興南新聞1942年1月
序號 | 標題 |
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01 | 要衝○○に肉薄中 超人的ジヤングル內掃蕩 敗走の敵捕捉殲滅 マレー東岸戰線 |
02 | 只管前進を續く 我が前線將兵正月も元旦もなし |
03 | 圖像:香港入城式 |
04 | 米比軍の弱音 |
05 | 緬甸、馬來、蘭印 等の在留米人 |
06 | 米比軍の損害甚大 米陸軍省も自認 |
07 | 戰く濠洲 |
08 | 輝しい皇軍の戰果 米英の妄夢一朝にして潰ゆ |
09 | ペナン復舊へ□ 再建の音高らかに |
10 | 英軍指揮系統 大混亂に陷る 東亞軍の首腦罷免 |
11 | ケソン大統領 マニラの某所で 重任宣言 |
12 | 英首相近く 華府に歸來 |
13 | 圖像:東亞聯盟泰國分館に和平建國の青天 白日旗飜へる |
14 | 我が水上機大活躍 比島、英領ボルネオに |
15 | 英ソ會談 ソ聯コンミユニケ |
16 | 自主的為替政策 元旦より實施す |
17 | 各省の提出法案 けふ閣議で審議 |
18 | 領事館員華府を 未だ出發せず |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 節折大祓.除夜祭の御儀 宮中三殿で執り行はせらる |
02 | 織込む戰捷の感激 大晦日と新春の放送 |
03 | 圖像:香港□ |
04 | “內臺一如の親和譜” 罹災地に見る微笑ましい情景 |
05 | 戰捷祈願祭執行 宜蘭郡各信組で |
06 | 一億圓を突破 事變以來海軍省への献金額 |
07 | 續く赤誠の献金 □一□武□□の取扱 |
08 | 輝く大戰果に感激 彰化市織物小賣商人が 赤誠の一萬七千餘圓献金 |
09 | 輝く勳章傳達式 臺北市正廳で擧行 |
10 | けふの志願者 |
11 | 臺中支部生活 部職員懇談會 |
12 | この上ない光榮 重ねての恩賞に鹽田中將未亡人感泣 |
13 | 戰死は豫豫覺悟 臼井部隊長未亡人語る |
14 | 賜金の恩賞 霧島えり子さん の母堂の感激談 |
15 | 敵國米英糸の音樂 國內から一掃に決定 |
16 | 圖像:陸鷲、比島コレヒドールを初 空襲 |
17 | 輸送懇談會 |
18 | 桔梗俱樂部の 第四回鍊成會 申込は八日まで |
19 | 皇軍の布哇大奇襲實況 元旦から全國一齊に公開 |
20 | 迎春に新鮮な野菜の山.山.山 |
21 | 皇軍の大戰果は 海南島住民に一層の信賴感 歸來した古藤猛哉氏語る |
22 | 心聲/黃可軒漢詩 掛冠後近感/耕□、灌園先生督府評議員又新榮任以詩爲賀/李學憔、書憤/唐突生、和前題/景南生 |
23 | 本社彰化支局 取扱震災義捐金報社消息 |
24 | 州民に時局認識 警察部で三日に一回情報發行 |
25 | 孤立無援の比島 苦しい米海軍の辯明 |
26 | 港都建築利 用組合認可 來年早早店開き |
27 | 密渡航二人男 |
28 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 天皇陛下の御精勵頭條新聞 【東京發同盟】大御稜威界に普く皇軍の捷報相次ぐ裡に大東亞黎明の旭光燦然と茲に新しき年は明けた、畏くも大本營に光輝ある皇軍を御統帥儼たる征戰を進めさせ給ふ 大元帥陛下には聖壽御めでたく御四十二を數へさせられ玉體益益御健勝に亘らせられ大□の御下威武旣に米英を壓し皇軍の進む所皇化彌彌普く大東亞十億民族が榮光に感激俯仰し 聖壽無疆を祈り奉る元旦大內山の綠は一入濃く瑞祥に立□むる邊り只神神しさを拜し奉る 皇后陛下には御四十歲 皇太后陛下には御五十九歲に渡らせられいとも御機嫌麗はしく新春を迎へさせられ皇太子殿下には愈愈健かに御十歲の御正月を壽がせられた 大元帥陛下には帷幄間旣に五年更に國際情勢の急變に際し去る十二月八日畏くも聖斷を降し給ひ米英に宣戰を布告あらせられ曠古の大東亞戰爭を御統帥あらせ給ひ戰線に決死奮戰の陸海軍勇士の上を偲ぼせ給ひつつ夙夜軍務をみそなはせられ陸海兩相、參謀總長、軍令部總長より日日奏上の戰況を御聽取遊ばされ寸暇だに在はさぬ御精勵と拜承する畏くも去る八日渙發された大詔に「皇祖皇宗ノ神靈上ニアリ」と仰せられ常に惟神の大道を大御心とせられ御神事を至高至重の御義とされ給ふ 陛下には帝國曠古の大事に際しては翌九日宮中三殿に臨時大祭を御親祭宣戰を御親告神明の加護を親しく御祈念遊ばされ更に神宮、山陵に勅使を參向奉告せしめられ斯くて大東亞戰は八紘一宇の聖詔を奉體神代ながらの國造り國固めをその儘に大東亞十億の福祉のために戰果を擴めさせ給ひ時局下萬機御精勵の御為め御運動としての御乘馬も十二月には只御一度あらせられたのみと承るが御日常は御政務御軍務と愈愈繁忙を加へさせ給ひ宣戰前十一月までの一年間恐れ多きことながら上奏書類は九千件、國務大臣の拜謁奏上二百回の多きに及ぶと洩れ承る、その間兩度臨時議會を召集し給ひ開院式に親しく臨御優渥なる勅語を賜ひ又大本營會議、重臣會議、樞密院會議にも常に御親臨あらせられ皇軍將士の勇戰奮闘に對してはいとも御滿足に思召され畏くも再度聯合艦隊司令長官に勅語を、支那派遣軍總司令官及び支那方面艦隊司令長官に對して勅語を賜はり其武勲を御嘉賞あらせられた又御日常は朝六時半に御起床、冬も午前九時には御政務室に出御あらせられいとも簡素な御机に向はせられ戰線の地圖や刻刻の戰況、山と積んで奉る書類をみそなはせ給ひ其間木戶內府、百武侍從長、蓮沼武官長、首相、陸海相、幕僚長各閣僚等の奏上を聞召され入御は午後五時、六時と拜承するが時には御寢後の深更又は未明にさへ出御を拜する由、洩れ承はり畏き極みである |
02 | 最後の勝利獲得へ 誓ふ一億國民不退轉の決意/東條英機 |
03 | 鐵石の團結/長谷川清 |
04 | 外交戰線今や整備/東鄉茂德 |
05 | 大東亞戰貫徹へ/山本弘毅 |
06 | 覺悟を新たに/齋藤樹 |
07 | 突進せよ志願兵 護國の干城となれ/井上貞衛 |
08 | 勝つて勝ち貫け/風早清 |
09 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 皇紀二千六百二年を迎へて 大聖戰の目的完遂に邁進せよ社說 一 乾坤一轉、爰に輝く皇紀二千六百二年の新春を迎ふるに當り謹みて聖壽の萬歲を壽ぎ皇室の彌榮を祈り奉ると共に邦家の隆昌を稱へまつることは限りなき光榮であり、洵に慶賀に堪へざるところである、飜つて現下の情勢を見るに、大東亞聖戰が開始されて以來御稜威の下忠誠勇武の皇軍の奮鬪力戰に依大陸の曠野と太本洋上の陸海空りに於て、驚異的輝しき大戰果を收めた第一線將兵の勞苦に對し恭恭しく感謝の意を表すると共に、名譽の戰死を遂げられた殉國の勇士に對し衷心より感謝の赤心を捧げる次第である、 今や世界は曠古の變局に際會し、皇國また崇高にして偉大なる大東亞共榮圈並に世界新秩序建設の大理想を目指して雄雄しく立ち上つたのである、從つて國民は決して眼前の戰捷の祝酒、新春の屠蘇に醉ふことなくこの年頭に當り心機一新、大東亞戰爭に對する認識を愈愈深め、今後益益緊張して燃ゆるが如き必勝の信念を堅持し、宿敵米英を徹底的に粉碎殲滅し、以て永年に亘る彼等の掠奪搾取から大東亞に於ける諸民族を解放して爰に理想に輝く共存共榮の新秩序を建設せんとする歷史的大戰の終局の目的達成に邁進しなければならない 二 惟ふに舊臘十二月八日對米英宣戰の大詔が渙發せられ、我が皇軍の征くところ全大平洋を制壓し、世界戰史に輝く赫赫たる大戰果を擧げ宿敵米英兩國の勢力を東亞の天地から驅逐し、全世界を瞠若驚倒せしめてゐる中に迎へるこの紀元二千六百二年の元旦こそは、皇國日本に生を享けこの地に住む我我一億國民のみ受ける幸福でありこの限りなき感激感謝を遠祖神を祭る社に捧げると共に萬世搖ぎなき聖壽を祈り奉る日である、今年こそは國民一人殘らず自己の生活を反省し、一年の計を樹立するに當り、必ず總力を十分に發揮して長期戰に對處するの決意と覺悟を新にし、一億一心火の玉となつて總進軍のラツパも高らかに奏づるべき年である、今や我が軍は蜿蜒二萬粁の戰線に於て數百萬の將兵が晝夜を分たず奮起力戰、滿洲、支那、南方に亘り雄渾なる必勝擊滅戰が展開せられ、かの香港の陷落は米英の勢力を一掃し、米の東亞侵略の據點マニラは我が大包圍環裡に壓縮され、一方マレーの進擊愈愈目覺しくシンガポールへと皇軍は堂堂と進攻を續けてゐる 三 斯くて我が肇國の大精神に基き東亞諸民族の共存共榮を理想とする大東亞共榮圈は、日滿華三國を樞軸とし、曩に締結された日佛印軍事協定及び日泰攻守同盟を一翼として着着と確立の巨步が進められてゐる、一方真の人類の至福、永遠の世界平和を目的とする三國同盟の締結が更に新にされ、爰に世界は徒らに現狀を維持せんとする國家と只管正しき新秩序を建設せんとする國家の兩陣營に分れて有史以來空前の大鬪爭が行はれつつある、而も今度の聖戰は帝國の興亡盛衰の繋る所、如何なることがあつても絕對に勝たなければならない、又勝利は斷じて我我に在ると確信する、併し乍ら近代戰は科學戰、思想戰、經濟戰を含む總力戰、長期戰であり戰ひは寧ろこれからである、從つて一億國民は、この歷史あつて以來未だ嘗つて見ざる難局を突破すべく、協心戮力、堅忍持久、職域奉公の誠を竭し、新しい年を迎へて更に新しい心構へを以て、一人も洩らさず銃後國□□進擊の軍譜を高らかに□和突進し、以て最後の榮冠を□ち得る樣決意と覺悟を新にすべきである。 |
02 | けふ四方拜の御儀 大東亞戰爭初の新年 |
03 | マニラへ後數十哩 皇軍破竹の進擊繼績 |
04 | 敵艦艇六隻を爆破(マニラ灣在泊) |
05 | 太平洋殘在島嶼を攻擊 |
06 | 要衝○○(イポーの南方)に突入 |
07 | 圖像:我が必殺の猛爆下に慘憺たるハワイ敵主力艦群海軍省提供 |
08 | 花蓮港神社大祓式 |
09 | 我勝利の真相を ビラで知らす |
10 | 英軍の敗北 を自認 ロンドン放送局 |
11 | 新嘉坡周邊の 飛行場を猛爆 |
12 | 生存者に輝く恩賞(第廿五回) 和知少將以下六百三十四名 |
13 | 全戰局一段の進展 各方面に兵力を增派 開戰以來陸軍戰果 |
14 | 武器援助を 哀訴 蘭印デ中將 |
15 | 比島の戰況 倫敦經由のマニラ電 |
16 | 皇軍將兵慰問金募集 けふから本社で取扱開始報社消息 |
17 | 寸時に十五機を擊墜 敵の心膽寒からす馬來空中戰 |
18 | 滇緬公路の 輸送停止情態 我が連續爆擊で |
19 | 對英協力に反對 マハトマ.ガンヂー翁 |
20 | ときのこゑ |
21 | 遞信部に經理 課を新設 |
22 | 防空移動展 圓山動物園前で |
23 | 御斷り報社消息 |
24 | 今日の映畫 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 輝く戰捷新春の辭 非常時產業整備へ/石井龍猪 |
02 | 圖像:勅題「連峰雲」に因みて 蘆山山糸の遙拜式(五老峰を望む) |
03 | 食糧に萬全の措置/奧田達郎 |
04 | 最高度に效率發揮/副見喬雄 |
05 | 第二戰線の覺悟で/三輪幸助 |
06 | 大使命達成に挺身/宮本廣大 |
07 | 世界變局に對處/加藤恭平 |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 奉公運動の大飛躍 凡ゆる事態に泰然 歡喜力行して奉公/山本眞平 |
02 | 青年よ起ち上れ 新しい見方.新しい組織で/田中清 |
03 | 本島總進軍賦/森部隆 |
04 | 勝利我にあり/荒木義夫 |
05 | 增產へ驀ら/石井龍猪 |
06 | 新生活建設へ 擧島邁進/林貞六 |
07 | 紙の新武器 宣傳の力偉大/大澤貞吉 |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 巍然たる皇軍氣魄 動かざるところに威嚴がある/櫻井忠溫 |
02 | 圖像:勅題連峰雲に因んで |
03 | 嚴たり!帝國海軍 雌伏二十年今こそ最後の答/高橋三吉 |
04 | 大東亞戰爭の意義に徹せよ/橋本欣五郎 |
05 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 一億一心天業翼贊 明朗東亞の建設へ/林銑十郎 |
02 | 皇民精神飛躍の秋 戰へ.歷史的戰爭/永田秀次郎 |
03 | 翼贊指導の原理 翼贊壯年團の人人に/簡牛凡夫 |
04 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 歷史的な秘錄 布哇奇襲作戰頭條新聞 【○○にて同盟特派員發】世界を驚倒させたハワイ海戰、あの奇襲作戰に海軍航空部隊を率ひ敢然真珠湧上空に突入した航空部隊指揮官○○中佐はこの程に○○に歸還記者と會見壯烈無比の當時の狀況を詳さ物語つた初めて公開される昭和十六年十二月八日のハワイ海戰實況である、この歷史的な秘錄を語る中佐は大戰果を收めた指揮官であるやうな誇りは微塵もなくまるで演習からでも歸つたやうな淡淡たる調子海戰の時よりも○○へ歸つて來てからの方が戰果が大きいことを知つた、真暗だと思つた○○は準備管制だけぢやないか、有難い國だとつくづく思ふ、中佐は遺がに日灼けした銅赤色の精悍な顏には部下思ひらしい溫容の笑みを湛へてゐる、以下○○中佐の語るハワイ海戰の全貌である 私は今大いなる感激に包れてゐる、形容の出來ぬ感激しかしそれはわれわれが當然の責務を果して得た戰果を誇る氣持ちではなく況や生きて再び還り來た感激ではないただよき星の下に生れ來つるものぞ 有難き御代に生を享けし喜び この感激あるのみである、この氣持ちはおそらく單に兵隊のみでなく 陛下の赤子一億國民の全部に共通した氣持であらうと想ふ、こうした言ひ知れぬ感慨の裡にある日の狀況を語ることがハワイ上空に散つた勇武なる部下の靈を幾分でも慰め且つわれわれに絕えざる聲援を送つて吳れた全國民の期待に些かでも副ひ得られるとすれば亦望外の喜びとするところである「攻擊命令下る」われわれはいよいよ待ちに待つたオアフ島攻擊の命令を受け取つた、誰しもが遂に來るべきものがいよいよ來たといふ感じとは言へ遉がに身內を流れる電光のやうな緊張を感じた、この時旗艦の牆頭高く有名な日本海海戰の信號Z旗がするすると揚げられた、全員甲板に整列して仰ぎ見るZ旗「皇國の興廢此の一戰に在り 各員一層奮勵努力せよ」 日露戰爭以來皇國の步み來つた四十年の苦難の歷史を今こそ太平洋上に建て直すこの信號敬禮と共に仰ぐ、三色のZ旗は溢れる感激にかすんでわれわれは唯眼尻も裂くるばかり□クよしツ、やるゾ□と鐵石の決心を固めたのであつた續いてわれわれの航空部隊指揮官は「各員粉骨碎身其任務を完了せよ」と訓示された、一生涯忘るることの出來ないこの信號が靜かに降されると同時にわれわれの艦隊は忽ち全速力を擧げてハワイ目指して驀進した、母艦はまるで生あるものの如く動いた、次の瞬問先刻仰ぎ見た信號の感激とは違つた寧ろ冷靜な必勝の信念が生れ指理官も將校も兵も皆一樣に沈着な準備行動に專念してゐた目的地に近づくに從つて將兵の士氣は大いに昂まり戰前既に敵を呑む慨があつた、母艦は稍稍天候不良の南海を驀らにひた走る、母艦の進んでゐる間に總べての戰備を終へねばならぬ□備員も塔□員と一緒に戰ふのだと言つてわれわれに白の鉢卷きを贈つて吳れ「準備の方は一切やります」われわれは十分の休養をとつた、「はるかにオアフ島見ゆ」八日(ハワイの七日)午前○時○○分出發命令降る、この日の天候は不良、未だ曉闇の陽も洩れぬ天空には千五百米から二千米に密雲が蔽つて波浪亦母艦舷側を洗ひ普通ならば出發を見合す狀況であつたが全員規定の集□を終へたのは僅か十五分、午前六時十五分いよいよ進撃だ、一□又一機前後左右に烈しく搖れる不安定な母艦、甲板から彈かれるやうに飛び上つた、“しつかり、しつかり”私は次々に飛び出して司令機に續く部下達を勵ました、しかし私は全軍の指揮官として己の職責の重大さを敵地近くなるに從つていよいよ痛感し出した、四千浬といふ驚くべき長途の航行でしかも惡天候を衝いて來た母艦の位置には誤差はなかつた、もし誤差があるとこのまま隊を誘導してもオアフ島へ辿りつけぬやうなことになるかも知れぬ、一抹の不安が私の腦裏を駈けて行つた、何時も天候不良の場合でも南洋方面の海面は三十浬も五十浬も遠望が利くし時間にして三、四十分も前から目標が見える筈だ、殊にハワイは千米位の山脈あるのだから少くとも豫想時間の二十分前には見える筈だ、表面冷靜に指揮を令して居ても私の焦燥は次第に昂つた時眼下に海岸線が波に洗はれてゐるのが見えるではないか、間違ひなかつた、“此處だ”、と言ひ知れぬ安堵と共に又新しい勇氣がぽつぽつと湧いて來た、見よ! 斷雲の間から望見されるオアフ島、敵飛行場も直ぐ真下だ全部隊に展開を命じた今まで近縮隊形で近接して來たのが一齊に散開した、各隊はその任務の相違によつて高度を上げ或は下げて攻撃態勢に入る、私は大型爆撃隊を直率してオアフ島の西側を廻って次第に敵の本據へ接近する、オアフ島は東西に山岳地帶を橫たへ中央は平地であるがその平地方面が斷雲の間に眺まれ真珠灣は我々を歡迎するかの樣に雲間から漏れる陽に海面を反射させて居る、此れ正に天佑私は双眼鏡を把つて此の奢れる多年の宿敵を心静かに偵察して主力艦の在泊してゐるを確認した、あれを屠らば一死又悔ゆるなしと澄み切つた氣持ちで全員突壓を下令したいよいよ敵艦に攻撃を開始し今こそ大命を奉じて宿敵を撃つ、多年の訓練も今だつたこの一時の為めだつた、雷撃機がまづ亂雲を突き抜けるやうにして真先に突込んで行つた勇猛○○少佐の指揮する雷擊機隊は豐臣秀吉の故事で言へば加藤清正の意氣もの凄く真珠□目蒐けて舞ひ降りる多年の訓練と自信にもの言はせての襲擊だ、しかし真珠灣に海面が淺く且つ狹隘、雷擊は難行中の難事だ、ふと下を見ると海面すれすれに下降した雷撃機が放つた水雷が二本白い尾を引いて敵艦に突き進んで行く“ああやつたゾ”思はず叫ぶ、間もなく主力艦の舷側からもの凄い水柱が立ち上つた、“命中だ“、四本五本□□が□つ□身空軍は一發必殺の信念を罩□□人の如く□ん□□□□の崖が暫く續くと見るや大水柱が幾本も空中高く吹き上げる、時間にして僅か三、四分の間であつたらうか、私は果敢な雷撃隊の攻撃が濟むまで見守り戰つたが別の任務を遂行せねばならぬ「敵の戰闘機は未だ上つて來ぬか」「防禦陣地からの對空射撃は未だか」ハワイは未だ眠つてゐた、綠色の樹木と突襲を凝らした建築物に圍まれる市街も亦必殺の角雷を射ち込まれた、敵艦から何の應射もない、之でいよいよ奇襲成功を確信し「われ奇襲に成功せり」の第一報を母艦へ打電した續いて急降下爆撃隊が雲の上から積雲の只中へ突ツ込んで行き暫くすると敵飛行場の格納庫地上に並んでゐる飛行機の背がちらりと見えたと思ふ間もなく忽ち濛々たる黑煙に遮切られて了った、戰闘は引續きわれに有利に展開しつつある、狼狽の敵高角砲咆ゆ、猛雷撃隊と猛降下爆撃機が思ふ存分第一擊を加へた頃だと機首を轉じて新目標に向ふと漸く敵の高角砲彈がわれわれの機の周圍に炸裂し出した、何糞ツ、今度は大型爆彈の洗禮だ、私は隊列の陣頭に立つて眼下に橫はる巨艦を狙ったが氣流は猛烈に惡い、水平爆擊の照準が定まらぬ內に彈を落しちゃいかぬ、高射砲の飛び交ふ中をやり直し後續部隊も悠々やり直した、今度は宜し、爆彈投下二度目の襲擊に移らうともの凄いショックを機體に感じた、振向いて見ると爆煙火の柱が五百米も天に沖してゐる敵戰艦の火藥庫に命中したのだ、後で判つたのだが雷撃隊急降下爆撃隊、戰闘機隊、爆撃隊それから空中からより數倍も困難な特殊潜航艇の緊密な連絡戰闘が發揮した素晴らしい戰果の一つであつた命中した敵艦は瞬時に大爆發を起して戰體が真二つに裂け夥しい油を海面に浮かして轟沈した、確かに今のはアリゾナ型だ機上で思はず萬歲萬歲を絕叫する、敵の死物狂ひの高角砲は漸く酣になり編隊の周圍に石礫でも投げつけたように炸裂す、司令機の左胴體に大きな穴が空いた、後に續く五番機にも當つたと見えてタンクからガソリが漏洩してゐる、然し尚も續いて來る、きつと□撃が終了してから自爆する決心だなと思ひ「狀況知らせ狀況知らせ」と信號をやると「補助タンクのみ」と平然としてゐたのは激戰の最中にも非常に嬉しく思はれた、兎角するうちに第二の目標であるホイラー飛行場上空ここには平常二百機以上の戰闘機、輕爆擊機が屯してゐる筈と思ひ爆擊に移らうとする燃えてゐる、格納庫と並べてある飛行機が一機も餘さず行儀よく燃えさかつてゐる、天をも焦がす黑煙を吐きながら凄壯極まりない光景だ、機先を制した急降下爆撃機隊と戰闘機隊の猛攻にやられたのだ 壯烈敵艦を屠る 機首を迴らして真珠灣上空に再び差掛った、敵の戰鬪艦は二隻づつまるで鎖で縛られたように並んでゐる、こんな好都合なことはない一隊が片側を狙ふと他の一隊は反對側の艦に襲ひ掛る、なんの事はない、爆撃演習の目標その儘だ、雷撃機がさつと襲ひ掛る、間髮を入れず急降下爆撃機が續いて我々の爆擊が間斷なく集中された、雨と飛交ふ地上彈の中を搔潛って襲撃するのだが狹い海面のため五百米が三百米の近距離から射つ然も編隊雷撃は出來ぬ、必中を期するため單機雷擊である、一番機が攻撃すると六十米から百米水柱が立ちスプリンターが飛ぶ、これで後續機が進んでは被害を受けるので一番機のスプリンターが納まつた時を見て次が行く、だから敵の高角砲彈に晒される時間が長い然も尚敢然として攻撃する海鷲精神の貴さ、最後に攻撃した雷撃隊の如きは最も壯なるものであつた、魚雷を落す、機首を上向ける瞬間敵の砲火を受けて火災に包まれ火達磨となりながらも正確な魚雷發射を行ひそのまま敵艦目蒐けて轟然と自爆したのをこの眼でしつかり認めた、後から後からこの突襲を繰返すのだ、これ乘員諸氏多年の訓練による實力は既に鍊成されあり、諸氏は十年の養ひは一日これを用ひんがためなるを想起し我々の出發に際して與へられた長官の訓辭が今私の眼の前で實踐さてゐる、攻撃の目的を果して引揚げんとすると見事な命中□のために醜い□腹を晒して沈没しつつある戰艦二隻また四十三度に傾斜して刻々沈んで行く他の一隻轟沈した最初の一隻は既に艦體を切斷されて今はドス黑い油を殘すのみだ、更に大破した三隻の戰艦が炎々として燃えフォード島海岸の敵艦は悉く傷ついてゐた、「太平洋艦隊全滅す」第一次攻撃の時間は實に數十時間の長さにも想はれた、何時の間にかハワイ上空に朝日が射して數十年の劫火燃える米の戰略據點は斷末魔の形相を白日の下に晒してゐた全隊集結の令を發してから私は敵地上空で燃料の許す限り還らぬ部下を待つた、壯烈な自爆を見届けても尚諦め切れず今に燃える黑煙の中から日の丸の銀翼を輝かして颯爽と還つて來るのだと信じてゐたかったのだ、われわれが母艦に引揚げるのと同時に第二次奇襲部隊が出發した、敵の殘存兵力を仕止むるべく第一次より更に激しい防禦砲火を冒して勇躍出動した、斯くして北東十七米の強風を衝いて敢行したわれ等の奇襲は成功した御稜威の下天佑、神明の加護を得てわれ等は飽くまで戰ったのだ、再び還へるまじと想つた母艦の甲板に整列したつはもの達は炎々と燃えるハワイに背に東方に向って肚からの萬歲を三唱して「海ゆかば水漬く大君のへにこそ死なめかへりみはせじ」滂沱と流れる涙を拭ひもあへずわれわれは何時までも歌ひ續けた |
02 | クアンタンを占領 軍事上の重大要衝 |
03 | 一丸.肉塊となつて 敵飛行場に飛込む 淒愴!コタバルの上陸戰 |
04 | 皇軍先鋒長沙に迫る |
05 | ヴエネズエラ 樞軸側と斷交 |
06 | 新年初攻擊を展開 |
07 | 重要資源地帶に進出 |
08 | 陸鷲樂昌を 猛爆 |
09 | 命令一下「全員突擊」 必殺の魚雷を射ち込む |
10 | 世界史上燦然たる一頁 帝國海軍の綜合戰果 |
11 | 鹵獲品で敵を擊つ 萬事「チヤーチル勘定」 マレー戰線 愉快な話題 |
12 | 壯烈敵艦を屠る |
13 | マニラ大混亂 無電杜絕、米憂色深し |
14 | 比島戰況切迫 米東亞軍司令部の發表 |
15 | ヒ總統軍民に 布告 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 天皇陛下 皇國隆昌を御祈念 きのふ四方拜の御儀 |
02 | 戰勝御嘉賞 御祝膳に 野戰兵食 |
03 | 眉宇に固き決意 踏む玉砂利の音も神神しく 臺灣神社へ初詣の群 |
04 | 勅論勅語捧讀式 |
05 | 圖像:臺灣神社初詣の群で賑ふ |
06 | 歡喜力行の一筋路 齋藤皇民奉公會本部長が放送 臺灣神社大前から |
07 | 御真影奉拜式 總督府正廳で擧行 臺灣軍司令部 |
08 | 臺北武官府 |
09 | 臺北憲兵隊 |
10 | 臺北州並に臺 北市 |
11 | 天佑神助吾にあり 奇想天外昭和の“塞翁馬” |
12 | 必勝の構へ新た 島都新年交禮會盛況 |
13 | 賴母しいお正月 ゆとりの中に限りない底力 石田憲兵隊長語る |
14 | この感激この感謝 戰捷の新春に爆發 元旦早早押掛く献金群 軍司令部 |
15 | 基隆市の新年交禮會 |
16 | 新竹市の新 年式 |
17 | 本社の新年祝賀會報社消息 |
18 | 元旦の志願兵 早朝から二名 |
19 | 移動防空展 大盛況 |
20 | 今日の映畫 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 必勝の意氣に燃ゆ 社頭に額づく市民の決意新た 各地自肅元旦の風景 |
02 | 圖像:黑煙をあげて灰滅せんとするホイラー (ハワイ)陸軍飛行場海軍省提供 |
03 | 擧州.不退轉の決意/森田俊介 |
04 | 田中部隊 名譽の戰死者發表 |
05 | 匿名で貧民に 夫夫金一封 |
06 | 基隆市の貯蓄 成績良好 |
07 | 震災義捐金 基隆支局扱ひ報社消息 |
08 | 新竹支局扱義捐金報社消息 |
09 | 嘉義震災義捐金 申込殺到報社消息 |
10 | 屏東署一齊 搜查を執行 |
11 | 故藤崎警部補 警察葬執行 |
12 | 心聲/黃可軒漢詩 新春述懷 八/黃啓棠、新春述懷 九/楊靜淵、新春述懷 十/東方散人 |
13 | ラジオ |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 大內山.祥瑞に充ち滿つ頭條新聞 【東京發同盟】三日宮中にては皇位の元始を祝はせ給ふ元始祭を御親祭あらせられるが二日は 天皇陛下には晴御膳の御儀の後 皇后陛下と御揃ひにて御祝膳につかせられやがて御參內の 皇太子殿下をはじめ 皇子樣と御和やかな新春の一日を過させられた、この日大內山には朝來參賀の文武官等相次いで參內、瑞祥に充ち滿ちたが 義宮樣には午前十時十五分青山御殿御出門御參內、次いで 皇太子殿下には同十時三十分赤坂東宮假御所御出門御參內あらせられ兩殿下には 天皇皇后兩陛下に御對面新年の御祝詞を言上遊ばされた 兩陛下には天機並に御機嫌殊の外御麗はしく 皇太子殿下をはじめ 義宮樣、各□內親王樣方とお揃ひにて午餐を召させられ午後も御和やかな御集ひのうちに御團欒あらせられ皇太子殿下には午後三時半宮城御出門還啓遊ばされ 義宮樣にも同時刻青山御殿に御歸還あらせられた |
02 | マニラ近郊(數粁)に殺到 皇軍南北より猛進擊 |
03 | バターン半島驀進 |
04 | 我陸鷲敵自動車群を猛爆 |
05 | 比島政府濠洲北部移轉か |
06 | マ米東亞軍總司令官遁走潛伏 |
07 | 興亞大業に邁進/畑俊六 |
08 | 米陸軍省發表 |
09 | シンガポール 星港へあと八十里 |
10 | わが陸鷲の大戰果(馬來方面) |
11 | ○○(イポー南方の要衝)を完全占領 |
12 | 圖像:(上)海鷲イロイロ(比島)飛行場猛 爆〔海軍省提供〕(中)(下)我空軍の餌食 英軍機種 |
13 | 空陸相呼應の猛攻 米軍當局も危機強調 |
14 | 東亞諸民族と提携/古賀峯一 |
15 | 全豫備兵召集 米陸軍省命令 |
16 | チヤ英首相 華府に歸來 |
17 | 英軍主力撤退 |
18 | マレー敵軍三分の二潰滅 |
19 | 紐育空爆の虞れ 米第三海軍區司令官言明 |
20 | 大東亞共榮圈 建設施策に乘出す 政府、新春早早新發足 |
21 | 要衝郴州を急襲 |
22 | 長樂街に巨彈 |
23 | 再び長沙突入 |
24 | 帝國潛水艦 布哇水域で活躍 |
25 | 初閣議 |
26 | 赤軍飛行機 多數を爆破 獨軍司令部發表 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 八日は大詔奉體日 每月の興亞奉公日を廢止し 積極的國民運動展開 |
02 | 內閣告諭 |
03 | 積極面に重點 國民的志氣の昂揚へ |
04 | 常時實踐の源泉 安藤翼贊會副總裁談 |
05 | 天皇陛下御親祭 明治天皇三十年式年祭 |
06 | 武勳の臼井少將 きのふ無言の歸還 |
07 | 決勝態勢に則應し 學徒奉公隊を結成 十五日全島一齊に結成式擧行 |
08 | 青年學徒奮起の秋 齋藤總務長官語る |
09 | 不退轉の決意固め 重大使命の完遂へ 長谷川總督の放送 |
10 | 圖像:島都壯年團の神社參拜 |
11 | 長谷川總督 軍司令官を訪問 新年の挨拶を交す |
12 | 宜蘭市新年交禮會 |
13 | 興亞戰ひの春 (一) 躍動する決戰調 興亞の聖戰.一人で背負ふ |
14 | 皇軍の戰勝を祈願 壯年團、桔梗俱樂部員が參拜 |
15 | 元旦の献金部隊 |
16 | 管理米初荷祝 |
17 | 四青年が志 願兵志願 |
18 | 基隆憲兵分隊 取扱の献金 |
19 | クワンタンは 漁業の中心地 伊藤氏語る |
20 | 今日の映畫 |
21 | 訃文:張孫猷(良玉) |
22 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 燃ゆる童心の赤誠 軍司令部、海軍武官府へ 元旦の献金品部隊 |
02 | 病推して警備に當り 遂に重態化し入院 嘉義震災救援美談の數數 |
03 | 彰化神社燒納祭 八日擧行に變更 |
04 | 桃園で戰捷の 新春を壽ぐ |
05 | 管理米運輸組合 新年初荷祝 |
06 | 臺南市役所 始政式擧行 |
07 | 鐵石の決意固めに 臺南で時局講演會 |
08 | 麻豆國民校で 新年祝賀式 |
09 | 國威宣揚並に 武運長久祈願 |
10 | 烏樹林徐氏 體育用具を寄附 |
11 | 高雄市聯合 少年團視閱 |
12 | 張良玉氏逝去 |
13 | 地方便り報社消息 |
14 | ラジオ |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 天皇陛下御親祭 きのふ元始祭の御儀頭條新聞 【東京發同盟】畏くも大東亞戰爭を御統率あらせられ給ふ 天皇陛下には元始祭の三日皇位の元始を祝はせ給ふ嚴かなる御祭典を御親祭あらせられたこの朝神域には高松宮殿下をはじめ奉り各皇族方御參列東條首相以下文武百官午前九時半肅然と着床宮中三殿には三條掌典長以下が奉仕し奠幣掌典長恭しく祝詞を奏し奉ればこの時午前十時 天皇陛下には黃櫨染御袍の御束帶を召され賢所內陣の御座に御參進御玉串を取らせ給ひて御親拜玉音いとも御嚴かに御告文を奏せられ更に皇靈殿、神殿に御同樣の御儀があり入御あらせられた次いで皇后陛下御拜禮 皇太后陸下の御代拜を室町祇候が奉仕し 皇族方拜體、諸員の拜禮あつて御儀は滯りなく終へさせられた |
02 | マニラ陷落 全市を完全に占領 主力部隊も續續進入 |
03 | 撤退の敵軍が放火 火勢猛烈.淒慘を極む |
04 | 雄渾、大包圍戰を展開 |
05 | 米陸軍省自認公表 |
06 | マニラ攻略意義大 |
07 | 軍令部總長と 海相の祝電 |
08 | 戰局へ影響甚大 比島を全面的に制壓 |
09 | ピ泰首相祝電 |
10 | 米政府極度に狼狽 |
11 | 圖像:我が軍の手に歸したマニラ 市街 |
12 | コ島要塞を猛攻 |
13 | 退却企圖の米比軍運送船を猛爆 |
14 | 比島は完全に 米の羈絆脫す 大平報道部長談 |
15 | ボルネオ採油戰線 灼熱の太陽下に展開 |
16 | 米陸海將校の 多數 既に引揚ぐ |
17 | 米陸海軍のコンミユニケ |
18 | 號外發行報社消息 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | マニラ市の占領と臺灣 比島再建に協力 本島に背負はされた使命重大 齋藤情報部長語る |
02 | 臺灣神社の元始祭 長谷川總督外多數參列 |
03 | 東亞侵略に終止符 “天意”の動く處敵性忽ち潰滅 井上軍報道部長談 |
04 | 建功神社の 元始祭 |
05 | 慶賀の祝電發送 長谷川總督、島民を代表して |
06 | 戰略的意義重大 米國の東亞據點潰滅 |
07 | 聽け興亞の雄叫び 本島人の青壯年が蹶起して 時局講演會開催 |
08 | 思はず快哉を絕叫 ダバオ脫出の一行 |
09 | 興亞戰ひの春 マニラ陷落を報告 全家族まづ位牌に額く |
10 | 十億民族の勝鬨 けふ島都で旗行列 |
11 | 飯沼飛行士戰死 北部マレー方面作戰で |
12 | 世界的名パイロツト |
13 | 操縱伎倆優秀 土肥原航空總 監語る |
14 | 記者募集/興南新聞社報社消息 |
15 | 重油の發動機 代燃化いよいよ完成 |
16 | 基隆市消防 組の出初式 |
17 | 春場所 猛稽古始まる |
18 | 基隆市傷害事件 |
19 | 人事消息 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 比島の產業概觀 |
02 | 株式清算取引に課稅 要綱を決定、今議會に提出 |
03 | マニラ市の歷史 |
04 | 月夜の空にハイキング 賴母し!わが荒鷲爆擊行 |
05 | 反樞軸諸國共 同戰線結成 |
06 | 惡影響は 殆んどなし 證券業者の觀察 |
07 | ラジオ |
08 | 今日の映畫 |
09 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | マニラに堂堂入城 市民の萬歲歡迎裡に頭條新聞 【マニラにて三日同盟特派員發】敵の挑戰首都マニラは皇軍の猛擊に遭つて二日完全に占領されたが記者は○○○○部隊の先遣部隊と共に感激の入城をなした我が○○部隊の先遣○○部隊がマニラ市の外郊環狀線に達した時はマニラ防衛の敵軍は既に戰意を失つてバタン半島方面へ遁走して居た、無敵皇軍の威武を中外に誇示する我が主力部隊は威容を整へ二日午後二時から入城を開始した、敵が退却に際し火を放つたものかマニラは黑煙に包まれ凄狀な狀景を呈して居るが綺麗な鋪製道路は完全に殘されアデングスタール道路からリサール街を經てサンタクルーズ橋に通ずるメインストリートの商店は住民に掠奪され散亂して居るが官公署や上流社會を除いた市民の殆ど全部は皇軍に全く信賴して其の入城を見て「萬歲萬歲」と猛然な歡迎ぷりを見せた斯くて二十日間の監禁生活を續けて居た在留邦人は待ちに待つた皇軍の手に無事救出された |
02 | 殘敵殲滅目睫の間 |
03 | 敗走の敵を急追 |
04 | 陸鷲、敵トラツクに巨彈 |
05 | 敵軍輛百四十六を爆擊破 |
06 | バランガ軍事機關爆擊 |
07 | 連日コ島要塞猛爆 |
08 | 宮中政始の御儀 |
09 | マニラ陷落の模樣 (上)陸鷲比島爆擊の詳報 |
10 | 敵機擊墜破三六〇 艦艇、船舶の擊沈破五五隻 比島方面我海軍の綜合戰果 |
11 | 陸鷲の精銳イバ急襲 |
12 | 陸海軍指揮官に祝電 陸相と參謀總長より |
13 | 要衝○○指乎の間 新嘉坡に次ぐ敵の據點 |
14 | 陸鷲、新嘉坡夜間空襲(三日) |
15 | 皇軍の猛攻熾烈 |
16 | 每日廿粁猛進 |
17 | マ米東亞軍司令官 強がりを言ふ |
18 | 再び長沙完全占領 重慶の崩潰愈よ近し |
19 | 脫出者の談 新嘉坡は混亂の極 |
20 | 重慶軍ビル マに進駐 |
21 | 單一軍司令部を設置 總指揮官にウ印度軍司令官 |
22 | 蔣介石に絕緣狀 汪主席に全面的協力を披瀝 在泰中華總商會より |
23 | 蔣が支那戰線の 總司令官 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 鹿島.香取兩神宮 今夜「勅祭」と勅定あらせらる |
02 | 大地搖す萬歲の叫び 祝マニラ陷落島都の大旗行列 |
03 | 戰時國策の運營に 敏速果斷なる措置 都府の政始式長谷川總督挨拶 |
04 | 政始式に於ける 長谷川總督の挨拶 |
05 | 勅諭捧讀式 昨日夫夫嚴かに擧行 |
06 | 鄉軍花蓮港 分會捧讀式 |
07 | 積極的大業翼贊へ 大詔奉體日設定に當り情報部副部長談 |
08 | 武智部隊長 近く榮轉離臺 |
09 | 各地の祝賀旗行列 |
10 | 戰後新春恒例の出初式 昨日新公園廣場で擧行 |
11 | 川端本町區會 奉公班員献金 |
12 | 圖像:祝マニラ陷落の大旗行列 |
13 | 新竹消防組出初式 |
14 | 基隆市消防組の出初式 |
15 | 花蓮港消防組出初式 |
16 | 志願兵廿四名 特志看護婦二名 建府青感激の志願 |
17 | 早く米國の羈絆を脫したい ゴンザリー孃談 |
18 | 時局大講演會 けふ高砂劇場で |
19 | 第四回特別報 國債券賣出し |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | マニラに轟け!! この歡呼この萬歲 祝賀一色各地の旗行列 |
02 | 鐵石の團結で猛進/坂口主稅 |
03 | マニラ陷落に感激 皇軍に感謝の赤誠爆發 |
04 | 大東亞戰の完遂へ 軍司令官に献金群殺到 |
05 | お年玉をそつくり 武官府にヨイ子供部隊 |
06 | 新年劈頭から押し寄せる 員林の献金部隊 |
07 | 各州市始政式 |
08 | ラジオ |
09 | マニラ陷落祝電 臺南華僑公會から |
10 | 消防組出初式 |
11 | 員林青年道 場地鎮祭 |
12 | 華僑が祈願參拜 |
13 | 糧米運送懇談 關係者集めて |
14 | 今日の映畫 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇軍果敢な追擊 米比軍斷末魔の運命 |
02 | 比島殘存敵機僅が五機 |
03 | 空から觀察 歷史的マニラ進駐 |
04 | 圖像:クリヤン河濁流に架橋作業する○○部隊 の勇士(タイピン前方○○にて) |
05 | 我輸送船團の苦心 木村○○丸船長談 |
06 | マニラ陷落の模樣 (下)陸鷲比島爆擊の詳報 |
07 | 圖像:伊勢神宮へ必勝祈願參拜の東條首相(於內宮) |
08 | 貴眾兩院議長の名で 感謝電を發送 比島方面陸海軍最高指揮官に |
09 | 日本の勝利確實 マニラ陷落、ソ聯紙報道 |
10 | 濠洲軍の大半殲滅(馬來戰線) |
11 | 英海軍の損害(十二月中) 獨軍司令部四日發表 |
12 | 根本的國土計畫案各案の內容 國土局で案を練る |
13 | 蘭印の人心動搖 救援陳情にお百度 |
14 | おが覆面部隊 北面から攻擊 クワンタン脆くも潰ゆ |
15 | 又もや空襲騷ぎ 米太平洋岸の諸都市 |
16 | 英葡間話合成立 チモール島問題 |
17 | 樞軸諸國は 新秩序保證者 大島大使強調 |
18 | 南方經營政策 委員會を設置 翼贊議員同盟に |
19 | 近東英ソ合作 意見一致せず |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺北州豫算 總額千九十九萬圓 戰時國策遂行に重點 |
02 | 圖像:蘭貢爆擊 |
03 | 最後の勝利獲得へ 軍官民一體となれ 伊藤海軍武官語る |
04 | 此の父に此の子あり ぺナンの華と散つた青木中尉に 嚴父から激勵の手紙 |
05 | 軍司令部 新春に續く献金群 四日迄に一萬圓突破 |
06 | ヨイ子供部隊で大賑ひ 武官府四日受付の献金 |
07 | 昂まる献金熱 新竹署の取扱 |
08 | “日本はよい國” マニラの陷落ソテロ氏一家の喜び |
09 | “元氣で働いてる” 健げなケイ子さんの前線便り |
10 | 燃える若人の赤心 續く皇軍の捷報に志願者陸續殺到 |
11 | 興亞戰ひの春 五日間免業の特典 鍊獄內にも溫い親心 |
12 | 救出された邦人 市內の治安工作に感謝の協力 皇軍入城當時の模樣 |
13 | 二師演習科生徒の汗の奉仕 |
14 | 港都消防組の 恒例の出初式 |
15 | 人力車賃錢を改正 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 事變死歿者生存者論功行賞頭條新聞 【東京發同盟】十二月三十一日發表された第四十六回支那事變死歿者論功行賞(陸軍關係第三十四回)及び第二十六回支那事變生存者論功行賞(陸軍關係第二十一回)主なる氏名左の通り ◇死歿者關係 △殊勳甲 功四旭五步大尉松岡忠夫神戶市 功五 曹長 馬場金造 青森 功六 伍長 滿越 始 熊本 功五 曹長 山佐善郎 岩手 功四 步大尉 松尾 學 長崎 功四 步中尉 富樫義一 富山 功四 步大尉 西面治作神戶市 功四單光中尉 葛尾武弘 岡山 功五 曹長 山本住太郎兵庫 △一般行賞(主なるもの) 「戰死者」 第一次賞賜 第二次賞賜 功三重光賜杯中將藤堂高美津市 殊乙賜杯 準尉 前岡 勝 廣島 功四旭三 大佐 飯田喜好 茨城 功五 少佐 松本良一 静岡 同 中佐 上田清治郎島根 同 少佐 岩崎懋 山口 同 少佐 楠見信孝和歌山 功四 少佐 白根春一 大分 功四―――中佐遠藤初太郎高崎市 功五―――少佐藤島美雄二 新潟 功四旭三 中佐 古賀清 佐賀 功四―――少佐 朝田稔郎 兵庫 「病死者」 (第一次)(第二次) 功三 旭二 瑞一 中將 鹽田 定市 福岡 功三 重光 賜杯 中將 飯田泰次郎 千葉 功三 旭一 賜杯 中將 前田 治 兵庫 功三 旭五 ―― 少佐 平松 良人 大分 賜杯 中佐 今村 見意 滋賀 ◇生存者關係 △殊勳甲 功三中綬 少將 津田辰參 熊本 同 瑞二 少將 重田德松 千葉 功三中綬 大佐 佐野光太鹿兒島 功四小綬 大尉 織田作市 愛媛 功六旭八 伍長 牧野征五郎青森 功六旭八 伍長 松岡惣助 岐阜 △一般行賞(佐官以上) 功三中綬 大佐 名會 栞 東京 功三重光 少將 山地 垣 香川 同 同 萱島 高 宮崎 同 大佐 稻村豐三郎群馬 功四中綬 少將 長崎守一 東京 同 旭二 同 池田直三 高知 功三同 同 山口三郎 福岡 同 重光 同 本川省三 福島 同 中綬 大佐 落合甚九郎栃木 功四同 同 佐々木勇 群馬 同 同 同 松井 節 島根 同 同 同 木村直樹 山口 同旭二 少將 谷口□朗 滋賀 功三重光 同 佐藤正三郎德島 同 同 同 佐枝義重 愛知 功三重光 少將 工藤義雄 岡山 功四重光 大佐 國武三千雄幅岡 同 同 少將 松井貴一 東京 同 中綬 同 福井浩太郎東京 功三重光 中將 今村勝次 兵庫 同 同 同 井上政吉 京都 功四中綬 大佐 石川浩三郎長野 同 瑞二 少將 岡本保之 京都 同 重光 少將 中野英光 佐賀 功四中綬 大佐 岩崎民男 山口 功三同 同 坪島文雄鹿兒島 功四重光 少將 長谷川正憲富山 同 旭二 同 岡本鎮臣 熊本 同 同 同 神田正種 愛知 功三重光 同 竹下義晴 廣島 功四中綬 同 若松平治鹿兒島 同 同 大佐 中村誠一 石川 功四中綬 少將 若松平治鹿兒島 功三重光 大佐 池田純久 大分 功四瑞二 少將 中村誠一 石川 功四重光 少佐 坂本森樹 高知 功四瑞二 少佐 久米八郎 鳥取 功四小綬 同 氷山仙一鹿兒島 功五小綬 同 熊谷庄治 山口 同 旭三 中佐 田中和一部高知 功四旭四 少佐 小笠原六男長野 功五小綬 少佐 塚本清太郎福岡 功四同 同 松山茂樹 愛知 同 旭四 同 本田森造 奈良 功四小綬 同 中間視千代山口 |
