各州廳に支部設置 |
23 | 肚で勝拔け 全島中等相 撲會鍊成 |
24 | 今夕第三回常會 |
25 | 新臺灣音樂研究 會港都で初公演 |
26 | 中等學校長防空壕打合會 |
27 | 華南新日報發 刊五週年記念 |
28 | 興南詩苑漢詩 歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/葉榮春、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/月津一雄、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/前村劔峯、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/林萬生、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/陳玉珍、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/郭燈林、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/林秀紅、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/鍾文童、歡迎陳玉珍先生及秀紅惠美兩女士擊鉢吟(以交券爲序) 秋會/高雄 惠美 |
29 | 工學部教授更 に二名發令 |
30 | 羅政府、佛居 留民を優遇 |
31 | 東部戰線に於ける補給戰 |
32 | 米國に阿片患者の激增 |
33 | 人事‧消息 |
34 | 今晚の放送 |
35 | 興南案內報社消息 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵艦船十四擊沈破 飛機廿七機を擊墜 ラエ東方上陸を邀擊頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(九月六日十六時三十分) 一、九月四日早朝敵は有力なる輸送船團を以てニューギニア島ラエ東方三十五粁ホポイ附近に上陸を開始せり 二、我が陸海軍航空部隊は直ちに出動、緊密なる協同の下に敵上陸地點附近及海上に於いて敵を攻擊中にして現在迄に判明せる戰果次の如し 敵輸送船六隻、巡洋艦一隻及舟艇多數を撃沈、輸送船五隻及驅逐艦二隻を爆破炎上せしめ戰闘機二十七機を撃墜せり、我が方の損害自爆及未歸還九機なり |
02 | 敵に殲滅的大打擊 ホポイの上陸地點なほ激戰繼續中 |
03 | ジヤワ現地住民の 政治參與制實施 機構公布に關し現地當局談 |
04 | 七機を血祭り(コロンバンガラ島にて) |
05 | 敵四機屠(ブーゲンビル島上空にて) |
06 | 軍政監告示全文 |
07 | 大東亞諸國諸民族 戰爭完遂協力に邁進 滿華視察終へで青木大東亞相談 |
08 | 連日熾烈なる激戰 |
09 | 南太平洋の航空決戰 ○○參謀の談話を聽く |
10 | 議員の約半數民選 可及的速かに選擧を實施 |
11 | 中央參議會の骨子 |
12 | 戰友見殺しに遁走 不時着米飛行士の狼狽振り |
13 | 陸軍司政官發令 |
14 | 青木大東亞相 首相を訪問 |
15 | 泰軍事視察團 陸海軍に献金 |
16 | 潛水艦砲擊に 米國は兢兢 森林防火隊組織 |
17 | 反樞軸艦船 マルタ島に集結 |
18 | イタリア艦隊 ダ港を脫出 |
19 | ジヤワ文化視 察團着京 |
20 | 貴院各派交涉會 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 敵米英陣營の 苦惱と焦躁 我方萬全の備へ社說 一 大東亞戰爭の現狀は米軍の熾烈な反攻作戰にも拘らず、戰局は著しく膠着消耗狀態を現出し所期の戰果を擧げ得ない現狀である。然るに我方の戰略態勢は、北太平洋から南太平洋に至るまで着實に完成し、殊に南方各地域は有力な戰爭物資補給源となりつつあると同時に、東亞防衞の要塞として重大なる役割を演じてゐる。この現實に□面した敵米英陣營は、有效な日本攻擊をなさざれば日時の遷延と共に日本の戰力は強大となることを恐れ戰き、この際本格的な太平洋第一主義を實施しなければならぬと、痛感せざるを得ない狀態に立ち至ったのである。即ち第四次のカサブランカ會談までの歐洲第一主義を修正し、第五次ワシントン會談から太平洋第一主義に變更して爾來これを實施しつつあったのである。而して今次ケベック會談に於いて更にこの方針に再檢討を加へたことは間違ひのない事實で、敵側は「取極めの具體的內容は今後戰場において示す」と高言してゐる程で、同會談に關するル、チ共同聲明には「日本への戰爭と重慶への効果的援助とを議した」と臆面もなく對日戰への苦惱と焦躁を自ら告白したのである。 二 大東亞防衞の要塞と化した南方と支那大陸との「人」と「物」とを確保し得た今日、長期戰こそは帝國の勝利への一大要件とさへなってゐるのである。又長期戰になればなる程、我國民は國家に一切を捧げ、一億鐵石の結集を更に更に鞏固にして行くものである。對日戰への米英陣營の苦惱と焦躁蓋し宜べなる哉である。谷萩陸軍報道部長が徹底的に揚抉を加へた如く、敵陣營は今や內外の情勢から見て長期戰を許さず、かなり速かにこの戰爭を終結せしめようと焦ってゐる。殊に敵陣營の中核米國に於いて然りである。即ち民眾生活の逼迫、勞働爭議、行政と議會の衝突、官僚の權力爭ひ、大統領選舉に絡む政爭の展開等等決して樂觀を許さず、一方對外關係では、ソ聯との微妙な關係太平洋第一主義に關する英國への猜疑、重慶、濠洲の對米不信等、內憂外患の真ッ只中にあるのである。その上米國民は米國が東亞侵略の非望を放棄せば、日米間何等死鬪をなすべき理由がない事を認識し出し、對日戰爭の目的に對して疑惑を持ちつつあり、やがて繼戰熱意の消磨を來すことは理の當然で、慘憺たる戰場の實情が判るにつれて愈よ激甚となるであらう。 三 對日總反攻を呼號しても、敵米は我國一に對して米二十の兵力を以てするに非らざれば、勝利は覺束ないと自覺してゐる。この論を以てせば假りに一つの島に日本軍が一師團ゐたら、これを攻擊するのに彼等には二十師團の兵力を要する。一師團に約三十萬トンの船が必要とせば、彼等には六百萬トンの船を要す。斯くの如く人的資源から云っても、船舶關係から云っても、米國は地上海上の進攻作戰を行ふことは極めて困難である。彼等に殘された唯一のものは、遠卷きの現在の包圍線上に點在する陸上基地よりの空襲を狙ふことであらう。既に五千キロの航續力ある重爆の出現は決して困難でないと想像される。帝國が擧國の總力を擧げて航空戰力の增強と國土防空の完璧を期すべき所以である。又「重慶への効果的援助」とは、ビルマ奪回作戰を指すものであらう。ビルマルート再開の企圖は在支米空軍強化の急速實現、重慶軍抗戰力の強化、英本國の兵站基地インド防衞の全きを期すると云ふ敵側にとって一石三鳥の狙ひであらう。だがこれに對する我方の備へは萬全である。ビルマヘ地上から空中から而してベンガル灣の洋上から性懲りなく再來するであらうが、敵の反攻はアラカンの悲劇の再演に終るのみでビルマの反攻わが望む所である。 |
02 | 擊墜率九十九% 神業にも近い我が隼戰隊 淒絕‧南方航空擊滅戰 |
03 | 科學戰必勝の布陣 科學教育制度の具體策決定 |
04 | 決戰食に萬全構へ 日婦臺灣北部訓練所指導部 非常炊出し講習會 |
05 | 決戰だ軍艦送らう 皇奉森田支部長‧州民の赤誠を 携へて海軍武官府へ献金手續 |
06 | マカツサル 街頭風景 |
07 | 衷情烈烈‧軍國の母 印南兵事部長に赤誠の書翰 |
08 | 增產推進に打合 宜蘭市官民一堂に會す |
09 | 局鐵海岸線復舊 三等寢臺車も連結 |
10 | 粉骨碎身の覺悟 藏原新南署長語る |
11 | 木炭の增產へ 新竹州、窯五百箇新設 |
12 | 花蓮港廳職員 除草作業奉仕 |
13 | 三峽街常會 |
14 | 小遣錢貯めて 慰問袋献納 八甲町のヨイ子供 |
15 | 出產記念献金 |
16 | 人事‧消息報社消息 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 下部機構を強化 農業技術員を優先的に採用 高雄州の增產對策 |
02 | 逞し奉公の熱意 高雄市內蓖麻增產狀況に付 島澤州產業部長語る |
03 | 蓖麻の栽培に 員林郡で郡民を總動員 |
04 | 新化神社鎮座祭 廿二日嚴そかに執行 |
05 | 石橋海軍軍屬を弔 ふ街、警察合同葬 七日員林東國民校で |
06 | 中和庄の蓖麻檢收 八千餘斤を突破 |
07 | 堆肥增產に拍車 海山郡で打合會を開催 |
08 | 蓖麻栽培に保 甲奉公班動員 |
09 | 臺南市參事會 |
10 | 決戰配給態勢促進 商奉臺中州支部で打合 |
11 | 女子救護班の 結成式を擧行 |
12 | 海志の豫備訓練 高雄市で五日間實施 |
13 | 奉公の熱意昂揚 嘉義市、東石郡の青年を鍊成 |
14 | 國防訓練大會に彰 化市から選士派遣 |
15 | 桃園街警防團 助成會發會式 街會議室で擧行 |
16 | 蓖麻增產の督勵 に清水技師來彰 |
17 | 青年團長會議 四日彰化市で |
18 | 青少年保護に萬全 高雄州の兩施設近く出來上る |
19 | 赤誠の献金品 |
20 | 海事思想普及 作品展示會 彰化市で開く |
21 | 軍事之栞 海軍諸學校(下) 種類と教育概要 |
22 | 鄉軍文山分會 の銃劍術訓練 |
23 | 海山郡產組取扱の硬貨回收 三十萬枚を突破 |
24 | 各戶に待避壕 彰化市で八日迄に全部完成 |
25 | 彰化郡楠西庄常會 |
26 | 中小商工業再編成 高雄州で大綱協議 |
27 | 彰化市相撲大會 十二日に開催 |
28 | 松山氏夫人逝去 |
29 | 人事報社消息 |
30 | 地方多より |
31 | 今日の映画演劇 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 金屬箔等使用禮拜紙 けふより製造を禁止 使用廢止運動徹底方通牒 |
02 | 伊勢田技師談 農機具の島內自給 嵩張るものが先づ必要 |
03 | 轉業開拓民の渡滿 本年度一萬戸を突破 |
04 | 養兔業の將來 (中)/蘇新 |
05 | 船內荷役の強化 團體運營要綱等決定 |
06 | 機帆船荷役施設 關係方面で整備考究 |
07 | 肥料配給組合 十七日に總會 |
08 | 殖產行政合理化 近く分掌改變 |
09 | 機帆船の運航統制 交通局の根本方針決定 |
10 | 戰爭死亡保險 實施後の實績を見る |
11 | 戰力增強に挺身する 白系露人產業戰士 |
12 | 防諜映畫を公開 |
13 | ジルコンの本格的採掘へ 稀元素工業會社を新設 |
14 | 商況(五日前場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1054)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵船二隻を擊沈 海鷲、ホポイを強襲 |
02 | 西南反樞軸軍司令部發表 |
03 | ホポイとはどんな所か |
04 | 東亞反攻作戰至難 英の有力紙が指摘 |
05 | 東條首相參內 |
06 | 決戰台灣の新使命 南方軍政推進に協力(五)/中尾莊兵衞 |
07 | 獨立近い新比島農村 |
08 | 日本魂で敵を壓倒 秋山邦雄中佐放送 |
09 | 技術院強化を要望 創意と愛國心を結集 |
10 | 米、英、ソ微妙な關係 |
11 | 歐洲大陸反攻 最高司令官 マーシャル起用か |
12 | ソ聯、宗教政策を轉換 |
13 | 依然前哨戰の範圍 カラブリア州の戰況 |
14 | 東部戰線の戰況 |
15 | カラブリア州 南部を撤收 樞軸軍秩序整然 |
16 | 重要會議開く 法王廳、樞機官 全員を招集 |
17 | 泰軍事使節團離京 |
18 | 在伊邦人□□ |
19 | 赤軍のル市上 陸企圖空し 獨軍の反擊で |
20 | 米國七月中の 軍需生產狀況 |
21 | 交通人民委員部を 赤軍直接統制下に |
序號 | 標題 |
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01 | 忠靈塔聖域を綠化 市民から赤誠の献木募集 |
02 | 內地の薰り床しく 伸び行く野菜に勇士達も 目を細めてにつこり |
03 | 南方建設戰の礎石 黑川、橫山兩少將、大井大佐 九日合同葬を執行 |
04 | 狙はれてゐる台灣 敵機來襲の時期(二) 狙ふ目標と爆擊方法 |
05 | 商道奉公の誠披瀝 緣りの日九‧一八を卜して 新商道強調週間實施 |
06 | 一人一坪の蓖麻 奉戴日期して擧つて栽培 |
07 | 共榮圈建設協力に 臺大教授陣を總動員 |
08 | 堆肥造成に敢鬪 崁頂部落が增產週間設定 |
09 | ドイツ軍の 戰車戰術 |
10 | 圖像:空に羽搏く山崎部隊長の遺兒保之君(向つて左於羽田飛行場) |
11 | パゴダの國ビルマ 佛塔に拾ふ話題の數數 |
12 | 心は一つ食糧增產 |
13 | 鳳林郡葬 來る九日執行 |
14 | 空の旅によき休憩所 臺北航空ホテル誕生 |
15 | 奉戴日の彈丸切手は 建功神社境內で買はう |
16 | 米の新型驅逐艦 |
17 | 防犯劇“溫情の凱歌”上映 |
18 | 硬貨回收別働隊 向陽信組回收に積極活動 |
19 | 海洋青少年養成 所入所式 |
20 | ドイツ製寫真機を登錄 |
21 | 興南詩苑漢詩 菲島潮音【三】同聲詩社社友初次集會偶成/天放、同聲詩社社友初次集會偶成/天放、步一葦先生原玉/少奇、同聲社同人集會席上步少奇兄原韻/友谷、次少奇先生元韻/一葦 |
22 | 三十三年間眠り續けの女 |
23 | 人事‧消息 |
24 | 今晚の放送 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 部落單位の責任供出 米穀供出方法改訂要綱頭條新聞 【東京發同盟】政府は決戰下國民主要食糧の確保を期するため十八年產米の供出方法を改善する方針の下に豫て農林省において地方事情と睨み合せ銳意改訂案の檢討を進めてゐたが成案を得だので七日の定例閣議に「米穀供出方法改訂要綱」を附議山崎農相より詳細說明を行った後正式決定同日午後四時情報局より左の如くこれを發表した同要鋼の骨子は食糧自給の絕對的要請に基き農家をして大東亞戰爭完遂の強固たる意志と熱意とをもつて進んで產米供出に努めしめ一層食糧管理の實施を圓滑ならしめるため 一、部落供出豫定量の決定、即ち政府は概ね作況の見透しがついた時期に買入豫定數量を定めこれを都道府縣に割當、都道府縣は市町村單位に市町村は更に部落軍位に割當てゝ部落供出豫定量を決定する 一、部落責任供出量の決定、即ち各部落は全刈またはこれに準ずる方法に依って部落實収量を算定これより部落內保有量を差引いたものが部落供出豫定量を越へる場合はこれを部落特別管理米として保管し原則として部落供出豫定量をもって部落責任供出量たらしめる こととし農家の隣保相助の精神に基き部落單位の割當供出を實施せんとするものでこれが賞施に依り從來の供出方法の不備は一掃され多大の効果を舉げるものと期待される ◇情報局發表七日 ▲米穀供出方法改訂要綱に關する件 苛烈を極める戰爭の現段階に於いては國民食糧の大宗たる米穀について國內自給體制を強化し綜合戰力の增強に努めることは國家の絕對的要請であって苟くも不足を國外よりの供給に待つといふことは許されぬ情勢にある從って本年產米については凡そ國家が所有する一定數量は是非供出せねばならぬから一面供出の方法に就ては事情の許す限り農村の實情と農家の心理をも汲み農家が大東亞戰爭完遂の固き意志と奉公の熱意とを以って增產に精進し進んで供出に努むるよう其の改善に格段の意を用ふる事が肝要である、右の趣旨に依り今回從來の方法に別紙要項の如く改訂を加え供出の圓滑を圖り食糧管理に遺憾なきを期す次第である ◇米穀供出方法改訂要網 第一、方針 本年產米の供出に關しては食糧自給の絕對的要請に基き農家をして大東亞戰爭完遂の強固なる意志と熱意を以って進んで產米供出に努め一層食糧管理の實施を圓滑ならしむるため從來の方法に適當なる改訂を加えるものとす 第二要領 一、部落供出豫定量の決定 政府は概ね作況の見透しつきたる時期に於いて綜合戰力の強化を中心とする國家の所要量を基礎とし來米穀年度の食糧事情及び農家の自家用米を勘案して買入豫定數量を定め之を都道府縣に割當て都道府縣はその割當てられたる數量を管內諸般の實情を參酌して市町村單位に割當て更に部落單位に割當てを為さしめ、之を部落供出量の決定 二、部落責任供出量の決定 實收量を確定し得るに至りたる時は遲滯なく左記に依り部落實收量を算定したる上部落責任供出量を決定する此の場合に於いて災害に依る減收ありたる場合などを除くの外部落供出豫定量を以って部落供出量としなほ餘裕あるときは之を特別管理米とし部落に保管せしむるものとす (一)農家實收量 所謂全刈またはこれに準ずる方法に依り算出したるものを基礎として部落內農家の實收量を算定し之を集計したるものを以って部落確實收量とす (二)部落內保有量 部落內農家各戶の現行基準に依る自家用保有米の數量を集計したるものを以つて部落內保有量とす (三)部落特管理米 部落確實收量より部落內保有量を差引きたるものが部落供出豫定量を越ゆる場合に於いてはその超過分は之を特別管理米として當該部落に於いて豫備的に保管せしめ常に部落內農家各戶の所有分を明確ならしめ置くものとす特別管理米は災害など其の外不時の需要に充つる事を得るものとす (四)部落責任供出量 部落供出豫定量を以て部落責任供出量とするを原則とするも災害に依る減少其他やむを得ざる特別の事由ありたる時は部落責任供出量の減量を認めるものとす 三、供出確保の為めにする措置 部落の供出は隣保相助の誼みを以ってこれにあたらしむるものと共に關係農業團體をして其の推進に任せしむるものとす、供出を阻害する橫流しなどの行為に對しては部落內農家の自省自肅によりその發生の防除に努めしめ尚且つ違反行為を敢えてするものある時は嚴重なる措置をとると共に他面供出の指導監督にあたりては飽迄農家の理解と奉公心に訴ふるを本旨とするものとす、供出米の買入代金の支拂等に關しては其の取扱ひの簡易迅速を計るものとす 四、特別管理米及び部落內保有量の供出並びに之に對する表彰、特別管理米については需給調整の必要に應じ自發的供出を勸獎するの外やむを得ざる事情ある時は政府はその供出を求むることあるものとす、地方の實情に應じ鄉土食の普及等に依り部落內農家が進んで自家用保有量を節約するやら勸獎するものとす特別管理米より供出したるものまたは部落內保有量を節約して供出したるものに對しては適當なる表彰的措置を考慮するものとす 五、供出に關する部落と部落內農家との關係、供出は部落を單位として行はるる趣旨に鑑み供出量を部落內農家に於いて如何に分擔すべきやについては物質的均衡を得しむるを目途として部落の協議により之を決定せしむるものとす 六、その他前各號の外供出に關しては從前の方法を踏襲するものとす 備考 一、部落を單位とする取扱ひを為すこととなりたるも之に依り上級團體としての市町村の任務には何ら變更なきものとす 二、部落を單位とする取扱ひを為すこと困難なる特殊の事情ある場合に於いて市町村に於いては市町村またはその一部を單位とする等適當なる取扱ひを為す事を得るものとす 三、本要綱の實施と相俟ち國民運動に依り一層食料事情の徹底、食糧尊重精神の昂揚及び自發的供出の勸獎に努むるものとす |
02 | けふ大詔奉戴日 詔書 |
03 | 新構想を網羅 山崎農相が說明 |
04 | 田中靜壹中將 陸軍大將に進級 |
05 | 輸送船の危機救ふ ボーイング哨戒機に體當り 小田軍曹機に感狀 |
06 | 直接施政に參劃 現地住民の政治參與實現 |
07 | 優良供出者には 表彰制度を實施 |
08 | 輝しい希望に燃ゆ 感激を語るジヤワ現地住民 |
09 | 戰鬪經過概要 |
10 | 特別管理米の 運用期待さる |
11 | 定例閣議 |
12 | 來襲敵三機を擊墜 |
13 | 濠州軍密林戰 鬪部隊 ホポイ上陸の敵 |
14 | 獨ソ未曾有の 大戰車戰 |
15 | 中部マライで 討英大獅子吼 ボース氏が |
16 | チアノ伯逮捕は誤報 |
17 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 食糧增產と 地主の協力社說 一 本年に於ける內地米作の生育狀態は大體良好にして先づ平年作以上は間違なしと觀測せられてゐるが豐作の前年度に比べて多少其の收穫量が減っても朝鮮に於ける增收見込で內鮮を通じて昨年並に收穫量を豫想し得るのであるから、大東亞戰爭の現階段に於ては先づ滿足すべき狀態であると謂はねばならない。本島に於ては一期米の收穫が天候不順のため石內外しかないと豫想されてゐるが、二期米現在の經過は頗る順調であるから、全年を通じて平年作を確保し得る事とならう。而して內地米の收穫量を七千二百萬石として朝鮮より五百萬石、本島より三百萬石合計八千萬石の供給が出來れば今のところ國內に於ける食糧の自供狀態が完成されるわけであるが、周知の如く米作は天候に左右される事が多いだけ假令本年度の需給が安心し得ても次年度の見透しは殆ど附き兼ねるから、食糧增產が常に戰時經濟政策の上位に置かねばならない事は言を俟たない、尚本島より年三百萬石の米を移出する事もなかなか容易ならぬ問題であるから、今後本島としては出來る丈甘藷の增產を圖ると共に甘藷混食を獎勵し以て移出米の增加を期しなければならない。現在甘藷增產の方法としては耕地の擴大と蔗作の間作を獎勵しやうとしてゐるが、吾人の見るところでは水田甘蔗作の全面的撤退を斷行し、水利の足らざる土地に於て稻作、甘藷、綠肥の三作を以て徹底的に米、甘藷の增收を圖る事が最も捷徑ではないかと思はれる。此の問題は切に殖產當局の一考を煩はしたい。 二 次に食糧增產に最も效果的に行ひ得るには地主の協力が最も必要である事を強調したい。此問題は曾て本欄に於て提唱した事はあったが最近となって內地に於ても頗る重大視せられてゐる事は喜ばしい現象である。尤も地主の多くは不在地主であるため既に土地と遊離してゐるが何んと言っても農村に於ける地主は未だ指導階級として大きい存在である事は否むべからざる現實である。若し地主と小作人との間が一體となって新しい技術を採用し又は堆肥の製造、土地の改良を行へば食糧增產に寄與する力が決して小なるものではない、中にも食糧增產としての土地の改良は工場で言へば機械の改良と同一の意義を有するものであるから、これを疏外しては決して戰時食糧の自給策を根本的に確立する事が出來ない事は明かである而して土地の改良は小作權の安定がなければ小作人は安心に又熱心に行へないものであるから、何うしても地主の協力が必要である。即ち地主としては單に土地を以て投資物視するところの不勞所得を清算し以て國策協力として尊き一役を買はねばならず、これが又地主として其の存在を意義あらしめる所以であらうと信ずる。最後に地主としての製糖會社は今や十有餘萬甲の大土地を所有し、其一部分が蔗作として利用されてゐるのみであるから、殘餘の土地を如何に食糧增產として動員すべきかは製糖會社に課せられた一使命たるを失はないであらう即ち製糖會社としては今や米や甘藷を敵作物と見做すべきでなく甘蔗を中心として更に食糧の增產に協力すべき態制を確立すべきであるから、此の際製糖會社を含めての本島地主の覺悟と奮起を特に要望せざるを得ない。 |
02 | 生死超越の心境 一死奉公あるのみ 科學好きの小田軍曹 |
03 | 固り生還を期せず 小さい時から飛行機が大好き 伯父清之助語る |
04 | 目指す“國民皆武” 決戰型武道具決る |
05 | 圖像:司法保護事業座談會 |
06 | けふ大詔奉戴日 承詔必謹戰力增強へ |
07 | 大東亞建設と蒙古/包崇新 |
08 | 鬪ふ高砂族の姿 井原警察部長初巡視 |
09 | 宜蘭市職員 蓖麻栽培 |
10 | お山の決戰色 收穫祭に國語演習會 |
11 | 東臺灣電力奉公 隊若山中隊献金 |
12 | 花蓮港農林校舍新築に着手 |
13 | 刑餘者に“溫い手” 司法保護思想強調週間を前に 島都で司法座談會 |
14 | 敵空襲に備へよ 防空法一部改正 |
15 | 日本刀試斬り 新竹州中庭で |
16 | さア、大漁豐漁だ 漁船四十隻近く一齊出動 |
17 | 頭圍庄時局映畫會 |
18 | 皇奉推進更に拍車 奉壯團革新要綱なる |
19 | 一戶當り五十本 高雄州蓖麻栽培に大童 |
20 | 花蓮港市職員 の蓖麻栽培 |
21 | 水害義捐金募集の ハーモニカ發表會 |
22 | 敵空襲に備へて “非常炊出し” 平常の訓練が第一 |
23 | 羅東街日婦常會 |
24 | 蘇澳築港工事 費寄附打合會 |
25 | 花蓮港警務課人事異動 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰歿義勇隊員忠靈碑 大武山祠境內に建立 |
02 | 海軍豫備學生に見事合格 嘉義市東門校の小倉訓導 |
03 | 保甲書記の講習會 |
04 | “陸志入所中の子に 死を知らせるな” 軍國の母の健氣な遺言 |
05 | 農民に“增產五訓” 高雄州で制定實踐 |
06 | 擧州‧蓖麻の增產へ 森田知事が督勵行脚 |
07 | 關西庄奉壯團常會 |
08 | 安藤檢察官熱辯 新營街奉壯團主 催の時局講演會 |
09 | 增產第一線を強化 農家に經營手帖 |
10 | 農家を總動員 大溪郡で草刈週間設定 |
11 | 市長以下蓖麻 栽培に垂範 |
12 | 飛行場の草刈に 永康庄擧庄奉仕 |
13 | 安田翁來彰 |
14 | 烏日庄職員蓖 麻栽培に垂範 |
15 | 蓖麻增產に督勵隊編成 竹南郡で加村郡守を總指揮に |
16 | 稻垣商工水產 係長花壇庄へ 常會の推進に |
17 | 宮川、田中兩氏講演 |
18 | 蓖麻增產に 郡職員垂範 |
19 | 內田嘉義署長着任 |
20 | 軍事之栞 軍人勅諭の渙發 皇軍精神の源泉 |
21 | “職場整頓”の週間 全職業人打つて一丸繼續實踐へ |
22 | 防諜の一色に 臺中州強調期間の行事 |
23 | 米穀增產獎勵 金交付式擧行 四日龍潭庄で |
24 | 決戰貯蓄に 州民一段の奮起要望 |
25 | 適正配給へ 嘉義市各區に委員會設置 |
26 | 撰米に乙女た ちが汗の敢鬪 |
27 | 嶼坪島で鐵鑛石を發見 澎湖廳で積極的に企業計畫中 |
28 | 渡邊技師來彰 |
29 | 蓖麻栽培に強 調週間を設定 龍潭庄民汗の感鬪 |
30 | 龍潭庄第一 種青年訓練 |
31 | 北斗街常會 |
32 | 新化街總常會 |
33 | 自疆館近く誕生 保護者と被保護者を繞る美談 |
34 | 斗南街常會 |
35 | 大溪奉壯團幹事會 |
36 | 元長庄常會 |
37 | 新化街區總代會 |
38 | 青年の自殺 |
39 | 人事報社消息 |
40 | 海豐區に決定 決戰生活文化 基本部落に |
41 | 今日の映画演劇 |
42 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 殖產局長談 重要鑛物增產に對處 鑛業規則及增產令改正 鑛業財團抵當法も同時に施行 |
02 | 養兔業の將來 (下)/蘇新 |
03 | 自動車事業新組合 設立委員六名を任名 |
04 | 產組監事講習會 第三次はけふ臺北で開催 |
05 | 鹽乾魚配給機構 全島商工水產課長會議で協議 |
06 | 副見交通總長 兩課長帶同南下 |
07 | 基隆港勞働需給 組合近く結成 |
08 | 民間木船保險を 木保組合に切替 |
09 | 中平食糧局長きの ふ上京 |
10 | 一、二等の當籤債券 臺北勸銀支店より賣出 |
11 | 二期米の作況 生育概して順調 |
12 | 經濟手帖 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(七日前後場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1055)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 凡ゆる神經を動員 敵發見の一點に集中 前線部隊唯一の目哨戒機同乘記 |
02 | 決戰台灣の新使命 國策諸會社の強化(六)/中尾莊兵衞 |
03 | 我が對華積極援助 一片の功利的なものもなし 谷大使上海で語る |
04 | 圖像:印度洋上に敵影を求めて哨戒たり嚴然宗久海軍報道班員撮影(海軍省許可濟第一○一號) |
05 | 樞軸軍必死の防戰 英軍の進擊遲遲進まず |
06 | 第三回行政查察を實施 藤原銀次郎再び勅命さる |
07 | 伊本土上陸 作戰 ソ聯は輕視 |
08 | 伊軍參戰以來の戰果 |
09 | 米の「英帝國清算」に チヤーチル絕對反對 |
10 | 吉田主計大尉 名譽の戰死 |
11 | 赤軍の補給線に 獨空軍集中攻擊 |
12 | 米英ソ三國 會談の準備か |
13 | ル、チ兩人間に 何事か重大相談 |
14 | 赤軍戰車二三五臺擊破 |
15 | 東部戰線の 一般情勢 |
16 | 來襲米機五十 を擊墜 獨空軍當局發表 |
17 | ミユンヘンを爆擊 |
18 | 臺灣關係勅令公布 |
19 | マウントバツテン 關係當局と會見 |
20 | 府人事異動 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧島蓖麻を栽培 けふ第廿一回大詔奉戴日 |
02 | 梁井知事が 陣頭栽培 |
03 | 奉公精神の昂揚に 皇民奉公賞を設定 每年四月十九日に授與 |
04 | 狙はれてゐる台灣 敵が狙ふ都市爆擊(三) 心せよ‧一燈漏れて重爆千機 |
05 | 土井、安達兩課長が常會視察 |
06 | 宮中三殿に御參進 竹田宮紀子女王殿下 |
07 | 一擊必殺の意氣! 營庭に繰展ぐ鍊武の繪卷 鄉軍臺北支部武術大會 |
08 | 大楠公に譽の赤襷 島都國民學校の銅像を献納 兒童達感激の別れ |
09 | 圖像:鄉軍武術大會 |
10 | 圖像:名譽の召集を受けた大楠公 |
11 | 日婦が炊出奉仕 樋口參謀長が激勵 |
12 | 模型航空機競技 十九日臺北で開く |
13 | 南北署警防團幹部非常召集 |
14 | 婦人委員幹事 常會前に放送 |
15 | 故盛憲兵曹長 の遺族弔問 |
16 | 基隆天神區長發令 |
17 | 興南詩苑漢詩 若草屋秋夜/覺齋、菲島潮音(四) 步少奇先生元韻/野千、雨夕偶成/子蠡、岷埠喜晤□一葦先生兼柬伯行先生/禮耕 |
18 | 新竹州海軍志 願兵銓衡試驗 |
19 | 新竹建艦献金 三則 |
20 | 模範防空群審查 けふ基隆署で表彰式 |
21 | 甲種飛行豫科練習生 二回に分かれて入隊 |
22 | 家畜病死の豫防に大童 |
23 | 計畫農業指導 部落機構整備 |
24 | 國防訓練相撲 大會 高雄市豫選會 |
25 | ボーキサイド 香川縣下に發見 |
26 | 本社員の蓖麻 栽培報社消息 |
27 | 人事‧消息報社消息 |
28 | 今晚の放送 |
29 | 興南案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵揚陸地點強襲 敵船四擊沈破、敵機四を擊墜 ホポイで我海鷲奮戰頭條新聞 【南太洋○○基地八日發同盟】四日未明ニューギニャ島ホポイ附近に上陸した敵軍はその後漸次兵力を增強し來りたるため同方面の戰局は日を逐って熾烈化してゐる即ち連日に亘る戰闘に引續き六日午後わが海軍航空部隊は戰爆連合の大編隊をもつて敵の揚陸地點を強襲し折柄行動中の敵輸送船團を發見する敵直衛戰闘機約二十機の猛烈な抵抗を排除しつゝこれを爆擊忽ち二千噸級輸送船二隻を擊沉、魚雷艇一隻を轟沉大型輸送船一隻を擊破すると共に軍需品集積場三ケ所を炎上せしめたまた反擊し來れる敵戰闘機カーチスP四O、二機、ロッキードP三八、二機計四機を撃墜する戰果を舉げたこの戰闘においてわが航空部隊は全機悠々歸還したが搭乘員一名の戰死を出した |
02 | 苦鬪の長距離漂流 モレスビー爆擊の勇士三個月目に生還 |
03 | 備へあれば憂ひなし 水平爆擊、急降下爆擊、爆彈の威力 足原武一少佐が敷衍 |
04 | 米機五十一擊墜 スツツトガルト上空で |
05 | 實施要領 企業整備を側面推進 商工、內閣委員共同全國的現地調查 |
06 | ハル長官拒絕 アルゼンチンの武 器貸與援助申込を |
07 | 圖像:○○基地歷戰の鵬翼を休む阿部海軍報道班員撮影、海軍省許可濟第一○一號 |
08 | トルコの中立不變 アンカラの外交活動熾烈化せん |
09 | 翼贊運動推進 連絡班を派遣 第一次視察の目標二點 |
10 | 明治神宮と 靖國神社參拜 東條、嶋田兩相 |
11 | スターリン市 を獨軍撤收 |
12 | 伊軍戰況公表 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 高文合格者任 用の新方針社說 政府は七日の閣議に於て、各廳の幹部たるべき官吏として採用した高文合格者の任用並に官等の陞叙に關する新方針を決定、直ちに各廳の內規として本年度新採用者よりこれを實施することとなった。今回の新方針の趣旨は時局に即應して、新採用者の軍務に服するものと服せざるものとの均衡を圖り、且つ大學高專の修業年限短縮の缺陷を補ひ、併せて統制經濟等複雜化した戰時行政に慣熟せしめんとするところに在る。斯くして新方針による今後の取扱ひの骨子は大體次の二點である。即ち採用後軍務に服せざる者に對しては、判任文官として二年以上の實務收習を經たる後奏任文官に任命するが、內少くとも一年は地方廳に勤務第一線行政の實態を習得體驗することを要す。而して奏任文官に任用する場合の官等は一律に高等管七等とし、二年以上在職したる場合に高等官六等に陞叙することに改められたのである。次に採用後軍務に服し復歸したる者に對しては、採用後通算二年以上に達したる場合は高等官七等に、四年以上に達したる場合は高等官六等に任用することとし、軍務に服せざる者との取扱ひ均衡を圖ったのである。 以上によって明らかなる如く、今回の取扱新方針は戰時下まことに當を得た方策と云ふべく、特に新採用有資格者に對する二年以上の實習を規定して、複雜化せる戰時行政に慣熟せしめ且地方第一線行政の實態を體得させることとした事は、人物拂底の折柄一見迂遠の如くに見えてその實甚だ時宜を得たる堅確な訓練法と云はねばならない。學園を巢立ったばかりの謂はば溫實育ちとも云ふべき新採用有資格者に、いきなり複雜極まる戰時行政の實態が解らう筈はなく況や直ちに自らその任に當るの不可能なことは敢へて贅言を要しないことである。しかもその上に戰時行政の特徵は平時行政と異って戰爭目的の完遂といふ大方針の下、確乎不動の國策に規定されたる軌道の上を驀進するところに存する。從って行政擔當者の任務は、國民を率いて此の軌道の上を快速に走破することであるが故に行政擔任者は何よりも先づ大局を把握し複雜な戰時行政の實態に徹しなければならぬ。而して實際の施策に當っては、時に勇猛果敢、時に細心周到しかも臨機應變いささかも迷はず惑はず迅速的確に判斷し實行する肚の人物でなければならぬのである。 然りとせば、學窓出立ての青年をして單に有資格者なるの故を以て近年の如く半年や一年位の見習で直ちに戰時行政の擔任者たらしむるは險吞この上ない話と云ふべきであらう。その結果として或は失敗し或は獨善的な紙上計畫や机上工作に終始する實例を餘りにも屢屢見せつけられるのである、斯やうに新採用有資格者の訓練實習は短期間では殆んど實効なきことと斷言してはばからない。今回の取扱ひ新方針は近年來の時弊を是正するに多大の効果を期待せられるが、僅か二ヶ年の實習期間だけでは勿論充分なりとは云へず、更に任官後に於ける細心なるポストの配置によって尚一二年間の訓練教養を自覺せしめる必要があらう。而してこのことは獨り新採用有資格者のみの問題ではなく近年輩出した多數の若手奏任官に對しても如上の意味に於て改めて堅確な再教育を施す必要があらねばならない。 |
02 | 靖國神社 臨時大祭委員長 土肥原大將に決定 |
03 | 日本婦人蹶起の秋 日婦今秋の總會を中止して 戰力增強行事を實施 |
04 | 宜蘭市の賞賜 物件傳達式 十一日に擧行 |
05 | 空の要塞へ體當り 見敵必殺の小田曹長 |
06 | 至誠を以て奉仕 土肥員大將謹話 |
07 | 非常態勢訓練打合 |
08 | お山も蓖麻增產 各村とも大した意氣込み |
09 | 滅敵の彈丸に 臺北北料理屋飲食店組合が 鐵屑を回收献納 |
10 | 浮動勞務者の登錄 花蓮港廳愈よ實施 |
11 | マカツサル街頭風景 |
12 | 安井宜蘭郡 守常會視察 |
13 | 牛の增殖を凝議 新竹州勸業課長會議 |
14 | 高文行政科合格者 任用並に官等の內規 |
15 | 小田軍曹略歷 |
16 | 大地と取組んで 學徒奉公隊、牛埔山開墾に敢鬪 |
17 | 臺中州が二連霸 鄉軍武術大會の成績 |
18 | 大谷光暢師 滿鮮華へ巡錫 |
19 | 敵の空襲に備へて(二) 非常炊き出し 榮養炊出しと献立 |
20 | 礁溪國民校 の楠公應召 |
21 | 第三回技能競鍊大會 |
22 | 巡廻映畫會 |
