臺灣新民報1938年12月
序號 | 標題 |
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01 | 御前會議開く 新支那との國交調整方針 原案通り審議可決す! |
02 | 內容は追って公表 首相談の形式を以て |
03 | 六相重要協議を遂ぐ |
04 | 珠江デルタ地帶の 殘敵を完全に掃蕩 陸戰隊十數の部隊で |
05 | 九龍國境トーチカ事件 圓滿に解決す 中村總領事コムミユニケ總領事發表 |
06 | 九龍國境附近 殘敵掃蕩完了 |
07 | 親日米人ウ氏來廣 親しく南支戰線を視察す 謬れる本國の是正に努力 |
08 | 現地海陸軍當局談 揚子江は戰場の一部 航行再開の希望に副ひ難し |
09 | 金口木舌/林正享 |
10 | 一回だけを認む わが出先海軍の厚情て |
11 | 佛國に內亂戰展開 總罷業遂に決行決定 |
12 | 外務省異動 東亞局を中心の中堅級 |
13 | 政友總裁問題に 久原氏が一投石 鳩山氏訪問、總裁を慫慂 |
14 | 南洋汽船會社 創立總會開催 |
15 | 明日の天氣 |
16 | 總動員(13)/長田秀雄;夏目醇 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 訪日機河內を出發 勇躍立川に向ふ |
02 | ハインケル機が 途中まで出迎ふ 壯圖完成後.翼を連ね新京へ |
03 | 山地開發調查委員會 けふ府正廳で開催 |
04 | 最終コース氣象 |
05 | 五十一萬圓突破 既に豫定額の三倍に上る の金動員 |
06 | 臺灣纖維資源 展覽會 講演、映畫も上演 |
07 | 廣東の電氣と水道 一週間以內に復舊 臺灣から出張した 各專門家の努力で |
08 | 經濟懇談會 基隆市公會堂で |
09 | 紅槍會女頭目陣歿 派下五百名は歸順 |
10 | 株價の落潮歇まず 暗澹たる相場街 |
11 | 新埔に短銃?強盜 ライターを擬して行人を恐喝 末恐しい少年捕はる |
12 | 友禪染講習會 |
13 | 出征船員の 武運祈願祭 |
14 | 總商會大賣出 打合會 |
15 | 舌の選手らの 演題と顏觸 |
16 | 修記炭坑の椿事 坑夫四名が死傷 |
17 | 閑古鳥が鳴く 麻雀クラブ 基隆署態度強硬 |
18 | 發破夫の奇禍 |
19 | 真砂小學校 新築落成式 |
20 | 大溪街助役更迭 |
21 | 橫綱玉錦 虫樣突起炎に 腹膜炎を併發 |
22 | 相當危險狀態 假令快癒しても 活躍繼續は困難 |
23 | 定期航空 |
24 | 人事.消息 |
25 | 今夜の放送 |
26 | 商況 三十日前場 |
27 | 今日の興行 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(143)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 何處へ行く國民服 今は國民風俗の一大改革期(上) 權威者に訊く服裝改善座談會 |
03 | 勤勞階級の惱みの種 背廣の新調を禁じたい/武島一義 |
04 | 國民服と戰時服は はっきりと區別したい 貴族院議員二荒芳德伯談 |
05 | 圖像:銃後の女子國民服發表會 |
06 | 昆布から人造羊毛 纖維になるは粘質の部分 榮養高く結核豫防にもなる |
07 | 今頃の婦人衛生 これから惱まされる 御婦人の冷え症征服 |
08 | 圖像:女辯護士激勵の會 |
09 | 拭いても除れぬ ガラスや鏡の曇り |
10 | 白菜の柚子味噌 |
11 | 調味料の問題(下) 砂糖やお酢を使ふとき 榮養と經濟を考えて |
12 | 紙上病院 |
13 | 揭示板 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 練習艦隊基隆入港 一般の拜觀を許す 臺中と基隆で音樂を演奏 迎へよ!未來の提督 |
02 | 圖像:支那人兒童の放送 |
03 | イタリヤの沼に 歌ふ魚が居る |
04 | 支那の孤兒を 內地で育てる 一千人を連れ歸り |
05 | 菊は奈良朝時代 支那から渡來した 面白い菊の話いろいろ(上)/渡邊誠一 |
06 | 圖像:雲海を飛ぶ |
07 | 天津の伊國兵隊 柔道を稽古 初段が十一人 |
08 | 同じことわざ わが國と諸外國 |
09 | 猫君の週末休み 社交界の御歴歴に 招待されて |
10 | 秋の樂しみ 源平旗取り遊び 皆さんやってご覧 |
11 | ポイント押せば 鐵路の雪が解ける 雪に備へる北陸線 |
12 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 一兩日中、中外に發表 更生新支那との 國交調整具體方針頭條新聞 【東京三十日發同盟】政府は東亞新秩序建設に伴ふ日支關係調整の根本方針に關し二十八日の閣議において五相會議の成案を正式決定し二十九日參議會の承認を經たのでこれが今後わが支那事變處理、日支國交調整の根本國策となる重要性に鑑み御前會議を奏請するに決し近衛首相は二十九日宮中に參內天皇陸下に拜謁仰付られ右の旨を內奏した、依つて三十日午前十時半より宮中表御座所において御前會議が開かれ閑院參謀總長宮殿下を始め奉り、軍令部總長宮殿下御代理古賀軍令部次長、近衛首相、板垣陸相、米內海相、池田藏相、有田外相、末次內相、平沼樞府議長、多田參謀次長等出席し天皇陛下親臨の下に政府決定の原案を附議し嚴肅なる空氣のうちに異議なくこれを承認し茲に新支那長期建設に對處する我が不動の國策を決定し正午天皇陸下入御あらせられ滯りなく御前會議を終了して散會した、なほ政府は右決定の內容を一兩日中に中外に發表する豫定である |
02 | 全體代表大會終る 豫期以上の收穫を擧ぐ |
03 | “蔣政權潰滅の秋こそ 吾人復興を計る秋” 大會宣言ぼ內容 |
04 | 御慰勞の御陪食 豐田中將等將星に |
05 | 邦聯制度の採用を 全會一致で決議! |
06 | 武裝部落南村を討伐 掃蕩戰中の最激戰 |
07 | 堀內新任駐米大使 赴任の途に就く |
08 | 梁院長は近く 重大聲明を發す |
09 | 一致協力反共に進む 大會參列者歡迎會で 江西省代表が力說 |
10 | 神奈川縣下の地方議員 時局委員會を結成 一致團結、長期建設へ邁進 |
11 | 政府と社會黨の對立 最惡の場面に到來 パリ市內の空氣緊迫化 |
12 | 諮問案を議決 米穀自治管理委員會で |
13 | 益陽、常德等を空襲 |
14 | 長官あす上京 |
15 | 谷公使歸任 |
16 | 三國經濟懇談會 きのふ門司で開く |
17 | 總裁候補を拒否 鳩山氏、久原氏に回答 |
18 | 恩給金庫臺北出張所 一日から支店昇格 |
19 | 天津日華經濟聯盟 けふ發會式を擧ぐ |
20 | 河源、和平爆擊 |
21 | 名譽の負傷で 伊東中將歸還 |
22 | 事變公債に號 三億圓を發行 |
23 | 南風・北風 |
24 | 本日の天氣 |
25 | 大阪商船臺灣出帆 |
26 | 近海郵船基隆出帆 |
27 | 辰馬汽船 |
28 | 大連汽船 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 長期建設と今後の醫育方針 大陸に進出する醫師養成を提唱社說 一 日支事變は今や第四期戰に移り一に蔣政權の擊滅を繼續し、同時に占領地域の建設に努力を為すべき時期に達した。謂はゆる長期建設に就ては最近幾多權威者の名論卓說續出して、支那大陸經營の方針を示唆してゐるが、イデオロギーに於て一二の差異はあつても、治安維持を前提として農民問題の解決を第一とし、先づ以て最大多數を占めてゐる農民に聖戰の真意を如實に示すべき點に一致してゐる樣に見受られる。然し乍ら治安と同樣に保健施設卽ち社會衞生施設を充實向上せしめて、從來百病流行の地をして萬民安住の境地たらしむべきことを忘れてはならない。 二 近來支那に於ても、現代醫學の振興に其範を日本及び歐米に採つて力を致して來た樣であるが、まだ住民の多數は尚漢方醫藥に對する信念强く、勿論漢藥には治效著しいものも少くないし、尚後日の硏究に待つべき有效成分も非常に多いのである。ただ漢方醫學に於ける病理、藥理、診斷法の內には現代科學から觀て荒稽無實のもの多く、かかる概念を以てしては、今後企圖すべき社會衞生を向上發達せしめる上に害が多くて利が少いのであるから、支那大陸に於ける醫育も醫事行政も其重心は云ふまでもなく、現代醫學に置くべきである。ただ治療に際しては治效ある漢藥を隨時臨床に應用すれば、彼等をして安心せしめ得るものと思はれる。 三 帝國中央政府の醫育方針は大學令に基く大學教育を理想として居るを以て、千葉、慈惠、日本、新潟、名古屋、京都、大阪、岡山、長崎の各醫學專門學校は逐次醫大に昇格して現在內地に於て醫專は東京、昭和、岩手、九州の四校(女子は略す)を餘すのみで、外地に於ては朝鮮に醫專と臺灣、滿洲各醫大の附屬專門部を有する位になつたのは、主として醫師能力の向上と醫師の過剩を慮つた結果から生じたものであるが、現下に於ては滿洲の經營は勿論、今や支那大陸に於ける占領區域は我國の數倍の廣さに達し尚今後漸次擴大せられる運命にあり、且つ我が人口の數倍の民眾の福利增進を計るには尚吾人の想像を許さない位に醫師を要するは自明の事實である。 四 此の新事實に對處する上に、短期間に多數の醫師を要するは論を俟たぬところであつて、長期間を要する大學教育よりも、比較的短期日で修め得る醫專の如き醫育機關の增設と擴張を必要とすべきであらう。殊に南支經營の重點たる臺灣に於ては種種の點に於て他に優れた素因を有するを以て、現在の臺大醫科附屬專門部の一大擴張を要望すると共に、別個に深淵なる學理を究むるよりも、實際醫學を主とした往時の醫學校の如きものを臺北市又は相當施設を有する督府病院の所在地に設立し、支那より留學生を招致して、臺灣學生と共學せしめ、五個年位で小公學校卒業者をして支那新政府の免許を得せしめる醫師を多數に養成すべきを提唱するものである。かくすれば長期建設の根源たる保健問題も解決して、文化施設の目的に達し得るし、島民の大陸進出の機會と正業とを與へると共に、支那留學生の臺灣招致に依つて彼等をして臺灣を通じて正しき帝國の真意を體得せしめ、此が日支提携上の强き結合劑たらしめ得るものと信じて疑はぬものである。 |
02 | 東江南方の殘敵蠢動 山岳地帶に追込んで 我快速部隊が大掃蕩 |
03 | コンドル機立川着 所要時間四六時十五分五十二秒 驚異的世界記錄を樹立 |
04 | けふは防火デー 全島に防火宣傳 |
05 | 臺灣海峽を通過 きのふ午後四時に |
06 | 歡迎國際放送 ドイツにも中繼 |
07 | 義重町新店舖 けふ落成式を擧ぐ |
08 | 戰線慰問演講 二日新竹で開く |
09 | 庭球協會臺灣支部けふ創立 |
10 | 國語を解せぬ 主婦を動員 香山庄の國民的訓練 |
11 | お藥も正札制 和漢洋賣藥小賣統制價格決定 臺北藥業組合で |
12 | 防諜映畫上映 |
13 | もう一息で 擧島完納! 飛躍的、營業稅徵收成績 銃後島民の赤誠發揮 |
14 | 生活改善講演 二日ホテルで |
15 | 社告/臺灣新民報社報社消息 |
16 | 自動車協會 十日創立總會 |
17 | 產婆學說試驗合格者 |
18 | 人事.消息報社消息 |
19 | ときの声 |
20 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 石油資源開發法 けふ本島に實施 油田開發上萬全を期す 鑛物課長代理山口事務官談 |
02 | 山地開發調查 委員會の附議事項 |
03 | 硫安配給機構の 改革問題解決す |
04 | 官鐵の輸送能力 本年度中に整備 新機關車と貨物車 明年三月迄に到着せん |
05 | 圓ブロックへの 出超と外貨獲得(上) 矛盾緩和に調整が急務 |
06 | 馬政調查會總會に 本島も技師を派遣 |
07 | ゴムロール製品 產協へ指定 |
08 | 高雄港の滯貨で 關係者が四苦八苦 十二月も惱み續かん |
09 | 兩切煙草琥珀 光共に新發賣 |
10 | 農會の豆粕購入 百萬枚を突破 前年より十八萬枚增加 |
11 | 丸糯米一氣に 二十五錢も急騰 |
12 | 市價及商況 三十日 |
13 | 照明燈 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 講演 「畜產資源の涵養より 觀たる臺灣」/山根甚信 |
03 | 料理献立 |
04 | 子供時間 |
05 | 晝間娛樂時間 |
06 | 講演 農村勞働力の 現狀と將來/渡邊信一 |
07 | 吹奏樂と喇叭鼓樂 |
08 | 國民歌謠 |
09 | 圖像:防空演習に「赤ちゃん部隊」も出動 |
10 | 山本有三原作 文部省日活共同企劃 “路傍の石” けふより國際館 |
11 | 川口松太郎原作 愛染かつら けふよりタイゲキで |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 軍用叺製造競技會 全島に魁て彰化郡に開催 同時に褒賞授與式を擧行 |
02 | 防協岡山支會 廿九日華華しく結成 |
03 | 屏東市の防火デー 國防都市に相應しい形式行事 |
04 | 若人の意氣軒昂 潭子青年團查閱終る |
05 | 石田一等兵 名譽の戰死 宜蘭警察課で 嚴かに慰靈祭 |
06 | 勇士家族を招待し 慰安會を開催 范姜萍氏の美擧 |
07 | ボラを待つ漁民 萬端の整備を整へ けふ華華しく出漁 |
08 | 臺東廳の稅金 期限前に完納 |
09 | 椪柑の出荷制限 生產者は大恐慌 當局の善處要望さる |
10 | 鹿港龍山寺 けふ安座式 |
11 | 接天寺入佛鎮座式 |
12 | 北斗獸肉組合總會 |
13 | 旗山の防火デー |
14 | 楊梅公の教員 模範青年に暴行 |
15 | ローカルセクション |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 責任は兩方に 注意はお互樣 (下)交通事故防止座談會 |
02 | ドイツを繞る 中歐諸國の政情(二)ハンガリーの卷 |
03 | 圖像:トーキー自動信號 |
04 | 海外事情 ルーマニアに ソ.チェ連絡道路 |
05 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 熱烈なる決議を可決し 社會事業大會終る 委員三班に分けて各地を視察 |
02 | 譽れの功勞者 |
03 | 兩勇士彰化市葬 廿九日嚴かに執行 |
04 | 臺南州中等學校の 合同大演習近づく 嘉義市を中心に擧行 |
05 | 兩勇士の遺骨 內地へ歸還 |
06 | 高雄市民の貯蓄 素晴らしい躍進振り 銃後の意氣愈よ昂る |
07 | 岡野伍長の 遺族を慰問 彰化市尹夫人が |
08 | 海軍軍樂隊 臺中市で演奏 市民多年の憧れ實現 |
09 | 假裝行列を皮切りに 歲暮氣分愈よ濃厚 嘉義市けふから大賣出し |
10 | 平和厝主婦國講 終了式を擧行 |
11 | 國語普及愈よ強化 收容人員は現在に倍加 |
12 | 產倉擴充協議會 きのふ大屯郡で開催 |
13 | 屏東郡畜產助成會 創立總會を開催 |
14 | ヂフテリヤ患者 臺中市に大激增 自宅治療を許可を要す |
15 | 繼母の虐待に堪兼ね 若もの覺悟の自殺 慘澹たる轢死の現場 |
16 | 豚の增產計畫 花蓮郡具體化に大童 |
17 | 金買上げ打合會 屏東郡に於て開催 |
18 | 屏東郡大麻頒布式 |
19 | 樽酒愈よ登場 |
20 | 不正商人に鐵鎚 高雄署續續告發をなす |
21 | 彰化郡懇親圍碁大會 |
22 | 防火演習 けふ彰化公園に於て |
23 | 長老教兩學校 合同運動會を開催 |
24 | 諸岡博士講演 きのふ高雄市で |
25 | 高雄商工專修 校舍の起工式 廿九日盛大に擧行 |
26 | 消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國民總動員新機關 翰長立案の組織大綱 閣僚間、なほ相當異論 |
02 | ソ聯の不法壓迫 最近一段と露骨化 外相、五相會議に重要提言か |
03 | 圖像:地方長官會議 |
04 | 海軍異動 |
05 | 小林總督訓示 けふ地方長官會議で |
06 | 橫沙、三江を奇襲 |
07 | 連雲港(山東省)附近の 殘敵を徹底的掃蕩 海軍空陸協同作戰で |
08 | 賀縣飛行場を急襲 |
09 | 金口木舌/林正享 |
10 | 海軍機の活躍 |
11 | 邦聯制度の組織が 中國の國情に合致 梁院長、所見を披瀝 |
12 | 中國聯銀で 外國資金獲得 英米煙草、米貨納付 |
13 | 談合遂に成らず 總罷業斷行さる 佛政局の動き亦活潑 |
14 | 佛政府の警戒 パリだけで既に 三百名の檢束者 |
15 | 西北地區の開發に 共產軍大童の活動 ソ聯の援助亦目覺し |
16 | 同盟映畫部員 花房氏前線で活躍中 胸部敵彈に射貫かる |
17 | 放火犯人六名を逮捕 罪狀明白、處刑 |
18 | 灄口、信陽間の列車開通 |
19 | 明日の天氣 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新聲明に對處する 地方長官會議開く 米管理案も俎上に檢討 |
02 | 世紀的大記錄 實飛行時間は實に 四十時間五時五分五十二秒 |
03 | ゲーリング空相 メッセージを寄す |
04 | 圖像:原司令官、總督を訪問 |
05 | 日本に着いて 非常に嬉しい ヘンケ機長の苦心談 |
06 | 森岡長官訓示 地方長官會議席上で |
07 | 盟邦空の勇士 帝國ホテルで入京 第一夜の夢を結ぶ |
08 | ハインケル機 立川に飛來 |
09 | 軍艦拜觀に殺到 晴れた基隆賑ふ |
10 | 下士官一行 臺灣神社に參拜 歡迎茶話會に臨む |
11 | 原司令官來北 けふ總督を正式訪問 |
12 | 人力車を連ねて 防火の大宣傳 市內を練ってビラ配布 |
13 | 士官候補生 基隆各所を見學 |
14 | 官民を招待 |
15 | 防火祈願祭を擧行 新竹の宣傳 |
16 | 訪日伊太利機 三日再擧か 機長が決意を語る |
17 | 南署の宣傳 |
18 | 基隆の宣傳 |
19 | 深夜叩き起して 毆打して恐喝 壯丁團長がニセ刑事の一役 |
20 | 今夜の放送 |
21 | 商況 一日前場 |
22 | 今日の興行 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(144)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 何處へ行く國民服 今は國民風俗の一大改革期(中) 權威者に訊く服裝改善座談會 |
03 | 夜更けの錢湯は 何故よく溫まる 無機質を含む藥湯と同理由 東京市衛生試驗所技師長尾元雅氏談 |
04 | 圖像:銃後の女子國民服發表會(二) |
05 | 寢づかれぬ時は梅干湯を |
06 | 川魚の生臭味を消す法 |
07 | 堅い食パンは お菓子や料理に 古くなった物でも 美味しく召上れる |
08 | 圖像:鯨帝都へ上陸 |
09 | 備へて置きたい リスリン一瓶 寒さ迎へてこんなに役立つ |
10 | 耐久力の 強い靴下 |
11 | 冷たい肌に剃刀は禁物 |
12 | 白菜の漬け込み 鹽加減や呼び水の仕方 |
13 | 家庭でワケなく作れる 葡萄ジャムとシロップ |
14 | 椅子の埃をとるには |
15 | 紙上病院 |
16 | 揭示板 |
17 | 經濟的な大根鍋 |
18 | 民報案內報社消息 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 けふは防火デー 油斷すると大變 怖いものは「地震、雷、火事、親爺」 用心せよ!火の始末 |
02 | 圖像:スワ!敵機の襲來だ |
03 | お坊さんも 軍事訓練をやる 比叡山學院で |
04 | 漢口と武昌に 戰勝櫻を植える 內地から二千本送る 來春には美しく咲く |
05 | 菊は奈良朝時代 支那から渡來した 面白い菊の話いろいろ(下)/渡邊誠一 |
06 | 圖像:兔ちゃん續續登場(其一) |
07 | なんと不思議! 姿を隠す魔魚 “コーラルフィッシュ” |
08 | コアラ 小熊に似た 濠洲の珍動物 政府で保護する |
09 | 米國の少年は 飛行機がお好き 統計から見た趣味 |
10 | 雪の興安嶺で 勇壯な虎狩 滿州國が映畫に取撮る |
11 | なるほど 文字集 |
12 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 日支文化提携を目指す 東亞文化協議會開く 昨日東大安田講堂で頭條新聞 【東京一日發同盟】日支の新しき堅き文化提携を目指す東亞文化協議會の東京に於ける意義深い初總會は初冬の陽光輝く一日午前十時より東大安田講堂に開催された、會するは會長湯爾和博士、傅增湘氏、日本側佐藤寬治博士、酒井忠正伯其他日支評議員七十餘名、來賓には荒木文相、陸相代理加藤政務次官、外相代理澤田次官等列席、湯會長の挨拶に續いて日本側伊東忠太博士以下二十五氏、支那側江人駿以下九氏を新評議員に推薦、佐藤、傅日支兩副會長の就任挨拶があり引續き外務、文部、陸軍の順で夫夫大臣の挨拶があつて議事に入り左記議題を上程二、三兩日の人文、自然科學の兩分會に於て審議檢討することを申合せて正午閉會した、評議員一行はそれより午後零時半總理大臣官邸の外務、文部、陸軍三相の招待宴に列し更に湯島聖堂に詣で孔子廟を參拜し最後に陸軍第一衛戌病院を訪問聖戰に傷づける將兵を慰問第一日のブログラムを終了した 議案 △日本側提出 一、日支兩國專門學界の連絡提携を密にし之に必要にして適當なる組織を整備するの件二、中國教育機關の創設擴充に關し調查研究し之が整備に付き一層協力するの件 △支那側提出 一、東方文化事業委員會の復興を圖るの件 二、北京に自然科學研究所を設立するの件 |
02 | 國民組織の趣旨、方針 きのふ八相會議で決定 |
03 | 前田、高須、水戸三提督 拜謁付けらる 午餐を下賜せらる |
04 | 古莊中校 けふ入京 |
05 | 青年學校の義務制 昭和廿年を以て完成 |
06 | 事變終了の時期 「日滿支協同、新建設についた時」 首相政府の方針を明示 |
07 | 森岡長官上京 けふ高砂丸で |
08 | 維新政府の財政確立 三ヶ年繼續豫算を編成 |
09 | 漢川に治維會成立 きのふ成立式擧行さる |
10 | 西康省政府 來年一月一日成立に決定 主席は劉文輝 |
11 | 圖像:海の勇士を迎へて |
12 | 范湖坪附近で 頑敵を擊滅 |
13 | 國共軋轢愈よ激化 蔣介石、新聞報道論評を嚴禁 |
14 | 游擊戰術、民眾の 財產を破壞 汪精衛中央週報で述ぶ |
15 | 政友會の總裁問題 膠着狀態から脫す 久原氏の一石に依って |
16 | 蔣介石桂林へ 南支將領を會見 |
17 | 桂林を反復爆擊 海の荒鷲中南支に活躍 |
18 | 業態別組合結成打合會 |
19 | 大阪第二飛行場 見事に竣工 |
20 | 新竹肥料組合の上棟式 |
21 | 齋藤與里氏講演會 |
22 | 傅作義麾下の 敵、逃避移動 我軍猛爆を加ふ |
23 | ハ博士當選 チ國大統領選擧 |
24 | チェッコ內閣 總辭職 後繼內閣べ氏に |
25 | 本日の天氣 |
26 | 大阪商船臺灣出帆 |
27 | 近海郵船基隆出帆 |
28 | 辰馬汽船 |
29 | 大連汽船 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 親族相續篇を本島人に適用 特例を設くべき慣習が重要問題社說 一 臺灣に於ける私法上多年の懸案たる本島人間の親族相續に關する法令の制定は從來吾吾は屢屢本紙上にその必要を主張し、また民間識者及び法曹界に於ても、屢屢これを論議してきた問題であるが、ただ當局に於ては容易にこれを立法化する具體案を完成するに至らず、つい本島人の親族相續關係は舊來の慣習に依るといふ不明確な家族生活を今日まで續けてきたわけである。然るに四十年來本島人間に行はるる慣習は著しく推移進化し、殊に大正十二年より民法を本島に施行された結果、親族相續に關する事項を除くの外、民事法令はすべて內地と同樣になつたのである。また爾來本島人の親族相續に關する舊慣も漸次廢れて、僅少の改變すべからざる慣習を除く外其他の大部分は民法規定を條理として裁判上既に引用されてゐるのである故に今日に於ては民法の親族相續篇に多少の特例を設ければ、本島人に適用しても差支へない程度に達したと謂はねばならない。茲に於て從來甚だ困難と思はるる本問題も比較的解決し易くなり、また皇民化運動の熾烈なる最近の趨向に鑑み、一日も早く本問題を解決して島民の日常私法生活關係を明確にしなければならない。 二 今度督府當局に於ては、去る廿四日に法令取調委員會を開き、民法の親族相續篇に多少の特例を設けて本島人に適用する具體案を作成することに決定したのは一般島民の齊しく期待する所である。ただ本立法は本島人の日常家族生活を規律する純然たる私法問題であるから、當局は他の政策的立法の如き獨斷主義を採るべきではなく、宜しく島民輿論の歸趨を聽取すべきは勿論、民間法曹界の意向をも十分酌取することが甚だ必要である。故に法令取調委員會に於て法文の草案が出來た時には一應これを公表して、一般世論の批判を聽いた上で、始めて最後の成案を決定すべきことであると同時に、法令取調委員會に於てまだ草案が出來ない今日、法曹界に於ては勿論、島民識者に於ても、務めて親族相續兩篇の特例として存置すべき舊慣の主要事項を檢討し、忌憚なき意見を吐露して、以て法令取調委員會の立案參考資料として提供すべきである。 三 試みに親族相續に關して、舊慣上今日猶ほ現存する事項の中、改廢すべき議論を有する主なるものを擧げて見れば、媳婦子の制を民法の養子制に依らしめ、また招夫、招壻の制を民法の入夫婚姻、壻養子緣組制に依らしむるの可否問題、男子なき場合に於ける女子の相續權を當然認むるの可否問題、分頭相續に修正を加へ、長子に次子以下よりも多くの相續分を與へる程度の問題等の如きである。また現存する妾は存置せしめても已むを得ないが、將來は斷然之を認めてはならないことは云ふまでもないのである。要するにこれらの舊慣を廢止すべきものは廢止し、修改すべきものは修改して、務めて今日社會の通念と條理とに合致する理想的成文法を作るべく、立法當局に於て努力すべきことは勿論、また一般島民に於ても率直なる意見を披瀝して、間接的に協力しなければならないのである。 |
