興南新聞1941年12月
序號 | 標題 |
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01 | 躍進新事態に則應 合理的に擴充強化 督府の行政機構 劃期的に大改革せん頭條新聞 日支事變以來急激に變化しつつある內外の情勢に伴ひ各方面の國家統制が益益强化せられ今や督府現在の機構を以てしては到底新事態に適合する合理的行政處理を為す事が出來なくなり、其上最近食糧の重大化に對應して米穀局より食糧局へ擴大化する必要に迫られたので之を契機として督府に於いては旣に全面的に行政機構を改革する必要上豫てより原案を練つて來たが此の程愈愈其の成案を得た模樣で之に伴ふ豫算と豫算編成替のため近く中央關係官廳と折衝を為す運びとなつた。而して案の內容は企畫部を廢止して食糧局の新設に伴ふ殖產行政の編成替と內務局の廢止に伴ふ國土局の新設を中心とする根本的改革あり、先づ國土局の分課に依れば總務課、林政課、林產課、造林課、河川課、土地改良課、都市計畫課、地理課の八課であり、卽ち本島に於ける國土計畫を實現するために懸案中の山林局所管事務の外に河川、土地改良、都市計畫、地理各課の內務局所管事務を綜合した大國土局の出現は蓋し躍進臺灣の新事態に卽した劃期的改革と言へよう。次に現在の殖產、米穀兩局の所管事務を商工局及び食糧局へそれぞれ合理的に分割せられ就中南進兵站基地として臺灣工業化の大使命を帶びたる新商工局は現企畫部は勿論の事交通局遞信部所管の電氣課を包含する事となり、其の分課內容は總務課、生產擴充課物資課、勞務課、商工課、電力課、鑛務課、物價調整課の八課となり、大國土局と共に大商工局の誕生を實現せんとしてゐる、食糧局としては農政課、農產課、米穀課、畜產課、水產課の五課となり大體內地の農林省と食糧管理局を兼ねたる組織となる。其の外財務局は從來の主計、金融、稅務三課以外に官房の營繕課及び會計課を包含し文教局は從來の學務、社會、編修三課以外に厚生課を新設して警務局の衞生課を包含し、之れに伴ふて官房の新機構は秘書官室、總務課、人事課、文書課、情報課、統計課、地方課、及び審議室となり、總務課は現企畫部の綜合的企畫を擔任し、地方課は現內務局より移管する事となる。尚警務局としては現在の警務、理蕃、保安、經濟警察課以外に兵事防空課を新設し法務局及び外事部は現機構の儘に別に變更を加へない。上記督府行政改革內容は大體に於いて理想に近い成案であり、躍進臺灣の新事態に卽應すべくいろいろ苦心の跡が現はれてゐる丈真に劃期的大改革である事は明かであるから、其の成行に對し頗る注視せられてゐる。 |
02 | 東亞民族の獅子吼 共同使命達成に邁進 東條首相の記念放送 |
03 | 圖像:砲門一たび開かば(海軍提供)我が太平洋制霸艦隊 |
04 | 最惡の場合に用意既に成る 安藤副總裁の演說 |
05 | 三國關係を緊密化 祝賀晚餐會席上で東鄉外相挨拶 |
06 | 國際通信振興會 の創立總會 |
07 | 道義的秩序の創建 本多大使の祝辭 |
08 | 郵船定時總會 |
09 | 望谿附近(廣西)を掃射 |
10 | 東亞民族大同 團結基礎を確立 李滿國大使の演說 |
11 | 韶關、惠州を 猛爆 |
12 | 休戚を俱にせん 汪院長の交驩放送 |
13 | 東條首相の祝辭 ル大統領重大視 ハル長官と長距離電話で要談 |
14 | ハル長官きのふ ハ英大使と會談 和協策を申入れたか |
15 | 米上院は硬軟兩論 |
16 | 全マレー駐屯車に 待機命令發せらる |
17 | 偉大な不朽事業 陳群氏の演說要旨 |
18 | ハル長官談 |
19 | 參戰熱を煽る ル大統領談 |
20 | ソ聯新鋭航空母艦 擊沈さる |
21 | 今日の天気 |
22 | 海上警報 |
23 | 泰軍事代表 新嘉坡へ赴く |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 貫く“興亞の軸心” 日滿華締盟一周年記念日 島民大會大盛況 |
02 | 三國の契彌固し 和やかな交驩會開催 |
03 | 東亞禍根の芟除 十億同胞鐵石の決意 |
04 | 烈烈火を吐く島都記念大講演會 |
05 | やあ、飛んだぞ 僕らの模型飛行機 |
06 | 住宅營團理事 長に赤堀氏 |
07 | “擧國前進、誓の日” 本年度掉尾の常會 |
08 | 弔ふ興亞先覺者 帝都で嚴肅な慰靈祭 |
09 | 圖像:講演會と交驩會 |
10 | 多彩な船客 三十日の便船で來臺 |
11 | 貯蓄報國債券 愈よけふから賣出す |
12 | “一億體當りの心構 其儘臺灣に移さなくてはいかぬ” 齋藤總務長官歸臺談 |
13 | “七つの海”の制霸 海洋青少年團養成所開所式 |
14 | 垂範振り上乘 出迎客たつた 二人きり |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 圖像:鄉軍演習畫報 |
02 | 銃砲聲、地軸を搖す 鄉軍演習、矛を收む |
03 | 故福島上等兵 あす無言の凱旋 |
04 | 臺南市聯青 查閱を執行 |
05 | 南投特殊防護團 結成式を擧行 |
06 | 奉公會主催 中壢時局講演會 |
07 | 高雄市水道擴張 年內に竣工せん |
08 | 海山馬耕競技會 三峽街で開催 |
09 | 臺中州聯青の 鄉軍慰問演藝會 |
10 | 高雄中學 教練查閱 |
11 | 高砂族青年の赤誠 應召者乘せて渡河 |
12 | 臺南鄉軍 武道大會 |
13 | 淡水各奉公班 常會指導者講習 |
14 | 新竹水利組合 新廳舍落成式 |
15 | 嘉義東石カード階級に 溫い情の手 實費診療所十一ケ所を設置 |
16 | 南部第二回 學童排球大會 |
17 | 花蓮歡樂境祇園 貸事務所に轉向 |
18 | 奉公會鳳山分會 各部落一齊に常會 |
19 | 高雄高女 體育會 |
20 | 地方便り |
21 | 今日の映畫 |
22 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺灣の間接税增徵 財務局稅務課發表けふより實施 |
02 | 物品稅等の增徵に伴ふ 物價關係の措置に就て 總督府殖產局物價調整課長談 |
03 | 改正稅率表 |
04 | ラジオ |
05 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 深刻な局面に逢着 東鄉外相、臨時閣議で 日米交涉經過を說明頭條新聞 【東京發同盟】日米交涉は去る二十六日の野村、來栖兩大使とハル長官の第四次會談において米國側は依然として東亞の現狀を認識せず架空の諸原則を羅列せる文書を提示し為めに會談は重大な段階に到達するに至つたので政府は一日午前九時より首相官邸に臨時閣議を開き東條首相以下全閣僚出席先づ東鄉外相より去る二十八日の定例閣議において說明を行つた日米交涉その後の經過を詳細に報吿會談が極めて深刻なる局面に逢着せる事實を說明同九時半散會した、而して右外相の說明において明かにされた如く日米交涉は目下重大段階にあり日米兩國の主張は根本的に大きな懸隔のあることが明瞭となつたが太平洋の靜謐を祈念する我が方は飽くまで米國側の認識を是正せしむべく事態は技術的に最早遷延を許さざるものありとは言へなほ交涉を繼續最後まで米國側に反省を促すことにならう |
02 | ル大統領急遽歸還 日米會談、最後の關頭へ |
03 | 東條首相放送演說 米の異常な注意喚起 |
04 | 圖像:汪首席防共協定參加を祝賀 |
05 | 米上議院の 代表的見解 |
06 | 週間國內展望 |
07 | ル大統領言明の 拔萃集公表さる |
08 | 圖像:皇軍の精華工兵隊 |
09 | けふの會談 時刻はル大統領歸着後 |
10 | 隴海線要衝を猛爆 |
11 | 英兵大增援部隊 緬甸蘭貢に到着 |
12 | 韶關の地獄圖繪 ○○少佐爆擊手記 |
13 | 英國軍艦五隻 太平洋方面へ向ふ |
14 | 農業團體統制要綱 金融を指導統制と經濟部門から分離 三法案として來議會に提出 |
15 | 陸軍の異動 安藤中將軍事參議官へ |
16 | 最高潮の猛攻 赤都の危機目睫に迫る |
17 | 安藤中將の親 任式 |
18 | リビア英軍の 攻勢弱まる |
19 | 獨空軍の活躍 |
20 | 赤軍四戰線で 反擊を放送 |
21 | タガンログ より獨軍撤退 |
22 | チフヴイン 撤退を發表 ソ聯情報局 |
23 | 臺灣關係勅令公布 |
24 | 明日の天氣 |
25 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 列車時刻の大改正 食堂車を廢して三等を增結 急行停車驛も增設 |
02 | 賀陽宮邸に勅使 牧野侍從を御差遣 |
03 | さァ、一億の強行軍 一本の酒にも非常時を加味 本年掉尾の奉公日 |
04 | 銃後も戰場の心構で 伊藤海軍武官語る |
05 | よいしョ、よいしョ 山と積まれたリヤカーの古鐵 お小さい方方が献納 |
06 | “怠るな火の用心” 臨戰下の島都防火デー |
07 | 臨時徵兵檢查 けふ全國一齊に實施 |
08 | 續く“赤誠の進發” 興亞奉公日の献金部隊 |
09 | 輝く白衣勇士 二日内地へ轉地療養 |
10 | 新竹市の防火 デー |
11 | 優良團員を表彰 青年大會盛況裡に終幕 |
12 | 市街庄擴充強 化策論文募集 |
13 | 勤報團新竹州 隊歸新 |
14 | 少年工に告ぐ 集合時日を變更 |
15 | 臺灣住宅營團 設立委員、事務委員決る |
16 | 新化種馬牧場 六日に盛大な開場式 |
17 | 司法保護實務者 鍊成會開講式を擧行 |
18 | 壹萬圓の正夢 02274 |
19 | 臺北市に食糧 係を新設 |
20 | 花蓮港商議員 けふ選擧告示 |
21 | 宜蘭防衛團東 分團の體鍊會 |
22 | 今夜の放送 |
23 | 商況(一日前場) |
24 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 生活文化 家庭醫學讀本 むづかしい腸チプスは 病状によつて違ふ療法 傳染病(一) |
02 | 圖像:新穀感謝祭 |
03 | 家庭美顏術 時局下に相應しく 自己の本質美を出す |
04 | 國語學習 第一線の兵隊さんに ぜひお年賀狀を出しませう |
05 | 秋深き新莊平野に くりひろげられた 學徒部隊の聯合演習 |
06 | “防火デーにあたりて” |
07 | 偏食の矯正法 理想的なものを一つ |
08 | 川魚を骨ごと |
09 | ズルフオン・ア ミド藥と食物 |
10 | 健康美入浴八則 |
11 | 臺北州下の 交通訓練 |
12 | 寒さを防ぐ皮下脂肪 なぜ我が國に結核が多いか |
13 | 子供科學 なぜなぜ問答 |
14 | 真鍮や鍋の綠青 |
15 | 寢つきの悪い 子の導き方 |
16 | “へちま” 纖維の採り方 |
17 | 豆知識 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日、米第六次公式會談 その後の情勢を討議 |
02 | 一兩日中更に行はれん |
03 | 紛爭回避の希望を持つ 野村大使、記者團に答ふ |
04 | ハル長官、ル大統領 一時間餘り懇談す |
05 | モスクワ市街望見 獨軍各部隊ひしひしと迫る |
06 | スターク作戰 部長も參加 |
07 | 萬一の場合は 戰ふ決意あり タイムス華府電 |
08 | 蘭印、動員令を發す 全空軍部隊を動員 |
09 | 獨、佛提携を協議 ゲ獨空相、ペ佛主席長時間會談 |
10 | 新嘉坡も動員令 非常事態を全マレーに擴張 |
11 | 戰時氣分漲る |
12 | ロストフより 獨軍一時撤收 |
13 | 芬・羅・洪の三國に 英近く宣戰布告 |
14 | 獨佛關係に新段階 |
15 | 鐵相に八田嘉明氏 拓相は農相が兼任 けふ親任式を擧行 |
16 | 比島各區司令官に 非常警戒令 |
17 | 米、太平洋上に 軍事基地建設 北太平洋の空軍狀況 |
18 | 英、イラク間 秘密軍事協定 妥結か |
19 | 滿洲開拓次期計畫 近く閣議に附議決定 |
20 | 定例閣議 |
21 | ペタン主席 ヴイシー歸還 |
22 | ハ駐米英大使 ル大統領會見 |
23 | 濠洲、閣議を召集 |
24 | 凡ゆる方法で 佛印防衛に決す ヴイシー當局言明 |
25 | 英極東艦隊 司令長官 フ少將任命さる |
26 | 香港駐屯軍に 兵營歸還命令 |
27 | 明日の天氣 |
28 | 水滸傳(553)/黃得時;榎本真砂夫 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 若き學徒が獅子吼 島民に不動の信念強調近く全島各市で |
02 | “國民醫療”に萬全 醫藥の種類制限斷行 |
03 | 白衣の勇士内地へ轉療 |
04 | 各官衙學校で 弔旗を揭揚 御葬儀當日に |
05 | 圖像:三妃殿下東京療養所御慰問 |
06 | 新竹市支會 奉公委員會 五日新竹國民校で |
07 | 前線に慰問雑誌 明春早早に募集を開始 |
08 | 基隆市支會 奉公委員會 |
09 | 基隆臨時市會 五日市會議室で |
10 | 基隆郡の肥料 增產強調週間 |
11 | 臺北州豫算 茲數日中に出揃ふ 大體千百餘萬圓に落着く見込 |
12 | 冬季敢鬪の繪巻 演練種目、競技日程決る |
13 | 知事兩部長 が督勵行脚 |
14 | 童心に映る緊迫感 軍司令部への古鐵献納連日陸續 |
15 | 常會の虎の卷 今月號三日に配布 |
16 | “私情を殺し公務に盡瘁” 谷口次官一月も愛孃の喪を秘す |
17 | 各官立高校の 入試科目、期日等決る |
18 | 圖像:水戶の少年劔士遙遙勤勞上京 |
19 | 宜蘭消防組 の防火宣傳 |
20 | 全島三市で講演會 糖試創立十周年記念に |
21 | 遞信歌と遞信報國團歌決定 |
22 | 苗栗青年挺身 隊結成式 |
23 | 新竹市民に朗報 近く美味な兔肉出廻る |
24 | 保健婦協會 創立 |
25 | 一局の花代 七圓六十九錢也 |
26 | 某茶行の若 旦那の盜み |
27 | 人事報社消息 |
28 | 今夜の放送 |
29 | 商況(二日前場) |
30 | 興南案內報社消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 生活文化 すべからず主義の 教育法効果なし 性格を見拔いて導く |
02 | 都會では誰が 一番歩くか |
03 | 家庭醫學讀本(二) 初めは流動食だけ 腸チフスの食餌療法 |
04 | 國語學習 動く海の飛行場 航空母艦のお話 |
05 | 圖像:井野農相母校にて訓話 |
06 | 今週の出來事(十一月卅日―十二月六日) |
07 | ふくらまし粉代用品 明礬立派に役立つ 利用の範圍も廣くて重寶 |
08 | 焦げつかせぬ 卵の炒りかた |
09 | 鍋底の黑いわけ 幾ら煤けてもいいか |
10 | よくあること 茸の中毒 見分けは難かしい |
11 | 私達の理科 落葉は何故黃色か |
12 | 昔の風呂屋は みな蒸し風呂 |
13 | 百足油のつく り方 |
14 | 週間コドモ新聞 |
15 | 盆栽の手入れ |
16 | お午を知つてる ビルマの象 |
17 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 時代の生活條件(下) 言葉の意味に就いて/石川淳 |
02 | 艋舺氣質 (一)/黃啓木 |
03 | 珊瑚樹 文學效用說 新しく考へ直せ |
04 | 詩の鑑賞に就て/瀧坂陽之助 |
05 | 指導物語 一日國際館で |
06 | 心聲/黃可軒漢詩 中秋夜晴園待月/黃純青、秋日過晴園呈純青先生/李學樵 |
