興南新聞1943年7月
序號 | 標題 |
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01 | □□□で □□□墜 □□襲を邀擊 |
02 | □□□む □□□進攻 |
03 | □□□破 □□□鷲魂を發揮 |
04 | □□□萬潰走せしむ □□潮汕地區前面を掃蕩 |
05 | 地方行政三要綱決定 |
06 | 圖像:明日の攻撃に備へ銃器の手入 |
07 | 南阿聯邦と斷交 インド居留民團で決議 |
08 | 中國產品の輸入 特惠關稅を設定 勅令けふ公布十日より實施 |
09 | 一億總決意を宣揚 總常會の準備着着進む |
10 | 軍政の三大目標に 一層の努力を傾注 マライ軍政監部藤村部長談 |
11 | ソ聯極東正面軍司令官更迭 |
12 | 敵產四百六十一件 國府へ正式移管 |
13 | 移管敵產內譯 |
14 | インドの住民 飢餓線上□ 食糧□□□□ |
15 | ソ聯最高會議 選擧一ケ年再延期 |
16 | 英機ケルンの文化施設を盲□ |
17 | 米戰艦數隻地中海に向ふ |
18 | 外貨國□□□□ 內□□□□□ |
序號 | 標題 |
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01 | □□的價值莫大 □□人的物的資源も豐富 |
02 | 圖像:高橋三吉海軍大將來臺 |
03 | 胸のすく命中振り 紺碧の海中へ敵機が真逆樣 駒澤大尉の奮戰談 |
04 | 海志五千名突破 基隆署の豫備受付 |
05 | 早くも願書提出 新竹健兒百五名 |
06 | 八堵青年團員が石炭搬出に奉仕 |
07 | 學徒の奉公植林 本年度は二百甲步 |
08 | 佐野市初代市長任命 |
09 | 媽祖祭取止め |
10 | 全國民の參加要望 神宮大會開催方針決る |
11 | 短期實物寄付時間變更 |
12 | 國島久上等兵散る 二中出身の實直な青年 |
13 | 目指す甲種合格 州下徵兵檢查始まる |
14 | ダーウイン痛爆行 陸鷲に聽く手柄話 |
15 | 海軍感謝献金 |
16 | 博愛會附屬病院 馬偕病院跡に設置 |
17 | 支那事變七周年 全島華僑盛澤山の□□ |
18 | 家庭用の木炭□□ 三日から配□□□ |
19 | 興南詩苑漢詩 鳥尋雛/楊嘯霞、蛇鶖圖/楊嘯霞、病中聞澹廬有小集書此□/幼□ |
20 | 不正行為を遂放□ 購買帳の臨時□□ |
21 | 畫劇□□ □□□□ |
22 | 人事・消息報社消息 |
23 | 興南案內報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 上海共同租界の還附取極に調印頭條新聞 【東京發同盟】去る一月九日國民政府は同生共死、米英打倒の決意に燃えて米英に對し宣戰を布告、これに對し帝國政府は日華共同戰爭展開の根本方針に則り兩國關係の劃期的發展を期待すると共に中國の自主獨立と國府の政治力發揮を基底とする新中國建設定希求し其方途として先づ中國における一切の租界還附並に治外法權撤廢等を內容とする日華新協定を締結、この新協定に基き專管、共同兩租界還附の具體的事項を協議するた め日華兩國共同委員會を設立し既に三月三十日國府還都記念日に當り杭州、蘇州、漢口、沙市、天津、福州、重慶の八專管租界、北京公使館區域行政權並に廈門コロンス共同租界行政權を夫々國府に還附したが日華新協定第四條に基く上海共同租界行政權還附 については中國の政治、經濟上に占めるその重要性に鑑み引續き日華兩國委員間に慎重協議を續行、諸般の準備を進めつつあった所東條首相の大東亞建設宣言の發出により劃期的飛躍を遂ぐべき日華兩國關係の前途を祝して愈々これが還附を實施すべき細目の決定につき日華兩政府間に完全なる意見一致を見るに至つたので三十日午後一時南京において谷駐華大使と諸國府外交部長との間に上海共同租界行政權回收實施に關する取極並に了解事項につき署名調印を了した、斯くて八月一日を期して中國積年の願望たる上海共同租界は國府に回収され帝國政府の真摯なる協力措置により國府の政治力、特にその經濟金融部面に對する國府努力の滲透は上海共同租界の還附により巨歩を進め相踵いで豫想される治外法權の撤廢、日華間諸條約の改訂によつて戰ふ中國の面目ぽ正に一新さるべき段階に到達した、右に關し情報局は午後三時左の如く發表したが尚國府側においても同日外交部、宣傳部共同發表を行った |
02 | 共同租界、面目一新 大上海の一部として 東條首相談 |
03 | 工部局運營の苦心 岡崎參事官は語る |
04 | 友邦の中國援助實踐 汪主席、談話を發表 |
05 | 情報局發表 |
06 | 八月一日に實施 一切の公共施設、資產無償で國府に移讓す |
07 | 取極要旨と了解要旨 |
08 | 關係諸國も追隨 帝國と同樣措置をとらん |
09 | 外交部、宣傳部 共同發表 |
10 | 大東亞の帝都東京都けふ誕生 地方行政協議會も實施 |
11 | 共榮の新秩序前進 大戰遂行と併行に |
12 | 中央地方行政協議會 連絡統制の方針 |
13 | 伊も同一步調 |
14 | 反蔣暴動勃發 西北開發崩壞の一途 |
15 | 敵產第二次移管 褚外交部長、感謝を表明 |
16 | 新東亞建設に巨步 調印式で谷大使挨拶 |
17 | 陸軍司政長官 |
18 | 內閣、各省新委員の氏名 |
19 | 船舶貨物總揚げ制 臺灣一期米より適用 |
20 | 羅東街役場職員ラジオ體操 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 海軍志願兵募集を開始社說 一 待望の海軍特別志願兵志願者募集は勅令の公布に先立ち本日から受付を開始することとなった。この日あるを待ちに待ちたる本島青年の本望は云ふも更なり、榮譽に輝くけふの佳き日を全島民は均しく祝ひたたへることであらう。全適格青年は双肩に六百五十萬島民の光榮と名譽を荷ひ、けふの佳き日に蹶然奮起せねばならぬ。云ひ換ヘれば聖代の惠澤と國民最高のこの榮譽に感奮興起せられねばならぬ。獨り適格青年だけではない。親たる或は兄姉たる全島民こそ輝くけふの光榮に應へ奉るべく我が家から我が町から我が部落から全適格者を洩れなく譽れの登龍門に送り出さねばならぬであらう。 二 聖戰既に七載、大御稜威まさに宇內に光被せんとする秋、醜の御楯となりて萬古不易の國體を擁護し皇運を扶翼し奉るは國民最高の榮譽として之に過ぐるものはないのである。本島民がさきに陸軍特別志願兵制度の實施を仰ぎ、闔島齊しく聖代の惠澤に感激未だ新たなるに、今また海軍特別志願兵制施行の榮譽に浴す、一視同仁の畏き聖慮のほど只只恐懼感激の外はないのである。島民は今や陸海相携へて世界に冠絕する帝國軍人の一員に列し、直接國家防護の大任を負荷するの光榮と名譽は、洵に聖代に生れたるもののみが味へる至上の欣びであり、みたみ我れの感激ひとしほ深いものがあらねばならぬ。 三 わが大日本帝國は偉大なる海洋國である。四面環海のわが帝國は古來海によって興り海によって發展し來ったことは如實に歷史の示す通りである。從ってこの海國日本の海軍が夙に隆隆たる發展を遂げ、世界に冠絕せるその勢威は、遠く日清、日露の兩戰役を顧みる迄もなく、今次大東亞戰に於て世界に誇る敵米英を隨所に破碎して敵の心膽を寒からしめ、全世界の耳目を聳動せしめつつある一事によって明らかなことである。斯くの如き赫赫たる歷史と武勲に輝く帝國海軍の一員たり得る本島民の榮譽は云ふに及ばず、皇國古來の傳統的使命たる海洋發展の一翼を擔ふ重責もまた大なるものがあるのであって、ここに真に皇國民として醜の御楯たらんとする熱誠なる志願者の重大使命ありと云はねばならぬ。 |
02 | 海軍志願兵けふ募集開始 征け七洋制霸へ 榮光今や燦と輝く |
03 | 思想戰の克服へ 皇奉に宣傳協力委員會設置 |
04 | 圖像:高橋大將來臺 |
05 | 斷じて討つこの仇 山本精神受繼いて海軍は磐石 高橋海軍大將來臺談 |
06 | 藤岡兵務部長 徵兵檢查場へ |
07 | 花蓮港廳商奉團幹部鍊成 |
08 | 文學美術展 |
09 | 懇ろに遺族を弔問 稻田廳長山地を跋涉 |
10 | 教職員滑空訓練 十九日から各地で講習會 學生、生徒は八月一日から |
11 | 國語報國の尖兵 專任推進員に辭令交付 |
12 | 羅東郡下の警防團猛訓練 |
13 | 宜蘭商議所總會 |
14 | 傷痍軍人の就職斡旋 |
15 | 島都教員體育大會 排球戰の凱歌東北地區に擧る |
16 | 羅東街民の献金熱 |
17 | 四億貯蓄完遂へ 新竹州產業組合長會合 |
18 | 初代東京都長官 讀書三味の大達さん |
19 | 決戰貯蓄座談會第二日 |
20 | 家庭必需品會社設立 |
21 | 國風劇團近く島都で開演 |
22 | 海の文學と美術 全島各地の巡回日程 |
23 | 潮州稅務出張所 一日目出度開廳 |
24 | 關廟庄協議會 |
25 | 訃文:謝惷 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 征かう海軍志願兵 係員早曉から出動 けふ志願者一萬突破の見込 |
02 | 用意は出來た 三重埔の青年意氣高し |
03 | 受けよこの榮譽 |
04 | 嘉義市會 |
05 | 廈門市政府成立四周年 以前の繁榮取戻し 明朗、駸駸として向上 |
06 | 集へ海軍旗の下 濱崎高雄州警察部長語る |
07 | 貯蓄で米英を擊つ |
08 | 野菜、ハム、蒲鉾 新鮮な品、一日から配給 |
09 | 創意と工夫で增產 名案!用水法競技會の創設 |
10 | 濃綠滴る聖域にきよめの大祓式 |
11 | うんと協力して欲しい 藤村知事中壢で諭す |
12 | 看護助手座談會 |
13 | 彰化市會 |
14 | 國民貯蓄大會 |
15 | 陳黃氏蜜媼 |
16 | 地方多より |
17 | 昭和十七年度決算報告/臺灣拓殖株式會社 |
18 | 今日の映画演藝 |
19 | 基隆蘭陽地區 |
20 | 基隆の映画 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 石油專賣本日實施 甲、乙兩種賣捌人決定 |
02 | 炭坑統合座談會 ブロツク別に統合(三) 重點炭礦の增產を計れ |
03 | 電氣資材節約に 需要者の協力を喚起 |
04 | 米穀補給金支給に關し 通貨膨脹防止策を講究 中嶋財務局長歸臺談 |
05 | 商銀潮州支店 日銀代理事務取扱 |
06 | 重要資源開發に邁進(上) 加藤社長演說要旨 |
07 | 日本證券取引 愈よ新役員發令 |
08 | 鐵工業統制會 五委員發會式 |
09 | 蔬菜類は購買帳で 一人當拾錢の割合 |
10 | 肥料配給法の手心 |
11 | 臺拓定時總會 海外支店昇格決定 |
12 | 經濟連絡會議 |
13 | 酒煙草賣捌人 當局より新指定 |
14 | 照明燈 |
15 | ラジオ |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 內務省創設以來の劃期的行政大改革 戰力增強意圖を強力に反映 全陣容整ふ |
02 | 內務の大異動發令 |
07 | 大達都長官親任式 |
08 | 小松中將外各提督參內 畏し・拜謁仰付けらる |
09 | 地方行政協議會長略歷 |
10 | 勅任參事官の略歷 |
11 | 圖像:炎暑を冒して活躍する海の整備兵(○○基地にて) |
12 | 敵艦船を擊沈 ドイツ潛水艦の戰果 |
03 | 厚生省異動 |
04 | 農林省異動 |
05 | 文部省異動 |
06 | 商工省異動 |
13 | 內閣辭令 東京都長官と五知事の親任待遇 |
14 | 內閣人事 |
15 | 廣島市長に栗屋氏 |
16 | 比島獨立準備委員會開く |
17 | 赤機百七十二を擊墜 獨軍一週間に |
18 | ニユーギネヤ向け 電報往復取扱開始 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 待望の日は來た 海へ、海へ怒濤の進軍譜 けふ海志受付開始 |
02 | 一と朝で二萬餘人 物淒い新竹州の志願者 |
03 | 高橋海軍大將 總督の招待に臨む |
04 | 瑞芳神社大祭 來る十日に嚴修 |
05 | 圖像:海洋訓練隊修了式 |
06 | 國鐵旅客運送規則改正內容 |
07 | ああ護國の礎 島都出身五勇士散る |
08 | 日本に憧れて 南方の留學生入京 |
09 | 麗し血の報國團 太平四區青年團の自發的快擧 |
10 | 貯蓄し乍ら納稅 戰時納稅貯蓄制度實施 |
11 | 吾等は海の兒なり いざ行かん、大洋を家として 海洋訓練隊員巢立つ |
12 | 圖像:大鳥島にて |
13 | 燃ゆる熱意に應へ 陸軍少年諸學校募集 締切定員に特別配慮 |
14 | 決戰姿で行かう 上衣なしの服裝で 一路米英擊滅へ |
15 | 電話の戰時再編成 戰時的利用に集中 |
16 | 島民感謝の結晶 赤誠の香華料一萬二千餘圓 |
17 | 農民指導功勞者 基隆市から五名推薦 |
18 | 興南詩苑漢詩 遣懷 五古一首/杏庵 |
19 | 生藥集荷所 高雄と嘉義に設置 |
20 | 總督府辭令 |
21 | 本社人事異動報社消息 |
22 | 人事・消息 |
23 | 今晩の放送 |
24 | 基隆蘭陽地區 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵艦船十隻擊沈破 卅一機以上を屠る レ島方面作戰續行中頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(一日十七時三十分) 一、六月三十日早朝ンロモン群島レンドバ島方面に輸送船、巡洋艦、驅逐艦なとより成る敵有力部隊出現その一部は同島に上陸せり 二、帝國海軍航空部隊はこの敵に對し數次に亘り果敢なる攻撃を加へ輸送船六隻、巡洋艦三隻、驅逐艦一隻を撃沈破し敵機三十一機以上を撃墜せり 三、同方面帝國陸海軍部隊は強固なる協同の下に作戰續行中なり |
02 | 上陸の敵と交戰中 |
03 | 敵機十一機を擊墜 小癪・コ、イ兩島來襲地上部隊の戰果 |
04 | 米海軍省公表 |
05 | 米の羊頭狗肉政策 排日移民法實施屈辱日堀第三部長談 |
06 | 新知事抱負を語る |
07 | 定期敘位 |
08 | レントパ島 二百平方粁の小島 |
09 | 協議會の運營方針 十九日の地方長官會議に指示 |
10 | 綜合的連絡を圖る 地方陣容整備方針 安藤內相語る |
11 | 東京都歷史的發足 |
12 | 臨時地方長官會議 來る十九日開催す |
13 | 第一線に應召の大物知事初顏合 |
14 | 丸山翼贊會事務總長 實踐局長兼務 |
15 | 外務辭令 |
16 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 日華協力關係更に緊密化 共同租界の還附社說 一 中國積年の願望たる上海共同租界の回收は帝國政府の真摯なる協力措置により、三十日還附の取極めに署名調印、來る八月一日を以て實施されることとなった。上海の共同租界は今を去ること百年前の阿片戰爭にその端を發するものであって、爾來米英が支那侵略ひいては東亞侵略の一大據點として、又支那和平攪亂の地として、執拗に擁護し來たものである。中國はこの上海共同租界あるが故に政治、經濟、文化の各部面に亘り、壓迫と搾取の悲境に置かれ、從って上海共同租界の存在こそ中國復興の一大障害となって居たものである。大東亞戰爭勃發と同時に、米英勢力は一掃され、今回更に上海共同租界が中國に還附せられたことは、國民革命以來中國が多年熱望して來た主權の獨立を完整するものであって、南京條約を起點として半植民地性格に沈淪してゐた中國にとって、史上劃期的な重大意義を有するものである。 二 一般承知の通り今次大東亞戰爭の目的は究極に於て、米英の東亞制覇の野望を破碎して、東亞攪亂の禍根を芟除し、大東亞の各民族を米英積年の桎梏より解放し、以て大東亞諸國家、諸民族が各各その本然の特性に應じて、人類の福祉と公正なる□□平和に寄與し得るの態勢を□立するに存するものである。從って共同租界の還附は、中國の自主獨立完整、國府強化を希念する帝國の大東亞建設の崇高なる大理想を端的に示すものであって、米英が支那侵略の立場から又國際情勢の不利によって、一時的便宜的に行って來たその欺瞞的對支政策とは根本的に異り、曩の日華基本條約の根本理念に出づる帝國の道義的對支政策の真義が茲に餘すところなく具現せられ、同時に大東亞の新なる共榮の秩序建設が大戰遂行と併行して、着着前進してゐることを事實を以て世界に宣示するものである。 三 斯くて國府對米英宣戰の一月九日に、日華間に締結せられた租界の返還、治外法權の撤廢に關する協定は茲に大半が具現され、日華間既存條約の根本的改訂の中核として、近く撤廢が豫想される課稅權を始め、治外法權撤廢の實現、敵產移管、その他各般の我が對華新政策の展開は、日華關係を愈愈一體不動のものたらしめるもので國府の不退轉の決意と相待って、大東亞戰完遂體制は一段と昂揚され、對華新政策を中軸とする大東亞諸國家諸民族解放、共榮圈確立の帝國大東亞建設の大理想が中國を始め、大東亞各民族の一致結束の下に、着着と具現されつつあることは、重光外相も言ふ如く、必ずや敵米英をしてこれに屈服せしめるであらう。 |
02 | 今ぞ盡忠の秋だ 海へ、海洋へ、軍艦旗の下へ 若人怒濤の總進擊 |
03 | 七生報國に蹶起 殺到する島都の志願者 |
04 | 早朝から待機 海國男兒茲に在り |
05 | 冠婚喪祭も平服 夏は“上着なし”で結構 |
06 | 圖像:高橋三吉海軍大將ゆふべ島都公會堂で獅子吼 |
07 | 神社へ感謝參拜 |
08 | 兄弟四人が志願 父曰く“國家に捧げた子だ”と |
09 | 蜿蜒長蛇の列 續く熱血青年 |
10 | 適格青年總蹶起 早くも九十%突破 |
11 | 早くも水泳訓練 甲種合格目指して |
12 | 敵米英も真劍だ 學生の航空兵志願 伏見猛彌 |
13 | “七つの海”を征く 高橋大將・島都で獅子吼 |
14 | 南方に擴まる相撲熱 |
15 | 躍動する高砂族 “サヨンの鐘”淒い人氣 |
16 | 皇奉宜蘭市支會の常會 |
17 | 日泰親善の佛舍利贈呈式 |
18 | 繰展ぐ“律動美” 島都職員體育大會 |
19 | 產業戰士を激勵 慰問映畫と講演會開催 |
20 | 壽青年校の後援會創立 |
21 | 戰ふペンの戰士 從軍報道員心得發表 |
22 | 農繁期へ學徒の後援軍 |
23 | 臺大工學部長に 石油の泰斗安藤一雄氏 |
24 | 七堵青年團員 石炭運搬に奉仕 |
25 | 刑務所長異動 きのふ發令 |
26 | 鹽水港製糖後任社長內定 |
27 | 赤誠の國防献金 |
28 | 人事・消息報社消息 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海軍志願兵へ總進軍 曉衝いて長蛇の列 初日で一萬突破の高雄 |
02 | 榮冠われにあり 勇む臺中州の健兒 |
03 | 待望の日だ志願だ 臺南市全適格青年たつ |
04 | 市郡勸業課長會議 |
05 | しつかりやれよ 坂口知事が陣頭激勵 |
06 | ビルマ渡日視察團に聽く 日本の印象とビルマの將來(一) |
07 | 加村竹南郡守 炭燒戰士を激勵 |
08 | 從軍幹部の鍊成 |
09 | 皇奉屏東郡支會 力強く三年目へ |
10 | 午前零時から續續 瞬く間に二百四名受付 |
11 | 白衣の義勇隊員 再起して增產戰線へ |
12 | この一錢積つて 一千六百餘圓 |
13 | 感謝の鷄一千羽 桃園郡民の丹誠、陸軍病院に寄贈 |
14 | ポンチ、タガネ及び打拔類の實地燒入法/檀ノ原生 |
15 | 副賞を献金 |
16 | 自家保有米共同保管 |
17 | 棄てるな木灰 嘉義市で蒐集運動 |
18 | 嘉義市支會七月の常會 |
19 | 就職依賴が首位 下情上通の窓口にみる世相 |
20 | 白櫻會三日 地元で發表 |
21 | 女子挺身隊で增產 既婚未婚を問はず田圃へ |
22 | 赤誠の献金品 |
23 | 留學生保護者會 |
24 | 理想皮產奉團結成 |
25 | 高雄州人事異動 |
26 | 人事報社消息 |
27 | 地方多より |
28 | 今日の映画演藝 |
29 | 基隆蘭陽地區 |
30 | 基隆の映画 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 沖合漁業に朗報 內地遊休漁船の廻航折衝中 |
02 | 沿岸漁業等の振興 六日督府で具體的に打合 |
03 | 炭坑統合座談會 中小炭坑の統合(四) 本島の實情に適せず |
04 | 鐵工業統制會の 本年度事業計畫 |
05 | 茶況二割方反撥 減產と北支割當追加で |
06 | 彈丸切手賣出 今回總額廿萬圓 |
07 | 戰時報國債券 當籤番號決定 |
08 | 日本證券取引所けふ開業 |
09 | 檜油の配給統制 あす生產者と下打合 |
10 | 大藏省監理局長に長谷川安次郎氏 |
11 | 重要資源開發に邁進(下) 加藤社長演說要旨 |
12 | 臺北材木組合總會 |
13 | 一期米の調查 臺北州で目下實施中 |
14 | 臺灣商議所臨時總會 |
15 | パイン酒製造 員林工場で近く開始 |
16 | 照明燈 |
17 | 經濟手帳 日本證券取引所 |
18 | 商況(一日前後場) |
19 | ラジオ |
20 | 水滸傳(1001)/黃得時;碇政彌 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ダーウイン爆擊 ミルン灣をも襲ふ |
02 | 大支部長制採るか 翼贊運動の綜合性を發揮 |
03 | 政府の一大英斷 翼政會は全幅の贊意 |
04 | 圖像:ポートダーウイン敵飛行場爆擊に向ふ陸の荒鷲 |
05 | 我が地方行政史上に 特筆すべき人的配備 人事異動總評 |
06 | 歐洲上陸作戰は簡單に決行出來まい ドイツ軍事消息筋の觀測 |
07 | 內務行政刷新に 內相不滅の功績 |
08 | 鄉土の清鄉は鄉土人でやる 汪主席質問に答ふ |
09 | 地中海上陸作戰 チヤーチル頻りに豪語 |
10 | 東地中海全域 嵐の前の靜けさ |
11 | ワシントンの戰 まさに絕頂に達す |
12 | 日本軍過少評價するな ロイ・ハワードが警告 |
13 | 第二回行政查察使隨員 |
14 | 敵船三十一隻を擊沈 獨軍六月戰果 |
15 | 樞軸軍の地中海戰果 |
16 | ドーヴア海峽の三島要塞化 |
17 | 赤軍の攻勢開始か スモレンスク方面 |
18 | 夜間通行禁止令を施行 シリア政廳 |
19 | クリユーゼンが指揮 レ島上陸兵 |
20 | 遂に米國の彈壓に屈伏 佛領マ島總督 |
21 | ロベール提督 米政府に通牒 |
22 | 馬政局次長に森少將 |
序號 | 標題 |
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01 | 二萬七千名突破 新竹州下海の志願兵 |
02 | 二人兄弟揃つて志願 |
03 | 基隆市の適格者 九十%以上が志願 |
04 | 血書添へて海志志願 |
05 | 英國文化の脆弱性/石田憲次 |
06 | 電鍵三勇士に賞詞 船舶と兵員を危險から救ふ |
07 | 工業戰士を激勵 高橋大將拓南工業訓練所へ |
08 | 基隆水上署で經濟連絡會議 |
09 | 赤誠献金卅九萬圓 軍司令部六月分の取扱 |
10 | 學校卒業者 民間への割當決る |
11 | 井原警察□長 州下を初巡視 |
12 | 圖像:陸鷲初のポートダーウイン大爆擊 |
13 | 青果物配給組織 近く劃期的機構改革 |
14 | 相繼ぐ反蔣暴動 中共の策動で愈擴大 |
15 | 臨海訓練 港都二號表兒童 |
16 | 必勝增產に邁進 高雄州產奉團の安全強調週間 |
17 | 今井畫伯個展 |
18 | 馬總領事放送 來る五日に |
19 | ラ長官の狙擊犯人逮補さる |
20 | 青年團幹□貯蓄座談會 |
21 | 日本語繪本 愈よ南方に進出 |
22 | 興南詩苑漢詩 幽居雜咏四首/小維摩、咏大溪石/小維摩、同社吳小魯先生歸自燕京書贈/幼岳 |
23 | 日本出版報國團結成式 |
24 | 實業補習生も增產に一役 |
25 | “譽れの子”表彰 主婦之友社主催 |
26 | 人事・消息 |
27 | 今晩の放送 |
28 | 商況(二日前場) |
29 | 興南案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵艦船十四隻擊沈破 擊墜敵機七十七機以上 レ島攻擊綜合戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二日十六時三十分) 帝國海軍航空部隊は七月一日引續きレンドバ島方面の敵を攻撃せり 六月三十日及七月一日の綜合戰果左の如し 乙級巡洋艦一隻擊沈、同一隻擊破、大型驅逐艦四隻擊沈、驅逐艦一隻擊沈同一隻擊破、輸送船三隻擊沈、同三隻擊破、飛行機七十七機以上擊墜 我方飛行機三十一機未歸還 |
02 | 海鷲火の玉の突擊 悠悠的確な爆擊敢行 レ島攻擊詳報(七月一日) |
03 | 兩日の綜合戰果 |
04 | 二千萬學徒の御奉公 總力結集、戰力增強へ 岡部文相放送 |
05 | レ島作戰の損害 米海軍省小出しに發表 |
06 | 米陸軍長官 樂觀を裝ふ |
07 | 陸軍司政官 |
08 | 反樞軸軍司令部の公報 |
09 | 虱潰しの掃蕩繼續 東部太行の綜合戰果 |
10 | 圖像:タイ國革命記念日 |
11 | 空からの米英必滅 ニユーギニア陸鷲の奮戰 |
12 | 故阿部中將の英靈凱旋 空路福岡に着く |
13 | わが好餌とならん 敵作戰の隱密性期し得ず |
14 | 太平洋戰線で 米軍は赤字 ヘンリー・ルース夫人演說 |
15 | 各地に民眾の暴動 重慶への反感表面化 |
16 | 第一回各省委員協議會 |
17 | 翼政初の重要產業特別委員會開かる |
18 | 六會員の身分上の取扱 翼政首腦で考究 |
19 | 中南支公館長會議開く |
20 | ビルマ協會發起人會開催 會長井上公に決定 |
21 | タイ國議會 正副議長近く發令 |
22 | ハリフアツクス近く歸英 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 鐵工業統制會の各種委員會社說 一 臺灣鐵工業統制會が昨年十二月に發足してより茲に半ヶ年、爾來事務局に於て統制會の內部機構確立を急いでゐたが此程やうやく昭和十八年度の事業計畫を決定、右に基き事務局業務の運營上必要なる外廓機關として五委員會の結成を見るに至り統制會の積極的な活動に拍車をかけるとになった。右委員會發會式の席上に於て荒木理事長が拶挨せる如く「統制會はあく迄指導者原理に基いて義務の推進實行を圖るべきであるが決して一般眾議を排擊する獨善的方式ではなく指導者の獨斷に陷るのをさけるために努めて關係各方面の意見を聽きその創意と工夫を活用しなくてはならない」とは改めて言ふ迄もないことで各種委員會が正にかかる意見傳達機關として結成されたものたる以上その使命は蓋し極めて重大であると謂はねばならない。委員會の參與並に委員には夫夫專問練達の人人を依囑し最も權威ある機關たらしめたのもその使命の重大なるに鑑みたものであって統制會の今後の運營についてはよかれ惡かれ各種委員會がそれぞれ一半の責任をもつべきことは論ずる迄もなからう。 二 ところで決戰下本島鐵工業がもつ重要性に鑑みる時統制會が(一)軍官と協調して生產增強ヘの推進態勢を一致せしめ以て業界の生產態勢に遺憾なき措置を講ずること(二)超重點產業用機器の生產並に供給圓滑を計るべく業界體制の整備を促進すること等の基本方針を以て本年度事業計畫を樹立し事業計畫の遂行上、生產分野確定、價格、勞務、資材並に技術の五委員會を結成するに至ったことは極めて當然である。しかして本島鐵工業の現狀に照して見る時各種委員會にはそれぞれ幾多の難問題を控へてゐるので參與の懇切なる指導と委員各位の協力とを以て各委員會を活潑且つ強力に推進、運營するのでなければ到底その責に堪へず事業計畫の成否にかかはる處極めて多い殊に何何委員會といふやうに形式のみに捉はれずにあく迄實際的効果を收めるやう運營することが極めて必要であること並にこれと並行して統制會活動の中核たる事務局の陣容を可及的速かに擴充すべきことを篤と認識すべきではなかろうか。 三 前記各種委員會互に相關聯するそれぞれの仕事をもってゐることは勿論であるがわけでも生產分野劃定委員會は何より基本的なもので委員會の生產分野劃定は目前問題にされてゐる企業整備と不可分の關係にあるためその運營如何は影響する處少くない、鐵工業の企業整備は統制會の第二次會員指定と關聯して早晩取上げられなければならないがそれが如何なる方針により行はれるかは未だ政府より表明されてゐない、しかし生產第一主義に徹する時企業整備が勢ひ規模の大小よりも能率の惡い工場の整理に傾くことは當然なことでかかる理念の下に整備が進められるべきは多言を要しない處である只しかし本島鐵工業の如く現在は低能率であっても技術的操作を施せば極めて好能率を發揮する小工場が多くあり又それぞれ特技をもつ工場も少くない現狀にあっては企業整備に際しては詳しく工場の內面的調查を行ふ必要あることは言ふ迄もないことで小乘的な見地の下にあたら優秀なる工場をつぶし為に生產減退を來すことなきようくれぐれも警戒すべきであらう |
02 | 初日で十三萬人 海へ海へ競ふ志願兵 |
03 | 志願兵熱愈よ高潮 臺北州下第二日目の志願者 |
04 | 花蓮港廳下の志願者 |
05 | 宜蘭市の志願者 |
06 | 武勳輝く高砂義勇隊 軍政監・その勞を犒ふ |
07 | 累計六千名に垂んとす 羅東郡の志願者 |
08 | 海志へ學徒も起つ 新竹中の本島人生徒志願申合 |
09 | 天降った太陽の兵隊 慰問に米英擊滅踊り |
10 | 黎明の喜に溢る カナカ島原住民 |
11 | 決戰貯蓄強調 新竹市推進員を總動員 |
12 | 藝文の尖兵青年劇 青少年團で積極獎勵 |
13 | 譽の出征勇士のお子さんを慰問 |
14 | 市川氏を招いて講演 |
15 | 新竹州青少年團役員 |
16 | 昨日の地震 |
17 | 滑空訓練を強化 青少年の鬪魂に應へて |
18 | 宜蘭中學生徒 收穫に熱汗奉仕 |
19 | 副業獎勵に拍車 市民皆働斡旋所近く實現 |
20 | 化粧よりも貯蓄 女給さんの目覺めた申合 |
21 | 結核の豫防に醫師會蹶起 |
22 | 花蓮港廳商奉指導者 |
23 | 海志募集標語入選發表 |
24 | 羅東郡產婆會誕生 |
25 | 體協支部對抗庭球鍊成大會 花蓮港市で開く |
26 | 畫劇街頭公演 |
27 | 興亞奉公樂團演奏會 |
28 | 文化映畫會 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 雪崩打つて馳參ず 臺南州下の海志三萬突破 |
02 | 壯觀!美談の交響樂 見よ、志願熱の爆發もその筈 高雄州全適格者出揃ふ態勢 |
03 | 來た、受け付けた 屏東市初日で三千餘名志願 |
04 | 圖像:敵機を邀擊する獨戰鬪部隊 |
05 | 高雄市受付感激の悲鳴 |
06 | 全適格者志願完了 初日“皆兵海山郡”の物淒さ |
07 | 屏東郡受付係轉手古舞 |
08 | 水裡坑適格者全部志願せん |
09 | 矢繼ぎ早に志願 逞しい風景臺中州下に展開 |
10 | 部落會長の鍊成 |
11 | 日本の印象と緬甸の將來 ビルマ渡日視察團に聽く(二) |
12 | 奉公班に軍援係委囑 嘉義市常會で決定 |
13 | 婦人蹶起座談會 |
14 | 生活の刷新簡素化 常會は隣保和樂の舞臺 |
15 | 時の話題 海洋筏の歷史 |
16 | 篤農家子弟を派遣 |
17 | 嘉義市綠化に 想思樹種子を採取 |
18 | 遺家族の稻刈應援 |
19 | 米英擊滅に總進軍 虎尾街民大會白熱的意氣 |
20 | 新化敵擊滅國民大會 |
21 | 圖像:ジヤワ農業指導者の鍊成 |
22 | 彰化合唱團 |
23 | 北港起て街民擊て米英 |
24 | 赤誠の献金品 |
25 | 教頭打合會 |
26 | 桔梗俱樂部鍊成會終了 |
27 | 潮州稅務出張所 一日目出度開廳 |
28 | 病口より、清潔第一 夏の保健に新莊警察課の親心 |
29 | 白衣勇士慰問 |
30 | 兒童の手で 堆肥を積む |
31 | 臺中州判任官異動 |
32 | 新莊郡民赤誠献金 |
33 | 先づ葬祭の改善 |
34 | 連火氏逝去 |
35 | 人事 |
36 | 地方多より |
37 | 訃文:連火 |
38 | 今日の映画演藝 |
39 | 基隆蘭陽地區 |
40 | 基隆の映画 |
41 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 鯉魚苗の大增殖 國庫補助策等講究 |
02 | 人造バターの價格と規格 けふの官報で改訂即日實施 |
03 | 液體調味料の價格告示 |
04 | 炭坑統合座談會 一大國策會社を作れ(五) 中小炭坑は概して赤字 |
05 | 商銀人事異動 |
06 | 木炭の小賣價格 臺南州で公定 |
07 | 明年度物動計畫 本年度に準じて策定 |
08 | 大東亞的性格に移行(二) ジヤワ經濟建設の現狀 |
09 | 畑甘蔗の間作に 臺中州で棉花を增產 |
10 | 煙草は平年作以上 屏東郡下の收穫終る |
11 | 經濟手帖 |
12 | 夏期競馬の賣上 各競馬場とも良好 |
13 | 三頭會談 スターリン受諾か |
14 | 笈輸入確保に 現地當局で打合 |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(二日後場) |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1002)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | レ島附近激戰續行中 米、損害の一部を認む |
02 | 片肺で美事に歸還 宮澤隊長は語る |
03 | 反樞軸空軍大損害 補填は全く不可能 |
04 | 圖像:ソロモン敵地爆擊行の海鷲 |
05 | 六月中の綜合戰果 河南省活躍中の我が○○部隊 |
06 | 赤軍陣地猛攻 レ市戰線の獨軍砲兵部隊が |
07 | 臨時議會の成果(四) |
08 | ル大統領、兩院と抗爭 食糧助成禁止案を繞り |
09 | 總統大本營の戰況公表 |
10 | 反樞軸陣營の支離滅裂な實情 戰爭目的一致せず ウイルキー 端的に指摘 |
11 | 米陸海軍豫算案に署名 |
12 | 議會に教書送る 拒否の理由を說明 |
13 | ルーズヴエルト 再び拒否す |
14 | 圖像:タイ國革命記念日 |
15 | 所謂「ワシントン戰爭」 米內閣の內紛泥試合 |
16 | 八協議會長 首相と懇談 |
17 | 興村讀書運動 農業技術向上を中心に 實生活即應の讀書指導 |
18 | ウツドに罷業 英の漁業中心地 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 奔騰する志願熱 殆んど出揃つた 新竹州の適格青年 |
02 | “一死報國” 安永嘆願書提出 |
03 | 迸る島民の至誠 六月中に於ける海軍武官府取扱ひ 献金四十一萬四千餘圓 |
04 | 防空必携 昭和十八年改訂 |
05 | 九千名に迫る 基隆郡の志願者 |
06 | 興亞の英靈弔ふ 臺北市葬十日に執行 |
07 | 安藤軍司令官 けふ徵兵檢查場視察 |
08 | 建艦に三千五百圓 島都國語家庭會から |
09 | 陸軍病院慰問 |
10 | 印度の食糧不足 無頓着な積出が原因 |
11 | 軍馬慰問 |
12 | 臺北市參事會 |
13 | 基隆郡日婦理事會 |
14 | 南方留學生大東亞省、陸軍省を訪問 流暢な日本語に 青木さん顏を綻ばす |
15 | マヅラの鹽 |
16 | 戰爭の一點に集注 戰時下のソ聯最高學府 |
17 | 產業戰士の赤誠 時間外の賃金を献金 |
18 | 貯蓄と取つ組む 大稻埕の姐さん達 |
19 | 夏季蔬菜栽培獎勵 基隆で種子無償配布 |
20 | 轉業の鶴嘴戰士を送る |
21 | 鍊成奉吿會 |
22 | 基隆市郡商業者鍊成會 |
23 | ソ聯からの戻り船は空 |
24 | 南署防疫事務打合 |
25 | 在ソ波蘭兒童の餓死說 |
26 | 土で最初の獨古典上演 |
27 | ホーン島 |
28 | 興南詩苑漢詩 恭輓山本元帥/謝尊五、書懷/丁酉山、呈吳醉如先生/南屯 黃南窓、感懷/林鳳鳴 |
29 | 人事・消息報社消息 |
30 | 今晩の放送 |
31 | 商況(三日前場) |
序號 | 標題 |
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01 | 敵船十一隻擊沈 六月中我が鐵鯨の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月三日十六時) 帝國潜水艦は六月中敵船十一隻八萬五千噸擊沈せり |
02 | 敵補給路切斷に躍進 大洋に敵船を求むる我潛水艦 |
03 | 決死暗夜の毆り込み 血の滲む陸鷲奮戰記 |
04 | 日華運命協同體成る 來る七日八日前進の記念日 |
05 | 大東亞民族總蹶起 新秩序建設に衷心協力の體制 事變六周年 |
06 | 米の帝國主義野望 獨立當時の精神を忘却堀第三部長暴露 |
07 | 學徒海鷲身を以て 「吾に續け」の激勵 壯烈!敵機に體當り自爆 |
08 | 課稅權の問題意見一致 日華混合專門委員會 |
09 | 國府側の發表 |
10 | ニユーギニア東部爆擊 |
11 | 米國戰時財政の全貌 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 南太平洋方面苛烈な航空戰 レ島攻撃の我戰果社說 一 南太平洋の日、米決戰は、日を逐ふて激烈悽愴の相貌を呈してゐるが、敵米軍は六月三十日早朝、突如ニュジョージア島ムンダの南方に現はれ、十數隻の輸送船團に巡洋艦、驅逐艦をもってする護衞を配し、更に有力なる航空部隊をもって上空を警戒、百數十隻の海上トラック、上陸舟艇を伴ってニュージョージア島西部南岸約十粁のレンドバ島の北岸から上陸した同方面の我が荒鷲部隊はこれを發見、機を逸せず大擧急襲、敵の強力なる戰闘機網を突破し輸送船團に熾烈果敢なる攻撃を加へ、大本營發表の如く敵大型驅逐艦二隻、驅逐艦一隻、輸送船三隻を擊沈し、驅逐艦一隻、輸送船三隻を擊破、敵機五十機以上を擊墜した大戰果を擧げたのである。併し敵の一部は既に上陸し、同方面のわが陸、海軍部隊は強固なる協力の下に、熾烈なる攻擊を續行中であった 二 敵米軍はその後增強を圖り、翌七月一日も前日に引續き同島方面に多數の兵員、軍需資材を揚陸中であったが報告に接した我が海鷲部隊は直ちに大編隊をもって敵軍の上空に殺到、火の玉の如き突撃を敢行、敵の戰闘機に戰ひを挑んで悽烈なる格闘戰を展開し、敵艦に對し的確な爆擊を加へ、瞬く裡に敵艦船部隊を大混亂に陷らせ赫赫の大戰果を擧げた。即ち我大本營發表の如く、三十日、一日兩日の綜合戰果は敵艦艦十四隻を擊沈破し、敵機七十七機以上を擊墜したのである。我が大本營發表の正確無比に反し笑止千萬にも敵米海軍省は、常套手段の頰冠り主義を押し通し、レ島上陸作戰の損害の一部を例により小出しにして自認して發表してゐる。しかも米陸軍長官スチムソンは、一日の新聞記者會見に於いて太平洋戰域に關し、見えすいた樂觀を裝ふて西南太平洋の作戰は順調に進捗してゐると揚言せる如きは、國民をごまかす為めの心にもない放言で、おそらく彼自らもひや汗を流がしたことであらう。 三 敵米英は去る五月の華盛頓會談以來、頻りに太平洋反攻作戰を呼號しつつあったが、今次南太平洋ンロモン群島のレンドバ島方面の上陸は、その企圖の現はれの一部と見るべきであらう。敵の意圖する所は太平洋島嶼の飛石的進攻に依り、逐次わが方の占領地域に侵入せんとするものである事は明白である。從って今後敵が本格的にこの作戰を遂行せんとせば、無數に散在する各島嶼に對し隨時上陸し、基地を設定せんとすることが豫想される。併しながらこの方面はわが南方基地に強固なる布陣を張るわが航空部隊の行動圈內であり、上陸作戰の隠密性は到底期し得ない所であり、いづれわが方の好餌となるに定まってゐる。部隊の強度はその補給にあり、敵米軍は常にわが荒鷲群の嚴重なる監視下に上陸し補給せねばならぬ。これこそ米の反攻作戰にとって最も脆弱な點であると云はなければならぬ。しかしながらレンドバ島二日間の攻擊で、わが方は未歸還三十一機の尊い犠牲を出してゐるこれは南太平洋戰局の現實が、文字通り苛烈な大航空戰を展開してゐることを示すものであり、これが又次に來るべき大決戰の前提であることを銘記すべきで、敵米軍の徹底的擊滅戰はこれからである |
02 | 堰切つた大奔流 二日間で十八萬突破 意氣既に米英を呑む |
03 | 四人兄弟、三人兄弟も志願 |
04 | 眉宇に“七生報國” 增える臺北州下の志願兵 |
05 | 島都四八〇二名 三日間の志願者累計 |
06 | 貯蓄目標達成に大童 |
07 | 南方攻略戰記演奏 |
08 | 決戰下の婦人に望む 市川氏が講演 |
09 | 生產增強に一役 けふこの頃の愛愛寮 |
10 | 新竹州下で賃金講習會 |
11 | 都府縣別に實施 海軍志願兵の檢查 |
12 | 少年兵は語る(1) 魂の鍛鍊が第一 銘肝す校長の訓辭 |
13 | 住むも水上なら交通も物資輸送に一役 |
14 | 戰時災害保護法事務擔當打合會 |
15 | 高橋三吉大將 高雄を視察講演 |
16 | 決戰貯蓄座談會第五日目 |
17 | 擧國草刈運動を展開 自給肥飼料の大增產へ |
18 | 佛教大會海外代表 大東亞省等を訪問 |
19 | 赤誠な老勇士 病床から一萬圓献金 |
20 | 夏休の半分は鍊成へ |
21 | 空から米英擊滅 新竹で學徒の滑空機訓練 |
22 | 島都奉壯團員鍊成會 |
23 | 花蓮港廳下の壯丁徵兵檢查 |
24 | 學校防空研究會 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 員林郡が筆頭 臺中州下の海軍志願兵更に一萬七千名 |
02 | 屏東市郡の志願者 早くも八千六百名 |
03 | 適格青年續續 高雄州第三日の志願 |
04 | 物淒い能高郡 一日で殆ど全員志願 |
05 | 彰化郡から二千名 |
06 | 新莊郡から四千八百名 |
07 | 日本の印象と緬甸の將來 ビルマ渡日視察團に聽く(三) |
08 | 旗山郡志願者 |
09 | 國防訓練講習會を開催 日婦屏東支會 |
10 | 庄民擧げて鴨献金 一石數鳥大林庄の企て |
11 | 倒せ宿敵米英 麻豆街國民大會盛況 |
12 | 戰鬪教練實施 臺中州の警察官非常召集 |
13 | 女性と勤勞 桐原葆見氏談 |
14 | 葬費を節約献金 |
15 | 白衣奉仕の感激 臺中州出身歸還看護助手の座談會 |
16 | 治水作業に奉仕 選拔青年十九日入所 |
17 | 青年鍛鍊所生入所式 |
18 | 涼味萬斛綠のトンネル 高雄州記念並木植樹着手 |
19 | 學校職員鍊成 二十粁の行軍實施 |
20 | 正しい時局認識 婦女團で講演會開催 |
21 | 的確な配給 嘉義市で配給委員會設置 |
22 | 耕種競作打合 |
23 | 貯蓄完遂へ 龍潭で字別に推進講演 |
24 | 國民學校經營研究會 |
25 | 工賃を献金 |
26 | 增產必勝を誓ふ 大林庄の農民總常會 |
27 | 善化街協議會 |
28 | 國語不解者を一掃 屏東青年團二個年計畫 |
29 | 赤誠の献金品 |
30 | 決戰色豐か 臺南の畫劇競演 |
31 | 赤十字加入運動開始 |
32 | 增產の尖兵 新竹郡で實行委員に辭令交付 |
33 | 北港街協議會 |
34 | 人事報社消息 |
35 | 地方多より |
36 | 今日の映画演藝 |
37 | 基隆蘭陽地區 |
38 | 基隆の映画 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本島農工業の調整 きのふ關係者懇談會で討議 |
02 | 蓖麻收穫の徹底 更に一段の努力を要望 |
03 | 炭坑統合座談會 原料炭確保と下級炭の使用を獎勵(六) |
04 | 建築組合を統合 高雄、屏東兩市に亘り |
05 | 債券保管制度 種類及範圍一部改正 |
06 | 藷卅四億斤を增產 近く各州廳の割當を決定 |
07 | 大東亞的性格に移行(三) ジヤワ經濟建設の現狀 |
08 | 宮木廣大氏 近く臺電理事に |
09 | 肉豚の增產獎勵 高雄州着着効果現はる |
10 | 加里の用途と資源 肥料增產の推進に因んで/原田三夫 |
11 | 三井船舶會社 高雄出張所設置 |
12 | 經濟手帖 地方銀行の貯蓄兼營 |
13 | 照明燈 |
14 | 兜町後場況 |
15 | 島內株仲值表 |
16 | ラジオ |
17 | 水滸傳(1003)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 印度獨立完成の秋 帝國總ゆる手段盡す 東條首相祝辭昭南印度人大會へ頭條新聞 【東京發同盟】四日昭南で開かれたインド大會に對する東條首相の祝辭の如し 祝辭 大東亞におけるインド獨立聯盟は今度逞しき指導者スバス・チャンドラ・ボース氏を迎へたるを機とし大東亞戰爭により新たに英國の桎梏より解放せられたる昭南の地に代表者大會を開催して祖國インド獨立完遂への決意を新たにし運動實踐の巨歩を踏出さんとす之インドのため將又大東亞のため御同慶に堪へざる所なり、大東亞戰爭勃發以來皇軍の嚮ふ所敵なく日ならずして大東亞における敵英米側の據點たる要地、要衝は相踵いで覆滅せられ一方日滿華タイの結束亦愈々固きを加へ一路相携へて大東亞共榮圈の確立に力強き歩みを進めつつあり必勝の信念の下正義の戰の前、今や英國積年の罪惡は一切清算せられんとし大東亞の輝しき黎明は來れり、今こそインド獨立完成の秋なり而して機會は再びは來らず、インドの志士は大東亞勃發と共に蹶起し精神的にはインドは既に獨立を了せり、されど斷末魔に喘ぐ英國は愈々餘生保全のためにはその手段を擇ばず遂に銃劍をもつて益々壓迫を強化し米國亦逐次その魔手をインドに伸ばしつつあり、この秋に方りインド 完全獨立を計るは決して容易の業に非ず、四億のインド人が真に一丸となり自らの血と努力とをもつて自ら自由と獨立とを確保せざるべからず、帝國がインド人多年の念願だるインド人のインドの速かに建設せられんことを祈願することは帝國屢次の聲明に明かなる所なり、即ち帝國はインド人の熱望する獨立インドの完成のためには總める手段を盡すの牢固たる決意を有するものなり、帝國は今後インド獨立完遂のための運動がインドの內外相呼應して一段の躍進を遂げ一日も早くインドの隅々より英米勢力の驅逐せられんことを衷心より祈念するものなり、今や世界の情勢は愈々複雜化せんとす由來帝國は信義の國なり、朋友相信するの國なり而してインドも亦然り、余はインド人民眾がこの天與の機會に英米の策謀に迷はさるることなく日獨伊三國の必勝を信じ相共に一意正義の戰を戰ひ拔くことこそインドに光榮の日を齎す唯一の途なりと確信し切に諸君の健闘を祈つて巳まず(寫真は東條首相) |