02 | 東江南方地區の 殘敵掃蕩戰に從ふ 痛快な殲滅戰を見る |
03 | 六勇士ぐっすり! 昨夜AKから國際放送 |
04 | 長蛇の精銳部隊續く 行程七里、步を弛めず前進 |
05 | 州議員と轉住問題 王氏の去就話題に上る |
06 | 小林總督けふ 谷本司令官答訪 |
07 | 練習艦隊司令官來新 |
08 | 白衣の諸勇士 高雄へ歸還 |
09 | 臭い悲喜劇 他の糞便を提出し 保菌者と認定さる |
10 | 蘭陽地方の 防火宣傳 多大の効果を收む |
11 | 皇軍慰問第二陣! 一行二百名朗かに入廣 |
12 | 基隆郡の宣傳 |
13 | 白衣の勇士 けふ晴れの歸還 |
14 | 官邸晚餐會 |
15 | 廈門の商況活潑 婦人會も近く發會式 福建丸が齎らす情報 |
16 | 名譽の戰病死者 |
17 | 一錢銅貨が卅錢 買占者を嚴罰 |
18 | 總督及長官が 纖維展參觀 |
19 | 海軍軍樂隊 基隆で演奏 |
20 | 麻雀クラブの 手入れで波紋 成行注目さる |
21 | 左黨待望の 樽酒配給さる |
22 | 長距離競技大會 二十八團體が參加 |
23 | 金牌を賣却し 國防献金 |
24 | 基隆模範店舖落成式 |
25 | 國語報國所 續續開所 |
26 | 福建丸廈門へ |
27 | 諸岡氏を迎へ 座談會を開く けふ樺山小で |
28 | 武運長久祈願 基隆漁船組合が |
29 | 市バス開通祝賀會 |
30 | 定期航空 |
31 | 人事.消息 |
32 | ときの声 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 島內の炭業統制に 督府が愈よ乘出す 炭業組合未加入者に對し 勸誘狀を發送警告 |
02 | 農會配合肥料工場 全島各地に新設 年產能力百三十萬叺に達し 民間工場に一大威脅 |
03 | 年末の金融界 一般に樂觀さる 資金移動も順調 |
04 | 十二月の本島船積豫想 砂糖のみが增加 米と青果、雜貨は平凡 |
05 | 官鐵 本年度早期輸送は 前年より倍額增加 輸送方緩和に貢献 |
06 | 十二月の丸糯戰 案外平凡を豫想 安值は賣物が少し |
07 | 專賣臺北支局で 酒煙草試喫會 |
08 | 圓ブロックへの 出超と外貨獲得(下) 矛盾緩和に調整が急務 |
09 | 全國の硫安配給 機構を擴大強化 明年一月より實施 |
10 | 揮發油及重油の 販賣取締改正令 本月末に公布せん |
11 | 漁業用物資の 配給打合會開催 本二日協和會館で |
12 | 國債の引受を 八億圓に增額 預金部資金から |
13 | 照明燈 |
14 | 市價及商況 一日 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 講演 「次代國民の擁護」/諸岡存 |
03 | 義太夫 |
04 | 晝間娛樂時間 |
05 | 料理献立 |
06 | ピアノと管絃樂 |
07 | 子供時間 |
08 | コドモの時間 お話「軍夫の手柄」/川瀨勝水 |
09 | 長唄 |
10 | 圖像:北京を訪れたターキー一行 |
11 | 圖像:戰線もお正月氣分 |
12 | 東寶、吉本提携の 「忍術道中記」 |
13 | 趣味娛樂 庭木や鉢物の 冬を越す準備 |
14 | アメリカで 佛映畫好評 |
15 | 松竹京都新春第一彈 「鬼面八荒」撮影開始 |
16 | 下加茂の新春第二作 「鳶と與太者」着手 |
17 | 戰捷の春を賑はす 第一週邦畫封切陣 |
18 | 「子供の四季」 ヤット撮影 |
19 | 三城輝子の 男裝映畫 「變化お小姓絹」 |
20 | 「日本人」彥根ロケ |
21 | 海外映畫短信 |
22 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 鳳山郡の金總動員 斷然州下の第一位 目標の百六十萬圓達成の為め 近く第四次強調週間 |
02 | 叺製造競技會 蘆竹庄に於て開催 |
03 | 佐佐木氏の 送別會盛況 |
04 | 酌婦女給連の 國講修了式 淡水龍山寺に於て |
05 | 香料拓殖座談會 苗栗座にて開催 |
06 | 威風凜然邊りを拂ふ 健兒六千晴れの查閱 東石神社の外苑に於て |
07 | 北斗郡蔗作 獎勵品評會 褒賞授與式を擧行 |
08 | 蕃薯簽業者が 座談會を開催 麻豆街に於いて |
09 | 圖像:お芋を節約致しませう |
10 | 古鐵を盗む一味 一網打盡に檢擧さる |
11 | 麻豆小賣人組合 臨時役員會を開催 |
12 | 空巣狙ひの チンピラ檢擧 |
13 | 彰化署小異動 |
14 | 苗栗街の火事 |
15 | ローカルセクション報社消息 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 科學 地球上に降り注ぐ 宇宙線と種の起源 タ博士新說を提示 |
02 | ベルゲルのリズム 人間の腦の電氣膊動 |
03 | 圖像:漢口の正月準備 |
04 | 天氣豫報の革新 氣塊分析方法の採用 |
05 | 海外短信 コリガン君 一躍大金持に |
06 | アメリカ紳士 三八、九年の新顏 |
07 | ミッキイ誕生 十周年記念祭 |
08 | 地理讀本から チェッコ脫落 |
09 | 星港の名物男逝く |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰時下の防火デー 各地で盛大に實施 それぞれ祈願祭を執行 |
02 | 圖像:機械化兵器協會 |
03 | 教員饑饉に備へ 複式研究會を開催 あす鹿港小學校に於て |
04 | 高雄市鄉軍の 壽山分會成立 五日發會式を擧行 |
05 | 社會事業大會に於ける 島田協會長の式辭 |
06 | 產組長懇談會 高雄市銀座食堂に於て開催 金買上げ積極的に行動 |
07 | 圖像:島都の防火演習 |
08 | 高雄州水產會愈よ 淡水魚の生產獎勵 先づスッポンの大量孵化 |
09 | 多彩な競技種目 長老教兩學校の聯合運動會 |
10 | 市內學生生徒に 名殘りの演奏會 海軍軍樂隊臺中を立つ |
11 | 臺銀彰化支店 金鑑定人を新設 |
12 | 高雄市の寺廟整理 專門委員の銓衡を急ぐ |
13 | 嘉義支店にも設置 |
14 | 彰化郡警察課 防火デー行事 鹿港街で展覽會 |
15 | 防毒救護訓練 彰化市防衛團で實施 |
16 | 廢物利用展覽會 嘉義國婦分會の主催 |
17 | 污物搬運船 高雄市新に購入 |
18 | 臺南商業專修 實務の實習を施行 |
19 | 彰化郡愛國產組團 役員會を開催 五日郡會議室で |
20 | 前科者再び盗む |
21 | 蔡培火氏岳母 |
22 | 消息 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 明年度の豫算總額 卅六億九千四百萬圓 けふ閣議で正式決定 |
02 | 陸、海軍の豫算總額 五十億圓を超過せん |
03 | 池田藏相は語る 豫算閣議の終了後 |
04 | 興亞院官制承認さる 樞府審查委員會で希望意見織込む |
05 | 十五日より開設 部長以下人事を詮衡中 |
06 | 定例閣議 |
07 | 隆□を爆擊 |
08 | “親日、然らば永存” 梁院長、「國民に告ぐ書」を發表 |
09 | 蔣に下野勸告通電 全體代表大會より |
10 | 天津華人記者協會 防共、親日の決議を可決 |
11 | 五中全會は 一月中旬開催 |
12 | 金口木舌/林正享 |
13 | 天津日華經濟聯盟 一日結成式 |
14 | 滿鐵、一大綜合調查機關設置 |
15 | 米ソ關係頓に冷却 ソ聯、駐米大使に歸國を命令 |
16 | 工場主復業を拒否 佛全國各地に於て 小競合を惹起す |
17 | 議會は繰上げ 八日に開會に決定 |
18 | 滿ソ國間諸懸案に關し 隔意なく意見交換 下村、ガ兩氏が會見 |
19 | 駐米專任財務官 設置に決定 |
20 | 鐵道運賃引下 輸出品、代用品 獎勵の為め |
21 | 明日の天氣 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰意を失った敗殘兵 愛嬌たっぷりの捕虜 掃蕩戰從軍記 |
02 | 圖像:原司令官の招待宴 |
03 | 技師の卵三千名! 來年度に增募養成 五百七十萬の大豫算文部の要求、查定パス |
04 | 廣東の郵政事務 一日から復活す 皇軍多大な犠牲を忍び |
05 | “豫算は多少遲れる” 森岡長官の上京車中談 |
06 | 白衣の勇士 けふ凱旋 |
07 | 高砂丸けふ 賑かに出帆 |
08 | 蔣政權は極度の 財政難に沈淪す 公債應募と献金皆無 |
09 | 富士丸入港 高雄、山瀨氏等着臺 |
10 | 下士官以下來北 歡迎茶話會に臨む |
11 | 船火事の原因 依然不明 |
12 | 新竹製茶同組の 內地視察報告書 |
13 | 太平町第一區 國講開所式 |
14 | 教育相撲講習會 |
15 | 飛込み自殺 鑛業事故も二件 |
16 | 二人組金庫荒らし 二十箇所を襲ひ五千餘圓を稼ぐ 犯人は臺灣拳鬪教師 |
17 | 金塚に懲役二年 一日一味に夫夫求刑 |
18 | 舢舨夫溺死 |
19 | 來十五日から 經濟強調週間 新竹州の行事決る |
20 | 燐礦調查船 八球丸壯途へ |
21 | 故花房特派員 死體搜查打切る |
22 | 定期航空 |
23 | 人事.消息 |
24 | 今夜の放送 |
25 | 商況 二日前場 |
26 | 今日の興行 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(145)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 何處へ行く國民服 今は國民風俗の一大改革期(下) 權威者に訊く服裝改善座談會 |
03 | 戰時の女性へ 不姙娠の原因二つ 先天性と後天性 治療法も近頃大進步 |
04 | 圖像:銃後の女子國民服發表會(三) |
05 | 鰈の油燒 |
06 | 梅酢利用の 漬物 |
07 | 圖像:鯨帝都へ上陸(其二) |
08 | 抵抗力を強め 風邪を擊退せよ 空腹、疲勞、睡眠不足にご注意 |
09 | 魚から取るタレ 榮養價高くおいしい醬油代用 家庭でもつくれます |
10 | 火傷の種類と 應急手當 體の半分に及べば助からぬ |
11 | 胡桃、南京豆等の 乾果を召上れ すばらしいその榮養價 |
12 | 身上相談 |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 空の使節コンドル機 一昨晚立川に安着! 伯林.東京間一萬五千粁を 四十時間餘りで飛ぶ |
02 | 海を越す金魚 米國へ五十萬尾 |
03 | ドイツ少年の訓練 “血と名譽”の短劍を吊って ひと手をかりない |
04 | イタリヤ機も 訪日飛行を再擧 ノ機長決意を語る |
05 | 進軍歌 「愛馬と征く」/久保井信夫 |
06 | 東洋一の大橋 步いて三十分かかる 下淡水溪に |
07 | 圖像:兔ちゃん續續登場(其二) |
08 | カタカナ欄 オ巡リサンガ 稻刈ヲ手傳フ |
09 | 陸に上った魚は 過勞の為めに死ぬ ハン教授の新研究 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 今度は臨時軍事費 特別會計編成を急ぐ 新規增稅、金融統制を攻究頭條新聞 【東京二日發同盟】大藏省では明年度一般會計豫算が二日の閣議で決定を見たので今度は臨時軍事費豫算をはじめ鐵道、通信、外地等の各特別會計豫算に就き關係各省より要求概算書の提出を求めこれが豫算編成を急ぐこととなつたがこれら豫算の編成に依り明年度の公債發行額は當然增加すべく殊に臨時軍事費豫算の如きは長期駐屯消耗資材補填等の必要に基き豫算額、公債額共に激增することが明瞭なる情勢にあるのでこれに伴つて新規增稅及び金融統制強化等の政策が漸次現實の問題として攻究せられることにならうと見られる |
02 | 歲入計畫は頗る好調 |
03 | 圖像:東亞文化協議會 |
04 | 歲出豫算 新規計上額 |
05 | 內閣情報部の改組論 親任官の總裁を設く |
06 | 豫備金增額 |
07 | 拓務省豫算 主な新規要求の內譯 |
08 | 學生軍を編成 蔣介石の苦肉策 |
09 | 會館設置促進を決議 東亞文化協議會第二日 |
10 | 廈門は日増しの隆盛 榮轉の多田野中佐入京着任 |
11 | 離石北方で敵を擊破 |
12 | 潭州水道を 渡河猛進擊 |
13 | フ將軍に 羽子板を贈呈 承認一周年紀念 |
14 | 開灤炭礦の資金調達に 英資一千萬圓應ず 注目.外資導入の歷史的第一步 |
15 | 支那事變公債 四億圓を發行 |
16 | 一縣に一護國神社 市町村のは之に統合 |
17 | 防空の第二陣を充實 大量的乘員養成を計畫 |
18 | 久原氏、前田 島田兩氏と會見 |
19 | 白國、フ政權と 外交關係を結ぶ 人民派政府の大使召還に對抗 |
20 | 樞府顧問官 近く三名を補充 |
21 | 邦人を大量檢擧 比律賓コロン島に於る 邦人漁夫射殺事件繞り |
22 | 東京、パラオ間の 定期航空を開拓 補助費三百餘萬を承認 |
23 | 十萬擔の追加 供給 糖聯協議會で決定 |
24 | 本日の天氣 |
25 | 大阪商船臺灣出帆 |
26 | 近海郵船基隆出帆 |
27 | 辰馬汽船 |
28 | 大連汽船 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 對支策の具體的聲明に期待社說 一 日支事變を契機として帝國は好むと好まざるとに拘はらず既に大陸經營に乘り出さなければならなくなつたが、一體帝國は支那をどうするかといふ事に對しては國內に於てもいくたの意見があるに違ひない。併し帝國としては事變發生以來しばしば聲明した通り元元支那に對しては領土的野心なく、單に抗日蔣政權を潰滅する所の聖戰以外に他意なしと終始一貫して其の方針を發表したのである。 二 最近近衞首相からは對支の方針を更に明確に發表され「從來支那の天地が帝國主義的野心に基く列强角逐の犧牲となり、終に其の平和と獨立とを脅威せられつつありし事は歷史に徵して明白であります。日本は今日以後斯くの如き事態に對し根本的修正の必要を認め正義に基く東亞の新平和體制を確立せん事を要望するものであります」と述べられ、帝國の態度を一層積極化したのである。併し言ふ所の「東亞秩序」とは何を指すか之を具體的に示す事が支那の民心を安定せしめるに最も效果ある事と信ずる。 三 有體に言へば支那の人民は未だ帝國の真意を充分に理解せざるもの多く新政權に對しても未だ積極的支持を表明せざるもの多多あるを以て此の際蔣政權の側より新政權へ民心を引寄せるには一に帝國の態度に對して多少なりとも危懼を抱いてゐる結果ではないかと思はれる。從つて政府としては層一層と其の真意を率直に具體的に再聲明する事は啻に支那に於けるあらゆる工作に非常なる好影響を與へる許りでなく歐米列强に對しても帝國の堂堂たる態度を以て其の反省を促進し得ると信ずるからである 四 言ふまでもなく帝國が支那大陸を經營するには支那人民の協力なしでは到底圓滑に行はれないであらう事は明かであるから、此の際支那國家の完全な獨立を言動によつて之を證明するにあらざれば心ある支那人の協力を得る事が困難である。若し真に日支兩國民が手を携へて東亞の再建に邁進する事となれば歐米列强の惡意的妨害を一顧する必要なく、一路所信を强力に實行すればいい譯である。又かくの如き强き決心がなければ到底東亞再建の大業を為し遂げる事が出來ないのである。 五 此の意味から我等は近く近衞首相が對支政策に關して具體的聲明をなさんとする事に對して絕大な期待を持つものである。帝國が數次の聲明を通して益益聖戰の聖戰たる意義を徹底するに從つて支那の民心が益益帝國の公正なる態度に感激するであらうし、之がため蔣政權も愈愈民心を失ひ以て崩壞の一路を辿るものと我等は信じて疑はない |
02 | 武勳輝く古莊將軍 天皇陛下に拜謁 具さに軍狀を奏上 |
03 | 官民を招待して アットホーム 磐手で盛大に開く |
04 | 乘組幹部歡迎會 きのふ基隆で開かる |
05 | 小林總督 谷本司令官を訪問 |
06 | 谷本司令官 基隆各地を視察 |
07 | 國講研究會 宜蘭で開かる |
08 | 上海萬華鏡 國際都市の明暗相(一)/陳逢源海外遊記 二つの上海 私の搭乘してゐる歐洲歸りの箱根丸は九月三十日の明け方既に揚子江の吳淞口から黃浦江に入り、空の白み行くに從って秋雨が煙るが如くしとしとと降って來た。右側の楊樹浦方面の工場地帶が多少戰爭で破壞されてはゐるが次第に眼の前にハッキリ浮き出し、左側の浦東に建ってゐる倉庫等も大分爆破された跡が見え出したのでいよいよ現地へたなあといふ感じがムクムクと湧いて來る。 日本郵船の碼頭から黃浦灘路にあるアスターハウス迄の虹口一帶の市街を自動車の上から一瞥すれば、戰爭で打ち壞された儘のストリートが死骸の如く橫ってゐる所が少なくない。私は一先づアスターハウスを根城として十數年前見覺のある戰後の大上海を探見すべく勇み立ったのである。 現在上海の中樞區域たる共同租界は西北から流れて來る蘇州河によって二分され、其の下流が黃浦江と落ち合ってゐる少し手前の所に有名な白渡橋即ちガーデンブリッヂが架ってゐる。今回の上海市街戰は蘇州河の北東に當る日本人居留地たる虹口及び閘北方面と共同租界の南方に當る南市一帶に限られ、其の他の共同租界及び佛租界は少しも戰禍にかゝってゐない。 併し戰後に於ける虹口の復興振りは大したもので日本人が四五萬人も押し寄せて料理屋、カフェー、旅館を中心に雜貨屋、食物屋に至る迄雨後の筍の如く增え出したので此の邊はやがて日本色を以て塗りつぶされるであらう。そこには通貨として日本銀行券を以て使用され邦文の新聞と漢文の親日新聞たる新申報が日支兩國民の間にそれぞれ配達されてゐる。晝は戰闘帽を被ってゐる我が勇ましき兵士を以て埋め、夜は紅燈綠酒の巷からは妖しき流行歌のレコードが流れる如く間斷なく冷え行く秋の宵の空氣に響き亘る。 宏壯な新亞旅館の樓上には維新政府の要人が大多數尚立籠って每日新市街にある市政府の近くに屹立する中華民國維新政府辦務處へ通ひ、こゝからは時折反蔣親日の宣言を發し同盟通信等の手によって世界各國へ隈なく送られてゐる。 若しアスターハウスから一足でもガーデンブリッチを渡ればもう一つの上海が臆面もなく橫はってゐる事を發見するであらう。そこには大上海の經濟力の九○%を占めてゐる佛租界を含む共同租界なので、先づビジネスセンターたるバンドの殷盛には眼を見張るであらう。そこには歐米列強を始め我が國の主要銀行會社のビルディングが林立し、國民政府の機關銀行たる中央銀行、中國銀行、交通銀行等も盛んに營業を續け租界內唯一の通貨たたる法幣の發行及び受入れを我が物顏に處理されて行く。更に繁華な南京路まで行けばお馴染の東亞旅館及び大東旅館の掲示板には日本船舶の出入港をワザとオミットしてあるし、街頭で賣ってゐる新聞は新申報の影もなく國民政府の機關紙たる新聞報が每日十六頁も發行し、大美報、華美晨報、導報、上海報等の漢字紙をリードして漢ロ攻略最中の日本軍が如何に多大な打撃を受けつゝあるかをまことしやかに恰かもコーラスの如く一齊に一記事を以て囃し立てゝゐる。 時恰かもチェッコ問題で歐洲の風雲が頗る穏かならざる最中に、佛租界の當局者が如何なる考へか、大急ぎで租界の防備を施して市民の神經を尖らしてゐる一方、藍衣社か、CC團あたりのテロ行為が維新政府の要人に、又は要人たらんとする親日家に對して尚執拗に行はれてゐる。双十節には支那人街が依然として青天白日旗を以て埋められてゐる一面に、閘北、南市一帶から租界內へなだれ込んで來た避難民がところ構はず路ばただとか、又は事務所の入口の階段に身動きもならず一バイ寢そべってゐて殆ど誰も之を顧みる者がない。以上は單に國際都市たる上海の明暗兩相の一端を摘記する丈でも、始めての旅行者には定めし此の二つの上海に對して必ずや當惑の眼を以て之を眺めるであらう。【寫真はガーデンブリッヂ宏壯なブロードウェイメンション】 |
09 | 內臺融合の明朗篇 境遇で結んだ戀が結實して 遙遙南洋から嫁さん入來 |
10 | 石本部隊 名譽の戰傷者 二日原隊から發表 |
11 | 軍人家族洋裁 講習會閉講式 製作品即賣會も開く |
12 | 圖像:小林總督纖維展へ |
13 | 鄉土藝術の 誕生を待望 ペン部隊、島都入り |
14 | 泣くに泣けぬ 食堂ガールの受難記 恐しや、不良のあの手この手 |
15 | 在京の留學生 卓球、野球試合 父兄も參加して盛況 |
16 | 北區古物商組合 けふ發會式擧行 |
17 | 未亡人を喰ふ 詐欺師檢擧 貴金屬も盗んで |
18 | 臨月の女を 跳飛ばして逃走 |
19 | 山東丸無電 |
20 | 人事.消息 |
21 | ときの声 |
22 | 訃文:林游氏哖 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 赤糖產額の新紀錄 七十三萬擔を豫想 第一回より六萬擔を增產 販賣統制で市價樂觀 |
02 | 高雄港勞力不足 緩和對策立たず 運送業者の協力に期待 |
03 | 滿州特產物事情 豆粕は明春下押か 年內の安價は買有利 |
04 | 三箇年計畫で 甘藷の大增產 燃料國策に高雄州邁進 |
05 | 三製糖工場 製糖を開始 |
06 | 臺北と新竹州の 新麻袋配給決る |
07 | 戰時下の農業政策(二) 農業報國運動の展開 |
08 | 國庫資金を放出 歲末金融は平穩 日銀券廿九億圓を豫想 |
09 | 公債の消化は 豫想以上の順調 新蓄積資金が豐富 |
10 | 天候不良に 島米が反撥 |
11 | 島內郵貯が躍進 三千七十萬圓を突破 |
12 | 全國の米穀商か 商業組合聯合會を結成 配給機構改善に進出 |
13 | 市價及商況 二日 |
14 | 兩米商聯盟で 初理事會を開催 |
15 | 照明燈 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 講演 「貯蓄債券に就て」/石井光雄 |
03 | 晝間娛樂時間 |
04 | 料理献立 |
05 | 子供時間 |
06 | 家庭コント二題 |
07 | 講演 「海洋少年團の使命」/日暮豐年 |
08 | ラヂオ小說 |
09 | コドモの時間 童話劇 |
10 | レヴュー |
11 | 圖像:明朗化の北支 |
12 | 圖像:英國皇帝、皇后兩陛下議會へ御成り |
13 | 趣味娛樂 ハーモニカの選び方と 長持する扱ひ方 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 火の用心 非常時の反映で 各地共盛大に擧行 |
02 | 圖像:○○に向け殘敵掃蕩の為めの○○騎兵部隊東江の假橋を通過 |
03 | 桃園郡金賣却 五十二萬圓を突破 |
04 | 馬事普及會 目出度く成立 東港公會堂で創立總會 |
05 | 重油と綿麻網の 配給方法を決定 漁業物資配給打合會で |
06 | 圖像:我軍兵士と同乘なごやかな外國人達漢口、武昌連絡船にて |
07 | 豐原郡青年團 查閱を擧行 |
08 | 桃園郡各青年團 それぞれ查閱を行ふ |
09 | 經濟警察打合會 鳳山街公會堂で |
10 | 相撲講習會 修了式を擧行 宜蘭公の道場で |
11 | 臺南州警務部 小異動を發令 |
12 | 汽動車危く 子供を轢く 石岡魔の踏切で |
13 | 棉花販賣に光明 鳳山郡取引要項を設定 |
14 | 仁丹愛用者に 優待割引券 |
15 | ローカルセクション |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 科學 昆蟲の奇妙な性質(上) 建築師大工蜜蜂の卷 |
02 | ドイツを繞る 中歐諸國の政情(三)ポーランドの卷 |
03 | 圖像:地圖に赤線を引いて快翔の湧立つ航空局 |
04 | 人間はどの位の 馬力が出せるか |
05 | 蜂蜜をビール 釀造の素に |
06 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 銃後の美談を集め 紀念刊行物を發行 嘉義市譽れの感激篇 |
02 | 圖南莊晴れの落成式 きのふ盛大に擧行さる |
03 | 白衣の勇士を招待し 慰問園遊會 七日霧峰庄萊園にて |
04 | 圖像:豐田中將以下御慰勞の御陪食 |
05 | 福田准尉らの 屏東市葬 來る八日に執行 |
06 | 金丸伍長慰靈祭 きのふ高雄市で |
07 | 畜犬協會を組織し 斯道の勃興に拍車 臺中州當局計畫を進行 |
08 | 市坪秋典一等兵 名譽の戰病死 |
09 | 原要塞司令官 あす梧棲港視察 |
10 | コハバル社外麻裡巴間 道路は來春に完成 大串課長督勵に入山 |
11 | 經濟戰下生活 刷新強調週間 臺中州の實施要綱決定 |
12 | 圖像:反ユダヤ熱 |
13 | お正月は古疊で 費用を國防献金 借家人の名儀を以って |
14 | 圖像:我軍の戰果を物語る |
15 | 安平港の船溜り 來る七日晴れの起工式 |
16 | 專賣品の暴利取締 花蓮港廳愈よ乘出す |
17 | 臺中市大火事の 原因漸く判明す マッチ軸がカンナ屑に引火 |
18 | 三錢の爭ひから アキレス筋を切斷 嘉義市宵の傷害沙汰 |
19 | 蕃山に地辷り 潮州郡松山駐在所附近で |
20 | 狂人の放火二件 |
21 | 澤田嘉農教頭 屏東農業校長に |
22 | 彰化市商議員の 選擧人名簿 きのふ縱覽に供す |
23 | 彰化市の 防火演習 |
24 | 高木式木炭瓦斯 發生爐認定さる |
25 | 苦力合宿所 近く工事に着手 |
26 | 麻豆街の傷害致死事件公判 |
27 | 臺灣叺會社披露宴 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 暴風雨の女(66)/岡田三郎;三浦杏介 |
02 | 晚秋雜筆/大鹿卓 |
03 | 芝居道(五) 皇民化劇の一考察/吳坤煌 |
04 | 水牛の角 底が淺い 森山氏の文學論 |
05 | 圖像:敵地へ出發(文展‧第二部)/鶴田五郎 |