23 | 人事‧消息報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 全州民赤誠の結晶 陸鷲「臺南州保甲號」 廿日晴の献納式擧行 |
02 | 切なる心情を歌に 大空に愛し子を捧げた母に贈る 勳の荒鷲の母達から |
03 | 賞賜物件 傳達式 |
04 | 苗栗神社參道清掃 に家政女生徒奉仕 |
05 | 彰化市役所の 大詔奉戴日 |
06 | 忠魂とはに安かれ 彰化市葬公會堂で嚴修 |
07 | 臨時部課長會議 |
08 | 送れ‧航空機と乘員 常會に伊藤參與放送 |
09 | 亡き戰友の母に 床し荒鷲から慰問の歌 |
10 | 林材の大增產へ 近く獎勵規定を告示 |
11 | 竹中郡醫師銃後後 援會發會式擧行 |
12 | 役馬利用競技會 |
13 | 配給の適正圓滑へ 嘉義市の查察始まる |
14 | 補助貨の回收 市民一段の協力要望 |
15 | 話す前に考へよ!防諜思想昂揚へ 南投郡警察課の實施行事 |
16 | 竹南郡警察課 の防諜劇盛況 |
17 | 防諜の一色に 竹南郡の行事 |
18 | 防諜紙芝居競演會 |
19 | 中壢郡警察課 の防諜週間 |
20 | 竹山郡警察課 の實施行事 |
21 | 新高郡勞務動 態調查講習會 |
22 | 滑空場構築作業に 學徒、青少年團奉仕 二箇月の豫定で完成 |
23 | 軍事之栞 皇軍の聖典 畏し軍人勅諭 |
24 | 警防協會臺東支部結成 五日晴れの發會式擧行 |
25 | 臺南市參事會 |
26 | 日婦通霄分會常會 |
27 | 敵機模型、防空展 臺東公會堂で七日開幕 |
28 | 蓖麻栽培に稻田廳長垂範 |
29 | 臺中音樂報國隊 いよいよ結成に着手 |
30 | 半島同胞の 徵兵適齡者 至急屆出でよ |
31 | 螟虫捕獲の 優良校表彰 |
32 | 壽山學院合格者 |
33 | 人事報社消息 |
34 | 地方多より |
35 | 今日の映画演劇 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 蓬萊米の南進 ジヤワ全島に試作 |
02 | 臺灣中小商工業轉廢者共助會 愈よ十一日に創立總會 |
03 | 海上輸送力の強化 船員に砂糖等特配 |
04 | 廿ケ年に百萬戶を入植 滿洲開拓政策の骨幹 |
05 | 郵便貯蓄の趨勢 |
06 | 改正鑛業規則 けふより施行 |
07 | 罷業に罰金制 喘ぐ英國の苦肉策 |
08 | 汐止農倉不 正問題再發 |
09 | 共同融資の現狀 七十億餘萬圓に達す |
10 | 事變後の資本膨脹 三百廿一億六千萬圓 |
11 | 炭礦統合具體化 磐城炭礦、入山採炭兩社先づ統合 |
12 | 木造船の建造は 曲線型に方針決定 |
13 | 文具一元的統制 兩組合の臨時總會開催 |
14 | 經濟手帖 |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(八日前後場) |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1056)/黃得時;碇政彌 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國政、國民運動統合 新ビルマの國家機構 |
02 | 重光外相參內 |
03 | 決戰台灣の新使命 南方開發に寄與大(完)/中尾莊兵衞 |
04 | 連絡班首班らの 壯行打合會 翼贊會本部で |
05 | 巡查の優遇 愈よ實施 |
06 | イタリア政府 反樞軸軍に無條件降伏 |
07 | ローマ放送局 降伏を確認 |
08 | ローマとの 連絡つかず |
09 | 國內展望 航空機の飛躍增產 生產戰線の使命重大 |
10 | 伯林ローマ間 電話連絡遮斷 |
11 | ドイツ政府 何等驚かず |
12 | アメリカ艦隊 ジエノバ入港か |
13 | 獨當局談 獨、萬全の措置完了 |
14 | 圖像:在支米空軍擊滅、敵の來襲を見張る望樓 |
15 | 英軍進擊躊躇 |
16 | 亞國外交政策を ハル長官毒つく |
17 | 亞國緊急閣議 米亞國交を討議 |
18 | 獨全戰時生產を 軍需相の統制下に |
19 | 獨の內部攪亂を狙ふ 反樞軸、頻りに魔手を伸す |
20 | ア軍需相權限擴大 |
21 | 赤軍攻勢を擊退 獨防衛軍戰力衰へず |
22 | 反樞軸空軍 佛北西部空襲 |
23 | ドンバスの戰況 |
24 | 米英機二百二 十八機を擊墜 獨軍防空部隊 |
25 | 獨軍柔軟戰術の勝利 スターリノ市撤收の經緯 |
26 | 東部戰線戰況 |
27 | 戰時鑛山協力會を設置 翼贊會自ら運營に當る |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇國勤勞觀を樹立 青少年の鍊成調查報告書 翼贊會政府に上申 |
02 | 基隆市天滿宮 例祭 |
03 | 狙はれてゐる台灣 先づ沈着が第一(四) 流言蜚語に迷ふな |
04 | 勤勞精神を培ふ 學徒動員基本要綱を立案 |
05 | 與座兵長散華 |
06 | 素晴らしい體格 州下の海志試驗開始 |
07 | 新竹州業畑 懇談會 |
08 | 敵の魔手スパイを完封 防諜紙芝居街頭で表演 |
09 | 蓖麻栽培に協力 臺北市奉壯團各分團に指令 |
10 | 花蓮港廳水泳選手出花 |
11 | 行事の決戰態勢化 戰力增強以外は停廢止 |
12 | 慰問演藝會を開く 臺陽鑛業廿五周年記念 |
13 | マカツサル街頭風景(第二回) |
14 | 熱血青年献金 繼續を誓ふ |
15 | 弓道鍊成大會 |
16 | こんなに獲れた 賴もしい基隆の漁獲 |
17 | 臺灣青年行進 曲歌詞募集 |
18 | 郵便局窓口時間改正 夜間は短縮、現今窓口は延伸 |
19 | 紙芝居競演 |
20 | 彰化郡の派遣自轉 車出場選士豫選會 |
21 | 農民感謝の的 臺南市の螟虫殲滅戰 |
22 | 大戰勃發の導火 獨波開戰の回顧 |
23 | 興南詩苑漢詩 第二次家庭音樂會盛況喜作/嘉義 聯倉、祝黃祖輝先生出品泰東書道展榮受總裁宮賞/鹿港 許遂園、旅次口占/王少濤、次韵/蔡說劍、譯俳句/林不二郎 |
24 | 塚本產業部長 海山郡を初度巡視 |
25 | 屈尺部落民蓖 麻栽培に奉仕 |
26 | 善化街でコ疫 豫防の講演會 |
27 | 注文服商組合淡 水支部の結成式 |
28 | 長岡氏献金 |
29 | 今晚の放送 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵潛十三隻擊沈 七、八兩月帝國海軍の戰果頭條新聞 【東京同盟至急報】大本營發表(九日十五時三十分)帝國海軍艦艇並に航空部隊は日本近海其の他作戰海面に於て七、八月の兩月に亘り敵潜水艦十三隻を擊沈せり |
02 | 我陸海協同作戰の 真價遺憾なく發揮 |
03 | 飽くまで米英擊碎 伊の裏切り、大勢影響なし 帝國政府中外に聲明 |
04 | 帝國政府聲明 |
05 | フアシスト新政府 イタリア北部に樹立 |
06 | 新政府聲明 裏切者を斷乎處分 各艦艇に待機命令 |
07 | 東條首相參內 |
08 | 新政權の聲明要旨 |
09 | 比島憲法草案成立 全島代表者大會で承認 |
10 | 對日感謝を決議 |
11 | 敵驅艦二、飛機三屠る 海鷲、大擧モロべ灣を襲ふ |
12 | ムンダの敵陣地を爆碎 |
13 | 重大な協定違反 條約面より伊を抹殺 |
14 | 冷靜に新事態對處 重光外相、獨大使と懇談 |
15 | 日、獨樞軸更に強化 |
16 | 黑田最高指揮 官に報告感謝 準備委員一同 |
17 | 臨時閣議 |
18 | 思想的謀略を粉碎 後藤翼贊會副總裁談 |
19 | バドリオ放送 |
20 | 伊北中部要衝を 獨軍が悉く占據 |
21 | 歐洲要塞搖がず |
22 | 在支米空軍 を增強 |
23 | 獨軍週間戰果 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 鑛業規則の 改正 斤先掘の法制化社說 決戰下に於ける戰力增強の要請に對應し本島に於ける重要鑛物增產の目的達成を圖るため督府では今般現行臺灣鑛業規則及臺灣重要鑛物增產令に畫期的改正を加へ九日より施行された。即ち國家計畫に基く增產の強行を期する必要上夙に企業合理化による技術、勞務資材等の重點的運用が要請されてゐるに鑑み鑛區の使用權確立、鑛業出願の制限及び鑛業着手の許可制採用等を中心とする規則並に增產令の改正更には資金圓滑化を圖るべく長年の懸案たる鑛業抵當法の施行等を見るに至ったもので固より客觀情勢の然らしめるところであるとはいヘ本島鑛業行政の畫期的前進と稱してよからう。 だが法規上如何に完備強化されようともその運用にして宜しきを得なければ前記の增產目的は達成されるべくもなくこのことは改正前の規則等を以てしても鑛業行政がより積極的であるならば增產隘路もある程度克服ぎれ得たかに徵すれば極めて明明白白な事實であるといってよい。有體に言へば今般の改正は究局に於て中小鑛區の整理統合を目さす點にある以上督府の果敢なる施策を伴はない限りそして鑛業行政が強化された法規に基いて迅速且つ適切に處理されるのでなければ所期の効果を收め得ないことは今更呶呶する迄もなからう。 斷る迄もなく重要鑛物と稱しても現在最も多く產出されてゐるものは石炭であって今般の改正が石炭斤先掘の法制化に重點を置いてゐるのも容易にうなづかれる處である。即ち本島炭業界の實情に鑑みる時斤先掘を法制化し充分なる監督取締を加へることとなしには石炭增產が期せられないこと勿論であって而も斤先掘權の許否を通じて業界の難題たる鑛區の整理統合を促進せんとする處に改正の時局的意義が存する譯である。とすれば今般の改正は極ぶる時宜を得たものといってよいが問題は斤先掘權を如何なる方針の下に許否決定せんとするか又不許可になった場合如何なる善後處置を執るべくかにあるものといふて差支へあるまい。いふ迄もなく使用權即ち先掘權の確立は目ざす所石炭增產にあるとすればその權設利定の許否は專ら右の見地の下に行はれること必定でありその結果不許可になった鑛區は一應廢鑛となるか或は他に統合されるかの何れかに落着く他はなからう、 さすれば使用權の設定の許否は實は督府の鑛區整理方針に基いて行はれる他はなくかくてこそ使用權確立に積極的意義がみとめられるといふのである。かやうに整理統合とよく睨み合した上での使用權設定であればこそ不許可になった鑛區の鑛業人ひいては斤先掘人に國庫補助による救濟の途が開かれるわけであり事實又右の如き施策を伴はない限り輕輕しく許否決定をなすべきでない。使用權設定は最早單なる行政處理に非ずして實に一の政治問題であり事慎重を要するのもこの故に他ならない。 前記の如く使用權の確立は結局鑛區の整理統合を促進せんとするにあるが、これが金融的措置として施行されたのが即ち鑛業抵當法それである。固より抵當法は鑛業資金の供給圓滑化を圖るにあるが更に鑛區の整理統合に要する資金をも併せ確保せんとする所に法施行の目的があるといって過言ではない。 |
02 | 朝香宮孚彥王殿下 御めでたく飛行學校御修業 |
03 | 伊太利降伏すとも 樞軸國微動だにせず 安藤軍司令官語る |
04 | 末次大將談 日本は泰然自若 必勝へ一段の決意 |
05 | 暗夜の作戰用兵器 ノクト‧ヴイジヨン |
06 | 思想謀略戰の効果 米英の惡辣手段に心せよ 伏見猛彌氏語る |
07 | 軍司令部に藷の山 部員の汗水見事奏効 |
08 | 更生へ愛の添木 十二日から司法保護期間 |
09 | 藝能文化昂揚に 演劇協會が轉換 會員も三部制に變更 |
10 | 白衣勇士慰問 部隊續ぐ |
11 | 空の決戰場へ 齋藤長官令息吉彥君 |
12 | 山刀に譽の赤襷 平野氏献納一番乘り |
13 | 意外の緊張振り 初巡視を終へ江藤新竹州知事談 |
14 | 島民の信仰問題 きのふ座談會を開催 |
15 | 貰つたお 禮金を献納 |
16 | 宜蘭桔俱 近く誕生 |
17 | 滑空界に新記錄を樹立 |
18 | 專賣支局創立十五周年 |
19 | 上山臺銀副頭取の嚴父逝去 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰增產に一役 屏東學徒隊汗の敢鬪 |
02 | 待避壕構築に 汗の奉仕作業 彰化郡の奉戴日 |
03 | 故石橋海軍軍屬を弔ふ 員林街、警察合同葬執行はる |
04 | 故井上伍長を 弔ふ玉井庄葬 玉井校校庭で嚴修 |
05 | “是非義勇隊員に” お山の軍國青年が血判志願 |
06 | 賞賜物件傳達式 きのふ臺中署で擧行 |
07 | 折田農林課長 の初巡視日程 |
08 | 長澤和義海軍 軍屬が散華 |
09 | 產業戰士憩ひの家 近く高雄市に出來る |
10 | 女子勸道農場 關係者懇談會 あす教化會館で |
11 | 郡民と勞を分つ 福島東石郡守增產に垂範 |
12 | “決戰貯蓄街頭移動展” あすより臺南市で公開 |
13 | “皇民部落”を建設 澎湖廳で各部企畫專門委員委囑 |
14 | 伸ばせ愛の手 屏東市の保護記念日行事 |
15 | 屏東市戰技訓練鍊成大會 十二日に開く |
16 | 青年の鍊成に 合宿訓練實施 皇奉大溪街分會で |
17 | 新高區の保護 記念日行事 |
18 | 軍事之栞 砲兵の任務 步兵と緊密な關係 |
19 | 大溪街の防諜紙 芝居と劇公演盛況 |
20 | 新坡の防諜劇盛況 |
21 | 決戰だ增產だ 脂粉生活を一擲 首相の令孃に動かされた 二組姉妹旋盤工に起つ |
22 | 待避壕の構築に 市民一段の工夫要望 |
23 | 割當本數の播 種を全部完了 竹山郡の蓖麻增產 |
24 | 滿富陸軍司 政官が講演 十二日彰化女で |
25 | 非農家の一株 水稻、發育良好 |
26 | 黑金區青年團 の藝能發表會 |
27 | 赤誠の献金品 |
28 | 猛訓練中の若櫻を慰問 羽藤州兵事防空課長が上北 |
29 | 增產は堆肥から 嘉義市で積込強調週間設定 |
30 | 人事報社消息 |
31 | 地方多より |
32 | 今日の映画演劇 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 鑛夫の確保に萬全 鑛業人の扶助義務加重 扶助標準改正強化 |
02 | 重要鑛物の增產へ 指定地域と鑛物決定 |
03 | 基隆の弱小艀船業者 自發的に企業集約 |
04 | 綿系布強制買上げ 國府、民生安定に劃期策 |
05 | 海運貨物取扱業 近く本島で確立を見ん |
06 | 牡蠣販賣に關する 彰化市郡連絡會議 |
07 | 兵器、造船木材 全島研究協議會終了 |
08 | 鶯歌街の一期米 生產計劃を遙かに突破 |
09 | 畜產興業、臺灣電化未拂込徵收 |
10 | 最近の經濟問題 |
11 | 病害虫驅除に努力 三坂博士米作視察談 |
12 | 季節風に備へて 綠化事業を保護 各街庄で強化日を設定 |
13 | 蓖麻栽培に明 知市長が垂範 |
14 | 經濟手帖 |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(九日前後場) |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1057)/黃得時;碇政彌 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵輸送船團を急襲 サラモアラエ方面海鷲、索敵を繼續 |
02 | ムンダ敵陣地強襲 |
03 | タマメラ、マツピを爆擊 |
04 | 飽くまで戰ひ拔く 日獨、既に萬全の措置 |
05 | 大東亞週間展望 東亞決戰態勢は不動 |
06 | 帝國政府の聲明 獨紙、大大的に揭載 |
07 | 北伊要衝悉く占領 獨軍、工場地帶を包圍 |
08 | 羅馬邦人無事 |
09 | 伊上陸英軍 殲滅に瀕す 獨軍の包圍で |
10 | 科學技術強化對策 翼贊會、政府に上申 |
11 | 傀儡政府の裏切り シユミツト博士語る |
12 | 米軍部隊上陸 イタリア本土 アマルフイに |
13 | ベルグラード 伊軍武裝解除 |
14 | 防衛に萬全の手配 イタリア國內の獨軍 |
15 | 中央水產業會を設立 關係勅令、施行規則公布さる |
16 | 圖像:敵地爆擊行の我が陸鷲の精銳 |
17 | 地中海海岸線 軍事施設接收 |
18 | 伊傀儡政權 各國代表に通告 |
19 | クロアチアに編入 ダルマチア海岸地方 |
20 | 伊軍戰況發表停止 |
21 | イラン政府 對獨宣戰布告 |
22 | 北伊軍事諸施設 獨軍、圓滑に接收 |
23 | 敵國在留同胞 對策委員會 けふ總會を開く |
24 | ル、チ何事か協議 |
25 | 比島再建の躍進 新憲法草案決定で |
26 | ルーズヴエルトの嘯き |
27 | 諾領スピツツ ベルゲン攻擊 ドイツ海軍部隊 |
28 | 英驅逐艦沈沒 |
29 | 米亞兩國關係 一層緊迫 |
30 | 簡保年金にも 非常取扱 |
31 | ブリガリア 攝政府構成 |
序號 | 標題 |
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01 | 魚群や波の色で 敵潛水艦を發見 驅潛艇に聞く苦心談 |
02 | 空の決戰に突進 學徒海鷲第一班入隊 |
03 | 東亞の空に蹶起 半島人も混る學鷲檢查 |
04 | 狙はれてゐる台灣 樋口參謀長談 利己的考へを排擊(五) 防空の要は共同一致 |
05 | 開拓義勇軍 宮城を遙拜 |
06 | 圖像:軍司令部構內の藷堀り |
07 | アツツ魂に捧ぐ さあ、高らかに歌はう |
08 | 鳳林郡葬を執行 |
09 | 圖像:司法保護記念日宣傳ポスター |
10 | 防空待避所を增強 十二日から北署で指導點檢實施 |
11 | 全島青年團強步大會 來る二十五日開く |
12 | 三十甲步の藷 畑化 |
13 | 羅東郡職員 の蓖麻栽培 |
14 | 前線勞奉團の活躍 瀧團長圍んで各地で座談會 |
15 | 博愛會理事會 豫算、職員待遇改善を打合 |
16 | 必勝體勢不動 馬中國總領事語る |
17 | 海軍志願兵訓練所 今年一杯にて完成 |
18 | 商業勞務者の鍊成 第三回基隆で開始 |
19 | 航空圖畫圖案 綴方入賞發表 |
20 | 乃木將軍の命諱祭 |
21 | 興南詩苑漢詩 菲島潮音(完) 次韻禮耕兄見贈兼簡靜閣先生臺陽/一葦、疊前韻/一葦、壘前韻似少奇先生/一葦、秋日螺溪吟社諸君子辱臨敝邑恰余他遊有失東道之禮賦此道歉/大城 梅村長光、哀輓陳府琳翁/桃園 許兩全 |
22 | 進め空の決戰へ 二十五、六日臺南で滑空大會 |
23 | 塚本產業部長 の初度巡視 |
24 | 司法保護紙芝 居脚本を募集 |
25 | 熊空山へ |
26 | 人事消息報社消息 |
27 | 今晚の放送 |
28 | 商況(十日前場) |
29 | 興南案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 留日學生の教育に 畏し深き大御心 岡部文相參內委曲奏上頭條新聞 【東京發同盟】岡部文相は十日午後四時二十分宮中に參內天皇陛下に拝謁仰付けられ同 日の閣議で決定した留日學生の教育補導の件につき委曲奏上、種々御下問に奉答して御 前を退下したが種々有難き御下問を賜はり留日學生の教育に對する深き大御心に恐懼感激して左の如く謹話した 岡部文相謹話 聖上陛下におかせられては軍國多事の際政務殊に御多端の折柄にも拘ぼりませず本日特 に拝謁を賜はり今回決定を見ましたる留日學生の教育補導の件につき委細奏上申上げま した、留日學生の教育に對しては夙に大御心を垂れさせ給ふことの一入深きを拝察いた してをりますが本日は種々有難き御下問まで賜はり誠に感激に堪へないところでありま す、今や時局重大なる秋に當り有為なる留學生をしてよくわが國體並に文化の真髄を把 握せしめわが國青年學徒と深く相結んで世界に冠絕する新しき大東亞建設の大業に邁進せしむるため大東亞省と連絡して懇篤なる補導と教育を施すことは正に刻下の急務なりと考へるのであります玆に 聖慮を拝し奉り洵に恐懼に堪へずいよく匪躬の誠を效し官民協力して留日學生教育につき一層の御奉公を效し以て聖旨に應へ奉らん事を期する次第であります |
02 | 大東亞建設の理想 日本の現地で體得 留日學生の處遇方策決る |
03 | 堀部長放送 油斷は絕對禁物 敵の巧妙なる謀略宣傳 |
04 | 長驅ナルメア島を襲ふ 敵艦船四隻を擊破 |
05 | 一貫した方針に基き 指導者を計畫的養成 |
06 | 各飛行場を強襲 支那派遣軍週間戰況 |
07 | 北伊政權を強化 多大な期待をかける |
08 | 敵六機を擊破 性懲なく廣東に來襲 |
09 | 叛逆政權に從ふな フアシスト國民政府布告 |
10 | 定例閣議 |
11 | 敵の謀略を粉碎 イタリア悲劇の教訓 |
12 | 反樞軸軍と激戰 獨軍、ナポリ近傍で |
13 | 羅東日婦硬貨回收 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 伊の降伏に 介意せず 只滅敵あるのみ社說 一 米英の謀略と暴力の前にイタリアのバドリオ內閣は、遂に日獨伊三國同盟に叛逆し、その國土を敵米英に置って無條件降伏を行った。ムッソリーニ氏が去った後のイタリアには、早晚この運命が訪れるものと既に豫想されて居た。要は時間の問題だったので別に驚くには當らない。敵米英はその當初に於ける對伊攻擊の名目をファッシストの打倒に置き、イタリア國民のファッシスト離脫を唯一の謀略指針として居たがム首相の挂冠によってその戰爭目的を喪失したにも拘らず、米英は愈よその謀略の本性を現はし、本土盲爆によって國論を動揺せしめると共に、イタリア本土上陸を敢行、更に今回の不信なるバドリオを抱へ込むに至った。かくて米英の羊頭狗肉の謀略載に屈伏したバドリオ內閣は日獨兩國を裏切ったのみならず、結局イタリア國民をも裏切って了った。吾吾はかかる卑劣なる裏切行為を憤懣するよりも、寧ろ蔑視と憐憫の情を以て一笑に附したいものである。 二 只この事態は勿論歐洲戰局の上に相當な影響を與へることは否めない。バドリオ政府の降伏は必ずしも獨逸に取って青天の霹靂ではなく、ム首相挂冠の瞬間から斯かる事態到來の遠からざるを豫知し、既に打つべき手は打ち盡してゐる。從って今イタリアの樞軸脫落がドイツの歐洲大陸に於ける大勢に重大な打擊を與へるとは考へられない。寧ろ權威筋ではイタリアの崩潰は獨逸にとって戰略、用兵、各種資源の點から、却ってドイツの負擔を輕減し、ドイツの戰力に彈力性ある餘裕を增すであらうと見てゐる。即ちイタリアは參戰の當初から總ゆる點でドイツにとって寧ろ足手纏ひの感があったが、戰局苛烈化に伴ひ、益益その脆弱性を暴露し、その後に於けるイタリアの戰爭繼續は兵員資材は勿論、民需物資の面に至るまで、ドイツから夥しい援助があって漸く支へられて來た事實は周知の所である。かかる負擔から離れたドイツは今後獨自縱橫の政戰兩略の攻擊を以て對處することが出來、獨本國を中核とする歐洲要塞は依然微動だにもしないであらう。 三 勿論我が國に取ってはバリドオ一派が降伏しやうとしまいと大勢に何らの影響はない。我が國民は飽くまで米英擊滅の一途を邁進するのみである。今更イタリアの功罪を論じ、過去を回顧した所で何にもならない。一億國民は大詔に顯示された精神をしっかり懷いて既に實踐しつつある大方針に小搖ぎもあってはならないのである。而も大東亞の戰線は逐日深刻化し、今こそ決戰の段階だとの感を深くせざるを得ない。今後大規模な敵機の空襲もあらう。又民心の攪亂を目指す敵の謀略も行はれるかも知れない。然し何時如何なる事態に直面しようとも、我我は沈着勇敢に敵國群を破碎するまで斷じて戈を收めてはならないのである。今我我に課された至高命令は謀略戰に負けるな、增產戰に勝ち拔け、兵員を增強せよ、これ以外にはない。日本人たる真價を全世界に顯揚するのは今だ。決意を新たに日獨間の關係を更に固めて徹底的に敵擊滅に邁進するのみである。 |
02 | 心せよ敵の謀略戰 六百萬島民更に一段の決意 樋口軍參謀長語る |
03 | 伊の降伏‧反響薄し 戰力を增強して一路決戰に邁進 街に聽く市民の決意固し |
04 | 必勝の信念に變りなし 黃純青氏語る |
05 | 米英擊滅あるのみ 太平三區青年團長長谷川武夫氏談 |
06 | 頓着せず‧戰力增強へ 石陳氏璧女史語る |
07 | 敵の魚雷艇真二つ 快絕‧我驅逐艦の放れ業 |
08 | 勇士慰問音樂會 |
09 | 一億總結束の決意を聞く 一路最後の勝利へ 伊の向背詮議に及ばず |
10 | 建設に代用セメント增產(ジヤワ) |
11 | もっと寬いだ氣持で 廣谷支會長大橋二區常會で訓話 |
12 | テレピン油の新資源 內地產に優る臺灣松 |
13 | 敵の空襲に備へて(三) 非常炊出し 副食物の材料は |
14 | 新竹司法保護 委員會發會式 |
15 | 宜蘭市の司法 保護週間行事 |
16 | 新竹市青少年團 けふ晴の結成式 |
17 | 土曜音樂會 |
18 | 北第一女子報國團 慰問演藝のお稽古 |
19 | 人事‧消息報社消息 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 續續と新記錄樹立 航空戰に微笑ましい 若人の滑空訓練 |
02 | 戰ふお山の美談 高雄州で刊行計畫 |
03 | 臺中市職員 鍊成 |
04 | 賞賜物件 傳達式 |
05 | 働く乙女を鍊成 高雄で勤勞奉仕隊組織 |
06 | 必勝祈願 |
07 | 大楠公出征壯行會 |
08 | 強力に推進 臺東の奉壯團 |
09 | 銃劍道分會 大屯郡に設置 |
10 | 增產‧鍊成二重奏 嘉義郡中埔庄青年團の敢鬪 |
11 | 彰化方委月例會 |
12 | 血書の歎願叶ふ 海志最後の銓衡當日に お山の青年再檢查 |
13 | 原料獲得打合 彰化工業開發原料部會 |
14 | 各種製造工場を視察 大田澎湖廳長の陣頭指揮 |
15 | 戰場運動に主眼 國民鍊成大會の競技種目決る |
16 | 硬貨回收百萬枚を突破 岡山郡民の赤誠 |
17 | 斗六稅務出張所 員蓖麻を栽培 |
18 | 軍事之栞 大砲の種類 その特徵と威力 |
19 | 常會運營を 實地に視察 |
20 | これは愛林青年 死の直前迄仲間激勵 李君に初の勤報隊葬 |
21 | 州主催防諜講演會 |
22 | 奇特な代書人 遺家族の依賴に無料で奉仕 |
23 | 竹山奉壯團結成 |
24 | 成績は上乘 嘉義の初の配給查禁 |
25 | 中山警察部長斗六へ |
26 | 竹山桔俱の常會 |
27 | 國防訓練大會 竹山の豫選會 |
28 | 海軍經理學校 に合格 木原米次君 |
29 | 世話役の鍊成會 |
30 | 赤誠の献金品 |
31 | 工場鑛山に 防諜映畫會 海山郡下の日割 |
32 | 地方多より |
33 | 今日の映画演劇 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 干甘藷の價格改訂 食用物は近く米麥と綜合配給 |
02 | 基隆郡の木炭增產 優良生產者を表彰 |
03 | 農業行政機構 督府で改革打合 |
04 | 商工統制會社の 現狀と整備の課題 |
05 | 島內米作者 二百四十三萬人 |
06 | 土地臺帳謄本交付 手數料引上げ |
07 | 造林針葉樹の增伐 近く實施計畫決定 |
08 | 貿易會の使命に邁進 鈴木新理事抱負を語る |
09 | 興亞園事業着手 重役陣を強化 |
10 | 裏作面積を決定 小麥の一萬甲が筆頭 |
11 | 麥粉價格引上げ 種類及規格を整理 |
12 | 醫藥工業の整備 品目整備が特長 |
13 | 簡保強調推進 座談會(新竹州下) |
14 | 廢路を活用 決戰增產に拓く |
15 | 高雄露店組合の統合 新組合の大綱定る |
16 | 硬貨回收 戸別訪問 |
17 | 國民校兒童が 蓖麻栽培 |
18 | 照明燈 |
19 | 最近經濟展望 |
20 | 經濟手帖 |
21 | 商況(十日後場) |
22 | ラジオ |
23 | 水滸傳(1058)/黃得時;碇政彌 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 魚雷艇二隻屠る 寧日なき攻擊續行 |
02 | 我が小型舟艇も活躍 |
03 | 伊國政府の不信に 強硬な抗議を提出 休戰の事實を通告し來る |
04 | 東條首相參內 |
05 | ローマ市占領(獨軍) |
06 | 伊軍今や存在せず 獨大本營特別公表 |
07 | 法王廳防衛 任務を接收 |
08 | 圖像:灼熱と鬪ふ高射砲陣地構築の皇軍勇士 |
09 | 北伊平靜に歸す |
10 | 異色ある伊海軍 その去就世界注視の的 |
11 | 旅客列車を削減 鐵道輸送の決戰體制成る |
12 | 脫出伊艦隊を爆擊(獨機) |
13 | 敵艦船五十餘隻に 多大な損害を與ふ サレルノ灣攻擊の獨機 |
14 | 各地伊軍の 武裝を解除 總統大本營發表 |
15 | 伊艦隊の脫出不成功 獨機に追はれ希軍港へ逆戻り |
16 | バルカン駐屯の伊軍 全部武裝解除さる |
17 | 北部の伊軍 獨軍に降伏 |
18 | 獨軍の攻擊に 甚大な損害 ナポリ一部伊軍 |
19 | 獨軍所屬のフアシ スト義勇軍編制 |
20 | バドリオ辭職逃亡 後任は左翼分子キヤヴイリア |
21 | フアシスト新政府の構成 |
22 | 內外地食糧對策 連絡會議開かる |
23 | クーデターの真相 國王とム統帥會見の間に斷行 |
24 | バドリオの 反逆を攻擊 獨政治外交通信 |
25 | 赤軍攻勢を焦る 泥濘期を前にして |
26 | アルバニアに 獨軍進駐 |
27 | 第二豫備金支出 |
28 | 國府部長級人事異動 |
29 | 盲彈を郊外に 投下して遁走 武漢侵入の米機 |
30 | ローマ駐剳 各國大使館員 何ら心配なし |
31 | 伊軍の脫落は 些些たる事件 ヒ總統國民に說く |
32 | 愚劣な行動 汪主席聲明 |
33 | 亞國外相辭職 |
34 | 米英のデマ宣傳 |
序號 | 標題 |
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01 | 本島皇化の女傑 陳莊氏阿隨の偉勳を讚へて 長谷川總督後裔を激勵 |
02 | 建國忠靈廟合祀祭 皇帝陛下親しく御拜遊ばさる |
03 | 大戰五年と宣傳戰(一) 加重する宣傳の重要性 |
04 | 近づく空の祭典 多彩な航空記念日行事 |
05 | 吉彥君海鷲合格の喜び に包まる齋藤長官一家 |
06 | 賞賜物件未拜受 者市に出頭せよ |
07 | 馬上匪賊を鎮定 女丈夫阿隨さんの功績 |
08 | 無線通信士の養成 國家的養成計畫を樹立 |
09 | 熱帶醫學研究 第一卷第一、二號發刊 |
10 | 物資配給の監察 臺北州近く第一回特別監察實施 |
11 | 養成計畫の概要 |
12 | 硬貨回收この調子 文山郡八月中に四十一萬餘圓 |
13 | 臺灣協會臨時總會 十日‧日比谷東京協會で開く |
14 | 江藤新竹州知事 堆肥推進行脚へ |
15 | 赤誠の献金千五百圓 北靴工業組合、本社に寄託報社消息 |
16 | 新竹州青年 強步大會 來る十五日決行 |
17 | 拓南特殊窯業 竣工式 |
18 | 時局即應の教育/志田延義 |
19 | 北署警防團 幹部研究會 |
20 | 島都出身の 二勇士散華 |
21 | 硬貨で恤兵献金 |
22 | 興南詩苑漢詩 癡天子/晴園 黃純青、夏日北投遣興/李逸鶴、晚霽同說劍遊公園/李逸鶴、彰化途中車上口占/李逸鶴、車返臺中/李逸鶴 |
23 | 人事‧消息 |
24 | 今晚の放送 |
25 | 商況(十一日前場) |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵渡河企圖を擊攘 ブス河左岸で果敢なる反擊 敵一兵も餘さず殲滅頭條新聞 【太洋○○基地十一日發同盟】ニューギニア島ラエ附近においては去る四日敵米軍のホポイ上陸を契機として連日激戰が展開されてゐるが八日更に敵は薄暮を利して舟艇三十數隻を以てラエ東方五粁プス河口近くに渡河を企圖したが同方面のわが精銳部隊はラエ方面附近よりするわが砲擊と相俟って完全にこれを擊攘した、更に九日朝來プス河左岸に渡河を準備中の敵は同日夕刻約二、三百の兵力を以て強行渡河を企圖したがわが軍はこれに果敢なる反擊を加へ水際より水中において一兵も餘さずこれを殲滅した、な□プス河は水速三米、水深一米乃至三米、河幅五百米で單獨兵と雖も渡河は極めて困難である |
02 | 航空戰愈よ化熾烈 ホポイ方面我荒鷲敢鬪を繼續 |
03 | メラウケを急襲 敵機十九機を擊墜破 |
04 | ヒ總統演說 イタリアの崩壞は 前から豫想の事件 獨は敵を粉碎するのみ |
05 | 來襲敵機を擊退 南方我が鐵桶の守り |
06 | 圖像:重光外相、スターマ獨大使と 會見(外相官邸にて) |
07 | アルンデル島で 我が守備隊奮戰 |
08 | 水產業團體法 公布實施 |
09 | スピツツベルゲン急襲 獨陸海軍協力の下に |
10 | 獨軍の電擊的措置 ローマを收め戰略態勢確立 |
11 | ローマ警備司令 ベルゴーラ將軍任命 |
12 | 蒙政機構整備要綱と 東滿地方行政機構改正要綱 |
13 | 山西省八月中の戰果 |
14 | ミラノ市獨軍に降伏 |
15 | 反樞軸軍南伊 クラント占領 |
16 | 反樞軸軍進擊捗らず |
17 | バドリオ シ島到着か |
18 | 武漢地區に來襲 徒らに華民區を盲爆 敵二機を擊滅、我方損害僅少 |
19 | 內外地食糧對策連 絡會議第二日 |
20 | 廈門警防團結成 |
21 | お山も食糧 增產 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 共榮圈指導者 の計畫的養成 教育基地本島 の使命と役割社說 一 ジャワ現住民の政治參與制實施、新比島建國の礎となるべき比島憲法草案の成立、新生ビルマ政府の治績の目覺しい躍進等新生大東亞の建設は、帝國を盟主として日に日に逞しい進展ぶりを示し、米英擊滅を目指す物心兩面の大東亞一丸の決戰態勢は、愈よ鞏固不拔のものとなりつつあるのであるこの新秩序建設の大進展に伴ひ、滿華泰を始め共榮圈內の各國各地より我が國に留學を希望する者激增の一途を辿るの趨勢にあり、誠に喜ばしい限りと云はなければならぬ。之ら留日學生は近き將來夫夫圈內各國の指導的人材たるべき前途を背負ふもので大東亞建設に寄與する力は至大であると云るベく、共榮圈建設の將來は彼等の双肩にありと云っても過言ではないのである。留日學生の處遇に關しては、從來とも官民協力して補導に教育にその實を擧げて來たのであるが、從來の方策に檢討改善を加へ、留日學生の指導に國家的計畫性を附與すると、即ち共榮圈各國の實踐的指導者を育成するための國家的指導計畫の樹立は、大東亞文教政策の重要なる一環として、その速かなる確立を要望されてゐたのである 二 文部當局も夙にこの點に着眼し、大東亞省その他關係各廳との緊密なる連絡の下に、去る三月中旬に留學生協議會を開催し、これを皮切りに爾來文部、大東亞兩省を中心に具體策を練ってきたが、成案を得たので十日の閣議に附議決定茲に留學生對策要綱が確立し、一貫せる方針に基く若き共榮園指導者の計畫的養成が強力に具現されたわけである。今後の具體的方策としては、留學生を當該國又は現在各機關と緊密なる連繫の下に人材を嚴選すること、豫備教育として、日本語の基礎教育と日本內地生活への適應化を主眼とする準備教育を施す。而して入學に當っては各國各地の種族關係等の特殊事情を充分勘案の上、都市集中の弊を避けて適宜これを全國に計畫的に配分し日本の真姿に觸れしめる。わが國學徒と真に理解協力して手を握り得るよう特別學級を設けず、日本人と同樣の嚴格なる教育を施す等等であるが、要は彼等をして我國の學術技能を習得さすと共に、日本文化の真髓に透徹せしめ、大東亞建設の根本義を體得せしめるのが根本の目的である。 三 留學生對策に關聯して最も我等の關心を惹くのは、共榮圈建設に於ける本島の教育基地としての使命と役割に就いての考察である。上述の如く嚴選せる留學生に對しては、日本語の習得、日本內地生活への適應化を主眼とする豫備教育を絕對に必要とする。豫備教育を施すに關しては各種既存設備を活用、又は現地に於て事前にある程の教育を行ふ外はないのである。日本語教育即ち本島にとっては國語の教育であって、本島に於て多年の努力と研究があり、最善の教育方法が編み出されてゐる筈である。內地生活への適應化の點から云っても何等缺くる所がないと思ふ。留學への準備教育は、本島に於てなすのが最良ではなからうか。又共榮圈各國各地の特殊事情を勘案の上、全國各地への計畫的配分の點から云っても、本島もこれに應じた役割があるのである。熱帶醫學の如きはそのよき例の一つであらう。要するに共榮圈各國の留日學生處遇方策決定に際會し、我等は教育基地としての本島の地位に對する再考察を提唱したいものである。 |
02 | 警報下の學校防空 特定の都市では授業中止 上級生は警防に參加 |
03 | 積極的動員態勢 學徒も防衛第一線へ |
04 | 戰鬪機献納命名式 廿日の航空日臺南で擧行 式後編隊祝賀飛行 |