02 | 東條首相祝辭 昭南印度人大會へ |
03 | スバス氏熱辯昭南の會場怒濤の絕叫 印度獨立聯盟東亞代表者大會 |
04 | 厚き友情に深情 東條首相に感謝決議 |
05 | ボース氏指導の下 勝利獲得に邁進せよ ラス・ビハリ・ボース氏の挨拶 |
06 | 印度獨立聯盟會長に就任 昭南入りのボース氏 |
07 | 貴下の敢鬪祈る ボース氏會長就任 翼政會祝電を發す |
08 | 本格的鬪爭へ 前會長ビハリ・ボース氏談 |
09 | 多大な犠牲を伴ふ レンドバ島作戰の困難デーヴイス言明 |
10 | レ島米陣地爆擊 |
11 | 華北政務委員長 王克敏氏を任命 |
12 | 前委員長朱深氏逝去 |
13 | 故朱深氏略歷 |
14 | 重慶援助強調 クリツプスが |
15 | 最後の御奉公 返り咲いた王克敏氏語る |
16 | ジ港敵艦船の動き活潑 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 征け・空の決戰場へ 青年學徒の熱誠に應へて 特別操縱見習士官制度公布 |
02 | 獨逸の長期戰體制 物心兩面ともに完璧 |
03 | パンシエルマシンの市場と劇場 |
04 | 華北に偉大な功績 逝去した朱深委員長 |
05 | 志願熱愈よ沸騰 北署管內四千名に肉薄 |
06 | 銃劍道で若人鍛ふ 鄉軍の指導で各地に振興會 逞しい新莊郡の進境 |
07 | 四人兄弟の志願 羅東郡更に一組 |
08 | 仲よく遊ばうね 勇士のコドモ集めて慰安會 |
09 | 全學徒蹶起の秋だ 飛行協會訓練本部佐藤少將語る |
10 | 新中國の尊い礎石 王揖唐氏語る |
11 | 鍊成の夢圓らかに 新竹州職員南寮道場に合宿 |
12 | 熱烈な愛國者 同窓の友三宅大審院部長語る |
13 | 教典を鍬に換へて 白衣勇士慰問の木瓜作り |
14 | 飛立つ“一條縞蚊” デング熱病毒媒介の曲者 何が何んでも斷乎擊滅せよ |
15 | これは面白い比島便り 高砂義勇隊から故鄉へ |
16 | 大日本飛行協會 滑空訓練生募集 |
17 | 飛行場を見學 本社藝能文化研究生報社消息 |
18 | 海洋思想昂揚映寫會 |
19 | 風災遭難追悼會 |
20 | 臺南州商奉團 嘉義で委員會 |
21 | 米國の戰費 一九四二、三年度 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 少年兵育む搖籃 航空兵や戰車兵目指して 高雄に“育兵隣組”が出來る |
02 | 依然好調を續く 嘉義市郡の志願者 |
03 | 初日で九百餘名 臺東廳下若人の意氣 |
04 | 幕間で講演 海志の促進に |
05 | カリバピ運動展開 獨立の母胎として力強く開始 今日の比島 |
06 | 三重埔適格青年志願 |
07 | 一千六百餘名志願 三日間で殆んど出た竹山郡 |
08 | 白衣勇士の慰安所 嘉義陸軍病院に娛樂室献納 |
09 | 未教育訓練 鄉軍臺東分會 |
10 | 學校職員體力逞強運動 彰化市五日から開始 |
11 | 七・七記念日 嘉義で記念講演會 |
12 | 時局講演會 |
13 | 只管“兵の道”修練 決意綴る弱櫻の便り |
14 | 國講講師鍊成會 |
15 | 鍛造品の缺陷に就て 技術欄(7)/檀ノ原生 |
16 | 桃園郡鍊成道場 いよいよ建設に着手 |
17 | 彰化國語の家 認定證書授與式 |
18 | 切干藷を出しませう 新化郡で供出推進講演 |
19 | 儀禮日を設く 戰ふ臺東廳勸業課員 |
20 | 稻刈の援軍 戰ふ學徒奉公隊 |
21 | 建艦献金 |
22 | 葬儀改良に垂範 |
23 | 胸を打つ熱辯 感激した滿堂の聽眾 即座に建艦献金申合 |
24 | 價格表記に萬全の對策 |
25 | 興南乘合總會 |
26 | 若人敢鬪の姿 臺南の體力章檢定 |
27 | 一夜鍊成開始 高雄の奉壯團員 |
28 | 國語推進隊素人演藝會 |
29 | 發會式二つ |
30 | 司法講習會終る |
31 | 北斗貸自動車 創立總會開催 |
32 | 硬貨回收二萬圓突破 竹山郡民赤誠 |
33 | 彰化郡署非常召集 |
34 | 彰化畫劇挺身隊分隊結成式 |
35 | 保姆講習會 |
36 | 地方多より |
37 | 今日の映画演藝 |
38 | 基隆蘭陽地區 |
39 | 基隆の映画 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 軍人援護詩歌俳句集 |
02 | 學芸 夏の讀物特輯 營外の花嫁御寮/謝恕里 |
03 | 繪の便り 多賀谷伊德氏の精進ぶり/張文環 |
04 | 圖像:風景(第九回臺陽展)/林林之助 |
05 | 生活と文化 |
06 | 日本文化の南方進出 臺灣に於ける文化運動私見/三浦三吉 |
07 | 夏の家庭科學 衣類の汗と汚れ |
08 | 夏の句/黃夢 |
09 | 童話 海の子/久保喬 |
10 | 近刊紹介 |
11 | ラジオ |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵機九機を擊墜 輸送船一、舟艇多數擊沈破 荒鷲レンドバ島攻撃 |
02 | 敵側も我がレ島爆擊發表 |
03 | 敵船卅八萬噸擊沈(六月中) 我が戰果を含めた樞軸潛艦の戰果 |
04 | 獨軍の準備萬全 東部戰線、極度の緊迫 |
05 | 英勢力驅逐に足る 強大な勢力を組織 ボース氏指導の下に 聯盟本部聲明 |
06 | 獨空軍の活躍再び活潑化 |
07 | 圖像:出擊前の一時を海燕と戲れる海鷲勇士 |
08 | 國際展望 |
09 | 夏季大作戰の氣配 |
10 | ボース氏三點明示 印度唯一の望みは樞軸の勝利 武力鬪爭、臨時政府設立 |
11 | 反樞軸空軍また蠢動 歐洲と地中海方面で |
12 | 印度から英人排除の信號 ボ氏昭南入りの意義 |
13 | 敵五十機擊墜 伊軍司令部公表 |
14 | 第一種工業部門整備 整備の第一着手に |
15 | ビハリ・ボース氏の功績賞讚 |
16 | 佐藤駐ソ大使 モロトフ氏と會談 |
17 | 王克敏氏に期待 北支軍岡村最高指揮官談 |
18 | 米國の炭坑罷業 軍需生產に甚大な影響 |
19 | 朱深氏葬儀委員長 齊爕元上將に決定 |
20 | 西印度諸島の佛主權維持 マ島總督米に要求 |
21 | 伊軍發表戰況 |
22 | 獨の結婚獎勵補助金 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 內臺一丸で勝拔け 海軍志願兵に多大の期待 山縣司令長官の新任感想談 |
02 | 賞賜物件傳達式 |
03 | 圖像:山縣高雄警備府司令長官初度巡視 |
04 | 青年の勤勞鍛鍊 臺北州七、八月に動員實施 |
05 | 總督、軍司令官訪問 山縣司令長官の初巡視 |
06 | 阿部平輔中將 帝都に無言の凱旋 |
07 | 米英擊滅の防人に空から糧食を贈る 決戰の勇士達を沸き立たす |
08 | 圖像:比島獨立準備委員第一回委員會 |
09 | 殆ど出揃ふ 基隆郡で豫備身體檢查 |
10 | 双兒が志願 新竹の志願兵二千名突破 |
11 | 大東亞青年佛教大會 四日芝增上寺で開く |
12 | 防空必携 昭和十八年改訂(2) |
13 | 全生命を捧ぐのみ 特別操縱士官見習制度に學徒のこの感激 |
14 | 優良世話役表彰 臺北市支會結成二周年記念日に |
15 | 戰ふ學園激勵 岡部文相東大を巡視 |
16 | 司法保護實務者鍊成開始 |
17 | 盲人協會總會 |
18 | 松浦氏講演 あす皇奉本部で |
19 | 新竹州米納組合總會 |
20 | 奉公運動に挺身努力 新竹市支會發足二周年 |
21 | 船員後援會打合 |
22 | 醬油業者懇談會 |
23 | 興南詩苑漢詩 從兄將之南洋賦贈三首(舊作)/丁酉山、別後有作/丁酉山、送少奇先生南渡菲島/尤見龍 |
24 | 臺大各學部生徒募集 |
25 | 真砂ヶ濱海水浴場大賑ひ |
26 | 排球大會出場選手練習會 |
27 | 人事・消息 |
28 | 今晩の放送 |
29 | 興南案內報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 海鷲、驅逐レ島を急襲 敵機九、魚雷艇二屠る頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月五日十五時) 一、帝國海軍戰闘機隊は七月三日レンドバ島上空に殺到、敵戰闘機群、交戰しその九機を擊墜せり、我方損害なし 二、帝國驅逐艦數隻は七月二日黎明前レンドバ港を夜間強襲し同港西岸數箇所に攻撃を加へ魚雷艇一隻を擊沈、同一隻撃破せり |
02 | レ港を中心に爆擊 空中戰展開、敵艦艇に必中彈 |
03 | 連日矢繼早の強襲 |
04 | 激烈な航空決戰續く |
05 | 東條首相、泰國訪問 皇軍將兵、官民の勞を犒ひ 昨日盤谷から昭南着 |
06 | タイ國領土に加入 北マライ四州、二地域 日泰共同聲明 |
07 | 南方軍發表 |
08 | 東條首相、盤谷の動靜 |
09 | 羅東街神饌田地鎮祭 |
10 | 敵機卅六機擊墜破 海鷲ポートダーウインとブロツクスクリーク急襲 |
11 | 文字通りの奇襲 |
12 | 日泰共同聲明 |
13 | 日、泰相互信賴深し 東條首相、談話を發表 |
14 | 王新委員長 就任式擧行 |
15 | 敵米英擊滅の一途 重慶政權に最後の止め刺す |
16 | 總司令官と懇談 東條首相昭南に到着 |
17 | 招宴に於ける 兩首相の挨拶 |
18 | 生活必需品配給座談會 |
19 | ピブン首相挨拶 |
20 | 日泰間の紐帶 いよいよ強固 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 赤糖の新用途と諸對策社說 一 島內の赤糖業は近年來頗る萎微不振を呈し、其の產額も稍もすれば減少せんとする傾向がある。昭和十七八年期の如きも三十二萬擔內外の產額しかなく分密糖に比較すれば誠にいふに足らざる數量である。然しながら赤糖の原料甘蔗の栽培區域は多くは山間僻地にして此の事業の保育維持に依って地方經濟に潤ほす事少なくない許りでなく最近又赤糖の新用途が開拓されつつあるので今後赤糖業に對して再認識する必要があらう。勿論赤糖の主要用途は食用であり殊に農村方面に於て永年之を常用してゐるから、此方面に對する供給も決して無視してはならない。其の上輸出商品として上海や天津等に於ては支那人の嗜好にも投じ現在では殆ど白糖と異ならざる價格を以て取引されてゐるから、輸出商品として一定の數量を確保する事も必要であらう。殊に赤糖業の多くは現在採算破れの狀態にあるが、大部分は輸出商品の利益に依って辛じて其の生產を繼續してゐる現狀をも顧みなければならない。されば督府に於ても赤糖業の維持保育上特に輸出割當の數量を增やし本期の如きは十萬擔と豫定されてゐる事は故なしとしない。 二 然らば赤糖の新用途は何んであるかといへば、高級燃料及び造酒原料として專賣局に於て之に着目したからである。勿論これらの原料は分密糖も使用し得るが、原料の價格として又は其の品質として分密糖より有利である事は明かであるから、赤糖は輸出商品以外に大部分此の方面に廻すべきである事は今後考慮しなければならない課題であらう。さうなれば島內一般家庭用として農村に限られ、都市に於ては專ら分密糖を以て配給すべく編制替すべき必要も起らう從って工業原料たる赤糖の製造に對しては從來の如く色相や結晶に重きを置く必要なく寧ろ工業原料として如何にして其の步留を高めるかといふ方面に對して改善を加へなければならない。從って今後赤糖の生產に對してもっと計畫化の必要あるは言を俟たないところである。 三 だが現在の赤糖業は小規模のもの多くそれがために經營の合理化を圖る事が出來ない許りでなく、一定品質の工業原料として生產する事も不可能であらう。それ故赤糖業に對する督府の政策としても此の際小規模のものを整備し、中以上の規模のものを指導して一方に良質の商品を製造すると共に他方に又良質の工業原料を供給するやう仕向けなければならない。兩三年來の赤糖の品質は頗る向上し殆ど見違ふ程の進步を為したが、其のよって來るところは比較的に大規模の工場の製品に限ってゐるやうであるから、今後の赤糖對策としては優良工場中心に一層當局の指導と保育強化すべきであるを痛感する。要するに赤糖は既に食料品と共に工業原料の一つとして重視せられつつある事を銘記すべきである。 |
02 | 躍動する若き鬪魂 七洋制霸の意氣も高らかに 北二中健兒海洋に鍛ふ |
03 | 斷乎戰力の增強へ 臺北州下の強調行事 |
04 | 辛いがしかし貴い 大自然に抱かれて自己を見出す 若人に聽く感想 |
05 | 少年兵は語る(2) 教官は慈父の情 忘られぬ入學の印象 |
06 | 男だ一度は海へ 臺北州志願兵最高潮 |
07 | 島都は五〇% 累計早くも九千三十名 |
08 | 宜蘭市適格者全員志願 |
09 | 花蓮港廳下も出揃ふ |
10 | 公私行事簡素化 內閣次官會議で決定 |
11 | 醫專の學生 蘇添壽君が志願 |
12 | “生活を卅年前に返せ” 全國の貯蓄功勞者體驗を語る |
13 | 臺北新公園 諸車通行一部解除 |
14 | 性質は至って淡白 未亡人みどりさんが語る 故那須部隊長の俤 |
15 | 繰出す“學徒部隊” 遺家族の稻刈手傳に |
16 | 戰ふ學校教員 廿三日から學事講習會 |
17 | 金釦も晴の應召 全國で百貫を献出 |
18 | 馬總領事ゆふべ記念放送 |
19 | 銃劍道で米英擊滅 |
20 | 軍用鳩訓練大會盛況 |
21 | 新竹市桔俱鍊成會 |
22 | 佛教大會終る |
23 | 市川氏宜蘭で講演 |
24 | 日婦羅東街分會の常會 |
25 | 訃文:黃楊氏哖 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滅敵貯蓄三百萬圓 臺南州民“元帥の足跡を步む” |
02 | 嘉義の志願高調 四日間の累計一、六三七名 |
03 | 若櫻の心意氣感謝献金 |
04 | 比島獨立の父ホセリ、ザール像 |
05 | 日本の印象と緬甸の將來 ビルマ渡日視察團に聽く(上) |
06 | 女子勸農道場近くひらく |
07 | 皇道世界觀の確立 臺中州青少年團指導者の鍊成 |
08 | 戰爭は文化を產む 密林の花形戰士が水先案內 お山の生活、すつかり近代化 |
09 | 彰化畫劇競演會 |
10 | 高冷地蔬菜の栽培 人參、牛蒡、馬鈴薯が出來る |
11 | 放送塔 |
12 | 八十老媼の感謝献金 壯!“全てを捧げる覺悟” |
13 | 夏の宵も涼し 白櫻會公演 |
14 | 新竹競馬十日より |
15 | 赤誠の献金品 |
16 | 收賄事件に判決 |
17 | 地方多より |
18 | 今日の映画演藝 |
19 | 基隆蘭陽地區 |
20 | 基隆の映画 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 苛烈な戰局に即應 白襷戰士の徵用期間延長 |
02 | アルミ合金製品 製造販賣を禁止 |
03 | 炭坑統合座談會 隣接鑛區の整理(七) 府鑛務課の斷行、要望 |
04 | 重要物資の非常增產 九月より強調期間實施 石炭確保運動も同時に展開 |
05 | 鑄物用石灰石 糖聯より購入折衝中 |
06 | 蔗作改善講演 松野農務課長參加 |
07 | 戰時水產の諸問題 關係官廳の動きとその方向 |
08 | 臺灣商議所常議員會 |
09 | 產業戰士を督勵 森田知事工場視察で |
10 | 花王有機に出資 近く臺灣有機に改名 |
11 | 督府水產課で雇員增員募集 |
12 | 臺灣經濟會 愈よ律令案に着手 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(五日前後場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1004)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵輸送船五隻擊沈 飛行機廿三機以上を粉碎 レ島の攻擊戰果 |
02 | 艦船擊沈破廿二隻 レンドバ島綜合戰果 |
03 | 敵損害一萬一千名以上 |
04 | 六年間の綜合戰果(山東) |
05 | 帝國の協力下に 躍進するタイ國 |
06 | 日本との信義促進 國府一般に公布・注意喚起 |
07 | 十億諸民族の沈浮 大東戰の成否に懸る 東條首相昭南で語る |
08 | 多年の宿願達す 新領土編入の意義 坪上駐タイ大使談 |
09 | 獨立發展の基礎確立 デイレツク大使と一問一答 |
10 | マライ土侯九名に東條首相が接見 一同深く感激、米英擊滅を誓ふ |
11 | 圖像:印度獨立の熱血兒スバス・チヤンドラ・ボース氏昭南着 |
12 | 翼贊運動宣傳本部を設置 藝能團體の代表的人物で構成 |
13 | 中部戰線に大攻勢 獨軍、夏季攻勢の火蓋か |
14 | 波亡命政權シ首相ら 飛行機事故で死亡 |
15 | 新編入の六州概貌 |
16 | 獨軍戰況發表 |
17 | 暗殺に疑問なし |
18 | 兩軍必死の攻防 |
19 | ミコロヨジ首相代理に就任 |
20 | 東條首相等に勳章を贈る タイ國政府 |
21 | ム首相黨幹部會で演說 |
22 | 南部も大攻勢 |
23 | 比島獨立準備委員會 分科委員を指名 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 主要食糧品の增產 生活必需物資配給の改善 十二日中央參與奉公委員會に諮問 |
02 | 國際學友會入學式 |
03 | 武力鬪爭への進發 インド獨立運動劃期的躍進 新會長ボ氏總指揮 |
04 | 簡素でしかも勤勉 日本人に近い安南の女性達 |
05 | 軍事援護を強化 支那事變六周年記念日に 日婦、遺家族を慰問 |
06 | 廿四萬三千突破 海志五日間の累計 |
07 | 防空必携 昭和十八年改訂(3) |
08 | 內地で就職中の青年も志願 |
09 | あすは七夕祭 優美の中に“決戰色” |
10 | 佛舍利を贈與 ビ首相、親善使節團に |
11 | 日婦基隆郡支會理事會 |
12 | 深刻な對立內訌 “ワシントン戰爭”最高潮 |
13 | 羅東郡產業報國挺身隊活躍 |
14 | 新竹市簡閱點呼 新興國民校で實施 |
15 | 市ケ谷會館開館式 |
16 | 興南詩苑漢詩 贈陳君曉玉/灌園、敬和灌園先生原玉/曉玉、過小東山賦贈曉玉先生並乞郢政/雲鵬、黃昏/小維摩 |
17 | 羅東郡防空群組織強化 |
18 | 事務總長放送 八日の奉戴日に |
19 | 彈丸切手發賣 建功神社境內で |
20 | マ病の防遏計畫 基隆市で打合會開催 |
21 | 故國への便り 獨逸から短波で |
22 | 神經戰に鐵槌 ガイダ氏の論說 |
23 | 現地錄音曲盤試聽會盛況 |
24 | 線香製造業者組合献金 |
25 | 人事・消息 |
26 | 今晩の放送 |
27 | 商況(六日前場) |
28 | 興南案內報社消息 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | けふ支那事變六周年 敵損害七十萬突破 支那方面一ケ年の綜合戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月六日十五時)昨年七月以降一個年間における支那方面我軍の綜合戰果次の如し 一、敵に與へたる損害、遺棄死體約四五七、八○○、俘虜約一四九、○○○、歸順約九六、○○○、飛行機二七○機、主なる鹵獲品、各種火砲一、一一一門、同彈藥約八六、九○○發、重輕機關统約四、一五○挺、同彈藥一、四七四、○○○發、小銃一五八、五○○挺、同彈藥約一一、六五四、○○○、船舶約一六、○○○噸 二、我方の損害、戰死八、二八一名、飛行機四四機 |
02 | 重慶の末期的樣相 俘虜と歸順の數增加の一途 一箇年間支那各作戰の意義と主戰果 |
03 | 米英の別働隊重慶 問罪討伐、徹底打倒へ 汪主席感想 |
04 | 宣傳處を新設 上海特別市政府に |
05 | 馬駿將軍蹶然歸順 抗戰陣營に大衝擊 |
06 | 新中國建設に邁進 七・七記念日吳、榮兩將軍決意を闡明 |
07 | 抗戰は國を滅す 馬駿中將の感激談 |
08 | 歸順將領廿一名 重慶擊滅に挺身 |
09 | 東條首相戰跡視察 |
10 | 日、泰新局面の進展 東條首相訪問の成果 |
11 | ボース氏全幅支持 獨立聯盟ビルマ地方委員會聲明 |
12 | 重慶政權既に存在せず バルガス比島行政府長官談 |
13 | シコルスキーの悲報 亡命波軍茫然 |
14 | レ島で空中戰 反樞軸軍の發表 |
15 | 佛租界の還付 佛大使、關係當局と折衝 |
16 | 中共對重慶策 近く永安で協議 |
17 | 文部省新委員の初會合 |
18 | 大藏省委員會合 |
19 | 谷大使上海着 |
20 | クレタ島に英軍上陸失敗 樞軸軍反擊で撤退 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 想ひ起こ七月七日社說 けふは六たび迎へる七、七記念日想ひ起せば昭和十二年七月七日蘆溝橋畔の銃聲一發によって支那事變の火ぶたは切られたのだが、同時にそれは米英の壓制下に紡へる大東亞の覺醒を復興を告知する警鐘でもあった。斯くしてアジヤの復興、大東亞共榮圈建設てふ大理想を揭げて、皇國日本は雄雄しく起ち上ったのであるが、不幸にして皇國の真意を解せず徒らに見果てぬ迷夢を追ふ蔣政權に對しては、遂に斷乎膺懲の鐵槌を下すの餘儀なきに相成ったことは再說を要しないことである。ひとたび蔣政權の覺醒を促す膺懲の軍を進めるや、我が忠勇なる皇軍の前には敵なく、連戰連勝赫赫たる戰果を收めたることも更に說明を要しない。その間漸くにして皇國の真意を諒し飜然迷夢から覺醒した支那國民の前に、日支提携和平救國の大旆を揭げた憂國の志士汪精衞氏が現はれ、決然蔣政權と袂を別って新生國民政府を樹立し大東亞共榮圈の建設に協力邁進するに至った。一方蔣政權は奧地重慶に逃れて辛くも餘喘を保ちながら依然として米英の走狗となり無益な抗戰を續けてゐるが、真に憂國具眼の士は既に續續重慶を脫出、新政府へ合流するに至った。 大東亞戰爭はこのさ中に勃發した。それは支那事變を解決し、アジヤの復興を招來し、大東亞共榮圈を建設せんがために避くべからざる聖戰であった。大東亞戰爭によって、大東亞諸民族はここに始めて確然と共同の敵を見出したのである。米英を擊滅せずんば大東亞永遠の平和も幸福もない、大東亞諸民族はここにはっきりと覺醒するに至った。期くて皇軍の偉大なる戰果は八紘に輝やき、新生ビルマや比島は早くも獨立を許容されんとしてゐる。また支那大陸に於ては國民政府が欣然參戰し一方我が對支新政策に依り租界其他權益の還付が着着と斷行せられ、大東亞共榮圈の盟主日本の真面目が愈よ發揮せらるるに至った。 しかしながら大東亞戰爭の前途は尚多難、共榮圈完成の道は荊刺の道と云はねばならない。我が國民は、けふの記念日に當り最近の苛烈な戰局に鑑みて、更に鐵石の決意を固め覺悟を新たにして、聖戰完遂に總力を竭さねばならぬ |
02 | 社說 增產推進に篤農家起用社說 大東亞戰爭は米英擊滅の百年戰爭と云っても差支へはない。何人もその覺悟で聖戰完遂に邁進する必要がある。從って戰力の增強は不斷に確保されなければならぬ。戰力增強の中でも食糧の增產は農業臺灣に課せられた重大使命である。全島を擧げて米の增產に邁進してゐる所以である。洵に今日ほど食糧增產に精根をつくすべき秋はない。增產計畫完遂の今日ほど急なるはない、增產指導上に一段の工夫創意を要すべき秋である。增產指導は行政的に或は技術的に色色あるであらう。だがいづれにせよ、筆舌の指導に終っては効果が擧がらない。須く地についた指導であらねばならない。換言すれば指導者は農民と遊離してはならぬのである。茲に於て增產の推進指導に篤農家起用を提唱したい。篤農の收穫量は一般農家の倍額に達して居り、生きた垂範者として一般農民の增產指導に最適である。從って斯る篤農家を街庄の組織の中に招じ入れ、增產專管の助役として或は增產指導の中核たるべき地位を與へ、思ふ存分に得意の手腕を發揮せしむれば、增產の成果は蓋し刮目に値ひするものがあらう。斯くの如き篤農家の起用は制度上何らの差支へがなく、要は郡守の英斷による制度の妙用にあり、敢へて增產指導に腐心せる地方第一線の郡守諸公に進言する所以である。 |
03 | 聖戰茲に六周年 決意新に米英擊滅に邁進 けふ支那事變記念日 |
04 | 戰局苛烈・必勝へ 我が戰略態勢は磐石 |
05 | 圖像:皇軍將士に親しむカナカ族 |
06 | 陸軍病院を訪問 東條首相傷病兵に溫い言葉 |
07 | 警戒棒珍しげに 人情首相東條さんの面目躍如 |
08 | 熱血青年愈募る 南北兩署累計一萬七百餘名 |
09 | 陸上戰技鍊成種目 內地に即應して演練法も改正 |
10 | 臺灣一家の縮圖 鬪ふ島都の奉公班 |
11 | 歡喜全市に爆發 首相を迎へるバンコツク市 |
12 | 國講所用の教科書 編修課の努力で續續完成發行 |
13 | お山の遺族弔問 陸相代理川崎兵事部長 |
14 | 高橋海軍大將 嘉義を視察講演 |
15 | 九日臺中で講演 |
16 | 總督府評議會員 一部改選發令さる |
17 | 結核豫防宣傳映寫會 |
18 | 子供奉公隊建艦献金募集 |
19 | 日赤博愛部隊 十日から新竹州下に巡廻施療 |
20 | 街頭献金募集續行 |
21 | 賞與金その儘 譽れの家が献金 |
22 | 臺北勸業信組 八日に總常會 |
23 | 江口鳳林郡守 稻刈の視察 |
24 | 冷凍豚肉大量島都入り |
25 | 吉見洋裁園財團組織に |
26 | 人事・消息 |
27 | 市葬謹告:江原義郎等人 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海國男兒の面目躍如 臺中州下五日で五萬餘志願 |
02 | 既に敵を呑む意氣 高雄州の海志五萬三千餘 |
03 | 先輩の仇を討つ 高雄州下の高砂族續續志願 |
04 | 臺南州五萬二千 |
05 | 海の若櫻志願 彰化適格青年續續と |
06 | 新豐郡の健兒 四日までに二千名志願 |
07 | 技術欄(8) 鍛造品の缺陷/檀ノ原生 |
08 | 嘉義市郡の志願者 |
09 | 和尚洲の適格青年歡喜志願 |
10 | 戰力增強打合 高雄產奉主催 |
11 | 仇討だ、增產又增產 臺中州七月青年常會で推進 |
12 | 產業戰士を激勵 森田知事が工場視察 |
13 | 口湖庄總常會 |
14 | 戰力增強週間實施 |
15 | 潮州畫劇競演會 |
16 | 落下傘で滅敵 お山で繭の增產進軍 |
17 | 保護者懇談會 |
18 | 新港ル、チ送葬講演會盛況 |
19 | 大楠公に赤襷 高雄州下國民學校の銅像 けふ記念日に献納 |
20 | 新豐日婦總力發揮座談會九日から |
21 | 螟虫三百六十萬を殲滅 增產の敵、最後の一匹をも潰す |
22 | 赤誠の献金品 |
23 | 狹い入船町郵便局 市民から擴張希望 |
24 | 前線の勞苦偲び 農家の稻刈應援 |
25 | 戰ふ模範常會 坂口支部長らが視察 |
26 | 臺中青少年相撲始る |
27 | 彰化學校職員體力增強運動 |
28 | 更に一萬五千 赤字加入運動 |
29 | 競ふ田植風景 嘉義の密植競技 |
30 | 天才孤兒の壯途 村人の美しい人情花と咲く |
31 | 貯蓄は實踐から彰化講演會盛會 |
32 | 街路を綠化 臺南で鳳凰木植樹 |
33 | 黃秋氏母堂逝去 |
34 | 本社取次人 通信員委囑報社消息 |
35 | 蔗作改善講演會 |
36 | 地方多より |
37 | 今日の映画演藝 |
38 | 基隆蘭陽地區 |
39 | 基隆の映画 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 鐵工業の勞務管理 近く勞務委員會開催 |
02 | 高雄造船報國會 愈愈四百萬圓の株式會社に統合 |
03 | 戰ふソ聯の食糧對策 菜園の集團栽培實施 |
04 | 配給機構再編成要綱 きのふ府關係課で協議 |
05 | 水產物生產出荷 翼贊會成案を上申 |
06 | 甘藷の徹底的增產 十二日に農林課長會議開催 |
07 | 自動車交通業法 愈よ本月下旬に施行 |
08 | 不耕作地を追放 緊急食糧增產策成る |
09 | 鐵工業統制會 後任會長近く決定 |
10 | 青果配給所設置 全島に九十六個所 |
11 | 空壜リンク制廢止 仲買人指定して回收 |
12 | 照明燈 |
13 | 經濟手帳 農產物の出荷統制と交付金制度 |
14 | 商況(六日後場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1005)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | ソ聯軍の敗色濃厚 南部戰線獨軍重壓を強化 |
02 | 本格的戰鬪展開か |
03 | 飽くまで勝利確信 勝利の平和以外に途はない ム伊首相演說の詳報 |
04 | 獨軍の大攻勢 ソ聯情報局認む |
05 | 赤機二千擊墜 芬軍開戰來の戰果 |
06 | 翼政、全國地方長官を招待 長官會議の機會に |
07 | 一千七百萬噸擊沈 日、獨、伊三國の通商破壞戰戰果 |
08 | 圖像:昭南飛行場着のスバス・チヤンドラ・ボース氏 |
09 | ルーズヴエルト重ねて敗北喫す インフレの對策に |
10 | 敵船四十八隻を擊沈 伊軍四ケ月の戰果 |
11 | 笑止・墓穴掘る重慶 米英金權主義の走狗 |
12 | 泥試合激化 ウオレスとジヨーンズ |
13 | 重慶交通難に惱む |
14 | 大規模爆擊出來ぬ 反樞軸空軍の損害甚大 |
15 | 重慶輸送機極度の貧窮 |
16 | 翼政地方會員 八百廿九名に達す |
17 | 比島獨立の大業に邁進 ラ委員長元氣 |
18 | 特務機關の魔手 シコルスキーの急死 獨紙外交記者の見解 |
19 | 唯物的な考へ支那人を曇らす 事變の真因、柳川中將語る |
20 | 東亞人に依る東亞の建設 張滿國總理決意を披瀝 |
21 | 英船擊沈さる インド洋で |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 心一つで戰地も都 餘裕綽綽我が海鷲部隊長 |
02 | 尊き興亞の礎石 譽れの戰死者發表 |
03 | 食糧の非常增產 翼贊會から七月常會で徹底 |
04 | 花蓮港市葬 |
05 | 少年兵は語る(3) 實戰以上の訓練 任務異れど魂は同じ |
06 | 高橋大將 學徒に講演 |
07 | 建設戰に挺身 華北の興亞記念日 |
08 | 鍛鍊の夏だ! 休みなんて昔話し |
09 | 防空必携 昭和十八年改訂(3) |
10 | 新竹市の硬貨回收運動 |
11 | 桔梗發刊 戰ふ桔梗俱樂部機關紙に 齋藤本部長激勵の言葉 |
12 | 桔梗俱樂部の皆さんへ/齋藤樹 |
13 | 經濟犯增加は銃後の恥 警務當局一般の注意喚起 |
14 | 收穫正に酣 學徒も田圃で健鬪 |
15 | 教育報國を誓ふ 軍國未亡人、英靈と對面 |
16 | 傷ついた勇士に捧ぐ 大稻埕人士の赤誠 |
17 | 船員家族を勞る “海の記念日”に因んで慰安會 |
18 | 大戰果に感激して 安南人外事部に献金依賴 |
19 | 學徒の水泳參加は延期 |
20 | 全島水泳鍊成大會 本月末臺中に開く |
21 | 病人に優先配給 氷 |
22 | 興南詩苑漢詩 次雲鵬君韻/曉玉、游關子嶺與灌園先生快談有感/耕南、次韻/灌園、謹次耕南先生原玉/雲鵬、游關子嶺/雲鵬、游碧雲寺/雲鵬 |
23 | 奉公班表彰式延期 |
24 | 教員體育會 |
25 | 人事・消息 |
26 | 今晩の放送 |
27 | 興南案內報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵艦五隻轟沈破敵機十を擊墜 ニユージヨージア島上陸の敵と戰鬪を續行中頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月七日十五時三十分) 一、ソロモン群島方面の敵は六月三十日レンドバ島方面の一部揚陸に引續き隣接するニュージョージア島の奪取を企圖しその數個所に上陸し來り同島各地に於いて目下戰闘續行中なり 二、ニュージョージア島北西部クラ灣方面に於ける今日迄の戰闘狀況左の如し (一)七月五日黎明同地帝國陸海軍守備隊並に同方面作戰中の帝國水雷戰隊は艦種不詳の敵艦三隻を撃沈せり (二)同日晝間帝國海軍航空部隊はクラ灣上空に於いて敵機群と交戰しその十機を撃墜せり (三)同日夜半帝國水雷戰隊所屬驅逐艦數隻は巡洋艦、驅逐艦十數隻より成る優勢なる敵部隊に對し肉薄攻擊し巡洋艦一隻轟沈、同一隻を撃破炎上しこれを潰走せしめたり 註 本海戰をクラ灣夜戰さ呼稱す |
02 | 皇軍に無限の期待 レ島米軍に痛擊加ふ |
03 | けふは大詔奉戴日 |
04 | ダーウイン爆擊 |
05 | 敵機擊墜百廿八機以上 卅日以來の綜合戰果 |
06 | 血戰刻刻激烈さ加ふ |
07 | アラカン作戰に偉功 感狀上聞に達す 寡兵克く敵の強襲を擊摧 |
08 | 滿身鬪魂、一發轟沈 奇襲の精華、水雷戰隊 |
09 | 熾烈深刻なる決戰 戰局の歸趨を左右 |
10 | 周復戰死 |
11 | 男子從業の禁制 勞務調整令施行規則を改正 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 大東亞共同保衛の段階社說 一 大東亞戰爭勃發以來の一年有半緒戰に於ける皇軍の赫赫たる大戰果に依って、多年壓制と搾取の限りを盡して來た米英的勢力が一掃され、大東亞諸民族は全く米英の桎梏から解放された。殊に過般第八十二臨時議會に於ける東條首相の具體的な大東亞宣言、即ち滿、華、タイの三國に對しては彼等多年の宿望に鑑み、その發展のために各方面に亘り積極的な援助をなし、ビルマも比島も本年中に獨立せしめ、インドネシヤ人には近く政治參與を許容すべく、又インド獨立に對しては物心兩方面より積極的に援助をなす旨を宣言確約した。この宣言に基いて帝國政府は直ちに實行に移し、中國積年の願望たる上海共同租界の回收は、我真摯なる協力措置により、來る八月一日を以て實施されることとなった。而して日華間既存條約の根本的改訂も折衝が順調に進められてゐる。タイ國に對しては東條首相が親ら訪問して、北マライ四州と二地域のタイ國領編入に意見一致し、タイ國民を感激せしめてゐる。比島に對しては既に軍政監部より獨立準備委員會の組織を下命し、着着準備を進められてゐる。斯くて東亞の諸民族は帝國の實力と誠意ある援助によって夫夫本然の姿に還り、再生の喜びに感泣してゐる。 二 併しながら貪慾飽くなき敵米英は一度の擊退位ひで、おめおめと世界の寶庫を斷念するとは考へらない。必ずや東亞の奪回を劃策すると覺悟しなければならない果然最近敵米英は所謂太平洋總反攻を呼號し、北のアツツ島侵入に引ぎ續き、南は去る三十日レンドバ島上陸作戰を切っかけとして、一層その態勢を整へんとしてゐる。米海相ノックスは「今回の上陸作戰は對日反攻作戰の序曲であり、われわれは今後島から島へと飛石傳ひに進攻せん」と大見得を切ったが、最近に於けるソロモン群島を中心とする島嶼基地爭奪戰、航空決戰の恐るべき深刻さは、明かに敵米軍の反擊意圖の執拗さを物語って居り、レンドバ島上陸も亦敵の呼號する總反攻作戰の一環をなすものである。又西方に於てもウェーヴェルのインド總督就任に依って察知される如く、インド民眾の獨立運動に對し、更に彈壓を強化すると共に、ビルマの奪回を計畫し、雨季明けの東漸作戰準備に汲汲たる有樣である。而して支那大陸に於ては、國府治下の攪亂と我本土空襲を策して、非占領地區に於ける米空軍基地の建設に躍起の蠢動を續けてゐる。 三 敵米英のかかる執拗なる蠢動は恐らく將來久しきに亘りて、その奪還運動を繰り返すであらう。東亞を永久の東亞として確保するためには、何よりもまづ東亞全體としての國防國家を完成、即ち東亞諸民族の共同責任による共同防衞でなければならない。大東亞戰爭は東亞全體の解放戰である。十億の諸民族は打って一丸となり、その共同の敵としての米英擊滅の聖戰に從はなければならない。大東亞戰爭の完勝なくして、大東亞の解放なく、新しき大東亞の建設なくして、大東亞民眾の福祉はあり得ないのである。刻下の大東亞戰の深刻なる現實にぶっかって、大東亞いづれの國民たるを問はず進んで最大の犠牲と艱苦を甘受し東亞共同の敵を共同に擊滅して全體としての東亞自らを解放すべくまさに共難の時代を突破せねばならない。この共難を突破して始めて、明るい共榮の理想は實現されるのである。この點をよく認識して、今こそ大東亞諸民族の總蹶起すベき秋である。 |
02 | 海洋へ若人を送り 汗と膏で勝拔かう けふぞ大詔奉戴日 |
03 | 若人の熱は續く 島都の海志六十五%に |
04 | 醫學部學生 林文士君が志願 |
05 | 太平山自動車路 近く開鑿に着手 |
06 | 照宮內親王殿下 七日多摩陵に御參拜 |
07 | 熱血の學徒よ大空へ 仇敵擊滅、盡忠報國の時は今 藤岡軍報道部長談 |
08 | 裂帛の氣合掛けて 頑敵軍を將棋倒し 伊藤部隊長が語る皇軍の死突戰法 |
09 | 陳國府建設部長來朝 |
10 | 武漢の記念行事 |
11 | 圖像:樹上の對空監哨 |
12 | 前線勇士の手當の献金 |
13 | 寡よく眾を屠る 集成部隊の活躍 |
14 | 愈よ生產戰に突入 ニユーギニアの躍進振り |
15 | 良書は銃後の彈丸 總督府圖書館に二十萬餘冊 市民の利用を待つ |
16 | 無名作家を發見 文報で生原稿審查推薦 |
17 | 宜蘭で配給座談會 |
18 | “決戰氣魄”を鍛ふ 臺南青年鍛鍊所開所 |
19 | 神經衰弱が續出 笑止!米將兵の狼狽振り |
20 | 赤誠愛國青年 献金にポンと五十圓 |
21 | 冠婚葬祭の基準を實踐 |
22 | 國民校助教員の教育講習會 |
23 | 不正配給に斷 花蓮港署購買帳を調查 |
24 | 為替の潛りに判決言渡 |
25 | 高梨代議士逝去 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰だ脂粉一擲 田植ゑに婦女隣組 |
02 | 散華した海鷲 富樫兵曹無言の凱旋 |
03 | 邱連順君雄雄しく散る |
04 | 常會運營を指導 |
05 | 常會研究會 |
06 | セレベスの山地民族 トラジヤの奇習 上手な稻作と盛大な葬式 |
07 | 戰時生活の設計 けふ嘉義で座談會 |
08 | 必勝へ一路邁進 嘉義の事變記念日行事 |
09 | 皇民體操始る |
10 | 青年團幹部鍊成 |
11 | 青年の熱誠迸る 屏東郡下百%の志願 |
12 | 米英擊滅關廟庄民大會 |
13 | 殉國動物慰靈祭 |
14 | 不毛の地美田化 お山の“土の聖者”に全社感激 貯めた小遣錢を建艦献金 |
15 | 田植戰士を激勵 坂口知事の增產陣頭指揮 |
16 | 優良職工表彰 臺中專賣支局 |
17 | 耕作資金引受けた 增產に高雄州米納萬全の對策 |
18 | 安定庄常會 |
19 | 潮州區司法保護委員會 |
20 | 關廟庄常會 |
21 | 青年體力增強の夕 |
22 | 純正剛健、潑刺と 臺南州音樂奉公團結成 |
23 | 娛樂改善講習會開催 |
24 | 敵愾心に燃えて 潮州郡青年奮起志願 |
25 | 增產と貯蓄を誓ふ 高橋大將臨席して獅子吼 屏東市の國民貯蓄大會 |
26 | 出來るだけ臺中線經由に 市民代表上北陳情 |
27 | 桔梗クラブ一周年祭 |
28 | 海だ!男のゆく處 霧峰庄海志身體檢查始る |
29 | 遺族を弔問 羽鳥臺南市長 |
30 | 彰化郡鄉軍の訓練 |
31 | 後龍貯蓄農談會 |
32 | 增產協力に力瘤 霧峰庄奉壯團常會 |
33 | 勤務時間延長 戰ふ臺南州短縮返上 |
34 | 霧峰庄七月常會 |
35 | 臺南州異動 |
36 | 赤誠の献金品 |
37 | 地方多より報社消息 |
38 | 訃文:連彭氏朕 |
39 | 人事報社消息 |
40 | 今日の映画演藝 |
41 | 基隆蘭陽地區 |
42 | 基隆の映画 |
43 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 內地米穀事情に即應 移出米增加を企圖 中平食糧局長談 |
02 | 十九廿年期の甘蔗植付面積 各州廳の割當決定 |
03 | 棉・黃麻・苧麻等 ビルマの纖維資源 |
04 | 重點產業の能率發揮 岸商相、大阪の講演で強調 |
05 | 戰力の緊急增強へ 明年度督府豫算編成方針決定 |
06 | 屏東菓子業統合 |
07 | 水產物の增產確保 州廳で實施計畫を急ぐ |
08 | 島內食糧と麵類/松林茂 |
09 | 砂鐵鋼業會社設立 前田の事業を繼承し 本島最初の製鐵業 |
10 | 海員學校を設置 遞信部、明年度より實施 |
11 | 蔗作改善講演會 |
12 | 配給機構再編成協力會 十三日州廳打合會で協議 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(七日後場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1006)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵屍體九千五百 投降者三千六百に上る 海南島の海軍部隊二月以來の戰果 |
02 | 生產戰線確保せよ 敵ヤンキーも必死だ |
03 | 敵反攻を斷乎擊碎 一億總蹶起の力發揮 |
04 | 感狀の光榮に輝く 集成部隊作戰經過 |
05 | べナヘナ敵陣地を猛爆 護送船團をも攻擊 |
06 | 圖像:肩の重荷を仲よく降す海鷲勇士達 |
07 | 今後の翼贊運動を全國民に浸透徹底 宣傳本部きのふ初顏合せ |
08 | 後藤副總裁挨拶要旨 |
09 | 企業整備本年中に完了 岸商相、大阪で語る |
10 | 宮脇部隊長と伊藤少佐略歷 |
11 | 丸山事務總長挨拶要旨 |
12 | 獨ソ悽愴な白熱戰 大規模な機動戰展開 |
13 | 企業整備資金 措置法施行規則 |
14 | 獨軍戰況發表 |
15 | 黑海で獨ソ海戰 |
16 | ロバート機擊墜さる |
17 | 赤軍陣地數個所を突破 |
18 | 陸軍司政官發令 |
19 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 開襟シヤツと半袴 皇奉本部で正式に取上げ 各州支部に通牒 |
02 | 健民へ仁術發揮 臺灣醫師會新興健民部新設 |
03 | 圖像:勇躍出擊する我が潛水艦 |
04 | 執務時間午後四時迄 新竹州の決戰態勢 |
05 | 跳躍法指導會 多數參加を希望 |
06 | 兄弟二人揃つて海志志願 |
07 | 常會開催を督勵 基隆奉壯團員の活躍 |
08 | 圖像:伸びる航空タイ |
09 | 日本文化を宣揚 マニラに文化會館 |
10 | 防空必携 昭和十八年改訂(5) |
11 | 少年兵は語る(4) 一發必中の神技 大空睨んで猛訓練 |
12 | コプラ粕から醬油 日本科學陣に又凱歌 |
13 | 一億敢鬪の連續 七八兩月夏季增產增送期間 |
14 | 血書で特志看護婦志願 |
15 | 國風劇團本社訪問報社消息 |
16 | 罹つたら大變 さあ、デング熱の撲滅だ |
17 | 興南詩苑漢詩 敬弔山本元帥二首/苗栗 鄒子襄、蘆溝橋事變六周年有感/范慕淹、無題/黃景南、感懷/大甲 空々、旅愁/大甲 空々 |
18 | 廣谷市長常會視察延期 |
19 | 國講と保育園 臺北州四ケ所を指定 |
20 | 戰力增強畫劇脚本募集 |
21 | 勸信常會延期 |
22 | 青年厚生の夕 島都三ケ所で開催 |
23 | 北斗郡の害虫驅除 |
24 | 今晩の放送 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | ナツソウ灣上陸の 米濠軍を潰亂さす 揚陸場に大損害與ふ頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月八日十五時三十分) ニューギニア島東南部サラモア附近の我が守備隊は六月三十日以來ナッソウ灣に上陸せる米軍及びこれに呼應しワウ方面より前進したる濠洲軍に對し反擊作戰實施中にして特にボブタビ附近においては七月五日敵の背後を急襲、これを潰亂せしめたり 我が航空部隊亦七月一日、三日及び五日ナッソウ灣の敵を攻擊し敵舟艇群揚陸場等に對し大なる損害を與へたり |
02 | インド國民軍編成 烈烈獨立獲得の決意 聯盟本部發表 |
03 | 數萬の精銳で編成 |
04 | 六將星と兩大佐に 畏し・拜謁仰付けらる |
05 | 東條首相が閱兵 國民軍感激、民眾歡叫 |
06 | 嚴然我南海の護り |
07 | “デリーへ、デリーへ” 總師ボース氏訓示 |
08 | 東條首相の閱兵 運動史上更に光輝の一頁 在京の志士マ氏談 |