07 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 久邇宮朝融王殿下 恩賞の榮えに輝かせらる 生存者論功行賞(海軍は第七回)頭條新聞 【東京發同盟】畏き邊りでは第二十回支那事變生存者論功行賞(海軍關係第七回)の御沙汰あらせられ三日午前零時內閣賞勳局並びに海軍省より夫夫發表された 畏くも金枝玉葉の御身を以て聯合航空隊參謀として昭和十四年十月から昨年七月までの御久しきに亘り一般將兵と共に硝煙彈雨の裡に御活躍御殊勳を樹てさせられた海軍大佐久邇宮朝融王殿下を始め奉り今回の聖恩に浴したものは支那沿岸封鎖其他に活躍した海上部隊、上海から漢口に至る遡江部隊の陸戰隊並に奧地進攻等に我海鷲の勇名を轟かせた航空部隊に屬する海軍將兵で今度行賞締切の昨年五月以降に死歿したものも若干名含まれてゐるその內殊勳者として金鵄勳章を授賜せられたものは千廿七名で內功績特に拔群にして優賞せられたるものは森德治大佐(福島)以下八十七名で橫須賀鎭守府二十八名吳鎭守府十四名佐世保鎭守府十九名舞鶴鎭守府十名其他十六名となつてゐる尚皇族に對する行賞としては昭和十五年九月四日蒙疆の戰野に於て御戰死遊ばされた故北白川宮永久王、黃浦江遡江作戰を始め事變當初に於いて御殊勳を樹てさせられ昭和十三年十月十九日薨去あらせられた故伏見宮博義王の御二方に行賞の御沙汰あらせられたが御生存の皇族としては陸海軍を通じ今回が始めてである、(臺灣關係なし) 【東京發同盟】海軍の第七回生存者論功行賞は三日發表されたが今回行賞に金枝玉葉の御身を以て遠波荒き洋上第一線に御活躍遊ばされた海軍大佐久邇宮朝融王殿下の御名を拜するは畏き極みである殿下には昭和十四年十月から同十五年七月まで○○聯合航空隊參謀として第一線に御活躍、今回功四級の恩賞の榮えに輝かせられたが今事變に於る陸海軍生存者論功行賞に皇族方の御名を拜するは今回が全く初めてである、今回恩賞の榮えに浴した者は優賞者八十七名、一般殊勳者九百餘名で何れも今事變に海上部隊、陸戰隊及び航空部隊に屬して全支に帝國海軍の武威を輝した歷戰の勇士達ばかりである、海上部隊、陸戰隊及び遡江部隊に屬して優賞の光榮に輝いた人人には昭和十三年十月廿五日揚子江遡江部隊長として漢口に一番乘りの勇名を馳せ部隊感狀を受けた森德治大佐(現舞鶴人事部長)が功三級に、遡江部隊參謀として事變當初より上海、南京、漢口と各地に赫赫の武勳を樹てた藤原喜代間大佐は功三級中綬に又功三旭三と輝いた竹下宜豐中佐は昭和十二年八月吳淞の敵前上陸に決死の白襷隊長として勇名を轟かせた人であり、同功三旭三の寺崎隆治中佐は昭和十三年六月十二日白耶士灣の敵前上陸に參謀として偉勳を樹てた、航空部隊關係としては川崎造船所工場長吉岡保貞中將の養嗣子吉岡忠一大尉が事變當初からの南支方面爆擊の功に依り功四旭四に、山田龍人大尉は同じく南支方面で下駄履機隊長として活躍功四旭四に、又下士官としては昭和十三年七月十八日今度同じく優賞者に名を連ねてゐる小川正一大尉と共に南昌の敵飛行場に着陸、悠悠マツチで同飛行場を燒拂ひ部隊感狀を受けると共に明治神宮外苑の海軍舘に當時の模樣を描寫した油繪が飾られて永久にその功が稱へられてゐる小野了一空曹が功五旭七の恩賞に輝けば、昭和十二年十一月片翼をもぎ取られながら堂堂基地に歸還した「樫村片翼機」として銃後の人人を感激させた樫村寬一、二空曹は功五旭七の恩命に浴してゐるなほ一般殊勳者としては事變當初の昭和十二年上海陸戰隊長として活躍した安田義達中佐が功四中綬に、海軍省元報道部員多田野佐七郞中佐は當時厦門、上海等の陸戰隊長として武勳を樹て同く功四中綬に、細谷資芳中佐は海上參謀として功四旭三に、柴北明中佐は陸戰隊長として功四旭三に又「嗚呼江南の馬場部隊」に謳はれた馬場金治中佐は同じく陸戰隊長として勇名を馳せて功四旭三に夫夫輝く恩命に浴してゐるが航空部隊關係の一般殊勳者としては昭和十二年から同十四年末まで現地に活躍○○艦長として南中支方面爆擊行に五回の感狀を授與された加來止男大佐が功四中綬を又昭和十三年八月から十四年七月まで漢口、奧地等の爆擊に部隊長として活躍した山ノ上庄太郞中佐が功四小綬に、又昭和十三年天長の佳節に指揮官として漢口爆擊に敵機五十餘機を叩き落した棚町整中佐が功四旭四に夫夫輝いてゐるがなほ學生航空聯盟出身の豫備中尉として戰鬪に參加功五旭六の恩賞を賜つた現內務省防空硏究所員山內保三氏は同じく豫備中尉の森勇造、吉田熊雄氏等と共に學生航空聯盟の為め萬丈の氣焰を吐いてゐる |
02 | 米の對蔣軍事援助 挑戰的樣相を呈す 狂氣じみた西南防衛劃策 |
03 | 全マレー義勇兵に召集令を發布 頻りに防備に狂奔 |
04 | 坪上大使きのふ ピ泰首相と會談 國際情勢に付情報を交換 |
05 | 野村、來栖兩大使 けふウ次官と會談 |
06 | ダフ・クーパー 濠洲訪問印象談 |
07 | 滇緬公路警備 の米空軍百名 |
08 | 東條首相訪問 及川興亞院總務 長官心得 |
09 | 敵性包圍陣の狂躁 無統制な兵力裝備 |
10 | 勞務調整令 近く公布 |
11 | 圖像:爆音勇しく銀翼を連ねて 封川に向ふ陸鷲の雄姿 |
12 | 爆擊機九台を爆碎(南鄭、西安急襲) |
13 | 陸海輸送力を增強 八田氏鐵相の專任 |
14 | 親任式 きのふ擧行 |
15 | 內外地の食糧政策一元化を實現 農相の拓相兼任に依り |
16 | “乘るな、送るな”の禁令 今後尚出るかも知れない 八田新鐵相決意を語る |
17 | 情報局總裁談 |
18 | 食糧確保に重點 井野兼攝拓相語る |
19 | 新鐵相の解決を 待つ諸懸案 |
20 | 臺北州豫算 茲數日中に出揃ふ 大體千百餘萬圓に落着く見込 |
21 | 獨佛會談の內容 平和條約類似協定成立か |
22 | 決戰國民常會 諸般の準備に連日協議 |
23 | 大藏省異動 |
24 | 八田新鐵相の 横顏 |
25 | 今日の天気 |
26 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 タイ國の取 るべき道社說 一 列國環視の的となつてゐる日米交涉が開始されて以來、旣に第五次公式會談を了へ、更に週末旅行地ウオームスプリングスから急遽ワシントンに歸着したル大統領を交へて、引續き去る一日午前十時(日本時間二日午前零時十五分)から第六次公式會談が行はれたが、交涉は依然として危機線上を彷徨し、將に深刻なる局面に逢着しつつあると傳へられてゐる折柄、同交涉に對し、最初から全神經を集中せるABCD國家群の包圍圈內に位するタイ國を繞る國際情勢は、刻一刻と急迫し、殊に英領マレーに隣接する南部タイは、今や所謂一觸卽發の危機に直面しつつありタイ國が方針として長く主張して來た中立政策も旣に危殆に瀕するに至つたと傳へられてゐる。卽ち外電の報ずるところに依れば、英國は對日包圍陣强化のため、マレーにある濠洲兵五萬は旣に戰備完了し、一方ビルマには增援の印度人部隊が續續と增强され、ビルマ公路に於ける全イギリス軍に外出禁止命令が發せられ、今やイギリス側は命令一下、直ちにタイ國國境線を突破せんとの周到な戰備態度を整へたと報じられてゐる。 二 事變當初より英國のとつた對日敵性行為は、實に數限りなく殊に我が東亞共榮圈確立に對し、凡ゆる妨害牽制を弄しつつあることは、旣に明白な事實である。卽ちタイ國佛印の紛糾調停に對する裏面策動を始めとして、ビルマ及マレーのタイ國との國境を接する地域には、去る九月以來十數回に亘つて有力なる陸空軍を增派し、各地に飛行場を新設してタイ國領土內を完全にその有效集中爆擊圈內に置き、タイ、マレー國境全線に亘り堅固なる近代的防禦陣地を完成し、英國自らタイ國に對する武力的威壓を急速度に加重しつつあるにも拘はらず、事實の隱蔽にこれ努め、如何にも日本軍が明日にも直ちにタイ國に進入するが如く逆宣傳し、タイ人をして極度の不安に陷らしめてゐる。このイギリス側の巧妙なデマ宣傳に乘ぜられたタイ國は、その大部分の兵力、殊に機甲部隊を佛印國境に集結したのみならず、南部タイを英軍機甲部隊の蹂躪に放任せんとするが如きは、實に默許し難き事實であると謂はねばならない。 三 タイ國は小さいながらも、東亞に於て日滿支を除く外唯一の獨立國であり、滿洲事變以來、我が友邦としてよく我が國が立場を理解し、進んで我が國策によく協力して來たので、東亞に於ける指導的地位に立つ帝國としては、同國の存立に關し特に關心を持つことは今更贅言を要しないのである。殊にピブン首相は我が主唱する大東亞共榮圈の國是に對してはよく理解し、常に之を支持協力すると言明して來たのであるが、タイ國首腦の一部には今日尚タイ國の獨立と中立政策とは不可分のものであると云ふ從來通り中立政策に汲汲たるものがないでもない。然乍ら一部有識者の間には現在タイ國の取りつつある政策が、現下の緊迫せる情勢に於て果してよくタイ國を戰禍から救ひ、獨立平和を維持し得る最善の方策であるか否かについては疑問を抱くに到つた樣である。卽ち近代戰に於て自ら守るべき實力を保有せざる中立が、如何に儚ないものであるかについては殷鑑遠からず、最近のイラン、イラクの實例がよく之を物語つてゐる。タイ國の獨立のため、タイ民族繁榮のために賢明なるタイ國政治家の誤らざる處置を希望して已まない。 |
02 | 輝く拔群の御勳功 久邇宮朝融殿下に 功四賜金の御沙汰 |
03 | 衡陽爆擊の花形 敵戰鬪機四十數機と大激戰 學生鳥人山內中尉の光榮 |
04 | 無敵海軍へ献金 二日武官府受理の分 |
05 | 故賀陽宮大妃殿下 けふ喪場の儀行はせらる |
06 | 一躍四萬人の激減 十一月中の驛頭送迎 自肅上路 只管驀進 |
07 | 各官衛學校で 弔旗を揭揚 御喪儀當日に |
08 | 年越蕎麥の 移入交涉 |
09 | 持て立上る心構へ 大學專門校の丸刈特に感心 教練查閱の視察を終り井上兵務部長談 |
10 | 皇公會基隆 支會委員會 |
11 | 三萬四千五百餘圓 十一月中・軍司令部扱献金 |
12 | 一割五分の見當 實施は來年四月から 汽車賃の值上げ |
13 | 食糧ルートの確保 島都に米穀配給挺身隊結成 |
14 | 守る“本島の玄關” 一人一人が防諜戰士 |
15 | 婦人講座 五日から開く |
16 | 迫る歳末に隣人愛 「臺灣一家」の庶民生活強化運動 |
17 | 時局講演會盛況 |
18 | 眼に訴へる“軍民一體” 島都で皇軍舍營展 |
19 | ときのこゑ |
20 | 一斤當り二錢 砂糖けふから値上げ |
21 | 茶殻二十貫献納 蓬萊國民校の兒童が |
22 | “山に挑む”十五年 山岳會、創立記念の夕 |
23 | 待老坑山への 市民大眾登山 |
24 | 香港政廳が 密輸を獎勵 |
25 | 新竹州堆肥 強調週間 |
26 | 人事・消息報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 武勳永へに芳し 護國の英靈告別式 第四部隊で嚴かに執行はる |
02 | 壯丁大隊結成式 各郡署でそれぞれ擧行 |
03 | 大麻頒布式 |
04 | 奉公役員座談會 桔梗クラブ結成等を打合 |
05 | 經濟警察打合せ |
06 | 北門郡學甲庄 豐年感謝祭 |
07 | 十月中國防献金 臺中憲兵分隊扱 |
08 | 各地防火デー の行事 |
09 | 博愛會に寄付申入 貯銀認可に感謝 |
10 | 通帳で渡す獎勵金 貯蓄とインフレ抑制の二鳥策 農民の懷は豐か |
11 | 志願兵熱に拍車 男女青年を集めて懇談 |
12 | 水產試驗船高雄丸 新南群島に安着 |
13 | 各部聯絡懇談會 冠婚葬祭その他を打合 |
14 | 奉公會支會主催 女青訓練講習會 |
15 | 講演行脚に 宮瀬郡守出馬 |
16 | 帝大生時局講演 |
17 | 落成披露費を 國防献金 |
18 | 一校新設か 學齡兒童收容策 |
19 | 青年校研究會 |
20 | 實踐意見を諮ふ 嘉義奉公會、方委を集めて |
21 | 嘉中、嘉農查閱 |
22 | 東港郡警 定期監查 |
23 | お酒の行方は? 一齊捜查に大量の不正發見 臺南州で斷乎處罰 |
24 | “時局と衛生” 女給、娼妓に講演 |
25 | 教化視察團出發 |
26 | 集集街内保育園 盛大なる閉所式擧行 |
27 | 佳里街民 體育大會 |
28 | 大きな釣鐘献納 金屬回収に媽祖さん一役 |
29 | 一周忌に献金 |
30 | 前金派出所上棟式 |
31 | 兄弟出世双六 前後して醫博となる |
32 | 淡水農務打 合會 |
33 | 能高郡陸上 競技大會 |
34 | 農業專修竣工 |
35 | 鄰組で箆麻栽培 |
36 | 北斗郡聯合 陸上競技大會 |
37 | 員林萬年圳廢止 西側に水路を新設 |
38 | 人力車賃金改訂 不當要求は嚴罰 |
39 | 馬公旭校體鍊會 |
40 | 心當りの方は? 掏摸贓品の數數 |
41 | 地方便り |
42 | 今日の映畫 |
43 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | バナナ氾濫の對策 芭蕉簽に製造乾燥の上 御飯に混合して食べる 一石二鳥の名案 |
02 | 食糧增產會議 昨日第一日終了 |
03 | 改正稅令の解說 質疑懇談會開催 六日市內公會堂で |
04 | 運行回數を增加 局營バス恒春線 乘客輻輳に對應 |
05 | 臺電圓山發電所 廿一日頃通水式を擧行 |
06 | 澱粉座談會 臺中で開催 |
07 | 全島トラック けふ打合會 |
08 | ボラ加工を打合 |
09 | 廈門金融組合 來年度業務擴張 |
10 | 消費米取扱、店開き 南投產組八販賣所設置 |
11 | 十月末銀行勘定 納稅關係で預金減少 |
12 | 各私鐵、時刻改正 局鐵との連絡に 十五日より |
13 | 貯蓄實踐強調週間 各銀行營業時間延長 |
14 | 臺北州一期籾 集荷狀態佳良 |
15 | 明糖總爺外五工場 壓搾を開始 |
16 | 東海バス 學生の割引停止 |
17 | 南邦電氣工業 會社創立さる |
18 | 水津臺銀頭取 本日上京 |
19 | 鹽乾魚卸商組合 教化會館で創立總會 |
20 | 經濟手帳 綜合點數切符制度 |
21 | 潮州產米增殖 品評會開催さる |
22 | 堆肥積込み週間 農會が增產指導 |
23 | 照明燈 |
24 | 商況(二日後場) |
25 | ラジオ |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 日本に或種の照會 野村、來栖兩大使、ウ次官と會談 |
02 | 次官の話を聴いただけ 我が兩大使、交渉に真摯な態度 |
03 | 單なる鄭重な照會 ル大統領質問を一蹴 |
04 | ウエルズ國務次官と 記者團の一問一答 |
05 | ル大統領自ら陣頭へ いよいよ成否を決する段階 |
06 | 事態闡明を求む 意義は頗る重要 米消息筋の見解 |
07 | 圖像:爆音轟轟と封川へ向ふ機井部隊機 |
08 | 豫算查定に新機軸 迅速果敢な戰時的編成へ |
09 | 三日も寶鷄を爆擊 敵空軍を全く征服 |
10 | 協議一時間餘に及ぶ ル大統領、陸海軍長官を召集 |
11 | 英主力艦二隻 シンガポールに入港 |
12 | 蘭印の戰時態勢整備 |
13 | 五十歳以下の 全男子徴用 英首相下院に提案 |
14 | 獨、濠兩艦交戰 双方とも沈沒 |
15 | 共同防衛更に強化 佛印首腦部、英米の謀略に注意 冷靜に事態に對處 |
16 | 米十一月中の 新艦進水數 |
17 | フイリツプス大將も ウエルス號で新嘉坡着 |
18 | 新たに英極東艦隊を編成 |
19 | ソ聯浦潮附近 航行を禁止 |
20 | 不急の議案は不採擇 第二回中央協力會議の運營 |
21 | 上海引揚の米陸 戰隊マニラ着 |
22 | 關東局監理部長 發令 |
23 | シヂ、レゼグ を英軍放棄 |
24 | 獨軍司令部發表 |
25 | 明日の天氣 |
26 | 水滸傳(554)/黃得時;榎本真砂夫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 故賀陽宮大妃殿下 初冬の空打ち曇る豐島ケ岡で 葬場の儀行はせらる |