05 | “玉里郡號”を献納 きのふ第一回委員會 |
06 | 興行も全部中止 |
07 | 戰ふ研究室(1) 人文の卷 現代戰と財政經濟 南方人文研究所小幡教授語る |
08 | 前線へ娛樂雜誌 國民の感激を總結集 |
09 | 新竹市職員の 蓖麻栽培 |
10 | 全島中等水泳庭球大會 |
11 | 五部隊へ軍馬慰問 |
12 | 陸軍兵志願者訓練所長 五十君直彥大佐に更迭 |
13 | 宜蘭市桔俱 輝く發足 |
14 | 今後は“二人對二人” 勝軍の前途には王手あるのみ 將棋名人木村氏時局談議 |
15 | 愛國蓖麻栽培 花蓮港憲兵 分遣隊 |
16 | 迸る決戰氣魄 新竹市青少年團結成 |
17 | 臺東高女に榮冠 全島中等女子庭球大會 |
18 | 臺北地方法院長更迭 後任は高野正保氏 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 義勇隊の誠忠顯彰 大武山に忠靈祠建設 |
02 | 決戰吏道體得 臺南州公務員鍊成終る |
03 | 新豐郡支會 常會連營研究會 |
04 | 結婚推進に一役 臺南生活相談所覗き |
05 | 嘉義警防團 各種訓練 |
06 | 高雄州臨時州會 |
07 | 模範の慰問袋 發送前市民に展覽 |
08 | 石炭の增產に拍車 今川社長業者と懇談 |
09 | 燒夷彈實演 中溪湖國民校で |
10 | 勞務報國に蹶起 竹南郡で保甲挺身隊結成 |
11 | 貯蓄街頭移動展 昨日から臺南で開催 |
12 | 防諜講演會盛況 |
13 | 軍事之栞 大砲の種類 野戰重砲と高射砲 |
14 | 大園の防諜劇 盛況 |
15 | 傳說の神舟保存 天然史物として |
16 | 集集街畫劇 研究打合 |
17 | 自給肥料增產 新莊郡第二回實施 |
18 | 甘藷增產に一役 戰ふ嘉義市職員 |
19 | 乳牛を大增殖 育成組合の計畫 |
20 | 模範防衛戰士 近く表彰 |
21 | 學徒奉公隊長 打合 |
22 | 臺南市藝能 農漁村を慰問 |
23 | 赤誠の献金品 |
24 | 李萬祥醫師壯行會 |
25 | 歌唱奉公隊 近く屏東で結成 |
26 | 竹南青訓開所式 |
27 | 音樂報國隊 規約を審議 |
28 | 景尾聯合保甲會議 |
29 | 斗六菓子園 國講所開く |
30 | 酒肴代を献金 |
31 | 地方多より報社消息 |
32 | 今日の映画演劇 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 轉廢業者の援護に 系統共助機關具體化 臺灣轉廢業者共助會きのふ創立 |
02 | 敵國經濟の真相 米國の闇取引激化 |
03 | 轉廢業者救濟策 督府の補助方針決定 |
04 | 臺灣共助會 設立趣旨 |
05 | 割增金付定期預金 來月本島にも愈よ實施 |
06 | 職業轉換を圓滑化 齋藤臺灣協力會長祝辭 |
07 | 產聯貯金躍進 八千萬圓臺へ肉迫 |
08 | 山本總長祝辭 轉廢業者の援護 救濟に萬全策 |
09 | 工業用水道近く通水開始 高雄州、用水規則を制定 |
10 | 二期米の作況 草丈、莖數共稍劣る |
11 | 臺中州協力會 十六日創立總會 |
12 | 經濟手帖 |
13 | 島內株仲值表 |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(1059)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 日本に最大の忠誠 バドリオ降伏戰局に無影響 バー‧モウ總理聲明頭條新聞 【ラングーン十二日發同盟】ビルマ國政府は十ー日バー・モウ總理以下全閣僚出席の下に特別閣議を開催、イタリアを繞る國際情勢につき檢討した結果日午後バー・モウ國家代表の名を以て聲明書を發表「パドリオ政府の降伏による情勢の變化は世界戰局の歸趨に何等影響するものではなく全ビルマ國民の戰爭完遂の決意は微動だにせず、ビルマは榮譽ある獨立を與へた日本の恩義に對して飽くまで忠誠を守り大なる新秩序創造のため 日本及び同盟諸國と相携へて戰ひ拔くことを嚴肅に誓るものである」旨を聲明した、國家代表の聲明次の通り(寫真はパー•モヴ總理) ビルマ政府はパドリオ政府の對米英無條件降伏が全ビルマ國民の決意に何等影響を與ふるものでないことを宣言する、1度び發せられを言質は國家の名譽を賭けた誓ひでなくてはならぬ國家が與へる總ての言質はその國家によって最大限度に履行されねばならぬ、如何なる國家もこれらの言質の上にのみ存立し又は存在する資格があるビルマ國民は情勢の完全なる認識を以て戰爭完遂の誓ひと決意を新たにするのである、我々が戰爭に突入せる目的は常に神聖且絕對のものとして存續する、吾々の誓ひも同樣である、從つて我々の行動の方向も環境の如何に拘らず不變である、斯かる規模と重大性とを持つ戰爭において時に、形勢に消長があり好日と惡日があるのは當然である、然しながら根本方針と物質的用意とが一層深遠なる要素であってこれこそ最後の勝敗を決するものである、以上の見解に基き日本、ドイツ及び他の同盟諸國も相提携して戰ひつつある、我々が勝利を獲得して敵側が擊滅されることは絕對に確實である、バドリオ政府の裏切りは世界戰局の終局を變ぜしめるものではなく單なる一事件に過ぎない、故にビルマ國民は行手に何が發生しようとも、亦戰が如何に長期に亘らうとも日本及び同盟諸國との緊密なる結束によって戰爭を遂行するであらう、我々は我々自身の生命のだめ又それ以上に東亞諸民の生命のため、更に東亞及び世界の新秩序のために戰つてゐるのである、勝利のみが我々の存立を保障するであらう、而して國家の存立なくしては何んの重要性も價値も存在しないのである、最後にこの重大時局に際し我々はビルマ獨立のために測り知れざる援助を與へた日本に對し最大の忠誠と奉仕とを捧げると共に我々の共同の戰爭目的のために總ての分野において總ゆる手段を以てなし得る總ての協力を盡すものである |
02 | 海軍機關學校卒業式 十五日盛大に擧行 |
03 | バドリオの裏切行為 ローマ駐剳獨代理大使報告 |
04 | 伊國民團結心の缺如 ビブン泰國首相放送 |
05 | 海軍經理學校 の卒業式 |
06 | ジヤワ訪日視 察團の動靜 |
07 | 土、婉曲に拒絕 米英兩國政府通達の 政治犯入國禁止要求に |
08 | バルカンの防衛 從來以上に強化 トルコの態度は未だ變らず |
09 | 反樞軸軍上陸 タラント及び ブ半島西岸に |
10 | 獨軍、トリノと ミラノ兩市占領 |
11 | 獨軍萬全の備へ 伊各地で 神速果敢な防衛措置 |
12 | 伊海軍基地 獨軍に降伏 |
13 | バドリオ軍の 武裝解除完了 |
14 | ロードス島伊 軍守備隊降伏 |
15 | 休戰協定十三ヶ條 反樞軸軍、バドリオ政府間締結 |
16 | 伊ルジエロス將軍 獨ロメル元帥と協定 |
17 | 全く屈辱的取極 |
18 | ローマ號擊沈 伊海軍の最新銳艦 |
19 | ローマ確保と 獨の迅速な處置 ロンドンタイムス紙評 |
20 | 反樞軸軍前進困難 イタリア南部の戰況 |
21 | 伊軍の降伏狀況 ドイツ軍當局言明 |
22 | 彭澤に來襲 敵一機を擊墜 |
23 | 滿國獨立承認 記念日 日、滿交驩放送 |
24 | 亞國中立堅持 ラ大統領宣明 |
25 | アルゼンチン 外相を任命 |
26 | マリウポリ 獨軍計畫撤收 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | けふは司法保護記念日 保護厚し‧國強し 一人の更生、銃後の強み |
02 | 一般の協力を望む 齋藤總務長官語る |
03 | 道義的司法保護 法務部當局談 |
04 | 輔導の萬全期せよ 高等法院檢察官長談 |
05 | 志願兵育ての親 石川訓練所長退任の辭 |
06 | 圖像:南太平洋の空を守る高射砲隊陣地(日野特派員撮影海軍省檢閱濟 |
07 | 大戰五年と宣傳戰(二) 前大戰に於る對敵宣傳の內幕/加瀨俊一 |
08 | 熱血滾らして敢鬪 臺北州學徒戰場運動大會 |
09 | 量を產む質が肝要 我が背後に強力な科學陣在り 科學者理研所員仁科芳雄博士談 |
10 | 全島中等水泳大會 北商北一女に榮冠 |
11 | 必勝祈願武道大會 若き學徒千餘名參加 |
12 | 堆肥增產を確保 宜蘭市けふ推進隊結成 |
13 | 新竹州勞務懇談會 十五日苗栗郡皮切りに開く |
14 | 新竹市愛國 看護團組織 |
15 | 花蓮港廳下瑞穗 に鐵鑛脈發見 |
16 | 花蓮港市の綜合會館 “山の家”を花崗山に更生 |
17 | 羅東青年校查閱 |
18 | 慰勞金を献金 |
19 | 臺東女に凱歌 全島女子中等庭球大會 |
20 | 銃劍道振興會大屯分會發會式 |
21 | 自給肥料傳習會 |
22 | 產奉會員の 一夜鍊成 |
23 | 松本基隆水上 署長着任 |
24 | 青少年陸上 競技豫選會 |
25 | 歌唱奉公隊 近く潮州で結成 |
26 | 基隆炭礦瑞芳事務所職員の一日敢鬪 |
27 | 牛の喧嘩で負傷 |
28 | 羅東郡巡廻映畫 |
29 | 遭難街民一周 年追悼祭 |
30 | フアシスト黨 員大示威運動 タ市支部再組織 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰下に迎へる 司法保護週間/江藤昌之 |
02 | 少年の不良化防止か 刻下の一大急務/鴛海六郎 |
03 | 神前に合格祈願 高雄州下海志最後の試驗風景 |
04 | 食糧增產に協力 彰化高女生が藷を栽培 |
05 | 鍛へる若人達 潮洲郡國防訓練大會 |
06 | 八塊庄警防團 分團の防諜劇 |
07 | 彰化市農事實 行組合長會議 あす市會議室で |
08 | 決戰下の保護方法 (一)司法保護の座談會 |
09 | 臺東の敵機模 型防空展閉幕 |
10 | 勞務動態調查 潮洲郡で十六 日打合會開く |
11 | 町內會に健民班 積極的運動の展開へ |
12 | 臺南一女生作品展 |
13 | ジヤワの椰子繩工業 |
14 | 三百餘機が參加 臺中の模型航空機飛翔大會 |
15 | 街庄別に推進隊 東石郡の蓖麻栽培強調週間 |
16 | 臺東郡商奉團 役員決定 |
17 | 大空に挑む學童 臺東廳模型機競技會 |
18 | 山刀を出しませう 高雄州で献納運動 |
19 | 彰化署管內の 保甲役員發令 |
20 | 一日增產戰士 嘉義市役所職員甘藷を栽培 |
21 | 鳳林郡下警防團檢閱を實施 |
22 | 桃園郡下產組の 常務役員會誕生 十一日に初會合開かる |
23 | 連日大入り滿員 彰化市海事思想普及展 |
24 | 蔡國防護身道 師範近く歸京 |
25 | 楊梅業佃懇談會 |
26 | 蓖麻と甘藷增產 臺南州警察部職員敢鬪 |
27 | 桃農第一學年 生徒の強行軍 |
28 | 故丸山氏告別式 |
29 | 地方多より |
30 | 今日の映画演劇 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰婦人の心構へ(三) 國防訓練の重要性/佐佐木榮三郎 |
02 | 文化 生活工藝品への反省/立石鐵臣 |
03 | 編輯者の立場から(5) 文學昂揚の基礎工事 臺灣文學/張文環 |
04 | 皇國の道/吳阿泉 |
05 | 水/西山かがよ |
06 | 燃え上る情熱 “厚生演劇”の公演を觀る/王昶雄 |
07 | 白柚吟社句集 |
08 | 圖像:マライの牧童/鈴木亞文 |
09 | 思ひ出の處女作(五) 試金石は“春秋”/坂口䙥子 |
10 | 高砂義勇隊に/國谷廣 |
11 | 療養歌(一) |
12 | 文化消息 |
13 | ラジオ |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 武勳の各將星參內 畏し‧拜謁仰付けらる |
02 | 海鷲モロべ灣急襲 敵輸送船團に鐵槌 現在までに判明の戰果 |
03 | 敵機廿一機を擊墜 南太平洋、米空軍執拗に來襲 |
04 | 伊南部の戰況 |
05 | 休戰交涉の經緯 ロイター通信の報道 |
06 | サレルノ灣で 激戰を繼續 |
07 | 屈辱の十三箇條 伊國民殲滅プログラム |
08 | 週間國際展望 バドリオの背信 日、獨既に萬全の措置 |
09 | ムソリーニ統帥救出 ドイツ軍の手に依て |
10 | 米軍、ソレント 半島に上陸 ナポリの南方 |
11 | ム統帥を敵に 渡す企圖粉碎 |
12 | 獨軍、果敢な救出作戰 落下傘部隊を交へて |
13 | 早くもバドリ オ追出運動 反樞軸陣營で |
14 | ドイツに入國 |
15 | 亞國は中立堅持 ラ大統領毅然たる態度 |
16 | ム統帥の復歸に 米英側狼狽の色 |
17 | フアシスト黨 領袖續續解放 |
18 | 東部戰線の戰況 |
19 | イタリア國王 バレルモ滯在 |
20 | 獨軍政を布く ケ元帥布告發表 |
21 | ノヴオロシー スクで激戰 |
22 | 上陸赤軍殲滅 |
23 | 獨軍發表戰況 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰の大空へ學徒群 海軍飛行豫備學生第二陣入隊 |
02 | 導くに一億の親心 島都の司法保護記念日 |
03 | 新竹司法保護委員會 晴れの發會式擧行 |
04 | 農業團體法愈よ施行 關係法令規定の主なる事項 |
05 | 定期敘勳 |
06 | 黃軍屬金山庄葬 十七日に執行 |
07 | 乃木將軍墓前祭 三橋町で嚴修さる |
08 | 戰ふ研究室(2) 人文の卷 東亞性格の闡明へ 南方人文研究所久野教授語る |
09 | 新竹日婦懇談會 |
10 | 食糧增產爼上に 臺北州參與奉公委員會開く |
11 | 臺灣鄉軍赤誠の献燈 けふ護國神社の聖域で起工式 |
12 | 國語家庭申請締切迫る |
13 | 敵機の空襲に備へて(四) 非常炊出し 炊事班の作り方 |
14 | 硬貨回收打合會 |
15 | 川崎前兵事部長 文教局囑託として 青年鍊成に當る |
16 | 肥料用古叺を回收 臺北州農會回收要綱發表 |
17 | 府展審查員決る 十九日から搬入開始 |
18 | 甲當り三萬斤だ 老も若きも草刈に總出動 |
19 | 國境ブレンネル峠 武裝解除された伊軍長蛇の列 |
20 | 安藤司令官 母堂逝去 |
21 | 銃後も亦前進/平貞藏 |
22 | 世界暗黑境にメス ニユーギニアの資源調查に 我學術探險隊に凱歌 |
23 | 教衣も決戰型 東本願寺長袖法衣を一擲 |
24 | 基隆市兒童 水泳大會 |
25 | 初の引揚獨人 ミユンヘン着 |
26 | 基隆市コ病 豫防注射 |
27 | 臺北市主催第二回衣服更生 |
28 | 人事‧消息 |
29 | 今晚の放送 |
30 | 興南案內報社消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 久邇宮殿下の御精勵 雛鷲の精銳愈よ感奮興起頭條新聞 【東京發同盟】「空の宮樣」として一億國民が齊しく景仰し奉る 久邇宮朝融王殿下には金枝玉葉の尊き御身を以て航空隊司令として南方最前線に御進出わが海鷲部隊を御指揮遊ばされ瘴癘蠻雨の地に在つて前後八箇月に亘り指揮官としての大任を果させ給ひ內地御歸還後昨年十一月少將に御昇進、引續いて本年四月一日附で第○○聯合航空隊司令官に補せられ日夜戰力の根幹となるべき航空要員養成の任に當らされる事は恐懼の極みである 殿下には昭和十五年十一月木更津海軍航空隊司令に御轉補遊ばされて以來航室關係の各要職を御歷任遊ばされてゐるが 皇族方が航空隊司令官に御就任あらせ給ふたのは 殿下が御初めてであらせられる、爾來雄々しく率先して大空に尊き御身を託し給ひ只管御精勵、その御戰歷を拜するに大東亞戰爭勃發するや昨年春○○航空隊司令として內地御出發比島方面海軍航空隊指揮官としてコレヒドール島、バタアン半島攻略に御參加の御後更に南方最前線に御轉進になり濠洲ポート・ダーウインの攻擊を始めインド洋方面の素敵攻擊等その御足跡は東はモルソケン諸島から北は佛印と云ふ實に南方占領地の全域に亘らせ給ふたのであるこの御戰歷赫々として特に航空に關しては御造詣、御關心深くあらせられる 殿下を大東亞戰爭下益々重要性を加へつつある海軍飛行豫科練習生の教育に當る第○○聯合航空隊司令官に拜した事は一入海鷲搖籃の地に光榮を添えるものであり殿下の司令官としての御精勵の御日常を仰ぎ奉る雛鷲の精銳は愈々感奮興起き御心に副ふべく□て南溟の大空に、北海の空に縱橫に天翔ける日を胸に描きつつ切磋琢磨の生活を送ってゐるのである以下は○○航空隊にて御附武官土山海軍少佐から聽取した 久邇宮殿下の司令官としての御精勵ぶりである 土山御附武官謹話 殿下の御日常の御任務は每朝八時以前に市內の御假寓から御出勤になり本日は司令官室で四時頃まで御勤務されますが練習生の教育狀況御魂察や警戒警報等の場合は深更まで執務に當られ隊內で御泊りの場合も勘くありません、練習生の朝の行事たる宮城遙拝、海軍體操、御製奉誦にも親しく御參加になり殊に海 軍體操には御熱心で每朝幕僚と 御一緒にやられます、練習生の教育には特に御關心を寄せられ去る八月三日頃から甲種飛行豫科練習生の徵募狀況御視察のため新潟、秋田兩縣に成らせられましたがいつも早朝から各方面を御熱心に御視察遊ばされました、練習生の健康狀態にはいつも御心を寄せられ甲種飛行豫科練習生の二次檢查の場合にもその結果を案じられ入院患者があると何名かとの御質問があり病氣の者にはその豫後を盛々御尋ねになる事があります、敬禮については特に御嚴格で分隊點檢の時は練習生の中で「頭右」の惡いものは御自身で手を取って直される事も屢々で練習生の感激の模樣は譬へようもありません、又公務の書類等を御閲覽の際は詳細に隅々まで御目を通され脫字、誤字に至るまで御自ら筆を執つて訂正され亦公務上手違などがあつた場合は親しく御指導せられるので恐懼申上げる事があります、御職務につき如何に御熱心であるかの例として御着任後間もなく陸軍少年飛行兵學校に台臨に成つた事がありますこの時は約四時間の長きに亘つて陸の雛鷲養成に當る同校の施設、教育、猛訓練を親しく御視察遊ばされたのでありますがこれは 殿下の御發意であり海鷲部隊を御統率遊ばされる「空の宮樣」が陸の若鷲搖籃の地で航空兵の訓練振りを御視察あらせられた事は曾つて前例なき事と拝します、特に炊事場、食堂まで御見學になり逞しき雛鷲の保健施設を御重視遊ばさるる思召には關係者一同恐懼申上げた次第であります、この樣に御職務については御熱心で御殿格の反面極めて御仁慈深く亘らせられ常に「人の和が大切である」と仰せられこれを根本として御職務に當られます、幕僚に對しては御假寓で丹精こめて出來上つた野菜類を御下賜になる事も屢々で献上品等も士官室に賜ることが珍らしくありません支那事變當時漢口に御出征遊ばされた際 殿下附の從兵が居ましたがその後體が惡いため兵役免除となりました、今春新潟縣御視察の砌り 殿下には從兵の郷里を御記憶になっておられ「本人が健在かどうか調べよ」と仰せられ早速調べましたが生憎く本人は不在でこの旨本人の實兄に傳へた所 殿下の從兵にまで及ばせられる御仁慈に感涙に咽んでをりました、亦この折新潟縣下の御視察を終へきせられた後長岡に向はせられ同市稽古町の故山本元師の菩提寺に御參詣遊ばされ墓所で山本元帥の令姉高橋刀自を親しく御弔問され「老齢の事故體を大切にするよう」との有難い御言葉を賜り刀自は餘りの畏さに感泣しました、臣下の墓所に皇族御參詣は前例の餘りない事と承知してをります、刀自の感激の程察するに餘りがあります 殿下は昨年三月から十月まで南方第一線に御出陣航空隊指揮官としてバラック建の宿舍に御起居遊ばされ總ゆる辛酸御不自由を忍ばせられ屢々敵の空襲の尊ひ御體驗を積ませられ常に早朝から深更まで御精勘、日夜將兵の指揮を鼓舞、激勵されましたこの尊ひ前線の御體驗を生かして若鷲の育成には身魂を打ち罩めて當られてをります、若鷲又殿下を日夜仰ぐ光榮に感激して勉勘務めてゐる次第であります |
02 | モロべ灣を攻擊 海鷲、敵船九隻を屠る |
03 | 連日猛爆を繰返す |
04 | 滿洲國皇帝陛下 親邦の天業奉翼に 畏し陣頭の御垂訓 |
05 | 敵十一機を擊墜破 北千島來襲を邀擊 |
06 | 敵七十五名を喪失 |
07 | 八田鐵相參內 |
08 | 農相、首相と要談 |
09 | 大東亞省で銓衡 南方進出手續を改正 |
10 | 上海宣傳委 員會成立 |
11 | 自作農創設促進 資金貸出要綱を變更 |
12 | 一家擧げての軍國家庭 敵機に體當り散華の橫崎中尉 |
13 | 赤軍の反擊 トルコ軍事評論家の見解 |
14 | ア、モ兩國獨立 從來伊の治下 |
15 | 獨軍の戰線縮少 所期以上の成果 |
16 | ム統帥の救出 ヒ總統自らの作戰か |
17 | 赤軍戰車二百三臺を擊破 |
18 | フアシスト黨 領袖も救出 |
19 | 我が勇士を救出 ダバオ地區の回教徒 |
20 | 英國全土に異常な衝擊 |
21 | 反樞軸軍艦船 八隻を擊沈 |
22 | 羅東郡奉壯 の連絡會議 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 嘉南大圳の 甘藷作灌溉 速かに斷行の要社說 一 現在嘉南大圳にける灌溉方法は、昭和五年竣工以來十有餘年一日の如く實施されたる三年輪作式給水方法であるが、刻下の如く綜合食糧の增產を至大命令とする現階段に於て新情勢に適するやう改訂せねばならない事は夙に本欄に於て之を提唱したのである。即ち從來では夏季單期水稻區に對しては連續灌漑、甘蔗區に對しては年二三回の間斷灌漑を行ってゐるが、甘藷作を主とする雜作區に對しては全然給水しない建前になってゐる。ところが甘蔗作は比較的に旱魃に耐へ得るが甘藷作は乾燥期による收量減少が極めて顯著であり若し年一二回の灌漑を行へば平均五割內外の增收を來すべきは最近嘉義農業試驗所の詳細なる試驗報告によって之を明かにしたのである今回試驗所に於る昭和十四五兩年度に亘る試驗成績によれば、年一回の灌水量九◯粍、二回の灌溉によって略土壤水分を適當なる狀態に保たしめれば無灌漑區に對する增收の效果は其の年の氣象狀態によって差異を生ずるが無灌溉區を一◯◯とした塊根收量指數に對し昭和十四年度は一七四、翌年十五年度は一五四といふ顯著なる成績を示した。尚一回灌漑の場合でも其の效果は一四○乃至一四二の成績を擧げたとの事である 二 現在臺南州下に於ける甘藷作は甘蔗作と同じく全國各府縣を通じて第一位を占め昭和十六年度では作付面積六萬二千六百甲收穫量十萬億五千三十三萬斤に及び甲當收量が二萬四千七百六十斤を示した而して同年全島作付面積十四萬六千六百甲、總收穫量二十八億二千二百二十九萬斤、甲當收量一萬九千二百四十斤に比較すれば、作付面積こそ全島の四割二分強しかないが、收穫量が約五割五分を占めてゐる。尚督府に於ては昭和十九年度に於て全島作付面積二十二萬七千七百二十八甲の割當に對し臺南州は筆頭の七萬三千五十四斤を占め、全島を通じて四十億斤の收穫を擧けやうと計畫したが昭和十七年度の計畫目標三十三億斤に對し僅か二十二、三億斤しか收穫しなかったから、目標通り實現する事は相當困難であらう。然し若し嘉南大圳區域に於ける蔗作に對して年一、二回の灌漑を行へば、臺南州下に於て甲當三萬五千斤の收量を擧げる事は易易たるものであるから、臺南州一州下で二十五六億斤の收穫が可能となるわけである。年廿五、六億斤といへば本島一個年の總收量に該當する。食糧としての甘藷は三斤對籾一斤の割合といはれてゐるから、之を籾に換算すれば約八億五千萬斤、之を年籾四千斤收穫の水田に換算すれば約二十一萬二千五百甲に當る事となる殊に甘藷は主要食糧として米麥に次ぐ重要物資である許りでなく、或は飼料として、或は副食物として或は高級燃料の原料として行くところ可ならざるなき用途を有するから嘉南大圳十五萬甲の區域內に於る甘藷作の灌溉は國策的要求からして一日も速かに斷行すべき事を強調せざるを得ない。 |
02 | けふから航空週間 征け‧決戰の大空へ 大東亞を覆ふ翼日本 |
03 | 安藤內相參內 |
04 | 飛行協會の行事 |
05 | 重要方策具體案 來月十五日迄府議決定 |
06 | 兵學一如の鬪魂 一高生の小茂田君 |
07 | 圖像:學鷲○○航空隊へ入隊 |
08 | 火を吐く燒夷彈 見事鐵兜でかぶす |
09 | 大戰五年と宣傳戰(下) 對敵宣傳戰の種種相 |
10 | 磐石不動の信念 一億國民總結集して戰拔け 皇奉本部で時局座談會 |
11 | 花蓮港で司法 保護懇談會 |
12 | 林田村入植卅年 神社前に記念碑建立 |
13 | 蓖麻二千餘木 新竹州職員が栽培 |
14 | 國民の教養鍊成 基本要綱、政府に上申 |
15 | 木造機帆船建造 東亞造船會社で着手 |
16 | 自給肥料增產 週間を設定 |
17 | 單機、敵幕舍を炎上 燦たり根本准尉の偉功 |
18 | 國防大會出場 選手の豫選會 |
19 | 鳥取縣に震災 地方行政協議 會の試鍊 |
20 | 各關係機關の 救援活動狀況 |
21 | 銃劍道振興會 の分會發會式 |
22 | 羅東區司法 保護委員會 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 堆肥增產を推進 知事以下兩部長現地狀況を視察 |
02 | 青年團運營座談會 臺中市新富校講堂で開催 |
03 | 關係者神社に參拜 臺南市の保護記念日 |
04 | 臺南市の賞賜 物件傳達式 |
05 | 遊ばせない工夫第一 (二)司法保護の座談會 |
06 | 吉田陸相代理 遺家族弔問に來嘉 |
07 | 大空の決戰場へ 臺中州產桐材が應召 |
08 | 高雄市でも盛 り澤山の行事 |
09 | 滿富司政官南 方事情を講演 彰化高女講堂で |
10 | 興亞勤報訓練生の入隊式 |
11 | 目指す“海の若櫻” 高雄州下の督府銓衡試驗行はる |
12 | 各地で大好評 竹南郡防諜宣傳 班の活躍 |
13 | 長瀧隊長を圍み 勞務隊員家族懇談會開く |
14 | 忌明に献金並寄附 |
15 | 彰化市青少年 團合同結成式 けふ市大運動場で |
16 | 軍事之栞 步兵砲の話 迫擊砲は日本の發明 |
17 | 頭分街後庄農 業部落發會式 集會所で擧行 |
18 | 甘藷增產に敢鬪 學徒奉公隊總動員で |
19 | 牡蠣殼にも時代の脚光 炭酸カルシウム製造に成功 |
20 | 村田高等課長巡視日割 |
21 | 快官區團が優勝 彰化市區對抗相撲大會 |
22 | 屏東市各區相撲大會 |
23 | 役場信組職員等 が蓖麻栽培奉仕 |
24 | 戰技訓練鍊成大會 屏東市師範附屬校で開かる |
25 | 麻豆街日婦防空群の查閱 |
26 | 地方多より |
27 | 嘉義桔俱強化 會員增加に力瘤 |
28 | 今日の映画演劇 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 食糧增產に即應 國有地使用を強化 |
02 | 決戰經濟の進展 超重點主義再檢討さる |
03 | 自作農創設の擴充 關係法規を改正 |
04 | 計畫造船の設計 遞信部で打合會開催 |
05 | 暗渠排水工事 實施の成果を現地に見る |
06 | 下級炭の處理促進 價格平衡資金制を設定 |
07 | 英國ゴム對策と セイロンの搾取 |
08 | 產報勤勞隊 その性格と運營 |
09 | 海運國家管理強化 南日本汽船にも適用 |
10 | 新莊郡米穀 增產懇談會 |
11 | 經濟手帖 |
12 | 企業整備準備委員會 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(十三日前場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1060)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラエ東方ブス河の 敵上陸部隊を猛爆 甚大な損害を與ふ |
02 | 小說よりも奇しき ム統帥救出の詳報 |
03 | 大東亞週間展望 東亞の建設進む 米英を敗北に追込む |
04 | ム統帥の家族も救出 |
05 | 新政府組織を練る ム統帥ローマに歸るか |
06 | 統帥は全然無傷 |
07 | 統帥令息獨國內へ |
08 | ローマ市民歡呼 |
09 | 救出部隊に 特別感狀 |
10 | 米軍二千以上を捕虜 イタリア本土戰況 |
11 | サレルノ南方で激戰 反樞軸軍の作戰進捗せず |
12 | 圖像:南太平洋に活躍の新銳陸鷲春日特派員撮影陸軍省檢閱濟 |
13 | ム統帥ヒ總統と會見 |
14 | 獨軍ボーラ 軍港占據 |
15 | 交換船「帝亞丸」出港 外務當局談を發表 |
16 | イタリア艦隊拿捕 |
17 | 武裝解除は五十萬以上 |
18 | 深い憂愁と 苦悶の色漂ふ |
19 | 戰鬪機で空中攻擊 獨の防空組織強化 |
20 | 黑シヤツ黨の 示威運動活潑化 |
21 | デスナ渡河の 赤軍損害甚大 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | この信賴この建設 逞し!南方原住民の協力 下條博士の視察談 |
02 | 制壓せよ‧科學戰 決戰場へ巢立つ東大生に 栗原大佐烈烈の激勵 |
03 | 教學書調查會 府正廳で開かる |
04 | ビルマ三大祭 |
05 | 革新的な行動展開 新構想を練る奉壯本部總務會 |
06 | 企業整備說明會 |
07 | 保正さん鍊成 新竹州で開始 |
08 | 鉛管に御注意 家屋內外の堀返しに 市水道課の希望 |
09 | 戰ふ研究室(3) 資源の卷 科學戰の勝利へ 南方資源研究所濱口所長語る |
10 | 日本のお友達へ どうぞ仲よくして下さい パレンバンの兒らのお便り |
11 | 肉役牛を增殖 新竹州で獎勵金交付 |
12 | 闇の本據を抉る 各方面から集めた意見を俎上に 日婦本部で座談會 |
13 | 飽く迄自主獨往 今井代議士時局談議 |
14 | 蓖麻栽培一色 決戰の基隆市民 |
15 | 決戰にこの意氣 コレラ防遏美談 |
16 | 安藤軍司令官 母堂の遙弔式 別院で嚴修 |
17 | 鐵道部人事異動 |
18 | 空襲法の革新/北尾龜男 |
19 | 興南詩苑漢詩 臺北橋夕照/李逸鶴、次逸鶴韻/陳雪滄、敬弔舘森袖海岡崎□石兩先生/僑瓊崖 莊玉坡、寄懷雪漁尊五二先生/高文淵 |
20 | 人事‧消息 |
21 | 陳德業翁 |
22 | 今晚の放送 |
23 | 興南案內報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滿洲建國十一周年 盟邦から親邦へ發展 今や骨肉の關係確立頭條新聞 【東京發同盟】建國十一年、生々として發展を續けてゐる滿洲國は十五日意義深い承認記念日を迎ヘる、滿洲事変の餘燼未だ治まらず國際聯盟またリツトン報告書を繞る狂騒の理事會を續けてゐる最中に巖乎として我國が滿洲國を承認したのは同じ十一年前の昭和七年九月十五日であった、日滿兩國間の善隣の關係を永遠に強固にすべく帝國全權武藤信義大將と國務總理鄭孝胥との間に締結された日滿議定書日本滿洲國承認全世界に闡明したものであり且日滿兩國關係を永遠に律する不磨の憲章であるが、この議定書の精神は事有る每にその威力を發揮し共同防衛の大義として新東亞建設の楔となつてゐる、滿ソ國境紛爭事件に於ても支那事變の發展に際して更に大東亞戰爭の勃發に伴って常に自動的に一體協同の積極的措置を發動せしめたものはこの日滿共同防衛の大義であった 日滿兩國關係はもとより單なる利害休戚に依るものではなく深い道義性と相互の信賴をもつて結ばれ培はれて來たもので盟邦から親邦へと發展した十餘年の深交は今に死生存亡斷じて分携せざる骨肉の關係を確立した、今次大東亞戰爭勃發に當り宣戰の大詔渙發せられるや滿洲國 皇帝陛下には即日時局に關する詔書を渙發國力を舉げて盟邦の戰を援くべき旨さとさせ給ひ、更に昨年九月十五日建國十周年式典にあたつては特に勅語を賜り親邦の天業を奉翼すべき旨量ねて諭示あらせられた、征戰の前途は重大性を帶び國際情勢亦緊迫を告ぐる今、滿洲國は米英擊滅戰の大後方基地として北□に儼乎たる鎮護の陣を布き又豊富なる物資を以てする對日寄與は顏る大なるものがある、昨年から再發足した第二次五箇年計畫が極めて順調なる進展を纏け食糧に、鐵鋼その他の重工業關係に同れも計畫以上の好成績を舉げつゝあるとの報告は日本國民に非常な力強さを覺へしめた 世界的動亂の渦中にあって滿洲國のみは全く戰禍の彼方に在り四千三百萬國民が孜々としてその生業にいそしみつゝあるは特に日滿共同防衛の威力の致すところに他ならないがこれと共に國力を舉げて日本に協力しつゝある滿洲國官民の努力は日本國民の深く多とする所であり兩國の親近の情は苛烈なる試煉の中に愈々緊密の度を加へて來た、本年四月初東條首相の滿洲國訪問はこの兩國關係を一層に增進相互の理解を深めたものであり、又青木大東亞相が先程同國を訪問、朝野と懇談を遂げ兩國提携の具體化を更に促進した、昨年九月十五日には新京に於て建國十周年記念式典行事が繰展げられ大東亞各國は勿論樞軸各國民の心からの祝福を受けたのであるが、明十五日には滿洲國各地に於て承認記念日の儀式が行はれ又東京に於ては日滿中央會主催の滿洲國承認記念午餐會が帝國ホテルで開催されるほか決戰下に相應しく簡素嚴肅な配念行事が行はれる、今大東亞に於ては決戰の最中にも拘らず新たな大東亞建設が着々進められ中國の主權回復、タイ 國の領土に關する宿望達成、ジャワ原住民の參政權供與などが實現された 而もビルマ國は去る八月一日戰塵の中から逞しい獨立の聲をあげ、比島又その獨立を間近に控へて準備に邁進してゐる、大東亞戰爭下に二つの國家が創造されるのである、まことにおうらかにも逞しい日本肇國の大理想顯現であるが、これらが大東亞戰爭の真只中に米英の鐵鎖と侵略を擊碎しながら進展せられてゐる事を思ふと、十一年前の滿洲國建國直後に於て斷乎として米英の東亞支配排擊を宣言した滿洲國承認の意義が如何に大いなるものであつたかゞ痛感される、米英勢力を東亞より驅逐するため滿洲國は日本と相携へて既に十一箇年の闘爭を續けて來たが、今や米英擊滅は即ち大東亞解放であり同時に十億民眾の康寧と安定を約束された大東亞新秩序の建設となった、かくて大東亞決戰の先驅となつた日滿の紐帶を愈々肇化しつゝさらに十億の民の結束を固めながら更に米英擊滅への邁進を期そう |
02 | 伊軍隊を武裝解除 艦船の抑留を實施 帝國陸海軍、伊國權益を接收 |
03 | 反樞軸の謀略完封 バドリオの脫落に帝國適切な措置 |
04 | 在留伊國人財產等 即應必要な措置完了 |
05 | 公正にして嚴格 |
06 | 抑留イタリア 艦艇と船舶 |
07 | 滬西伊駐屯軍 兵舍を監視 上海我陸軍部隊 |
08 | ジヤワ四千萬回教徒 敢然防衛戰線に挺身 最高指導官に歎願書を提出 |
09 | 武裝解除の伊軍 總計約五百五十名 |
10 | 伊人武器等所持を禁止 上海方面帝國陸海軍布告 |
11 | 定例閣議 |
12 | 敵米英必滅の 十字軍を編成 回教學者フ氏の建議文 |
13 | 中支軍八月中戰況 |
14 | 在伊邦人無事 主なるものの動靜 |
15 | 死生存亡分携せず 王駐日滿洲國大使談 |
16 | 感謝の念を 實行に移す マンスール氏談 |
17 | 中共軍政解體を 蔣介石強硬要求 國、共相剋また表面化 |
18 | スマラン州に も歎願書提出 |
19 | 建白書を捧呈 一熱血インドネシア人 |
20 | サレルノ方面 反樞軸軍撤退 |
21 | 廣東に敵一機 も侵入させぬ |
22 | 來襲敵機遁走 |
23 | 中央水產業會 設立委員會 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 食糧增產と 官吏の心構社說 一 食糧增產は現下の喫緊事である。一刻といへども決して忽せに出來ぬ焦眉の問題である。これは既に常識になって居り、何人もその緊要性を痛感してゐるところである。しかしながら問題は單なる認識やかけ聲だけでは解決出來ない。農民が真に增產即奉公の誠を以て實を擧げるか否かに存するのである。肝腎なことは明日の一石よりも今日の一斗を增產するところに在るのであり、從って增產指導は高邁な學理を說くに非らず、實に農民の中に飛び込み、足を泥田に突込んで、真に手を取って指導することでなければならない。近時增產指導に指導者側の堅實な工夫創意が要望せられると共に、筆舌による机上工作から實地に於ける携手指導を尊しとされる所以が存するのである。この意味に於て、最近增產第一線たる地方行政機構即ち街庄機構の中に增產專管助役を設置するの氣運が斯く高まって來たことは、如上の工夫創意の適確な一例として推獎に値ひするものである。 二 增產助役の創設或は街庄增產體制の整備強化については、既に本欄に於て屢屢論及せるところであるが、篤農家を以て起用する此試みは確かに適切な創意として其効果の大なるを疑はしめないであらう。去る六月中に總務長官の意を體して督府地方課長が通牒を發し、各州廳にこの新しい試みを慫恿したことも首肯出來るのである。而して高雄州が逸早くそれを取り上げて實行に移し、本二期作の增產に寄與せしめつつあるは、自ら增產に對する高雄州の斷と熱を窺ひ知るに足るものである。ところが高雄を除く各州を見るに、知事の陣頭指揮による增產指導が相當熾んであるにも拘らず、最も大切な第一線地方機構たる街庄の增產體制強化に比較的冷淡なるやに見えるのは遺憾なことである。勿論增產指導には種種樣樣な方法があるべき筈であり、各各の工夫創意によって夫夫の有効適切な方法を執って然るべきことは申すまでもない。唯しかしながら目前に既に適確なまき方法があるとすれば、他のよりよき方法に時間と勞力を費すよりも、先づ以て目前の方法を執って實施することが、明日の一石より今日の一斗を喫緊とする今日の增產要請に副ふ所以ではないだらうか 三 以上の意味に於て、增產助役を中心とする街庄增產機構の強化は、全島的に速かに實施して然るべきことであらう。高雄州を除く他州がこれに對して冷淡に見えるのも、或は他のよりよき方法を講究中かとも想像されるが、その限りに於ては如何なる工夫創意にても可し一刻も早く增產の實を擧げられんことを期待してやまない。若し夫傳へられるが如く、高雄州に先鞭をつけられたがために、知事の面目にかけて今更その真似をしたくない、といふ安價な競爭意識に捉はれてゐるとすれば、その意地たるや笑ふべし、その識見すら疑はれるに至るであらう。恐らく斯の如きは萬あるまじきことと信ずるものであるが、從來兎もすれば陷りがちな屬寮根性の時弊として常に戒心を要すべきことではあらう。思ふに戰時行政擔任者の責務は、戰爭遂行の絕對的要請に應へて迅速適確な實を擧げることに存し、所期の目的を達成するために必要なる工夫創意こそはあれ、行政擔任者の自己滿足を充す或は名を擧げ又は榮達を齎らすに役立たせんがための邪念は微塵もあってはならぬのである。斯くして戰時行政家は先づ以て自己を虛うすることから出發せねばならぬと信ずる |