02 | 皇軍○○に上陸 英領ボルネオの重大要衝 |
03 | ラブアン島を占領 |
04 | ブルネイは有數の良港 |
05 | 蘭貢ム飛行場爆擊 |
06 | 一機たりとも見遁さず 寒冷の哨舍で晝夜活動する對空監視隊に 東條兼攝內相、犒ひの言葉 |
07 | 圖像:さあ戰車を磨けマレー□線にて ○○鐵牛部隊の勇士達(陸軍省檢閱濟) |
08 | マレー戰線千三百粁突破記 “毛唐は弱くて困る” 猛進!無人の野を征く |
09 | ヒ、カ、ナ三港を攻擊 帝國海軍艦艇舊臘の戰果 |
10 | ビスマーク群島(英領)を空爆 |
11 | 海鷲、大擧星港空襲 |
12 | コ島要塞に直擊彈 遁入せる殘敵に最後の止め |
13 | 陸鷲、バランガ猛爆 |
14 | 敗敵、遁走に血眼 敵主力部隊移動狀況偵查記 |
15 | 我猛攻を支へ得ず 全比島の運命既に決す |
16 | 反樞軸に合流せず パラグワイ國の態度 |
17 | 在滬比島人團結 共榮圈確立に邁進 |
18 | 東京リスボン間 直通無電協定成立 |
19 | 軍需生產擴張 に狂奔 米英主腦が協議 |
20 | 大島大使 ヒ總統と會見 |
21 | 議會提出法案 の整備を急ぐ けふ定例閣議 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 マニラ陷落 の重大意義社說 一 マニラ陷落は希望に輝く昭和十七年の新春劈頭を飾るに相應しい大戰果であつた。我我は衷心から慶祝の意を表すると共に、正月も何も顧みず只管に奮戰激鬪される第一線皇軍將兵の勞苦に對して、深甚なる感謝の辭を捧げたいと思ふ。大東亞戰爭が開戰以來、未だ一月に足らざるに早くも米英兩艦隊を擊滅し、敵軍事據點を占領し、香港マニラ等米英の最重要根據地を陷落して、世界戰史上未だ嘗つて見ない大戰果を收めたことは御稜威の然らしむるところであることは勿論であるが、又我が陸海軍將兵の捨身奉公の賜であることも忘れてはならない。殊に戰線萬里、惡天候を冐かし、異鄉のジヤングルを進軍する等我らの想像を絕する艱難を忍んで、文字通り年末も正月もない奮戰ぶりは、赫赫たる大戰果を聽くにつけて、我我の眼頭を熱くするものがある。我我は平穩な銃後に安居して、唯徒らに戰捷に醉ふことなく、大戰果の蔭に隱れたる皇軍將兵の勞苦に感謝の誠を捧げなければならない。 二 さて、マニラの陷落は大東亞戰爭の戰略上重大意義を有するものである。アメリカにとつてはアジヤ艦隊根據地、東亞軍司令部を始め陸海空一體の中樞を一擧にして失つたわけであり所謂ABCD包圍陣の最重要なる一角はここに脆くも崩潰を吿げたのである。米國が比島を領有したのは一八九八年の米西戰爭の結果で、米國は之に依り東亞侵略の最初の足場を得たのであるが、日支事變勃發以來、殊に日獨伊三國同盟成立に伴ひ、米國の對日壓迫は所謂ABCD包圍陣の結成となり、マニラはその地理的條件から重慶へ二日、シンガポール及バタビヤへ一日の航空連絡の要衝でABCD包圍連絡の中心地として俄かに重要な役割を帶び來つたのである。洵にマニラの有する包圍陣への役割はシンガポールと共に扇の要の如き重要性を有するものであるだけに、我が皇軍のマニラ占領は包圍陣形の崩壞であると同時に米國勢力の驅逐を意味する點に於て、大東亞戰史上に輝かしい一頁を飾るものといはねばならない。 三 斯やうにして、對日包圍陣の重要根據地たる香港陷ち、マニラを失ひ、シンガポールの命も旦夕に迫つた今日、一八四◯年の阿片戰爭以來長年に亘つて東亞に貪慾なる搾取をほしいままにして來た英國の野望も遂に潰滅の末路を辿ることとなつた。斯くして大東亞聖戰の第一段階は必勝裡に急速なる巨步を進ませつつある。東亞の黎明は遂に訪れて來た、比島住民は米國の壓制から解放されて本來の比島人に立返つた、そして比島の今後は必らずや南方共榮圈の一環として更生、比島の再建に協力するであらう。東南諸民族も恐らく蹶然起つて帝國の崇高なる大事業の完遂に協力するであらうことを信じて疑はない。しかしながら第一段階に續く第二段階の建設戰は、更に長期武力戰を伴ふものである。從つて戰局の前途は決して油斷を許されず、國民の堅忍持久、確乎不拔の精神を必要とするのである。我ら銃後國民は第一線將兵の心を心として、更に鐵石の團結を固め、聖戰の目的完遂に協力邁進すべきである。 |
02 | 大詔奉體日設定に當り 必勝へ擧島結集 齋藤中央本部長語る |
03 | “國民凡てが戰士” 白水中佐銃後へ贈る辭 |
04 | 經濟根幹は砂糖 輸出總額の過半數を占む 皇軍占領のマニラ 吉良特產課技師談 |
05 | 陸海軍合同慰靈祭 九龍啟德飛行場で執行 |
06 | 絢爛“空の迎春譜” 我が荒鷲の精銳銀翼を連ね けふ堂堂帝都を訪問 |
07 | 花蓮港廳 の始政式 |
08 | 聖業へ一億總進軍 時局講演會大盛況 |
09 | マニラ風土記 徹底した嬶天下 郵便局にも御婦人專用の窓口 夫婦喧嘩.必ず男が負け |
10 | 献金運動を展開 新竹市內の本島人有志が |
11 | 昨日の志願者 |
12 | 必勝祈願祭 鄉軍臺北市城西 分會が |
13 | ときのこゑ |
14 | 花蓮港の火事 筑紫館から發火 |
15 | 羅東街消防 組の出初式 |
16 | 人事.消息 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敢鬪の跡を顧る 計畫は遂行されつつあり 臺中州聯青の開墾奉仕 |
02 | 戰勝祈誓大會 マニラ陷落で市民雀躍 |
03 | 不屈の精神力堅持/藤田淳教 |
04 | マニラ陷落 祝賀の旗行列 |
05 | マニラに慰問團 高雄市民の赤誠携へて |
06 | 神域擴張作業 郡民が淨汗奉仕 |
07 | 南部一の溫泉鄉 關仔嶺いよいよ好調 |
08 | 竹南郡壯丁團 消防出初式 |
09 | 防衛分團長打合 |
10 | 防諜劇開演 |
11 | 臺南の時局講演會 初の大詔奉體日に開催 米英擊滅の意氣全市に橫溢 |
12 | 彰化消防組出初式 |
13 | 赤誠の國防献金 十月中武官府取扱ひ |
14 | 圖書館週間 |
15 | さあ!步かう 五結庄強步大會 |
16 | 節約して献金 |
17 | 國策切手と繪葉書の 圖案を募集 |
18 | 乙巡採用試驗 合格者氏名 |
19 | 元旦に一齊搜查 |
20 | 警官の交驩野球 |
21 | 遊興の果て |
22 | 地方便り報社消息 |
23 | 今日の映畫 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 金融政策の大轉換 日銀條例改正の問題點 |
02 | 金融に萬全の用意/水津彌吉 |
03 | 東亞共榮圈確立へ/後宮信太郎 |
04 | 堆肥豚舍の再建 畜產支會、獎勵に躍起 |
05 | 臺灣損保協會設立に就て 藤江損害保險協會長談 |
06 | 蘭陽乘合自動車 近く營業開始 |
07 | 新高商事總會 |
08 | ラジオ |
09 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 破竹の急迫を續く(馬來戰線) 苦戰の英軍退却又退却 |
02 | シンガポールを猛爆 |
03 | ラングーンを爆擊 |
04 | 新ブリテン島空襲さる |
05 | 沈着.剛膽の陸鷲 平川軍曹以下の四勇士生還奇譚 |
06 | マニラ陷落の第一報 |
07 | 圖像:コレヒドール島爆擊を前に作 戰を練る我陸鷲達(○○基地にて) |
08 | 長沙作戰戰果 敵の遺棄死體一萬九千 |
09 | 英米敗退の一路 戰局の成行き 獨軍事專門家の觀測 |
10 | 達安西方山地戰戰果 |
11 | 齋藤總務長官 上京 |
12 | 殘存の敵一機 小癪にも來襲 |
13 | 余に期待は無理 ウエーヴエル總指揮官の弱音 |
14 | 米の援助が急務 蘭印軍司令官言明 |
15 | 反樞軸聯合軍 最高司令部 スラバヤに設置 |
16 | 所謂反樞軸國 同盟條約 |
17 | 米海軍 濠洲、新西蘭基地 使用を決定 |
18 | 濠洲の空軍 英より獨立 |
19 | 佛內相殺害さる |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海國健兒.滾る鬪魂 海洋少年團生みの親として 原部長に苦心を聽く |
02 | 圖像:宮城前に額く民草(元旦寫す) |
03 | 臺灣の經驗と技術 南方協力に活かしたい 豫算折衝に齋藤長官あす上京 |
04 | 文相賞候補映畫 劇十六種、文化十四種 |
05 | 英米の一喝で 重慶內輪揉め 香港陷落を繞つて |
06 | 皇軍が全部救出 バギオ在留邦人六百十三名感激の淚に咽ぶ |
07 | 推薦音盤廿 六種決定 |
08 | 臺比關係緊密化 南方圈の一環として前途洋洋 佐佐波遞信部長語る |
09 | 活動狀況を聽取 奉公會全島主事打合會 |
10 | 北海作戰に 不滅の武勳 恩賞に輝く久米少佐 |
11 | 中等入試考查法 學校長會議で協議 |
12 | 興亞戰ひの春 必勝途上を驀進 汽笛一聲張切るくろがね部隊 |
13 | 米畫の優勢も夢 上海映畫界大變貌 |
14 | 本年初の局部 長會議 |
15 | 桔俱の鍊成會 十日より北一女で開催 |
16 | 戰捷の春に輝 く美談二つ |
17 | 掘れ“巷の鑛脈” 新竹市で金屬買上開始 |
18 | 大相撲新番付 けふ發表さる |
19 | 商況(六日前場) |
20 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 我陸鷲の大戰果 連日各方面に活躍頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營陸軍部六日午後五時發表、帝國陸軍航空部隊は連日各方面に於て活躍した大なる戰果を收めつつあり其の情況左の如し ◇マレー方面 一、選拔せる我が精銳なる爆擊機は二日夜シンガポールテンガー飛行場を奇襲超低空爆擊を敢行し格納庫を爆碎三箇所より火災を生ぜしめたり 二、二日マラツカ海峽の敵艦船を攻撃せる部隊はモリブ岬沖に於て大型貨物船一隻を爆擊瞬時にこれを撃沈せり、また他の一隊はカンパルデコン間の地區に於て敗走中の敵自動車群を急襲し其多數を爆碎炎上せしめたり 三、一昨四日午後敵爆擊機十機クラン飛行場に進出せるを認むるや機を逸せずこれを急襲全機を補捉撃滅せり同日夜シンガポールを急襲せる部隊は市內軍事施設を爆碎すると共に攻撃し來たれる敵戰闘機と空中戰を交へ其一機を確實に撃墜せり我に損害なし ◇比島方面 二日以來バタアン半島方面の追擊戰に協力し特にリマイバランガ、スピツク等の要衝に蝟集せる敵を連爆すると共に車輛部隊及び船舶を攻撃し自動車、百四十六輛を破壞船舶十隻を擊沈せり。 |
02 | ○○の運命茲一兩日 南都マレーの敵最大據點 |
03 | 敵戰車群を爆碎 |
04 | クルマン飛行場奇襲 |
05 | 圖像:陸鷲マレー戰線上空に活躍 |
06 | 淒慘の樣相を現出 南部馬來要地盛んに炎上 |
07 | 滿洲開拓二期計畫 昨日閣議で大綱決定 |
08 | 井野拓相參內 計畫內容につき 委曲奏上 |
09 | 立體的近代戰を展開 |
10 | マレーの敵陣に紙の爆彈 |
11 | ○○飛行場を占領 マレー東岸敵の最後の陣地 |
12 | 米英の走狗蔣政權 反擊の企圖未然に粉碎され 今や全く手も足も出ぬ狀態 |
13 | タイ政府より 勳章を贈與 我陸海軍首腦部 外交官等に |
14 | 重慶軍擊滅戰の綜合戰果 |
15 | 應戰の米機を擊墜(蘭貢爆擊) |
16 | グアグアに進出(比島) |
17 | 陸鷲、米比軍要衝に巨彈 |
18 | 戰時議會の本領發揮 審議期間を廿日とし後は休會 議同基本方針を決定 |
19 | 南方開發金庫設立 今議會に法律案提出 |
20 | 戰時輸送委員會を設置 陸海運の運輸力を有機的發揮 |
21 | 日本保護外交 官交換問題 |
22 | 法案廿一件 を決定 きのふ閣議で |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 南方經濟開發 と華僑對策社說 一 大東亞戰の進展に伴ひ南方開發は愈よ現實の課題となつて來た。此南方經濟開發に關聯して忘却出來ない問題は華僑對策である。周知の如く華僑は在外中國人の凡てを指すものであつてその政治的經濟的實力に到つては輕視を許さざるものがある。彼等は世界各國に散在、總數約八百萬人にして、その中南洋華僑は約七百萬人と稱せられ、英領馬來約二百三十萬人、佛印約五十五萬人、蘭印約百二十三萬人、比律賓約四十萬人以上と推算せられて居る。而してその出身地別人口は廣東省四百二十萬人、福建省二百餘萬人、その他數十萬人と稱せられてゐる。これら華僑達は南洋各地に於て各種產業のパイオニアーとして、英米勢力に對する唯一の對抗勢力をなしてゐる。然るに事變以來重慶國民黨指導の下に、南洋の支配者たる英米帝國主義と協力して、皇國を盟主とする大東亞諸民族の共同目標を阻害しつつあり、甚しきに至つては英米と協力して抗日義勇軍を組織し大東亞戰に捲き込まれようとしてゐる。これは南方諸民族の親日畏日精神を著しく稀薄ならしめるのみならず、その重慶政權への献金が事變の解決に非常な惡影響を及ぼし、南洋各地に勃發する排日騷動の原動力をなしてゐる。 二 然るに彼等の出身地たる廣東省及び福建省、殊にその中樞たる廣東、汕頭は汪政權の支配下にあり、東亞聯盟運動の發祥地として重きをなしつつある現狀であつて、彼等の偏狹なる民族主義を東亞大同のそれに轉換せしむることも決して不可能ではない。殊に大東亞戰に於ける米英の敗色が歷然となつて來た以上、彼等の焦躁赤覆ひ難きものあり、その抗日運動も漸次消極的となり、且つ鎭靜に向ひつつある事も事實である。否部分的には既に南京政權に呼應する者も現出するに至つた。殊に我が勢力の及ぶ所或は米英勢力の驅逐された所では一層彼等の轉換を容易ならしめ、全面的な協力に向ひつつある現狀である。佛印に於ける華僑の轉向、泰に於ける華僑總商會の大東亞戰協力決議等はその最もよき例證である。而して今や既に我が制壓下にある比律賓群島、北部ボルネオ、馬來半島諸地方も今後續續と大東亞解放戰の共同目標に蹶起するであらう。 三 兎に角從來英米の支配下にある彼等が過去はどうであらうとも、既に覺醒して大東亞共同體の建設に協力する以上は、我が宏大無邊八紘一宇の大精神を以て彼等を抱擁し、彼等從來の特殊的な立場なり事情なりを理解し其氣持になつて考へることが必要である。いかに善意から出たことであり、熱意を以て當つても、相手方の立場や氣持を尊重せず、之を理解することがなければ相手方の心を得る道ではない。と同時に大東亞の共榮體制は日滿支を中核體とし、南方諸民族も、南洋華僑も大東亞解放の共同目的の下に一丸となりそれぞれの力量と分に應じて建設すべきであることを、徹底的に理解せしめ、彼等の衷心からの協力を獲得せねばならぬ茲に吾吾本島人の果すべき重大使命が存するのである。吾吾は四十餘年間皇道精神の薰育を受け、事變を通じて皇民意識の最も燃え盛つてゐる時期にある。而も華僑達と同一の生活文化を有し、彼等の最もよき理解者である。從つて南方建設の融合劑として輝き使命を果すべきである、かくて華僑の心から成る協力を得て彼等の本國への巨額なる送金を南京政權支配下の經濟復興事業に動員し、其現地活動資金を我が南方開發に活躍さすべきであらう。かくて大東亞共榮圈は我が指導的實踐を通じて始めて輝しき成果が得られるのである。 |
02 | 必勝の士氣昂揚へ 大詔奉體日の實踐要項決る |
03 | 奉體日設定に就て けふ翼贊會挾間局長が放送 |
04 | 圖像:米の第一線一擧血祭り 我が帝國海軍電擊的進擊(海軍省貸下) |
05 | ラジオ常會の順序 |
06 | 八日を中心に 隣組常會開催 五日間以內に |
07 | 國婦臺北支部の赤誠 陸海軍に廢品回收の一萬圓献金 |
08 | 明朗共榮圈の縮圖 新春動物園內のお國自慢 |
09 | 帝都“翼の大饗宴” 豪華、無敵海の荒鷲五百餘機 戰捷の冬空に亂舞 |
10 | 師範を專門程度に 初等教育に“その人”を得る名案 きのふ閣議で決定 |
11 | “鐵石の決意”強調 昨日の時局大講演會 |
12 | 十萬圓を突破 六日迄の新竹州下献金 |
13 | 續く献金部隊 昨日海軍武官府の取扱 |
14 | 教育內容を一新 橋田文部大臣語る |
15 | “米英貨幣”の末路 東亞から瞬く間に姿を消して行く |
16 | 六千萬圓献金 大東信托會社 創立十五周年 |
17 | 基隆市の豫算 前年度と同額に落着く模樣 |
18 | ときのこゑ |
19 | 抗日の愚を悟る 重慶要人連香港弗を抱いて 金子臺銀支店課次長談 |
20 | 團規制定式擧行 あす城內地區で |
21 | 震災義捐金 本社六日の受付報社消息 |
22 | 壽區民の赤誠 全戶献金を申合せ |
23 | 宜蘭市消防組 新春の出初式 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺南州豫算 千三百四十餘萬圓 重點主義で健實な膨脹 |
02 | 桃園神社で 戰勝感謝祭 |
03 | 嘉義奉公壯年團 明日神社大前で結團式 |
04 | 拔打ち查閱實施 決戰態勢下の青年訓練を強化 青年團動員規定成る |
05 | 圖像:將に壯途につかんとする陸鷲 |
06 | 事業計畫を懇談 臺中奉公會文化班 |
07 | 大高雄港の飛躍 仲繼貿易港、原料加工地として 遊休施設の誘致計畫 |
08 | 時局講演會 彰化は十日に開く |
09 | マニラ陷落 祝賀旗行列 |
10 | 消防組出初式 壯烈な放水演習 |
11 | 蘇澳消防組 出初式擧行 |
12 | 三萬七千圓突破 米英の東亞據點屠つた感激 舊臘一ケ月の献金 |
13 | 一番ヶ瀬知事 國防献金 |
14 | 續く捷報に 感激の献金 |
15 | 感謝慰問金 半島人ら醵出 |
16 | 員林消防組の出初式 |
17 | 桃園消防組 出初式擧行 |
18 | 皇民塾講師 匿名献金 |
19 | 新年の費用を 節約して献金 |
20 | 婚費を節約して 國防献金 |
21 | 農村慰安の夕 蘆竹庄魁隊主催 |
22 | 圖像:泰國航空兵、カーチスホークの前でこの飛行機は駄目だと皇軍勇士に語る |
23 | 鳳山消防大隊 出初式擧行 |
24 | 危險家屋を通達 尚ふ三ヶ月間に撤去 |
25 | 北門郡保險詐欺 愈愈公判に廻附 |
26 | 感心な軍夫 恩賞金を献金 |
27 | 震災史を編纂 資料を蒐集中 |
28 | 消息 |
29 | 地方便り報社消息 |
30 | 今日の映畫 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 需給圓滑を期し 勞務調整令公布 山口勞務課長談 |
02 | 共榮圈工業の將來性(上) 東亞自給圈と我工業界/鄉古潔 |
03 | 砂糖の夜間荷役 著しく促進さる |
04 | 每月大詔奉體日 臺北商議所の行事 |
05 | 內臺鮮間直通 貨物運賃會議 八日より鐵道ホテルで |
06 | 灣糖恒春工場 四日壓搾開始 |
07 | 彰化驛倉庫で 白米の搗精檢查 |
08 | 源成農場 壓搾を開始 |
09 | 東京初手形 交換高 |
10 | 蔬菜青果物配給 非常對策好評 |
11 | 臺東廳池上で 二期米初檢查 |
12 | 株式市場 大發會好調 |
13 | 公定為替相場 |
14 | 商況(六日) |
15 | ラジオ |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 我が大包圍圈完成 南部マレー セ州の要衝 ○○の崩潰愈よ迫る |
02 | マレー英軍總崩れ 英側も危機を自認 |
03 | ラブアン島無血占領 北ボルネオ元旦の初戰果 |
04 | 圖像:香港早くも復興へ |
05 | 皇軍緬甸某要衝占領 |
06 | 又ラングーン爆擊(六日) |
07 | 統一作戰を斷念 聯合國側當分の方針 |
08 | 米損傷母艇へ號 |
09 | 皇軍堂堂平和進駐 ボルネオ一王國ブルネイに 誓約書に國王署名帝國に忠誠誓ふ |
10 | 單なる宣傳謀略 ドイツ各紙が嘲笑 |
11 | 敵重爆機を擊墜 我が輕爆編隊、前例のない記錄 |
12 | 主な議會提出法案 |
13 | 聯合國の單一 海軍司令部 大西洋方面に設置 |
14 | 英米の獨斷に カ濠首相不滿 |
15 | 緬甸人非常な反感 重慶軍のビルマ進駐に |
16 | 印度住民の抑壓 極度の峻烈 |
17 | 議會審議短縮の 實行方法 |
18 | 翼贊會問題の 論議を行はず |
19 | 「議案審議會」 を設置 |
20 | 聯合國軍需資源委 員會創設を計畫 |
21 | 佛內相は健在 |
22 | 對外宣傳に 仲間割れ 米國務省と陸軍省 |
23 | 米飛行船隊 を編成 沿岸水域を哨戒 |
24 | 米第三次全國強制 徵兵登錄命令布告 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 若人の血は躍る 實施を目睫に控へ 志願兵熱愈よ加速度に高潮 |
02 | 神社に戰勝祈願 基隆の新年交禮會 |
03 | 圖像:皇軍占領のマニラ市街 |
04 | けふ五二名志願 |
05 | 臺北州學徒報國隊 必勝に燃ゆる二萬の若人集ひ 十五日晴れの結成式 |
06 | 島都國婦の 皇軍感謝大會 あす三會場で擧行 |
07 | 恩賜財團 への寄附者 |
08 | 日本と全幅的協力 大東亞永遠の平和確立に邁進 盟邦泰國初代駐日大使デ氏空路で寄臺 |
09 | 本島青年進出の秋 洋洋新天地は招く 心構へと南洋事情淺井教授に聽く |
10 | 齋藤長官けふ 空路上京 |
11 | 新竹州市郡 視學會議 |
12 | 興亞戰ひの春 堅く誓ふ“一死報國” 忠誠の血湧く魁挺身隊 |
13 | 早期から献金群 けふも軍司令部に殺到 |
14 | 賴母し銃後明朗篇 病床に臥す出征軍人家族に奉仕 麗し.馬公街隣組の一佳話 |
15 | 興南詩苑漢詩 新春述懷/陳如璋、新春述懷/謝尊五、新春述懷/韓承澤、新春述懷/吳蔭培、新春述懷/吳萱草 |
16 | 十五の少女の 麗はしい心掛 花蓮港市火災美談 |
17 | 商況(七日前場) |
18 | ス新駐華獨大使 空路南京着 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 各方面の大戰果 帝國陸軍部隊奮戰頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營陸軍部發表(七日午後零時二十五分)帝國陸軍部隊の昨一月六日迄に於ける各方面の戰況左の如し ー、マレー方面 イ 西海岸方面、十二月二十八日イポーを攻略せる我が部隊は引續き追擊を續行し三十日來セランゴール州の要衝クアラルンプール防禦の前線據點として敵が堅固に陣地を設備せるカンパル地區に對し攻撃を開始す軍は一部を以て北方よりこれを攻撃すると共に有力なる部隊を以てスンゲイキンタ河右岸地區を南下してカンパル西南方地區に進出せしむると共に選拔せる舟艇機動部隊を以てベルナム河口に上陸せしめ遠く敵の退路を遮斷せしむ、斯くて一月二日カンパル方面の敵は我が迂回部隊の成果により遂に退却を開始し同日夕これを完全に占領せり爾後隊は敗敵を急追しつつ○○を經て四日夕○○に達し○○方面に前進中なり。 ロ 東海岸方面、三十一日クワンタンを占領したる部隊は引續きクワンタン西南方地區にある五千餘の敵を攻擊一月二日同地飛行場を占領引續き戰果を擴張中なり ハ 陸軍航空部隊は連日地上部隊の戰闘に協力すると共に或は遠く敵殘存空軍の基地を空襲してこれを殲滅し或はシンガポール軍港を夜間奇襲して軍事施設を破碎するなど多大の戰果を擧げつつあり、この方面敵空軍の主力は已に潰滅し一部殘存兵力の僅かにシンガポール附近に屏息しあるを認むるに過ぎず 二、比島方面 イ ルソン島、一月二日マニラを占領せる我が軍は有力なる部隊を以てバタアン半島に遁走せる敗敵を急迫し三日午後パラツク四日バコロールの敵陣地を攻略し引續き敵を壓迫中なり、敵は開戰以來相次ぐ要地の失陷と各方面に對する我が上陸作戰に絕大なる脅威をうけマニラを放棄しバタアン半島及びコレヒドル要塞に入らんとするが如きも吾が航空部隊の神速なる作戰により徹底的打擊を蒙りつつあり敵の殘存空軍も殆んど潰滅せるものの如く戰意の認むべきものなし ロ ミンダナオ島、ダバオ附近の戡定は既に完了し民心逐次明朗化しつつあり 三、英領ボルネオ方面 十二月十六日ミリ・ルトン・セリヤの各地區に對する上陸に成功せる部隊は爾來油田地帶を確保し之が復舊に努力しつつあり西部の要衝クチンの上陸作戰に成功せる部隊は堅固なる陣地を構築し戰車十數臺を有する約一千の敵を撃破し戰車四自動車五十火砲十一を鹵獲すると共に俘虜約二百を得たり又三十一日有力なる部隊を以てブルネイ州の首邑ブルネイ市を一日海上機動部陸を以てブルネイ灣港の要點ラブアン島を完全に占領し尚回引續き戰果を擴張中なり |
02 | 十億の增稅案決定 分類所得稅六割の大增徵 綜合所得稅は三割の程度 |
03 | 地方分與稅法中 改正法律案要綱 |
04 | 戰時利得に重課 增稅案の四特徵 |
05 | 各外地特別會計決定 |
06 | コ島要塞に反復攻擊 |
07 | パハン河以北敵影なし |
08 | 香港要塞攻略戰果 |
09 | 十五日まで兩院へ提出 |
10 | 重要物資管理營團の 所要資金二千萬圓計上 |
11 | 日銀の法律案要綱 |
12 | カンパル要害激鬪の跡 山容は為に全く變貌 |
13 | 十五日頃に 要綱を發表 |
14 | 敗戰新年劈頭の ル大統領の一般教書 |
15 | 谷口次官談話 |
16 | 聯合總司令部 蘭印に設置 |
17 | 重光大使 門司を出發 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 宣戰一箇月と 大詔奉體日社說 一 昭和十六年十二月八日、畏くも米英に對する宣戰の大詔が一億國民の恐懼感激裡に渙發せられ、本八日をもつて早くも滿一ケ月を迎へた。この僅か一ケ月のあひだ、わが忠勇無雙な皇軍勇士は、頑迷極りなき米英が數百年來、東亞侵略の據點として物心を惜しまずに築き上げた堅壘といふ堅壘を悉くわが鐵蹄下に收め紳士國の假面に隱くれて傍若無人な振舞ひを恣にして來た兩國を一擧、三等國否四等國に叩き潰してしまつた。卽ち開戰間もなく米國の世界に誇る東洋艦隊を擊滅したのを手始めとしてグワム島、ミンダナオ島ウエーク島その他を占領し、英米の二大牙城香港とマニラをも攻略して敵性追放に輝く第一步を踏み出したのである。日數にして僅か三十日、この短い三十日の間に於て、かくも大きな戰果を收め得たことは文字通り、世界戰史に未だ曾つて見ない例で、生をこの國に享けたものは勿論のこと、大東亞共榮圈に居住する十億同胞の等しく感謝感激に堪へない處である。しかし戰ひはこれからだ。吾吾は、徒らに緖戰の勝鬨に醉ふことなく、さらに一段と兜の緖を締めて目的完遂に邁進し、雄渾深遠なる皇謨の翼贊に遺憾なきを期せねばならぬ。 二 この意味に於て去る二日の閣議で大詔渙發の日を記念し奉るべく本年一月以降大東亞戰爭の完遂に至る迄每月の八日をもつて大詔奉體日と定め、これまで行はれて來た每月一日の興亞奉公日を廢止することに決定し、同日內閣告諭をもつて公表した。思ふに、興亞奉公日は、昭和十四年九月一日の關東大震災記念日に始まり、以來、回を重ねることすでに二十九に及び全國民ひたすら自肅自戒の日として、また、新生活實踐の推進力として、二年有半、興亞聖業の完遂に多大な貢獻をなして來たが、それは所謂「べからず」式に偏し、積極性に缺けてゐた。然るに大東亞戰爭が勃發してから事態は急變し、皇國の隆替と東亞の興廢はこの一戰によつて決すべき重大時期に逢著した。從つてこの振古の大聖業の進展に伴ひ、國民運動の方途も劃期的な一大進展を要請せらるるに至つたので、從來のやうな興亞奉公日の行方では充分にその目的を達成せしむることができず、茲に健全明朗にして積極的に重點を置く大詔奉體日が擧國戰爭完遂の源泉として設定せられ、けふその第一回を迎へたのである。 三 本島に於ても、右主旨に基いて、大東亞戰爭の完遂を見るまで必勝の島民士氣の昂揚に主力を注ぎ、健全明朗なる積極的部面の啓發を誘引すると共に南方共榮圈確立に身を以て參加するの熱意を喚起する方針の下に、當日は、必勝祈願、國旗揭揚、職域奉公、常會講演會の開催、特別奉仕等の實踐を為さしむべく、皇民奉公會中央本部から全島民の奮起を促してゐる。吾吾は夫夫の立場に於て大詔に示されてゐる御精神を充分に拜察し、常に南方共榮圈の確立に絕えざる注意と研究を注ぎ、興隆國家としての國民の氣宇を養ひ簡素にして剛健な新生活を打建て、過ぐる興亞奉公日に於て示した熱意以上に臣節を完ふすベきである。斯くしてのみ吾吾は聖戰の目的を達成するに遺憾なきを期することが出來るのである。尚本島の一月の常會は、けふ開催することに事前より決定してあるので、各奉公班に於ても中央本部明示の計畫に基いて實踐を誓ふと共に廣域南方圈の確立と最後の勝利を目ざし、六百萬島民は、積極進取の大精神を振ひ起して鐵石の心を固め、擧島火の玉となつて驀進猛進すべきである。 |
02 | けふ初の大詔奉體日 目指す必勝驀ら 臺灣一家の總力發揮 |
03 | 威容東亞を壓す 大元帥陛下の親臨を仰ぎ奉り けふ帝都陸軍始觀兵式 |
04 | 盛儀を全國に放送 けさ代代木原頭から |
05 | 圖像:鹵獲兵器の山 |
06 | ラジオ常會の順序 |
07 | 總額三億五千萬圓 重點主義で時局要請に對應 明年度總督府豫算發表 |
08 | 花蓮港支部婦人 委員會常會開催 |
09 | 市長郡守勸業 課長會議 |
10 | 百五萬圓に達す 花蓮港廳の要求豫算 |
11 | “總力發揮の一證左” 殺到する献金群を眼の邊りに見て 臺灣軍國防恤兵金品取扱委員長和知軍參謀長語る |
12 | 今ぞ若者青空へ グライダ訓練を中等學校正科に 新學期から織込む |
13 | “織田信長”が洋行 日本映畫獨乙へ四本輸出 |
14 | 主なる事項 |
15 | 無敵皇軍の軍樂隊行進 |
16 | 卅日間で四三萬圓 武官府扱國防恤兵金 |
17 | 學生にも適用 國民勤勞報國協力令 |
18 | 周儀を辭退 して献金に |
19 | お年玉を献金 花蓮港廳のヨイ コドモ部隊 |
20 | 業者の自肅を俟つ 大詔奉體日の取締方針 |
21 | 百圓を献金 |
22 | 驚異的な成果 吃音者矯正會卒業式 |
23 | 玉突と射的 晝間罷りならぬ |
24 | 昂る南方熱 花蓮港て座談會 |
25 | 驛長の異動 |
26 | 人事.消息報社消息 |
27 | 訃文:郭山藻 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 高雄州豫算 一千萬圓に肉薄 特殊使命に即した編成 |
02 | 嘉義市の豫算 遂ひ編成替へ |
03 | 追加豫算編成 復興資金として |
04 | 彰化神社の 昇格記念祭 |
05 | 臺中市民の至誠 新春に大口献金者の群 |
06 | 注連飾り利益金 恤兵金に献納 |
07 | 將兵慰問金献納 これから每月に |
08 | 續く勝報に 感激の献金 |
09 | 年頭に示す赤誠 各地の献金熱愈よ昂る |
10 | 溪湖街の 献金部隊 |
11 | 高旗自動車が 解放總會に献金 |
12 | 鳳山の献金熱 愈愈昂揚 |
13 | 屏東消防大隊 出初式 |
14 | 挺身の覺悟愈よ固し 臺南州學徒奉公會 知事を隊長に戴き近く結成 |
15 | 淡水各消防組 合同出初式 |
16 | 北斗奉公壯年團 華華しく結成式擧行 |
17 | 屏東郡各街庄の出初式 |
18 | 大詔奉體日の 諸行事 彰化青壯年團 |
19 | “飛機魚雷の初實驗”(二) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
20 | 米英擊滅 華僑大會 |
21 | 今ぞ島民奮起の秋! 臺中時局講演會 各辯士何れも張り切つて待機 |
22 | 今年も大增級 義教準備二年目の臺南州 |
23 | 新高郡青年團 戰捷祈誓大會 |
24 | 馬飼養品評會 愈よ褒賞式擧行 |
25 | 能高郡鄉軍分會 實彈射擊大會 |
26 | 產米品評會等授賞式 東港で華華しく擧行 |
27 | マニラ陷落で 感激の旗行列 |
28 | 麻豆壯丁團 消防出初式 |
29 | 「わが愛の記」 八日より國際館で封切 |
30 | 水里坑婦人 新年交禮會 |
31 | 林陳兩家の お目出度 |
32 | 人事報社消息 |
33 | 今日の映畫 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 纖維品の統制機關 臺灣織物移入協會を改組 |
02 | 一期作植付を前に (上)入鹿山技師、注意を喚起 |
03 | 世界轉換期と日本の經濟 強力政治と強力經濟要望/太田正孝 |
04 | 共榮圈工業の將來性(下) 東亞自給圈と我工業界/鄉古潔 |
05 | 十六年二期作籾 蒐荷狀況良好 |
06 | 商況(七日) |
07 | ラジオ |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 大元帥陛下親臨 代代木原頭に繰展ぐ軍國繪卷 燦たり陸軍始官兵式 |
02 | 敵クルアン飛行場を奇襲 大型六、小型三機を炎上破壞 |
03 | 蘭貢北方地區を爆擊 |
04 | 引續き米比軍を猛爆 |
05 | 的確な我爆擊の跡 マニラ近郊の要塞を見る |
06 | マニラの治安 急速に回復 |
07 | 近東戰線から 將校を召還 濠洲陸相言明 |
08 | マニラの治安確保 我軍と市長間に協定成立 |
09 | 新嘉坡死守を強調 スターリング少將が論評 |
10 | 圖像:御紋章燦と輝く軍艦多多良(元米艦ウエーク號海軍省檢閱濟) |
11 | 中支陸鷲の戰果 |
12 | 敵を東方(長沙)に包圍 殲滅.今や目睫に迫る |
13 | 長沙を撤して歸還 |
14 | 平和に蘇るマニラ 新な建設へ再發足 |
15 | マニラの英米人 皇軍に心から感謝 |
16 | 頻頻たる命令の變更 司令官の無能を示す 我軍に投降の一英人將校手記 |
17 | 通常郵便料金 四錢を五錢に 郵便料金値上要綱 |
18 | 府內各種委員會 十八種廢止に決定 |
19 | 強力な防諜協 會 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 胸にしかと女の訓 國婦會員八千餘名が參集 戰勝祈願感謝大會 |
02 | 圖像:大詔奉體日のスタート |
03 | 決戰の感激新た 愛國婦人會の奉讀式 |
04 | 承詔必謹.一億必勝 高鳴る大東亞建設の跫音 けふ初の大詔奉體日 |
05 | 基隆市の大詔 奉體日 |
06 | 新竹市の大詔 奉體日 |
07 | 入試選拔方法 を說明 |
08 | 睨む“榮冠の彼方” 起て!將兵の心を心とせよ 初の大詔奉體日に井上報道部長談 江聲不盡英雄恨 兵氣銷為天日光 |
09 | 新竹市學校長 青年團長會議 |
10 | 宜蘭市防衛團北 分團の初訓練式 |
11 | 總進軍の鐘響く 四十萬市民.朗かに進發 |
12 | カジキ入荷 各家庭に百匁配給 |
13 | 古鐵と茶殼の山 錦町の奉公班が |
14 | 十人以上の子 福者を表彰 |
15 | 感激の日に献金 踵接する赤誠部隊 |
16 | 赤誠の献金 龍山町第四分區が 司令部と武官府に |
17 | 一番ケ瀨知事 けふ本社訪問報社消息 |
18 | 瑞芳街の火事 |
19 | 彰化國民學校長 事務打合せ會 |
20 | 屏東野球大會再開 |
21 | 興南詩苑漢詩 新春述懷/許遂園、新春述懷/高占鰲、新春述懷/高春梅 |
22 | 旗山國語の家 調查委員會 |
23 | 病苦で覺悟の自殺 |
24 | 基隆時局講 演會大盛況 |
25 | 商況(八日前場) |
26 | 訃文:中村一造 |
27 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵主力の死命を制す 呂宋島西部要衝に日章旗飜へる頭條新聞 【比島バタアン半島前線○○にて八日同盟特派員發】果敢な皇軍の進出と絕妙な作戰により今や米比軍主力は完全にバタアン半島の一角に追詰められ全軍は潰滅の一途を辿つてゐる、即ちこの方面の敵軍主力は敵二十一師の二十一聯隊二十三聯隊を基幹とし○○方面より敗走の兵力を合し砲約十門、戰車約二十臺を擁し更に後方にあつて督戰に努めてゐた同地駐在の比島軍部隊も始めて第一線に繰出し小癪にも空軍を出動せしめて爆擊を行ふ等必死となつて皇軍阻止に努めたが陣頭に挺身する○○部隊長指揮下のわが精銳は巨砲部隊と緊密な協力の下に四日午後一時○○南房敵陣地を攻略更に激戰の後五日午前五時を期して敵の右翼第一線陣地たる同高地南方の丘陵地帶を夜襲これを占據するに至つてさしもの頑敵も漸く敗走○○部隊は敗敵を追つて一氣に同十一時○○を、同十一時半には○○○に突入灼熱の呂宋島西部の要衝に日章旗を揭げた、斯くて敗戰に喘ぐ敵主力の死命は完全にわが軍に制せられた |
02 | 連日新嘉坡夜間空襲 ビルマ領ミ飛行場反復爆擊 我陸鷲、大戰果を收む |
03 | セ州○○市に突入 |
04 | セ州方面重大危機 ロイター通信の報道 |
05 | 英軍の拙劣な作戰 英紙、痛烈に非難す |
06 | 輝く我海軍の戰果(上) 大詔奉體日を迎へて平出大佐放送 |
07 | 花蓮港廳市 郡視學會議 |
08 | 英軍の作戰大混亂 |
09 | ビスマルク群島を爆擊 |
10 | 醫療法案要綱決定 昨日厚生省から發表 |
11 | 長沙全く廢墟潰滅 敵側の總反抗企圖 完全に畫餅に歸す |
12 | 日本の協力支持を確信 チ新駐日タイ國大使着任聲明 |
13 | 壯烈なる殲滅戰 敗殘楊漢城麾下を猛攻 |
14 | 日、比の力強い提携 我軍代表と バルガス新市長の歷史的會見 嚴肅圓滿裡に終る |
15 | 英東洋艦隊 司令長官 新嘉坡を出發 |
16 | 肇慶を爆碎 |
17 | 蔣軍各飛行場を 片端から偵查 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 本島青年の 南洋進出社說 一 帝國が東亞十億の同胞の為めに數百年の久しきに亘り、米英より受けた搾取と壓迫から解放する為めに、敢然として大東亞戰爭に起ち僅かに一箇月にして米英の重要據點を粉碎し攻略した赫赫たる戰果に對し全國民は皇軍の武威に感謝旦つ感激して居る。大東亞共榮圈建設の聖業は、我國がリーダとして如何なる妨害や艱難があつても、これを突破し真に東亞人の大東亞を築かねばならない秋に當り、南進基地にある本島の使命と職責は重大であると言ふべく本島青年はこの天與の好機會を逸せず奮然として國策の尖兵となり南方に進出し、東亞建設の勇士として起つべき秋が來たのだ。由來本島青年の海外渡航を見るに支那大陸は廈門を始め上海、汕頭、廣東、香港に對しては、地理的に本島に近接してゐるので相當人數の進出を見たが、南洋方面に對しては極少數より進出を見て居らない現狀であるそれは本島青年が海外雄飛の氣魄に缺けて居ると見るよりも有產階級の有識者が徒らに祖先傳來の田畑を固守して來たと共に、社會的環境に於いてその熱意が足らなかつたのもその原因の一つである。 二 從來對岸方面へ進出した本島青年の一部には、不心得者があり、一攫千金の夢を見ながら渡航したものが居つた為めに、識者より顰蹙を買つた事もあつたが、今後南洋方面への進出は實に帝國の產業戰士として、立ち遲れた南方の未開地を開拓し、東亞共榮圈建設の指導者として、その重責を双肩に擔ふて起つ心構へと認識がなければならない。南洋地方の天然資源は豐富であるが、炎熱下に位するだけに臺灣よりも暑氣が烈しく、餘程確乎たる覺悟と强健なる身體を持つのでなければ、大東亞の建設戰士となれないのだ。南洋地方が我が勢力範圍に入れば、それだけ我等國民の責務が重くなり、その使命を果して行く為めには、國策の先驅者として滅私奉公の念を高揚し、米英より虐げられた東亞同胞を指導し育成して行く大きな理想と氣魄を持つて毅然として南洋に進出すべきである。南洋地方には多年地盤を開拓した華僑が居り彼等を我が企圖する東亞共榮圈建設に協力させる事は言語を同じうする本島青年の最も大きい使命である。 三 本島青年を南洋方面へ送り出す事は、刻下の急務であり、督府に於いても多年の尊き經驗を有する人材を送り出す事に對し、早くも立案計畫を進めて居ると察するが、從來の海外渡航手續きには改善すべき點が多多あり、この際に過去の繁雜なる手續を改廢し、有為なる本島青年を一人でも多く送り出し、大東亞共榮圈建設に貢献させて貰ひ度いのである。その促進方策を一時も早く具體化させ大東亞戰爭の必勝完遂に協力させると共に銃後に於ける國策達成に本島青年を活用して欲しいのである。殊に南洋地方へ送り出す本島青年に對しては、豫めその身體を訓練すると共に、その操節を鍛鍊し、日本國民として恥ぢぬ人物を選拔して派遣する必要がある。卽ち東亞が繁榮すれば、我が日本帝國が隆盛に赴くとの高い理念を以て雄飛心を喚起し、東亞民族が東亞の天地を築く尖兵として指導されん事を希求するものである。 |
02 | 擧島.鐵石の一丸に 初大詔奉體日常會昨夜一齊に開催 |
03 | 戰拔かう大東亞戰 山本事務總長の挨拶 |
04 | 聖戰完遂を誓ひ奉る 陸海兩相明治神宮に記念參拜 |
05 | 各地の大詔奉體日 宜蘭市支會 |
06 | 花蓮港市支會 |
07 | 羅東郡支會 |
08 | 日赤支部の捧讀式 |
09 | “起て!本島青年” 港都の時局講演會盛況 |
10 | 大詔奉體日献金午後受付の分 |
11 | 十萬圓献金飛行機一臺の資金 武官府に臺灣織布會社から |
12 | 花蓮港憲兵分 遣隊受付献金 總額五千圓突破 |
13 | 島都の常會を覗く 宮前町第六 十五奉公班 |
14 | 日赤支部「養正寮」 |
15 | 蓬萊町第一分區第 一.二.三家庭班 |
16 | 蕃社名の內地式改稱 三月頃までに決定の模樣 |
17 | 眼から耳から時局認識 紙芝居班街頭で汗だくの活躍 |
18 | 皇奉花蓮港廳 支部役職員會 |
19 | ときのこゑ |
20 | 生活相談承ります 奉公會で來月一日に店開き |
21 | 興亞奉公樂園 の音樂慰問 昨日大詔奉體日に |
22 | 婦人委員月例會 |
23 | 人事.消息報社消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 謀略戰のに備へよ 新任高雄要塞司令官新妻少將の第一聲 |
02 | 燃ゆる必勝の意氣 覺悟新たな決戰下の總進軍譜 各地の初の大詔奉體日 |
03 | 嘉義奉公壯年團 初の大詔奉體日に結團式 |
04 | “飛機魚雷の初實驗”(三) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
05 | 志願兵熱愈よ高潮 旭校から五十二名連袂出願 高雄の青年學徒蹶起 |
06 | 森田知事 農事視察へ |
07 | 產組講習會 |
08 | 圖書館週間 山中館長が講演 |
09 | 健實豫算を誇る 近く臺中州會で審議 |
10 | 各地赤誠の献金 |
11 | 元旦早早四 千餘圓献金 |
12 | 總力戰に打勝て! 各地の時局大講演會 辯士の大獅子吼に聽眾感激 |