09 | 英に艦隊派遣要請か 濠洲外相エヴアツト |
10 | 圖像:印度國民軍 |
11 | われに磐石の備へ 在支の米空軍來らば來たれ 南支軍報道部長談 |
12 | 米巡へリーナクラ灣で擊沈 |
13 | 米國遠征軍の兵力約二百萬 |
14 | 小癪・廣東に來襲 敵二機擊墜、我が方損害なし |
15 | マルチニツク島を接收 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 信託會社の合同問題社說 一 多年の懸案である信託業法の施行は貯蓄增強といふ戰時的背景の下に愈愈近く實現されることは周知の如くである。そして銀行の信託業兼營に伴ふ銀行法の改正以前に既に業法の施行が略略內定されてゐたこと並に島內銀行に對する大藏省との監督分野が劃定されないにも拘はら獨り信託會社に對する共管問題のみが解決されてゐることは固より本島の特殊事情に基くものであるとはいへ本島信託會社に對する政策的な獨自性が窮はれる。いふ迄もなく本島金融業界は普通銀行、貯蓄銀行、信託會社に三分されその分野がはっきり確定されるるので內地の如く普通銀行の貯蓄業務乃至信託業務兼營の必要を見る餘地がない。事實內地の大信託會社は定期預金の金錢信託への移行による自己經營の銀行への打擊を防ぐ為に大財閥により設立されたもので實質的には銀行の信託部と言ふべく從ってその金融信託の大部分は定期預金の流動したものが多い即ち定期預金と金錢信託とが實質的に何ら異なるところかないので銀行に信託業務の兼營を認めたところで一向差支へないのみならず却って貯蓄、增強に寄與するところが少くない。 二 しかし前記の如く事情の全く異れる本島に於ては自ら別個な政策を必要とすることはいふ迄もないことで督府の方針としても銀行の信託業務兼營を認めないことは誠に當然なことであると謂はなければならない。さすれば信託會社を如何にすべきかの問題が速急解決を要するもので目下府當局に於ても慎重講究中であると傳へられてゐる。固より信託會社問題は多く金融問題に過ぎないかも知れないが本島業界の實情に鑑みる時むしろ政策的部面がより多いものと見るべきで事極めて慎重に考慮すべきはいふ迄もない。しかし多年の間奮闘努力して來た大會社の經驗を此際活用して行くことが最も望ましいことは何人も異論のあらう筈はないが只小さいなりにそれぞれの役割を演じて來た群少信託似類會社を如何にすべきかが最も苦心の要するところであって府當局の意を用ふるところでもある。しかし金融機關たるの一面不動產信託機關でもある信託會社の本質に鑑みれば信託會社問題の解決も左程困難でないと見てよく此際二面的政策を講ずる必要がありはしないか。即ち信託會社が單なる金融機關たるのみならず不動產信託機關でもある以上從來不動產信託にも携はって來た比較的大く且つ確實な會社の合同を斷行せしめ金錢信託類似の業務のみに專念して來た群少會社は合同會社に吸收し得るものは別としてさもないものは漸次整理して行のが最も實際的であるといってよからう、然らずして大小を問はずすべてを一元的會社に合同せしめるといったやうな單一政策を固執するのあまり却って業界に徒らなる摩擦を與へ且つ強固なる會社の出現を遲らすが如きことがあっては決して賢明な策だとはいはれない。 三 信託會社問題の解決に多大なる示唆を與へのみならず信託業法施行に特別の意義あらしめるものは正しく信託會社が本質的に不動產信託機關たることである。信託會社が單なる金融機關であるならば大小信託會社の大同團結が多少の摩擦を伴ふにしても望ましいことはいふ迄もないがしかし財產所有形態が殆んど不動產を中心とする本島の實情に照して見る時本島信託會社はむしろ不動產信託◯關たらざるを得なくなるもので從って信託會社の問題にしても前記の如くより強固な信託會社をつくるには不動產信託にも深い經驗と豐富な知識とをもつ會社の合同を群少會社と切離して行はしめることが必要ではなからうか。しかし前記の如き信託會社の本質については多く世人より閑却されてゐたところであって信託業法の施行に關する督府の動機も恐らく金錢信託機關としての信託會社の一面的性格に重きを置いたものと見られないことはない。固より業法の施行により更に金錢信託が增加し貯蓄增強に寄與する處少くなからうが、しかしそれ以上に不動產信託が增大して來るであらうことは過去、現在の實績に徵して疑ひないところである、かく觀て來ると業法施行は督府當局の所期せる目的を達成するのみならず更に思はざる効果をも收めることになるわけであるがそれには信託會社問題に對する適切なる政策を前提とすることは多言を要しない。 |
02 | 密林を楯に戰ふ ニユーギニアの海軍警備部隊 |
03 | 有栖川宮記念 學術獎勵金下賜 |
04 | 頑張る國民が勝つ その日その日が決戰だ 山本事務總長放送 |
05 | 陸鷲の同時出願も可 大空への熱誠に便宜 |
06 | 島民赤誠の香華料 總額一萬二千餘圓に上る |
07 | 府社會課の新態勢 事務分掌の整備を斷行 |
08 | 優良奉公班世話役佐倉氏献金 |
09 | 青年鍊成を強化 柴山課長抱負を語る |
10 | 模型航空機の製作 航協主催で指導講習會 |
11 | 圖像:協力する挺身隊 |
12 | 心の中の米英擊て 市川氏日婦に講演 |
13 | 重要食糧增產に 新竹州新に二千餘甲登場 |
14 | 野球、硬庭球廢止 學徒體育大會要綱發表さる |
15 | 高橋大將來中 新高築港視察 |
16 | 皇民奉公會新竹州支部 |
17 | 企業整備を聞く 松浦氏けふ講演 |
18 | “日本の言葉” 上卷愈よ上梓 |
19 | 臺北市青果物配給組合創立 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 遂に六萬人を突破 海に集ふ臺中州健兒 |
02 | 臺南州は四萬六千 |
03 | 奉戴日に曉天動員 戰ふ馬公奉壯團 |
04 | 中堅男女鍊成 員林街の日割 |
05 | 献穀田刈取祭 嚴肅に執行はる |
06 | 日本の印象と比島の將來(下) 比島訪日視察團に聽く |
07 | 殆ど出揃ふ 嘉義の志願兵 |
08 | 鑛山戰士慰問 大溪藝能挺身隊 |
09 | 海洋思想普及に 臺南で海の文學展 |
10 | 臺中の移動展 |
11 | 斗六街米英擊滅 國民大會十日開催 |
12 | お山の貯蓄戰 素晴しい成績 |
13 | 櫻臺高砂道場竣工 開場と共にお山の中堅鍊成 |
14 | 婦人決戰生活 嘉義支會で座談會 |
15 | 私を出して下さい 前線で病氣して居る弟に代り 兄が義勇隊員採用を嘆願 |
16 | 推進の原動力 幹部らが大肚山で鍊成 |
17 | 渡邊警務課長 屏東を初巡視 |
18 | 青年團幹部の鍊成 屏東市十七日から |
19 | 兒童文化移動劇 |
20 | 玉碎勇士に弔慰金 屏東の華僑 |
21 | 市街庄に畫劇挺身隊 奉公運動の活潑な展開に |
22 | もう一息だ 嘉義郡切干藷供出好成績 |
23 | 貯蓄功勞者 屏東で廿氏表彰 |
24 | 籾供出好成績 主旨宣傳奏効し |
25 | 籾集荷に協力 |
26 | 大溪街青年團員の稻刈奉仕 |
27 | 稻刈手傳に 學童淨汗奉仕 |
28 | 優良奉公班表彰 屏東支會結成二周年 |
29 | 畫劇競演會 一等獲得者の腕比べ |
30 | 赤誠の献金品 |
31 | 中壢街銃後後援會豫算 |
32 | 中壢郡小賣商組合役員會 |
33 | 葬らずんば止まぬ 善化街米英擊滅大會湧立つ |
34 | 献金總額七萬五千圓 大東亞戰以來嘉義郡民の赤誠 |
35 | 淡水郡教育會總會功勞表彰と慰靈祭 |
36 | 部落會長が鍊成 全州下を集めて |
37 | これは一石二鳥 マンゴー植えて財源造る |
38 | 臺南市竹材商組合創立總會 |
39 | 野鼠退治に 捕獲期間延長 |
40 | 地方多より |
41 | 訃文:林國裕 |
42 | 今日の映画演藝 |
43 | 基隆蘭陽地區 |
44 | 基隆の映画 |
45 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 耕地擴張改良進捗 昨年度田畑六千餘町步を開發 |
02 | 薪炭材の造成條件 山林當局施業者の注意を喚起 |
03 | 中國決戰經濟の展開(上) 北支の卷 |
04 | 上期手形交換滅少 對外貿易不振の反映 |
05 | 產報勤勞動員本部 小畑部長他役員發令 |
06 | 一期米の蒐荷 高雄州は既に七割濟 |
07 | 薪炭需給の趨勢と薪炭林增殖計畫(上) |
08 | 甘藷の混食割合 近年來著しく減少 |
09 | パパイヤの增產 高雄州農會乘出す |
10 | 七月債券當籤番號 |
11 | 鮪漁獲期に對處 高雄州で虱目魚を冷凍 |
12 | 照明燈 |
13 | 商況(八日前後場) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(1007)/黃得時;碇政彌 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵機廿三を擊墜破 軍事施設五ケ所炎上 ブロツクスクリークを海鷲再度攻擊 |
02 | 敵反擊の出鼻挫く 合計五十四機を擊墜破 |
03 | 二百萬の大軍死鬪 クールスク戰局擴大 |
04 | 聖慮の鴻大に感激 東海林大佐謹話 |
05 | 空前の苛烈な激戰 |
06 | ルーズヴエルトジローと協議 |
07 | 自由印度の中核體 國民軍の使命重大 |
08 | 戰鬪今や最高潮 戰車、空軍大量出動 |
09 | 戰局次第に激化 |
10 | 平井、東海林兩大佐略歷 |
11 | 圖像:敵痛擊の海鷲薄暮の基地に還る |
12 | レ市を砲擊 |
13 | 獨軍の優位決定的 |
14 | 征戰完遂の道程に突入 印度獨立聯盟スポークスマン談 |
15 | 三日間赤機を八三〇機擊墜 |
16 | 陣地強化作戰 獨軍、今後も展開せん |
17 | 海南島討伐戰一段落 二百數十日間交戰六千數百回 |
18 | 新領土の接收 泰、各省委員會を設置 |
19 | 地軸搖がす砲聲 印度國民軍壯絕な演習 |
20 | 赤軍の戰車 八六二臺擊破 |
21 | 荒鷲の前に慴伏 敵戰鬪機の性能疑問 |
22 | 翼贊會興亞總本部 諮問、調查の諸機構案成る |
23 | 情報局參與の初會合 |
24 | 獨軍砲兵隊の戰果 |
25 | 獨軍戰況發表 |
26 | 郵便物の一部引受を停止 重要物に主力 |
27 | 反樞軸空軍甚大な損害 英空相も認む |
28 | 敵機蘭貢に來襲 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 學生よ來れ陸鷲へ 我等は斷じて勝つ 起て敵の學生を屠れ |
02 | 御紋菓を傳達 軍援篤志家に畏き御沙汰 |
03 | 必勝の生產・鐵壁の安全 十日から戰力增強安全週間 |
04 | 常會運營研究會 九日城北出張所で開催 |
05 | 少年兵は語る(5) 少年兵に續け! 若人よ遲疑するな |
06 | 日本人は皆飛行家向き 望月航空技師と一問一答 |
07 | 基隆市鄉軍點呼 |
08 | 華僑の赤誠 回收硬貨を献納 |
09 | マヅラの競牛 |
10 | 島內に保健所設置 五ヶ年計畫で三十八ヶ所 |
11 | 船員への贈物 宿泊所と保健所を建設 |
12 | 經濟常會を開く 新商道昂揚と配給改善へ |
13 | 青年厚生の夕 あすから各地に開く |
14 | 青年團指導者 十一日から士林で鍊成 |
15 | 鑛山專門校の設置陳情 新竹市內の有志、知事を訪問 |
16 | 基隆市民の献金 |
17 | 興南詩苑漢詩 初夏/小□、謝靖海君贈荔/鶴亭、啖狀元紅荔枝有感/靖海、譯俳句二首/林不二郎 |
18 | 畫劇競演會 基隆郡選手 |
19 | 十億尾の鯉放流 秋頃には食膳に上る |
20 | 靴商實績調查員鍊成 |
21 | 人事・消息 |
22 | 今晩の放送 |
23 | 興南案內報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵戰鬪機卅一擊墜 わが海鷲、ル島進出の敵攻擊 陣地に全面大火災生ぜしむ頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月九日十五時三十分)帝國海軍航空部隊は七月七日ニューチョーデァ島ムンダ南方ルビアナ島に進出し來れる敵を攻擊、その陣地に全面大火災を生ぜしめその上空において敵戰闘機三十一機を擊墜せり、我方未歸還四機 |
02 | 海鷲の壓倒的武勳 生產報國に挺身せよ |
03 | 對支新方針の徹底 我方に對する中國側の協力倍加 畑總司令官視察談 |
04 | ビルマ反攻の困難性を指摘 重慶ユービー電の論評 |
05 | 自活態勢を強化 年末に獨立を控へる比島 |
06 | 圖像:揭げられた東京都廳の看板 |
07 | 驟雨的役割を演ぜん 歡迎民眾大會ボース氏演說 |
08 | 重慶脫離者が激增(週間戰況) |
09 | 上海佛租界の還附 近日中に調印を見ん |
10 | 中國建設三ケ年計畫 陳建設部長が說明 |
11 | 決戰體制飛躍的に進展 中國參戰半年を迎ふ |
12 | ブキテマの忠靈塔に參拜 スバス・ボース氏 |
13 | 戰果更に大か 敵側損害の一部を發表 クラ灣夜戰 |
14 | 赤軍陣地を突破 開戰以來最大の戰車戰 |
15 | 大東亞新委員初會合 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 インド國民軍武力鬪爭へ 東條首相も閱兵社說 一 豫ねてより若きインドの愛國者を網羅して編成され、猛訓練を續けて來たインド國民軍は、八日獨立聯盟本部の公表で明るみに出で、印度人の印度に還るべく在東亞二百萬印度民眾の要望を擔って登場した「英の武力には武力を以て鬪ヘインドは東亞の指導者日本と俱に共同の敵米英擊滅に邁進せよ」と指令する鐵の鬪將チャンドラ・ボース氏の會長就任により、インド獨立聯盟は實踐の段階に飛躍し、熾烈な鬪爭を開始したが、インド國民軍こそはボース會長の力說せる武力であり、インド國民自身が最初に盛上げた軍隊である。國民軍は莫大なる志願者の內から選拔せるもので現在數萬の精銳を以て編成、最新銳の○○部隊を中核として「團結、信義、犧牲」の三大信條を訓練目標に日夜猛訓練を續け、しかもインド特有の階級的差別、宗教的阻隔及び國內の民族的意慾を一擲し、各民族が打って一丸となり、只管インド獨立の共同目的に向って、若き血を燃やす鐵の如き同志的結合體である。來るべき印度への進擊は、暴戾英國に對する血の鬪爭爆發の導火線となり、全インド民眾の武裝蹶起を見るであらう。 二 インド國民軍は、去る五日獨立運動の新指導者獨立聯盟會長チャンドラ・ボース氏の初の閲兵を受け、總帥ボース氏の指揮下に入りインド獨立運動推進の中核體として雄雄しく武力鬪爭の第一步を踏み出したが、翌六日には南方視察の為め、昭南に雄姿を現はした東條首相の閲兵を受け、親しくその謦欬に接するを得た。「インド獨立達成のためには、滿腔の支援を惜むものではない」と帝國の意圖は再三東條首相の口を通じて聲明され、東條首相はインド獨立運動の最大の支援者である。今やその閲兵激勵を受けたことは、インド國民軍にとって最大の名譽であると共に、首相屢次の聲明が一段と生かされ、帝國の真意は愈よ具體的明瞭に更めて全世界に實證されたわけで、首相の閲兵は正にインド獨立運動史上に光輝ある一頁を加へたものと言ふべきである。これを契機としてインド國內の反英運動は、更に激化するであらう、英米に與へる精神的打擊、在印英米軍の士氣にて大なる影響を與へずにおくまい。 三 インド國民軍結成公表に際し、總帥ボース氏は國民軍の將兵に對し次の如き訓示をなし祖國解放の對英戰爭に挺身する烈烈たる所信を披瀝した。「インド國民軍は英帝國が牙城と誇りしシンガポール要塞の古戰場、即ち新しき大昭南市に於いて編成された。曾って勇敢なる日本軍が進擊を開始するや、將兵の口より迸り出た言葉はシンガポールへ、シンガポールへであった。わが將兵諸君われらの來るべき戰鬪に於いてはデリーへ、デリーへと叫ばうではないかわれわれの內、幾人が獨立への戰爭に生き殘り得るか明言出來ぬ。しかし余が斷言し得ること及びこの獨立への大業は英帝國の次の墓場となるべきデリーに於いて戰勝分列を擧行するまでは終らぬと云ふことである。余の抗敵生涯を通じて遺憾に堪へぬことは、インド解放運動のための軍隊がなかった一事である。今や國民軍が組織された、諸君はこの聖なる目的の達成に血の犠牲を拂ひ武力を以て自由インドを獲得せよ」とその意氣將に暴英を呑むの概がある。斯くの如くインド國民軍は重要な歷史的意義と使命をもちその發展は極めて刮目すべきものがある。 |
02 | 二千六百年祝典御使用の調度品 國民鍊成所に御下賜 |
03 | 鍛ふ農業醫術要員 府に鍊成所を設置 南方へ積極的協力 |
04 | 賞賜物件傳達式 |
05 | 圖像:還附された上海共同租界 |
06 | 決意新に食糧增產 齋藤總務長官歸臺談 |
07 | 英靈に盂蘭盆供養 |
08 | 宜蘭市經濟統制打合會 |
09 | 少年兵は語る(6) 戰爭は吾吾が完遂 全國の小國民よ起て |
10 | 鄉軍臺北市北一分會點呼 |
11 | 軍援臺北市分會寄附者 |
12 | 空だ海だ若人だ 海軍省で豫備學生を募集 締切は七月十七日 |
13 | さア征かう青空へ 臺高生滑空の猛訓練 |
14 | 海南島に科學メス 張切る南方資源研究所 |
15 | 警備府參謀長更迭 後任は石塚千俊大佐 |
16 | 常會を指導激勵 梁井支部長ら・陣頭に立つ |
17 | 健全娛樂の一環 島都で畫劇競演會 |
18 | 一萬四千名突破 上昇一途島都海志 |
19 | 新竹州下で健民講演會 |
20 | 一道七縣の商工經濟會 設立委員を任命 |
21 | 東京都制と郵便物 かう書いて下さい |
22 | 慰安映寫會實施 |
23 | 菓子製造組合結成 |
24 | 人事・消息 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 必勝增產へ總力結集 食糧增產と心身鍊磨に重點を置き 學徒奉公隊夏季動員實施 |
02 | 戰力增強運動を推進 皇奉臺南州支部張切る |
03 | 曉天參拜 彰化市役所職員 |
04 | 戰勝祈願參拜 大甲華僑の赤誠 |
05 | 增產と取組む學園 戰ふ嘉義郡下の國民學校 |
06 | 指導幹部鍊成 |
07 | 戰ふ嘉義の婦人 貯蓄倍加運動達成 |
08 | 商奉團實踐案協議 |
09 | 征け決戰の大空へ 臺中で學徒滑空機講習 |
10 | 大楠公が應召 トツプ切つて旭校献納 |
11 | 空の防人慰問 |
12 | 結核撲滅講演 |
13 | 教員の資質向上 各種指導講習會開催 |
14 | 皇國日本の顯現/淺野晃 |
15 | 人だ物だ金だ 必勝に一切を捧げよ 米英擊滅譜 各奉公班に配布 |
16 | 鍊成體驗□表 |
17 | この通り元氣です 銃なき勇士に增產□景寫真 |
18 | 奉公運動伸展へ 彰化で常會運營研究會 |
19 | 國講講師鍊成 |
20 | 特殊奉公班長常會事項指示 |
21 | 殆ど出揃ふ 大甲郡の志願兵 |
22 | 倒せ共同の敵 彰化華僑の米英擊滅大會 |
23 | 稻刈手傳に總動員 |
24 | 純益金を献納 彰化東邦乃家 |
25 | 增產の敵一掃 害虫驅除奉公隊結成 |
26 | 遺家族を弔問 |
27 | 未教育兵に軍事教練 |
28 | 赤誠の献金品 |
29 | 北斗郡教員大會 |
30 | 畫劇競演會 十日新莊で開く |
31 | 留學生保護者懇談 |
32 | 彰化市學校長常會 |
33 | 決戰貯蓄講演 十四日鹿港で開く |
34 | 彰化方委月例會 |
35 | 職域常會 |
36 | 隣保館家長主婦會 |
37 | 旗山郡學校長會議 |
38 | 地方多より |
39 | 今日の映画演藝 |
40 | 基隆蘭陽地區 |
41 | 基隆の映画 |
42 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 赤糖で米酒を製造 專賣局技術協議會で決定 |
02 | 市街庄への徵稅交付率 徵收額の千分の十に改正 |
03 | 農林課長會議十五日に延期 |
04 | 黑鉛坩堝移入販賣實績調查 |
05 | 臺北商議所定期總會 |
06 | 中國決戰經濟の展開(中) 中支の卷 |
07 | 古タイヤの利用に 再生方法を研究 |
08 | 一期作生育良好 草丈莖數とも平年より優る |
09 | 簡保加入好成績 |
10 | 經濟手帖 |
11 | 彰化市工業研究會設立打合 |
12 | 薪炭需給の趨勢と薪炭林增殖計畫(下) |
13 | 鮮魚加工製造販賣組合創立 |
14 | 油虫捕獲懸賞金當籤發表 |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(九日前場) |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(1008)/黃得時;碇政彌 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵艦六隻を擊沈 クラ灣夜戰の詳報 |
02 | 立體的決戰に突入 敵制空、制海權獲得の野心 |
03 | 圖像:我が水雷戰隊ソロモン海域に突入 |
04 | 軍用地を無償貸與 陸軍食糧增產に積極的協力 |
05 | 剿共旗下に戰ふ治安軍 |
06 | 谷大使を歡迎 中國國民外交促進會 |
07 | 伊最大の讚辭 印度國民軍の編成に |
08 | 赤軍防衛陣に殺到 獨軍機甲群の先陣 |
09 | ハイフオンを盲爆 |
10 | 獨空軍の一方的勝利 東部戰線南部地區の空中戰 |
11 | 地上部隊に協力(獨空軍) |
12 | 山西省六月中の綜合戰果 |
13 | 南部地區の戰鬪愈よ熾烈 |
14 | 米、全陸軍機の翼に新標識使用 |
15 | 六千臺擊墜の記錄を樹立 獨戰鬪機中隊 |
16 | 歐洲上陸は不可能 強行せばダンケルクの二の舞 |
17 | 圖像:政府委員顏合せ |
18 | 伊雷擊機隊 引續き活躍 |
19 | 輸送夏枯れの克服 長崎鐵道次官の放送 |
20 | 獨軍援助のため西歐洲に派遣 ジヨルジヤ人步兵部隊 |
21 | 海洋漁業用資材の配給帝水に一元化 |
22 | 麾下各部隊を巡視 吉田支那方面艦隊司令長官 |
23 | 英機對潛艦攻擊にも敗退 |
24 | 戰時下の衣生活 臺南州で切替を強調 |
25 | 駐英ソ聯大使突如歸國 |
26 | 農機具用木材の配給統制を斷行 |
27 | ケルンを盲爆 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 誓って偉勳に酬いん 英靈弔ふ臺北市葬 |
02 | 大東亞盆祭り 戰歿者慰靈祭執行 |
03 | 圖像:英靈弔ふ臺北市葬 |
04 | 食糧增產の方途 齋藤長官局部長會議で指示 |
05 | 鄉社瑞芳神社大祭 |
06 | 審議機關を設置 集荷配給機構も再編成 |
07 | 保健衛生に萬全 □□□數千の醫者を總動員して 一大健民網を組織 |
08 | 防空必携 昭和十八年改訂(7) |
09 | 海洋雄飛の秋だ 海を制する者世界を制す |
10 | 高橋海軍大將 けふ新竹市へ |
11 | 甲當り五十五石 豐作大作の篤農家 |
12 | 戰局の現況 菊池中佐講演 |
13 | 村は稔りの秋 知事さんも鎌を執る |
14 | 戰力增強安全週間開始 職場即ち戰場 梁井產業會長敢鬪戰士を激勵 |
15 | 少年兵は語る(7) 起て起て青少年 榮冠は汝等の頭上に |
16 | 基隆市壽區會で國民貯蓄講演會 |
17 | 敵□睨んで武者振ひ 陸軍少年兵學校志願に示す 本島若人群の赤誠 |
18 | 港都で“青年厚生の夕” |
19 | 柄模樣も決戰色 明朗健實な簡素美 |
20 | 日用品の簡素化 各省が率先垂範 |
21 | 興南詩苑漢詩 敬弔山本元帥/陳清秀、祝特別海軍志願制度施行/聯滄 平山欽裕、餞春詞四首/郭茂松、步柳村君原韻/郭茂松 |
22 | 全島遠泳大會 八月八日に延期 |
23 | 暴風雨の被害は僅少 |
24 | 臺北憲兵分隊運轉手を募集 |
25 | 醬油組合が發展的解消 |
26 | 人事・消息 |
27 | 今晩の放送 |
28 | 商況(十日前場) |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 畏し・上聞に達す 中崎中隊長に感狀 印緬國境の航空作戰に偉勳頭條新聞 【東京發同盟】印支空中ルートの要衝だる東北部印緬國境チンスキヤを始め南部國境の敵據點印度領チツタゴン或はイラウザ河畔のマグウエなどアラカン山系一帶の地區に敵機擊墜破の鵬翼を張つた石川飛行部隊中隊長中崎茂中尉の偉勳に對しては去る二月廿九日南方方面陸軍航空部隊最高指揮官より感狀を授與せられたが、今般、畏くも上聞に達せられ其旨十日陸軍省より發表された昨十七年十月二十五日チンスキャ飛行場攻撃以來去る一月二十三日ナーフ河上に敵輸送船を求め、甲板上に壯烈な自爆を決行する迄の僅々三個月、中隊の擊破した敵機は二十有六機に及んでゐるがこの內實に九機は中隊長たる中崎中尉自らが擊墜、此の間マグウエに於ける邀擊任務、チツタンゴン攻擊などその戰闘は寔に烈々我が航空部隊獨自の旺盛な攻擊精神を遺憾なく發揮したものである △陸軍省發表(七月十日十六時)印緬國境方面航空作戰に於て赫々たる武功を樹て遂にナーフ河上にて自爆せる石川飛行部隊中隊長陸軍中尉中崎茂に對し曩に南方方面陸軍航空部隊最高指揮官より感狀を授與せられしが今般畏くも 上聞に達せられたり 【東京發同盟】 |
02 | 敵空軍の擡頭制壓 中崎中隊の戰鬪經過 |
03 | 息詰る敵機擊墜戰 ニユーギニア轉戰一年餘 高射砲陣、淵山部隊の猛躍 |
04 | 圖像:印度獨立聯盟代表大會 |
05 | 青木重誠中將陣歿 南方の最前線にて |
06 | 只管冥福を祈る 同期生富永陸軍次官談 |
07 | 防空の體驗 前ビルマ作戰軍參謀梶原少佐の口演 聽眾の防空關係者に多大の感銘 |
08 | 中崎中尉略歷 |
09 | 三市長任命 |
10 | シチリア島に 反樞軸軍上陸企圖目下激戰展開中 |
11 | 獨軍ドネツ東岸に進む |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 食糧行政機構統一の要社說 一 昭和十四年五月律令第五號臺灣米移出管理令の發布に依って米穀局が創設され同年二期米より移出米を管理する事となった。而して同法令は買入價格に依る賣渡の申込に應じて米穀の買入を為すに過ぎなかったが、其の後戰時食糧確立の必要に迫られて米穀局では移出米に限らず島內消費米をも農家自家消費米以外は全部管理買上げする事となった。昭和十七年十一月になって大東亞戰爭及大東亞建設の完遂を目指して本島に於ける食糧行政の中樞機關として食糧局に改稱せられ、米穀以外の各種食糧をも一元的に管理するに至ったのである。ところが現在の食糧局では單に各種食糧に關する流通行程の管理に過ぎず、其の生產方面に關しては擧げて殖產局の管轄に屬してゐるがため現在種種不統一の事態を生じ所謂綜合食糧行政運用の上に於てとかく圓滑に行はれざる嫌ひなしとしないのである 二 其の最も顯著な一例として近く誕生せられんとする臺灣農業會は現在の臺灣米穀納入協會及各州廳米穀納入組合を統合すべきか何うかの問題に關しいくたの議論を生じたが、結局臺灣農業會に吸收合併する事となり、臺灣農會に對しては殖產局及食糧局の共管を以て此の問題を處理せんとした事は周知の如くである。然るに食糧行政の一元化を圖る事が殊に食糧問題が刻下の如く重大化した現階段に於て各方面より要望され中にも米及藷の如き主要食糧に對して生產蒐荷、配給、保管等一連の行政關係が計畫的に綜合化する必要が益益痛感せられてゐるのである。內地に於ても食糧管理局が農林省の外局として食糧行政を一元的に行はれてゐるのを見れば本島の如き狹小な地域に於て今更殖產、食糧兩局の並立を持續する必要がないと思はれる。 三 今若し殖產、食糧兩局を合併するとせば殖產局に米穀課及食糧課を增設すればいい譯であり或は現在の殖產局農務課を農政課及農產課に分けなければならないが、かくすれば殖產局が餘りにも尨大組織になり過ぎやしないかとの問題も起らう。此の問題に關しては寧ろ商工方面の行政を商工局として分離し殖產局を農林局に現在の行政機構を改革すべきであると考へられ又かくする事に依って農林商工兩局に依て本島に於る農工行政を各各其分野に向って整備強化する事も出來得るのである。要するに大東亞戰爭の現階段に則應する食糧の重大化に鑑み、此の際食糧行政機構の統一を圖るべき事を殊更に要望して止まない。 |
02 | 敵船目蒐けて自爆 感狀の榮に輝やく戰鬪隊 中崎中隊長の最期 |
03 | 機械に親しみ 材料節約に心掛けよ 梁井產奉會長生產戰士を激勵 |
04 | 忝し個人感狀 中崎中尉の兩親語る |
05 | 航空兵へ、少年兵へ 學びの庭から米英擊滅の烽火 |
06 | 島崎利雄大佐赴任の途へ |
07 | 臺灣青年は賴母しい 今後は海に親しみ海に鍛へよ 高橋大將新竹で語る |
08 | 家庭と連絡して敢鬪 臺灣ゴム工場の生產增強 |
09 | 島都“青年厚生の夕” 藤岡少將青年の使命強調 |
10 | 御民の姿に還へる 作業に見る囹圄の人人の赤誠 |
11 | 三週間二割增產 感謝狀に張切る南洋紡績 |
12 | 滿堂の聽眾感奮 高橋大將新竹で講演 |
13 | 夏の鍛鍊場海へ ヨイ子供達休みを返上 |
14 | うんと鍛へよう 新竹州各中等校の夏休計畫 |
15 | お山から赤誠の香華料 |
16 | 累計一萬五千餘名 臺北市の海志志願者 |
17 | 青年校指導員講習會日程 |
18 | 新竹州教職員學事講習會 |
19 | 遺族慰問演藝 |
20 | 伜の採用を熱願 お山に軍國の母あり |
21 | 南方派遣要員に 松岡少佐特別講演 |
22 | 指導の苦心聽く 皇奉支會長懇談會を開く |
23 | 鄉軍臺北市東南第四分會總會 |
24 | 書籍の豫約制 實際の動きは八月から |
25 | 畫劇豫選 |
26 | 更生音樂と舞踊の集ひ |
27 | 府保安課對本社庭球交驩試合報社消息 |
28 | 臺北市青果配絡組創立 |
29 | 人事・消息 |
30 | 公告/五股庄役場 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海の決戰場へ急ぐ 港の熱血青年大擧志願 |
02 | 海志五萬二千餘名 意氣高し臺南州健兒 |
03 | 嘉義郡の志願者 |
04 | 稻刈に青年奉仕 |
05 | 戰ふ常會視察 梁井支部長淡水へ |
06 | 米英擊滅譜 |
07 | 兄弟揃つて通譯に合格 |
08 | 必勝生產に驀ら 戰力增強安全週間第一日 |
09 | 逞し裸群像 屏東の海志身體檢查開始 |
10 | 海志募集宣傳映寫會を開催 |
11 | 全生活を戰力增強に 潮州郡の貯蓄好成績 |
12 | 常會運營鍊成會 |
13 | 硬貨回收に側面的協力 |
14 | 熱技・觀眾を魅了 新豐郡の畫劇講演 |
15 | 鄉軍分會旗入魂式 |
16 | 遺族を弔問 |
17 | 食糧增產打合 高雄州近く勸業課長會議 |
18 | 皇民鍊成の殿堂 東石郡民道場成る |
19 | 大詔奉戴日献金品 |
20 | 決戰貯蓄懇談會 |
21 | 道路蓖麻豐作 保甲民汗の結晶なる |
22 | 記念日に献金 |
23 | 稻刈に商業生淨汗奉仕 |
24 | 鍛鍊で通す夏休 空へ、海へそして勤勞奉仕へ |
25 | 助教講習會 |
26 | 決戰生活座談會 |
27 | 彰化献金同盟献金 |
28 | 嘉義市の音樂團 皇奉の傘下に新發足 |
29 | 國民貯蓄強調映畫講演大會 |
30 | 嘉義市農實組 專任書記を配置 |
31 | 海に親しみませう 臺南州、學童の作品を屏覽 |
32 | 奉公班指導に奉壯團が一役 |
33 | 日婦屏東支會 國防訓練講習會 |
34 | 臺南州保健組合役員總會 |
35 | 新化郡の大詔奉戴日献金 |
36 | 海豚狩りに勇敢な突投船 |
37 | 斷然葬儀改良 譽の家陳氏 |
38 | 人事・往來報社消息 |
39 | 地方多より |
40 | 今日の映画演藝 |
41 | 基隆蘭陽地區 |
42 | 基隆の映画 |
43 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰力增強の施策 本島も內地に則應 須田須產局長歸臺談 |
02 | 陳中和醬油工場 コブラ粕で醬油釀造に成功 |
03 | 中國決戰經濟の展開(下) 南支の卷 |
04 | 六月中增資及拂込催吿認可 |
05 | 重要鑛物增產令 改正案近く中央と折衝 |
06 | 一萬五千甲を灌溉 高雄州報國青年隊で堰堤築造 |
07 | 島內三銀行 上期末預金躍進 |
08 | 家計調查本年より實施 府調查概要を發表 |
09 | 最近の經濟問題 |
10 | 島都の新放送館 近く完成その活躍を期待 |
11 | 臺灣磚茶會社 昨日設立委員會開催 |
12 | 改正勤勞顯功章令 府で運用方針を協議 |
13 | 臺電外貨債の借換條件決定 |
14 | 臺中州醬油合同會社 愈よ二十日に創立總會の運 |
15 | 經濟手帖 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(十日後場) |
18 | ラジオ |
19 | 水滸傳(1008)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰の現狀直視 科學的頭腦を總動員して 前線將兵の血鬪に應へよ頭條新聞 【東京發同盟】今回敵が南太平洋方面に展開せる反攻作戰を單なる局部的蠢動と見るは斷じて許されぬ六月卅日黎明前後敵はニユーヂヨーヂア島の衛星とも言ふべきレンドバ島に上陸すると共に同日ニユーギニヤ東部のナツソウ灣に揚陸したレンドバ島がわが前線航空基地ムンダに程近くナツンウ灣が又サラモアを隔たる僅に二十粁の地點なることを見ても敵の當面の攻擊目標がどこにおかれてゐるかは極めて明かである敵は其後ニューヂョージア島西北部クラ灣より更に數ケ所に上陸を企圖し帝國陸海軍守備隊及び航空部隊、水雷戰隊の猛攻を浴びつゝあるこの事實こそは敵の作戰企圖を明白に物語つてゐる、今更地圖を案ずるまでもなく敵の一連の揚陸作戰は濠洲の防衛線を確保し積極的に南太平洋方面におけるわが戰略的優位を覆へさんとする大膽不敵なる一大反攻計畫の實施なることは充分に察知し得らるゝのであるワシントン筋も亦「今次作戰の目標はニューブリテン島の日本軍基地ラバウルにあり」と放言してゐる程だ目下これ等の新戰場において彼我の激闘は繼續され戰局は極めて重大であると言ふことが出來る銃後の國民は莫大なる人員、物資の損害にもめけず、只管總反攻作戰を遂行しつゝある敵米國の熾烈なる戰意に徵し、いまや緒戰の華やかなる戰果に醉ふ事を止め此の深刻苛烈なる決戰の現狀を直視せねばならない、而して特に注目すべきは敵は今回の揚陸戰に當り夥しき高速的、海上トラッケ、上陸用舟艇を使用すると共に如何にも彼等好みの多數の兵器を輸送船團に滿載し巡洋艦、驅逐艦よりなる有力艦隊の護衛の下に遮二無二ガダルカナル島より押揚げて來たことである、我が猛反擊によつて滿身創痍となり乍ら、しかも尚虎の子の敵新銳戰闘機ボートコルセアの大群をもつて船園、上陸部隊の直衛を配し必死に之が前進を圖りつゝあるのだ、固より今回の反攻作戰に限らず敵は常に「沈まざる空母」たる島嶼基地を建設するや我が海鷲の不抜の精神力、卓越せる實力を量をもつて壓倒せんとして多數の航空機、人員、兵器を滿載せる夥しき船舶を繰り出す戰法を探る、しかも一方本國においてはアインシュタイン等ユダヤ科學者を總動員して各種兵器の改良、新兵器の發見に必死の努力を拂ひつゝある未だみるべきものなしと雖もいまや我が方も科學的頭腦を總動員して、此のユダヤ的頭腦を壓倒前線將兵の血闘に應ふべき時期となつた、今次世界戰開始以來現はれた唯一の新兵器とも云るべきものは電波探信儀(ラジオ・ケイター)だらう、暗夜、濃霧と雖も艦船、飛行機の距離方向を測定し得る此の科學の眼は戰爭の樣相を著しく變化せしめ其の精度向上は亦必然に各國の競ふところであるが一方飛行場の開設の速度は航空機を主體とする近代戰において戰局の推移に至大なる影響をもつ、いまや土木用諸機械の改良、土木能率增進の諸方策は有力なる兵器であり、戰勝獲得の有力なる手段である、「決戰の時來る」官にあると民にあると、工場にあると、學校にあるとを問はず科學技術に携はる人と云ふ人は其の優秀なる頭腦に拍車を掛け、敢然として科學兵器の戰線に總進軍を行ふべきは今である此の瞬間においてもニユーヂョージア島、レンドバ島、ニューギニア島において熾烈なる反攻作戰に出た敵軍に對し我が陸海軍部隊の猛烈果敢なる反擊が加へられ文字通り血戰のその日その日が續いてゐる、現在に至る西南太平洋方面における敵の損害並びに我が方の尊い犠牲は左の如くなつてゐる |
02 | 大東亞展望 大東亞の一體結合 米英の反攻を粉碎 |
03 | 圖像:東條首相の南方訪問 |
04 | クラ灣夜戰の戰果 詳報で擴大を判明 |
05 | 國內倒英運動に對し第二戰線を形成 臨時政府性格國民軍の役割ボース氏語る |
06 | 西南太平洋の米軍指揮官 |
07 | ナツソー灣を我荒鷲が襲擊 |
08 | シチリア島の戰況 總統大本營の公報 |
09 | 侵入落下傘部隊 潰滅近し 獨軍當局戰局を注視 |
10 | 反樞軸軍の上陸作戰 獨軍筋の見解 |
11 | 百五十機擊墜 伊軍シ島上空で |
12 | 又もハイフオン襲來 |
13 | 伊潛水艦隊 司令長官訪獨 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戎衣に武勇傳秘め 高砂義勇隊が歸還 南方戰線に偉勳赫赫 |
02 | 平均八十名を斬る 決死の傳令にも活躍 枝元隊長談 |
03 | 圖像:東條首相昭南訪問 |
04 | 勝利は海から “海の記念日”に船員表彰 |
05 | 累計八千六百八名 北署管下の海志受付 |
06 | 早くも九千名突破 海軍豫備學生應募者 |
07 | 新竹州下三萬四千餘名 |
08 | “沒我犧牲”の精神 南海の空に遺憾なく顯現 學徒荒鷲壯烈な最期 |
09 | 勝拔く婦人の真姿 日婦總蹶起中間報告 |
10 | 職場戰士を慰安 “厚生舞踊の夕”盛況 |
11 | 締切りは十七日 受驗地三十四ケ所 |
12 | 兄弟中の親思ひ 戰死は覺悟の下 嚴父貞一氏談 |
13 | 羅東街臨時協議會 |
14 | 鄉軍基隆第一分會簡閱點呼 |
15 | 結核撲滅の對策 まづ病床增設が第一 |
16 | 全島市會議員總會 十六十七日、基隆市で開催 |
17 | 畫劇戰士“舌比べ” 紙芝居競演會盛況 |
18 | 一望黃金の穗波 刈入れに學徒が一役 |
19 | 新舊團員入退團式 |
20 | 賞金を献金 |
21 | 紙芝居“鶏貯金” 全島に二千部配付 |
22 | 臺北州靴商組合聯合會幹部鍊成 |
23 | 畫劇競演に二名が出演 |
24 | 羅東郡助教夏季講習會 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 働かぬ女性を働かす 親の理解が肝要 |
02 | 員林郡筆頭に六萬七千餘名 海志へ臺中州健兒總起ち |
03 | 三角湧殉職勇士の例祭 あす三峽公園で執行 |
04 | 在廣邦人赤誠の結晶「廣東號」献納式 |
05 | 食糧增產の實踐へ 臺南州奉委會で諮問 |
06 | 屏東郡臨時庄協議會 |
07 | 新化郡日婦事務打合會 |
08 | 決戰貯蓄完遂へ 鳳山郡民總進軍 |
09 | 鄉軍の意氣軒昂 嘉義鄉軍聯合分會旗入魂式 |
10 | 寸土を惜しみつつ 食糧增產に學童健鬪 |
11 | 鳳山郡警察課召集 |
12 | 稻莖蝕む大螟蛾 北斗郡大城庄驅除に大童 |
13 | 赤誠の建艦献金 高雄市八萬圓に垂んとす |
14 | 高雄鄉軍點呼 |
15 | 嘉義市醫師會 十四日に結成式 |
16 | 全國的讀書調查 日本出版會愈よ乘出す |
17 | 臺南市鄉軍編成替斷行 |
18 | 赤誠の献金品 |
19 | 臺中州皇奉指導者鍊成終る |
20 | 彰化市食料品雜貨商の整備 |
21 | 溪州田川氏 臺中州議立候補 |
22 | 夏季蔬菜品評會 |
23 | 臺南黃麻競作會 審查要項、日程發表 |
24 | 彰化養兔組合 創立打合せ |
25 | 北斗郡貯蓄映畫巡映日程 |
26 | 素人刑事表彰 |
27 | 健民映畫會 |
28 | 新竹春競馬成績 |
29 | 人事・往來報社消息 |
30 | 地方多より報社消息 |
31 | 今日の映画演藝 |
32 | 基隆蘭陽地區 |
33 | 基隆の映画 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 新中國の文化建設に 支那事變六週年記念日に當りて/錢稻孫 |
02 | 愚かなる感想/錢稻孫 |
03 | 臺灣の文化面/丹羽文雄 |
04 | 佛教と大東亞共榮圈/增谷文雄 |
05 | 圖像:學生諸君校門より空の決戰場へ(ポスター) |
06 | 新中國の雄叫び/柳雨生 |
07 | 絕對不壞の金剛 佛教美術と大東亞建設/小牧源太郎 |
08 | 音樂の文化性 音樂時言/呂赫若 |
09 | 服裝新考(4) 半ズボン禮讚/川畑愛義 |
10 | 圖像:麗日/深川亦彬 |
11 | 婦人評論 子供と躾教育/村上秀子 |
12 | 稻田尹著“臺灣歌謠集”/宮本延人 |
13 | 戰時下のドイツ出版界 |
14 | 七夕祭/りつ子 |
15 | ラジオ |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 米の反攻我思ふ壺 叩き潰す絕好の機會 |
02 | 著作物の飜譯取極め成立 日獨兩國の文化協定に基き |
03 | 圖像:支那大陸の峻險を進撃の皇軍 |
04 | 落下傘部隊悉く處置 反樞軸軍の前進阻止 シチリア島の戰況伊紙報道 |
05 | 大輸送船團ジ港を出港 |
06 | スチムソンロンドン着 |
07 | 中央機構の決戰體制化(上) 參戰後の國府躍進の跡 |
08 | クラ灣夜戰の呼稱範圍 |
09 | 經濟、警察兩部長會議 |
10 | 上海佛租界 本月末に還附 |
11 | 獨軍相當に進出 ソ軍も頑強に抵抗 |
12 | 圖像:クラ灣夜襲の我水雷戰隊に擊沈された一萬噸級巡洋艦ヘリーナ號 |
13 | 赫赫たる獨軍戰果 |
14 | 大攻防戰淒慘を極む(東部戰線) |
15 | 獨軍戰況發表 |
16 | ブレスト沖で獨英海戰 |
17 | 大規模な兵器消耗戰の相貌 |
18 | 中部地區作戰の重大性を指摘 ドイツ軍事評論家 |
19 | 敵船八隻擊沈 獨潛艦、ブラジル沖で |
20 | 樞軸國人に海岸居住禁止 ブラジル政府 |
21 | 國民軍へ續續參加を申出づ 若いインド人達 |
22 | ソ聯艦艇六隻を擊沉破 アソフ海岸を砲擊 |
23 | シ首相遭難の真相發表要請 |
24 | 消防ポンプ一括受註 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰ふ臺灣一家總常會 劈頭に皇軍慰問打電 食糧增產へ意見集中 |
02 | 圖像:皇民奉公會參與奉公委員會 |
03 | 出せ“最大限の力” 增產が必勝の捷徑 長谷川總裁告辭 |
04 | 防空必携 昭和十八年改訂(8) |
05 | 遂に廿八萬突破 海志十日間の累計 |
06 | 凡る困難を克服 斷乎食糧の增產へ 齋藤長官口演 |
07 | 馬乘りに敵兵斬る 義勇隊の武勇談 |
08 | 熱烈な答申 |
09 | 前線に敢然挺身 木造船の建造部隊 |
10 | 流腦防遏に萬全 今年は流行の虞あり |
11 | 決戰生活切下げ 新竹州で生活部長會議 |
12 | 戰力增強週間 興亞會館で講演會 |
13 | 羅東街區總代會 |
14 | 置き忘れ卅萬圓 彈丸切手の當籤金 |
15 | “お早う、今日は” 新竹州で挨拶勵行運動 |
16 | 泰國宣傳局長らが寄臺 |
17 | 臨時救護看護婦生徒募集 |
18 | 葬費節約して献金 |
19 | 花蓮港米穀會社 |
20 | 人事・消息 |
21 | 今晩の放送 |
22 | 商況(十二日前場) |
23 | 興南案內報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南方出張の日程(十二日間)終了 東條首相昨日歸京 大東亞決戰の進展に巨步頭條新聞 【東京發同盟】南太平洋の戰局一段と熾烈なる秋東條首相兼陸相は佐藤陸軍軍務局長、山本大東亞次官以下の隨員を帶同六月三十日離京遠く南方に出張、佛印、タイを始めマライ、スマトラ、ボルネオ、ジャワ、比島等我が軍政下南方の第一線各地を歷訪當該政府首腦並びに我が出先官民と懇談、その勞苦を犒ふと共に大東亞建設に協力する南方原住民の現狀を視察愈々大東亞戰爭完遂、大東亞建設の必成に處する決意を固め多大の成果を收めて十二日午後十三日振りで歸京した、即ち東條首相は三日先づ佛印サイゴンに立寄り現地陸海軍最高指揮官より佛印の軍狀を聽取した後友邦タイ國の首都バンコックに入り同地に二泊四日ピプン首相と會見日泰共同作戰遂行の方途に關し安全なる意見の一致を見て舊英領六州のタイ國領土編入を確約せる共同聲明を發表次いで五日新生昭南に入り南方方面陸軍最高指揮官寺內元帥と會見軍狀並びに軍政狀況を聽取すると共に南方軍將兵の勞苦を犒ひ更にインド獨立聯盟總裁チャンドラ・ボース氏並びにビルマ行政長官バーモ博士と會談、インド獨立獲得のだめ武器をとつて蹶起せるインド國民軍の軍容を閲兵、これだ激勵翌日六月スマトラ、ジャワ、ボルネオに赴き軍狀及び軍政狀況を視察、ジャガルタに於いては原住民の感謝大會に臨席、謝途再び比島を訪れバルガス行政長官、ラヴレル獨立準備委員長等と會談したがこの間軍政下各地に活躍しつゝある官民の狀況を視察これを鞭撻、茲に十二日間に亘る南方出張の全日程を終了歸還した、首相今回の南方出張は大東亞戰完遂に處する大東亞民族の結集を更に具體化すると共に南太平洋方面に於ける戰局の重大化に對應する大東亞決戰の進展に巨歩を進めたものとしてその政治的意業は頗る重大である、而して曩に行はれた中國、滿洲國、此島の訪問に引き續き今回の南方視察より戰ふ大東亞の首相歷訪は茲に一段落を告げ帝國の決意と誠意とが大東亞各國家民族に徹底せしめられたと共に首相の現地體驗は愈々大戰完勝、決戰完成の決意と確信を固め大東亞建設の諸方策は改めて首相の方針に凝結したから今後の決戰展開については期待されるもの極めて大である首相歸京に關し情報局は次の如く發表又東條首相も南方出張歸京談を發表した 情報局發表(七月十二日午後三時十五分) 東條內閣總理大臣兼陸軍大臣はタイ國及び南方軍政諸地域出張の目的を達成し本日午後三時十五分東京に歸着せり |