02 | 國民の總力擧げて 送れ‧飛行機と乘員 航空週間開始副見交通局總長放送 |
03 | 增產に真摯な意見 臺北州參與奉公委員會 |
04 | 決戰市勢の強化へ 廿二日全島市長打合 |
05 | 論より實踐だ 梁井支部長の挨拶 |
06 | 東亞反攻と米英將領 その動靜と狂奔をみる |
07 | 新竹愛國女子 看護團結成式 |
08 | マライ熱帶醫學研究所 新構想の下に擴充強化 |
09 | 十一庄、街に昇格 十月一日より實施 |
10 | 花蓮港廳中小商工業 再編成協力會創立總會 |
11 | 弛む心に乘る謀略 每日の行動を反省せよ 吉岡女史女性總結束強調 |
12 | 國策型のお產 一擧に男子五人を分娩 芽出度し母子共元氣 |
13 | 高雄州のトマト 出廻りは十月頃 |
14 | 窯の復舊に獎勵金 花蓮港廳木炭增產に馬力 |
15 | お山のヨイ子供も 蓖麻栽培 |
16 | 硬貨供出して恤兵献金 |
17 | 花蓮港專賣品小賣 人組合 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 全市防諜の一色 臺中市の強調週間 |
02 | あなたも私も防諜戰士 彰化署の期間強化運動行事 |
03 | 彰化郡線西漁業協同組合 |
04 | 譽れの海の若櫻に 臺南州で豫備訓練實施 |
05 | 勞務關係法令の講習會 |
06 | 增產に熱汗奉仕 繰出す學校隊と青年團 |
07 | 甘藷增產に拍車 羅東郡で強調週間設定 |
08 | 蓖麻栽培に郡 職員が垂範 |
09 | 埔里街青年團 の查閱好成績 |
10 | 廿一年六ケ月間皆勤 實直な產業戰士葉生庭氏 近く高雄州で表彰 |
11 | 十八日迄全部 完納の意氣込 古坑庄今期の地租 |
12 | 能高郡商奉團 幹部の鍊成會 |
13 | “愛機よ飛べ飛べ” 澎湖廳模型機競翔大會 |
14 | コ疫一應は終熄 交通制限を解除 高雄州當局談話を發表 |
15 | レモン等の新 販路を拓く 高雄州で試みに |
16 | 軍事之栞 軍艦の大砲 戰艦の大砲に二色 |
17 | 自給肥料增產へ 彰化郡で第二回積込週間設置 |
18 | ラジオ體操會を繼續 嘉義市で每月の奉戴日に實施 |
19 | 學徒に馬事訓練教育 臺南州下各中等校生徒に實施 |
20 | 甘橘類滿洲で大持で 高雄州下の栽培者ホクホク |
21 | 但し油斷は禁物 中山臺南州警察部長談 |
22 | 水里青年團、蓖麻 栽培に熱汗奉仕 |
23 | 桃園郡產組役員の鍊成會 十四日より三日間 |
24 | 模範優良商奉團を調查 商奉精神昂揚の方策講究 |
25 | 青年の鐵道自殺 |
26 | 地方馬檢查打合會 |
27 | 桃園郡產組常務役員初常會 |
28 | 嘉義郡の蓖麻增產計畫 |
29 | 人事報社消息 |
30 | 內灣國語指定 部落發會式 十三日に擧行 |
31 | 地方多より |
32 | 賃金統制令 改正講習會 |
33 | 訃文:陳進來 |
34 | 訃文:陳德業 |
35 | 今日の映画演劇 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 小運送統合具體化 五大會社、一元的に合同 督府の統合要綱發表 |
02 | 交通總長談話發表 小運送能力增強へ 業者の最善努力を要望 |
03 | 五大運送會社と 運輸業組合の概要 |
04 | 臺灣運送會社設立後 更に第二次統合を行ふ |
05 | 輸送能力を增強 鐵道運輸規程改正 來月十五日より實施 |
06 | 臺北商議所 參事選任 |
07 | 鬪ふ滿洲國の姿 撫順發電所の卷(一) |
08 | 株金拂込徵收商社 |
09 | 照明燈 |
10 | 商況(十四日前場) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(1061)/黃得時;碇政彌 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | フアブバ飛行場攻擊 陸鷲、敵機相當數屠る |
02 | 我舟艇、敵魚雷艇を擊破 |
03 | フナフチ島夜間急襲 |
04 | 滿洲國承認記念日 嚴肅な式典を擧行 |
05 | 記念午餐會開く |
06 | 東條首相參內 |
07 | イタリア艦隊の動き 大した軍事的價值發揮できない |
08 | アンボン來襲 敵機を擊墜 |
09 | ビルマに國家奉仕 中央協議會の設置 |
10 | 軍政地域、佛印間 郵便物交換暫定取極め |
11 | 反樞軸の上陸作戰 全面的崩潰に瀕す サレルノ灣頭の戰獨軍當局筋情報 |
12 | どの程度まで 使用出來るか ロイター通信悲觀說 |
13 | ダンケルク再現 |
14 | 圖像:密林戰に奮戰する我が陸戰隊勇士 |
15 | ム統帥が首班に 國民政府を指揮統制 |
16 | クレモナで ム統帥協議 |
17 | 特殊連絡機の性能 ム統帥救出を成し遂ぐ |
18 | ヒ、ム兩巨頭會見 |
19 | サレルノ市に 獨軍進擊 |
20 | 英落下傘部隊全滅 |
21 | フアシスト黨領袖 獨軍の手で無事救出 |
22 | バドリオ北阿に逃避か チアノ伯依然消息不明 |
23 | 獨軍テイナラ入城 |
24 | バルカン方面 伊軍總司令 捕虜となる |
25 | 北部ギリシヤ 武裝解除終了 ドイツ軍に投降 |
26 | 獨大本營發表 |
27 | 華北伊軍隊の 武裝解除完了 |
28 | ローマ市 降伏の經緯 |
29 | 獨軍、ブリア ンスクを撤收 |
30 | 東部戰線戰況 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇奉の活動推進に 民間人を起用せよ 市支會主事打合會で強調 |
02 | 軍援の完璧期して 關係者公會堂に集ふ |
03 | 堆肥增產に督勵班 知事以下現地で指導 |
04 | 戰ふ研究室(4) 工業の卷 科學の普及が第一 工業研究所池田所長語る |
05 | 援護に赤心捧ぐ 產報會の軍援週間實施事項 |
06 | 赤堀郡守初巡視 |
07 | 空の護り固ければ 空襲恐るるに足らず/佐藤健吉 |
08 | 蓖麻子の蒐荷方法 供出者の便宜計つて一元化 |
09 | 人命救助の 錢君表彰さる |
10 | 新竹州配給查 察員顏合せ |
11 | 目出度き御代の奉公人 匿名献金續けて一年餘 美談の主は譽れ高き軍國の父 |
12 | 敵機の空襲に備へて(五) 非常炊出し 衛生と營養に留意せよ |
13 | 決戰服を着けませう 基隆市奉壯團徹底に乘出す |
14 | 保險郵便年金 關係勅令を改正 |
15 | 深夜の傷害 逃し出された婿養子兇行 |
16 | 興南詩苑漢詩 泛舟憩四時美歸流玩月/覺齋、四十初度書懷二首/李逸鶴 |
17 | 前轍を踏む イタリア |
18 | 人事‧消息報社消息 |
19 | 今晚の放送 |
20 | 興南案內報社消息 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 三國條約効力不變 勝利まで戰ひ拔く 日、獨中外に共同聲明頭條新聞 【東京十五日發同盟】イタリアパドリオ政府の無條件降伏以來帝國政府は盟邦ドイツといよく緊密なる協力提携のもとに着々必要な施策を講じ不退轉の共同戰爭遂行に邁進しつゝあるが十五日午後二時情報局より日獨兩國の共同聲明を發表パドリオ政府の背信行為は三國條約に聊かの影響をも與えるものに非ず三國條約はその効力も何らの變化もなく存續するものなるを堂々と中外に宣明あらゆる手段を盡して今次戰爭を闘ひ拔かんとその烈々たる兩國の決意を表明した △日獨共同聲明(九月十五日午後二時)大日本帝國及大獨逸國政府は共同にて嚴肅に左の通宣言す バドリオ政府の背信は三國條約に些かの影響を與ふるものに非ず同條約は其効力に何等の變化を受ること無く存續するものなり大日本帝國政府及大獨逸國政府は相共に有ゆる手段を盡して最後の勝利を得る迄今次戰爭を遂行するの決意を有するものなり |
02 | 大戰完遂の態勢完結 |
03 | 三國條約並びに 日獨伊軍事協定 內容 |
04 | 朝香宮殿下台臨 陸軍航空士官學校卒業式 |
05 | 海軍兵學校晴の卒業式 |
06 | 滿洲國皇帝陛下 日滿顯官に午餐を賜ふ |
07 | アツツ玉碎通信戰士 破格の優遇賜はる 遞信部內の龜鑑、永く讚仰の目的 |
08 | 各國の對伊措置狀況 |
09 | ヒ總統を中心に 獨國民鐵の團結 大島大使に歐洲情勢を聽く |
10 | 海軍經理學校卒業式 |
11 | 重光外相參內 |
12 | 今後の具體策に付 中央と諸般の打合 谷駐華大使きのふ歸朝 |
13 | 滿州國の重大性 青木大東亞相強調 |
14 | 經濟問題解決が重大 歸朝の谷駐華大使談 |
15 | 敢然敵機を擊墜 小型輸送船見事任務を遂行 |
16 | 大東亞地の域 伊國居留民 |
17 | 東亞共榮圈の軸心 李外交部大臣放送 |
18 | 邦人、モンテヴ イデオで乘船 ゴアに向ふ豫定 |
19 | 反樞軸軍大損害 ダンケルクの運命迫る |
20 | 眾議院議員 協議會開く |
21 | 新聞社業務幹部の鍊成會 |
22 | 伊戰艦は五隻 反樞軸に歸す |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 日獨の戰略態 勢依然不動 對伊措置終る社說 一 バドリオ裏切り政府の豹變に伴ふドイツの軍事的措置は電擊の內にも整然と遂行され、北部イタリアはロメル將軍の智謀と精兵に依って固められ、首都ローマは瞬時にして獨軍の掌中に握られ、伊本土に於ける反樞軸軍邀擊の戰略態勢は茲に確立された。反樞軸軍がバドリオ政府を使嗾し、裏切り脫落を敢へてなきしめた謀略最大の狙ひは、獨伊兩軍を相互に戰はしめ、その混亂の間隙に乘じて伊本土に戰略的地步を固めんとするにあったが、獨の最も得意とする電擊作戰の前にこの憎むべき謀略は見事失敗に歸して了った。ローマの掌握は伊本土爭奪戰の天目山で、單に作戰今後の推移を左右するだけでなく、政略の面に於ても重大な影響を齎す事は贅言を要しない。更にバルカン領域に於ても既にイタリア軍の武裝解除を完了すると共に、反樞軸軍の上陸に備ヘて萬全の措置を固め、獨軍の單一指揮下に反って搖ぎなき堅固さを示してゐる。イタリアの崩潰に間髮を入れず神速整然と遂行された獨軍今回の行動は獨軍戰力の強韌なる彈力性を證明するものである。 二 かくて獨軍は電擊の神速さを以てローマを始め、中北部イタリア並にバルカンに於ける政戰兩略の要點を掌握して、反樞軸側の反攻に對する搖ぎなき歐州要塞態勢を確立したが、帝國に於ても亦九日に政府聲明を發表、帝國の見解と牢固たる征戰完遂の決意を表明し、これと共に陸海軍は直に實力を發動して、大東亞各地に於るイタリア軍隊、艦船並に諸權益に對して有効適切なる措置を講じ、反樞軸側の謀略潜入を完封した。同時に中華民國、滿洲國、タイ國、ビルマ國各盟邦に於てもそれぞれ我が方と同一步調をとり、自主的に同樣の措置を取ったので、帝國陸海軍はこれらの各盟邦の接收に協力し、占領地內の伊國非戰鬪員に對しては監視保護を加へつつあるが、これら措置は極めて平穩裡に完了したのである。 三 以上の如く、バドリオ政府の憎むべき裏切行為に對して、日獨兩國の神速なる軍事的措置と確信に滿ちたる聲明により、右事件は戰爭の前途に何ら影響を及ぼすものでない所以が明かにされ、大東亞諸地域に於ても些かも動搖の色なく、日本を中心に大東亞の道義的新秩序創造の為め、飽くまでも戰ひ拔かんとの決意は益益確固且つ昂然たるものを加へてゐる。これは事件直後に於ける汪主席の聲明、ピブン首相、バーモウ國家代表の決意披瀝等に徵して明かである。事實大東亞の建設事業はバドリオ事件には目もくれず、大陸、南方に遲滯なく進められつつあるのである。その注目すべき成果を擧げれば、新ビルマ國家機構の決定、ジャワ現地住民に對する政治參與の實現、比島獨立憲法の成立、滿洲國の地方行政機構改革等がある、かく大東亞の建設が進むことはその儘米英を敗北に追ひ込むことである。われわれはバドリオ事件等に拘泥せず、バドリオは唾と共に吐き棄てて我我の建設に邁進すればよいのである。 |
02 | 米支機の空襲企圖 空の決戰で見事に粉碎封殺 岩村法相次男竹俊大尉壯烈な戰死 |
03 | 航空日本 “一機當千”の精銳 (一)近代戰の華は飛行機 |
04 | 山縣司令長官上北 臺北、基隆武官府檢閱 |
05 | 有事に備へ醫 療班を編成 |
06 | 鍛へよ“日本婦道” 齋藤長官、桔俱で講話 |
07 | 岩村大尉略歷 |
08 | 圖像:伊軍武裝解除とコ號の自沈 |
09 | 岩村機、壯烈な最期 機人一體、護國の火達磨 |
10 | なかなかの親孝行 岩村法相、愛兒を語る |
11 | 兵隊さんに慰問文 前線の司令官から武官府に感謝狀 |
12 | 山地造林面積 積極的調查に乘出す |
13 | 花蓮港の軍援 強化行事 |
14 | 七星郡の防諜 講演と映畫 |
15 | 尊い淨汗奉仕 五部隊將兵忠靈塔で作業 |
16 | 強步鍊成大會 臺北州豫選會 |
17 | 競ふ健脚部隊 新竹州、青少年強步大會 |
18 | タイプ入所式 |
19 | 副見交通總長 東部臺灣を視察 |
20 | 軍司令部事務 員を募集 |
21 | 東亞造船 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 堆肥增產に學童が 斷然新記錄を樹立 廿三日に增產賞授與式を擧行 |
02 | 增產に先づ堆肥 臺東郡で強調運動展開 |
03 | 海軍豫備學生と 技術士官に合格 南高工出身の伊東喬君 |
04 | 刑餘者も國の大御寶 (三)司法保護の座談會 |
05 | 霧峰庄桔俱 着着淨汗の前進 |
06 | 防衛戰士の龜鑑 父の死秘し二日間職責を完遂 |
07 | あす振起日 皆國語で朗らかに 推進員が街頭に進出 |
08 | 區內農村で畫 劇の巡廻表演 彰化市南區畫劇 挺身隊 |
09 | 軍事之栞 空軍の話 戰鬪機について |
10 | 臺東街最初 の警防團葬 |
11 | 小さき胸躍らせて 臺南模型機競翔大會 |
12 | 保甲役員に 防諜の講話 |
13 | 蓖麻の增產に 州廳全職員が汗の垂範 |
14 | 青年郡員林建設へ 心身の查察檢討を實施 |
15 | 戰技訓練と增產 學徒の必勝態勢 |
16 | 稗拔きを勵行 知事以下推進班を繰出す |
17 | 彰化市青少年團 十四日晴の結成式擧行 |
18 | 裏作に亞麻獎勵 高雄州で增產に乘出す |
19 | 諸奉納行事の 打合會を開催 |
20 | 新進農堂派遣女青 を圍む座談會開催 |
21 | 霧峰奉壯團の 地方巡廻講演 |
22 | 防空連絡會議 昨日市會議室で |
23 | 防諜劇開演に 隱るる美談 |
24 | 石碇庄青年團 一石四鳥の敢鬪譜 |
25 | 新竹州警察部異動 |
26 | 今日の映画演劇 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 今川社長に聽く 石炭增產の要諦 必要物資の確保が緊要 |
02 | 臺南州下の二期米 平年作と大差なし |
03 | 最近の經濟展望 |
04 | 日滿支鐵道輸送力增強 鐵道運轉規程を協議 |
05 | 製網工場を設置 マニラ麻でロープ製造 |
06 | 鬪ふ滿洲國の姿 (二)石炭液化と輕金屬 |
07 | 英國經濟の現狀 |
08 | 臺灣貿易振興移轉 |
09 | 八月末郵貯躍進 一億千萬圓を突破 |
10 | 米穀納入配給 組合總代會 |
11 | 割當鹽乾魚の確保 督府兩縣に出荷手配方打電 |
12 | 特別營理米制度 農家の增產意慾を剌戟 |
13 | 砂糖配給事務懇談會 臺中市教化會館で開く |
14 | 經濟手帖 |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(十五日前場) |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1062)/黃得時;碇政彌 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機十四機擊墜 フアブバ強襲の際 |
02 | ア島の敵部隊を急襲 |
03 | 敵機の蠢動を完封 南昌、武漢で五機擊墜 |
04 | 這這の態で逃走 三機擊墜の殊勳部隊長談 |
05 | 新タイ國領土の 統治運營に萬全 日タイ細目協定略意見一致 |
06 | 海防で三機擊墜 |
07 | ドイツ大使館 ローマに復歸 |
08 | 七尾市長に松川氏 |
09 | 泰國司政長官 任命を發表 |
10 | 在留民は皆無事 ヴエネチア滯在 脫出邦人第一報 |
11 | フアシズムを復興 ム統帥五ケ條宣言 |
12 | 國民活動擧げて 戰爭完遂に凝集 ビルマ戰時對策委員會組織 |
13 | マライ四州の 行政要領布告 |
14 | 圖像:ソロモン決戰場を征く密林を進む陸戰隊 小澤海軍報道班撮影海軍省許可濟第一○一號 |
15 | 敵艦船五隻 を擊沈破 獨空軍の戰果 |
16 | 南歐駐屯伊軍 獨軍の指揮下に |
17 | 敵戰死一萬に上る サレルノ地、獨軍に有利 反樞軸軍破局迫る |
18 | 海岸地帶に追込まる サレルノ灣上陸米軍絕望 |
19 | ム統帥の救出 全く危機一發の所で成功 獨親衛隊長語る |
20 | 我隼機、ビルマで 優秀性を發揮 |
21 | アドリア海岸線 ドイツ軍が確保 |
22 | 米軍增援隊を繰出す |
23 | 赤軍戰果を焦る |
24 | 獨紙樞軸の鞏固を強調 |
25 | 外貨債の處理 一應終る |
26 | 赤軍ノ市に突入か |
27 | 赤軍補給線を 獨空軍が猛襲 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 百%に近い合格率 空の決戰へ若人が總進軍 榮冠燦たり臺中高農 |
02 | あす黃海海戰記念日 偲ふ五十年前の決意 |
03 | 中等國定教科書 十二冊の原案が決定 |
04 | 戰ふ研究室(5) 醫學の卷 南方の疫病制壓へ 熱帶醫學研究所大內教授語る |
05 | 初級滑空訓練 を實施 |
06 | 梁井知事堆肥 增產を視察 |
07 | 新商道強調週間 けふ實施行事打合せ |
08 | 戰時下重大役割を果す北滿亞麻工場! |
09 | 奉壯單一團組織化 けふ改訂要綱を交付 |
10 | 大和丸遭難沈沒 十三日午前一時東支那海で 雷擊の敵潛捕捉擊沈 |
11 | 日婦會員が 硬貨回收 |
12 | 國語報國に邁進 張切る上奎府町區 |
13 | 總噸數九千六 百五十六噸 |
14 | 鳥取縣の災難 安藤內相が現 地模樣を語る |
15 | 臺灣詩吟城北 第一回講習 |
16 | 木炭增產促進 週間を設定 |
17 | 飛行機建造資 金を献納 |
18 | 塚本產業部長 蘭陽地方巡視 |
19 | 山の若人の合 宿訓練 |
20 | 出征軍人の妻 の職業を調查 |
21 | 興南詩苑漢詩 向晚維舟劍潭二首/癡雲、四十初度書懷(續)/李逸鶴、次韻/李慶賢 |
22 | 國語家庭申請 申込五百二十 |
23 | 羅東郡世話 役の鍊成會 |
24 | 小坑山へ |
25 | 人事‧消息 |
26 | 今晚の放送 |
27 | 商況(十六日前場) |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵六十機血祭り ニ島、コ島中間の島嶼地區で 敵と激戰大打擊與ふ頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(九月十六日十七時) ソロモン方面その後の戰況は依然熾烈にしてわが陸海軍守備部隊はニューデョーヂァ島及びコロンバンガラ島の中間島嶼地區にて有力なる敵軍と激戰を交へ反復大打撃を與ふると共に所在わが海軍航空部隊は地上部隊の奮闘さ相俟ち有力なる敵航空兵力の破碎增援の阻止補給の妨害等に連日活躍中なりこの間わが地上部隊並びに海軍航空部隊の舉げたる主なる戰果左の如し (一)アルンデル島のわが陸海軍守備部隊は九月十三日約六百の敵を潰走せしめ遺棄死體九十五武器彈藥多數を鹵獲せり (二)ブインのわが海軍航空部隊は九月十四日來襲せる敵飛行機延二百四十機以上を邀撃し地上砲火と相俟ちその六十機を撃墜せりわが方の損害自爆未歸還を合せ五機なり |
02 | 熾烈‧ブインの激鬪 來襲の敵機數とその擊墜數 |
03 | 海鷲の爆音絕えず ソロモンの空を震撼 |
04 | 敵十機を擊墜 十五日ウエワクに來襲 |
05 | ブーゲンビル 島に來襲 その二機を擊墜 |
06 | ムンダ敵地強襲 モロべ灣を襲ふ |
07 | 田代中佐放送 敵反攻謀略粉碎へ 西南太平洋の防衛に東亞十億が結集 |
08 | 我が海鷲戰果擧ぐ ベララベラ島中心に |
09 | 吳海軍工廠長に 三戶由彥中將 |
10 | 廣東侵入企圖 の敵機を擊退 |
11 | 米海軍省發表 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 小運送業の 統合 監督行政の一元化社說 一 海陸綜合的小運送能力を最高度に發揮し以て港灣荷役力の飛躍的增強を圖らんとする臺灣小運送業統合要綱は先般府議決定を見、此程交通局總長より關係業者に申渡された。今般の統合は固固大東亞戰後著しく變貌せる本島港灣情勢に照應して港灣荷役力を劃期的に增強すべく取り上げられたものである以上ある程度海陸一貫作業が實施されてゐる現狀では結局五大運送會社と運輸業組合を單一會社に統合し海陸を通じて一元的運營を行はしめることも增強方策として考へられてよいのである。即ち內地港灣に見る如く港灣運送業と陸上小運送業とが縱に何等のつながりをもたない所では陸海を切り離して灣港作業會社と陸上小運送會社とが二元的に對立してゐるがこれに反し本島の如く資本的に作業的に陸海とも一貫してゐる所では若し統合を行ふとすれば結局單一會社方式をとる他はないといふのである。 二 交通局が慎重調查の結果結局五大會社と臺灣運輸業組合の業務を總括する單一會社案に決定したのも前記本島運送業界の實狀に鑑みる時蓋し止むを得ないものといってよい。尤も當局より申渡された統合方針に就ては業者側に於て檢討の上近く正式回答をなすことにはなってゐるが旣に一旦府議決定を見た當局の統合方針は最早まげられないものと謂はねばならないとは言へ細目的な技術的問題に對してはあく迄業者側の意志を尊重、採用せんとすることは固より當然であるには違ひないがそれ丈に業者側の全幅の協力が要請されるわけである。何れにしても單一會社は理想案として一應肯定され得てもそれには自らの難點もないではない。先づ第一に指摘されるのは單一會社は普通の商事會社として發足する結果資本系統の錯綜から來る今後の經營を如何ようにしてスムースに行ふベきかであり、資本と經營との分離問題ひいては會社首腦部の人事問題をどう解決するかにある 三 第二には常識的に懸念される獨占化である。五大會社の統合それ自體は內面的に獨占化從って取扱粗雜化の傾向を包藏してゐる。これに對する交通局の監督の適否如何により單に小運送能力の最高度利用が覺束かないのみならず統合前よりも能力の低下を來す虞なしとしない。過去官廳の慫恿に基き統合された單一會社がその後に於ける官廳側の放任的態度により幾多の弊害を露呈してゐるのに鑑みれば尚更に單一運送會社に對する交通局の態度確立が要望されて來るのである。それのみならず現在の監督行政機構をも一元化する必要があるのであって現在の如く行政調整の程度では却って海陸小運送業統合の成果を減殺するに過ぎない。若し監督行政一元化の斷行を躊躇することによって業者の統合協力を阻み新會社の設立を延遷せしめることが萬一あるとすれば強ち業者のみの責任と斷定し去ることも出來ず監督官廳のイージゴーイングと評されても致し方あるまい。 |
02 | 「精神と數」の戰ひ 隼部隊長の陣中日記 |
03 | 畏し鳥取縣に 御內帑金御下賜 |
04 | 航空日本 制空の鍵は質と量(二) 人智を盡した航空科學 |
05 | 日高大使以下邦人の ローマ脫出の模樣 |
06 | 献穀精白奉告祭 |
07 | 慰問演藝 |
08 | 民造林を積極獎勵 臺中州獎勵規則を制定 |
09 | 若人の意氣軒昂 基隆壽青年學校查閱 |
10 | 圖像:サバン島原住民の貯金熱 |
11 | 違反者には制裁 日婦、闇根絕座談會で申合 |
12 | 惜べきは裝飾の過剩 深みある工藝品の出現を希求 生活工藝品座談會の報告 |
13 | コレラ漸く終熄 しかし安心はまだ早すぎる 曾田府衛生課長談 |
14 | 防遏戰士を表彰 |
15 | 人事‧消息報社消息 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滾る學鷲群の血潮 合格通知に凱歌擧る高雄中 |
02 | 歸還勇士が垂範 決戰貯蓄、生產擴充、心身鍊成等 從軍記念會臺南支部十月の行事 |
03 | 北港郡下產業 組合長會議 けふ部會議室で |
04 | 防衛の完璧期し 防空群に月二回の訓練實施 |
05 | 仕事は半強制がよい (四)司法保護の座談會 |
06 | 農事實行組合 事務研究會 |
07 | 老年層を鍊成 豐原街で二回に亘り實施 |
08 | 蘇澳庄協補充 |
09 | 全割當量を突破 新豐郡切干藷の供出完了 |
10 | 奉納米完納運 動功勞者表彰 十三日新莊郡で |
11 | 企業整備方策成る 臺中州協力會で決定 |
12 | 桃園郡退職保甲役員表彰式 |
13 | 軍事之栞 空中戰鬪と 特殊飛行の話 |
14 | 防諜の強化に就て 松山臺中州警察部長談 |
15 | 梁井知事の陣頭指揮 海山郡下の堆肥增產を推進 |
16 | 防空資材購入費を寄附 |
17 | 竹山郡で臨時 保甲會議開く 防諜週間の行事 |
18 | 人事報社消息 |
19 | 地方多より報社消息 |
20 | 訃文:森田房枝 |
21 | 今日の映画演劇 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 石渡課長歸臺談 鑛區使用權の設定 許否決定は公正にやる 鑛業登錄制も追つて實施 |
02 | 南方建設明朗譜 ジヤワ農民道場と模範農村 |
03 | 船員充足に萬全策 船員紹介事業を厚生省に移管 |
04 | 鬪ふ滿洲國の姿 (三)弓張嶺鐵山の富礦 |
05 | 專賣局職員 勤勞奉仕 |
06 | 船員職業紹介權 厚生大臣等に移管 |
07 | 八月末銀行預金激增 六億千百萬圓の新記錄 |
08 | 專賣局第二回 勤勞管理委員會 |
09 | 本年度早場米の 集荷對策費を決定 |
10 | 照明燈 |
11 | 葉卷の中支進出 “能高”“新高”で約十萬本 |
12 | 商況(十六日後場) |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1063)/黃得時;碇政彌 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 海鷲モロべ灣急襲 ムンダ敵陣地に巨彈 |
02 | 強行渡河米軍を殲滅 |
03 | ハンサマダン來襲敵機を擊退 我方損害殆んどなし |
04 | ガ島敵飛行場 軍事施設を爆破 |
05 | 敵側の發表 |
06 | 定例閣議 |
07 | 圖像:谷駐華大使、記者團と會見(於大東亞省) |
08 | 英の二主力艦破損 |
09 | 米の圓滑な 出荷完遂へ 農林省、地方長官 を招致懇談 |
10 | 英の沒落必至 バール‧バツク女史 特殊同盟案反對 |
11 | 敵機は卑怯にも カムチヤツカ方向に逃げ去る 十二日北千島來襲、敵大損害自認 |
12 | 米、濠軍反目の實相 俘虜達が語る內幕 |
13 | 我我は必ず勝つ 同盟、友好諸國にあくまで誠實 緬甸最高國防會議バ代表聲明 |
14 | サレルノ激戰續く 反樞軸軍は依然苦戰 |
15 | 今度の空襲は 高價な試み ノツクス訴ふ |
16 | 交換船リオ に入港 |
17 | 反樞軸軍死守か サレルノ橋頭堡を |
18 | サレルノ戰を 英紙重視す |
19 | ペルサノ占領 |
20 | 獨大本營發表 |
21 | 獨空軍の戰果 サレルノ灣に於いて |
22 | 米軍の苦戰 スチムソン認む |
23 | フアシスト黨の 共和體制切替へ 獨外務省當局言明 |
24 | 剿共肅清戰 八月中の綜合戰果 |
25 | 統帥救出の苦心 ス副隊長は語る |
26 | 赤軍の攻勢擊退 ウクライナ戰線戰況 |
27 | 赤軍戰車二百六臺を擊破 |
28 | 赤機二百一機擊墜 |
29 | 米國「父親召集」を開始 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 鍊鍛へた決戰の腕 今ぞ‧示さん故鄉の空に 胸躍る少年兵の訪問飛行 |
02 | 玉碎勇士慰靈祭 故山崎中將の令妹招いて |
03 | 比島船員養成所開所式! |
04 | 援護の真心罩めて 日婦、軍援強化運動展開 |
05 | 業態別の產業戰士養成 先づ機械工を養成 二十日から補導講習開始 |
06 | 新商道の昂揚へ 基隆市商奉團多彩な行事實施 |
07 | 步武堂堂 基隆寶青年校 の教練查閱 |
08 | 臺北青年校查閱 |
09 | 大森林の開發に 新竹州勤報隊訓練所設置を申請 |
10 | 臺中高農愈よ開校 十月一日に全學徒武裝移轉 |
11 | マラン便り 山麓の景勝地に 響く建設の槌音 |
12 | 娛樂を公平配分 興行時間も四時間內に短縮 |
13 | 教育講習會終る |
14 | 學窓から決戰場へ 大學高專の卒業式決る |
15 | 比島憲法草案を議する 特別全島代表者會議 |
16 | 軍馬慰問 |
17 | 增產に專管助役 トツプ切つて五結庄設置 |
18 | 國防訓練大會 臺北州豫選會 |
19 | 新竹州時報 皇奉機關誌で 再出發 |
20 | 鷄卵を自發的供出 |
21 | 廣大な山地を養豚に 新社庄長飼料生產に躍起 |
22 | 街昇格の四庄 簡素嚴肅な祝賀準備を進む |
23 | 基隆商議員懇談 |
24 | 員山庄の硬貨回收 |
25 | 興南詩苑漢詩 劍潭溪泛舟行/可軒、和純青同社癡天子之作/謝雪漁 |
26 | 日婦城南聯分會 投藥袋製作奉仕 |
27 | 味噌の公價改訂 |
28 | 改正賃金統 制令講習會 |
29 | 野里署長の 管內初巡視 |
30 | 新高區保護記 念日の夕盛況 |
31 | 防空頭布製作 日婦高雄支部 |
32 | 烏來行 |
33 | 銃劍道振興會臺北市中央第三分會 |
34 | 土曜音樂會 |
35 | 人事‧消息 |
36 | 今晚の放送 |
37 | 商況(十七日前場) |
38 | 興南案內報社消息 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米洲ラテン諸國よ 獨立のために戰へ 來栖大使呼びかく頭條新聞 【東京發同盟】特命全權大使來栖三郎氏は東京中央放送局より十七日午前九時半、午後零時五分、午後八時の三回に亘り中南米に向け左の如き放送演說を行ひ曾ってラテンアメリカ諸國がその民族解放獨立のため戰つた如くわれくは今大東亞解放のため戰つてゐるのであると述べて米英の比島、インド、ビルマ等に對する抑壓政策と、帝國の大東亞解放政策と對比して米英帝國主義を暴露すると共に米國が汎米主義を自國の世界制覇政策實現の具としラテンアメリカ諸國をして米國のため世界と戰はしめんとしてゐる點を喝破、ラテンアメリカ諸國は再び燭立のために戰ふか米國の經濟的帝國主義の前に無條件降伏するか二者の一を選ばねばならぬ時が來るだらうと警告し更に日本は敢て米洲の問題に關與せざる如く米洲諸國が東亞の問題に關興せざる事を求めるに過ぎぬと帝國の東亞と米洲の間に永遠の平和を熱望する所以を瞭かにした來大使放送要旨左の如し(寫真は來栖大使) ラテンアメリカ人諸君、約一世紀半の昔諸君の祖先がラテンアメリカ解放のために戰った如くわれくは今大東亞解放のため戰ってゐるのである從つて光輝ある南米獨立の英雄シモン・ポリーバル、サンマルチン、オヒギンス、スクレ等の名はその古戰場たるフニン、チャカプコ、アャクチョ、マイプ等の名と共にわれくの胸に燃ゆるが如きインスピレーシヨンと力強い勝利の自信を呼び起しつゝあるのである、南米獨立戰爭は植民地の封鎖と束縛とに反抗する自由の戰ひであり中世紀的暗黑と守舊とに對する近世的光明と進歩との戰ひであった、十八世紀の終り頃より先づヨーロッパに起り次いで南米大陸に及んだこの民族解放の大潮流は今や東亞に押寄せて來たつた、大東亞十億の民族はつて南米諸國民が各々その獨立のために戰ったと同じ精神に燃へて彼等の解放のために大東亞戰爭を戰ひつゝあるのである諸君英米も曾つては彼等の解放と自由のために戰ったのである 然し彼等の自由を愛する精神は彼等の覇權確立と共に化石してしまった然るにも拘はらず英米は今猶世界の自由の闘士と自任しこれを宣慮してゐるが單に東洋にのみについて見ても果して彼等は大東亞諸民族に自由を與へたであろうか、フィリッピンを見よ、フィリップン獨立の志士アギナルド氏は米國より獨立の約束を與へられて米國を援けてスペインに對して戰ったのであるが米西戰爭が終るや約束は一片の反古とされ剩さへ彼及び獨立の一派は米國より迫害されたではないかフイリンピン國民の獨立及び自尊心は武力に依る壓迫と弗の□藥により殆んど麻痺せしめられ元來東洋人としての文化を核心としこれにカトリツク文化、及びラテン文化の美術を攝取した比島在來の文化は失はれて將に米國の一植民地と化せんとしたのではないか、支那を見よ、米國は常に支那の友人を以て任し一も今猶一片の支那人排斥法をすら改め得ないのである、即ち英米の愛するのは支那の領土と資源とであつて支那人ではないのである。從つて彼等は交那が多年希望し來たった。列國との平等的地位を日本の協力に依って獲得した。今日に於いても飽くまで重慶をして日本に戰はしめる事に依っで出來得る限り支那を疲弊せしめ戰後再び支那に對し帝國主義的君臨を敢にせんと企圖しつゝあるのである。更に又ビルマを見よ、そしてインド四億の民を見よ、彼等は數百年の間英國の壓政下に呻吟して來たのである。英米の慾するところは要するに東亞を永久にインド化せんとするのである。日米國交の歷史を見よ、過去三、四十年間に亘って挑發と壓迫を加へて來たつたのは米國であつて斷じて日本ではなかつた。最近の日米交涉に於いても白米國は日本を經濟的に封殺せんと圖つた これは經濟戰爭の宣言でなくて何んであらう。然るに日本は最後の瞬間まで平和的安決のために總ゆる手段を盡したが遂に最後の竿頭に追ひ込まれて敢然として米國の壓迫を排擊し獨立國としての權威を守らんがために起つたのである、而して今や日本人の運命は勿論大東亞諸民族解放の達成が一つの戰爭の歸結如何んに懸りをる事を自覺して國を舉げて戰つてゐるのである、日本の建國の理想は全世界の各民族が一大家族の如く秩序と調和の中に自由、平和、繁榮、進歩を遂げるにあるのである、大東亞共榮圈の理想は大東亞を世界より隔離せんとするものに非ずして對等の地位に於いて世界に協力せしめんとするものである、今日日本の執りをる對支政策は究極に於いてこの理想に立脚してゐるのである、支那は最近上海の租界を回復し阿片戰爭以來初めて自己の家に於ける主人となる事が出來たのであって支那四億の民心は今や翕然として支那解放の運動に集つてゐるのである、フィリッピン、ビルマに於いては戰爭の破壞は修復され政治的、經濟的建設の着々進行しつゝありビルマは既に去る八月一日獨立を遂げフイリッピン亦近く獨立の運びとなつてゐる、インドに於いても反英氣運々全印に漲り、チャンドラボース氏の徹底的抗英獨立運動はインド四億の民の胸に不滅の聖火を點じつゝあるのである これ等東亞民族の澎湃たる意義と努力とは要するに多年の鬱積せるこれ等諸民族の渇望が日本の勝利に依り堰を崩され迸り出でたものであつて今後如何なる國が如何に試みようともこの大勢を逆轉させる事は出來ないのである、諸君、シモン。ポリーバルの創意に基く汎米主義はわれ等の大東亞共榮圈の如く平和と進歩自由と獨立とを理想とするものであつた然るに米國はこの歐米主義を自國の世界制覇政策實現の具として米國のためにラテンアメリカ諸國をして世界と戰はしめんとしてゐるのである、米國は所謂貸與法を利用してこれ等諸國を弗の束縛の下に置かんとすると共に更に亦これ等諸國家から日獨伊の經濟的利益は勿論與國だる英國の權益を驅逐せんとしつゝあるのである、米國に於いては今次戰爭の目的が不明と叫ばれてゐるが事實は不明に非ずして真の目的を宣明し得ないのである、諸君米國の戰爭目的の一は過去に於ける米國自身の短見が利己的なる經濟政策の結果ケンタツキーの山中に集積し米國自身のインフレーションを脅威しつつある金を世界に再分布し之に依つて彼自身のインフレーションを逃がれると同時にこの金に物を云はせて經濟的世界制覇を圖からんとするにあつてモーゲンンーの通貨案は即ちこれを目標としたものである、米國のプライアンは會つて金本位問題につき「人類を黄金の十字架に磔殺すべからず」と叫びたるが米國は今や全世界を米國製の金の十字架に架せんとしつつあるのである、ラテンアメリカ諸國がこの政策に追隨する事に依って得るものは要するに「從順なる從僕」となる事だけであろう、從つて將來諸君は再び獨立のために戰ふか米國の經濟的帝國主義の前に無條件に降伏するか二者の一つを選ばなければならぬ時が來るであらう 然し諸君、われくは敢で米洲の問題に干渉する意志を有しない日本がラテンアメリカに何等の異圖なき事は日本政府が屢々聲明した通りである、日本がラテンアメリカ諸國に求むるところは單にこれに對應した態度を執らん事だけである即ち日本が敢で米洲の問題に干與せざる如く米州諸國家が東亞の問題に干與せざる事を求めるに過ぎない、換言すればラテンアメリカの諸國の汎米主義本來の面目に還りこれと根本趣旨を同じうする大東亞地域に共榮圈を創設せんとするわれ等の理想に完全なる理解を示す事を求めるに 過ぎないのである、ラテンアメリカ人諸君若しわれくのこの極めて當然なる希望が實現せられたる曉に於いては東亞と米洲の間に永遠の平和を望み得るのであつて亦その平和の中に米洲と東亞の自由且つ獨立なる各民族が夫々全人類の恒久的繁榮と幸幅のために全幅的に貢献する事が出來るのである |