13 | 街庄豫算打合 庶務課長會議で |
14 | 北斗郡產組役員 恤兵金を献金 |
15 | 人的資源の強化 州下に性病診療所設く |
16 | 里港壯丁團 強行軍練習 |
17 | けふ豐原街で 時局講演會 |
18 | 臺中米穀配給組 合工場の地鎮祭 |
19 | 新營郡產業組合 總代會日割決定 |
20 | 增產に支障なし 嘉義郡民米作に邁進 |
21 | 彰化消防組 出初式 |
22 | 新營郡產業組合長 會議を開催 |
23 | 嘉義震災義捐金 旗山郡の寄附者報社消息 |
24 | 各地壯丁團 消防出初式 |
25 | 「蘇州の夜」 臺劇で封切 |
26 | 消息 |
27 | 今日の映畫 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 二期作植付を前に (下)入鹿山技師、注意を喚起 |
02 | 特殊米の委託買付 臺灣米穀納入協會が擔當 |
03 | 昨年手形交換高 五億四千四百餘萬圓 |
04 | 內臺鮮運賃を改訂 八日より三日間會議開催 |
05 | 臺灣商工會議所で 緊急施策要綱制定 |
06 | 本島簡保、年金事業概況 |
07 | 新營合同乘合 昨日附許可 |
08 | 兩會議所分離と 機構擴充を懇談 |
09 | 高雄馬公間定期 船の三等を廢止 |
10 | 商況(八日) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(579)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 比島の敵機全滅 殘存四機を擊墬破 |
02 | マレー制空權掌握 敵機遮蔽のみに汲汲 |
03 | 英軍手も足も租ぬ 英紙も自認、重大危機を傳ふ |
04 | 新嘉坡脅威增大 UPのロンドン電報 |
05 | 依然悲觀的觀測 ロンドン各紙の報道 |
06 | 天下の形勢一個月內に(下) 百年以上の大飛躍 大詔奉體日を迎へて平出大佐放送 |
07 | マレーの大勢決す 英側、徹底的破壞戰術に出づ |
08 | ル親日老將軍、忽然 比島○○前線に現はる |
09 | わが派遣軍を訪問 バルガス大マニラ市長 |
10 | 大の親日家 新市長バ氏の橫顏 |
11 | 私設放送局の 使用を禁止 比島派遣軍司令官布告 |
12 | セ州敵軍總退却 皇軍要衝○○占領 |
13 | “日本軍に衷心協力” 比島カトリツク教徒 積極的運動を展開 |
14 | 聯合軍總司令 部 來週より蘭印で 活動開始 |
15 | 何故日本と戰ふか 希望なき戰爭に煩悶 米軍捕虜に實情聽く座談會 |
16 | 北中支戰線の 我が大戰果 |
17 | 全マニラ在留邦人の總力を結集 新しき比島の建設に |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 志願兵制實施に伴ふ 諸般の事務を協議 十五日督府正廳に各州總務部長召集 |
02 | 昂まる銃後の赤誠 開戰一ヶ月の献金累計 |
03 | 陸軍始觀兵式の淵源 |
04 | 圖像:マニラ市郊外 |
05 | 一千名を突破 新竹州の志願兵熱高潮 |
06 | 軍司令部へ續續 押すなすなの古鐵献納群 |
07 | 武官府へ献金 感謝感激部隊殺到 |
08 | 從軍記念會員に本 部長の訓示を配布 |
09 | 溜めた小錢を献金 |
10 | 航空少年團の訓練と 模型航空機の競技會開催 |
11 | 山の兄弟の角力講習會 |
12 | 圖像:大東亞戰特報 |
13 | 產業戰士を表彰 將來は敘位授勳の奉請も考慮 |
14 | ヨイ子供の献金 |
15 | 興亞戰ひの春 逞し.鬪志滿滿 東亞建設“押しの一手”で |
16 | 河野警務課長 基隆を初巡視 |
17 | 國民歌の指導 毛利氏來花を機に |
18 | 激減の自肅振り 驛頭の送迎虛禮廢止 |
19 | 擧州增產に總進軍 一期作米の對策成る |
20 | “一日戰死の思ひ” 水上署、奉體日の實踐事項 |
21 | 新竹市中堅青 年第一種訓練 十三日に入所式 |
22 | 外務省の火事 通商局官房燒く |
23 | 興南詩苑漢詩 鶴亭先生古稀壽言/賴懶雲、鶴亭先生古稀壽言/陳虛谷、鶴亭先生古稀壽言/吳蘅秋、鶴亭先生古稀壽言/王寶書 |
24 | 商況(九日前場) |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 果敢な追擊を續行 先鋒タンヂヨンマリム通過頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(九日午後四時三十分) 一、マレー西海岸方面の帝國陸軍部隊は一昨七日トロラク(クワラ・ラムプール北方九十粁)北方地區に堅固な陣地を占領せる有力なる敵機械化部隊を兩翼より包圍攻擊しこれに殲滅的打撃を與へたる後引續き南方に向ひ果敢なる追擊を續行中にしてその先鋒は八日夕タンヂヨンマリムを通過せり 前記トロラク附近における戰果左の如し、 (一)鹵獲品銃砲(十二糎榴彈砲)十三門、對戰車砲二十門、迫撃砲十五門、自動車砲二十門、輕裝甲車五十輛、自動二輪車砲二十門、自動二輪車(オートバイ)三十輛、自動車五百輛(二)俘虜約二百、遺棄死體約三百(三)我軍の損害戰死十七名、戰傷六十名 二、ビルマ方面に作戰中の帝國陸軍航空部隊は昨八日午後ビルマ領モールメン港を急襲し大型汽船一隻、中型汽船四隻に多數の命中彈を與へると共に停車場及び同埠頭設備を爆擊せり 註 ▲モールメン、モールメン河口より約四粁上流にある商港で人口約六萬、ビルマ第三の都市で農產物の輸出港であるが附近ではゴムの栽培が盛んである、近郊に大型機の飛行場がある ▲ミヤヂ、コーカレイと共に戰前この方面におけるビルマ軍の駐屯地であつた ▲タンヂヨンマリムこの方面における山脈と山脈との間に挾まれた隘路であつて戰術上の要點である、戰前印度軍約二千が駐屯して此處を守つてゐた |
02 | 米軍艦ラ號を擊沈 我が潛水艦ジ島西南方で |
03 | 血のにじむ苦心! 大洋で敵艦を搜索する潛水艦 |
04 | 比島派遣最高軍司令官布告 |
05 | ラングレーは 水上機母艦 最新銳大型艇を搭載 |
06 | 英軍、敗退を自認發表 |
07 | シンガポール要塞攻略戰の樣相を呈す |
08 | 敵殘存十一師を殲滅 |
09 | 米アラスカの 防備に狂奔 |
10 | 南方開發を協議 けふ「南方農林業對策打合會」 |
11 | 圖像:マレーを堂堂進擊する陸軍鐵牛部隊 |
12 | 長沙南方で五機擊墬 |
13 | 桂林で敵二機爆破 |
14 | 英軍の頹勢に 苦しい辯明 英國璽尚書が下院で |
15 | 兩雄感激の會見 ル將軍とア將軍 |
16 | 新嘉坡へ怒濤の進擊 |
17 | 地方長官大異動 |
18 | 新嘉坡を爆擊 |
19 | ビルマ空襲敢行 |
20 | 地方官官制を改正 七總務部長を勅任官に |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 總督府の 明年度豫算 積極的戰時編成社說 一 總督府では大東亞戰爭の勃發に伴ひ本島としての地位の重要性並に本島の特殊事情に鑑み、戰時下に於て緊急必要とする諸施設の經費等を昭和十七年度豫算に計上し、豫ねて上京中の中島財務局長が主として中央當局と種種折衝中であつたが、去る七日臨時閣議で決定されたので同日府財務局から正式に發表された、それに依れば歲人歲出豫算總額は三億五千八百七萬九千百二十一圓に達し、之を前年度豫算總額三億三千八百九十一萬一千百八十二圓に比較すれば實に一千九百十六萬七千九百三十九圓の增加である、今その內譯を見るに歲入に於て經常部は前年度に比し、四千三百十一萬九千九百七十三圓の自然增收を見込んでゐるに反し、臨時部は二千三百九十五萬二千三十四圓の減收見込みである、次に歲出に於て經常部は二千五百八十八萬五千三百六十九圓の增加を示し臨時部は六百七十一萬七千四百三十圓の減少を示してゐる、斯の如く府當局としては明年度の豫算に於て重點主義に依り時局□要請に則應する經費のみを計上し、既定經費に對しては極力□□を圖つた苦心の跡が窺はれるのである。 二 卽ち本豫算は各主管局より要求提出後に大東亞戰爭が勃發したので、中央の方針に基き例へば航空保安施設の如く緊急を要するもの或は鐵道輸送力の强化の如く生產力の擴充に必要なる經費又は繼續事業としての既定經費等時局の要請に要する經費は、一應認められるが、聖戰の目的完遂に要する經費其他本島の特殊事情に依る南方施策の重要事項に要する經費は、悉く之を追加豫算に讓ることとなり、之等は相當の數に上つてゐるので愈愈本格的に戰時豫算の特色を發揮するのは寧ろ來る十五日に決定される筈の臨時豫算に期待されるべきである併し乍ら今歲出豫算に於て認められた主なる事項を見るに、航空保安施設軍事援護に要する經費等は時局の要請に基き緊急を要するものであり、又鐵道輸送力の强化、米穀增產並に米穀應急生產奬勵に要する經費の如きは生產力の擴充又は米穀增產に必要缺くベからざるものである、特に皇民奉公運動推進に要する經費、中等學校新設及學級增加費は島民の國策協力又は人的資源確保の見地から督府年來の政策を具現せしめる第一步として甚だ意を强うするに足るものである 三 殊に臺北帝大工學部創設の如きは、本島工業化の前提として絕對不可缺のもの、又勞務の需給調整、勞務供出は戰時下に於ける人的資源の配置を徹底化せしめ、更に物資需給統制は統制經濟運營の强化に伴ひ、愈愈緊要となるので、戰時下の豫算編成の方針として當然取るべき道であらう、何れにせよ、前述の如く本當に戰時財政の特色を發揮せしめるのは寧ろ今後の追加豫算に俟つべきものが多多あるので、この見地より歲入豫算に於て相當の餘力を殘して置いたものと見るべきである、卽ち歲入豫算について見るに經常部は前年に比し約四千三百萬の增收を見込んでゐるに對し臨時部に於て却つて二千四百萬圓の減收を見越してゐるは之がためであらうが、曩に決定された間接稅の增徵並に直接稅の增收に依つて相當の餘力が殘されると見られるので、追加豫算に於ては聖戰の目的完遂に協力する諸施設並に南方共榮圈として本島に賦課された重大使命の達成に要する諸經費の計上については特に考慮を要望する次第である |
02 | 軍國繪卷繰展ぐ 馬公警備府.陸戰隊觀兵式 |
03 | 榮える“臺灣一家” 全島の奉公運動順調に展開 決戰下に.微笑しい事例 |
04 | 高松宮殿下けふ 內原訓練所に御成り |
05 | 圖像:マニラ港 |
06 | 必勝の覺悟を振起 大盛況.新竹時局講演會 |
07 | 日比文化の交流 御朱印船時代に溯る |
08 | 震災義捐金醵出 臺灣軍から二千圓 |
09 | 國民儀禮の順 序形式研究會 |
10 | 誕生日祝の小 遣錢を献金 |
11 | 父子三人が献金 夜方軍司令部を訪れ |
12 | 宜蘭市役所 扱國防献金 |
13 | 花蓮港廳協議 會廿三日開催 |
14 | 一萬八千五百圓 九日軍司令部扱献金 |
15 | 青少年團の團 章團歌を募集 |
16 | 起てマニラの同胞 “白い吸血鬼”追放の時が來たぞ 專賣局囑託イノセンシオ氏叫ぶ |
17 | 圖像:マニラ市のカソリツク寺院の屋根 |
18 | 真摯な意見續出 港都の時局座談會 |
19 | 青年團中堅 幹部講習會 |
20 | ときのこゑ |
21 | 時局講演會 けふ宜蘭で開く |
22 | 三種の標語 奉公會で公募 |
23 | 愛婦宜蘭市 分會月例會 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 至誠挺身の信念愈愈固し 高雄州學徒奉公隊 十五日結成式擧行 |
02 | 臺中奉公壯年團 十六日結成式を擧行 |
03 | 臺南奉公壯年團 初役員會 |
04 | 彰化郡下 學校長會議 |
05 | 祭粢料傳達式 高雄市長公室で擧行 |
06 | 爆發する献金熱 都に鄙に隈なく起る |
07 | 新春に示す 市民の赤誠 |
08 | 馬飼養品評會 褒賞授與式 |
09 | 忠靈塔で赤誠奉仕 幹部青年の鍊成會 |
10 | 皇軍必勝祈願 鳳山神社大前で |
11 | 「時局と農家」 森田知事訓話 |
12 | 溪湖街主催 時局講演會盛況 |
13 | 廢品回收で 六百圓献金 里港東國民校の豆部隊 |
14 | 知事から表彰 沈壯丁滅私奉公 |
15 | 彰化市民の献金 |
16 | 青年の奮起絕叫 聽眾感銘、高雄の時局講演會 終つて座談會開催 |
17 | 挺身報恩の秋 豐原の大講演會 |
18 | 魔の震源地 近く明るみへ |
19 | 復興を中心に 嘉義六日會 けふ例會開催 |
20 | 臺中圖書館 週間行事 |
21 | 高砂族の赤誠 事變以來の献 金五千圓突破 |
22 | 浪花風流隊献金報社消息 |
23 | 故中村氏の團體葬 |
24 | 日本テツクス 荒木社長自殺 |
25 | 人事 |
26 | 地方便り |
27 | 今日の映畫 |
28 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 南方糖業對策研究 近く調查委員會設置 |
02 | 屑鐵回收強化による 海上輸送力增強決定 |
03 | バス事業組合 改組強化されん |
04 | 全島バス合同は 早急完了を希望 木原監督課長談 |
05 | 米穀證券及借入金の 最高限度を增額 |
06 | 員林郡各產組 總代會日割決定 |
07 | 農具の更生使用 修繕班各地で好評 |
08 | ラジオ |
09 | 臺北州青果組合 けふ臨時組合會 |
10 | 郡下各產組の 總代會日割 |
11 | 商況(九日) |
12 | 水滸傳(580)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | クアラ、ルンプール 風前の燈火と化す |
02 | クアラ.クブ飛行場を占領 |
03 | ペラ河下流防禦線を突破 |
04 | 蘭貢郊外飛行場爆擊 |
05 | 華僑義勇兵多數 英軍督戰隊の犧牲となる |
06 | 圖像:遺棄された敵北部ボルネオ○○砲臺 |
07 | 英軍夥しい死傷者を出す |
08 | 英國側狼狽 濠洲の態度強硬 |
09 | 英戰艦二隻を奇襲 大損害を與ふ 伊の奇襲艇隊活躍 |
10 | マレー英軍司令部の 蘭印移轉を真劍に考慮 |
11 | 比島米軍減退 米陸軍次官補談 |
12 | 總司令部は ジヤバ島某地 |
13 | 圖像:お伽噺の實演そのままに盛裝したブルネイ國王と握手を交 す○○部隊長 |
14 | 米の衛星國に墮す 英議會で囂囂たる非難 |
15 | 今度こそ奇襲されぬ 新任ハワイ陸軍司令官談 |
16 | 他の英艦一隻バーハム級 |
17 | 英巡洋艦を擊沈 伊海軍の雷擊機 |
18 | 蘭印の價值 英週刊誌の評 |
19 | 濠洲印度は含 まれぬ ウ將軍の權限 |
20 | 農產統制令施行規則と 申告規則けふ公布實施 |
21 | 大東亞債券 二月廿一日から發賣 |
22 | 單なる虛勢 獨產業界のル教書評 |
23 | 戰時災害保護法案 閣議決定、今議會に提出 |
24 | 米海軍兵員 擴張案通過 |
25 | 提出法案六十 七件本決り |
26 | ドミニカの提案 南米諸國は冷淡 |
27 | 農業增產報國 推進隊結成式 |
28 | 恩給法改正 法案要綱 |
29 | 蠶糸委員會 |
30 | 勅令公布 |
31 | 上海敵國系工場に 會計監督官を派す |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 農村娛樂の尖兵 奉公會で演劇挺身隊を結成 近く各地を移動巡演 |
02 | 勳章傳達式 を擧行 |
03 | 圖像:皇軍歡迎のダナウ河畔の街トトン市民 |
04 | 總額五百卅八萬圓 新興の強みを如實に盛る 新竹州明年度豫算 |
05 | 田に稻、畑に國策作物 臺北州、植村制限令を公布 |
06 | 總督を總督に推戴 奉公醫生團委員會で決定 |
07 | お山の献金熱 時局を反映して昂る |
08 | 基隆水產試驗 所記念式 |
09 | 阿片癮者八千名 五ケ年計畫で一掃 |
10 | 大屯山ハイク |
11 | 世界に誇る功績 木原專賣局長語る |
12 | 興亞ひの春 血湧く“日本の子” 園兒にも必勝の構へ |
13 | 大江少尉が戰死 國際オリンビツクの華 |
14 | “民族の祭典”の王者 體協主事村橋氏語る |
15 | 續く献金の巨彈 武官府受付に大童 |
16 | 妾達の赤誠 檢番の姐さん連が 軍司令部.武官府へ献金 |
17 | 基隆皇民壯年團初の會合 |
18 | 陸海軍に二百 圓宛献金 |
19 | 興南詩苑漢詩 東渡雜咏/傅秋鏞、寄港/傅秋鏞、瀨戶內海/傅秋鏞、抵東京/傅秋鏞、書懷/洪元煌、有感/洪元煌 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 圖像:大元帥陛下無敵皇軍を御閱兵【代代木練兵場にて謹寫】 |
02 | クアラルンプール 我が手中に歸す 南方一里の飛行場を占領頭條新聞 【マレー戰線○○十日發同盟】スリム附近の大殲滅戰に於いてマレー英軍の殘存野戰軍に殲滅的打撃を與へた後堂堂クアランプールに向つて進擊中の我が大縱陣の西側を遠く迂回し敵中突破を敢行セランゴール州の中部深く進擊を續けつつあつた有力部隊は九日薄暮クアラルンプール南方四粁の飛行場を占領したが十日拂曉と共にクアラルンプール南側を流れる水流に沿ひ進撃中であり既にクアラルンプールは事實上我が手中に歸したも同樣である 【マレー戰線○○十日發同盟】マレー進擊部隊は十日朝來一齊にクアラ・ルンプール○○粁乃至○○粁の線に達し敵は既に抵抗を斷念せるものの如く同地の無血入城が豫想される |
03 | 陸鷲、敗走敵を痛爆 |
04 | セ州の首都(マレー第二の都市) |
05 | ク市內に戒嚴令 |
06 | 米英の相剋激化へ 敗北の一途を辿るにつれて 堀部長放送の要旨 |
07 | スリムの大殲滅戰 世界に冠絕 わが陸軍の優秀性 |
08 | 拿捕船舶大小百十隻 香港方面帝國海軍の戰果 |
09 | 新嘉坡陷落 豫期せよ 米評論家の論 |
10 | ウル、ラワンを攻略 |
11 | 夥しき鹵獲品の山 英國兵の投降者續續 |
12 | バーシバル司令官 真つ先に遁走 |
13 | 米敗戰查問委員 布哇に到着 |
14 | バタン半島に對し 果敢なる夜間攻擊 |
15 | 追加豫算 あす臨時閣議で 審議決定す |
16 | 專門委員會を設置 「南方農林業對策打合會」 きのふ初會議開催 |
17 | 陸戰隊マ島に上陸(比島) 邦人、獨人六十數名を救出收容 |
18 | 鐵道復舊に決す 大マニラ市を中心に |
19 | 影珠山堅陣を突破 四散敗走の敵を猛追 |
20 | マスバテ島とは |
21 | 新聞統制團體 設立委員任命 |
22 | 英輕巡ガ號擊沈 |
23 | ヴ大マニラ市長の 政治顧問就任 木原前總領事 |
24 | 總督府辭令 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 醫療法案要綱 閣議で決定 本島にも施行 準備を要望社說 一 大東亞戰爭の完遂を期し、戰力增强の方策として國民に遍く適正なる醫療を受けしめ、以て國民保健の向上を圖る為に、厚生省では今議會に醫療法案を提出することとなり、七日の閣議で法案要綱を附議正式に決定、その詳細が發表された、同法案の骨子は現行醫師法及齒科醫法に根本的改正を加へ、之を統合して本法案で一元化し醫師の本分を明定し、醫道の振作と醫術の進步に資することとなつた。 而して病院、診療所、產院の開設には許可を要し、厚生大臣が必要ありと認むる時は醫師の勤務指定と醫療內容に必要なる措置を講ぜしむることが出來る。且つ醫療報酬及び給與の過高を抑制し、醫師達の公共的活動の强化を圖ることとなつた。と同時に結核撲滅對策の徹底、農村醫療機關の普及並に醫療內容の向上を圖る目的を以て政府出資して新たに日本醫療團を設立し醫療國營への一步前進を示したこれは國民が久しく渴望して居た醫療新體制の要求に答へたもので、議會の通過は勿論、一日も早く實施されんことを望む次第である。 二 飜つて本島の現狀を見るに出生率は千人に付約四十五人の世界最高率を示してゐるに拘らず死亡率も千人に付き二十人强であつて埃及、印度、墨國等と並んで世界有數の高い死亡率を占めてゐる。而もこの總死亡中、五歲未滿の所謂乳幼兒死亡の割合は五割(五二・九%)を突破してゐる。之は勿論種種の原因があるが結局に於て農山村方面の醫療機關の配置不均衡と保健施設の不充分なることを如實に物語つてゐると見られるべきである、警務局の發表に依れば昭和十六年二月一日現在に於て、開業醫師は千六百九十九人にして內六割强は市街地に集中し、四割弱が廣い農山村に疎散してゐるに過ぎない狀態である。卽ち人口希薄な農山村に於ては現在の醫療制度では醫業は成立たないからである。然らば市街地に居る者は皆醫療を受けられるであらうか。支拂能力の低い庶民階級は到底彼等の醫術の恩惠に浴することは出來ない。强いて浴せんとすれば、貧困者はその為に生活を奪はれ、多少の資產あるものでもその為に困窮に陷る例は稀ではない。茲に諸種の迷信的治療の溫床があり、現下醫療制度の革新が叫ばれる所以である。 三 更に將來國家を背負つて立つべき國民學校兒童の健康狀態は果してどうであらうか。文教局の調查に依れば本島要養護兒童概況は次の如くである。卽ち 一、色神に異常を有し、矯正訓練により不自由を解消し得るもの內臺人男女平均約二% 一、聽力障害約一・五% 一、發育榮養不良、喘息、心臟疾患、頸腺腫脹、慢性扁桃腺肥腫、肺門淋巴腺肥大、マラリヤ肥腫等については內地人二十%本島人十三% 一、結核感染の有無を現はすツベルクリン反應では臺北市內第一及第二種國民學校二十五校の總平均男子三九・八六%、女兒四一・四七%の陽性率を示してゐる。また臺北市周圍の郡部では第一種四校平均二二・五%第二種十五校平均三二・三三%を占めてゐる 右の如く相當憂慮すべき狀態にあることが分る。殊にそれが一般兒童への影響を考へれば、國家として絕對に放置し得ない現象である。故に右法案が議會を通過すれば、本島に於ても直に施行出來る樣、萬端準備し置くべきことを强く為政當局に要望する次第である。 |
02 | 紀元節を壽ぎ奉る 國民奉祝の要綱決定 |
03 | “愛國蓖麻”の栽培 內地で献納運動展開 |
04 | 乙女の真心罩め 北一女から慰問文献納 |
05 | 高松宮殿下、昨日 內原訓練所を御巡視 |
06 | 晴の解隊式擧行 勤報青年隊汗の奉仕終へ |
07 | 三十九名志願 |
08 | 皇軍の勝利を祈願 マレー回教徒代表集合 |
09 | 圖像:マレー戰線 |
10 | 相次ぐ捷報に感激 島民赤誠の献金陸續 |
11 | 皇國日本を謳歌 匿名で献金五十四回に及ぶ 麗はし一華僑の篤行 |
12 | 皇軍將兵慰問金 續續と本社に寄託報社消息 |
13 | “婦人魂を鍊磨” 桔梗俱樂部で鍊成會發會式 |
14 | 指定國語保 育園研究會 |
15 | “島民よ奮起せよ” 宜蘭市の時局講演會 |
16 | “防空警報”の設置 一層國民の協力要望 |
17 | 南方進出の道標 本社主催の座談會近く紙上に連載報社消息 |
18 | 初日取組 |
19 | ときのこゑ |
20 | 林田正治氏を 推擧に決定 新竹商議所會頭 |
21 | 城北地區防衛 團防火出初式 |
22 | 臺灣關係力士の勝負 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 責務重大を叫ぶ 時艱突破の決意に聽眾感奮 彰化の時局講演會 |
02 | 屏東の奉公青年 十五日から猛訓練續行 |
03 | 大詔奉戴日 桃園街の各種行事 |
04 | 麻豆街の行事 |
05 | 立派な隣組精神 秘られた青年團員の奇特行為 復興作業に咲く美談 |
06 | 臺南の武道始 あすから寒稽古 |
07 | 防衛團の視閱 |
08 | 献金者續出 楊梅庄民の熱誠 |
09 | 臺南州會 月末に開催 |
10 | 森田知事 |
11 | 臺中婦人交 禮會 |
12 | 屏東實踐商業 奉公隊結成式 |
13 | 奇特な献金 |
14 | 次代國民の搖籃 保育功勞者を表彰 |
15 | 產組對策等を協議 |
16 | 臺南奉公壯年團 總會を開催 |
17 | 志願兵を養成 旗山青訓入所式 |
18 | 埔里消防組 晴の出初式 |
19 | 工業化に備へ 技術員設置費を計上 |
20 | 特別志願兵 獎勵座談會 |
21 | 至誠童心に透徹 廢品回收で献金 |
22 | 赤誠の慰問袋に結ぶ 井上勇士と白石家の誼み 邂逅の喜びに感激の淚 |
23 | 苗床獎勵會 賞狀授與式 |
24 | 潮州郡產組 總會日程 |
25 | 献金中に 銅貨四百枚 |
26 | 區長等を再教育 鍊成會でうんと鍛へる |
27 | 北港遠乘會 |
28 | 人馬一體の 馬耕競技 |
29 | 決戰下女性の龜艦 細き手一つで弟妹の世話 |
30 | バナナ廢耕の強制執行 旗山郡米增產に總進軍 |
31 | 少女歌劇團を招聘 遺家族を慰安 |
32 | 農業專修修學式 |
33 | 庶民組合總會 |
34 | 旗山郡產組 總代會日割 |
35 | サモハイ社 に流腦發生 |
36 | 詐欺犯の公判 |
37 | カルモ自殺 |
38 | 人事 |
39 | 地方便り |
40 | 今日の映畫 |
41 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 勞務調整令による 技能者其他を指定 青壯年雇入を制限 |
02 | 南方糖業對策懇談會 十四日第一回開催 |
03 | 大東信託 重役會を開催 |
04 | 火藥類の配給統制 (上)島內消費も割當制 |
05 | 商銀成績良好 配當年六分据置 |
06 | 十七年度 共榮圈內の水產 開拓指導に進出 高雄州新規水產業 |
07 | 各州米穀納入組合 十六年一期の業績 |
08 | 兩港米砂糖輸送 發送を禁止制限 |
09 | 自動車技術研究會 十四日臺南で開催 |
10 | 臺灣證券興業 廿四日總會 |
11 | 商況(十日前場) |
12 | ラジオ |
13 | 水滸傳(581)/黃得時;榎本真砂夫 |
14 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 有力なる先鋒部隊 ラワン附近に進出 新嘉坡を連日猛爆頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(十一日午後六時二十分)マレー西海岸方面の帝國陸軍部隊はクアラ・ルンプール附近の混亂狀態を以て退却中なる敵に對し依然空陸相呼應して果敢なる攻撃を續行中にして有力なる先鋒部隊は十日夕にはモリブ・クラン及びラワン附近に進出し又航空部隊は潰走中の敵集團に殲滅的攻擊を加へつつありて十日午前クアラ・ルンプール東方において敵の自動貨車二十二、戰車、裝甲車七をカジャン(クアラ・ルンプール東方約十一粁)において敵兵を滿載せる二列車を夫夫粉碎し且つ連日シンガポールに對する夜間奇襲を敢行し敵軍事施設並に飛行場を爆碎しつつあり |
02 | ク市の一角に突入 |
03 | バ軍司令官早くも逃亡 |
04 | 敵の野戰軍を殲滅 皇軍新嘉坡へ目指して突進 |
05 | マラツカ海峽制壓 クアラ.ルンプール占領で |
06 | “勝利の希望は 飛んで行つた” 英兵敗戰の歌を高唱 |
07 | 國際情勢展望 |
08 | 花蓮港廳市郡 庶務課長會議 |
09 | 十三日より豫備審查 兩院各調查會を開く |
10 | 圖像:クアラ.カンサルで活躍さる電信隊 |
11 | マレーの華僑 大東亞共榮圈の建設に 更生のスタートを切る |
12 | 緒戰に陸鷲の偉功 敵哨戒飛行艇擊墜 馬來上陸戰を成功に導く |
13 | バタアン半島の 米比軍刻刻後退 |
14 | 英軍司令部 發表 |
15 | 皇軍歡迎大會を催す ボルネオ我が占領地帶の華僑 |
16 | マレー政廳印度に移轉か |
17 | マレーの敗退 英外相下院の非難に辯明 |
18 | 英の食糧難深 刻化 割當量を減少 |
19 | 米比軍最後の 抵抗を期待 米陸軍省が |
20 | 東亞常駐相ダ フ.クーパー 英本國に召還 |
21 | 比島經濟活動の 迅速復興を圖る 我比島派遣軍布告 |
22 | 議會の質問に備 ふか |
23 | 米海軍省の 戰況發表 |
24 | 蔣政權の部內 亂脈を極む |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 竹田宮恒德王殿下 南方第一線を御視察 |
02 | 抱くは“天佑爆彈” 最後の一瞬まで戰ひ拔く 岡村中尉死の生還 |
03 | 圖像:椰子の實と兵隊(マレー戰線で陸軍省檢閱濟) |
04 | 大東亞建設の礎石 古內部隊の戰死者 |
05 | 豫てからの覺悟 石恒つるさん語る |
06 | 圖書館週間 十一日から十七日迄 |
07 | 海軍へ捧げる感謝 献金部隊續續押掛く |
08 | 木材資源に朗報 南方から話題二つ |
09 | 目に見えて激增 本島人方面の大口献金 |
10 | 圖像:皇軍勇士猿公と仲良し |
11 | 時局常識 壯烈ハワイ大爆擊に使用した 空中魚雷とはどんなものか? |
12 | 理解と協力を望む 醫藥品繃帶材料配給統制につき 土光府衛生課長談 |
13 | 賞金を献金 本社募集の新年文藝報社消息 |
14 | 流石は老護鄉兵 一人息子を志願兵に出す |
15 | 內地人少年警 察募集 |
16 | 鐵傘下も軍國調 櫓太鼓の響一入勇し |
17 | 東條首相も觀戰 賴母しい餘裕綽綽の姿 |
18 | 初日の勝負 |
19 | 二日目取組 |
20 | 基隆同風會幼 稚園園兒募集 |
21 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 島民蹶起の秋! 一擧に五十二名志願 高雄市の熱血青年 盛上る志願兵熱 |
02 | 昂る島民の赤誠 各地で献金に具現 |
03 | 圖像:一月九日馬公海軍練兵場に於て擧行の馬公警備府陸戰隊大觀兵式 |
04 | 醫藥、繃帶材料 配給統制要綱 |
05 | 熱辯に聽眾陶醉 各地時局講演會 |
06 | 新埔照門間道路 近く擴張工事に着手 |
07 | 島民鐵石の決意 員林郡同安宅住民の美談 大詔奉戴日に |
08 | 圖像:本島人有志主催 高雄時局講演會 |
09 | 南方開拓の尖兵 第一回卒業生を送り出す |
10 | 臺南州下青年市郡 對抗強步大會 |
11 | 大アジア協會 高雄支部總會 |
12 | 防犯檢擧優良者 表彰式を擧行 |
13 | 彰化鄉軍 けふ查閱執行 |
14 | 彰化市皇民奉公 女子訓練所開所 |
15 | 高雄州下華僑の 米英擊滅大會 |
16 | 廢品回收に 彰化奉公役員大童 |
17 | 淡水郡石門庄 防衛團結團式 |
18 | 貢寮庄區 總代會 |
19 | 旗山郡警察課 武道初式 |
20 | 貢寮奉公壯年團 結成式を擧行 |
21 | 震災救助感謝團を 組織各地へ派遣 |
22 | 高雄市のボヤ |
23 | 嘉義競馬場 當局の方針で廢止 |
24 | 人事報社消息 |
25 | 地方便り |
26 | 今日の映畫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 學藝 隨筆 鶴の記/山口誓子 |
02 | 新しい子供の遊戲 ビツクリ人形(五、六才向) |
03 | 大東亞戰の歌十首/下村海南 |
04 | 圖像:連峰雲/深川亦彬 |
05 | ラジオ |
06 | 水滸傳(582)/黃得時;榎本真砂夫 |
07 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ク市南方要地に進出 我が精銳破竹の進擊 |
02 | テボン、ムアールを空襲 |
03 | 退却に次ぐ退却敵將兵士氣喪失 |
04 | 戰局愈よ第三期戰へ クアラ.ルンプールを制壓 |
05 | 泰國大使夫妻 御陪食の光榮に浴す |
06 | 米海軍の全國 的陣容建直し |
07 | 宣戰の詔勅に感泣(上) マニラの在留邦人監禁生活を語る |
08 | オロンガポ(比島)を占領 |
09 | 皇軍征戰の意義を說明 比島派遣軍成澤中佐司教訪問 |
10 | 重慶軍事使節 華盛頓に派遣 |
11 | 負け惜しみの 夢想的意見 米海軍ウツド少將 |
12 | 英下院政府を 糾彈か |
13 | 我皇軍怒濤の進擊 英軍最早阻止し得ず |
14 | 印度人部隊軍司令官の泣言 |
15 | トーマス少佐 の悲鳴 |
16 | 米國民の一致協力は 表面的なもの ガイダ氏が論評 |
17 | 汎米外相會議 議題發表さる |
18 | 戰爭保險臨時措置法 施行規則の要綱 |
19 | 米洲以外の 商社を管理 アルセンチン國 |
20 | 獨伊軍豫定の 線に撤收終る |
21 | 最短の期間で 全議案の成立へ 議會に臨む貴院の方針 |
22 | ソ聯外務省首腦者と 建川大使が重要協議 |
23 | 米陸戰隊全部 天津に收容 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新たに三局創設 合理的に再編成する 府機構改革案決定 |
02 | “兵隊さん有難う” 桃園郡平頂國民校のヨイ子供 軍司令部に感激の献金 |
03 | 演劇挺身隊 けふ晴れの結成式 |
04 | 評判よい運動家 名譽の戰死者大石氏 |
05 | 東亞の靈肉を蝕む 阿片の歷史にメス(上) 斯界の權威杜博士に聽く |
06 | 豫算編成打合會 十四日周演武場で |
07 | 新竹市桔梗俱 樂部員の常會 |
08 | 新竹州下庶務課 長街庄主任會議 |
09 | 新竹州下學徒 奉公隊結成式 |
10 | 指定國語保育 園研究會開催 |
11 | 橫斷道路の開鑿 勤報團晴れの解隊式 |
12 | 四六名志願 特志看護婦六名出づ |
13 | 圖像:靈峰富士を望み快翔する陸鷲 |
14 | 島都體力章檢定 廿五日、日新校で實施 |
15 | 敵性國家の音樂 演奏家協會で斷乎排擊の烽火 |
16 | 山本事務總長 十四日空路上京 |
17 | 基隆署寒 稽古開始 |
18 | 勸業課長と產組長會議 |
19 | 花蓮港廳學徒 奉公隊結成式 |
20 | 南方事情講座 島都十九日から開始 |
21 | 基隆市衛生關 係者の打合會 |
22 | 結婚の費用を 節約して献金 |
23 | 宜蘭林姓追遠堂 代議員總會 |
24 | 同盟通信社 移轉 |
25 | 三日の取組 |
26 | 興南詩苑漢詩 新春述懷/顏補莊、新春述懷/盧三多、新春述懷/谷口文治、新春述懷/謝源榮 |
27 | 商況(十二日前場) |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵性和蘭軍に大鐵槌 十一日遂に戰鬪開始頭條新聞 【東京發同盟至急報】帝國政府は大東亞戰爭勃發以來米英兩國を當面の敵性國家としてこれが擊滅に全力を盡しつつありオランダに對して彼が米英との不可分關係を強調して日蘭間の戰爭狀態を宣言せるもこれに對して何等の戰鬪行動をも執らず今日に至つたがオランダ軍が其後米英と結んで蘭印を米英蘭の對日抗戰基地と為すに至つて遂に十一日皇軍はオランダ軍に對して戰鬪を開始するに至り政府は十二日午後六時右に關する政府聲明は左の如く發表して 帝國政府聲明 曩に帝國は米英兩國に對し開戰するに至りたるもオランダに對しては能ふれば戰禍を蘭印住民に及ばざらしめむとするの考慮より敵對的措置を差控へ居りたる所オランダ政府は帝國がオランダと緊密不可分の關係にある米英兩國に對し戰端を開きたるに依り日蘭間に戰爭狀態存在するに至りたるものと認むる旨帝國政府に通告したるのみならず爾來現實にオランダ軍は帝國に對し各種の敵對行為に出で更に最近蘭印を米英蘭の對日抗戰の基地と為すに至れり帝國に於ては無辜の蘭印住民に對しては何等敵意ある次第にあらざるもオランダの敵對行為を破碎すると共に帝國臣民の生命財產を擁護する為め遂に帝國陸海軍は一月十一日オランダ軍に對し戰闘を開始するに至れるものなり |
02 | 帝國政府聲明 |
03 | 皇軍蘭印に敵前上陸 ボルネオ(蘭領)とセレベスに |
04 | 蘭印政府發表 |
05 | 馬來政廳に日章旗 |
06 | 我軍の猛進擊振り 紐育タイムス新嘉坡特派員報道 |
07 | 蘭印軍事敵性の數數 |
08 | 佛が對抗處置 エヂプトに對し |
09 | 敵軍大混亂に陷る |
10 | 帝國陸鷲の大戰果(馬來方面) 敵船團と潛水艦等を粉碎 |
11 | 敵船に命中彈 |
12 | 蘭印の兵力最近まで |
13 | クアラ.ルムプール 突入迄の戰鬪經過 |
14 | 皇軍占領の オロンガポ |
15 | 德山讀賣記者戰死 |
16 | 米比軍の最後迫る |
17 | ト英マレー總督 カルカツタに逃亡 |
18 | 馬來の心臟部 クアラ.ルムプール |
19 | 我軍敵前上陸 タラカン、メナド |
20 | 明年度の追加豫算 きのふ閣議で決定 |
21 | 臨時閣議 |
22 | 重光新大使 信任狀捧呈 |
23 | ラ蔣介石顧問歸國 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 國民教育と師範學校の昇格社說 一 七十餘年來、日本人に親しまれてゐた小學校は、昨年四月から國民學校に改められたが、その主旨は、從來の小學校が國民教育として充分にその使命を果し得なかつたためである。卽ち明治五年八月に頒布された太政官吿示の學制によると「學問は身を立てるの財本ともいふべきもの」とか「動もすれば、國家の為にすと唱へ、身を立てるの基たるを知らず」と云つてゐるやうに、小學校教育の本旨は「身を立てる」點に主眼を置いてゐた續いて明治二十三年に制定し、昨年まで行はれてゐた小學校令の第一條によると「小學校は兒童身體の發達に留意して道德教育及び國民教育の基礎並にその生活に必須なる普通の智識技能を授くるを以て本旨とす」とある。これもある個人を國民の一人として教育するよりも、超國家的な人間として立派に育てて行く考へ方で、その基底には多分に個人主義や世界主義と云つたやうな西歐的教育思想が支配してゐた。明治二十三年と云へば我が國の教育が漸く寺小屋から近代的學校體制に足を踏み入れ、且つ凡ゆる生活樣式や思想感情は、西洋的でなければ夜も晝も明けられない時代だつたから、蓋し已むを得ない處であらう。 二 然るにその後、我が國は、日清、日露の兩役を經て躍進に躍進を重ね、僅か七十餘年の間に堂堂と世界の一等國に伍し、凡ゆる方面に大發展を遂げるやうになつたので、國民教育も、何時までも西歐的な色彩を帶びる必要がなくなり。茲に日本的性格を十二分に發揮出來るやうな大刷新を施したのである。卽ち國民學校令の第一條によると「國民學校は皇國の道に則りて普通教育を施し、國民の基礎的鍊成をなす」とあるやうに國民教育を明かに「皇國の道」と「國民の基礎的鍊成」とに眼目を置いてゐる。これによつて初等教育の目的は、個人の「立身出世」の道を授けるのではなくして、皇國民の一人としてその基礎的鍊成をなすのである。斯くの如く國民學校の教育方針は、個人的から國家的に變つたから、それを行使する教員の養成所たる師範學校も、これに伴つて刷新すべきであるは極めて當然である。抑抑現在の師範學校は明治九年神田宮本町舊昌平黌內に設けられた東京師範學校にその端を發し同十九年文部大臣森有禮時代の師範學校令の制定によつて漸く基礎が確立せられたのである。その後明治三十年、大正十四年、昭和六年の三回に亘る改正を經て今日に及んだが、その對象は前述の小學校に重點を置いたものであるから新時代の國民教育にそぐはないことは勿論である。 三 この意味に於て、政府では、國民學校制度の實施に伴ふ師範學校教育を改善し、皇國の道に則りて國民學校教員たるべきものの鍊成をなすため、明年四月一日を期し全國の師範學校を官立として專門程度に昇格せしめ、教員の質的向上を圖ることとなつた。これは國民學校令の公布と共に當然やるべきことで、我が教育界に於ける劃期的な革新として誠に御同慶に堪へない。特に大東亞戰爭の目的完遂に國家の總力を擧げて邁進しつつある今日、人的要素確保の根本問題として、國民の質的陶冶の向上を圖り、教學を刷新し、學術を振興して凡ゆる負荷の任に耐ふべき大國民の鍊成が何よりも肝要である。斯くしてのみ、わが國は世界的に大躍進し、東亞共榮圈の確立に向つて大に指導的經綸を行ふことができるのである。我が臺灣にとりても、義務教育の實施を目前に控へ、且つ南方雄飛の國民を養成する使命を背負はされてゐる關係上、內地よりもより以上に師範學校の增設改善、並に必然的に伴ふ國民學校教師の再教育や待遇の改善等について考慮すべきではなからうか。 |
02 | 奉戴日の徹底事項 必勝の國民士氣昂揚へ |
03 | 國民常會開催日 每月一日から十日の間に開催 |
04 | 島民赤誠の献金 十二日軍司令部の受付 |
05 | 圖像:日泰親善風景 |
06 | 皇軍に感謝の爆發 純情罩めた學童等の感激文陸續 |
07 | 花蓮港廳の豫算 前年に比し五十萬圓減 |
08 | 宜蘭郡下に昂 まる献金熱 |
09 | 基隆市奉公社 年團の初會合 |
10 | 通信料金の値上げ 準備出來次第に實施 |
11 | 士に親しむ氣運を釀成 各市郡で農業教育振興座談會 |
12 | 日本の聖戰を禮讚 信徒を集めて皇軍の戰勝を祈願 兩神父.心靜かに語る |
13 | 國民歌指導會 |
14 | 有名な石油產地 張水福氏“タラカン”を語る |
15 | 溜めた小遣錢献金 |
16 | 天然の良港 メナドの事情、吳守權氏談 |
17 | 圖像:大東亞戰特報 |
18 | ときのこゑ |
19 | 二日目の勝負 |
20 | 記者募集/興南新聞社報社消息 |
21 | 泰國在住華僑の 鮮かな轉向振り 西村氏から嬉しい便り |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 聖戰の春に朗報 石油資源發見 嘉義郡下清水溪上流に湧出 |
02 | 國家の干城 青年挺身隊入隊者選拔 |
03 | 皇軍武運長久 祈願式を擧行報社消息 |
04 | “飛機魚雷の初實驗”(四) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
05 | 率先輪番勤務 嘉義方委の精勵 |
06 | 南投鄉軍第二國民 兵役入會式擧行 |
07 | 拔打召集滿點 いざに備へる高雄市吏員の 戰時體制萬全 |
08 | 鐵石の決意固む 桃園時局講演會 |
09 | 國語不解者一掃に馬力 特別國語講習會 更に五十ケ所設置 |
10 | 恒春郡警察課 全課員の献金 |
11 | 妾達も勤勞戰士だよ 子女勤勞報國隊 高雄市組織に着手 |
12 | 商工業許可制 臺中州の準備成る |
13 | 曾文郡下各產組 總會日程決定 |
14 | 校長、視學打合會 入學者選拔方法を協議 |
15 | 火藥類の配給統制 (下)島內消費も割當制 |
16 | 新高郡警察課 定期召集を行ふ |
17 | 震災犧牲者合同慰靈祭 十二日より各庄で執行 |
18 | 彰銀總會廿六日開く |
19 | 阿里山鐵道 の復舊狀況 |
20 | 烏日庄頂朥□の 壯丁が泥棒を逮捕 |
21 | マレ語講習會 桃園で開催 |
22 | 讀書講演會 彰化圖書館 週間中の行事 |
23 | 人事 |
24 | 地方便り |