02 | 大東亞の前途洋洋 諸地域視察、必勝信念を固くす 首相談話 |
03 | 一億の總常會あす開く 決戰即應の新構想で |
04 | 濫りに事擧げせず 實行第一主義で 議長小林大將の抱負 |
05 | 吾吾と共に戰はん 一人でも多く應募する樣に 豫備學生募集、平出大佐語る |
06 | 會議の日程 短期間で最大成果 |
07 | ジヤワ民眾感謝大會 七日、東條首相を迎へ |
08 | 印度國民軍閱兵の東條首相 |
09 | 各住民悉く一大家族 首相挨拶、民眾に感銘 |
10 | 敵陣地に猛攻加ふ ソロモン方面わが荒鷲活躍 |
11 | 獨立準備委員と懇談 東條首相マニラにて |
12 | 政治犯三百餘を無條件釋放 ボース氏の運動に印度政廳狼狽 |
13 | トンキン州を米機再度盲爆 |
14 | 落下傘部隊の最後の殘敵潰滅 シチリア島の戰況 |
15 | 海岸線迄敵擊退 獨伊防衛軍の奮戰 |
16 | ラウレル委員長答辭要旨 |
17 | 臺電社債募集 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 食糧增產指導の要諦社說 一 決戰下農業臺灣に負荷せられた重大使命の一は、云ふまでもなく食糧の增產である食糧の確保は戰爭遂行に絕對的なものであり食糧增產は銃後國民に課せられた國家的要請なのである、光と熱に惠まれた農業臺灣に對するこの要請は蓋し當然のことに屬するが一面に於て本島の全能力を發揮することに依り益益聖完戰遂に寄與し得るとすれば、これほどの名譽と誇りはないわけである、今や國家のこの大なる要請に應へるべく、全島を擧げて增產確保に全力を傾注せねばならぬ秋、特に農民地主に對し齊しく赤誠應召の至誠と熱情を以て增產御奉公の實を期待して止まないものがある、總督府に於ても精確なる增產計畫と實施確保の新方途を立案中で、生產集荷配給等全面的に機構の是正を企圖して居るが、これに呼應して地主農民の增產御奉公の至情が伴はなければ決して有終の美を結び得ないこと贅言を要しないのである 三 增產を確保するためには、しかし一面に於て農民指導の徹底と增產技術の實踐が強化されなければならぬ。增產技術の指導實踐が果して克く農民に滲透徹底してゐるや否や、甚だ疑問なきを得ないのである。これまでの增產指導方策について見るに、忌憚なく云へば大部分は單なる机上の企畫に基き□筆舌による宣傳に終るのみと云っても強ち過言ではない。之を換言すれば、從來の農民指導は地に着いて居らず農民と遊離してゐると云っても不可ない有樣である。斯くの如き狀態の下においては、精確なる增產計畫は樹ち得べくもなく、增產の確保は期し難いことであらう。農民を指導するには第一に農民の中に飛び込むことが大切であり、第二に誠意と熱意とを以て動かすこと、第三に筆舌と共に手を取って實地指導を行ふことが肝腎なのである。斯くして始めて農民は克く理解し、感激し眼前に實効を見せつけられて遂に靡然として隨いて來るは火を見るよりも明らかである。 三 增產指導者の心構へは正に以上の如くでなければならないが、同時に農民指導は役人や街庄吏員のみに任すべきでないことを指摘して置きたい。增產指導に最も効果的なことは、農民を以て農民を指導せしめることである。農民は理論よりも實効を重んじ、誰よりも農民自らを信ずるものである。例へば試驗所の模範田よりも篤農家の增產實績に心を動かされるが如きである。ここに於て增產指導に篤農家ほど適格な者はないとが云へるであらう。篤農家の起用は此意味において增產指導に大きな役割を果すことと信ずる。街庄組織の中に篤農家を登用して增產指導を專管させ或は實地指導に當らしむれば指導の滲透徹底以て增產の實績は自ら期して待つべきものがあらう。この點については特に全島地方廳や郡守の考慮と斷行を期待してやまぬものがある。最後にもう一つ希望したいことは地主の陣頭指揮と挺身指導である。地主は農民を離れて存在しない。增產に負荷せられたる農民の使命は同時に地主の使命である。農民の責務は同じく地主の責務であることを銘記せねばならぬ。 |
02 | 決戰生活を決議 食糧增產に真摯な意見 戰ふ臺灣一家總常會 |
03 | 金瓜石山神神社例祭 |
04 | 島民は健鬪してる 高橋大將の視察感想談 |
05 | これだ・これが敵機 敵機模型と防空展十八日から全島各地で開催 |
06 | 配給から配達へ 物資配給改善具體策につき 須田殖產局長答辯 |
07 | 必勝の信念持て 島都の學徒に講演 |
08 | 海洋に挑む 國民學童の體鍊始る |
09 | 臺灣を巡りて 高橋大將放送 |
10 | 轉廢業調查打合 |
11 | 動植物に科學のメス 初の試み生物實地講習會 |
12 | 適齡青年は申告せよ 基隆の體力檢查 |
13 | 鶏で皇軍慰問 中壢日婦の赤誠 |
14 | 羅東郡の稻刈り酣 |
15 | 基隆商議役員會 |
16 | 風災遭難者慰靈祭 |
17 | 廣谷市長激勵 |
18 | 福澤產業部長 |
19 | 暑中半休廢止 次官會議で申合せ |
20 | 献金二つ |
21 | 故牧田氏遙弔式 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 山刀一閃躍り込む 斬つて斬つて斬りまくる 密林戰士奮戰の跡 |
02 | 義勇隊員の英靈 戰友に護られて凱旋 |
03 | 新しき中國の青年團 |
04 | 晴れの解隊式 懷しき我が家へ |
05 | 全郡民を鍊成 皇民斗六郡の計畫 |
06 | 育てよ強い苗 臺中州で增產實地督勵 |
07 | 皇奉の傘下に 嘉義音樂團近く結成 |
08 | 青年學校研究會 |
09 | 一路產業報國へ 產奉臺中市支部結成 |
10 | 皇奉主務者打合 |
11 | 川崎兵事部長 遺家族を弔問 |
12 | 貯蓄に拍車 勵行者に完了證 |
13 | 海洋宣傳作品展 |
14 | 先づ結核撲滅 嘉義の健民行事決る |
15 | 畫劇競演會 選手達腕比 |
16 | 藷增產の秘訣 臺南で講習會開催 |
17 | 水に鍛へる 龍潭の學童達 |
18 | 競馬も決戰色 陋習棄てて再出發 |
19 | 青年厚生の夕盛況 |
20 | 花蓮港青年厚生の夕 |
21 | 屏東菓子工業組合近く創立 |
22 | 玉碎勇士に香華料 |
23 | 麗し軍援風景 遺家族稻刈に學童の援軍 |
24 | 大溪藝能挺身隊 十七日島都公會堂で公演 |
25 | 奉公青年隊 訓練生の修了式 |
26 | 彰化市教員鍊成會 |
27 | 赤誠の献金品 |
28 | 鳳林專修生稻刈に奉仕 |
29 | 常會を視察 |
30 | 新竹春競馬 第二日の成績 |
31 | 人事 |
32 | 地方多より |
33 | 第六回決算公告/新興製藥株式會社 |
34 | 今日の映画演藝 |
35 | 基隆蘭陽地區 |
36 | 基隆の映画 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 賃金支拂の實態 府當局最近の調查 |
02 | 企業整備講演會(一) 內地の企業整備は順調 松浦氏 |
03 | 小麥早期收穫法 京大木原教授の研究完成 |
04 | 交通難場所勤務員に 明年度より手當を增額 |
05 | 最近の經濟問題 |
06 | 鐵道職員特別進級 |
07 | 專賣局病院 八月に竣工の豫定 |
08 | 石炭鑛業用資材 臺灣石炭一元的に取扱ふ |
09 | 臺銀人事異動 |
10 | 豚肉配給圓滑化 近く府で真相調查 |
11 | 中壢郡信組の廢合 |
12 | 港灣運送業監督行政一元化 交通局兩課の事務調整 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(十二日後場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1009)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機廿九、舟艇六屠る 海鷲レ島、ニ島を攻擊 |
02 | 強力赤軍部隊殲滅 獨軍、オ、ビ兩地區で更に進出 |
03 | 赤軍の危機刻刻增大 反樞軸側報道も認む |
04 | 共榮圈全域を一巡 各地の真摯な協力確認 東條首相 |
05 | 獨軍發表戰況 |
06 | 新中國から租界の姿消える |
07 | 獨軍發表戰果 |
08 | 反樞軸軍は文字通り 海中に叩き込まる シチリア島戰況、ドイツ軍言明 |
09 | 圖像:南太平洋上を爆音高く爆擊行の海鷲雄姿 |
10 | タイ國宣傳局長と新聞協會長來朝 |
11 | 比島民に新刺戟 ラウレル、バルカス兩氏談 |
12 | 敵軍困難に陷る イタリア軍當局の言明 |
13 | 船舶運營會を改組 海運業の整備統合へ |
14 | 到□處で反樞軸軍を擊退 敵側艦船兵員損害甚し |
15 | 敵艦一隻擊沈 イタリア海軍 |
16 | パ長官と再會見 ビルマの獨立に關し種種意見交換を遂ぐ |
17 | 冷靜に戰局を直視 伊前文化宣傳相強調 |
18 | 朝鮮水稻植□狀況 |
19 | 整備の眼目二點 |
20 | 敵艦船損害莫大 |
21 | 一億敢鬪實踐運動 代議士會で、阿部總裁指針を明示 |
22 | 食糧非常增產の一大運動を展開 翼贊運動の一環に |
23 | 商工委員九班 近く各地に出向く |
24 | シチリア魂 島民一齊に蹶起 落下傘部隊退治 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵は捨鉢的盲爆 言語に絕す將兵の勞苦 |
02 | 圖像:歸還した義勇隊員 |
03 | 共榮圈建設と支那問題/植田捷雄 |
04 | 前線で貯蓄競爭 義勇隊が齎す美談 |
05 | 月月金金の奉公 臺北市奉壯團鍛鍊實施 |
06 | 富田臺北州總務部長初巡視 |
07 | 防空必携 昭和十八年改訂(9) |
08 | 武勳の蔭に この慰問文が力 |
09 | マイクから增產の指導! 第二放送に“農家の時間” |
10 | 上海海洋少年團の鍊成 |
11 | 青年厚生の夕 基隆きのふ開催 |
12 | 戰ふ學徒を激勵 岡田文相國民鍊成所へ |
13 | 傷痍軍人會幹部鍊成會 |
14 | 收穫農繁期に 基隆郡女青、兒童を動員 |
15 | 基隆地區教員體育大會 |
16 | 優良部落指定 |
17 | 興南詩苑漢詩 與友談詩/雪漁、病中偶成/國江南鳴、讀史記列傳/幼岳 |
18 | 陸軍病院慰問 |
19 | 國風劇團遺家族慰問 勸業信組主催で |
20 | 人事・消息 |
21 | 今晩の放送 |
22 | 商況(十二日前場) |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | コロンバンガラ島沖夜戰 敵巡擊沈二、炎上一 我が水雷戰隊の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月十三日十五時三十分) 一、七月五日以來ニューチョーヂァ島數ヶ所に上陸せる敵は南北兩方面よりムンダ方向に對し前進中にして我が守備隊はこれに對し果敢なる反擊を加へつゝあり 二、右に呼應し帝國水雷戰隊はゴロンバンガラ島北方海域に作戰中十二日夜同方面に出撃し來れる敵巡洋艦四隻以上と交戰巡洋艦二隻を撃沈同一隻を炎上しこれを敗走せしめたり 我が方巡洋艦一隻大破 註 本海戰をコロンバンガラ島沖夜戰と呼稱す |
02 | 戰局愈よ深刻な樣相 敵は遮二無二必死の構へ |
03 | 問題の中核に集中 國民總常會けふ閉幕 |
04 | 完勝國策の徹底 小林協力會議長放送 |
05 | 陸軍司政官發令 |
06 | 白晝堂堂敵地に殺到 敵戰鬪機と壯烈な空中戰 |
07 | 完勝の態勢成る 大東亞金輪の結團で總進軍 |
08 | ライス灣とバイコロとは |
09 | 九地方協議會長 每月一回首相官邸に參集 各國務大臣と協議 |
10 | 決戰常會に臨む心構へ 代表議員達は語る |
11 | 情報局發表 地方行政刷新強化方策活用に關する措置要綱 |
12 | 猛然反擊に轉ず 隨所に上陸部隊擊退 シ島の戰況 |
13 | ス駐日獨大使 重光外相と懇談 |
14 | 飛行場を奪回 落下傘部隊潰滅 |
15 | 定例閣議 |
16 | ジヤワの視察團八月來朝 |
17 | また北部佛印を盲爆 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 我科學陣の總進軍すべき秋社說 一 今次南太平洋方面に於ける敵の一連の揚陸作戰は濠洲の防衞線を確保し、積極的に同方面に於ける我が戰略的優位を覆へさんとする大膽不敵なる一大反攻計畫の實施なることは充分に察知し得られるところである。刻下これらの新戰場に於て彼我の激鬪は繼續され、戰局は極めて重大であることを銃後一億の國民は認識しなければならない。而して特に注目すべきは敵は今回の揚陸戰に當り、夥しき高速的海上トラック、上陸用舟艇を使用すると共に、如何にも彼等好みの多數の兵器を輸送船團に滿載し、有力艦隊の護衞の下に遮二無二ガダルカナル島より押し揚げて來たことである。固より今回の反攻作戰に限らず、敵は常に「沈まざる空母」たる島嶼基地を建設するや我が海鷲の不拔の精神力、卓越せる實力を量を以て壓倒せんとして、多數の航空機、人員、兵器を滿載せる夥しき艦船を繰り出す戰法を採ってゐる。 二 而も他方敵本國に於ては、アインシュタイン等のユダヤ科學者を總動員して、各種兵器の改良、新兵器の發見に必死の努力を拂ってゐる。勿論未だ見るべきものは見當らないが、今や我が方も科學的頭腦を總動員して、このユダヤ的頭腦を壓倒すべきである。特に我國の如く他國と量的に覇を爭ふことを不利とする國に於ては、我が國情に適應する內容の軍備を整ヘて、質の優勢を確保し、敵の弱點を衝かなければならぬ。これが為には同種の艦船、兵器、航空機に於てあくまで相手のものより優秀なものを必要とし、敵の想像し得ない兵器と戰法との考案を必要とするのである。從って科學技術方面に携はる人人は官にあると、民にあると、工場にあると、學校にあるとを問はず、その優秀なる術技的頭腦に拍車をかけ、敢然として科學兵器の戰線に總進軍を行ふべきである 三 これに關聯して最近特に關心を呼んでゐるものは、新兵器の發明乃至奇襲兵器の工夫である。今次世界戰開始以來現はれた唯一の新兵器とも云ふべきものは、電波探信儀だと云はれ、暗夜、濃霧と雖も艦船、飛行機の距離方向を測定し得る。この科學の眼は戰爭の樣相を著しく變化せしめ、その精度の向上は今や各國の競ふ所である吾吾は出來る丈多く、かかる獨創的發明研究の行はれることを望むものであるが併し兵器はその性能が優秀であることが必要な條件であると同時に、それが量的に十分に整備せられることが又不可缺の要件とされるのである。消耗率の極めて高い近代戰に於ては、後者の必要度が益益大となるのである而してこの兩者を滿足せしむるには全兵器生產體制を能率的に合理的な分業化方策によって、大量生產を可能ならしめるやう編成すると同時に、決戰意識の昂揚による勞働の生產能率を一層高めなければならない |
02 | 文學者も戰ひ拔く 大東亞決戰文學者大會 來月廿五日から開催 |
03 | 青少年よ 戰ふ海に續け 丸山船員局長要望 |
04 | 青木重誠中將 十三日無言の凱旋 |
05 | 絶えず豪雨、惡疫と戰ふ ニユーギニア戰線の樣相 |
06 | 海だ、男の舞臺だ 海洋青年養成所愈よ擴大強化 |
07 | 高橋海軍大將 きのふ基隆視察 |
08 | 生活必需物資配給懇談會 |
09 | 中堅青年六千名 訓練終了、きのふ查閱 |
10 | 呂芳齡君元氣で歸臺 |
11 | ジヤカルタの婦人兵隊さんへ感謝の靴下 |
12 | 市民の保健に萬全 各地區の指導醫決る |
13 | さァ朗かに歌はう “我等の歌集”が誕生 |
14 | 若き鬪魂火と燃ゆ 決戰場へ臺大生蹶起 |
15 | 電工に廿四年 林軟さん職場に散る |
16 | 新竹に鑛專設置 代表者が出府陳情 |
17 | 樟腦の輸出港高雄港を追加 |
18 | 水泳講習會を開催 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 見事七萬名を突破 滾る臺中州の海軍志願兵熱 |
02 | お山に忠靈塔 譽れの義勇隊員の武勳を讚え 靈峰大武山に建立 |
03 | 青年團長の鍊成 十七日から大肚山道場で |
04 | 皇民體操普及へ 指導幹部らが受講 |
05 | 輕作業に鬪ふ勇士 傷痍勇士鍊成道場訪問記 |
06 | 遺家族慰問 嘉義奉壯團 |
07 | 作れ!體力 嘉義の厚生の夕盛況 |
08 | 小國民憧れの海 人氣呼ぶ工作品展 |
09 | 水裡青年團 七月の常會 |
10 | 內湖青年の夕 |
11 | 店員に商奉精神 臺南州支部の指導目標 |
12 | 第二のサヨン 濁流の中に人橋 應召の警官を渡す 感激の的武勳の義勇隊員 |
13 | 善化街切甘藷供出運動 |
14 | 空襲下・至藝公開 舞踊に說く東亞共榮 街頭に立つビルマの菊五郎 |
15 | 決戰下だ夏休返上 增產に鬪ふ臺中州下の學徒 |
16 | 七星郡助教員教育講習會 |
17 | 增產に側面協力 高雄州中等學校の計畫 |
18 | 戰ふ夏休みに 屏東郡の健兵教育 |
19 | 屏東郡畫劇競演 |
20 | 皇民塾を推進 區會長らが狀況視察 |
21 | 積んだ積んだ 屏東郡の堆肥審查 |
22 | 健民桃園郡に 重點的指導要項成る |
23 | 救急處置指導講習好成績 |
24 | 桃園で廢物利用製作講習 |
25 | 施療者殺到 桃園郡下日赤診療 |
26 | 玄米を炊く時の燃料節約法 |
27 | 赤誠の献金品 |
28 | 金屬回收の強化 |
29 | 證券界の新體制 |
30 | 青年團ハイク |
31 | 地方多より |
32 | 今日の映画演藝 |
33 | 基隆蘭陽地區 |
34 | 基隆の映画 |
35 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 企業整備を推進 翼贊會の協力運動要領 |
02 | 戰力增強に一役 金ぼたんも應召に決定 |
03 | 遊休紡機のビルマ移駐 既に据付に着手近く操業 |
04 | 企業整備講演會(二) 政府に絕對信賴せよ 松浦氏 |
05 | 食糧增產の宣傳啟蒙 督府積極的に乘出す |
06 | 貯銀配當据置 總會は來廿八日 |
07 | 商銀重役會 總會は來廿九日 |
08 | 鐵鋼の重點增產 隘路克服の諸方策 |
09 | 照明燈 |
10 | 經濟手帖 |
11 | 商況(十三日後場) |
12 | ラジオ |
13 | 水滸傳(1010)/黃得時;碇政彌 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰一億國民總常會 完戰國策の貫徹 一億赤心の總實踐 |
02 | 大東亞十億の團結 吾らの勝利は不動 東條首相挨拶 |
03 | 必勝報國を誓ふ 小林議長以下委員代表 明治神宮等に祈願參拜 |
04 | 大東亞展望 大東亞の結集堅し 東條首相の南方訪問再び中外に宣揚 |
05 | 圖像:チヤンドラ・ボース氏印度國民軍を閱兵 |
06 | 國難突破へ驀ら 小林議長挨拶要旨 |
07 | 長期戰對應體制を確立 マライ各州長官會議開かる |
08 | 協議會の運營方針 地方長官會議で討議 |
09 | 定額、積立兩郵貯 臺灣、朝鮮にも施行 |
10 | 外地輕金屬、鐵鑛石等の增產對策連絡會開かる |
11 | 滿鐵總裁更迭 後任に小日山氏 |
12 | シ島で熾烈な局部的戰鬪 獨大本營戰況發表 |
13 | 文相航空研究所を視察 |
14 | シ島の戰況詳報 |
15 | 伊義勇軍司令戰死 |
16 | 英京等を爆擊 |
17 | 敵艦船多數を擊沈破 伊軍司令部戰況發表 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺灣の特色を發揮 臺大工學部創設の經緯 生みの親・丹羽博士苦心談/丹羽重光 |
02 | 新生中國の精銳 |
03 | 献納田拔穗祭 あす中和庄で執行 |
04 | 本島の從軍青年 機會ある每に內地派遣 |
05 | 山內警務局長 けふ空路上京 |
06 | 土井高等課長 基隆郡下初巡視 |
07 | 雛鷲の母に訉く 航空に危險はない事故は通行中にもある |
08 | 明治國民校上棟式 |
09 | 兩勇士が散る 後藤兵長と堀口一等兵 |
10 | 生活費を切下げて献金 |
11 | 山嶽輸送に成功 精銳部隊富士下山 |
12 | 決戰奉仕隊の奉仕作業 |
13 | 宜蘭市郡體力檢查補助者講習會 |
14 | 軍官連絡會議 |
15 | 盲人に文化の餘澤 日本最初の點字圖書館落成 |
16 | 姐さん達献金 |
17 | “さあ、步け步け” 臺北北投間の耐熱鍊步大會 |
18 | 英靈お山に凱旋 |
19 | 宜蘭地方教育者體育大會 |
20 | 膝を交へて懇談 市民から配給の聲をきく |
21 | マラツカの海 |
22 | 果樹類の高價 主要食糧增產に支障 |
23 | この仇斷じて討つ 兄海志、弟陸幼を志願 |
24 | 興南詩苑漢詩 楊天賦先生招宴賦呈席上諸君子/黃純青、讀史記列傳(二)/幼岳 |
25 | 全婦人に呼掛く 新竹州下で決戰生活座談會 |
26 | 神出鬼沒の怪盜 北署に逮捕の凱歌 |
27 | 畫劇競演會 廿日臺中教化會館で |
28 | 鑛山荒しの怪賊を逮捕 四十分の大格鬪で |
29 | 工業戰士を慰問激勵 |
30 | 今晩の放送 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰精神の昂揚と戰力增強生產對策 總常會、第一日の議事頭條新聞 【東京發同盟】中央協力會議第一日は午前十一時十分議題協議に入り、先づ決戰精神に關する事項につき ▲高田元三郎氏(各界)官は形式制度に捉はれることなく民間側と總ゆる機會を利用して接觸し必要に應じ官民懇談會等を開き作戰及び國家機密以外の機構は或る程度實情を明かにし國民に時局の重大性を真實に理解せしむべきである ▲八木秀次氏(各界)指導者の思慮が偏狹であると指導が逆効果を生じ緊迫せる時局下において焦燥に陥り易い一般國民をして健全な分別を失はしめる虞がある ▲多田滿長氏(各界)決戰教育體制を確立し直接時局に即應せぬ教育は停止し青少年學生生徒を動員して即刻各部門に配置し現下の急に應ぜしむべきであるこれがためには 一、國民學校に學科の統合、休暇の短縮を實行してその年限を六年とし卒業後一年を各職域向け準備教育に充てる 一、男女中等學校及び乙種農工學校以外の實業學校はこれを廢止する 一、この代りに青年學校教育に主力を置き學生をして勤勞しつゝ學ぶ決心を體得せしむべきである 一、直接時局に關係ない專門學校及び大學は廢止し決戰教育、即ち理工科系統の教育は更に擴大強化する ▲富士井末吉氏(廣島)皇軍の中堅として近く第一線に立つベき青年學徒に對し飛行機戰車、自動車等の機械化國防訓練を國家□重要國策として取上げ速かに強力なる訓練體制を整備せねばならぬ、これがためには 一、機械化國防訓練は機械化國防協會に統合實施せしめ經費は國庫補助金によることとする 斯くて正午休憩 【東京發同盟】十四日の協力會議は午後一時二分再開、午前に引續き議題協議に入り決戰精神に關する事項につき ▲富塚清氏(各界)教育機關を國家緊急の方面に動員し生產增強に即した教育の實を舉しめるため 一、學生生徒の勤勞奉仕、鍊成、實習等は數箇月乃至半年一纏めにしその期間工場、研究所或は前線に派遣し直接國家に有用な仕事を擔當せしめる 一、上級學校、特に科學關係の學生の勤勞奉仕を以て下級學校の教職の一部に當らせ科學教育の振興を圖る ▲朝比奈策太郎氏(各界)勞力給源の最大なる學徒及び一部の青年層に對し全國的に指導系統の確立せる勤勞動員體制を整備して決戰生產の完遂に資せしめる、即ち勤勞奉公隊を結成し規則攝生ある團體行動により戰力增強に資すると共に確固不拔の國民的性格を鍊成する目的をもつて大日本勤勞奉公隊の結成を提案する ▲花木チサヲ女史(東京) 一、家庭に有閑婦人をなくすることを目的として大日本婦人會の指導體制の強化及び家庭內產業組織の企畫整備を行ふ 一、女青年層の勤勞動員を決戰體制へ總前進せしめる如き女子青年團組織の徹底的強化の斷行を要望する ◇……◇ 斯くて第一部の發言を終る、引續き第二部戰力增強產に關する議題に移り ▲酒井伊四郎氏(福井)企業轉換促進具體策として第一種工業部門における操業、轉用、保有廢止の四部類を緊急に策定し轉換の障碍となる原因を探究し適正なる轉換の具體的方策を策定するの要がある ▲猪飼博氏(京都) 一、重點產業工場は速かに國家管理に移すと共に關係工場側では可及的に單一機械を以て轉換し素人工でも容易且迅速に熟鍊せしむるようにすべきである。科學技術家の召集、應召、徵用を當分猶豫して研究陣營の強化擴充を圖るべきである 一、轉活用工場の轉換に際しては政府の責任において一元的、綜合的計量の下に分野を明確にし重工業への急速なる轉換を敢行生產能率の增進並に責任生產制を確立すべきである 一、政府において國民最低生活の維持並に將來のために必要最少限度の業種、品種、規格、數量等を概定すると共に生產分野を確立することが必要である、これがため勞務は國民皆勞の趣旨に則り イ、轉廢業不可能者 ロ、家族餘剩能力 ハ、女子勞務 ニ、重點產業轉換不適格工場の勞務 の順に活用し計畫的に再配置を行ひ最小限度の期間たるべき男子工員は保留して微用を猶豫する、又これらの工場經營を健全ならしめるために適正價格の更新、又は補助金政策を考慮すべきである ▲後藤直芥氏(愛知)重點產業の轉用、工場の配分は地理的にも技術的にも適正を期して強力なる合理的配分を行ひ轉用工場の取引價格も昂騰を抑制されたこのため陸海軍將校その他關係省よりなる審議機關を設置、轉換工場價格を標準化することが必要である、轉換工場を國家が買收し國家施設として重點產業部門に貸與する道も考慮さるべきだと思ふ ▲中村豊氏(福島)石炭礦業の增產隘路の一つは大小鑛區の錯雜にある、このため鑛區權者にとつて探掘困難のため睡眠化される等の無駄が多い鑛區の整備統合再編成に計畫的、綜合的指導を行へ石炭增產は期して待つべきものがある、炭礦整理は各地域の質的の基礎に立ち大小炭礦を一括する綜合的計畫を樹て全炭礦應召の意氣を以て石炭礦業の戰力化を實現すべきである ▲小畑忠良氏(各界)戰時勞務對策の一環として國家的產業豫備隊の設置が必要である、政府が常時多量に產業豫備的給源を把持し迅速適切なる勞務配置を行ふべきであるその一つは勞務の量的充足で從來は各企業が夫々豫備的勞力を保有したがそれでは國家的に不經濟であり軍事防空等の緊要事態に即應出來ぬ國家による豫備隊把持とその教育訓練を行ふことが合理的である、その數は全勞務者の一割でもよいと思ふ、企業整備實施に當りこの制度を活用すべきである、その二つは數量を對象とせず特殊技能の要求に應ずるため國家は各企業等特殊技能者を簡拔して把握し適正なる配置を期することが必要である、その外國家が直接把握するものではないがその運營を國家が行ふ如き產業豫備隊も必要と思ふ ▲町田辰次郎氏(各界)重要產業關係勤勞者に對する物資の確保と適正なる配給は生產の飛躍的增大を圖るため不可缺の要件である、作業用並に生活用物資の配給は生產と密接なる關聯を持つ職場において行ふべきである、物動計畫においても一般民需とは別個にこれを確保しその實現を期せられたい ▲下中彌三郎氏(各界)科學技術者は從來あり勝ちな秘密主義割據主義を一擲し一元的に相互協力、戰力增強に挺進すべきでめる、翼賛會は率先して科學技術奉公園(假稱)を結成し生產人の指導者たる科學技術者を生產戰、科學戰に動員せよ又奉公園の內部に推進隊、挺身隊を結成し積極的活動を展開すべきである ▲多田農吉氏(各界)多量生產の鍵は計測器の活用にあり二千年來の傳統である「感」を去り記帳面な計測習慣の作興を圖るべきである、又生產工場における計測の徹底化を圖るため官立の技術檢查院を設置せられたい ▲辻誠之氏(北海道)物の經濟においては輸送力が絕對であり輸送機關の全能力綜合能力を如何に發揮すべきかゝ問題である特に輸送の末端組織である搬出勞力、荷役と小運搬、貨物自動車、日本通運の緊密なる一貫協力、重點輸送命令の徹底が是非とも必要である、これがために官民一體となった輸送動員本部を設置すべきである ▲寺井久信氏(各界)木船の建造及び運營には諸種の困難を克服せねばならぬ、萬一船體が出來ても艤裝が出來ないため完成しない船又は完遂しても燃料のないため運航し得ぬ船が續出するようなことになってはならぬこのため中央地方を問はず關係官廳、機關及び業者間の緊密なる連絡を保ち時間的に又量質的に計畫に適應する資材供給を確保されたい ▲宮田武太郎氏(各界)海上輸送力の狀況の根本的對策として海軍豫備員制度を改訂し軍屬たる者は總て海軍豫備員と將校、下士官兵等の階級を設け優良船員を確保せねばならぬ、又船員の食糧衣料、その他の必需品は總て軍需として確保し配給を完全ならしめ更に年金制度を擴充強化し船員をして後顧の憂をなからしめねばならぬ 斯くて第二部發言を終り一旦休憩 |
02 | 天下分目の戰爭 米英倒れるまで戰ふ 天羽總裁發言 |
03 | 皇軍に感謝決議 |
04 | 積極的に生產諸要素戰力化 迅速、圓滑な企業整備 |
05 | 食糧國內非常增產 |
06 | 決戰生活の徹底事項 |
07 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 水田蔗作の撤退問題社說 一 苛烈なる樣相を帶び來った大東亞戰下の重大課題たる食糧增產並に銃後島民の最低生活を確保する為の生活必需物資の配給改善方策を諮問事項とする第四回中央參與奉公委員會は十二日府正廳に於て開催された。六百五十萬島民の總意を上通する本會議は始終各參與、委員の必勝の精魂を傾けた具體的方策の答申により今後督府の施策に少からざる寄與をなすものとして多大なる効果を收めたことはいふ迄もない。周知の如く大東亞戰勃發以後國民食糧の確保は戰力增強と共に最も大きな課題をなすものであるがわけても臺灣が食糧增產に對し負荷された責務は極めて重大なるものがあるのみならず最近外米の輸入見合せにより內地の臺灣米に對する期待は實に切實なるものがあるに鑑み本會議に於て特に食糧增產方策を諮問するに至ったことは極めて時宜を得たものと謂ってよからう生活必需物資の配給改善方策また然りであって島民の最低生活を確保することによって各自の力を最大限に發揮し戰力增強に向って最善の努力をつくせしめるもので食糧增產とは謂はば相關的關係に立つものに外ならない 二 而して本會議に於ては食糧增產方策について色色具體的答申が出てゐるが參與、委員の真摯な態度にも拘はらずさして新味なところがなく開陳された意見は既に大方督府の決戰第二年對處方策に織込まれてゐるものに過ぎない。とはいへ尚注目されてよいものは一、二委員の水田蔗作の撤退に關する意見であらう。ところで督府の食糧政策が米、甘藷、落花生、大豆等所謂綜合食糧の增產確保にあることは改めていふ迄もないがしかしその基本的なものはやはり米にあることもまた否まれない事實である。とすれば農耕地わけても水田の擴充が耕種法の改善、自給肥料の增產等凡百の諸對策を隨伴するとはいへ尚食糧增產政策の主要課題たることは多言を要しないところである。所謂農耕地對策として數年前より督府では水田擴張計畫の他畑地の改良增產計畫をたて農耕地の擴張に努力し來ったことは周知の如くであるがしかし須田殖產局長が本會議で說明せる如く果して今後とも「臺灣農耕地は殆んど飽和點に達してゐる狀態にあり殊に水田の擴充に於てはこれが增強に對する隘路があって思ふ通り計畫が進まない」ものであらうか。この點については水田蔗作の撤退に伴ふ水田の擴充其他の觀點より尚檢討を要すべきものがあるやうに思はれる。即ち一應決定された蔗作水田五千甲步の撤退を此際更に米の植付可能なる範圍迄に擴大することによって水田を擴張する必要がないものであらうか。 三 勿論この問題は先般來中央に於て檢討中でありその歸趨は全く臺灣糖に對する期待量如何によって決定される外はなからう。しかしいふところの水田撤退は只單に蔗作面積を撤退すればそれで萬事終れりといふのではない。水田撤退に伴ふ砂糖の減產を積極的には新品種による收量增加により又消極的には家庭、業務用の壓縮によってカバーせんとするならば期待される必要量の確保には支障がないものといってよからう。即ち立體的、綜合的な觀點より砂糖對策を講ずるならば水田蔗作の可能な範圍迄の撤退はさして困難ではないが撤退の困難性を主張するものは少しくこの點を見落してゐるのではなからうか。勿論食糧增產に對する熱情のあまり水田蔗作の全面的撤退を主張する向もあるがしかしこれには砂糖需給の關係上多分に困難性があるにしてもさりとて砂糖を過度に重視の結果米作可能な範圍迄の撤退をも不可能視するのは食糧增產の重大要請に應へる所以ではなからう。前述の如く平面的でなしに立體的、綜合的によってのみ問題解決が可能なる所以を此際篤と認識し督府の適切なる施策を要望して止まない。 |
02 | 大君の御楯と散りし 子は人にまさりて孝なり 盂蘭盆祭に 伜を偲ぶ軍國の父 |
03 | 敵機六十蹴散らし 二十機を見事擊墜 ソロモン群島海鷲の實戰談 |
04 | 基隆神社御造營地 顏家から一部寄贈 |
05 | 一家一門の光榮 來北した顏欽賢氏語る |
06 | 學徒動員への要望 中央協力會議に擡頭 |
07 | 顏家の赤誠に感謝 基隆市長談話を發表 |
08 | 女性の勤勞力說 花木女史中協總常會で |
09 | 裏作に亞麻獎勵 新竹州三千餘甲を決定 |
10 | 算敷知らずの原住民 曰く、年はこの椰子と同じ ボルネオの便り |
11 | 三高女の芋作り |
12 | 市會を招集して正式決定 |
13 | 宜蘭市“青年の夕” |
14 | 電球を買ふ時 口金がないと駄目 |
15 | 常會指導を強化 藤村新竹州支部長ら 皇奉役職員が乘出す |
16 | 衣類の簡素化 一大國民運動を展開 |
17 | お山の勇士無言の凱旋 |
18 | 宜蘭商議打合會 |
19 | 防空展に勞務奉仕 |
20 | 臺灣協和會 婦人部を設置 |
21 | 今井氏個人展 |
22 | 石鏗遠氏逝去 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 七洋制霸の士氣昂揚 臺南州下で“海”の寫真展 二十日は海の記念日 |
02 | 海の勇士に人形慰問 高雄港灣協會の美しい申合 |
03 | 敢鬪に終始 新化郡教員體育大會 |
04 | 米增產を推進 知事らが陣頭指揮 |
05 | 北港神社上棟祭 |
06 | 健民指導醫連絡會議 |
07 | 軍屬徐龍堂君 名譽の戰死 |
08 | 陳進財君戰死 南方の前線で |
09 | 新たに訓練部設置 戰ふ臺南州の機構強化 |
10 | 米供出を督勵 三部長が市郡へ行脚 |
11 | 正條密植禮讚 增產戰士に聽く 粒粒辛苦の體驗 |
12 | 旗山青年厚生の夕 |
13 | 鳳山の畫劇競演會 |
14 | 陸軍病院慰問 坂口支部長夫人 |
15 | 遺族を弔問 中松高雄市長 |
16 | 一萬九百名突破 高雄の海志出揃ふ |
17 | 音樂團を結成 新たに合唱部組織 |
18 | 體力檢查補助員講習 |
19 | 前線に慰問袋 屏東郡婦人會の赤誠 |
20 | 馬匹檢查實施 |
21 | 學校兒童に時局紙芝居 |
22 | 增產戰士を激勵 慰問品滿載して |
23 | 藁工品の增產 高雄州下の業者打合 |
24 | 十甲の水田を救ふ 秋の稔りに秘められた增產佳話 農民感謝の的藤本氏 |
25 | 青少年團非常動員 |
26 | 敵滅の必勝貯蓄 屏東の簡保加入成績上乘 |
27 | 工場を統合 |
28 | 新莊華僑の赤誠 |
29 | 學徒に馬の知識 菝拔林で訓練開始 |
30 | 彰化畫劇競演 |
31 | 新化郡華僑の赤誠 |
32 | 熱演聽眾を魅了 關廟青年團劇旗上げ好評 |
33 | 螟虫殲滅戰に 豆戰士が一役 |
34 | 旗山郡の害虫驅除 |
35 | 貯蓄は銃後の彈丸 北斗街で講演會開催 |
36 | 臺南州水產會總代會議員選擧 |
37 | 簡素な盂盒會 淡水の中元祭 |
38 | 醫師會結成式 |
39 | 玉井方委月例會 |
40 | 燒夷彈映寫講習好成績 |
41 | 新化郡保甲會議 |
42 | 北港朝天宮 |
43 | 人事 |
44 | 地方多より |
45 | 工事入札公告/臺灣總督府財務局會計課 |
46 | 訃文:石鏗遠 |
47 | 今日の映画演藝 |
48 | 基隆蘭陽地區 |
49 | 基隆の映画 |
50 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 養殖業の振興(高雄) 未開拓水面等を活用 |
02 | 上期末島都金融 貸附著しく增加 |
03 | 勸銀預金激增 六月末現在勘定 |
04 | 鱶鰭加工會社 企業申請許可 |
05 | 企業整備講演會(三) 整理委員は鍊成せよ 松浦氏 |
06 | 清涼飲料水組合總會 |
07 | 包裝主任會議 あす專賣局で開催 |
08 | 蔬菜採種圃の設置 糞箕湖に候補地選定 |
09 | 清涼飲料水の事業概況 |
10 | 臺灣勸業無盡 廿八日に總會 |
11 | 自作農を創設 斗六信組が魁けて |
12 | 小口落遂に禁止 株式取引方法の大改革 |
13 | 家計調查事務打合會 |
14 | 健康保險組合の普及好成績 |
15 | 彰化市南區會各部結成式 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(十四日) |
18 | ラジオ |
19 | 水滸傳(1011)/黃得時;碇政彌 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本日中、審議を終る 決戰協力會議第二日 |
02 | 產業豫備隊の設置 小畑氏の提案豫備勞力の機動運營 |
03 | 圖像:ラビ上空を快翔する我が海鷲 |
04 | 中村勤勞局長答辯 |
05 | シ島敵軍前進不能 樞軸空軍猛爆を加ふ |
06 | 農耕地國家管理案 注目、大內議員の提言 |
07 | 四委員長指名 |
08 | 伊空軍の戰果 シチリア島水域で |
09 | レ島ニ島空中戰益益激烈 わが海鷲群大奮戰 |
10 | 佛國務會議 |
11 | 泰國宣傳局長ら一行入景 |
12 | 伊當局、上陸地點指示 軍事消息筋の見解 |
13 | 敵艦船擊沈破十七 敵機三十四機を擊墜 |
14 | 英一聯隊降下 直ちに殲滅さる |
15 | 企業整備資金委員會 けふ官制公布近く委員任命 |
16 | 反樞軸軍更に增援隊揚陸か |
17 | 樞軸軍二晝夜の戰果 敵艦擊沈破十五、擊墜五九機 |
18 | 在支米空軍の傲岸不遜 重慶官民の反感表面化 蔣介石、遂にシエンノートと激論 |
19 | シチリア島戰況 |
20 | 赤機二百六十擊墜 |
21 | ベナベナを爆擊 |
22 | 臨時租稅措置法 施行規則も公布施行 |
23 | 赤軍の損害甚大 兩地區の戰鬪で |
24 | 歷史的建築物多數を破壞 英、アーヘン盲爆 |
25 | 翼政政調小委員會を設置 委員長の顏觸れ |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 防空服裝で敢鬪 協力會議愈よ最高潮 |
02 | 決戰生活、實行の秋 石井生活局長答辯 |
03 | 十一時間の會議 國民總常會の敢鬪譜 |
04 | 献穀田拔穗祭 |
05 | 雛鷲の母に訉く 先づ確固たる信念 一家揃つて協力せよ |
06 | 圖像:東條首相昭南戰蹟視察 |
07 | 決戰總常會の真價發揮 第一日、無休憩で七時間連續協議 |
08 | 全島市議員時局講演會 あす基隆市で |
09 | 重要法案下審議 各局の提出原案を中心に けふから總務室で協議 |
10 | 日、泰一層の緊密 東條首相の訪問に深謝 デ大使聲明 |
11 | 南方技術者を養成 安藤臺大工學部長抱負を語る |
12 | 奉公班表彰式 愈よ十七日擧行 |
13 | 東條首相、青木大東亞相祝電 ビ泰首相の誕辰に |
14 | 品質の向上顯著 新竹州一期米の初檢查 |
15 | ナツナ島の海 |
16 | 虛弱兒童の體位向上打合せ |
17 | 海の戰士を慰問 日婦本部の心盡し |
18 | 臺北市の青物配給 |
19 | 印度國民軍の實狀 炎熱下に猛訓練展開 |
20 | 航行安全を祈念 基隆市の行事決定 |
21 | 島都消防署の強化 委員擧げて積極運動 |
22 | 不良人力車夫 北署で一齊取締 |
23 | 中學校弓道鍊成大會 |
24 | 二號表聯合保護者會結成 |
25 | 遞信部異動 |
26 | 「軍國の母」推薦 |
27 | 放送塔 |
28 | 人事・消息 |
29 | 今晩の放送 |
30 | 商況(十五日前場) |
序號 | 標題 |
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01 | 上陸企圖の米軍擊退 敵舟艇廿隻以上擊沈 ニ島わが守備隊奮戰頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月十五日十五時三十分) 一、ニューチョーデア島のわが守備隊は七月十四日ルビアナ島よりムンダ東側地區に大舉上陸を企圖せる米軍を水際に邀擊しその舟艇二十隻以上を撃沈し殘餘を悉く敗走せしめたり 二、曩にムンダ東方地區に進出しありし米軍の一部、亦右に呼應し出撃し來れるもわが守備隊は直ちにこれを擊退せり。 |
02 | 二方面の敵を擊退 敵兵先を爭つて敗走 |
03 | 日、米航空戰熾烈化 敵軍司令部も發表 |
04 | 大本營海軍報道部課長更迭 後任は栗原大佐 |
05 | ワウを爆擊 |
06 | 東條首相異例の發言 食糧不足は贅澤の結果 この際創意と工夫が必要 |
07 | 「働きつつ學ぶ」 青年學校の教育方針 |
08 | 建設的論策に傾注 全委員會を終了 |
09 | 科學技術の動員 實體に觸れた訓練が必要 和田技術院次長言明 |
10 | 海務院船員部長に石井少將 |
11 | 工作機械部門の工員徵用は尚早 |
12 | 地主の積極的協力要望 石黑農林次官委員會で說明 |
13 | 協議會長會議 二十日に開く |
14 | 強力な委員會設置 企業整備の實行に當る |
15 | 供出割當制度に改善の用意あり 石黑次官言明 |
16 | 勤勞報國隊問題 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 食糧增產の熱烈な提案 決戰協力會議社說 一 決戰必勝國策の貫徹へ一億總實踐の赤心を盛り上げる第四回中央協力會議は十四日幕を切って落された。今回會議の重點は戰力增強の一點にあり、これを決戰精神の昂揚、決戰生產の完遂、食糧增產の決行、決戰生活の確立の四項目に分けて議事を進め、開會第一日から早くも各項目に亘り真摯熱烈なる建設的意見が開陳された。就中食糧問題に就いて殊に活潑なる發言があり、相當突込んだ具體的意見が吐露されて注目を惹いた。各發言者の一致した點は、食糧生產體制と供出體制がどうあるべきかと云ふ問題であり、今更ながら問題の複雜性とこれが改善の急務なることを裏書してゐる。供出政策改善の提案の主要點は、早期割當の採用、供出數量に應じての生產資材配給等に要約され得るが「現行の如きその年の豫想收獲高ではなく過去十箇年間の平均實收高を基準とすベし」とか「供出責任體を新農業國體に置くべし」等の提案は注目すべきものと云へよう 二 また食糧增產遂行上の基礎たる農地問題並びに地主對策も取り上げられたが大內氏の如きは農地の國家管理を堂堂と主張、最近累次の議會に於いて一部議員から提案されてゐる農地國家管理法案の向ふを張った形である。大內氏の主張に依れば、農地の生產性が極度に高度化されねばならぬ今日、極めて簡易な土地改良さへ出來ぬ現行土地制度では、到底これが目的達成は至難である。これが對策としては全農耕地を國家管理とし、これが實務者として市町村又は市町村農業團體などの公共團體を當て、食糧の國家管理と同樣にその主管當局として農林省に「農耕地管理局」を設置せよと云ふのである。この提案の目的は、食糧增產と農業經營の合理化にある。決して愛土精神を傷けない。地主も農民もこれが國家に貢献するものであれば、喜んで迎へる用意があると主張した。又浦田氏は、農村に於ける增產指導の中堅は中小地主にあるから、これを積極的に動員し土地改良、栽培技術改良等に當らしむべしと言ふのである。何れも現下緊切の問題であるが、政府としては摩擦動搖なく施策に慎重なる態度を以て善處するであらう 三 食糧增產は、決戰下の本島に負荷された重大責務である。十二日の第四回中央參與奉公委員會に於ても各參與、委員から忌憚なき熱烈なる答申案が開陳され、又相當突っ込んだ具體的な意見も述べられて、當局今後の增產施策に寄與するところ多大であらうことは言をまたず、喜ばしき限りと言はねばならぬ。又委員會席上に於て齋藤長官の言明せる如く、食糧事情は前年に比し著しく窮屈化するに至ったが、食糧の增產確保を期するため、米價の實質的引上を決定、本府に於ても供出確保の為め四千萬圓の生產獎勵金及補助金を計上し、更に肥料增產、作付轉換、荒蕪地利用促進等の經費を計上、府當局は既に萬全の對策が出來てゐる。併し米價の引上は飽くまでも價格主義時代への復歸を意味しない。要は價格引上に感謝し、長谷川總裁の告辭の如く皇國民の自覺に透徹し、六百五十萬島民が一心一體となって皇國農村の確立に努め、食糧增產の一大國民運動に邁進すべきである |
02 | 百發百中の意氣込 高めよ“紙の彈丸”の命中率 栗原海軍報道部新課長談 |