06 | 紅葉の話 數數の種類や特徵/安達武子 |
07 | 圖像:ヨット.カッターレース |
08 | ノーベル賞 受賞者國勢調查 |
09 | 學藝消息 シュヴァリエ 勳章をもらふ |
10 | 心聲漢詩 偕李振南遊頤和園/南都、偕李振南遊頤和園 其二/南都、偕李振南遊頤和園 其三/南都、偕李振南遊頤和園 其四/南都、步炯南先生讀老秋氏新陽關三闋原韻/南都、詠兒玉藤園將軍/夢周、喜文訪歸自鷺門/夢周、勅使街道晚眺/夢周、桃園公園角有福德祠二百年以來香火猶盛當局決毀棄昨日過此見而有感/周石輝、病遣/洪一枝、和韻/周靈峰 |
11 | 新刊紹介 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 山西省內にも今や 反共救國氣運漲る 各縣順次に大會を開く |
02 | 日ソ漁業修正協定 嚴談の訓令を發す 有田外相、東鄉大使に |
03 | 邦聯制統一政權の 實現は既に決定的 維新政府溫立法院長談 |
04 | 三國棉業統制機關 設置の具體案成る |
05 | 廣洲南方地區(デルタ地帶)の 一大掃蕩戰を開始 敵新輸送路を遮斷せん |
06 | 衢州、玉山、樂昌等を爆擊 |
07 | 總罷業關係者は 斷乎處分に決定 佛關係閣僚會議の結果 |
08 | 柳林、柳州に投彈 |
09 | 中央航空研究所 明年四月に設置 |
10 | 王正廷けふ 香港に歸着せん |
11 | 營盤、百官坳 を空襲 |
12 | 金口木舌/林正享 |
13 | 若し必要とあれば 佛を敵として進軍 伊佛の關係又もや惡化 |
14 | 佛山に治維會成立 |
15 | 大同電力愈よ 發送電に吸收 |
16 | 駐伊佛大使 伊外相に抗議 植民地問題に付 |
17 | 伊、倫敦條約に加入 覺書に調印を了る |
18 | 嶺南大學の難民に 不穏分子が潛入 わが方に敵對行為 |
19 | 傳馬船ボート 取締規則成る |
20 | 歐亞航空公司機 香港に到着 |
21 | 岸科海軍中將逝く |
22 | 明日の天氣 |
23 | 總動員(14)/長田秀雄;夏目醇 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 出生減少を豫想し 幼兒を國家で保護 「赤ちゃんは御國の力」と 體力局、施設費を計上 |
02 | 五ヶ條に亘り抗議 國府軍政當局糾彈 長沙市民聯合委員會が |
03 | 臺灣人口動態(昭和十二年) 昨年の自然增十三萬餘人 督府調查課發表 |
04 | 三千人を臨床診斷 精神病の家系調べ 斷種法に厚生省本腰 |
05 | 燃える國語熱 東西區會の更生 |
06 | 太平一區躍起 |
07 | 各種法令を 商人に徹底 基隆商工會議所 |
08 | 圖像:コンドル機立川着 |
09 | 脂粉の大旋風 檢黴の風評に藝妲連が吃驚仰天 慌てた三名、廢業屆を提出 |
10 | 騷ぐのは心得違ひ 伊東北署長語る |
11 | 井上元警務局長 新潟市長に當選 承諾就任に決定 |
12 | 慶珍國語講習會 發會式を擧ぐ |
13 | 醉拂ひが老婆 を衝き殺す 死體は解剖 |
14 | 基隆のボヤ |
15 | 映畫「皇道日本」 教育會館で試寫會 |
16 | 酒煙草大賣出 陳列競技會 十五日から新竹で |
17 | 深夜の地震 新竹市民を驚かす |
18 | 人事.消息 |
19 | 今夜の放送 |
20 | 商況 三日前場 |
21 | 今日の興行 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(146)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 ぐっと伸びて來た 女學生達の身體 但し未だ頑丈さが足りない 選ばれたスポーツは何何? |
03 | 次の時代に備へて 兒童生活を科學化 お母樣方の肩にかかる問題 |
04 | 可愛らしい リボンの鉢卷 帽子の代用として 衛生的で經濟です |
05 | 揭示板報社消息 |
06 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 物淒い浪と鬪ふ 我等が海の勇士 軍艦內で穴居生活をする 南支那海の此の頃 |
02 | 圖像:兔ちゃん續續登場(其三) |
03 | 金牌を賣却して その儘國防献金 |
04 | 好き嫌ひすると 勉強が出來なくなる 毎日の食べものを |
05 | 太陽の熱は どの位ありますか |
06 | 童謡「おいらの馬」/石井勝治 |
07 | 圖像:防空新制服 |
08 | 豆炭一俵づつを 遺家族へ配る 感心な老一等兵 |
09 | 空氣のない世界 どこにありますか |
10 | 鯨ハ汐ヲ吹クカ 科學常識 |
11 | 九十の婆さん 感謝の献金 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 潭州水道を渡河し 龍江を奇襲占領す 我が軍包圍圈を縮小 南支戰線頭條新聞 【佛山三日發同盟】敵の軍需輸送路を遮斷すべく二日夜潭州水道を渡河廣洲南方三角地帶に行動を開始した片野、納見、生田、東、片山の各部隊は三日午前三時全く奇襲に依つて龍江の敵を撃破してこれを占領更に其の南方三粁號德及びその西方高地を占據又水上機動隊は水路により東岡南方約十粁西江に臨む甘竹及びその北方約三粁の裏海を占領した各部隊は更に包圍圈を縮少しつつ九江を目指して前進中であるが附近一帶の各部落は盛んに火災を起し砲聲殷殷と轟いてゐる。 |
02 | 雪端山、九江猛爆砲擊 九江を完全に占領 |
03 | 勞務者爭奪防止等 四勅令案の骨子 第三回總動會審議會を開く |
04 | 陸の荒鷲活躍 |
05 | 益陽を大空爆 |
06 | 威海衛附近の 殘敵を殲滅 海軍陸戰隊活躍 |
07 | 豫算內示會を開く 十四日貴眾兩院代表を招待 藏相、豫算概要を說明 |
08 | 陳介の新任挨拶か 獨逸の忌諱に觸る 信任狀捧呈式延期真相 |
09 | 下村保安課長 來る八日着任 |
10 | 高科部隊の戰果 |
11 | 臨時農村對策部設置 三日公布直ちに實施 |
12 | 重慶政府から 獨政府へ抗議 陳召還は時間の問題 |
13 | 敗殘兵二千に 殲滅的打擊 通山附近に來襲 |
14 | 廣東婦女維持會 創立紀念大會 |
15 | 對ソ糾彈の聲明 慎重を期し二三日遲れる模樣 |
16 | 圖像:中央政權樹立促進方を梁院長に請願する各省代表 |
17 | 根本方針聲明は 十日前後の模樣 |
18 | 國債の消化は順調 結城日銀總裁西下 |
19 | 滇緬公路を強化 國府軍需輸送路として |
20 | 五中全會は 一ヶ月延期 明年一月十五日 開くに決定 |
21 | 天津英租界工部局 聯銀券受入を承諾 國府焦慮、對策に腐心 |
22 | 海外貿易斡旋所長 十一個所決定す |
23 | 日滿支經濟懇談會 きのふ新京で開かる |
24 | 海の荒鷲の慰靈祭 ○○基地で莊嚴に執り行はる |
25 | 朝鮮に於ける 移出米數量 |
26 | 山口縣東洋紡 火事 損害は二百萬圓 |
27 | リ獨逸外相 パリ訪問に決定 |
28 | 舊伊領の返還を 佛國に要求か |
29 | 大藏辭令 |
30 | ルオボル領事館 明春四月開館 |
31 | 玉錦の病勢 ぶり返す |
32 | 本日の天氣 |
33 | 大阪商船臺灣出帆 |
34 | 近海郵船基隆出帆 |
35 | 辰馬汽船 |
36 | 大連汽船 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 英國の橫車は斷乎一蹴せよ 揚子江航行問題社說 一 揚子江航行回復に關する英國の要求は去月七日米佛二國と共同步調の申入れに對する帝國政府の十四日付の回答に滿足せず十七日の有田外相とクレーギー英大使との會見に際して同大使から不滿の意向を表明し、更らに廿四日の有田クレーギー兩氏會見では公文をもつて正式に抗議的申入れをなし、執拗にその要求を貫徹せんと喰ひ下つてをり、米佛兩國も又英國の積極的態度に便乘して同樣態度に出んとみられてゐる。 しかも英國船舶は貨物を滿載して上海港に待機し示威的ゼスチユアを示してゐると傳へられてゐるから、今後ともその開放を引續き要求して來るものとみられ、今後の對英米佛折衝の中心題目たらんとしつつある。 二 本問題に關し二十九日我現地陸海軍當局が當局談を發表し、作戰軍の立場より揚子江航行再開の時期に非らざることを强調闡明したことは誠に時宜を得たものである。抑抑揚子江の航行は一體誰れが封鎖したか、而して誰れが如何にして之を再び啓開したのか、等等に就ては列國は知らぬ顏をして、自己の權盆擁護、門戶開放等のみを主張し得手勝手な申入れをなして橫車を押さんとするのは實に人を喰つたものであり、我國を侮辱するものである。 揚子江は云ふまでもなく支那軍が封鎖したものである。各所に閉鎖線を築き、數多の機雷を沈沒又は浮流せしめ、言語に絕する手段を以つてその航行を全く不可能ならしめたのである。我軍は世界戰史にその比を見ない謂ゆる遡江作戰をもつて、頑敵と戰ひ、幾多の犧牲を拂つて軍用水路を啓開したのであることは云ふまでもない。 三 揚子江の水路開通は我軍苦鬪の賜物であり又我對支作戰上の生命兵站線であることは我當局談で明らかである。我軍が若しそれを啓開しなかつたならば、少くとも事變中何れの國が揚子江を航行することが出來るであらうか。列國が支那軍の航行遮斷を作戰上の必要として容認してゐる以上、我軍も又軍事上の必要より多大の犧牲を拂つて之れを啓開したことに對しても容認するのみならず、我軍に對してむしろ感謝せねばならぬのである。にも拘らず、支那側の遮斷は默認し、我國が行へば直ちに抗議する。實に人を喰つた話であり、又依怙贔負でもある。英國のこの援蔣態度が卽ち事變を長びかせ、事態の復舊を阻害するものである。若しこれを容認して揚子江を開放したならば蔣政權の後方攪亂分子の侵入、兵器彈藥の奧地潛入は火を睹るよりも明らかである。 四 揚子江の開放は英國の援蔣態度が變らざる限り、又蔣政權が屈服して事變が解決しない限りは絕對不可能である。英國の申入は將來に對する希望であるとして、之れを聞き置く程度で十分である。我國とても英國と同樣、作戰遂行の必要がなくなり列國と共に自由に交易し得る事態の速かに到來するのを希望してゐるのである。之れが為めには列國が我國と協力して東洋平和の出現を速かにする以外道がないのである。 揚子江航行回復は英國の傳統的揚子江政策の推進と重要關聯があり、その在支權益尊重に關する諸懸案の中樞をなすだけに英國は今後も尚執拗に手を換へ品を變へて要求して來るであらうが、我國はそんな理不盡な手前勝手な橫車を相手にする必要なく、斷乎之を一蹴すべきである。而して進んで頑迷執拗なる英國の態度に對し、その反省を促すべきである。 |
02 | 大掃蕩戰の大詰め 寶安縣城一番乘り |
03 | 例年よりも高率 官吏王國のボーナス |
04 | 銃後の防犯週間 五日から十一日迄.州下の實施事項 |
05 | 刑事課長談 |
06 | 少年劍道大會 |
07 | 武昌一番乘りの 武勳輝く石川氏 新竹署出身の勇士 |
08 | 練習艦隊出港 萬歲の嵐に送られ |
09 | 大屯山何のその! きのふ雨中の登山競技 |
10 | 臺大の支那語科 近日中に講義開始 專任講師徐征氏けふ着臺 |
11 | 南支への小包郵便 十日から取扱開始 |
12 | 因業家主ころり 店子と立廻り中往生 |
13 | 原司令官來基 |
14 | 新竹視察 |
15 | ペン部隊一行 海軍武官訪問 |
16 | 宜蘭防衛團の 召集訓練 |
17 | 北區古物商組合創立總會 |
18 | 商品陳列競技 新竹市で開催 |
19 | 高田早苗氏逝去 |
20 | 纖維講演會 |
21 | 定期航空 |
22 | 人事.消息 |
23 | ときの声 |
24 | 今日の興行 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 麥酒の增產計畫 高砂麥酒が大增資 百萬圓增資を決定し 南部に新工場を建設 |
02 | 後宮社長と協議 百萬圓增資に內定 近藤取締役語る |
03 | 赤糖增產豫想で 海外搬出を增加か 赤糖組合十日に評議員會 |
04 | 世界主要國の 貿易情勢は不振 我國が好轉を示す |
05 | 莊阿隨產業 製糖を開始 |
06 | 日本製鐵會社が 錻力生產を統一 群小會社を傘下に集む |
07 | 本邦の對外輸出 十一箇月に廿五億圓 個別リンク制で緩和 |
08 | 戰時下の農業政策(三) 小作問題解決が緊急 |
09 | 日本發送電會社 株式募集を公表 一般より四十萬株 |
10 | 臺倉高雄支店 在庫品が減少 出入貨物は活況 |
11 | 酒精原料として 甘藷利用が續出 鹽糖が率先して採用 全島で增產計畫進む |
12 | 十一月下旬の 高雄貿易が減少 |
13 | 全國の計畫資本 十一月に五億圓 |
14 | 照明燈 |
15 | 市價及商況 三日 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 園藝カレンダー 「土と肥料に就て」/上農市郎 |
03 | 落語 |
04 | 浪花節 |
05 | 浪花節 「義商天野屋利兵衛」/春日井梅鶯 |
06 | 料理献立 |
07 | 獨唱 |
08 | 夕方の音樂 |
09 | 歌謠曲 |
10 | 子供時間 |
11 | 長唄 |
12 | 圖像:近衛首相にヒ總統から最高勳章を贈る |
13 | 圖像:戰捷を壽ぐ勇ましい羽子板 |
14 | 日活多摩川の新企畫 「馬と兵隊」來年早早着手 |
15 | 「母子船頭唄」 監督は青山三郎 |
16 | 大船撮影所 製作現況 |
17 | 大船「母の歌」 日光ロケ |
18 | 海外映畫短信 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 員林郡全島に魁け 防衛團聯合會創立 近く盛大に發會式擧行 |
02 | 圖像:湯爾和一行招待 |
03 | 豐原柔道同志會 けふ華華しく發會式 |
04 | 街庄對抗野球大會 けふ鹿港街二公で |
05 | 竹南商工會の 活動期待さる |
06 | 彰化市防衛團 查閱を實施 |
07 | 生活刷新強調週間 彰化郡の實施要綱 |
08 | 鹿港街協議會 あす同役場にて |
09 | 須田清基氏 竹東で講演 |
10 | 圖像:彰化市寺廟整理委員會慰問袋を發送 |
11 | ローカルセクション |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 讀書 現代人の惱み 讀書から來る近眼 如何にして防止するか |
02 | 英米出版界の驚異 ペンギン文庫出現 (下) 昨年は一千萬部賣上 |
03 | 科學小說集「或る光線」 木木高太郎著 |
04 | 臺灣總督府圖書館 普通圖書 |
05 | 回歸線 |
06 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵彈投下の想定で 防衛團が防毒演習 きのふ臺中市に展開 |
02 | 未教育兵の訓練 頗る好成績を擧ぐ きのふ解隊式を擧行 |
03 | 名譽の戰病死者 平田部隊の勇士 |
04 | 體操教育 實地指導 |
05 | 圖像:新案貯蓄カード |
06 | 青年團體育大會 きのふ高雄高女に於て |
07 | 屏東クラブ發會式 あす市會議室で開催 |
08 | 臺中市獸肉商視察 |
09 | 彰化商品倉庫 發起人會を開催 |
10 | 役馬利用指導員 內地から招致 |
11 | 臺灣國立公園協會 臺南州支部近く創立 當局、會員の募集に着手 |
12 | 大高雄市の化粧 着着計畫を進む 明朗な新町名も募集 |
13 | 大屯郡聯合青年團 きのふ盛大に查閱 |
14 | 中堅吏員の養成に 皇民道場新設 高雄州着着計畫を進行 |
15 | 逃走犯人に 懲役六ヶ年 臺中法院で求刑 |
16 | 年末の取引に備へ 經濟警察座談會を開催 |
17 | 長老教兩學校の 聯合運動會盛況 觀眾の好評を博す |
18 | 學童泣かせの 不良少女ご用 臺南署の豚箱入り |
19 | 公學校教育調查 高雄州下各校に實施 |
20 | 腦丁溺死 |
21 | 高雄兩雜貨商組合 愈よ合併成立 |
22 | 嘉義秋競馬 第三日目の成績 |
23 | 末恐ろしい泥棒 臺中署で檢擧 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 赤化防衛、東亞安定 列國に要求する帝國の 政治的、經濟的根本理念頭條新聞 【東京四日發同盟】帝國政府は十一月十八日付對米回答において所謂門戶解放機會均等に關する帝國の根本的態度を闡明し東亞の新秩序建設の高邁なる民族的理想の一端を披瀝したが帝國の根本的目的は赤化防衛と東亞安定とにあつて右目的の達成の為に帝國の要求するところは 一、支那の自主獨立の完成 九國條約その他不平等條約に依つて歐米諸國が支那に課した半植民地的態勢を打破し新らしき支那に完全なる獨立國體制を與へること 一、日滿支の特殊關係の確立 赤化防衛の使命を達成し、世界平和建設のため日、滿、支三國は相互連環特殊不可分の關係を確立し世界新秩序建設への一貫としての東亞新體制を確立すること の二點にあつて帝國並に列國の支那における經濟的活動の範圍とその基準はこの二眼目の裡に包藏される政治的理念に依つて決定さるべく帝國政府の抱懷する右の範圍と基準は大體左の如きものと思惟される。即ち 一、第三國の支那における經濟的活動は東亞の赤化防衛の一要素としての新らしき支那の國防的基本產業並に經濟施設の經營の根本的要求に背反しないこと 一、第三國の支那における經濟的活動は新らしき支那經濟自主權を阻害するが如き政治的性質を有せざること 一、右二條件を除いた新らしき支那における一般的經濟活動に就ては第三國は均等なる立場に起つて無差別待遇の原則の下に自由競爭をなし得るものとすること |
02 | 廣東市內に肅清布告 南支派遣軍より發す |
03 | 南支戰線 廣東攻略後敵軍の 軍需品重要輸送路 九江陷落で重大打擊 |
04 | 部隊長、堂堂九江に入市 |
05 | 北部戰線 鄂爾多斯、東勝を空爆 傅軍に大打擊を與ふ |
06 | 隴海線は潼關で切斷 全く鐵路の機能を失ふ |
07 | 佛の抗議を一蹴 伊政府、強硬態度を表明 |
08 | イギリス政府も 伊政府に抗議か ロイテル通信の報道 |
09 | 國民も負擔の輕減を 望むべき時期でない 西下の池田藏相の時局談 |
10 | 寧鄉を空襲 |
11 | ソ聯に幻滅を感じ 歐米の援助を期待 國府の外交大轉換か |
12 | 文字通り提携の 劇的シーンを展開 廣州市婦女維持會成立 |
13 | 中央憲兵總司令 谷正倫殺害さる 長沙火災事件の責任を問はれ |
14 | 佛伊會談 上るべき議題 |
15 | 小麥輸入協會 近く結成を見ん |
16 | 京漢線レールを取外す 西安驛に山積 |
17 | 經濟新體制確立に 多大な効果 三國新京會談終る |
18 | 久原氏、中島氏會見 總裁問題はを豫備工作終り 具體化工作に移る |
19 | 肥料割當制は 道府縣中心 卸賣プールを設く |
20 | 森岡長官 きのふ門司着 |
21 | 米穀移動高 農林省の發表 |
22 | 本日の天氣 |
23 | 大阪商船臺灣出帆 |
24 | 近海郵船基隆出帆 |
25 | 辰馬汽船 |
26 | 大連汽船 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵中突破!三十里 寶安に日章旗飜る 東江南方の掃蕩完成 |
02 | 名譽の戰傷兵を よもすがら勞る 廣東に歸る舟中の一夜 |
03 | コンドル機三臺 我國で購入に決定 一臺八十萬圓內外 |
04 | 上海萬華鏡 國際都市の明暗相(二)/陳逢源海外遊記 戰禍と歡樂の坩堝 上海の北停車場より賢山路に亘る閘北一帶の戰跡を見れば、如何に市街戰が激烈を極めたかを知る事が出來る。就中頑丈な商務印書館總廠の傍にはクリークがあり、トーチカもあって市街戰の堡壘として最も理想的な場所であらう。とにかく見渡すところ完全な家とて一軒もなく言葉通りに全く蜂の巢の如くメチャクチャに爆破されてゐる。何しろ精銳を極めた我が軍の陸空、海三方面の立體的攻撃に對して地の利を得たとは言へ、よく二個月餘も支へ得た事は敵ながら死命を盡して抵抗したに違ひない。蔣一派の唱へてゐる焦土抗日の焦土とはかくの如きものだといふ事を實物を以てマザマザを見せ付けられたのである 私は更に自動車を飛ばして大場鎮へ行く途中に我が臺灣農業義勇團の事務所へ行って熊澤技師に敬意を表すると共に、若き臺灣青年が元氣よく大地に於て働きつゝある實況を見て心強く感じた。此の邊一帶は處々に點在してゐる家屋が多少なりとも破壞され田畑も大部分荒れ果てた儘であるが、江南の平野に縱橫に走るクリークの間に楊柳の並木が平和に眠るが如き景色は何うしても戰亂の跡とは思はれない。江灣にある市政府まで行ったら家屋がポツポツしか建ってゐないのに、矢鱈に大きい道路を先に舖裝してゐるので、私は上海租界の繁榮を奪うとする國民政市の遠大な市街計畫の意氣に觸れざるを得ない。青い瓦の市政府の建物は東洋建築の粹を取入れた瀟灑にして頗る堅固なものだ。一時は敵軍作戰の基地として我が彈雨の洗禮を受け屋根の上にはいくつか大きい孔を明けられたが、それでも尚元の儘の姿勢を完全に保ってゐる事は相當な代物だと言っていゝ。 私は有名な軍工路から宏大な遠東運動場の傍を通って一先づアスターハウスへ歸るまでは既に四五時間もかゝったので、遂に南市あたりの戰跡を尋ねる時間と餘裕を持たなかったが、今回の事變で閘北程徹底的に破壞した所は先づないさうだ。これ丈悲慘な目に逢はせられたから支那も少しは目が醒めて來ただらうが、若し一たび租界內の歡樂境に足を入れゝば未曾有の戰禍を尻目にかけて意外にも昔に增してなかなか盛んなものだ。此の現象を見て支那の亡國の兆だと浩嘆してゐる者もあれば、支那人はこれ程圖太い神經の持主だからいく度かひどい天災人禍にぶつかっても一向へコたれずに四千年も長い歷史を保ったのだと辯解する者もある。杉山平助氏が戰爭の悲慘さを現地で目撃しながら若し日本へ敵國が攻め寄せて來た時の事を考へた丈でも戰慄を感ずると述懷してゐる事は日本人らしい感覺であるかも知れない。 とにかく現在の上海では一方に避難民が街頭に溢れ出してゐるのに、他方には華麗を競ふダンスホールを始め、活動寫真、支那芝居、大世界、新世界等ありとあらゆる娛樂機關がいづれも大入り滿員の狀態である。夜の南京路から跑馬場を經て佛租界の一帶はネオンサインの展覽會と言っていゝ位に誠に魔都上海に相應しい光景である。抗日支那と歡樂支那が同じ一つの坩堝たる上海に於て沸き返ってゐる所に支那社會の複雜さがあるだから日本人の尺度を以て支那社會の一端のみを擧げて支那の本體を類推して行かうとするつもりだったら、それこそ非常過誤を犯したものと言はざるを得ない【寫真は上海市政府】 |
05 | 藤田知事來蘇 郡下山地視察に |
06 | 新竹郡役所 新廳舍竣工 七日落成式擧行 |
07 | 圖像:寶安を望む |
08 | 廣東一日の素描 飛行機の爆音に朝明けて 步哨の靴音に夜は更ける |
09 | 問題の土地へ赴任 浦部河內副領事寄港談 |
10 | 基隆市防諜聯盟 外廓機關を組織 本年中に結成か |
11 | 麻雀クラブ自肅 基隆の業者ら廢業 |
12 | 邦人逮捕 五十三名に上る バラワン島の衝突事件 |
13 | ペン部隊一行 けふ內地へ歸還 |
14 | 更に四名 廢業屆を提出 怯えた稻江藝者連 |
15 | 親日米ウィルス氏 A、Kから放送 全米にも中繼 |
16 | 叺製造競技會 十一日桃園一公で開く |
17 | 規約を起草 團平船組合結成 |
18 | 運河に飛込み 幼兒を救助 堀富特務の美擧 |
19 | 盗んだ遊興 |
20 | 少年劍道大會 |
21 | 基隆專賣品の景品 |
22 | 山東丸入港 |
23 | 北京語講習者募集 |
24 | 玉錦逝去 |
25 | 定期航空 |
26 | 人事.消息報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日本發送電會社の 事業計畫案公表 五箇年の收支豫算成る |
02 | 戰時下の農業政策(四) 勞働力補充が急務 |
03 | 砂糖船運賃が 七十錢に引下げか |
04 | 國際情勢に應じ 新定期航路開く |
05 | 米價の前途觀 出盛期で下押時代か |
06 | 商況 四日 |
07 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 講演 時局下に於ける 農家經營/江邊清夫 |
03 | 料理献立 |
04 | 子供時間 |
05 | 晝間娛樂時間 |
06 | コドモの時間 小年講談 |
07 | 浪花節 |
08 | 圖像:獨逸國境の護り |
09 | 大日方傳、佐伯秀男、北澤彪ら 上海陸戰隊で生活 隊員の生活を實地に見習ふため |
10 | 圖像:フランコ政權承認一周年 |
11 | 拾萬石馬術の譽 春日井梅鶯 |
12 | 東寶東京撮影所近況 |
13 | 「愛國巡禮歌」 撮影開始 |
14 | 大都佐伯監督の 「野狐三次」 |
15 | 大都の國民映畫 「同胞の歌」 撮影を開始 |
16 | 「母子船頭歌」 |
17 | 寬壽郎、松田コンビ 「荒獅子」配役決る |
18 | ユナイトの 新入荷作品 「無冠の帝王」 |
19 | 海外映畫短信 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 募集中の「屏東市歌」 當選者を發表 應募者實に百三十餘名 |
02 | 東港郡防協支會 盛大に發會式を擧行 |
03 | 防寒品献納運動 朴子分區愛婦が蹶起 |
04 | 千葉上等兵 遺族の美擧 |
05 | 竹東防諜座談會 非常な好成績を納む |
06 | 觀音庄寺廟整理 大體の方針愈よ決定 |
07 | 釣錢詐欺出沒 員林の菓子屋ご難 |
08 | 小賣商聯合會 鳳山街で結成 |
09 | 觀音の兩青年團 大雨中に視閱 |
10 | 海山郡保正會議 新曆正月勵行を高調 |
11 | 養鷄事業を獎勵 鳳山郡愈よ大童 來春に雛一萬匹を配給 |
12 | 岡山街の市區 計畫圖公表 |
13 | 苑裡聯合青年團 查閱を擧行 |
14 | 肥料詐欺ご用 |
15 | ローカルセクション |