25 | 今日の映畫 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本島工業化を促進 今後佛印には精製品を送れ ハノイ見本市 から歸臺した 貿振社長貝山好美氏談 |
02 | 企業許可令解說懇談 十四日市內公會堂で |
03 | 臨時資金調整法による 島內會社設立等許可事項 |
04 | 貯蓄配當年六分 廿八日定期總會 |
05 | 臺灣商議所懇談會 廿一日鐵道ホテルで |
06 | 商銀の預金激增 近く一億圓突破 |
07 | 臺北商北商議所 昨日豫算下打合 |
08 | 運輸研究所 區會を開く |
09 | 商況(十二日) |
10 | ラジオ |
11 | 水滸傳(583)/黃得時;榎本真砂夫 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 星港飛行場猛爆 我陸鷲大戰果を收む |
02 | 英軍は潰滅の手前 |
03 | 新防禦陣地に敗走 |
04 | 皇軍の入城に感激(下) マニラの在留邦人監禁生活座談會 |
05 | 圖像:太平洋の巨濤を蹴つて征く我が帝國軍艦(海軍省提供) |
06 | ウエーヴエル 總司令に就任 |
07 | ロンドンで 聯合國會議 |
08 | 各省追加豫算 主なる事項 |
09 | 皇軍、蘭印軍と激戰 |
10 | 敵潛水艦と航空機 最早殘存を許さぬ タラカン、メナド占領の意義 |
11 | 資源豐富のメナド 太平洋協會平野部長は語る |
12 | 比島の敵逃亡企圖 最早建直しの途なし |
13 | 又もや蘭貢を空襲 |
14 | 府縣現地實行機關設置 經費を計上、七月初旬より實施 |
15 | 亡命オランダの 權威ガタ落ち |
16 | コ號臨檢されず チリー汽船會社發表し 米英のデマを堂堂粉碎 |
17 | 監禁邦人を救出 オロンガポ突入部隊 |
18 | 提出法案要綱 兩院に內示す |
19 | 全濠洲女子を 義勇兵に徵集 |
20 | 造船事業の 合同 業者等が協議 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 頑強な攻擊を排除 奇襲敵前上陸敢行 マレー西海岸從軍記 |
02 | 圖像:突擊命令一下 |
03 | 無敵海軍に感謝 十二日武官府取扱献金 |
04 | 全島高等課長會議 けふ警察會館で開催 |
05 | けふの受付志願者 |
06 | 東亞の靈肉を蝕む 阿片の歷史にメス(下) 斯界の權威杜博士に聽く |
07 | 第一種青年 訓練入所式 |
08 | 慰問映畫會 |
09 | 逞し.日本の前進 “大東亞戰展”けふ開幕 |
10 | 圖像:比島○○飛行場基地の林の中に出動 待機する我が陸の隼隊 |
11 | 基隆中の增級 のみ認可が |
12 | 一千圓の献金 島都市議の醵出 |
13 | 國民歌の普及 毛利氏港都で指導 |
14 | 懸賞金提供の廣告 笑止.米國の醜態振り |
15 | 生活部班長の 連絡會議開催 昨日花蓮港支部で |
16 | 港都市營住宅 けふ竣工式擧行 |
17 | 米兵逃亡防止に 樹木や電柱に縛り付け |
18 | 消える毛と生糸 紐育の流行界に戰爭の波 |
19 | 四日目取組 |
20 | 三日目好取組豫想 |
21 | 興南詩苑漢詩 東渡雜詠 靖國神社/傅秋鏞、泉岳寺有感/傅秋鏞、龜戶/傅秋鏞、東照宮/傅秋鏞、二荒山神社神樂/傅秋鏞 |
22 | 無消毒野菜行 商の一齊取締 |
23 | 臺北市辭令 |
24 | 商況(十三日前場) |
25 | 興南案內報社消息 |
26 | 訃文:邱徐氏錦 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | カカス飛行場(セレベス)を占領 蘭艦プ號を擊沈敵機九機を擊墜破頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(十三日午後六時三十分) 一、タラカン方面上陸作戰艦艇は十三日タラカンを發出せんとするオランダ軍艦プリンス・フアン・オラニエ(一二九一噸)を撃沈せり尚同方面帝國海軍航空部隊は十二日蘭印の双發爆撃機一機、B十七爆擊機一機を擊破せり 二、メナドを占領せる帝國海軍特別陸戰隊は所在の敵を撃破しトンダノに進擊しケマに上陸せる別働の我が特別陸戰隊と合同し今十三日カカス飛行場を占領せり 右作戰に參加せる帝國海軍航空部隊は同方面に於いて敵ロツクヒードハドソン重爆擊機四機外敵重爆擊機三機擊墜せり 【東京發同盟】プリンス・フアン・オラニエ號は敷設艦で排水量一、二九一噸、一、九三一年八月竣工、裝備は三吋高角□二門と四十粍高角砲二門、十二・七粍高角砲二門を有し長さ二百十六呎、幅三十六呎で同艦は常にタラカンとバリツクパハ□との間を巡回して警戒の任に當つてゐたがわが軍の上陸作戰に遭つて周章狼狽遁走せんとした時を撃沈されたものである |
02 | 濠洲機を二機擊墜 |
03 | 大擧星港を晝間爆擊 |
04 | ネグリスンビラン州に進攻 |
05 | 敵空軍を徹底的に叩く |
06 | 豪壯な大追擊戰展開 敵を火網と鐵輪裡に蹂躪 |
07 | 酸鼻、敵慘敗の跡 遺棄屍體蜿蜒四十粁も續く |
08 | 壯烈決死肉彈突擊 (一)マレー戰線白衣勇士座談會 |
09 | 重光新大使 汪主席を訪問 |
10 | 圖像:マレー戰線椰子の葉裝進擊する我快速部隊 |
11 | 我包圍鐵環を壓縮 殘存米比軍の最後刻刻迫る |
12 | 比島に外國の 貨幣流通禁止 我軍司令官布告 |
13 | 到底敵し得ず 英軍も率直に自認 |
14 | 叛逆行為者は 嚴罰に處す 我軍指揮官布告 |
15 | 議同の對議會方針 |
16 | 救出の邦人 軍に協力 |
17 | 英米側、軍需生產 配給機關を新設 |
18 | 府特別會計追加豫算 |
19 | 拓務省人事異動 佐藤府事務官は農林課長に |
20 | 五法律案決定 |
21 | ロ重爆機の性能 |
22 | 大阪海軍監督 長更迭 |
23 | 新上陸地ケマ は良港 |
24 | ハート大將 蘭印某地着 |
25 | 厚生省異動 |
26 | タラカン失陷 蘭印政府公表 |
27 | 相次ぐ敗戰の 糊塗に汲汲 米海軍長官演說 |
28 | 白、黑人が衝突 米ルイジアナ州で |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 蘭印進攻の 意義重大社說 一 米英庇護のもとに敵性を露骨に現した蘭印に對し、皇軍が去る十一日その領土であるポルネオのタラカンとセレベスのメナドに敵前上陸を敢行し、着着と戰果を擴大しつつある事は大東亞戰爭完遂の上から極めて重大なる意義を有するものである。三百年の久しきに亘り和蘭の植民地として、飽くなき壓政と搾取に呻吟しつつある七千萬のインドネシヤ同胞をその桎梏より解放させる事は帝國の東亞共榮圈建設の責務である。殊に大東亞戰爭勃發以來、帝國が米英必膺懲戰に起つや、米英に組し我が對比島戰やボルネオ、マレー進攻に對し之れを妨害し、更にバタブイアには米英聯合軍總司令部を設け、蘭印はその陣營下に於いて敵性を發揮して居り、皇軍が敢然として進攻したのも當然と言はねばならない、インドネシヤ人には實に二千年以上の文化を有した民族である、然るに和蘭の侵略に會ふやその帝國主義的搾取に依り同國を蠶食し世界唯一の富源國である同國も三百年間に巨億の財寶を掠奪され剩へ愚民政策を强行した結果無氣力な民族に低下し今日に至つたのである。 二 蘭印は赤道直下にあつて天惠に富み米、砂糖を始めとしてゴム、コブラから地下資源として石油、鐵、錫、金等が無盡藏に埋藏して居るにも拘らず、徒らに和蘭政府搾取の對象としてその榮華を擅ままにさせて來たのである、第二歐洲大戰に依り、和蘭本國は盟邦ドイツの進攻に依りその本國は最早存在せず、僅かに蘭印に於いて餘喘を保つて居るに過ぎない。帝國に於いては夙に東亞共榮圈建設の意義を闡明し、日蘭會談に依り同國の迷夢を醒さすべく小林商相と芳澤大使を同國に特派したにも拘らず、米英兩國の庇護を賴みとして帝國の好意ある交涉を徒らに遷延した事を想起せば、斷じて敵性蘭印政府に對しては皇軍の武威を示して徹底的に膺懲すべきである。七千萬のインドネシヤ人も、帝國が決然として蘭印政府の膺懲戰に起つた事に對しては定めし快哉を叫び三百年間の長期間に亘り和蘭政府の羈絆下に呻吟して來ただけに、解放の日近しを皇軍に期待して居るに相違ないであらう 三 インドネシヤ人が惡辣無人道なる和蘭政府の侵略に入つてから三百年間その有する富源を掠奪され、徒らにその財寶を和蘭本國に搾取され、榮華の夢を擅にさせたのである、最早東亞は彼等米英蘭三國の多年の罪惡を清算すべき秋が來たのだ、帝國が多大なる犧牲を拂ひ雄雄しく大東亞戰爭に敢然起つたのも、實に東亞民族十億の大東亞共榮圈を再建する為めの聖戰であるこの見地よりして皇軍が蘭印進攻に向つた事は、實に東亞民族解放の為めに世界の歷史に輝しい一頁を誌すべき重大意義を有するものであり、飽く迄も米英蘭の敵性勢力を東亞の天地より驅逐し、東亞人の東亞を建設すべきである。これが東亞人數百年の久しき以前より熱望して達成されなかつた念願である。今後我が國としては如何なる妨害や困難が前途に橫つても、東亞に黎明期を招來する為めに東亞民族十億の永遠の平和と幸福を確立する為めに、大東亞戰爭を完遂し、銃後一億國民が火の玉となつて長期戰に對處する覺悟を以てこの聖戰を戰ひ拔くべきである。 |
02 | 家族手當の支給 一人三圓最高額の限度を設けず 會社も官吏と同步調 |
03 | 賀屋藏相談 |
04 | 八ケ月間で十億圓 戰勝の春を飾る郵貯 |
05 | 賞賜物件受賞 者所在不明 至急市役所へ |
06 | 華僑を武官に任命 地方制度は臺灣のと大差なし 蘭印を語る鹽谷高商教授 |
07 | 羅東郡下の献 金者增加 |
08 | 新東亞再建を祝福 南方共榮圈を背負ふ若人を集め 青少年大會を開催 |
09 | 繰展ぐ赤誠譜 軍司令部扱の献金 |
10 | 臨時教員養成 講習會修了式 |
11 | 花蓮港の高砂 寮を增設 |
12 | 臺北州學徒奉公隊 あす晴れの結成式擧行 |
13 | 製繩講習會 を開催 |
14 | 圖像:タイ國のお正月 |
15 | 高校の理化生徒 今春から增募に決定 |
16 | 勤報青年隊入隊式 |
17 | 南方語講習 會を開く |
18 | 全島有志 大演講會 “吾人は斯く叫ぶ” あす島都公會堂で |
19 | 羽黑山に黑星 大相撲春場所三日目 |
20 | 三日目の勝負 |
21 | 力士達の貯蓄 組合成立 |
22 | 枡山保一氏が 奉公會參事に |
23 | 人事.消息 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 捧ぐ.赤誠の歡待 勇士の本島家庭舍營を陳情 光榮の適格者選定 |
02 | 員樹林青年團員 七十八名志願 |
03 | 鶯歌青年十名 つはもの志願 |
04 | 御國の盾にと 千四百餘名志願 元旦以降竹東郡下志願者數 |
05 | つはもの以外を 配偶者に選ばず 竹東特志看護婦志願者の決議 |
06 | 志願兵志願 促進懇談會 |
07 | “飛機魚雷の初實驗”(五) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
08 | 故田中陸軍憲兵曹長 嚴かな分遣隊葬執行 |
09 | 經濟司法事務 訓練を實施 |
10 | 固め.必勝の信念 步け!步け!若人達よ! 臺中青年學徒強步大會 |
11 | 献金熱愈愈沸騰 |
12 | 甘蔗害虫驅除 工賃を献金 鹽埔のヨイ子供 |
13 | 賃銀をそつくり國防献金 |
14 | 南投戰捷祈 願新年大會 |
15 | 奉公青年 訓練修了式 |
16 | 衛生思想を鼓舞 衛生課員街頭に進出 |
17 | 圖像:春場所聯合稽古 |
18 | 木瓜栽培に一大光明 パパイン製造 高雄州農會で企畫 |
19 | 遺家族慰問 軍援屏東支會 |
20 | 彰化鄉軍查閱 |
21 | 利益の二%献金 嘉義郡下の產組申合せ |
22 | 高雄州會 廿八、廿九兩日 に開催 |
23 | 罹災民を慰問 奉公會から演劇隊派遣 |
24 | 復興資材の配給 需給の調查一段落 |
25 | 員林郡中堅青年 第一種訓練講習會 |
26 | 嘉義市豫算 愈よ決定 歲出の筆頭は 教育費 |
27 | 彰化奉公青年隊 幹部會議 |
28 | 觀音庄の 時局講演 |
29 | 人事報社消息 |
30 | 地方便り |
31 | 今日の映畫 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 家庭用砂糖を配給 加工用の早期配給決定 府特產課談話を發表 |
02 | 野菜生產を確保 農林省で計畫 |
03 | 鮮魚介生產配給 統制規則施行細則公布 藤垣產組部長談 |
04 | 正條密植 競技會 |
05 | 南方各地に支店 大阪商船の躍進振 |
06 | 煙草耕作獎勵金交附式 |
07 | 鑛脈ありさうだ 喜びを語る臺南州當局 清水溪岸の石油 |
08 | 戰鬪帽製造 技術講習會 |
09 | 商況(十三日) |
10 | ラジオ |
11 | 水滸傳(584)/黃得時;榎本真砂夫 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 頑敵を擊破急追!バタアン半島攻略戰 |
02 | 敵も死物狂ひの防戰 |
03 | 肉彈相搏つ大激鬪 近代機動作戰を最高度に 發揮した未曾有の血戰の跡 |
04 | 圖像:御紋章燦と輝く |
05 | 敵機十一機を擊墜 十二日の新嘉坡空襲 |
06 | 敵潛水艦の非人道 我が病院船を擊沈 |
07 | ハルマヘラ群島猛爆 |
08 | タラカン攻略の決定的戰果 |
09 | タラカン島 蘭印軍降伏 |
10 | ク市に治安維持會 急テンポの復興振り |
11 | 蘭印は濠洲の 前哨防衛地帶 濠洲軍對策協議 |
12 | 海上運送力の擴充強化 首相官邸で官民懇談會を開く |
13 | 長沙東方で擊滅戰 |
14 | マゼラン海峽の防備強化 アルゼンチン政府 |
15 | 英戰艦バ號擊沈(獨潛水艦) |
16 | 地中海兩斷作戰斷行か |
17 | 在臺十四年間 拓務省へ轉出の佐藤氏 |
18 | チモール問題 葡內閣が凝議 |
19 | 地方部長級大異動 |
20 | 蘭印副總督桑 港着 |
21 | 內務省も定期 異動を行ふ |
22 | 臺中州警察幹 部異動 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南へ“科學する心” 臺北帝大のお歷歷を招き 總督官邸で座談會 |
02 | 奉公運動に挺身 勤報新竹州隊解散 |
03 | 來れ“南進の士” 拓南塾生倍加募集 |
04 | 圖像:盤谷駐屯軍元旦の遙拜式 |
05 | 基隆商議金融 聯合部會開催 |
06 | 父子揃つて献金 けふ軍司令部に |
07 | 賞與を献金 竹の家の姐さん |
08 | 無敵海軍に捧ぐ けふも武官府に献金群 |
09 | 決戰下の“健兵健民” 國家の溫い手二つ |
10 | 飛ぶ鳥をも見出す 私語さへ許さぬその緊張振り 防空監視哨訪問記(一) |
11 | 慰問袋を贈りませう 愛婦臺北市分會で募集 |
12 | 伸びる若人の鍊成 臺灣學徒奉公隊結成式 あす一齊に擧行 |
13 | 圖像:新任泰大使一行福岡着 |
14 | 統制へ一億體當り 來月一日から五日迄の五日間 經濟道義昂揚運動 |
15 | 臺北市會議員が献金 |
16 | 志願兵制實施打合 あす總務部長會議で |
17 | 早くも五千名突破 新竹州下の志願兵申出 |
18 | 五日目取組 |
19 | 臺灣奉公醫師團 愈よあす結成式擧行 |
20 | 軍司令部で 小使を募集 |
21 | “商人が不親切” お臺所に聽く主婦の聲 |
22 | 臺北州女子修 練生の修練 |
23 | 書方圖畫展 十七日教育會館で |
24 | 商況(十四日前場) |
25 | 興南詩苑漢詩 一夜/黃景南、次韻/王竹修、次韻/林述三、次韻/李嘯庵、次韻/王養源、次韻/李鶴山、次韻/李鶴山 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米航空母艦レキシントン擊沈 ハワイ西方の洋上で 我潛水艦赫赫の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(十四日午後三時)帝國潜水艦は十二日夕刻ハワイ西方洋上において米國太平洋艦隊所屬航空母艦レキシントン型一隻(三萬三千噸)を雷擊魚雷二本命中を確認したるところ敵驅逐艦の制壓を受け潜沒せる為該航空母艦の沈没を確認するに至らざりしも潜没中二回に亘る大爆發を聽音せるを以て同艦は沈没せること確實なるものと認む(寫真はレキシントン號) 註潜没とは潜水艦が必要に應じ急速に海中に潜望鏡諸共潜水する動作を言ふ |
02 | 必殺の攻擊で屠る 我海軍ならではの敢鬪振り |
03 | 新嘉坡直擊近し マレー作戰俄然活潑 |
04 | 星港軍事施設を粉碎 敵機を捕捉四機擊碎 |
05 | 第十三次星港夜間空襲 |
06 | 米英記者スラバヤへ |
07 | 生存者に輝く恩賞 本年初の論功行賞 |
08 | マラツカ州境に殺到 |
09 | 要衝○○(マラツカ北側)に突入 |
10 | 中央山脈地帶に進攻 |
11 | パハン全州を制壓 |
12 | ジヨホール州境へ猛追 |
13 | 圖像:マニラ入城第一報 |
14 | 米海軍最大の打擊 今や大洋作戰覺束なし |
15 | 卒業前に徵兵檢查 「昭和十七年臨時徵兵檢查規則」 けふ陸軍省令を公布即日施行 |
16 | 廿四時間でネ州突破 |
17 | ジ州一州を殘すのみ |
18 | 敵貨車船舶を爆碎 |
19 | タムピン、ムアーを爆擊 |
20 | 蘭貢郊外飛機場を爆擊 |
21 | レキシントン號 三萬三千噸、世界最大 |
22 | 後宮總參謀長 南京に歸還 |
23 | 善通寺俘虜收容所長法令 水原少將が兼補 |
24 | 米陸戰隊員を增員 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 南方建設と 本島青年社說 一 今回大東亞戰爭の勃發に依つて我國は東亞の天地より米英及び和蘭の諸勢力を一掃しつつ戰つてゐるのであるが、此の戰爭の相手は世界最大の國家たる米英の事であるから勢ひ長期戰にならざるを得ないであらう。從つて今後南洋一帶の諸基地を占領すれば一面戰爭、一面建設の方針を堅持し如何なる長期戰をも耐え得る姿勢を取らなければならない。就中南方地域はゴムや錫や石油や鐵礦や米等の軍需食糧資源に富んでゐるから、南方の建設と開發は最も力を注ぐべきは明かである。今や東亞共榮圈の中心に位し南進の基地たるべき本島としては氣候其の他の諸條件から見て當然南方進出の人才を輩出せしめなければならない時期に到達したのである 二 從來南方地域は凡て米、英、和蘭及び佛國の領土であり且つ最近いづれも鎖國方針を持續して我國の平和的進出さへ許されなかつたのであるから、地理的に見て隣國である本島でさへ南方地方の事情に關しては充分知つてゐるとは言へない。否燈臺下暗しとの言葉がある如く寧ろ南方事情に對しては其の認識が頗る不充分であると言はねばならない。從つて今後南方進出を試みようとする本島青年は先づ此の機會に南方事情に對して充分に硏究し自己の能力に照らして將來進んで行く道を自ら發見しなければならない。當局に於ても南方事情の普及及び南方各地の用語教授に關して直接間接に助力すべきは言を俟たない。 三 唯此處で一言すべきは今回の南方進出は戰時中の事であるから從來の如き金儲主義を清算すべきである。卽ち南方に於ける活動は我國の戰爭遂行上必要なる方面の事務を分擔し以て此の戰爭に勝たなければならない。從つて其の心構えとしては前線の一員として飽く迄も國家本位に邁進しなければならない。此の點に關して今後南進せんとする本島青年が常に國家目的の線に沿ふて行動し決して功利主義に捉はれてはならない事を銘記すべきである。 四 最後に一言すべきは從來本島人知識青年は多くは各種の就職難に惱まされた時代があつた。然るに日支事變以後は支那方面に於いて各種の事務及び業務に活動する事となり、一時深刻を極めた就職難の問題もいくらか解消した事は爭はれない。今後こそは廣廣とした南方の新天地が我我を迎えやうとしてゐるから、本島人知識階級としては在來の退嬰的高踏的態度を宜しく清算し先づ一般民眾の國策認識に努力すると共に南方進出の好機會を逸してはならない。殊に時代は歷史の一大轉換期に當つてゐるから、此の際本島青年の一大奮起を促がし國家から與へられた新使命に向つて雄雄しく邁進せられん事を望まざるを得ない。 |
02 | 聖戰下に躍動する 興亞日本の“軍國魂” 志願兵の實施を目睫に愈よ高調の一途 |
03 | 島民赤誠の献金 軍司令部十四日取扱 |
04 | 十萬圓を献金 陸海軍に臺電から |
05 | 圖像:大東亞戰特報 |
06 | 高砂族三十一名 連署で志願書提出 |
07 | 昨日の志願者 |
08 | 婚禮葬儀の新基準 因習一掃.嚴肅簡素に重點 奉公會中央本部發表 |
09 | 見よ.この意氣 南方開拓の先驅者 六十二翁の從軍志願 |
10 | 戰時市民生活五則 島都で積極的指導へ |
11 | 特志看護婦志願者 |
12 | 督府人事異動 |
13 | 決戰下婦人大會 十六日新竹劇場で開く |
14 | 大東亞戰に則應 六百萬島民擧つて實踐せよ 山本事務總長語る |
15 | ときのこゑ |
16 | 吾人は斯く叫ぶ 全島有志大演說會 けふ午後二時市公會堂で |
17 | 四日目勝負 |
18 | 伴野前高等法院長に 本社法律顧問を委囑報社消息 |
19 | 武德會花蓮港 支部の寒稽古 |
20 | 人事.消息報社消息 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 童心の雄叫び 資源愛護、廢品回收の熱誠に 丹心示す「私共のお願ひ」 臺南市寶國民學校 のよい子供達献金 |
02 | 臺中奉公壯年團 明日結團式を擧行 |
03 | 島民の赤誠 献金に具現 |
04 | “飛機魚雷の初實驗”(六) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
05 | 豐原奉公壯年團 めでたく結成さる |
06 | 國婦は十八日 臺中座で開く |
07 | 築く化學の殿堂 鐘ケ淵ソーダ工場きのふ起工式 六月頃に操業開始 |
08 | 鄉軍大屯郡 分會の查閱 |
09 | 屏東市空訓 |
10 | 曾文郡警察課 の武道始め |
11 | 鐵桶の防衛陣 南投消防組出初式 |
12 | 圖像:出世力士羽黑山【左】右は立浪親方 |
13 | 臺中愛婦分會 十六日大會開く |
14 | 高雄州水產會議 州令の實施に萬全を期す |
15 | 澎湖熱血青年 更に十六名志願 |
16 | 三芝庄役場官吏 嘉義震災に義捐 |
17 | 麻豆產組 廿五日總會 |
18 | 捷報山谷に谺す 「つはもの」特志看護婦志願に 山の若き人人赤誠披瀝 |
19 | 「國語の家」 調查 願書廿三日迄 |
20 | 六龜里商事弘 東產業と改稱 |
21 | 頑賊逮捕に 警民協力 |
22 | 養女虐待で 告訴さる |
23 | 濁水溪岸に 巢くふ頑賊 惡運盡きて 一網打盡 |
24 | 人事 |
25 | 地方便り報社消息 |
26 | 今日の映畫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 震災復舊資金へ 勸銀より低利貸出 |
02 | 農產檢查を實施 高雄州豫算を計上 |
03 | 沖繩向け 白米受渡方法 農林省經由に改訂 |
04 | 終始熱心に打合 南方糖業對策懇談會終る |
05 | 臺拓の鶯歌炭礦 所長に松永技師任命 |
06 | 農林省臺北事務 所陣容漸く整ふ |
07 | 双葉商行 廿四日に總會 |
08 | 企業許可令解說懇談會 多大なる成果收めて終了 |
09 | 南日本汽船 近く海口に代理店設置 |
10 | 商況(十四日) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(585)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | セレベス島北部要衝 ミナハサ州一帶攻略 敵の航空基地を占領 |
02 | バタアン要塞崩る 敵陣地を見事に壓制 |
03 | ○○要塞無血占領 |
04 | 圖像:陸鷲勇士爆擊行前の一服(マレー戰線) |
05 | おが陸鷲活躍 |
06 | 蘭貢連爆 ビルマ政廳の發表 |
07 | “俺も死ぬ、皆續け” 部隊長先頭に全部隊火の玉 馬來戰線白衣勇士座談會(下) |
08 | 在墨日獨公館 員を米に護送 |
09 | マレー戰況 英軍側の發表 |
10 | 精神力の戰ひ 要衝クワンタン攻略 神出鬼沒の進攻記錄 |
11 | 輸送船班.血の苦鬪 一陸軍報道班員の生生しい體驗記 |
12 | 米英は人類に敵! 暴虐天人俱に許さず |
13 | 英側焦土戰術 諸施設の破壞に乘出す |
14 | 惡虐無道の掠奪 英人部隊退却に際して |
15 | ホノルル市民混亂 突如空襲警報せらる |
16 | 在倫敦の亡命 蘭人連焦慮 |
17 | 交戰國外交官交換 米國側考慮中 |
18 | 緬甸の敵空軍 米が中心勢力 捕虜米將校の談で判明 |
19 | 定期徵兵檢查 六月一日より八月 卅一日の間に行ふ |
20 | 重要產業統制團體 協議會改革案 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學徒の總力結集へ けふ新公園で奉公隊晴の結成式 |
02 | 副へよ.國家の期待 長谷川總督の告辭 |
03 | 新竹州の結成式 |
04 | □責を全ふせよ 齋藤奉公隊長の訓示 |
05 | “醫療報國”に挺身 全臺灣奉公醫師團晴の結成式擧行 |
06 | 圖像:學徒奉公隊結成式 |
07 | 志願兵實施に伴ふ 諸般の事務協議 全島總務部長會議開く |
08 | 若人決意を新たに 步武堂堂に分裂式 |
09 | 松尾部隊長着任 |
10 | 水產試驗所 けふ晴の開廳式 |
11 | 相次ぐ戰果に感謝 十四日武官府受付献金 |
12 | “本島青年蹶起の秋” 全島有志大演說會公會堂で大子吼 |
13 | 模型航空機競技大會 來る廿五日に改めて開催 |
14 | 總督專屬事務 後任決定まで 安藤屬が執る |
15 | 農業實習地品評 會の褒狀授與式 |
16 | 六日目取組 |
17 | 花蓮港憲兵分遣隊取扱献金 |
18 | 興南詩苑漢詩 元旦/王鵬程、重晤菽廬先生並似怡庭錦簪兩詞友/一吼、次定山詞兄枉顧見贈韵/菽廬、次定山詞兄枉顧見贈韵/怡庭、重晤駕鼈兄/一吼 |
19 | 體協役員異動 |
20 | 鐵道部辭令 |
21 | 商況(十五日前場) |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 起て!本島青年.時ぞ今 進め島民皆兵へ總進軍頭條新聞 島民皇化に一大エポツクを劃する感激の去年六月二十日、臺灣陸軍特別志願兵制度實施が決定されたこの日、御稜威の下に浴すること四十七年、名實共に皇國民たるの資質を只管翹望すること六百萬島民の真摯なる努力と赤誠が酬ひられて茲に半歲餘、感謝と歡喜、感激と興奮も新たに愈愈來る二月一日を期し陸軍特別志願兵志願者募集を開始することとなつたので十五日附を以て別項の如く募集要綱及び之に關する解說同時に齋藤督府情報部長、井上軍報道部長の談を夫夫發表した、 陸軍特別志願兵制度は本島統治史に新しき一線を彩る金字塔的な企てであり四十七星霜の久しきに亘り世界に冠絕たる大和魂の探求に必死敢闘をつづける島民を皇國民に仕上げる劃期的な壯擧であり本島民にとつてこれに勝る榮響□なく、これ以上の誇りは有り得ないのである、支那事變勃發以來、本島から第一線に勇敢な軍屬、軍夫、義勇農業團を多數送り孰れも赫赫たる功績を大陸の曠野に遺してゐる一方、銃後においても吾吾島民は献金に勤勞奉仕に赤誠を示し前線と銃後を結んで南進據點臺灣の鐵桶の護りを發揮したが只一つ物足りなさを感じたのは真に陛下の股肱として國家の干城として奮然身を捧げることの出來ないと言ふ髀肉の嘆であつたのである。それだけにその日の喜びと感激は大きく萬歲歡聲天に轟きわたつて文字通り臺灣を興奮一色に塗り潰し、この日を潮に志願兵熱が湧然と起り愛國燃ゆる赤誠の志願兵群が陸續として殺到し客年末には既に七千八百五十二名を算し、更に世紀創造の大東亞戰爭を一段階として飛躍的高潮を辿りつつ昨十五日までに驚く勿れ二萬名を突破、聖戰下に躍動する南進臺灣の軍國譜を描き出してゐる、 今や英米撃滅の聖戰は忠勇無双なる皇軍部隊によつて陸に海に空に世界戰史曾てない赫赫たる戰果をあげてゐるが本島は大東亞戰爭の尖端基地として且つまた大東亞共榮圈の一翼として負荷の重大使命を完遂するため六百萬島民が鐵石一丸、火の玉となつて必勝不退轉の堅き總意を一點に凝結し超時艱突破の總進軍を高らかに奏でねばならぬとき本島始政史上に燦然たる光輝を放つ特別志願兵制度が軈て實施せられるといふことは意義一入深いものがあると謂ふべく本島青壯年層の國魂鍊成史はこれを契機に巨大な第一步を踏み出すこととなつた |
02 | 待望の特別志願兵制實施 二月一日から募集開始 特別志願兵募集要綱 |
03 | 競ふて光榮に浴せ 井上軍報道部長談 |
04 | 日本男子の本懷 齋藤府情報部長談 |
05 | サラワク上 濠洲に亡命 |
06 | 蘭印副總督華府着 |
07 | 御同慶に堪えぬ 林獻堂氏感激を語る |
08 | 海鷲、蘭印で大活躍 コネダレ、テルナテ等を攻擊 |
09 | 敵潛水艦二隻擊沈 |
10 | 連日連夜燃え續く 陷落迫る新嘉坡の相貌 |
11 | ジヨホール州突入 皇軍東西相呼應して |
12 | 遮二無二突進(わが鐵牛部隊) |
13 | 英敗殘兵を急追 ジヨホール州に壓縮 |
14 | 新嘉坡大混亂 斷末魔の樣相を呈す |
15 | コースウエー 橋の爆破企圖 英軍の逆上ぶり |
16 | 英內閣改造 近し |
17 | 施政方針演說 草案 近く閣議で決定 |
18 | 六法案の法文化を終了 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 榮光輝く 志願兵制度 青年よ蹶起せよ社說 一 我我六百萬島民が一日千秋の思ひで永年待望してゐた志願兵制度實施の日愈愈迫り、この歡喜感銘溢れる中に、昨十五日その制度の內容並に募集要綱が發表された。思へば昨年六月當局の大英斷に依つて我等島民の將來に偉大なる光明を與へ、本島の歷史に輝かしき一頁を加へる本制度實施が發表されるや、全島を擧げて感謝と感激の坩堝と化し、歡喜の溢れるところ隨所に感謝式が擧げられ、熱血青年の意氣燃ゆるところ、我も我もと相競ふて志願し、今やその數既に二萬を突破、尚進んで真の皇國民たらんとするもの數限りなく、その意氣彌が上にも昂揚されつつある。殊に大東亞戰爭の緖戰に於ける我が無敵皇軍が、擧げられた赫赫たる驚異的大戰果が報ぜられるや、我もと赤誠奉公の念に燃ゆる本島青年達は相率ゐて蹶起し、悉く君國に殉ずる信念を以て、その熱望の早く叶へるを願出でたのである、今や帝國は我が肇國の大理想たる大東亞共榮圈の建設を目指し、宿敵米英を打倒粉碎せずんば已まざるの決意を以て一億一心燃ゆるが如く火の玉となつて總進軍のラツパも高らかに驀進しつつある時、前進據點たる本島に負荷された尊き任務使命たるや、實に重且つ大なるものがある、 二 抑抑國民三大義務の中で、兵役こそは日本臣民として最高の榮譽であり、世界に冠絕たる帝國軍人の一員として軍旗に馳せ參じ、盡忠報國の誠を致す崇高にして偉大なる國民的信念である。この信念こそ我我日本臣民たる者のみ得られる矜持であり、皇國民として名實兼備の資質が得られるのである。一朝有事の際、一身を君國に捧げるは日本男子の本懷であるばかりでなく兵役に服し日本精神を體得した者のみ許さるべき特權である。此度島民がこの崇高無二の義務帝國臣民至上の榮譽を荷ひ得るに至つたのは、實に本島統治上劃期的な一大飛躍である。之はもとより御稜威の下歷代總督がよく內臺一如の大本に基き、多年皇民鍊成の具現に努めたのと、島民の自覺奮起に依つて隨時に愛國精神を發露し、隨所に感激的行動を發揮して、一路皇國民たらんと只管今日の來るを希求熱望したに外ならない。今やその希望もいよいよ現實となつて實現されるのである。六百萬島民の歡喜感激、これに過ぐるものがあらうか。 三 惟ふに我等が日夜翹望する皇民精神を陶冶鍊成する上に於て軍隊程簡明切實なものはない。青年諸君が軍隊に入つてよく皇國精神を體得し、戰線に出でては忠勇無双の皇軍の一員として君國に忠節を盡す機會が與へられ、鄉里に歸つては在鄉軍人として鄉黨の模範青年と仰がれる。これ獨り自己の喜びのみならず、實に我が一家一門最大の譽れである。日本男子としてこれ程偉大にして崇高なる榮譽はまたとあらうか。思へば血湧き、肉躍つて全身この感激に打ち震ふの已まざるを覺ゆるものがある。この至高なる榮譽崇高なる義務を負へる六百萬島民、今こそ我我は報國の赤誠を披瀝するの絕好な機會が到來したのである。島民皆兵の目標の下に勇躍率先我も我もと進んで志願するの時期である。起てよ新青年、出でよ有識者、我我は既に輝しき第一步を踏み出した、本年こそは本島に新時代を劃すべき年である、我我がその實踐者である。この光榮、この感銘に應ふるために、全島民の蹶起を熱望して已まない。 |
02 | 男子最高の榮譽 建府青年團員八十餘名 感激の日、大擧志願 |
03 | 今ぞ軍旗の御下に 擧島目指せ譽の志願兵 |
04 | “すくすく伸びよ” わしは生みの親ぢやハハハ 長谷川さん.破顏大笑 |
05 | 太平洋在住邦 人二萬五千名 他方へ移住 |
06 | 志願兵募集要綱解說 內務局兵事防空課 |
07 | 婦人時局講 演會 |
08 | “國家の牙城”を誓ふ 臺灣魁挺身隊員、闇をついて 臺灣神社に參拜 |
09 | 一千萬圓献金 東京電燈が |
10 | 高雄奉公壯年 團打合會開催 |
11 | 拾得謝禮金を献金 |
12 | “皇國民の誇り” 志願者の親に聽く感激 |
13 | 六十一萬圓突破 大東亞戰以來軍司令部献金 |
14 | 臺灣拓士道場 第二回入所式を擧行 |
15 | 皇軍將兵慰問金 第一回領收報告報社消息 |
16 | 花蓮港廳學徒 奉公隊結成式 |
17 | ときのこゑ |
18 | 豐島、双葉を屠る 五日目・出世相撲の披露 |
19 | 五日目勝負 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 至誠奉公を誓ふ日 各地學徒奉公隊結成式 |
02 | 圖像:大東亞戰爭.マレー戰線から |
03 | 司法事務打合 |
04 | 國語部落の建設 州、市郡からそれぞれ指定 臺中州教育課の企み |
05 | “飛機魚雷の初實驗”(完) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
06 | 死藏金屬類献納 復興途上の嘉義市民 |
07 | 圖像:□初日 |
08 | 燃ゆる丹心 十三日迄の 新化市献金 |
09 | 婦德の涵養へ 彰化市主催婦人講習會 |
10 | 奉公會潮州郡支會主催軍事教練 廿二日より實施 |
11 | 清水溪に大ダム 舊臘の激震で自然形成 難波臺南州土木課長調查を語る |
12 | 潮州拓南總會 國防献金を可決 |
13 | 潮州實踐女學校 愈愈四月に開校 郡民等州廳訪問御禮言上 |
14 | 志熊檢察官長 屏東地方初巡視 |
15 | 員林郡街庄豫 算編成打合會 |
16 | 彰化方委月例會 |
17 | 板橋で部落振興 研究發表會 |
18 | 盛上る隣人愛 震災義捐金續續報社消息 |
19 | 甲當り二石增產 高雄州早場米の聲價堅持 |
20 | 獨立校舍建築 幸國民校兒童大喜び |
21 | 假住居罹災民に 番號を打ちつけ |
22 | 消えゆく歡樂境 料理屋界の自肅 |
23 | 「土に生きる」 國際館で上映 |
24 | 人事 |
25 | 地方便り |
26 | 今日の映畫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南方開拓の尖兵 各社の配置決定 近く商業地に赴く |
02 | 來年度の道場生 人選大體決定 |
03 | 臺中煙草耕作 競技會褒賞式 きのふ臺中 教化會館で |
04 | 潮州郡煙草耕作 獎勵金交付式 |
05 | 肥料配給は順調 前期に比し一割增配 |
06 | 事業組合強化に 自動車交通事業法改正 當局近く中央に照會 |
07 | 移民百戶を募集 要綱決定昨日發表 |
08 | 鳳山郡下各產組 總代會日割決定 |
09 | 食糧農產物等 管理統制打合會 來る十九日開催 |
10 | 商況(十五日) |
11 | 大東信託 廿四日總會 |
12 | 臺灣運輸業組合 巡視員打合會 |
13 | ラジオ |
14 | 水滸傳(586)/黃得時;榎本真砂夫 |
15 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 陸軍各方面の戰況 七日から十四日まで |
02 | 敵十四機を擊墜破 第四次新嘉坡空襲戰果 |
03 | 蘭貢.タヴオイ爆擊 |
04 | 東西兩岸から進擊 轡並べて星港を睥睨 |
05 | 圖像:マレー戰線我が皇軍にこの威力ジヤングルを征く鐵牛部隊と○○砲部隊 |
06 | 英東亞軍發表 |
07 | 更に退却の外なし 英軍當局も大敗を認む |
08 | 蜿蜒二千百哩に及ぶ 蘭印の新作戰地域 |
09 | 圖像:陷落迫る新嘉坡軍港 |
10 | 生色なき英紙 |
11 | マニラ攻略戰の華 鐵牛部隊の戰鬪記錄 |
12 | 包圍殲滅の布陣確立 |
13 | 色とりどりの 國際風景展開 平和を取戾し、マニラ市 |
14 | 敵屍五萬七千三百 長沙作戰の綜合戰果 |
15 | 敵性國家關係の 各種文化團體 解散改組を行ふ |
16 | 長沙作戰終る |
17 | 反樞軸軍事代表 會議を華府に開く |
18 | 汎米會議議案 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 歡喜巷に渦卷く 肩を叩きワーつと抱合つて 青年團體火玉の結集 |
02 | “國策に挺身せよ” 全島の時局大講演會を終へ 總督から激勵の辭 |
03 | 全隊員一擧に志願 陳魁挺身隊長語る |
04 | 語る育ての苦心 指導教官吉岡陸軍少尉 |
05 | 適格者豫備訓練 近く新竹州で實施 |
06 | 援兵乞ふ安南王の親害 四十萬圓で帝室博物館へ 轉轉三百年.基隆市で引渡式 |
07 | “身心鍛鍊第一義” 建府青年團訓練教官 津坂憲三少尉語る |
08 | 喜ぶ父、微笑む母 榮光の家に感激爆發 |
09 | 募集要項を聽く 發表を待ち切れない少年達が ゆふべ本社に駈込む |
10 | 最大至高の榮譽 共田基隆挺身隊副隊長談 |
11 | 爆發するこの感激 志願兵募集要綱發表の日 献金部隊軍司令部に殺到 |
12 | 全島稅務打合會 本日より開催さる |
13 | 天晴“大陸花嫁” 更に五訓練所を設置 |
14 | 松尾新任第三部隊長 けふ本社を訪問挨拶報社消息 |
15 | 市長郡守署長會議 |
16 | 双葉山に“土” 今場所最大の喊聲 |
17 | 七日目取組 |
18 | 好取組の豫想 |
19 | 人事.消息 |
20 | 商況(十六日前場) |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 陸鷲、又星港を大空襲 敵機廿三機を擊墜破頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(一月十六日午後七時四十分)マレー方面帝國陸軍航空部隊は昨十五日午後戰爆聯合の大編隊を以て午前に引續き密雲を衝いて再度シンガール大空襲(第五次)を敢行その上空に於いて遁走せんとする敵戰闘□群を捕捉して壯絕なる空中戰を展開し忽ちバツフアロー戰闘機八機を擊墜更に悠悠爆擊を實施しセンバワン及びテンガ□飛行場に猛爆擊を加へて敵空軍施設を粉碎多大の戰果を收めたり、又他の一隊はマレー東岸要衝エンダウを急襲し市內の重要軍事施設並に港內の船舶を爆擊し大火災を生ぜしめると共に同市附近に飛來せる敵偵察機一機を擊墜せりなほ同日午前午後の綜合戰果左の如し擊墜敵機十六機地上擊破七機計二十三機にして我が軍の損害は友軍戰線內不時着せるもの二機なり |
02 | 海鷲大編隊も猛爆 |
03 | 星港望んで猛爆擊 |
04 | 英軍剿滅の陣形成る 十六日午後四時現在の戰況 |
05 | 決戰大增稅案決定 大戰果に呼應、納稅總進軍へ 項目別の增稅新稅 |
06 | 十一億五千二百萬圓 谷口大藏次官談話平年度增見込み |
07 | 白衣勇士慰安會 |
08 | 敵列車鹵獲 |
09 | 敵船舶の擊沈拿捕 計百九隻卅六萬二千噸 |
10 | 蘭印の各地を爆擊 |
11 | 直接稅等の增徵 所得稅の大幅引上げ |
12 | 敵集團を壓倒(馬來西岸) |
13 | 緬甸空襲 敵機十一機を爆碎 |
14 | 敵の惡辣な企圖 水源地や鐵管を爆破し 國際デマに資せんとす |
15 | 翼贊壯年團結成式 輝く第一步を踏出す |
16 | 對樞軸國國交 斷絕に贊意 中南米の十七國 |
17 | 臨時軍事費 十九日臨時閣議 を開いて決定 |
18 | 重臣會同 十九日首相官邸で |
19 | 定例閣議 |
20 | 齋藤長官歸任 の途につく |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 新東亞文化 建設の方向社說 一 大東亞共榮圈建設の不可缺的一環として新東亞文化の建設が强調されてゐるがこの新東亞文化は果して何如にして再建せらるべきであるか、またその性格如何?と云ふ問題については未だ必ずしも明確にされてゐない。この點を明かにする為に吾吾は一應東洋文化と西洋文化の特質を比較究明し、その性格を理解把握することが必要である。周知の如くアジア文化の基礎をなすものは東洋哲學であり、宗教文化であり、その發展としての直觀論であり、道德論である、而してその特質は個人主義に對する家族主義であり、全體を把握して部分を演釋せんとする方法論の發達である。理想と現實を繋ぐ「天人合一」の儒教思想、「梵我一如」の波羅門思想、「色空相卽」の佛教思想及び「無為自然」の老莊思想等は曾つての輝しき東洋文化の源泉であつた。然るに時日の經過と共にこの哲學的、宗教的、家族的な東洋文化は固陋化し、定型化し、沈澱して遂に之と對蹠的な西洋文化に取つて代はられるに至つた 二 この西洋文化は文藝復興を契機として神中心主義から人間中心思想に轉換した近代文化である。卽ち極度に人間性を尊重するのが特質であつて、これが凡てのものに疑惑を持つ所の啓蒙哲學となり、次いで十九世紀の實證主義となつた。殊に近時に至つて自我の權威は無上絕對視せらるるに至つた。從つてかくの如き西洋文化の特質とする所は東洋文化の哲學的、宗教的なのに對して、著しく科學的、數學的である。家族主義的に對して個人主義的であり直觀的信仰的傾向に對して主知主義的である。而して全體把握の東洋文化に對し部分を分析して全體を歸納しやうとするのが西洋文化なのである。更に要約すれば東洋文化は精神文化であり、西洋文化は物質文化であると云ひ得る然るにこの東洋的精神文化は遂に西洋の物質文化に蹂躙されて了つた。これはアジア文化の本質的缺陷が科學文化の特質たる部分を分析して全體を歸納せんとする努力の缺如にあることを示してゐる。この缺陷がアジアに於ける科學技術の決定的立遲れとなり、アジアをして世界の原始的農業地帶として殘存せしめた原因となり遂には機械化せる西洋の武力の前に手もなく屈服せざるを得なかつた根本原因となつたのである。 三 然らば西洋文化は人類文化の真の向上に貢獻したであらうか、否であつた。西洋はその發達せる科學技術を以て東洋文化を打倒したのみならず、自己の物質文化すら打ち亡ぼさんとしてゐる。卽ちその科學技術を生ました個人主義はその內在的矛盾の為に侵略主義を刺戟し、それが世界戰爭の動因となり、世界戰爭は逆に物質文化を滅ぼさんとしてゐるのである。これは東洋文化の基礎をなす所の直觀的哲學的綜合歸一の精神の缺如に由因することは明かである。かく觀じ來る時、新しく建設せらるべき新東亞文化の性格は「全個一如」の東洋哲學の神髓と西洋の科學技術とが有機的に結び付いたものでなければならない。卽ちアジア文化の缺陷たる停滯性を揚棄し、西洋文化の特質たる科學精神を攝取し、生成發展の原理による融合統一の新文化でなければならない。而もそれは同時に大東亞を一色に塗り潰すが如き超民族的文化として育成せられるべきものではなくして實に各民族の個性と創意を啓培し、助長するものとして建設せねばならない。かかる個性豐かなる民族文化創造の先達が東洋文化の博物館たる我が日本の果すべき重大使命であつて、日本を中心として展開される新東亞文化は實に東洋文化の停滯的性格を揚棄し、西洋文化に內在する矛盾を解決した文化の世界新秩序そのものでなければならぬ。 |