02 | 蔣の獨裁劇に移る 重慶十一中全會の內幕 |
03 | 敵飛行場施設爆破 ブロツクスクリークを急襲 |
04 | 敵三十三機を擊墜 ブーゲンビル島來襲 |
05 | 齊子修匪を捕捉殲滅 |
06 | 滿洲國政府の 經濟顧問更迭 |
07 | 大陸週間戰況 |
08 | 大東亞省辭令 |
09 | 配給段階を壓縮 統制組合機構整備 |
10 | 圖像:哨戒任務に基地出發(真船海軍省報道班員撮影海 軍省許可濟第一○一號) |
11 | 冀南共軍一千を擊滅 |
12 | サレルノの戰況 獨軍當局の言明 |
13 | 米軍苦戰 |
14 | 獨長距離砲 レ市を砲擊 |
15 | 伊國家保安義勇軍總司令 リツチ中將任命 |
16 | スモレンスク 赤軍の脅威芟除 |
17 | 謀略を好運と化す ゲツペルス博士論評 |
18 | サレルノ灣 南部に上陸 反樞軸軍が |
19 | 獨軍ノ市を撤收 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 南西太平洋に も注意せよ 敵の反攻擊碎へ社說 一 ソロモン群島を中心とする南太平洋の戰況は、依然熾烈にして殊に航空擊滅戰は次第に激化の一途を辿ってゐる。皇軍赫赫の大戰果は每度の發表で國民の感激を新たにするのであるが、十六日またニューヂョージャ島とコロンバンガラ島の中間島嶼地區に於ける、わが陸海軍守備隊とわが海鷲の奮戰狀況と戰果が明かにされた。就中ブーゲンビル島ブインの航空戰は特に激烈を極め、九月十四日一日間で來襲敵延機數二百四十機の中、その六十機を擊墜し、去る七月十七日から八月二十七日までの期間に於いて百六十機の多數を屠ってゐる。ソロモンの決戰は斯くの如く苛烈の度を增しつつあり、今や一億國民の關心が集中されてゐる觀があるが、これと同時にわれ等は「南西太平洋方面の狀況にも深甚なる注意を拂へ」と田代中佐は、特にソロモン群島の主戰場と南西太平洋とを區別し、放送を通じて國民の關心を要請してゐる。然らば南西太平洋の狀況はどうなってゐるか。 二 南西太平洋はわが南方共榮圈と敵最大の據點濠洲とが、アラフラ海、チモール海、或はバンダ海を距てて戰雲を孕んで相對峙してゐる。現在戰鬪はソロモン群島を中心に展開されてゐるが、この戰鬪も要は共榮圈確立のための戰鬪で、その意味に於てソロモンの激鬪はその儘南西太平洋に續いてゐる。しかも南西太平洋では、わが南方共榮圈は直接敵からの空襲圈內にあって、この事は非常に重大な事實と云はねばならぬ。敵最大據點濠洲に相對してゐるアル諸島、ケイ諸島、チモール諸島は、我が第一線基地であるとともに、共榮圈防禦の前衞基地である。主戰場は勿論ソロモン群島であって、敵の戰略的根據は要するにわが南方共榮圈の奪回にあるのである。即ち南太平洋は戰略的戰場であり、これに對して南西太平洋は、政治的經濟的な戰場であって潜在的な主戰場と云へよう、南西太平洋に於ける敵は專ら航空機によるゲリラ的蠢動で、それも大體本年に入ってからのことである、然も來襲場所も大體直接濠洲と相對してゐる諸島附近に限られ、我が基地を偵察する程度のものに過ぎぬとのことである。 三 然るに七月以後敵機の來襲は漸次大規模となり、八月に至るやフロレス海、スンダ海を越えて我が南方共榮圈內へ延びて來たのである、即ち去る八月十四日敵大型爆擊機七機が要衝パリックパパンに來襲盲爆を加へた。勿論我地上砲火により倉皇逃走したがボルネオに對する初來襲として注目すべきである。また同十八日セレベス島のマカツサルへ前後數回に亘り偵察のため飛來した。パリッパパン、マカツサルへの來襲は、云ふまでもなく北濠洲を基地として行ってゐるもので、ボートダーウィンはわが痛爆で甚大な損害を受けてゐながら、敵も亦ダーヴィンの防備に狂奔し、敵機の數も數百機に上ると豫想されるのである。かくして南西太平洋に於ける敵機のわが基地に對する來襲も漸次規模を擴大し、その都度わが邀激により大打擊を受けて擊退されたのであるが、上述の如く現在南西太平洋方面においても航空戰の樣相は漸次深刻化し、最も注目すべきことは、わが南方共榮圈の經濟要衝にまで延びつつあることと、漸次大規模のものとなりつつあることである。南西太平洋方面の狀況に注意を拂ひ、一機でも多く前線へ送る樣各各戰場を守らなければならぬ。 |
02 | 制空萬里(一) 光る銀翼‧輝やく日本 今ぞ學徒空の決戰へ |
03 | 安藤總長歸任談 國家の要請に應へ 科學決戰へ總進軍 臺大の使命愈よ重大 |
04 | 航空日本 海上の突擊兵團(三) 航空母艦の任務と性能 |
05 | 皇國少年蹶起の秋 徵兵適齡を待たず御奉公の近徑 |
06 | 陸軍少年兵諸學校 けふ志願者心得を公布 |
07 | 塚本產業部長 蘇澳郡を視察 |
08 | 強烈な責任觀念 伊藤技術中尉覺悟の自決 |
09 | 元氣旺盛で御奉公 長瀧團長勞奉團員を語る |
10 | 海軍葬儀を執行 |
11 | 木造船を建造 副見交通局總長臨席の下に きのふ盛大な起工式 |
12 | 農民打合會 |
13 | 軍艦建造費に 保險金を献金 |
14 | 庄民が總動員 景尾地方の自給肥 料增產強調週間 |
15 | 花蓮郡業佃協 調運動 |
16 | 羅東街第二次 世話役鍊成會 |
17 | 訃文:黃章田 |
18 | 訃文:鄭煙塗字雨軒 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 前線勇士から淨財 高砂族忠靈碑の建立基金に |
02 | 祈願祭を執行 日婦成立一週年記念日に |
03 | 御紋菓を傳達 屏東郡下義勇 隊員遺家族に |
04 | 嘉義神社御遷座祭 諸奉納行事決る |
05 | 注げ溫い家族愛を (五)司法保護の座談會 |
06 | 故莊軍屬を弔 ふ福興庄葬 嚴かに執行はる |
07 | 日婦第二回國防講習會 兩日間嘉義市公會堂で開く |
08 | 增產は堆肥から 新莊郡で大童の敢鬪 |
09 | 和尚洲青年團分 隊の銃劍術訓練 |
10 | 觀音庄の硬貨 回收好成績 |
11 | 國防訓練大會 廿六日忠靈塔前廣場で開催 |
12 | 籾の供出完了 お山の兄弟も增產に懸命 |
13 | 奉壯團新高郡 支會の結成式 |
14 | 譽の健康優良兒 新化郡下十八名に對して 近く表彰狀を傳達 |
15 | 全島模型機競 技大會豫選會 新竹ゴルフ場で |
16 | 臺灣一家‧國語から 推進員街頭で大活躍 |
17 | 軍事之栞 爆擊機の種類 輕爆、重爆、超重爆 |
18 | 米叺增產競作 會褒賞授與式 |
19 | 大溪郡食糧品小賣 商組合創立總會 |
20 | 豐原街の防諜 演習好成績 |
21 | 州民の協力に感謝 濱崎警察部長コ疫の全貌を 臨時州會で詳細說明 |
22 | 高雄臨時州會 |
23 | 地方多より |
24 | 今日の映画演劇 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 砂糖土產制愈よ實施 目下殖產、食糧兩局で協議 |
02 | 內地移民百戶募集 一戶四、五町步を割當 |
03 | 生產兵制の提唱 |
04 | ボルネオの工業 澱粉椰子と帆布代用品 |
05 | 和傘の規格制限 配給は學童勞務者に重點 |
06 | 本年一期作況 內地早生種は增收 |
07 | 新商道強調週間 商業奉公精神昂揚の日 被服商奉團、長林憲一談 |
08 | 木船業の安全化 個人船の木保加入を要望 |
09 | 專賣技術協議會 第二回總會開催 |
10 | 鬪ふ滿洲國の姿 (四)戰車工場の敢鬪振り |
11 | 照明燈 |
12 | 商況(十七日後場) |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1064)/黃得時;碇政彌 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 苛烈な激戰を續く サレルノ橋頭堡に 敵軍兵力を集中 |
02 | 大西洋の伊潛艦隊 獨艦隊と同一行動 |
03 | 不滅の鬪魂に燃る 海の肉迫挺身隊 |
04 | 兩軍の攻防戰最高潮 |
05 | 獨快速艇商船 四隻を拿捕 |
06 | 小額國債の 賣買制度を改善 |
07 | 敵艦船の損害甚大 伊本土上陸作戰以來 |
08 | 獨空軍が大活躍 |
09 | 圖像:敵船團を索め南海を征く我が潛艦(旭海軍 報道班員撮影海軍省許可濟第一○一號) |
10 | ム統帥の布告 |
11 | 將來の動向を示唆 逐次整備方針を發表 |
12 | 暴利者には極刑 國府最高國防會議で決定 |
13 | 邦人ブエノスアイ レスへ |
14 | ブリヤンスク を撤收 獨軍戰況發表 |
15 | 買取要綱 |
16 | 父親召集に延期案 |
17 | 勤勞精神を昂揚 報國隊表彰制を實施 |
18 | 臺北市商奉團 幹部更迭 |
19 | 米の供出に萬全の措置 政府地方長官懇談會を開く |
20 | “思想戰に勝て” 大日本言論報國會 全國民に呼びかく |
21 | 中央農業會の 設立委員任命 |
22 | 新竹州保甲書 記鍊成會 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 護る銃後感謝の誠 遺家族へ一億民心の捧銃 來月三日から軍援強調週間 |
02 | 臺灣一家の榮譽 山の勇士から感激の便り |
03 | 戰ふ獨逸の防空陣 人口分散と戰鬪機隊強化 |
04 | 商工業の再編成 新竹で協力會創立總會 |
05 | 見事實を結ぶ死鬪 鑛山戰士よありがたう |
06 | 高岡代議士 皇奉本部で講演 |
07 | 航空功勞者を表彰 二十日の記念日に |
08 | イタリヤ人氣質 地方的差異が甚しい |
09 | 航空劇“赤道”を上演 本社藝能會員が出場報社消息 |
10 | 廈門で初の 國語家庭認定 |
11 | 模範警防團員 南署で晴れの表彰式 |
12 | 防空救護鍊成會 醫師の決戰體制を確立 |
13 | 故黃華國軍屬 金山庄葬 |
14 | 圖像:航空日の宣傳ポスター |
15 | 中等學校設置 在廈邦人間で熱望 |
16 | 梁井州知事 自給肥料增產 を視察 |
17 | 堆肥積込を督勵 江藤知事が陣頭指揮 |
18 | 早急實現を 山下日商校長談 |
19 | 三十尺の肥料層 增產に塵捨場活用 |
20 | 訃文:陳吳氏茸 |
21 | 永田秀次郎氏 逝去 |
22 | 葬儀は廿二日 |
23 | 井原警察部長 戰ふお山視察 |
24 | 興南詩苑漢詩 秋日鄉土雜詠六首/補莊、秋夜偶作二首/萼生 |
25 | 人事‧消息 |
26 | 今晚の放送 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 又敵機卅七を擊墜 ブーゲンビル島か僅三日で 敵の損害實に百卅機頭條新聞 【南太平洋○○基地十八日發同盟】敵米空軍は十六日晝間中堅爆擊機ベルビー三九、グラマン戰闘機ボートシコルスキーF四Oなど百十五機の戰爆連合の大編隊を以て又復ブーゲンビル島東端の我が陣地に來襲したが我が海鷲は直ちにこれを邀撃地上砲火と協力その三十七機を擊墜した敵は去る十四、十五の兩日二百四十機及び四十機の大編隊を以て同島に來襲したがこれに對し十四日には六十機十五日三十三機擊墜とゆふ大損害を蒙つてをり今回の分を加へると僅か三日間で敵の損害は實に百三十機に達した譯である |
02 | 我水上機隊の戰果 |
03 | 陸軍週間戰況 戰鬪熾烈化の一途 その日その日が決戰 |
04 | 南方決戰場の勞苦 銃後に傳ふ見聞事實 |
05 | 東條首相參內 |
06 | 敵側の發表 |
07 | 汕頭周邊地區の 敵反攻企圖を粉碎 |
08 | 海軍週間戰況 東南太平洋の戰局 晝夜の別なく激戰展開 |
09 | 長谷川總督贈呈機 「和平號」初の滑空飛翔 廣東荔枝灣附近高臺で |
10 | 「軍人援護強化 期間」の行事 |
11 | 反樞軸船舶一 隻擊沈さる インド洋に於て |
12 | 無敵海軍の偉 容 お山で無料公開 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 空を制する もの 航空日を前にして社說 一 「海を制するものはよく世界を制す」と稱して大海軍力にものを言はせて數世紀に亘り七つの海を支配して來た敵英國、及び遲れ、馳せながら大艦巨砲主義を標榜し建艦に次ぐに建艦を以てし、大西太平の兩洋艦隊を擁して世界最強の海軍國なりと自他共に許して居た敵米國が、今次の大東亞戰爭劈頭その誇る海軍力を我が空軍によって過半數喪失せることは、我が空軍の精強無比なることを世界に昂揚せるものであると同時に「空を制せざるれば海を制する能はず」との鐵則を事實を以て表示せるものたることは今更ら言ふまでもない。されば爾後の敵米英の作戰が一變してその看板を空軍第一主義に塗り替へつつあることは敵の無定見振りを遺憾なく暴露せるものとは言へ當然の歸趨と言はねばならぬ。就中米國が空軍の急激なる增強を企圖し、本年度に於て飛行機年產五萬機、明年度に至れば一躍年產十二萬五千機、將兵を二萬とすると言ふが如きは豪語に聞ゆも耳を濟ませば悲唱でしかあり得ない。 二 然し乍ら敵米が人的物的資源の豐富なるを頼み、大東亞全戰域は勿論、歐洲戰線にまで航空兵力を續續增強し執拗なる反抗を試みつつあることは斷じて輕視する能はざるところである。殊に南太平洋に於て我が空事に對し損害を無視しての大懸りな航空決戰を挑み來りつつあるを見る時、我等は簡單にヤンキーなどと蔑視することは出來ぬのである。昔秦の始皇帝は北敵を防がんがため萬里の長城を築いたといふが、今日のルーズベルトは航空機と潜水艦を以て一大防壁を築き我が日本の進攻に備へると呼號してゐるといふ。彼等が如何に執拗なる反抗を試み強靱なる防壁を築くとも我が精強空軍の前には鎧袖一觸たるは言を要せぬ我が空軍が世界に冠絕せる所以のものは我が國產機の性能が世界の水準を遙かに凌駕してゐるのと航空要員の技術、精神力が斷然優秀なるためである。然も見敵必滅の鬪魂に至っては世界如何なる國の航空要員も到底追隨を許さぬところであるただ憾むらくはその數量に於て敵米英に缺くるところ大なる點である。 三 我等はこの熾烈苛烈なる航空決戰下に第四回航空日を迎ふるに當り、決戰以來陸海空軍の將兵各位に感謝すると共にこの日を意義あらしめねばならぬ、而して意義あらしむるの捷徑は如何なるものを犠牲にしても航空兵力の增強に挺身することである今日の一機は明日の十機百機にも勝る現下の決戰形相を見る時一臺の飛行機、一人の航空要員でも多く早く出さねばならぬことが痛感されるのである。而して我等は無敵陸海軍の存在することを久しきに亘り心強く感じてゐるが、更らに精強空軍の存在を眼の前にし、自ら身心の躍動を感じ、我が陸海空軍によって單り大東亞のみならず、米歐の空をも制するの日の遠からざるを固く固く信ずるものである |
02 | 制空萬里(二) 優秀航空機の增產だ 前線勇士の血を守れ |
03 | 必殺の鵬翼輝やく 我新銳陸軍機の威力 |
04 | 增產に尊き御垂範 畏し天皇陛下御稻刈り遊ばさる |
05 | 航空日本 制海には制空から 百戰鍊磨の海鷲群 |
06 | 比類なき新司偵 世界の偵察機界に新紀元 設計者‧久保技師語る |
07 | 銃劍道振興會 臺北市中央第三分會發會式 |
08 | 模型機競技會に 長谷川總督臨席 |
09 | 長谷川總督 航空日に放送 |
10 | 行け海軍志願兵へ 志願の徵募年齡を擴張 |
11 | 玉里郡民の飛 機献納熱高潮 |
12 | 今が播種の季節 羅東郡民增產に總動員 |
13 | 花蓮港臺東 の街庄長鍊成 |
14 | 素堀防空壕 構築上の注意 市防衛課談話發表 |
15 | 北廳增 築落成式 |
16 | 東亞造船の義捐 |
17 | 兵器資金に三萬圓献納 新竹州醫師會總會で決定 |
18 | 紙芝居街頭表現 島都で大大的に行ふ |
19 | 全島支部對抗庭球 |
20 | 增產對策論文 懸賞募集 |
21 | 保正鍊成終る 終了式に先立ち 座談會開催 |
22 | お山に日本式墓地 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 軍國青少年の龜鑑 高い給料には目もくれず出征した主人の 店を只管守り續ける |
02 | 海軍殉職勇士の慰靈祭 廿四日淡水街海軍墓地で執行 |
03 | 豐原神社祭 典の打合會 |
04 | 司法官は指導的立場で (六)司法保護の座談會 |
05 | 海の若櫻に軍人魂 合格豫定者に猛訓練を實施 |
06 | 日婦の國防 訓練講習會 兩日間屏東女で |
07 | 協愛會評議員會 |
08 | 中山警察部長 堆肥增產推進に 來斗 |
09 | 百姓さんに潤ひ 綜合鍊成道場の設置本決り |
10 | 陸稻の收穫始まる お山の兄弟の敢鬪見事報いられ |
11 | 區職員連絡會 |
12 | 水裡坑防諜講演會 |
13 | 讚へる豐穰の秋 阿緱平野一面に見事な黃金波 |
14 | 堆肥增產に郡職員率先垂範 |
15 | 豐原郡下の 青年團查閱 |
16 | 親切な店を表彰 臺南で優良商店選定 |
17 | 遺家族和裁 講習所竣工 廿日に開所式 |
18 | 軍事之栞 海軍の飛行機 その種類と性能 |
19 | 補助貨引換に 關する打合會 觀音庄で開く |
20 | 新豐郡指定國 講研究發表會 蜈蜞潭集會所で |
21 | 大日本銃劍道臺中州聯合會 神社外苑で發會式擧行 |
22 | 全警察官が堆 肥增產に協力 新莊郡の強調週間 |
23 | 防諜強化の徹底に拍車 霧峰庄の行事 |
24 | 桃園街業佃懇談會 |
25 | 災害義捐金第拾貳回領收報告(敬稱略)報社消息 |
26 | 排球と水上鍊 成大會を開催 州體育會主催で |
27 | 蓖麻蠶の增產へ 州下各農事實行組合で獎勵 |
28 | 淡水街經濟常會 |
29 | 臺南市國防訓練大會 けふ忠靈塔廣場で開催 |
30 | 草漯信組臨時總代會 |
31 | 彰化市の防諜 講演會盛況 |
32 | 新商道昂揚へ 深坑庄商奉團 の實施行事 |
33 | 鄭建杓氏嚴父逝去 |
34 | 黃廷富氏祖父逝去 |
35 | 臺南州警察部異動 |
36 | 地方多より |
37 | 今日の映画演劇 |
38 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新農業團體の發足 生產責任團體を確立 |
02 | 專賣事業の能率化 近く管署長會議を開催 |
03 | 產業青年隊の前進 戰力增強への一翼 |
04 | 第三回協議會長 會議延期 |
05 | 合同パインの減資 具體化の機運成就 |
06 | 專賣局技術 協議會開催 |
07 | 臺灣硝子工業 統制協會設立 |
08 | 普通船員養成所 第三回入所生募集 |
09 | 四萬圓の目標 額達成迫る 大溪郡の硬貨回收 |
10 | 新商道強調週間 けふは親切の日 材木商奉團陳金萬氏談 |
11 | 淡水理髮組合總會 |
12 | 鬪ふ滿州國の姿 (五)飛行機工場の增產 |
13 | 經濟手帖 |
14 | 照明燈 |
15 | 商況(十八日前場) |
16 | 島內株仲值表 |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1065)/黃得時;碇政彌 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 飛行場設定に貢獻 敵狀搜索に真價發揮 河端、佐佐木兩部隊に感狀頭條新聞 【東京發同盟】今次大東亞職の勃發以來わが陸軍航空部隊の活躍は緒戰の敵前上陸作戰並びに爾後の地上作戰に協力して赫々の偉功を樹てその真價を發揚してゐるが、この蔭にはわが航空部隊の家とも言ふべき飛行場設定部隊の言語に絕した奮闘と航空作戰の目とも言ふべき敵狀捜索任務に方る偵察飛行隊の辛苦があることは忘れてはならぬ大東亞戰勃發に際し先の臺灣にわが飛行基地を設定して困難なる對比島渡洋作戰並びに同上陸作戰に寄與し又チモール島に於ける飛行場設定に當つては有ゆる辛酸を克服して同島方面に於けるわが航空作戰の理想的飛行場群を完成しわが陸海航空隊の濠洲本土進攻作戰に協力した河端部隊並びに泰、緬方面航空作戰に偉功を樹て昭和十七年七月バンダ方面に轉じ長驅濠洲本土の捜索任務に出動すること實に七十回餘、特に昭和十八年六月下旬の陸海軍航空部隊の北濠進攻作戰に率先適時適切なる戰闘の捜索を敢行、其の作戰指導に重大なる貢献をした佐々木飛行中隊に對しては曇に同方面陸軍航空部隊最高指揮官から感狀を授與されたが今回畏くも上聞に達せられた旨十九日陸軍省から左の通り發表された 陸軍省發表(九月十九日十六時) 大東亞戰爭開始以來各方面の飛行場設定に挺身せる河端飛行場設定隊同配屬部隊及び特に濠洲方面の捜索に武功拔群なる佐々木飛行中隊に對し曇に南方方面陸軍航空部隊最高指揮官より感狀を授與せられしが今般畏くも 上聞に達せられたり 感狀 河端飛行場設定隊 同 配屬部隊 右は河端少佐の指揮に屬し臺灣、比島、ジャワ方面に幾多の飛行部隊の活動に寄與せる所甚大なり 特にチモール島に於ける飛行場設定に方りては隊長自ら挺身して空地より之が適地を偵察し其の配屬部隊たる陸上勤務隊と共に炎熱瘴癘の僻地宿營給養等何等依るべきもの無き環境に在りて具さに辛酸を嘗めつつ一同作業の遂行に努力し短時日の間克く殆んど理想的なる飛行場群を完成し以てチモール島方面に於ける航空作戰の根據を確立せり即ち本年六月下旬の濠北航空作戰に方りては陸海軍航空部隊は專ら飛行場群を利用して濠洲本土に進攻し赫赫たる戰果を收め以て其の戰略的價值の偉大なるを實證せり 斯の如きは隊長の高邁なる人格卓越せる指揮統率の下將兵一體百難撓まざる責任觀念を以て沒我協力の真諦に徹し地上勤務部隊の本領を遺憾なく發揮せるものにして以て範とすべく其の武功拔群なり仍て玆に感狀を授與す 昭和十八年六月三十日 南方々面陸軍航空部隊最高指揮官 感狀 佐々木飛行中隊 右は大東亞戰爭開始以來陸軍大尉大平忠夫指揮の下に又昭和十七年二月同大尉戰死後は陸軍大尉佐々木駿爾を中隊長として泰、緬方面航空作戰に從事し屢々偉功を奏し武勳赫々たるものあり昭和十七年七月轉じて塚田部隊の隸下に入るやパンダ海方面に於ける搜索任務を擔任し長驅濠洲本土に出動すること實に七十回餘、此の間克く人的物的の有ゆる困難を克服し至嚴なる敵機の哨戒網を突破して敵航空狀況を闡明し軍の作戰計畫策定に確乎たる憑據を得しむると共に常に積極果敢克く海軍航空部隊に協力して其の進攻作戰に寄與し所甚大なり特に昭和十八年六月下旬敵海軍航空部隊北部濠洲進攻作戰を實施するや中隊長の的確なる指揮と率先垂範とに依り適時適切なる戰闘搜索を敢行して其の作戰指導に資し以て赫赫たる戰果獲得の根基を為せり 斯の如きは中隊長を核心とし將兵一體鐵石の團結を以て常に烈々たる責任觀念旺盛なる企圖心及精到なる訓練の成果に依り司令部偵察隊の本領を遺憾なく發揮せるものにして其の武功拔群なり 仍て玆に感狀を授與す 昭和十八年六月三十日 南方々面陸軍航空部隊最高指揮官 |
02 | ムンダ敵陣強襲 軍事施設に必中彈 |
03 | 社會的基礎の上に 新國家を建設せん ムソリーニ統帥演說全文 |
04 | 海南島の掃蕩戰果 |
05 | 佐佐木飛行中隊に 感謝狀を授與 ○○方面艦隊司令長官 |
06 | 米軍二ケ師を殲滅 サレルノ十日間の戰果 |
07 | 河端部隊奮戰經過 理想的な飛行場を 短時日の間に完成 |
08 | 敵の企圖を阻止 |
09 | 周到正確な偵察 佐佐木飛行中隊奮戰記錄 |
10 | エルバ島の 伊軍七千降伏 獨軍戰況發表 |
11 | 獨軍アドリア 某重要港攻略 |
12 | 英米兩軍接觸は事實無根 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | けふ第四回航空日 大空こそ決戰場 戰拔く日本、翼から |
02 | 制空萬里(3) 農民魂こそ荒鷲魂 この大地は大空に繫がる |
03 | 大東亞の空を蔽ふ 寺島遞相の放送要旨 |
04 | 貴き空の犧牲者 けふ慰靈祭執行 |
05 | 國の礎、空から築け 荒鷲けふ都市訪問飛行 |
06 | 一億の赤誠を凝結 けふ献納機の命名式 |
07 | 熱戰につぐ熱戰 國防訓練臺北州豫選會 |
08 | 圖像:全島模型飛行機大會 |
09 | 快翔、一機又一機 模型飛行機大會盛況 |
10 | 民間航空界に偉勳 藝術肌の河端部隊長 |
11 | 新竹州國防訓 練大會 |
12 | 兩眼笑ひを含む 佐佐木部隊長の橫顏 |
13 | 花蓮港庭球 鍊成大會 |
14 | 機械工補導 講習會 |
15 | 高岡代議士 新竹市視察 |
16 | 文政學部同窓會 けふ發會式擧行 |
17 | 北三高女物 故者慰靈祭 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇軍の奮戰彷彿 高雄州國防訓練大會 |
02 | 增產は技術から 臺東郡で管理競技 |
03 | 增產を實地に講習 お山の警官に農事知識 |
04 | 斗六神社祭典 打合 |
05 | 惱む前科者の配遇 (二)司法保護の座談會 |
06 | 双連坡から導入 懸案の八塊庄小大楠の 水路開鑿愈よ決る |
07 | 增產貯蓄映畫 豐原街の日割 |
08 | 青年團結團式 臺南市廿四日に擧行 |
09 | 共榮圈の縮圖 臺南博物館に模型圖設置 |
10 | 高雄州の代表 對抗陸上戰技 出場者決定 |
11 | 屏東郡豫選會 |
12 | 街庄役場吏員 講習終る |
13 | 綠肥の大增產 臺東廳擧廳戰ふ |
14 | 奉壯團員林郡 支會けふ結成 |
15 | 新埔庄の街昇格 祝賀行事決定 |
16 | 彰化市の堆肥 增產 |
17 | 軍事之栞 軍や艦隊の目 偵察機について |
18 | 八結校運動會 |
19 | 豐原郡民の赤誠 兵器献納玉碎勇士香華料に 續續と赤誠の醵出 |
20 | 記念式を擧行 臺東廳日婦 結成一周年 |
21 | 彰化遺家族和裁講習所 竣工けふ開所式を擧行 |
22 | 員林郡下の 青年團查閱 |
23 | 高雄州當局談 海水使用、生鮮魚介 青果物搬出禁止解除 |
24 | 善化の蓖麻栽培 |
25 | 部落會長鍊成會 |
26 | 森田知事令孃 房枝孃葬儀 |
27 | 航空兵家族と 懇談 |
28 | 朝鮮人蔘に匹敵 天文冬と百部を發見 高雄州で分析試驗 |
29 | 大甲郡青少年團查閱 |
30 | 臺南州人事異動 |
31 | 地方多より報社消息 |
32 | 今日の映画演劇 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰婦人の心構へ(四) 軍事援護と健民/佐佐木榮三郎 |
02 | 文化 空の文學と記錄/淺見淵 |
03 | 編輯者の立場から(6) 未墾地の開拓に苦心/江肖梅 |
04 | 時事五題/小松松濤 |
05 | 作家と誠實性/韓哲 |
06 | 蘭貢婦人救護隊の活躍/鈴木亞夫 |
07 | 思ひ出の處女作(六) 詩から小說へ/新垣宏一 |
08 | 淡水の夏/吳阿泉 |
09 | 過ぎにし青春/太田修一 |
10 | 文化消息 |
11 | 新着普通圖書 臺灣總督府圖書館 |
12 | ラジオ |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 空の宮樣孚彥王殿下 隊附勤務として御精勵 |
02 | ガ島飛行場急襲 多數の命中彈を浴す |
03 | 海鷲ムンダを襲ふ |
04 | 天皇陛下 泰國皇帝陛下に 御祝電 |
05 | 邦人に對する課稅 十月より一部實施 |
06 | 圖像:鵬翼を連ねて敵爆擊行に向ふ海鷲南太平洋海上阿部海軍特派班員撮影海軍省 許可濟第一○一號 |
07 | 交換船帝亞丸 上海出港 |
08 | 航空機增產態勢の 確立が刻下の急務 |
09 | 伊國內英俘虜 二萬五千名 |
10 | 陸鷲巴東に進擊 敵船舶五隻を屠る |
11 | 一進一退の死鬪 スモレンスク地區 |
12 | 東部戰線戰況 |
13 | 農村勞働力の調整 帝國農會、基本方針を決定 |
14 | サレルノ戰況(獨軍發表) |
15 | 敵機雷敷設艦 一隻を擊沈 |
16 | 獨軍赫赫の戰果 |
17 | サレルノ激戰 續く |
18 | チヤーチル 英國へ歸還 |
19 | 總督府辭令 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧る戰果‧光る銀翼 制空へ一億總蹶起 けふ輝く第四回航空日 |
02 | 全國は航空一色 合言葉斷じて勝つ |
03 | 皇太子殿下 陸軍糧秣本廠御見學 |
04 | 惡條件を超克して 任務の完遂に挺身 感狀に輝く河端部隊 |
05 | 空の英靈に感謝 懇ろに慰靈祭執行 |
06 | 輝く恩賞の御沙汰 故永田秀次郎氏に |
07 | 故永田氏正三 位に追陞 |
08 | 僕達も空の戰士 童心に映る航空日 |
09 | 花蓮港神社に 禊道場建設 |
10 | 意氣敵を吞む ○○部隊創立記念式典 |
11 | 天晴陸鷲の俊鷲 武勳燦たり大平大尉 |
12 | 佳き日の献金 陸海軍に無限の感謝 |
13 | 學童の發明展 廿九日から公會堂で開く |
14 | 學員から大空へ 東山君‧航空技術員を志願 |
15 | 人間味たつぷり佐佐木大尉 |
16 | その名も瑞穗會 働く女性の床しき集ひ |
17 | 定例局部長會議 |
18 | “商業奉公の店” 島都で選定實施 |
19 | 海軍思想を普及 公會堂で成績品展覽 |
20 | 興南詩苑漢詩 次韻和石衡宗兄七十書感十首前五疊兼呈春潮宗弟(一)/晴園 黃純青 |
21 | ヨイ子供の寫生會開催 |
22 | 陸上鍊成大會 臺南代表選手 近く出發 |
23 | 羅東演劇挺 身隊試演會 |
24 | 臺北秋競馬 二日から開幕 |
25 | 中壢郡職員蓖 麻栽培に垂範 |
26 | 臺陽鑛業創立 二五周年記念 |
27 | 人事‧消息 |
28 | 今晚の放送 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 武勳の各提督參內 畏し‧拜謁仰付けらる頭條新聞 【東京發同盟】洋上第一線に赫々たる武勲を樹てこの程歸還した岩村清一、田結穰、堀內茂禮各海軍中將、西尾秀彥、市丸利之助、石崎昇、石川信吾、各海軍少將の七提督は二十日朝相次で宮中に參內畏くも天皇陛下には午前十時表御座所に出御一同に親しく拝謁仰せつけられて天機麗しく入御岩村中將は次で御內義に參進 皇后陛下に拜謁仰せつけられ恐御前を退下した、更に一同は南溜間に參進祝酒を拝受思召しに恐懼しつゝ宮中を退下した、なほ畏き邊りではこの日御慰勞の思召を以て岩村中將に御紋付木杯一組並に金一封を田結中將及び西尾、市丸、石崎、石川各少將に御紋付木杯をそれぞれ下賜あらせられ厚くその勞を犒はせられた |
02 | 敵廿二機を擊墜 ギルバート來襲を邀擊 |
03 | ギ島防備微動もせぬ 敵機の約一割を屠る |
04 | 航空日 制空權勝敗を決す 航空戰の大增強圖れ 海軍航空本部總務部長大西中將全國に放送 |
05 | 敵船舶群に大鐵槌 海鷲、ベ島のビロアで |
06 | ブロツクスクリーク爆擊 |
07 | 北濠の基地を猛爆 |
08 | 秋山中佐講演 “總ては空にあり” 勝敗も國家の運命も |
09 | 第二國民兵の屆出 昭和五年以前の徵兵受驗者 けふ規正改正公布實施 |
10 | 比島國民議會議員 百八名の總選擧施行 |
11 | サルヂニア島 獨島計畫撤收 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 新時代の 國民倫理社說 一 封建時代に封建的倫理がある知く、我國が現在英米と戰ひつつ東亞共榮圈建設の大業を達成するには、かかる新時代に又政治的要請と一つに結びつけるところの國民倫理を高揚しなければならない。勿論新時代の國民倫理は決して在來の倫理觀念と遊離すべきものでなく、謂はば日本倫理の自己育成と其の新らしき展開であらうと思はれる。 先づ戰力增強のためには全國民とも節約、簡素、貯蓄、隣保互助、職域奉公等の精神を振興しなければならないがこれらの倫理は平時ならば個人倫理でしかない。これに反し金持が分に應じてそれ相應な生活を為しても別に倫理上大して非難すべき行為ではない。ところが今や一國の存亡を賭けて古今未曾有の大戰爭を敢行しつつある此の大切な時期に於て、金持だからとて必要以上の生活を持續するは、戰力增強の障害となり、銃後の士氣を鼓舞する所以でない事は明かである。從って以上擧げたる節約、隣保互助の諸道德は現在に於て最早個人倫理でなく、即ち戰時下に於ける國民倫理でありかかる倫理性の高揚なくして如何にして戰時經濟政策を圖滑に遂行する事が出來ようか。それ故孔子の謂はれた「不患寡而患不均」の金言は、戰時下に於ける物資配給原則を遺憾なく道破したところである。又これらの國民倫理は日本人古來の傳統からも脈脈として承け傳へられて來たものであるが、唯戰時下に於てこれを國民全體に普遍化すべく要請せられてゐるだけである。 二 次に擧げたい事は大東亞共榮圈內に於ける指導者として日本の國民の新らしき倫理の確立である、かかる倫理の根底は日本の道德的生命力を高揚しつつこれを各民族に傳へ、彼等を日本と協力し得る高い精神的水準にまで高め、それによって搾取なき道義的な民族間の關係を建設し、相携へて共榮圈を防衞し且つ支持せんとするものである。而して此の倫理の現はれとして聖德太子の十七條憲法の第一條に和を貴しとする事を政治の根本要諦とするが、賢愚とも各各其の所を得る事によって始めて本當の和が實現されるのであるから、先づ此の倫理原則を國內から東亞の民族にまで擴大されなければならない。これが即ち八紘一宇の大精神を顯現する所以であるは明かである。中庸の一節に「繼絕世、擧廢國、治亂持危、朝聘以時、厚在而薄來、所以懷諸侯也」との一節ある如く、中にも亂を治め危を持し、往るときに厚く賜ひ來るときに薄く貢せしむるは諸侯を懷くる所以であると王道政治の要諦を語ってゐるが、これが又皇道精神と一脈相通ずるところがあると信ずる。勿論指導者たる日本國民は常に謙虛であり、且つ率先垂範しなければならないが、かかる新らしき倫理の確立こそ始めて西洋流の功利主義若くは概念的人道主義を遺憾なく克服し得るのである。 要するに新時代の國民倫理は戰時倫理と興亞倫理との普遍化であり、此の二つの倫理が決して相離れたるものでなく、其の內面に於て緊密に相つながってゐるといふ事をよく認識して其の體得に精進すべきである。 |
02 | 今だ‧羽搏け大空へ 航空決戰へ擧島總進軍 長谷川總督ゆふべ放送 |
03 | 梨本宮殿下台臨 航空戰士の慰靈祭 |
04 | 制空萬里(四) 子弟を大空に捧げん 婦人の航空思想昂揚へ |
05 | 民間航空功勞者 勤勞顯功章授與式 |
06 | 戰鬪機六機を献納 きのふ臺南市で命名式 |
07 | 航空功勞者表彰式 昨日遞信部で擧行 |
08 | 增產に美田登場 小坪頂の水利施設工事竣工 |