16 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | スポーツの豪華版 高雄州の體育大會開かる 秋空下に白熱戰を演ず |
02 | 金賣却三百萬圓 彰化臺銀支店の取扱高 |
03 | 臺中州保護事業大會 けふ教化會館に於て |
04 | 圖像:輝く武勳古莊中將參內 |
05 | 高雄市協愛會 七日例會を開催 |
06 | 高雄港の一角に 日諾親善の交驩 愛國行進曲を口吟む |
07 | 臺南州歌 帝都から放送さる |
08 | 臺灣軍司令官 花蓮港を視察 |
09 | 圖像:故國へ感激の放送 |
10 | 高雄州青年團體育大會成績 |
11 | 內海知事來屏 白衣の勇士慰問 |
12 | 汕頭に食糧恐慌 市民續續地方へ避難 |
13 | 船腹不足の為め 臺中米は積出不能 州當局の傭船に期待 |
14 | 九死一生の船員 救助されて歸臺 喜洋丸の船體は放棄 |
15 | 彰化商工會議所 月例會を開催 |
16 | 大船溜起工式 きのふ嚴肅擧行 |
17 | 社告/臺灣新民報社報社消息 |
18 | 本社駐在員會議報社消息 |
19 | 圖太い女衒 誘拐罪で告訴さる |
20 | 大橋改築工式 來年末に完成 |
21 | 嘉義競馬(第五日) |
22 | 屏東クラブ けふ發會式 規定案を上程 |
23 | 書道會移動展 あすから高雄で |
24 | 彰化の年末大賣出 |
25 | 土地拂下の好餌で 運動費を騙取 彰化署に檢擧さる |
26 | 消息報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新中央政府成立せば 獨伊兩國は承認せん 蔣政權を實質的否認 |
02 | 增稅斷行は不可避 陸海軍所要經費總額 六十億圓に迫らん |
03 | 陸軍費は四十億程度 |
04 | ボーナスの公債 支給は良い事だ 結城日銀總裁車中談 |
05 | 御通題「銃後の守り」 大御心の程に恐懼 |
06 | 重慶で重要會談 國防政府の組織を計畫 |
07 | 黃河北岸の 中央軍游擊隊 潼關以西に退却さす |
08 | 第一戰區司令に 彭懷德を內定 |
09 | 特殊リンク制採用 年內に實施を見ん |
10 | 不穩分子を一齊掃蕩 廣東陸海警備區域のの |
11 | 金口木舌/林正享 |
12 | “從來の支那とは 全然別個の存在” 溫法制院長南京へ歸任 |
13 | 國共兩黨の 協同委員會 他黨派も加入さす |
14 | 益陽、寧鄉を猛爆 |
15 | 敵の遺棄死體 五萬六千に上る 北支の共匪肅清戰 |
16 | 割當の貯蓄債券 賣出前日に豫約濟 臺南、高雄兩州の一萬一千枚 |
17 | 陸軍異動 |
18 | 佛政府の彈壓に 抗議罷業は蔓延 米國航路遂に休航 |
19 | 伊國民當然の要求 何を意味するか 佛、多大の關心を寄す |
20 | 獨佛共同宣言 三項目の骨子 |
21 | 明日の天氣 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 全國に忠靈塔を建立 護國館も建設運動起る |
02 | 黃浦を大築港せば 大廣東の繁榮近し 來れ!南支雄飛に期待 南支船舶の權威者北村部隊長語る |
03 | 今明日中、電燈復舊 市內の動き俄かに活氣づき 明朗廣東の姿愈よ躍動 |
04 | 臺北市役所の 新廳舍上棟式 けふ盛大に擧行 |
05 | 小田教授退職 けふ便船で離臺 |
06 | 勳章を御下賜 コンドル機の五勇士に |
07 | 勞働爭議激減して 生產擴充を反映 賴し、戰時下の勞働界 |
08 | 贈答を廢止 基隆市が通知 |
09 | 將兵慰問金 基隆で更に一萬五千圓募集 |
10 | 罪は一瞬・涙は一生 樂隊で市內を練って宣傳 けふから防犯週間 |
11 | 署郡呼應して 防犯の大宣傳 |
12 | ありあり見える 本島人の皇民化 お馴染の本紙小說「假面鬼」執筆者 甲賀三郎氏の視察談 |
13 | 基隆郡の宣傳 |
14 | 湯爾和氏が放送 七日夜AKから挨拶 |
15 | 落磐で重傷 |
16 | ガンヂス丸情報 |
17 | 鄉軍高雄市聯合分會發會式 |
18 | 保甲協會總會 |
19 | 赤堀知事蕃地視察 |
20 | 死體を解剖 店子追出事件 |
21 | 團旗樹立式 屏東郡聯合青年團 |
22 | 排球指導日割決定 |
23 | 浮田氏觀音で講演 |
24 | 定期航空 |
25 | 人事.消息 |
26 | 今晚の放送 |
27 | 商況 五日前場 |
28 | 今日の興行 |
29 | 民報案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(147)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 事變に動かされた 子供の戰爭ごっこ 教育上良いかわるいか 又之を善導するには? |
03 | 體力を練る運動も 體質により適不適 虛弱兒には惡い跳躍や駈足 ダンスなら心臟病にもよい |
04 | 溫かい鍋料理の季節 氣のきいた鍋と焜爐 |
05 | 芙桑こんろ(水こんろ) |
06 | マカロニの茹で方 |
07 | 風呂の新知識(上) 釜の種類と其利害得失 |
08 | 圖像:鯨帝都へ上陸(その三) |
09 | 古毛織物の更生 脫色、消色、漂白、染色 |
10 | 上戶黨の好む 鹽辛の効用 食慾を増し消化を助く |
11 | 立仕事に不向き 扁平足の治療法 砂地を履むも一策 |
12 | 經濟で美味しい いそ飯と干葉飯 |
13 | 古モスと布屑 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 臺灣の人口は昨年 十三萬餘人の增加 一日平均三七七人殖える 總督府調查課の發表 |
02 | 圖像:平和の色 |
03 | 戰死した恩師の 慰靈塔を建設 農園の野菜を賣って |
04 | 我が國寶が 初めて洋行 獨逸の日本美術展に |
05 | アルミニユムの話 最初に發見したものは 丁抹の化學者 |
06 | 高雄州水產會で スッポンを養殖 內地より成績が良い |
07 | 羅馬からの贈物 石松とシーザーの銅像 |
08 | カタカナ欄 支那ノ少年カラ 皆サンニオ手紙 |
09 | 鐵條網 三つの方法で打ちこはす |
10 | 高射砲の彈 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 職業能力の登錄制 明春二月實務開始の豫定 四勅令案、外地も適用頭條新聞 【東京五日發同盟】五日の總動員審議會で可決を見た一般國民の職業能力に關する登錄制は諸般の手續を經て來る十五日頃勅令公布の豫定で細目に關する省令は右勅令より遲れる模樣であるがこれが實施に就ては明春一月中に一切の準備を整へ二月より實務を開始する豫定で國營職業紹介所を中心に青年團其他團體の自發的協力に依り申告をなさしめることになつてゐる、然して登錄職種は技術者は鑛山技術者、機械技術者、普通勞務者は金屬工業、機械器具製造工業關係では旋盤工、鑄物工等約六十職種、鑛山關係では採炭夫、支柱夫約十職種、化學工業關係では約二十職種其他交通、通信關係の自動車運轉手、航空機搭乘者等計約百餘種これらの職種に屬する勞務者及び學校卒業者で年齡十六年以上五十年未滿の男子が要登錄者となるのであつて氏名、生年月日、本籍、居住の場所、兵役關係、學歷職業に從事する者に就ては其の職業名、就業の場所、職歷及び技能程度、給料又は賃銀、配偶者の有無及び現に扶養する者の數、健康狀況、總動員業務に從事する場合の希望等を職業紹介所に申告しこれを登錄することとなりまた一定の事項に關してはその都度移動の屈出をなさしめ常時全國的に主要職種に屬する勞務者の分布配置狀況を明確にし得ることとなるのである、これに要する經費として囊に第二豫備金よりの出支を得た、また技能程度は一應標準を示して申告せしめ必要に應じて檢查することになつてゐる、尚五日可決を見た四勅令案は何れも外地にも適用されることになつてゐる |
02 | 四勅令案を可決! 第三回國家總動員審議會で |
03 | 日支文化を結ぶ 幾多貴重たる收穫 東亞文化協議會閉幕 |
04 | コンドル機は今朝 立川飛行場を出發 一路ベルリンに向ふ |
05 | 秩父宮殿下 立川へ御成り ヘ機長らに謁を賜ふ |
06 | 四川省の青壯年 八十萬を軍隊に編入 |
07 | 廣西省の近況 主要都市は大混雜 |
08 | 顧問官補充 三氏決定す |
09 | 國共合作に關する 中共側の新提案 |
10 | 國民組織の趣意、綱領 八相の意見が一致 けふも閣議後更に會議開く |
11 | 久原氏、四委員に對し 問題解決を慫慂 鈴木前總裁にも報告 |
12 | 圖像:京漢線灄口、信陽間列車開通 |
13 | 河曲の兵營を爆碎 陸の荒鷲引續いて活躍 |
14 | 東京人絹の 決算重役會 |
15 | 宜昌空襲 |
16 | 米、佛の兩艦 漢口を拔錨 下江の途に就く |
17 | 陸軍異動 |
18 | 「廣東郵物監理局」開店 思ひ思ひの手紙を片手に 市民は窓口に殺到 |
19 | 自分は何も見ず ナニも聽かない 漢口ソ聯タ參事官との會見記 |
20 | 戰歿六勇士の 慰靈祭を擧行 海軍部隊、○○隊本部で |
21 | 岡崎總領事は 廣東に歸任 事務所は市內某所に進出 |
22 | 業態別組合結成 きのふ基隆で打合せ |
23 | 東京實業組合 聯合會長決る |
24 | 南米輸出入 組合聯合會 設立認可さる |
25 | 總督府辭令 |
26 | 屏東競馬場 新設備增設 經費六千圓を投じて |
27 | 本日の天氣 |
28 | 大阪商船臺灣出帆 |
29 | 近海郵船基隆出帆 |
30 | 辰馬汽船 |
31 | 大連汽船 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 人民と接觸する官吏の心得 接客業者の健康診斷に因んで社說 一 政治を行ふに當つて治德のもつとも重要視さるべきことは曾つて本欄に於て指摘した通りであるが治德のみあつても治術これに伴はなければ亦完全なる政治を行ふことが出來ない。一片の婆心を以て病苦を解脫せしむことは醫者の醫德であり、藥餌を與へ、手術を施すことは醫者の醫術に屬するものである。治德と治術の關係もこれと異なるところはない。治者は努めて善政を施行せんとすることは人情の本然である。然しその施しやうの如何によつて非常な成功を納めることもあれば反つて謂れなき摩擦を生じ非難を蒙る結果にならぬとも限らない。之れ一にその治術の巧拙によるものである。大國を治めること小鮮を烹るが如しと云ふ。政治するに當つて如何に細心の注意と優れた技術が必要であるかは凡そ贅言を要しないであらう。 二 この度島都の藝妲に對して全身の健康診斷書を提出せしむべく北署から言渡されたが彼女等は何を感違ひしてかこれを娼妓と同じやうに檢黴を實施するものであると早合點し、憤慨と恐慌に驅られた彼女等は柳眉を逆立ちて檢番に廢業屆を提出する者、又は廢業を聲明する者その數たちまち數十名に上り、稻江の花柳界に時ならぬ波瀾を捲き起した。 社會保健の見地より見て接客業者に健康の確保は絕對に必要な條件である。藝妲も接客業である以上決して放任すべきものではない。又藝者の立場から見ても健康診斷書の提出は決して娼婦の檢黴と同性質のものではなく、從つて彼女等の自尊心を傷けるものではない。のみならず健康の證明があることに依つてお客にも安心を與へる結果になり、寧ろ商賣繁昌を齎らすこそすれ、何等損害を蒙るものではない。 三 然るにその結果は何故に斯くも豫期せざるものになつたのであらうか?茲に署當局の不用意があつたのではないか。卽ちその說明に明瞭を缺きその取扱ひに親切の至らざるところがあつたのではないか。若し藝者が許可營業者であるが故に、普段鞠躬如として唯だ命これ從ふものであるが故にぞんざいにこれを取扱ひ、天降り的に押しつけた嫌があるとすれば甚だ遺憾とせねばならない。勿論女子と小人は養ひ難しと云ふ諺もあるから、一一その機嫌を取つてゐた日には何一つ出來るものではない。只だ吾人の言ひたいのは當局者に於てこの場合若干親切氣を示してその理解を求め、納得の往くやうに取扱つたらもつとよき結果が得られたのではないかと思はずに居られない。殊に健康診斷とは云へ事苟くも身體の檢查に關するものであるからその關係極めて微妙、その感じやう一つで惡く解釋される恐れが多分にあり、從つてその自尊心を傷ける結果にならぬ共限らないのである。 四 前述の問題は市井の屑事に過ぎないかも知れない。然し政治上の技術に關する點から見ればその性質は決して國家の大問題と異らないのである。殊に本島の如く教育の未だ普及してゐないところに於ては直接人民に接觸してゐる第一線の官吏に對して一層その親切なる態度を求めずに居られない。統治者であると同時に教師としての親切を要し、父母としての愛情を要することは東洋に於ける政治理想の要求するところである。殊に新附民を統治する場合にこの條件が一層痛切に要求されるのである。本島に於ける第一線の官吏はややもすればこの點をおろそかにする傾向がないでもない。為めに善意なる施政方針でも直接人民に當る場合は甚だ歪曲された形になつて終ふ場合は必ずしも少なしとしない。直接その衝に當るものの戒心を喚起すると同時に、監督の地位にあるものの關心を促したいものである |
02 | 健氣な日本人少年 元氣よく廣東一番乘り |
03 | 高雄の地位愈有利 關係者ぞくぞく入廣 |
04 | 臺灣慰問隊と同船 薄暮、廣東に到着 |
05 | 敵ながら天晴れ 逃場を失って手榴彈で自爆 |
06 | 上海萬華鏡 國際都市の明暗相(三)/陳逢源海外遊記 舞女、野鶏と嚮導社 魔都上海の特色としては性の徹底的解放である。金儲けの手段とならば上海の女は如何なる破廉恥事をもなし得ない事はない例へば磨鏡と稱して女と女との間に淫亂のテクニックを見世物に供するが如き獵奇は夙に上海の名物の一つとなり四馬路にある有名な茶樓青蓮閣は私娼の一種たる野鶏の巢窟として知られてゐる。現在では大世界及び新世界と同樣に活動とか、芝居とか、其他雜多な興行を經營してゐる大東旅館のビルディング內に於て晝夜の區別なく高等な野鶏が二、三百名も集まってゐる彼女達は各々娘姨といふ召使とも身內ともつかない者を一人づゞ附添はしてゐるから、凡ての取引は先づ娘姨と折衝した後然るべき場所へつれて行くのである。 勿論大東、東亞、一品香等の如き支那人の一流旅館でさへかかる待合の兼業によって賑ってゐる位である。彼女達の內には或はダンサーの成れの果て者もあれば、或は女學生の墮落した者もあり、又は生活難に逐はれて餘儀なく肉の切賣をなさゞるを得ない者が最も多いようだ。最近嚮導社と稱して美貌な婦女子を狩り集めて交際花即ちステッキガールとして經營する者が續出して來た。表看板では旅行客の案內役としてゐるが、實は野鶏の變態したもので一時間一圓の割合を以て普通の宴席にも侍べるし、ダンスホールへも附合ふ許りでなく、双方さへ合意すれば何處へでもつれて行かれるといふ變幻自在な代物である殊に戰爭の影響によって各地より上海租界へ目掛けて避難して來た多少餘裕のある連中を始め一般旅行者には此の種の女を最も手頃な相手として一時は非常な勢ひで增え出しとうとう二千人以上にも達したさうだかうなれば如何に自由放任主義な工部局も遂に躍起となって其の營業の制限に乘り出したさうだ。もう一つ上海で最近となって加速度的にハヤリ出したのはダンスである。就中麗都、仙□、百樂門といふ一流のホールは相競ふて華麗な設備に大金を□ぎ込んでゐる許りでなく、ジーズバンド以外にいゝ音樂とか又は色々なステージダンスを□じて人氣を博してゐる。ダンサーは支那人が最も多く外國人も少くないが、中にも支那人の□ンサーは蘇杭兩地の美人の粹を集めた程の粒揃へである。 彼女達はいづれもを贅を盡したきらびやかな流行服裝を着□なしながらモーダンボーイを相手にして踊ってゐる風景からは何うしても戰亂上海の觀念が□んで來ない。若し其の他の二三流どころのホールを合すれば少なくとも二百は下らないさうだから、上海では如何にダンスが全盛極めてゐるかが窺はれる。 これがために舊時代の長三とか么二とかさういった一二流の藝者は既に往年の勢力がなくなった。上海の支那人でさへ名のある長三を遊ばうとするには時間と金を費やしてかゝらなければならないから、一般の旅行者には蓋し無緣な眾生であらう。若し平和時代ならともかく現在の如き殺伐時代にはかゝる悠長な封建趣味よりも自然と刹那的享樂に耽けざるを得ない。從って上海の如き輕薄な所では高等野鶏たるステッキガールやダンサーが等が特に跋扈するに至った事は或は自然發生的な現象であるかも知れない。(寫真は大世界歡樂鄉) |
07 | 至上の經驗 通譯部隊張松標君から 臺大矢野教授へ通信 |
08 | 內務部長會議 八日督府で |
09 | 新實業團體の 結成打合會 きのふ宜蘭街で |
10 | 圖像:報國號海軍機七機の命名式 |
11 | 恩賜財團軍人援護會の 臺灣本部設置さる 州、市に支部を置く |
12 | 臺灣で合宿練習 オリムピック女子選手が |
13 | 河田烈氏渡臺 大和丸神戶出帆 |
14 | 住宅難緩和に 高雄に建物會社 きのふ創立總會 |
15 | 利澤簡公運動會 |
16 | 羅東街壯丁團の優勝祝賀會 |
17 | 新竹大麻頒布式 |
18 | 味の素不良品 基隆で約十軒 |
19 | 玉錦告別式 |
20 | 定期航空 |
21 | 人事.消息 |
22 | ときの声 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺灣貿易飛躍 本年度貿易額 八億圓を示現せん 十一月末七億四千萬圓突破 事變下で好調を持續 |
02 | 兩港の停頓米 四十萬袋へ累增 蓬萊米全面的積止めて 歲末決濟を危惧さる |
03 | 本島の貿易好調(十一月中) 總額五千六百萬圓 |
04 | 臺灣茶の中北支進出 支那茶在庫で打擊 青島、濟南方面は有望 文山製茶專務王添灯氏語る |
05 | 正米市場取引に 緊急受渡を實施 新竹州米驛受渡を開始 |
06 | 貨車不圓滑で 砂糖市價が高い 分蜜糖は小賣廿三圓 |
07 | 本島の事業組合(六月末迄) 成績一般に不振 肥料購買高激減等で |
08 | 三派組合の存在 今や厄介視さる 督府・神戸に駐在員を派遣 |
09 | 反毛市價暴騰で 公定值段を設定 原料價格取締の嚆矢 |
10 | 丸糯米が反落 蓬萊は小聢り |
11 | 市價及商況 五日 |
12 | 照明燈 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 講演 「簡易生命保險契約高 五十億圓達成に當りて」/松本烝治 |
03 | 歌謠曲 |
04 | 通俗科學講座 季節風の話/西村傳三 |
05 | 晝間娛樂時間 |
06 | エノケンの びっくり人生 |
07 | 圖像:長良川の鵜飼を萬博へ |
08 | 趣味娛樂 酒を解剖する!(上) 醫學博士岡田道一氏談 |
09 | 十日迄續映 路傍の石 國際館で |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語振興を期し 研究發表會を開催 來る十七日北港公にて |
02 | 高砂族の國演會 能高郡主催で好成績 |
03 | 圖像:警視廳舍合同慰靈祭 |
04 | 金献運動好成績 東石郡六十四萬圓突破 |
05 | 蔬菜供給組合 鳳山街に於て創立總會 |
06 | 東石郡聯合 壯丁團の查閱 |
07 | 東港教育界に 不祥事件發生 父兄連廓清を要望 |
08 | 竹子脚の堆肥豚社 本年末に完成 |
09 | 斗六郡聯合青年團の查閱 |
10 | 改札係の暴行 |
11 | 社告/臺灣新民報社報社消息 |
12 | ローカルセクション |
13 | 青物相場表 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 司法保護事業大會 きのふ盛大に開催 滿場宣言決議を可決 |
02 | 國債賣行き好成績 臺南市の豫約六、七萬圓に上る |
03 | 石本・平田兩部隊(一) 輝やく長江進擊美談 |
04 | 千萬圓の目標 金一息の努力 高雄州の金總動員 |
05 | 中等學校生の演習 諸計畫愈よ具體化 |
06 | 屏東市大麻頒布式 |
07 | 金賣却の徹底に 役員が街頭進出 花蓮郡報國會の役員會の決議 |
08 | 原中將來南 各方面を視察 |
09 | 嘉義郡壯丁團檢閱 頗る好成績を擧ぐ 非常時に相應しい緊張振り |
10 | 白衣の勇士慰問の霧峰の園遊會延期 |
11 | 圖像:選擧シーズン來る |
12 | 本年掉尾の豪華版 市民體育會を開催 屏東市市政五周年の紀念行事 |
13 | 慰問映畫會 愛婦臺中支部の主催 |
14 | 船腹不足で高雄の 倉庫米砂糖で一杯 商工會議所要路に陳情 |
15 | 郡守市尹打合會 あす高雄州にて |
16 | 開封の年賀狀 使用罷りなりぬ |
17 | 戶床元庄長判決 執行猶豫の恩典 求刑通り一ヶ年の懲役 |
18 | 失業者の救濟に 高雄市躍起となる |
19 | 大出上等兵 戰病死を遂ぐ きのふ告別式擧行 |
20 | 慰安音樂會盛況 |
21 | 十二歳の少年 止水栓を盗む 臺南署に檢擧さる |
22 | 嘉義市の唎酒會 |
23 | 嘉義秋競馬 最終日後半の成績 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國民總動員新組織の 趣意書、綱領決定す 物心兩面、總力を集中動員 |
02 | 新機關の組織大綱 內務省の所管中央機關、地方機關 |
03 | 南雄、肇慶を空爆 陸の荒鷲空の殘敵を掃蕩 |
04 | 游擊隊とは名のみ 西江の敵、防備に喘ぐ |
05 | 新街附近の 敵を急襲 |
06 | 柳州爆擊 |
07 | 富士紡社長鹿村氏が就任 |
08 | 雷州、北海進擊を恐れ 住民に避難命令 梧州の司令部も移轉 |
09 | 樞密顧問官の 親任式を御擧行 |
10 | 金口木舌/林正享 |
11 | 西南ルート 再建に狂奔 米に一萬八千噸 軌道を交涉中? |
12 | 支那側の不信態度に 佛蘭西側が憤慨 滇越線レール二重購入 |
13 | 勅選八名の補充 今週中に決定か 下馬評に上る人人 |
14 | 米、佛兩艦愈よ 揚子江を下江 我手厚い保護に感激 |
15 | 山西の有力游擊隊 歸順を申出づ 原枝隊長以下千五百名 |
16 | 廬山下山外人 今夕九江着か |
17 | 明日の天氣 |
18 | 總動員(15)/長田秀雄;夏目醇 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 關釜連絡の大隧道 夢物語り實現の機運 鐵道省に委員會設置 |
02 | 四百餘州を鵬翼下に 擊墜爆破二千七百餘機 我が空軍活躍の跡 |
03 | 「國民奉祝の時間」特設 祝賀式を擧行す 元旦に覺悟を新たにす |
04 | 日、獨官民歡送裡に コンドル機出發す 東南に向け快翔 |
05 | 沖繩東方を通過 マニラ着は午後四時前後か |
06 | 熱帶農學會の 講演會 十一日公會堂 |
07 | 國語普及研究發表會 文教局長、知事以下千餘名參會 十七日北港公で開く |
08 | 白衣勇士を 總督が慰問 |
09 | 帝大生も參加し 犯罪模擬搜查 北署の防犯行事 |
10 | 新竹に家政女學校 來年度から實現か |
11 | 基隆新聲舞台で 「防犯の夕」 |
12 | 皇軍慰問雜誌 督府圖書館で募集 |
13 | 基隆署の 搜查訓練 |
14 | 州下の郡庶務課長會議 |
15 | ウィルス氏の 廣東視察放送 七日と九日兩回 |
16 | 自動車に衝突 |
17 | 精鍊夫奇禍 |
18 | 臺北鹿兒島縣人會 |
19 | 本社蘭陽支局長 葉長澤氏結婚式報社消息 |
20 | 橫矢氏の奇特 |
21 | 基隆のボヤ |
22 | 定期航空 |
23 | 人事.消息 |
24 | 今夜の放送 |
25 | 商況 六日前場 |
26 | 今日の興行 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(148)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 愈よ物心の總勘定 非常時の歳末らしく 無駄省いて緊張第一 |
03 | 木炭の經濟的利用法 コロンの素材、形狀に依って 火力も火持も違ふ |
04 | 思ひ切って冬も簡單服に 暖かく經濟的で 仕事の能率も上る |
05 | 圖像:鯨帝都へ上陸(その四) |
06 | ほんたうの美は 美容食事から 貴女の健康保持のためにも 化粧料以上に緊要 |
07 | 蜜柑を召上れ 子供さんの成長に 必要なビタミンC |
08 | 風呂の新知識(下) 石炭焚きの秘傳 |
09 | 紙上病院 |
10 | 揭示板 |
11 | 鰯の鳴戶卷 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 罪は一瞬・涙は一生 昨日から防犯週間 百の鍵よりも一人の留守居 銃後の社會は明朗に |
02 | 圖像:猫の代用 |
03 | 戰時下のお正月 古疊で迎へる 高雄市の坂田さん |
04 | 金鵄勳章のお話 皇紀二五五〇年の記念として 明治廿三年に制定 |
05 | 圖像:兔ちゃん續續登場(その五) |
06 | 食用蛙二十萬匹 米國から大量注文 |
07 | カタカナ欄 薩摩薯ノ王樣 一ツノ重サ六粁 高知縣ノ田ノ口村 |
08 | 五地方の產金 |