02 | 本島志願兵の濫觴 土匪討伐に偉勳 護鄉兵、壯丁、志願の三種 |
03 | 青年層に趣旨闡明 全島各市郡で講演會と座談會 |
04 | 感激の日の献金群 武官府の受付一萬圓突破 |
05 | 高砂族志願兵座談會 嬉しくて嬉しくて 一晚中眠れなかつた (一)見よ!この赤誠.この意氣 |
06 | “元氣一杯で征く” 本島出身松岡伍長から自宅に快報 |
07 | “臺灣は始めて” 齋藤新臺北地方院長着任 |
08 | 皇軍慰問雜誌 圖書館協會で募集 |
09 | ラグビー大會 會場一中に變更 |
10 | 皇軍將兵慰問金 第二回領收報告報社消息 |
11 | 示し婦人の意氣 新竹州愛婦決戰態勢大會 |
12 | ときのこゑ |
13 | 六日目勝負 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧鄉一致義勇奉公 銃後後援會を設立 全島二百七十六箇所に |
02 | 志願兵援護に重點 梁井文教局長語る |
03 | 目指す「島民皆兵」へ 遠近男女各層を網羅して 志願兵座談會開催 |
04 | 澎湃たる支援熱 大詔を拜し感激愈深し |
05 | 高雄神社へ志願達成祈願 準備に勇む皇民鍊成協力會 |
06 | 志願達成を期す 高雄青年挺身隊陳啟清氏談 |
07 | 募集要綱發表の 日を卜して志願 |
08 | 烏日庄から 卅五名志願 |
09 | 三千四百名を突破 苗栗郡下の志願者 |
10 | 募集要綱發表で 嘉義市民一齊に奮起 |
11 | 竹東郡 賴母し軍國の母 夫や子弟を勵まして志願 志願兵促進主婦會 |
12 | 一擧に 七百名志願 鶯歌街の熱血青年 |
13 | 北港郡下から 更に十九名志願 |
14 | 板橋沙崙青年 十一名志願 |
15 | 銃後の決意新た 清水婦人の懇談會 |
16 | 父の死を後に 蹶然軍夫に就く 後壁庄の感心な青年 |
17 | 海山郡警察課 武道始擧行 |
18 | 牛運堀模範部落 各般の施設一新 |
19 | 臺中愛婦大會 森田知事時局を大熱辯 |
20 | 青年勤勞報國 團員入所式 |
21 | 人事 |
22 | 消息 |
23 | 地方便り |
24 | 今日の映畫 |
25 | 訃文:郭助 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 百萬件を目標に 簡保增加對策を講究 |
02 | 感謝貯蓄運動 來る二十一日より實施 |
03 | 臺灣貯銀預金激增 五ケ年間約四倍に躍進 |
04 | 新たな農業再編成 (上)/水野武夫 |
05 | 貯銀も之に呼應 貯蓄運動を實施 |
06 | 臺灣青果同組聯 十九日に月例會 |
07 | 勞務調整令 解說懇談會 下旬頃開催 |
08 | 高雄驛內停泊車 強制的に引揚ぐ |
09 | 玄米納入 二百四十餘萬袋 |
10 | 新竹郡燈油小賣 商組合創立總會 |
11 | 煙草獎勵金交 付式を擧行 |
12 | 企業許可令 主旨徹底を打合 |
13 | 臺中州下產組 總會開催日割 |
14 | 屏東露店商組合 總會で献金決議 |
15 | 商況(十六日) |
16 | ラジオ |
17 | 水滸傳(587)/黃得時;榎本真砂夫 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新嘉坡長距離猛爆 我海鷲密雲を冒して |
02 | マラツカ攻略(十五日) |
03 | 無秩序と混亂の極 危機迫る新嘉坡島 |
04 | 圖像:マレー半島の爆擊行、出發に先立つ御賜 の清酒を祝ふ陸鷲達 |
05 | 新嘉坡英婦女子 至急引揚げ |
06 | カルカツタ 人心動搖 |
07 | 慘澹.英空軍現勢 我猛爆の餌食となる |
08 | タラカン飛行場占領(十二日) |
09 | 再度ラボール空襲 |
10 | 敵は逃げ腰ばかり 比島偵察の苦心座談會 |
11 | 新嘉坡食糧不足 |
12 | マラツカは 產物の集散地 |
13 | 汎米外相會議 |
14 | 比島の交通再建へ 從業員欣然積極的に協力 |
15 | ウエルズ次官の演說 |
16 | 英首相を難詰 濠洲朝野忿懣の爆發點 |
17 | 泰、佛印國境確定 現地作業を再開 |
18 | ドミニカから 斷交案提出 |
19 | 分科審議開始 |
20 | 南方調查班を編成 專門家を網羅して實地調查 |
21 | 護謨調達難に 英政府惱む 古ゴム回收開始 |
22 | 行政執行狀況 考察方針の要領 |
23 | 在ソ、重慶 英大使更迭 |
24 | 軍令、軍政に 米海軍分割 |
25 | 在墨の邦人に 強制移住命令 |
26 | オランダ、濠洲 米に働きかく |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 街頭に湧く志願兵熱 戰場は人間を 造る 吳歸還通譯體驗談 |
03 | 宜蘭郡高砂族 青年の喜び |
04 | 弟を一日も早 く御國の役に 黃子波氏感激談 |
05 | 皇國民として の最高の榮譽 張廳協の感激談 |
06 | 血書の再嘆願 林青年の感激 |
07 | 全員志願を申合せ 張り切る港都挺身隊 |
08 | 各團別青年大會 廿二日より三日間に亘り |
09 | 志願兵制度實 施感謝懇談會 今夜宮前青年團で |
10 | 防空陣の完璧へ 二個月に亘り促進運動を展開 |
11 | 制度趣旨宣傳に 臺灣魁挺身隊が一役 |
12 | 大東亞戰爭 完遂祈願祭 |
13 | 問題の“安南王親書” 南方學の權威岩生教授の由來談 |
14 | 梅谷督府學 務課長來宜 |
15 | グワム島の俘虜 マクミラン總督以下四百餘名 善通寺收容所へ |
16 | 實習地品評會 褒狀授與式 |
17 | 國民校職員兒 童の劍道大會 |
18 | 一箇月に三萬圓 港都市民の献金群陸續 |
19 | 我が溫情に泣く 警衛士近藤少尉語る |
20 | 東亞戰地域で 軍事郵便取扱開始 但し封書と葉書だけ |
21 | 國民校書方圖畫展 |
22 | 驛名喚呼強化 週間を實施 來る廿日から |
23 | 興南詩苑漢詩 祝劍窓社弟五旬榮慶/述三、□返途中/傅秋鏞、華嚴瀑布/傅秋鏞、泊熱海/傅秋鏞、□富嶽/傅秋鏞 |
24 | 內海の絕景に驚嘆 捕はれの身も打忘れ |
25 | 會旗制定奉告 並傳達式擧行 從軍記念會支部で |
26 | 稻住川の兩側に柳 |
27 | 七日目勝負 |
28 | 八日目取組 |
29 | 吉野村牧場 鳳林郡山崎の海 岸山脚地に移轉 |
30 | 商況(十七日前場) |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 堂堂と分路進擊! 戰局今や最高潮頭條新聞 【マレー戰線○○十七日發同盟】破竹の猛進を續ける皇軍のマレー未端ジヨホール州攻撃によつて戰局は俄然最高潮に達した、我軍の中部と兩翼よりする堂堂の分路進撃にシンガポール防衛軍は刻一刻と壓縮され戰線がジヨホール州北部より中部へ移行するにつれ退路なき袋の鼠と化して殲滅か降伏か免がれぬ運命に敵集團二萬は最後の足掻きに轉じ全線隨所に死物狂ひの抵抗を始め殷殷たる砲聲はジヨホール州北中部の平野を震撼し彼我機械化部隊の激闘はマレー戰線に嘗つて見ざる凄壯さを示してゐる 【マレー戰線十七日發同盟】シンガポールに通ずる中央縱斷道路上の要綱○○南方高原地帶に據つて、ジヨホール九州敗走部隊退却掩護のため必死の抵抗を試みつつある濠洲兵團は十七日朝來のわが空陸よりする包圍攻擊に依つて次第に撃滅されつつあり一方マラツカ方面より敵側背に急進中の○○部隊の迂回攻擊は十七日午後來急速に進展しジヨホール州中部地區を新舞臺とするマレー半島最後の雄渾なる大包圍殲滅戰の幕はまさに切つて落されんとして居る、 |
02 | 要衝バツアナムを占領 |
03 | バタアン半島に 壯烈な敵前上陸 敵は西岸方面へ續續と退却 |
04 | 隨所に壯烈な自兵戰 |
05 | 敗將マツクアーサー 比島逃亡說傳はる |
06 | ゲマス停車場を爆擊 |
07 | 生存者論功行賞 功三に輝く井上貞衛少將 |
08 | バトパハ飛行場占領 馬來半島唯一の殘存基地 |
09 | パハン州敗殘部隊を掃蕩 |
10 | マラツカ海峽完全に 我が制壓下に置かる |
11 | 米側の戰況 發表 |
12 | 第二陣地を突破 バダアン要塞攻略戰 |
13 | 又復ラボール空襲 |
14 | 濠洲軍マレー 戰線に到着 |
15 | 英海軍の連絡切斷 「魔の海」マラツカ海峽 元郵船船長奧野氏談 |
16 | 樞府審查委員會 |
17 | 引續き○○に向つて進擊 |
18 | 退却の敵兵大混亂 |
19 | 敗敵を隨所に殲滅 |
20 | 新嘉坡在住民は大恐慌 |
21 | 南方への協力問題 相當認識された 齋藤長官の歸臺談 |
22 | 議會提出法案 八十二件決定 |
23 | 政府の對議會準備 十九日で一切を完了 |
24 | 眾議院各派交涉會 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 志願兵制度と インテリ階級社說 一 長年待望の陸軍特別志願兵制度はいよいよ實施を見る運びとなつた。實施に伴ふ關係法令、卽ち敕令陸軍特別志願兵令、陸軍省令同施行規則、府令臺灣總督府陸軍兵志願者訓練所規程の公布は豫定より多少遲れるが、之に先立つて來る二月一日から志願者の募集を開始することとなつた。領臺四十有餘年、統治史に不滅の金字塔を打建てるべき此一大盛事を仰ぎ、六百萬本島民の本望は云ふも更なり、特に青年大眾の感謝感激は蓋し筆舌に盡し難いものがあるであらう。今や志願者數二萬有餘を算し、尚愛國の至情と報恩の忠誠に燃ゆる本島青年の續續として志願する挺身譜は、日日の新聞紙上を賑はせてゐる有樣である。洵に志願兵制度の實施は、島民に國民最高の榮譽を與へ、特に陛下の股肱として軍旗の下に盡忠報國を致す一大機會に惠まれたのであつて、島民就中青年大眾はよく此の崇高なる使命と至高の榮譽に應ふるところがあらねばならない。 二 本島青年は今や國民最高の榮譽を與へられ、畏れ多くも陛下の股肱たるの御信倚を奉戴するの光榮に浴することとなつた。我ら本島民は此の無上の榮譽を永遠に子子孫孫に傳繼させなければならない、其のためには全島の適齡有資格者たる青年大眾が欣然蹶起して、此の榮譽に輝く職責を完うしなければならないのである。今こそ全島全適格青年は、その階層と地域と職業の如何を問はず、率先志願して此の光榮の感銘に應へなければならない。其れこそ真の臣道實踐であり、又國家社會の推進力であり次代の擔當者たる青年層の責務でもあるのである。此のことは特にインテリ青年層に對して呼びかけたい一言である。茲にインテリ青年層と云つても假りに中等學校以上の高等教育を受けた有識青年層として置くが、此等のインテリ層は一般青年大眾を指導し、其の模範たるべき大なる使命役割を有するだけに、インテリ青年層の蹶起は當然のこと乍ら洵に緊要なことと云はねばならない 三 とは云へ、全島二萬有餘の志願者の中には、所謂インテリ青年が相當入つてゐることは隱れもない事實であるが、唯茲に云ひたいことは決してその數の問題ではなくして寧ろ彼等の心構へ考へ方の一大轉換を要請したいからに他ならないのである。勿論本島インテリ青年層の中には既に完成した立派な者も多數居ることは、否定出來ない事實であるが、唯過去に徵して、若しも今尚盛り上る感激性を抑壓し殊更に批判的、傍觀的な心構へ或は消極的な屈從的考へ方を持するものがあるとすれば、此の際斷乎として是正されなければならないと想ふ、今次の大東亞戰は我が帝國の飛躍的大發展を賭する大戰爭である。アジヤの新天地に共榮圈を確立せんとする聖戰なのである。過去の臺灣に若し惱みがあるとすれば其れは最早洋洋たる新天地に輝ける明日の希望の前に雲散霧消することと信ずる。併かも今や聖業に直接參劃する榮譽が與へられた、インテリ青年は須く過去の一切を清算し、新しき心構へと熱誠なる態度を以て奮然と起ち上らねばならない。與へられた此のチヤンスに挺身し總力戰の一尖兵として再出發しなければならない。志願兵への挺進は當然の歸結の其の一に過ぎないのである。 |
02 | 本島志願兵の濫觴(二) 40年前の老勇士 “儂しやア新兵教育までしたよ” 感慨無量の岡田氏 |
03 | “英靈に申譯ない” 功三重光章の恩賞に輝やく 北邊鎮護の殊勳者井上少將感激談 |
04 | “商業道”を振作へ 經濟部會で打合 |
05 | 拓南社宣誓式 けふ臺灣神社大 前で |
06 | 賞賜物件傳 達式 |
07 | 國婦基隆分會 有功章傳達式 |
08 | 宜蘭郡奉公壯 年團結成打合 |
09 | 名譽の負傷 者が献金 |
10 | 武官府に彩管揮ふ 青年從軍畫家野上氏が |
11 | 軍國の乙女は叫ぶ (一) 意志薄弱な男性 あたし達大嫌ひだわ報社消息 |
12 | 蘭陽地方鮮魚 配給對策打合 |
13 | 二度目の決戰常會 四實踐事項決る |
14 | 礁溪郵便局 開設祝賀式 |
15 | 役人さんの常會 文教局社會課で開催 |
16 | 知名の士が講演 興行の休憩時間を利用して 志願兵熱と煽る |
17 | 學生スキー選 手權大會開幕 |
18 | “量目”の誤魔化し 詐欺罪としても處斷 |
19 | ときのこゑ |
20 | 南進は言葉から マレー語講習生が殺到 |
21 | 靜修職員生徒 の國防献金 |
22 | 花蓮港で婦人 大會 |
23 | 岩村特派員の 遺骨歸還 |
24 | 新竹市にマレー語 研究會を開設 |
25 | 大舞臺總會 |
26 | 七日目勝負 |
27 | 人事.消息 |
28 | 訃文:鄭吳氏榮妹 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 支援熱の昂揚へ 主旨の徹底に地方遊說會を組織 臺南志願兵座談會 |
02 | 我先にと歎願 中壢郡 三日間で千七百餘名 |
03 | 百六十五級增設 學齡兒童の收容に全馬力 高雄州の教育對策 |
04 | 森田知事視察 東勢郡の桐を |
05 | 彰化愛婦、國婦 二十日大會開催 |
06 | 赤誠の献金品 十七日臺灣軍司令部受付 |
07 | 高雄奉公會 主務者打合せ |
08 | 高雄州空訓 |
09 | 臺南市奉公壯年團總會 |
10 | 圖像:重光大使、畑總司令官を訪問 |
11 | 市郡社會教育 主事の打合會 |
12 | 學校體育主任 懇談會を開く |
13 | 合理的配給機構 明日の役員會で再度工夫 臺南州鹽乾魚卸組合 |
14 | 彰化署定期召集 |
15 | 高砂族出の警手 農事講習を受く |
16 | 製糖用石灰石 花蓮港から 高雄に初入荷 |
17 | また志願するよ 感激に勇む林萬吉老志願兵 |
18 | 戰勝祈願祭 潮州神社で擧行 |
19 | 應召者の事業を援助 北埔駐在公醫吉賀淳氏の美擧 |
20 | 大城奉公分會參事 古鐵蒐集に懸命 |
21 | 小港奉公壯年團 けふ結團式 |
22 | 人形芝居の興行 臺中州保安課で研究中 |
23 | 高雄市に ヂフテリヤ 幼兒持つ親達 御用心! |
24 | 艀船造船所 認可あり次第 工事に着手 |
25 | 州下高砂族 國語講習會 |
26 | 羅東郡道路 品評會授與式 |
27 | 地方便り |
28 | 今日の映畫 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 昨日末銀行預金(內地) 四億千百廿七萬圓 前年に比し約五千萬圓增加 |
02 | 勸銀貸付增加 昨年末一億二千五百萬圓 |
03 | トマトの內地移出 近く規則改正、實現 |
04 | 臺南州下各產組 通常總代會日程 |
05 | 全島稅務會議 |
06 | 高雄州下各產組 通常總會日程 |
07 | 南方新建設要綱に即應 臺北商議所、豫算を編成 |
08 | 工業用の餘剩で 內地島內に配給 トマト出荷要綱決定 |
09 | 臺灣合同鳳梨 廿一日工場長會議 |
10 | 瑞芳中壢兩驛 近く擴充に着手 |
11 | 自動車修理加工 組合創立總會 |
12 | 蔬菜供應、一安心 殖產局對策に大童 |
13 | 沙鹿消費米組合 通常總會 |
14 | 商況(十七日) |
15 | 臺灣清涼飲料水 廿一日定時總會 |
16 | 北濱雜觀 |
17 | ラジオ |
18 | 水滸傳(588)/黃得時;榎本真砂夫 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 引續き新嘉坡猛爆 我が陸鷲赫赫の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(十八日午後三時五十分)戰爆聯合の帝國陸軍航空大部隊は昨十七日前日に引續きシンガポール大空襲を敢行し重要軍事施設並に市街周邊の飛行基地に對し甚大なる損害を與へたりその情況左の如し 一、我が有力なる爆擊隊は折柄の快晴を利用し午後零時十五分シンガポール上空に進入英東亞軍司令部其他市街中樞部の重要軍事施設に多量の大型爆彈を投下これに命中せしめ大火災を生ぜしむると共に次でセレター水上飛行基地を強襲し大型四發飛行艇シヨート、サンダーランド四機を炎上同一機を大破せしめたり 二、他の有力なる一隊は午前十時二十五分テンガー飛行場を大擧襲擊し既に戰意を失ひ地上に閉息しありし大中型十一機を爆撃これを撃碎せり 三、我軍の損害は友軍戰線內に不時着せるもの一機なり |
02 | 海鷲も連日強襲 |
03 | 石油タンクに命中彈 |
04 | 豪壯至妙な大包圍戰 マレー殘存英軍を屠り去る |
05 | 圖像:佛印.河內の風 |
06 | 新嘉坡陷落の 危機愈よ迫る |
07 | けふ臨時閣議開く 臨時軍事費と殘餘法律案決定 對議會準備を完了す |
08 | 樞府御諮詢を 奏請 議會提出三法案 |
09 | 法律案廿六件 貴族院に提出 |
10 | 英首相歸英 |
11 | 呆れ果てた敵側 出鱈目なデマ放送 |
12 | 米記者英官憲に 退去命ぜらる 事實の儘の報道で |
13 | 反英叛亂氣運 イラクに漲る |
14 | 陸鷲、大擧南寧空襲 |
15 | 昆明を空襲 |
16 | 敵機三機を擊墜 蒙自軍事施設を爆碎 |
17 | 東亞か北阿か 英作戰岐路に立つ |
18 | 英側發表戰況 |
19 | 殘存敵軍殲滅近し 米陸軍省も事實承認 比島戰線 |
20 | マルタ島占領せん 獨伊空軍の空襲猛烈 |
21 | 防諜協會の 初會議開く |
22 | ホプキンスの 辭職を要求 ス米海軍作戰部長 |
23 | 英帝國、崩潰に瀕す シ議員、猛烈に非難 |
24 | ダフ.クーパー カルカツタ着 |
25 | 英內閣改造必至 新嘉坡の危機切迫と共に 政府彈劾の聲熾烈 |
26 | 蘭印當局の 泣き放送 |
27 | 混亂の紐育 連續的悲報に |
28 | 足並揃はず 米洲外相會議 |
29 | 兩會計年度の米海軍費 二百四十億ドル |
30 | 各國提出議案 |
31 | 會議の二潮流 |
32 | エ國太平洋岸二地 區外人退去を命令 |
33 | 日本新聞會の 設立委員會 交詢社で開く |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 本島志願兵の濫觴(三) “日露戰役に賜金” 兵營生活は慣れると實に面白い 竹村翁思ひ出を語る |
02 | 續く皇軍の大縱列 送迎に飜る俄造りの日章旗 馬來今や東亞に還る |
03 | “忠誠の二字に歸一” 增田老若人に贈る言葉 |
04 | 護國の英靈に 奉納舞踊 第二回大詔奉戴日に |
05 | 臺北州通常州會 けふ州會議室で開催 |
06 | 赤誠の献金群 武官府十八日の受付 |
07 | 軍國の乙女は叫ぶ (二) 男子に負けずに 御國の為に盡したい報社消息 |
08 | 基隆署武道大會 |
09 | 志願者健康診斷の 無料奉仕を申合せ 島都開業醫の有志全島にも呼掛く |
10 | 羅東郡支會 第二種訓練 |
11 | 志願兵懇談會 昨夜建府青で開催 |
12 | 譽れの“基本指導部落” 青潭の宣誓式 來る廿八日盛大に擧行 |
13 | 白衣勇士慰問 「秀子」妲さんダリ ヤの切花持參して |
14 | 八日目勝負 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 嘆願書の洪水 沸る若人の血潮 |
02 | 彰化の嘆願者 |
03 | 目指す全團皆兵 斗六直轄壯丁團全員出願 |
04 | 各地愛婦大會 |
05 | 屏東國婦 戰勝祈願 |
06 | 熱誠溢ふる 東石郡下の青年 |
07 | 東石國婦分會 戰勝祈願 |
08 | 諸ども集れ! 命令一下馳參ずる千餘の健兒 高雄州聯青の拔打動員 |
09 | 竹南青果配給組合國防献金 |
10 | 感激.宿願達せり 子子孫孫までこの光榮に挺身 葉山臺南魁挺身隊長談 |
11 | 社會教育打合會 |
12 | 彰化奉公會常會 |
13 | 第二回隊員募集 臺南魁挺身隊幹部の人選決る |
14 | 大城庄民の献金 |
15 | 圖像:大東亞戰爭.マレー戰線から |
16 | 防衛團詰所 盛大な竣工式 |
17 | 臺南第四青年 訓練所修了式 |
18 | 員林郡街庄 豫算編成打合 |
19 | 彰化馬匹品評會 |
20 | 摑め南方建設の機會 活かせよ臺灣の地貌的優位 高雄商議所動く |
21 | 竹骨を入れよ 單なる土角造りは危い 嘉義市の復興新建築方式 |
22 | 農舍組合長會議 |
23 | 北斗郡は十七日 |
24 | 高雄州華僑の 米英擊滅大會 |
25 | 大東亞戰の遠因 滿富警察部長詳細に解說 臺中國防婦人大會 |
26 | 震災死亡者慰靈祭 臺南州主催.廿四日執行 |
27 | 淡水郡保正 献金運動に努力 |
28 | 羅山信組組會 |
29 | 志熊檢察官長 の屏東巡視 |
30 | 勞務調整規定 講習會 |
31 | 義捐金四萬餘圓 嘉義市役所扱ひ |
32 | 人事報社消息 |
33 | 企業許可 事業打合せ |
34 | 甘蔗畑に嬰兒屍體 |
35 | 地方便り |
36 | 今日の映畫 |
37 | 訃文:陳喜樂 |
38 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 文藝 臺灣を描く小說 真杉氏の「ことづけ」を讀む/黃得時 |
02 | 婦人說苑 偉大なる記憶/村岡花子 |
03 | 聖戰への情熱 知性主義の短見をとく/池島重信 |
04 | 南十字星 地方人自覺せよ 東京人に阿るな |
05 | 大東亞戰手帳 |
06 | 隨筆 南方圈の果物/佐佐木藤三郎 |
07 | 今週の歷史 |
08 | 本邦初の撮影 者養成所 |
09 | ラジオ |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日獨伊軍事協定成立 共同の敵に協同の作戰 伯林で調印.指導要綱決定 |
02 | 歷史的調印式を終る |
03 | 新嘉坡あと○○粁 敵戰略的據點確保に成功 |
04 | 大擧新嘉坡大空襲 陸鷲、八面六臂の猛躍 |
05 | 海鷲も大爆擊敢行 |
06 | 英軍二萬、袋の鼠 ジヨホール州內を潰亂徬徨 |
07 | 英潛水艦沈沒 英海軍省發表 |
08 | 損害莫大 英東亞軍發表 |
09 | 新任泰國大使參內 |
10 | 世界平和に大貢獻 日獨伊の軍事協定井上軍報道部長 |
11 | 圖像:マレー半島の爆擊行目的を達して基地へ向ふ爆擊機內の一風景、赤道直下の作戰は上空でも暑い(臺灣軍報道部貸與) |
12 | 敗退マレー戰線を視察 ウ總司令官が |
13 | バタアン要塞攻略戰 皇軍の真髓を遺憾まく發揮 |
14 | 總動員審議會開く 金融二勅令案を審議 |
15 | 敵要地を完全占領(オロンカポ南方) |
16 | アムボン港を爆擊(蘭印) |
17 | 再ビラボール州爆擊 |
18 | 戶每に急拵への日の丸 マラツカタウン入城記 |
19 | 齋藤總務長官 政府委員として 二十二日上京 |
20 | ハート大將 指揮に就く |
21 | 米國勞働組合合體 |
22 | 戰敗で米國焦燥 戰爭恐怖病に取りつまる |
23 | 更生香港の姿 山田郵船支店長語る |
24 | 九名の戰時內 閣を更に縮少 英の內閣改造 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 興亞青少年の集ひ 結成大會と南方共榮圈大會 廿一、二兩日間島都で盛大に開催 |
02 | 堂堂と市內行進 多彩な催し物決定 |
03 | 愛婦有功章傳達式 |
04 | 會旗制定奉告 並傳達式擧行 從軍記念會で |
05 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 無禮.裸にして檢查(一) 引揚船の上をすれすれに 敵の飛機場が飛ぶ 香港の卷報社消息 |
06 | 南方共榮圈一堂に 若人の使命達成誓ふ |
07 | 香港復興協力に 具體的指示 けふ局部長會議で |
08 | 志願兵座談會 宜蘭郡各庄で關係 |
09 | 石田臺北憲兵隊長管下巡視 |
10 | 血書殉忠報國 八波巡查嘆願 |
11 | 國婦東部時艱克服 戰勝祈願新年式 |
12 | 興亞の先驅 故荒尾精氏記念碑 和知臺灣軍參謀長の提唱で けふ委員會開催 |
13 | 劈頭感謝電を決議 臺北州通常州會開幕 |
14 | 志願兵へ.志願兵へ 全く感激の外 ありませぬ 許歸還軍夫語る |
15 | 港都國婦新年交禮會 |
16 | 圖像:佛印河內の風景 |
17 | 十日目取組 |
18 | 華僑新民公會總會 |
19 | 第一回次男を 是非出したい 江登茂氏感激談 |
20 | 人事.消息報社消息 |
21 | 商況(十九日前場) |
22 | 興南案內報社消息 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | リクパン(セレベス)を占領 我海鷲各地を攻擊頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(十九日午後五時四十分) 一、比島方面帝國海軍航空部隊は十六日ダヴフオ南方マリタ及びキラン電信所を爆破、十六日セブ島在泊船舶を攻擊三千噸級一隻一千噸級二隻、五百噸級一隻に命中彈を與へたる外十八日までに數次に亘りコレヒドール要塞を攻擊し戰果を擧げたり 二、帝國海軍航空部隊はニユーギニア、ラポール飛行場及びブナカナウ飛行場を攻擊、ブナカナウ飛行場に於ては滑走路及び施設は全彈命中二箇所に大火災を生ぜしめたり三、帝國海軍特別陸戰隊は十六日セレベス島最北端リクパンを占領し附近要地の敵を掃蕩せり |
02 | 敵十九機を擊墜破(新嘉坡を空襲) |
03 | 雄壯な大包圍殲滅戰 全ジヨホール州を震撼 |
04 | ヨンぺン近傍に進出 |
05 | バツアナム陣地突破 死物狂ひの敵防戰を擊碎 |
06 | 橋田文相參內 |
07 | 金融統制團體要綱 總動員審議會で可決 |
08 | 金融事業整備 勅令案の骨子 |
09 | 香港占領地總督 磯谷中將親捕さる |
10 | 興亞の先覺者 磯谷中將の橫顏和知軍參謀長談 |
11 | 純粹な軍令 機關 |
12 | 磯谷中將略歷 |
13 | 敵二萬、殲滅を待つ |
14 | 敵陣○○を占領 淒烈バタアン要塞攻防戰 |
15 | スマトラ、ジヤワに 航空補給基地を置く 敵、空中ゲリラ戰で餘喘 |
16 | 內田海軍少佐 護國の華と散る |
17 | 樞軸國必勝を誓ふ 軍事協定調印を祝賀 |
18 | 西部ボルネオの無血占領 小山中尉の豪膽と機智が異彩 |
19 | 政府、重臣懇談會 隔意なく意見を交換 |
20 | 行政考查具體案 けふの閣議で本決り |
21 | 兒玉秀雄伯が 代表的質問 |
22 | 英議會 糾紛せん |
23 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 銃後後援會の設立社說 一 大東亞戰爭が勃發してから僅僅一ケ月あまりで、シンガポールを除く外の米英の東亞侵略の根據地といふ根據地を悉くわが鐵蹄下に收め、去る十一日には、さらに作戰が蘭印に及び、ボルネオのタラカンやセレベスのメナドを逸早く攻略してしまつた。この短い期間に於て、かくも偉大な戰果を收め得たことに對し、吾吾は、衷心より前線の陸海空軍將兵に感謝を捧げると共に、緖戰の勝利に醉ふことなく、益益兜の緖を固く締め、本當の戰爭は寧ろ今後にあるといふ心構へを抱いて、一意奉公すべきことは勿論であるが、特に前線勇士をして如何なる惡戰苦鬪にも打ち克ち、また如何なる長期戰にも敢然と戰ひ拔くことが出來るやうにするには、何よりも勇士をして後顧の憂ひなからしめることが最も大切である殊に大東亞戰の展開に伴つて軍事援護の對象は、今後益益激增するものと豫想せられるから、是等の榮えある大君の御循となつて雄雄しく戰の場に赴くものや、高度國防國家建設のための事業に徵用或は自ら進んで奉仕出役する者の家庭を守り、その地方地方の實情に卽した援護事業を行ふことがより必要になつて來たのである。 二 これまで本島に於て行はれてゐた銃後援護團體として恩賜財團たる軍人援護會臺灣本部があるが、これは、州廳市郡にのみその支部や支會を持つて居り、街庄にはそれを運營する何らかの機關がなかつたため、大東亞戰爭の目的完遂の一要素たる軍事援護事業の萬全を期することが困難となつて來た。茲に於て高度國防國家建設の意義を認識し、隣保相扶の道義に基き、擧鄉一致、益益義勇奉公の精神を振作すると共に、銃後家庭援護の實施に當りては、その萬全を期し、現地出動者をして後顧の憂ひなからしめる目的の下に、總督府では新に全島的に銃後後援會を設立せしむることとなつた。尚會は從來の軍事援護會と著しく異つてゐる點は組織に於て市街庄區域を單位とすることである。卽ち從來のやうに本部支部支會と云ふやうな全島的に統一したものを持たず各市街庄が□□□□獨立して設立する純民間團體である 三 また、その事業も著しく範圍が擴大され、現役又は應召軍人、若くは傷痍軍人、軍屬の家族の援護以外に、特に志願兵の援護に重點を置いてゐる。卽ち同會の要綱によると、陸軍特別志願兵の家族や遺族に對して必要あらば、その生活扶助を行ひまた同訓練所入所中の生徒の家族に對しても、必要に應じて援助を行ふ外、志願兵の檢查を受ける場合の旅費補助、入所中見學のための旅行にも旅費の補助を行ふなど、志願兵制度に對し、全面的に協力支援することとなつた。さらに高度國防國家達成のための國營事業に奉仕出役中の者及びこれ等の事業のため徵用せられた者、或は勤行報國青年隊へ入隊中の家族や遺族に對し、必要なる援助をも行ふことになつてゐる。斯くの如く銃後後援會は、その事業の範圍が極めて廣く且つその使命も非常に重大であるから、吾吾はよくその設立主旨を考へ、擧鄉一致、益益義勇奉公の精神を振作し、既設の軍事援護會と表裏一體の關係を保つて、銃後の家庭援後に完璧を期すべきである。 |
02 | 日獨伊軍事協定成立 “日本はとにかく淒い 儂や前前からさう思つとる 本島唯一人の獨人ハウテル氏語る |
03 | 樞軸國の關係強化 山下臺大講師語る |
04 | 軍國の乙女は叫ぶ 本社主催座談會 喧嘩には負けるな (完)子供教育この要領で報社消息 |
05 | 蘇澳郡志願兵 座談會 |
06 | 合計六十八萬餘圓 宣戰以來.軍司令部への献金 |
07 | 兄妹三人が献金 誠心罩る慰問文添へて |
08 | 圖像:海軍省へ戰利品到着 |
09 | 決戰下の臺北州會 三日間を一日で終了 |
10 | サラワク賣渡契約書 王國政府の金庫から發見さる |
11 | ときのこゑ |
12 | 九日目の勝負 |
13 | 陸海軍大臣 へ感謝電文 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 志願兵へ總進軍 各地若人の血は躍る |
02 | 月末迄に皆出願 臺南州高砂族意氣込む |
03 | 纖維製品の 消費規正 點數制綜合切符制 內地では二月一日から實施 |
04 | 共榮圈建設に 努力を申合せ 高雄州の華僑 |
05 | 市長、郡守會議 森田知事、志願兵制度の主旨說明 |
06 | 志願座談會 十九日から開く |
07 | 志願兵制に萬全の對策 花蓮港で市長郡守打合 |
08 | 皇民奉公會 婦人委員會常會 |
09 | 皇民を鍊成 奉公會桃園分會で |
10 | 臺中警察署 定期召集 |
11 | 嘉義商議所 第一回總會 |
12 | 彰化市の 時局講演會 本島人有志主催 |
13 | 志願兵制度講演會 躍る胸に主旨を浸透 |
14 | 圖像:大東亞戰爭 |
15 | 「つはもの」目指し シヤベルを肩に猛訓練 高雄市東園青の若人達 |
16 | 企業許可令 施行示達會 商工業中央會主催 |
17 | 花蓮港の座談會 |
18 | 思ひを故鄉に 廈門の小國民か ら震災見舞金 |
19 | 誓つて赤誠奉公 花蓮港決戰體制婦人大會 |
20 | 臺中協贊信組總會 |
21 | 廿四日の震災慰靈祭に 弔祭料贈進希望者は教育課へ |
22 | 地方法院大溪 出張所落成 |
23 | 桃園稅務管內 納稅成績佳良 |
24 | 臺東馬耕競技 會褒賞授與式 |
25 | 堆肥製造 強調週間 |
26 | ああ陳舜君! 警民協力に殉ず |
27 | 米共精組合組織 |
28 | 人事 |
29 | 地方便り |
30 | 今日の映畫 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 島內直接稅を增徵 所得稅免稅點を八百圓に引上 年收二千萬圓の豫定 |
02 | 越年後の預金激增 商銀遂に一億圓を突破 |
03 | 木炭強力輸送で 各驛滯貨一掃 |
04 | 臺南庶民信組 通常總代會 |
05 | 轉廢業援護案 正式決定、五月實施 |
06 | 生糸生產 計畫を決定 |
07 | 新竹州下に生藥 採集所を設置 |
08 | 北斗郡消費米組合 役員會を開催 |
09 | 米以外の食糧 調查打合會 |
10 | 商銀大稻埕支店 預金八百萬へ躍進 |
11 | 自動車修理加工 組合成立 |
12 | 臺拓第四回拂込徵收 近く倍額增資 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(十九日) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(589)/黃得時;榎本真砂夫 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 忽ち十五機を擊墜 倍數の敵機と渡り合ひ 我に一發の被彈もなし |
02 | 攻城戰の難しさ 櫻井將軍に聽く |
03 | 「屍山血河、猛攻百五十日」 旅順を語る櫻井忠溫少將 |
04 | 週間展望 敵軍包圍殲滅近し ジヨホール州中央で |
05 | シンガポール 泥繩式防備に躍起 |
06 | 圖像:我海軍特別陸戰隊が敵前上陸占領したメナド |
07 | 米英に重慶政權も不滿 |
08 | 油田再建成功 セリヤ、ミリ兩油田 |
09 | 英海員一萬 喪失 |
10 | 伊參謀總長更迭 |
11 | 綜合切符制度の特徵 |
12 | 復興作業に全力 矢野香港總領事福岡着 |
13 | 個人としての元賣等の 存在は一切許されない |
14 | 英內閣改造必至 種種下馬評流布さる |
15 | 緬甸に武器山積 防衛に役立たず カナダ電、米と重慶を非難 |
16 | 不讓步の訓令 發してゐない アルゼンチン政府 |
17 | 個別的選擇案 アルゼンチン の妥協案 |
18 | 鐵道敷設法改 正法案を提出 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 豪放磊落“義士魂”に生□ 若いときはヌーぼう型の男 磯谷香港占領地總督 堀內博士談 |
02 | 基隆神社參拜者 本島人方面が激增 |
03 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 包圍陣營の最先端 軍事的にシンガボールと聯繫(二)造船業も盛んな香港 香港の卷報社消息 |
04 | 新竹州會 二十二日より |
05 | 新竹州參與會 を開催 |
06 | ダヴアオで虐 殺された邦人 外務省に報告 |
07 | 島都青年訓練所 二月一日より開所 |
08 | 船員講習會 |
09 | 勞務調整周知 打合會 |
10 | 基隆市議が六 百萬を献金 |
11 | 七千五百餘 圓を醵出 新竹市保甲民 |
12 | 志願兵の講演會 島都廿三日より五ケ所で開催 |
13 | 圖像:バタアン半島戰線 |
14 | 宜蘭郡產組 長の打合會 |
15 | “感謝貯蓄”運動 全國的に華華しく展開 |
16 | 港都青年團志 願兵打合會 |
17 | 志願兵打合會 廿三日州會議室で |
18 | 震災合同慰靈祭 廿四日嘉義東門校で |
19 | 防諜映畫上映 |
20 | 蘇澳から四 名が志願 |
21 | 志願者を鼓吹 北署管內一齊に保甲會議 |
22 | 軍國の母の重 大な責任痛感 張邱氏協夫人談 |
23 | 恤兵金二千圓 一ガラス商献金 |
24 | 特志看護婦 を志願 |
25 | 武官府に献金群 一女出の乙女、赤誠のお手傳 |
26 | 興南詩苑漢詩 首春二日遊板橋/肇藩 高士穆、萊堂春日卽事/肇藩 高士穆、春日龍峒謁覺修宮/肇藩 高士穆、初春羅東卽事/肇藩 高士穆 |
27 | 戰陣訓 州下青年に頒布 |
28 | 十一日目取組 |
29 | 商況(二十日前場) |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機十五機を擊墜 海鷲第十八次新嘉坡爆擊頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二十日午後三時三十分)十八日帝國海軍航空部隊第十八次シンガポール爆撃において我が爆擊隊を擁護し歸途に就ける我が戰闘機隊九機はコタチンギ上空において追從し來れる敵二十數機と斷雲を縫つて猛烈なる空中戰を交へてバツフアロー十五機を擊墜せり我が方二機雲下に突入せるもの未だ歸還せず、本爆擊隊攻擊によりシンガポール軍港西部施設並に重油槽群爆碎せられ重油槽炎上中 |
02 | 陸鷲勇躍出動(十九日) |
03 | 我が至妙な迂迴作戰 |
04 | 七十億二千餘萬圓 十七年度の一般會計 |
05 | けふ議會再開 諸般の準備全く整ふ |
06 | 外相、藏相參內 演說內容を奏上 |
07 | 圖像:バタアン半島要衝○○へ猛進擊を續ける我が快速自轉車隊 |
08 | 眾議院各派の 議員總會 |
09 | 精神力、機械力の 壯烈極まる戰鬪 ウエーキ島攻略詳報 |
10 | 安藤氏の代表 質問纏まらず |
11 | 敗殘部隊を完全剿滅 |
12 | バト.アナム南東地點に到達 |
13 | ムアー河左岸地區へ進出 |
14 | 陸鷲モールメン(緬甸)強襲 |
15 | ダウオイ飛行場爆擊 |
16 | 定例閣議 |
17 | 真の翼贊建設議會 二月十日過ぎには 實質的に審議終了 |
18 | けふの兩院 |
19 | 大東亞建設戰の 側面掩護 翼贊會、三項を決定 |
20 | サウ緬甸首相逮捕 英政府當局に依り |
21 | 緬、印人への警鐘 英國の不信暴露 |
22 | 危く爆死を免る ウエーヴエル總司令官 |
23 | 戰時食糧部會の 第一回部會開く 委員側の主なる意見 |
24 | コンチンギー ジ州防衛の重要地 |
25 | 行政考察勅令 要綱案決定 |
26 | 司政長官に 池田氏任せらる |
27 | 大藏省人事 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 大甲溪電源 建設の意義社說 一 舊臘大東亞戰爭の開始に伴ひ今後本島の地位よりして東亞共榮圈の心臟部として將又其の一環として新らしき使命を果さなければならなくなつたが、本島の產業政策としても從來の米糖中心主義より工業建設へ轉向するにあらざれば或は其の重要性を否定されないとも限らない。而して本島の工業建設は先づ豐富低廉な電源の開發が其の先決問題であるから大甲溪電源建設が最も重大視されてゐる所以である。幸に今回齋藤長官の上京に依つて追加豫算の形で大甲溪電源の開發を決定するに至つた事は本島として一大福音であると言はねばならない。殊に大東亞戰爭の初期に於て八ケ年の繼續事業を大藏省に於て容易に認められた事は當局に於て多大な努力を拂つた結果ではあるが、それ丈本島の重要性が深く認識されたためであらうと思はれる 二 今回督府に於ける大甲溪開發追加豫算の內容は先づ三箇年繼續事業として五千五百萬圓を計上し第一年目卽ち昭和十七年度では一千二百萬圓を計上し主として鐵道、道路、動力調查費及事務費に充當せんとするものにして言はば基礎的開發費と見るペきものであらう。其の外堰堤の本工事費は追つて計上するとの事であつて明治溫泉の上流に於ける電源の開發は專ら國婦を以て之を賄ひ其の下請として臺灣電力が建設の衝に當る事になる目論みである。卽ち現在臺灣電力が建設してゐる天冷、豐原第一の兩發電所及び近き將來に於て起工さるべき豐原第二並びに明治兩發電所は同社の直營に屬するが、之と並行して開發さるべき上流の發電所は國婦を以て建設せんとしてゐるからそれ丈臺灣電力としては尨大な資本を要する事なく、且つ不動資本を長く投ずる事なくして大甲溪流の完全開發といふ大目的に達し得られるのであるから、同社としても良好な條件を與へられたと言ふべきであらう。 三 殊に中央政府に於て折角斯かる豫算を認められた以上は、建設資材に對しても相當の責任を以て支辨するであらう事は明かである。唯電源建設に多量を需要するセメントは輸送關係等で何うしても島內に於て自給する必要があり、此の見地よりしても現在淺野セメント會社の擴張工事及び臺灣化成工業會社の新設工事が一日も早く完成せられん事を關係當局者の努力を望まざるを得ない。其の上現在臺灣電力と南海興業が共同して計畫中の新セメント會社も出來る丈早く具體化し兩兩相俟つて島內セメントの自給に對して萬全の策を樹立すべきは言を俟たない。卽ちセメントの自給なくして電源の建設は勿論の事臺灣の工業化も到底得られない事だから、セメント工業の確立とそれに伴ふ輸送力の擴大等は當面の急務として特に之を痛感せざるを得ない。 四 蓋し東亞共榮圈の一環としての本島工業建設の使命は先づ我國南方の兵站基地創設と將來南方諸方域への輸出商品を供給せんとする二つの意義を持つてゐるが故に現下の如き資材缺乏な際に於てさへ中央政府の認めるところとなつたのであるから、今後の本島產業政策も共榮圈の建設と共に勢ひ一大轉機を劃しなければならないものと信ずる。卽ち臺灣糖業は現狀を維持すべきか何うかは今後の問題に屬しても從來の如き增產計畫は一應打切らなければなるまい。米穀增產も戰爭繼續中は食糧自給の立場よりして飽くまでも之を持續しなければならないが、戰後は或は將來の消費增加を見越して島內の自給のみに止まらざるを得ないかも知れない。さうなれば本島の產業政策としては何うしても工業の建設を重點に置かねばならないから、此の際國家の費用を以て大甲溪電源の開發强化した事は誠に意義深きものがあると斷ぜざるを得ない。 |