03 | ペナンの看護婦さん |
04 | 新課長に期待 |
05 | 平出大佐退陣の辯 |
06 | 學園も亦戰ふ 夏休みは擧げて訓練に |
07 | 重慶政府の苦悶(上) 宋美齡米國巡禮の結果/田島昌夫 |
08 | 迫る海の記念日 |
09 | 警備府新參謀長 石塚大佐きのふ着任 |
10 | 宜蘭華僑公會献納 |
11 | 防空問題が中心 時局反映の第四委員會 |
12 | 臺北州支部參與奉公委員 けふ新に委囑發令 |
13 | 新竹州下各街庄協議會 |
14 | 南方の防人たれ 兵農兩全を目指す青年鍊成 歸臺した坂上教育官談 |
15 | 防空展の下見日時變更 |
16 | 稻刈手傳好成績 |
17 | 宜蘭で國語家庭會結成 |
18 | 訃文:石鏗遠 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海軍へ海軍へ 臺南州六萬人突破 |
02 | 高雄州も六萬突破 |
03 | 乃木將軍應召 高雄で銅像献納 |
04 | 婦人委員に紅一點 嘉義支會の更新發令 |
05 | 賞賜物件傳達式 |
06 | 屏東鄉軍總會 |
07 | 鍛鍊の一點に集中 夏休返上の嘉義市國民學校兒童 |
08 | 潮州郡下街庄協議會日割 |
09 | 海の文學美術展 臺南孔子廟で開催 |
10 | 防空群查閱 竹南郡で實施 |
11 | 害虫驅除挺身隊 戰ふ竹南街の乙女 |
12 | 出征家族弔問 |
13 | 譽れの遺兒の集ひ 十七日から四重溪で鍊成 |
14 | 納稅功勞者表彰 |
15 | 女子勸農道場 臺中州順順に開場 |
16 | 常會指導者鍊成 |
17 | 愛國女子衛生看護團員講習 |
18 | 土地や建物の買手は報告せよ 但し五千圓以上のもの |
19 | 勞務調整令周知懇談會 |
20 | 畫劇競演會 詹さん一等獲得 |
21 | 戰ふ郡民の總意 桃園郡民總協力會議開催 |
22 | 戶稅大巾引下げ 臺南の戶稅權衡審查會 |
23 | 農事指導訓練所廿日開所式擧行 |
24 | 教員鍊成會 明治校で開く |
25 | 米英擊滅の雄叫び 大甲街の國民大會盛況 |
26 | 籾供出推進隊 嘉義□下で講演 |
27 | ポンプ機關員講習會 |
28 | 健民健兵目指して 潮州郡の實施要綱決る |
29 | 國策事業視察團 臺南市の日程 |
30 | 稻刈に總動員奉仕 天西郡守ら激勵慰問 |
31 | 國講講師鍊成 屏東農專で開く |
32 | 醫療報國へ邁進 嘉義醫齒會支部誕生 |
33 | 彰化郡下學校長會議 |
34 | 南師生行軍 |
35 | 感心な防空副群長 |
36 | 彰化市月例會 總會提出事項を協議 |
37 | 觀音庄民の赤誠 |
38 | 結核豫防の講演と映畫 |
39 | 珍しや牛の双兒 增產戰線に登場 |
40 | 水に鍛へる 觀音庄國民學校 |
41 | 國語部落建設 下街部落國民塾入所式を擧ぐ |
42 | 彰化市和牛雜種增產組合 |
43 | 告別式 |
44 | 地方多より |
45 | 訃文:黃□氏幸子 |
46 | 今日の映画演藝 |
47 | 基隆蘭陽地區 |
48 | 基隆の映画 |
49 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 內地底曳遊休漁船 近く臺灣廻航に決定 前根氏談 |
02 | 勞務者の決戰精神 中協にて德田吉松氏發言 |
03 | 食糧增產方策と物資配給改善策(一) 中央參與奉公委員の答申概要 |
04 | 非常增產協力體設置 津田鑛統理事發言 |
05 | 轉廢業者の措置 督府萬全策を考究 |
06 | 小賣業整備要領決定 自發的轉業者にも共助金 |
07 | 臺北商議□總會 |
08 | 勞務確保補助金 港灣運送業會が增額を要望 |
09 | 企業整備講演會(四) 全幅の協力が必要 松浦氏 |
10 | 六月中の郵貯 二百四十九萬を增加 |
11 | 照明燈 |
12 | 商況(十五日後場) |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1012)/黃得時;碇政彌 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 「勝拔く誓ひ」上程 けふ總常會の總決算 |
02 | 即行實踐の決意闡明 第一、第二委員長報告 |
03 | 產業豫備隊の設置 企劃院、厚生兩當局意向を說明 |
04 | 海の勇士浮游機雷の處理 |
05 | 原住民の生活安定 セレベスボルネオ我が軍政を謳歌 |
06 | 女子の徵用制實施 最大限の慎重を期す 武井厚生次官言明 |
07 | 徵用工問題の解決を期す |
08 | 陸上輸送問題 八田鐵相所信を披瀝 |
09 | 敵擊滅の士氣旺盛 谷萩報道部長戰況を說明 |
10 | 廿四時間操業制 關係官全面的に贊意 |
11 | 敵艦十七隻を擊沈破 イタリア海軍二日間の戰果 |
12 | 農作物相互間の價格均衡を補正 石黑農林次官答ふ |
13 | シチリア島の各戰線を猛爆 樞軸空軍□擊 |
14 | 六大都市協力會議長懇談會 |
15 | 國民生活必需物資の確保 湯河長官發言 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰色場內に橫溢 全島市會議員協議會で 陸海軍機献納可決 |
02 | 行政上の意見交換 長谷川總督、各局部課長と懇談 |
03 | 双兒が揃つて海志志願 |
04 | 圖像:インド國民軍の精銳迫擊 |
05 | 宜蘭市決戰貯蓄講演會 |
06 | 婦人運動の一元化 日婦、皇奉の傘下へ |
07 | 國民の強韌な神經が必要 武藤情報局第一部長發言 |
08 | 雛鷲の母に訉く 空の決戰場へ挺身 一人でも多く志願せよ |
09 | 家庭副業獎勵賞人選發表 |
10 | 劍には劍、血には血 蹶起する印度國民軍 |
11 | 若人盛夏に鍛ふ 島都青年團の第一次勤勞動員 廿日から一日交代で |
12 | マカツサル |
13 | 總督代理が遺家族弔問 |
14 | 六十萬キロ浮く パーマネントの廢止で |
15 | 興南詩苑漢詩 恭輓山本元帥/謝汝銓、恭輓山本元帥/陳聯滄、讀史記列傳(三)/幼岳、輓方智仁兄二首/張燉鎰 |
16 | 學生服ボタン統一 |
17 | 記事訂正 |
18 | 「高砂義勇隊」出版記念會 |
19 | 副官部で南方派遣軍屬募集 |
20 | 人事・消息 |
21 | 今晩の放送 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 玉碎進軍の民意昂揚 必勝必達、即行實踐 大成果、總常會閉幕す 勝ち拔く決意新た頭條新聞 【東京發同盟】即行實踐の國民的決意を急速上通すべき第四回中央協力會議總常會第三日は午前の狹間第一委員長報告、郷古第二委員長の報告に對し政府側武井厚生次官、井上技術院總裁、岸商相、翼賛會側石黑鍊成局長が發言、午後は一時半再開引續き第一委員會討議の決戰精神確立に關し岡部文相、第二委員會討議の戰力增強企業整備に關し寺島遞相、八田鐵相が政府の所信を披瀝、翼賛會丸山事務總長は戰力增強運動について會議成果の即時實踐決意を表明した次で會議は第三委員長織田信恒子の食糧增產に對する民意の上通に移り織田委員長は食糧問題に關し增產指導供出責任生產、經營高度化、農地問題、水產關係などあらゆる角度よりこれを檢討せる委員會の總意を報告これに對する政府の斷乎たる施策と翼賛運動の徹底を要望、これに答へて山崎農相は食糧絕對國內自給の決意を披瀝この見地から裏作、農地改良などに萬全の施策を講ずる旨を答へ、翼賛運動生產體制下の觀點からこれまた必成の運動強化を誓ひ引續き船田第四委員長は委員會の總意に基き決戰生產確立徹底に關して戰爭生活の積極性格昂揚、簡素な間に合せ生活建設、剛健闊達なる健民生活など生活の積極面を開拓、生必物資の適正配給を期し生活の因循消極化拂拭を提言すれば政府側安藤內務小泉厚生、、賀屋大藏の各相交々起つて所信を披瀝、翼賛會丸山事務總長は翼賛運動の重點面たる皇國民生活運動は戰力增強の面からも耐乏必勝の積極的意義からも緊要不可缺なるのであるとして國民實踐の自發性を要望、併せて一層廣汎なる運動展開への決意を披瀝斯くて三日間の白熱的論議は政府、翼賛會、會議員の渾然一體たる決戰論議の中に終始し「即行實踐」「手近な實踐」を目標とする今次國民總常會は必勝必達の決意凝集午前の戰況報告直後議長發議に依って起草委員に附議された「勝拔く誓」案父を大橋委員長より報告すれば全員起立裡にこれを可決みたみわれ大君にすべてを捧げ護り働き勝拔かん決意を表明した斯くて會議は小林議長の統裁をもつてこゝに終了議長挨拶後、後藤副總裁、小林議長、丸山事務總長以下全會議員、本部支部役職員は全員二重橋前に行進、恭々しく宮城奉拜して新たなる決意を誓ったる後會議場に歸り閉會式を舉行東條總裁の挨拶をもつて第四回中央協力會議終つた三日間の內二日間は防訓下の緊張裡に終始敢闘、前線の將士の氣勢をそのまゝ必勝戰力增強の諸問題に傾注、玉碎進軍の民意を昂揚し多大の成果を收めて閉幕したが會議の成果は文字通り即行實踐、翼替會が既に實施中の戰力增強企業整備協力運動、食糧增產運動本部の方針などに迅速的に取入れられ戰爭生活運動の進展と共に決戰體制強化を促進するものと期待される |
02 | 「勝拔く誓」を議決 みたみわれ大君にすべてを捧げ 護り、働き、正しく生き、勝拔かん |
03 | 猛烈な攻擊戰展開 ニ島、コ島、シ島中心に 田代中佐戰況說明 |
04 | 速かに施策に具現 東條總裁、閉會式で挨拶 |
05 | 緩漫、彌縫を赦さぬ(內相發言) |
06 | 明年度豫算の編成 方針と統制大綱閣議決定 |
07 | 委員長の報告內容 |
08 | 石黑翼贊會鍊成局長 |
09 | 鄉古第二部委員長 |
10 | 忌明献金 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 生活必需品の配給改善方策 耐乏精神の昂揚社說 一 長期戰下の國民生活に對して政府は最低程度を保障すべきは當局屢次の聲明に基いて着着實施されつつあるは明かであるが、其の具體的施策に關して尚改善を要すべきところが少なくない。本島に於ても此の點に關しては去る七月十二日開催されたる皇民奉公會の第四回中央參與奉公委員會の答申を徵し今後これを參考として更に一層の改善を圖らんとしてゐるのである。蓋し生活必需品の配給改善策として物資の地方偏在の矯正配給系統の合理化、價格政策の改善等いくた論ずべき點はあるが、此處で取上げやうとする事は一定の物資に對して如何なる方法を以て配給すべきかといふ問題に限定したい。然るに從來島內に於ける配給方法を聞くに各地の當局者に依って其の方針を異にしてゐるやうであるが、先づ之を全島的に統一する必要があらう。勿論地方に依って配給物資の量に於て逕庭あるは免かれないが、少なくとも其の具體的基本方策に甲乙あるは此の際避くべきであらうと思はれる。 二 中にも主要食糧たる米穀の配給に關しては例へば臺北市と臺南市とは其の方法を異にしてゐるが、かういった問題は宜しく臺北市を標準として統一すべきであらう。尤も地方に依って藷混食を獎勵すべきところでは一律に一人米何合といふ杓子定規的な方法を取る必要はないが、少なくとも其の地方に於て主要食糧に限り職業別年齡別以外に差等を設くべきものでない。其の他の生活必需品の配給も或は生活程度に依り、或は生活樣式に依り或る階層を設ける事は已を得ないであらうが、特に國語家庭とか、改姓名とかいふ者に優遇を與へる事が國民生活最低程度保障と他の政策との混線を來す事となり、なるべく之を避くべきである。これがため配給を目的とする國語家庭と改姓名の促進となるであらうが、却って本來の精神を除却し、米英的功利主義の思想を培養する逆結果を生じないとも限らない。此の點は特に為政者の深重な考慮を煩はしたい。 三 平時ならともかく、大東亞戰爭の現階段に於ては國民として齊しく最低生活程度を甘んじ以て其の餘力を戰力增強に廻さなければならない。それには寡きを患へずして均しからざるを患ふる孔子樣の格言こそ守るべき時が今日より切なるはない。又汪主席のいへる同甘共苦もこれと同じ意義を有するものであり、此の精神なくんば國民が到底一致團結して長期戰に耐える事が出來ない筈である。最近京大高田教授も耐乏する民族こそ永久に亡びずとの學說を唱へ且ついくたの實例を擧げて之を證明したのである。此の大東亞戰爭を勝ち拔くには國民が最後まであらゆる困苦を乘切って頑張らねばならない事は我が指導者達がくれぐれも全國民の注意と決意を喚起したところである。要するに全國民が一團となって耐乏精神を高揚する事こそ必勝の信念と相表裏する先決條件であり、本島に於ける生活必需品の配給政策もかかる精神を織込む事が絕對必要である事を銘記すべきである |
02 | 建設的意見開陳 “國民貯蓄法”の制定提議 滿場一致で可決 全島市會議員協議會 |
03 | 新に“勝拔く誓ひ” 戰況報告に會議員感激 一億總常會 |
04 | 戰力強化の要諦 勤勞、消費節約に徹せよ 賀屋藏相發言要旨 |
05 | 美事に敵機擊墜 我が漁船の奮戰賞讚の的 |
06 | 背負ふ“海國日本” 臺灣海洋青少年團近く創設 |
07 | 總經濟力を戰力化 國民戰時生活を確保 岸商相口演 |
08 | 奉公の誓ひも固く 傷痍軍人幹部北投で鍊成 |
09 | 高砂義勇隊譽の戰病死者 |
10 | 志願兵三十萬突破 海に誓ふ若人の意氣 |
11 | 新興工場を視察 藤村新竹州知事一同を激勵 |
12 | 白衣勇士慰安會 |
13 | 新竹鄉軍盂蘭盆法要を嚴修 |
14 | 島都の身體檢查 北署は十七、十九兩日 |
15 | 鑛山戰士激勵 |
16 | 米英擊滅講演 |
17 | 花蓮港軍援に女指導員配置 |
18 | 花蓮港市の配給米掛賣廢止 |
19 | 志願の後に血書嘆願 千田訓導の赤誠 |
20 | 蘭陽バス優良運轉手を表彰 |
21 | 羅東防諜映畫會 |
22 | 宜蘭署武道大會 |
23 | 羅東水防組合上棟式 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 讚へよ殊勳の“人橋” 愈よ音盤に再現 |
02 | 決戰生活座談會 嘉義支會で開催 |
03 | 目指せ必勝貯蓄 鹿港で實踐運動講演 |
04 | 發揮せよ個人力量/眞木田一夫 |
05 | 若櫻の身體檢查十七日龍潭庄で |
06 | 決戰生活指導部落宣誓式 |
07 | 必勝貯蓄に總力 戰ふ義勇隊員の家族 |
08 | 正條密植競技 增產に敢鬪する仁德庄 |
09 | 戰時生活再設計 臺南桔梗俱樂部調查の生活表近く公開 |
10 | 海志募集締切迫る 屏東で街頭宣傳 |
11 | 奉公班指導者鍊成 |
12 | 三峽街祭典奉納行事 |
13 | 植付推進に 郡守らが起つ |
14 | 基準祭禮勵行 華美の幣風一掃 |
15 | 學徒に海洋訓練 記念日の廿日から實施 |
16 | 常用に萬全の計畫 國語部落に指定された龍潭 |
17 | 石油專賣小賣人指定書交附式 |
18 | 給水の父表彰 譽れの工場主藤本氏 |
19 | 明朗國語臺南市 建設に一步を進む |
20 | 荒城・赤崁樓 愈よ近く大修築 |
21 | 喜んで切甘藷を供出しませう 竹村郡守ら自轉車で推進 |
22 | 臨海教育 |
23 | 玉碎勇士の香華料に 弔慰音樂會開催 |
24 | 防空の完璧へ 嘉義で救急法講習 |
25 | 勝ち拔く女性の意氣 女子勸農道場開く |
26 | 稻刈に總動員奉仕 麗し鳳林郡の軍援風景 |
27 | 女子青年團員敢鬪 新莊の稻刈奉仕 |
28 | 遺族を弔問 大井彰化市長 |
29 | お魚の大增殖 遊休水面を完全利用 |
30 | 畫劇競演會 |
31 | 新泉閣施設改善 |
32 | 華僑の赤誠 |
33 | 義勇隊家族慰問 |
34 | 行政科に合格長田靜昌氏 |
35 | 人事報社消息 |
36 | 地方多より |
37 | 今日の映画演藝 |
38 | 基隆蘭陽地區 |
39 | 基隆の映画 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 食糧增產の具體策 全島農林課長會議で協議 |
02 | 戰時型貨物機關車 來春より臺鐵で運行 |
03 | 食糧增產方策と物資配給改善策(二) 中央參與奉公委員の答申概要 |
04 | 金屬類非常回收 企業整備と並行的に考慮 |
05 | 臺灣被服工業組合 府の結成方針決定 |
06 | 日本證券總裁 井坂孝氏 |
07 | 銀行預金新記錄へ 六月末五億八千萬圓突破 |
08 | 臺灣商議所臨時總會 |
09 | 臺灣商議所電話八八八三 |
10 | 家庭用良質茶碗 臺灣陶器會社で製造計畫中 |
11 | 照明燈 |
12 | 商況(十六日前後場) |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1013)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 獨、ソ猛烈な砲擊戰 戰鬪區域、廢墟と化す |
02 | 藷類統制機構と價格改訂の要綱 閣議決定 |
03 | 委員長の報告內容 協力會議掉尾の總會に於て |
04 | 赤軍の戰力喪失 三千三百臺突破 |
05 | 圖像:東條首相の答辯 |
06 | 定例閣議 |
07 | 國民徵用令の改正 閣議決定近く公布八月一日に實施 |
08 | 敵船五十二隻擊沈 獨軍、シ島水域の戰果 |
09 | 伊軍勇戰敢鬪 機甲部隊援護下に |
10 | 我陸鷲、不斷の猛躍 七月上旬南方の空の大戰果 |
11 | 食糧の自給に全力(農相發言) |
12 | 伊、尺土も讓らぬ シチリア島の戰況 |
13 | 徵用の國家性明確 「應徵士」の稱號與へらる |
14 | 反樞軸軍、神經戰開始 ル、チ連名で嚇し文句發表 |
15 | 翼贊會辭令 |
16 | 佛印供出物資の交涉圓滿に完了 來週中に調印の運び |
17 | 獨軍の決定的戰果 オ、ビ兩地區の動き |
18 | 內務異動 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海洋思想の昂揚 臺北州下各市郡で海の巡回寫真展 |
02 | 全島市議協議會 けふ盛會裡に閉幕 |
03 | 戰ふ“海の戰士” 慰問品と慰問文を發送 |
04 | 健民和樂の寵兒 臺北州畫劇競演會愈よあす開催 |
05 | 江蘇清鄉二周年記念大會 |
06 | 女中廢止を提唱 “奥樣方”も皆働に總進軍 |
07 | 前線銃後鐵の一丸 岡本大佐竹內中佐市議協議會で講演 |
08 | 二、三日中に解消 青物蔬菜配給の混雜 |
09 | 錫の大幅值下げ 一擧に四十八パーセント |
10 | 重慶政府の苦悶(下) 宋美齡米國巡禮の結果/田島昌夫 |
11 | 快作“富岳”を献納 今井畫伯志願兵訓練所に |
12 | 英靈追悼野球試合 |
13 | 勉強が足りません 本島青年の讀書調べ |
14 | 大溪藝能挺身隊來北 |
15 | けさの地震 震央はタツキリ |
16 | 本社記者平岡氏夫人逝去報社消息 |
17 | 放送塔 |
18 | スウエーデン驅逐艦進水 |
19 | ローマ法皇、獨伊將兵を引見 |
20 | 葡政府毛織製品を統制 |
21 | 和蘭老詩人死去 |
22 | 興南詩苑漢詩 兒輩志願海軍感賦三首/石厓、豐原遇醫師慶雲宗兄/無逸 張希舜、遊臺中寄暮年宗兄/無逸 張希舜、憶前臺灣齒科醫師會會長松田繁義先生/無逸 張希舜 |
23 | 人事・消息 |
24 | 今晩の放送 |
25 | 商況(十七日前場) |
26 | 興南案內報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 企業整備の完遂と食糧自給增產確保 あす地方長官會議頭條新聞 【東京發同盟】決戰下戰力の飛躍的增強を期し企業整備の完遂と食糧自給增產確保を眼目とする地方行政の刷新強化方策實施後最初の臨時地方長官會議は十九日午前八時より首相官邸に開かれる今回の長官會議は特に現下の緊迫せる戰局の樣相に鑑み議題の重點を時局下喫緊の要請たる企業整備と食糧の積極的增產に限定し恒例の各省大臣の訓示も之を省略して十九日一日を以って全日程を終了するが開會に先立ち午前七時坂北海道以下五長官は明治神宮に又大達東京以下四長官は靖國神社に參拜し國家の彌榮と皇軍の武運長久を祈願する、會議は定刻八時首相官邸會議室に開會大達東京都長官以下一都二廳二府四十三縣各長官、楠瀬大阪府地方參事官等九地方參事官上瀧朝鮮總督府殖產局長、平松忠清南道唯井黄海道、下飯坂平安南道各知事、森部臺灣總督府總務局長、森田臺中州知事及び三浦關東局總長等出席、劈頭東條首相より大東亞戰爭完遂に邁進する政府不退轉の決意を披瀝し併せて當面の決戰重要施策を闡明する重要訓示があり次て重光外相より現下の國際情勢に關する說明があつて同九時四十分全長官打揃つて宮中に參內 天皇陛下に列立拜謁仰せつけられ天機を奉伺して御前を退下同十時三十分より再び首相官邸に會議を續開して農林省關係會議に入り山崎農相の說明に次で食糧の非常增產について協議を行ひ正午休憩一同東條首相招待の午餐に臨み午後一時再開、商工省關係會議を開き商相の說明があって企業整備に關する協議を行った後同三時より東條首相、安藤內相を始め全閣僚出席して當面の要務について協議懇談を行ふこの會議では特に國家の至上要請たる軍需及び食糧の二重要物資の生產增強に議題の焦點が指向され長官側から地方の實情に即した建設的意見の開陳が活潑に行はれると共に白熱的論議の展開が豫想される斯くて同五時半より會場を內相官邸に移し安藤內相を中心に地方行政協議會設置に伴ふ地方行政の有機的運營につき協議懇談を行ひ劃期的地方行政刷新の方策を確立して今後の協議會運營に萬全を期する筈である斯くて戰力の增強と食糧の非常增產を二大眼目として國內地方行政の強化刷新を議する臨時地方長官會議は型破りの重點的協議方式の下に會期一日をもつて全日程を終了する尚政府は地方行政協議會の實質的發足を前に當面の重要事項につき協議を行ふ分為二十日午後零時半より首相官邸に第一回地方行政協議會長會議を開き協議會長たる九府縣の地方長官並びに九地方參事官、政府側より東條首相以下各閣僚內閣四長官などが出席して協議會當局の諸問題に關し協議懇談を行ふ筈である |
02 | 日華經濟協力方針 詳しく實情を知る 小倉經濟使節團長の聲明 |
03 | 武勳輝く高砂義勇隊奮戰記 賞詞を土產故山に歸る 淒絕血みどろの苦鬪 傳來の山刀をひつさげて 敵情偵查の決死隊に參加 |
04 | 敵基地を爆擊 |
05 | 內外地翼贊運動連絡懇談會 |
06 | 圖像:新舊海軍報道部課長記者團と會見 |
07 | 生產力の增進に寄與せざる地主 企業整備の趣旨で適當な措置 |
08 | 獨伊軍反擊に轉ず シチリア島決戰段階へ |
09 | 化學工業統制會 臺灣に支部設置 內外地を一元的統制 |
10 | シチリア島戰況 |
11 | 必勝の成算あり ゲ宣傳相、神經戰を痛擊 |
12 | 批判の要なし ル、チの脅威宣傳に 獨當局痛烈な一矢 |
13 | 米、自軍の損害 例により極度に過小發表 |
14 | 鹽糖の社長 田口氏に決定 |
15 | 米英の聲明徒勞に歸す |
16 | 赤軍必死の反擊 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 中央總常會の大成果 勝ち拔く誓更に固めん社說 一 凄愴苛烈な決戰下に開かれた第四回中央協力會議總常會は、前後三日間に亘る真摯熱烈な決戰論議の中に終始し聖戰完遂、必勝必達の決意新たに全國民擧げて玉碎進軍の大いなる民意を昂揚して、緊張裡に閉會した、今次總常會に於ける三日間の白熱的論議はいづれも苛烈な決戰下にふさはしい真劍さと國難に當る烈烈たる鬪魂の澎湃として橫溢せるを見、決戰精神の昂揚、決戰生產の確保、決戰生活の確立等に關する諸論策も些かの言擧げもなく何れも積極建設的意見に終始した事は大なる成果であつた、斯くして會議の成果は政府に於て採るべきものは速かに各般の施策に具現せられると共に、翼賛會に於ては文字通り即行實踐態勢をとり、直ちにこれに即應する諸諸の協力實踐運動を展開することとなった、第四回中央協力會議總常會を通じて國民總進軍の鬪志は愈愈燃え盛って行く 二 今次總常會の跡を顧れば、第一に思想決戰問題として決戰精神の昂揚即ち惟神の大道に基く皇道精神の確立が根本であり、官民指導層の卒先垂範、下情上通機關の整備、時局に即應する教育の全面的刷新、學徒青少年の勤勞奉公制度の確立、女性の勤勞動員等が強調せられた。第二は戰力增強で、企業整備の迅速なる轉換實行、晝夜交替の二十四時間制、勞務報國隊の國家的管理、生產增強行政の強化、或は中央地方を通ずる橫の連絡統制等が提唱された。第三には食糧增產問題として、農村中堅指導者の確保農村女子教育指導の徹底、農業技術員の食糧增產專管、各種助成金の重點的集中的交付、漁民保護政策の確立、供出責任生產、經營高度化等等必要望せられ第四に戰爭生活の確立として、簡素な間に合はせ生活の設計、生必物資の適正配給、生活の因循消極化の拂拭、明朗剛健な決戰生活の確立等が力強く提言せられたのである。 三 如上の諸論議は前述のやうに、何れも現下の凄愴苛烈な戰爭を勝ち拔く為に緊急不可缺のものであって、政府の施策に具現せられるを俟たずとも全國民が自發的に以て即行實踐すべき課題と云はなければならない。決戰精神の充實昂揚とその精神の發動による決戰生產の確保並に決戰生活の確立この三者の不可分一體的活動こそが現下の米英擊滅戰を完遂する原動力でなければならぬ。從ってこの活動力の緩急については絕對に戰局の一進一退に一喜一憂してわれの決戰體制に一張一弛を生ぜしめるが如き緩漫彌縫は許されぬのである。この故に全國民は決戰精神の充實昂揚に努めるはもとより不斷に戰力增強の前進強化に挺身すると共に明朗剛健な決戰生活の完璧を期せねばならぬ。換言すれば今や一刻の猶豫も許されず、即行實踐を要する秋なのである。南太平洋に現在激烈な死鬪血戰が續けられてゐることを思ふとき、我ら國民はまさに、みたみわれ大君に一切を捧げて國を護り、力の限り働き、正しく明く生き以て大東亞戰爭を勝ち拔かん誓を新たにせねばならぬのである |
02 | 空の決戰に武勳赫赫 鬪魂烈烈、敵の心膽を奪ふ わが飛行豫科練習生 |
03 | 澎湖島を初巡視 山縣高雄警備府司令長官 |
04 | 重要性が倍加 山縣司令長官語る |
05 | 長谷川總督臨場 光榮の大溪青年團 |
06 | 征け黑潮に乘つて 今ぞ鍛ふ海員魂(上)/原田憲次郎 |
07 | 龍山寺法要 |
08 | 敵機公會堂に集結 軍官民招いて防空展下見會 |
09 | 奉公運動の殊勳甲 島都優良奉公班表彰式 |
10 | 花蓮郡米供出運動 |
11 | “大東亞文學選集” 文報で刊行を計畫 |
12 | 體協支部對抗軟式庭球大會 |
13 | 防空群直ちに火事を消止む |
14 | 海のつはものへ 島都の志願者身體檢查 |
15 | われらは栗で結構 お山の兄弟增產に全馬力 |
16 | 全島決戰色漲る 福岡に歸着した高橋大將語る |
17 | 臺北春競馬 八月七日から |
18 | 玉里郡の學產 稻刈に總動員 |
19 | 人事・消息 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 淨汗一萬甲潤ほす 戰ふ高雄州の興亞の健兒 森林治水に奉仕 |
02 | 海志出揃ふ 嘉義で身體檢查 |
03 | 譽れの勞務隊員無言の凱旋 |
04 | 臺南市葬(廿一日執行) |
05 | 玉碎勇士慰靈祭 桃園で嚴かに執行 |
06 | 滿場の涙をそそる 入神の妙技・臺南州畫劇競演會 |
07 | 故山本兵長 無言の凱旋 |
08 | 慰問袋調製日を決めるなど 婦人役員月例會 |
09 | 高雄の競演 |
10 | 戰ふ燈臺を語る座談會 ランプ時代の苦心(上) 隔世の感燈臺の今昔 |
11 | 貯蓄增強を懇談 日婦豐原分會で開催 |
12 | 大塚氏立候補 |
13 | 青少年團幹部鍊成 道場に合宿して |
14 | マ病撲滅に 共同清掃作業 |
15 | 埔鹽庄協議會 |
16 | 學徒鍊成の理念/杉山謙治 |
17 | 一甲步を四時間で もの淒いスピードで鋤き起す 臺南州の役馬競技 |
18 | 臺滿厚生親善譜 健胃、下熱劑を輸出 |
19 | 產組の設立 沙山庄實現要望 |
20 | 學徒に防空智識 臺中州で基本訓練 |
21 | 貯蓄指導講演 廿一日淡水で |
22 | 臺南州水產會總代會議員當選者 |
23 | 員林の盆踊り 集團的に開催 |
24 | 溪州庄青年厚生の夕盛況 |
25 | 國語部落建設宣誓式擧行 |
26 | 謙益堂公業解散 國防その他に献金 |
27 | 榊原虎尾郡守 增產狀況視察 |
28 | 新竹春競馬 第三日目成績 |
29 | 赤誠の献金品 |
30 | 漂着死體を發見 |
31 | 地方多より |
32 | 今日の映画演藝 |
33 | 基隆蘭陽地區 |
34 | 基隆の映画 |
35 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本島水產團體統合 愈よ律令を以て斷行 |
02 | 臺灣油脂會社 近く五十萬圓に增資 |
03 | 基隆造船會社 設立及評價委員決定 |
04 | 食糧增產方策と物資配給改善策(三) 中央參與奉公委員の答申概要 |
05 | 空閑地に藷栽培 嘉義市民の勞力を動員 |
06 | 臺北州紙加工業組合創立總會 |
07 | 照明燈 |
08 | 豚肉の配給計畫 一—四半期と大差なし |
09 | 大同鐵工所技能者養成 |
10 | 新取引所の發足(一) 變質せる株式市場 |
11 | 屏東の貯蓄熱 國債消化好成績 |
12 | 經濟手帖 |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1014)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 軍需と食糧の增產 白熱的論議を展開 地方長官會議に真劍な期待頭條新聞 【東京發同盟】悽愴苛烈なる決戰連續の戰局に對處して政府はさきに地方行政協議會を設置し國內地方行政の刷新強化方策を確立したがこれが實質的發足を前に協議會運營方式の策定及び當面の重要處理事項の滲透徹底を期する臨時地方長官會議は愈々十九日午前八時より首相官邸に開催される今次會議は地方行政刷新強化方策の實施に伴って斷行された地方官大異動後最初の會議であるだけに刻下喫緊の重要施策の遂行に真劍なる期待がかけられこのため會議の運營に當つても從來の型を一擲して各省大臣の訓示もこれを省略し協議內容においても真に決戰施策の二大目標たる企業整備及び食糧の緊急增產確保に議題を限定して政府の趣旨を徹底せしめるとともに戰力增強、食糧增產の隘路打開に最大の期待をかけられてゐる。地方行政協議會の實狀に即した適切なる運營を確立して今後の地方行政に搖ぎなき決戰施策の筋金を通さうとするものであり、その成果は刮目される會議は午前八時開會東條首相の重要訓示、重光外相の國際情勢に關する說明の後午前九時四十分全長官打揃つて宮城に參內 天皇陛下に拜謁仰せつけられ天機を奉伺して御前を退下同十時半より農林省關係會議に入り正午休憩一同東條首相招待の午餐會に臨み午後一時再開、商工省關係會議を開いて企業整備につき協議同三時より各閣僚出席して當面の要務に關し協議懇談が行はれるがこの會議では特に軍需と食糧の生產增強を中心に長官側から地方の實情に即した建設的意見が開陳され白熱的論議が豫想されるかくて同五時一段休憩會場を內相官邸に移し同六時より安藤內相唐澤次官を中心に協議會運營の方途に關し隔意なき協議懇談を重ねて散會、會期一日を以て今日程を終了する |
02 | 獨立準備完了近し バーモ長官、記者團に答ふ |
03 | 大東亞展望 南方占領地の建設 飛躍的段階に突入 |
04 | ラサンガ島を爆擊 ナツソウ南十六哩 |
05 | 反樞軸空軍 勃上空に現はる |
06 | スチルウエル印度へ |
07 | 圖像:日本財界代表經濟視察團小倉正恒氏ら一行汪主席を訪問 |
08 | 日、華經濟協力に關し 隔意なき懇談遂ぐ 歸京の小倉氏は語る |
09 | 河北蔣共軍擊滅戰 六月までの綜合戰果 |
10 | 印度の政治危機 次第に深刻の度加ふ |
11 | 福岡にて語る |
12 | 反樞軸軍損害甚大 シチリア島の戰況 |
13 | 獨軍、猛烈な反擊 東部戰線の兩地區で |
14 | フアシスト政權 法皇廳の宗主權を回復 法皇、米大統領に反駁を加ふ |
15 | 斷乎・敵を驅逐 米英の威嚇宣傳に イタリア政府聲明 |
16 | ソ聯艦船擊沈 獨海軍黑海の戰果 |
17 | お斷り報社消息 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇國擔ふ若人よ 奮つて幼年學校へ |
02 | 陸軍少尉になるまで |
03 | 學歷に制限なし 締切は八月十日まで |
04 | 征け黑潮に乘つて 今ぞ鍛ふ海員魂(下)/原田憲次郎 |
05 | 將校生徒となりて/石堂成健 |
06 | 圖像:武を鍊る幼年學校生徒 |
07 | 比島留日學生團 憧の日本に晴の第一步 |
08 | 芝增上寺で恭迎式 |
09 | 日泰親善の佛舍利 海路遙けく東京に安着 |
10 | 海志へ感激の受檢 高雄市の第一次銓衡試驗實施 |
11 | 貯蓄街頭移動展 |
12 | 蘭陽警防團幹部鍊成會 |
13 | お寺の境內に畑 新に五百萬坪が食糧增產へ |
14 | 全島決戰色漲る 福岡に歸着した高橋大將語る |
15 | 積立定額兩貯金 明廿日から取扱開始 |
16 | 靜寂境に鍛ふ 傷痍軍人會鍊成會終る |
17 | 宜蘭市稅調查會 |
18 | 海に因む“演藝の夕” 島都の“海の記念日”に |
19 | 本社藝能文化研究會試演會報社消息 |
20 | 島都防空展 |
21 | 資源開發に協力 井原新竹州警察部長談 |
22 | 献金 |
23 | 中國中學生訪日見學團入京 |
24 | 懸賞蠅油虫驅除二十日に抽籤 |
25 | 防空群直ちに火事を消止む |
26 | 健全娛樂圖書を重點出版 |
27 | ロバート舁ぎ出し運動開始 米大統領候補に |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 百鍊不敗の皇軍 北寒に薰る陸軍魂 |
02 | 義勇隊の英靈 無言の凱旋 |
03 | 戰ふ燈臺を語る座談會 釣は名人の域に(下) 苦しかつたこと樂しかつたこと |
04 | 敢鬪の戰士慰問 臺南藝文の多彩な計畫 |
05 | 誇る傳統の海軍魂 |
06 | 生產增強と厚生施設/三好豊太郎 |
07 | 鳳林郡の鍊成 每月二日間早起き駈足 |
08 | 海の記念日音樂會 |
09 | 集へ・決戰の大空へ 航空思想から航空知識 |
10 | 指導理念に透徹 臺中州青少年團單位團長鍊成終る |
11 | 海で伸び行く日本の力 標語優秀作を懸垂幕に |
12 | 共榮建設に驀ら 南方の青少年運動 |
13 | お山の敢鬪振り 嘉義郡守の視察談 |
14 | 日糖社線列車顛覆 |
15 | 地方多より |
16 | 今日の映画演藝 |
17 | 基隆蘭陽地區 |
18 | 基隆の映画 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 学芸 海洋文學の日本的性格/吉村貞司 |
02 | 大陸の印象 滿支を縱斷して/大屋久壽雄 |
03 | 軍國の母に與ふ/村田爲五郎 |
04 | 詩 素晴らしき郭公/陳氏棗 |
05 | 空と海に挑む進軍譜 藝文便り“赤道”五幕の梗概 |
06 | 今井繁三郎油繪個展/立石鐵臣 |
07 | 生活と文化 |
08 | 步む牛 “厚生演劇”演出者のうと/林博秋 |
09 | 家庭 主婦の恥です お臺所の野菜屑/有元石太郎 |
10 | 童謠 お山の子供/月高紅椿 |
11 | 表現の世界と感動 小說「道」と「心象」に就て/韓哲 |
12 | 隨想 晝下り/謝恕里 |
13 | 淡水句會 |
14 | 文化消息 |
15 | 放送塔 |
16 | ラジオ |
序號 | 標題 |
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01 | 臨時地方長官會議 會期けふ一日大成果期待 中央と地方一體化 決戰施策の推進へ |
02 | 反樞軸艦船の喪失 二百十四隻(八十六萬噸)に上る シ島方面 |
03 | 補給持續が大問題 シ島上陸の敵兵に |
04 | 大東亞鐵石の結集 擧國戰力增強に邁進 首相の訓示 |
05 | 赤軍戰車四百十五臺を擊破 |
06 | 圖像:印度洋の護りは固し、敵艦求めて驅潛艇の活躍 |
07 | 米の建艦狀況一瞥 從來と異なり現實的な方針採用 |
08 | 獨軍發表戰況 |
09 | 伊軍發表戰況 |
10 | 獨ソ攻防戰最高潮 オリヨール地區で |
11 | 藤原查察使仙臺着 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | あすは海の記念日 輸送戰に勝拔かう 多彩な“海の記念日”行事 |
02 | 船を伐り出す 氣合で取組む巨材 |
03 | 南の海・北の海 船は樂しきわが家 海を語る座談會 |
04 | 船員さん有難う 日婦臺北市支會から 慰問に雜誌の山 |
05 | 黑ダイヤの增產 先づ運搬路の擴張が必要 藤村知事各炭礦を激勵 |
06 | 觀覽者が殺到 島都防空展第二日 |
07 | 增產に遊閑地總動員 梁井知事率先垂範の藷作り |
08 | ペナンの消防夫 |
09 | 大東亞の青年運動 協和青年團を主體(一) 勤勞、自興運動に邁進 |
10 | 若き血潮は沸る 海軍飛行豫科練習生に新竹州から四十一名 |
11 | 常會指導を報告 基隆市奉公壯年團 |
12 | ラジオ聽取者 ぐんぐん殖えて 年度末には十萬突破 |
13 | 人事・消息 |
14 | 今晩の放送 |
15 | 興南案內報社消息 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵七十七機を擊墜 ソロモン海鷲の大戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月十九日十五時三十分)ンロモン群島方面帝國海軍航空部隊は七月十五日、十六日、十七日左の戰果を攻めたり 一、七月十五日ルビアナ島の敵陣地を攻擊し甚大なる損害を與ふるとともに反擊し來れる敵約五十機と交戰しその十九機を擊墜せり我が方未歸還機十機 二、七月十六日バニコロ島(サンタクルーズ諸島)及びツラギ、ガダルカナルを攻撃し在泊敵艦船に對し損害を與へたり 三、七月十七日ブーゲンビル島ブインに來襲せる敵百六十七機と交戰しその五十八機を撃墜せり 我が方損害九機 |
02 | ニ島我守備隊奮戰 米軍上陸地點急襲敵の出擊を擊退 |
03 | 地方長官に拜謁仰付けらる |
04 | 東條首相參內 |
05 | 企業整備急速に實行 岸商相詳細に說明 |
06 | 森田知事謹話 |
07 | 皇軍の必勝態勢 日に日に強化 |
08 | 明治神宮に參拜 五地方長官 |
09 | 敵屍捕虜十一萬七千 北支軍半ケ年の綜合戰果 |
10 | 海空陸の鍔競合と化す |
11 | 直に實行に移す 地方長官會議終る |
12 | 六月中の戰果(北支) |
13 | 農林省關係協議 |
14 | 昭南特別市長 內藤氏に發令 |
15 | 內藤氏略歷 |
16 | 翼贊會總務局長に小林光政氏を起用 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 海を立體的に認識せよ 大東亞海に雄飛社說 一 皇軍はいまや大東亞の外周を固め、必勝不敗の戰略態勢を構へた皇風萬里、南海の民は米英帝國主義の壓制的支配から解放されて生色漲ぎり、無限の寶庫の扉は開かれて、わが經濟戰略もまた磐石の礎を築いてゐる。而も僅か一年有半にして、この巨大の戰果を齎らされた素因は果して何んであらうか吾吾け御稜威の有難さに只管感激し、笑って陛下の御馬前に討死する皇軍の突擊姿に感謝するのみであるが、同時に海に生き、海と鬪ひ、海を克服したわが日本の偉大なる力をここに見出すのである。思ひ起す、堂堂たる大輸送船團―、マライへ、フィリッピンヘボルネオヘ、スマトラヘ、ジャワへと南海を壓して輸送船團は航進した。近代裝備の精銳な大部隊と武器彈藥と食糧などを滿載した大船團は、無敵海軍の制海權に護られて悠悠と進攻した。而も敵地に近づくや、敵彈雨下の中に黑潮に鍛へに鍛へた日本海員魂を躍らして、皇軍の敵前上陸に決死の協力をしたのである。廣大なる海域を戰面とする大東亞戰爭に於て、いかに輸送船の役割は重大であるかは今更多言を要しない。 二 かくして帝國海軍の威力と海運日本の底力は、大東亞戰爭に於て餘すところなく發揮されたのであるが、それは海に生き、海と鬪った日本はただ海を平面的に克服したはかりでなく、實にこれを立體的に認識し、克服してゐると云ふことである。而もこのことは大東亞戰にはっきりと示され、全世界を驚かしたのである。海面の上には無限の空間が擴がってゐる。この大空は海面と切離して考へることは出來ない。帝國海軍は平面としての海から立體としての海への飛躍を遂げてゐた。ハワイ真珠灣の急襲に於て、わが必中の魚雷は空から降って、米の太平洋艦隊をして忽ちにして海底の藻屑と化せしめたのである。ただ海面をのみ見つめ、大艦巨砲に執着してゐた米海軍は、驚駭して空を見上げたが、時は既に遲かった。そればかりではない。大空を見上げて戰慄してゐた米海軍は、同時に得體の知れぬ爆發の起ったのに再び驚駭した。海中ひそかに、真珠灣の奧深く潜入した壯烈極まりない特攻隊の襲撃であった。海面の上に擴がる大空に着目した帝國海軍は、同時に海面の下に擴がる見えざる戰域に着目した。かくして海國日本の傳統と貫祿は最も進步した海への認識を持ち、それが大東亞戰と云ふ世界史に曾ってなき大事業の上に活かされてゐるのである。 三 大東亞の海はいまや海國日本の手に歸し、その本然の姿にかへったのである解放の喜びに甦へった大東亞には、高らかに新建設が進められてゐるが、併しそれは戰ひ終っての建設ではない。戰ひつつ行ふ建設である。米英を擊滅する戰力を增強するための建設である。日本が最後の勝利を得て、はじめて大東亞の海が靜穩を來たし、各民族の幸福がもたらされるのである。「大東亞交通に關する基本方策」の中に「日本海、東支那海、南支那海などの領域に於てはこれを大東亞の內海たらしめ、皇國を核心とする日滿支の結合を強化すると共に、南方諸地域に於ては海空陸に亘り必要なる施設を整備する」とある、大東亞の內海―これこそ大東亞の海の理想である。此理想が完全に具現するまでは、大東亞海の外廓にある荒波は執拗に怒濤をまき起して、繰り返し繰り返し押し寄せて來るであらう。今こそわれわれはこの荒れ狂ふ怒濤を乘切り、之が克服に進んで海に乘り出さなければならない。殊に木島は大東亞海の略略中心點にある。この大東亞海に散らばってゐる島島を密接に連結するのは、吾吾を置て外はない。かかる自負の下に、從來の舊殼を棄て、大に大東亞海に雄飛しなければならない |
02 | けふは海の記念日 いざ征かん諸共に萬里の波濤乘越えて |
03 | 羅東神社御木棧式 |
04 | 南の海・北の海 海上生活の思ひ出/稻葉鹿之丞 |
05 | 決戰下の體位向上 各地で健民協議會 |
06 | 黑田中將から皇奉に謝電 |
07 | 七洋制霸殊勳章 優良船員表彰式 |
08 | 圖像:ジヤワの博物館 |
09 | 汗の三日、血の三夜 神龍丸坐礁に示す船員魂 噫・木村船長の最期 |
10 | 支會長懇談會 二十二日皇奉本部で |
11 | 宜蘭國語家庭會發會式 |
12 | 責務の重大を痛感 石塚警備府參謀長の着任談 |
13 | 國民貯蓄の街頭宣傳 |
14 | 培ふ“學徒の決戰魂” 男子は增產に、女子は看護訓練に 逞しい總進軍開始 |
15 | 目指す“大作豐作” 新竹州下で農家常會開催 |
16 | 木村船長の遺書 |
17 | “責任感の強い子” 母堂マキ子さん語る |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海軍志願兵けふ募集締切 海に挑むこの意氣 臺南州六萬を突破 |
02 | 增產一路を進む 產業部長以下步調揃へて |
03 | 戰時災害保護法打合 |
04 | 義勇隊員戰歿者 廿二日合同慰靈祭 |
05 | 海の記念日迎へて 海だ・海に生きよ 高雄州水產會長坂口主稅 |
06 | 臺中州の銓衡試驗 |
07 | 納稅優良部落表彰 |
08 | 產奉職長鍊成會 |
09 | 潮州郡の增產進軍 農事實行組合の強化から |
10 | 鄉軍後援會總會 |
11 | 感謝献金 |
12 | 國講講師の鍊成 |
13 | 演劇競演會 |
14 | “いざ我等も立つぞ” 臺南州下學徒の決戰態勢 |
15 | 救急法徹底へ 戰ふ日婦嘉義支會 |
16 | 征け海は招く/山下正樹 |
17 | 演劇指導者鍊成 |
18 | “船は我家” 田村氏表彰受く |
19 | 少國民文化/志田延義 |
20 | 潮州郡支會參與委員任命 |
21 | 高雄日婦の鍊成 |
22 | 菊川教育課長巡視 |
23 | 指導田を設定 村に怠農なく町に隋民なし |
24 | 結核豫防の夕 |
25 | 赤誠の献金品 |
26 | 女性の髪型はこれで行かう |
27 | 船員に感謝 伊藤郵船高雄支店長談 |
28 | 彰化の火事 |
29 | 新竹競馬 四日目の成績 |
30 | 地方多より |
31 | 株式名義書換停止公告/臺灣電力株式會社 |
32 | 今日の映画演藝 |
33 | 基隆蘭陽地區 |
34 | 基隆の映画 |
35 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米、甘藷の大增產 各種施設を擴充強化 |
02 | 食糧增產方策と物資配給改善策(完) 中央參與奉公委員の答申概要 |
03 | 臺拓の鑛工業進出 定款改正の意見擡頭 |
04 | 石炭會社資材課擴充 |
05 | 重要鑛物增產令改正案審議終了 |
06 | デリス粉末價格決定 |