02 | 燃える“敢鬪の意氣” 臺北州下八青年學校生徒が 島都南方で大演習 六日から |
03 | 朝融王殿下の恩賞 海軍軍人として恐懼感激 伊藤海軍武官謹話 |
04 | 圖像:陸の荒鷲、勇躍出發 |
05 | “紙の彈丸”一元化 國際文化團體に新態勢 |
06 | 郵便切手に時 局宣傳の圖案 一般から懸賞募集 |
07 | 全島帽聯評議 員會 |
08 | 献金古鐵献納部隊 けふも續續軍司令部へ |
09 | 無敵海軍に捧ぐ 十一月中海軍武官府への献金 |
10 | 勤報在鄉青年隊 基隆市が近く結成 |
11 | 來れ“海の若鷲” 甲種飛行豫科生を募集 |
12 | 軍援寄附書 臺北市分會取扱 |
13 | 晴の入校式擧行 第一回少年戰車兵學校 |
14 | 臺北憲兵分隊で 拾つた献金佳話 |
15 | ドツク會社特 殊防衛團查閱 |
16 | 伸す“圖南の鵬翼” 航空少年團第四回訓練 |
17 | 決戰臺北市會 來る八日頃に開く |
18 | 飛出す“種ケ島銃” 土藏から銀貨銅貨ザクザク 金屬回収に咲く美談 |
19 | 行と魂の鍊磨 壯丁團幹部の鍊成會 |
20 | 日本刀の落物 落主憲兵分隊へ |
21 | 嬉しい迎春譜 正月用砂糖二倍増配 |
22 | 鮭鱒と新海苔 圓滑に出廻る |
23 | 今夜の放送 |
24 | 商況(三日前場) |
25 | 興南案內報社消息 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 生活文化 育め科學する心 お母さんの心がけ |
02 | 性格のよい子供が 學校の成績も優良 “日本の未來”を育てる心構へ |
03 | 國語學習 日本人が開いてやつた アメリカの農業 日本人は農業の天才です |
04 | 石ケンの屑 の利用 |
05 | いわしの南蠻あげ |
06 | 脫脂綿を家庭で作れる 少少面倒ではありますが |
07 | 茶殼の干し方 |
08 | 日本軍を信賴して 歸國を嫌ふ廣東の英國人 |
09 | おやつの與へ方 お母さんの家庭常識 |
10 | 小人券が廢止される 臺北市營バス |
11 | 新案龜の子戰術 |
12 | 身體を溫める 療法二、三種 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 美術時評 昨年度より見劣り(上)/尾川多計 |
02 | 艋舺氣質 (二)/黃啓木 |
03 | 未來の化學戰(上) 花形は矢張り毒ガス |
04 | 珊瑚樹 問題は事大主義 歷史小說の價值 |
05 | 圖像:草と子供(府縣特選)/林鶴雄 |
06 | 豆科學 |
07 | 映畫消息 「田園交響樂」の現地評 |
08 | 東寶新スター六人 |
09 | 心聲/黃可軒漢詩 曉望/李嘯庵、自覺/李嘯庵、屯山即景/李嘯庵、遊湧津(作手三峽公園)/黃景南 |
10 | 新年漢詩徵募/興南新聞社報社消息 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 生存者に輝く恩賞 第廿回論功行賞受賞者頭條新聞 【東京發同盟】三日午前零時內閣賞勳局並に海軍省より發表された第二十回支那事變生存者論功行賞受賞者左の如し △功績特に拔群にして優賞せられたる者 叙 賜 官等 氏名 出身 功三 賜金 大佐 森德治 福島 同 同 同 武田勇 飾磨市 同 旭三 同 同 高田利種 鹿兒島市 同 中綬 同 同 藤原喜代間 愛媛 同 旭三 同 中佐 竹下宜豐 福岡市 同 同 同 同 寺崎隆治 群馬 同 旭四 同 同 久野修三 兵庫 同 同 同 同 鈴木正一 東京府 功四 同 同 大尉 吉岡忠一 鳥取市 同 同 同 同 增永急 福岡市 同 同 同 同 山田龍人 佐賀 功四 旭五 賜金 大尉 中村友男 岡山市 同 同 同 同 井上文刀 福岡市 同 同 同 同 紫田彌五郞 福岡 同 同 同 同 巖谷二三男 東京市 同 旭六 同 同 小川正一 宮崎 △橫須賀鎭守府 功五 單光 賜金 空特少尉 森義美 北條市 同 旭五 同 同 秋山義秋 茨城 同 同 同 同 大石松四郞 橫須賀市 同 旭六 同 空曹長 黑川淺吉 千葉市 同 同 同 同 須藤傳 福島市 同 旭七 同 同 大江誠一 北海道 同 同 同 同 大橋新二 若松市 同 同 同 一空曹 中野渡三九三 青森 同 同 同 同 岡嘉明 栃木 同 青色 同 同 森貢 靜岡 同 旭七 同 同 佐藤忠司 宮城 同 同 同 同 深谷喜八郞 茨城 同 同 同 同 林辰藏 北海道 同 同 同 同 鈴木益二郞 宮城 同 同 同 同 牧野幸七 靜岡 同 同 同 同 古關正吉 秋田 同 同 同 一空曹 長谷川清 東京市 同 同 同 同 望月勇 清水市 同 同 同 二空曹 藤澤普藏 靜岡 同 同 同 同 菅谷慎三 千葉 功六 旭七 賜金 二空曹 中澤正親 長野 同 同 同 同 舘野長治 栃木 同 同 同 同 杉浦重松 靜岡 功五 同 同 二整曹 小島萬之助 神奈川 功六 同 同 三空曹 大關諭 若松市 同 同 同 同 淺野桝三 福島市 同 同 同 同 神戶義信 東京市 同 同 同 同 坂本三男 茨城 △吳鎭守府 功五 單光 賜金 空曹長 高松直市 島根 同 旭六 同 同 古市治 三重 同 青色 同 同 平松實 岡山 同 旭七 同 一空曹 鈴木定 愛知 功五 旭七 賜金 一空曹 青木武扶 廣島 同 同 同 同 桑島勝 香川 同 同 同 同 森下順一 大阪市 同 青色 同 一機曹 田中繁 防府市 同 旭七 同 二曹 東萬一 山口 同 同 同 二空曹 光廣敏雄 防府市 同 同 同 同 村重功 山口 同 同 同 同 聲高安喜人 鳥取 功六 同 同 同 松村百人 山口 同 同 同 同 近藤政三 島根 △佐世保鎭守府 功五 旭七 同 空曹長 末弘主稅 大分 同 同 同 同 志村守 大分 同 同 同 一空曹 小野了 大分 同 同 同 同 德永有 熊本 同 同 同 同 尾崎方治 長崎 同 同 同 一整曹 井上義治 福岡 同 同 同 二空曹 樫村寬一 香川 功五 同 同 同 吉原勝男 鹿兒島 功六 同 同 同 中村政幸 熊本市 功五 同 同 二空曹 野見山直土 福岡 同 同 同 同 松本俊幸 熊本 同 同 同 同 德留正之丕 鹿兒島 同 同 同 同 山谷房信 香川 功六 同 同 三空曹 山地德良 香川 同 同 同 同 宮里光矢 宮崎 同 旭七 賜金 三空曹 岡田得雄 佐賀市 同 旭八 同 同 田中國義 佐賀 功五 旭七 同 三整曹 增田宗雄 福岡 功六 同 同 同 桑原仲市 愛媛 △舞鶴鎭守府 功五 旭七 賜金 一空曹 齋藤七郞 山形 同 同 同 同 長谷川莊伍 長岡市 同 同 同 同 岡崎京太 新潟 同 同 同 同 寺島敬二郞 新潟 同 同 同 二空曹 齋藤末藏 新潟 功六 同 同 同 小嶋快雄 新潟 同 同 同 同 信夫忠治 山形 同 同 同 同 齋藤三次 新潟 同 旭七 賜金 二空曹 北島四郞 同 同 同 同 三空曹 坂井久平 新潟市 △殊勳者(佐官以上) 功四 - 賜金 大佐 朝融王 同 - 同 同 保科善四郞 宮城 功三 中綬 同 同 高橋一松 新潟 功四 同 同 同 橫井忠雄 東京市 同 - 同 同 石川茂 福山市 同 - 同 同 山本正夫 高知市 同 - 同 同 友成佐市郎 德島 同 - 同 同 橋本信太郞 和歌山 同 - 同 同 中里隆治 埼玉 同 中綬 賜金 同 大林末雄 愛知 同 同 同 同 橫川市平 岡山 同 同 同 同 蒲瀨和足 戶畑市 功四 中綬 賜金 大佐 柳本柳作 長崎 同 同 同 同 有馬正文 鹿兒島 同 同 同 同 加來止男 熊本 同 同 同 同 中原義正 山口 同 同 同 同 松山光治 和歌山 同 同 同 同 同 同 同 同 同 德永榮 熊本 同 同 同 同 鎌田道章 愛媛 同 同 同 同 高間完 廣島市 同 同 同 同 稻垣義□ 廣島 同 同 同 同 加藤堆雄 長野 同 同 同 同 柴崎惠次 兵庫 同 同 同 同 大石堅志郎 東京市 同 同 同 同 松本毅 鶴岡市 同 同 同 同 重永主計 德山市 同 同 同 同 山口文次郎 千葉 同 同 同 同 中村勝平 富山 同 同 同 同 西田正雄 兵庫 同 同 同 同 曾爾章 松江市 同 同 同 同 中川浩 茨城 同 同 同 同 田原吉興 鎌倉市 同 同 同 同 久宗米次郎 和歌山 同 同 同 同 田村劉吉 桐生市 同 同 同 同 新美和貴 熊本市 同 同 同 同 澀谷紫郎 長野 同 同 同 同 阪匡身 愛知 同 同 同 同 伊藤良秋 廣島市 同 同 同 醫大佐 黑木盛秀 鹿兒島市 功三 同 同 中佐 星一郎 若松市 功四 同 同 同 三浦艦三 愛知縣 同 同 同 同 宮崎重敏 高知縣 同 同 同 同 近藤三郎 東京市 同 同 同 同 清水利夫 島根縣 同 同 同 同 阿部俊雄 愛媛縣 同 同 同 同 千葉次雄 東京市 同 同 同 同 森可久 兵庫縣 同 同 同 同 澤勇夫 北海道 功四 中綬 賜金 中佐 吉見信一 東京市 同 同 同 同 土井申二 兵庫 同 同 同 同 上田光治 神奈川 同 同 同 同 吉田良夫 廣島市 同 同 同 同 安田義達 廣島 同 同 同 同 多田野佐七郎 熊本 同 旭四 同 同 大前敏一 大阪市 同 旭三 同 同 齋藤正久 宮城 同 同 同 同 小西成三 廣島 同 同 同 同 鹿岡圓平 福島 同 同 同 同 副島富士太郞 佐賀 同 同 同 同 細谷資芳 東京市 同 同 同 同 泊瀨義 鹿兒島 同 同 同 同 大橋恭三 愛知 同 同 同 同 佐土原親光 鹿兒島 同 中綬 同 同 田尻穰 東京市 同 旭三 同 同 田中義雄 兵庫 同 同 同 同 神重德 鹿兒島 同 同 同 同 佐佐木彰 廣島 同 同 同 同 藤谷安宅 防府市 同 同 同 同 薗山齋 島根 同 同 同 同 高馬正義 兵庫 同 同 同 同 吉田英三 福島 同 同 同 同 井上良雄 埼玉 同 同 同 同 久保田智 長野 同 同 同 同 柴北明 大分 同 同 同 同 馬場金治 岩手 同 小綬 同 同 白濱政七 佐賀 同 同 同 同 成富武光 佐賀 同 同 同 同 野間口兼知 鹿兒島 同 同 同 同 藤田浩 三原市 同 同 同 同 仙波繁雄 愛媛 同 旭三 同 同 峰松巖 奈良 同 旭四 同 同 田口正一 東京市 同 旭三 同 機中佐 河本實 佐世保市 同 同 同 同 藤咲重臣 靜岡 同 旭四 同 同 北條源吾 橫須賀市 功四 旭四 同 機中佐 重廣宗雄 德山 同 旭三 同 醫中佐 有馬玄 堺市 同 中綬 同 主中佐 永井基治 廣島 同 - 同 少佐 笹川濤平 新潟 同 小綬 同 同 越野公威 和歌山市 同 同 同 同 二神延三 愛媛 同 同 同 同 橫山喜一 高知市 同 同 同 同 法元廉 鹿兒島 同 同 同 同 川口益 長崎 同 同 同 同 山ノ上庄太郞 堺市 同 同 同 同 勝田三郎 東京市 同 同 同 同 內藤雄 山形 同 同 同 同 栗野原仁志 長野 同 同 同 同 安延多計夫 岡山 同 同 同 同 今川福雄 東京市 同 同 同 同 松本真實 廣島 同 旭四 同 同 吉富茂駐 佐賀 同 同 同 同 安藤憲榮 福岡 同 同 同 同 日高震作 鹿兒島 同 同 同 同 藤田正路 鹿兒島市 同 同 同 同 岡野千代喜 青森市 同 同 同 同 菅井武雄 仙臺市 同 同 同 同 天谷孝久 茨城 同 同 同 同 棚町整 久留米市 同 同 同 同 久保德太郞 廣島 同 同 同 同 內堀與四郞 久留米市 同 同 同 同 薗川龜郎 三重 同 同 同 同 豐田隈雄 大分 同 同 同 同 鈴木榮二郎 愛媛 功五 小綬 同 同 井野榮市 群馬 同 同 同 同 添田啟次郎 福島 同 旭四 同 同 高橋真 埼玉 同 同 同 同 柳瀨善雄 東京 同 同 同 同 鈴木莊 福島 功五 小綬 賜金 少佐 手島勇雄 廣島市 同 同 同 同 谷岡平八郞 高知市 同 旭四 同 同 鹿野清之助 仙臺市 同 同 同 同 山口盛義 東京市 同 同 同 同 寺井義守 石川 同 旭五 同 同 小林哲雄 鹿兒島市 功四 小綬 同 機少佐 堀江國行 岐阜市 同 旭四 同 同 安田收藏 東京市 同 同 同 同 肥後武雄 橫須賀市 功五 小綬 同 同 山口真弘 弘前市 同 同 同 同 鈴木潔 橫須市 同 旭四 同 同 三田好美 和歌山 |
02 | 國民愈よ鐵石の決意 見守れ英艦の動き 殊にシンガポールの 英米共同使用實現性 某軍事通談 |
03 | 山東南部討匪の 綜合戰果 |
04 | 新嘉坡東方に 機雷敷設 |
05 | 速かに回答期待 ル大統領、記者團會見 殆んど全部對日問題 |
06 | 支那沿岸英船舶の 香港集結を命令 |
07 | 上海引揚英人 新嘉坡へ向ふ 約四百五十名 |
08 | 太平洋の 危機は増大 バ海軍次官補言明 |
09 | 債券發行限度を擴張 臨時資金調整法改正案を提出 |
10 | 圖像:三國締盟一周年南京の祝賀 行事 |
11 | コ外交委員長 對日威嚇演說 |
12 | 佛印は至極平静 栗山大使府事務總長歸朝談 |
13 | 三國共存共榮の 經濟機構を確立 谷口大藏次官の告辭 東亞經濟懇談會 |
14 | 新舊拓相の 事務引繼 |
15 | 國民常會日程定る 豫定通り五日間に旦つて開催 |
16 | 臺灣代表 奉公會大澤宣傳部長 森田參事兩氏に決定 |
17 | 蘇州河以北の 邦人密集地帶 三浦、フランクリン協定實施 |
18 | 新、舊法幣の 等價リンク離脫 周佛海氏は語る |
19 | けふの天氣 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 皇民奉公會の 臨戰態勢化社說 一 現下の時局が如何に重大であり、事態が如何に急迫したものであるかは、今更縷說を要しないことであらう。大東亞新秩序建設の歷史的重大使命を荷へる帝國の周圍には、未だ幾多の敵性國家が依然として其の蠢動を止めないのみか、いよいよ更に執拗極まりなき術策を弄して我が國策の遂行を妨害し、あくまで搾取刼略の惡夢を追はんとしてゐる現狀である。就中英米兩國は徒らに蔣政權を煽動して大東亞諸民族をして相喰ましめ、其の間隙に乘して以て亞細亞制霸の野心を逞しうせんとするのであつて、我等は人類の名譽と矜持のため斷じて之を徹底的に排擊しなければならないのだ。日米交涉の前途は逆睹を許さないものがあるが、其れが如何なる結果にならうとも、世界平和のため全人類の康寧と繁榮の為東亞に新秩序を建設せんとする帝國の國策は微動だにせず、從つて亞細亞再建の大業を妨害する如何なる禍根と雖も、徹底的に之を芟除しなければならないのであつて、茲に一億國民の鐵石の決意と團結を要請される所以があるのだ。 二 斯るが故に、我等は日米交涉の成行に對して一顰一蹙することなく、確乎不動の國策に副ひ政府を絕對に信賴して、事態の如何なる推移にも對處し得る心構へと準備を整へることが肝要だと云はねばならない。飜つて本島を顧みるに、南方生命線の地位いよいよ固く、國防軍事經濟各方面の重要性頓みに倍加し真に南進の心臟部として、六百萬島民の新たなる認識と覺悟とを要すべき秋なのであるが、特に所謂一朝有事の際に備へる物心兩方面の萬端の用意が十二分に考慮される必要があらねばならない。物質的方面に於ては、豐富な天然資源に惠まれてゐる本島としては、些かも心配することはないが、精神的方面に於ては從來及現下の情勢よりすれば洵に好ましき狀態に在り、今後といへども杞憂を抱くべき何物もないと信ずるものの、尚其の上にも萬全を期し民心の安定治安確保の諸方策に、遺憾なからしめなければならないことまた贅言を要しないことである。 三 茲に於て、吾人は皇民奉公會の偉大なる役割と其の效果を想起しなければならない。近時に於ける島內民心の明朗化、民情の平穩ぶりは、如實に本運動の偉大なる成果を示現したものであり、此の意味に於て前述の民心安定治安確保の方策も、實に皇民奉公運動を通じてのみ最も有效適切な成果を期し得らるるものと確信するのである。皇民奉公運動は、元より時局が產んだものであり、究極のところ如何なる事態に處しても、鐵石の團結と臣道の實踐を全うせしむるに在らねばならない。斯やうにして皇民奉公運動は自ら臨戰態勢を執らねばならぬ性格を持つものであり、今や其の時期が到來したと考へるのである。奉公會役職員の責務は云はずもがな、全島民の再認識と新たなる決意とを要すべき秋だと云はねばならない。而して皇民奉公運動の臨戰態勢下に於ける具體的推進實踐方策は、旣に當局者に於て慎重に構想硏究されてゐると聞くが、ここでは唯島民をして自ら活動せしむるに必要な為の理解ある協力と信賴、責任の附與並に新進有力者の起用を特に切望して止まない。 |