02 | 圖像:擧つて志願しませう |
03 | 上層婦人に決戰魂 銃後生活の全面的革新に 婦人鍊成會を開催 奉公會主催 |
04 | 官衙學校に大詔奉戴日 詔書奉讀式の次第決る |
05 | 偲ぶ興亞の先覺者 荒尾氏の高邁なる識見を後世に 建碑、銅像建設等決る |
06 | 半島の志願兵 二次に亘る銓衡(一) 愛婦熱燃ゆる志願者 |
07 | 一般銃後の好模範 譽の遺家族廿五名表彰 |
08 | 總督さんの勉強 臺大教授に南方問題を聽く |
09 | 市役所職員百餘名 全員が二月一日に正式志願を申合 |
10 | 志願兵座談會 昨日宜蘭市で |
11 | 宜蘭郡下各庄 志願兵座談會 |
12 | 島民感謝の献金 十九日の受付總額一萬三千餘圓 |
13 | 若人の決意を吐露 島都青年有志廿五日市公會堂で |
14 | 十日目勝負 |
15 | ときのこゑ |
16 | 志願兵制に全幅的協力 島內全醫業者に參加を勸獎 |
17 | 鄉城之助男 |
18 | 人事.消息 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 花は櫻木、人は武士 感激に燃える熱血青年 嘉義旭青全員出願 |
02 | 感激に血は躍る 舊臘高雄の出願者 |
03 | 必勝期して驀ら 祈願旗奉持して各神社に奉納繼走 臺中州聯青團主催 |
04 | 郡守署長會議 志願兵業務を打合 |
05 | 商議所役員認 可さる |
06 | 正條植督勵に 砥上郡守草鞋姿 |
07 | 廢品回收に 淡水郡大童 |
08 | 皇軍慰問雜誌 彰化圖書館募集 |
09 | 各地に沸る献金 |
10 | カウ社の献金 每月交易金の五%を醵出 |
11 | 時艱克服戰勝祈 願新年式を擧行 |
12 | 小港奉公壯年團 結團式を擧行 |
13 | 區每に懇談會 制度の主旨徹底を期し |
14 | 屏東市常會 |
15 | 溪湖東國民校 新設懇談會 |
16 | 圖像:大東亞戰爭 |
17 | 家庭の鑛脈豐饒 桃園郡の廢品回收 |
18 | 皇軍將兵慰問金 第三回領收報告報社消息 |
19 | 青寮信組 總代會終る |
20 | 捧ぐ.この純血 競ふて勇士に輸血奉仕を申出 赤誠燃える乙女達 |
21 | 千載一遇の好機! 譽は高し干城の誇り 壯志未だ去らず.早川老語る |
22 | 東港郡保正會議 盛況裡に終了 |
23 | “町の鑛山”を掘る 花蓮港で古鐵回收 |
24 | 興產金融 總會終る |
25 | 配給機構具體化 鹽乾魚卸商組合役員會で決定 |
26 | 潮州實踐女校の 名稱等を諮議 |
27 | 鹽乾魚小賣商 組合創立總會 |
28 | 美濃興產農事 總會を開催 |
29 | 恩師の靈を 懇ろに弔ふ |
30 | 今日の映畫 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新情勢に即應し 臺電機構改革斷行 人事大異動も發表 |
02 | 企業許可令に基く 事業報告期限二月廿三日限 |
03 | 大甲溪上流の電源 國家資本で臺電が建設 |
04 | 臺電總會は來月廿五日 中村氏、理事に選出內定 |
05 | 臺灣澱粉粨の 利用方法 |
06 | 食糧增產に拍車 千五百甲の茶、果樹等を撤退 甘薯、蔬菜等を植栽 |
07 | 臺南州下の乘合バス 續續合同許可が下る |
08 | 彰化市各組 合開催日割 |
09 | 二期籾の蒐荷 三千七百萬斤 臺北州米穀納入組合 |
10 | 真室水產課 長昨日上京 |
11 | 石炭輸送に 月別消費量調查 |
12 | 照明燈 |
13 | 商況(二十日) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(590)/黃得時;榎本真砂夫 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 第七十九議會再開 政府議會全く一體 戰時議會の真價發揮 |
02 | 氣概新嘉坡を吞む 敵の堅固な要塞的陣地も 皇軍の前には激流の小石 |
03 | 圖像:蒼茫の海洋を眼下に大擧新嘉坡爆擊に向ふ 海鷲群(海軍省提供) |
04 | 砲擊戰熾烈を極む |
05 | 英軍更に南方に撤退 |
06 | 東亞の解放建設戰 樞軸諸國鐵壁の團結 外相演說要旨 |
07 | 益益積極作戰展開 據點確保、資源を收む 首相演說 |
08 | ペルー斷交案 に贊成 |
09 | 御稜威の有難さ ボルネオ各地の見聞 |
10 | 第二報 ウ島は敵國の國有 敵總司令官住宅正面に墨痕鮮かな宣言 |
11 | 第十回船員講習會 |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南方圈建設經營に 臺灣の經驗活かす 調查資料の集成を急ぐ |
02 | “防空は演習でない” 新たなる覺悟で當れ |
03 | 天機並御機嫌奉伺電 けふ長谷川總督から奉呈 |
04 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 香港復興には先づ 難民の處置が第一 (三)將來も結局中繼港で 香港の卷報社消息 |
05 | ヨイ子ドモ部隊の献金 軍司令部へ全島から陸續 |
06 | 戰捷の建國祭 相撲、劍道大會など 新竹州警察部の行事決定 |
07 | “土の戰士”を再教育 農民訓練所晴の開所式擧行 |
08 | 刑餘者の赤誠 の献金 |
09 | 十錢銀貨を二千二百箇 桃園街一老媼の献金佳話 |
10 | 機雷原泳いで救助 英船乘組員に示すこの勇氣 藤森氏新嘉坡を語る |
11 | 企業許可令 解說懇談會 |
12 | 軍援會に寄附 |
13 | 圖像:小泉厚相勤勞報國隊を視察 |
14 | “警察官の心構へ” 白仁部長全職員に說く |
15 | 志願兵制度に 關する座談會 廿九日羅東街で |
16 | 廈門警察官留 學生一行來新 |
17 | 基隆信組總會 |
18 | 十二日取組 |
19 | 興南詩苑漢詩 □□步初先生□□原玉/文淵生、□□步初先生□□原玉 二/文淵生、和步初元睡起原玉/國樑 |
20 | “鐵銅に動員令下る” 全州下各映畫館で上映 |
21 | 基隆憲兵分 隊傭兵募集 |
22 | 商況(廿一日前場) |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 總督府の戰時態勢 行政機構を大改革 綜合的に強化再編成頭條新聞 國政處理の戰時態勢化から特に綜合企畫性を目的とする總督府行政機構の改革は既報の通り成案を得たが、今回齋藤總務長官の歸臺に依り最後的檢討を經て遂に府議決定となったので二十一日左の通り發表された。依って審議室鈴木次席事務官は近日中に改革案を携行して上京法制局其の他中央と折衝して本年度中に之が實現を期することに決定した。尚行政機構の改革と同時に督府では行政運用刷新と人事改善を斷行するためそれぞれ要綱を決定したが行政運用の刷新については 事務處理の能率化、重點主義形式主義から實質主義へ計畫性、科學性の附與、各局課會議打合の開催、文書取扱簡易化及敏速化、民間との關聯緊密化等を企圖し人事改善については國體の本義に徵する皇國官吏たるの精神と皇國南方發展の先驅者たるの矜持を把握堅持せしめることに根本方針を置き、更に教養訓練の徹底有能人材の登用招致、少數精銳主義、技術者の重視簡拔、適材精通主義 等の刷新改善を斷行することになってゐる。因みに督府今次の機構改革案並に行政運用及人事の刷新改善は全面的國政處理の戰時態勢化を具現するものとして之が通過實施を期待されてゐる 行政機構改革案 第一 總督府の機構を左の如く改む 總督府機構案 總督=長官 官房 秘書官室。人事課、文書課 總務局 庶務係、企畫部、(總動員事務の綜合及總動員計畫の設定綜合國力の擴充運用に關する事項)物動課、勞政課、法制部……部長勅任、情報課(皇民奉公會の事務を含む)地方課、統計課 文教局 總務課(社寺宗教事務を含む)督學室、學務課鍊成課、厚生課(社會事業及衞生課を含む)、編修課 財務局 庶務係、主計課、稅務課、金融課、會計課、營繕課 地□局 總務課(地理課を含む)、山地部(營林所を含む)……部長勅任、電力課 交通局より移官、都市計畫課治水水利課、大甲溪工事課 殖產局 總務課、商務課 度量衡所は專賣局へ移す、工業課、鑛產課(瓦斯事業を含む)、農務課、水產課、物價調整課 食糧管理局 總務課、食糧課、米穀課 警務局 庶務係、警務課、經濟警察課、兵事防空課、保安課、理蕃課 法務局 庶務係、民刑課、行刑課 外事局 庶務係、調查課、施策課 第二 交通局の機構に付ては電氣課の事務を總督府に移管すると共に其の全體に付別途考慮するものとす 第三 專賣局に付ては度量衡所の事務を總督府より移管するの外大體現行の儘とす 第四 地方廳の機構に付ては總督府機構の改正に對應し別途考慮するものとす 行政運用刷新要綱 一、下に對しては權威と責任とを以て臨み上に對しては誠實と信賴とを以て應ふるの統率關係を明確にして全機構渾然一體と為り事務處理の能率化を圖ること (イ)事務處理に當りては從來の下より上への方法を改め上の創意に於て全機能を充分に發揮せしむ而して之が創意は上より下に行くに從ひ漸次具體的に指示し細分化さるべきものとす (ロ)各自は權限に屬する事務に付ては全責任を以て速に之を處理するは勿論徒に權限明確ならざるを理由として責任を回避するが如きことなく又臨時緊急の必要ある場合に於ては權限外なる事項と雖も其の者の責任に於て卽斷專行し事後に於て上司其の他の關係者の承認を得るの措置を講ずること 二、政策の決定遂行及事務處理に當りては現下の狀勢に鑑み國防國家完成への重點主義を採り總花に亘らざること而して緊急重要なる政策の實行に付ては豫算及定員の增加に俟つことなく不要不急事務の縮少に依る餘剩を以て之に應ぜしむるものとす 三、法令の制定適用及政策の實施に當りては徒なる劃一的形式主義を避け行政全般の目的に適合し實情に卽する實質主義を採ること 四、事務處理に當りては因習に捉はれず常に新なる工夫に於て計畫性、科學性を附與すること (イ)他官衙との關聯に於ける一定期間每の事務處理計畫を立て臨時の行事は之と睨合せて行ふこと (ロ)各種資料、統計、文書等の整備を徹底すると共に關係機關の活用に便ならしむること (ハ)事務の性質に依り定式定型化し得るものに付ては之が實現に努むること 五、科學技術を重視活用すること (イ)政策の樹立運用に當りては努めて科學的考察を基礎とすること (ロ)各試驗研究機關との聯繫を緊密にし其の活用に努むること (ハ)民間技術の吸收に付考慮すること 六、中央事務と地方事務との調整を圖ること (イ)時局に伴ひ中央集權の傾向顯著なるに鑑み一元的統制を必要とする事務以外は努めて之を地方廳に移管し地方の實情に卽する行政を行はしむる一面總督府は本來の使命たる政策の確立及指導監督に重點を置くこと (ロ)右に對應し地方廳殊に市街庄の陣容及財政の充實に付特に考慮すること 七、會議制度の改革を為すこと (イ)行政事務の複雜化に伴ひ他の局部課と關聯ある事項激增の傾向に鑑み適宜會議を利用して事務處理の綜合及敏活を期すること而して各局部課共每週一回打合會を開き上意下達、下意上達を圖ると共に相互の連絡の圓滑を期し事務處理の促進に努むるものとす 尚打合會は成るべく各局部課夫夫同日に行ふものとす (ロ)單に形式に止る委員會の如き會議は成るべく之を排すること (ハ)會議の結果に付ては出席者は局部課員に對し其の周知徹底を圖ること 八、文書取扱手續の簡易化及敏速化を圖ること (イ)文書處理期限の制度を設くること (ロ)一定期間每の文書處理報告制度を設くること (ハ)捺印者の省略、口頭又は電話に依る了解、後閲制度の活用等に依り文書の決裁及合議の合理化を圖ること (ニ)記載形式の平易化、添附書類の省略を圖ること (ホ)機密文書取扱手續を整備し且機密の種類に依り符號及取扱を異にすること 九、民間との關聯を緊密にし其の便宜を考慮すること (イ)經濟統制に關しては民間團體を活用すること而して之が為には團體の整備、監督の強化を圖り可及的に權限の移讓を考慮するものとす (ロ)許可認可事項の整理、屆出事項への轉換、下級官廳への移讓等に付益益之が擴張を圖ること (ハ)願屆等の事務處理に際し手續を簡易化し民間人の時間的經濟的負擔の輕減に努むること (ニ)民間人に對する面會日時を設定すること (ホ)新しき法令等に對しては平易なる解說を為し其の趣旨の徹底を圖ること (ヘ)官公署の訓令、通牒、先例等所謂內規を廣く頒布し其の利用に便ぜしむること (ト)官廳內部の分課分掌を外部に明白ならしむること (チ)國防機密等に關係なき限り秘密主義を打破し成るべく廣く民間人に知識を與ふること 人事改善要綱 一、國體の本義に徹する皇國官吏たるの精神と皇國南方發展の先驅者たるの矜恃と氣魄とを以て執務及言動の基本たらしむること 二、教養訓練の徹底を圖ること (イ)適當なる方法に依る再訓練を實施すること (ロ)將來幹部たるべき者に對しては特別なる指導方法を考慮すること殊に綜合行政を建前とする臺灣に於ては統治の根本方針に立脚する組織的なる行政能力を必要とするを以て一定期間綜合的に訓練し統治の根本方針との關聯に於ける行政各般の內容、動向等を理解せしむると共に見學視察等に依る實際的知識を授くる要あるものとす (ハ)適任者を簡拔して他官廳工場、大學其の他の研究機關に派遣し專門的知識及技術を修得せしむること (ニ)上司は常に部下の教養に意を用ひ隨時論文又は意見を提出せしめ或は行政事務に關する研究討論の機會を與ふる等に依り向上の刺戟を與ふること (ホ)官廳雜誌其の他の資料を活用して教養訓練に資すること而して之が為には官廳雜誌等を整理統合して其の內容の充實を期するものとす 三、有能なる人材の招致に付特に考慮すること 四、行政の技術化に伴ひ實業專門學校卒業者の事務官吏への採用に努むること而して之が為には此等の者の地位及待遇に付考慮するものとす 五、行政の複雜化、專門化に應じ適材長用主義を採り官吏をして當該事務に精通熟達せしむると共に政策、方針の徒なる動搖を防止すること而して之が為には同一地位に於ける昇進等に付考慮するものとす 六、待遇の改善を圖り其の地位に安んじて奉公の誠を致さしむること (イ)少數精銳主義を採り定員減少に依り生ずる餘剩を以て待遇改善に充つること (ロ)加俸を名目上のものたらしめず實質上のものたらしむること 七、素質向上、能率增進を圖る為人事監察を實施すること (イ)功過表制度を設くること (ロ)信賞必罰を勵行すること特に功績に對しては適當なる表彰方法を考慮するものとす (ハ)人事監察に當りては事務成績を本位とし官吏の士氣を萎靡せしめざる注意すること |
02 | 行政機關改革案 |
03 | 行政運用刷新要綱 |
04 | 人事改善要綱 |
05 | 眾議院本議會 東條首相答辯 南方處理の中樞機關 事態の進展に伴ひ機構工作 |
06 | 大東亞有無相通の 綜合計畫を樹てよ 岡田氏の質問演說要旨 |
07 | 眾院豫算總會 |
08 | 貴院正副委員長 |
09 | 赫赫たる戰果獲得 陸軍大臣の戰況報告 |
10 | けふの兩院 |
11 | タヴオイ(緬甸領)を占領 |
12 | 陸鷲新嘉坡を大空襲 |
13 | セガマを攻略、南へ一路猛進 |
14 | ○○に向け猛進擊(馬來西岸) |
15 | 緬甸ルート遮斷迫る |
16 | 斷乎.搾取方針排擊 首相答辯第一日の貴院本會議 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 本島志願兵と體育問題社說 一 榮譽ある志願兵制度はいよいよ本島に實施されるが來る二月一日の志願受付日を今や遲しと待ち構へて居る本島人青年層が全島各地より蹶起して居る事は本島人大眾が皇國民の三大義務の一つである兵役義務を果す好機會を與へられたものであり、青壯年適格者は一人でも多く軍旗の下に馳せ參じ國家の干城とならねばならない秋である。本島人青年の體格が內地人青年に比較して甚しく虛弱であることは專門家が均しく痛感する處である、その中でも都市青年が農村青年よりも更に一層體格が虛弱である實情にある。將來の島民皆兵を目指して居る本島が榮光に輝く志願兵制度を機に青少年層の體育問題に對し振興策を官民の協力に依つて講究する事は目下の急務である。我が忠勇なる皇軍が支那大陸を始め太本洋及び南洋に於いて世界戰史の一頁を飾る赫赫たる大戰果を擧げつつあるのも實に强健なる將兵が總ゆる困苦缺乏に耐へる體力を有するからである、近代戰は實に精巧なる兵機を必要とすると共に身心共に强健なる兵士の奮戰に負ふ所が甚大である、斯る見地よりして皇國守護の一員として起つ本島志願兵を目指す青壯年層の體育問題は實に閑却に附すべからざるものである。 二 由來本島人の體育に對する關心は學校教育及び社會教育の普及に依り逐年向上の一途を辿りつつあるとは言へ、未だにその個人生活に於いては體育問題に對しては無關心であり、殊に青少年層が國家の干城として强健なる身心鍛鍊を急務とするにも拘らず、因襲に捉はれ無理解であつた事もその大半の原因であると言ふべきであらう。都市に於いては狹隘なる家屋に多人數が居住し、通風採光が惡く幾多の有為なる青少年達をして夭折させ國家が最も必要とする人的資源を喪失させて居るのは有識者の均しく遺憾とする所である。榮譽ある志願兵制度が實施され、本島人大眾も軍旗の下に馳せ參ずる好機會に惠まれた聖代に於いては督府當局が積極的に體育施設の擴充整備を為すべきであると共に民間に於いても島民皆兵の實施の日に備へて今から青少年層の體育問題に對し重大關心を拂ひ、無理解階級に對し敢然として指導啓發を為すべきである。これが真に志願兵を送る根本對策であると信ずる、今や我國は東亞十億民族の救世主として起つたのだ、南方施策の第一線に立つ本島として國家の干城を一人でも多く育成して行くべきである。 三 盟邦獨伊が歐洲諸國の新秩序建設に成功しつつあるのも實に多年に亘り青少年層の心身鍛鍊に對し全力を傾注し强健なる將兵の造成に邁進した結果である。熱帶圈內にある本島が惡疫の驅除に成功し、衞生施設の完備を見つつありと雖も青少年の體育問題に對しては尚一段の努力を拂ひ强健なる青年を志願兵として送り出す為めにはこの機會に官民協力して一時も早くその振興策を樹立されん事を切望するものである。卽ち個人的にも集團的にもその身心を鍛鍊する機會を作るべきである、現在都市及び農村に於ける體育施設を見るに一旦學校を出たものは不健全なる娛樂に耽溺して顧みず有為なる青年の體位を低下させて來た嫌ひがある。島內專門家が多年の研究に依り立證して居る如く本島人青年の體格は鍛鍊に依つては內地青年に劣らぬ强健なる身心を育成し得られる事を確言して居り、志願兵制度こそは本島人青年の皇國民としての健全なる心身鍛鍊の好機會である、一人でも多くこの榮譽ある志願兵を志願して行くべきを期待すると共に今後の青少年層の體育問題に對し全島民とも積極的に助長協力すべきである事を提唱したい。 |
02 | 廣過ぎる戰鬪地域 議員達地圖を逐ふのに忙しい 大東亞戰議會風景 三笠宮殿下台臨 |
03 | 作戰太平洋の全域に及ぶ 嶋田海相の戰況說明 |
04 | 半島の志願兵 逐年飛越的高潮へ(二) 皇國民仕上げに淚ぐましい力鬪 |
05 | 鐵の山.銅の山 新竹市、金屬供出開始 |
06 | 農村へ健全娛樂 皇民奉公會臺北州支部で 實地指導班を設置 |
07 | 綜合企畫性に重點 府の機構人事刷新 |
08 | 泰の敵性商社 皇軍の平和進駐で影を潛む 坂本華銀副支配人談 |
09 | 東寶臺灣配給所が移轉 |
10 | 羅東信組の 通常總代會 |
11 | 宜蘭市議が海 軍へ献金 |
12 | ときのこゑ |
13 | 訃文:劉陳光 |
14 | 十一日目勝負 |
15 | 人事.消息 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 一面戰爭、一面開發 賀屋藏相の財政演說 |
02 | 聽け!軍國青年 「つはもの」たるの道此處に在り 志願兵制度講演會 |
03 | 七名揃つて志願 北港郡役所の少壯職員 |
04 | “盡忠志願兵” 熱血で染まる嘆願書 |
05 | 奉公運動に挺身 板橋奉公壯年團成立 |
06 | 二子を御國に 感激を語る老志願兵 |
07 | 熱誠山野に漲る 夫の出願に血判して激勵 ブリンス社軍國の妻 |
08 | 大甲奉公壯年團 結成式を擧行 |
09 | 大寮奉公壯年團 廿四日に結團式 |
10 | 兵志願熱昂揚に 後援會萬全の措置 |
11 | 志願兵促進に 時局講演會 |
12 | 玉里街郊外に 良質炭礦發見 |
13 | 瀧見青訓所 第三次訓練生廿五日入隊 |
14 | 南方進出推進に 建南協會を設立 |
15 | 桃園愛婦支會員 大詔奉讀式擧行 |
16 | 防諜防犯 講演會開催 |
17 | 桃園方委例會 |
18 | 地方便り |
19 | 今日の映畫 |
20 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 衣料の綜合切符制 椎名商工次官放送國民の協力要望 |
02 | 港灣運送業を統制 當局と船會社が懇談 |
03 | 南方進出等を審議 臺灣商議所の懇談會 |
04 | 清涼飲料水組合 定時總會を開催 一萬圓献金を決議 |
05 | 王冠等の再製に 厚生工業を創設 |
06 | 城南信組總代會 |
07 | 青果組合聯合會 月例會を開く |
08 | 內臺鮮改正 貨物直通運賃 近く實施されん |
09 | 照明燈 |
10 | 商況(廿一日) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(591)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 英、米、印度兵二萬の 大包圍殲滅戰を展開 |
02 | ジ州の殘敵大掃蕩 |
03 | 西岸の英防禦線を突破 |
04 | ハリケーン七機擊墜 |
05 | 英軍は混亂狀態 我が奇襲上陸で窮地に陷る |
06 | 駐日ソ聯大使 廿四日歸國せん |
07 | 英軍の敗退 英米紙も認む |
08 | 米英陣營に對する 東亞解放の宣言 東條首相の施政方針演說 |
09 | ラボールを爆擊 |
10 | 合作のビルマ空軍 全く反擊の戰意喪失 |
11 | 敵の大部分は死傷 挺身宣傳班員の報告 |
12 | 圖像:ビルマ領進擊第一報 |
13 | 眾院豫算總會 |
14 | 議案續續上程 けふの貴院本會議 |
15 | 本格的審議に入る |
16 | 米商船ア號沈沒 |
17 | 臺拓の增資決定 鹽見金融課長語る |
18 | 汎米共同 宣告案 近く發表されん |
19 | アルゼンチン 決議に不參加 |
20 | 宮內辭令 |
21 | 大村市生る |
22 | 內務事務官級異動 |
23 | 新嘉坡占領の 奉祝行事打合 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 猛虎弦月に嘯く 鬱蒼たるジヤングルの間を タヴオイへ死の行軍 |
02 | 炎熱百度の猛暑 齒を喰縛つて進擊 |
03 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 福建系の出稼人 華僑の內でも一番多い (四)臺灣茶も大歡迎 ジヤバの卷報社消息 |
04 | “宵越の金を持たぬ” 江戶ツ子氣風の緬甸人 |
05 | 新竹市第一種 青年訓練終了 |
06 | 圖像:佛印、河內の風景 |
07 | 見よこの惡虐行為 比島兵を樹に縛つて砲火に洒らす 投降比島將校手記 |
08 | 聽け“護國の熱辯” 志願兵講演會あすより開始 |
09 | 押掛く献金群 廿一日、軍司令部取扱 |
10 | 臺北城北地區 防衛團懇談會 |
11 | 海軍へ赤誠献金 二十日も陸續殺到 |
12 | 一家献金 忽ち千九百圓集る |
13 | 靜修女學校同 窓生の献金 |
14 | 工業州の建設へ 新竹州會けふ開幕 |
15 | 慰問ブツク三百冊 北一女.真心を罩めて献納 |
16 | 國婦基隆分會 の新年交禮會 |
17 | 若き學徒の真心 慰問文二萬三千通 |
18 | 本場所の壓卷 安藝、双葉の顏合 |
19 | 臺北市青年 團長會議 |
20 | 城北地區青年 團員が献金 |
21 | 人事.消息 |
22 | 樺山國民學校 開校卅年記念 |
23 | 商況(廿二日前場) |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 海鷲、蘭印各基地猛爆 敵機(十機)敵船(一隻)擊墜破 大本營發表頭條新聞 大本營發表【東京發同盟至急報】大本營發表(二十二日午後五時) 一、敵國□□□空部隊は十五日以降連日に亘り蘭印方面一帶に分散せる敵機を求めてバリツクバパン(ボルネオ島)、マカツサル、パロポ、コロネダレ、ゲンダリ(セレベス島)テルナテ、ラブハ(ハルマヘラ島)アンボン(セラム島)等を攻擊所在機合計十機(內飛行艇六)を擊隊破し各各基地施設を爆破せり。 二、帝國海軍航空部隊は十九日スマトラ方面に對し索敵攻擊を實施しサバン港及びメダン港の港灣施設並びにサバン港在泊中の二千噸級敵船一隻を爆破せり |
02 | ラビス南方へ進出 マレー戰線 迂迴部隊と協力敗敵を急追 |
03 | 敵は總崩れの態勢 |
04 | 英國勢力を一掃し ビルマ全民眾解放 立て、我軍の作戰に協力せよ |
05 | 圖像:貴族院本會議 |
06 | 一瞬.米機四機擊墜 比島戰線で我荒鷲の大偉勳 |
07 | モールメイン攻擊 ビルマ戰線 我陸鷲大編隊數回に亘り |
08 | 皇軍○○に迫る 比島戰線 山岳地帶の敗敵を蹴散らし |
09 | 比島の主要鐵道 皇軍の手で開通 |
10 | 住民の食糧を掠奪 米軍の暴虐振り判明 |
11 | 米洲生產擴充 ウエルズ米代表 案提出の豫定 |
12 | 政府提出法案を 悉く委員に附託 きのふの兩院本會議 |
13 | 眾議院本會議 |
14 | 東條首相の演說 歐洲各方面に感銘 |
15 | 情報部を情報課に 府官房內に新設す |
16 | 貴族院本會議 一兩日中開かす |
17 | 質問の重複避く 豫算理事會の申合 |
18 | 東亞建設案を闡明 心中の會議 眾議院豫算總會へ |
19 | 別に情報委員部設置 委員部長には總務長官 |
20 | 質問の順位 眾議院の豫算 審議方針 |
21 | 眾議院各特別委員會 委員長 |
22 | 豫算案 けふ審議開始 |
23 | 眾院に九特別 委員會を設置 |
24 | 海鷲爆擊地名解 |
25 | けふの兩院 |
26 | 眾議院委員會 けふ一齊開始 |
27 | シンガポール在住の 邦人婦女子約一千 カルカツタに護送軟禁 |
28 | 非交戰地位 承認案を採擇 米洲外相會議 |
29 | 英軍退却 英東亞軍の發表 |
30 | 運送機で援蔣 物資を輸送 制海權失つた米國 |
31 | モロトフ外相 倫敦訪問か |
32 | 大體郡單位の 連絡機關設置 內務省經費計上 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 督府の行政機構改革案成る 運用の完璧と人事の改善が第一社說 一 豫て懸案中であつた總督府の行政機構改革は、愈愈府議決定したので、去る二十一日全面的に發表され、同時に之に伴ふ行政運用刷新並人事改善の兩要綱が夫夫發表された、行政機構改革案の內容に就ては、今迄屢屢報道された通りであるが今其主眼點を要約すれば、結局機構に於いて從來の官房及交通、專賣の兩外局を除いた七局二部を適當に改編して、之を九局に改め卽ち企畫部、審議室を解體して、ここに綜合的計畫性を目的とする總務局及び近く獨立する筈の山林局並に內務局を合體して、地政行政を主體とする地政局の兩局を新設する外、米穀局を食糧管理局に、外事部を外事局に改稱昇格せしめて之に伴ふ各課の再編成を斷行した等の諸點が擧げられてゐる、而して今度の行政機構改革の狙ひどころは總督府として、戰時態勢に則應し綜合的に企畫性をもたしめ、以て事務處理の能率化を期し、實質主義に依る行政全般の目的に適合せしめんとするにあるは申すまでもない、然るに本案の主眼點とも見るべき總務局に豫算決定權を附與してゐないため時局柄技術的に最も難點とされる金と物とを適當に睨合せて編成さるべき豫算については今後如何につぎ合せるか蓋し今後に殘される問題であらう、 二 次に行政運用に關し大に刷新を圖るべきであることは夙に唱導されて來たところであるが、形式にとらはれる官廳の事務處理の如きは從來最も非能率的であると謂はれ、殊に上司の總意に依るよりか寧ろ下僚の立案に重きが置かれ、之がために世間から屬僚政治の弊害とまで非難されたことがあつたので、政治の明朗化を圖る見地から之が刷新を圖るべきである 殊に權限明確ならざるを理由として責任を回避し、卽時斷行し得なかつたがため、事務遂行を妨げ時期を失した例は少くないのである、從つて今後文書取扱手續の簡易化及敏速化を圖ることも速に實行しなければならない、特に最近の如く凡べて官廳の許認可又は諒解を得なければ實施し得ない今日に於ては愈愈その緊急なるを痛感するのである一方又民間との關聯を緊密にすることも此際大に考慮すべきことであらう、而して民間に於ける有為優秀なる人材の知識、經驗を尊重することは國政の運用を最も圓滑ならしめるに必要欠くべからざることである 三 更に科學技術の重視活用についても現在の各種試驗機關との聯繫を緊密ならしめるばかりでなく、技術者を課長にして差支へなきものにはどしどし之を登用し、現在以上に技術者の待遇改善を圖るべきである、次に人事の改善については、國體の本義に徹する皇國官吏たるの精神と皇國南方發展の先驅者たるの矜持と氣魄とを以て執務及言動の基本たらしめ教養訓練の徹底を圖ることが根本であり、進んで有能人材の招致登用、少數精銳主義、技術者の重視簡拔、適材經通主義、人事監察制度の實施等も大切であるが何れにしても適材を適所に、技術者の重用、民間人の登用の如きは今後人事を登用するに最も考慮すべきである、他方有資格者と雖も勉强せざるものに關しては或程度の鞭撻方法を考へる外資格なき者でも有為有能の士はどしどし之を登用して功過を明かにし、信賞必罰を是非共勵行すべきである |
02 | 軍國乙女馳參ぜよ 督府で現地陸軍病院に 看護婦助手を派遣 |
03 | “君恩泰山より重し” 島都志願兵座談會山本中佐が熱辯 |
04 | 臺灣神社上棟祭 二月五日嚴かに執行 |
05 | 島都の醫者に聽く座談會 志願兵と體力問題(一) 懸念は一切無用 活動の可能性は充分にある 但し鍛鍊を忘るな報社消息 |
06 | 若人の決意披瀝 港都壽青年團大會盛況 |
07 | 志願兵に關し 講演並座談會 廿七日瑞芳信組で |
08 | 宜蘭郡奉公壯 年團結成式 |
09 | 大阪も“南進一色” 講習會は超滿員の盛況 |
10 | 基隆双葉校 でも計畫 |
11 | 帝國と協力を決議 泰國在留華僑の鮮かな轉向振り 山本督府屬の土產話 |
12 | 眼で觀る大東亞戰 皇民奉公會中央本部の主催で 七日より移動展を開催 |
13 | 建設的意見續出 新竹州翼贊州會開幕 |
14 | 誠心罩めた慰問ブツク 軍司令部に北一女から献納 |
15 | 恤兵金として 三百圓を献金 議員一同の醵出 |
16 | 報道部に咲く献金品佳話 |
17 | ときのこゑ |
18 | 夢見る“大空”へ 林炳聰君航空兵を志願 |
19 | 宜蘭から二十六名志願 |
20 | 紙芝居講習會 卅一日城北出張 所にて |
21 | 十二日目勝負 |
22 | 總督府辭令 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰下の臺中州會 讀會拔まで審議に勉勵 |
02 | 銃後州政を 真摯に討議 |
03 | 島民感激の献金 二十日軍司令部受付 |
04 | 圖像:花蓮港報國挺身隊員の古金屬回收 |
05 | 愛國の熱誠躍如 “つはもの”嘆願者三千百餘名 舊臘末臺南州の統計 |
06 | 戰野で散るのが本懷 トア社青年血書嘆願 |
07 | 嘆願者頓に增加 |
08 | 花蓮港廳會 けふ開催 |
09 | 嘉義郡街庄豫 算編成打合 |
10 | 屏東聯青の查閱 シヤベリ肩に千餘の健兒參集 |
11 | 陸鷲への憧れ 受驗者倍加 |
12 | 花蓮港奉公會 實施行事計畫 |
13 | 志願兵講演會 關廟をトツプに各市郡に開催 |
14 | 皇軍將兵慰問金 第四回領收報告報社消息 |
15 | 志願兵スライド 當選者發表 |
16 | 花蓮港の講演會 |
17 | 適格青年集めて 主旨を徹底 |
18 | 時局講演會 三峽街で開催 |
19 | 戰勝祈願 新年式 |
20 | 屏東奉公青年 訓練所修了式 |
21 | 鶯歌奉公壯年團 結成式を擧行 |
22 | 集團生活鍊成 鳳山奉公班で 隣組共同炊事 |
23 | 陳君の保甲葬 泥棒逮捕で殞る |
24 | 人事 |
25 | 地方便り |
26 | 今日の映畫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰時緊急施策要綱 過日の懇談會で可決 臺灣商議所 |
02 | 島都銀行金融緩慢 年末預金一億五千萬圓突破 |
03 | 二期米需給推算 打合會を開く |
04 | 新たな農業再編成 (下)/水野武夫 |
05 | 臺灣パルプ事務所移轉 |
06 | 小作改善團體 事業成績良好 |
07 | 鐵鋼製品取扱 實績の報告を要す |
08 | 臺北商議所廿 六日役員會 |
09 | 龍井消費米組合 通常總會を開く |
10 | 鶩六十萬羽 高雄州三ヶ年繼續で生產 |
11 | 勞務調整令解說懇談 廿七日公會堂で開催 |
12 | 照明燈 |
13 | 郵船出張所長 任命さる |
14 | 商況(廿二日) |
15 | ラジオ |
16 | 水滸傳(592)/黃得時;榎本真砂夫 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新嘉坡街道ひた押し 皇軍急追ヨンペンに肉薄 ジ州の敵今や崩潰の一途 |
02 | 英軍全く窮地に陷る |
03 | モールメイン陷落 愈よ目睫に迫る! |
04 | わが猛攻で英軍後退 |
05 | 陸鷲宮澤部隊の 目覺しい奮鬪振り |
06 | 南方經濟建設方略 鈴木總裁所信を批瀝 |
07 | 東亞問題に質疑限定 眾議院豫算總會開く |
08 | 英側損害甚大 死者千二百、負傷者二千五百名 十三日の我蘭貢空襲 |
09 | 基隆東北會 陸海軍献金 |
10 | 壯烈な總攻擊展開 バタアン半島要塞に對し |
11 | 海鷲、サバン港空襲 |
12 | 壯烈.土倉機自爆 バ半島の上空で殊勳たてて |
13 | 圖像:南海を制壓する海軍空襲部隊 |
14 | 汎米外相會議 共同宣言案內容 |
15 | シンガボール混亂 人口三百萬に達し戰戰兢兢 |
16 | 小賣商部門の 統合段階に推進 更生金庫、資本金增加 |
17 | 海國船員魂を發揮 ダヴアオ附近の敵前上陸成功 ○○丸に齋らす當時の勇戰談 |
18 | 濠洲首相恐怖 |
19 | 時局策進委員 會を設置 汪院長委員會に |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 薰る芝山巖精神 全國の師範教科書に蘇る 六氏先生の遺烈 |
02 | 君知るや.夢の國幻の國 招くよ“南十字星” 水牛の背中に白鷺達の常會 銃執る兵、畫中の人 ボルネオ風景 |
03 | 勳章傳達式 を執行 市會議室で |
04 | 御講書始の御儀 けふ午前十時から |
05 | 勳八瑞寶章拜受 新竹州下の譽れの軍夫達 二百三十六名に上る |
06 | 井上兵務部長 新竹師範查閱 |
07 | 齋藤總務長官上京 政府委員として議會に出席 |
08 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 福建語が標準語 華僑相手の商賣には (五)臺灣語で結構通用 ジヤバの卷報社消息 |
09 | 瑞芳庄志願 兵講演會 |
10 | 華僑の態度一變 大東亞共榮圈確立に協力 泰國近況.成岡事務官談 |
11 | 武丹坑國民 校に地鎮祭 |
12 | 本島人の献金激增 續續と海軍武官府へ |
13 | 時局常識 蘭印のバタビヤは “よき土地”の意味 |
14 | “八紘一宇”を象徵 建物全部を八角に建てる 農民訓練所開所 |
15 | 賴母し軍國の妻 夫を戰場に送つた警官の 妻女感激の献金 |
16 | 興南詩苑漢詩 宴三星莊田家/高肇藩、遊三星村/高肇藩、馳車過鷄籠海岸望龜山/高肇藩、夜經澳底/高肇藩 |
17 | 臺北州で市長 郡守會議 |
18 | 十四日目取組 |
19 | 人事.消息報社消息 |
20 | 商況(廿三日前場) |
21 | 興南案內報社消息 |
22 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 敗敵を猛追又猛追 天險シヤン山脈を踏破 ビルマ戰線頭條新聞 【ビルマ戰線○○二十三日發同盟】二十日未明國境を突破したわがビルマ作戰は國境の町ミヤワデイにおいて機械化部隊を含む敵國境警備隊約二百を一擧に屠り同夕刻には敵前線據點○○を包圍二十一日午前十一時遂に同地を完全に占領したが各部隊はいよいよシヤン山脈の突破作戰に移り敗敵を猛追又猛追二十一日夕刻には○○の敵防禦線を扱いた、前進陣地を開戰二日にして崩潰された敵は後方基地○○に□つて敗走を續け道路上には南側ジヤングルの大木を切り倒してわが軍の進擊を阻み密林地帶或ひは山嶮に據つて申譯的の反撃を試みたがわが軍は天嶮もものかは飛行隊の協力を得て挺身を續け途中敵戰車二十と遭遇これを攻擊內七臺を破壞して進擊した、斯くて二十二日午後一時には敵が天嶮越ゆべからずと豪語したシヤン山脈を踏破○○地方の平地に進出二十二日夕刻までに一部を以て敵前線の要衝○○の包圍態形を整へ同地の危機はいよいよ迫つた後は見はたすビルマ大平原目指すモールメインまでは坦坦たる道路の連續である、わが將兵の士氣いよいよ旺盛である 緬甸義勇軍に參加者簇出【ビルマ前線○○廿三日發同盟】ウー・サウビルマ首相の英官憲に依る逮補はビルマ民眾の間に騒然たる反響を捲起して○○方面のビルマ人は敢然ビルマ義勇軍に參加を申出す者が續出これらの內にはかなり遠隔の地から馳參じた者も多數ある |
02 | 十九次新嘉坡爆擊 海鷲、大戰果を收む 大本營發表 マレー戰線 |
03 | ○○一帶の敵を猛攻 |
04 | 怒濤の進擊を續く 皇軍三方面から一路新嘉坡へ |
05 | 濠洲深刻な恐怖 ビスマルク群島に對する 我大規模な爆擊で |
06 | 食糧管理法案上程 きのふの眾院本會議 |
07 | 敵旅團長戰死 |
08 | 皇軍の總攻擊 猛烈 米陸軍省發表 |
09 | 圖像:敵の裝甲車を分捕つて萬歲を 叫ぶ皇軍勇士 |
10 | 生存者論功行賞 |
11 | 大東亞自給體制へ 占領地域統治の四原則 東條首相が闡明 |
12 | 長期戰必至を覺悟 眾議院の豫算總會東條首相答辯 |
13 | 比島モロ族我軍に 全面的協力を誓ふ |
14 | けふの兩院 |
15 | 英、米援ソに腐心 |
16 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 南方開發と 臺灣の協力社說 一 大東亞戰下初の通常議會に於て、東條首相は其の施政演說の中に簡明率直に政府の方針と國民の趨ふべき處を明示した。卽ち今次の戰爭は、大東亞共榮圈を確立せんとする世界新秩序建設に關する帝國の雄大な經倫であつて、今後の建設戰に當つては大東亞防衞のため、絕對に必要なる地域は帝國之を把握措置し、其他の地域は各民族の傳統文化に應じて適當に處置すべきことを明らかにした。而して香港、マレー半島は英國の東亞禍亂の基地であつた事實に鑑み、徹底的に禍根を芟除して大東亞防衞の據點たらしめることとし、比島に對しては東亞建設に同調して來る場合には獨立の榮譽を與へ、又ビルマについても同樣であるが、蘭印、濠洲については現在の如く抗戰の態度を繼續するに於ては容赦なくこれを擊碎するも、若し其の住民にして帝國の真意を諒解して協力し來らば、帝國は彼等の福祉と發展の為め十分の理解を以て力を添へるに決して吝かでないことを宣言せられたのである。 二 東條首相の右の演說は、實に米英陣營に對する大東亞解放の宣言とも云ふべき、世界史的意義を有する大演說で、世界各國に絕大なる影響を與へたのも當然のことであらう。而して東條首相は、議會の質問に對し、南方政策の處理に關して答辯した處を綜合するに大體次の通りである。卽ち南方政策の遂行に當つてはあくまで慎重を期し、南方開發に當つては一大調查機關を設けて國論の統一を圖る必要があり、そのためには南方處理の中樞機關設置の問題も事態の進展に伴つて必要なる機構工作、並に南方開發の為めの國民訓練所設置も必要であり、目下それぞれ具體案を立案中である旨答辯されてゐる。云ふまでもなく、大東亞戰の建設は我が帝國を盟主とし、其の指導の下に大東亞共榮圈を確立するに在るため、其の政策は統一的綜合的でなければならず、又南方處理の中樞機關の設置並に南方進展の人的資源の訓練は洵に必要なことと云はねばならない。 三 臺灣の南方政策への協力も、未だ具體的にその限界輪廓を明らかにされてゐない模樣であるが、しかし右述の方針にあくまで則するものでなければならないことは想像するに難くはない。しかしながら帝國の唯一の熱帶地たる臺灣過去四十餘年の經驗と技術と智識及其の人的資源は、少くとも現實の實際經營に於て直ちに取つて以て國家的に役立ち得ることは、何人も異論のない處であらう。殊に南方熱帶圈に對する認識と調查と研究とに於て、帝國が有する識見は、蓋し臺灣が最も有力なものがあらう。從つて臺灣の南方協力問題は現實の日程に上つてゐるといふべく、本島の官民は齊しく急速に其の態勢を整へなければならない、しかしながら臺灣の南方協力は、或は政策的に限界があるかも知れないが、少くとも產業經濟等の技術的分野に於ては、最も有力な寄與をなし得るものがあるといふべく、人的資源の提供に至つては更に好適な條件に惠まれてゐると云はねばならない。官民の自覺と奮起を切望して止まないものがある。 |