07 | 本島海運、造船政策 海の記念日に際し副見交通總長談 |
08 | 新取引所の發足(二) 改革の要點と影響 |
09 | 農務課の係長移動 |
10 | 商況(十九日前後場) |
11 | ラジオ |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滿洲國皇帝陛下 金屬回收に率先御垂範 |
02 | 國家の至上要求 產業革命ではない 企業整備と首相の所感 |
03 | 李王垠殿下御親補 航空軍司令官に |
04 | 國家の要請に應へよ 山崎農相食糧增產を說く |
05 | 御供出品は一部對日輸送 |
06 | 地方の實情に即し 活潑にこれを運營 安藤內相訓示 |
07 | 大東亞相謹話 |
08 | 圖像:元帥刀拜用の寺內元帥 |
09 | 食糧增產の重要性 東條首相訓示を敷衍強調 |
10 | 政府と協議會長 初の連絡會議開かる |
11 | 澤田廉三大使 ビルマに出張 |
12 | ローマ盲爆 古剎を破壞 |
13 | 日本の親心を認識 比島の獨立準備進捗 |
14 | 小委員會設く 議會運營調查會 |
15 | シ島の樞軸軍 頑強に抵抗 |
16 | 獨軍戰況發表 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 七洋雄飛の殊勳甲 意義深き海の記念日を迎へ 戰ふ船員を表彰 |
02 | 感謝祈願祭を執行 港都基隆は海一色 |
03 | 圖像:優良船員表彰式 |
04 | 惡條件を克服して 斷乎海運力增強へ 副見交通局總長挨拶 |
05 | 海の記念日の由來/谷本沖太郎 |
06 | 圖像:酒類販賣業者の献金 |
07 | 畫劇競演會開催 廿二日新竹庶民組合で |
08 | 遺家族へ前線から寄附金 |
09 | 更に「行軍」を追加 國民體力檢定種目に |
10 | ポンと五百圓 困つてゐる人達に寄附 |
11 | 戰場精神を職場に 從軍記念會幹部けふ鍊成始る |
12 | 四十萬圓献金 酒類販賣業者の赤誠 |
13 | 比島留日學生 第二陣きのふ入京 |
14 | 無緣佛追善供養 |
15 | 海洋寫真と繪畫 高雄市で展覽會開催 |
16 | 基隆で青年團指導者講習會 |
17 | 新竹市內海志檢查 |
18 | 日糟社線列車顛覆後聞 |
19 | ムシ齒綴方入選者 |
20 | 鮮魚の闇取引擧げらる |
21 | 西村文教局長 二十四日から中南部を巡視 |
22 | 羅東郡物資配給座談會 |
23 | 興南詩苑漢詩 恭弔山崎部隊/謝尊五、喜晤灌園先生/王一儂、郊遊/補莊、祝子香君任米搗組主事/岡山栢園 |
24 | 日本數學物理學界大會 |
25 | 人事・消息 |
26 | 今晩の放送 |
27 | 商況(二十日前場) |
28 | 興南案內報社消息 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵船團擊滅の偉勳 レンドバ島、好餌ござんなれ 海鷲精銳一齊羽搏く頭條新聞 【東京發同盟】南天平洋○○にて日野、仁木兩海軍報道班員發、去る六月三十日未明ここ死闘を續くソロモン群島の一角レンドバ島に突如敵は大船團を擁して上陸を開始した、對日總反攻を呼號小□にも同島を奪取せんとする敵は多大の犧牲にも性懲りず巡洋艦、驅逐艦に直衛され大型輸送船數隻を以て來たが好餌ござんなれと地上部隊の猛攻に呼應○○基地に待機中のわが雷擊機隊、戰闘機隊の精銳は敵殲滅を期して一齊に羽搏いた、堂々たる白晝の強襲である、かくて忽ちにして敵上陸部隊並に艦船を完膚なきまでに叩きのめしたのであるが敵は來襲前夜から凱歌を奏して歸還するまで敵船團擊滅の偉勳を樹てたわが海軍航空部隊、雷擊機隊のこれは胸のすくような戰闘の詳報である 秋の涼氣が漂つてゐた二十九日夕刻から翌日の拂曉にかけてこゝ○○基地は非常な涼しさに襲はれてゐる。一月中旬を偲はせるうすら寒さ、基地の空一杯に雨雲が低く垂れこめてゐた。天候の變況は「なにかある」といふ豫感を抱かせてゐる。夕食が濟み消燈前後から一機又一機とひつきりなしに敵機がやつて來た。照空燈や高角砲に追ひかけられてはさつと逃げて行くそして椰子林や飛行場を遠く離れた草叢に盲彈を落して姿を消す、暫くすると又別なのが上空に姿を現はして來るといふ有樣である「フーム、良からんことを企てでゐるな」防空壕の側で煙草をふかしてゐる飛行曹長が言った「珊瑚海々戰や第一、第二次ソロモン海戰の時もそうだつたが敵さんがこうして根氣良く眠氣を醒ましにやって來る時必ず何かやる、きっと今夜もそれに違ひない」果して無氣味な夜が明けた。三十日朝、何時ものように四時半に起床した總員が朝食もそこくに戰闘指揮所へと急いだ、病上りの記者は朝食後身體を橫たへてゐたが飛行場に急ぐ兵隊さんが「おい、今日は雷響するらしいぞ」と話合つてゐるのを耳にし 全神經がこの一言に集中し思はず胴震ひした間もなく中庭越しの電話室の方からかん高い聲が聞えたかなり興奮した聲だ、通信員が○○から得たものを我が戰闘機指揮所に傳へようと電話口で讀んでゐるらしい、「今朝來敵はソロモン群島のレンドバ島に向け來襲中である、攻擊隊○○機は敵船團を攻擊せよ、戰闘機○○機は攻擊機隊を護衛せよ」、記者はベットから撥ね起きるとふらつく足を踏みしめながら夢中で階段を降りた、てうど○○中尉が乘用車で戰闘指揮所に向か所なのでそれに乘せて貰つた指揮所には緊迫したもので渦卷いてゐた、矢繼早に情報が飛込んで來る張り切つた乘員達は既に指揮所に全員集合、今や遲しと發進命令を待つてゐる、飛行場には魚雷を懐いた雷擊機がぴんと鵬翼を張って待機してゐる空征く服裝に威議を正した勇士はピストルや傳家の寶刀を片手に攻擊隊指揮官の訓示を受けてゐる、この日の戰鬪指揮官は更に語を次いで敵情を說明した。「今朝○時レンドバ島附近に現はれた敵船團の兵力は大型輸送船、輕巡、驅逐艦計十數隻なり、攻撃隊は○○隊を一番隊、○○隊を二番隊、○○隊を三番隊とし高度○乃至○から魚雷を發射今朝同島上空の天氣概況は曇、多々雨氣あり、視界十五キロ」、はきくした語調は一人々々の胸に深く刻まれる。細々とした注意も與へられる。○○部隊長が莊重な口調で力強い訓示をした。「本日の攻撃は實に重大である 各自は日頃の腕に十二分の自信を持ち一發必中の戰果を舉げよ健闘を切に祈る」、この間にも天候狀況を知らせる情報が刻々と入つて來た。漸次天候は回復しつつあると言ふ、やがて發進命令は下った。トラックに勇士達が飛乘り夫々その愛機の下に突つ走つた。蝗のように乘員が愛機の上へ飛上る、プルンブルンブルプル、エンヂンは快調、機銃も異常なし、一機二機と離陸進路に集結して行く、地上員が日の丸を力一ぱい振つてゐる。双眼鏡に兩眼を押しつけを見張員が叫んだ、「あゝみんた舉手で答禮してゐます」、機上から攻擊隊員が答へる訣別の舉手これが最後になるかも知れぬ地上員への感謝である、ぐっと熱いものが咽喉元にこみ上げて來る一番機がスーツと滑走路を滑り始めた、指揮機を先頭に離陸間隔僅かに「○秒」鮮かな離陸振りだ、千切れよとばかりに地上員が旗と帽子を振り續けてある、壯絕比なき雷擊行、誰か生還を期してゐよう、敵機の挑戰と防禦煙幕を潜っての體當り然る白晝堂々の猛襲である、一機又一機僚機はレンドバ島の空目指して飛んで行く、指揮官機はぐんく高度をとりながら右に大きく旋回する屬機を待つて編隊を組む 飛行場の周圍を一回二回悠々旋回を續けて堂々の編隊群を形成した頃遙か遠くから戰闘機群の舞上つて護衛隊形を作った、戰爆連合大編隊は更に基地上空を大きく半周して一路南へ飛び去つた、爆音も聞えなくなった、急にひっそりした指揮所に敵情が刻々と報ぜられて來た、「運送船、驅逐艦はレンドバ島北端に向ひ航進中」攻擊隊が基地を發進して三十分、一時間、又三十分、夕陽が白雲を背景に木の葉末を美しく彩り始めた、押し包むように宵闇がひたひたと迫つて來た、と空の一角かう微かな爆音が聞れて來た、指揮所の見張員が双眼鏡にしがみついてゐたが突然喜びの聲を一ぱいに舉げた「○○度方向○○機歸ります」、見よほの明るい夜を背にぴんと張った鵬翼も逞しく海鷲は歸つて來る、「ありがとう、よくやってくれた、ありがとう」目頭がジーンと熱くなつた次々とエンヂンの音も快調に歸つて來る、日のとつぷりと落ちた飛行場に電光がきらくと輝いて戰勝の基地を明るく照してゐたこの日の綜合戰果は大型驅逐艦、驅逐艦一隻擊破、輸送船三隻擊沈、同三隻擊破、飛行機五十機以上撃墜、戰闘は何時終了ともなく繼續される、吾々は青史を飾る戰果の蔭に壯烈護國の華と散った空の將兵達に滿腔の感謝を捧げようそして敵擊滅の最後の日まで勇猛果敢な攻撃を續行、今は故き皇軍勇士への手向けとしなればならぬ |
02 | 澤田大使の親任式 新生ビルマに派遣 |
03 | 山崎農相參內 |
04 | “頑張るつもりだ” 澤田大使所感を語る |
05 | おのれ遁すものか 矢繼ぎ早やに敵艦船に巨雷 レンドバ白晝雷擊 |
06 | 協議會長の初會合 活潑な意見を交換 |
07 | 地方行政に貢献 |
08 | 綿絲價格調整要綱 きのふ閣議決定發表 |
09 | 圖像:炎熱下儼たる我が海岸監視隊の活躍 |
10 | 地方參事官最初の會議 |
11 | 商工經濟會 五縣の設立委員 |
12 | ニ島敵陣地を爆擊 |
13 | 在支米空軍の北部佛印盲爆 |
14 | 漸次北方に移動 シチリア島の戰況 |
15 | 鐵道車輛の計畫增產確保 |
16 | 漢口所在敵產 第一回の移管式 |
17 | 暴虐法王廳所在地の爆擊 南米諸國大反響 |
18 | ピオ十二世嚴重抗議 ル、チに親書以て |
19 | 伊軍の發表 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 青果物配給機構の再檢討 特に臺北市の配給機構に就て社說 一 決戰下副食物たる蔬菜の確保は島民保健の關係上最も必要とされてゐるに鑑み督府に於ては蔬菜の自給自足に凡ゆる對策を講じてゐることは周知の如くである。即ち夏秋期に於ける蔬菜の缺乏に對しては先般新に夏期蔬菜對策要項を決定、家庭園藝の普及徹底、出荷の促進強化、出廻品の買付貯藏、特殊蔬菜の配給制並に全島的需給計畫の設定を實施することになったのみならず一面都市、地方間の配給公平及一般都市に於ける配給圓滑を期するため青果物の配給機構を改善、整備し臺灣青果會社を荷受機關として全島に亘る一元的統制を行はしめることになった。機構整備の要點は主要都市に於ては(一)卸賣市場に於ける仲買人制度の廢止(二)小賣商を以て配給組合を組成せしめること又主要都市以外の地區に於ては(一)青果物配給組合の青果會社への買收統合(二)街卸市場の經營を會社が代行することにある。右の趣旨の下に新機構が着着確立されつつあるが最近に於る臺北市の機構整備が圖らずも所期に反して逆現象を現出したため新機構は嚴しい再檢討を要請されるに至った 二 周知の如く臺北市では去る十五日より中央卸市場に於る仲買人制による糶賣を廢止すると共に評價委員によって每日の出荷を評價した後之を市內三十三ヶ所の配給所に配給しそれを通じて更に三百ヶ所の店賣、行商人に配給の上自由販賣を行ふことになった。しかしそれが新機構への切替當初の一時的混亂に加へて市小賣商配給組合が共同計算制をとったために却って混雜の逆現象を呈し一般消費者に多大なる迷惑をかけてゐる。新機構による一時的混亂は後に讓るとして組合の共同計算制は此際大いに再檢討し速かに改善する必要がある。勿論共同計算制は闇取引を防止する上に於て極めて理想的であることは否されないがしかしそれが却って蔬菜の配給不圓滑を來すのでは實行されるべきではない。現在の如く組合で千二百人もの組合員の賣上高を全部まとめた上でその六割を營業費、人件費に充當し殘り四割を實績割により組合員に配分するのでは數ヶ所の店賣が一ヶ所に集中限定し行商人が一ケ所にとどまって販賣するに至ったのは蓋し無理からぬことである即ち共同計算制の結果蔬菜販賣に對する從來の親切が低下し為に消費者の行列買を惹起するに至ったことは勿論蔬菜入荷の減少にもよるとはいヘ由由しき問題だと謂はねばならない。 三 從ってたとひ共同計算制をとるにしても店賣、行商人への俸給を組合、配給所の營業費、人件費の控除殘額を以て支給するが如く不一定なものとせず何よりも先づそれらの俸給を固定化する必要がある。しかしこれによっても尚幾多の弊害があるので從來通り個個人の賣上高を個個別別に收得するに如くはなく、共同計算制の廢止が最も急務でなければならない。蔬菜の自由販賣を配給制と錯誤して八百屋が親切さを失ひかけてゐるのは全く共同計算制に基くに外ならない。從って共同計算制の廢止が今後の蔬菜配給圓滑化に幾何ばかり寄與するかは言ふ迄もなからう。しかし絕對的には尚青果會社の集荷による供給量の如何が大きな問題であって小賣商が共同計算制の廢止に伴ひサーヴィスが向上した所で配給される蔬菜其自體がなければ意味はなさない青果會社が從來の島外業務より青果物の全般的統制といふ島內業務に主力を注ぐことになったのは客觀情勢のしからしめるところであって今や半國策的性格を帶びてゐる。從って仲買人が多大なる犧牲を拂った後をうけて荷受機關として活動する限り徒らに營利に走ることなく集荷に懸命の努力を惜むべきではない。切替當初の不慣は止むを得ないとしても若し今後とも蔬菜配給が不圓滑のままであれば仲買人廢止前の配給機構に逆戾りすべしと結論する他はなからう |
02 | 勝利は海から 海上輸送戰に勝拔け 寺島遞相放送要旨 |
03 | 照宮內親王殿下 畏くも勸報隊の作業に御參加 |
04 | 海の輸送戰を聞く(上) 船長頑張れと激勵 味方機から通信筒投下 |
05 | 島都海一色の催し 七時から“海の記念日の夕” |
06 | 奏でる海の讚歌 會眾の心齊しく海へ |
07 | 帝都の海の記念日祝典 |
08 | 遊閑建物の開放 住宅難緩和策として鈴木氏 皇奉本部部長會議で提唱 |
09 | 海運戰士を犒ふ 高雄日婦慰問品を贈呈 |
10 | 陸軍簡閱點呼 |
11 | 美事な製作に感謝 敵機模型展に觀覽者殺到 |
12 | 二期作の指導へ 藤村知事陣頭に立つ |
13 | 南方農業技術員 高雄訓練所晴の開所式 |
14 | 澤木氏招いて 舞臺照明指導 |
15 | 健民への集ひ 新竹州健民指導醫連絡會議 |
16 | 學園から增產協力 新竹市の學徒牛埔山を開墾 |
17 | よく眠れ・よく働け 強い日本人に自己鍊成 |
18 | 巢立つ產業戰士 臺北州勤勞訓練所修了式 |
19 | 公設產婆配置 宜蘭市民利用を希む |
20 | 寫真始政五十年史 情報課で寫真募集 |
21 | 海に鍛へませう 海洋團體長距離水泳會開催 |
22 | 白衣勇士慰安會 |
23 | 彈丸切手抽籤 |
24 | 夏の衛生 州衛生課一般の注意協力を要望 |
25 | 檜油集配組合創立 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 目ざす黑潮の若櫻 高雄州は八月四日から試驗始る |
02 | 嘉義市の“海志” 締切つて四、三三三名 |
03 | “採用して下さい” 純真!!中國籍青年の呼び |
04 | 真田官長來斗 |
05 | 武勳萬古に薰る 戰歿勇士の告別式 |
06 | 南の海・北の海 源平の決戰と潮流 源氏勢は斯くして善戰大勝/松本義藏 |
07 | 航海安全祈願祭 海の記念日港都の行事 |
08 | 屏東市海志身體檢查 |
09 | “海の住人”を表彰 |
10 | 一路增產あるのみ 行脚の路路功勞者を表彰 |
11 | 華僑の赤誠 玉碎勇士に献金 |
12 | 兄散華して弟續く この母にしてこの子らあり |
13 | “我に續き敵を擊て” お山の乙女ら感激して立つ |
14 | 海運強力化が第一/石垣廉 |
15 | 圖像:新しき中國の青年團 |
16 | 堆肥はどつさり 田植えは正條密植 |
17 | 蝸牛を家畜飼料に 妙案!二百萬斤捕獲の計畫 |
18 | 來りて見よ 海洋展覽會 |
19 | 娛樂指導者講習會 |
20 | 嘉義日婦心から白衣勇士を慰問 |
21 | 樂しい田植 |
22 | 演劇競演會入賞者 |
23 | 目指す大空へ 母を說伏せて海鷲志願 |
24 | 青年劇指導者鍊成講習會 |
25 | 臺中市奉壯團月例懇談會 |
26 | 赤誠の献金品 |
27 | 大消毒槽設置 |
28 | “元氣潑刺” 展東郡下點呼 |
29 | 鄉軍鍊成成る |
30 | 道士を叩き直す鍊成講習會 |
31 | 鳳林街協議會 |
32 | 集集桔梗俱樂部 一周年に張切る |
33 | 豚泥捧就縛 |
34 | 地方多より |
35 | 今日の映画演藝 |
36 | 基隆蘭陽地區 |
37 | 基隆の映画 |
38 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 生產增強の昂揚へ 來月より缺勤防止運動展開 |
02 | 輸送戰に勝ち拔け 海の記念日に際し伊藤遞信部長放送 |
03 | 臺北市青果物配給 共同計算制廢止を要望 |
04 | 全國水稻植付狀況 昨年に比し極めて良好 |
05 | 更生自轉車を製造 自轉車更生會社設立 |
06 | 中平食糧局長 新莊郡下を視察 |
07 | 農村議員同盟 調查會總會を開催 |
08 | 臺中州醬油工業會社發起人總會 |
09 | 臺灣新興業會社設立 |
10 | 商況(二十日後場) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(1015)/黃得時;碇政彌 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 敵廿九機を擊墜 エレベンタで我海鷲の大戰果 |
02 | 獨伊兩巨頭會見 軍事的諸問題を討議 會談數時間 |
03 | 樞軸軍の戰力強化 神經戰術に對し絕好の回答 |
04 | 協議會運營構想と各地域施策案成る(上) 九協議會長は語る |
05 | 赤軍戰車喪失五千餘臺 |
06 | 伊政府公表 |
07 | 敵二百五十機擊墜 伊空軍一週間の戰果 |
08 | 圖像:敵基地上空戰鬪配備につく海鷲 |
09 | 獨軍全陣地を確保 赤軍の進撃を阻止し 虱潰しに戰車を擊破 |
10 | 兩軍の激鬪は續く |
11 | 赤軍莫大の損害 七月五日より十九日迄 |
12 | 翼壯式增收技術の全國的普及徹底へ 決戰食糧增產、翼壯全國に通牒 |
13 | 獨ソ入亂れて激鬪 |
14 | 總統大本營戰況公報發表 |
15 | 米兵を苦しめる夜襲戰 ソロモン戰線米記者の報道 |
16 | シ島の樞軸軍 敵の前進阻止 |
17 | 伊軍發表戰況 |
18 | 赤軍、諾威北部に上陸を企圖 損害蒙り潰走 |
19 | アムステルダムを反樞軸空軍が盲爆 |
20 | 伊ハ大將戰死 |
21 | 佛印、原住民を行政官に登用 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 若人感激の裡に締切る 海軍特別志願兵 適格青年殆ど出揃ふ |
02 | 賞賜物件傳達式 廿三日兵事部で擧行 |
03 | 各宮樣方も御參加 學習院の夏季鍊成 |
04 | 海の輸送戰を聞く(下) 乘船すれば戰だ 安全航海即ち戰力增強 |
05 | 敵空睨んで學徒起つ 決戰の大空へ續續志願 |
06 | 愛國蓖麻競作會 臺北州で審查開始 |
07 | 真田北署長 白衣勇士慰問 |
08 | ジヤワ藝術の粹ジヤカルタ博物館案內記 |
09 | 臺灣は初めて 村瀬海軍武官の着任談 |
10 | 基隆は名殘惜しい 榮轉した岡本大佐語る |
11 | 華僑の赤誠 |
12 | 慰問雜誌一萬餘 爾後入港の船員にも贈呈 |
13 | 大空へ羽搏く“學鷲” 國土一周遠距離航法訓練を敢行 |
14 | 船員慰問金醵出 |
15 | 夏季鍜鍊の勵行 翼贊會、八月の徹底事項發表 |
16 | 賞詞に榮ゆる高砂義勇隊 |
17 | 興南詩苑漢詩 癸未年自題夏季戰時裝小照二首/黃純青、晴園觀仙丹花三首贈純青兄/小維摩、晴園賞梅/吳夢周、晴園觀梅次韻/黃賛鈞 |
18 | 基隆炭礦瑞芳二坑從業者献金 |
19 | 暴風被害狀況 |
20 | 臺北市臨時大清潔日割 |
21 | 人事・消息 |
22 | 今晩の放送 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 揚陸貨物舟艇を 木葉微塵に粉碎 レンドバ島爆擊詳報頭條新聞 【南太平洋戰線○○基地にて廿一日發同盟】敵アメリカの機動部隊レンドバ島上陸のニュースに俄然色めき立つたのはわが○○爆擊隊であつた「出動」の命令一下清澄の南海の上空に爆音を轟かせて堂々の編隊が日の丸もあざやかな銀翼を連ねて一路レンドバ島目ざして南進して征つた七月二日第○次の爆擊行である敵アメリカの呼號する南太平洋島嶼飛石反攻作戰は小□にも六月三十日早曉ニュージョーヂア島ムンダの南方レンドバ島に對して始められた輸送船六隻、驅逐艦七隻、海上トラック上陸用舟艇百數十隻、更にこれに巡洋艦有力な航空部隊を配した大機動部隊だ日每に苛烈の度を加へる南太平洋戰線にあつてこうした敵の蠢動は豫で豫期されてゐた所とて命令一下わが陸鷲の大編隊陣は海軍部隊との緊密なる連繋の下にこの敵機動部隊擊滅に勇躍出動したのであった、以下は○○飛行場で綴ったレンドバ島第○次爆擊行の詳報である ○○部隊長の直接指揮する○○機の大編隊は刻々レンドバ島に近づいて行く○○部隊長に續くものは○○大尉○○大尉の指揮する各部隊、南海特有の天候を衝いて敵米何するものぞと抱へ込んだ必中の巨彈○○發、きつと嚙みしめる口元も固く○○部隊長以下全搭乘員の決意は敵上陸部隊殲滅に燃へ上つてゐる○○基地を出發する時○○部隊長は訓示した「敵は有力なる航空部隊を配してゐるわれを邀擊し來るは必定だ各員一層警戒を嚴にすると共にわが荒鷲魂を遺憾なく發揮するよう」部隊長を仰ぎ見る全員の士氣は天を衝く、轟然たる爆音と夥しい黄塵を殘して基地を飛び立つて來たのは逐二三分前の樣な氣がする「うんとこの爆彈を御見舞するぞ」誰もが固く心に誓って編隊群は快翔を續けるのだつた目的地はいよく近い、だがこの日敵に近づくに從つて生憎く密雲が立ち罩めてゐた「これは遺憾な」さう思ひつゝ飛翔する裡に雨さへ降つて來た目的地レンドバ島は未だ視界に入らない機上の○○部隊長はぢつと考へ續けてゐた、間もなくレンドバ島附近上空に差掛つたと思つた時○○部隊はその上空をそのまゝ素通りしてニューヂョーヂア島南方へと針路をとつてゐた氣がついた時はレンドバ島は遙か後方である、だがこれは目標を誤つたのではない敵はわが編隊がレンドバ正面を衝くと期待してゐるその逆を衝いて背後から進入しようとの部隊長の辛抱なのである恰かも敵基地たるガダルカナル島から呑んで來たかの如くにである編隊群がまさにニユーヂヨーヂャ島南端近くに差掛った時である「韓進北上」の命令が全機に傳へられた密雲は幾重にもかさなりあって爆撃目標は一向に見當らない雨脚は益々激しく翼に降り掛る音も爆音の中に微かにわかる「困ったな」さうつぶやく裡にも時間は十分、二十分と立って行く レンドバ島敵部隊上陸地點と覺しき個所にも雲のため目標は仲々定めないこの不幸中にも幸なことには敵戰闘機は未だに一機も姿見せない「けふは敵さんうんと來るだろうなあ」とお互ひに語り合ひながら飛んで來たこの島であったが未だに一機も目見へぬとは寧ろ張合ひ拔けの感じさへするだが何時突如として雲間から姿を現はして襲ひ掛るかも知れない油斷は出來ないのだこうしてゐる裡にも時間は容赦なく過ぎて行くとその瞬間だつた天佑かぽっかりと雲間に穴が開き睍いて見れば見へる、見へる、海岸左右に彈藥糧秣其他の集積らしいもの二ヶ所「あつ」と思はず聲が出る所だつた、これこそ旋回○○分にして靜く見つけた獲物なのだ「爆擊開始」指揮官機から俟ちに俟つた命令が下った一彈、二彈と必中の祈りを罩めた爆彈が生けるものゝ如く敵貨物群の真中に吸び込まれて行く一瞬ぱっと上る焰の中から黙々と白い煙が立ち上つた指揮官はぐつと入江を指して進入した 上陸用舟艇が右往左往してゐるので視界にはいつた、機を逸せず放たれた爆彈は轟然たる水柱と共に次ぎくとこの舟艇群を轟擊沈して行くなほも勇猛旋回、獲物を見つけては爆彈の雨を降らせてゐるとき突如指揮官機の左側方に真白い綿の樣な彈幕が見える地上砲火かと思つて見つめる部隊長の視界にはいつたものは笑止にも灣外に浮ぶ二隻の敵中型輸送船からの高射砲だ小積千萬と機首を向けた我が荒鷲の一機はそのまま輸送船上の真向から振りかざした寶刀ならぬ竇彈一閃必中彈はそのまま船尾に飛び込んで炸裂船尾からは一瞬白煙と共にめらくと赤い焰が見え出した、他の一隻なと見れば何時の間にかこれもマストを吹き飛ばされてゐるかくして全彈は悉く敵上陸部隊の命とたのむ揚陸貨物舟艇を木葉微塵に粉碎し去ったのだ時間はと見れぱ○時○分、故障機はないか注意する、指揮官機に應答する「全機異狀なし」歸還の編隊は組まれたかつてない密雲に惱まされながらこの大戰果を舉げた○○爆擊機隊の大編隊陣は長期間の健闘を祝福して今こそレンドバ島を尻目に○○基地へと歸還の途についたのであつたのである こちらは◯◯基地である、豫定の爆撃時刻はもう過ぎてしまつたが爆擊隊からは同等の無電もない「變だ」何か不安なものが走る、○○大尉を始め四、五名の航空士官はどうしたのかと無電室に駈け寄って「オイツ、何か入らんか」と叫ぶ、○○中尉の面上も時間の經過につれて一層蒼白に緊張して來る、二十分、三十分、四十分と時間は刻々過ぎ去って行く、この頃だ「爆擊終了、全機無事歸還せんとす」待望の無電が入った「何ツ」と頭を擡げた○○中尉の顏面は一瞬にして綻んで無電係の下士官の差出ず紙片に喰入った、とうくやつた「全機異狀なしだぞ」一瞬にして爆撃隊の生還を待佗びてみた○○大尉以下の緊張は緩んで「あゝよかった」とみんな顏を見合すばかりだつた、出發時の情報では敵戰闘機群十機レンドバ島上空哨戒の筈だつた、恐らく友軍機を邀擊する これら敵戰闘機との壯烈を空中戰闘必至と覺悟して行つた友軍機は一機も損はず全機悠々歸還の途にあるではないか「萬歲よかつたなあ」誰からとなく發せられた「後○時間後には歸還しますよ」やがて○時二十分頃だ、飛行場の北方からプーンプーン聞える大爆音、これこそ待構へてゐた我が爆擊隊である、豆粒程の大きさからだんだん大きく目に映つて來る、一機二機三機椰子林の上空にくつきりと編隊を現はして來た、何んと言ふ見事さだ、指揮官機を先頭に長時間の爆擊行の後とも思はれぬような整然たる編隊美、五機六機と後からくと視界に入つて來る、「あゝ歸つて來た、歸つて來た」、叢に腰を卸して待つてゐた地上整備員も思はず立上って空を見上げた、「あゝみんな歸つて來たぞ」、地上勤務員は肩を叩いて喜び合ふ、やがて全機續々と着陸した、「本日の戰果、地上炎上二ケ所、舟艇多數轟沈、輸送船一隻炎上、一隻爆破」、各中隊長を集めてこう語る部隊長、静かに聞入る各中隊長の顏には微かな微笑が浮んでゐた |
02 | 武勳は永へに輝く 阿部中將以下二千餘名 陸軍關係論功行賞 |
03 | カントン島を強襲 海鷲各方面に活躍 |
04 | 棲絕なる航空決戰 ○○部隊長苛烈な樣相を語る |
05 | 戰鬪の苦しさを知る 米前線特派員の戰況報道 |
06 | 民間軍事功勞者も光榮の行賞に沿す |
07 | 會長知事の權限 廣範な裁量權を委讓 |
08 | 臺灣關係の受賞者 |
09 | 共同で大反擊 獨伊兩巨頭の會談內容 |
10 | 獨伊軍の反擊 いよいよ熾烈 |
11 | 樞軸軍の戰果 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 單位收量の向上を圖れ 一路米作增產へ社說 一 重要食糧即ち米、麥、藷類、雜穀等の飛躍的增產は時局の絕對的要請で、今や擧國總進軍、涙ぐましい奮鬪を續けてゐるが、本島にとっては何んと云っても米が最も重要で、米作の增產に主力を注ぐべきである。この問題に關し皇奉中央本部では全島の參與、奉公委員を召集全體會議を開催した。各參與、委員から種種熱烈なる建設的意見の答申があったが、要するに可能なる範圍內に於ける耕地面積の擴張と、出來得る限りの單位收量の向上を圖ると云ふ二點に歸着する。殊に本島は單位收量が內地に比して極めて低位にあり、年二回の收量でやっと內地の一毛作に及ぶとい狀態である。これは氣候、風土其他本島の特殊事情に左右されてゐると云ふべきであらうが、それにしても內地との隔りが餘りに大きく或意味に於いて生產技術改善の不徹底と、農業經營法の改良の遲遲たることを示してゐるとも見るべきで、それだけ本島の米作は、なほ立體的に增收を圖るべき餘地な多多あると云ふべきではなからうか。「內地に追ひつけ」を米作增產の合言葉に、單位收量の向上を圖ることこそが增產本島の一大課題である 二 然らば單位收量向上の目標は如何、換言すればどれ位增收を圖ることが出來るか、この可能的標準を示すものとして昨年度の多收穫競作會に於ける受賞者の成績は、甲當り玄米(兩期作通算)一等が百八石餘り、二等が百六石餘り、三等が百二石餘りとれて美事に總督賞の目標たる百石を突破してゐる。また本年度第一期作に於いても新竹州下の出品田では、甲當り四十石が二名、五十石が一名、五十五石が一名、六十石前後が一名と云ふ好成績を擧げ、三名が入賞圈內に突入してゐる。固より當局の技術指導の徹底と、篤農家の献身的努力の結晶であるが、採算を多少度外視した園藝的な耕作方法で一般には緣遠いものであらう。だがこれは一つの可能性を示し「內地に追ひつけ」どころか寧ろ追ひ越してゐる成績で、增產臺灣にとり喜ばしき限りである。この成績を目標に採算のとれる樣に、即ち技術の改善、高度化と農業經營の經濟的合理化を結合させて、更に立體的の研究を進めていけば、上述の標準目標には達しなくても本島全體として莫大な增產になること必定で、技術の指導に當る優秀なる技術者と矜持を以て、創意と工夫により合理的に農業を經營して行く篤農家の最大の努力が要望される所以である 三 米價の引上げ、特に生產者價格に於いて大幅の引上げがなされたことは、米作增產の要望に應へて經營の採算化を目指したものである。目標は一にかかって增產にあり、技術の高度化と經營の合理化を促進せんとするものである。我等は深く當局の意のあるところを省察し、米の增產に挺身すべき覺悟を新たにしなければならぬ。農村を指導すべき指導員、篤農家は一層の奮起を要し採算のとれる米作の增產、單位收量の向上に向って一路邁進すべきであることは言を俟たざるところである。殊に技術指導員はペンを執る手に鍬とシャベルを握り、實踐を以て農民の勞苦を體驗、而してその體驗に基いて增產を指導する即ち率先垂範の下に農家、技術員打って一丸とする總進軍運動を展開すべきである。高雄州農林課の技術員鍛鍊道場設置は、この趣旨に基いたもので時宜に適した措置と云はねばならぬ。技術員の以で範とすべきであることを揚言するものである |
02 | 伜も私の體の一部 伜の光榮はこの身の光榮 恩命に輝く青木中將母堂語る |
03 | 行樂地も決戰態勢 標準溫泉地設定具體化 |
04 | 民間の軍事功勞者 百六十四名に初の敘勳 |
05 | 學徒待つ兄鷲(1)磯の香も強い 水戶の飛行學校 |
06 | 澎湖の海志 百%に肉迫 |
07 | 食糧の增產こそ 銃後の至上命令 生產者も消費者も足並揃へて猛進 |
08 | 男の頭髮も決戰型 |
09 | 兒玉藤園將軍法要 |
10 | 靈域に魂磨いて 街庄教化指導者鍊成會終る |
11 | 食糧增產と企業整備 各大臣とも真摯な意見を開陳 森部森田兩地方長官語る |
12 | 彈丸切手當籤番號發表 |
13 | 雜草を食べませう 美味しくてしかも榮養價が高い 北三女で研究に大童 |
14 | 澎湖廳に勸業課 二十日に店開き |
15 | 蓖麻八百萬本 新竹州下で栽培計畫 |
16 | 船員の殊勳甲 |
17 | 五萬噸の浮船渠 浮揚げに見事成功 |
18 | 牛公の迷子 謝禮金を獻金 |
19 | 高雄市內視察 |
20 | 蠅油虫撲滅の當選番號發表 |
21 | 十八日の春競馬 秋競馬に繰入れ |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海へ海へと殺到 嘉義郡を筆頭に 臺南州六萬突破 |
02 | 健民部落指導大綱 新竹州下で連絡會議 |
03 | 知事表彰傳達 |
04 | 武勳永へに薰る 戰歿勇士の臺南市葬 |
05 | 南の海・北の海 海運界必勝の道/室塚鐵二 |
06 | 感謝の鶏一千百羽 |
07 | “海志”試驗 二十二日から |
08 | 慰問袋をどつさり屏東市日婦の丹誠 |
09 | “大增收の秘訣” 臺中州各市郡に通達 |
10 | 船員に感謝しませう/福永秀人 |
11 | 中壢街協議會 |
12 | どしどし捕れるぞ 今秋からポラは巾着網で |
13 | 女教員救急講習會 |
14 | 農事實行組合の強化 |
15 | 百姓さん真摯敢鬪 惡條件を克服して增產 |
16 | 大塚氏州議當選 |
17 | 坂口日婦支部長 お山の遺族慰問 |
18 | 臺南州水產會議員 |
19 | “再生奉公せよ” 後援會發起人會 |
20 | 赤誠の献金品 |
21 | 男女青年幹部猛烈な鍊成 |
22 | 畫劇競演會 |
23 | “青年厚生の夕” |
24 | 感電絕命 |
25 | 早川保安課長巡視中殉職 |
26 | 豆外信 |
27 | 人事報社消息 |
28 | 地方多より |
29 | 株式名義書換停止公告/株式會社臺灣銀行 |
30 | 今日の映画演藝 |
31 | 基隆蘭陽地區 |
32 | 基隆の映画 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 甘蔗の買收價格 府の方針業者に言渡す |
02 | 食糧增產方策 暗渠排水事業を重視 |
03 | 農機具の供給確保 中間手數料壓縮を要望 |
04 | 新取引所の發足(三) 取引員の合同不可避 |
05 | 臺北市蔬菜緩和策 目下市當局で考究中 |
06 | 歐洲の經濟情勢 |
07 | 檜油の需給狀況 愈よ重點的配給を斷行 |
08 | 起債市場の好轉策 轉換社債の發行を考慮 |
09 | 商工組合の改組 幾多重要問題を包藏 |
10 | 臺灣檜油集荷配給組合創立 |
11 | 農機具修理事業 昨年度は至極好成績 臺灣農會 |
12 | 落花生出廻期に對處 高雄州蒐荷に萬全策 |
13 | 商況(廿一日) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(1016)/黃得時;碇政彌 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | フナフナ島攻撃 敵軍事施設に大損害 |
02 | 有田、山川兩氏を外交顧問に起用 重光外交一段と強化 |
03 | 翼政會の窓口へ 商工省から潤滑油部隊が應援 |
04 | 賜與の羽蒲團傳達式 |
05 | 緬甸の輝く業績 行政府成立一周年 |
06 | タイ國新領土接收方針一致 |
07 | 協議會運營構想と各地域施策案成る(下) 九協議會長は語る |
08 | 敵船舶に大損害 獨空軍マルタ島強襲 |
09 | 圖像:燦と輝やく軍旗を捧じ米英擊滅に燃へニユーギニア島○○戰線を征く皇軍 |
10 | 上海佛租界還附に調印 |
11 | フ、カ兩市撤收 伊軍戰況公報 |
12 | 伊軍戰況發表 |
13 | ギヤング式謀略 カトリツク教徒の憤激を買ふ ローマ盲爆堀第三部長語る |
14 | 法王廳の抗議に米英兩國は沈默 |
15 | 夏季戰勝敗 オリヨール地區で決せん |
16 | 僅か廿語の公報 獨逸異例の發表 |
17 | 依然激戰 |
18 | アゾフ海の諸都市砲擊 |
19 | 臺灣新聞會臨時總會 |
20 | 商工省辭令 |
21 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 海へ怒濤の總進擊 志願兵に示す若人の意氣 締切つて卅一萬人 |
02 | 皇奉運動に拍車 けふ第一回支會長會議 |
03 | 圖像:皇民奉公會支會長會議 |
04 | 決戰下の文官服裝 適宜なもので差支へなし 齋藤長官管下に通牒 |
05 | 御歌及御紋菓傳達式 |
06 | ビルマ獨立秘話(一) 脈打つ逞しい意欲 幾度か英國軍を蹂躪 |
07 | 滿洲開拓に協力 女子大生近く渡滿 |
08 | 田端臺電副社長が辭任 後任は松本氏 |
09 | 獨映畫界の近況 戰時でも水準は向上 |
10 | 船員造船工の慰問演藝會 |
11 | さア、決戰の夏だ 暑さに負けるな 海に山に鍛へよ |
12 | チヤンドラ・ボース氏歡迎印度婦人大會 |
13 | 防空警報發令中 汽車やバスの措置決定 |
14 | 申合事項追加 新竹州支部常會 |
15 | 各種大會無期延期 |
16 | 森部總務局長 新規採用試驗に出席 |
17 | 海の寫真展 けふから店頭へ |
18 | 興南詩苑漢詩 仲夏山莊□誌八首/文訪 |
19 | 食糧增產に突進 基隆市で地方別懇談會 |
20 | 本年度の臺大研究費補助 |
21 | 基隆造船會社 きのふ設立打合せ |
22 | 新竹州畫劇競演會 |
23 | 基隆で貯蓄懇談會 |
24 | 戰ふ“南方醫學” 臺大で夏期講習會 |
25 | 忌明に献金 |
26 | 人事・消息 |
27 | 今晩の放送 |
28 | 河野農林省事務官來宜 |
29 | 商況(廿二日前場) |
30 | 興南案內報社消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 大空の若き防人に 學徒驀らに參ぜよ 友森兵備課長烈烈の放送頭條新聞 【東京發同盟】陸軍省兵務局兵備課長友森清晴大佐は二十二日午後七時から「大空の若き防人」と題しラジオ放送を行った。同大佐は若人の熱意に訴へて國家の現狀、戰局の現段階を凝視する學徒は驀らに第一線に出て敵を擊滅すべき空の防人たれと要望した放送要旨左の如し 決戰は愈々深刻になつた。然もこの決戰は激烈悽愴なる航空決戰に依り戰はれ、この航空決戰の勝利は將に全局の勝利を左右する事を示しつゝある。陸軍に於いて創設した特別操縱見習士官の志願資格については專門學校令に依る學校卒業程以上と定められてあるがこの以外からまことに澤山の熱烈なる御希望がある。しかし乍ら本年は諸種の關係上志願資格の變更は不可能であるので諸君の熱情に應へる事が出來ないのをまことに殘念に存ずる尚大學々部等在學生の志願資格について疑問あるようであるが大學豫科、高等學校高等科、專門學校等を本年九月中に卒業しておれば全員完全に資格があるのである陸軍としては卒業生に勿論どしてく來て貰はねばならぬが特に在學生に對し多大の期待を持つてゐる志願締切りは七月三十一日だからもう間に合はないとて御心配はいらぬただ「そうだ七月一杯だ遲れないように早く願書を出そう」と云ふ風にして戴きたいと存ずるきて第一次、第二次ともに合格せられた者は十月上旬水戶陸軍飛行學校又は 陸軍大臣の定むる部隊に入隊するのであるがこの陸軍大臣の定むる部隊に入ると云ふ事について御了解の違つた向きもあるので申し上げるこれは初年兵等と一緒に教育する等の意味では全然ない、陸軍では一般に部隊と云へば學校も官衙も全部含むのである、見習士官は全部始めから學校に入れるのであるが入りきらぬところは教育隊に入れるこの教育隊の內容は學校と同じようなものだから從つて全部學校に入ると思って差支ないわけである親愛なる學徒並びに青少年諸君、諸君は皇國の青少年として皇國の學徒として戰局を凝視しつゝ勝利のため自分は如何にすべきか如何に進む可きかどうするのか國家の要請に即應する一番の途なのがを真劍に考へて來た事と思る諸君の先輩は否諸君の父上は兄上は親友は今東亞の空に赫々の武勳を樹て又苛烈なる決戰を現に戰っておられるのであるその殉忠の赤誠は絕へずわれくを叱陀し激勵し而してわれくにわれわれの行くべき途を示して吳れてゐるのである諸君は今すぐこれに續くべきである今すぐ先輩が父兄が身を以って示して下された途へ、空の決戰場へ馳せ參ずべきである諸君は南方の空に面憎き「アメリカ」の學生機が橫暴を極めてゐるのを見てどんなにかこれが擊滅に血を湧かしておられる事だらう彼等は 南太平洋に勝利を得た後神州來寇を豪語してゐるのである勝利を信じ損害を意とする事なく突擊を反復する彼等の戰意は敵ながらの天晴れ熾烈なもるのがある。ビルマに於いても支那大陸に於いても同樣である。諸君の父上は兄上は親友は今そこでこの敵と激闘を續けられてゐるのである諸君よ一刻も早く大空の防人となつて父上の兄上の親友の急を救へ、父上兄上等が獲得してゐる戰果を擴充せよ、大和魂をぶつつけて東亞の空から速かに敵を掃蕩せよ、これ生を皇國にうけた若き防人の任務である、若き諸兄の第一に進むべき途である、數人の愛兒を少年飛行兵に送つた母、男手一つで育てた一人兒な陸鷲に出發せしめた父、親なき兄弟なき一人の弟を少年飛行兵に送った姉敦へ兒數十人を空へ志願せしめ自ら又空の防人と飛び立つた國民學枝の先生、その他空への献身と努力とは數限りないしかし乍ら又一方には決戰場に飛び出し得をい人も多いのである蹴切りの決心がかつないためであり蹴切りの決心のつかないためである踏切りの決心のつかない事は諒察がつくこれは恩愛の絆である側から離したくない情愛であるこれは良くわかるのであるしかしこの情愛もこの絆も愛國の赤誠の前には現實を凝視する熱誠の前には戰陣の硝煙の前には目から落けるであろう、最後に工場などに於ける指導者の方にお願ひしたい產業戰士の中にはまだ數多くの少年兵等の志願者がゐるのである、ところが工場の中にはこの挺身殉國の青少年の熱情を抑壓するところもある斯くの如きは第一線充實の急務に鑑み充分の御考慮をお願ひする次第である |
02 | 善謀勇戰、武勳赫赫 殊勳甲五藤中將以下七十九名 海軍關係論功行賞 |
03 | 貯蓄戰に戰ひ拔こう 今一息の增加が欲しかつた 增加實績に鑑みて藏相放送 |
04 | ライス灣等を爆擊 |
05 | 外國租界悉く回收 上海佛租界の還附で |
06 | 圖像:華北政務委員會委員長王克敏氏南京着汪主席に謁見新任挨拶なした |
07 | 陸軍司政官 |
08 | 自立獨立は略略完整 國府外交の成功 |
09 | 細目取極、了解事項 宣傳部發表 |
10 | 上海佛租界の沿革 |
11 | 黑川、橫山兩大佐 陸軍少將に進級 |
12 | 新銳獨軍增援部隊 續續シチリア島へ |
13 | 伊軍戰況公報 |
14 | 朝鮮水稻植付狀況 |
15 | 戰鬪は膠着狀態 シチリア島の戰況 |
16 | 敵艦船五隻屠る 獨潛艦シ島シ港に潛入 |
17 | 小磯朝鮮總督新京に到着 |
18 | 赤軍戰車百六十三輛擊破 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 革新青年層を再認識せよ社說 一 七月一日から開始した海軍特別志願兵志願者の受付は二十日を以てしめ切ったが、志願者總數三十一萬を突破したことは第一回目として先づ好成績と云ふべく、愛國の至情に燃ゆる本島若人の意氣また頗る軒昂たるものがあると云へよう。まことに御同慶に堪えない次第である。陸軍特別志願兵と云ひ勞務奉公團と云ひ其他國家的要請に應へる幾多の機會に於て發揚された本島若人の意氣は、確かに刮目に值ひするものがあると云はねばならない。本島若人の間に燃え盛る愛國の至誠と熱情は、一切先入り觀、率直であり、真劍であることを認めなければならぬ。支那事變を契機として本島青年の姿は確かに一變したのである。戰時下ここ數年來の本島若人の逞ましい活動は、一にこの至純至誠の精神に發したものであることを改めて見直さなければならぬのである。この意味に於て新しい臺灣の明日を荷ふ本島青年を我我はもっともっと理解し把握し正しく導いてやらなければならぬ。 二 青年が國家社會の原動力であり明日の希望であることはよく云はれるが、戰時下に於ては別してこの感が深い。從って青年が國家社會の中心となり推進力となって國家的要請に應へるべきであることは云ふまでもない。一體に青年は純真であり、感受性が強く、最も感激に富む一箇の大きな實踐力である。痴疑唆巡を知らず、ひたむきに挺身實踐する推進力なのである。支那支變以來の本島青年は先づ第一に最も強き衝動を受け、最も深き皇民意識の昂揚を覺えたのである。ひとたびみたわれの意識に燃えた青年達は斯くして只一途に國家の御奉公へと猛然挺身を致したのであるが、その心境は一點の曇りもなく唯至純至誠、只管國を愛し國の為に働くといふこと以外にはないのである。凡そ功利主義、ひがみと云った如き雜念は、微塵だにないと云っても過言ではないのである。これが今日の本島若人の美はしい姿ではないだらうか。 三 本島青年のこの美はしい姿を何人も再認識する必要があらうと思ふ。今日の臺灣青年を論じ語る場合にこれら新しい青年層の正い姿を沒却するならば遂に時代錯誤を犯すに至るであらう。大東亞十億の民が本來の姿に立返って共榮圈を建設しつつある秋指導者たる日本國民たるの榮譽に感激する本島青年の念頭には只忠良なる臣民たるべき赤誠と努力以外にはないのである、此忠誠と努力を續けてゐる青年達が決戰下臺灣の推進力であり原動力でなければならない。換言すれば決戰下臺灣に負荷せられたる使命を完遂するためには、これら青年層を措いて達成出來ぬ筈である。ここに於てこれら青年層を充分に把握し活用することが官民指導者層の任務と云はねばならない。革新を唱へられながら未だに舊套を脫し得ない本島社會にとって、反省を要すべき一事である。革新青年層と遊離した運動或は事業は空廻りするばかりである。 |
02 | 辱し殊勳の恩賞 遺族が語る武人の俤 |
03 | 大東亞の青年運動(二) 東洋意識に目醒む 新國民運動の大飛躍 新中國の卷 |
04 | お山の英靈合同葬 きのふ旗山國民校で執行 |
05 | 增產に娛樂は必要 皇奉支會長懇談會話題の一つ |
06 | 長谷川さん還曆 かくしやく若者を凌ぐ 李石樵氏感激の繪筆 |
07 | 臺灣農民汗の進軍 現地開墾に決戰は續く |
08 | お相撲さんと滑空機 |
09 | 船員さんを犒ふ 中松高雄市長船舶を歷訪 |
10 | 燃上る食糧增產熱 常會上通事項の殆どが增產策 |
11 | 荊の道踏分けて 梅村君高文に合格 |
12 | 增產の一途へ 收穫終つて田植 |
13 | 乙種巡查を鍊成 井原警察部長から激勵訓示 |
14 | 學徒待つ兄鷲(2) 鮮か編隊飛行 赭ら頰に躍る青春 |
15 | 臺北州畫劇競演會 來る二十五日開催 |
16 | 海志檢查に咲く美談 |
17 | 米供出に萬全 花蓮港廳週間を設定 |
18 | マラリヤ技術講習生募集 |