02 | 故賀陽宮大妃殿下 御靈柩 昨夜帝都を御發引 けふ泉山で御墓所の儀 |
03 | 臺灣神社の上棟祭 十八日嚴そかに執行 |
04 | 暑修は三十日間 高校の新學年曆決る |
05 | 續く赤誠の献金品 昨日もヨイ子供部隊で大賑ひ 軍司令部 |
06 | 神宮大麻奉齋 始奉告祭 |
07 | 頒布始奉告祭 並頒布式擧行 |
08 | 昨日州會議室 で理事會開催 州勞務協力會 |
09 | 臺灣護國神社に 全島一の大太鼓 臺中州下學童赤誠の奉納 |
10 | 圖像:敵產家屋返還 |
11 | 臺南市奉公壯年團 十三日晴の結成式擧行 |
12 | 七十翁が古鐵献納 武官府 |
13 | 包圍陣破る力だ・我等の貯蓄 百七十億圓へ突貫 けふから強調運動全國一齊に展開 |
14 | 賞與の國債支給 臺北州各團體に檄 |
15 | 臨戰下のお正月 自肅の中に明朗愉快な氣分で |
16 | “こつこつやるのが大切” 實踐者に聽く“貯蓄の心得” |
17 | 常盤會員が報國隊結成 |
18 | ときのこゑ |
19 | 全臺灣軟式庭 球選手權大會 申込は十日迄 |
20 | 谷口大藏次官 令嬢の慰靈祭 昨日藏相官邸で |
21 | 米窪代議士來南 |
22 | 一審通りに懲 役十年の判決 大海原氏殘殺事件 |
23 | 左記山地耕橘園ヲ賣 却ス |
24 | 電氣應用の新耕作法 |
25 | 新竹州異動 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 苧麻作はみ國の為 割當量を凌駕する供出高 農產擴充の新指標 |
02 | 銃後の治安完し 壯丁團の臨戰編成要項 |
03 | 弔旗を揭揚 敬弔の意を 表し奉る |
04 | 大麻頒布式 |
05 | 高雄の徵兵檢查 受驗者の心得發表 |
06 | 圖像:臺南市驛前で點呼を受ける少年工 |
07 | 屏東の防犯週 間諸行事決る |
08 | 故井出一等兵市葬 きのふ花蓮港で嚴修 |
09 | 體力章檢定會 臺南市は八日より |
10 | 各地防火日 の行事 |
11 | 躍る興亞の健兒 背負ふリユクサクツクも輕く 少年工晴の壯途を待つ |
12 | 桃園の防火デー |
13 | お山の守りは われ等の手で 山の青年臺中で猛訓練 |
14 | 燃ゆる献金熱 市民赤誠の結晶 |
15 | 北斗の愛婦ら 亞麻の共同植 付作業 |
16 | 官選商議內示 來る廿日に選擧投票 |
17 | 桃園本願寺で 報恩講開催 |
18 | 甘蔗に黃金の雨 最高は三十二粍 |
19 | 桃園奉公青訓修了式 式前、軍事教練查閱 |
20 | 迎送年心得 市民の實踐希望 |
21 | 登山者に告ぐ 新高連峰は 降雪で危い |
22 | 桃園第一種訓練 修了者非常召集 |
23 | 改正稅制を解說 |
24 | 淡水報國青年隊 華華しく結成式擧行 |
25 | 學びの樂しみ 女子青年大肚山で鍛ふ |
26 | 東勢郡壯丁團長 會議終る |
27 | タクシー列車と 衝突、死傷六名 虎尾の椿事 |
28 | 追突されて即死 |
29 | 家長を召集して 時局認識を喚起 嘉義で講演會開催 |
30 | 臺南州異動 |
31 | 內緣の妻殺害 返へす刃で 己は自殺未遂 |
32 | 賭博から 傷害致死 |
33 | ゴムより丈夫な 綿製タイヤ出現 |
34 | 地方便り |
35 | 今日の映畫 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 地方物資配給懇談會 配給の圓滑を期し 五日より各地で開催 |
02 | 市內有價證券業者 清算有志會創設 一店五千圓を積立 |
03 | 米穀局雇員採用 應募者殺到 |
04 | お米を增配 鼓腹する州民の笑顏 高雄州 |
05 | 臺北州乾熟魚 配給組合設立 |
06 | 各州農林勸業 課長會議終 |
07 | 局鐵 運賃制度を檢討 貨物運輸經濟關係で |
08 | 策動家は御免だ 干筍組合の組織は 當局に一任せよ |
09 | 高雄港灣運業會 十二日創立總會 |
10 | 水稻等增收競作 褒賞授與式 |
11 | 岸壁荷役不能の為め 砂糖專用車設定見合せ |
12 | 特別稅金改正 周知講話會 |
13 | 日糖烏日潭子 工場壓搾開始 |
14 | 正月用糯米特配 米穀配給分針決定 |
15 | 臺銀小異動 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(三日後場) |
18 | ラジオ |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 目に餘る對日攻勢 米國、依然反省せず 交涉中不可解な擧措 事態惡化しても 米國一連の責任 |
02 | 米に空軍基地と 給油施設を供與 米、濠、ニュージーランド間諒解か |
03 | 圖像:八田新鐵相親任式直後記者 團と會見 |
04 | ノ米海軍長官 見解を表明 |
05 | 英領諸島の租借 ハル國務長官は否認 |
06 | 安康飛行場を空襲 |
07 | 陸鷲、西安を急襲! |
08 | 生產力增強第一期運動 道府縣產報等に指令を發す |
09 | 產情中央本部 の機構改革 |
10 | サン紙恫喝 |
11 | 英艦回航を歡迎 米紙、帝國誹謗の言辭 |
12 | 大東亞共榮圈內の 高度な自給自足へ 經濟懇談會第三回大會開く |
13 | 總選擧を行ふ方針 一朝有事の場合でも |
14 | 鑛山統制會長 伊藤男を推薦 |
15 | 東鄉外相の祝辭 |
16 | 三日間に短縮 中央協力會議の會期 |
17 | 助成金の交附 農林省關係の業種 |
18 | 農制改革同盟 の全國大會 |
19 | 獨濠海戰 獨軍司令部の發表 |
20 | 米管法特例の 勅令公布 |
21 | 定例次官會議 |
22 | 明日の天氣 |
23 | 八十億追加 軍事豫算案 米下院豫算委員會で可決 |
24 | 水滸傳(555)/黃得時;榎本真砂夫 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 故賀陽宮大妃殿下 墓所の御儀執行はる |
02 | 買溜・賣惜は無用だ 食糧に磐石の備へ 本島の決戰態勢成る |
03 | 賞賜物件傳達式 |
04 | 圖像:臨時徵兵檢查始まる |
05 | 圓山分院に咲く美談 戰友に全家族が手厚い看護 |
06 | 奮へ大試鍊の秋だ 出でよ!譽の臺灣志願兵 井上兵務部長熱烈の激勵 |
07 | 貯蓄強調週間 示せ一億民の底力 けふから一齊に火蓋 |
08 | 適齡者は申出よ 基隆の徵兵檢查 |
09 | 贈答品の自肅に 郵便局が協力 |
10 | 四日の志願者 |
11 | 新竹州支部奉公委員會 十二日から州會議室で |
12 | 圖像:上海の米マリーン全部隊撤退 |
13 | “青年層の嚮ふ道” 內臺有志等常會を開催 |
14 | マイク決戰の態勢 “總戰力の時間”を設置 |
15 | 海軍武官府献金 |
16 | 皆入學目指して 基隆市の準義務制 大量・十八學級增 |
17 | 學徒時局講演會 出演者並に演題決る |
18 | 砂糖值上げ決定 歸臺した玉手特產課長談 |
19 | 市バス顛覆 乘客數名負傷 |
20 | 今夜の放送 |
21 | 商況(四日前場) |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 目醒し躍進の一年 日滿華締盟一周年を迎へて 廣東週間現地報告 |
02 | 圖像:みんな揃つて高らかに 歌へ興亞進行曲 |
03 | 生活文化 家庭醫學知識(三) 糖尿病の嚴格食 インスリン注射を併用 |
04 | お風呂のさうじ |
05 | 南支往來 廣東支局發 |
06 | パラソルの手 入れ |
07 | 食器の消毒を |
08 | “子供は風の子” 寒風にさらせ! 冷水摩擦と同じ效果 |
09 | 決戰態勢下のお正月 簡素な門松を 全國で百萬圓の無駄を省く |
10 | 白菜で支那料理 お惣菜向きのもの |
11 | 國語學習 「米一粒も大切」 井野農相から國民へ |
12 | 六百萬島民が足並そろへ 「貯蓄報國」にすすみませう |
13 | 模型機で 新記錄 |
14 | チモル空路 開く |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 美術時評 一種の日和見主義(下)/尾川多計 |
02 | 艋舺氣質 (三)/黃啓木 |
03 | 詩の鑑賞に就て (下)/瀧坂陽之助 |
04 | 珊瑚樹 推薦映畫の普及 大眾も再檢討を要望 |
05 | 圖像:牛(臺展)/林玉山 |
06 | 未來の化學戰(上) 毒ガスの現在と將來 |
07 | 新年文藝募集/興南新聞社報社消息 |
08 | 心聲/黃可軒漢詩 喜加藤白天博士一行枉顧/許幼漁、送加藤白天博士歸京/許幼漁、哭三妹錦文/許幼漁、遣興/景南、遣興 其二/景南 |
09 | 新年漢詩徵募/興南新聞社報社消息 |
10 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 翼贊會の性格再闡明 決戰國民常會 翼贊政治體制の確立 真摯に討議されん頭條新聞 【東京發同盟】來る八日より開催される第二回中央協力會議に對する各界及び地方の各會議より提出された議案は翼賛會本部に於いてこれを整理し百四十四件とし左の如く分類し總會及び委員會の審議に附する事になり四日正式に決定した、提出された議案は現下の國內外の情勢に對處して國策遂行の具體的方策につき真摯なる下情を披瀝したもので特に今回は戰時食糧確保並に國民生活力の强化など戰時下に於いて切實な國民實生活面の諸問題が採り上げられて緊迫せる時局を反映して居ると共に翼賛政治態勢と明春の總選擧との問題に關しここでは選擧法の改正、壯年團を母體とする推薦制などが議案の中心となつて居り翼賛會の性格再闡明の動き、改組問題と睨み合せて注目すべきものがある 第一部 國民士氣の昂揚、興亞國民信念の確立に關する事項二十六件 一、國民士氣の昂揚に關するもの 大東亞共榮圈確立の根本方策につき當局に勇斷卽時實踐方要望の件(茨城福田重清氏)外十四件 二、興亞運動の强化に關するもの 興亞敎育の劃期的强化促進(山口秦雅尚)外五件 三、その他 敎職員戰時翼賛態勢の確立(各界、關野宗平)外四件 第二部 國民動員態勢の確立に關する事項二十七件 一、動員組織並に訓練に關するもの 學徒の銃後協力態勢强化に關する件(各界兒玉九十)外十六件 二、その他 國民能力管理を實施し敎育新體制を確立の件(青森□竹內俊吉)外九件 第三部 翼賛政治體制の確立に關する事項翼賛政治體制の急務(各界、中原謹司)外十一件 第四部 國民生活力强化に關する事項三十一件 一、國民厚生に關するもの 戰時國民生活力强化方策について(各界赤木朝治)外十四件 二、生活刷新に關するもの 新生活體系の建設について(各界山崎靖純)外八件 三、生活資材の配給に關するもの 綜合切符制實施に關する件(奈良縣松井貞太郞)外五件 第五部 戰時食糧の確保に關する事項 食糧增產上必要なる農機具の硏究製造に關する件(北海道高岡熊雄)外二十七件 第六部 經濟總力の發揮に關する事項二十一件 一、大東亞廣域經濟の確立に關するもの 高度國防國家建設の基礎條件としての自給自足經濟態勢確立とこれに伴ふ貿易新秩序樹立に關する件(各界中井省三)外四件 二、國內經濟力の强化に關するもの 經濟及び產業の總力の迅速完全なる發揮實行を期するために政府機關(假稱總力院)の新設を提唱す(各界石川一郞)外十一件 三、中小商工業對策に關するもの 中小商工業機構の整備統合の促進に關する件(大阪府阿部藤造)外三件、 |
02 | 日本と支那の事は 兩國に任せばよい ハースト氏が正論 |
03 | 圖像:砲門一たび開かば(海軍提供)我太平洋制霸艦隊 |
04 | 米國務省黑表 追加記入 |
05 | 交涉經緯詳細を發表 ハル長官の誠意疑問 |
06 | 地方制度の 改正案 來議會に提出 |
07 | 在北支蘭人に 引揚を勸告 |
08 | 二百萬以上の 義勇兵が猛訓練 タイの臨戰態勢整備 |
09 | ビ泰首相子息 米の陸士入學 |
10 | 武器貸與法に基く 對重慶物資援助 有力筋の情報 |
11 | 古證文強制の意圖 帝國、斷乎容認せぬ |
12 | 政治、外交問題の 發言を認める 政府も所信を披瀝 |
13 | 關心の焦點 |
14 | 英船舶の盤古 入港を禁止 |
15 | 米の軍事豫算總額 六百八十億弗に上る |
16 | 米陸戰隊の 引揚準備完了 |
17 | 在支英船舶 續續徵用さる |
18 | 真の民意を反映さす 政府總選擧斷行理由 |
19 | 米下院豫算委員會の 陸海軍高官の證言 |
20 | 朱司令を逮補 朱占魁匪の肅清 |
21 | 再び南鄭を急襲 |
22 | 產業設備營團 總裁顧問設く 副總裁廣瀨氏起用 |
23 | 武器貸與援助 土國にも適用 |
24 | 亡命波大統領 スターリンと會見 |
25 | 今日の天気 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 太平洋の波を 攪亂する英米 覺悟せよ島民社說 一 歷史進展の急潮は今や洋の東西を問はず渦卷いてゐる。アジアに於ける我が國は、ヨーロツパに於ける獨逸と同じ樣に、全く同一の使命を課せられ、全く同一の役割を振り當てられて過去五ケ年の間、旣に惡戰苦鬪を續けて來た。大東亞共榮圈確立の大業は我國がよくその使命を果し、よくその役割を演じ得ることに依つてのみ、始めてこれを完成することが出來る。かかる瞬間に於て敢て歷史の進展を阻まんとする米國は突如として起ち上り、ヨーロツパに於いては獨逸に對し、アジアに於ては我國に對し、何れもその前途に立ち塞がつて、無法にもその進路を抑止しようとしてゐる。卽ち日米通商條約の廢棄、軍需品の輸出禁止、最近に至つて資金凍結等を斷行、對日經濟壓迫强化の途を續けて來た。併し太平洋の靜謐を念願する我國は曩に來栖大使を特派し、野村大使を援助せしめて帝國存立の生命線と國家の權威擁護の為に、最後の努力を傾注しつつある。然るに頑迷不靈な米國はABCDの敵性國家群と策謀し、四月以來の交涉に依つて旣に明かにされた陳腐な原則論を蒸し返し、去る十一月二十六日の日米會談に於てハル國務長官より我が野村來栖兩大使に對し、對日文書を手交、依然として全東亞の新事態に强ひて目を蔽はんとした 二 而して他方に於て經濟的壓迫から進んで挑戰的な軍事的壓迫を露骨に示して來た。卽ち日米交涉開始以來その經過に全神經を集中しつつあつたABCD陣營と呼應策謀し、當初の經濟壓迫や宣傳放送に依る交涉牽制策の域を越えて、今や米空軍の緬甸ルート哨戒、英軍の緬甸增强、英艦隊の極東派遣、全マレーの非常事態宣言、蘭印の陸海空軍動員、フイリツビンの臨戰態勢編成等一連の對日軍事的包圍壓迫の態勢を威嚇的に示し帝國が膝を屈して彼の對日主張を容るることを餘儀なくせしめらるるであらうと期待してゐる。茲に於て靜かな太平洋の波を無理にも荒れさせようと企圖してゐる者は誰であるかを吾吾は發見したのである。併し英米兩本國から懸軍萬里の地にある軍事的增强位で我が屈服を求めるのは餘りにも虫のよすぎる期待であらう。事苟くも帝國の存立に觸れ、國家の權威を損傷する樣な事があらば、より激しい强烈な反撥を受ける覺悟を持つベきであらう。 今日の列强中、我國ほど攻めるに難しく、守るに易い國はない。外國の軍事專門家が軍事上から見た日本の地位を評して「素晴らしい戰略的地位、難攻不落の日本」と絕讃するのは、決してお世辭でも何でもない事を國民は知らなければならぬ 三 卽ち我國の戰略的地位はアジア大陸から離れてゐる長列の島國であり、東と南から來る敵に對して非常に遠隔な所にある。まして現下の情勢に於ては大陸に忠勇無双の大陸軍が征霸し大洋には事變以來全く無傷の海の精銳が難攻不落の戰略的地位に據つて嚴存してゐる以上、如何なる軍事的壓迫に對してもびつくともするものではない。この點に關して國民は大に安心して可なりである。だが吾吾の最も恐るるものは國內の敵「インフレの發展」である。およそ總力戰爭に於ては、經濟的考慮が一國の作戰活動の質なり大きさなりを制約すると共に、逆に作戰活動が一國の經濟の質量を規定して行くと云ふ相互作用が特徵である。從つて我國に於ても戰爭に伴ふインフレの發展を阻止する為、政府當局者は凡ゆる萬全の對策を實施して來た。併しこれとても國民の奮起と積極的自制自覺に依らなければ、所期の目的には達し得られぬ。殊に英米と最惡の事態に立ち到つたならば、戰爭そのものによる禍害よりも、貿易の全面的杜絕による損失の方が、戰時の日本が受ける苦痛をして更により一層深刻ならしめるに相違ない。從つて吾吾國民は飽く迄も、不撓不屈でなくてはならない。必勝の信念に燃え、三年や五年は愚か、必要とならば十年も十五年も戰つて、戰ひ拔くぞと云ふ意氣込みを持つて、最後の一瞬間まで頑張らなければならない。 |