09 | 智慧袋 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ソ聯の遷延口實は 何ら理由根據なし 飽迄漁業權確保に邁進頭條新聞 【東京六日發同盟】外務省では漁業條約問題に關し五日在モスクワ東鄉大使に訓令を發するとともに六日情報部長談の形式を以て我方の決意を明示しソ聯側の非を難詰するところあつたが元來帝國の露領沿岸における漁業權はポーツマス條約第十一條第一項の明文に基くもので漁業條約はこの基本權の行使規程に過ぎず假協定條約が消滅するとしても該漁業權その物の消滅することは絕對にないのである、然るにソ側は一九三六年秋兩國間に妥結を見た改訂漁業條約に對し調印間際に突如手續未完了を口實に調印を拒否するに至り爾來我方數次の調印督促にも拘らず何等誠意を見せず最近に至つては逆に北鐵支拂金問題及び日本がポーツマス條約違反をなしつつありと強辯して本交涉を故意に遷延せしめつつあるのである、而してソ聯の稱するポーツマス條約違反とは 一、ポーツマス條約によれば南滿洲鐵道守備のため一粁十五名以上の駐兵が出來ぬのに日本はこれ以上の兵力を滿洲に駐屯せしめてゐる 一、日本は宗谷海峽は要塞地帶なりとて自由航行を阻害するが如きはポーツマス條約第九條に違反するものなり との二點であるが我方の右に對する見解は 一、滿洲に於ける帝國の駐兵權は滿洲國の獨立に依る日滿議定書に基き獲得せるもので且つ北鐵を委讓せられたる今日日露双方の鐵道守備兵力を規定せる條項は問題の對象となり得ない。 一、ポーツマス條約第九條の規定は嚴に日本側はこれを遵守してゐる。然して宗谷海峽は幅員二十三浬を有するものでたとへ日本領海の部分が立入禁止區域となるも何等自由航行を阻害するものでない。また北鐵支拂金問題は元來ソ聯政府の滿洲國に對し履行すべき債務を履行せぬため已むなく滿洲國に於て北鐵代償最終割賦金約六百萬圓の支拂を留保するに至つたもので理は滿洲國にあるは明瞭なるのみならず漁業問題とは全く別個の問題である。 以上の如くソ聯側の口實とする遷延策は何等根據なきのみならず或は別個に商議すべきものなるは明かにしてこれを以てしてもソ聯の漁業條約に對する態度が如何に理不盡なるかは明瞭であつて我方としては一時たりとも漁業權の中絕を許さず飽くまで漁業權確保に邁進する決意を固めてゐる。 |
02 | 我重大權益の毀損 到底許し得ない 外務省情報部長談 |
03 | 照宮成子內親王殿下 第十三回の御誕辰 |
04 | 江上部隊の奮戰談(上) 秋晴れの一日某地に於ける ○○驅逐隊諸勇士交交語る |
05 | 普通銀行の預金高(十月末日) 百四十一億三千四百餘萬圓 藏相、銀行大會で演說 |
06 | 日支調整根本方針 十一日大阪公會堂で 首相、BKを通じ放送 |
07 | 國民組織結成案 大體意見が一致 きのふ八相會議で細目檢討 |
08 | 純軍事的段階から 建設的段階に移る 支那事變の推移に付きタン紙が報道 |
09 | リ獨外相パリへ 國境不可侵共同宣言に署名の豫定 |
10 | 日伊の文化協定 來春匆匆正式に調印 |
11 | 滿、波領事交換協定 けふ內容を發表 |
12 | 神田嘉義署長 能高郡守に榮轉 後任に森清吉氏拔擢 |
13 | 廣東の經濟復興に 決定的動因を與ふ 郵務局を為替・貯金事務も開始 |
14 | 洞庭湖東岸地區 一帶を猛爆擊 |
15 | 英の抗議的申入 伊外相が一蹴 |
16 | 定例閣議 |
17 | 岳州の治安進捗 |
18 | 横濱、漢堡線を 郵船が復活す 十隻を定期就航 |
19 | 專檢合格者 並に科目合格者 |
20 | 本日の天氣 |
21 | 大阪商船臺灣出帆 |
22 | 近海郵船基隆出帆 |
23 | 辰馬汽船 |
24 | 大連汽船 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 爭議一轉して生產擴充へ 勞働界最近も協調的傾向社說 一 凡そ戰爭はこれを二つに分けて考へることが出來る。その一つは軍事であり、他の一つは經濟である。しかして軍事は、直接軍人の掌るところにして、經濟は銃後國民の當然負擔すべき義務であるが、この軍事と經濟は恰も車の兩輪に於けるが如く兩兩相俟つて始めて目的が達成されるものである。事變以來茲に一年四ヶ月、支那四百餘州は殆ど皇軍の占領するところとなつた、若し事變にして憂ふるところありとせば、そは軍事に非ずして國民の經濟力にありと云はねばならぬ。漢口陷落と共に事變は今や長期作戰の第四階段に入り、殊に占領區域に於ける長期建設は漸くその緖につかんとしてゐる。國家總動員法の全面的發動も考慮されてゐる外、軍事費の增加、增稅等も避け難き重大な時局にあり、國民として負擔の輕減を望むべき期でないことは覺悟の前ではあるが今後に於ける長期建設に尚多大の國力を傾注せねばならぬことは云はずとも自明の理である。 二 長期戰に對處して國民がおのがじし國策に順應する外、その立場によつて滅私奉公、銃後の責務を盡さねばならぬことは、言を俟たざるところであるが、とりわけ一國の國力を左右する產業界にあつては、特にその必要を痛感され要望されるものである。蓋し產業は國民の厚生、國力の充實增進を圖る國家的大使命を帶びてゐるからである。事變發生以來、勞資共に時局重大性に鑑み產業報國の精神に燃え、勞資一如を顯現して來たことは、非常時下我が國情のしからしめたものであるとは云へ、洵に喜ぶべき現象と云はねばならぬ、これは昨夏、厚生省が「勞資關係調整方策要綱」を樹立し、各事業場に於て勞資を包含した產業團體を作り、更にこれを統合し、事業として懇談會、能率增進、待遇、福利、教養等による指導よろしきを得たものであると云ふものの、勞資側の產業報國精神に出發した協調の美果であることを忘れてはならない。 三 試みに最近に於ける勞働爭議を見るに、昭和六年の二千四百餘件が最高記錄となつてゐるが昭和十一年來物價高騰により勞銀値上げ要求の爭議が相次いで起り、一時その成行を憂慮されてゐたが、支那事變が勃發するや爭議は殆ど絕えてしまつたかの觀を呈した。去る五日本紙特電の報ずるところによれば、本年一月以降九月までの爭議件數は、僅かに八三七件(厚生省勞働局調查)に過ぎず、これを昨年同期の一八六七件に比すれば一○三○件の激減を示し、半減以上の好成績を示してゐる。殊に注目すべきは、件數の減少と共にその爭議內容たる賃銀增額、勞銀減額反對、解雇反對、退職手當增額等から轉じて、勞働時間の短縮、工場福利施設要求に向ひ、生產力の擴充に伴ふ勞働强化を反映してゐるところ、勞働者の生活安定を物語つてゐるとは云へ、如實に勞資一體、產業報國の精神を顯現したものと見るべきである。 四 尚ここに注意すべきことは殷盛產業中わけても軍需關係者は、層一層の深省がなければならぬ。事變勃發以來、軍需品の生產が擴充され、皇軍が輝やく戰績を擧げたことに役立ち、聖戰に有終の美果を結ぶことは、軍政當局の要望であると同時に、國家が國民に對する一つの重大な要請であるからである。殷盛產業に參加し得ることは、生をこの聖代に享た斯業の果報である。時局重大を認識して君國のため奉公の誠を效さねばならぬ。又一般產業に於ても、目下貿易振興の線に沿つて生產擴充が要望され、着着と國力の充實に邁進してゐる時である。この秋に當り層一層協調の實を擧げ勞資一如の精神を發揮し、產業報國に邁進する覺悟を新たにしたいものである。 |
02 | コンドル機歸還途中 マニラ灣沖に不時着 乘組員、漁夫に救助さる |
03 | 不逞分子を大搜查 廣東市の自警團整備強化 |
04 | 家屋稅附加稅率 臺北州では九日頃に決定 屋賃值上げを警戒 |
05 | 年賀郵便特別取扱 廿日から廿九日まで |
06 | 上海萬華鏡 國際都市の明暗相(四)/陳逢源海外遊記 歌女.蘇雪舫 支那人は一般に芝居が好きであるが、支那芝居は歌劇であり歌が主でせりふがであるから、支那人は普通聽戲と稱して見るよりも聞くべきものだとされてゐる。若し歌が上手でなければ如何に藝が上達してもなかなか名優の仲間に入れて吳れない。從って芝居と切り離して單に歌だけに對しても相當な魅力を持ってゐる。支那芝居での歌は西皮、二簧と稱して主に北京を中心として發達したもので、臺灣の藝者の歌も多くは之である。佛租界にある歡樂鄉大世界は入塲料僅か二十二錢の一般民眾の娛樂機關で、主として中流以下の階級たる小店員、勞働者又は地方の客を吸收するのを目當にしてゐる、四階建の立派な建物の中には色々な催し物はあるがいつも人氣を呼んでゐるのは單に歌女の歌を聞かせる共和廳と稱する塲所である。 私は或る晩舊友石煥長君からは一つ大世界の名歌女蘇雪舫の歌を聞かうぢゃないかと誘はるる儘、二人で自動車を飛ばしてフラリと大世界の共和廳に入った歌女は十數名もあったらうが麗娟とか、彩鳳とか、秀珍とかいって代る代る坐席正面の高いステージの上に立って各々得意な歌を唱ってゐた。最後に現はれたのが蘇雪舫で、別嬪と稱する程ではないが肉つきがよくどことなく他の歌女よりはレファインされてゐる。蘇雪舫の聲はステージの額に大書特書してゐる珠圓玉潤とか、又は霓裳仙曲に相應しいものか何うかは知らないが、とにかく聲量と言ひ、喉韵のよさと言ひ、流石上海歌女の第一人者たるに恥ぢないメロディを漂はしてゐるから、方々からは好好と連發されたといふすばらしい人氣である。 石煥長君は上海で美容醫院を開業してから既に十年も立ったので、殊に命よりも顏を大切にする上□ガールの信用を博し、今では相當に繁昌してゐる。蘇雪舫も彼の御得意であった關係から相知合となったので、翌日私と一しよに彼女の住宅を訪れて色々と身の上話を聞いた。部屋の中には西洋ペッド電燈スタンド、ラヂオ等の設備があり、特に目立ってゐるのは雪裡花容添月色、舫中秋夜作春宵といふつやつぽい文句のがあって一寸小綺麗に飾られてゐる。 彼女は蘇州の產で年頃は二十五六歲に見え十七歲から女優となり其の間一度は結婚したが、旨く行かなかったのでとうとう破鏡の止むなきに至った。二、三年前からは大世界の歌女として午後と夜で一日二回、一回約十五分乃至二十分だけ歌へばいゝ譯である。他の歌女は月收僅か三四十圓から多くて五六十圓しかないのに比べて月收百圓もあるから、それだけ藝の値打が買はれた譯である。其の外時折放送局に招請されて得意の歌を放送してゐるから、多少の特別收入もあって身を汚す事なく女の腕一本で雄々しく生活戰線に立ってゐるのである。 現在の上海は未だ排日の空氣はあるが、蘇雪舫は少しもそれを氣にしてゐないから、日本に相當好意を持ってゐるに違ひない。蘇雪舫からは機會があれば臺灣へ行きたいと言ってゐるが、臺灣現在の空氣と時局の關係から一寸左樣な希望を納れる時機ではない。併し日本を支那とは今後何うしても親善を結ばなければならない運命にあるので、近き將來に於ては支那趣味の流行が到來しないとも限らない。私は蘇雪舫の清曲を聞くべく臺灣へ迎へられる時期が一日も早からん事を念願して止まない。歸る間際に私は左の七言絕句を書いて渡したらとても喜んでそれを繰り返して讀んで居た。 贈蘇雪舫女史 居然聲韵壓同羣。百練功成善吐呑。我聽陽春歌一曲。恰如紹酒醉初醺。 (寫真中央は蘇雪舫、左は石煥長、右は筆者) |
07 | 全島國語演習會 十日臺北で開く 粒選の選手が競演 |
08 | 石本部隊 名譽の戰傷者 きのふ原隊發表 |
09 | 萬華の火事 澁谷齒科醫院から發火 隣り三軒類燒 |
10 | 正月は新暦で 生活改善會員を集め 新竹で具體案協議 |
11 | 全島識者に訊く 親族、相續兩篇實施に伴ふ 疑義ある諸點の存廢如何/臺灣新民報社報社消息 |
12 | 更に十二名提出 藝者連の早合點に 北署誤解一掃に乘出す |
13 | 白晝の強盜、殺人 これは犯罪模擬搜查 帝大生、壯丁團が參加 |
14 | 金庫破り逮捕 おしやれ苦力の仕業 |
15 | 赤土崎の小火 |
16 | 人事.消息 |
17 | ときの声 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滿洲國皇帝陛下 臺灣茶を御嘉納 茶商公會・光榮に感激 |
02 | 島茶の海外進出(本年度) 二千萬斤に肉迫か 十一月末に千七百五十萬斤 包種茶の活躍目覺し |
03 | 百貨店組合營業の 統制規定決まる 商工省・愈よ一月に實施 |
04 | 柑橘の島外搬出 相場昂騰で好調 北支、滿洲の購買力增加 |
05 | 臺銀臨時總會 東京支店で開催 |
06 | 丸糯米が續落 十四圓臺を破る 蓬萊米は小聢り |
07 | 軌道に乘った 民間貿易振興策 |
08 | 明年度の分蜜糖 島內配給量を增大 四十八萬擔に増加す |
09 | 基隆停頓米に 特別保管料徵收 運送店より通告 |
10 | 公債の島內應募 四百萬圓に肉迫 事變一年間の實績 |
11 | “第六七回”貯蓄債券 初日で全部出拂 郵便局も近く賣切る |
12 | 南日本製鹽に 鹽田開設を許可 督府より指令交付 |
13 | 照明燈 |
14 | 灣糖二工場 壓榨を開始 |
15 | 清涼飲料水の 講習會を開催 |
16 | 鹿兒島市で 樟樹造林會議 本島より代表が出席 |
17 | 市價及商況 六日 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 特別講演 時局重要鑛物に就て/山口一夫 |
03 | 料理献立 |
04 | 子供時間 |
05 | 晝間娛樂時間 |
06 | 端唄 |
07 | 講演 日支文化關係に就て/湯爾和 |
08 | 浪花節 |
09 | 對全米放送 放送者の紹介 |
10 | 講演 中小工業經營 轉換體驗談/在間朋次郎 |
11 | 圖像:獨逸國境の護り |
12 | 新進女優熱演の 「女の友愛」 |
13 | 松竹大船撮影 現況 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 北港郡下道路擴張並に 鋪裝竣工式を擧行 同時に防風林の褒賞授與式 十日北港小講堂にて |
02 | 献金續續提出 北斗郡下の有志より |
03 | 農事實行會館 內門庄に建設 |
04 | 楊梅庄の奉天宮 寺院として更生 信徒總會に於て決定 |
05 | 基督教會合同の 白衣勇士慰問 |
06 | 藥業組合を結成 鳳山郡下の業者を網羅 去五日盛大に創立總會 |
07 | コロイカル 配給を增加 |
08 | ローカルセクション報社消息 |
09 | 社告/臺灣新民報社報社消息 |
10 | 社告/臺灣新民報社報社消息 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺中平野に於て 大演習を實施 總員三千五百が參加 |
02 | 蕃社に女饑饉 ツオウ社の出生率に異變 當局吃驚して調查 |
03 | 石本・平田兩部隊(二) 輝やく長江進擊美談 |
04 | 高雄市の鄉軍 壽山、戲獅甲兩分會成立 |
05 | 原要港司令官 高雄市を視察 |
06 | 愛婦高雄州支部長 白衣の勇士を慰問 |
07 | 嘉中の教練查閱 きのふ同校にて實施 |
08 | 高雄の水道擴張 工事愈よ具體化 先づ五萬人分を増加 |
09 | 花蓮港廳金動員愈よ好調 報國會の活躍目覺し |
10 | 屏東市の陸橋 工事進捗せず 來年三月に竣工か |
11 | 嘉義署の壯丁團 きのふ檢閱施行 各團とも非常な向上 |
12 | オ大會出場選手 近くコーチに來高 |
13 | “臺灣の重要性が 愈よ痛感される” ペン部隊第二陣來臺 |
14 | 船溜りの起工式 きのふ嚴かに擧行さる |
15 | 警察ブローカー 臺中州刑事課に檢擧 |
16 | 牛馬糞の始末 組合を結成して清掃 |
17 | 和美公運動會 五日盛大に擧行 |
18 | “霧峰信高の登山 愈よ樂になった” 久布白臺南州土木課長語る |
19 | 幼兒の輪禍 |
20 | 排球競技指導 臺中師範運動場で |
21 | 嘉義歲暮大賣出し 假裝行列の入賞者 |
22 | 屏東俱樂部 創立打合會 |
23 | 花蓮港街助役の 補缺近く實現か 高雄より移入の氣配 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 暴風雨の女(70)/岡田三郎;三浦杏介 |
02 | 隨筆 今昔(二)/岡田三郎 |
03 | 芝居道(完) 皇民化劇の一考察/吳坤煌 |
04 | 水牛の角 戰地報國文學 「廬山血戰」と「揚子江手記」 |
05 | 圖像:記念撮影(文展)/窪田照三 |
06 | 短歌閑吟抄(六)/坂口貴敏 |
07 | 心聲漢詩 詠兒玉藤園大將/李騰嶽、詠兒玉藤園大將/蔡癡雲、追懷兒玉藤園大將/吳醉蓮、詠兒玉藤園大將/錫麟、詠兒玉藤園大將/錫候、詠兒玉藤園大將/錫卿、雲姮四女出閣賦示/炳煌 倪希昶、炳煌社兄令嫒雲姮女士于歸謹賦俚詞誌喜。/篁村 劉克明、雲姮女士于歸之敬/潤菴 魏清德、炳煌老棣臺四女公子雲姮于歸誌喜/六十七叟 顏笏山、瀛社老友倪炳煌君令嫒雲姮女士出閣賦此恭賀/雪漁 謝汝銓 |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國民新組織の名稱 加盟團體との關係 八相會議で意見交換 |
02 | 興亞院官制案可決 聖上の親臨を仰ぎ けふ樞密院本會議 |
03 | 劉建緒、程萬の麾下 續續歸順を申出づ 糧食と戰費に窮して |
04 | 柳州、高要を空襲 敵砲艦、軍用船爆沈 |
05 | 陣容を整備 中旬頃に公布 舊議事堂で店開き |
06 | 又も五億元の 新公債發行か 資金缺乏の國府 |
07 | 準備完了せば 趣旨を聲明 首相談の形式で |
08 | 文官制度の 改正案 現狀の儘で越年 |
09 | 金口木舌/林正享 |
10 | 產金等の三事業も 北支開發で經營 |
11 | 蚊艦隊愈よ實現 ケソン比島大統領語る |
12 | 獨佛の共同宣言 兩外相間で署名を終る |
13 | 防共外交の一躍進 ソ佛離隔の現實化 獨外務、宣傳兩省の意向 |
14 | 宣言の意義二點 消息筋が指摘 |
15 | 歐洲政局安定策に 突込んだ意見交換 兩外相宣言調印後 |
16 | 九月末の 國庫現計 |
17 | 明日の天氣 |
18 | 總動員(16)/長田秀雄;夏目醇 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 明年七月一日を期し 全國で物の國勢調查 物資需給國策の決定に |
02 | 食糧の奪合ひから 猛烈な同志討ち 關麟徵麾下の部隊叛亂 |
03 | 遭難のコンドル機 解體して獨逸へ送る 原因は油送管の故障か |
04 | 殘念だった ヘンケ機長語る |
05 | 伸べよ義俠の手 臺北市歲末同情週間 愈よ十日から開始 |
06 | 臺北州參事會 九日會議室で |
07 | 蒲團、腹卷を 將兵に贈る 赤堀愛婦支部長の慰問 |
08 | 各區で座談會 基隆の防犯宣傳 |
09 | 基隆市國語家庭會 皇民化運動の促進に 九日創立總會を開く |
10 | 新しい支那の姿を 世界旅行記の壓卷に 獨の大眾小說家二氏來朝 |
11 | 竹東郡主催の 武道爭霸戰 |
12 | 現行法令の不備か 當選州議の轉任問題を繞り 當局の處置注目さる |
13 | 南署防犯宣傳 |
14 | 全島中等學校 選拔野球大會 來春嘉義で開催 |
15 | 臺北州自動車協會 十二日創立總會を開く |
16 | 鼓浪嶼に虎疫發生 廈門の我が當局警戒 福建丸ニュース |
17 | 廣東丸出港 |
18 | 大陸へ!大陸へ 福建丸超滿員で出帆 |
19 | 人事.消息 |
20 | 列車に轢かれ即死 |
21 | 泉町の火事 大事に至らず鎮火 |
22 | 今晚の放送 |
23 | 商況 七日前場 |
24 | 今日の興行 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(149)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 火事が起ったら どう處置すべきか 主婦としての不斷の心得 |
03 | 問題の混砂米は 恐しい害がある 盲腸炎や胃潰瘍の原因 警視廳衛生檢查所佐藤謙三技師談 |
04 | 容姿を引立てる ショールの柄 着物と反對色がよい |
05 | 鷄卵の營養價 生み立てから刻刻に變化 新卵と舊卵では雲泥の差 |
06 | あたたまる 鮭の粕汁 |
07 | 次の新小說揭載豫告報社消息 |
08 | 柿、梨の中にある ヴィタミンC 日が經つにつれ減って行く |
09 | 輕く瞼こすると 直ぐ眠たくなる 滿腹の儘で眠るのは 胃腸にはよくない |
10 | 紙上病院 |
11 | 揭示板 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 元旦の十時を期し 「國民奉祝の時間」 擧國一致堅忍持久を高調 各家庭でも遙拜式 |
02 | 綠地帶を作る 高雄市の都市計畫 |
03 | コンドル機 獨逸に歸還飛行 昨朝立川を出發 |
04 | 揚子江のお話 その流れは實に五一五〇粁 世界で第五番目 |
05 | 「沖島最後の奉公」 解體して鐵材にする 日本海海戰の分捕品 |
06 | 圖像:危い |
07 | 親日ワインを飲み 愛國行進曲を歌ふ 高雄に入港の諾威船 |
08 | 接目なしレール 動揺や雜音をふせぐ 因美線物見トンネルに敷く |
09 | 校庭で炭燒 島根縣益田小學校 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 東亞安定のため英米の 適確な認識を要求 外相がけふ兩大使來訪を求む頭條新聞 【東京七日發同盟】有田外相は八日クレギー、グルー駐日英米兩大使の來訪を求め十一月十八日附對米回答に盛られたる帝國政府の支那に於ける權益尊重門戶開放、機會均等に關する公明なる態度につき意見の交換を行ひ今後の帝國並びに第三國の支那に於ける經濟的活動の分野に關する公正妥當なる基準を明示すると共に英米兩國政府の適確なる認識を東亞の安定の為めに要求する筈である而して右に關する帝國政府の根本方針としては新支那の國防と經濟的自主達成の為め必要とされる制限の下に政治的特權を伴ふことなく列國が支那市場で享有すべき投資貿易企業の自由と無差別待遇が當然原則的に考慮されてゐる。【寫真は有田外相】 |
02 | 建設的協力に努めよ 英は事變に對し公正たるべし 上院に於いてバ卿所論を述ぶ |
03 | 宮中吹上御苑內に 御府を奠めさせらる 名譽の戰死將兵の寫真を御保存 |
04 | 陸軍大學校への 行幸を御取止め 改めて大本營陸軍部のみに行幸 |
05 | 勳章を御贈與 アルゼンチン公使と獨參事官に |
06 | 國民總動員協議體 年內には準備を完了 |
07 | 樞府官制改正案 審查委員で決定 |
08 | 大谷北支開發總裁 空路北京へ |
09 | 英在支權益の 損害概算 十二萬英磅を發表 |
10 | 改正案の要旨 |
11 | 興亞院の人事決定 風見書記官長、柳川中將を訪問 開設準備に關し打合 |
12 | 省昇格の考へなし 興亞院官制の樞府本會議席上 首相が質問に答ふ |
13 | 運城大殲滅戰を展開 運城平野昔日の明朗を取戾す |
14 | 對獨關係に國府苦慮 |
15 | 全島內務部長會議 けふ府正廳で開く |
16 | 孔祥熙辭任を決意 財政部長の椅子を繞り 第二第三の動搖は必至 |
17 | 志願兵第一期生 晴れの終了式 十日一齊に晴れの入營 |
18 | 昆明に機關紙 中央日報發行 |
19 | 米の新國防計畫 ル大統領記者團に言明 |
20 | 安藤三郎中將 きのふ下關着 |
21 | 山岡中將 神戸着東上 |
22 | 臨時國勢調查 計畫要綱決定 |
23 | 勅選補充 三名內定 |
24 | 本日の天氣 |
25 | 大阪商船臺灣出帆 |
26 | 近海郵船基隆出帆 |
27 | 辰馬汽船 |
28 | 大連汽船 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 東亞の建設と臺灣經濟指標 恒久的經濟對策を考究樹立せよ社說 一 東亞建設の遠大なる事業を遂行する為めに全國民を擧げて聖戰達成の單一目標に向つて邁進する時代である。五百萬島民もこの偉業を完成する為めに協力し東亞建設のパイオニアとしての責務を果すべき時である。言ふ迄もなく、この大事業を完成する為めには長期建設を覺悟すべきである。その為めには多大の建設費を支出せねばならない。來年度の豫算も八十億圓を突破するものと見られて居る。財政の膨脹はこの情勢では緩和する見込がなく、全國民が銃後の護りを固める為めに、更に一層勤儉貯蓄に邁進すべきであると共に生產力の擴充に努力せねばならない。聖戰はこれからであると言はれて居る如く、東亞の建設の前途には尚幾多の困難が伏在し、これを克服し、國民經濟力の增大に期待されて居る。戰時には物資の需要が益益增加し、供給が伴はないのを常として居るから、稍もすれば、金と物との均衡が保持されないで、インフレーシヨンを惹起する虞れがあるから、經濟統制を斷行し抑制の必要が起るのである。 二 戰時の經濟對策として最も緊要と視されて居るのは物資の豐富なる供給を行ふ為に徹底した消費節約を行ふべき事である。卽ち對外為替を維持する為めには為替管理を强化し出來得る限り國內物資のみを以て增大した需要を賄はねばならない。それが戰時經濟の特異性である今後の經濟政策は更に經濟統制の强化を斷行するものと見るべく物資の生產擴充に依つて國民貯蓄の奬勵を行ひ、消費節約を徹底さすのが一層急務となる譯である。それが惡性インフレを防止する唯一の對策である。政府が國家總動員法を全面的に發動し、經濟統制を强化して行くのもその目標は東亞の長期建設にあり、本島民もこの偉業を完成する為めに國民の一員として犧牲を覺悟し國策の遂行に邁進せねばならない秋である。 三 今後の經濟統制の見透しに對し種種なる觀察が下されて居るが、インフレを防止する為めには更に一段と國民經濟力の充實を計らねばならない。既に大規模な戰場戰が第二階段に入り、今後は專ら長期建設期に入つて居るから經濟統制の目標もあく迄も積極的經濟力の確立に待つべきである。國民經濟力の充實は銃後の生產擴充を計る唯一の强力なる對策である。事變勃發の當初に於いては戰場需要品の充實のみに全力を傾注して居つたので、國內の經濟政策も戰場用品を單一目標に置いて生產擴充を行ふて來たが、愈愈東亞の長期建設時代に入つては物的にも人的にも更に遠大なる國策を樹立すべきである。卽ち一時凌ぎの戰時經濟から一步を進めて恒久的經濟の確立に努力する時代となつたのである。戰時經濟時代には經濟界の一部に犧牲を强いても軍需品の充實に全力を傾注すべきであつたから、經濟界もその為めに多少萎縮し勝ちであつた、その為めに經濟統制に於いても一時的又は彌縫的であつたが、今後は專ら恒久的發展を計らねばならない。 四 恒久的經濟建設を行ふ為めには經濟的に合理的建設を行ふべきである。時局產業を第一義に考慮すべきは勿論であるも、平和產業に對しても不自然なる壓迫や統制は避けるべきである。平和產業の萎縮は却つて時局產業の發展を阻害する結果となる。臺灣に於ける時局產業の奬勵に對しても、平和產業を萎縮せしめない樣に考慮を拂ふべきである。徒らに一時的の功名心にかられて平和產業の發達を阻止するが如き經濟政策は餘程慎重なる態度を取つて處理せねば、却つて臺灣全體の經濟界を萎縮させる虞れがある。時代は既に革新を要求して居り東亞の長期建設と言ふ偉業を完成する為めには官民が更に一致協力すべきである。この見地からして臺灣の經濟政策も民間の輿論を尊重し恒久的對策を確立すべきである。 |