09 | 保甲民の赤誠 提唱者土光總務部長談 |
10 | 顯彰すべき模範女性 日婦に六十四名推薦 |
11 | 堆肥造成に一役 島都女學生草刈り奉仕 |
12 | 花蓮港の航空日 |
13 | 愈よ臨海訓練 海洋訓練隊員あす基隆へ |
14 | 玉里街報國推進隊講演行脚 |
15 | 航空必勝の信念を昂む 本社藝文の熱演に觀眾恍惚報社消息 |
16 | 江藤知事 遺族弔問 |
17 | 諸官衙の執務 時間變更 |
18 | 市營バス運轉 時間變更 |
19 | 臺中市に デング熱 |
20 | 鈴木博士逝去 |
21 | ビタミンの權威 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 繰展ぐ大空の饗宴 擧島全く航空の一色 |
02 | 僕も征かん空の決戰場へ 記念日に綴る學童達の赤誠篇 |
03 | 惱む前科者の配偶 (終)司法保護の座談會 |
04 | 荒鷲の遺族と懇談 高雄の航空日の行事 |
05 | 海志合格豫定者に 臺中州で基本訓練實施 |
06 | 高岡代議士の 時局講演會 |
07 | 飛行機献納運動 玉里郡大大的に展開 |
08 | 埔里桔俱部員 の慰安演藝會 能高座劇場で盛況 |
09 | 無緣死亡者追悼會 |
10 | 新竹州物產信 組設立十周年 献金と役職員表彰 |
11 | 堆肥增產を推進 梁井知事文山郡下を行脚 |
12 | 蓖麻作に拍車 優良奉公班を表彰 |
13 | 專管技術員設置 增產助役を置かない街庄に |
14 | 二林街奉壯團の蓖 麻栽培奉仕作業 |
15 | 慰問音樂會 日婦主催廿六 日に開催 |
16 | 竹南街第一種青年 訓練所入所式 十日間訓練實施 |
17 | 指導魂の把握へ 街庄長並支會主事の鍊成會 |
18 | 校長先生の鍊成 |
19 | 彰化市奉壯團 地域別協議會 けふ市會議室で |
20 | 敢鬪する乙女ら その名も增產督進團 |
21 | 潮州街青年 幹部鍊成團 |
22 | 擧街堆肥積込 增產一途の大溪街 |
23 | 女工務員の出 席向上を圖る 婦人會館で鍊成會 |
24 | 中壢郡職員蓖 麻栽培に垂範 |
25 | 新化街警防團本 部廳舍の上棟式 |
26 | 婦女團の修養會 各團別に一週間宛開催 |
27 | 善化學童達の產業 戰士慰問學藝の夕 |
28 | 高岡代議士を 圍んで座談會 |
29 | 商奉精神を昂揚 優良商店を表彰 |
30 | 女子青年修鍊 所開所式 昨日淑德女で |
31 | 竹南保甲會館 で防諜劇開演 觀眾に多大な感銘 |
32 | 斗六郡下各街庄の常會 |
33 | 中小商工業再 編成協力會 創立總會を開催 |
34 | 桃園商奉團 結成式を擧ぐ |
35 | 豐原郡畜產會 打合會を開催 |
36 | 關西庄警防團 の防諜劇盛況 |
37 | 決戰產組運營 の座談會開催 溪湖信組創立廿 五周年 |
38 | くろがね團藝 能發表會盛況 |
39 | 義俠兩青年 に庄民感謝 |
40 | 萬里青年團の 秋季鍛鍊大會 |
41 | 人事報社消息 |
42 | 地方多より |
43 | 今日の映画演劇 |
44 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本島化學工業振興へ 統制會支部愈よ設置 岸本理事長挨拶に來臺 |
02 | 小運送業統合 運輸業組合常議員會で協議 |
03 | 專賣官署長會議 各種事項を諮問、協議 |
04 | 米英經濟の惡化 |
05 | 列車の時刻を改正 貨物に重點、旅客車を抑壓 十月一日より實施 |
06 | 新商道強調週間 けふは勤勞奉仕日 織物商奉團、長谷川武夫氏談 |
07 | 前根氏歸臺談 南日本漁業の現物出資額 中央關係方面も諒解 |
08 | 貯蓄增強戰士 統制會等より表彰 |
09 | 彈丸切手 當籤番號 |
10 | 照明燈 |
11 | 商況(二十日前場) |
12 | ラジオ |
13 | 水滸傳(1065)/黃得時;碇政彌 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 上陸企圖の敵兵殲滅 ア島の我が守備隊奮戰 |
02 | 海鷲、敵飛行場強襲 モレスビーとフアブバを |
03 | ニ島のムンダを攻擊! |
04 | ガダルカナル島を奇襲 |
05 | 敵船一隻を擊破 我水上機敵陣地を急襲 |
06 | 東條首相參內 |
07 | 藤原行政查察使 賀陽官邸に伺侯 |
08 | 一億決戰體制の 總力發揮を強調 翼政會代議士會、阿部總裁挨拶 |
09 | 定例閣議 |
10 | 國際展望 日獨の提携一層強化 |
11 | 北澤參事官談 大東亞の結集躍進 戰爭協力へのビルマ民眾の熱意 政治滲透に効果甚大 |
12 | 稔りの秋(滿洲國三河地方) |
13 | 新四軍脆くも潰走 武漢周邊先週中の討伐狀況 |
14 | 東部戰線戰況 ハンメル大佐の報道 |
15 | スマトラの參與會 具體案成り近く實施 |
16 | スモレンスク 隨一の激戰展開 |
17 | ルーズヴエルトの 選擧政策を非難 ハースト系各紙一齊に |
18 | 米英ソ三國 外相會議か |
19 | 東部印度の飢饉 餓死者續出で大恐慌 |
20 | 父親召集延期 案に反對 マーシヤル強調 |
21 | 米國兩院彈劾 |
22 | 英の戰爭努力不足を非難 |
23 | 米陸軍を七百 七十萬に增強 增強計畫內容 |
24 | 本邦向け送金 取締規則改正 マライ軍政監告示 |
25 | 華北政務委員 江朝宗氏逝去 |
序號 | 標題 |
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01 | 陸海鷲献納の盛儀 大空に逞ましく飛び交ふ 新銳機の妙計に感嘆 |
02 | 防空監視哨の演練 航空日、習志野原頭で |
03 | 永田邸に勅使御差遣 辱し靈前に幣帛御下賜 |
04 | 青少年諸君よ決意新に 航空決戰を戰拔け 日高航空課長語る |
05 | 敵國人銅像の取除き |
06 | 增產報國は今 日の丸仰いで無缺勤競爭 |
07 | 賣れる大學生 高專卒業生も引張り凧 |
08 | 征け‧軍艦旗の下へ 海軍志願兵徵募要項 |
09 | 即座に三千五百圓 玉里郡の飛機献金美談 |
10 | 苗栗郡警察職員 慰安演藝會 |
11 | 輸送力を強めよう 翼贊會‧十月の徹底事項決定 |
12 | 白亞館つぶして 建てよ忠靈塔 決戰‧軍援標語決定 |
13 | 迷信の金銀紙 愈よ販賣禁止通牒 |
14 | 敵機寫真展 菊元百貨店で開く |
15 | 陸軍航空通信 學校卒業式 |
16 | 金山庄商奉團 懇談會 |
17 | 全島皇奉支會長 懇談會延期 |
18 | 南星藝能改稱 挺身隊として活躍 |
19 | 方面事業の飛躍へ 方委聯盟あす理事會開く |
20 | 產婆試驗 |
21 | 模範隣組長 |
22 | 興南詩苑漢詩 偕同社諸子舟行至圓山四時美晚飯/春潮、秋日鄉土雜咏二首(續)/臺南 補莊 |
23 | 勞務者適性 檢查講演會 |
24 | 人事‧消息報社消息 |
25 | 今晚の放送 |
26 | 商況(廿一日前場) |
27 | 興南案內報社消息 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 一兵をも損傷せず 生生しいキスカ撤收狀況 殊勳艦長の苦心談頭條新聞 【北方○○基地にて尾高海軍報道班員發】敵の制海權下にある極北の果、北太本洋上に敢然と怒濤、氷雪、濃霧と戰ひながら敵の哨戒網を潜つて決行されしかも一兵をも損傷することなく「敵前無血撤收」を立派に貫徹したキスカ撤收作戰の筆舌に盡せぬ勞苦には銃後一億の感激措く能はざるものがある、このキスカ撤收作戰に際し直接指揮に當りこのほど○○基地に投錨した○○艦隊○○幕僚並びに○○艦長に當時の苦心談と「大いなる作戰」の全貌を聽き帝國海軍の真隨に觸れることが出來た キスカ島の無血撤收作戰について思ひ起すのは獨軍の猛攻に依り「フランドル」會戰に破れ歐洲の一角ダンケルク港に喘へぐ英佛聯合軍の敗慘の姿である、當時英佛は制海制空權が皆無であつたとは言へぬ狀況であつたが獨軍の攻撃に殲滅的な攻擊を被り辛くも英本國に辿りついたものは僅かに、三分の一に過ぎぬ大きな犧牲を坲つてゐることである此「ダンケルクの悲劇」に對照する時今次のキスカ撤收作戰は距離から言っても八百浬に及ぶ長距離作戰で未だ戰史に見ざる大撤收作戰であったしかも制海制空を敵の手中に握られたいわゆる敵內線圈の真只中に敢然と隱密の裡に行はれたものであるが空海軍の嚴重なる監視の下にこの海域におけるわが作戰は無謀と言はうか大膽と言はうか諸種の條件は當初より不利なものばかりであつた敵と遭遇する惧れがあれば假令われには敵を擊滅する自信は充分にあるとは言ヘ營々と心魂を碎いて練りに練った全作戰が水泡に歸するばかりがキスカ守備隊が如何なる難事に逢著するか豫斷を許さざる狀態に陥るかも知れぬと言ふ危惧に並々ならぬ苦慮があつたしかし用意周到の理に斷の一字をもつて行はれたゞけに一兵を殘すことなく全員無事に轉進し悠々と新しい任務につくことが出來たのであるこれは神靈加護に加ふるにわが卓拔至妙の作戰と必勝の信念に燃へる皇軍特兵の善謀勇戰の賜物に外ならないまた同作戰の企圖が完全に秘匿され巧妙の裡に實施されたため敵をしてわが撤收後にも約二旬に亘り十七回の艦砲射擊と百六回の爆擊を繰返へさせ尨大な無駄彈丸を消耗せしめると同時に敵兵力の大部をこの方面に釘づけにしたことも大いなる意義がある この作戰の本質は敵軍を壓制することではなく如何にして光輝あるキスカ守備の帝國陸海軍部隊を無事に撤退せしめるかと言ふことであつたこれを成功せしめるには先づ綿密なる敵狀の偵察と天候の確實な判斷を行はねばならぬことであつた同方面を游泳警戒の敵艦隊は巡洋艦を中心とする北洋艦隊でこれにキスカ島から僅か隔たるアムチトカ島を西端としたアリユーシャン列島一連の島嶼には航空基地が完備して居り航空機は勿論のこと潜水艦乃び電波探信機に依る索敵哨戒が日夜の別なく嚴重に張りめぐらされてゐたのであるしかもこの海域は外國船舶の航路にも當つてゐるためにわが作戰の企圖が漏れ易く同地點を無事に突破することは容易な技でなく航海原則に反し航海術を無視した「夢中航行」であつた呎尺を辦ぜぬ北海の濃霧の中の迂回航行は普通航路の約倍距離に當る難航であつたが洗鍊されたわが航海術は科學の粋を網羅した優秀なる電波探信機の操作と相俟って夢中航行に一新紀元を到するに至つたのである現地部隊の撓まざる不眠の活躍で撤收準備は○箇月に亘り着々と進められ一方敵を欺くために防備の強化を圖る如く裝ってゐたのであるこの作戰に參加した○○艦○○艇の各艦、艇長は何れも北に南に大洋を馳驅せる百戰鍊磨の國寶的な勇士ばかりで艦艇も新銳艦揃び將兵の士氣昂揚し早くも敵を呑むの概を示して氣負ひ立つてゐた○日○時愈々突込み決行と決定され「蹶然邁進の要あり、濃霧なり、天候我に有利天佑を確信す」と云ふ意味の信號旗が旗艦に揭揚つゞいて○○長官から「霧の狀況行動に最適天佑神助なり」と言ふ信號が發信された時に丁度○時であつた常に微笑を浮べてゐた○○艦長の赭顏は繰返して綻ろびず全作戰の歸趨の鍵を握ってゐる氣象長の眉字にも決意の色が深い 長官信號につゞき○○戰隊指揮官は部下將兵に對し「各員協力一致、任務の達成を期せ」と發信すると共に○○參謀長を通じて「本日の天佑我にありと信ず、決行せんとす」との意味の烈々たる覺悟と決意を披瀝すれば再び長官はこれに應へて「キスカ港に進入、各員の任務を達成せよ、成功を祈る」旨の激勵電が發せられたのである此悲壯な決意の裡に交はされた長官と部下との氣脈は簡潔な文字の中にも脈々と溢れる必勝の信念、没我協力の精神が泌み出てゐるだ一路突入の勢態を備へて艦艇は靜かに○○基地から錨をあげて滑り出た艦橋から前甲板が漸く望見の出來る濃霧の中を艦艇嚮導艦の白い渡頭の航跡につゞいて肅々と目的地に向つたキスカ島から隔たる約○千米とおぼしい地點に於て約一分間に亘り鉛色の霧の中に墨繪の樣な島影を見張兵が發見した暫くたって深海域に達したので海圖による水深測定により先刻の島影がキスカ島である事が確認されたそこでキスカ港に突入の態勢をとつたが絕へず出没する敵潜水艦の姿も遂に現はれず平時ならば嚴罰喰ふ樣な亂暴極まる航海法で極端な航法をとって突進んだ敵の哨戒艇もまきか日本の艦艇がこの樣な所を走っていやうとは夢にも想はなかったであらう、港內への突入については霧と日没の關係から日没二時間前が最も適宜とされてゐたが偶々數日前の夜間に敵の爆擊があったため決行時間を豫定より四時間繰り上げる事になつてゐたキスカ港の入口の小キスカ島らしい島影が浮び上ったので嚮導艦は除々に艦首を灣口に進めて停止した此處迄來ればどうした事が灣內は波も靜かで全く異常な天氣であつた艦橋から陸岸に入港の合圖のラッパが鳴ったこれに應ヘて守備隊からラッパが聞へて來た○○時○○分あたりの靜肅を破って錨を降す響きが海面をはつて陸上の守備兵の一人くにも傳って行った この時天變地異の如く大きな奇蹟が起つた灣內の霧が流れ去ってキスカ島が鈍い陽を受けて視界に浮び上つた事既に撤收待機の戰友達が短艇に分乘し雪灼けに黑光りのする顏を緊張せしめじつと艦を見上げてゐたこの時の霧は雲上一千米水平視界一千米であった直ちに各艦から準備されてゐた梯子が下された短艇からは一齊に各兵が攀ぢ登り出した私有物は凡て破棄する事を命ぜられてゐたが中には愛玩の青狐等を抱へ込んだ兵士もゐた全兵員の無事收容を見定めた後○○司令官は最後に乘込んで來た施設破壞班の仕掛けた地雷の敷設爆破の轟きが陸上の彼方からうつろに響いて來た撤收は無事に完了したのだ斯くてキスカ島は再び雪氷に塞された無人の太古に還った時に○○時○○分四五時間の豫定が僅か一時間足らずで完了したのだ司令官はじめ幹部の人々は甲板に出て銅像のように佇んで喰び入るように島を凝視してゐた艦艇は再び錨を揚げ嚮導艦が出港すると霧の晴間が崩れて再び深い霧の雨となった、幸びにもこゝにも敵影はなかつた、若し敵が來襲して來れば決戰を覺悟して應戰の配置も準備されいざの場合には敵艦と刺違へてもキスカ守備隊の兵隊だけは無事に撤收せしめようとは言はず語らずも全將兵の肚であった、又生還を期さのこの作戰部隊は出動に際して私物は勿論のこと一切の重要書類は全部陸揚げして戰死後の處置も購じ後顧の憂のなきとうに雜念を拂って淡々たる氣持ちで乘込んでゐたのであった、歸途に就くと今度はどうか霧の晴れないようにと全員が祈念した往路の逆を取つて艦隊は速力を增加させて○○基地へと急いだ、大丈夫、成功したといふ確信は燃料經濟を考へ○○節に下げた程であつた、基地に近づくまで霧はれくを見守って吳れた、基地の陸地が見え始める頃方飛行機が歡迎に飛んで來た、歸って來たのだ、內地だと涙に濡れた全員の顏を久し振りに仰ぐ太陽の光りが射した、「成功を祝す」と陸の信號旗がへんぽんとはだめいてゐた、かくしてキスカ守備隊は一兵も損することなく完全に撤收に成功したのである、われく國民はアツツ島に山崎部隊長以下の勇士が壯烈な玉砕を遂げてから二個月、熾烈な敵の反攻を押へて堅忍不拔よく作戰の目的を達して頑張ったキスカ守備勇士の健闘に限りなき感謝を捧げると共に驚歎すべき巧妙卓拔な撤收作戰を成功せしめた陸海軍部隊の苦勞に心からなる感謝の誠を示し必勝の決意を新たにしなくてはならない |
02 | 世界戰局を繞る座談會 宣戰の御詔勅奉戴 驀らに邁進するのみ |
03 | 國政運營の新方策 今夕政府より發表 |
04 | 不覺にも熱い淚 艦艇の兵隊と手を握合つた時 某兵曹感慨を語る |
05 | 敵十機を擊墜 ニユーギニア方面陸軍航空隊 |
06 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 農村娛樂 の急務社說 一 農業臺灣に負荷せられたる重大使命は云ふまでもなく食糧增產である、食糧增產の任務を全うすることが戰力增強に寄與する唯一の道であることをわれわれはよく承知してゐる。それゆえに今や全島を擧げて食糧增產に最大の努力を傾倒してゐるわけである。しかし增產の擔ひ手は主として農民である。本島農民の增產に挺進する姿は實に真劍そのものと云ってよい。われわれは增產を口にする度每に農民の鬪ふ姿を思ひ浮べなければならぬ。真に粒粒辛苦の有難さを知らなければならぬ。筆者は最近南部地方の農村を訪問して、增產と鬪ふ農民の尊い姿にいたく心を打たれた。そこには理窟も何もない。一粒でも餘計に米を增產しようとする熱意と努力以外には何ものもない。農民は想像以上に時局をよく認識して居り、奉公即增產の信念に燃え上ってゐる。水利、肥料その他種種の惡條件あるにも拘らず、それを克服して驀らに增產へ增產へと突進する姿は、まことに尊くもまた淚ぐましいことと云はねばならぬ。 二 默默として牛馬の如く働く、實に四六時中休む間もない本島農民に對しては、われわれは感謝の意を捧げなければならぬ。熱と光に惠まれた臺灣の土地は農民を遊ばせない。殊に戰力增強即食糧增產の絕對的要請に應へるためには尚更寸時の閑暇すら惜しまれる。農民の增產生活には斯くの如く尊い勞働の連續である。幾多の惡條件があるにも拘らず、增產の實が上って行くのは實に斯くの如き農民の疲れを知らぬ勞働の御蔭である。それを思ふにつけ敬意と感謝の念を新たにするばかりであるがしかしここにわれわれは深く考へなければならぬ一事がある。四六時中寸暇の餘地もない農民の勞働は果して疲れを知らぬものだらうか。斷じて否である。農民も人間である以上、ときに疲れも覺えようし、倦むこともあると思はなければならない。彼らをして疲れを覺えさせず倦むことを知らしめない所以のものは、實に時局の認識であり皇民奉公の信念であると云へよう。それだけにまたわれわれは農民生活の潤ひといふことに對して深甚なる關心を持たなければならない。 三 農民生活に潤ひを持たせるといふことは、人間勞働力の給源を涵養することに他ならない。特に激しい勞働力を持續せしむるためには、適當なる潤ひが必須である。而してこの潤ひとは云ふまでもなく、慰安であり娛樂のことである。現下の臺灣農村に斯くの如き慰安施設なり娛樂對策の貧困ほど痛感せられるものはない。農民が增產のために一切の樂しみを忘れて、牛馬の如く孜孜默默として働けば働らくほどわれわれは農村娛樂の必要性を痛感させられるのである。このことは特に地方官民指導層から聲を大にして叫ばれて來たところであるが、肝腎の總督府なり或は皇民奉公會に於て本格的對策あるを見ないのは頗る遺憾なことである。現在僅かに紙芝居や偶に青年劇によって潤ひをつけてゐるが、この問題はもっと真劍に考慮せられたいものである。ここで思ひ出されるのは、嘗って皇奉で取り上げられた布袋戲や皮猴戲等の在來民眾娛樂の復活は斷行出來ぬものだらうか。或は各農村に於ける豐年祭や行事祭典を活かすことは出來ぬものだらうか。ともかくも當局者に敢へて早急ある對策の確立を望むや切 |
02 | 海軍志願兵合格者決定 榮譽燦たり醜の御楯 神州男兒の血は滾る |
03 | 光榮に喜び溢る! 兄弟揃つて合格 張廼興君に張廼義君 |
04 | 喜びで胸が一杯 楊生波君元氣よく語る |
05 | 力一杯働く覺悟 游禮鶴君の感激談 |
06 | 帝國軍人は宿願 景びの李建榮君談 |
07 | 故鄉に合格電報 意氣軒昂の簡文華君 |
08 | 拓け大空‧一翼萬里 苛烈な空中決戰へ若人の總進軍 (下)日高航空課長語る |
09 | 圖像:萬歲叫ぶ合格者の喜び |
10 | 戰力增強に拍車 臺北州下で地域別座談會 |
11 | 宜蘭に經濟 相談所設置 |
12 | 青少年義勇隊 の版畫慰問 |
13 | 農繁期の後援部隊 國民皆働運動全國的に展開 |
14 | 女子勤勞を促進 男子の就業には制限禁止 次官會議で決定 |
15 | 婦人を大量採用 多難な軍務處理に |
16 | 必勝信念を昂揚 臺北州保甲役員鍊成會 |
17 | 戰ふ山の指導者 高砂寮で合宿訓練 |
18 | 郡守さんが木炭增產を督勵 |
19 | 戰ふ日本の底力 小國民發明品入賞者發表 |
20 | 宜蘭市孔子祭 |
21 | 教員檢定試驗 十八日から |
22 | 宜蘭で生活合 理化資料展 |
23 | 日高大使以下 ヴエニス安着 |
24 | 豫備金支出決定 |
25 | 騷然たるジブ ラルタル港 |
26 | 獨發明展が開く |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新化神社鎮座祭 全郡民赤誠の奉祝 |
02 | 逞し‧若人の汗鬪 太平第二區青年團勤報隊を慰問激勵 |
03 | 先生達の留守宅を護らう ヨイ子供達が慰問袋を作る |
04 | 講演會を開催 日婦屏東市支會の 結成一周年行事 |
05 | 臺中商奉團 事務打合 |
06 | 高岡代議士を 圍む懇談會 きのふ臺中市で |
07 | 高岡代議士を圍ん で彰化市で懇談會 |
08 | 廿四日嘉義市で開く |
09 | 增產に更に拍車 各街庄に食糧增產協力會設置 |
10 | 空閑地の一掃へ 竹南郡で增產に大量 |
11 | 小麥の增產へ 彰化郡で裏作に獎勵 |
12 | 優良部落運營研究會 廿八日田尾庄打簾第二部落で |
13 | 三灣庄に青年 修鍊所を設置 |
14 | 立川總務部長 彰化市郡の蓖麻 播種狀況を督勵 |
15 | 軍事之栞 軍用飛行機 練習機、病院機、輸送機 |
16 | 鷺洲庄奉壯團 堆肥增產に協力 |
17 | 防衛戰士の美談 近く彰化署で表彰 |
18 | 斗換坪管內 防空群查閱 |
19 | 樂しい稻刈近づく 制服の乙女達も一役買つて參加 |
20 | 稗拔きを勵行 廿日から州下一齊に實施 |
21 | 愛機よ飛べ飛べ 屏東市模型機競翔大會 |
22 | 彰化市遺家族授 產講習所開所式 |
23 | 家族必需品 會社株主總會 |
24 | 彰化愛鳩會の 秋季競翔大會 |
25 | 硬貨回收の趣旨徹底へ 長島竹東郡守が講演行脚 |
26 | 斗六郡音樂 普及懇談會 あす郡會議室で |
27 | 航空記念日懸 賞作文入選者 |
28 | 區單位に供出競技會 嘉義市蓖麻の管理に萬全策 |
29 | 楠梓庄を廢止 高雄市岡山街等に分割編入 |
30 | 臺南簡保相談所 診療所に擴張 元栗原醫院跡に移轉 |
31 | 全面的に解除 コ疫終熄に付警察部長談 |
32 | 地方多より報社消息 |
33 | 今日の映画演劇 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 一期作米實收高 三百八十二萬四千石 |
02 | 米穀供出割當決定 自發的供出量と並行 |
03 | 六原道場をみる 皇國農民道の建設へ |
04 | 彈丸切手當籤番號 |
05 | 米生產高調查要綱 近く州廳と合議の上實施 |
06 | 預金の代拂制度 貯蓄增強に萬全を期す |
07 | 南方林業技術員の養成 臺灣山林會で養成所を設置 |
08 | 國民貯蓄增強 大藏次官通達 |
09 | 新商道強調週間 けふは生活簡素の日 食料品商奉團長、福島清港氏談 |
10 | 新高港荷役倉庫會 社創立總會 社長に加藤恭平氏 |
11 | 大和物產擴張 資本六十八萬圓に增資 |
12 | 決戰商業道德に徹せよ 辜振甫氏強調 |
13 | 赤糖同業組合 第六回總會 |
14 | 淡水坑木組合 高率手數料のみ徵收 |
15 | 照明燈 |
16 | 兜町前場況 |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1067)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵四十二機屠る 在支敵基地を連爆 |
02 | 中樞部に甚大な損害 |
03 | アルンデル島 の皇軍增強 |
04 | 兩特別委員會設置 大東亞建設と行政刷新を推進 翼政總務會で決定 |
05 | 圖像:敵機邀擊に向ふ陸軍新銳偵察兼爆擊機(陸軍省檢閱濟) |
06 | 敵魚雷艇一隻 を擊沈 |
07 | 戰時生活文化を昂揚 翼贊會の調查報告書 |
08 | 戰時生活文化に 關する報告書 |
09 | 大東亞週間展望 皇軍鐵壁の邀擊態勢 南方共榮圈建設小搖ぎもなし |
10 | 三國外相會談に イーデンが出席 |
11 | 七機を擊墜(コ島上空で空中戰) |
12 | ガ島、ルツセル島強襲 |
13 | 商工經濟會協議會要項 |
14 | 現地熱情に接し 一層確信を深む ビハリ‧ボース氏歸京談 |
15 | 當座預金通帳 を廢止 銀行業務簡素化 |
16 | 街路に餓死者續出 ベンゴール州饑饉狀態 |
17 | 獨軍邀擊の態勢 サレルノ戰線戰況 |
18 | 伊戰線戰況 獨軍當局發表 |
19 | 新戰略的行動 獨軍の退避作戰 |
20 | ナポリ戰線の戰況 |
21 | コルシカ島撤收は誤報 |
22 | サルジニア島 獨軍が猛爆 |
23 | マーシヤルの 揚言 |
序號 | 標題 |
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01 | 眉宇に“水漬く屍” 決意も固く神社へ奉告參拜 譽の若櫻、意氣軒昂 |
02 | 新竹神社で 感謝報國式 |
03 | “存分に働きたい” 長岡君、決意を語る |
04 | 健全な銃後建設 全島方委の理事會 |
05 | 新竹署で採用 證書交付式 |
06 | エツフエル 塔株騰貴 |
07 | 基隆市葬を執行 二十九日双葉國民校で |
08 | 圖像:譽れの海軍志願兵‧臺灣神社に奉告參拜 |
09 | 全島市長打合會 島都公會堂で開催 |
10 | 日婦會員が蓖麻栽培 |
11 | 飛び出して四十年 航空機はどう進步する |
12 | 圖像:全島市長打合會 |
13 | ソ聯の遲刻 者嚴罰 |
14 | 下情上通の出路 全島十一都市に“投書箱”設置 壯年團の新しい試み |
15 | 十月常會申合事項 さあ愈よ決戰だ 萬全の用意を致しませう |
16 | 女性も勤勞戰線へ 見よ各交戰國女性の働振り 石井情報官語る |
17 | 軍援を擴充強化 あす社會事業理事官會議 |
18 | 日婦非常炊出し どんどん出來るお握り |
19 | 興南詩苑漢詩 次韻和石衡宗兄七十書感十首後五疊兼呈春潮宗弟(完)/晴園 黃純青 |
20 | 永田軍政顧問遙弔式 總督、軍司令官が參列 |
21 | 陸海軍に一萬 圓献金 臺北信組から |
22 | 人事‧消息 |
23 | 今晚の放送 |
24 | 興南案內報社消息 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 必勝國內體制強化方策 劃期的な國政運營 雄渾活潑な作戰に即應し 征戰目的完遂に邁進頭條新聞 【東京發同盟】世界戰局の緊迫せる現情勢の實相に鑑み政府は玆に舉國必勝體制確立し軍官民を總動員し人と物、施策の凡てを舉けて只管戰爭に邁進すべく豫ねて國政の運營に關し東條首相を中心に智能を傾倒し構想を鍊りつゝあつたが遂に成案を得て二十一日の定例閣議に於いて前後七時間の協議檢討を遂げた上これを決定玆に決戰下劃期的なる國政運營大綱の決定を見た、玆に確立され國政運營大綱は 一、統帥と國務の間然する處なき緊密化 一、決戰國內體制の確立 一、適切活潑なる外交の推進 の三項である、政府はこの內、國內體制強化方策を二十二日午後七時三十分左の如く情報局より發表し同時に東條首相はラジオを通じ今回の方策の劃期的意義を強調し一億國民の總奮起を促した。國內體制強化方策は開戰以來戰爭完遂のため各般の施策を實行し來だつた政府が內外の深刻なる現情勢に鑑み勇渾なる作戰の展開に即應して真に不拔の國內體制を確立すべく行政運營の決戰化、國民動員の決定、國內防衛體制の強化策を真向に押し進めたところに重大意義がある、しかして政府はこの方策の具現化に異常の決意を有し萬難を排してこの未曾有の施策を急速に實施すべく既存の法律、豫算に拘はらず思ひ切った措置に出んとしてゐる、即ち各省に於いては國內體制強化方策に基き速かに各省實行案を作成したる二十六日までに內閣に原案を提出內閣に於いては四長官會議に於いてこれが調整に當り今月中に成案を得て來月草々の閣議に逐次上程、決定の上は直ちに實行に移すべく決意してゐる、同案の實行は緊急を要し各種の法律、豫算上の措置るので政府は必要に應しては臨時議會を召集しても至急決定すべぎであるとされてゐる 情報局發表(九月二十二日午後七時三十分) 聖戰開始以來政府は戰爭遂行のため必要なる各般の施策を實行し來りたるが內外の現時局に鑑み雄渾活潑なる作戰に即應し左記方策を斷行して一層國內體制の強化を圖り以て征戰目的を完遂せんとす |
02 | 樞府定例本會議 |
03 | 國內體制強化方策 |
04 | 大麻國務相 きのふ參內 |
05 | 勅令公布 |
06 | 遞信辭令 |
07 | 東條首相要請 一億國民總奮起 戰鬪配置につけ |
08 | 人と物、悉く戰鬪配置 戰鬪か、生產か二途以外なし |
09 | ムンダ、バラコマと ガダルカナル猛爆 |
10 | 交換船帝亞丸 香港に入港 |
11 | 翼政、積極的に協力 |
12 | 敵戰法の拙劣さ 昆明爆擊實況○○隊長談 |
13 | 陸鷲爆擊下の 五都市 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 トンネル機構 の整理が急務社說 一 去る第八十二臨時議會に於て岸商相は「配給機構の整備は先づ扱ってゐる物を完全に把握することが大切である、このためには單なるトンネル會社の樣なものは無意味である。中間手數料も縮小させることが望ましい。結局橫の關係から言へば統制會社の澤山あるものは之を集約し、縱の關係で二階三階のあるものは簡素な一階にすべきである」と強調した、果然八月二日の總動員審議會に於て「統制會社に關する勅令要綱」を附議決定し、今後この勅令要綱に基いて無用有害なトンネル會社の征伐に着手することとなった。と同時に商工組合法の施行に伴ふ工組、商組の整備に關し、去る十七日商工省企業局から各地方長官宛に通牒を發した。これは配給段階の壓縮、配給費用の低減、生產能率の向上等を狙って、統制組合機構の整理統合を企圖するもので、右の通牒に依り既存の聯合會の多くが解消して、全國を地區とする單位統制組合を設立することとなり、商工業連繫の組合の設立を認めた等、今後に於ける統制組合設立の動向を示唆するものである。 二 元來初期の統制は全體の計畫があって行ったのではなく、多くは取扱物資の數量が減って營業存續が困難となり、それを整理する為に營業權や設備を現物出資して一つの統制會社、或は統制組合を設立し、業者のあるものは新會社或は組合に職員として出勤し、或るものは全く轉廢業をすると云ふ方法が行はれた、設立の當初は若干の實務もあったが、其後の機構整備で用事がなくなり、全く手數料の徵收機關に墮して了った。當時の事情としてはこの方法もやむを得なかったが、ただこの方法が無統制に行はれた為に、純然たるトンネル機關となり、橫にも縱にも重複する統制會或は統制組合が簇出したのである。所が一旦出來た機構は出資者に對して配當をする必要もあり、眠り口錢を徵收せざるを得ないし、營利追求主義にもなるのである。又他方物の流れを凝滯させ、生產能率に非常な障害を與へて、これが整理の要望となって現はれたのである。 三 本島に於てもこの例に洩れず、統制會社或は組合の設立に依り、複雜な機構と高率な手數料に生產者のみならず、消費者もこれが負擔に頗る困惑してゐる。その一例を擧げれば、臺灣農機具製造統制會社の設立に依り、農民が生產に必要な農機具を入手するに、先づ從來の商人が產業組合に申込まなければならない。而して商人又は產組から各州廳配給組合に申込み更に各組合から州廳農會、州廳農會から臺灣農會と云ふトンネルを通って、始めて農機具會社に到達する。若し會社に製品があれば前記諸機關を經て農民の手に渡るが製品のない場合は更に各州工業組合に注文し、工業組合では更に適當な組合員に製造せしめて、出來上った製品を前記のトンネルを潜って農民に配給するわけである。而もこれらのトンネルを潜ってゐる間に二割八分と云ふ高率な手數料を農民達に負はせ、直接間接食糧增產に非常な影響を及ぼしてゐる。この外米穀の納入機構、貿易統制機構、或は生活必需品關係業種等についてもトンネル的統制の現象が決して少しとしない。生產增強が絕對的要請となってゐる刻下に、為政當局は宜しく中央政府の方針に從ひ、凡ゆる統制機構に再檢討を加へ、一切のトンネル的存在を斷乎整理すべきである |
02 | 教育動員體制確立 法文系の大學は教育停止 高等科の義務制當分延期 |
03 | 女子勤勞動員促進要領 |
04 | 小泉厚相談 學徒の勤勞動員 當面の勤勞諸問題 |
05 | 兄弟揃つて合格 通霄庄劉家の喜び |
06 | 同じ課內から二人合格 |
07 | 岩本光兼君談 |
08 | 鄭武傑君 |
09 | 沸る献金熱 賴母しお山の赤誠 |
10 | 海軍戰記に感激して バス賃を節約して献金 |
11 | 女性は盡く職場へ 勤勞婦人の諸先輩經驗を語る |
12 | 堆肥督勵に 梁井知事頭圍へ |
13 | 男子禁止職種名 |
14 | 市決戰態勢強化策 全島市長打合會開かる |
15 | 公務員鍊成 第二回終了 |
16 | 新竹州工業化に本腰 工業立地條件の調查を急ぐ |
17 | 羅東郡青少年團 查閱良成績 |
18 | 工業校設立促進 有志者近く出府陳情 |
19 | デング熱流行る 罹病者は申告せよ |
20 | 高千穗丸遭難者の死亡認定 |
21 | 故永田秀次郎氏 の葬儀 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 歡喜一齊に湧立つ 海の若櫻に聽く感激 |
02 | 嘉義市 兄弟に譽れの榮冠 |
03 | 兵營で防空修練 高雄市移動式花嫁學校の乙女達 |
04 | 感心な警防團員 妻の死秘して訓練に參加 |
05 | 慰問袋の山 日婦新豐郡支 會幹部の赤誠 |
06 | 全島滑空競技大會 廿五、六兩日間臺南飛行場で開く |
07 | 街昇格祝賀行事打合會開く 美濃庄會議室で |
08 | 軍國の母の龜鑑 高雄州で緒方ツナさん外三名推薦 |
09 | 簡保の加入州下第一位 逞し桃園郡民の熱意 |
10 | 軍事之栞 軍艦の種類 いろいろあります |
11 | 觀音庄草漯 信組總代會 |
12 | 國防訓練大會 出場選手訓練 |
13 | 記念式を擧行 日婦屏東郡支會 一周年記念行事 |
14 | 「國語庄三灣」建設に邁進 近く大大的に運動展開 |
15 | 警防團幹部講習會 文山郡警察課で實施 |
16 | 白衣勇士の 慰問演藝會 淡水海水浴場で |
17 | 奉壯團地域別協議會 廿一日彰化市會議室で開催 |
18 | 畫劇及輕音樂の夕盛況 |
19 | 第一種青年訓練開所式擧行 三灣庄分會で |
20 | 模型機競翔會開催 大溪郡の航空記念日 |
21 | 廿二日に地租全部完納 桃園稅務出張所管內に凱歌 |
22 | 彰化郡廿日に 全部早期完納 |
23 | 到る處堆肥の山 新莊郡の增產強調週間 |
24 | 屏東信組三十周年記念行事 |
25 | 北斗水利信組評議會 |
26 | 鶯歌街慰安會 今夜公會堂で |
27 | 水泳中に少年溺死 |
28 | 農村青年移動式鍊成會 海豐青年團を皮切りに實施 |
29 | 眼疾を苦に自殺 |
30 | 人事報社消息 |
31 | 地方多より |
32 | 高岡代議士 一日に來高 |
33 | 今日の映画演劇 |
34 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 劃期的勤勞動員體制確立 女子勤勞力の直接戰力化へ 推進機關に女子勤勞挺身隊を結成 |
02 | 活氣漲る新比島 |
03 | 既婚女子の動員促進へ 英國暫時勞働動員の現狀 |
04 | 昂まる貯蓄熱 屏東郡各庄とも著しく向上 |
05 | 臺北商工會議所 女子實務講習終了 |
06 | 藁工品の增產對策 近く州廳打合會で協議 |
07 | 新商道強調週間 けふは配給明朗の日 北區文紙商奉團、蔣渭川氏談 |
08 | 高雄市露店組合 支部七ケ所設置 |
09 | 役牛の大增殖へ 督府五ケ年計畫決定 |
10 | 照明燈 |
11 | 商況(廿二日後場) |
12 | ラジオ |
13 | 水滸傳(1069)/黃得時;碇政彌 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵巡三隻炎上二隻に至近彈 猛烈な空中戰、敵機十擊墜破 ニ島、陸鷲赫赫の戰果 |
02 | 我水上機隊果敢な猛擊 |
03 | 儼たり陸鷲の存在 在支米空軍に大鐵槌 |
04 | ケイ諸島來襲 敵機三を擊墜 |
05 | 陸鷲、縱橫の猛躍 |
06 | 圖像:南太平洋敵爆擊行の陸鷲春日特派員撮影陸軍省檢閱濟 |
07 | 戰はざる戰果 北と南の空の座談會 |
08 | チヤーチル演說 休會明けの議會で |
09 | 壯烈‧田中機の自爆 敵機群に敢然單機突進 |
10 | 大陸日、米空の決戰 敵最近の狀況と動向 |
11 | 南雄、韶關と爆擊 |
12 | 太平洋作戰の 危險增大を指摘 米聯合艦隊司令長官 |
13 | 國內體制強化策の 根本方針を說明 東條首相、來る協議會長會議で |
14 | 米、英各紙報道 帝國の決戰體制發表を |
15 | 熾烈な攻防戰展開 東部戰線各地の戰況 |
16 | マツカーサー 突如聲明發表 極度の不滿示す |