02 | 奉公委員三答申案 長谷川の總裁の統裁を得て 各支部長宛に通牒 |
03 | 聖上陸大卒業式に親臨 大本營陸軍部へ行幸 |
04 | 詠進歌も擧國一致 四萬首突破の見込み |
05 | 圖像:ラジオ常會賀屋藏相の放送 |
06 | 決戰態勢で猛進 第一回の奉公委員會 |
07 | 七區に分けて空訓 島都十日から一週間 |
08 | 定例局部長 會議 |
09 | 虛禮的な贈答小包 一步取扱停止さる |
10 | 童心にも時局色 子供部隊の古鐵献納 |
11 | 和知參謀長 六日夜田中へ |
12 | 臺北帝大豫科 生徒募集 |
13 | 荷物受託制限 國鐵十五日から |
14 | 農村娛樂の尖兵 六日新莊街公會堂に於いて 演劇挺身隊を結成 |
15 | 臺北市北貸地貸 家組合創立總會 |
16 | 圖像:重慶脫出三飛行將校 |
17 | 貯蓄狀況好成績 早くも一億二千餘萬圓 |
18 | 臺灣魁挺身隊 臨濟寺で坐禪會 |
19 | 箒八百本献納 佐藤光雄さんが |
20 | 特免綿織物十 二月配給決る |
21 | 午前中面會謝絕 臺北州經統課に掛札 |
22 | 國民兵届出でよ 基隆市受附を開始 |
23 | 商人は“不親切” 下情に聽く統制經濟 |
24 | 警部補特別任用考試及格者 |
25 | 興亞奉公樂團 臺北音樂會改組 |
26 | 光明寺、白雲 寺のハイキング |
27 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇國の御楯志願 見よ・この意氣、この赤誠 青年挺身隊巢立つ |
02 | 鐵鋼回收を徹底 土木建築業者奉仕隊組織 |
03 | 團員の覺悟強調 花蓮港鄉軍召集 |
04 | 放課後廢品回收 高雄の良い子供の隣組 |
05 | 大麻頒布式 海山郡で執行 |
06 | 國語生活の建設 奉公會文化事業の數數 |
07 | 報國推進隊 幹部懇談 |
08 | 犯罪なき市になれ 祈る・神の御加護 神社日參に垂範する友田署長 |
09 | 商議立候補者 |
10 | 馬利用競技會 |
11 | 銅貨青錢一萬枚 東門天理教會真先に献納 |
12 | 時局對策を諮問 保甲役員を召集 |
13 | 三重埔團全勝 郡下壯丁團檢閱 |
14 | 甘蔗地下莖掘りで 北斗郡百萬圓增產 |
15 | 橫田警察部長巡閱 |
16 | 赤誠のこの一錢 六十萬のよい子供献金 |
17 | 花蓮港水利 評議員會 |
18 | 利潤本位はよせ 奉公委員の意見聽收 |
19 | 國民兵役該當者 兵事課に至急屆出せよ |
20 | 女子衛生團組織 |
21 | 山の金屬回收熱 アデル社青年團が蹶起 |
22 | 北港街常會決定事項 十二月分 |
23 | 購買慾を挑發するな 業者の自肅要望 |
24 | 虎尾郡聯合壯 丁團檢閱式 |
25 | 道路側の雜草で 自給堆肥を製造 三峽街の二名案 |
26 | ボーナスで國債消化 自肅年末 |
27 | 葡萄糖製造工場 最近桃園に創設 |
28 | 健兒の意氣衝天 新化郡壯丁團檢閱 |
29 | 公金橫領犯人 を逮捕取調 |
30 | 松林、林斷罪下る |
31 | 社告/興南新聞社報社消息 |
32 | 彰化高女生 鐵道自殺を遂ぐ |
33 | 人事・往來 |
34 | 地方便り |
35 | 今日の映畫 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺灣米穀等應急措置令 昨日附律令で公布實施 |
02 | 輸送力增強策に 小運送業統合進む |
03 | 內外地植物檢查官會議 檢查の統一改善事務連絡に |
04 | 石炭運用車 五日より運行再開始 |
05 | 改正陸運統制令 愈よ本日より實施 |
06 | ラジオ |
07 | 罐詰類卸商組合 近く創立總會 臺南州 |
08 | 臺南州澱粉組合 定款變更等原案可決 |
09 | 發註承認書の 交付と申請に就て 物資課發表 |
10 | 特別稅令解說 多數出席を希望 |
11 | 石井殖產局長 五日南下 |
12 | 日糖虎尾外一工 場壓搾開始 |
13 | 花蓮港商議所 八日議員選擧 |
14 | 照明燈 |
15 | 商況(四日後場) |
16 | 北濱雜觀 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米陸海軍の報告書 トリビユーン紙素ツ破拔く 國防力現勢を暴露 |
02 | 米政府筋では反感 孤立派を背景とする解釋とて |
03 | 議會との協力を意圖 ル大統領、議會領袖を招集凝議 |
04 | 農林省の改革 課の一部廢合を斷行 |
05 | 重慶の九中 全會 |
06 | 米穀獎勵金交附規則 けふ公布十五日より施行 |
07 | けふも會談を行ふ 結果極めて重視さる |
08 | 圖像:上海マリーン第一陣引揚げ |
09 | 獨ソ戰況 |
10 | 東亞經濟懇談會 |
11 | 米穀生產獎勵金 交附規則 |
12 | 中南米各國の動向 |
13 | 泰國民は平靜持續 英の宣傳に食傷氣味 |
14 | 米は既に半年前から 土國に軍需品を提供 |
15 | 米穀生產獎勵金 交附要綱 |
16 | 北阿の英軍敗北 リビア戰線の攻勢挫折 |
17 | 明日の天氣 |
18 | 水滸傳(556)/黃得時;榎本真砂夫 |
19 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 天皇陛下にはけふ 陸大卒業式に親臨 大本營陸軍部へ行幸 |
02 | 東亞の諸問題に 綜合研究のメス 東洋文化研究所來春發足 |
03 | 故賀陽宮大妃殿下 斂葬後一日墓所祭 |
04 | 圖像:金鵄勳章授與式 けふ軍司令部で擧行 |
05 | 軍司令部へ献金 五日受付の分 |
06 | “食糧臺灣”の底力 如何なる事態に逢着しても心配無用 石井殖產局長の放送 |
07 | 優秀な御成績で 三笠宮殿下御卒業 |
08 | 奉公會臺北州 支部委員會 |
09 | 總督府に情報課 今月中に官制を公布 |
10 | 精神病學新綜 合團體結成 |
11 | 大陸へ“技術奉公” 南京行少年工の壯途を前に 井上兵務部長が激勵 |
12 | 伊藤海軍武官 きのふ南下 |
13 | 國民學校一校(二號) 來年から大稻埕に新設 |
14 | 緊急方面に集中 陸上運送の新態勢 |
15 | 農民慰安週間 新竹州けふから開幕 |
16 | けふの志願兵 |
17 | 職場の戰陣訓 全國の產業戰士に贈る |
18 | 貯蓄實踐週間 劇と映畫の夕 |
19 | 指導階級の心構 奉公會新竹支會で討議 |
20 | 基隆市臨時市會 全部原案通り決定 |
21 | 桃園臺地ハイク |
22 | 服部富子一 行本社來訪報社消息 |
23 | 今夜の放送 |
24 | 商況(五日前場) |
25 | 訃文:吳鄧氏粉 |
26 | 興南案內報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 改正陸運統制令解說 |
02 | 生活文化 炊事の合間でも 出來る保健運動 休息と共にぜひ實行 |
03 | 圖像:三國締盟一周年南京の記念行事 |
04 | 切花の水揚げ の秘法 |
05 | ガラスが汚れた時には |
06 | 家庭醫學讀本 糖尿病の食餌療法(四) イチゴ、夏ミカンがよい |
07 | 弱い幼兒達の外出 炭酸ガスより雜菌が怖い 人ごみにゴ用心を 感冒の冬 |
08 | 國語學習 全島一の大太鼓 臺灣護國神社に奉納 |
09 | 華府の日米會談 日本のこころを分らせる |
10 | 數の子の美味な頂き方 甘露漬や芥子漬など |
11 | 蒙古青年の 義塾 |
12 | 國民の用意成る 眾議院政府を鞭撻す |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 人間精神の運動 言葉の意味に就いて/石川淳 |
02 | 艋舺氣質 (四)/黃啓木 |
03 | 女性と服裝改善/古谷綱武 |
04 | 珊瑚樹 悲しき子役 年には勝てぬ |
05 | 隕石の利害 大都市を全滅さす |
06 | 圖像:裏町(臺展)/鄭世璠 |
07 | 推薦認定青少年讀物 臺灣圖書館協會 |
08 | 心聲/黃可軒漢詩 龍峒雜詠/春潮、龍峒雜詠 二/春潮、龍峒雜詠 三/春潮、龍峒雜詠 四/春潮 |
09 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 谷本海軍中將參內 畏し・御嘉賞の御言葉賜はる頭條新聞 【東京發同盟】海軍省公表(五日午後三時)元現地某要職にありし海軍中將谷本馬太郞は 五日午後一時五分東京驛着直ちに參內天皇陛下に拜謁仰付けられ軍狀を奏上せり 現地某要職にあること十一ケ月赫赫たる武勳を建てて去る十一月三十日付を以て佐世保鎭守府司令長官に親補された谷本馬太郞海軍中將は五日午後一時五分東京驛着輝く歸還をした、驛頭には畏き邊りより御差遣の鮫島侍從武官をはじめ各宮家よりの御使、島田海相、永野軍令部總長、澤本海軍次官、伊藤軍令部次長、各軍事參議官以下海陸將星官民多數の出迎へたホームに降りた谷本中將は鮫島侍從武官以下に歸還の挨拶をなし畏き邊りよりの有難き御思召しの傳達を受けたる後石塚副官を隨へて中央出口から驛前廣場に出て直ちに宮內省差廻しの馬車で二重橋より參內した天皇陛下には海軍樣式御軍裝に大勳位副章を御佩用午後二時表御座所に出御あらせられ島田海相、永野軍令部總長侍立の下に谷本中將に拜謁仰付けられ在任十一ケ月の軍狀奏上を御聽取、畏くも優渥なる御嘉賞の御言葉を賜ひ同中將は更に御內儀に進み皇后陛下に拜謁仰付けられ終つて南溜の間に於いて祝酒を拜受、光榮に恐懼して宮中を退下した。尚畏き邊りではこの日同中將に對し御慰勞の御思召しを以て金一封を下賜せられた。尚宮中から退下した谷本中將は午後三時海軍省で島田海相、永野軍令部總長等に會見、軍狀報吿の後大宮御所をはじめ各宮家に挨拶廻りをなした |
02 | 外面菩薩、內面夜叉 英米陣營今や本性を現はす 對日照會と關聯し第八次會談重視 |
03 | 圖像:ドイツ步兵部隊の突擊 |
04 | 決意を凝集する會 危局突破に氣合がぴつたり合ふ 後藤議長出陣の抱負 |
05 | 九日閣議に附議 一般會計の豫算概算 |
06 | 全東亞を通ずる 工業の重點形成 鑛工業部會で真摯な懇談 |
07 | 暴露記事に 米當局狼狽 漏洩徑路を調查 |
08 | 大藏、商工兩省の 所管事務を統合 情報局より移管事項を發表 |
09 | 商品券發行停止 賀屋藏相が考慮中 |
10 | 龍田丸メキシ コ寄港 |
11 | 安康飛行場を爆擊 |
12 | 在泰國英人に 總引揚げ勸告 |
13 | 倍額貯蓄に邁進 第二豫備金から經費支出 |
14 | 海務院の機構 長官次官の下に五部を置く |
15 | 勸銀、產業金融に進出 考慮中の勸銀法改正三要點 |
16 | 閣議決定事項 |
17 | 海務院官制と 附屬勅令決定 |
18 | 產米獎勵金を繼續 豫算二億五千萬圓を計上折衝中 |
19 | 黃河の北流再開 具體策實施を檢討中 |
20 | 情報局、翼贊會 の連絡會議 |
21 | 決戰態勢の下に 食糧戰線を突破 農林省の機構改革 |
22 | 英近東第九軍 團新設 |
23 | 淺間丸を派遣 マレー等に配船 |
24 | 朝鮮宛て郵便物 電報を制限 |
25 | ハンゲ半島の ソ聯軍撤退 |
26 | リビア戰線 の英軍敗北 |
27 | 今日の天気 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 敵性包圍陣 貯蓄で破れ社說 一 太平洋の波高く、日米會談の見透しもつかず、國際情勢は、刻刻に緊迫を加へ、風を呼ぶか雨を呼ぶか、文字通り、一觸卽發の危機を孕んでゐる折柄、敵性包圍陣突破の原動力として、四日から、全國一齊に貯蓄强調運動の火蓋が華華しく切られた 本年度の貯蓄目標は、前年度に比べ、一躍三十五億圓を增加して百七十億圓に引上げ、全國民は、來年の三月まで、目標額百七十億圓を睨んで、これが突破に邁進しなければならぬ。抑抑我が國に、國民貯蓄の目標が、全國民の前に始めて示されたのは、事變勃發の翌年、卽ち昭和十三年であつた。同年の目標額は、僅か八十億圓にも拘はらず、成績は七十三億五千萬圓で、目標額に達せざること六億五千萬圓であつた。これは、事變始つて僅か一年であり、國民貯蓄の意義が、充分國民の間に理解されなかつたのによるものと見られる。しかるに、事變が長期に亘るにつれて、國民の貯蓄に對する赤誠は、日を逐ふて熾烈となり、翌十四年になると、目標額百億圓に對し、果然百二億圓の好成績を收め、目標額を突破すること二億圓に上つた。さらに十五年には、百二十億圓の目標に對し、百二十八億圓の好成績を擧げるに至つた。 二 次に銀行、信託等の大口を除き本年度の一般貯蓄の成績を見るに、本年度の目標は、大藏省と企畫院の十八億圓に貯金局の定額貯金と積立貯金を加へると總計二十億五千九百圓になり、その中の定額貯金目標二億二千九百萬圓は、十月實施以來、僅か二ケ月を經ない內に、早くも一億二千三百四十八萬七千四百八十圓に達し、さらに、十二月一日の本年度掉尾の興亞奉公日には、一日だけで、二百三十四萬四千四百三十圓となり、合計額は一億二千五百八十三萬一千八百十圓に達し、早くも目標額の半分以上を突破してゐる。 以上のやうに、事變以來の逞しい貯蓄進軍の跡を顧みるに、一年每にぐんぐん上昇の好成績を示して來たことが看取され、邦家の為誠に慶賀に堪へない次第である。貯金局では、さらに國民の貯蓄熱を昂揚し、以つて未曾有の時艱を克服すべく、凡ゆる機關を通じてこれが宣傳に全力を注ぎ之と相呼應して貯金者の便利を圖るため、特に全國の郵便局では、同期間中に、貯金、保險、年金の受入れ事務取扱ひ時間を每日一時間宛延ばして五時迄とし、各銀行も四時三十分まで營業することにした。 三 飜つて本島の貯蓄狀態を見るに國民貯蓄の第一年目たる昭和十三年の割當額は五千萬圓であつたが、成績は目標額を二倍突破して一億圓となり、翌十四年は目標額一億圓に對し、成績は一億五千萬圓、また十五年は目標額二億圓に對し成績は二億圓で、何れも內地以上の好成績を示してゐる。殊に、第一年目は內地では、目標額に達してゐないにも拘らず、本島では、目標額の二倍の好成績を收め得たのは、誠に賴母しい限りである。本年の割當額は、二億五千萬圓であつたが、過日、臺北市公會堂に於て開かれた貯蓄獎勵事務打合會に於て關係者が參集協議の結果、目標額を當初の二億五千萬圓から二億七、八千萬圓程度に引上げるべく目下內地と打合中の由である。尚本島の貯蓄實踐强調運動は十一日から廿日までと定め、同期間中年末賞與の國債支給運動と併行して貯蓄組合の整備强化、貯蓄獎勵の趣旨の普及徹底、貯蓄功勞者の表彰などを大大的に行ひ、特に戶別宣傳に力瘤を入れる由である。吾吾は、この際よく國民貯蓄本來の使命と主旨を考へ、一人一人の真心罩めた貯金は縱令零細なものでも、一億一丸となれば、非常時日本の貴き財源となり、インフレーシヨンの危惧をも吹飛ばし、祖國を磐石の搖ぎなきに置くことができるのである。時局は愈愈重大だ。吾等の貯蓄で敵性包圍陣を突破しよう |