02 | ナチスの負けじ魂 飽迄再擧の意氣込 訪日編隊飛行も示唆 |
03 | 一ガロンで廿五哩 練習用の輕飛行機 明春三月デヴュー |
04 | 基隆貿易業者 團體結成の機運 先づ對岸に調查隊 |
05 | 上海萬華鏡 國際都市の明暗相(五)/陳逢源海外遊記 名伶.馬連良と張君秋 上海滯在中に何かいゝ支那芝居がないかと聞いたら、丁度北京の名伶馬連良が來てゐると言ふので或る晚石煥長君と一しよ黃金大戲院へ行って支那芝居のよさをする事が出來た。十數年前天蟾舞臺に於て梅蘭方の天女散花に陶酔した事を思ひ起せば、上海は其の黃金の力を以て支那の名伶を時々動員して來ただけ觀覽料が北京より頗る高い。 支那芝居を見る上に特に大切なのは役柄即ち踋色と稱して普通生、旦、淨、丑、末に分けられてゐるが、生の內にも老生あり、小生あり、武生あり、紅生等あってなかなか日本人には解りにくいが、支那芝居を見る上に於てそこまで究めなければならぬ程重要なものである。 現在支那劇界に於ける馬連良の地位は老生として夙に第一人者たる名聲を博し、曾て劇界を一時風靡した故譚鑫培の孫に當る富英と共に双璧だと言はれてゐるが、譚よりも寧ろ人氣があり又事實に於ての到達し得ざる境地ある事は劇通の一致した定評である。 馬連良の特色は其の表情の優美と唱工の玲瓏にある。彼は中肉にして清秀、加ふるに手、眼身、歩の運用とも敏活にして生動を極めてゐる。殊に彼の聲は彈力性に富み、如何なる煩はしいリズムをも秀潤の水音が輕く流れ出づる如く聽眾をして一種の美感を起さしてゐる。彼を非議する者は油腔滑調といってゐるが、彼が一字々々と悠揚妙曼に唱ってゐる所は到底他の追隨許さない。 併し如何に馬連良の藝術がよくても支那芝居に女形の旦のいい相棒がなければなかなか引立たないし、又一般觀眾の魅力を喚び起すに足らない。梅蘭芳が既に世界的名優となり、北京四大名と稱して梅の外に程硯秋荀慧生及び尚小雲の演劇が如何に北京人の心弦を響かせて來たかは到底支那人でなければ想像しにくい事である。馬連良に配するに當年二十二歲の若い張君秋を拉して來たのでいよいよ錦上添花の感じがする。張は支那某大學の出身であるが、曾て學藝會に於ける彼の歌が餘りにも素人離れした所から其の天才が認められ、之がためとうとう彼の好きな劇界に投じて未だ間もないさうだ。從って彼の技能は何んと言っても四大名日程圓熟してゐないが、彼の天才的閃きは既に四大名旦に次ぐだけの人氣を贏ち得ると評せられてゐる 元來支那人のインナーライフと劇との連なりが日本人の豫想以上に深いものがある。學藝會の呼び物は何よりも老生とか、青衣等をよく唱ふ學生を指して言ふ事である。私は其の後南京の明湖春に於て維新政府の某々要人に招ばれた際に、南京名妓の歌を聞いた後、某々要人とも各々一席御披露した位に支那に於ける劇狂は隨分上流階級にも泌み込んである。北京の故宮及び萬壽山頤和園でさへ堂々たる戲臺がある事を見ても此の邊の機微が窺はれるであらう。 のみならず日常用語たる傀儡とか、優孟衣冠等も芝居から來たもので、乾隆帝だったか人生は凡て芝居だと言ってゐる如く支那人のする事、為す事が頗る芝居じみてゐる事多く、既に國民性の一部まで形成してゐる事を知らなければならない。 馬連良の事から思はず橫道へ入ったが、私は今更上海の黃金大戲院で見た狀元譜とか、法門寺の筋書を說明しようとは思はない、唯此の二つの筋書はいづれも馬連良の編んだものであるだけ、これまで餘り重視されてゐない背景も馬の意匠によったものか何かは知らないが、大體に於てに舞臺に於けるきらびやかな服裝とよくっり合ってゐる事を一言附して置きたい。【寫真は馬連良と女形に扮した張君秋】 |
06 | 實業教育に一飛躍 職業學校規則を制定 |
07 | 總督代理が 遺族を弔問 |
08 | 府學務課員 草山へハイキング |
09 | 勇士のお正月に 心からの餅搗き 女學生が交替して |
10 | 臺北州柑橘同組 きのふ評議員會開催 |
11 | 百萬圓の密輸團 神戸で擧げらる 臺灣關係者も連累 |
12 | 寶塚少女歌劇團 明春渡米に決定 |
13 | 新高遠征計畫 早大山岳部の壯擧 |
14 | 新竹郡新廳舍 きのふ落成式 |
15 | 臺北二中 十哩マラソン |
16 | 宜蘭振興會月例會 |
17 | 防犯ポスター 展覽會 七日稻江會館で |
18 | 基隆商和會の 歲末大賣出し |
19 | 大和丸無電 |
20 | 定期航空 |
21 | 人事.消息 |
22 | 總督府辭令 |
23 | ときの声 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 拓洋漁業會社の 事業計畫進捗す 海產物の加工に迄擴大 船員の拂底で引拔戰を演ぜん |
02 | 米價高に惠まれて 本島農村景氣好況 專賣品に反映して 賣上高激增を示す |
03 | 臺中州米が 各驛受渡を決定 正米市場と交涉成立 |
04 | 新米穀年度に 最高價格を引上か |
05 | 豫算增大に 財界は樂觀 インフレ制壓を期待 |
06 | 砂糖輸送船腹を 船會社が正式決定 十二月中二百五十八萬擔 |
07 | 臺電兩發電所の 機械購入契約成立 霧社の工事遲れる |
08 | 高雄驛總收入 十月中は増加 |
09 | 船腹不足交涉に 商船支店長上阪 今後の緩和を期待さる |
10 | 四州の檢查標準米 決定發表さる 臺北州は十三日に查定 |
11 | 臺灣干芋の飛躍 移出一億斤突破 新紀錄を樹立す |
12 | 照明燈 |
13 | 市價及商況 七日 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 講演 「長期戰下に於ける 犯罪狀況と防犯」/安平政吉 |
03 | 晝間娛樂時間 |
04 | 前線將士へ送る夕 |
05 | 料理献立 |
06 | 子供時間 |
07 | 講演 長期建設と我國の財政/汐見三郎 |
08 | 雪に祟られた 「爆音」ロケ隊 |
09 | 大船「美人床」 製作を開始 |
10 | 「香港」完成 檢閱手數料免除 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 「武運長久そば」に 舌鼓を打つ勇士達 彰化郡の慰安會盛況 |
02 | 東港街都市計畫 實地調查愈よ一段落 |
03 | 曾文郡青年團查閱 神社外苑に於て擧行 |
04 | 桃園郡模範部落 六日に盛大な表彰式 |
05 | 生產額に準じて 恤兵金を醵出す 豐原郡每月の堅忍日に |
06 | 北斗信組の 金買上好成績 |
07 | 楊梅庄の寺廟整理 委員會で方針決定 全庄を一ヶ所に合祀 |
08 | 旗山郡下の献金 |
09 | 北港郡道路竣工式 擧行の順序決定 |
10 | 農實組合長會議 六日萬丹庄にて |
11 | 東港農實組合 役員會を開催 |
12 | ミシン詐欺二重奏 期米故に惡心を起した若者 |
13 | 日本刀持ちの 怪盜泥を吐く |
14 | 架橋の美擧 埔里劉氏の母堂 |
15 | 大溪街新舊助役の 送迎會は盛況 |
16 | ローカルセクション |
17 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 金所有高の調查 臺南市愈よ實施 虛偽の申告に相當の處置 |
02 | スピード臨時市會 三十五分間で終了 臺中市きのふ開催 |
03 | 圖像:國家總動員審查會 |
04 | 經濟戰強調週間 高雄州の實施要綱 |
05 | 國民貯金心配なし 豫定の百萬圓、樂に突破 |
06 | 臺中州社會教化大會 きのふ盛大に開催 當事者四百餘名參集 |
07 | 米穀の搬出問題 州當局一先づ船會社と折衝 |
08 | 全島馬術大會 愈よ廿五日臺中で開催 |
09 | 激増の歲出豫算 廳長の裁斷注目 花蓮港廳豫算查定開始 |
10 | 問題の街有地贌耕 料金を吊上げて契約を繼續 花蓮港街內示會で發表 |
11 | 臺南州農會議員 正月中に選擧 |
12 | 彰化商工會議所 例會を開催 |
13 | 白衣の勇士 きのふ歸還 |
14 | 臺南州郡守市尹 會議あす開會 |
15 | 母を庇ふ少年が 妾の鐵鎚で重傷 呪はれたる蓄妾の陋習 |
16 | “啼かず飛ばずに 二年間を過した” 榮轉の神田前署長語る |
17 | 彰化商品倉庫 發起人會を開催 |
18 | 高雄州保甲壯丁の 指導方針を通達す 劃期的計畫期待さる |
19 | 彰化郡愛國產組團 役員會本日に變更 |
20 | 犯罪手口講習會 臺南署に開催 |
21 | 釣錢詐欺四人組 芋蔓式に檢擧さる |
22 | 消息 |
23 | 順風耳 |
24 | 訃文:吳及 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 陸軍航空總監部を創設 航空教育を一元強化 荒鷲隊の威力を擴大 |
02 | 總監は親補職 |
03 | 十日に新設 |
04 | 北支開發の資金調達 社債とクレヂットに依る方針 |
05 | 大場鎮表忠塔の 除幕式と招魂祭 けふ莊嚴盛大に擧行 |
06 | 尊き精神を生かし 經濟開發に努力す 大谷總裁のステートメント |
07 | 米穀商業組合 聯合會設立 原案通り可決 |
08 | 水谷中佐戰死 原隊七日發表 |
09 | 長期建設の前途に 光明と目標を與ふ 懇談會席上池田藏商相答ふ |
10 | 金口木舌/林正享 |
11 | 通商問題を討議 獨、佛兩外相會談第二日目 |
12 | 中國安清同盟會 上海共同租界の同會本部で 盛大に成立式を擧ぐ |
13 | 門戶解放は要求 和平斡旋の用意あり 英外務次官下院で言明 |
14 | 滿洲鹽業 三倍增資 |
15 | 明日の天氣 |
16 | 總動員(17)/長田秀雄;夏目醇 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 靖國神社大祭の 紀念寫真帖成る 第一回合祀者遺族に贈呈 |
02 | 內臺線上り富士號 けさ沖繩で不時着 原因は機關の故障 |
03 | 臺北及福岡より 續續現場へ救援 |
04 | 乘客は八名 |
05 | 慶良間島附近搜查中 筑波號第一報 |
06 | 沖繩から五十キロ 乘客の安否氣遣はる |
07 | 基隆市區長會議 |
08 | 戰病死者 石本部隊の勇士 |
09 | 白衣の諸勇士 南支から凱旋 あす臺北驛着 |
10 | 新竹防衛團旗授與式 |
11 | 白骨事件の怪 “白骨の主は他人 主人は尚生きてる” 齊川が突如、上告理由書提出 |
12 | 全島內務部長打合會 けふ府正廳で開催 |
13 | コンドル機引揚げ 起重機船を利用して |
14 | 福建省の人心動揺 當局は鎮撫に大童 青壯年の逃避續出す |
15 | 時間外まで營業 基隆某カフヱ―にお灸 |
16 | 經濟戰強調週間 臺北州の實施要綱 |
17 | 警笛に驚いて 牛が狂奔 |
18 | 人事.消息 |
19 | 花房特派員の 墓標建立式 西江の現場で |
20 | 高商講演行脚 |
21 | 新竹大麻頒布式 |
22 | 今夜の放送 |
23 | 商況 八日前場 |
24 | 今日の興行 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(150)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 盛んになって來た 小學校の牛乳支給 飲んだ子と飲まぬ子の發育 健康狀態がこれだけちがふ 厚生省衛生局の面白い統計 |
03 | 家事の能率增進に 電熱器を利用せよ 女中の代りに家庭電化を 電氣普及會河合修次氏談 |
04 | 鹽のアク抜き法 |
05 | 營養價の多い 大豆を召上れ |
06 | 圖像:大もての寶塚 |
07 | 洋裝婦人の步方 どうしたら美しく見える? |
08 | クレヨンの落書は どうして取りますか |
09 | 健康に影響する 子供の寢かせ方 正しい枕のさせかた/齋藤久 |
10 | 紙上病院 |
11 | 揭示板 |
12 | 民報案內報社消息 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 北支の日本人兒童 今は八千六百名餘 事變前より三千餘名も增加 本島人は三十餘名 |
02 | 圖像:大場鎮表忠塔竣工 |
03 | 兒島神社を建立 愛知縣の廣瀨城址に |
04 | 童話 子猫と鞠/望月芳郎 |
05 | コンドル機 マニラ灣に不時着 乘組員、漁夫に救はる |
06 | 勇士の遺髪を 英靈に供へる 感心な床屋さん |
07 | 松喰虫退治に 小鳥を飼ふ 姫路市の小學生 |
08 | 圖像:これはなんでせうか |
09 | 人間が育てた 海龜の赤ん坊 |
10 | カタカナ欄 オ馬ノ落シモノ 博多驛ノ裏ニ |
11 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 天皇陛下には昨日 大本營陸軍部に行幸頭條新聞 【東京八日發同盟】大□下皇軍の威武は彌が上にも輝かしく赫赫たる戰果を收めつつある長期聖戰下の八日畏くも天皇陛下には帷幄の機務に奉仕する三宅坂の大本營陸軍部に行幸遊ばされ閑院幕僚長宮殿下を始め奉り首腦部に賜謁、奏上を御聽取あらせられ更に輝かしい戰果を物語る數數の兵器等を天覽あらせられたこの朝陛下には御軍裝御凛凛しく大勲位副章を御佩用、宇佐美侍從武官長御陪乘申上げ松平宮相、百武侍從長等を隨へさせられ略式自動車鹵簿にて午前十一時三十分宮城御出門、板垣陸相以下奉迎裡に大本營陸軍部に着御、便殿にて各宮殿下に御對面、板垣陸相、西尾教育總監に賜謁後閑院總長宮殿下より所管事項に關して具さに奏上を聽召されたが次で多田參謀次長の御說明にて階上陳列室の戰況寫真を御巡覽あらせられ更に玉步を庭內に運ばせられて殊勲に輝く福山機をはじめ此度新たに据付けられた張鼓峯に於けるソ聯軍のアキシム重機關銃、支那の各戰線で押收した各種砲其他江陰要塞の巨砲、ソ軍二六型戰車等の鹵獲兵器を天覽あらせられた、光榮の福山機は操縱者故福山米助大尉が去る四月十日歸德附近にて敵二機を撃墜したが敵彈のため左膝と右腕に負つた重傷に堪へて勇敢沈着にも麻糸にて血止をなしハンケチを墜落中の愛機の操縱桿に縛りつけ口に咥へて操縱、出血のため衰へ行く意識のうちに渾身の勇を鼓して基地に歸還した悲壯な武勳の九五式戰闘機で陛下には御感御一入にて殊勳を嘉せられた、便殿にて御少憩の後は午後零時二十分御食堂に臨御閑院參謀總長宮殿下をはじめ各皇族方、板垣陸相、西尾教育總監、多田參謀次長以下陸軍首腦部など三十三名に御陪食を仰付けられて御晝食を召させられつつ勞をねぎらはせられ午後一時二十五分大本營陸軍部御發還御あらせられた。 |
02 | 英米の誤解を一掃 我意圖を充分闡明 外相、英米兩大使と會談 |
03 | 認識の是正に努む 重光大使、連日巨頭連と會見 |
04 | 陸軍大學卒業式 昨日盛大に擧行 |
05 | 聖上、陸軍士官學校に行幸 廿二日の卒業式に |
06 | 川越駐支大使辭任 |
07 | 軍刀報國運動に共鳴 既に五百口集る 近衛公以下臺灣からも提供 |
08 | ペルー前國務總理 橫須賀軍港見學 |
09 | 勅選議員八名 補充を急ぐ けふ閣議で決定 |
10 | 各地の航空隊を開隊 海軍省發表 |
11 | 常德、宜昌等を空爆 陸の荒鷲隊が活躍 |
12 | “廣東人廣東を治む” 廣東治安維持會臨時委員會 全國に重要通電す |
13 | 滿洲國徵兵制度 康德七年度より實施 |
14 | 五中全會無期延期 委員は重慶を引揚ぐ |
15 | 植民地讓渡に反對 英下院で活潑な論戰 |
16 | 九江攻略の戰果 南支派遣軍赫赫の戰果 |
17 | 興亞院技術部長 宮本技師を起用か |
18 | 東京地方の 總動員會議 |
19 | 北支英國駐屯 陸海軍の兵力 英外務次官、下院で說明 |
20 | 英、セイロン島に 空軍根據地建設 |
21 | 大和丸入港 下村府保安課長着任 |
22 | 駐獨陳大使の 信任狀捧呈式 十五日に擧行 |
23 | 滿國政府も 皮革を統制 |
24 | 北海道人造石油 會社陣容整ふ |
25 | ハル長官一行 リマに乘込む |
26 | 沖商取締規則 近く州令を公布 |
27 | 本日の天氣 |
28 | 大阪商船臺灣出帆 |
29 | 近海郵船基隆出帆 |
30 | 辰馬汽船 |
31 | 大連汽船 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 防犯協會の活用を期待社說 一 支那事變は廣東、武漢攻略を以て一段階とすることは已に內外の均しく認むる所であり、我國は今や蔣介石の長期抗戰に並行して東亞新秩序の長期設に邁進せんとしてゐる。此秋に當り、吾吾國民は事變の持つ重大意義を再認識して覺悟を新にすべきは勿論、國策遂行の為めに公布された幾多の國策法令の遵守、各種犯罪の絕滅を期し、所謂犯罪豫防に努力して以て後方の治安維持を確保すべきであることは今更贅言を要しない。此時に當り、臺北州警務部と臺北州防犯協會とが相協力して去五日から十一日迄州下一圓に亘り、「銃後の防犯週間」を實施したことは誠に時宜を得た企てであり、百二十萬州民を打て一丸として自警自戒心の喚起、警民一如相提携協力の下に犯罪の防止に努め、以て銃後の務を完了せんとするは誠に意義深きことと謂はねばならない。 二 犯罪なき社會は古往今來全人類を通じての一大理想鄉である。しかも此真摯なる冀求――理想鄉が遂に今も昔も變りなく、依然として吾人の腦裡に描かれた一つのユートピヤたることを免かれない。殊に文化の進步發達に伴ひ、犯罪は減少するどころか、却て增加の一途を辿り、然も犯罪手口の巧妙なる、その質の惡竦なことは日常新聞紙上に散見する丈でも吾人の心膽を寒からしむるに足るものがあり、誠に憂慮すべき社會現象である。思ふに近代に於ける犯罪の增加は個人主義、自由主義の上に立つ資本主義社會が造出した貧富の懸隔からでもあるが一面社會文化の複雜化と人口の著しき增加とに基因してゐることも亦事實である。殊に世界大戰後久しきに亘る世界的不景氣から經濟界の不況に伴ふ失業者の街頭流出が頓みに犯罪の激增を促したことはかくれもない事實である。 三 更に臺北州下に於ける刑法犯の發生增加を見るに昭和三年の一四、五五九件が昭和十二年には四八、九一六件と云ふ三倍强の驚くべき增加を來し、就中窃盜、橫領、賭博、傷害等の如きは三倍乃至八倍と云ふ激增振りを示してゐる。如斯犯罪の激增は何と云つても茲十數年來の經濟的不況と思想的變動とが見遁すことの出來ない最大原因と謂ふべきであらう。殊に刑法犯の大宗とも云ふべき窃盜、詐僞、橫領等の犯罪者中には病苦や生活苦に依るもの、或は白眼視された哀れな前科者の再犯が決して少くない。併乍原因動機の如何に拘はらず、社會の治安を攪亂する者として罰せられるが、犯される者も全然責任なしとは云へない。彼の窃盜、詐僞、橫領等は被害者に隙と油斷がない限り絕對に犯されることはないのである。此故に自警自戒に依る犯罪の未然防止が最も容易な犯罪對策と謂はるる所以である。 四 目下實施中の防犯週間の企を見ると實に盛澤山の行事と催しが行はれ、又行はれんとしてゐる。例へばビラ配布、ポスター展覽會、保甲會議、家長主婦會議、防犯座談會、防犯の夕、前科者やリスト登載者に對する警吿等等、いづれも一般州民に對し、防犯智識の涵養、普及或は自警自戒心の喚起には夫夫相當の效果を收めるであらう。唯茲に注目すべきは此等は專ら一般良民に對してのみ期待し得る效果にして、斯る通り一遍の宣傳丈では一般犯罪者に對して果して幾莫の效果を奏し得るものか甚だ疑問である。蓋し犯罪者側に對しても積極的に働きかけ、出來るだけ犯罪を抑壓するに非らざれば完全なる防犯主義の徹底を期することは出來ない。固より犯罪は凡て社會的關係であり、環境の改善が最も望ましいことではあるが、之は一朝一夕に出來ることでなく、結局折角出來た防犯協會、各郡署防犯支會を有效に活用して真に名實ともに親みある民眾警察の機能を發揮し一般良民に對する防犯思想の徹底を期するは勿論、犯罪者側に對しても所謂犯罪動機の除去に努め、心からなる警民の固き握手に依てこそ始めて犯罪防止の良き成果を期待し得られるものと信ずるのである。 |
02 | 必死の大捜查空し 殘念、何ら發見せず 遭難の富士號生存者二名を收容 |
03 | 殘の八名は絕望か 下り新高號も現場を搜查 |
04 | 現場附近は潮流急 搜查に多大の困難 |
05 | 續續現場へ救援 |
06 | 豫防の完璧を期す 航空事故調查委員會設置 |
07 | 翔破既に十萬キロ |
08 | 遭難、救助狀況 沖繩縣知事からの通報 |
09 | 日空で善後策 |
10 | スパイが暗躍 關係各省と協力して 警視廳、嚴重取締る |
11 | 廣東と電報通信 愈よ昨日から開始 範圍と料金決定 |
12 | 遭難した乘客 |
13 | コンドル機 七日の引揚げ不成功 次第に海中に沈下 |
14 | 地方職員を一丸に 共濟組合を設置 午後の內務部長打合會 |
15 | 佛印政界上層部に 親日意見有力 對支武器積込を嚴禁 |
16 | 新正月を勵行して 皇民化運動を徹底 生活改善具體案決定 |
17 | 寶名寺入佛式 |
18 | 臺北に於ける 排球指導日割 |
19 | ダンサー服毒 戀人に棄てられて |
20 | 吞氣者と戀物語 とりどりの話題乘せて 大和丸基隆に入港 |
21 | 慰問雜誌を募集 基隆圖書館で |
22 | 白洋會畫展 |
23 | 壯丁團查閱 二圍團が優勝 |
24 | 慰問相撲大會 |
25 | ときの声 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺灣の棉作は將來 一層重要性を加ふ 農家の馴致が最も急務 澁谷中研農業部長談 |
02 | 十一月末郵便貯金 更に新紀錄へ躍進 三千七十七萬圓に上る 前年に比し四割弱增加 |
03 | 各驛の發送米は 近く解禁されん 基隆廿日、高雄は十日か |
04 | 緊急の分だけ 優先的に積出す 米の搬出緩和につき 高雄運送業者が打合 |
05 | 高雄魚市の 十一月中取扱高 |
06 | 局營バス 十一月分營業成績 |
07 | 島都糖粉商が サイド短縮實行 愈よ取引改善に邁進 |
08 | 米穀公定價格の 新格差決定さる “米穀格差委員會で” |
09 | 高雄の手形交換高 十一月中增加 |
10 | 關西製腦講習所 近く落成式擧行 |
11 | 東亞の長期建設に 滿鐵・調查部を擴大 大調查研究機關を實現 |
12 | 官鐵本線の貨物 輸送量最高紀錄 |
13 | 生產計畫の運營に 政府の協調を要望 帝農側態度を表明 |
14 | 臺灣北部支那產の 麬輸入組合を結成 |
15 | 照明燈 |
16 | 市價及商況 八日 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 趣味講演 科學的に見た 日本の風景/永澤讓次 |
03 | 料理献立 |
04 | 子供時間 |
05 | 晝間娛樂時間 |
06 | 漫才 |
07 | 三曲合奏 |
08 | 浪花節 |
09 | 圖像:ペルーから初の留學生 |
10 | 趣味娛樂 梅の盆栽 正月に咲せる秘訣 人工的に春が來たと 思ひ込ませる事です/唐戶作治 |
11 | 光明影業光司第一回作品 椿姬(原名茶花女) けふより第一劇場で |
12 | 「母の歌」 日比谷ロケ |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 麻豆の蓖麻栽培 州下一の好成績 栽培者當局から表彰 |
02 | 霧峰庄防衛團查閱 絕讚裡に六日終了 |
03 | 圖像:飯塚少將等慰靈祭 |
04 | 名產南投椪柑 海外から注文殺到 |
05 | 龍潭防諜座談會 演武場に於いて開催 |
06 | 金賣却代金 恤兵金提出 |
07 | 深耕犁競技會 南投郡下で開催 |
08 | 海山郡產組長會議 郡會議室に於て開催 |
09 | 蕭敦仁氏の美擧 |
10 | 注連飾り製作 講習會を開催 |
11 | 明糖皇民塾 修了式擧行 |
12 | 不埒な墳墓發掘 犯人檢擧さる |
13 | 河川巡視員受賄 |
14 | 豐原の道路鋪裝 愈よ工事着手 |
15 | 肥料叺製造競技會 入選者を表彰 |
16 | 賜福嘗神明會 六日總會を開催 |
17 | 高雄州補習學校の 報國團大會を開催 |
18 | 彰化郡大麻頒布式嘉義市大麻頒布式 |
19 | 財產紛爭で 兄弟の訴訟沙汰 |
20 | 氣の弱い男自殺 |
21 | 變死二則 |
22 | ローカルセクション報社消息 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 故福田准尉以下 嚴かに屏東市葬 參列者無慮三千餘名 |
02 | 臺中州も愈よ 寺廟整理に着手 當局慎重を期して調查 |
03 | 臺南市會と參事會 けふ相前後して開催 |
04 | 滿洲國向け蔬菜 一月から試驗輸出 臺灣青果の手で決行 |
05 | 禦真影奉戴 紀念體育會 |
06 | 生產擴張に備へ 勞力供給機關設立 臺南州具體案を作成中 |
07 | 聯合大野外演習 實施計畫愈よ決定 |
08 | 慰問圖書雜誌 彰化圖書館で募集 |
09 | 圖像:飯塚部隊長以下英靈凱旋 |
10 | 資材入手難で 新規事業望薄 花蓮港廳の豫算編成 |
11 | 上海復興目覺し 華中都市自動車會社近く成立 |
12 | 神田氏送別會 あす嘉義公會堂で |
13 | 第二回女子青年道場 十五日より日月潭で |
14 | 在臺の華僑代表 第一線皇軍を慰問 高雄新民公會が活動中 |
15 | 高雄少年團大會 本月末鳳山公園に於て |
16 | 遺家族慰安座談會 高雄市近く開催 |
17 | 盲の土地詐欺 更に新犯行發覺 臺南署初めての大詐欺 |
18 | 屏東市懇談會 忘年會を開催 |
19 | 模範青年團に 獎勵金を交附 |
20 | 嘉義市同情週間 |
21 | 吳金敦氏の美擧 |
22 | 診療奉仕好成績 |
23 | 針原氏表彰さる |
24 | 故蔡文豹氏遺族 献金を提出 |
25 | 妾の厭世自殺 |
26 | 嘉義郡煙草耕作組合 表彰式を擧行 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 北支最高指揮官更迭 杉山大將親補せらる 寺內大將は軍事參議官に |