19 | 花蓮港廳下の海志銓衡試驗 |
20 | 花蓮港會事四つ |
21 | 人事・消息報社消息 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 結婚報國運動 “お目出度は早い程よい” 月下氷人案を練つて推進 |
02 | 御紋菓傳達式 光榮の拜受者感泣 |
03 | 戰ふ船員養成所 七洋制霸目指し 鐵の信念培ふ海の男 |
04 | 遠路をものとせず 胡、王兩君海志に馳參ず |
05 | 街庄職員鍊成會 |
06 | 再び看護戰線に 歸還した五孃赤誠の申出で |
07 | 旭光旗は招く 聾啞の身が殘念だ |
08 | “必勝人形” 競つて作りませう |
09 | 地方行政刷新と文化/日比野士郎 |
10 | よい子供二人 |
11 | 堆肥と草木灰で 西螺街試驗田上成績 |
12 | 赤誠の献金と貯金 |
13 | 銃後は婦人の手で 日婦和美分會懇談會 |
14 | 見事!早期完納 |
15 | 國語は上手になつたか 巡視班皇民塾を廻はる |
16 | 泳げ!泳げ! 臺南で皆泳運動實施 |
17 | 米英擊滅の歌 臺南で皆唱の夕 |
18 | 心琴を打つ熱演 高雄州支部畫劇競演會 |
19 | 彰化市青少年葬 |
20 | 州議、街長が出演 員林郡支會畫劇競演 |
21 | 懇に弔問 |
22 | 遺家族慰安會 |
23 | 市郡事務監查 臺南州廿二日から |
24 | 食鳥事務打合 |
25 | 食糧局長大甲巡視 |
26 | 從軍幹部鍊成 |
27 | 彰化郡米穀組合通常總會日割 |
28 | 南師屏東豫科夏に鍊ふ |
29 | 中堅女子鍊成會 |
30 | 竹山畫劇競演會 |
31 | 健民の夕 |
32 | 吳源源氏逝去 |
33 | 人事報社消息 |
34 | 地方多より報社消息 |
35 | 今日の映画演藝 |
36 | 基隆蘭陽地區 |
37 | 基隆の映画 |
38 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 遊休設備の買上に 臺灣商工營團を設置 |
02 | 重要鑛物增產運動 協力會議で實施細目を協議 |
03 | 轉業者の生きる途 集團轉業と共營工場の實例 |
04 | 第一四半期の貯蓄增加額 七十九億四百萬圓 |
05 | 自動車修理加工業 企業的確立を要望 |
06 | 米穀補給金交付方針 督府關係課で協議 |
07 | 臺灣自轉車更生會社創立總會 |
08 | 開拓農場とはどんなものか 茨城縣鯉淵農場の全貌 |
09 | 米穀補給金と獎勵金 交付規則で一括に決定 |
10 | 明年度各局豫算 來月二日より審議 |
11 | 農事指導者講習會 |
12 | ドイツの生產合理化 |
13 | 商況(廿二日) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(1017)/黃得時;碇政彌 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米軍に猛反擊加ふ ムンダの皇軍奮戰 |
02 | 陸軍少將に進級 武勳の古宮、奧、本鄉三大佐 |
03 | 約六百個師團東部戰線獨ソ兵力 東部戰線、戰局の中心 |
04 | 獨軍發表戰況 |
05 | 圖像:堂堂南太平洋に出擊する海の爆擊隊 |
06 | 對日協力に進む(上) 佛印經濟の轉換 |
07 | 海軍特別志願兵令 けふ定例閣議で決定 |
08 | 獨軍續續兵力增強 シ島愈よ決戰段階へ |
09 | 戰況は小康狀態 ブ特派員の報道 |
10 | 赤軍の損失莫大 中部地區の戰鬪 |
11 | 交換公文の內容 佛の共同租界行政權放棄に關し |
12 | 兵器の多量生產/匝瑳胤次 |
13 | 勤勞配置重點化へ 勤勞行政主務課長會合 |
14 | 日本航空部隊の米西岸爆擊可能 ウイルキンス警告を發す |
15 | 特殊回收銅物件審查委員會 商工省內に設置 |
16 | 日、泰一段の緊密 泰國議會わが眾院議長に感謝メツセージ發送 |
17 | 新京に於ける 小磯總督動靜 |
18 | 商工組合法と企業整備の問題 豐田企業局長は語る |
19 | ピオ十二世 ローマに遷居か |
20 | 獨伊兩巨頭會談の意義 |
21 | 鐵道輸送地方協議會 東京、名古屋、廣島等も設置 |
22 | ボース氏の蹶起 インド東部諸州に多大の反響と脅威 |
23 | 翼贊會第三回の鍊成會 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 匂ふ“花桔梗”逞しく 結成滿二周年を迎へて 五部隊に三日入營 |
02 | 戰ふ女性の意氣 軍律の下に心身鍜鍊 |
03 | 遺烈千載に輝く 譽れの戰死勇士發表 |
04 | 賞賜物件傳達式 けふ臺北兵事部で擧行 |
05 | 遭難船員遺族に御內帑金御下賜 |
06 | 赤誠の慰問群續く |
07 | ビルマ獨立秘話 斷食百六十六日間 抗英に獻身したウイザラ大僧正 |
08 | 鄉土防衛陣完し 竹東水防隊と警衛團の活躍 |
09 | 必勝信念の啟培へ 宣傳協力委員會初顏合 |
10 | 南方視察に 高原權宮司寄臺 |
11 | 實直な青年 戰死した石原軍曹 |
12 | 鍬の戰士義勇團 新竹州第二分團結成式 |
13 | 青少年體力檢查 新竹州けふから實施 |
14 | 軍馬資源強化に 馬政計畫の一部修正 |
15 | 日本精神を學ぶインドネシア女性 |
16 | 農山村に健全娛樂 愈よ移動映寫隊を巡遣 |
17 | 簡保加入率全島一 微笑ましい基隆市民の協力ぶり |
18 | 國語家庭門標交付 |
19 | 初の企業整備資金委員會 大藏省で開く |
20 | 靴下の購入票有效期間延長 |
21 | 臺北春競馬日程 |
22 | 時の話題 シチリアの町町 |
23 | 放送塔 |
24 | 興南詩苑漢詩 蝸牛/楊嘯震、送臺北大學徐先生歸北京二首/石厓 |
25 | 人事・消息 |
26 | 今晩の放送 |
27 | 商況(廿三日前場) |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國際情勢を說明 きのふ重臣懇談會頭條新聞 【東京發同盟】政府は大東亞戰爭勃發以來會つて重臣たりし重臣を招待して重臣懇談會を開いて來たが二十三日午後三時より首相官邸に本年における第三回の懇談會を開催重臣側より若槻禮次郎男等七氏並びに原樞密院議長、政府側より東條首相外關係閣僚、內閣四長官出席、政府側より最近の內外戰況並びに國際情勢全般に關し詳細なる說明を行つた後種々懇談を重ね晩餐を共にして同八特散會、この旨情報局から左の如く發表された 情報局發表(二十三日午後八時) 本二十三日午後三時より東條內閣總理大臣は會つて內閣總理大臣たりし若槻禮次郎男、岡田啓介、平沼騏一郎男、近衛文麿公、米內光政大將、廣田弘毅、阿部信行大將の七氏並びに原樞密院議長を招待して政府側よりは東條內閣總理大臣兼陸軍大臣、重光外務大臣、賀屋大藏大臣、嶋田海軍大臣、青木大東大臣、鈴木國務大臣兼企畫院總裁及び星野內閣書記官長、森山法制局長官、天羽情報局總裁等出席し東條內閣總理大臣より時局に關し說明を行ひ懇談の後食事を共にし午後八時散會した |
02 | 「基地航空隊」主義 米側窮餘の作戰轉換 |
03 | 海軍落下傘部隊見學記 空に咲く純白な花(上)猛訓練の結實、開傘率は百% |
04 | 權利企業中國側へ移讓 高島中支振興總裁上海歸着談 |
05 | 各方面不斷の努力 真に力強い限り 原田最高指揮官の巡視感想 |
06 | 戰力增強の推進に 特別委員會を設置 翼政、七小委員長、顧問を委囑 |
07 | 企業整備に協力 商報中央本部要綱を決定 |
08 | 三鑛物を追加 鑛石統制規則改正 |
09 | 伊國も協定に調印 上海共同租界正式に返還 |
10 | 米政府對葡通貨封鎖實施 |
11 | 國際共產黨の解消に 國共關係が重大岐路 西北の暴動次第に重大化 |
12 | 敢鬪の輸送戰士 六十四團、五十四名を表彰 |
13 | 調印式擧行 |
14 | 中伊共同發表 |
15 | 內地滯留の印度人八氏 欣然獨立運動に參加 |
16 | 英本土空爆 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 新しい勤勞觀に徹せよ社說 一 人が勤勞を希望と歡喜の中に進めて行けるとき、生命は內に充ち人生には建設と進步が生れる。勤勞する凡ての國民がその處を得、その勤勞に於て國家が要請して居るところを正しく理解し、その勤勞に使命や榮譽を感じる時に、それは最高の力となって國運を前進せしめるのである。だが人が勤勞を苦痛と感じ、歡喜なき生活の手段と考へ、勤勞者たる彼に國家が求めつつある奉仕の意義を認め得ない時に、社會の進步と國步の前進は歪められざるを得ない。況して勤勞を賃銀の鎖に繫がれる苦役桎梏と考へしめるやうな勞働組織や勤勞觀が存するところに、どうして國民生活の進步と國家の興隆が望まれ得よう。 二 沒落なき前進即ち創造と建設への戰爭は戰ふものと働くものとの一體化を不可缺の要件とする。働くものと戰ふものの信念や思想が一つとなり、それが行動化されるときに、國防國家は其最高の能力を發揮する。それは戰爭目標の正しき理解に於て、又國家の存在と國民の負へる使命の自覺に於て、國民の一人一人が歡んでその勤勞の場に力行することによって達せられる。戰線と生活とを緊密に結び、戰爭と勤勞とを一體化するところのものは、まさにこの道義と理解と行動に於て、一億が一心となる勤勞體制の確立である。それは國民皆勞による勤勞共同體の構成であると言ってよい、勤勞共同體とは單なる勤勞に關する概念ではない。國民の凡てが勤勞者であり、「國民の中一人の不勞者、有閑者、無職者はなく」その勤勞が夫夫正しき場所に配置され、生され、その凡てが勤勞を通して國家の運命に自己を奉仕せんとするとき、それは全體として現實に國民勤勞の共同體を造ってゐるのである。これらは各人が勤勞を通して國家の運命に參加し、各自の位置と使命を自覺することによって、相互に理解し、その各人の職能を通して一人が萬人のため、萬人が一人のために存することを體驗するのである。 三 勤勞新體制の要綱に於て「勤勞は全國民の奉仕的活動としてその國家性、人格性、生產性を一體的に高度に具現すべきものとす。從って勤勞は皇國に對する皇國民の責任たると共に榮譽たるべきこと各自の職分に於てその能率を最高度に發揚すべきこと、秩序に從ひ服從を重んじ、協同して產業の全體的効率を發揚すべきこと、全人格の發露として創意的自發的たるベきことを基調として勤勞精神を確立す」と強調してゐるが、この原則は又國民皆勞運動を貫くものであり、この原則に立って國家は「國民中一人の不勞者、有閑者、無職者なき」ことを要請するのである。勤勞を奉仕と考へ、それを國民の責任であると共に榮譽であるとなし、その人格性と生產性を一體的に把握するところの勤勞觀こそ、新しい時代の建設力の基底であり、勞働生產力の絕ゆることなき再生產の根據を與ふるものである。今はそれを觀念や言葉に於てではなく、勤勞の場に於て勞働の組織と條件に於て、又勞働の技術と政策に於て、實踐化することが真劍に要求されてゐるのである |
02 | 傷痍軍人に御仁慈 四妃殿下箱根療養所に御成り 親しく御慰問遊ばさる |
03 | 衣料新體制の隘路 如何にして打開するか? 纖維局長と一問一答 |
04 | 大東亞の青年運動(三) 國軍再建に懸命 國粹主義の徹底へ タイ國の卷 |
05 | 軍隊生活を體驗 全島の青年學校長を集め 三部隊で鍊成會 |
06 | 誕生して二周年 桔俱に顧問補導を新設 |
07 | 學園も決戰態勢 夏休は擧げて鍛鍊に |
08 | 反英に總力結集 若人の手で獨立推進 ビルマの卷 |
09 | 兵隊さんへ西瓜の慰問 |
10 | 海軍志願兵身體檢查終了 |
11 | 學徒待つ兄鷲(3) 嚴格にして溫和 表で叱正、裏で褒める |
12 | “五族協和”を具現 興亞十人塾の修了式 |
13 | 送れ“大陸の花嫁” 女流作家、現地を調查 |
14 | 本社主催 “藝文”初の發表會 “廿五日から「赤道」上演報社消息 |
15 | 敵性音盤が山積 皇奉に八千枚集る |
16 | 感謝の卵千四百個献納 |
17 | 脫脂綿全面的配給 |
18 | 人事消息報社消息 |
19 | 訃文:施周氏快 |
20 | 訃文:林清文 |
21 | 訃文:陳□氏金鳳 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 人口百萬を目指し 楠梓庄一部の合併認可 躍進大高雄の建設 |
02 | 決戰增產へ總進軍 皇奉臺中州支部八月常會徹底事項 |
03 | 皇奉臺南州支部 八月の實施行事 |
04 | 擧郡必死の增產 正條密植競技に田植示範 “百姓郡守”新豐の兒玉さん |
05 | 戰歿義勇隊員慰靈祭 武勳を偲び神式により嚴修 |
06 | 結婚運動に一役 推進員補助役を置く |
07 | 堆肥積込週間 嘉義市第二回實施 |
08 | 奉公團職長鍊成終る |
09 | 健民部落を建設 手始めに指導醫連絡會議 |
10 | 戰ふ船員養成所 みっちり實地訓練(下) 叩き上げる海員魂 |
11 | 常會運營研究會 |
12 | 誓つて決戰生活 選定模範部落で 宣誓式を擧行 |
13 | 溢るる鄉土色 學童皇軍慰問便箋成る |
14 | 增收の秘訣正條植 鳳山女子農業挺身隊の競技 |
15 | 街庄に“鍊成指導部” 澎湖廳が全島に魁けて |
16 | 彈丸も大砲も貯蓄から 高雄で街頭移動展 |
17 | 前線から志願 海軍軍屬の赤誠 |
18 | 助教鍊成講習會 |
19 | 保護の完璧へ 高雄市後援會誕生 |
20 | 必勝の防空陣 嘉義で強調週間實施 |
21 | 家政女の設立 嘉義郡實現に邁進 |
22 | 赤誠の献金品 |
23 | 陳金萬氏夫人逝去 |
24 | 施福龍翁夫人逝去 |
25 | 地方多より報社消息 |
26 | 今日の映画演藝 |
27 | 基隆蘭陽地區 |
28 | 基隆の映画 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 赤糖の生產實績 卅二萬二千餘擔 |
02 | 藁工品の價格 全面的に引上げ實施 |
03 | 企業整備と生產力動員/高宮晋 |
04 | 臺灣茶の泰國進出 輸入機構確立で活氣呈せん |
05 | 決戰體制に即應 遞信業務の運營を再檢討 |
06 | 漁業組合統合 協同組合を中心に |
07 | 優良炭の增產へ 炭業組合總會席上石渡鑛務課長訓示 |
08 | 食糧の自給確保とさつまいもの由來 |
09 | 大武庄の保有林 造船材應召を計畫 |
10 | 炭業組合總會 |
11 | 蓖麻で米英擊滅 高雄州下は增產一色 |
12 | 次次に完納 臺南州の諸稅の納入 |
13 | 米國化學工業の現狀 化學製品の不足 |
14 | 臺電資材部長 宮本氏を任命 |
15 | 三上鐵工所新工場落成 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(廿三日) |
18 | ラジオ |
19 | 水滸傳(7101)/黃得時;碇政彌 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵九機を擊墜! ニユーギニアで空中戰 |
02 | フナフチ島を爆擊 ライス灣をも襲ふ |
03 | 獨軍消耗戰に成功 赤軍は必死の反擊 |
04 | 圖像:地方長官會議 |
05 | 獨軍巧妙な柔軟作戰 |
06 | 獨立の意義と構想(上) 比島の歷史は獨立への抗爭史 |
07 | 對日協力に進む(下) 佛印經濟の轉換 |
08 | 衡陽飛行場を奇襲 諸施設微塵に粉碎 敵三機を叩き落す |
09 | シ島の戰況 |
10 | 反樞軸シ島で 戰車二五〇喪失 |
11 | 占領地の確保こそ 最後の勝利を獲得 ゲツベルス獨宣傳相の論文 |
12 | パレルモ放棄か |
13 | 伊海軍の戰果 |
14 | 米の重慶援助 利得政策に再出發 |
15 | 白襷戰士の上に 溫かい援護の手 真に後顧の憂をなからしむ |
16 | 伊軍動員令公布 |
17 | 滿鮮今後の協力を懇談 小磯總督滿國訪問 |
18 | ローマ盲爆の反響に驚く |
19 | 啀みあふ蔣とシエンノート |
20 | 麥類の賣渡價格を告示 |
21 | スラバヤに敵機何等の損害なし |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 凛・胸打つ兵の偉容 桔梗乙女部隊の三日入營 部隊長諄諄と諭す |
02 | ビルマ獨立秘話(三) 祖國解放に蹶起 天晴れ、義勇軍の奮戰 |
03 | 父の偉勳偲んで 遺兒草山で鍊成 二十九日から十日間 |
04 | 圖像:桔梗俱樂部の三日入營 |
05 | 池ノ上中尉散る 大陸に幾轉戰して |
06 | 快活な青年 故伊勢田少尉の武勳 |
07 | 結核の豫防撲滅に 健民修鍊會設置 歸臺した曾田府衛生課長談 |
08 | 昂る學徒航空熱 新竹で初級機滑空試驗 |
09 | 食糧增產の對策/山田文雄 |
10 | 非農者增產協力 二期作から活動開始 |
11 | 配給機構適正化 日婦役員會で懇談 |
12 | 基隆商業專修野外訓練 |
13 | 斷乎目標達成へ 新竹州下で貯蓄座談會 |
14 | 彰化合唱團廿五日結成 |
15 | 當局の處置に感激して寄附 |
16 | 浸水籾を總動員乾燥 臺北州の對策成る |
17 | 地方長老人格者の登場 府評、元庄長ら保正になる |
18 | 興南詩苑漢詩 送友從戎/文訪、藕花風二首/嘉義 聯滄、景南生轉勤臺北州廳/嘯庵生、景南生轉勤臺北州廳 二/嘯庵生 |
19 | 澎湖廳健民運動 |
20 | 今晩の放送 |
21 | 商況(廿四日前場) |
22 | 興南案內報社消息 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 艦船四隻擊沈破 ソロモン方面の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月二十四日十五時三十分) 一、ソロモン群島方面の敵に對し反復攻擊中の帝國海軍航空部隊は七月二十一日午後レンドバ港所在敵艦船を強襲し次の戰果を收めたり 中型輸送船一隻轟沈、大型輸送船二隻擊破、大型驅逐艦一隻撃沈、上陸用舟艇十隻以上擊沈我方未歸還一機 二、ソロモン群島方面に補給增援中の帝國海軍特務艦、驅逐艦數隻並に同掩護機隊は七月二十二日同方面において敵約九十機と交戰その九機を撃墜したるも我方特務艦一隻沈没せり |
02 | 深刻苛烈な海空戰 ムンダ附近海鷲機先を制す |
03 | 海軍關係者に恩賞 |
04 | 海軍落下傘部隊見學記 この訓練あればこそ(下) 創設から今日までの苦心談 |
05 | 我陸鷲桂林を急襲 空中戰展開忽ち四機を擊墜 |
06 | 在支米基地を爆碎 |
07 | 南太平洋決戰續く 常時不斷に、しかも隨所に |
08 | 本島關係者 |
09 | 太平洋作戰飛躍せん デ米情報局長官豪語 |
10 | 廣安、中熊兩大佐少將に任ぜらる 南方前線で戰死を遂ぐ |
11 | 死して尚銃把握る 烈烈たる荒鷲魂 |
12 | 共產軍殲滅せよ 重慶に強硬論擡頭 |
13 | フナフチ島を爆擊 |
14 | ラウレル長官狙擊の犯人五名軍法會議へ |
15 | 日高駐伊大使 ム首相と會見 |
16 | 藤原行政查察使 現場聽取を續行 |
17 | パレルモから即定の撤收 樞軸軍戰線整備 |
18 | 商工省辭令 |
19 | 保姆鍊成 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 農產增強と嘉南大圳の改善 運用委員會を作れ社說 一 大東亞戰爭下の現階段に於て本島に課せられたる最大の職責は食糧を中心とする農產物の增強にあるは明かであるが、中にも耕地の最も廣き臺南州下に期待するところが決して少なくない、即ち昭和十六年末に於ける全島農耕地八十八萬六千甲の內臺南州が二十七萬六千六百甲即ち其の三割強を占めてゐる、ところが臺南州下では從來水利の便なきため大正九年嘉南大圳を起工、昭和五年五月に完成したが、周知の如く其の特色としては所謂三年輪作灌漑の方法を以で全區域十五萬甲の土地を水路系統に依って約百五十甲を單位とする給水區域を定め、更に各區を三小區に等分し、每年循環的に一小區に夏季單期稻作、一小區を甘蔗作、一小區を雜作と為し、稻作區は連續灌漑し甘蔗作區は間斷灌溉雜作區は給水しない事になってゐる、而して稻作區は丁度南部地方の雨期に當ってゐるから、州當局では若し農民の側で畦畔を堅固に築造して天水を逃がさない方法を取れば節約した水を以て雜作區にも或る程度まで給水しやうと計畫してゐるが、此の點は農民の理解の下に是非とも實行して貰ひたいものである 二 然しながら嘉南大圳が十有餘年來一日の如く實行して來た給水方法は糖業の發展を基礎として樹てられた事は識者の齊しく認めるところであるが、現下の新情勢には必ずしも最善の方策だとはいへない。若し糖業の增強よりも食糧增產を優位と認めるならば甘蔗作區の灌漑を廢めて二期水稻作の方法も講ずる事も出來るであろうし、或はよく旱魃に耐え得る甘蔗作區よりも雜作區の藷作に其の給水を轉換する方法もあらう。蓋し臺南州下の藷作は甘蔗作と同じく全國各府縣の第一位を占め其の甲當收量(昭和十六年甲當二萬四千七百斤)を三萬五千甲に向上せしめる事は易易たるものであり、殊に直接食糧及高級燃料の原料として重大な役割を演じつつある重要物資であるから、若し水の問題さへ解決すれば更により以上の增產を期待し得られる筈である。此の問題は臺南州當局に於て更に百尺竿頭一步を進めて其の解決に努力せられん事を待望して止まない。 三 上記の如く嘉南大圳に對する水の配分問題は直接間接本島に於ける農業政策を左右する事多く、それ丈戰時下に於て如何に之を善用すべきかといふ事を特に周密に研究し、直ちに戰力增強に邁進しなければならない重要問題である。從って嘉南大圳の運用は大圳當局に一任すべきでなく、出來る丈眾智を集めて其の給水方法を改善して食糧を中心とする農產物の增產に拍車を掛ける必要あるを痛感する。それには督府に於て嘉南大圳運用委員會を組織し、督府及地方の關係者を始め民間の有識者をも參加せしめ以て其の運用方法を改善し其の効用をして最高度に高めなければならない。吾吾は現在臺南州當局者が嘉南大圳の給水增強策に努力しつつある熱意を見聞して頗る意を強くしたが、本島に於ける農業政策の再編成は一臺南州當局を以てしては容易に決定し得られざるに鑑み此の際嘉南大圳運用委員會を組織すべき事を提唱せざを得るない。 |
02 | 全從業員の光榮だ 麗しいわが技術陣の謙讓 恩賞に輝く人人語る |
03 | 咄!米英何ものぞ 突刺す銃劍に裂帛の氣合 戰ふ女性入營第一日 |
04 | 大東亞の青年運動(四) 對日協力に邁進 皇軍の溫情に奮起 マライの卷 |
05 | 召集徵發事務の檢閱 廿六日から新營郡皮切に實施 |
06 | 產婆さんを鍊成 |
07 | 東亞還元の意欲 逞ましい住民の建設戰 ジヤワの卷 |
08 | 半島同胞の慶を喜ぶ “兵制發展記念行事”を全國に展開 |
09 | 青木中將葬儀 各宮家から代拜者御差遣 |
10 | 圖像:戰ふ桔梗俱樂部員 |
11 | 傷痍軍人援護なら ポンと四萬圓投出す管美子さん “蚊取戰香”若山氏の苦心酬ひらる |
12 | 學徒待つ兄鷲(4) 兄鷲の手紙 完備した團欒施設 |
13 | 宜蘭市の街頭建艦献金 |
14 | 街頭移動展 “勝ち拔く力” 二十七日下見會 |
15 | 國際電波戰正に酣 本島の海外放送も強化せん |
16 | 好評博して閉幕 島都の敵機模型防空展 |
17 | 新竹は廿八日開催 |
18 | 朗らかに增產へ 欠勤絕滅運動を展開 |
19 | 風害罹災者感謝の献金 |
20 | 羅東郡插秧競技會 |
21 | 花蓮港畫劇競演會 |
22 | 訃文:大和喜子 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 次次と兄鷲に續く 少年航空兵や海軍航空練習生に 敵空目指す高雄中の進軍譜 |
02 | 戰鬪機二機献納 日婦臺南州支部起つ |
03 | 完納目指して 高雄州で督勵 |
04 | 高雄州參事會 |
05 | 英靈嘉義市葬 來る三十一日嚴修 |
06 | 戰死軍屬旗山郡葬 しめやかに執行 |
07 | 赤誠の献金品 |
08 | 高雄二中設立 來春開校の運び |
09 | 國民學校の教員鍊成會 |
10 | 軍屬遺族を 總督代理が弔問 |
11 | 農業義勇團 晴れの結成式擧行 |
12 | 早期完納 |
13 | 田中街協議會 原案通り可決 |
14 | 合格へ全員緊張 嘉義の海志身體檢查 |
15 | 觀音庄協議會 |
16 | 貯蓄增強の推進 產聯臺南州支部で打合 |
17 | 田中米穀共精共販組合 |
18 | 決戰と婦人 臺中州の懇談會日程 |
19 | 戰時女性の真姿を顯現 霧峰庄桔梗俱樂部の運動 |
20 | 海軍志願兵志願者鍊成 |
21 | 共同收穫團を結成 |
22 | 脂粉一擲・田植に挺身 龍潭庄農業挺身隊 |
23 | 兄弟揃つて合格 陸軍志願兵に輝く 軍國の家永村家 |
24 | 甘藷の大增產 澎湖島擧島總進軍 |
25 | 臨海鍊成 |
26 | 新化郡支會の參與委員發令 |
27 | 水害復舊に 臺中州萬全の對策 |
28 | 斗六郡武道講習終る |
29 | 四十甲美田化 高砂族の苦鬪二年九ケ月 萬大埤圳通水開始 |
30 | 決戰貯蓄に邁進 豐原で懇談會開催 |
31 | 屏東郡下の商奉團 あす一齊に結成式 |
32 | 隘寮分教場落成 |
33 | 彰化市常會 |
34 | 正條密植督勵班を組織 |
35 | 新高畫劇競演會 |
36 | 人事・消息 |
37 | 地方多より報社消息 |
38 | 今日の映画演藝 |
39 | 基隆蘭陽地區 |
40 | 基隆の映画 |
41 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 木材增產の確保へ 生產資材の報償配給制實施 |
02 | 味覺を採點する 補助食の種種相 |
03 | 木材生產現況に對處 消費配給愈よ超重點化 |
04 | 水利組合令改正 近く中央當局と折衝 |
05 | 鐵工業統制會長 近く銓衡委員會開催 |
06 | 南部無盡總會 |
07 | 清水溪ダムは有望 今回の暴風雨被害なし |
08 | 最近の經濟展望 |
09 | 戶稅權衡委員會 產資額大巾引上げ |
10 | 東京上水道の資材 大甲溪ダムに利用 奧田國土局長歸臺談 |
11 | 照明燈 |
12 | 島內株仲值表 |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(1018)/黃得時;碇政彌 |
序號 | 標題 |
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01 | 零陵、桂林を連爆 我が陸鷲大擧出動頭條新聞 【○○基地二十四日發同盟】二十三日わが陸軍航空部隊は大舉出動して衡陽、零陵、建甌、桂林の敵航空前進據點を急襲、徹底的に粉碎したが二十四日再度戰爆連合の大編隊を以って敵の重要據點零陵飛行場を強襲し多大の戰果を舉げると共に挑戰して來たP四○、○○機と交戰その十機以上を擊墜凱歌を舉げた、即ちこの日再度○○基地を勇躍出動したわが戰爆連合の大編隊は絕好の飛行日和に一氣に零陵上空に進入、飛行場上空に我を邀擊し來つた敵戰闘機P四○の群と遭遇、直ちに彼我入亂れて壯烈な空中戰を展開、わが方は忽ちその十機以上を確實に擊墜すると共に敵飛行場の諸施設及び滑走路その他に反復爆擊を敢行、これを徹底的に爆碎堂々歸還した、しかし本戰闘に於てわが方も輕微の損害を受けた、なほ更らに○○隊は翼をひるがへして遠く桂林を攻擊し上空に待機せる敵戰闘機と壯烈な空中戰を交へて敵四機(內不確實一機)を撃墜した |
02 | 敵飛行場に突込む 我が一機從容として雲間に消ゆ 衡陽爆擊行從軍の記 |
03 | 在支米空軍の實體 |
04 | 國內展望 決戰施策の具現へ |
05 | 全智全能を發揮 敵の執拗な反攻粉碎 |
06 | 警察、經濟部長の合同會議を開く 政府の行政措置萬全の態勢 |
07 | ベナベナフナフチを爆擊 |
08 | 赤軍猛烈な反擊 |
09 | 反樞軸軍苦戰 |
10 | 赤軍に疲勞の色 |
11 | シチリア島戰況 |
12 | 敵冀察戰區の建直しに躍起 |
13 | 獨軍戰況發表 |
14 | 英軍前進挫折 |
15 | 歷史的建造物を破壞 反樞軸軍盲爆 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學徒よ今こそ起て 大空の道は男の道 帝都で航空蹶起大會 |
02 | 青少年指導の要諦/田中令三 |
03 | 灼熱の太陽に挑め 八月は“鍜鍊の月”だ |
04 | 圖像:藝文發表招待會 |
05 | 學生航空一周飛行一日延期 |
06 | 感謝で胸が一杯 兒童の奉仕に農家が感激 |
07 | 眾議院代表一行南方へ |
08 | パーモ長官愛息が入京 |
09 | 演劇文化の創建へ 豪華絢爛“藝文”初の發表會 滿堂の觀眾恍惚 |
10 | 學徒待つ兄鷲(5) 即刻親鷲の懷へ 米英學生に負けるな |
11 | 熱演、人の胸を打つ 臺北州畫劇競演會 |
12 | 國民貯蓄の貫遂 壯年團街頭で主旨宣傳 |
13 | 青年學校指導者 花蓮港で合宿鍊成會 |
14 | 昂まる養鷄熱 一家六羽以上を飼育 |
15 | 臺中興業信組 三十周年記念 |
16 | 藤原查察使日鐵輪西へ |
17 | 名畫「ワシントン」破壞さる |
18 | 南方の小乘佛教 大東亞建設に一役 |
19 | 本社記者募集報社消息 |
20 | 藤岡報道部長來南 |
21 | 龍潭坡 淡水魚放飼に活用 |
22 | 國語街鳳林の建設へ |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | がつちりと鍊成 まつしぐらに奉公 皇奉臺中州支部八月の行事 |
02 | 完納の凱歌上る |
03 | 天晴れ!矢つぎ早やに完納 |
04 | 軍陣醫學の新分野/竹村文祥 |
05 | 良妻賢母型でいく 鍛鍊飼育生產の隣組 |
06 | 督勵と增產常會 皇奉桃園郡支會張切る |
07 | 常會指導推進日程 |
08 | 頼母しい增產風景 共同收穫と兒童の奮鬪 |
09 | 決戰商魂の體認 臺南州商奉團指導目標を示す |
10 | “僕らもやれるぞ” 鳳山郡下兒童堆肥を積む |
11 | 木造船會社 近く發起人會 |
12 | 小國民は鍛へる 裸體の快味と乾布摩擦 |
13 | 高雄舞踊會好評 |
14 | ゴルフ場生きる 廣大な沃野廿五日鍬入 |
15 | 上大和に高等科を |
16 | 女學生の稻刈り 土に下り立ち額に汗して奉仕 |
17 | “通信通常總會” 書面で十四萬圓豫算を審議 |
18 | 米一粒の尊さ 四年生仲間和子 |
19 | 耕種改善功勞者表彰 宮尾知事ら現地に推進 |
20 | 養豚の新記錄 |
21 | 地方多より |
22 | 今日の映画演藝 |
23 | 基隆蘭陽地區 |
24 | 基隆の映画 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 文化 “赤道”を觀る方へ 「藝文」第一回の公演に當りて/松居桃樓 |
02 | 心と姿 「道」その他に就て/佐藤錦城 |
03 | 夏の句/西山かがよ |
04 | 詠海/國分青厓 |
05 | 牛の涎 情熱を濕れる松明の如くに/簡國賢 |
06 | 圖像:黃牛(海南島風景)/今井繁三郎 |
07 | 稽古の跡を顧る/竹內治 |
08 | 海外小話 |
09 | 服裝新考(5) 戰爭と女性服裝/杜純子 |
10 | 生活と文化 農村の榮養食 |
11 | 初夏 理想鄉/陳氏棗 |
12 | 童謠 海軍志願兵 雨ふり/日高紅椿;日高珠美 |
13 | 草は枯れども/王昶雄 |
14 | 育兒 酸乳の作り方 |
15 | 文化消息 |
16 | ラジオ |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 母の寫真に勵され 無事に使命を果す この母にしてこの荒鷲あり |
02 | 重光外相參內 |
03 | 米軍の苦鬪 敵從軍記者の報道 |
04 | 圖像:ブーゲンビル島エレベンタに於ける我が陸軍高射砲陣地 |
05 | 通貨と食糧問題 小倉正恒氏歸朝談 |
06 | 國際展望 カトリック教徒憤激 米英のローマ盲爆 |
07 | 私への孝行は敵機を多くやつつけること 荒鷲の母キヨさん手紙で激勵 |
08 | ス市戰以來の激鬪 オリヨール方面の戰局 |
09 | ベナベナ爆擊 |
10 | イサベル島來襲敵機擊墜 |
11 | 獨軍の作戰 圓滑に進捗 |
12 | 上海軍管理工場を返還 殘る十工場も近く還付 |
13 | アルジエー政權 最近の動向 アルジエー政權の紛爭經過概要 |
14 | 諾威北岸で赤機十七機擊墜 |
15 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | “防空群で消せる” 訓練と資材整備が第一 燒夷彈の効力實驗 |
02 | ビルマ獨立秘話(四) 孔雀に表徵緬甸精神 愛國詩人タキン・コド・マイン |
03 | 防空相談所を開設 意氣込む新竹の敵機模型、防空展 |
04 | 局部長會議 長官公室で開催 |
05 | 圖像:燒夷彈演習(上) |
06 | 基隆商議役員會 |
07 | 風害狀況を視察 齋藤長官廿七日臺中へ |
08 | 田植ゑを視察 藤村知事が激勵 |
09 | 防空手帖 二種類要る火叩き |
10 | 決戰增產へ 臺北州勸業課長會議 三十一日に開催 |
11 | 勤勞報國隊の新發足/桐原葆見 |
12 | 鷲が子供をさらふノールウエイの話 |
13 | 豐漁!鰯の大群 晝は地引網、夜は炊き寄せで 轉手古舞、萬里・金山の漁夫達 |
14 | 先生の資格向上 資格向上講習會を開催 |
15 | 產金から產銅へ 鶴嘴戰士轉業移行式 |
16 | 誓つて兄鷲に續く 故松岡曹長の追悼會 |
17 | 暴風被害見舞 新竹州代表が臺中へ |
18 | 萬國赤十字社 開戰以來日本の協力 |
19 | 顏家の日本屋敷 市民館として公開 |
20 | 地方私鐵の買收 本年度全部完了 |
21 | 伊軍一週間の戰果 |
22 | 興南詩苑漢詩 寄吳鳴臯三首/文訪、清水楊天賦先生別莊雅集卽席賦贈純青詞兄/鄭邦吉、楊莊雅集次韻酬邦吉先生/晴園 黃純青、天南君又悼亡、我不能推天命、聊因時勢賦短古一章以喩之/石厓 |
23 | 青少年問題研究會議開く |
24 | 放送塔 |
25 | ルーマニア首相國軍を激勵 |
26 | 人事・消息 |
27 | 今晩の放送 |
28 | 商況(廿六日前場) |
29 | 興南案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵廿八機を擊墜 在支米基地に一大痛擊頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月二十六日十五時三十分) 我が支那方面航空部隊は七月二十三、二十四、二十五の三日間に亘り連續在支米空軍の前進基地たる衡陽、零陵、寶慶、芷江、建甌各飛行場を攻擊し滑走路及び附屬施設を爆碎これに大なる損害を與へたる外衡陽零陵及び桂林附近に於て敵機二十八機を撃墜せり 我が方の損害自爆八機なり |
02 | 全機悠悠凱歌を奏す |
03 | 一大空中戰を展開 |
04 | 陸鷲、寶慶、芷江猛襲 敵施設を徹底爆碎 |
05 | 大陸空戰愈よ熾烈 |
06 | 東條首相參內 |
07 | 今こそ空の決戰場へ 陸軍特別操縱見習士官制解明 內田中佐烈烈の放送 |
08 | 治安の確保最重要 警察部長會議安藤內相訓示 |
09 | わが水上機隊活躍 クラ灣方面で敵艦船二隻を屠り ギゾ島北方で敵魚雷艇三隻擊沈 |
10 | 小癪・大鳥島來襲 敵三機を擊墜破 |
11 | 圖像:南太平洋敵陣爆擊行の陸鷲 |
12 | スペイン政府緊急閣議開催 |
13 | ウエルマン氏上海に到着 新駐華獨大使 |
14 | ム伊首相辭任 後任はバドリオ元帥 |
15 | 戰爭は依然繼續 バ伊新首相の布吿 |
16 | イタリア皇帝の布吿 |
17 | 警察部長會議第一日 |
18 | バ元帥の略歷 |
19 | フアシスト民軍 義勇軍に改編 |
20 | イタリア軍全國の公安秩序を取締る |
21 | 新外相にグ駐土大使を任命 グ大使急遽歸還 |
22 | 敵機六十一を擊墜 獨空軍當局發表 |
23 | 獨政府當局慎重な態度 意見を發表せず |
24 | バンコツクの日本文化會館 建設計畫進捗 |
25 | 伊軍戰況發表 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 在支米空軍の徹底擊碎へ わが陸鷲猛活躍社說 一 中南支各戰線に敢鬪するわが陸軍航空部隊は常に果敢なる作戰を展開、鵬翼を支那四百餘州の空に張り、在支米空軍基地の強襲を反復して敵の企圖を粉碎、監視を續けつつここ暫く鵬翼を休めて居たが、最近敵は有力なる兵力を增強し蠢動中なるを察知し、二十三日戰爆連合の大編隊を以て大擧出動米空軍の諸基地に巨彈を投下して赫赫の戰果を擧げた。即ち二十三日は午前、午後の數次に亘り衡陽零陵、建甌の敵前進據點を次次に強襲、殊に衡陽飛行場には金彈命中諸施設を木葉微塵に粉碎すると共に挑戰し來れる敵六機と壯烈なる空中戰を展開、其三機を擊墜して凱歌を奏した。また翌二十四日も前日に引續き再度大編隊で勇躍出動、重要據點零陵飛行場を強襲諸施設を爆破すると共に、敵機と交戰その十機以上を擊墜して大戰果を擧げ、なほ更らに鵬翼を飜へして桂林をも急襲し上空に待機せる敵機と壯烈な空中戰を交へて敵四機を擊墜凱歌を擧げて歸還した 二 所謂在支米空軍なるものは蔣介石の企圖する和平陣營攪亂、出來れば對日本土空襲も行ふと云ふ甘美な夢想と、これが期せずして敵米の大東亞戰爭の頹勢挽回、國內輿論緩和としての支那非占領地域を基點とする對日本土空襲企圖と合致し、現戰局に浮び出て來たものである。始めは所謂航空義勇軍の編成程度で、飛行機も三、四十機に過ぎず、わが方に出擊することも全然なく問題にならなかったが、昨年六月末頃に至って第二、第三戰鬪隊を設置、更に爆擊機を加へて爾後每月十機、二十機と增加し、小癪にもわが浙贛作戰地區武漢地區に出擊し來ったが、その活動狀態は桂林、衡陽等を基地とするゲリラ戰法の域に止ってゐた。然るに本年三月頃所謂在支米空軍強化第三期に入り、敵米國は印緬支派遣軍司令官中將スチルウェルの直轄の下に指揮官シェンノート少將を任命、米、蔣合作で小規模ながらも飛行機工廠造兵工場を設け、人員機材の增強に乘り出して來たのである。現在在支米空軍の機數は凡そ百數十機であらうと見られてゐるが、我が方としては一日も輕視できず、機を見て徹底覆滅を圖らざるを得ない狀態に立ち至ったのである 三 その間わが荒鷲部隊は、昨年末から本年にかけて間斷なく敵航空基地粉碎作戰を繰り返へし、既にわが熾烈なる猛爆に敵の前進基地は何れも多大の打擊を蒙り、殊に今次我陸鷲の作戰の大戰果により、敵基地は使用不可能の所も出來、彼等の呼號する日本本土空襲も再び畫餅に歸してしまった。併し單に前進基地の破壞のみでは、非占領地域に於いて次次と基地建設をなし、更に再編制を企圖せんであらうことが充分看取れれるので、一擧に機材諸共在支米空軍を徹底的に爆碎することこそが最も必要で、わが陸鷲の猛活躍に期待し深く感謝を捧ぐものである。今や戰局は、東條首相が過般の地方長官會議に於いて喝破せる如く大東亞に於いても歐洲各方面に於いても、悽烈なる決戰に次ぐ決戰を以て真に息づまるが如き狀況を呈しつつある。困難は一人我のみにあるのでなく、敵も又同樣の困難に逢着してゐるのである。この際我ら一億國民は、戰爭の全戰局を達觀、各各その持場に從ひ全能力を發揮し、綜合戰力の充實に默默挺身すべきである |
02 | 猛訓練に腕磨いて 銃後防衛は自信たつぷり 軍國乙女の鍊成終る |
03 | 學徒の純真な熱望 特別操縱見習士官の應募增大 陸軍當局、親心を示す |
04 | 祭粢料傳達式 第三部隊で擧行 |
05 | 圖像:桔梗俱樂部入營最終日 |
06 | 有難さで胸が一杯/野田信子 |
07 | 譽れの遺族弔問 總督代理黑澤兵事防空課長 |
08 | 神饌田田植祭 |
09 | 廈門一段と明朗化 寄臺した赤堀總領事談 |
10 | 一連射で敵機墜落 戰ふ若鷲の初陣を聞く |
11 | 生き甲斐ある瞬間を體驗/種村美奈子 |
12 | 移民村研究に 學徒調查團來花 |
13 | “完成食糧”愈よ實現 パン一つで榮養萬點 |
14 | 羅東日婦田植奉仕 |
15 | 軍馬慰問 |
16 | 羅東農事組合連終會議 |
17 | 臺北州青少年團後員委囑發令 |
18 | 圓滑な物資配給法 業者消費者一堂に會して研究 |
19 | 變貌した家屋紛爭 民事調停のけふこの頃 |
20 | 白衣勇士への赤誠部隊續く |
21 | 結婚祝儀を献金 |
22 | 非常時輸血對策決定 日本醫師會實行に乘出す |
23 | 臺北州警察幹部異動 |
24 | 鐵道輸送と小運送の一體化 昨日要綱を發表 |
25 | 人事消息報社消息 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 增產に篤農家起用 街庄に“專任助役”配置 |
02 | “腕と熱”の人を起用 |
03 | 皇奉臺南州支部參與委員會 |
04 | 北港神社上棟祭 |
05 | 比島人は音樂好き 南方人の通有性 |
06 | 遂に目標突破 嘉義郡の切甘藷供出 |
07 | 竹南郡海志檢查 |
08 | 故宮崎巡查警察葬 |
09 | 缺勤防止運動 臺南州產奉の生產增強策 |
10 | 青年體力檢查 |
11 | 防腐實驗講習 |
12 | 臺中州擧州完納 納稅報國の赤誠顯現 |
13 | 敬神教化指導者鍊成會ひらく |
14 | 彰化本町會常會 |
15 | 健民指導醫連絡會議 |
16 | 英雄と歷史/肥後和男 |
17 | 花茣蓙を献納 |
18 | 肉豚の優良品種 技術陣を總動員して |
19 | 埔里水鍊大會 |
20 | 兵隊さんのお蔭げです ヨイ子供達競つて慰問袋献納 |
21 | 鷺洲庄に完納の凱歌 |
22 | 花壇米穀消費組合總會 |
23 | 臺中紙芝居競演會 |
24 | 赤誠の献金品 |
25 | 北斗畫劇競演會 |
26 | 林本社中壢出張所長夫人逝去報社消息 |
27 | 地方多より報社消息 |
28 | 今日の映画演藝 |
29 | 基隆蘭陽地區 |
30 | 基隆の映画 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旅客列車運轉變更 當分貨物輸送の強化策として 明廿八日より實施 |
02 | 肥料增產の督勵 翼政各班長より報告 |
03 | 砂糖の自由販賣 應急策として採用か |
04 | 中支工業の動向 勞働力の逼迫漸く顯著 |
05 | 日本語を使用 印度支那向けと日本向け郵便物 |
06 | 金屬非常回收要綱 資源回收本部參與會で協議 |
07 | 戶稅賦課打合 |
08 | 臺灣畜產興業 近く拂込、增資せん |
09 | 內地の郵便業務 學ぶべき點多し 橋本郵便係長談 |
10 | 衣料原料と南方圈 |
11 | 戰時金融金庫債券發行條件 |
12 | 淡水街協議會 |
13 | 豚、鷄、鶩の南進 |
14 | 株式利𢌞騰貴 |
15 | 彈丸切手の當籤 |
16 | 農民手帖を配布 市郡勸業課長會議 |
17 | 經濟手帖 |
18 | 照明燈 |
19 | 商況(廿六日後場) |
20 | ラジオ |
21 | 水滸傳(1018)/黃得時;碇政彌 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日、佛印本年度取極 來週始め、妥結せん |
02 | 大東亞週間展望 明朗潑刺の總進軍 大東亞建設の躍進譜 |
03 | 赤軍の攻擊力低下 東部戰局新段階へ |
04 | 圖像:海鷲精銳の爆擊行 |
05 | 戰局は刻刻重大化 オリヨールで白兵戰 |
06 | 獨軍發表戰況 |
07 | 思想戰の勝利/志田延義 |
08 | 終日激戰を展開 シ島二十五日の戰況 |
09 | 赤軍戰車を百三十臺擊破 |
10 | 一週間の戰況 獨軍當局筋表明 |
11 | スターリン首相前線で作戰指導 |
12 | 敵卅八機を擊墜 獨空軍地上砲火の戰果 |
13 | 西部ドイツで 六十一機擊墜 |
14 | ビルマの人的資源 |
15 | 圖像:ジヤワの惠利蠶飼育に凱歌 |
16 | 芳澤大使 ドク□總督と要談 |
17 | 建設奉仕隊の編成式を擧行 ビルマ在住インド人 |
18 | 警察部長會議第二日 |
19 | イタリア新內閣 閣僚の顏觸れ發表 |
20 | 漢口に來襲の敵機四機を擊墜 |
21 | 航空要員補充に重慶躍起 空軍學生を募集 |
22 | 翼壯に報道局を設置 |
23 | グ新外相略歷 |
24 | 代表議會召集 ム首相挂冠前に |
25 | 太平洋戰域の戰力を增強 デーヴイス豪語 |
26 | 總督府辭令 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 高砂族教育の躍進 熱烈な皇民意識に應へて 各州廳に青年學校 |
02 | お山の忠魂を顯彰 花蓮港廳下に忠靈塔を建立 |
03 | 畏し兩陛下の御仁慈 海難者に御內帑金御下賜 |
04 | 神饌田拔穗祭 |
05 | ビルマ獨立秘話(五) 獨立反英に打込む オン少將と學生運動 |
06 | 祭粢料傳達式 |
07 | 臺北市會 三十日開催 |
08 | 齋藤總務長官 水害視察に臺中へ |
09 | 風水害を視察 梁井知事基隆へ |
10 | 新竹市區青年團結成式 |
11 | この母にこの子 我子を陸軍幼年學校に送つた 軍國の母、石堂夫人の苦心談 |
12 | 寫真聯盟臺北州支部結成 |
13 | 南方地域の藥用植物/刈米達夫 |