02 | 死を待つ新嘉坡 陷落翌日一齊に戰捷祈願祭 |
03 | 各方面に活潑な動き 層一層粘強い底力で積極的前進へ 石田憲兵隊長西部視察談 |
04 | 島都の醫者に聽く座談會 志願兵と體力問題 (二) “育兒報國”の時だ 生んだ赤ん坊は立派に育てよ 日本女性の責任報社消息 |
05 | 島都赤誠の献金 廿三日の受付總額一萬一千餘圓 軍司令部 |
06 | 井上兵務課長 と松尾部隊長 きのふ來新 |
07 | 熱烈な感懷を歌に 松尾部隊長若人に贈る |
08 | 白衣勇士慰問に 高砂族の劇團を繰出す |
09 | 港都の講課並 に座談會盛況 |
10 | “若人.忠誠を誓ふ” 廿五日市公會堂で青年有志が獅子吼 |
11 | 魁挺身隊大會 廿五日第一劇場で |
12 | 青少年體力增強へ 國防能力.特技檢定兩制度を新設 逞しい兵隊を目標に |
13 | 青年團講演會 昨夜五國民校で開かる |
14 | 壯丁團員百餘名が志願 |
15 | ときのこゑ |
16 | 基隆東北會 陸海軍献金 |
17 | 消防詰所新設 宮前、龍山寺町に |
18 | 十三日目勝負 |
19 | 春場所きのふも超滿員 |
20 | 時局映畫講 演會を開催 |
21 | 青潭部落の宣誓 式廿九日に變更 |
22 | 艋舺信組通常總會 |
23 | 人事.消息 |
24 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 起て!我等青年 高雄魁隊.街頭で絕叫 |
02 | 「先づ自分から」垂範 志願兵懇談會で續續名乘る |
03 | あなたに期待する所大 志願の推進力となれ 那須市長女性に呼びかく |
04 | 勳章傳達式 市長公室に於て |
05 | 一言一句これ赤誠 初志貫徹をせがむ施金豆氏 竹中憲兵分隊長を訪問 |
06 | より良き志願兵を 感激を語る東臺南魁挺身隊長 |
07 | 若者に時局 認識を徹底 許聰敏氏語る |
08 | 遊說の下打合 |
09 | 近づく星港陷落 祝賀行事を打合せ |
10 | 特志看護婦 志願書を提出 |
11 | 鍛へる若き魂 屏東少年團合同野營 |
12 | 軍國坊やの献金 に一同感激 |
13 | 傷病兵慰問に 椪柑二千個 |
14 | 志願兵促進 講演會 |
15 | 慰問金に献金 |
16 | 工業振興に努力 花蓮港廳協議會開く |
17 | 麻豆でも 講演會開催 |
18 | 郭阿塗氏の 數數の義擧 |
19 | 献金を遺言 里港東校の 鄭氏美香さん |
20 | 多子家庭を調查 |
21 | 積極復興施策へ 委員會の機構を擴大 |
22 | 皇軍將兵慰問金 第五回領收報告報社消息 |
23 | 三十張犁部落 常會研究會 |
24 | 臺中方委例會 |
25 | 基隆郡下華僑に 時局認識講演 |
26 | 高等科設置を 二林街民が陳情 |
27 | 沙鹿の婦人 懇談會開催 |
28 | 惡德養魚者に お灸 |
29 | 臺中ダイヤ 工場燒かる |
30 | 人事報社消息 |
31 | 地方便り |
32 | 今日の映畫 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米增產を強調 共榮圈確立後も米は不可缺 殖產局主催 米穀增產協議會で |
02 | 港灣行政機構 統合案既に成る 早期實現を期待 |
03 | 補助貨流通高 昨年末二千萬圓に肉迫 |
04 | 安部幸商店異動 大久保氏廣東へ |
05 | 海上輸送の 月例懇談會 |
06 | 臺鐵の貨物運賃 一部是正を研究 |
07 | 財津技師 廿五日に上京 |
08 | 嘉義建築 組合總會 |
09 | 照明燈 |
10 | 商況(廿三日後場) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(593)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | マレー作戰は今や 最後的段階に入る 皇軍三方面より疾風の進擊 マレー戰線 |
02 | 英軍總退却を開始 |
03 | 敵に殲滅的打擊與ふ |
04 | 一氣に五十餘粁南下 |
05 | 圖像:マレー戰線 |
06 | 濠洲將校反樞軸軍 司令部附に任命 |
07 | 產業の再編成必要 豫算總會岸商相が答辯 |
08 | 蘭貢飛行場を急襲 |
09 | 英の崩壞を示す ビルマ文相の放送 |
10 | タヴオイの秩序回復 |
11 | バタアン半島猛攻 |
12 | 馬來の危機を強制 ロイター通信の報道 |
13 | 新銳戰鬪機到着 英軍司令部發表 |
14 | ヨンペンを猛攻中 ジヨホール州北半に敵影なし |
15 | 比島行政機構の 組織命令を傳達 マニラ市長再建に發足 |
16 | 東條首相の 大東亞宣言 日本信賴の念を 更に深めた 比島ブ行政長官の聲明 |
17 | 東亞戰局を 極度に悲觀 英政府筋の意見 |
18 | 葡軍チ島の 一部を防備 |
19 | 外交斷絕勸告 汎米外相會議 政府委員會で |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 若人の心身を鍊磨 紀元の佳節に參拜行軍競走大會 |
02 | 歡迎の鯨波爆發 ミナハサ地方住民 皇軍と進んで協同 |
03 | 武勳の護國英靈 あす臺北發無言の凱旋 |
04 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 住民は爆竹が好き 輸入額何んと年に二百萬圓 ジヤバの卷報社消息 |
05 | 敢然‧惡天候に挑む 海鷲に聽くウ島初空襲 |
06 | 圖像:マレー戰線 |
07 | 全國民各職域の 指導者達を鍊成 國民鍊成所愈近く完成 |
08 | 馬を懷しむ勇士 マレー戰線に咲く朗話 |
09 | 官制公布 |
10 | 決戰下學徒の意氣 新竹師範の教練查閱 |
11 | 堀江町愛婦國婦班の赤誠 |
12 | 相次ぐ戰果に感謝 武官府に大口献金續く |
13 | 業佃子弟 農事講習會 |
14 | 鄉軍市聯合分會查閱 二日間川端公園で實施 |
15 | 時局徹底に 常會を開催 |
16 | 志願兵に感激賜金を寄附 歸還した勇士 |
17 | 保正が率先起つ 熱血燃ゆるこの赤誠 志願兵美談の數數 |
18 | 金屬回收好成績 |
19 | 興南詩苑漢詩 大東亞戰感賦/松野綠、大東亞戰感賦 二/松野綠、壬午新春感懷/陳炳添、新一月初六夜次炳添兄春感韻/黃景南 |
20 | 志願兵制實施に 協力方を呼掛く 開業醫有志全島に檄 |
21 | 千秋樂取組 |
22 | 女子修練生の 訓練狀況視察 女青團長十名が |
23 | 基隆商議總會 |
24 | 興南案內報社消息 |
25 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | ニューギニア島東方 ラバウルとカビキエングに敵前上陸 陸海軍協同着着戰果擴大 大本營發表頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二十四日午後五時十五分) 一、帝國陸海軍部隊は緊密なる協同の下に一月二十三日未明敵の抵抗を排除してニューギニア島東方ニューブリテン島ラパウル附近の上陸に成功し着着戰果を擴大中なり 二、帝國海軍特別陸戰隊は同日未明ニューアイルランド島カビエングの敵前上陸に成功せり |
02 | 皇軍、濠洲領攻擊開始(濠洲軍と發表) |
03 | 海鷲、新嘉坡大爆擊 スマトラ方面を索敵攻擊 |
04 | 陸鷲、赫赫の大戰果 マレー、蘭印、緬甸方面空襲 |
05 | パリトスロン占領 引續き○○に猛進 マレー戰線 |
06 | ヨンぺン街道突破 |
07 | メルシンの敵猛攻(東岸) |
08 | 暴戾、敵毒瓦斯を使用 |
09 | 德山讀賣會特派員 戰傷死を遂ぐ |
10 | 要衝○○完全占領 カウカレツツ平地へ進入 ビルマ戰線 |
11 | 敵三十五機を擊墜 |
12 | 印度軍增員 |
13 | レキシントン擊沈 我が潛水艦から公式報告 華府某紙、記事を揭ぐ |
14 | 敵前四百米に肉薄 |
15 | 敵陣悉くを蹂躪 |
16 | 約五百の敵を潰滅 |
17 | 西岸地區の我戰況 |
18 | 日本銀行を中心に 大東亞金融圈確立 豫算總會賀屋藏相答辯 |
19 | 總額百八十億圓 臨時軍事費提出さる |
20 | あす即決可決 眾院豫算總會で |
21 | けふ兩院休み |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 東亞諸民族 協和の道 先づ文化の相 互理解から社說 一 大東亞共榮圈內の各民族は人種的に云へば、等しく黃色アジア民種であるが、その中には大和族、漢族、滿洲族、朝鮮族、蒙古族、苗族、印度支那族、馬來族等の諸民族があつて、共榮圈の主たる構成要素をなしてゐる。これら各民族は元來自然的環境の相違や歷史的傳統その他諸種の事情に依つて長い間に分化して來たものであつて、各民族間には種種相異つた共通的特色を有し、且各各違つた氣質や心持ち、違つた風俗習慣や思想信念、或は生活樣式を持つてゐる。卽ち各各異つた一つの民族性があり、民族型が出來てゐる。從つて各民族は感ずることも、考へることも、行ふことも凡てその型を通じて行はれてゐる。假令自分ではそれを意識して居なくても、事實に於てその型の制約をどうしても免れることは出來ない。プラトーが幾ら大哲人でも矢張り希臘的であり、釋迦が幾らお悟りを開いても矢張り印度的であり、トルストイが如何に人道主義者でもロシヤ的であることを免れ得ない。否寧ろ大立物になればなる程一面最も民族的特色を發揮してゐる。孔子も、基督も、ゲーテだつて、沙翁だつて、皆然りである。彼等は世界的、人類的に尤も價値あるものを生み出して居り乍ら、その民族的特色又は民族の型を通じてと云ふ條件を何しても免れ得ない。それ程民族心理の型は頑强な運命的なものである。 二 だから或る民族の文化は何してもその民族の特性を帶びて來る。同じアジア人と云つても、日本人には日本人特有の文化があり、漢人には漢人特有の文化があり、馬來人には馬來人獨特の文化がある。これらは無論何處かで一つに溶け合ふ點はあるが、併し大體から云つて可なり性質の違つたものがある、況んや西洋文化に比較すれば本質的に相異るものが存する。これらの異る文化が相接觸することに依つて一國の文化に大なる進步向上を齎らすものである。恰も各人には種種の長所があり、特質があるが如く、一國の內でも東西と南北に依り文化を異にする。殊に一國と他國との關係に於ては更に甚しいものがある。これらが相接觸することに依つて文化の合流が行はれ、その程度は向上するものである。卽ち他國の進步を取つて自國の進步に資することが出來、且つ相互の間に類似點を生じ、その共存關係を密接にし、民族の協和を助くるものである。 三 併しながら一國の文化は善いものもあり、惡いものもある。又善いものにしても文化はその國の自然的環境に應じて生れたものであるから、これが採用に當つて自己に適する如く修正を加へなければ、竹に木を接ぐ樣なものでチグハクとなる。從つて無批判的な合流は模倣と云つて、利を享くると共に大なる弊害を伴ふものである、自國の成俗に合する如く應用することが大切である、合流は應用に依つて進步を齎らすが、單なる模倣は却つて進步を阻害するものである。かかる輕薄な模倣主義に對して一切他の文化を侮蔑し排擊せんとする偏狹な國粹主義者も居る。これは模倣に依る弊害はないかも知れないが、合流による進步もなく、今日の國際的環境に於ては文化的落伍者となることは必然である。從つて吾吾は自國の文化を重んじ、愛するが為に、他國の文化を侮蔑し、排斥することは本當ではない。各民族が各各その特殊文化を發揮し乍ら、他國の特殊文化を理解し尊重し、學ぶべきは學び各民族の個性と創意を發揮して新東亞文化の實現に協力すベきである。是れ東亞諸民族協力融和の正しい道であると確信するものである。 |
02 | 片翼、數百哩翔破 少年航空兵悠悠基地へ歸還 九死一生初陣の離れ業 |
03 | 鐵輪下.頑敵蹂躪 少年戰車兵 阿修羅の奮戰 |
04 | 志願兵と體力問題 子寶は御園のもの 養育に是非この氣持報社消息 |
05 | “豫ねてからの覺悟” 川崎少佐未亡人語る |
06 | 殺到する献金群 臺灣軍司令部扱 |
07 | 無上の光榮だ 故村井氏母堂語る |
08 | 寒稽古に參加 志願を前に身 心の猛訓練 |
09 | 明朗竹を割る 故垣田一等兵 |
10 | 父子二代御奉公 光榮の故西山伍長 |
11 | 四年間を戰場に 月岡兵長壯烈な戰死 |
12 | 故岩村記者 の臺日社葬 |
13 | 志願兵講演會 昨日新興校で |
14 | 銃後の治安は鐵壁 宣戰以來犯罪が激減 |
15 | 張切る献金熱 お山から武官府へ殺到 |
16 | 月桃を栽培 賣約金を献金 |
17 | ときのこゑ |
18 | 傷病兵慰問に 千圓呈上 千葉朝日新聞 社編輯次長 |
19 | 大日本婦人會 支部結成打合 |
20 | 南方語講習會 二月十一日開催 |
21 | 宜蘭郡下各產 組總代會日割 |
22 | 十四日目勝負 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 防空必勝の意氣 赫赫なる大戰果に市民一段の緊張 高雄第三種空訓開始 |
02 | 屏東空訓 好成績裡に終る |
03 | 志願熱百% 嘉義三青年團全員出願 |
04 | 賞賜物件傳達式 |
05 | 大東亞建設の礎石 川崎少佐以下戰死者發表 |
06 | 志願熱を昂揚 臺中青壯年有志實行運動 |
07 | 祭粢料傳達式 十日花蓮港で |
08 | 故深田巡查警察罪 三峽公會堂で執行 |
09 | 森田知事 けふ北斗へ |
10 | 新嘉坡陷落の 祝賀行事決定 |
11 | 努めよ.良兵への道 拳拳服膺、御信倚に酬ひ奉れ 坂口高雄州知事語る |
12 | 企業許可令 解說打合會 |
13 | 壯丁幹部をも 集めて懇談 |
14 | 青年を中心に 高雄で志願兵座談會 |
15 | 州市議等懇談 志願兵制度に付 |
16 | 中和庄の熱血青年 二百餘名出願 |
17 | 奉公醫師團 臺中州支部廿八日結成式 |
18 | 花蓮港は廿六日 |
19 | 花蓮港國婦廿 八日に新年式 |
20 | 嘉義商議總會 |
21 | 田中大尉戰死 赫赫たる武勳樹てて |
22 | 國講所を增設 花蓮港の普及度 |
23 | 噫!震災犧牲者 昨日嚴肅に慰靈祭執行 |
24 | 志願兵劇公演 廿八日里港で |
25 | 漏なく受けよ チフス注射 嘉義市防疫に 完全策 |
26 | 彰化愛婦大會 終つて時局講演 |
27 | 皇軍將兵慰問金第六回領收報告(敬稱略)報社消息 |
28 | 豚コレラ防遏 事業を強化 畜產會打合 |
29 | 醬油の新研究 |
30 | 肉豚の增產へ 多數飼養者表彰 |
31 | 新化奉公壯年團 結成式を擧行 |
32 | 林闊嘴氏の美擧 |
33 | 大甲郡警察職員空腹行軍 |
34 | 豐原店員講習 會發會式擧行 |
35 | 井精共販を 臺南州が慫恿 |
36 | 地方便り |
37 | 人事 |
38 | 今日の映畫 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 資金調查規則 本日府報にて公布 |
02 | 臺灣窯業配當七分 重役二名を增員 |
03 | 臺北三井異動 支店長代理一名增員 |
04 | 全島トラツク 運輸計畫會議 |
05 | 臺灣證券總會 配當年七分可決 |
06 | 港灣勞務需給 審議委員會 |
07 | 臺北州都市住宅 (上)方策要綱を決定 |
08 | 臺灣煉瓦總會 來る廿八日開催 |
09 | 臺灣鐵工業 協會役員會 |
10 | 臺灣籾殼灰組改組強化 臺北州の指定組合を創立 |
11 | 印度麻袋入荷 約一萬七千餘袋 |
12 | 高雄商議所 廿七日定期總會 |
13 | 双葉商行總會 配當年六分可決 |
14 | 臺灣鐵工業協會 役員認可 |
15 | 新港驛で 米初檢查買上 |
16 | 笹本理事會 拓務省へ榮轉 |
17 | 虎尾區バス 合同許可 |
18 | 城南信組總代會 配當年五分可決 |
19 | 臺中麵類製造 組合總會 |
20 | 照明燈 |
21 | 商況(廿四日前場) |
22 | ラジオ |
23 | 水滸傳(594)/黃得時;榎本真砂夫 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 見よ偉大な此戰果 陸軍部隊の週間戰況頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二十五日午後四時四十分)帝國陸軍部隊の一月十五日より同二十二日までに於ける各方面の戰況次の如し ー、マレー方面(一)西海岸方面西海岸方面を進撃するわが部隊は十五日正午要衝マラツカを占領し引續き進撃を續行、其先鋒部隊は同日夜說にムアール河を渡河し同河左岸の敵に對し攻撃を開始す、當面の敵はタムピン、マラツカの線に於て抵抗を企圖せるもわが果敢なる進撃を阻止し得ず新たに後方より有力なる兵團を招致しムアール河、ケマスの線に於て抵抗を企圖せるものの如くムアール河左岸一帶には堅固なる陣地を構築し敵の抵抗亦靱強を極むこの間わが有力なる海上機動部隊は克く執拗なる敵飛行機の攻擊と隨所に出没せる敵潜水艦の脅威とを排擊しつつ十六日午前十一時頃バトパハ附近に上陸しムアール河左岸の敵背後を急襲す、主力部隊はこの機を逸せず河幅四、五百米の大河を強行渡河して攻擊を敢行し遂に二十日パクリ及びパリスロン附近、ムアール河左岸一帶の地區を占領し更に戰果をジヨホール平原南方に擴大中にしてその先鋒は二十二日ヨンペン西南方地區に進出せり、ムアール河畔の戰闘に於て敵の獨立第四十五旅團を殲滅せしこと確實にして本二十三日までに判明せる戰果左の如し、 鹵獲品、十糎臼火砲八門、戰車(輕裝甲車を含む)約四◯輛、自動車數百輛、俘虜尠くとも七○○ (二)中央方面 マレー半島中央方面を進擊する我が部隊は十三日セレンバンを、十四日タムピンを占領し十六日以來ゲマス東方地區に陣地を占領せる有力なる敵に對し攻擊を開始す、當面の敵は頑強に抵抗せるも我が強力なる部隊の迂回により十八日拂曉來退却を開始せり、仍つて部隊は機を逸せず敗敵を急迫して十九日夕刻其の先頭はバトアナム附近を突破し廿日セガマを完全に占領せり、爾後部隊はジヤングル地帶を克服しつつ隨處に敵の抵抗を破碎して二十二日其の先鋒部隊はラピス西方地區に進出し引續き南進中なり、十三日セレンバンにて押收せる鐵道資材左の如し 機關車一五輛、油槽車一一輛、客貨車五二六輛、其の他資材多數 (三)東海岸方面、クワンタン方面より南下中の我が軍は有力なる部隊をマランのカラクを經てクアラ・ルンプールに向ひ轉進せしむると共に爾餘の部隊を以て十五日午前十時エンダウ北方地區に達しエンダウ河の敵前渡河を準備す、當面の敵は十七日夜以來退却を開始するに至る、部隊は二十日エンダウを占領し引續き敵を追撃して二十二日午前メルシン北方地區に達し爾後同地附近の敵を攻撃中なり、 (四)陸軍航空部隊、一月十五日來連日に亘り戰爆聯合の大編隊を以てシンガポール大空襲を續行し市街主要軍事施設を徹底的に潰滅せしむると共に殘存敵空軍に致命的打撃を與へつつあり、開戰以來シンガポールを空襲せること實に二十八回の多きに達す敵は我が軍の連日に亘る猛襲にも拘らず蘭印及び印度方面より多數の精銳機を增援し抗戰を繼續しつつあるものの如しなほ我が有力なる部隊は地上部隊の果敢なる進擊作戰に密に協力して着着戰果を擧げつつありこの間における戰果左の如し 擊墜五五、擊破五三計一◯八機 二、ビルマ方面(一)タイ、ビルマ國境を突破せるわが軍は十七日テナセリム河を渡河し同夜半カウメイダン附近に陣地を占領せる約六百の敵を夜襲これを潰滅すると共に十九日未明長驅テナセリム地方の要衝タヴオイを衝き午後七時三十分これを完全に占領し爾後の作戰を準備中なりタヴオイ附近攻略の戰果左の如し 鹵獲品、山砲二門、機關銃一二挺、重機三一八挺、各種銃彈約、一◯萬發自動車十輛、その他鹵獲品多數俘虜一五一、遺棄死體五七◯ (二)陸軍航空部隊はタイー、ビルマ國境山岳地帶の地上突破作戰に密に協力する共に大擧ラングーンを空襲し多大の戰果を收めた、又一月十七日有力なる部隊は蒙自飛行場に進攻し西南支那方面重慶軍の再建を徹底的に破壞せり、この間に於ける戰果左の如し 擊墜三七機、撃破一三機、計五◯機 三、比島方面(一)バタアン半島及びコレヒドール島要塞に餘喘を保ちつつある敵を攻擊中なるわが部隊はナチブ山麓一帶の嶮難なる地形を克服しつつ主力は十四日ナバタン河の線を越え要衝アブカイを攻略爾後逐次要點を奪取し續いて敵陣地を蠶食中なり、又オロンガポ及びグランデー島を攻略せる部隊は更にモロン地區に躍進し二十一日激戰の後マウバン附近の敵陣地を突破して南進すると共に一部をバガツクに迂回せしめ半島唯一の東西連絡線を遮斷せりバタアン半島方面の敵兵力その數三萬五千を越ゆるものの如し、なほオロンガポ及びグランデ島攻略戰戰果にして十五日以降において判明せるもの右の如し 四◯糎加農砲二門、二五糎加農砲四門、二◯糎加農砲、一五糎榴彈砲各一門、一五糎加農砲三門、高射砲二門、野砲七門その他彈藥等多數 (二)陸軍航空部隊はバタアン半島に據る敵陣地を爆擊すると共にコレヒドール島要塞附近の艦船を攻撃し多大の損害を與へ敵を制壓しつつありこの間における戰果左の如し擊墜八機 四、蘭印方面(一)蘭領ボルネオ、タラカン島に上陸せる部隊は未だ降伏せざる殘敵を掃蕩中なりしが十四日ジウサタ及びゴシチヤゴールの油田の接收を以て全島の戡定を終はれり、なほ同島において收めたる戰果左の如し 俘虜八七四、高射機關銃九門、重機關銃六九挺、小銃五五六挺、裝甲自動車一五輛、自動車等六七輛、彈藥その他軍需品多數、 タラカン島戡定作戰におけるわが軍の損害左の如し 戰死八、戰傷三二(軍屬一を含む) (二)陸軍航空部隊は屢屢スマトラ島敵空軍基地を空襲し蘭印空軍に對し多大の損害を與へつつありその狀況左の如し 一月十七日、戰爆聯合の大部隊はパカンパル飛行場を襲擊し大中型九機を炎上、同五機を爆破せり 一月二十三日、有力なる部隊は長驅一千餘粁を翔破してパレムバン飛行場を強襲し大型一機炎上、戰闘機五機を撃墜せり 五、英領ボルオ方面 クチン攻略部隊は英蘭國境に蠢動する蘭軍を攻擊、これを擊退しつつ前進し十六日蘭領ボルネオ西部の要衝ピサンを奪取し引續き進擊中なり 六、ビスマルク群島方面一月二十三日未明ニユーブリテン島ラバウル附近に上陸せる陸軍部隊は頑強なる敵の抵抗を排除して午後一時三十分ウナカナウ飛行場(ラバウル西南方)を完全に占領せり、ウナカナウ占領の戰果左の如し 鹵獲品飛行機三機、火砲七門その他多數 七、支那方面 各方面に亘り敵を撃滅して重慶軍の蠢動を完全に破壞せり、大東亞戰爭勃發以來一月中旬までに判明せる戰果次の如し 鹵獲品迫擊砲三○門、重機關銃五五挺、輕機關銃七七挺、小銃七、二二四挺、俘虜三、八一九、遺棄死體三五、九二八 八、占領地の狀況 軍は占領地に對し軍政も施行し住民克く皇重の真意を諒解し積極的に治安回復に協力しあり、敵は退却に當り軍事施設のみならず交通、通信、重要產業諸施設に亘り徹底的にこれを破壞せるを以てその回復容易ならざるものあるも占領地各般の建設は逐次その緒につきつつあり、但し香港は一月十九日香港占領地總督部を設置し治安は急速に回復し又マニラはわが軍の軍政下にヴアルガスをして市制を實施せしめ市內の秩序は逐次向上しつつあり |
02 | 米英兩國に宣戰布告 タイ國政府遂に起つ 宣戰布告文 |
03 | 正式帝國政府に通告 |
04 | 泰軍に緬甸進擊命令 |
05 | 解放への光明 新泰緬甸路開かる |
06 | 參謀總長陸相 の祝電 |
07 | 英米最新銳機も無殘 我空軍に一擧十六機擊墜さる |
08 | メルシンの占領 既に時の問題となる マレー戰線 |
09 | マレー西岸地區の綜合戰果 |
10 | ヨンペン南方六粁に進出 |
11 | 英緊急閣議 結論を得ず |
12 | 蘭印軍司令部發表 |
13 | 我が新銳部隊上陸 米比軍の殲滅迫る 比島戰線 |
14 | パレンバン(スマトラ)襲ふ 陸鷲の長距離爆擊 蘭印戰線 |
15 | 蘭貢飛行場を猛爆 |
16 | 敵十機を擊墜破 |
17 | 英機盤谷來襲 一機擊墜さる |
18 | 要衝○○に猛爆擊 |
19 | 臨時軍事費追加案 けふ豫算總會に上程即決可決 |
20 | 第五部隊活動 取締案を可決 |
21 | けふの兩院 |
22 | ペルー政府斷交發表 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 彈雨中に仁王立 碧い碧い南海の空に描く タラカン血鬪譜 |
02 | 東亞建設の礎石 名譽の戰死者發表 |
03 | 志願兵と體力問題 (四) 早期治療が第一 一生を臺なしにするな報社消息 |
04 | 至高最大の榮譽 陸軍特別志願兵決意批瀝大會 きのふ盛大に擧行 |
05 | 早くも志願申出 日赤派遣看護婦助手に |
06 | 圖像:鍛へよ一億、寒風をついて |
07 | 仲仲成績がよい 新竹師範の教練查閱を終へ 松尾部隊長語る |
08 | 航空兵を志願 宜蘭の藍鏗鏘君 |
09 | 壯丁團全員百 餘名が志願 |
10 | 時局常識 皇軍部隊上陸のビスマーク島とは |
11 | 新竹市第一種 青年訓練開始 |
12 | 健全娛樂の供與 指導班初の打合會 |
13 | 臺北興亞工業 報國團の常會 |
14 | 感激の恤兵献金 海軍武官府へ殺到 |
15 | 青年體力章檢定 きのふ日新國民校で |
16 | 宜蘭郡豫算編 成方針打合會 |
17 | 東軍優勝 大相撲閉幕 |
18 | 千秋樂勝負 |
19 | 基隆商工信組總會 |
20 | 訃文:久森ヨシ子 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “御國背負うて立て 好機を逸して噬臍の悔を貽すな” 州知事訓示 臺中州志願兵手續懇談會で |
02 | 志願兵熱を昂揚 臺中市有志懇談會 |
03 | 座談、講演に感激 即座に志願者多數 |
04 | 志願兵に献金に 迸る島民の赤誠 |
05 | 献穀田地鎮祭 二月二日吉野で |
06 | 武運長久祈願祭 廿八日彰化で擧行 |
07 | 屏東防空訓練 好成績で終了 |
08 | 皇奉高雄州支部 生活部打合會 |
09 | 府勤報青年隊 花蓮港第三次訓練生入隊式 |
10 | 臺南親友會で 義捐金を募集 |
11 | 高砂族青年 貯蓄報國目覺し |
12 | 各地產組總代會 |
13 | 大東信託總會 配當年七分可決 |
14 | 新高建築信組 總會終了 |
15 | 人事報社消息 |
16 | 地方便り |
17 | 今日の映畫 |
18 | 訃文:許金春 |
19 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 文藝 攘夷秘話/田村榮太郎 |
02 | 婦人說苑 炭火の喜び/眞杉靜枝 |
03 | 南十字星 鄉土讀本の內容 獨特の感覺を生かせ |
04 | 大東亞戰/秋子 |
05 | 詩 冬の感觸/陳千武 |
06 | 大東亞戰手帳 |
07 | 週間子供新聞 |
08 | ラジオ |
09 | 今週の歷史 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | バリクパパン(ボルネオ)の 敵前上陸に成功 我陸海軍部隊が協同して 蘭印戰線 |
02 | 蘭印軍司令部の發表 |
03 | ベラワン(スマトラ)を空襲 |
04 | シンガポール要塞國 總攻擊の火蓋切るも近し マレー戰線 |
05 | 一兵餘さぬ剿滅戰 バクリ、パリスロンを攻略 |
06 | 週間展望 戰爭目的、戰後經營 大膽率直、明確に闡明 |
07 | 臺北市奉公壯 年團の總會 |
08 | 偉功騎兵部隊 シヤン山系突破戰に ビルマ戰線 |
09 | 圖像:比島バタアン半島戰線 |
10 | 敢然泰の宣戰布告 東亞民族に聖なる指導標 |
11 | 帝國と相携へて挺進 在タイ我が大使館發表 |
12 | 寔に意義が深い 坪上大使語る |
13 | 民族解放戰として 強烈な色彩を放つ 泰國の對英米宣戰の意義 |
14 | 英緬甸軍に深刻な打擊 |
15 | 英對濠洲武器 供與を約束 |
16 | けふの兩院 泰國の宣戰を報告 議員達に異常の感銘 |
17 | 米英の無能振 り非難さる |
18 | 「職務怠慢」に因る 米敗戰查問委員會の報告 |
19 | 經濟關係斷絕案も可決 |
20 | 廿六日全體會議で 正式對策を見ん |
21 | ブラジル政府の 對樞軸斷交發表 |
22 | 獨外務當局 強硬な態度 |
23 | 香港金融新體 制着着進行 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 豪膽南海を包む 地上砲火尻目に必中彈投下 歴戰部隊長舌を卷く |
02 | 通信交通諸機關 殆んど全部復舊 副見交通總長香港視察談 |
03 | 香港宛郵便物 取扱開始さる |
04 | 武勳永へに芳し 田中部隊の戰死者 |
05 | 燃え上る赤誠 軍司令部へ献金殺到 |
06 | 定例局部長 會議 |
07 | 老骨に鞭て献金 港都の愛國婆さんが |
08 | 可愛らしい誠心 慰問畫に寄書添へて献納 |
09 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 物產方面で成功(七) 百萬二百萬.ざらにゐる ジヤバの卷報社消息 |
10 | 石田憲兵隊長 東部地方巡視 |
11 | 愛婦基隆分會總會開催 |
12 | 純情御國に捧ぐ 特志看護婦島都から七名 |
13 | 圖像:マレー戰線 |
14 | 時局常識 我空軍爆擊の ラボールとは |
15 | 下情の聲に聽く 奉公會臺北州支部士林で打合會 |
16 | 頭圍庄から十九名が志願 |
17 | 士林北投演劇挺身隊 けふ愈よ練習開始 |
18 | 新竹市からも 續續志願 |
19 | 戰く小きな胸 一師附屬國民 の入試 |
20 | ヨイコドモ部隊 大甲から軍司令部へ献金 |
21 | 羅東豫防注射 |
22 | 商況(廿六日前場) |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ケンダリー敵前上陸 カヴイエングを占領頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二十六日午後四時) 一、帝國海軍特別陸戰隊は一月二十四日未明セレベス島ケンダリーの敵前上陸に成功し目下所在の敵を掃蕩中なり 二、二十三日カヴエングに上陸せる帝國海軍特別陸戰隊は二十四日同地を完全に占領せり |
02 | 南半球の英領に初の軍艦旗 |
03 | 蘭印軍司令部發表 |
04 | 赤道越えて堂堂進擊 |
05 | 畏し.御下問を拜す 國民貯蓄に關して 賀屋藏相謹話 |
06 | 南方通貨政策先づ現狀に適應 豫算總會の質疑應答 |
07 | 軍事費追加案上程 |
08 | 二千圓を献金 パルプ聯合會から |
09 | 濠洲政府再度 軍需品送附要請 |
10 | 圖像:皇軍が敵前上陸せるボルネオ 島のバリクパパン |
11 | 生存者に輝く恩賞 第廿八回生存者論功行賞 |
12 | クルアン、アエルイタム 兩陣地を占領猛進 英濠軍「ダンケルク」の二の舞 マレー戰線 |
13 | 壯烈な接觸戰展開 砲聲ジヨホール中部を震撼 |
14 | 敵退路遮斷に成功 |
15 | けふ即決可決 豫定を變更して |
16 | 泰國大使談 何の敵があらうか 日、泰兩軍協同の前に |
17 | 救援不可能 マレー派遣濠洲軍司令官放送 |
18 | 英軍撤退開始 モールメイン地區から |
19 | 重慶軍飛行機 又も佛印盲爆 |
20 | 泰の明察と決意 首相、議會で敬意を表す |
21 | カルカツタ市民 六十萬引揚ぐ |
22 | けふの兩院 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 戰時下の娛樂 演劇挺身隊と 人形芝居社說 一 「この戰は決して短期日に終るものではない。こんご長期にわたつて行はれる建設戰であるこの間、絕えず緊張を續けてゐるわけには行かぬ。健全娛樂であれば大いによろし、芝居、映畵、落語もよろし、政府はこの趣意のもとに、すでに關係官廳に命じて健全娛樂の振興對策を樹立させてゐる……」右は、舊臘十七日の臨時議會席上に於ける東條首相の答辯で、大東亞戰爭の真最中と雖へども、米英擊滅の決意に燃える一億國民の志氣を驅り立てるには、健全娛樂大いにやるべしといふ一つの方向を與へてくれたのである。又開戰と同時に大政翼賛會からも電報で戰時下と雖へども健全娛樂であれば大いにやるべしと皇民奉公會中央本部宛に指示した由である。斯くの如く戰ひが長期に亘るにつれて國民の志氣を鼓舞するために娛樂を平時よりもより以上に普及獎勵されなければならぬ。殊に本島に於ては支那事變始つてからこれまで盛んに行はれた種種な臺灣芝居や「行鬧熱」の如き祭典が禁止されたため農山村では、娛樂として全村人が心から樂しめるものは一つもなく、生產擴充に全力を注ぐべき前途有為な青年は、その貴重な精力と時間を割いては、カフエや賭博こ浪費してゐる。吾吾はこの現狀に對し眼を蔽ふべきではなく、與へるべきものはちやんと與へて、彼等の情操を醇化し明朗快活な希望を持たせて明日の生活戰線に雄雄しく向はしめなければならぬ。 二 皇民奉公會中央本部に於てもこの要請に應へるべく、夙に娛樂委員會を設置して、本島に於て育成普及すべき健全娛樂を研究討議し、過日、その答申案が公表せられた。臺北州支部ではこの答申案に基き、今回、娛樂指導班を設置して、積極的に郡部へ乘り出して農村青年に演劇と音樂を指導し、農村青年をして演劇挺身隊を結成せしめ、自分の部落の娛樂は自分の手で作り出すといふ一つの强い意志と信念を持たせようとするもので農村青年もこれによつて自分達が樂しむと同時に、又部落民をも樂しませることができる、と云ふ文字通り一石二鳥の名案である。吾吾はその十分なる活動と成果を期待してやまないと共に、全島各州に於ても斯る娛樂指導班のどしどし設置されることを望んでゐる。そして青年の間に斯る要求があつた場合には街庄役場や郡當局は積極的に援助を與へ、思ふ存分活動ができるやうにさすべきである。 三 これ等の人間の扮演する劇と平行して考へられるものに、人形芝居がある。人形芝居とは布袋戲、傀儡戲、影繪(皮猴)の三種類あつて、數百年來、本島の鄉土藝術として、最も大眾性をもち、演員が少い上に、舞臺裝置も極めて簡單であるため、電燈のない田舍や交通の不便な山の天邊にでも立派に上演ができる。最近では從來の人形芝居に新な創意改善を加へて上演してゐる地方もあるが、健全娛樂普及の上から見て誠に微笑しい限りである。一體、人形芝居は昔文人が上演してゐたもので、その內容は忠孝廉節の四項目に分かれ、東洋道德の粹を集めて劇化したもので、他の芝居に比し遙かに健全性があるばかりでなく、社會教化の上にも非常に役立ち、また、藝術として見ても誠に上品で、鄉土的香りも高い。勿論時勢に應じて、改善すべき處は大に改善を加へ、出來るだけ早く新時代に副ふものを創り出さなければならぬが、これも一朝一夕に出來るものではなくして漸次に為すべきであるそのために人形師の方も十年一日の如く舊來の上演法を墨守することなく、絕えず研究と改善を加へ、飽くまでも大東亞戰下の健全娛樂の一翼を擔ふものとして挺身すべきである。 |
02 | 戰捷に映ゆる新春 きのふ歌御會始の御儀 |
03 | “部下將兵の御蔭” 功四中綬恩賞に輝く有田大佐感激談 |
04 | 總額七十萬圓突破 大東亞戰開始以來武官府取扱の献金 |
05 | 志願兵と體力問題(五) まづ訓練が第一 悲觀する必要なし報社消息 |
06 | 兵事主任會議 昨日州會議室で開かる |
07 | 一擧百餘名志願 東勢、草湳坡壯丁團員から |
08 | 軍司令部廿六日の受付 |
09 | 各戶一日一錢 献金を申合せ 南門町第三奉公班 |
10 | ヨイ子供部隊 慰問袋を献納 |
11 | 臺灣糖業の廢止 諸種の事情で急激に行へない 齋藤長官、議會で答辯 |
12 | お山は感激の一色 府理蕃課中村警視の視察談 |
13 | 南方進展の諸方策 臺北商議所近く各要路に建議 |
14 | 三條御歌所 長謹話 |
15 | 兵務部「軍屬」募集 指導員の年齡訂正 |
16 | 宮木知事、各 官衙長を招待 |
17 | 新嘉坡陷落の 祝賀行事協議 昨日花蓮港市で |
18 | 奉公醫師團支 部の創立總會 昨日州會議室で |
19 | 千石壯丁素人 演劇團誕生 近く第一回公演 |
20 | 第七期決算公告/國產スレート株式會社 |
21 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | “奉公運動の尖兵” 近く各市郡で指名式 |
02 | “島民最高の榮譽” 臺東街で感激大會開かる |
03 | 受驗勉強は無用 學力、體力併行して銓衡 高雄州下中等校の募集決定 |
04 | 本島人婦人の 鍊成に馬力 花蓮港奉公會 連絡會議 |
05 | 醫療報國に邁進 臺南州奉公醫師團結成式 |
06 | 屏東市定例の一月市常會 |
07 | 皇軍への道傾聽 續續會場に詰掛く二千餘の健兒 臺中志願兵制講演會 |
08 | 花蓮港支部結成式 |
09 | 興亞の礎石 桃園西均君名譽の戰死 |
10 | 花蓮港產駒品評會 |
11 | 志願兵制度に 關する講演會 臺東廳下の日割 |
12 | 起て.興亞の若人 彰化市の講演會並座談會盛況 |
13 | 志願兵促進講演 各地で開催する |
14 | 臺中市議の 補缺選舉 |
15 | 桃園郡各街庄 諸稅早期完納 |
16 | 米穀增產を確保 廿八日北斗で懇談會 |
17 | 民雄の講演會 |
18 | 故林幼春氏四男 林長虹君が志願 |
19 | 彰化市古鐵回收 擧つて協力しませう |
20 | 皇軍將兵慰問金 第七回領收報告(敬稱略)報社消息 |
21 | バギオ近海に出漁 香南丸、海の幸滿載して歸港 |
22 | 債劵の割當決定 臺中州は七十九萬餘圓 |
23 | 消息 |
24 | 臺南州警察會議 |
25 | 地方便り |
26 | 今日の映畫 |
27 | 訃文:吳煥銈(賜珍) |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米穀生產目標 本年度七千百萬石 |
02 | 資金調查規則公布 二月十五日迄に報告せよ |
03 | 品種改良に力瘤 臺南州米作を更新 |
04 | 本島茶葉對策講究に 近く座談會を開催 |
05 | 船內荷役賃 一本化を計畫 |
06 | 臺灣澱粉工組聯合會 役員指名さる |
07 | 臺北商議所 昨日議員總會 |
08 | 照明燈 |
09 | 嘉義北區合同バス 事業經營を免許 |
10 | 商況(廿六日後場) |
11 | ラジオ |
12 | 水滸傳(595)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵船十三隻を擊沈 スマトラとジヤワ方面我潛水艦の戰果 |
02 | 陸鷲、連日蘭貢を空襲 空中戰を交へ、敵機十機擊墜 |
03 | クルアン、エンダウ占領 |
04 | 新嘉坡は全く 混亂狀態 |
05 | 圖像:タイの牛車兵站部隊ビルマ戰線 |
06 | バトハハ陷落 英軍も自認 |
07 | ジヤヴア危機增大 紐育タイムス紙論說 |
08 | 二十一件を可決 貴院から眾院に送附 |
09 | 法案二件可決 |
10 | マダン在住の濠 洲人全部引揚ぐ |
11 | 坪上大使 ビ首相を訪問 |
12 | 比島中央行政長官 きのふ任命式擧行 |
13 | 地上友軍突擊の姿に感淚 爆擊機隊同乘視察記 |
14 | 尨大な臨時軍事費 けふ眾議院を通過し 廿九日中に成立せん |
15 | 眾議院豫算總會(質疑應答) |
16 | 米洲防衛委員會 |
17 | 租稅制度の改正 將來に備へ、研究中 |
18 | 帝國の權益保護 中立諸國に委託成立 |
19 | 勤勞所得者の 納稅員數增加 |
20 | 委託代行の 主なるもの |
21 | 益益重慶屈服の 武力戰を強化す 畑總司令官談話發表 |
22 | 米援軍先遣隊 愛蘭に上陸 |
23 | 百億圓を突破 圓系通貨發行高調 |
24 | 南方鑛物開發 岸商相が言明 |
25 | 砂田重政氏 議員を辭任 某要職に就任 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學校號二機を献納 州下職員生徒兒から陸海軍に各一機 |
02 | 忠烈な陣中美談西部進擊戰に咲く |
03 | 桃園神社の 升格を請願 郡守街長州訪問 |
04 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 本島からの進出(八) 日用品雜貨が有望 マレーの卷報社消息 |
05 | 常會指導者の 指導力を強化 兩人間大甲東國民校で鍊成會 |
06 | 給金蓄へて献金 入營した勇士が軍司令部に |
07 | 本人としても 本望でせう 山下上等兵遺族談 |
08 | ヨイ子供部隊 の献金 |
09 | 軍報道部隊裏に 一坪報國菜園 |
10 | けふも武官府へ 感激の献金部隊續く |
11 | 日稼勞働者の 赤誠の献金 |
12 | 迫る志願兵募集 島都に早くも前奏曲 全適格志願を申出 |
13 | 廈門至誠會誕生 皇民奉公運動の精神發揮に 居留民有志が組織 |
14 | 勤行報國新竹州隊出發 |
15 | 軍國乙女の意氣 特志看護婦志願陸續 |
16 | 基隆から七名 |
17 | 橫綱男女の川引退 |
18 | 新竹から二名 |
19 | 金杉博士、山村畫伯逝去 |
20 | 興南詩苑漢詩 □灌園社丈還曆/莊幼岳 |
21 | 商況(廿七日前場) |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機五十機を擊墜(陸鷲) 馬來緬甸敵空軍に鐵槌的打擊 マレー戰線頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(一月二十七日午後四時五十分)帝國陸軍航空部隊は一月二十六日マレー、緬甸方面に於いて敵機五十機(內不確實十機)を擊墜し近時增強を見つつある敵空軍に對し鐵槌的打撃を與へたりその情況左の如し、 一、午後四時三十分頃マレー東岸エンダウ附近上空に於いて我が船團の攻撃を企圖せる戰爆聯合の敵大編隊ロツクヒード・ハドソン爆撃機九機、雷撃機十數機、コンソリデーテツド哨戒爆擊機若干、ホーカーハリケーン戰闘機若干バツフアロー戰闘機四、五機を反擊しその雷撃機十二機(內不確實一)コンソデーテツド爆擊機(不確實)ロツクヒード、ハドソン爆擊機三機(內不確實一)ホーカーハリケーン戰闘機五機計二十四機(內不確實四)を撃墜せり 二、午後七時頃更にエンダウ附近上空に於いて爆擊機と判斷せらるるもの十五六機ホーカーハリケーン一機の敵編隊群を急襲してその十五機(爆撃機らしきもの十四機ハリケーン一機)確實に撃墜せり 三、正午頃第二十三次シンガポール大空襲を敢行しテンガー飛行場を猛爆大火災を生ぜしむると共に哨戒中の敵機二機の內ホーカーハリケーン一機を撃墜せり 四、午前十一時四十分頃ラングーン上空に於いて挑戰し來れるスポツトフアイヤー十二、三機と激烈なる空中戰を交へその十機(不確實六機)を撃墜せり 五、この日に於ける我軍の損害歸還せざるもの一機友軍戰線內に不時着せるもの一機なり |