02 | 有難い御言葉を拜し 杉山大將、感激して語る |
03 | 寺內將軍門司歸還 更に晴れの東上へ |
04 | 日支國交調整方針 愈よ十一日大阪から 日滿支に中繼放送 |
05 | リ獨外相歸國 |
06 | 門戶開放の原則 修正の必要あり 外相、英米大使に闡明 |
07 | 全米穀商聯を設立 來春早早正式結成 灣米移入商組も設立 |
08 | 金口木舌/林正享 |
09 | 佛植民地要求の 共同措置を協議 近くミ市で獨伊會談 |
10 | 勅選八名內定 けふ閣議に附議 |
11 | 駐支米大使 近く賜暇歸國 |
12 | 米穀販賣高 十三年度第三期 |
13 | 燐酸肥料會社 年內に成立せん |
14 | 米棉收穫 最終豫想 |
15 | 道路技術者 養成を決定 國府行政院會議で |
16 | 明日の天氣 |
17 | 總動員(18)/長田秀雄;夏目醇 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 非常口から脫出し 全員、胴體に馬乘り 機體沈み始めて海中に飛び込む 生存者絕讚、乘員の沈着さ |
02 | 運命の漂流一時間 焦躁!只死を待つ 生存者島居氏、戰慄の遭難談 |
03 | 機體未だ發見せず 富士號搜查再び開始 |
04 | 富士號は沈んだか 殊勳の名護丸船長談 |
05 | 遭難現場に急派 日空から三氏を |
06 | 陶器の活字現る ドイツの革命的發見 |
07 | 江上部隊の奮戰談(上) 秋晴れの一日某地に於ける ○○驅逐隊諸勇士交交語る |
08 | 性病を撲滅 新竹で講習會を開く |
09 | 權威者を網羅して 安全調查會を設立 航空の絕對安全に乘出す |
10 | 故花房同盟特派員の遺品 あす臺北着 |
11 | 支那皇帝歷代記 世界で發見さる 世界唯一の、關係者一同狂喜 |
12 | 廈門から阿片密輸 基隆稅關で檢擧送局 |
13 | 民團壯丁脫走續出 廿餘名を射殺、五百餘を逮捕 中央の態度に憤慨 |
14 | 山中の屍體 通行人は發見 |
15 | 河田氏總督を訪問 |
16 | 柑橘同組評議會 |
17 | 單位增產擴充に 蔬菜栽培を獎勵 高雄市が乘出す |
18 | 顛落即死 |
19 | 加害者は不孝者 鹽埕町の螟蛉子殺害事件 附近住民が指彈陳情か |
20 | 定期航空 |
21 | 人事.消息 |
22 | 基隆署の行事 防犯週間第四日 |
23 | 今晚の放送 |
24 | 商況 九日前場 |
25 | 今日の興行 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旋風に乘る(151)/大瀧鞍馬;桂木奎輔 |
02 | 家庭婦人 時代を反映した 國民服の新考案 經濟的で働きよい和服型や 夏冬兼用の女學生服 |
03 | 睡眠不足は感冒の因 健全な睡眠時間と寢かし方/庄司茂之 |
04 | 外國では高級食品 鮭罐詰に豐富な 鑛物質ビタミン 汁は捨てずに召上れ |
05 | いろいろな 石鹼利用法 |
06 | 出來かけた霜やけは 擴がらぬうちに癒せ |
07 | 新米の水加減 一升、古米より三勺へらす/香川綾 |
08 | 圖像:銃後母子保護の殿堂(その一) |
09 | 廢品更生思ひ付集 利用一つで捨てるものなし |
10 | 鷄の茶碗の かけらを |
11 | 毛絲の買ひ方と 良否の見分け方 |
12 | アルミ鍋の 小穴は |
13 | 揭示板 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語實習 勇士のお正月に 心からの餅搗き 臺北市內の女學生達が 毎日交替して |
02 | 圖像:上海歲末風景(一) |
03 | 世界一の海軍 米國で造る計畫 |
04 | 乃木將軍の 銅像を建設 三年間の托鉢行脚で |
05 | 小泉八雲先生 日本を世界に紹介した 美しい文章で |
06 | 白衣の勇士達に贈る 美しい花を栽培 福岡市の愛婦分會で |
07 | 獨逸の產業十訓 國產品愛用一點張りで行く 非常時日本の好參考 |
08 | 科學物語 真夜中の太陽/岸哲夫 |
09 | エツチャンノ 國防献金 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日滿支が混合結合 平和と安定へ邁進 杉山指揮官就任の辭頭條新聞 【北京九日發同盟】北支方面軍最高指揮官の更迭に伴ひ新最高指揮官たる杉山大將は去る三十日北京着寺內前最高指揮官と北支軍司令部において事務引繼ぎを完了したが九日朝寺內前指揮官の門司上陸を俟つて杉山新指揮官より左の如き就任の辭を發表した 聖戰茲に一年有半皇軍の威武は黨軍を慴伏して皇威支那大陸を光被し北中南支における新政權は着着道義立國の巨步を進め諸般の業績向上發展の一路を辿りその治下民眾は業を樂しみ居に安んじて更生氣運澎湃たるは誠に欣快に堪えざる所であるかくて蔣政權は今や窘窮其の極にありと雖も未だ迷夢より覺むるを得ず今尚容共に没頭し第三國に恃賴反日抗戰を唱へ日に人心を惑亂し都市を焦土と化し沃野を荒廢に歸し無辜の民眾を水火の中に置き塗炭の苦しみに陷れて悔ゆることなく徒らに私權の擁護に專念し其の暴虐は天人俱に寬さざる所である斯の如き非道政權は徹底的に打倒覆滅して其の禍害を一掃し新たなる秩序を整へて日滿支三國の混和結合の上に平和と安定とを目指し康寧福祉を進めることが將に急務であるこの秋に方りて不肖は測らずも大命を拜し寺內前最高指揮官の遺蹤を承るに至りたるは無上の光榮たると共にその職責の重大なるを痛感し洵に恐懼に堪えざる所である向後畢生の力を竭し最善を效して御稜威の下靖國の神靈の加護に依り又忠誠熱烈なる銃後の支援を得て斷乎として赤魔の邪惡を挫き暴虐なる蔣政權を打倒潰滅して皇國傳統の大義大道を延べ形而上、下における東洋新秩序の建設を計り堅忍不拔聖戰の終局目的達成に向つて邁進して以て上聖旨に副ひ奉り下銃後國民の負託に應へんことを期する次第である |
02 | 名將寺內の驍名 世界戰史に燦たり! |
03 | 圖像:杉山新指揮官王委員長を訪問 |
04 | 杉山最高指揮官 王克敏氏と會見 早くも二回行はる |
05 | “舊伊領を返還せよ” 伊學生、青年の運動全國に波及 |
06 | 興亞院官制と 勅選の補充決定 九日の定例閣議 |
07 | チュニスの伊佛 いよいよ險惡化 伊、エ總督に強硬抗議 |
08 | 三列車を猛爆 連江口附近で |
09 | 新設陸軍航空 總監部令の內容 |
10 | 物心の總力を集中 國民新組織の設立趣旨 |
11 | ジ駐支米國大使 情勢報告に歸國 英、佛兩大使と鼎坐情報交換せん |
12 | 「國民總動員聯盟」か 名稱未だ決定に至らず |
13 | 伊領事館に暴行 居留民を迫害 伊政府成行を重大視 |
14 | 連續郴縣を急襲 陸の荒鷲南支の大空に活躍 |
15 | 小學校を國民學校に 年限を八年に延長 教育審議會總會の答申 |
16 | 小運送業監督 小運送業法を臺灣に施行 |
17 | 桂平、貴縣の 偵察攻擊敢行 |
18 | 米穀配給機構の 戰時經濟化へ 米穀統制委員會開かる |
19 | 八相會議の使命完了 內向手許で立案 |
20 | 輸出信用保證擴張法案 支那に軍用貨物自動車輸出の目的 應政府が議會に提出 |
21 | 閣議決定事項 行政諸法臺灣施行令中改正の件 |
22 | 深澤少佐戰死 |
23 | 東大新總長は 山田博士か 最高票の模樣 |
24 | 砂糖清算相場 新高值を示現 入荷圓滑ならず |
25 | 一時賣却中止 蘭印砂糖販賣組合 |
26 | ウッヅ氏逝去 元駐日米大使 |
27 | 本日の天氣 |
28 | 大阪商船臺灣出帆 |
29 | 近海郵船基隆出帆 |
30 | 辰馬汽船 |
31 | 大連汽船 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 皇民運動の徹底的方針 善政は善教の民を得る如かず社說 一 古人の名訓に、善政は善教の民を得るに如かず、善政は民之れを畏れ、善教は民之れを愛す、善政は民財を得、善教は民心を得るといふ一節があるが、今日においてもまた大にこれを味ふべき名言である。云ふまでもなく、古今を通じて苟くも賢明なる為政者は何れも惡政を避けて善政を施す努力を務めないものはないが、ただその現はれたところの政績を見ると人民を心服せしめ得るものと得ざるものとの差を生ずるのは蓋し古人の言ふが如くよく人民を教へない結果、民心を得てゐないからではあると思ふ。 二 昨年來支那事變下に於ける我が島民は絕好なる皇民試練の機運に際會し、全島民の燃ゆるが如き皇民化の熱意と指導者の野を燎くが如き舊狀打破の勢力とに依つて皇民化運動の一大飛躍的進展を見たのである。然しその中には形式のみに驅られて精神を打ち込めない嫌ひなものがあり、何もかも從來の習慣を純內地式に一變すれば、また日常に簡易な國語さへ解し得れば、それで皇民化したとは恰かも佛を作つて魂を入れざる木偶の類で、またいささか不自然の導き方たる譏りあるを免れぬところがあると思はれる。勿論生活外形の純內地化は皇民化を完成する一要件ではあるが、精神を伴はない單なる外形上のみの變革は現實社會より見て、往往行き過ぎた善政?とも論難されざるを得ないのである。是れすなはち古人の謂はゆる善政の善教に如かざる所以であらう。 三 皇民運動の徹底的方針は島民に國民教育を施すにあり、義務教育を實施するにあり、また教育して心から皇民を仕上げるにあり、その精神上から皇民に仕上げれば、その生活の外形はおのづから自然に內地化せざるを得ないものである、故に皇民運動は國民教育の普及を圖ることはその本であり、生活樣式の變革を圖ることはその末である。この精神上からの內地化こそ皇民化の完成であり、また皇民運動の終局的目標であらねばならない。 四 更に進んで皇民運動の指導的任務を負ふものは單に教育事業を掌る教育者ばかりでなく、凡ての官公吏は勿論、民間にある內地人でも自ら身を以て示し、愛を以て導く親心の言動と真心を缺いてはならないと思ふ。若し自分の新しい兄弟を善導教養するが如き愛情的關係なく、單に人の子を貰つて矯正鞭撻するが如き義理的關係だけに止まるとすれば、形式的の皇民化に力がはいつても精神的の皇民化に隙が出來、つい相互間の感情にその隔りを取り去ることが出來ず、そして、真實なる內臺渾然一體なる境地の實現を容易に見られないことを虞るるものである。故に皇民化運動の方策はその形式的變革を行き過ぎるよりも、精神的教導を努むる義務教育が急務であり、また精神的教導は義理的關係に依るのでなく、愛情的關係に結ばれて、そこに始めて內臺人渾然一體として、美しい皇民教育の完璧を擧げ得るのである。 |
02 | 復歸者既に卅五萬 明朗を取戾す廣東 臺銀支店も蓋明け |
03 | 富士號の發見は至難 沖繩の大搜查陣 |
04 | 筑波號逆戾り 引續き搜查に當る |
05 | 本社に來訪 林進來氏店員が報社消息 |
06 | 上海萬華鏡 國際都市の明暗相(六)/陳逢源海外遊記 大上海の夢 支那經濟に於ける上海の地位は單に對外貿易のサイドより見ても全支各港貿易總額の五六○%を占め、又支那對外貿易の六○%餘は日、英、米、ドイツの四箇國で占めてゐる。加ふるに各國の投資が上海に集中されリーマー教授の測定によれば一九三一年に於て英國對支投資額九億六千三百萬米弗の七六%六を占め、日本は三億三千二百六十萬米弗の六六%四を占め、米國は一億五千二十萬米弗の六四%九を占めてゐるので、上海は半植民地たる支那に於ける列強の權益が如何に巨大であり且つ如何に相錯綜してゐる事が解る。 一方に於て上海は又支那民族資本の最も發達してゐる所であり、上海に於ける戰禍の損害が第一次上海事變の十四億八千萬圓に對し四十四億五千萬圓の巨額に上ると推定せられ、其の內上海市政府より實業部に提出した十一月八日の報告によると閘北江灣、吳淞、真茹等を含む上海一帶の被害工塲二千餘、損失總額五億元と註せられてゐる。 かくの如く上海は支那の最も富沃地方である長江沿岸の咽喉を扼し、列強帝國主義侵略の基點であると同時に淅江財閥を始め支那民族資本の本據であるから、其の地理的優越條件に基いて假令今回莫大な戰禍を受けても必ずや再び立ち上がるであらう事は少しも疑ふ餘地がない。併し今回の事變によって日本の勢力の伸長に伴ひ外國の勢力が追々と後退する已むなきに至る事も明かとなった。若し日本が真に支那に於ける歐米列強の帝國主義的侵略を是正しようとするならば、今後の上海は日本單獨の力を以て新秩序を建設せんとする事はなかなか困難でありさうかと言って外國の資力を藉りる譯にも行かないから、何うしても支那民族資本との提携を策すべきである事は言を俟たない。所が支那民族資本の巨頭である淅江財閥と國民政府とは既に離れるべからざる程の密接關係を結んでゐるのみならず、其の淅江資本も英米帝國主義の買辦性を有してゐるから、今後日本との提携をなし得る事態となるまでには相當の努力と時間を要すべきであらう。 中支に對する經濟工作の第一歩として既に中支振興會社の手によって華中鐵鑛、華中水電、上海內河汽船、華中電氣通信、華中蠶糸等の事業が維新政府と提携して設立せられたが、其の他占領地帶に於ける一般工業に對して務めて日支合の形式で其の復興を計りつゝあるが、それと共になるべく支那民族資本の復興を誘致出來得る事態を作り出す事に一層と努力しなければならない。 何しろ支那民族資本に信賴せしむるだけの活動範圍を與へずして歐米列強の帝國主義的侵略を是正せんとする事は到底不可能な話であるのみならず、刧って民族資本の租界逃避によって民族資本と外國資本との合從連衡を形成せしむる逆結果を生じないとも限らない。とにかく一方に支那民族資本の復興を圖りつゝ他方に如何に日本經濟との摩擦を輕減すべきかは今後殘されたる一大問題たるを失はないであらう。 上海は租界の存在によって特殊の發展を遂げた商工業都市であり、殊に事變の影響で各地有力の支那人が租界內に避難して來たゝめ現在では却って事變前に比し變態的繁榮を齎らし、家屋、土地並びに家賃までも著しく騰貴を來してゐる狀態である今後かゝる外國勢力と離れて日支共榮の根據地となさんとするには大體舊國民政府の設定した中心區たる、黃浦江下流沿岸江灣及び吳淞方面を其の儘利用し、虬口碼頭並びに其の下流方面に大規模な新碼頭を建設する必要がある。 新都市建設事業は維新政府と中支振興會社との合辦で既に九月十日資本金二千萬圓を以て上海恒產會社を創立して專ら其の運營に當らせる事となってゐるから、今後此の方面に大上海を建設し以て租界の繁榮を奪ふ事が終極の理想であらねばならない。かゝる大事業は勿論日支兩國民の真の協力なしでは到底なし得ざる底のものであるから、日本としては如何に支那民族資本を動員すべきかは、近く其の前景に推さなければなるまい。即ち新支那の秩序を如何に大上海に於て建設さるべきかはなかなか困難なる大問題であるがそれが單に一塲の夢に終らしめざるよう切に兩國民の賢明なる協力を期待して止まない。(終)(寫真は上海第一の高層ビル二十二階のパークホテル) |
07 | 新竹市政調查委員會 |
08 | 防犯座談會 きのふ北署主催で |
09 | 「支那事變忠勇列傳」 第一卷「陸軍の部」が出來上る 近く關係方面に配付 |
10 | 真砂町道路竣工式 |
11 | 臺北州自動車組合 きのふ解散總會 |
12 | 指定街庄の 防衛訓練 |
13 | 濁流に飛込む 軍馬を救助 瀨本さん表彰さる |
14 | 百萬圓の會社創立 上海の檜舞臺で 林木土氏が活躍 |
15 | 全島方面強調週間 來る廿日から廿六日迄 |
16 | 基隆國語家庭會 きのふ創立總會開催 |
17 | 宜蘭水害豫防組合 一萬餘名調印を了す |
18 | 誘拐の嫌疑晴る 當局の粹な裁きで 內臺愛結實せん |
19 | 模範衛生部落 赤堀知事が視察 |
20 | ホッケー選手權大會 十日から開く |
21 | 高砂丸神戸出帆 |
22 | 防犯行事 |
23 | 防諜都都逸 應募者殺到 |
24 | 何炳奎氏逝去 |
25 | 人事.消息報社消息 |
26 | ときの声 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 臺銀券發行高は 最高紀錄の連續 年末に一億五千萬圓突破せん |
02 | 官鐵の輸送は順調 總收入千八百萬圓 過去八箇月間の貨物輸送 遂に五百萬瓲に肉迫 |
03 | 臺北州と新竹州で 貨物爭奪戰展開 自動車統制會社破綻か |
04 | 籾摺用ゴムロール(上) 統制價格近く決定 井田府商工課長談話を發表 |
05 | 丸糯の積出 四十萬袋を突破 |
06 | 米移出管理の外は 新規事業豫算なし “證券取引は會社組織か” 歸臺の途中神戶で田端殖產局長語る |
07 | 內外肥料の入荷 全面的に躍進 十一月末で五千五百萬圓 |
08 | 臺北銀行預金(十一月末) 遂に九千萬圓突破 昨年に比し二千萬圓激增 |
09 | 丸糯米戰 十月限が終幕 受渡百八十九車 |
10 | 船腹割當不公平 中小荷主が非難 臺中米組合陳情せん |
11 | 配當制限の懸念で 諸株軒並に崩落 十一月中主要株式利廻昂騰 |
12 | 主要債券の 平均利廻は低落 |
13 | 照明燈 |
14 | 轉業資金融通の 損失補償適用範圍 三省次官改正を通牒 |
15 | 市價及商況 九日 |
16 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | ラヂオ |
02 | 講演 日滿支文化提携の 使命を終へる/川崎克 |
03 | ラヂオ風景 |
04 | 晝間娛樂時間 |
05 | 料理献立 |
06 | 第廿五回全島 國語講習會實況 |
07 | 廣東話講座 第一講 |
08 | 管絃樂と 二重唱 |
09 | 講演 歲末と庶民金融/井關孝雄 |
10 | 子供時間 |
11 | 童話劇「白い蛇」 |
12 | 浪花節 |
13 | 連續講談 第一席 |
14 | 圖像:翼の使者歌舞伎見物 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 產組を中心として 皇民化運動を展開 彰化郡愛國產業組合團 役員會で諸要綱を決定 |
02 | 圖像:コンドル機不時着 |
03 | 銃後赤誠の結晶 東港の献金五萬圓に達す |
04 | 體操科の指導 彰化郡下各校で |
05 | 桃園の防諜座談會 終了後防諜映畫を上映 |
06 | 斗六郡壯丁團檢閱式 前年に比し好成績 |
07 | 農業教育研究會 來る十三日彰化郡主催 |
08 | 臺灣に珍しい 河豚の犠牲者 腸を喰った鶏もコロリ |
09 | 臺中州警察異動 |
10 | 初等教育研究會 來る十九日管嶼厝公で |
11 | 林又春氏入選 |
12 | 源成農場監督 橫領嫌疑で留置 |
13 | 純益金を寄附 桃園金仲買人楊氏の美擧 |
14 | 精鍊場の人夫達 共謀で金を盜出 事件頗る廣範圍に亘る |
15 | 陳反氏献金 |
16 | グリコ日記 |
17 | 蔬菜生產者献金 |
18 | ローカルセクション報社消息 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 來年から家屋稅 臺中州調查を急ぐ 附加稅は精精廿四五萬圓か |
02 | 山の兄弟の國演會 きのふ屏東會館に於て |
03 | 高雄市鄉軍聯合分會 盛大に發會式を擧行 |
04 | 臺南市會終る 議案何れも原案可決 |
05 | 事變後のビルマ 親日色頓に濃厚 スマトラ丸で成功者嶋村氏語る |
06 | 學生、青訓の大演習 下淡水溪畔に展開せん |
07 | 郡守市尹會議 きのふ滯りなく終了 |
08 | 參事會も終了 |
09 | 知事訓示を傳達 |
10 | 道路王國を往く/王友芬 |
11 | 耕地防風林試驗場 愈よ北港郡に設置 諸準備整へて近く着手 |
12 | 籠球選手權大會 來る廿五日臺中二中で |
13 | 贌耕料問題は可決 花蓮港街きのふ協議會 |
14 | 臺中州郡守 市尹會議開催 來る十三日州廳で |
15 | 保甲豫算編成 打合會を開催 きのふ高雄州で |
16 | 山本前庄長公判 來る十四日に開廷 |
17 | 臺比對抗水上競技 臺灣選手候補決る 明夏八月マニラ遠征 |
18 | 屏東市衛生組合長會議 |
19 | 稻の正條植 高雄市農民の督勵に大童 |
20 | 臺南署の 壯丁團檢閱 來る十二日擧行 |
21 | 盧連明氏表彰さる |
22 | 徐朝宗氏の美擧 |
23 | 店員の惡事 |
24 | 消息報社消息 |
25 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 陸軍定期異動 陸軍航空總監に 東條中將親補さる 次官、參謀次長更迭す |
02 | 配當一割以上の會社の 增配は許可を要す 所謂總動員法第十一條 |
03 | 飛行機の模型を 皇太子殿下に献上 杉村部隊が分捕兵器で謹作 |
04 | 東條航空總監の 親補式御擧行 |
05 | 山脇新次官と 中島新次長略歷 |
06 | 二億圓程度の增稅 具體方策を種種研究 藏相年內に裁斷せん |
07 | 平田勇吉中佐 戰傷死 |
08 | 東臺灣電力會社(假稱) 明春を期し創立總會 |
09 | 金口木舌/林正享 |
10 | 伊國の主張を支持 ナチス黨機關紙の論說 |
11 | 伊國の明年度 國防費總額 |
12 | 汎米共同防衛協定 成立絕望と判明す 各國代表案を考慮中 |
13 | 邦人の廣東進出 引揚前の倍數に達す |
14 | 新香港總領事 日尻氏廣東發 香港向け下江 |
15 | 湯恩伯と薛岳が 深刻な抗爭を繼續 |
16 | 郡守市尹會議 十二日新竹州で |
17 | 明日の天氣 |
18 | 總動員(19)/長田秀雄;夏目醇 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 全島國語演習會 事變下に一段向上振り 小林總督も臨場 |
02 | 生の執着から來た 狂言と見るが常識 白骨事件の上告問題下檢察官談 |
03 | 臺銀新竹支店に 鑑定人を常駐 金賣却者に福音 |
04 | 防空警報規定に就て 西村府防空課長談 |
05 | 經濟戰強調週間 北署の實施事項 |
06 | 白衣の勇士ら 十二日凱旋 |
07 | 酒井憲兵隊長 初度巡視日程決定 |
08 | 石本部隊の 名譽の戰傷者 |
09 | 香港丸出帆 |
10 | 花房氏の遺品 臺北着延期 |
11 | 鮮魚船坐礁 羅東海岸で |
12 | 人事.消息 |
13 | 今晚の放送 |
14 | 商況 十日前場 |
15 | 今日の興行 |
16 | 訃文:羅歐氏心婦 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日本の母(1)/新述節;瀧伸二 |
02 | 家庭婦人 お歲暮の贈答も 真の意義に立歸れ 一部には廢止論もある位で この際改善が必要 |
03 | 洋裝の職業婦人 何したらふゆ溫かく過せるか スタイルよりも身體が大事 |
04 | 牡蠣の美顏術 肌を豔かに若返らせる |
05 | 非常時の身躾み この際地味に經濟的に 小さっぱりとしませう |
06 | 圖像:銃後母子保護の殿堂(その二) |
07 | お手製の火傷藥 こしらへて置くと重寶 |
08 | 汚れた揮發油は かうして清める |
09 | 古盥の若返りと その永保ち法 |
10 | 揭示板 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語の實習 內臺上り富士號 那霸附近で遭難 生存者二名、死體二つを發見 原因は右機關の故障 |
02 | 圖像:大きな物くらべ |
03 | めつきり増えた 本島人の和服姿 花蓮港の御婦人達 |
04 | 全島國語演習會 けふ樺山小學校で開く |
05 | 偉人の教訓 德川家康公遺訓 |
06 | 文明國の子供は 本を粗末にしない 感心なハンガリーの子供 松本先生のお話 |
07 | 圖像:上海歲末風景(其二) |
08 | 鵜飼も洋行 桑港の萬國博覽會で 米人を驚かす |
09 | 千島に黄金島 鑛脈廿二本を發見 |
10 | 高砂皇民會 慰問學藝會を開く |
11 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 北樺石油利權にも 不當壓迫策をとる ソ聯の橫暴益益募る頭條新聞 【東京十日發同盟】ソピエツト政府は日ソ漁業修正協定調印の國家的義務を遷延し不信の態度に出てゐるが最近また我が北樺石油利權に對して不當なる壓迫を加へ來つた右は北樺石油利權契約中の雇傭人員比率の適用上の解釋を故意に曲解し我が勞働者の強制迫出策に出たものであるが最近のソ聯の態度は石油利權の實體である採油手段に對する不當壓迫策をとつて居り右は日ソ基本條約利權契約に依つて約束された石油利權の否定であつて帝國政府としては正常なる利權擁護のためソ聯の猛省を促さざるを得ず外務省では十日午前在モスクワ東郷大使に訓令を發しソ聯政府に反省を要求するやう嚴談せしめることとなつた |
02 | 組織的妨害は明か 外務省情報部發表 |
03 | 總裁朝香宮殿下奉戴式 きのふ軍人會館で擧行 軍人援護事業に有難き令旨 |
04 | 決定的交涉を試む 重ねて訓令を發す |
05 | 肅清工作の行過か ソ聯エ內相罷免さる 銃殺に處せられん |
06 | 總裁宮殿下の令旨 |
07 | 近衛首相突如發熱 日支關係調整方針の 發表、來週半頃に延期 |
08 | 陸軍の陣容一層強化 樞要の地位の異動注目さる |
09 | 代行委員會を 十二日に開く 政友總裁問題を協議 |
10 | 佛現內閣を 信任 |
11 | 漢陽にも治維會成立 きのふ盛大に擧行さる |
12 | 米洲の共同防衛案 趣旨宣言に留らん 米代表活潑な私的折衝 |
13 | 現地接觸面にも 國共軋轢尖銳化 西北軍官會議に議論百出 |
14 | 汎米會議開かる |
15 | 蔣介石重慶着 連日首腦會議 |
16 | 官民の歡呼裡に 寺內將軍神戶着 直に湯ヶ原に向ふ |
17 | 海軍航空連合隊令を制定 昨日官報で發令 |
18 | 頭腦明敏な將軍 東條初代航空總監 |
19 | 上海航路の 客貨が激増 |
20 | 一糸亂れぬ統制 銃後の意氣發揮 新竹市防衛團團旗授與式 |
21 | 豪雨衝いて行進 七百の健兒振ふ 宜蘭郡壯丁團查閱 |
22 | 基隆郡下の 壯丁團查閱 |
23 | 上旬貿易 |
24 | 帝大文政學部 學友會發表式 |