02 | 畏し遺品を天覽 大本營幕僚一同深く感激 |
03 | 中等校教員の鍊成 學校報國隊の結成式に先立ち 昨日より開始さる |
04 | 故賀陽宮大妃殿下 斂葬後一日權舍祭の御儀 |
05 | 圖像:皇軍舍營展開かる |
06 | 御三代の聖蹟調查 內閣に委員會を設置 |
07 | 神宮大麻頒布 始奉告祭擧行 |
08 | 赤誠の献金品群五日受付の分 |
09 | 保護青少年に訓練道場 臺中州下に明春開場の運び |
10 | 共榮圈に送る 日本語普及讀本 卷三と文化讀本櫻決定 |
11 | 第一回青年 時局講演會 七日建府團で |
12 | 二期籾規格標準 等外籾の外、許可 臺北州 |
13 | 就學率八〇%躍進へ 新竹州來年度に百卅學級增 |
14 | 空路開設試驗飛行 昨日待望裡に決行さる 臺北<―>廈門 |
15 | 銀幕に又も旋風 藝名罷成らぬの達示 |
16 | 需給の圓滑を期せ 牛乳及乳製品配給及消費統制につき 土光府衛生課長語る |
17 | 茶からビタミン 山本博士抽出に成功 |
18 | 演劇映畫入選 發表 情報局募集 |
19 | 皇民奉公講演會 |
20 | 國際法學會が“出直し” 共榮圈の則する理論樹立へ |
21 | ときのこゑ |
22 | 鐵道部人事異動 |
23 | 吳慶氏夫人逝去 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 多子家庭を表彰 生めよ!祝儀の用意は充分 最高記錄は十五人 |
02 | 皇國農士を育む 增產戰線の急先鋒 |
03 | 臺大學生の 時局講演會 |
04 | 大林團が優勝 壯丁の意氣軒昂 |
05 | 圖像:皇國の精華我が工兵隊 |
06 | 主婦に時局を說く 保甲婦女團演壇に立つ |
07 | ボーナスは增給 國債貯蓄で臣道實踐 嘉義市吏員喜びの二重奏 |
08 | 國民校研究會 昨日より開かる |
09 | 金屬回收に垂範 官廳は本月で完了 |
10 | 市議視察 |
11 | 支部奉公委員會 開催日期延期 |
12 | 奉公壯年團 定例召集日設定 |
13 | 家畜飼料は無盡藏 蔬菜以上カロリー量を含む 野生クサアサガホ 葛野博士が折紙 |
14 | 壯年團結成 準備進捗 |
15 | 員林郡六青年 志願兵願を提出 |
16 | 虛禮陋習 大祓ひと共に拂へ お正月は愉快に |
17 | 東亞黎明の曙光 日滿華三國締盟一周年記念 (下)荒木情報部副部長談 |
18 | “東亞共榮圈 と海上權” 米窪代議士熱辯 |
19 | 巢立つ豆戰士 職業介紹所で 斡旋の勞を執る |
20 | 無豫告で燒夷彈投下 潮州街防衛團の空訓 |
21 | 米作獎勵金の 貯蓄方法協議 產組會議で |
22 | 營林所婦人團 献金 |
23 | 斗六郡壯丁團 檢閱式擧行 |
24 | 勸業課長會議で 木炭の需給計畫 |
25 | 競ふ一坪菜園 近く審查會開催 |
26 | 中商卒業式 |
27 | 水田百甲步擴大 雜作物を撤退 |
28 | 初商議戰低調 我れと思ふ者は名乘れ |
29 | 大肚國民學校 校舍移轉落成 |
30 | 中農卒業式 |
31 | 吏員養成所 入所許可者 |
32 | 高雄、旗後巡航船 みさき丸の進水式 |
33 | 能高郡地下足袋 小賣商組合創立 |
34 | 物價對策巡 回講演會 |
35 | 人事・往來 |
36 | 人事報社消息 |
37 | 地方便り報社消息 |
38 | 今日の映畫 |
39 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 食糧の不安なし 東亞經濟懇談會農業部會で 竹內殖產局長說明 |
02 | 局營南廻線時刻改正 交通量に則し運行回數增減 十五日實施 |
03 | 臺北バス地區合同 けふ發起人總會 |
04 | 局營バス運賃值上げ 鐵道同樣一割五分 |
05 | バス運賃の適正化 原價計算制を採用 |
06 | 多大の効果收む 內外地植物檢查官會議終る |
07 | 週間經濟展望 |
08 | 基隆港灣運送會 來る十五日創立總會 |
09 | 高雄魚市 十一月中糶高 |
10 | 五大運送會社 鐵道部と懇談 |
11 | 代燃瓦斯北部輸送開始 近く中南部に供給計畫 |
12 | 本期赤糖豫想 卅七、八萬擔か |
13 | 興華茶葉公司 昨日創立總會 |
14 | 高原農務課長 七日上京 |
15 | 吉良、平田兩技師 けふ南下 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(五日後場) |
18 | ラジオ |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 帝國の回答を手交 兩大使ハル長官訪問 |
02 | 帝國の回答を發表 ル大統領秘書より記者團に |
03 | 米國內に異常な反響 |
04 | 英の極東艦隊編制 東地中海艦隊から編入か |
05 | 一面交涉、一面牽涉 米、責任轉嫁に汲汲たる事情歷然 來栖大使到着後の日米會談經過 |
06 | ホワイトハウス公表 |
07 | 口を緘して語らず 我兩大使に質問の矢 |
08 | 泰、戰備態勢を急ぐ 政府代辯者、布告發す |
09 | 英、時限附通牒發す 芬、洪、羅三國に對し |
10 | 三國、英に回答 強硬態度を表明か |
11 | 咸陽を急襲 |
12 | 衡陽を徹底的爆擊 |
13 | 遂に戰爭狀態へ |
14 | 圖像:赤軍兵器獨軍の手に鹵獲さる |
15 | 芬政府拒否 |
16 | ル大統領も語らぬ |
17 | ソ聯、波蘭亡命政 府友好條約を締結 |
18 | 日、佛印協定が基本 佛當局佛印政策を言明 |
19 | 米の懷柔失敗 泰首相子息の米陸士入學案 ホ議員反對、一時的撤回 |
20 | 濠洲內閣 軍隊の休暇取消す |
21 | 明日の天氣 |
22 | 水滸傳(557)/黃得時;榎本真砂夫 |
23 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 決戰態勢の確立に 鄉軍が大獅子吼 十二日より三日間全島各地で |
02 | 壯烈な戰鬪展開 青年校生聯合演習愈今夕から開幕 |
03 | 聖德太子奉讚會 來年度の事業決定 |
04 | われに必勝の備へあり 出せ!!大和民族の“精神力” 希望輝く忍苦だ 白水參謀談 |
05 | 繰展ぐ“國防競技” 決戰下若人の意氣軒昂 |
06 | 軍人遺族記章 の傳達 |
07 | 名譽の戰死者 |
08 | 直轄校聯合大演習 十五六日の兩日間新莊平野で實施 |
09 | 圖像:州下青年校生國防競技大會 |
10 | 本島娛樂の新體制 各分科會の答申案を爼上に 十日委員會を開催 |
11 | 我等の總督を讚へる賦 早川白齡會會長から贈らる |
12 | 新竹中の查閱 |
13 | 田中國民校の 軍馬献納式 あす同校校庭で擧行 |
14 | “自肅正月”を評定 奉公會で婦人委員等が座談會 |
15 | 常會を現地視察 鍊成中の常會指導者 七日島都三個所で |
16 | 酒も煙草も嫌ひになる 國策型の妙藥發現 奧樣方に耳寄な必讀ニユース |
17 | 軍司令部献金品 六日受付の分 |
18 | 潮州線新線竣工 十五日枋寮で開通式擧行 |
19 | 臺北市土木課 長に山本技師 六日發令さる |
20 | “學徒報國隊”□名稱變更 來週中に隊の性格と機構決定 |
21 | 臺大の卒業式 廿六日擧行 高商、高工は廿七日 |
22 | 實施區域と日割島都空訓 |
23 | 國民皆勞體制へ 積極的徹底策を練る 奉公會基隆市支會委員會 |
24 | 三浦駐墨公使 歸國 |
25 | 烘爐山へハイク |
26 | 日糖新竹製糖 所壓搾を開始 |
27 | 州下防衛團並 分團長の任命 |
28 | 今夜の放送 |
29 | 商況(六日前場) |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南支往來 廣東支局發 |
02 | 生活文化 弱い子供を抱へて 心配なお母さん 冬の育兒この防衛陣 |
03 | 圖像:國婦會員も交へ鄉軍射擊大會 |
04 | 多くなる扁桃腺炎 雲量が關係します 科學の“氣象との關係” |
05 | 菊の手入れ |
06 | 國語學習 敵陣に飛びこんでなで斬り 小川少尉、山本伍長の武勳 |
07 | 珍味トースト 代用食として いかが |
08 | 「家庭醫學讀本」 十分食を與へよ! 意外な胃病患者の食餌療法 |
09 | “戰陣訓”をお手本に イタリヤの落下傘部隊 |
10 | 桃太郎ほか二十篇 南米のブラジルで出版 |
11 | 私達の理科 南洋にゐる象龜の話 |
12 | 重慶軍ビルマ 道路防衛 |
13 | ロシヤ軍敗戰理由 スターリン首相再建嚴命 |
14 | 鹽鮭の粕汁 |
15 | 球根類の手入 |
16 | 豆知識 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 臺灣芝居の用語/鹽見薰 |
02 | 艋舺氣質 (五)/黃啓木 |
03 | 長與博士の功績(上) 日本に於ける癌の研究 |
04 | 珊瑚樹 米國の義眼界 戰爭で大異變 |
05 | 指定上映 對する注意 |
06 | 時局雜詠十首/沼口蓬風 |
07 | 音樂文化協會 の新記錄 |
08 | 外畫輸入會社 の統合 |
09 | 文部省第十九 回推薦映畫 |
10 | 新年文藝募集/興南新聞社報社消息 |
11 | 心聲/黃可軒漢詩 哭妹錦文/許幼漁、輓蔡君希顏/林毓川 |
12 | 新年漢詩徵募報社消息 |
13 | 林學博士本多靜六著 「幸福なる生活」 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 危局の實相を說明 國民常會全閣僚が出席して頭條新聞 【東京發同盟】第二回中央協力會議は國際情勢に急變なき限り豫定通り八日より開催されるので本部では六日總會に於ける發言者及び關係發言者約五十名を決定し其の他の準備を整へたが第一日の八日には午前九時より嚴肅な開會式を擧行し政府側からは總裁たる東條首相を始め公務差支への小泉厚相を除く全閣僚が出席東條首相の挨拶に次で嶋田海相及び東鄉外相が特に現下の逼迫せる國際情勢並に日米會談を中心とする危局の實相及びこれに對處する帝國政府の毅然たる方針決意を闡明することになつた又賀屋藏相、小泉厚相井野農相も第二日第三日の總會に出席して所信を表明することになつてゐる |
02 | 各部の發言者決定 |
03 | 後藤議長以下 明治神宮參拜 八日開會に先立ち |
04 | 圖像:日米會談愈愈緊迫 |
05 | 敵屍五千六百餘 鄭州作戰の綜合戰果 |
06 | 盧氏河南飛行場を初空襲 |
07 | 大東亞經濟共榮圈の 新經濟秩序編成 鈴木企畫院總裁講演要旨 |
08 | 外地關係の 列席者決定 |
09 | 破局は避けたい 戰戰恟恟蘭印の真意 |
10 | 技能者の雇人就職 原則上許可を要す 勞務手帳制令八日に公布 |
11 | 七千百萬石を目標 明年度の食糧增產計畫 |
12 | 英、三國に宣戰通告 |
13 | 天津の米兵 十日に引揚げん |
14 | 獨軍の攻勢愈熾烈 赤都郊外を目指して |
15 | 獨佛會談事項 の具體化近し |
16 | 八億國防追 加豫算を可決 米下院本會議で |
17 | 米陸空軍增強 ス陸長官發表 |
18 | 淒慘眼を覆はす 獨ソ兩軍攻防の實相 前芝大每特派員語る |
19 | 勞務を確保 手帳制令の主眼三點 |
20 | 米海軍兵員の 最低勤務年限短縮 |
21 | 產報の機構改革 人事も決定發表さる |
22 | 橋本日石社長 帝石總裁に決定 |
23 | 日石の全鑛區 帝石が承繼 |
24 | 外務辭令 |
25 | 第一種訓練 奉公會宜蘭 支會で |
26 | 今日の天気 |
27 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 情報課創設 と島民指導社說 一 督府では時局の緊迫化に對應し決戰態勢を整備する為めに臨時情報部の機構を改組し情報課を創設する事となつた事は督府行政機構の再編成の前提としてその具體化に多大なる期待をかけられて居る。支那事變勃發以來督府內に臨時情報部を設置して早くも四年間を經過し我が戰時國策達成の為めに島民の指導並に啓發に盡した功績は大きなものがあつた。然るにその後の國際情勢は一段と險惡度を加へ我が東亞共榮圈確立の國策に對し英米を一環として包圍陣を結成し、敵性國家群が挑戰態度を取りつつある事は全國民の均しく激憤する處である、かかる環境に對處し南方基地として本島の負荷する使命は愈愈重大性を加へたのである今回情報部を廢止し情報課に改編する事となつたことは大きな時局的意義を有するものであるがその目標は飽く迄も決戰態勢に不可缺なる島民輿論の指導と宣傳啟發に重點を置かねばならない近代戰に於ける國內輿論の指導と對外宣傳の重要なる事は識者の均しく認識して居る所である殊に本島の如き國策遂行の第一線に立つ地位よりして情報課の擔へる使命職責は重大であると言ふべきである。 二 過去數年間に於ける情報部の遂行した業務功績は大なるものがあつたが一般民眾に對する指導啓發には未だに普及徹底しない憾みがあり時局の緊迫化と共に益益その機能を高揚し發揮する必要があるその對策としては全島民を打つて一丸とする總力戰を具現させる為めに皇民奉公運動を促進し、內外情報の蒐集と報道宣傳から出版文化、藝能の發達を助長すべき課題を多く殘して居る。特に島民の時局認識を深める為めには新聞機關の活用を期待するものである。卽ち輿論指導の方策として新聞政策を活用すると共に出版文化の上に於いても積極的方針を以て助長して貰ひ度いのである、その見地よりしても島民の銃前銃後を固める為めに通信報道、言論の持つ新聞の任務を充分に昂揚させる為めに國家が戰時下に於いて與へられる最大範圍で新聞用紙を給付し通信、報道に便宜を附與すべきである、總力戰に於いて新聞が勝利に導く鍵の一つである事を充分に認識する必要がある、我田引水でなく前歐洲大戰に於いてドイツの新聞宣傳戰が英國に及ばなかつた事が敗因の一となつた事よりしても深慮すべき事である。難局を克服する為めには軍官民が渾然一體となつて國策達成に邁進する必要がありその方策としては新聞及び出版物とラジオを活用し真に上下呼吸を合せるのが最も聰明であり望しいのである。 三 戰時下に於ける國民總意の協力を達成する為めに新設する情報課の使命はこの意義よりして重大性を有して居り、その機能を充分に發揮する為めには島內に於ける地方事情を精查して正確なる情報を蒐集し督府施策に役立たせると共に六百萬島民をして一人殘らず時局の緊迫化に對應する態度と覺悟を喚起し、國策の向ふ方途を認識させる為めに輿論の指導と啓發に邁進させねばならない。從つて情報課の陣容を整備し地方との連絡を緊密にすると共に机上の空論を排除し、關係官民をして民眾の中に立入らせて苦樂を共にして真の指導と啓發に邁進する必要がある。國際情勢の險惡化に對處して全國民の鋼鐵の意志の結成に依り國難を突破して行く事に對しては全島民とも固い覺悟を持つて居るがその意氣を一段と高揚し、民心の安定を企圖する為めにもこの際督府が積極的方針のもとに輿論機關を活用し島民の時局認識並に銃後生活の戰時態勢化を促進する為めに情報課をして充分に機能と使命を發揮させん事を要望するものである |