02 | 開戰以來の大戰果 敵空軍全滅に瀕す |
03 | 敵南へ南へと潰走 |
04 | 百八十億圓に上る 臨時軍事費追加案 眾議院本會議で一致可決 |
05 | 豫算總會の討議 |
06 | 四十五機を擊墜破 蘭印方面に海鷲活躍 蘭印戰線 |
07 | 敵國逆封鎖の運命 我潛水艇赤道以南に活躍 |
08 | 水利組合長會議 |
09 | 新嘉坡へ破竹の猛進 敵斷末魔の樣相呈す |
10 | ナチブ山堅壘を擊破 殘存米比軍○○山中に潰走 比島戰線 |
11 | 猛追○○要衝を占領 |
12 | バクリ等の綜合戰果 |
13 | レンギを奪取猛進 |
14 | 圖像:クアラ.ルムブールに突入 の○○部隊 |
15 | 郵便料金等の 增收額の使途 |
16 | 藏相の答辯 稅制當面の諸問題 |
17 | 印度不安募る |
18 | 占領地の行政費 現地住民にも負擔さす |
19 | 先づ農業指導 者を送出 |
20 | 生命保險の 國營問題 更に研究する |
21 | 郡市區醫師會 法人と認めず |
22 | けふの兩院 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 米穀增產と 糖業調整社說 一 今般我國が米英を正面の敵として展開された大東亞戰爭は緖戰に於て赫赫たる戰果を擧げたとはいへ、今後勢ひ長期戰になるであらう事は既に全國民の齊しく覺悟してゐるところである。從つて戰時中に於ける食糧の自給は軍需の補給と共に其の重要性は少しも逕庭がない筈である。勿論佛印及び泰國が我共榮圈の一環として喜んで參加してゐる以上は戰時食糧に對して少しも懸念する必要はないが、佛印及び泰國の米を輸入するには何かの商品を以て交換せねばならず、且つ輸送上の問題もあつてなるべくならば國內に於て自給策を講じなければならない事は明かであるされば農林省に於ては最近本年度の米穀增產目標を七千百萬石と決定しあらゆる惡條件を克服せんとして渾身の努力を拂ひつつある事は故なしとしない。 二 飜つて島內の米穀事情を見れば昨年の二期米實收高は四百二十萬石見當であり、增產目標から見れば可成減收してゐるが為內地への移出高も豫定より減少せざるを得ない狀態にある。總じて米管實施以後に於る米穀生產及輸移出高は豫定以上に減少し、其主因は天候、肥料、價格等の關係に基くところ少くないが、島內に於ける消費增加も其の一因をなしてゐる事を看過してはならない。然し價格關係は既に補助金一石二圓の交付を決定し、且つ督府に於ては耕種方法の改善、種子の改良等あらゆる方法を講じてゐるから、增產の餘地が決して少なくないであらう。從來臺灣米はいくたの抑壓を受けながら一箇年千萬石に近き產額を擧げた事もあつたから其の增產目標を一千百萬石に置く事は決して困難ではない。此の程度の增產は本島として何うしても努力しなければならない義務があると信ずるのである 三 唯此處で一言すべきは米穀增產の一要件として其の耕種面積の增加を圖るべき事である。現在屏東地方では水田の芭蕉作を廢めて米作に切替へつつある事は此の際當然打つべき手であるが、中部の水田甘蔗作も略これと同く方法を取るべき必要があらう。周知の如く今後確立さるべき共榮圈內にはフイリツピンや蘭印の如き糖業地があり現在いづれも砂糖の滯貨に苦んでゐる狀態にある。殊に島內の甘蔗作は一ケ年半を要するものであり、今後植附けるべき甘蔗は昭和十九年にならざれば砂糖の製造が出來ないのであるが、其の際或は益益共榮圈に於ける砂糖供給過剩の現象が激化しないとも限らない。從つて中部水田甘蔗作だけは此の際斷行休止すべきが國策に副ふ所以ではないかと思はれる。 四 とはいふものの、吾人は決して臺灣糖業の無用を唱へんとするものではない。我國が今後南方經營を為さんとするには臺灣糖業の尊き經驗を何うしても生かさなければならない。從つて本島に於て或る程度の糖業を必要としそれを土臺にする事は其の絕對的條件でなければならない。それ故本島南部地方の糖業適地は飽く迄も糖業存立のために確保しなければならない唯中部の水田地帶は適地適作の見地より漸次糖業の縮少を斷行せねばならない。卽ち今後共榮圈の確立と共に臺灣糖業の重要性が減少するであらう事を率直に認め而して其の對策を講ずる事は目下課せられてゐる問題であらう。勿論平和克服後の本島米作は何うなるべきかはなかなか見透しが附かないが、今後臺灣工業化の進展と共に消費激增も考へられるからさう悲觀の要はなからう。之を要するに當面の問題としては米穀增產と糖業との調整を合理的に遂行すべき事を此の際當局に望まざるを得ない |
02 | 新竹臺中兩神社 國幣社昇格御詮議を仰ぐ |
03 | 一寸一寸這進む 雨と落ち來る山蛭の中を 敵陣へ死の肉薄 |
04 | 無敵皇軍へ献金 二十七日軍司令部受理 |
05 | 鍊獄內の支援熱 囚はれの身に沸る愛國の血潮 少年刑務所訪問記 |
06 | 物心兩面の共榮 諸民族個有文化傳統を尊重 橋田文相の南進論 |
07 | 慰問學藝會 臺北三高女で |
08 | 後期分家屋稅 臺北州下納入成績良好 |
09 | 愛婦基隆分 會總會 |
10 | 働く乙女の喜び 軍司令部で献金受付手傳の 四桔梗俱樂部員 |
11 | 圖像:ウエーキ島の米俘虜上海着 |
12 | 志願適齡者の父兄 島都壯年團員が呼掛く |
13 | 志願兵熱を昂揚 羅東で座談會開催 |
14 | 瑞芳志願兵講 演會大盛況 |
15 | 士林街百十 四名が志願 |
16 | “戰ふ女性”蹶起 羅東から四名志願 |
17 | 宜蘭で講演會 を開催 |
18 | 基隆市志願兵 制度打合會 |
19 | 志願兵制を讚える會 |
20 | 基隆時局教 育研究會 |
21 | 南方研究會結 成式 |
22 | 防空用ホース 市で購入斡旋 |
23 | 遺棄嬰兒發見 さる |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 出でよ!志願兵 奉公壯年團と實行委員會 臺中三會場で絕叫 |
02 | 島民よ蹶起せよ 各地で志願兵講演會 |
03 | 時局認識を透徹 高雄婦人會講演會を開催 |
04 | とても親孝行 戰死した長尾一等兵 |
05 | 各派出所每に 講演會を開催 |
06 | 屏東愛婦大會 |
07 | 志願達成へ 有識青年懇談 |
08 | 限りなき感激に 高雄の女性達どしどし蹶起 大串署長滿悅に語る |
09 | 志願兵養成機關 皇民鍊成協力會近く設置 |
10 | 好機逃すまじ 兵事課に押掛く熱血青年 |
11 | 花蓮港商議總會 |
12 | 北斗郡下の献金箱 今月は千圓に達す |
13 | 手當金そつくり 大林組合役員献金 |
14 | 勤行報國青年 高雄州隊出發 |
15 | 指導者鍊成 奉公會參與日月潭道場で |
16 | 青少年團幹部 州民道場で鍊成 |
17 | 企業許可令 講話會 |
18 | 圖像:南投街牛運堀模範部落の 部落公園と建設功勞者 |
19 | 木材の上、中材 販賣解禁 |
20 | 現地で「曙」製造 |
21 | 今度にそは 盛大に 嘉義市星港陷落 祝賀行事準備 |
22 | 兵隊さんに 雜誌を贈らう 花蓮港市募集 |
23 | 大肚山往復行進 臺中警察署射擊會 |
24 | 臺灣鐵工業統制協 會長廣野氏來中 |
25 | 企業許可令 解說懇談會 |
26 | 屏東信託總會 |
27 | 溪湖奉公壯年團 結團式を擧行 |
28 | 杖術を教授 八千名の壯丁團員に |
29 | 高雄州キヤサパ 組合創立さる |
30 | 冠婚葬祭.虎の 卷近く頒布 |
31 | 新化郡バス顛覆 乘客三名即死 |
32 | 故岩村氏の 追悼慰靈祭 |
33 | 人事 |
34 | 消息 |
35 | 地方便り報社消息 |
36 | 今日の映畫 |
37 | 訃文:張士文 |
38 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰時保險臨時措置法 施行細則近く公布 |
02 | 產金政策は不變 委員會で岸商相言明 |
03 | 米穀增產督勵に 高原農務課長南下 |
04 | 臺北商議所が 淡水港改修建議 |
05 | 鮮魚集荷配給に 便法設定を陳情 |
06 | 臺陽硫酸工場 臺灣肥料へ賣却 |
07 | 陸上小運搬業 事業報告樣式 |
08 | 彰銀株主總會 |
09 | バナナ輸移出高 十一月迄百八十四萬籠 |
10 | 臺灣化成工業 卅一日に總會 |
11 | 勸業無盡總會 廿九日に開催 |
12 | 臺灣教具配給 組合總會終了 |
13 | 酒類包裝用に 香水茅登場 |
14 | 臺灣農機具會社 第二回拂込徵收 |
15 | 鐵道贈送打合會 驛員教養所で開催 |
16 | 肥料確保のため 東海林技師上京 |
17 | トラツク車輛 確保方陳情 |
18 | 國產スレート總會 |
19 | 臺北州醬油組 合卅日に總會 |
20 | 勞務調整令解說 質疑懇談會昨日開催 |
21 | 照明燈 |
22 | 商況(廿七日後場) |
23 | ラジオ |
24 | 水滸傳(596)/黃得時;榎本真砂夫 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新嘉坡へあと五十粁 三路分進態勢で猛進擊 |
02 | 敵主力部隊新嘉坡に集結か |
03 | 西原少佐 の視察談 百六十度の炎天下に 縱橫に活躍する荒鷲 |
04 | マレー沖海戰の全貌 不沈艦を沈む (上)多年訓練の海軍魂 |
05 | 敵の盲爆水柱を消える 何くそと早速寫真機を取出 マレー戰線從軍日記 |
06 | バリツクパパン完全占領 |
07 | 祝賀行事を打合 |
08 | 英秘藏新銳機 シンガポールに急送 |
09 | セレベス島東岸 バタヴイヤとの聯絡絕ゆ |
10 | 驀進の列車に喊聲 マレー戰線鐵道部隊の苦心 |
11 | 南方諸地域への 宣傳文化工作 谷總裁方針を明らかにす |
12 | 戰時議會の使命 大半達成せらる 二月中旬頃實質的に終了せん |
13 | 南方資源ゴム、砂糖、肥料等 民需に振向ける為努力 井野農相答辯 |
14 | 南米諸國に 最後の反省要望 獨外務當局の言明 |
15 | 重要肥料の 供給狀態 |
16 | 米の兩敗戰責任者 處罰要求の聲高し |
17 | 獨潛水艦米大西洋岸で 三十隻の船舶を擊沈 |
18 | 共榮圈の所要 船腹問題 |
19 | 米の派遣軍 アルスターに上陸 |
20 | 英の新兵器 二つ |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “歷史的な日”迫る 志願兵前奏曲も高らかに 待佗ぶ.島都の受付陣 二月一日 |
02 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 ツングンの鑛山(九) 日本鑛業が經營 マレーの卷報社消息 |
03 | 擧つて勇士たれ 適格者の職員四百餘名に 藤村臺北市長が激勵 |
04 | 諸注意を聽く 青年團長會議を開催 |
05 | “俺こそ甲種合格” 早くも身體檢查始る |
06 | 新竹から更に 四女性が志願 |
07 | 宜蘭市から 一名志願 |
08 | 起て.適格青年 基隆の區長保正蹶起 |
09 | 看護婦助手に 乙女四名志願 |
10 | 側面から協力 奉公臺北市支會 明□參集協議 |
11 | 島都區長會議 志願兵を中心に 三十一日開く |
12 | 即座に志願申出 米穀宜蘭出張所職員廿五名 |
13 | 瑞芳庄志願兵 制講演會 |
14 | 新竹署志願兵 制の懇談會 |
15 | 企業申告をしたか 期限は來月廿三日迄 |
16 | 先づ兵隊さんに 一坪菜園のキヤベツ百箇を 軍司令部に献納 |
17 | 特志看護婦志願 の受付は教育課 |
18 | 續續と赤誠部隊 武官府に献金殺到 |
19 | 新竹商議所 の議員總會 |
20 | 山本事務總長 二十六日離京 |
21 | 興南詩苑漢詩 寄懷仁閣老庚兄/吳蔭培、寄懷蘭陽諸詞友/吳蔭培、寄懷蘭陽諸賢契/吳蔭培、敬步吳蔭培老庚伯寄懷蘭陽詞友瑤韻/古莊賡、同謹次寄蘭陽高足原玉/古莊嚴 |
22 | 商況(廿八日前場) |
23 | 興南案內報社消息 |
24 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 英軍總退却を開始 防禦線を全面的放棄 マレー戰線頭條新聞 【マレー前線◯◯二十八日發同盟】クルアンに於いて最後の抵抗を試みて破れた英軍は防禦線を全面的に放棄したものの如く二十七日以來總退却を開始これを中央縱貫道路に沿つて猛追する我が精銳の意氣物凄くジヨホールバールまではスデナク、クライ、チレン、スナイ、ケンパスの五停車場を殘すのみとなつた |
02 | レンガムを占領 |
03 | 米の殘忍想起せよ 比島援助の皇軍に協力すべし マニラ放送局の烈烈たる放送 |
04 | 樞密院本會議 技術院官制外三件可決 |
05 | 眾院豫算總會 岸商相が答辯 南方地下資源開發 經驗と知識を活用 |
06 | 比島敵軍は大混亂 堅壘バランガ陷落で |
07 | 又も蘭貢を夜間爆擊 |
08 | 大東亞の農林施策(農相答辯) |
09 | 米派遣軍の上陸 エール首相不滿 |
10 | 圖像:シンガポール空襲、大編隊の我陸鷲機 |
11 | マニラ臺銀支店 一部融資開始 |
12 | 蘭印軍司令部 の戰況發表 |
13 | 軍事費追加案可決 昨日の貴族豫算總會 |
14 | 國民醫療法案 藥劑師にも適用 |
15 | モールメイン 徹底的に破壞さる |
16 | 臺灣工業化に努力 齋藤總務長官言明 |
17 | 共榮圈內重要物資 わが國經濟との關聯 兩相の說明 |
18 | 配給米節減と增配 |
19 | 占領地の行政 有力人物中心に行ふ 佐藤軍務課長說明 |
20 | 官紀肅正を徹底 池田刑事局長所信言明 |
21 | けふの兩院 |
22 | 廢業者に優先許可 |
23 | 造船統制會 の創立總會 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 南方開拓と 本島青年 指導機關を設け 適格者を送れ社說 一 東亞民族十億が米英の經濟搾取に喘いで居るのを救ひ、大東亞共榮圈を建設し世界永遠の平和と人類の幸福を圖る為めに帝國が敢然とし米英擊滅戰に起つた大東亞戰爭である。この聖戰を完遂する為めに皇軍は南洋各地で赫赫たる戰果を擧げ米英勢力を東亞の天地より驅逐する日も遠くはない、一億國民はこの聖戰を完遂する為めに、銃後奉公に鐵石の如き決意を以てこれを突破して行く覺悟の下に、各職域に於いて赤誠を披瀝して國策遂行に邁進すべき秋である。廣大なる大東亞は希望と抱負を持つ青年の進出を待つて居るのだ、殊に南進基地第一線にある本島青年は國策の尖兵として天與の好機會を逸せず南方の新天地に將來の運命を開拓せんとする希望が全島各地に於て澎湃として湧き上つて居る事は喜ぶべき現象である。然るに大東亞戰爭の意義と理念を持たない者にして慢然一攫千金の夢を抱いて進出する輩に對しては當局は斷乎として阻止すべきである。我が國が東亞の盟主として指導的役割を果さねばならない東亞共榮圈建設の大事業に對しては真に國策遂行の挺身隊としての强健なる身體と共に健全なる精神節操と心構を持つ有為なる青年を送り出さねばならない。 二 廣大なる地域を占めて居る大東亞の天地には、我等同胞十億が多年米英の飽くなき壓迫と搾取に依り未開發の儘に放置されてある地域が廣く殘つて居りその指導開發は實に我が有為なる青年の進出を待つてゐるのである。氣候風土と言語風俗を異にして居る南方共榮圈の建設は實に甚大なる計畫と努力を拂はねば容易に完遂し得ない大事業である、この觀點よりしても本島青年の南方進出方策に對しては官民が起つて南方施策に協力する為め島內に恒久的の施設として南方開拓の青年訓練所を創設し真摯敢鬪の意氣に燃える心身共に强健なる青年開拓者を育成せねばならない。盟邦ドイツが歐洲新秩序建設の為めに早くも開戰以前より國內の青年男女の南方進出訓育機關を創設し今日あるに備へた事は先見の明があると言ふべく、常に準備ある者が最後の勝利を獲ち得る古言に徵しても本島青年に對し、南方進出者を養成する上から訓育機關を創設する事は急務中の急務と言ふべきである。その具體的方策は多多あるが刻下の急務としては南方共榮圈內に於ける產業戰士を養成し立遲れた南洋各地同胞の指導役として役立つ青年を送り出すのが最も捷徑であると言ふべきである。殊に言語を同して居る華僑工作に本島青年を活用して貰ひ度いのである 三 四十餘年間全島民が待ちに待つた志願兵制度が實施され、本島青年が榮譽ある軍旗のもとに馳せ參ずる機會を與へられた事を感謝すると共に、同制度を通じて南方進出の有為なる青年を育成する事を切望するものである。卽ち兵役を終へた本島青年を優先的に南方開拓の戰士として送り出すのもその方法の一つである。天惠に富み物資の豐富なる南方共榮圈には酷暑と未開發の天地が待つて居るが其開拓には實に心身共に健全にして總ゆる困難缺乏に耐へる雄雄しい體驅と高い理想と抱負を持つ青年でなければ果し得ない重責である。この見地よりしても南方進出に希望を抱く本島青年はその第一條件として志願兵に志願し、その心身を鍛鍊して國策の尖兵としての資格を作る事が急務である、その他の方法としては官公立の南方進出青年訓育機關を專門學校以上に附設し南方の基礎知識を授け身體鍛鍊を為し開拓者として立派なる適格者を育成して行くのが本島に與へられた南方施策への根本協力の方法であると信ずる。 |
02 | 紀元節を壽ぎ奉る 奉公會中央本部で奉祝行事を決定 |
03 | 米國內の在留邦人 何れも健在と判明 |
04 | 金子堅太郎伯に 野菜一籠を下賜 |
05 | 武勳青史に輝く 田中部隊戰死者發表 |
06 | 歸還軍夫に聽く座談會 志願兵の先發隊(一) 軍紀の正しい皇軍 部下にはとても親切報社消息 |
07 | 島民赤誠の献金 軍司令部廿八日の取扱 |
08 | ヨイこども部隊 武官府に回收古鐵献納 |
09 | 金子伯の榮態 |
10 | 起て!本島青年 宜蘭市支會講演會盛況 |
11 | 出席者全員志願を申出 蘇澳庄志願兵制の講演會 |
12 | 趣旨の徹底に 市長が適格者青年に訓話 |
13 | 敢然戰ひ拔く 股に傷ついても銃を離さず 柴田上等兵戰死 |
14 | 志願兵に關 する講演會 三十日宜蘭市で |
15 | 中央本部指定 の演劇挺身隊 卅日榮座で試演會 |
16 | 臺灣、南洋居住者 南方進出に最適 委員會で上畑拓務事務官說明 |
17 | 嘉義震災義捐金 本社取扱の分提出報社消息 |
18 | ときのこゑ |
19 | 思は祖國の第一線 熱血滾る泰國兩青年 外事部に出國許可申請 |
20 | 荒木顧問官 |
21 | 德山璉氏逝去く |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 州政の飛越策凝議 高雄州會きのふ開幕 |
02 | 矛を執つて立て 各地志願兵講演會 |
03 | 佐久間神社例祭 タビト社で擧行 |
04 | 都市計畫地方 委員の打合せ |
05 | 五千五十一名志願 苗栗郡下だけで |
06 | 從軍看護婦志願 臺中女青赤誠を披瀝 |
07 | 奉祝時間設定 紀元節の佳辰に |
08 | 家屋稅減免 被災程度を調定 |
09 | 各地產組總代會 |
10 | 彰化署職員企業許可令講習 |
11 | 軍夫採用を嘆願 中國青年の赤誠 |
12 | 醫師道を昂揚 臺中奉公醫師團結成式 |
13 | 皇軍將兵慰問金募集 締切三月卅一日に變更報社消息 |
14 | 企業許可令 解說打合會 |
15 | 誓つて銃後奉公 花蓮港國婦の新年式 |
16 | 貢寮大橋架設 十萬圓で近く着手 |
17 | 消息報社消息 |
18 | 地方便り |
19 | 今日の映畫 |
20 | 訃文:林榮昌 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 住宅營團の機構 規格、建設戶數決定 |
02 | 築け.理想的住宅 (上)臺灣住宅營團の趣旨內容 |
03 | 臺北州都市住宅 (下)方策要綱を決定 |
04 | 十七年度魚類 增產計畫 |
05 | 州下の米獎勵金 六十六萬四千餘圓 |
06 | 海上物資 輸送を懇談 船舶業者月例會で |
07 | 貯蓄銀行總會 配當六分を可決 |
08 | 管理米移出 一月末で停止 |
09 | 朝鮮米實收高 二千四百八十八萬石 |
10 | 臺灣浴用石鹼共販會社 近く創立總會開催 |
11 | 高雄州地租 告知書發送濟 |
12 | 事業法施行と共に 造船事業を促進 |
13 | 照明燈 |
14 | トラツク組合臨時總會卅一日開催 |
15 | 商況(廿八日後場) |
16 | ラジオ |
17 | 水滸傳(597)/黃得時;榎本真砂夫 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新嘉坡を殘すのみ 馬來半島敵空軍基地 |
02 | 全英領マレーを席捲 戰場をジヨホールバルに壓縮 |
03 | 敵濕地帶で殲滅を待つ |
04 | 敵の破壞防戰效なし |
05 | ゼマルアンに到達 |
06 | 世紀の總攻擊開始 シンガポール目指し |
07 | マレー沖海戰の全貌 不沈艦を沈む (下)多年訓練の海軍魂 |
08 | バンコツクに 小癪英機來襲 |
09 | 新嘉坡攻略戰迫る 英現地當局も認む |
10 | レンガム拔いて猛進 |
11 | 戰況刻刻明白 我が南下作戰四の道路から |
12 | 敵驅逐艦サ號擊沈 同等勢力の驅逐艦戰を展開 |
13 | 敵兩艦の裝備 |
14 | 蘭貢を二回空襲(廿八日も) |
15 | モールメイン 危機逼迫 |
16 | 蘭貢前線都市 英軍死守に狂奔 |
17 | 蘭印各地空爆 蘭印軍司令部の公表 |
18 | 軍事費豫算案成立 貴族院本會議で可決 |
19 | チ英首相の 下院演說 |
20 | 四日間で兩院通過 |
21 | 政治的破產者 の清算報告 最も悲觀的演說 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 高鳴る乙女の感激 看護婦に彰女生八名が血盟 總督に熱烈な歎願書 |
02 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 戒律の喧しい回教 異宗の娘をひやかすと毆られる マレーの卷報社消息 |
03 | 歎願書 |
04 | 島都.三千名を突破 |
05 | “地下の主人に代り” 健げな女性が志願申出 |
06 | 中壢の軍國乙女 係官の前で三人が血書志願 |
07 | 第二回臺北市 職員の鍊成會 國精研修所で |
08 | 御奉公は今だ 北投月子孃志願 |
09 | 譽れの“國語部落” 全島で三箇所を決定 |
10 | “此の母に此の娘” 軍司令部に慰問袋献納 |
11 | 續く献金部隊 武官府廿八日の取扱 |
12 | 彭佳嶼住民の 赤誠の献金 |
13 | 警官も志願兵へ 北署、基隆署全員赤誠の申出で |
14 | 圖像:タヴオイ占領 |
15 | 體格檢查に奉仕 本島人醫師廿八名が市囑託に |
16 | 基隆商議所議 員總會 |
17 | 重慶軍飛行將校 落下傘で我軍に投降 |
18 | 興南詩苑漢詩 賀幼岳兄新婚/黃景南、賀幼岳兄新婚 其二/黃景南、春日劔潭/黃景南、次韻/王一儂、賀莊幼岳君新婚/王一儂 |
19 | ビルマの住民 續續引揚ぐ |
20 | 宮前町區長 に黃逢時氏 |
21 | 商況(廿九日前場) |
22 | 興南案內報社消息 |
23 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 又も四十五機擊墜破 ケンダリを完全占領頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營發表(二十九日午後六時) 一、帝國海軍航空部隊は二十六日、二十七日マカツサル海、セラム海、モルツカ海ブロレス海、バンダ海の廣海域を制壓しボルネオ島、セレベス島、セラム島、ブル島等の敵重要航空基地に對し反覆攻撃を敢行し敵機四十五機を撃墜破(內不確實四)せり、本攻撃においてわが方未だ歸らざるもの四機なり 二、ケンダリに上陸せる帝國海軍特別陸戰隊は附近一帶の敵を掃蕩し二十六日同地を完全に占領せり |
02 | 敵戰鬪機十四機擊墜 |
03 | 悽慘な斷末魔の喘ぎ マレー最南地區黑煙を吹く |
04 | 戰車、自動車多數鹵獲 |
05 | 吏道の刷新は贊成 豫算總督東條首相答辯 |
06 | 首相の答辯 朝鮮臺灣の志願兵制 實績に依り漸次擴大 |
07 | 貿易會創立總會 |
08 | 馬來東岸の 我上陸部隊 某地帶に到達 |
09 | 敵の火線網を突破 夜襲に次ぐ夜襲敢行 |
10 | 廿七日の綜合戰況(陸軍部隊) |
11 | 實方に格段の相違 エンダウ沖壯絕な驅逐艦戰 英艦二隻擊沈破 |
12 | 隨所に捕捉殲滅 バ半島の米比軍を |
13 | 眾議院本會議 |
14 | 醫療內容の向上 「日本醫療團」の性格 |
15 | けふの兩院 |
16 | 南米四國の 軍事會議 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 澎湃たる 志願兵熱 受付日愈よ迫る社說 一 光輝ある本島志願兵制度實施の日は愈愈迫り、その志願受付日たる二月一日も、後一日を殘すのみとなつた。思へば去る十五日、本制度の內容並に募集要綱が發表されるや、全島民は擧げて感謝と歡喜に溢れ、我も我もと競ふて志願を申出でその數既に二萬を遙かに突破し、來る二月一日の受付日は、我こそ一番乘りをなさんと萬端の準備に怠りなく、全島津津浦浦湧く志願兵熱は、今や最高潮に達せんとしてゐる。今次の大東亞戰爭が開始されるや、我が皇軍の征くところ敵なく、直ちに全太平洋を制壓して陸に海に空に赫赫たる大戰果が擧げられ世界を震撼せしめてゐる、この驚異的大戰果は、もとより御稜威の然らしむるところであるが、皇軍が過去幾多の戰勝に輝く傳統と優秀なる軍備、不斷の猛訓練に依る賜であつて皇軍將兵が一人殘らず赤誠奉公の念に燃え、君國に殉ずるの尊き信念を堅持して戰ひ拔くにあつたことは申すまでもない。 二 この偉大なる尊き精神があつてこそ、世界に冠絕せる皇軍として世人から仰がれ、畏敬せられるのである。皇國民の一人としてこれ以上の喜び、これ以上の誇りがまたとあらうか。而してこの喜び、この誇りは兵役に浴してこそ、始めて得られる最高の榮譽であり、日本國民としての最高の矜持である。この尊き日本精神を體得し、一日も早く名實兼備の皇國民たらんとするは、六百萬島民の多年の念願である。而も軍隊こそは、皇民鍊成の最高の練場である。我我島民は、このことを深く心に銘じ擧つてこの崇高なる義務を果し、速に皇國民たるべく自覺奮起すべきである。本島統治上劃期的な一大飛躍を齎すべきこの輝しき志願兵制度實施の本年こそは、本島に新時代を劃すべき年である。明日の新しき時代、明朗な臺灣のために、本島青年諸君の蹶起を熱望して已まない。今こそ我我が日頃念願し口にする報國の赤誠を披瀝する絕好の機會である。我我は實踐の第一人であらねばならない。斯くして我我の輝しき第一步が踏み出されるのだ。 三 惟ふに日本男子として生れ、この至高なる榮譽を荷ひ、軍旗の下に馳せ參じ、世界に無比なる帝國軍人の一員として、華華しく活躍して一命を君國に捧げる事は男子の本懷であり、偉大なる國民的信念である。之は獨り自己獨りの喜びであるばかりでなく、實に子子孫孫に傳る一家一門の最大の譽れである。富者と云はず、貧者と云はず、又都會と田舍を問はず、率先して志願すべきである。事變勃發以來六百萬島民が示した熱誠が、澎湃として怒濤の如く押寄せる献金の洪水と共に、青年諸君は此際一人も躊躇する事なく、悉く身を挺して志願すべきである我等は擧つてかの「ああ感激にあふれたる歡聲天に轟きぬ六月二十日……」を聲限り唱和し、「譽の志願兵」のために、六百萬島民悉く揃つて心限りの萬歲を□□ばなければならない。 |
02 | 草原に淡き弦月 數千の敵を前に最後の死鬪 噫.武勳輝く廿五勇士 |
03 | 新嘉坡殲滅を待つ ジヨホールバル州制壓につき 在住六年黃文賢氏語る |
04 | 志願兵の先發隊(二) 憧れの皇軍の姿 銃と劍を思ふと腕がむずむずする |
05 | 皇國婦道の確立 田中高級參謀を招き 國婦臺北支部で講演會 |
06 | 基隆庶民信組 の通常總代會 |
07 | 芝山巖祭典 臺北士林間の 列車運行增加 |
08 | 續く“乙女部隊” 更に十二名志願申出 |
09 | 新嘉坡陷落祝 賀行事打合 |
10 | 退職慰勞金 袋のまま献金 |
11 | 中食拔の御奉公 新に三診療所を設置 |
12 | 羅東志願兵 講演會 |
13 | 魁挺身隊で講 演會を開催 |
14 | 宣傳映畫と講 演會開催 |
15 | 皇軍將兵慰問金 募集締切三月末に變更報社消息 |
16 | 臨時徵兵檢查 受檢者に告ぐ 臺北陸軍兵事部發表 |
17 | 蘇澳志願兵指 導者打合會 |
18 | あす礁溪で 講演會 |
19 | 晴れの宣誓式 青潭基本指導部落 |
20 | ときのこゑ |
21 | 局鐵團體割引 二月一日に復活 |
22 | 學校教練打合會 けふ陸軍偕行社で |
23 | 蘭陽各信組 總代會終る |
24 | 士林街で映 寫會を開催 |
25 | 一日一錢献金 各方面から推賞 |
26 | 華僑公會總會 |
27 | 人事.消息報社消息 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滿場決意に燃ゆ 熱辯の一語一語、青年の胸を打つ 高雄の志願兵講演會 |
02 | 志願兵熱を鼓吹 各地講演會盛況 |
03 | 武勳永へに芳し 戰死勇士發表さる |
04 | 青壯年總志願 北屯庄民感激に起つ |
05 | マイク通じて 州民に呼掛く 森田知事志 願兵制放送 |
06 | 志願兵の先驅 空の勇士德明伍長叫ぶ |
07 | 團體志願激增 |
08 | 特志看護婦志願 に臺南二女蹶起 “連れて行つて下さい” 血書志願に示す大和撫子の赤誠 |
09 | 高雄奉公會 生活部打合せ |
10 | 國家の御楯に 各地青年が志願 |
11 | 海豐壯丁團出願 |
12 | 大和醫院から 鄭、謝兩孃出願 |
13 | 馬場醫院からも出願者續出 |
14 | 赤誠の軍國乙女 從軍看護婦志願 |
15 | 勇敢な少年戰車兵 南投郡 高橋巡查部長の令弟 |
16 | 臺南州會 本日開催 |
17 | 感激の献金 |
18 | 陳中和物產 献金を寄託 |
19 | 葬費節して献金 |
20 | 社告/興南新聞社報社消息 |
21 | 臺中市議選擧 無競爭で當選 |
22 | 人事 |
23 | 消息 |
24 | 地方便り |
25 | 今日の映畫 |
26 | 第六十三期決算公告/株式會社臺灣商工銀行 |
27 | 訃文:鄭金城 |
28 | 訃文:盧賜 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 會議所機構擴充 南方進展を建議 臺灣商議所總會終了 |
02 | 築け.理想的住宅 (下)臺灣住宅營團の趣旨內容 |
03 | 臺灣家畜防衛團 近く結成式擧行 |
04 | 南海乘合バス 買收を交涉 |
05 | 商工銀行總會 福井真志田兩取締役共重任 |
06 | 勤業無盡總會 月扱給付金契約 高百萬圓を突破 |
07 | 燃料炭貯藏倉庫 近く設置されん |
08 | 帽子檢查事務 打合會を開く |
09 | 獸醫等徵用令 近く公布せん |
10 | 興財信組總會 配當年五分可決 |
11 | 臺北州青果配給 組合定期總會 |
12 | 照明燈 |
13 | 商況(廿九日後場) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(598)/黃得時;榎本真砂夫 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | シ港は地獄の樣相 三百萬の市民戰戰兢兢 |
02 | クライ市を猛攻 |
03 | 兩進擊部隊(東岸と本街道)感激の握手 |
04 | ジヨホール南段の 最前衛陣地潰滅 高崎少尉壯烈な華と散る |
05 | 圖像:マレージヨホール戰線 |
06 | コーカレイ防備陣 英東亞軍のマジノ線とも云ふべきもの |
07 | エンダウ沖 海戰 英側損失を發表 |
08 | サルタン全部救出 |
09 | 殊勳の潛水艦を語る 雲烟萬里の南海に 敵船を求まて擊沈 |
10 | ジョホールの爆撃猛烈化 |
11 | スンガラン附近の戰果 |
12 | 敵の救援部隊全部殲滅さる |
13 | 肉彈戰、夜襲戰で突破 バタアン要塞攻擊皇軍奮戰の跡を見る |
14 | 知事も他府縣から 現職で立候補出來る |
15 | 翼贊會關係問題 東條首相明快に答辯 |
16 | 今後の增稅は 直接稅が中心 |
17 | 翼贊會の豫算 無修正で承認されん |
18 | サラワク北部に 豐富な水銀鑛脈 |
19 | ホワイトハウス 米英軍事會談 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 目指す“英の心臟” 正義日本の劍を振翳して 新嘉坡街路を驀進 |
02 | 精忠萬世の龜鑑 田中部隊名譽の戰死者 |
03 | 大麻神符燒納 |
04 | 本社主催 南進のしるべ 南方引揚邦人座談會 未開の海の寶庫(十一) 有望な鰹新漁場報社消息 |
05 | 全島愛婦の赤誠 慰問袋五千個軍司令部に献納 |
06 | 一般家庭金屬 回收開始 |
07 | 徵兵檢查書 女性に紛れ込む |
08 | 二月一日にサイレン吹鳴 |
09 | 鮮魚の公平配給 港都で購入通帳制採用 |
10 | 發揮せよ 日本婦道の真髓 滿場の國婦に覺悟を說く 田中高級參謀の講演 |
11 | 島都定期種痘 二月二日より開始 |
12 | 小國民八千餘名 あす十粁の強行車 |
13 | 安藝ノ海結婚 |
14 | “金屬特別献納日” 大詔奉戴日に愛婦が回收 |
15 | 基隆市內の志 願者 |
16 | 示す“女性の意氣” 市役所へ志願者雪崩込む |
17 | 大東亞戰展覽會 二月七日臺北を皮切に開催 |
18 | 速達で父の許 可を得て志願 |
19 | 不具の弟に代 つて志願 |
20 | 興南詩苑漢詩 次步初兄睡起頂/芳菲、次步初兄睡起頂/呂金璧、次步初兄睡起頂 二/呂金璧、次步初兄睡起頂/許景綿、次步初兄睡起頂 二/許景綿 |
21 | 南北兩署志願 兵座談會 |
22 | 署長級の人事異動 |
23 | 商況(三十日前場) |
24 | 興南案內報社消息 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵空軍の一掃近し 全マレー戰線から頭條新聞 【マレー戰線三十日發同盟】マレー半島に於ける敵の空軍基地はわが猛進によつて相次いでわが手に歸し殘餘の基地はジヨホール州南部に一個所、シンガポール島の四個所合計五箇所であるがこれまた連日の爆襲に殆ど殲滅、目下敵の殘存勢力はテンガー飛行場に大型機九機、セレター飛行場に大中型合計十機を殘すのみである、敵機は最近では殆ど晝間は出動せず夜間申譯的にゲリラ戰をやつてゐたが數日中はこれさへなくなつた、わが航空隊は三十日朝來地上部隊と協力最後の殲滅に移つたので敵空軍のマレー半島及びシンガポールより一掃される日も近い |
02 | セレター飛行場爆擊 |
03 | シ港へ直線○○粁 |
04 | 悽慘な野戰を展開 スデナを猛攻奪取 |
05 | 勳章御贈與の 御沙汰 ド佛印總督に |
06 | 國民貯蓄が最重要 藏相答辯眾議院豫算總會 石油の確保充分(鈴木總裁答辯) |
07 | マレー戰局 最後段階に到達 |
08 | 陸鷲又蘭貢を強襲 激烈な空中戰敵機五機を擊墜 |
09 | 圖像:爆擊行を終へて今日の爆擊効果を野戰酒保の前で戰友と語る陸鷲の勇士達 |
10 | 新嘉坡島に 消燈令發布 |
11 | 大東亞共榮圈の 為替決濟機構確立 雄大な構想の輪廓、原口局長表明 |
12 | 英東亞軍司令部 敗戰を隱蔽 |
13 | 技術院愈よ明日開廳 先づ航空部門に焦點を指向 |
14 | 淡水駐屯部隊撤去 援蔣物資の流入不可能 |
15 | モールメイン の危機も隱蔽 |
16 | 科學技術行政の 中樞機關 |
17 | 特に航空技術の 躍進に重點 |
18 | 貴族院本會議 |
19 | 產組、百貨店、小賣 業者の業務分野 |
20 | けふの兩院 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 本島婦人層の 覺醒と志願兵社說 一 陸軍特別志願兵制度はいよいよ實施の運びとなり、明一日から全島一齊に受付を開始することとなつた。島民多年の熱望がここに其の實現を見ることとなり、本島青年大眾の本望も之に過ぐるものはあるまい、時恰かも大東亞戰の真只中、百年の仇敵米英の破碎に赫赫たる戰果を收め、世界人類をして着着御稜威と我が武威の下に服せしめつつある此の秋畏れ多くも天皇陛下の股肱たる榮譽と絕對の御信倚を擔ひ、光輝ある皇軍の中に伍して、建國以來の大聖業達成に直接參劃するの機會を得たことは、洵に本島青年至大の光榮であり、國民最高の感銘と云はなければならない。同時に之は獨り青年男子一生の面目であるのみならず、實に一門一家の名譽であることを强調せざるを得ないのである。志願兵の募集は斯くの如く本島民に國民として最高の榮譽を賜ることであり、志願兵の應募は實に本島民の、宏大無邊の聖恩に應へ奉る忠誠の披瀝に他ならない。 二 今や、志願兵を出願するもの日益しに激增の一途を辿りつつあることは、島民就中青年大眾の自覺と皇國民精神の昂揚を示すものとして御同慶に堪えないが、今日までの非公式志願者數を見るに、未だ決して滿足の程度に至つてゐないことは否定出來ない事實である。勿論數の多い少ないは必らずしも本旨ではないであらうが、少くとも島民にして此の國民至高の榮譽に感激し、絕對の御信倚に深く感銘するところありとすれば、もつともつと多數の志願者を見なければならない筈である。とは云へ島民就中青年大眾にして、此大いなる感激、崇高なる感銘を感じないものは恐らくあるまいと堅く信ずるものであるが、然らば其處に若し尚多數の適格者にして未だ志願せざるものがあるとすれば、それは決して無感激で廻避的であるからではなく、恐らく幾多の事情就中家庭的事情に依る躊躇逡巡があるからではなからうか。茲に於て各家庭特に婦女子の覺醒を促す必要があると思ふのである。 三 本島の婦人は一般男子に比較して教育の程度低く、保守的で因襲的であることは否まれぬ事實である。志願兵制度の崇高なる真義に未だ徹せざるもの、尚少なからぬ數に上つてゐることは遺憾至極と云はねばならない其のために、湧き立つ熱血を抑ヘて脾肉の歎を唧つ青年も決して少なくはないであらう。斯くの如く家庭に於ける婦人の力は蓋し絕大なるものがあるのである。志願兵制をして美を成さしむるもせざるも、一面婦人の覺醒と其の熱意如何に懸つてゐると云つても過言ではない。帝國の一大躍進に伴ひ臺灣も一大飛躍を遂げねばならぬ今日、本島婦人の覺醒は急速に行はれなければならない。婦人の覺醒を促し更に其の奮起を促すことは、又本島有識階級就中父たるもの夫たるもの□責務である。志願□□□□□□□□□□□□奮起(內容難以辨識) |
02 | 防空從事者に優諚 有難き御沙汰仰せ出さる |
03 | 用意は出來たか 輝やかしき擧島待望の日 志願兵募集あす開始 |
04 | 尊し.興亞の礎石 譽れの戰死者發表 |
05 | 志願兵の先發隊(三) 一家一門の光榮 勳八等二百六十名 |
06 | 家庭ではいい父親 故守屋准尉は釣が好き |
07 | 男兒の本懷 松川准尉の夫人語る |
08 | 實直な青年 故中山伍長 |
09 | 豪膽な池田機! 爆擊機で戰鬪機擊墜 |
10 | 新竹中出身 故鎌田兵長 |
11 | 志願兵一色 一日の夜の放送陣 |
12 | 二千の聽眾感銘 魁挺身隊主催志願兵講演會 |
13 | 勳八等の勇士 故廣瀨兵長 |
14 | 健全娛樂の尖兵 白衣の勇士を招待して 高砂劇團と南進座試演會 |
15 | 赤誠の献金群 石堂洋裁の生徒さんが 軍司令部、武官府に |
16 | 淡水稅關出身 故伊江二等兵 |
17 | ときのこゑ |
18 | 各地に轉戰 佐藤二等兵は 北一中の出身 |
19 | 軍馬に御馳走 感心なこの慰問 |
20 | 人事.消息報社消息 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | □ 臺南州會 |
02 | 良き志願兵は 強健な母から 新妻要塞司令官強調 高雄奉公醫師團支部結成式 |
03 | 講演會に感激 その場で志願 |
04 | “空の若人”を鍊成 組織的な航空訓練 |
05 | 住宅難の緩和に 市で住宅調查に乘出す |
06 | 滿場の青年感激 宜蘭志願兵講演會 |
07 | 親子揃つて志願 宜蘭署の葉氏が |
08 | 新竹州青年の 志願兵應募多し |
09 | 宣傳機構擴大 花蓮港奉公會 |
10 | 志願兵指導者 打合會 |
11 | 奉公運動の尖兵 州支部で九百餘名任命 |
12 | 三輪州知事 養豚部落を視察 |
13 | 一層の自肅を要望 經濟違犯者が續出 |
14 | 礁溪役場で打合 |
15 | 青年訓練所開所式 島都三ケ所で開始 |
16 | 新嘉坡占領 祝賀行事決定 |
17 | 淡水奉公壯年 團結團式 |
18 | 傷兵慰るのは 妾達の務です |
19 | 淡水郡各街庄の 協議會日程決定 |
20 | 新竹北門住民 本社支局を通じて 四千九百圓を献金報社消息 |
21 | 勞務調整講習會 海山郡各街庄で |
22 | 共益自動車 發展的解消 |
23 | 葬費節約して献金 |
24 | 南方協會主催で 南方語學講習會 |
25 | 看護婦助手 考查 臺北州の注意事項 |
26 | 臺灣石粉總會 |
27 | 桃園臺地ハイク |
28 | 人事報社消息 |
29 | 消息 |
30 | 地方便り |
31 | 第四拾參期決算公告/臺灣勸業無盡株式會社 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 多大な成果收む 共榮圈茶業との調整策協議 茶業座談會終る |
02 | 沿岸漁業統制 早急實現を企圖 |
03 | 自家用味噌醬油 規正の對象たらず |
04 | 重要物資輸送完遂に 貨車著發豫定制度實施 |
05 | 貨車指令用電話 二月一日通話開始 |
06 | 衣料手持申告 二月十日迄延期 |
07 | 臺北信組總會 |
08 | 臺南州鳳梨同組 二月二日創立總會 |
09 | 臺灣ガス總會 配當年六分可決 |
10 | 新分野の勤勞に 有能者轉業希望 委員會で岸商相答辯 |
11 | 灣米積出停止 配給を砂糖に轉換 |
12 | 星港陷落祝賀に 罐詰を各家庭に特配 |
13 | 舊日銀株主に 對する補償基準 |
14 | 臺灣古錻力組合定時總會 |
15 | 臺銀人事異動 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(三十日後場) |
18 | 北食料品組合 配給所八十ケ所配置 |
19 | ラジオ |
20 | 水滸傳(599)/黃得時;榎本真砂夫 |
21 | 廣告 |