17 | ドイツ空軍 北氷洋で活躍 |
18 | 反樞軸地中海 委員會初會合 |
19 | チエルニゴフを撤收 |
20 | ソ聯大軍を集結 秋の泥濘期を控へ |
21 | 獨軍ヴ市撤收 |
22 | 獨、法王廳關係良好 デマ宣傳に獨外交筋言明 |
23 | 全國農業經濟 會設立委員會 |
24 | イタリア戰線戰況 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本島の必勝體制強化 臺灣獨自の立場から 具體的方策を講究 |
02 | 行學一體の顯現へ 學奉隊運營基本要綱なる |
03 | 圖像:滑空機和平號の贈呈式 |
04 | 戰鬪配置の心構で 決戰國政の刷新強化につき 後藤翼贊會副總裁談 |
05 | 推進の尖兵たれ 松波仁一郎博士語る |
06 | 故鈴木博士に 幣帛御下賜 |
07 | 高岡代議士 臺中で講演 |
08 | 海志採用證書授與式 南署管內けふ擧行 |
09 | 臺北高商卒業式 |
10 | 安心して轉業せよ 轉換による不利益なし 厚生省職種禁止に親心 |
11 | 希望に輝く海志 臺南州豫備訓練開始 |
12 | 遊休勞力解消へ 武井厚生次官と一問一答 |
13 | 藥價 最高價格も公示 府當局で施行急ぐ |
14 | 裏作に蕎麥試作 土地の高度利用に腐心 |
15 | 臺北孔子廟祭典 二十六日執行 |
16 | 航空機乘員養 成所生徒募集 |
17 | 忠靈塔聖域の綠化 一般市民の献木を歡迎 |
18 | 婦人世話役の設置 全島社會事業關係者會議で決定 |
19 | 早川竹東郡警察 課長夫人の親心 |
20 | 臺北市北區纖維既製品小賣商業奉公團 |
21 | 人事消息報社消息 |
22 | 今晚の放送 |
23 | 興南詩苑漢詩 秋夜開雨/林文訪、萊堂初夏卽事/肇藩 高樹木、萊堂夏日小集/林述三、晚遊龍泉寺/高文淵 |
24 | 商況(廿三日前場) |
25 | 興南案內報社消息 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 待望の徵兵制茲に實現 本島待望の徵兵制 昭和廿年度から實施頭條新聞 【東京發同盟】米英擊滅大東亞建設の南の基地たる臺灣は物心兩面總力を舉げて聖戰完遂に愛國の熟情を凝結し昭和十七年四月より實施せる陸軍特別志願兵制並に去る八月實施せる海軍特別志願制における成果はもとより大東亞戰爭勃災以來一年有半、義勇隊、奉公隊、通譯、軍夫等として直接軍の作戰に寄與したる献身殉國の熱意は更に進んで徵兵制實施の要望となり政府はかゝる臺灣同胞の熱意に應へ臺灣に徵兵制實施の方針を確立、二十三日の繰上閣議において東條兼攝陸相より 一、臺灣同胞に對し徵兵制施行準備の件を說明これを決定同午後六時情報局より發表するとゝもに天羽情報局總裁談が發表された、かくて臺灣六百萬同胞待望の徵兵制は急速に具現することゝなり去る八月一日實施された朝鮮における微兵制と併んで我が外地同胞は真の皇民として一身同體、名實ともに舉國々防の任に當り我が米英擊滅體制は一段と擴充強化されるに至つた 情報局發表(九月二十三日午後六時) 本日の閣議において「臺灣同胞に對し徵兵制を施行し昭和二十年度よりこれを徵集し得るごとく準備を進むること」に關し決定を見たり 情報局總裁談 玆に臺灣同胞に對し徵兵制を施行し昭和二十年度よりこれを徵集し得るごとく準備を進むるの閣議決定を見ましたことは真に意義深く且つ慶賀に堪へない次第であります、由來我が國民は齊しく 陛下の赤子として皇謨翼贊、皇基恢弘に喜んで身命を捧げて來よのでありますが現下一億同胞打って一丸となり米英擊滅大東亞建設の聖業に邁進しつつあるの秋臺灣同胞が曩に制定せられました陸海軍特別志願兵に異常の熱意を示しその成果又見るべきものあるのみならず大東亞戰爭一年有半義勇隊、奉公隊通譯、軍夫等として從軍し熾烈なる砲爆擊下献身殉國の熱誠を捧げ直接軍の作戰に寄與致しました功績は真に大なるものがあるのであります、而してこの間勘からざる戰歿者を出しましたが士氣益々旺盛に更に大なる軍の要望に應じつゝある實情でありましてこれ等臺灣同胞の愛國的熱情は克く國防の重責に任じ得るものと認められ本日の閣議に於て徵兵制施行準備に着手すべく決定を見た次第であります、臺灣統治五十年の歷史を回顧し今日徵兵制施行の域に至りました皇化躍進の狀を見まする時誠に御稜威の有難さに恐懼感激に堪へない次第であります、今や戰局は刻々深刻苛烈の度を加へつゝあります真に一億同胞一身一體となり舉國直接國防に又生產增強に邁進するを要するの秋であります、而して臺灣同胞に對する徵兵制の施行の曉には朝鮮同胞、臺灣同胞ともに榮譽ある役義務を負擔し齊しく大君の御楯となり皇國護持の大任に就き得ることゝなり朝鮮、臺灣の統治又飛躍的新段階に入ることゝなるとともに國防に一威力を加ふるものと信じまして衷心慶祝に堪へない次第であります、現戰局は極めて重大でありますこの際外地同胞はますますその重責を自覺して更に皇國臣民たるの修業研鑽に努むるとともに內地同胞又真に同じ 陸下の赤子たる戰友として信愛し以て一身一體の實を舉げいよく皇威を發揚して鴻大無邊の聖恩に應へ聖慮を安じ奉らねばならぬと存ずる次第であります(寫真は天羽總裁) |
02 | 皇國民至上の榮譽 長谷川臺灣總督談 |
03 | 島民の光榮と責務 安藤臺灣軍司令官談 |
04 | 郴縣、韶關を急襲 |
05 | 皇恩に報い奉る秋 山縣高雄警備府司令長官談 |
06 | 國家の信賴に應へよ 臺灣協會長小林躋造氏談 |
07 | 繰上閣議 |
08 | 忠誠を示す絕好の秋 前臺灣軍司令官本間中將談 |
09 | 汪主席廿二日來朝 我政府要路と懇談 |
10 | 後藤副總裁談 皇國臣民としての 修練見事に結實 |
11 | 國府の發表 |
12 | 本島は現狀即應 內地の決戰行政運營に呼應 |
13 | 土、ソ衝突頻發 兩國國交愈よ緊迫 |
14 | 軍屬募集 |
15 | 第二豫備金支出 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 輝く榮譽と 重き責務 徵兵制の實施社說 一 本島に徵兵制度施行の閣議が決定された。待望久しかったことながら、いよいよ實施となれば感激あまりにも大なるものあり、暫しいふべきことも纏まらない。思ふにわが國の兵制は國體の本義に基き、天壤無窮の皇運を扶翼し、萬邦に冠絕する國家の防衞に任ずる名譽とその責任を、全國民の負擔に於てするといふ理念に出發してゐる。即ち皇軍は肇國以來兵農一如、國民皆兵を建前とし天皇御親ら統率し給ふところであり、畏くも「朕が股肱」と呼ばせ給ふ光榮の存在であって、外國の徵兵制度若くは傭兵制度とは全くその本質を異にする。されば古來大君の馬前に召さるることは最高至大の榮譽であり、家門無上の光榮とされてゐるのである。日に苛烈を加ふる決戰下、島民は志願兵ではどうしても一抹慊らぬものがあり、じりじりする焦躁を感じつつ內地と同樣、一身を君國に捧ぐる機會の享有を熱望して來た。それがゆくりなくもここに實現し、六百五十萬の歡喜が夢ではないかと期せずして爆發したのも何ら不思議とするに足らない 二 端的にいへば、徵兵制度の施行は殖民地統治の完成を意味する。內臺一如はここに文字通り劃期的な段階に入ったものといっても差支はない。領臺僅か五十年にしてここまで持って來たことは比類なき成功であって、世界の歷史にその類例を絕する、われ等はこの意味からも本制度の實施を祝福するものである。かの米英らがその殖民地を統治するやただ本國の政治的策源地たり、經濟的搾取地たらしむるに止まるに反し、わが國に於ては一視同仁の御聖旨を奉じ、帝國領土の一部として新附の島民を醇化融洽し、母國人と何等逕庭なき地步に達せしむるを終局の目的としてゐるのである。これがため歷代當局、夙夜怠らず、島民また、皇民としての鍊成に不斷の精進をつづけ、殊に今次大戰下に於ては或は陸海軍志願兵として、通譯、勞務奉公隊或は高砂族義勇隊として挺身、忠順を盡したるのみならず、銃後の增產に、貯蓄に、或は献金に淚ぐましき愛國の至情を披瀝して來た。本制度の實施はこれらの熱誠と鍊成の成果が、皇國臣民としての責務を擔ふに足ると認められた結果であることはいふまでもない。 三 しかしながら島民もこれで名實ともに內地と同樣になったと早合點したり、うぬぼれたりしてはならない。皇民道の鍊成には窮極とふものがない。ますます淬勵一番、歡を以て利を思ふことなく、榮を以て慢を生ずることなきを要する。終りに一言する、それは本制度は單り晴れのお召しを待つ適齡青年のみの問題ではない、父兄として、母姉弟妹として、又は軍國の妻として、六百五十萬全員の名譽にかかってゐるといふ事である。批判的な態度や功利的な觀念はまづ第一に拂拭されねばならない。次には國語の習得が「兵」を送る道の入口でもあり、終局の出口でもあるといふことである。國語は國民精神と民族の傳統につながりを持つ、國語の習得常用なくして、良兵を望むことは絕對にあり得ない。島民は深くこれらの事理を解し、國家のため真に價値ある生命となり――換言すれば本制度に「魂」を入れることによって國家の信賴に酬ひ聖恩の萬一に應へ奉るところがなければならない |
02 | 天皇陛下御親祭 けふ秋季皇靈祭御儀 |
03 | 擧島‧皆兵の感激に沸騰 燦たり!この榮譽 徵兵臺灣‧世紀の喜び |
04 | 立派な御楯たれ! 齋藤皇奉本部長談 |
05 | 各省實行案 廿六日迄に調整 |
06 | 島民感激の參拜 ゆふべから引きも切らず |
07 | 圖像:臺灣神社に感激參拜 |
08 | 嚴肅な世紀の一瞬 徵兵制度の共同發表 |
09 | 臺北放送局 の特輯プロ |
10 | 多彩な記念行事 全島一齊に展開 |
11 | 圖像:徵兵制度施行の共同發表 |
12 | 魁挺身隊員の 感激 |
13 | 本社の號外を 奪び合ふ報社消息 |
14 | 各界の感激を聽く 半島に負けるな 加藤臺拓社長語る |
15 | 聖恩に恐懼感激 林獻堂氏喜びを語る |
16 | 最高至大の榮譽 喜びの桂式穀氏語る |
17 | 三峽奉壯演劇 挺身隊公演報社消息 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 訓練生一日に入所 四日に晴の入所式 海志訓練所萬端の準備整ふ |
02 | 決戰だ‧萬全の用意 十月常會の徹底事項 |
03 | 拔群の武勳稱揚 譽れの歸還勇士後迫鷹男氏に 前線部長から賞詞 |
04 | 目指す七洋の制霸 海の若櫻、感激を語る |
05 | 赤誠の養騖運動 大林庄民から一萬餘圓献金 |
06 | 新坡監視區 救護講習會 |
07 | 目指す健兵健民 新豐郡國防訓練大會盛況 |
08 | 賴母しい底力 北斗郡の地租二 十日に早期完納 |
09 | 若人の意氣潑剌 能高郡青少年團の查閱 |
10 | 潮洲郡農事實行 組合職員鍊成會 |
11 | 北港郡下產組 人庭球鍊成會 |
12 | 軍事之栞 驅逐艦と水雷艇 |
13 | 新化街日婦會員 決戰增產に一役 |
14 | 軍援精神を昂揚 強調週間中州下各地で講演會 |
15 | 北斗郡產組長會議 |
16 | 全島增加額の半分占む 決戰貯蓄に猛活躍の模範組合表彰 |
17 | 婦人常會運營 研究會を開催 廿五日霧峰庄で |
18 | 派遣推進員決る 支部職員連絡打合會 |
19 | 商工水產主任 事務打合會 |
20 | 新妻要塞司令官が垂範 日婦の幹部蓖麻栽培に汗鬪 |
21 | 感謝の奉仕作業 青年團が陸軍病院で池を掘る |
22 | 高雄州支部各 部の連絡會議 |
23 | 一萬六千圓突破 日婦の戰鬪機献納資金募集 |
24 | 堆肥の增產へ 沙鹿街獎勵に大童 |
25 | 運營指導員設置 州指定の決戰生活基本部落に |
26 | 學童相撲大會 廿五日旭校で |
27 | 張溫流氏の學位論文通過 |
28 | 奉壯團員林郡 支會の結成式 員林國民校で擧行 |
29 | 人事報社消息 |
30 | 地方多より |
31 | 今日の映画演劇 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 蠶絲界の驚異的發明 河倉式の新裝置登場 |
02 | 旅客及手荷物の 連絡運輸近く開始 |
03 | 最近の經濟問題 |
04 | 米國農業危機迫る 食糧需給の窮屈化顯著 |
05 | 自動車運送事業組 合創立總會 |
06 | 高雄工業用水道 近く重工業地帶への給水開始 |
07 | 新商道強調週間 けふは健民和樂の日 雜貨卸商奉團長、林龍標氏談 |
08 | 實るジヤワの棉花 |
09 | 統合委員會を組織 交通局と五大會社で |
10 | 船用品配給統制 會社廿五日創立 |
11 | 十七年度歲入歲出現計 並に國庫剩餘金 |
12 | ラムネ業の統制 中央指導統制機關結成 |
13 | 產組聯合會 內部機構を改革 |
14 | 照明燈 |
15 | 商況(廿三日前後場) |
16 | ラジオ |
17 | 水滸傳(1069)/黃得時;碇政彌 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機卅三擊墜破 ブインで壯絕な空戰頭條新聞 【南太本洋○○基地二十四日發同盟】ソロモン海域における彼我の決戰は米國の尨大な犧牲の下に深刻苛烈な相貌をいよく深く露呈してゐるが去る廿三日早朝またく敵はダグラスSBD急降下爆警機、コンソリーデーテツドB二四重爆擊機、ロツキードP三八、ベルP三九、カーチスP四○、ボートシコルスキーF四UグラマンF四Fなど戰爆連合百四十二機の大編隊をもつてわがプーゲンビル島ブイン上空に來襲わが戰闘機群は直ちに舞上つてこれを邀擊し狀絕な空戰を展開熾烈な地上砲火と相俟ってその二十七機を擊墜B二四、SBDなど六機を擊破し他を遁走せしめたこの戰闘でわが方は二機の尊い犧牲を出した外地上施設に若干の損害を受けたが至つて輕微であつた、尚ブインに對しては去る十四日も前後五回に亘り二百四十機をもつて來襲してゐるが今回は一回で四十二機來て居りこの方面に對する敵の反攻企圖が如何に熾烈であるかを雄辯に物語つてゐる 敵重爆撃機を撃墜【ビナン二十四日發同盟】去る二十二日晝間敵コンソリデーテッドB二四重爆擊機一機がわがニコバル諸島カーニゴバル島に來襲したが帝國海軍航空部隊は直ちに邀擊これを撃墜したわが方も一機喪失 |
02 | 崇高なる献身奉公 徵兵制の恩典に擧島應へよ 齋藤長官、島民に告ぐ |
03 | 圖像:徵兵制度施行感謝參拜 |
04 | 臺灣に徵兵制が布かれるまで 本島人軍夫の活躍 (一)大陸で“陸の魚雷”と謳はる |
05 | 敵重爆擊機を擊墜 |
06 | 臺灣特設勤勞團の 血の滲む奮鬪振り 南方輸送作戰に連日決死的作業 |
07 | 在支米空軍を擊攘 支那派遣軍週間戰況 |
08 | フアシスト新政府 樞軸各國數日內に承認せん ドイツ外交筋の觀測 |
09 | フアシスト政府 近く北伊に移轉 |
10 | フアシスト黨 新內閣顏ぶれ |
11 | 內務省連日省議 |
12 | 帝亞丸一路 マニラに向ふ |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 秋季皇靈祭の御儀 天皇陛下御親祭遊ばさる |
02 | 徵兵祝ふ歡呼の奔流 感激の坩堝遂に爆發 擧島喜びに明け暮れ |
03 | 瑞雲罩る臺灣神社に 長谷川總督奉告參拜 |
04 | 報恩の念に燃えよ 藤岡軍報道部長放送 |
05 | 徹せよ建軍の本義 石田臺灣憲兵隊司令官談 |
06 | 內臺一體化の顯現 伊藤海軍武官の放送 |
07 | 臺南市の感 謝國民大會 けふ神社外苑で |
08 | 臺中高農校舍 の竣工奉告祭 廿七日同校講堂で |
09 | けふの感激ぞ胸に 勇み立つ學徒の行進 |
10 | 在京學生萬歲絕叫 高砂寮歡喜に湧返る |
11 | 靖國神社に參拜 二十六日に感謝大會 |
12 | 團旗先頭に感謝參拜 太平三區青年團員擧つて |
13 | 本社職員感謝參拜報社消息 |
14 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 榮光輝やく徵兵制 國民最高の榮譽/江藤昌之 |
02 | 責任いよいよ重大/森田俊介 |
03 | 榮譽を完ふせよ 大田澎湖廳長語る |
04 | 嬉しさで胸一杯 田川清波氏談 |
05 | 負荷の責務重大 辜振甫氏語る |
06 | 盡忠の大道 を驀進 武田壽夫氏談 |
07 | 先づ國語常用へ 基隆市奉壯團長宇田氏語る |
08 | 女子の責務愈よ重し 吳氏娟娟孃語る |
09 | 各界の感激を聽く 軍國の父たれ母たれ 臺北市奉公壯年團長古山春司郎氏談 |
10 | 一路盡忠報國へ 香久忠俊氏語る |
11 | 責務愈よ重大 羅萬俥氏語る |
12 | 聖戰完遂に挺身 顏欽賢氏語る |
13 | この上ない榮譽 張灥生氏語る |
14 | 內臺の一體化へ 北源鴻氏談 |
15 | 青年團強化擴大 徐乃庚州議語る |
16 | 徵兵臺灣 感激一入深し 陸志訓練所生 |
17 | 香久府評 感謝献金 |
18 | 感謝市民大會 |
19 | 讚えよ‧徵兵の感激 本社で記念作品を募集報社消息 |
20 | 堆肥增產督勵 梁井知事來蘭 |
21 | カナビラ山行 |
22 | 今日の映画演劇 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧島歡喜の絕頂へ 徵兵臺灣に繰展ぐ祝賀繪卷 |
02 | 新化神社鎮座祭 古式床しく嚴かに執行はる |
03 | 總督、軍司令官に感謝電 本島人有力者等で緊急打合會 |
04 | 廿三日に臨時 奉幣祭執行 |
05 | 徵兵制に美果 協力團體を結成 |
06 | どつと萬歲の歡呼 合宿訓練中の海の若櫻躍り上る |
07 | 各層の感激を聽く |
08 | 陸海空共に合格 榮譽に輝く井上家 |
09 | 關係當局に感謝電發送 感激した本島人市議相計ひ |
10 | 米英擊滅青年大會 結成式を兼ねて盛大に開かる |
11 | 七洋制霸への喜び 譽の合格者の感激談 |
12 | 臺中市民に朗報 近く虱目魚が續續入荷 |
13 | 高岡代議士 彰化市で講演 |
14 | 司法保護委員 の事業講習會 |
15 | 增產に總力を結集 皇奉臺中州支部十月の諸行事 |
16 | 南投郡下學校長打合會 廿六日に開く |
17 | 十月の豫定行事 皇奉高雄州支部で決定 |
18 | 市會議室で懇談會 |
19 | お百姓さんがにこにこ 東石郡來月早早に樂しい稻刈 |
20 | 鳳山郡堆肥增產 等の表彰式 |
21 | 屏東郡下地租 廿三日に完納 |
22 | 北港郡自給肥 料增產に大童 優良者を表彰 |
23 | 彰化市日婦結成 一周年記念常會 |
24 | 赤誠の献金品 |
25 | 彰化郡街庄長會議 |
26 | 鹿港漁業協同組合の役員會 |
27 | 桃園街漫談慰安會 |
28 | 大溪街第一種訓練終る |
29 | パイン耕種改善品 評會褒賞授與式 |
30 | 事業場勞務關係主任懇談會 |
31 | 中壢郡警察 課定期召集 |
32 | 無緣死亡者 の追悼法會 |
33 | 賃金統制會 改正講習會 |
34 | 地方多より報社消息 |
35 | ラジオ |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 長沙と建甌を爆擊 廿四日荒鷲部隊が |
02 | 決戰的內務行政 關係各界の意見要望 |
03 | 徵兵感謝奉告祭 各神社で嚴肅執行 |
04 | 翼政、翼贊全面協力 決戰新施策の推進に |
05 | 飛ばぬ荒鷲の奮鬪(上) 航空基地建設と確保 |
06 | 河野悅次郎中將 京都師團長に親補 |
07 | 南京歸還の汪主席談話 公正、懇切な友邦日本 中國の獨立、繁榮を期待 |
08 | 東部戰線戰況 ハンメル大佐の報道 |
09 | 艦船廿四隻擊沈 獨潛艦濃霧を衝いて |
10 | 獨軍ケ島を占領 バドリオ麾下と激戰 |
11 | 英本土爆擊 |
12 | ド河渡河企圖 の赤軍を擊退 |
13 | 赤軍ド河到達 |
14 | 獨軍は依然 クバン維持 |
15 | インドの破局 新轉機に逢着 |
16 | サレルノ灣 獨軍の戰果 |
17 | 赤機四十五擊墜 |
18 | 獨軍發表戰況 |
19 | アルバニア獨立 獨政府近く承認せん |
20 | 防空講習會 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧島‧草むす誠忠披瀝 皆兵の大義愈よ明徵 世界に轟け此の雄叫び |
02 | 健民たれ、強兵たれ 長谷川皇奉總裁告辭 |
03 | 圖像:徵兵感謝國民大會開く |
04 | 榮譽に感奮せよ 安藤軍司令官の激勵辭 |
05 | 皇民鍊成の成果 山縣高雄警備府司令長官激勵の辭 |
06 | 大任を完ふせよ 河村市民代表の祝辭 |
07 | 巢立つ若人よ強かれ 長谷川總督、帝大生激勵 |
08 | 敢然國難に赴かん 學徒代表決意を述ぶ |
09 | 總て君國に捧げん 男子青年代表の決意 |
10 | 一層婦德鍊磨へ 女子青年代表の感激談 |
11 | 徵兵祝辭放送 |
12 | 當局に感謝挨拶 島都の有志達 |
13 | 新竹市の感謝大會 |
14 | 徵兵の感謝昂揚 島都奉壯團記念行軍 |
15 | 興南詩苑漢詩 本島施行徵兵敬誌感激二首/林熊祥、萊堂夏日小集/高肇藩、夏日龍峒偶集/高肇藩、萊堂秋日聯吟/高肇藩 |
16 | 感謝行事打合 |
17 | 基隆市の 感謝大會 |
18 | ラジオ體操繼續 |
19 | 新竹市醫師會 献納機献金 |
20 | 日新青年團 感激の献金 |
21 | 人事消息 |
22 | 今晚の放送 |
23 | 興南案內報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 靖國神社の新祭神 本島人も合祀の光榮頭條新聞 【東京發同盟】大東亞戰下一億國民の厚い感謝の裡に四度び迎へる靖國神社秋季臨時大祭は臨時大祭委員長東部軍司令官土肥原賢二陸軍大將以下奉仕の下に近く秋爽かな九段の神域で嚴かに執り行はれるが護國の神として新たに祭神に合祀される盡忠の英魂については豫ねて陸海軍當局から上奏手續中のところこの程畏くも御裁可あらせられ合祀仰せ出されたので二十五日當局からその氏名が發表された新祭神は總計一萬九千九百九十二柱でこの中大東亞戰爭の輝く緒戰戰勝の基を開いたマライ半島、フィリッピン敵前上陸の勇士、真珠灣頭に壯烈な散華を遂げた海軍九軍神を始め八百八柱の陸海軍英靈に對し早くも合祀仰せ出されたのは洵に畏き極みである、又滿洲事變、支那事變關係の英靈は大東亞戰爭勃發までの戰死、戰傷死及び同年七月三十一日までに病歿した陸海軍軍人、軍屬であって陸軍側一萬九千二百十六柱、海軍側七百七十六柱である、今春までに護國の神として靖國神社に合祀された祭神は二十七萬三千八百十四柱で今回の第六十三回臨時大祭に合祀される祭神を加へれば總祭紳二十九萬三千八百六柱に及ぶわけである、猶畏くも支那事變勃發以來今回初めて臺灣本島人の合祀仰せ出され臺灣本島人は聖慮の宏大無邊に恐懼感激してゐる、これ等本島人初めての合祀者は陸海軍軍屬二十五柱で何れも支那事變勃發當初より通譯又は軍夫として中支及び海南島に從軍し名譽の戰死を遂げたものである、この外遞信省關係二柱小型船舶乘組員二柱、國民徵用令に依る徵用工員二柱、白衣の天使として第一線に勤務中歿陣した女性八柱を含む陸海軍軍屬六十五柱があり又兄弟揃って陸軍或ひは兄は陸軍弟は海軍等兄弟同時に合祀の榮に浴する者十六組である、新祭神の陸海軍別は次の通り △陸軍側 大東亞戰爭關係合祀、陸軍中佐竹內秀三郎以下五百六柱 支那事變關係合祀陸軍少將青村常次郎以下一萬一千三十三柱 滿洲事變關係合祀陸軍大尉丹下節櫻以下三十五柱、計一萬一千五百七十四柱特別合祀、陸軍中將藤堂高英以下七千六百四十二柱、陸軍側合計一萬九千二百十六柱 △海軍側 大東亞戰爭關係合祀、海軍中佐岩佐直治以下三百二柱 支那事變關係合祀、海軍豫備中尉小貫季彦以下百九十六柱計四百九十八柱特別合祀、海軍少將宗雪新之助以下二百七十八柱 海軍側合計七百七十六社 總計一萬九千九百九十二柱 臺灣關係合祀者 官等 氏名 現住所 軍夫 洪清山 臺南市安平一一九 同 謝天德 同市同一七四 同 孫荏萊 同市同二一六 同 李秉仁 同市同二四九 同 黃明來 同市同二七六 同 林水成 同市同七三五 同 蔡連 同市同七四九 大尉 佐佐木仲綱 同市港町一ノ一七 軍曹 吉川鈴二 同市寶町二ノ一 伍長 松原重幸 同市白金町五ノ八◯ 兵長 江島岱治 臺北市古亭町一七◯ 上等兵 村山秀雄 同市同二四一 步兵大尉 村山進 同市本町一ノ一六 准尉 井上亨 同市表町一ノ三二 輜重兵一等兵 淺野秀雄 同市川端町二一七 軍夫 加藤敏雄 同市新起町二ノ四四 雇員 曾成業 同市入船町二ノ四三 上等兵 高松正吉 同市築地町二ノ八 通譯 陳光銓 同市建成町一ノ六一 步兵上等兵 牛尾明 基隆市天神町一ノ三七 中尉 增野欽哉 同市玉田町一ノ三二 軍醫少佐 小林博敏 臺北市東門町二八八 中尉 吉田榮 同市朱厝崙三 伍長 岡村利雄 臺北州宜蘭郡宜蘭街艮門九 軍夫 田代行平 新竹市住吉町四一 通譯 范樂 新竹州中壢郡新屋庄新屋五四 雇員 吳發有 同同楊梅庄楊梅七四 步兵上等兵 橫山滋 同桃園郡桃園街字中南 雇員 陳萬傳 同竹南郡竹南街中港六六七 通譯 藍金波 臺中市川端町二五 伍長 田中綾雄 同市楠町三ノ九 一等兵 三好克己 同市大正町二ノ四 軍夫 山本國男 彰化市北門町四四四 同 詹益河 臺中州能高郡埔里街埔里字茄苳脚七 同 吳清耀 同大甲郡大肚井子頭字蔗廍六三 雇員 蕭坤錄 同南投郡南投街南投一七四 同 洪金英 臺中州北斗郡二林街二林三五五 步兵伍長 坂本滿 同竹山郡竹山庄竹山四四五 兵長 福島岩逸 高雄市新濱町一ノ二二 同 川井善男 同市港町一ノ二 大尉 大江正二 同市田町一ノ一三 兵長 廣渡利郎 同市新濱町一ノ二七 軍曹 永澤七五三五郎 高雄州岡山郡禰陀庄禰陀 通譯 賴傳福 同潮州郡內埔庄二◯四、九四四 雇員 陳延龍 同鳳山郡鳳山街鳳山字大老街一四八 兵長 淺沼留喜 花蓮港花蓮郡壽庄豐田村字大平五九 上等兵 平川常雄 同鳳林郡鳳林庄林田村南岡二八 軍夫 小田三五 臺南市壽町二ノ一 同 稻田未粲 同市大正町三ノ四一 通譯 黃甲乙 同市高砂町三ノ三 兵長 高田稠司 嘉義市新富町四ノ二九 准尉 成田克己 同市宮前町六ノ三六 軍夫 曾法 臺南州新豐郡永寧庄大甲六五二 同 顏老上 同州同郡同庄灣裡二五八九 同 蔡壽法 同州同郡仁德庄中洲五二◯ 伍長 津田友義 同州斗六郡斗六街斗六 同 佐藤國雄 同州同郡同街斗六六六二 軍夫 陳仁火 同州新化郡善化庄北子店一五五 雇員 陳杏全 同州北港郡北港街扶朝家三八四 曹長 仲谷勝 臺北市古亭町六五 |
02 | 敵艦船十二屠る フィンシハーヘン上陸敵を邀擊激戰中 |
03 | 空陸より果敢な反擊 |
04 | 健民健兵、魂の鍊成 決意表明常會、長谷川總裁講話 |
05 | 新比島初代大統領 ラウレル氏が當選 |
06 | ラウレル博士の略歷 |
07 | 戰略上の要地 フィンシハーヘン |
08 | 武門の譽輝く 兄弟祭神 |
09 | 金百萬圓を寄贈 ビルマ國民救濟に |
10 | 英政府の改造 ウツド藏相死去 |
11 | 翼政臨時總務會 |
12 | 八路軍內部の醜狀 逃亡の一排長が暴露 |
13 | マーシヤルの 任命は確定的 反樞軸軍總司令官 |
14 | 地下資源開發に全力 商相官邸で鑛業關係者懇談會 |
15 | スモレンスク 撤收 |
16 | 金山庄瑞穗會 梁井知事が表彰 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 國內體制の 劃期的強化社說 一 世界戰局の緊迫せる現下の實相に鑑み政府は茲に擧國必勝體制を確立し軍官民を總動員して人と物、施策の凡てを擧げて只管戰爭に邁進すべく此程決戰下劃期的なる國政運營大綱を決定、その中の一項として國內體制強化方策が決定されたことは周知の如くである。即ち右方策は內外の現時局に鑑み雄渾活潑なる作戰に即應し一層國內體制の強化を圖り以て征戰目的を完遂せんが為に斷行されるに至ったもので行政運營の決戰化、國民動員の徹底、國內防衞體制の徹底強化等政府はこれら方策の具現化に異常の決意を有し萬難を排して急速なる實施を圖るべく思ひ切った措置に出でんとしてゐる。政府のかかる重大決意は「官品に告ぐ」と題する東條首相の放送の中左記一節に端的に表明されてゐるといへよう。即ち「以上申し述べた措置は今日迄の經驗に艦み然も現戰局の緊急なる要求に基き苟しくその能力を發揮し得べきものは積極的にこれを促進し必要を認めらるるものは果斷に之を實行し弊害ありと認めらるるものは徹底的にこれを排除せんとする政府の牢固たる決意に出でたものである。……政府は從來の官廳の傳統に捉はれず一切の行掛りに拘泥することなく新しい出發點に立って格別の決意の下に必ずこれを斷行せんとするものである」との如き政府の嚴然たる決意に對しては要望される迄もなく官民一人殘らず奮起し敢然として政府に協力すべきであることは改めて論ずる迄もない。 二 誠に國內體例の整備強化については聖戰開始以來必要なる諸施策が實行され來ったが今般更に叙上の如き劃期的強化方策が取上げられるに至ったのは全く「官民を擧げて常に悠久なる國體觀念に徹し今次聖戰の本義に鑑み愈よ必勝の信念を以て不屈不撓盡忠報國の誠を致さんとする」に他ならない。事實苛烈凄愴を極めた今日の戰局の下に於ては一億國民の一人人人は凡そ前線にあって戰鬪するか將國內にあって生產戰に邁進するかの二者擇一以外途がないものといってよい。物資の配置についても然りであって國內體制の強化は謂はば人と物とを悉く戰鬪的配置に就かしめる所に狙ひがあると謂はねばならない。行政官廳の整理、大幅なる人員縮減然り。法文系大學の教育停止による學生の動員と男子禁業に伴ふ女子の勤勞動員また然り。更に國土防衛のため官廳、家屋等を整理すると共に人員の減少を圖る他統制機關の徹底的刷新による人員縮減等これ盡く右の趣旨に出でたものといふべきである。事態かくの如きである以上東條首相が要望せる如く國民は官民を問はず一人殘らず總員戰鬪配置につきもって完勝の一途を驀進するは他ないのである |
02 | 靖國の杜に神鎮る 本島關係者初の合祀 |
03 | 大御心に恐懼感激 長谷川總督謹話 |
04 | 宮城に感謝遙拜 在京本島有志關係官廳歷訪 |
05 | 臺灣に徵兵制が布かれるまで 皇國道を只管驀進 (二)島民の努力茲に見事結實 |
06 | 和歌書道に堪能 合祀に輝く故村出大尉 |
07 | 滅敵の意氣高らか 青少年團強步大會盛大に開催 |
08 | 圖像:全島青少年團強步大會 |
09 | 柔道二段の荒鷲 運動家の井上准尉 |
10 | 盡忠の誓ひも固し 徵兵號献納申合 ゆふべ一齊に決意表明總常會 |
11 | “勿體ない極み” 故曾成業氏嚴父語る |
12 | 感謝の意を表明 臺北市議員、當局を歷訪 |
13 | 宜蘭市の感謝 大會 |
14 | “伜も本懷でせう” 故陳光餘嚴父の感激談 |
15 | 交換船モンテ ヴイデオ出帆 |
16 | 歡喜に浮く 新竹市 |
17 | 爆發する献金部隊 徵兵へ無限の感謝 |
18 | 二宮先生も應召 陸海軍へ銅像十二基 |
19 | お山の若人達 神社前に額く |
20 | 地軸を搖かす大歡呼 花蓮港の祝賀大會 |
21 | 征かう若人百萬 青年文化常會全島に飛檄 |
22 | 感謝の決意表明 日婦‧近く婦人常會 |
23 | 基隆署保甲 職員の赤誠 |
24 | 新竹感謝献金二則 |
25 | 感激に胸打 震ふ 松山灌氏談 |
26 | 貯蓄動員月例 幹事會 |
27 | 孔子祭典 記念放送 |
28 | 敵性音盤を賣つて 献金 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 誓ふ島民の忠誠 各地の感謝國民大會 |
02 | 秋季陸軍墓地慰靈祭 軍官民參列の下に執行 |
03 | 各界の感激を聽く 劃期的新階段 稻田花蓮港廳長語る |
04 | 鍊磨に精進 陳炘氏の感激談 |
05 | 島民の責務加重 大森茂州議語る |
06 | 母としての任務重し 杜芳子さん語る |
07 | 和田忠與氏談 |
08 | 山田高雄東園 國民校訓導談 |
09 | 許朝根君談 |
10 | 決戰の大空で競翔 臺南滑空競技大會 |
11 | 街昇格の大林庄 簡素嚴肅祝賀行事決る |
12 | 軍事之栞 徵兵制度解說 臺灣軍報道部竹內中佐 |
13 | 徵兵制感謝の献金群陸續 |
14 | 臺南親友會 感謝の献金報社消息 |
15 | 感謝の挨拶 臺南の有志らが |
16 | 街頭で趣旨 徹底の宣傳 |
17 | 員林郡下の增 產助役決る |
18 | 島澤產業部長旗山 部下水利施設視察 |
19 | 蓖麻栽培に全 保甲民を動員 |
20 | 草屯街青年團查閱 |
21 | 慰安音樂會延期 |
22 | 今日の映画演劇 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 樟腦類より採れる 選鑛油增產の展開 來一日より向ふ三個月 |
02 | 米穀生產確保 補給金交付規則公布 |
03 | 中平食糧局 長談 |
04 | 用材、木炭增產に 林路を緊急開鑿 |
05 | 重要工鑛業の增產に 督府工務官制度を新設 |
06 | 內地大陸間の 連絡交通に重點 |
07 | 鹽田の增產敢鬪 坂出鹽田の作業を現地に見る |
08 | 漁業の關係資材 水產業會で一元配給 |
09 | 藤原氏愛知縣 各工場を查察 |
10 | 赤糖組合總會 公會堂で開催 |
11 | 局營バス東海線 一日に開業式を擧行 |
12 | 經濟手帖 |
13 | 島內株仲值表 |
14 | 商況(廿五日前場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1070)/黃得時;碇政彌 |
17 | 9月抽籤貯蓄債券報國債券當籤番號(其ノ一) |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ビルマ國の版圖に 三地域編入を承認 日緬條約署名調印を終る頭條新聞 【東京發同盟帝】國政府は去る二十一日の國內體制強化方策決定に當り機敏潑刺たる對外權策の遂行を期すべき方針を決定、これに基いて陸軍活潑な戰爭指導の遂行に即應する外交の調整を進めてゐるがその第一着手として今回タイ國領土に編入承認したるケントンモンパン兩州を除くシャン諸州カレンニ諸州並びにツー地方をビルマ國の領土として編入することゝなつた、即ち大東亞共榮圈の有力な一環として去る八月一日獨立を具現したビルマ國は爾來バーモウ國家代表統率の下に政治經濟、軍事各般に亘り着々新組織を樹立ビルマ新政府の施策は千六百萬ビルマ國民の熱意と渾然一體となり逞しい歩調を以て發達しつゝあるが帝國はビルマ國建國の根本方針の一つたる諸民族の協和によるその為めなる發展を期待してシャン聯藩三十七州、カレン二三州ツー地方の三地域をビルマ國の版圖たらしむるべし諸般の準備進めちてゐたところこの程成果を得るに至つたので二十五日午後四時半ラングーンに於て澤田駐ビルマ大使バー・モウビルマ國總理との間にシャン地方等に於けるビルマ國領土に關する日本國、ビルマ國間條約の署名調印を了した、かくてビルマ國は玆に諸民族を包容その協和によつて國家體制を確立絕力なビルマ政府の施策はシャン州、カレンニ州、ワー地方を含むビルマ全地域に滲透することとなりビルマ國の戰爭態勢は更に一段と強化促進されることになった、仍て情報局では二十六日午後五時右に關し左の如く發表した ○情報局發表(九月二十六午後五時) 曩にタイ國領土に編入を承認したるケントンモンパン兩州を除くシャン諸州、カレンニ諸州並びにワー地方をビルマ國領土として編入することに關し交渉中なりしところ今般「シャン地方などに於けるビルマ國領土に關する日本國ビルマ國間條約」案文の妥結を見九月二十五日ラングーンに於て大日本帝國特命全權大使澤田廉三とビルマ國內閣總理大臣バー・モウとの間に右條約の署名調印を了せり 【東京發同盟】大東亞共榮圈の一環として道義に基づく世界新秩序確立を目指し去る八月一日獨立したビルマ國は爾來基本政策を決定し之に基づき戰爭遂行と國家建設に向つて銳意國內の戰時態勢を強化して獨立國家としての地歩を着々固めつゝあったが二十五日ラングーンに於て日緬兩國間に締結された新條約に依り曾つて英國の直轄地域として五十五年間全く分立されてゐた。シャン州、カレンニ州及びワー州を編入し、その國土の約三分の一た加へ新ビルマ國の威容を一段と加へることゝなつだ八月一日の獨立當日日緬同盟條約を締結した意義深き政廳の孔雀の間に於て午後四時半ビルマ側副總理タキン・ミャ、外相タキン・ヌー及び樞密院正副議長並びにシャン・カレンニの兩州土候代表等、日本側島津總領事、磯村、中堂陸海軍武官以下大使館員列席の上澤田大使とバーモウ總理との間に調印が滯りなく行はれた。終つて澤田大使より別項の如き挨拶あり之に對しバー・モウ總理別項の如き答辭を述べこゝに歷史的調印式を終了した。而してシャン。カレンニ・ワー三州は條約の規定に基づき九十日以內即ち本年中に軍政が廢止されてビルマ政府の行政下に入ることゝなつた、斯くてビルマ國は其の新領土として三州合計四萬六千九百五十平方哩を編入し獨立國の領土即ち我が軍政施行當時行政の管轄下にあった三十五縣並びに英國時代の直轄地であつたチン丘陵地帶フーツン谿谷地帶等を含む面積十七萬一千百五十七平方哩より其の面積二十一萬八千百七平方哩に膨脹南北の最長千三百哩、東西の最長七百哩の國土となり領土の廣さに於て大東亞戰爭前の日本領土と略々同じで共榮圈に於て第四位の廣さを持つ國家となり人口は千五百萬より新領土の百五十萬を合して約千六百六十萬に達しビルマの土着民族悉くを初めて包容した真の民族協和の國が生れることとなった、 |