14 | 新竹市日婦救急法講習 |
15 | 志願兵熱は熾烈 新竹市の海志銓衡終る |
16 | 目覺し學徒の敢鬪 非常收穫に農民感謝 |
17 | 憲兵隊司令部に淨汗奉仕 |
18 | 女子中等庭球 十一日から新公園で |
19 | 臺北市內の兒童も協力 |
20 | 部隊で草むしり 基隆のヨイ子供達 |
21 | 臺灣演劇協會總會 |
22 | 臺北春競馬 いよいよ迫る |
23 | 興南詩苑漢詩 颱後代柬寄覺齋/翕庵、颱後得家兄詩且喜能來/覺齋、清水楊天賦先生別莊卽席賦呈純青先生/詒祥、楊莊雅集次韻詒祥先生/晴園 黃純青、次希舜宗兄見贈瑤韻/劍痕 張慶雲 |
24 | 荷拔き檢擧 不都合な轉徹手 |
25 | 人事・消息 |
26 | 今晩の放送 |
27 | 商況(廿八日前場) |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 島民最高の榮譽 海軍特別志願兵令 けふ公布八月一日施行頭條新聞 【東京發同盟】海上第一線に挺身せんとする朝鮮及び臺灣青少年の熾烈なる要望に應ずべく去る五月十日の閣議において「朝鮮同胞及び臺灣同胞に對する海軍特別志願兵制度」の新設が決定されたがこれに關する勅令「海軍特別志願兵令」及び省令「海軍特別志願兵令施行規則」が七月二十八日附官報をもって公布され八月一日から施行されることになった斯くして朝鮮、臺灣青少年は大東亞戰爭の進展と共に一段と昂揚し來つを自覺と熱意をもつて明年度より實施せらるる、陸軍の朝鮮同胞徵兵制及び既に昭和十七年より施行されつゝある臺灣同胞の陸軍特別志願兵制と相俟ち海上第一線にも蹶然挺身し得ることゝなつた譯である海軍特別志願兵令、海軍特別志願兵令施行規則の要點は次の如くである 一、海軍特別志願兵として採用せらるゝ資格は採用の年の十二月一目において十六年 以上二十一年未滿の者で身體完全、思想確實、品行方正にして國民學校初等科修了程度以上の學力を有し試驗檢查に合格せる著 一、海軍特別志願兵の兵種は內地の徵兵と同じく水兵、整備兵、機關兵、工作兵、衛生兵、主計兵で目下の所飛行兵はないが海軍兵となった後飛行兵志願の道も描かれてゐる 一、臺灣、朝鮮總督府は海軍兵志願者訓練所を設置し訓練生募集は總督府においで行ひ訓練所で一定期間の訓練を行った者を志願兵とするが志願兵に適せずと認定せる場合は第一補充兵役に服せしむるがその採用を取消される 一、現役特別志願兵の入團期日は、四月一日及び十月一日の年二回とするが必要ある場合は變更される 一、特別志願兵の現役は三年間とし豫備役は現役終了後十二年間とする第一補充兵役は十七年四ヶ月間である |
02 | 整備の具體方針 警察經濟合同會議で闡明 |
03 | 戰爭遂行の方針 何らの變化なし 駐日伊大使正式に通告し來る |
04 | 重光外相 駐日伊大使と懇談 |
05 | 國民の自發協力で 綜合的整備を實施 岸商相訓示 |
06 | 獨國民、事態を認識 |
07 | シナーナ將軍 伊國民義勇軍總司令官就任 |
08 | 伊國の政變 スイス方面の觀測 |
09 | チヤーチル演說 |
10 | 克く奮鬪、戰線固守 ムンダ方面皇軍士氣天を衝く |
11 | 我が占領地外周に虎視眈眈 |
12 | 迅速に實行が肝要 企業整備合同會議で強調 |
13 | 帝國の態度不動 伊の政變、弱化を意味せず 寧ろ國民の愛國心昂揚 |
14 | 鬪志を昂揚せよ 東條首相の訓示 |
15 | 伊の戰爭決意不變 シユミツト博士言明 |
16 | 陸軍少將に進級 戰死を遂げた一木大佐 |
17 | トルコ當局冷靜 |
18 | 定例閣議 |
19 | 武藤氏を起用 翼壯報道局長に |
20 | 陸軍司政官發令 |
21 | 駐伊獨大使新首相と協議 |
22 | ガイダ主筆も辭職 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 食糧增產かゴルフか 淡水球場の耕作地の供出社說 一 食糧增產の要請に基くゴルフ場の利用問題が注視されてゐる折柄俱樂部員の申合せにより淡水ゴルフ場の一部が遂に耕作地として供出されたことは遲蒔き乍ら喜ばしい現象だと謂はなければならない。勿論ゴルフ場の利用轉換は旣に內地で實行されてゐるだけに別段事新しいとではなし又大東亞戰の嚴しい現實に直面しては極めて當然な處置だとはいへ何かにつけてやたらに特殊事情が強調され過ぎる本島では確かにゴルフアの時局認識の啻ならざるを十分表示してゐるものといってよからう。しかしゴルフ場の耕作地供出に就ては從來の經緯より見て相當の異論がないわけではなかった。即ちゴルフは中老には最適の運動であって猫額大のゴルフ場をつぶしたところで如何程食糧增產に寄與しうるものであるかと。成程ゴルフは中老の而も有閑、有產の人人には最も適した運動であることは一般の認めるところであり食糧事情が窮屈ならざる平和時にあっては猫額大の土地をつぶして迄その最適の運動場を奪ひ去ることは確かに妥當なことだとはいはれないに違ひなからう。 二 しかし事情は一變し一坪の土地といへども耕作しうるだけ利用せずば止まない戰時食糧增產の要請の前には一坪ならざるゴルフ場をそのまま見逃す筈なきこと勿論であってゴルフ場の利用轉換は專らかかる觀點に基いて取上げられなければならないことは更にいよ迄もない。だとすれば此際ゴルフ場を躊躇なく耕作地に供出することこそゴルフアの義務でなければならないが今般の供出も實に右の義務を十二分に感得したものといって差支へはなからう。かかる意味に於てゴルフ場の一部といはず全部をあげて耕作地に供出することが極めて望ましい。さもなければ現在の如くごく一部の耕作地供出のみを以てしてはそれこそ食糧增產に如何程の寄與をもなし得ないのみならずゴルフ場の全面的利用轉換に對する國家的要請をさける為の一方便として解釋され結局ゴルフアの依然たる時局認識不足を疑はれる結果となって影響するところ甚大なるものがある。 三 ゴルフアが官界、財界の上層部を占める人人であって見ればゴルフ場の全面的供出の可否は正にこれら指導層の食糧增產に對する情熱如何を表示するものであり吾人はその及ぼす影響の至大なるに鑑み耕作地への全面的供出を速かに斷行すべきとを要望して止まない勿論ゴルフが固固英米のスポーツであるとか或は又ゴルフアが一種特異のいで立をしてゐる為に銃後に健鬪する一般人とははっきりした對照をなしてゐて甚だ面白くないとかいったこともいへようがこれはしかし極めて末梢的であるといふ他はない、問題はやはり食糧增產といふ國家的要請に對するあらゆる階層のそれぞれの情熱と努力とを可能な範園、部面に實踐的に表現するにあるといふべくゴルフ場の利用轉換はだからゴルフアといふ特殊階層の實踐的表現と觀るところに意義がなければならない。 |
02 | 士氣敵を壓倒して 絕對不敗の態勢 南方戰線我將兵の決意 |
03 | 逞し復興の槌音 立ち上る罹災民の雄雄しい姿に 視察の齋藤長官感激 |
04 | パプアの原始林に 忽然現はる綠の園 加特力教會皇軍に協力 |
05 | 好評嘖嘖本島青年の活躍 皇奉本部の部長會議で菊池中佐が報告 |
06 | 戰歿義勇隊員慰靈祭 |
07 | 青年團長會議 十日から各州で開催 |
08 | 勤勞動員に集中 決戰學徒夏の陣 |
09 | 正條密植競技 五結庄一等獲得 |
10 | 花蓮港廳の增產打合せ |
11 | 稻刈に豆部隊出動 增產と戰ふヨイ子供達を 僕らの市長さんが激勵 |
12 | 足留めの金屬製樂器 製造販賣の禁令解かる |
13 | 海の寫真展 |
14 | 前線勇士に感激 鄉軍點呼の日當献金 |
15 | 來り聽け藝文の第一講 藝能文化講座 八月一日から臺中で開く |
16 | 配給座談會 興亞會館で開催 |
17 | 百姓さん感激 二重埔青年團の稻刈奉仕 |
18 | 赤十字の夕 一戶一人加入運動 |
19 | お山に道場建設 花蓮港廳の計畫進む |
20 | 岡村中將、玉手氏の葬儀 卅一日東部軍司令部葬 |
21 | 擧州完納の凱歌 新竹州民の納稅報國 |
22 | 臺北州齒科醫師會總會 |
23 | 花蓮港鐵道病院落成 |
24 | 高千穗丸遭難者死亡と認定 |
25 | チアカン溪の橋梁架設竣工 |
26 | 劍道講習會 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 君國に四兒を捧ぐ 羨望の的東臺灣の義人 榮譽は燦・窪田氏一家 |
02 | 增產と配給を協議 皇奉臺南州支部參與奉公委員會 |
03 | 献穀田田植祭 嚴かに執行 |
04 | 故山下氏朴子街葬 |
05 | 赤誠の献金品 |
06 | 八月の實踐行事 皇奉高雄州支部で決定 |
07 | 先生方の鍊成 |
08 | 召集徵發事務檢查 |
09 | 淨汗、百萬坪を拓く 生產增強に學徒挺身 |
10 | 臺中市參事會 |
11 | 高雄市豫算賦課率決定 |
12 | 女子青年の幹部鍊成終る |
13 | 私設國講運營座談會 |
14 | 少國民に航空智識 先づ先生方が模型機製作講習 |
15 | 皇民部落指導 卅日一齊に開始 |
16 | 防諜少年表彰 感心な埔里のヨイ子供 |
17 | 戰ふ嘉義日婦 每月三回國防訓練 |
18 | 貯蓄必成の方策 高雄產組組合長會議 |
19 | 國講講師鍊成 |
20 | 虎尾街に中學校 郡下五代表陳情に出府 |
21 | 續く献金部隊 新高郡民の赤誠 |
22 | 增產必勝貯蓄必成 決意固む大溪街臨時常會 |
23 | 泳げ!泳げ 嘉義で教員皆泳講習 |
24 | 柴山府社會課長廿八日高雄視察 |
25 | 馬公で猛訓練 戰ふ醫學部學生 |
26 | 桃園街協議會 |
27 | 共同田植團組織 戰ふ增產東勢郡 |
28 | 屏東高女が夏休鍛鍊 |
29 | 義順織布工場產奉團を結成 |
30 | 男子助教鍊成 |
31 | 彰化厚生の夕盛況 |
32 | 惡德行商人一掃 |
33 | 許伯挺君お目出度 |
34 | 本社調查課長報社消息 |
35 | 地方多より報社消息 |
36 | 訃文:黃清埕、李桂香 |
37 | 今日の映画演藝 |
38 | 基隆蘭陽地區 |
39 | 基隆の映画 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧村食糧增產へ 植付面積確保、適期植付勵行せよ 督府二期作の植付に際し要望 |
02 | 航空法近く改正 日高航空課長歸臺談 |
03 | 電力節約の具體策 今年度電力總動員 |
04 | マライ、スマトラの少年訓練 |
05 | 青果物配給組織 臺北商議所で協議 |
06 | 食用に大豆油粕 年間五百噸程度か |
07 | 最近の經濟問題 |
08 | 臺電株主總會 來月廿五日開催 |
09 | 料理價格の公定 全島物價會議で協議 |
10 | 臺電の資金計劃 年內社債二千萬圓募集 |
11 | ゴム種子から油をとる 昭南で試搾濟み |
12 | 大溪街協議會 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(廿七日後場) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(1019)/黃得時;碇政彌 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 內臺一如の實を擧ぐ 海軍特別志願兵令公布に際し 長谷川總督諭吿を發す |
02 | 積極的實踐に移る 經濟部長會議終了 |
03 | 企業整備に關する 質疑應答內容 |
04 | 翼政會總務會 |
05 | 荒鷲の戰果の蔭に薰る大空の斥候兵 篠原偵察機隊の奮戰 |
06 | 日本の武士道で 獨立を戰ひ取る 八印度志士、聲明を發表 |
07 | 谷駐華大使汪主席と懇談 |
08 | 東亞戰局の前途 重慶軍の抗戰力 米軍事評論家悲觀的見解 |
09 | 自國の公約を遵守 憲法の危機を憲法で解決 伊政府當局言明 |
10 | 全國民國土防衛に挺身 伊國內秩序回復 |
11 | 行動的內閣 伊新內閣の性格 |
12 | 事態の發展注視 ドイツ各紙の論調 |
13 | 米ソ大使と頻繁に會見 イーデン英外相 |
14 | 伊國政變の意義 ローマ放送局の放送 |
15 | シチリア島の攻防戰 決定的段階に入る 獨軍續續兵員資材を增強 |
16 | 三萬二千噸擊沈 獨空軍、英船團を攻擊 |
17 | 小癪香港に米機來襲 |
18 | 依然激戰を繼續(東部戰線) |
19 | トンキンにも來襲 |
20 | ム前首相騎士特權を享受 |
21 | フアシスト黨の去就未決定 |
22 | ローマ市民新首相に忠誠 |
23 | グ伊新外相土外相と會談 |
24 | 伊上院議長辭任 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海軍特別志願兵令公布 皇民鍊成の推進力 使命達成に邁進せよ 齋藤長官談 |
02 | 働かう決戰增產だ 鍛へよ鍊れよ鐵の力 八月常會申合事項 |
03 | 海軍特別志願兵令 |
04 | 圖像:風水害視察の齋藤長官 |
05 | 譽れの遺兒の鍊成 いよいよあすから開始 總督、軍司令官が激勵訓示 |
06 | 臺北憲兵分隊で淨汗奉仕 |
07 | 陸軍機献納命名式 十一日公會堂で擧行 |
08 | 齋藤總務長官 苑裡被害地を視察 |
09 | 初日から超滿員 新竹の敵機模型防空展蓋明け |
10 | 島都奉壯團月例幹部會 |
11 | 米英擊滅の彈丸 戰ふ銃後婦人の力 |
12 | 遺家族を市長が弔問 |
13 | 海軍志願兵 新竹州の學科口頭試驗 |
14 | 臺灣總督府海軍兵志願者訓練所官制 |
15 | 興南詩苑漢詩 蝸牛詩和嘯霞/翕庵、蝸牛詩和嘯霞/覺齋、小女婚期在卽蒙諸公登堂燕賀詩以謝之並勉小女/楊天賦、謹賀許丙先生令長郞與楊天賦先生令媛聯婚/蔡詒祥 |
16 | 知事さんが田植 增產の陣頭指揮に |
17 | 基隆市會開かる 臺銀、顏家に感謝文 |
18 | 殉國船員公葬期日決定 |
19 | 中堅吏員を鍊成 新竹州更に五十名選拔 |
20 | 勞奉團に慰問袋 新竹州產報會近く發送 |
21 | 市長、國報視察 |
22 | 中和庄米共販献金 |
23 | 貯蓄街頭展 三十日から |
24 | 人事・消息報社消息 |
25 | 今晩の放送 |
26 | 興南案內報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵巡一隻を擊沈 我潛艦警戒網を突破頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(七月二十八日十五時三十分) 帝國潜水艦は七月二十日サンクリストバル島南方海域に於てサンフランシスコ型巡洋艦一隻及び驅逐艦三隻より成る敵部隊と遭遇、驅逐艦の警戒網を突破、右巡洋艦に肉薄攻擊し之を擊沈せり |
02 | 敵巨艦は深く沈沒 我が鐵鯨、海底に凱歌 |
03 | 武勳の坂口中將等參內 |
04 | 中西飛行部隊に感狀 戰力要時要點に發揮 |
05 | 敵を擊滅するのみ 大空に駈ける我が荒鷲の決意 基地に桂林爆擊の荒鷲を訪問 |
06 | 殘存敵空軍を擊滅 中西飛行部隊の戰鬪經過 |
07 | ムンダの作戰困難 反樞軸軍司令部言明 |
08 | 戰爭目的變更なし 新內閣一層國內の總力を結集 駐日伊大使館聲明 |
09 | 圖像:イタリア新首相ピエトロ・バドリオ元帥 |
10 | 急速な戰力增強へ 全國經濟部長會議安藤內相訓示 |
11 | 南部佛印進駐二周年 日、佛印の緊密高まる |
12 | 政變前後ローマでは 日、伊緊密な連絡 日高大使の公電第一報 |
13 | ス駐日獨大使重光外相訪問 |
14 | シチリア島戰況 |
15 | 伊新內閣親任式 |
16 | 全國經濟部長會議終る |
17 | 西國連日重要閣議を開催 |
18 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 藷作へ嘉南大圳の給水確保 食糧增產の最捷徑社說 一 食糧增產が愈愈重大化せる今日に於て本島へ課せられたる最大使命は此の方面に對する全幅的協力以外にない事は此處で喋喋する迄もない事である。最近內地に於ては硫安工業に對する資材等の供給が鐵、アルミ等の五大重點產業と同樣に取扱はれてゐる一事を見ても如何に政府が食糧の增產に其の努力を集中してゐるかが解る。然しながら本島に於ける食糧增產は今のところ未だ米に重きを置いてゐるが、若し其の量を確保せんとする立場から見れば藷作に對してモット重視する必要があらう。即ち食糧の量からいへば藷甲當三萬斤が籾の一萬斤に相當するといふが、中部に於ては籾甲當一萬斤穫れる美田に對して中以下の水田に於て藷四五萬斤も穫れるさうであり、南部に於ては全然米作の出來ないところにも藷二三萬斤穫れるのであるから綜合食糧の見地よりして今少し藷作に重點を置くべきである。即ち藷作に對しては分量は多くなくとも水の灌漑如何に依って其の收量に大影響あるは明かであり、殊に旱魃の際には其の收量が半減するが如きは決して珍らくないのである。現在藷は單に食糧飼料たるのみならず澱粉及酒精並高級燃料の原料として其の用途の多岐にして重要なる資源となったから、如何に其の增產が緊急であるかといふ事を再認識すべきである。 二 ところが島內に於ける藷の最大產地たる臺南州下の嘉南大圳區域にありては十年一日の如く米作、蔗作に對しては灌漑するが、藷作の區域に對して全然給水しない建前になってゐる。これは嘉南大圳設立當初の事情と事變前に於ける糖業政策の必要上より誠に已を得ないが、現階段に於ては依然舊約を墨守して可なりとはいへない。今や我國は總力を擧げて戰力增強の一點に集中し其の為にはあらゆる根本的改革及編制替を敢て辭せざるところある。それ故現在の如く餘水あれば藷作にも灌漑しようの如き方法を一變して餘水あれば蔗作にも均霑しようといふが如き價値轉換を為すべきである。周知の如く蔗作は旱魃に耐え得る作物であり、假令全然給水しなくても其の收量に大差なきも藷作ならば直ちに二三割の減收を齎らされる事となるから、大圳區域內に於ける藷作に對する間斷灌漑が如何に重要であるかは最早絮說を要せざるところである。 三 此處に於て本島に於ける糖業政策の一大轉換を叫ばざるを得ない。現在砂糖の滞貨が尚一千百數十萬擔の巨額に上り而も不完全極まる倉庫を以て貯藏してゐるから何時不慮の天災によって傷害を與へないとも限らない。のみならず船舶の狀態から推測すれば十一月の新製糖期までは恐らく其の半分も移出が出來ないであらう。さうなれば夥しき舊糖が新糖の製糖開始と共に更に新たなる滯貨の累積を生ずべきは明かである。かかる事情の下に於て事變以來砂糖の減產が少しも行はれてゐない糖業政策を今更持續する必要は毫もない筈である。尤も高級燃料の原料たる砂糖の重要性を知らないではないが、其の數量は、自ら限らるれてゐるから、此の際水田の蔗撤退は勿論の事、嘉南大圳區域內に於ける藷作の灌漑に對して出來る丈早く斷行すべきである。此の方策こそ本島に於ける食糧增產の最捷徑であると信じ敢て督府及臺南州當局の考慮を煩はざるを得ない。 |
02 | 破格の拜謁仰付られ 恐懼感激の外なし 光榮の吉岡洋中佐謹話 |
03 | 織田作市少佐謹話 |
04 | ビルマ獨立秘話(六) 血に滲む英の殘虐 敢然起つ政黨の生ひ立ち |
05 | 花蓮港市の決戰貯蓄 |
06 | 再起誓ふ避難民 長官の激勵に感奮 |
07 | 妾らも手傳はう 臺北州女事務員近く田植奉仕 |
08 | 試驗は全部臺北で 海軍諸學校志願者に朗報 |
09 | 災民救援の殊勳者に金一封 |
10 | 町の國語報國所 廣谷市長詳さに視察 |
11 | 空から激勵文 水害に秘めた數數の美談 長官の視察で明みへ |
12 | 闇行為は銃後の恥 日婦・排除運動に乘出す |
13 | 健民指導醫委囑 |
14 | 調髪も決戰型 二十歲以下は丸刈だ |
15 | 日赤巡回醫療班活躍 |
16 | 學生航空隊福岡へ向ふ |
17 | けさ都城へ |
18 | 北區料理屋飲食店組合總會 |
19 | 宜蘭郡青少年團強化打合 |
20 | 臺銀人事異動 |
21 | 人事・消息 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰奉公の道 北門郡支會指導者を前に 山本事務總長熱辯 |
02 | 祭粢料傳達 |
03 | 負けるな貯蓄戰 彰化市で主旨宣傳講話 |
04 | 麗し軍援の美談 應召家庭に耕作奉仕 感心な百姓、石山さん |
05 | 青少年團運營 屏東市で懇談會開催 |
06 | 彰化市體力檢查 十一日から開始 |
07 | 指導部落五里林 宣誓式に臨んだ知事さん 戰ふ部落民激勵 |
08 | 滑空に機甲訓練 臺中州學徒夏の陣 |
09 | 嘉義市民の赤誠 慰問袋資金一萬圓突破 |
10 | 澎湖廳鄉軍後援會設立 |
11 | 參與委員增員委囑 |
12 | 決戰衣生活講習會 |
13 | 球場空地を耕す 藷增產に部員敢鬪 |
14 | 柴山社會課長屏東を視察 |
15 | 增產戰士慰問 臺南藝能多彩な計畫 |
16 | 常會指導者鍊成 |
17 | 戰ふ譽れの遺家族 高雄家庭副業指導所好成績 |
18 | 擧庄增產へ 戰ふ楊梅庄 |
19 | 水路を拓け二萬石穫れる 大湳方面の農民要望 |
20 | 青年劇指導者 大肚山で鍊成 |
21 | 全臺灣水泳鍊成會 三十一日臺中で開く |
22 | 八塊庄厚生の夕 |
23 | 三重埔青少年團 稻刈に汗の奉仕 |
24 | 員林街協議會 |
25 | 二百圓献金 |
26 | 少年の迷子 心當はないか |
27 | 神代淡水郡警察課長三男逝去 |
28 | 臺南州異動 |
29 | 地方多より報社消息 |
30 | 第四十三期決算公告/株式會社臺灣貯蓄銀行 |
31 | 第四拾六期決算公告/臺灣勸業無盡株式會社 |
32 | 訃文:神代茂男 |
33 | 今日の映画演藝 |
34 | 基隆蘭陽地區 |
35 | 基隆の映画 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 第一—四半期貯蓄實績 八千九百萬圓突破 更に一段の努力を要望 |
02 | 甘藷の飛躍的增產とその食糧化が緊要 山崎農相演述要旨 |
03 | 企業整備の特異性 過去の整備とどう違ふか |
04 | 第三回農家基本調查 八月一日現在で全國的に實施 |
05 | 畜產興業擴張 人事大異動を發表 |
06 | 中小商工業再編成協力會 設立準備會員決定 |
07 | 高砂農產設立 |
08 | 精麥價格引上 |
09 | 煙草耕作を減段 食糧增產に對處 |
10 | 勸業無盡總會 羅東出張所設置 |
11 | 彰銀總會 |
12 | 麥類配給組合 定時總會終了 |
13 | 木炭增產を圖る 玉井庄會議室で對策協議 |
14 | 貯蓄銀行總會 |
15 | 臺灣產業資源預金增加 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(廿八日前後場) |
18 | ラジオ |
19 | 水滸傳(1020)/黃得時;碇政彌 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ニユーギニア(東部)とナツソウ灣を爆擊 わが荒鷲部隊活躍 |
02 | 立體攻防戰最高潮 ムンダの決戰は續く |
03 | ヴ外相を首班にタイから答禮使節 帝國に感謝信賴の情を傳ふ |
04 | 圖像:全國警察部長會議開く |
05 | 敵船八隻を擊沈 獨潛艦地中海と大西洋で |
06 | 主なる質疑應答 農林省所管の全國經濟部長會議 |
07 | 卅三萬六千噸擊沈 獨潛艦七月中の戰果 |
08 | 反樞軸空母に魚雷命中 伊潛艦の戰果 |
09 | 獨軍新陣地に移動 オリヨール北方 |
10 | 獨大本營の戰況公表 |
11 | シ島激戰豫想さる 伊政變戰意影響なし |
12 | ナポリ外五地方作戰地域に指定 |
13 | 英、米、ソ協議 |
14 | 受入側指導要領決定 國民皆勞の主旨徹底へ |
15 | 入亂れて混戰 |
16 | ケ大將を任命 ナチス航空隊司令官に |
17 | 輸送力に重點 小日山滿鐵總裁談 |
18 | 外交政策は不變 イタリア政府發表 |
19 | フアツシスト黨の解體 初の閣議で決議 |
20 | シ博士を任命 伊ス通信社理事長 |
21 | 國民の自重 伊の各紙要望 |
22 | 生存權の戰ひ 獨、伊が共同運命 ム首相挂冠に關し獨紙報道 |
23 | マルタ島強襲 |
24 | インド政治犯 一萬千七百餘 大半は會議派 |
25 | 米國一日平均の戰費 二億八千三百萬弗 |
26 | 都市計畫課長打合せ會 來月四日開く |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 神なる父に對面 忠勳しかと戰く胸に抱いて 遺兒達社頭に額く |
02 | 祭粢料並に御下賜品 けふ市正廳で傳達式 |
03 | ビルマ獨立秘話(七) 西歐文化は失敗 我我の希望は東に在り |
04 | 皆さんは神樣の子 うんと勉強しなさい 齋藤本部會長溫い訓辭 |
05 | 宜蘭郡下職員體育鍊成會 |
06 | 一生懸命に勉強 遺兒代表林茂夫君答辭 |
07 | 圖像:遺兒達感激の社頭對面 |
08 | 遺家族の慰安所 花蓮港に譽れの家 |
09 | 待避所設置の要領 當局、問合せに答ふ |
10 | 蓖麻油の献納 |
11 | 藥劑師鍊成會 一朝有事に備へ |
12 | 戰力增強の秋だ 米は一粒でも餘計供出しませう 梁井知事常會へ陣頭指揮 |
13 | 海事思想普及資料展示會 |
14 | 高雄市榮町區青年團結團式 |
15 | 司法保護事業に活 助成機關近く實現 |
16 | 全臺灣水泳鍊成大會 |
17 | 花蓮港女子體力檢查 |
18 | 青年訓練所 花蓮、玉里兩郡□も設置 |
19 | 勤勞團幹部鍊成會 |
20 | 池崎忠孝氏を招聘して講演 |
21 | 巡查には正しい言葉を |
22 | 街候補地を踏查 楊梅等五庄の昇格に拍車 |
23 | 皇民高砂族特別試寫會 |
24 | 藤村新竹州知事が出府 |
25 | 興南詩苑漢詩 謹賀許丙先生令長郞與楊天賦先生令媛聯婚/聽春、謹賀許丙先生令長郞與楊天賦先生令媛聯婚/蔡禧、謹賀許丙先生令長郞與楊天賦先生令媛聯婚/蔡先澤、謹賀許丙先生令長郞與楊天賦先生令媛聯婚/莊銘福、新店放灘漁飯/文訪 |
26 | 青年厚生の夕 |
27 | 慰問袋募集 日婦臺北市支會で |
28 | 登錄寫真作品懸賞募集 |
29 | 人事・消息 |
30 | 今晩の放送 |
31 | 商況(廿九日前場) |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機卅二を擊墜 ブ島、ニ島で敵機を邀擊我が海鷲の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二十九日十六時四十五分)帝國海軍戰闘機隊は七月二十五日、二十六日ブーゲンビル島に來襲せる敵機合計百五機を同島上空に邀撃し、その二十七機を擊墜し、又七月二十八日ニューブッテン島西端に來襲せる敵機約七十機と交戰、その五機を撃墜せり、右兩戰闘に於て我が方驅逐艦一隻沈没、飛行機十二機を失へり |
02 | 彼我入り亂れて激鬪 |
03 | 補給輸送線確保とこれが破壞の戰爭 |
04 | 圖像:サンクリストバル島南方でわが潛水艦に擊沈されたアメリカ甲巡サンフランシスコ |
05 | “毆込み戰術”を取行 クラ灣夜戰の實戰談 |
06 | 日華條約の締結 樞府本會議で可決 |
07 | 翼贊會顧問總務を委囑 |
08 | 三色旗の支配から青天白日旗の下へ 上海佛租界愈よけふ返還 |
09 | ニユーギニア敵陣地を爆碎 |
10 | 敵產移管式 南支軍司令部で擧行さる |
11 | 敵機香港に來襲 |
12 | フアシスト黨解散 政變の論理的歸結 |
13 | 英軍損害甚大 |
14 | 國力培養に盡瘁 フアシストの功績 猪俣氏談 |
15 | 勝手な手前味噌 ルーズヴエルトの演說 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 高雄州の增產新方策社說 今回高雄州が全島に率先して、州下街庄に篤農家を起用し、增產專管の助役として任命することに決定したことは近來の快心事として大いに一般の注目を引いた。全然新しい試みとして各郡一街庄に新設する程度の、未だ試驗的の域を出でないやうであるが、しかし增產といふ喫緊の國家的要請に應へる最も現實に即した適宜な創意として稱讚に値ひすることと云へよう。增產の推進に篤農家を起用すべきことについては、さきに木欄に於て提唱した如く實際の農民指導、增產獎勵に最も其人を得るからであり、また机上の增產計畫から下り立って大地に脚を踏みしめ鍬を取ることによって實効を擧げるに最も捷徑であるからである 增產の要諦は歸するところ、農民を把握するに在り、指導者は農民と共に計り、共に心配し、共に汗を流すときに始めて最もよく農民を動かし得るのである。從って農民の模範者たる篤農家を起用して增產第一線に挺身せしめることは必らずや多大の成果を收めることと信ずるがしかし勿論今後の成績に俟たなければならない、この意味に於て先鞭をつけた高雄州の責務たるや頗る大きなものがあると云ふべく、近く任命される光榮の新助役諸君の献身的活躍を深く期待するものである、而して新助役諸君の努力と苦心による輝かしき成果を以て、全島的に右ならヘとなるとも決して廻れ右の結果にならざるやう念願して己まぬ次第である。 |
02 | 社說 流出水田の復舊に就て社說 食糧增產は農業臺灣に課せられた重大使命の一つである、從って例へば米を一粒でも餘計に增產することは即ち國家への御奉公に他ならぬのである、故に全島民は何が何でも食糧增產に全能力を傾倒せしめ、國家的要請に對して萬遺算があってはならない、しかしながら臺灣の如き年年暴風雨季節を有し、風水害多きところでは、往往にして大自然の不可抗力による障害を免れない。特に收穫まきはに於ける被害はまことに殘念に堪えぬものがある。先般の水害に依り大安溪流域の大甲郡管內の田地◯◯甲步が流出された如きは其れである。今次の災害は堤防の決潰による不可抗力に基くものとは云へ相當大なる面積の水田が河原化したことは惜みても餘りがあると云へよう。このやうに大自然の暴威は增產の大敵として絕對に侮りがたいものであるが、しかし現下の增產要請に應へるためには全力を擧げてこれが防止に努めなければならず同時に一面に於てはこれが復舊復興に萬全の應急措置を講じなければならぬのである。 特に今回甚大なる被害を蒙った大甲郡管內の水田は、州下の穀倉と云はれる位生產高の優秀なる美田であるだけに一刻も早く復舊して二期作からの增產に寄與せしめなければならぬ。現在現地に於ては極力大安溪亂流の減水整理や交通連絡に全力を注ぎ、復舊に努力を拂ってゐるやうであるが現地に視る實狀は復舊計畫並に實踐體制が未だ隔靴搔痒の感あることを率直に指摘して置きたい。勿論甚大なる水害の直後とて周到萬全なる計畫實踐は或は無理な要求と云へるかも知れぬが、しかし戰時下特に食糧增產は絕對の要請であり、この國家的要請に應へるためには不可能をも可能にしなければならぬ時代である。悠悠たる計畫漫漫的實施は平時的觀念として今日では許されない。常に最惡の場合を豫想して萬全の準備を整へ、機に臨んで敏速的確、即行實踐するところに戰時下行政の要諦があらねばならぬ。大安溪流域の水田復舊はこの意味に於て、例へ不可能を可能にする類の難事であっても、食糧增產のためならば萬難を排して可及的速かにやり遂げねばならぬのではなからうか。若しそのために莫大なる勞力が要ると云ふならば、全州下の青年達も恐らく敢へて浄汗奉仕をいとはないことであらう。 |
03 | 富士山麓に繰展ぐ軍國繪卷 壯烈・砲飛協同演習 畏し各宮殿下も御觀戰 |
04 | 草山で鍊成の第一夜 胸に去來するはけふの感激 譽れの遺兒の集ひ |
05 | 必ず立派な國民に 長谷川總督の懇篤な訓示に 遺兒達感激の誓ひ |
06 | 元氣な皆さんの姿 神樣なるお父さんは喜んでる 安藤軍司令官遺兒達を激勵 |
07 | 農業戰士激勵 佐野花蓮郡守米供出督勵へ |
08 | 醫藥品衛生材料 生產、配給、消費規則公布 曾田府衛生課長談話發表 |
09 | 臺灣奉公壯年團 幹部の增員強化成る |
10 | 拓けよ南海の寶庫 鐵本博士臺中で長講義 |
11 | 皇奉の推進體 壯年團本部團長談 |
12 | 旅客の列車時刻 一部變更、一部運休 |
13 | 臺北市奉公壯年團幹部 |
14 | 兄の勳に續いて 桂訓導航空見習士官志願 |
15 | 女子も決戰 薙刀道指導者講習會 |
16 | 南方建設に挺身 拓南訓練所主事打合 |
17 | 訓練所生の募集要項 |
18 | 宜蘭市會あす召集 |
19 | 訃文:林曾氏綉 |
20 | 訃文:長岡嘉春 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 食糧增產に金字塔 三大必勝指導陣確立 |
02 | 間作の妙味發揮 甘藷の劃期的增產へ |
03 | 二期作早植勵行 州幹部草鞋穿きで督勵 |
04 | 戰力增強に一役 學童休暇中に盛澤山な鍊磨計畫 |
05 | 神饌田奉告祭 |
06 | 靖台の宮殿下 奉迎送を偲び奉りて/綠野竹二郎 |
07 | 臺南市參事會 |
08 | 大空に挑む學徒群 高專生滑空訓練實施 |
09 | 貯蓄座談會 |
10 | 奉公は健民から 初の健民指導醫連絡會議 |
11 | 屏東市校長會議 |
12 | 若櫻に健康診斷 後期入所生に對し月一回實施 |
13 | 嘉義臨時市會 |
14 | 木炭增產に拍車 新高郡守業者を慰問激勵 |
15 | けふ屏東市會 |
16 | 井原警察部長田植ゑを視察 |
17 | 今ぞ心こめて增產するの秋 農家を大切に、空閑地は利用 |
18 | 本田市長陣頭に ラジオ體操會一日から始る |
19 | 基礎體力章檢定 臺南州下九月から各地で |
20 | 警官の話に感激し 玉碎勇士に香華料 |
21 | 男女衣の簡素化 臺南州下各地で講習會 |
22 | 架橋工事竣工す チヤカン溪で卅日落成式 |
23 | お山の遺族を懇に慰問 |
24 | 土屋農林課長 田植ゑ視察 |
25 | しつかりやりに歸ります 隣組から“親善の使”を送る |
26 | 彰化市奉壯團 水害見舞等決議 |
27 | 螟虫の發生を封殺 北斗郡捕殺競技會上成績 |
28 | 竹南街消防部 廿七日上棟式 |
29 | 後龍女子看護團 颯爽と發足 |
30 | 長岡嘉春翁逝去 |
31 | 人事 |
32 | 地方多より |
33 | 第六十六期決算公告/株式會社臺灣商工銀行 |
34 | 今日の映画演藝 |
35 | 基隆蘭陽地區 |
36 | 基隆の映画 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 內臺間連絡の強化 中央關係方面と折衝 副見總長歸臺談 |
02 | 藷類の統制方式 一部を自由機構に流す |
03 | 最近の經濟問題 |
04 | 車輛の自給自足へ けふ車輛技術委員會開催 |
05 | 一期米標準查定會 昨日食糧局で開催 |
06 | 米穀補給金取扱 從來通りに決定 |
07 | 商工銀行總會 荒木、與田兩氏重任 |
08 | 青果物配給統制(內地) 九月一日より規則改正 |
09 | 漁業餌料の增產に 中壢で飼育池を築造 |
10 | 華南銀行近く總會 |
11 | 戰時債券の當籤番號 今後本紙上にも發表報社消息 |
12 | 鐵工業統制會長銓衡委員會 |
13 | 金屬マグネの增產 諸物資の配給策確立 |
14 | 鱈の公價改正 けふ公布實施 |
15 | 米國石油生產の近狀 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(廿九日後場) |
18 | ラジオ |
19 | 水滸傳(1023)/黃得時;碇政彌 |
20 | 七月一日抽籤 戰時債券當籤番號表(其ノ一) |
序號 | 標題 |
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01 | 敵重爆十機を擊墜 橫山隼戰鬪機隊の活躍 |
02 | 賞詞/小倉光雄 |
03 | 國父の遺志實現 租界回收國府宣傳部發表 |
04 | 本邦への答禮使 タイ國ウ外相を派遣 |
05 | 圖像:ジヤングルの小休止で樂しく頒けあふ一箱の煙草 |
06 | 陳市長が兼務 租界行政、警察の首班 |
07 | 工場整備の轉活用 二百坪以上より選定 |
08 | 誕生日の贈物は 敵重爆一機を 奇襲奏功の柳澤編隊長 |
09 | 藤井氏を起用 翼贊會實踐局長 |
10 | 華中合作社の指導監督業務 國民政府に移管 |
11 | 山險、冷寒と鬪ふ 重慶輸血路新疆印度ルート |
12 | 國府側發表 |
13 | ロンドン強襲 |
14 | 織物製造業整備要綱を決定 次官名で通牒 |
15 | 政黨の結成を禁止 伊國民三色旗の下に一致團結 新內閣重要事項決定 |
16 | 獨伊兩國民の本質的關係不變 シユミツト博士言明 |
17 | 新聞紙を全面的統制 イタリア政府乘出す |
18 | 定例閣議 |
19 | 西部歐洲の空中戰 |
20 | 普通銀行等の貯銀業務兼營 八月二日より實施 |
21 | 舊政黨決議案提出 |
22 | 米艦艇一千五百參加 シチリア作戰 |
23 | シチリア島戰況 |
24 | ポルトガルに罷業、暴動續發 |
25 | 中支軍管工場 第十三回返還式 |
26 | 全國營林局長會議 |
序號 | 標題 |
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01 | 偽善の皮剝げたり 證據歷歷ニ島統治に見る 英國積惡の記錄 |
02 | 戰線に咲く落穗集 ニユーギニアに拾ふ |
03 | 海鷲志願に蹶起 ブラジル生れの第二世 |
04 | 大自然に抱かれ 神の子として精進 美しくも尊い遺兒ら |
05 | 警防團助の成會 新竹市であす結成式 |
06 | 增產戰士腕比べ 全國草刈堆肥大會 |
07 | 圖像:遺兒の集ひ第二日 |
08 | 時の話題 世界空爆の歷史 |
09 | 基隆市青年體力檢查 |
10 | 市長、遺族を懇ろに弔問 |
11 | 防空生活であれ 全國警察、經濟部會議出席の 齋藤警察部長語る |
12 | 基隆郡菓子類の自給自足へ |
13 | “どつさり出ます” 値段の低いゴム引布製品 |
14 | 物資の配給狀況 港都で調查に乘出す |
15 | 保姆講習會 |
16 | 標準米查定會 |
17 | 一路必勝增產へ 臺北州勸業課長會議 |
18 | 新進の役員任命 新竹州下の保甲陣面目一新 |
19 | 周巡查表彰金を献金 |
20 | 赤誠の國防献金 |
21 | 興南詩苑漢詩 藕花風疊韻二首/嘉義 聯滄、次高文淵君轉任高雄法院留別韵四首/漁丈人 |
22 | 卑南池に草魚放飼 |
23 | 學徒機米子へ |
24 | 花蓮港軍援女相談員委囑 |
25 | 美しい献金 花賣行商人の赤誠 |
26 | 貯蓄□談會 |
27 | 大陸進出者講習會開催 |
28 | 新高沿岸漁業 臺中州水產會で企む |
29 | 玉井專修學校開校式 |
30 | 宜蘭農事協同組聯總會 |
31 | 藝能隊初の公演 |
32 | 彰化合唱團今夜歌ふ |
33 | ローマ潭墜道附近山水で決潰落盤 |
34 | 人事・消息 |
35 | 今晩の放送 |
36 | 商況(三十日前場) |
37 | 興南案內報社消息 |
38 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 在支米空軍必滅 わが陸鷲、猛擊敢行中 週間戰況頭條新聞 【南京三十日發同盟】支那派遣軍週間戰況(七月三十日發表)去る二十三日突如行動を開始せる我が航空部隊の精銳は連日に亘り長驅在支米空軍の重要據點を次々に粉碎し多大の戰果を舉げつつある、即ち今次我が航空部隊の奇襲攻擊は在支米空軍が三月十四日第十四航空部隊に改編以來交那を基地として日本本土空襲を豪語し着々として物資の補給と整備に狂奔し最近漸くその行動の活潑化したのに對し機先を制して敵の企圖を一齊に粉碎すべく敢行されたもので攻擊開始以來早くも二十九日までに敵がその性能を誇りし戰闘機P四十型を始め三十五機を擊墜碎すると共に續く我が完膚なき猛爆撃に依り衡陽、零陵、芷江、寶慶、建甌、桂林の各敵重要飛行基地を粉碎し多大の損害を與えた、これに對し我が方の損害は自爆八機である、なほ今次の我が攻勢に當り敵はその性能を恃み吾を邀擊決戰を挑まんとしその戰意は相當旺盛なるものがある、然しこれは却って我が陸鷲の闘魂を彌が上にも燃へ滾らせ「擊ちてし止まむ」の意氣は我が卓越せる技術と優秀なる機能と相恃つて敵の作戰企圖を覆滅すると共にいまや敵在支米空軍必滅を期して熾烈なる攻擊を強行中である、一方我が派遣軍地上部隊も依然各地に活潑なる討伐載を敢行中である |
02 | 各種の行事を調整 大體五分の一位に減らす 重點事項以外切り捨てる |
03 | 吾等の解放の軍隊 國境出現の日近し バンゴツクでボース氏演說 |
04 | 敵輸送船團攻擊一隻擊沈 ニ島哨戒中の我水上機 |
05 | スチムソン 北阿に到着 |
06 | 米軍十機喪失 キーレ空襲で |
07 | 益なき集りは 一切廢して良い 小泉中將は語る |
08 | ボース氏盤谷訪問 インド人同胞三千を激勵し タイ政府その他に感謝表す |
09 | 日本必勝の信念 眼の邊りに見て感銘 比島訪日視察團の歸還談 |
10 | 圖像:堂堂の編隊で○○爆擊に向ふわが陸鷲 |
11 | スマトラ產業全般 現狀並に今後の方針 |
12 | 上海佛租界返還式 きのふ嚴肅に擧行 |
13 | 陳市長の答辭 |
14 | 多大の成果を收む 製鐵、鐵山、炭山を中心とする 第二回行政查察終る |
15 | 獨立運動新段階へ 國民軍武器を執る ボース氏談 |
16 | ア駐獨伊大使歸任せず |
17 | グ伊新外相 ローマ着任 |
18 | 赤軍の共同墓地 オリヨールの戰況 |
19 | 大機動戰展開 |
20 | 激戰を展開 シ島中、北部で |
21 | 在支米空軍隊長の悲鳴 |
22 | 簡保積立金規則等を公布 |
23 | 配合肥料をも一元的に統制 日本肥料に委託 |
序號 | 標題 |
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01 | 鍛へよ・鍊れよ・鐵の力 あすからラジオ體操 擧島健民へ總進軍 |
02 | 率先垂範固く誓って 臺北市奉壯團入團式 |
03 | 逞し・奉壯團の躍進 奉公運動の中核體(一) ねらひは生活の革新 |
04 | 大安溪災害對策 けふ總督府で協議 |
05 | 蘭陽警防團幹部講習會 |
06 | 故早川保安課長の光榮 勳六、單光旭日章を賜る |
07 | チヤカン溪 豐平橋落成 |
08 | 臺北市臨時市會 戶稅賦課率等を可決して開幕 |
09 | 高砂族も參觀 新竹市の防空展盛況 |
10 | 力と美の融合に努めよ 府展開催に就いて西村文教局長談 |
11 | 情報宣傳打合會 各州廳總務課長督府に會合 |
12 | 東京女子厚生專門校設立 |
13 | 八月常會を視察 |
14 | 產業戰士慰安に 八月八日から職場向放送 |
15 | 渡邊中將逝去 |
16 | 陸鷲操縱見習士官 募集締切來月十日まで延期 |
17 | 頼もしこの活躍 大甲街桔俱の炊出奉仕 |
18 | 江湖の同情に愬ふ 暴風雨災害義捐金募集報社消息 |
19 | 國語常用に拍車 國語報國推進員常會を開催 |
20 | 學徒荒鷲隊特殊飛行 |
21 | 新瀉に向け出發 |
22 | お山の讀書運動 花蓮港廳自助會乘出す |
23 | “皇民高砂族” 特別試寫會 |
24 | 彈丸切手賣出 |
25 | 瑞芳九芎橋防空群查閱 |
26 | 米供出懇談會 |
27 | 土曜音樂會 |
28 | 本社記者募集報社消息 |
29 | 孫土氏逝去 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學徒隊增產力發揮 不毛地をどしどし美田化 |
02 | 經驗と技術を尊重 “增產助役”は增產が目的 形式的勤務は不要 |
03 | 生徒の校外指導 臺南州教護聯盟案をねる |
04 | 溫泉時局に甦る 出直す溫泉旅館(上) |
05 | けふ增產助役發令 |
06 | 南進の鵬翼ひらく 港都高雄市の膨脹 |
07 | 草刈競技會 |
08 | 健民指導醫連絡會議 |
09 | 蘇澳庄の街昇格有望 |
10 | 殉職早川保安課長 死體廿九日發見 |
11 | 一日から國民體力檢查 臺中州下“適格青年の心得” |
12 | 空襲の効力實驗 一日鳳山郡後庄で實彈投下 |
13 | 壯!力泳また力泳 蘇澳國民學校遠泳大會 |
14 | 蝸牛は家畜飼料 嘉義市、十六日から捕獲 |
15 | 赤誠の献金品 |
16 | 蛤の增產計畫 |
17 | “皆參加しませう” 臺中市の全島ラジオ體操 |
18 | 人事報社消息 |
19 | 地方多より |
20 | 訃文:孫土 |
21 | 今日の映画演藝 |
22 | 基隆蘭陽地區 |
23 | 基隆の映画 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 合金鐵の增產へ 配給統制は一日より實施 |
02 | 鹽乾魚配給統制會社 來月廿日に創立總會 |
03 | 潤滑油の代用品 蓖麻等栽培を打合 |
04 | 食糧自給を目途に 肥料の增產運動を展開 |
05 | 豆腐の隔日配給 臺北市は當分の間續行 |
06 | 勞務管理に萬全策 專賣局に研究委員會設置 |
07 | 經濟手帖 |
08 | 食糧政策の前進(上) |
09 | 資金貸出手續簡捷化 銀行等運用資金令規則改正 |
10 | 決戰經濟の諸樣相 |
11 | 照明燈 |
12 | 商況(卅日後場) |
13 | 松林課長南部出張 |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(1024)/黃得時;碇政彌 |
16 | 七月一日抽籤 戰時債券當籤番號表(其ノ二) |
17 | 廣告 |