25 | 本日の天氣 |
26 | 大阪商船臺灣出帆 |
27 | 近海郵船基隆出帆 |
28 | 辰馬汽船 |
29 | 大連汽船 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 東亞新秩序の 經濟的基礎社說 一 日支事變を契機として我が國は今や勢ひの趨く所に從つて東亞新秩序の主役として立ち上りつつある事は近衞首相其の他責任の地位に就く臺閣諸公の言行に徵して一點も疑ふ餘地がなくなつた。卽ち東亞新秩序とは東亞から歐米帝國主義的侵略を一掃し以て東亞の復興を圖らんとする事であつて東亞民族として何人も異議のあらう筈がなく、先づ日支兩國民が蹶起してかかる曠古の聖業に協力すべきは言を俟たない。 二 併し東亞民族をして一つの運動を起さしめるには先づそれを基礎付けるだけのイデオロギーを確立しなければならない。孫文が三民主義を以て支那國民をアツピールして來た如く、我が國としては更に三民主義を超克する所の高遠な理想と其の具體的實行方法を東亞の諸民族、就中日支兩民族にアツピールすべき必要があらうと信ずる。假りに其の名稱を東亞協同體の組織形成と稱する如く、我が東洋の道義的精神を基調とし、一民族が他民族を搾取及び壓迫を加へるが如き事でなく、かかる協同體に參加する民族の共存同榮を圖らうとする底のものでなければならない。 三 上述の如き理想は理想として苟くも東亞民族として何人も共鳴し得べきものであるが、かかる理想は單に一つの標語としか終らしむる事なく、真に東亞諸民族の情熱を驅り立てるには言ふ迄もなく其の經濟的基礎がなければならない。日支兩國の例を取つて見ても今後支那に於ける經濟工作が單に日本國民の利益だけでなく支那國民にもそれを均霑せしむるにあらざれば、如何に美辭麗句を以て之を飾つても到底有終の美をなさしめる事はなかなか不可能であるからである。從つて支那に於けるあらゆる建設及び資源の開發に對しても此の線に沿ふべく其の實行方法に再檢討を加ふべき必要があらうと思ふ。 四 併し日本內地の經濟組織は戰時によつて著しく拘束せられ、統制せられつつある、依然として利潤を追ふ所の資本主義を以て基調としてゐる事は爭はれない事實である。從つて今後支那への資本的進出等も稍もすれば利潤あるを見て前記の理想を忘るるが如き懸念なしとしない、換言すれば眼前の小利のみを見て終極の共存同榮を沒却するが如き事あれば、到底かかる大事業を為し得ざるは明かである。茲に於て大陸經營の前提として國民經濟の再編成を要請せられてゐる一つの原因ではなからうか。 五 有體に言へば大陸經營は日本國民として荷が重過ぎる程の難事業である。かかる難業を何うしてもなし遂げなければならない運命を好むと好まざるとに拘はらず既に引受けた以上は、國民一致の協力は勿論の事、經濟及び政治組織の再編成以外に、真に日本精神の顯現として偏狹な島國根性を清算し以て豁達なる胸量にて萬事を處理すべきものと信ずる。從つて臺灣及び朝鮮に對しても之と同一精神を以て層一層と努力すべき事を此の際特に痛感するものである。 |
02 | 第一線のお正月に 島民赤誠の慰問品 長官名で送付方依賴 |
03 | 流石な老船長の機轉 第六名護丸の決死的救助作業 間野技手の搜查報告 |
04 | 空の事故絶滅へ! 航空局の大評定 |
05 | 敗殘の南京 國民政府建設の跡(一)/陳逢源海外遊記 慘たる沿道の風景 上海から南京へ行くには上海戰跡見學と同樣に尚憲兵隊の通行證が入るので未だ一般の人々に開放されてゐない。汽車も一日二回しか運行せず、午前八時出發の列車しか二等車の連結がないのでそれに乘る事にした。現在の北停車場は元のそれでなく、パラックで建てられた見すぼらしい狹いものであるが、支那人乘客が一パイも詰めかけてある上に、行客の檢查もあるので文字通り頗る雜踏を極めた。驛で新申報を買って讀めば十月一、二日に亘って實業部長王子惠氏を除く維新政府の要人を始め一切の政府機關がいよいよ上海を引揚げて南京入りした事が解った。今日(三日)も何んとかいふ委員連と多くの母國人が乘り込んでゐるので、二等車も身の動けぬ程の大繁昌であった。 車が動き出したと同時に窓外を見渡せば閘北一帶は慘憺たる戰跡だ。もう少し先へ行けば第一回上海事變の殘骸が元の儘に橫はってゐる。かくては閘北の復興だけでも二、三十年はかゝるだらう真茹驛の手近にある暨南大學の大きい校舍も大分破壞されて人間のゐる樣子がない。三日前に南京の附近で敗殘兵の汽車襲撃事件があったためか、各驛とも警戒が相當嚴重らしい。折しも漢口攻略の真只中であるから此の線路も兵隊及び物資の輸送で戰爭氣分が橫溢してゐる。 南翔を過ぎれば江南の水鄉を美化してゐる楊柳の並木が果てしなくつゞき、竹林だけは流石黃ばみ出してゐる。沿線の村落もところどころ壞されてゐるが、田園の靜かな風景は今も昔とさう變ってゐない。崑山に着いたら山の上の塔が半分しか殘ってゐないので戰爭の所為であったらう。十數年前此處を通った時に孔塔崑山煙雨裹、江村風物過端陽なる舊詩を億ひ起して多少感慨なきを得ない。 右側にある洋澄湖は蟹の名產地で眺めも惡くない。そこを通り越せば何時の間にか古色蒼然たる蘇州城と古塔が見え出した驛の向側に小高い岡があり、それが吳山闔閭を葬した有名な虎丘で綺麗な塔が林の上に屹立してゐる。左側に岡とも山とも附かない吳山が眉黛の如く溫順しく起伏し、汽車も珍らしく煙突の林立してゐる無錫驛ヘスべリ込んだ。二三の煙突は既に黑い烟を吐いてゐるだけで、アトは多少の壞損で無氣味に靜まり返ってゐる。無錫の背後に聳えてゐる山は蘇東坡の詩で知られてゐる惠山らしいが、精々大屯山位の高さであらう。 常州附近には桑園多く、丹陽驛は激戰の跡と見えて殆ど役に立たない位に壞されてゐる。かく汽車が江南の沃野を走ってゐるのにどこにも辨當を賣ってゐない程、此の線路も未だ平常狀態に立ち返ってゐない。やがて右側に山がボツボツ見え出し、遙かに金山寺の塔が高く浮き出して思ひ出多き鎮江に着いた。私は曾て金山寺の塔からは遙か遠方より流れて來た雄大な揚子江と其の真中に焦山がつゝ立ってゐる支那らしい風景に見とれた事を今でも忘れる事が出來ない。 鎮江から先は一面の澤國だ。多分揚子江の水が溢れたためであらうが、數十哩に亘る田畑が悉く水にて覆は楊柳でさへ根本は水の中に浸してゐる。併し農民達は悠々として小舟を掉して菱の實を探って僅かに食糧に供してゐるさうだ。これだけの水害に對して新聞では殆ど何も書かないのが不思議である。天災人禍に苦しめられてゐる支那農民は真に氣の毒なものである樓霞山驛からは水がなくなり汽車が紫金山のうしろから堯化門和和平門を經て美しき玄武湖を眺めつゝやがて目指す下關の南京驛で下車したのは陽の未だ暑い午後三時過ぎであったらう。(寫真は南京中山門の現狀) |
06 | 豫定額を遙に突破 基隆市の愛國貯金 更に五十萬元に擴大 |
07 | 陣中一番の幸福者 硝煙の下に拾はれた二歳の孤兒 村上松子さんの物語 |
08 | 日支の提携を 促進強化 基隆華僑新民公會組織替へ |
09 | 異常の進境振りに 臨場の來賓感嘆 全島國語演習會閉幕 |
10 | 防犯標語栞を配布 |
11 | 新竹州下各市郡青年團大會 開催日割決定 |
12 | 年末用品即賣會 十四日から新竹州商工獎勵館で |
13 | 專賣、日東を屠り 高商、農專に辛勝 全島ホッケー第一日 |
14 | 先手を打たれて 女給轉向罷りならぬ 廢業藝妲連二度吃驚 |
15 | 無賴漢に戒告 北署の防犯行事 |
16 | 中村技師講演會 |
17 | 同じ場所で 衝突二重奏 |
18 | 內臺海底線一本不通 |
19 | 人事.消息報社消息 |
20 | けふのメモ |
21 | ときの声 |
22 | 今日の興行 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 米糖の移出貿易 三億圓を突破か 十一月末で二億七千萬圓 |
02 | 日本鋼材販賣の 設立大綱決定 愈よ來春に創立せん |
03 | 支那の長期建設は 輸入力增強が肝要 結城日銀總裁演說 |
04 | 本年中の出炭高(本島) 二百十四萬瓲の新紀錄 |
05 | 過剩の赤糖處分に 十糖廍が引受ける 第三回評議員會で決議 |
06 | 臺灣肥料組合で 役員會議を開催 |
07 | 高雄港發送米は 丸糯長糯を解禁 |
08 | 籾摺用ゴムロール(下) 統制價格近く決定 井田府商工課長談話を發表 |
09 | 米穀の配給改善に 全米商聯を組織 臺灣米は移入組合で提携 |
10 | 臺北の各銀行 營業時間を延長 經濟強調週間と大晦日に |
11 | 市價及商況 十日 |
12 | 照明燈 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 非常時局下に於ける躍進!南投郡全貌(一) 官民協力一致以て 銃後の守を固む 緊張せる南投郡を見よ特輯 |
02 | 郡當局の指導にて 特殊產物益益發展 南投街の躍進振り特輯 |
03 | 郡下の金献盛ん 七十萬圓を突破 松村南投郡守談特輯 |
04 | 圓滿なる街長 南投街長 正七位勳六等 星萬壽雄氏特輯 |
05 | 献身的に 街政に精進 南投街助役施水閣氏特輯 |
06 | 金献は頗る盛況 益益目的に邁進 臺灣銀行南投支店長 日高有衛氏談特輯 |
07 | 飽迄農村產組の 使命達成に邁進 林信用組合長の努力ゐらる特輯 |
08 | 南投の開發に 貢献頗る多大 長澤圓三郎氏特輯 |
09 | 非常時國策に 協力する事多し 南投信用組合長 林濱氏特輯 |
10 | 芭蕉界の重鎮 田中一郎氏特輯 |
11 | 社會公益に 盡瘁多大 醫師葉在淵氏特輯 |
12 | 南投郡藥種商組合特輯 |
13 | 南投代書人の元老格 壁古萬吉氏特輯 |
14 | 南投燒の改良で 有名な劉樹枝氏特輯 |
15 | 內臺融合の第一人者 南投酒類賣捌人 青木堯氏特輯 |
16 | 氣宇雄大 有為の青年 南投街協議會員 吳紀東氏特輯 |
17 | 金献運動に 盡瘁する事多大 醫師張慶章氏特輯 |
18 | 部落振興會長 として教化に精勵 小半山保正 許烏肉氏特輯 |
19 | 刀圭家として 門前市を成す 醫師簡錫川氏特輯 |
20 | 製藥の全島 配給を企畫 獨一散製造元 慈生堂主林松溪氏特輯 |
21 | 軍人軍夫遺家族 の診療に盡瘁 順風醫院主 王順風氏特輯 |
22 | 口八丁手八丁の司法書士 司法書士林塗氏特輯 |
23 | 廣告特輯 |
序號 | 標題 |
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01 | 全島產業界の白眉 草屯產組業績隆隆 洪組合長努力の結晶特輯 |
02 | 芭蕉界の生產額は 州下街庄で一位 鑛業地として將來有望特輯 |
03 | 烱眼の實業家 地方に重をなす 立志傳中の人林嘉總氏特輯 |
04 | 南投草屯 和洋雜貨商聯合會特輯 |
05 | 銃後國民として 貯蓄は最も必要 南投郵便局長小瀧建人氏談特輯 |
06 | 非常時に相應し 小公學の教育振り 青年團の活動も目覺し特輯 |
07 | 合同鳳梨南投 工場の發展特輯 |
08 | 植付甲數三千餘甲 產糖五十三萬擔 明糖南投工場の業績特輯 |
09 | 全島一納稅州の 折紙をつけらる 原南投稅務出張所長談特輯 |
10 | 工場の經營に 新機軸を出す 明治製糖南投工場長 雨谷安之丞氏特輯 |
11 | 勤勉家にして 又慈善家たり 黃烯煌氏特輯 |
12 | 眾望一身に 集る名校長 南投公學校長 宮島虎雄氏特輯 |
13 | 農界の先覺者 廖燃氏特輯 |
14 | 信望厚き 司法書士 洪錦源氏特輯 |
15 | 商工會會長 少壯派の人氣者 鄭明義氏特輯 |
16 | 溫容禮讓の名望家 德勝商店主 蕭如意氏特輯 |
17 | 運輸業界の成功者 王松根氏特輯 |
18 | 少壯派の錚錚たる者として重を成す 榮茂吳服店主洪朝東氏特輯 |
19 | 齒科醫として 令名嘖嘖たり 山田謙次郎氏特輯 |
20 | 公益事業に 献身的努力 南投街協議會員蕭啟東氏特輯 |
21 | 廣告特輯 |
序號 | 標題 |
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01 | 生活刷新目指して 經濟戰の強調週間 彰化市の實施綱領決定 |
02 | 遺家族慰安會 宜蘭軍事奉公會の主催 |
03 | 防犯座談會 板橋公會堂に於て |
04 | ナンセンス協議會 定員未滿で大騷ぎを演じた |
05 | 湖口信組役員會 |
06 | 籔木警部あす赴任 |
07 | 炭窯崩落して 親子壓死さる |
08 | 彰化郡大麻頒布式 |
09 | 竹東郡壯丁檢閱 非常なる好成績を擧ぐ |
10 | ローカルセクション |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 高雄州實業補習學校 報國團大會を開催 きのふ屏東公園に於て |
02 | 國民貯蓄の獎勵に 紙芝居を動員 高雄州の新しい試み |
03 | 屏東市歌發表會 きのふ盛大に擧行さる |
04 | 神宮大麻頒布式 彰化神社に於て |
05 | 石本・平田兩部隊(三) 輝やく長江進擊美談 |
06 | 商品倉庫設立の 實行委員會開催 |
07 | 屏東市新年交禮會 |
08 | 軍人家族章 けふ授與式を擧行 |
09 | 米管法の打合會 十五日高雄公會堂で |
10 | キルクの企業化 愈よ有望視さる 臺中州當局の食指動く |
11 | 吳鳳廟の祭典 きのふ盛大擧行 |
12 | 臺南青果荷受組合 業績頗る良好 |
13 | 種痘の打合會 臺中市民會館にて |
14 | 鼓浪嶼に於ける 反英氣分愈よ濃厚 廣東丸の齎らした消息 |
15 | 淋病藥を騙取 不良青年ご用 |
16 | 入學難の緩和に 第二公を新設 花蓮港廳新年度豫算に計上 |
17 | 未亡人泣かせの 罪な男逮捕さる 詐欺窃盜のお尋もの |
18 | 惡戲も考へもの 手拳の一擊で即死 |
19 | 楊秀利に判決言渡 |
20 | 北屯國講生 本社を見學報社消息 |
21 | 鷄泥棒を檢擧 |
22 | 消息 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 暴風雨の女(74)/岡田三郎;三浦杏介 |
02 | ラヂオ |
03 | 連續講談 |
04 | 料理献立 |
05 | 子供時間 |
06 | 能樂 |
07 | 夕方の音樂 |
08 | 邦樂鑑賞の午後/渥美清太郎 |
09 | ユナイテッド・アーチスツ映畫 暗黑街の彈痕 けふから國際館で |
10 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 公侯爵當然議員制廢止 特別勅選議員を設く 貴院制度部會審議結果の要旨頭條新聞 【東京十一日發同盟】議會制度審議貴族院制度部會は豫て小委員の經過報告に基き慎重審議を行つてゐたが二日で一應部會の審議を終了したので十日審議結果要旨を各委員に配布十四日總會を開會、右要旨を附議、答申案を決定することとなつた、右審議結果報告要旨左の如し 一、議員の種別、議員(皇族議員を含まず以下同じ)の種別は左の如く定むること 華族議員、勅選議員、特別勅任議員、地方議員 二、華族議員、公侯伯子男爵を有するもの各各その同爵の選に當りたるものは七箇年の任期を以て議員たるべきものとすること、公侯爵を有するもの當然議員たるの制はこれを廢止しその數を減少すること 三、勅選議員、國家に動勞あり又は學識あるものにして政府の自由の銓衡に依り勅任せられたる者は終身議員たるべきものとすること 四、特別勅任議員、產業、經濟文化等各種の職能を少數部門に區分し各部門每に當該部門の職能に關する知能經驗に富める者の中より夫夫一定數の議員を選任し其の選任に依り勅任せられたる者は五個年の任期を以て議員たるべきものとすること 五、地方議員、各道府縣に於て一定の資格ある者の中より議員を互選し其の選に當り勅任せられたる者は七個年の任期を以て議員たるべきものとすること 六、議員の資格要件 一、議員の資格年齡を滿三十歲とすること(但滿三十五歲とすべしとの意見あつた) 一、現役陸海軍軍人等、國務大臣及び各種政務官以外の在職官吏及び待遇官吏並に北海道會議員及び府縣會議員は議員と相兼ぬることを得ざるものとすること 一、不登院者の議員失格に關し規定を設くること 七、議員の數 一、議員の總數に付ては多かれ少かれその減員を認むること 一、勅任議員數は華族議員に超過するも可なること 一、華族議員數は各爵別に之を定むること 一、特別勅任議員數は三十乃至五十人とすること 一、地方議員數は各道府縣一人宛總計四十七人とすること 外地よりも地方議員を選任すべしとの意見あつた。 |
02 | 西南軍の消極防備 我が軍の進擊を極度に恐れ 各要路の徹底的破壞を命ず |
03 | 孝明天皇奉祀 神殿社地鎮祭 きのふ執行さる |
04 | 新兵團編制見込なし 廣東軍の募兵事務捗らず |
05 | 廣東軍の進入を 廣西軍嚴重に警戒 兩軍の反目高まる |
06 | 粵漢線英德の 敵機關車を爆擊 |
07 | 平江附近の 敵を爆擊 |
08 | 全縣驛を攻擊 貨車三十輛を爆破 |
09 | 我新銳各部隊の 赫赫たる戰果 徐州東南の殘敵掃蕩 |
10 | 第八回汎米會議 本格的議事に入る ハル長官米洲諸國の結束を強調 |
11 | 隴海線各線の敵軍 何れも戰戰競競! 洛陽焦土の準備完了か |
12 | 圖像:南支戰線九江より |
13 | ゲ・ペ・ウ六百名逮捕 ベ新內務人民委員就任と同時 |
14 | ソ聯が庫倫經由 武器彈藥を輸送 |
15 | 米艦ルソン號 上海に歸着 |
16 | 國府財の政難 黨部、各機關にも 深刻に現はる |
17 | 十一條發動に關し 大藏省が協議 |
18 | 森林法改正案 種苗法案を提出 農林省、造林を獎勵 |
19 | 寺內大將湯河原着 天野屋旅館に入る |
20 | 廬山の外人連 無事に下山 十日午後九江に着く |
21 | 飛行機、潛水艦 根據地を増設 米海軍、議會に勸告 |
22 | 田尻新總領事 香港着 |
23 | 南風・北風 |
24 | 本日の天氣 |
25 | 大阪商船臺灣出帆 |
26 | 近海郵船基隆出帆 |
27 | 辰馬汽船 |
28 | 大連汽船 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 暗黑の廣東市街に 電燈がぱつと閃く 軈がて水道も復舊 |
02 | 富士號今後の捜查 海上は沖繩縣の手で 空中捜查は一應打切る |
03 | 運を天に任せて 慌てぬので助った 奇蹟の生還者兩氏談 |
04 | 皇后陛下御歌 療養所奉揭 御仁慈の程偲び奉る |
05 | 廣東丸出港 |
06 | 敗殘の南京 國民政府建設の跡(二)/陳逢源海外遊記 首都建設の夢 南京で舊友林詩賓君の外に思がけもなく黃凱吾君に逢った事は何よりの仕合であった。黃君は現在首都警察廳督察處長の要職を帶び國民政府要人の邸宅を官舍として占領してゐるから、私もそこで二晩も御厄介になった南京ではガソリンの價格が高いため自働車賃がベラ棒に高いが黃君の官用自働車を飛ばして市中は勿論の事、中山陵の附近まで約一日半の短時間を以て略々見たい所を見盡したのである 南京は國民政府の本據であるから必ずや焦土抗日の政策を實行して國民政府の重要機關を自ら爆破したであらうと豫想したが、事實さうではない。七八百元も投じて建てた豪奢な交通部だけは自爆したが、其の他は多少修繕しさへすれば立派に使へるし、又現に○及び維新政府で其の儘利用してゐる。中にも維新政府の外交部に充當してゐる元の國際聯歡社(中國外交官と各國外交官とのクラブ)は中國美術の粹を盡した壁畫等も少しも破損されてゐない。 併し流石激戰の跡であっただけ下關一帶の市街は閘北程はないが、壁のみ殘ってゐる家屋がズラリと並んでゐる。南京城の中華門及び中山門等は未だ爆破された儘になってゐる。脂粉絃歌の巷であった秦淮の酒肆、妓樓も大部分は兵亂で荒されて昔の影形もない有樣である。 住民は事變前百萬人と稱したが、今ではボツボツ歸って來たが精々四五十萬人しかないであらう。市上で逢った支那人は何うも金持とインテリらしい顏が一向見當らない。極言すれば南京城內は難民でウヨウヨしてゐるから、何となく一種言ふべからざる悲痛に打たれる。 ところが黃林兩君の案內で市の真中に屹立してゐる鼓樓の上に登って見渡せば流石國民政府建設の跡がありありと見える。十數年前私は始めて南京へ着い晩、下關から鼓樓を經て繁華な南門まで行く途中といふものは殆ど人家がなく真暗であった。其の時ガタガタした馬車に乘って一時間も二時間も解らない所へつれて行かれるような氣持がして全く氣味が惡かった。 現在特に人の目を惹く偉觀は其の幅八メートル、延長實に數十キロの中山路が市內の南北及び中山陵まで貫いてゐる事だ。 中山路とは下關の揚子江頭より挹江門を經て城內に入り、鐵道に沿ふて鼓樓に達し更に一直線に南下して興中廣場を通って中華門に至る大道と、興中廣塲から東に折れて明の故宮をつき通り中山門を出て中山陵まで行き止まりに設けられた大道なのである。 此の中山路の左右に國民政府の各機關が散在してゐる。即ち海軍司令部、兵工署、外交部、工商部、中央大學、教育部、軍政部、參謀本部、行政院、民國政府交通部及び財政部等の大建築は綠色の瓦とか、又は支那建築の方式を一部取入れられた堂々たる洋館である。私は國民政府の建築能力に對して敵ながら高く買っていゝと思ふ。 淺野晃氏が南京に關して次の如く述べた事は全く同感である 南京市はしかし未完成の首都である。既に中國建設の意志があり、そして其の行動がある以上、そして其の運動の異常な努力と進展とがある以上そこには首都がある。南京には未だ澤山の空地がある。又夥しき陋巷がある。しかし道路は大きく造られてあり、國民政府並びに中央黨部の建物はいづれも堂々としてゐる。それはある清潔な感じを有ってゐる。其の感じは普通の支那的な汚らしさとは言はゞ對蹠的な方向にあるものだ。何よりも其處には斷乎たる決意が潜んである。中國再建の意志と努力との一筋道に沿ふてゐた云々(淺野晃中支雜感揚子江十二月號第三十四頁參照) だが國民政府が折角の意志を有しながら排日抗日の惡靈につかれたゝめ、遂に八九年間着々として建設して來た首都をして一塲の夢とせしめた事は全く惜しい事であるし、國民黨の人達でも今ではキット後悔してゐるに違ひない【寫真は興中廣塲を中心とする鳥瞰圖】 |
07 | 全臺灣庭球 選手權大會 一月二日から |
08 | 海南島新邊自衛團 素質極めて劣惡 地方民反感愈募る |
09 | 實彈による爆擊演習 十八日安平附近で |
10 | 鷺洲庄防衛訓練 きのふ九回に亘り實施 |
11 | 永樂國講閉會式 |
12 | 乘組員救助さる |
13 | 叺製造競技會 きのふ桃園一公で |
14 | 走れぬ自動車の嘆き タイヤがなく業者悲鳴 |
15 | 一中大勝 中等ラグビー戰 |
16 | 炊事婦が縊死 神經痛に悲觀 |
17 | 新暦を勵行 宜蘭街各町振興會 役員會で申合す |
18 | 南洋、本島航路開設 その第一船として南星丸が 十五、六日頃基隆入港の豫定 |
19 | 素人注射は危險 若者忽ちお陀佛 |
20 | 高校が堂堂連霸 全島ホッケー選手權 |
21 | 北高商生講演隊 昨日臺南で講演 |
22 | 海軍異動者の 歡送迎會 |
23 | 臺中二中の 教練查閱實施 |
24 | 壯丁團長に 消防操作を講習 |
25 | 新豐郡壯丁團員 皆勤者表彰式 |
26 | 熱帶農學會 |
27 | 溺死體漂着 |
28 | 高砂丸無電 |
29 | 定期航空 |
30 | 人事.消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰時下農業政策 (五)促進される農業機械化 |
02 | 臺灣諸株仲值 |
03 | 非常時局下に於ける躍進!南投郡全貌(二) 改良鳳梨及び椪柑 聲價、逐年向上す 名間庄產業の躍進振特輯 |
04 | 產業開發に特に意を致す 名間庄長島內珪次氏特輯 |
05 | 奇略縱橫の名間庄助役 吳紹田氏特輯 |
06 | 青年實業家 曾楸楊氏特輯 |
07 | 名間信用組合 堅實の步を進む特輯 |
08 | 材木商の傍ら 街政に參畫す 南投街協議會員 張瑞東氏特輯 |
09 | 時局に關聯せる 犯罪は僅か數件 南投郡警察課長北川清氏談特輯 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 東石神社外苑で 郡下壯丁團查閱 朴子團が榮冠を獲得 |
02 | 金買上利益を 國防献金に提出 二水信組の美擧稱讚 |
03 | 圖像:英國アラビヤ人に大彈壓策 |
04 | 宜蘭郡下の 教化委員講習會 十四日は大會を開催 |
05 | 貨物自動車から顛落 壯丁團員、十餘名負傷 |
06 | 鳳林商工會 創立總會を開催 |
07 | 圖像:皇軍軍樂隊の支那民眾慰安演奏會 |
08 | 性病撲滅講演會 竹東街で盛大に開催 |
09 | 旗山第一公の 四十年祝賀式 |
10 | 待望のボラ 沙山で大漁獲 商人、漁民活氣付く |
11 | 張新埤庄助役 留置、取調べらる 不正事件發覺か |
12 | 圖像:朴子壯丁團優勝 |
13 | 本紙讀者優待 日本少女歌劇團 桃園座で公演報社消息 |
14 | 麻豆酒煙草店舖陳列競賣會 十五日より實施 |
15 | 東港郡綿布商 同業組合創立 |
16 | 坂上警部榮轉 |
17 | 鳳林公管內の 國講生演習會 七十老婆も出演 |
18 | ローカルセクション |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 時局の重大性を認識し 國民貯蓄を獎勵 來春に開催する總會を控へ 高雄州各組合に通牒 |
02 | 北港郡下道路擴築と 鋪裝工事竣工式 十日北港小講堂で擧行 |
03 | 石本・平田兩部隊(四) 輝やく長江進擊美談 |
04 | 埔里、霧社間乘合バス 近く開通の見込み 關係者當局に申請中 |
05 | 彰化愛婦が 遺家族を慰安 |
06 | 森署長著任 |
07 | 聯合少年少女結團式 十日臺南神社で擧行 |
08 | 初等教育研究會 廿、一兩日員林公にて |
09 | 家族章授與式 昨日臺南神社前擧行 |
10 | 無砂搗方を採用 高雄精米所組合で決定 |
11 | 錦小と德田(大湖)が優勝 全島少年劍道大會 |
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