02 | 錦上更に花を添ふ 澤田大使の挨拶 |
03 | 陸軍週間戰況 ビルマにも蠢動の兆 一億戰鬪配置の強化こそ喫緊 |
04 | 條約の要旨 |
05 | 新編入地域の 現況 |
06 | ビルマの歡喜爆發 獨立慶祝式典擧行さる |
07 | 海軍週間戰況 戰局更に激化の趨勢 |
08 | 澤田大使祝辭 |
09 | 三國條約變化なし けふ三周年記念日 |
10 | けふ交歡午餐會 |
11 | 一令の下に結束 バー‧モウ氏答辭 |
12 | アルバニア 國民委員會 獨政府承認 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇后陛下 御內帑金御下賜 畏し結核豫防事業に御仁慈 |
02 | 感奮興起せよ 臺灣同胞の忠靈合祀の恩命を拜し 齋藤中央本部長謹話 |
03 | 武勳青史に燦たり 譽れの戰死者發表 |
04 | 圖像:臺北市奉公壯年團曉天動員 |
05 | 宮城前で決意表明 在京學生堂堂街頭行進 |
06 | 食糧纖維製品打合會 |
07 | 臺灣に徵兵制が布かれるまで 必勝目ざして敢鬪 (三)皇民鍊成へひたむきな努力 |
08 | 兄弟三人とも 御奉公 故川井伍長嚴父談 |
09 | 銃劔道振興會 島都第一分會結成式 |
10 | 圖像:徵兵制施行決意表明演說會 |
11 | 徵兵制度施行の決意表明演說會 報恩の熱念に燃え 建軍本義に徹せよ 滿堂是れ熱鐵の一丸 |
12 | 新竹州下納 稅成績良好 |
13 | 擧島一體、天業翼贊 全島青壯團青年團の曉天動員 |
14 | 感激講演會 を開催(基隆) |
15 | 淨汗流して奉仕 戰ふ島都の奉壯團 |
16 | 港都の曉天 動員 |
17 | 各地の曉天動員 |
18 | 精忠一死奉公 基隆で感謝祝賀大會 |
19 | 花蓮港海の志願兵壯途に |
20 | 床しい六佾の舞 きのふ臺北孔子祭典 |
21 | 敢鬪精神燃ゆ 對抗州廳陸上大會盛況 |
22 | 板橋街の奉告祭 |
23 | 宜蘭市の孔子祭 |
24 | 訃文:何萍 |
25 | 訃文:江原茂樹(舊名林茂溪) |
26 | 一生懸命に御 奉公 吉田君感激談 |
27 | 盛花展覽會 |
28 | 市葬謹告:未廣一高等人 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 徵兵制度施行に際り 前進せよ步武堂堂と 山本團長、青年に檄す |
02 | 各界の感激を聽く 感奮興起せよ 山岸臺東廳長語る |
03 | 鍊成が第一 桃園綠野竹二郎氏談 |
04 | 至大至高の榮譽 中川重宗氏感激談 |
05 | 圖像:青年團曉天動員 |
06 | 祝徵兵 若人の意氣軒昂 各地青年團曉天動員 |
07 | 行政第一線優遇 街庄長に特別增給 |
08 | 增產指揮陣を衝く 活かせ創意と工夫 (一)問題は指導者の熱意 |
09 | 弓削君に總督賞 全臺灣滑空大會終る |
10 | 遺族を弔問 |
11 | 三街庄分割 編成協議會 |
12 | 各地の感謝大會 |
13 | 擧街慶祝一色 澎湖街國民大會 |
14 | 歡喜溢る苑裡庄 街昇格祝賀行事決まる |
15 | 感激に燃えて敢鬪 臺中州國防訓練大會 |
16 | 田川凱夫君の喜び |
17 | 今日の映画演劇 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “日本の母”たれ/藤谷芳太郎 |
02 | 徵兵と婦人の覺悟 家庭的から國家的に/黃李氏蓮妹 |
03 | 小國民に揚る歡喜 |
04 | 婦人と航空知識/伊藤靜江 |
05 | 歷史の日來る/陳氏淑敬 |
06 | 男子の分迄働く/長弘華子 |
07 | 盡忠の時が來た/李氏月裡 |
08 | ラジオ |
09 | 9月抽籤貯蓄債券報國債券當籤番號(其ノ二) |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵船二隻血祭り ベララベラ島附近 |
02 | フインシハーヘンを猛爆 |
03 | 妥協は絕對あり得ない スターマー大使と一問一答 |
04 | 決戰の大空を征く 報道班員の奮鬪振り 鉛筆や寫真機が唯一の兵器 |
05 | 各省實行案出揃ふ あすより逐次閣議に上程 |
06 | 北千島來襲の 米機殆ど全滅 |
07 | 本然の國家領域を確立(緬甸) 帝國の真意と理想を示す |
08 | 新しい兵器を整備 デーニツツ攻勢再開 |
09 | 南伊獨軍司令官布告 |
10 | 英艦隊太平洋に廻すか ノツクスの訪英の使命 |
11 | 鳥取縣の震災に タイ國深き同情 泰米十萬バーツを贈呈 |
12 | 赤軍の企圖悉く擊碎 |
13 | 赤軍莫大な消耗 |
14 | 英ソ代表決定 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 精神的融合を促進 徵兵制は全行政分野の問題 長谷川總督府內で訓話 |
02 | 醫專と臺大豫科 けふ卒業式を擧行 |
03 | 早くも健兵運動 張切る新竹州支部 |
04 | 感謝の挨拶 基隆の有志が |
05 | 國內體勢強化方策 局部長會議で意見開陳 |
06 | 圖像:長谷川總督訓話 |
07 | 瑞芳街華僑献金 徵兵制度を祝つて |
08 | 義勇隊遺族弔問 陸相代理西中佐が |
09 | 武勳合祀に輝く 地下の主人も滿足 藤堂中將未亡人語る |
10 | 軍援に千圓寄附 |
11 | 感激を献金に 各郡署に續續集る |
12 | 臺灣神社に參拜 はるばる自轉車に乘つて 基隆から圓山へ |
13 | 增產に挺身隊 |
14 | 歡喜に湧くお山 最高の恩典に感泣 |
15 | 徵兵制施行の感謝 陸海軍へ赤誠献金 |
16 | 土產には甘柿 古野少佐嚴 父の感激 |
17 | 徵兵臺灣 裂帛の氣合 |
18 | 國民皆兵を上演 |
19 | 感激で胸が一杯 軍神岩佐中佐母堂語る |
20 | 勤行報國青年隊 第一訓練所の退隊式 |
21 | 新竹に工業學校 代表者設置方を陳情 |
22 | 臺北秋競馬 近づく |
23 | 兵器資金に卅萬圓 臺灣醫師會近く献納 |
24 | お山を巡視 井原警察部長歸新 |
25 | “第二國民兵”屆出 二十一日附官報で公布 |
26 | 征け征け海の若人 島都で海志壯行會(二十九日) |
27 | 興南詩苑漢詩 寄周定山先生彰化/鹿港 許遂園、中秋夜文葵先生招余於鹿門莊玩月吟宴席上賦贈/鹿港 許遂園、五十書懷/基隆 林金標 |
28 | 人事‧消息 |
29 | 今晚の放送 |
30 | 興南案內報社消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 玉碎橫崎中尉に感狀 畏し‧上聞に達せらる 壯烈な體當り、空中戰士の龜鑑頭條新聞 【東京發同盟】九月十二日朝敵米機の第二次北千島來襲に際して敵を邀擊しコンソリデーテッドB二四、六機、ノースアメリカンB十二機より成る敵爆擊機群の中に突進、猛烈な攻撃を反復の後敵編隊長機に對し我が空の勇士ならではなし得ぬ壯烈無比の體當りを敢行してこれを擊墜、敵編隊を混亂せしめ來襲敵機十八機の內、實に十一機を擊墜破した輝く大戰果の勝基を開くと共に自らも亦守島東南洋上に北門護鎮の華と散った島田飛行部隊橫崎二郎中尉に對しさぎに最高指揮官より感狀を授與されたが畏くるこの程天聽に達せられた旨二十七日陸軍省から發表された、尚同中尉の崇高な空中戰士の龜鑑とも言ふべき盡忠捨身の戰功に對し戰死と同時に二階級特進の恩命に浴し陸軍少佐に任せられた 陸軍省發表(九月二十七日十六時)去る九月十二日北千島に來襲せる米軍大型爆擊機に對し體當りを決行、玉砕する鳥田飛行部隊陸軍中尉橫崎二郎に對しさきに同方面陸軍最高指揮官より感狀を授與せられしが今般畏くも上聞に達せられたり 感狀 島田飛行部隊 陸軍中尉橫崎二郎 右は北古賀中隊專任小隊長として至誠純忠寡默躬行常に研鑽に努め只管敵機必墜を期せり 昭和十八年九月十二日米軍大型爆撃機編隊北千島に來襲するや部隊長指揮の下勇躍之が攻撃に任ず、敵は編隊の團結鞏固にして各種防禦火力亦熾烈を極め部隊の果敢な反復攻撃を以てするも未だ其の効果を收むるに至らず、中尉は機眼以て敵編隊を崩壞し部隊 の攻撃を最も有効ならしむるの緊切なるを看破し率先挺身敵編隊長機に對し痛烈なる攻撃を敢行し其の旋回に滿たざるを認むるや更に必殺の攻撃を復行壯烈無比なる體當りを決行し粉碎せる敵機と共に占守島東南洋上に玉碎して部隊戰勝の端緒を拓けり 以上の行動は烈々たる攻撃精神と崇高なる責任觀念とに發し其の卓越せる機眼、優秀なる戰技と共に空中戰士の龜鑑にして其の武功真に拔群なり 仍て玆に感狀を授與し之を全軍に布告す 昭和十八年九月十三日 北方方面陸軍最高指揮官 |
02 | 敵乙巡一隻擊沈 わが鐵鯨部隊活躍 |
03 | 我無敵鐵鯨の奮戰 |
04 | 敵の舟艇多數を擊墜破 陸鷲、フインシハーヘン攻擊 |
05 | 米空軍基地を爆擊 陸鷲、江西省に進攻 |
06 | コ島來襲の 敵機五を擊墜 |
07 | 三國同盟の精神確認 獨外務省當局言明 |
08 | 二階級進級の恩命 |
09 | 敵機巨體に毆り込む |
10 | 重光外相の メツセージ 獨に深い感話 |
11 | 獨外相へ祝電 |
12 | 外相主催の記念午餐會 日獨伊三國同盟三周年記念日に |
13 | 伊共和政府を承認 帝國政府正式に通告 |
14 | 臨時閣議 |
15 | 壯烈なる體當りで 敵機擊墜の陸軍機 |
16 | 三國の契り愈よ固し |
17 | ビルマ獨立慶祝 國民運動代表者大會 |
18 | フ獨總領事 矢野總領事訪問 |
19 | ラウレル氏等 黑田最高指揮官 を訪問 |
20 | ベンゴール州 に大暴動 |
21 | 徵兵感謝献金 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 本島同胞初の靖國神社合祀 感奮興起せよ社說 支那事變勃發當初より通譯又は軍夫として、中支及び海南島に從軍し、名譽の戰死を遂げた本島人陸海軍軍屬二十五柱に對し、畏くも今回初めて靖國神社合祀の有難き御沙汰を拜した、有難き恩命を拜して遺族の榮譽は、固より此の上もないことであると同時に、六百五十萬島民としても唯唯感激の極みで聖恩の忝けなさ、感泣の外はないのである、申すまでもなく、靖國神社は國を安からしめる國家鎮護の御社であり、國家、國民の尊崇と思慕とを鍾めてゐる中心の的である、その祭典は勅旨を以て執り行はせられ例祭には勅使の御差遣あり、殊に臨時大祭に際し新祭神合祀にあたっては畏くも天皇皇后兩陛下御拜の御殊遇を賜はるといふ寔に有難くも忝けなき限りである、大君に身命を捧げ奉り、盡忠至誠一命を捧げて靖國の神となることは帝國臣民至高の榮譽である、靖國神社こそは皇室の御殊遇と國民忠節の結晶で、帝國臣民が護國の精神を發露した標識である、此度護國の華と散った本島同胞二十五柱の英靈が、この有難い御社に合祀せられることになったのである、英靈の榮譽は勿論のこと、島民の光榮亦これに過ぐるものがあらうか、徵兵制施行の恩典に擧島感奮興起の真只中、今又本島同胞英靈の初合祀の恩命を拜したのである、我等この重なる恩典を深く肝に銘じ、敵米英擊滅まで聖戰目的完遂に邁進する覺悟を新たにせねばならぬ。 |
02 | 社說 ビルマ國強化 新に三地域編入社說 大東亞共榮圈の有力な一環として、去る八月一日獨立を具現した新生ビルマ國は、爾來バー・モウ國家代表統帥の下に政治、經濟、軍事各般に亘り着着新組織を樹立逞しい步調を以て發達を遂げつつある。帝國はビルマ國建國の根本方針の一つたる、諸民族の協和に依る發展を期待してシャン聯藩三十七州、カレンニの三州ワー地方の三地域をビルマ國の版圖たらしむべく、諸般の準備を進めてゐたが、この程日緬間條約案文の締結を見、二十五日蘭貢で澤田大使とバー・モウ總理との間に署名調印を了したこれらの三地域は、地域的にも經濟的にも當然ビルマの一部たるべきものであり、又ビルマ人とカレン人の確執問題も英の宣傳に過ぎず、過去半世紀に亘る英國の民族對立政策に飜弄されて統一を妨げられて來たものである。今や東亞の盟主帝國の道義的措置に依り、ビルマ國は新たに三地域を編入しその國士の三分の一を加ヘて威容を一段と強化し、本然の國家領域を確立し得たのである。しかも三地域は條約の規定に基き、本年中に軍政が廢止されてビルマ政府の行政下に入ることとなってゐるのである。斯くてビルマは新領土の編入により、愈よその基礎を強化、共榮圈の有力な構成分子として躍進と發展が約束されたのである。印緬國境方面に於いて敵英印軍は蠢動の兆を見せ、雨期明けの攻勢を準備してゐるが擊てしやまむ擊滅するのみである。 |
03 | 故伏見博英伯葬儀 きのふ青山齋場で執行 |
04 | 目指すは敵都の空 一生一代の念願叶つて 陸軍少年飛行兵合格 |
05 | 決戰の大空へ 基隆商專から四名合格 |
06 | 臺灣に徵兵制が布かれるまで 軍官民奮鬪の美果 報國の誠を示すは今 |
07 | 生粹の航空隊員 武勳輝く橫崎少佐の俤 |
08 | 勅使御差遣 |
09 | 女子も增產に挺身 臺北州下に瑞穗會誕生 |
10 | 皇軍勇士─原住民に勤勞指導 |
11 | 人一倍の親思ひ 破格の恩命に遺族感泣 |
12 | 神と祀られる忝さ 有難き極み 平川上等兵の母堂語る |
13 | 家門の榮譽 范軍屬の遺族語る |
14 | 伜に代つて奉公 橫山上等兵の 母感激の決意 |
15 | 子供に遺志を 繼がせる 吳軍屬の妻談 |
16 | 鐵道部人事異動 |
17 | 人事‧消息 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 軍援の徹底強化 臺中州の行事決る |
02 | 鍛へる海の若櫻 廿七日に終了式を擧行 |
03 | 海の若櫻の感激談 |
04 | 徵兵臺灣を祝ふ 各地の感謝國民大會 |
05 | 軍事之栞 徵兵制度の解說(二) 皇軍の本質 臺灣軍報道部竹內中佐 |
06 | 各界の感激を聽く 適齡者に國語普及 宜蘭奉壯團長樋口要司氏談 |
07 | 大奮起の秋 從軍記念會桃園郡支會長陳瑞鳳氏談 |
08 | 只管鍊成に邁進 臺北州議黃再壽氏語る |
09 | 海志合格者に 合格證書授與 |
10 | 高雄市に急行バス 一日らから驛と渡船場間運行 |
11 | 池內高等法院長來中 |
12 | 徵兵制感謝講演會 臺南市奉壯團で開催 |
13 | 少年航空學校 に見事合格 屏東の黃雲祥君 |
14 | 感謝献金群 |
15 | 訃文:戴水木 |
16 | 上田法院長初巡視 |
17 | 江原茂樹氏逝去 |
18 | 戴水木氏逝去 |
19 | 今日の映画演劇 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 殖產行政の簡捷化 (上)殖產局事務分掌規程改正 |
02 | 淡水魚の養殖 督府の補助金近く決定 |
03 | 增產指導陣を衝く 增產助役の設置 (二)農民に及ぼす影響大 (高雄州の卷) |
04 | 瓦斯、タールの確保 政府消費規正を講究 |
05 | 本島の食糧增產 更に一層の工夫を要す 中平食糧局長歸臺談 |
06 | 割增金附定期預金制 府より地方長官に通達 |
07 | 化學工業懇談會 あす鐵道ホテルで開催 |
08 | 畜產打合會開催 |
09 | 照明燈 |
10 | 商況(廿七日前場) |
11 | ラジオ |
12 | 9月抽籤貯蓄債券報國債券當籤番號(其ノ三) |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ムンダ敵地強襲 三ケ所を炎上せしむ |
02 | ブインで敵機十を擊墜 |
03 | 世界正義必ず實現 重光外相交換放送 |
04 | 世界戰局を繞る座談會 我が國體と正義心(二) 必勝絕對に疑ひなし |
05 | ニユーギニア の苦戰を認む 反樞軸軍司令部 |
06 | フインシハーヘン 我猛擊を發表 |
07 | ム統帥、決意を表明 三國同盟の記念日に |
08 | 飽くまで擁護 スロヴアキア外相 |
09 | ドイツ國內の情勢 盟約記念日、伯林との國際電話 |
10 | 三國同盟の 勝利を強調 クロアチア外相 |
11 | 日、獨兩國軍と提携 ム統帥メツセーヂ全文 |
12 | 圖像:敵必滅に勇む海鷲に隊長の訓示 |
13 | 國內體制強化 各省の案出揃ふ 協議會長會議主旨、經緯を說明 |
14 | テムルイク市 ドイツ軍撤收 |
15 | 新憲法、君主制廢止か ム統帥は近く黨大會に附託 |
16 | 駐滿伊外交機關 新政府支持を聲明 |
17 | 米、英、ソ會談 近くモスクワで 開催に決定か |
18 | 北京在住伊人 フ黨再建に着手 |
19 | 白ロシア攻防戰 愈よ開始されん |
20 | 重慶奉政會開幕 |
21 | 獨軍發表戰況 |
22 | 英軍魚雷艇 五隻を擊沈破 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 徵兵の本義を闡明 府正廳で官民懇話會 |
02 | 長谷川總督訓話要旨 國體の本義に徹し 一途臣道に精進せよ |
03 | 圖像:官民懇談會(府正廳で開く) |
04 | 良兵の環境を作れ 總務長官の說明要旨 |
05 | 官民懇談會で 精神教育が第一 樋口參謀長講話要旨 |
06 | 時局を直視せよ 伊藤海軍武官講話要旨 |
07 | 徵兵臺灣 國語に勤しむ 健兵の母たち |
08 | 忠誠を誓ふべき秋 山內警務局長力說 |
09 | 臺大工學部 五教授發令さる |
10 | 羅東防空群講習會 |
11 | 陸軍少年飛行兵 合格者に對する指示 |
12 | 陸軍航空兵 學校に合格 |
13 | 興南詩苑漢詩 臺灣徵兵制施行喜賦五章/臺南 國江南鳴、書懷/小維摩 |
14 | 宜蘭履物花緒工業組 合創立總會 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臨時議會を召集 十月廿五日、會期三日間頭條新聞 【東京發同盟至急報】情報局發表(九月二十八日午後五時) 政府は本日の閣議に於て臨時議會召集を奏請することに決定した召集は十月二十五日會期は三日間である召集の目的は現情勢下に於ける國政運營に伴る法律案及豫算案等を提出し議會を通じて政府の戰爭完遂に對する牢固たる決意を中外に表明すると共に國民の結束をよく強化せんとするにある 尚提出見込のものは左の通りであ (一)豫算案 (二)法律案 イ 豫算簡易化に關する件 ロ 司法の簡素化に關する件 ハ 軍需會社に關する件 ニ 防空強化に關する件 ホ 應召議員の職務繼續に關する件 ヘ 兵役法改正に關する件 |
02 | 軍需省を新設(十一月日に開催)商工省、企劃院を廢止 |
03 | 真摯な工夫凝らす この趣旨を議會に反映 岡田議長談 |
04 | 政府提案審議に 全力を傾注 貴族院の運營方針 |
05 | 東條首相參內 |
06 | 行政協議會長 會議開かる |
07 | 計畫と實行一元化 軍需省設置の方針 |
08 | 敵十一機を擊墜(ブ島來襲を邀擊) |
09 | フインシハーヘン爆擊 |
10 | 日獨の戰力增強を警告 米軍主腦部會議要旨發表 |
11 | 完璧の體制を整ふ 戰勝へ萬全の布陣 |
12 | 全面的に協力推進 翼政會所信を發表 |
13 | ウエワク來襲 |
14 | 太刀洗發行學校卒業式 |
15 | 戰力增強茲に完璧 |
16 | 武漢地區の討伐活潑 |
17 | 官廳の地方疎散 閣議で方針を決定 |
18 | 南の大空に羽搏く 陸軍新銳機の活躍 |
19 | 藤山氏談 發注の一元化 理想的に實現 |
20 | 諾威國の地位 を言明 ヒトラー總統 |
21 | 三國外相會談 いよいよ開くか |
22 | 獨機ボ港強襲 英の企圖を妨害 |
23 | アゾフ海岸上陸の 赤軍を殲滅 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 武勳玉碎に輝く 偲ぶ“アツツ島魂” 山崎部隊合同慰靈祭 |
02 | 農は國の源なり 農民強ければ國も亦強し 長谷川總督農訓生を激勵 |
03 | 莊嚴な前夜祭 拜詣者引きも切らず |
04 | 献穀田と献穀畑 新竹州下二ケ所內定 |
05 | 圖像:在京臺灣出身有志者の宮城遙拜 |
06 | 專賣事業決戰化 きのふ官署長會議開催 |
07 | 札幌護國神社 で招魂祭 |
08 | 空の決戰へ血は滾る 新竹健兒の意氣も高らかに 海軍甲種豫科練習生に合格 |
09 | 圖像:長谷川總督、農民訓練所と臺灣窯業を視察 |
10 | 一班一立方坪 基隆奉公班の 堆肥週間 |
11 | 金的を射止めた 彰化兩少年の喜び |
12 | 空の軍神に續く 一擧に十三名合格 |
13 | 海軍豫備學生に合格 高師出の吳振武君 |
14 | “譽の家庭”を表彰 本島では島都の藤井家 |
15 | 南方俱樂部 の赤誠献金 |
16 | 梁井知事堆肥 增產を激勵 |
17 | 一死奉公を誓ふ 廈門で徵兵施行感謝祭 |
18 | 羅東街決意表明演說會 |
19 | 徵兵制度趣旨徹底へ 三十日に說明懇談會 |
20 | 徵兵感謝講演會 基隆市奉壯團主催で開く |
21 | “徵兵號”資金献金 |
22 | 關西庄街昇格 行事 |
23 | 蘇澳庄の祝賀 行事も決る |
24 | 新竹市區長會 議を開催 |
25 | 「新竹州時報」 と「同光」 皇奉傘下に |
26 | 彰化高女生 の炊出訓練 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 徵兵臺灣を謳歌 鐵石の決意を表明 臺南市の感謝講演會 |
02 | 關係要路に感謝文 臺中市臨時市會で決議 |
03 | 各地感謝國民大會 |
04 | 海の若櫻の感激談 |
05 | 雛鷲の合格率百% 高雄商に赤誠の凱歌 |
06 | 徵兵制實施に感謝献金 |
07 | 軍事之栞 徵兵制度の解說(三) 島民の心構へ 臺灣軍報道部竹內中佐 |
08 | 本田市長堆肥 增產を推進 |
09 | 巢立つ科學戰士 臺南高工第十一回卒業式 |
10 | 奉壯團の決意 表明講演會 廿六日板橋街で |
11 | 高岡代議士を 圍む座談會 昨日臺南市で |
12 | 街として新發足 土庫庄の記念行事決る |
13 | 計畫農業部落を 平鎮庄に指定 中壢郡で增產に拍車 |
14 | 高岡氏一日高雄へ |
15 | 篤農青年團員鍊成大會 |
16 | 烏日信組の 常用米隱匿 |
17 | 災害義捐金報社消息 |
18 | 公共用水道 通水を開始 洩水率○‧二七% |
19 | 學徒隊の增產 商業校生甘藷を植付 |
20 | 地方多より |
21 | 訃文:蘇友讓 |
22 | 今日の映画演劇 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 二期玄米及籾の 最高價格けふ告示 |
02 | 增產指導陣を衝く(三) 現地に視る增產指導 鬪ふ潮州郡新埤庄 (高雄州の卷) |
03 | 殖產行政の簡捷化 (下)殖產局事務分掌規程改正 |
04 | 標準農村の設立 全國三百三個所を指定 |
05 | 鐵道輸送力を強化 中央協議會で方針決定 |
06 | 中央農業會創立 會長は酒井忠正伯 |
07 | 土曜半休廢止 各金融機關共 來月より實行 |
08 | 清涼飲料水 價格引下決定 |
09 | 帽子同組聯合會 卅日に評議員會 |
10 | 照明燈 |
11 | 商況(廿八日前場) |
12 | ラジオ |
13 | 9月抽籤貯蓄債劵報國債券當籤番號(其ノ四) |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ドライスデール飛行場初空襲 附屬設備を爆碎 |
02 | 敵九機を擊墜 コ島來襲を邀擊 |
03 | ア島敵陣地を強襲 |
04 | 我新銳吞龍羽搏く モレスビー大混亂 |
05 | 天皇陛下 ヒ總統に御答電 |
06 | 世界戰局を繞る座談會 攻勢に準備が必要 (三)今こそ戰力增強の秋 |
07 | 共軍の蠢動を完封 支那派遣軍の綜合戰果(八月) |
08 | ケイ諸島來襲の 敵機無為遁走 |
09 | 必然的な發展 軍需省の出來るまで |
10 | 翼政會の運營 改善を考慮 |
11 | コルフ島占據 獨軍當局發表 |
12 | 中央官廳の業務を 地方に徹底的移讓 東條首相協議會長會議で挨拶 |
13 | 圖像:最近のラウレル氏一家 |
14 | 社會問題解決に傾注 イタリア政府の施政方針 |
15 | 企劃院の歷史的足跡 |
16 | ヒ總統祝電 伊新政府成立に |
17 | ド河橋頭堡の爭奪戰 獨ソの攻防ますます熾烈化 |
18 | 伊新政府を承認 滿國政府通告 |
19 | 斷乎敵基地を粉碎 大陸の米空軍增強に狂奔 |
20 | ソ聯砲艦を擊 沈 |
21 | 獨軍フ市を撤收 |
22 | 東部戰線で 獨空軍活躍 |
23 | 敵の新兵力 南伊に上程 |
24 | 英國の非難に ア國反駁聲明 |
25 | 新竹州異動 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 一億の痛憤新た 玉碎部隊合同慰靈祭 |
02 | 奉公運動の決戰化 苛烈悽愴の戰局に備へ 支會長會議を開催 |
03 | 各宮家並に王公家 罹災者に金一封御下賜 |
04 | 天佑神助の靈顯 北風吹きすさぶ三角兵舍の中で (上)キスカ撤收部隊と語る |
05 | 海への創意と工夫 學童作品展が開幕 |
06 | 海志訓練所開所式 長谷川總督が臨席 |
07 | 徵兵臺灣 健兵目指して 青年は鍛へる |
08 | 千古の處女林拓く 新竹訓練所を特設して 搬出道路を開鑿 |
09 | 北署重石巡查 名譽の戰死 |
10 | 在盤谷臺灣同胞 長谷川總督へ感激の電報 |
11 | 續く白衣勇士 への赤誠献金 |
12 | 陸軍少年飛行兵 合格者に對する指示 |
13 | 全島鄉軍武術大會 來月十日臺南射擊場で |
14 | 海の若人を送る 基隆市で壯行會開幕 |
15 | 廈門警察官講習終る |
16 | 興南詩苑漢詩 病中有懷(一)/南鳴、秋夜月上獅嶺偶作/劉聲濤、倒疊韻/劉聲濤 |
17 | ヤミ絕滅座談會 |
18 | 人事‧消息 |
19 | 訃文:陳福生 |
20 | 今晚の放送 |
21 | 興南案內報社消息 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ガ島作戰に偉勳 堺、陶村兩部隊に感狀頭條新聞 【東京發同盟】敵米の對日總反攻が昨年八月七日西南太本洋ガダルカナル島周邊を切つかけに開始されて以來ソロモン水域を繞る彼我の激戰は今猶續けられてゐるが我が「ガ」島轉進作戰まで後方防衛基地強化のため同島において示した我が守備隊の決死的奮闘は實に言語に絕するものがあつた、昭和十七年十月以來同島作戰に參加し敵の優勢なる大部隊の猛攻を挑擊し同島の轉進まで陣地を死守、我が全般の作戰のために拔群の功績を樹てた堺歩兵部隊並に陶村歩兵部隊に對しては曩に同方面軍司令官よりそれぐ感狀を授與されたが今回 畏くも上聞に達せられたる旨二十九日次の如く陸軍省より發表された、 陸軍省發表(九月二十九日十六時) ガダルカナル島方面の作戰に從ひ武功抜群なりし堺歩兵部隊(舊廣安步兵部隊)に對し曩に軍司令官より感狀を授與せられしが今般畏くも上聞に達せられたり、 感狀 堺歩兵部隊(舊廣安歩兵部隊) 右はカダルカナル島作戰に從ひ部隊長廣安大佐指揮の下に昭和十七年十月下旬大密林地帶を踏破しルンガ飛行場南方地區に迂回して堅固なる敵縱深陣地を強襲し力戰奮鬪部隊長以下多大の損傷を被れるも毫も屈せず志氣益々旺盛なり次で命に依りマタニカウ上流地區に集結し爾後の攻擊を準備中適適海岸道方面に對する敵の攻勢に會し急遽□方面に反轉せしめられるや新部隊長堺大佐の下に極度の疲勞飢渴を忍び嶮難嶮坂を急行して優勢なる敵の猛攻を拒否して危機に瀕する戰局を打開せり十一月上旬歩砲飛連合の優勢なる敵の攻撃を受くるや激戰數日敵に多大の損害を與へて之を擊退し更に敵を追擊して砲兵臺東側に進出し爾來翌昭和十八年一月中旬迄極めて優勢なる敵步砲兵と至近に相對峙しつつ海岸方面の支撐を確保し以て敵の全面的攻擊を擊退すること三回に及べるのみならず或は敵背後に潛入奇襲して兵器彈藥を鹵獲し或は出擊を以て敵の攻擊準備を妨害する等積極潑刺たる行動を以て敵の心膽を寒からしめ連日連夜敵飛行機の執拗なる跳梁の下、熾烈なる砲火と□砲の震害とに堪へ饑餓瘴癘の苦難を忍び部隊の戰鬪員急激に滅耗するに至るも毅然陣地を死守して主力の左側背を安全にし全般の作戰を容易ならしめたり 是實に部隊長を核心とする鞏固なる團結と將兵全員に充溢せる攻擊精神との賜にして皇軍傳統の精神を如實に顯現し武功拔群なるものと認む 仍て玆に感狀を授與す 昭和十八年二月十一日 軍司令官 感狀 陶村歩兵部隊(舊土井歩兵部隊) 右は部隊長土井大佐次で陶村大佐指揮の下にガダルカナル島作戰に從ひ昭和十七年十一月中旬より翌十八年一月下旬に至る七十餘日の久しき間堺臺附近アウスチン山右翼陣地及見晴臺附近の重要且つ正面に亘る攻勢據點を占領し日夜熾烈なる砲爆擊の下反覆執抝なる敵の攻擊を擊退せり、此の間死傷逐次增加し彈藥糧食の缺乏其極に達するや傷病兵悉く陣地の守備に任じ杖に倚りて步行し得る者は後方より彈藥と糧食とを運び體力猶許す者は挺身敵陣へ潛入して之を奇襲攪亂する等最も苦難なる戰局に處して上下信倚し戮力協心克く其の任を完遂せり、特に翌昭和十八年一月十日頃より開始せし猛烈なる敵の全面的攻擊に際會するや各據點何れも優勢なる敵に四周を包圍せなれ補給杜絕すること十數日に及び敵の壓圈攻擊愈愈其の猛威を加ふるも最後の一兵に至る迄毅然として陣地を死守し遂に壯烈なる逆襲を敢行して敵の突破を阻止し以て主力の作戰を容易ならしめたり、 右は實に部隊將兵の鞏固なる團結及び精到なる訓練並に充溢せる攻擊精神の賜にして皇軍の精華を如實に發揮し其の武功拔群なりと認む 仍て玆に感狀を授與す 昭和十八年二月十一日 軍司令官 |
02 | 栗原大佐口演 大消耗戰、大補給戰 大生產戰に勝拔く 一億戰鬪配置につけ、急げ |
03 | 我軍事動員不敗の體制 在外徵集延期撤廢 船舶兵の兵種新設 |
04 | 得意の超低空爆擊 ドライスデール飛行場施設粉碎 |
05 | 劃期的意義を有す 施行令、施行規則改正の主旨 |
06 | 四部隊長略歷 |
07 | 伊新政府を承認 國民政府、ム首班に通電 |
08 | ア駐亞米大使 訪ソ風說否定 |
09 | 皇軍熾烈な反擊 フインシハーヘンで |
10 | 內務省執務時 間を勵行 八時から五時 |
11 | 陸軍司政長官 |
12 | 參事官會議 |
13 | 朝鮮食糧營團 を創設 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 臺灣一家の 新環境創造社說 一 多年本島民眾の間から熱烈に待望された徵兵制度が布かれた。これに依って本島人も擧って名譽の帝國軍人たる資格をかち得て直接忠誠を盡す事が出來るのは日本國民としての義務でなくて寧ろ一つの特權であると信ずる。今や全島民が新たなる希望を以て大東亞戰爭の完遂に邁進しつつある心構が一層固められたのである。然し帝國軍人としての特徵は周知の如く全體のため己を沒する協同團體の精神及徹底的責任感に基く烈烈たる攻擊精神の涵養は決して一朝一夕に體得し得るものではない。即ち帝國の良兵健民として鍊成するには國語の普及、衞生の改善、體育の向上、國體精神に基く人生觀の確立等各方面の努力を要すべきであるが、本島の社會環境をしてかかる物心兩方面の高揚に適するやう新たな出發する事はこれ又一つの大きい條件であらうと考へられる。 二 上記新環境の精神とは即ち臺灣一家の實を擧ぐるべく所謂新臺灣の建設に外ならないのであって皇民奉公會の意圖とするところもこれに存ずる。これが達成を期するには特に內地人と本島人指導階級の協力なしでは到底理想的狀態に近づく事が出來ないが、過日山內警務局長の闡明されたる如く、本島在住內地人が大東亞共榮圈建設の雄大な理想の下に先輩となり、又親友となって後進同胞を啓發激勵する事が最も力になるは明かです。本島人指導階級の行くべき道も山內局長の指示せられたる如く新たる責任の下に島民大眾の嚮ふべきところを明確に把握すべきである、この際吾人の特に提起したい事は臺灣一家の根底となすベき內臺人の信賴感を一層高揚すべきである言ふ迄もなく徵兵制の施行によって本島人が擧って國防の第一線に立つべき帝國軍人たる名譽を與へられた事は從來の事實に徵して本島人の國家に對する忠誠を信ずる成果であるから、此のかかる國家期待に背かざるやう內臺人の公私生活とも相互に信賴感を層一層と高め得べく更に精進すべきである。 三 凡そ一國の構成分子たる母國民と新附民とを問はず國民が互に渾然たる一體となるには運命共同體たる感情を釀成する事が其の理想態としなければならない。かかる感情は此の大東亞戰爭によって最も切實に感ずるところである。吾人は日本國民の一員として米英を擊滅せんと誓ったのは言ふ迄もなく米英の不義を打たうとする道義感に基くのであるが、一面に東亞の共同防衞は日本國民として運命を共にしてゐる切實感に根ざしてゐることを決して無視してはならないのである。かくの如き共同運命感が實に信頼感から始まりこれこそ臺灣一家の基礎精神となるのであるから、かかる新環境を創成するには專ら在臺內地人と本島人指導階級の双肩に懸ってゐる重大責任であると銘記すべきである。 |
02 | 廻せ增產の大車輪 常在戰場の精神で働け 長谷川總督三工場を視察 |
03 | 畏し風水害に 御救恤御內帑金下賜 |
04 | 米英擊滅‧忠靈に酬ひん 玉碎部隊合同慰靈祭に於る 東條首相の弔辭 |
05 | 合同慰靈祭執行 新竹州の軍援週間行事 |
06 | 決斷と實行の權化 至難の環境下に道路を完成 (二)キスカ撤收部隊と語る |
07 | 戰ふ銃後の意氣 戰力增強懇談會に躍如 |
08 | 保之君の挨拶 山崎部隊長令息 |
09 | 若人の體位向上 徵兵制度の實施に備へ |
10 | 海志合格者壯行會 島都の若人感激に勇む |
11 | 花蓮港廳青少年團役員會 |
12 | 瀧見訓練所 五日退隊式 |
13 | 員山國民校 教育查閱 |
14 | 捧げよ赤誠感謝 皇軍將兵慰問金募集報社消息 |
15 | 女に農業興味持たせ 皇奉支會長會議で熱議 |
16 | 紛爭を道德で解決 法曹會街頭に進出 |
17 | 花蓮港軍援打合會 |
18 | 彈丸切手發賣 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺中市の忠靈塔 近く市民の淨汗奉仕で整地に着手 |
02 | 若人の意氣撥剌 臺南州國防訓練大會 |
03 | 海志の感激談 |
04 | 戰勝祈願祭執行 高雄の軍援行事 |
05 | 米穀供出優良街庄を表彰 昨日臺中州會議室で |
06 | 雛鷲に三名合格 南投南國民校の榮譽 |
07 | 高雄州下海の 若櫻の壯行會 一日州會議室で |
08 | 屏東市の壯行會 |
09 | 徵兵制感謝學生大會 長中生鐵石の決意表明 |
10 | 屏東郡の壯行會 |
11 | 產組人の實務鍊成會 嘉義市公會堂で開催 |
12 | 海志訓練所の引越し |
13 | 徵兵に忠誠披瀝 臺中の決意表明演說會 |
14 | 竹南街海の 若櫻壯行會 |
15 | 軍事之栞 國民皆兵 我が國の兵役法 |
16 | 增產戰士を表彰 宮尾知事堆肥增產を推進 |
17 | 蔬菜增產の名案 高雄市で栽培地域設定 |
18 | 楊梅庄の街昇 格祝賀行事 |
19 | 街昇格祝賀式 一日白河西國民 校で |
20 | 家計調查簿 指導打合會 |
21 | 街昇格祝賀式に 宮尾知事等臨席 |
22 | 新街長は各庄長が昇格 |
23 | 蘇友讓翁逝去 |
24 | 二種類に分つ 街庄長の特別增給 |
25 | 陳福生氏逝去 |
26 | 地方多より |
27 | 竹南郡醫師會献金 |
28 | 今日の映画演劇 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 農林中央金庫 資本五千萬圓で發足 |
02 | 食糧營團の設置 食糧局で打合會開催 |
03 | 增產指導陣を衝く(四) 助役は僕らの先生 增產日誌綴る萬丹庄 高雄州の卷 |
04 | 二期屑米及碎米 最高賣渡價格を決定 |
05 | 放送協會理事會 |
06 | 北部二期稻作 平年と大差なし |
07 | 船舶食糧品確保 高雄港で對策攻究 |
08 | 臺北州自動車運輸會社總會開催 |
09 | 前期分地租等稅金 高雄市は滯納者皆無 |
10 | 耐火煉瓦販 賣實績調查 |
11 | 臺灣船用品統 制會社創立總會 |
12 | 照明燈 |
13 | 商況(廿九日前場) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(1071)/黃得時;碇政彌 |
16 | 廣告 |