02 | 壽ぐ二千六百二年 決戰體制即應の決意を新に 奉祝諸行事決る |
03 | “遊樂的氣分”追放 翼贊會年末年始對策 |
04 | 人的資源確保に 刑餘者道場を開設 明春早早から各地に |
05 | 圖像:臺北州下青年校生聯合演習 |
06 | 直轄學校聯合演習 きのふ打合會を開催 |
07 | 農村に“娛樂の饗宴” 新莊演劇挺身隊結成式 |
08 | 值上利益金を献金 新竹支局の酒類小賣人 |
09 | 百廿萬圓突破 張切る基隆郡貯 蓄運動 |
10 | 武官府献金品 |
11 | 萬端の用意整ふ 引揚民を待つ基隆 |
12 | 臺灣國語研 究會 |
13 | 雅樂舞樂裝束一式 滿洲建國神廟に奉納 |
14 | 宜蘭市貯蓄 實踐宣傳 |
15 | 內臺一如美しき師弟愛 殉職した教師の顯彰運動に協力 港都學童が一錢醵金 |
16 | 臺灣軍記者俱樂部 昨晚公會堂で總會を開催 |
17 | 桃園郡下の 青年動員查閱 |
18 | 大溪郡の保正 會議 |
19 | ときのこゑ |
20 | 不起訴と決定 日發送電疑獄事件 |
21 | 豪勢最高五十割 內務省本年度ボーナス |
22 | 桃園婦人の 時局講演會 |
23 | 桃園郡の 壯丁檢閱 |
24 | ニュース映畫會 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “元氣で行かう!” 前線勇士からの便り |
02 | 率先垂範臣道實踐へ 高雄州支部第一回奉公委員會 鐵石の決意を宣言 |
03 | 故軍屬鄭霖雲君の 庄葬を嚴かに執行 |
04 | 熱地馬產開發機關 「種馬牧場」完成す きのふ新化で晴れの開場式擧行 |
05 | 奉公壯年團 屏東郡下續續結成 |
06 | 來れ奉公戰士 彰化奉公青年隊 隊員を募集 |
07 | 三百廿五萬圓要求 重點主義で編成花蓮港廳豫算 |
08 | 奉公班世話役講習會 員山分會主催で |
09 | 無競爭 花蓮港商議戰 愈よ明日選擧 |
10 | 戰時經濟運營の萬全に 屏東で經濟警察會議 |
11 | 決戰下學徒の意氣 敢鬪に燃ゆる花蓮中查閱 |
12 | 模範部落建設に 牛運堀、內轆部落民の奉仕 |
13 | 聯合婦人常會 頭圍庄で講習繼續 |
14 | 一等は南門團 嘉義警察署の 壯丁團檢閱 |
15 | 臺南州蹴球 大會組合せ |
16 | 非常事態に對處 臺中署管轄保正會議で 萬全の對策を打合せ |
17 | 學童競技大會 |
18 | 向陽信組許可 組合長以下決る |
19 | 貯蓄へ總進軍 督勵班を設けて各戶を激勵 馬力かける花蓮港廳 |
20 | カラスミの走り登場 ボラ肉は鹽漬の加工品に |
21 | ”國語不解者の一掃へ“ 嘉義郡で新年度から更に馬力 |
22 | 區長臨時常會 |
23 | 學徒時局講演 今夜市民館で |
24 | 第二種青壯年 訓練修了式 |
25 | くろがね劇團 花蓮港市で公演 |
26 | 青年學校研究會 けふ彰化で開催 |
27 | 玄米牛乳賣りが 呼鈴を献納 |
28 | 日赤の會員 倍加運動 |
29 | 新港演武場改築成る 落成式を兼ね演武大會 |
30 | 北京語講習 |
31 | 新坡壯丁團 檢閱終る |
32 | 少女歌劇團 臺中で上演 |
33 | トラックに轢か れて遂に絕命 |
34 | 手提金庫の金 何者かに盜まる |
35 | 幼兒の變死 |
36 | 高雄州下國民 學校長異動 |
37 | 地方便り |
38 | 今日の映畫 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 共榮圈內自給の確信 及び決意を中外に闡明 經濟懇談會の具體的結論決定 |
02 | 共榮圈確立の決意固む 東亞經濟懇談會大會終る |
03 | 臺南州下產組(一) 第一次擴充計畫 |
04 | 大東亞經濟圈 經濟建設講演會 |
05 | 鐵道荷物激減 絕無總力週間奏功 |
06 | 烏塗子改良糖廍 壓搾を開始 |
07 | 羽毛會社更生 蒲團の注文殺到 |
08 | 改正稅令を解說 昨日懇談會開催 |
09 | 二期籾集荷完了 臺北州米穀納入組合 |
10 | 二期中部標準米 查定會で決定 |
11 | 運輸研究會區會 來る八日より開催 |
12 | 籾集荷狀況調 |
13 | 一部小荷物受託 四日より停止解除 |
14 | 食料品物價委員 會十日に開催 |
15 | 次回は關東州で 內外地植物檢查官會議 |
16 | 糖試記念講演 盛況裡に終了 |
17 | 松野課長等 七日南下 |
18 | 自動車技術研究所 愈よ設置に決定 |
19 | 化學工業品物價 專委會も同日に |
20 | 石炭の增產對策 府より會社に警告 |
21 | 經濟手帳 機械工業五統制 會と會長問題 |
22 | 空地利用獎勵に 米穀局で蔬菜園作業曆頒布 |
23 | 照明燈 |
24 | □□手帳 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 決戰常會けふ開幕 不退轉鐵壁の布陣 國難突破の總意結集頭條新聞 【東京發同盟】大政翼賛會の第二回中央協力會議は愈愈八日から開催されるが今回の會議は西南太平洋の情勢が極度に緊迫してゐる現情に鑑み一億國民の總意を結集して不退轉鐵壁の陣を布かんとする臨戰國民常會で政府側の進んで國難突破に對する所信と決意を表明せんとしてゐることは注目される、卽ち東條首相は翼賛會總裁として開會式において所信を披瀝する外東鄉外相、嶋田海相、賀屋藏相、鈴木企畫院總裁、小泉厚相、井野農相、岸商相等が順次總會席上において所管事項の報吿と將來に對する方針決意を闡明することになつてゐる、又百四十四件の議案は全部時局關係のもののみに限られてをり本部側としてはその發言を通じて一億一心の總意を結集すると共に國難突破に對する國民士氣を昂揚する方針であるが政府側においても亦各省次官以下が積極的に說明に當り上意の下達浸透に努める方針をとつてゐるから今次協力會議の成果は頗る注目されてゐる、而して協力會議は國難に對する決議を行って終幕を吿げることになつてゐる |
02 | 一億翼贊の雄叫び 各閣僚も連日出席す |
03 | 英自ら墓穴を掘る 對日離間の惡質宣傳逆效果 泰國內に反英感情が擴がる |
04 | 初日の日程 |
05 | 首都引揚を準備中 泰國內相重が大發表 |
06 | 陸鷲、寶慶を襲ふ! |
07 | 土は中立を保持 コーカサス戰の結果判明まで |
08 | 戰爭準備 ピ首相が言明 |
09 | 連絡委員會 昨日丸の內會館で |
10 | 日米交涉の本筋 停頓狀態持續の觀 |
11 | マニラ市民に對し 田舍へ歸省を勸告 比島政府監督下に撤退を強制か |
12 | 比島緊急會議 マ米極東軍司令官出席 比島陸軍に重大宣言か |
13 | 誓ひ朗讀 今泉氏に決定 |
14 | 大統領に聞いてくれ ハル國務長官は逃ぐ |
15 | 圖像:日華條約締結一周年記念慶祝大會 |
16 | 在マレー邦人 引揚げ困難 |
17 | 英、三國に宣戰 最後通牒拒絕さる |
18 | 斷乎たる決意披瀝 フインランド大統領 |
19 | 累年膨脹の一途 一般會計の本豫算 |
20 | 英、蘭兩國重ねて 共同戰線を宣言 |
21 | 休暇中の三軍に 歸還を命令 トマス英領マレー總督 |
22 | カナダ政府も 宣戰を布告 |
23 | 獨軍、赤軍を擊退 東部戰線の各地で |
24 | 獨ソの主張 甚しく懸隔 |
25 | シンガポールは 濠、印兵でカーキ一色 |
26 | 芬蘭商船を 保護抑留 米海軍省發表 |
27 | 露都戰線戰況 ソ聯各紙の報道 |
28 | 今日の天気 |
29 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | “祖國・日本だ!萬歲” 敵性蘭印からの最終引揚船 昨夕基隆に劇的入港 |
02 | 蘭印官憲の橫暴 旅具檢查に言語道斷の嚴重振り |
03 | 全員無事故の航海 秩序整然・大國民の面目躍如! |
04 | 壯烈な拂曉戰展開 青年校の生演習閉幕 |
05 | 日本紙幣を稅關で沒收 引揚げ邦人交交語る |
06 | 川端公園で勇 壯な分列式 |
07 | “赤誠の軍馬献納” 昨日田中國民校で献納式擧行 |
08 | 決戰下乙女の意氣 桔梗俱樂部員八十五名が 第三部隊で射擊 田中高級參謀 射擊の真髓を說く |
09 | 圖像:蘭印最後の引揚船 |
10 | 日增しに募る 官憲の壓迫振 |
11 | 感謝に堪へぬ 和知軍參謀長語る |
12 | 恐日病愈よ昂る 社交婦人迄カーキーの一色 |
13 | 三班に分れて常會視察 昨夜常會指導者鍊成會員が |
14 | 決戰下青年の意氣高し 昨夜稻江信組で懇談會開催 |
15 | 島都金融人 の卓球大會 |
16 | 改姓名記念献金 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 輝かしきこの業績 糖業試驗所創立十周年 きのふ盛大に記念式擧行 |
02 | 尊き體驗土產に 分會幹部鍊成會終る |
03 | 竹北庄協議會 |
04 | 愛國の熱辯に感激 即座廿四名志願 臺中の志願兵制徹底講演會 |
05 | 燈籠を奉納 山梨縣人會から |
06 | 大湖神社祭 奉祝行事で 賑ふ卓蘭 |
07 | 婦人委員會 常會を開催 |
08 | 津津浦浦まで 正しい認識を 各部落に時局講演會 |
09 | 郡守、署長會議 |
10 | 奉公壯年團 組織打合せ |
11 | 高雄州青年挺身隊 隊旗樹立式 きのふ嚴肅に擧行 |
12 | 聯合青年團查閱 |
13 | 嘉南號一色に作れ 最優良品種の聲價愈愈確實 農會、普及に躍起 |
14 | 愛國の至情吐露 臺大生講演會 |
15 | 米增產品評會 表彰式 |
16 | 時局宣傳懇談會 |
17 | 煙草值上益金を 國防献金 |
18 | 中二中健兒の意氣 教練查閱で遺憾なく發揮 |
19 | 農會教育研究會 生擴に多大の寄與 |
20 | 潮州郡教育會 |
21 | 試驗船高雄丸 歸港 |
22 | 水神祭と 組合長就任披露 |
23 | 能高郡牛車組 合臨時總會 |
24 | 指先の速さ 婦人珠算、タイプ競技會 |
25 | 志願兵後援會に 川松郡守寄附 |
26 | 記念作家 寫真展 |
27 | 船荷證券不着で 砂糖居眠り |
28 | 埔里露店 組合總會 |
29 | 潮州防犯週 間行事計畫 |
30 | 糖試創立記念 講演會 |
31 | 體力章檢定 臺南中等校の日割 |
32 | 保甲役員會議 |
33 | 司法事務監查 |
34 | 警察實彈射擊 |
35 | カラスミ製造 組合創立總會 |
36 | 自肅の正月 奉公會曾文支會 一般街民に通達 |
37 | 天華一座を招く 軍人遺家族慰安 |
38 | 人事・往來 |
39 | 今日の映畫 |
40 | 訃文:大和英二 |
41 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 英勢力下に呻吟の南泰 逞し・邦人進出の姿 南部泰國踏查報告記 |
02 | 圖像:ハノイに開かれた佛印勸工博覽會、寫真は博覽會前の雜沓 |
03 | □□□ |
04 | 特別稅金解說懇談會 臺北商議所主催 |
05 | 二十年前の慰問袋 |
06 | 地に降りぬ小鳥 |
07 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 對米英宣戰布告詔書渙發 |
02 | 對米英宣戰布告 米英軍と戰鬪狀態へ 我陸海軍西太平洋で |
03 | 緊急閣議を開く |
04 | 我正式回答を手交 東鄉外相米國大使に |
05 | 米、陸海軍に行動命令 |
06 | ル大統領緊急閣議招集 |
07 | 香港攻擊を開始 |
08 | 馬來半島に奇襲上陸 着着戰果を擴張中 |
09 | 英艦擊沈、米艦捕獲(上海方面) |
10 | 米陸軍輸送船魚 雷攻擊を受く |
11 | 我海鷲ホノルル初空襲 三時間に亘り猛爆 |
12 | 新嘉坡とタワオ ウエーク、ガム爆擊 |
13 | 上海共同租界に進駐 我が陸海軍最高指揮官布告 |
14 | 日本輸送船 珍珠灣西方に 影が認めらる |
15 | 在北京マリンに 武裝解除勸告 |
16 | パナマ政府 邦人逮捕命令 |
17 | ハル長官に回答手交 |
18 | 米亞細亞艦隊司令官發表 |
19 | 樞密院臨時本會議開く |
20 | 臨時議會を召集 十五日より二日間 |
21 | 內閣告示で布告 |
22 | 詔書 |
23 | 北京駐屯米軍 愈よ總引揚げ |
24 | 東鄉外相參內 |
25 | 開戰の理由五ケ條 帝國堂堂中外に宣明 |
26 | 滿洲派遣の勤勞奉仕隊 明年度は二千八百名に減少 |
27 | 第二回一億常會 けふ一日で閉會 |
28 | 海洋少年團の 創立記念大會 青山の海軍館で |
29 | 回答は不滿 ハル長官兩大使に告ぐ |
30 | 香港に總動員令 |
31 | 廢材利用の土產品 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 起て一億國民・敢然戰へ 擧島・鐵石の團結! 必勝目的の貫徹へ 長谷川總督決意を語る |
02 | 和平解決に全力傾注 (上)最後瞬間に至るまで 外務省公表 日米交涉經過 |
03 | 圖像:戰勝祈願參拜島都の市民の群 |
04 | 皇軍に絕對信賴し 職域奉公に專念せよ 井上報道部長島民に告ぐ |
05 | 臺灣神社に祈願參拜 決意に燃ゆる市民陸續 |
06 | 圖像:決意を語る長谷川總督 |
07 | 帝國斷の一閃!大平報道部長の第一聲 |
08 | 長谷川總督 軍司令部を訪問 |
09 | 全市サツト緊張 島都は決戰の一色に |
10 | 地方長官會議 召集か電報指示で |
11 | 府內非常處理分掌 局部長會議で決定 |
12 | 第一回委員會を中止 近く臨時委員會を開催 |
13 | 持て・必勝の信念 長谷川總督・府內職員に重大訓示 |
14 | 大和報國會 發會式 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 地方便り |
02 | 鹽寮港ハイク 自然美を滿喫 |
03 | 生活文化 百七十億貯蓄と 國民の心構へ 時局認識の生活を |
04 | 圖像:科學挺身、夜を徹して |
05 | 美容の新體制に 大事な「素肌の美」 殊に重要な冬の手當 |
06 | 冬は乏しくなる 牛乳のビタミンA 人工榮養兒は御注意 |
07 | 魚や肉と 調味料の關係 |
08 | 秋空の紫外線を 濕りがちな押入へ 蒲團を乾すのも健康上大切 |
09 | 洗濯ソーダ 利用の範圍 |
10 | むし齒のある子 幼兒時代は大抵丈夫 齒科醫學會で新研究發表 |
11 | 國語學習 爆擊の科學 大空の代表的戰術 |
12 | 戰爭と郵便切手 興味あるおはなし |
13 | 麗はしい師弟愛 內臺を結ぶ銃後美談 |
14 | 豆知識 |
15 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 味噌乞食(上)/添田さつき |
02 | 長與博士の功績(下) 日本に於ける癌の研究 |
03 | 東寶の舞踊隊 海外文化宣傳に一示唆 |
04 | 珊瑚樹 步兵の行軍速度 一日卅五粁が最高 |
05 | 映畫界の新體制(上) 經濟面から觀察批判 |
06 | 田園畫譜(一)村莊暮色/藍蔭鼎 |
07 | 「工藝」に就いて 柳宗悅氏の近著/淺沼喜實 |
08 | 心聲/黃可軒漢詩 書歸仁錫權先生墓石 四首/翕庵、書歸仁錫權先生墓石 其二/翕庵、書歸仁錫權先生墓石 其三/翕庵、書歸仁錫權先生墓石 其四/翕庵、輓蔡希顏藝兄千古/周伯達 |
09 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇軍に優渥なる勅語頭條新聞 【東京發同盟】天皇陛下に於かせられては八日米英兩國に對して畏くも宣戰の詔書を渙發あらせられ未曾有の國難に對處して擧國一體皇國不滅の歷史を擁護すべき旨宣し給ふたが更に同日午後三時東條、嶋田陸海兩相を宮中に召されて優渥な勅語を賜ひ皇軍將兵への勇奮以て出師の目的を貫徹すべき旨を宣せられた勅語を拜受した兩相は恐懼感激陸海兩軍將兵を代表して謹んでこれに奉答申上げた、右につき陸海軍省では八日午後三時左の如く公表した 陸海軍省公表(八日午後三時)本日陸海軍大臣を宮中に召させられ左の通り勅語を賜はりたり 勅語 曩ニ支那事變ノ發生ヲ見ルヤ朕カ陸海軍ハ勇奮健鬪スル旣ニ四年有半ニ彌リ不逞ヲ膺懲シテ戰果日ニ揚ルモ禍亂今ニ至ルモ尚收マラス朕禍因ノ深ク米英ノ包藏セル非望ニ在ルニ鑑ミ朕カ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ解決セシメムトシタルモ米英ハ平和ヲ顧念スルノ誠意ヲ示ササルノミナラス却テ經濟上、軍事上ノ脅威ヲ增强シ以テ帝國ヲ屈伏セシメント圖ルニ至レリ 是ニ於テ朕ハ帝國ノ自存自衞ト東亞永遠ノ平和確立トノ為遂ニ米英兩國ニ對シ戰ヲ宣スルニ決セリ 朕ハ汝等軍人ノ忠誠勇武ニ信倚シ克ク出師ノ目的ヲ貫徹シ以テ帝國ノ光榮ヲ全クセムコトヲ期ス |
02 | 總督諭告 光榮ある責務を貫遂 |
03 | 敵戰艦六隻を粉碎 大型巡洋艦四隻を擊破布哇空襲大戰果 |
04 | 比島要衝を大空襲 |
05 | 比島敵機百機を擊墜 |
06 | 陸海兩相の奉答文 |
07 | 宮中で臨時大祭 御親告あらせらる |
08 | 米アジヤ艦隊 マニラに集結 |
09 | 陸鷲、香港を初空襲 |
10 | ジヨンハイ(比島北方)爆擊 |
11 | 蘭印も宣戰布告 |
12 | 東亞の興廢この一擧 大詔を拜し政府聲明 |
13 | グワムの燃料タンク炎上 |
14 | 我空襲でオアフ島大被害 |
15 | 天津米英租界に進駐 |
16 | 御聖斷降し給ふ 聖慮の程畏き極み |
17 | 日泰間の交涉成立 皇軍平和的進駐を開始 |
18 | 南泰侵入英軍を掃蕩 |
19 | 香港沿岸を封鎖 古賀司令官が宣言 |
20 | 我防禦水域を指定 |
21 | 海軍省公示事項 |
22 | 輝く生存者戰歿者論功行賞 |
23 | 必要區域に防空實施 大本營陸海軍部發表 |
24 | 蘭印全土の 邦人を逮捕 |
25 | 暴戾な敵國を降伏(決議) 熱血迸ばしる國民常會 |
26 | 米輸送船團 攻擊を受ぐ 米のラジオ放送 |
27 | 中米二國宣戰 |
28 | 野村大使旅券 の下附を要求 |
29 | 米兩院の合同 緊急會議招集 |
30 | 本邦船の出港 を一時停止 |
31 | カナダ政府宣戰 を布告 |
32 | 敵性國家群の戰備 |
33 | 非常機關を 動員 米陸軍當局發表 |
34 | 海軍にも二段 飛任用進級 進級改正公布 |
35 | 外國人の旅行 臨時措置令 けふ公布實施 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 對米英宣戰 布告さる社說 一 帝國政府は光輝ある三千年の歷史を有する帝國の權威と自存を擁護すべく、八日未明を期して世界制霸の野望に燃える橫暴飽くなき米英兩國に對し決戰の火蓋を切つた。畏くも宣戰布吿の詔書が渙發あらせられ國民の向ふべき方向をお示し遊ばされたことは畏き極みである。今次戰爭直接の動機をなせるものは云ふまでもなく、日米交涉に於いて驕慢なる米國政府が帝國政府の情理を盡せる平和的提案に一顧をも與へず逆に支那全大陸から皇軍の全面的撤兵を要求し南京政府の存續を否定し、日獨伊三國同盟條約の破棄を主張するのみならず、所謂ルーズヴエルト四原則なる架空の原則を列擧して、我方にこれを强制せんとするに發した。かくて今日まで隱忍自重、太平洋の靜謐を念願する帝國政府は政治外交上總ゆる手段を盡したにも拘はらず、不法なる米國は反つて英國と結んで、我國と南方諸國との自然的連繫を妨害し、大東亞共榮圈の確立を打破せんが為にABCD包圍線を結成、對日壓迫態勢を加速度的に强化して來た 二 かくて四圍の事情は今日以上の遷延を許さざるに立ち至ち至つたので帝國政府は過去八箇月に亘り、最後の瞬間まで太平洋の平和確保に努力し來た真相を明かにし、對米英開戰の理由五箇條を擧げて、堂堂と中外に闡明した。卽ち 一、日米交涉に於ける米國の原則は架空の理念にして多邊的不可侵條約の如き舊態依然たる構想で東亞の實狀を遊離してゐる 一、英米の經濟的壓迫は武力にも增して卑劣極まるものである 一、英米の帝國主義的搾取が東亞の禍根であつて佛印の共同保障案亦その野望の暴露に過ぎぬ 一、援蔣行為の依然たる繼續は斷じて默視し得ず 一、英米が敵性諸國群と通謀日支相戰はしめんとする策動を排す 右の理由にあるが如く、我が國は止むを得ず帝國の自存權を自衞せんが為に敢然と立つたのである。今次の開戰は真に帝國の興亡を賭したもので、未曾有の國難と云ふべく、一億國民たる者、我が不敗の態勢成れる陸海軍を信賴し、今日以後如何なる事態が突發しても、國民の一人一人が必勝の信念に燃え、金甌無缺の國體を守り、八紘一宇の肇國の大精神を以て戰ひ拔かなければならぬ 三 殊に本島に課せられたる使命は愈よ重且つ大なるものがあるこの重大使命を達成する為には六百萬島民は絕對に皇軍に信賴し、如何なる敵機の襲擊を受けるとも、決して慌てず、騷がず、沈着に、泰然自若として職域奉公に專念しなければならぬ而して官民一體となつて、凡ゆる方面に最大の能率を發揮しなければならぬ。六百萬の島民よ吾吾の赤誠を盡すべき秋が來たのだ。一致奮起して時艱の克服に邁進しなければならぬ。戰爭が今後如何に長期に亘るとも不退轉の決意と堅忍持久、不屈不撓の精神で、光榮ある皇國勝利の歷史に一點の汚點を殘すことなく、最後の瞬間まで戰ひ拔かなければならぬ。 |
02 | 皇軍の先制急襲 到る處赫赫たる戰果を收む 嚴たり臺灣の防衛 軍報道部發表 |
03 | 本島の役割重大 六百萬島民必勝の信念を持て 長谷川總督の放送 |
04 | 最後の勝利は飽迄 祖國日本にあり 大詔を拜し奉り・東條首相放送 |
05 | 勝算吾れにあり 全軍の士氣沖天 山本馬公警備府司令官長談 |
06 | 宣戰の日の赤誠 日頃に數十倍の献金 軍司令部 |
07 | 職場を守つて挺身 長谷川奉公會總裁談 |
08 | 戰時下の食糧對策 井野農相・決意を語る |
09 | 國恩に報ゆる時だ 齋藤情報部長談 |
10 | 督府に非常時五部 總務、警防、食糧、物資、交通 |
11 | 各部長、班長 決定 |
12 | 文部大臣訓 令を發す |
13 | 市バス值上 愈よ今日から實施 |
14 | 婦人自肅懇談會 奉公會中央本部で |
15 | 決戰臺北市會 緊張裡に開會さる |
16 | ときのこゑ |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 當局を信賴せよ 流言蜚語に惑はさるな 沈着持久・職場を守れ 森田知事州民を激勵 |
02 | 治安措置は完璧 滿富警察部長語る |
03 | 慌てず、恐れず 食糧の不安絕無 藤田市長、市民に告ぐ |
04 | 和平解決に全力傾注 (下)最後瞬間に至るまで 外務省公表 日米交涉經過 |
05 | 長期戰對策指示 森田知事部課長に訓示 |
06 | 持て、必勝の意氣 食糧配給陣は萬全 奉公會宣傳委員懇談會 |
07 | 緊急部課長會議 高雄州知事公室で |
08 | 決戰防空陣完し 市防衛團長會議開く |
09 | 戰時食料配給 機構を強化 |
10 | 陸海皇軍の武 運長久を祈願 十日日清從軍會 |
11 | 馬事思想向上に 近く競技會開く |
12 | 嘉義臨時市會 提案全部原案通り通過 |
13 | 八卦山で戰鬪演習 臺中州青年學校研究會 |
14 | 愛國箆麻少年の靈に 勇士から弔慰金贈る |
15 | 米增產獎勵金 交附要綱を協議 |
16 | 花蓮港商議戰 無競爭投票で仲 よくゴールイン |
17 | 代燃漁船完成 機關試運轉の成績は上乘 近く愈愈出漁試驗 |
18 | 高砂族義勇隊結隊式 固き決意を眉宇に 大木君強力く宣誓 |
19 | 國民貯蓄座談會 |
20 | 貯蓄實踐を強調 潮州郡趣旨徹底に大童 |
21 | 劉軍屬庄葬 十日花壇國民校で |
22 | 壯丁團決戰態勢 大隊結成式は見合せ 臺南州 |
23 | 能高高砂族義勇隊 華華しく結成 |
24 | 大溪防諜劇好評 |
25 | 救急法講習會 |
26 | 難局突破の 決意を披瀝 |
27 | 南投壯丁團幹部 火炎山に登る |
28 | 改正稅法を周知 業者集めて打合 |
29 | 不動の信念強調 臺大生の時局講演 |
30 | 立派な世話役 日米戰爭一報を 攫んだ草間氏 |
31 | 大溪街青年團 十三日查閱 |
32 | 屏東郡華僑公會 發會式 |
33 | 大溪郡保甲役員 表彰さる |
34 | 戰勝の前祝にと 施金豆氏献金 |
35 | 物價對策講習會 |
36 | 人事 |
37 | 地方便り |
38 | 今日の映畫 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 本年度貯蓄目標 二億八千萬圓に引上 銃後經濟戰の總進軍 |
02 | 株式市場昂騰 偉大な底力を顯現 |
03 | 臺南州下產組(完) 第一次擴充計畫 |
04 | 實踐強調運 動實施要綱 |
05 | 陶磁器硝子器の 移入配給組合近く創立 |
06 | 食料確保のため 肉類罐詰を增產 |
07 | 南部糯米 十日に初檢查 |
08 | 內地鹽の不足 近く補充されん |
09 | 近藤博士を 招聘講演 |
10 | 臺北藥劑師會 けふ臨時總會 |
11 | 防犯週間の實施に 統制經濟協力會設置 臺北商工會議所 |
12 | 兩商工相談所 十一月中概況 |
13 | 臺拓への現物出資は 營林所の斫伐事業 近く評價委員會設置か |
14 | 基隆輕鐵三和を買收 八日基礎調查 |
15 | 自動車技術研究 部囑託を依囑 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(八日後場) |
18 | ラジオ |
19 | 第九拾貳回決算報告 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 赫赫たる戰果祝ふ 首相の祝電 |
02 | 布哇米軍の損害甚大 ホワイトハウスの發表 |
03 | 數地點に奇襲上陸(馬來半島) |
04 | ダヴアオ港航空母艦猛爆 |
05 | 空襲第一日の模樣 |
06 | 杉山參謀總長 の祝電 |
07 | 在支敵國權益處理情況 |
08 | 陸相の祝電 |
09 | 對日宣戰 決議文 米議會で可決 |
10 | 責任者はル大統領 獨外務當局の聲明 |
11 | 永野總長と 嶋田海相祝電 |
12 | 大本營海軍部發表 |
13 | 對日戰爭狀態 に入る ル大統領宣言 |
14 | パラワン島(比島)を爆擊 |
15 | 比島、新嘉坡爆擊戰果 |
16 | ミツドウエー島を急襲 |
17 | マレー敵空軍多數を擊滅 |
18 | 獨紙日本の行動を支持 |
19 | 英首相下院で 對日宣戰布告 |
20 | 英國の立場 英首相が述ぶ |
21 | 日タイの協力協定 坪上、ピブン間に署名 |
22 | わが精銳部隊 盤谷に平和進駐 |
23 | 香港斷末魔の模樣 既に生色なく不安動搖その極に達す |
24 | 日伊兄弟愛を感ず 伊情報部長語る |
25 | 伯國の對日 態度 |
26 | 埃及、對日外交 關係を斷絕 |
27 | 笑止重慶政府 對日獨宣戰 |
28 | 玖瑪も宣戰布告 |
29 | 濠洲も宣戰布告 |
30 | ウルグワイも 米と共同戰線 |
31 | 米の支配から解放 ルソン島に傳單を撒く |
32 | チリーの態 度九日決定 |
33 | 邦人の逮捕を 命令 ル大統領が |
34 | 我國土に敵機來襲を見ず |
35 | パナマ、獨人を逮捕 |
36 | 米運送船マニラ 沖で擊沈さる |
37 | パナマ軍の 運河警戒 |
38 | 伊各紙大大的 報道 |
39 | 倫敦我大使館 重要書類燒却 |
40 | 真珠灣空襲 を發表 ル大統領が |
41 | 紐育で邦人 百七名逮捕 |
42 | 濠洲政府も在留 邦人を拘束 |
43 | ホワイトハウス武裝 |
44 | 本紙夕刊減頁/興南新聞社報社消息 |
45 | 現在の進出線 を保つ モスクワ攻擊 |
46 | 宣戰發表の 一瞬 興奮の記者團 |
47 | 銀行團の申告 |
48 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 天皇陛下御親祭 宣戰布告を御奉告 けふ宮中で臨時大祭 |
02 | 死生を超越せよ 嚴たり六百萬島民の統制指導 臺灣軍司令官の挨拶 |
03 | 必勝を御祈念 照宮樣宮城御遙拜 |
04 | 圖像:臺灣神社參拜の長谷川總督 |
05 | “日本も仲仲味をやるな” 飛電を受けた獨人の印象 |
06 | 皇軍絕對戰捷を 臺灣神社に祈願 總督、長官同列で |
07 | “不退轉の決意” 三輪知事全職員を激勵 |
08 | 島都市民參拜群 明治橋前に列をなす |
09 | 童心に戰捷祈願 |
10 | 總督、祝電を發す 全島民を代表して |
11 | 荒木情報局副 部長今夜放送 |
12 | 蘭陽地方の 緊張振り |
13 | 基隆市民の 神社參拜 |
14 | 食糧ルートを死守 配給挺身隊あす結成 |
15 | “元氣で征かう” 臺北市の徵兵檢查始る |
16 | 金一封を献金 |
17 | 食糧の心配なし 島都に萬全策成る |
18 | 東京市鄉軍 市中を大行進 |
19 | 臺灣語の通譯放送 隨時ニユース以外に時局解說 |
20 | 圖像:臺北市の徵兵檢查始まる |
21 | 時局講演會開催 新竹市內の各所で |
22 | 河野臺北州警務課長基隆方面初巡視 |
23 | 帝國の「斷」に 快哉を叫ぶ |
24 | 荷ふ“一億の信賴” 昨夜陸軍省の緊張振り |
25 | 國家目的の完遂 總力の運營と編成から |
26 | 百萬二千餘圓 を献金 |
27 | 糯米で“ねばれ” 交戰下にこの贈物 |
28 | 步行者激增 市バス值上初日 |
29 | 宣戰の日に四 十七名志願 |
30 | 商況(九日前場) |
31 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 生活文化 「家庭醫學讀本」 消化と食物の關係 胃病患者はこの理解が大切 |
02 | 障子紙の補強 |
03 | 我が家の手帳 |
04 | 婦人說苑 飛ばした羽毛/村岡花子 |
05 | 國語學習 海だ男の征く所 いさましい水兵さんになるには? |
06 | 鷄もつと玉 葱の串燒 |
07 | 力強い日本を生み出す 母と子の科學精神 身近の事に法則がある |
08 | 調味料の使ひ方 |
09 | “もう一と息の辛棒” 鐵の心配は無用 屑鐵が大切なわけ |
10 | 童話 雪ふみ部隊 (上)/儀府成一 |
11 | 圖像:移動貯蓄展で市民に應へる賀屋藏相 |
12 | 古靴下の利用 大人のものを子供用に |
13 | 鹽鮭の油燒 |
14 | ビタミンと野菜の生食 古いものは熱を通したい |
15 | 週間子供ニユース |
16 | 白菜の見分け方 |
17 | カレーうどん |
18 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 學藝 味噌乞食(中)/添田さつき |
02 | 映畫の新體制(下) 常設館二千三百五十 |
03 | 日本民謠懇話會誕生 |
04 | 圖像:公園と勇士(臺展)/蘇秋東 |
05 | 「田園交響樂」 ハイフオンも成功 |
06 | 田園畫譜(二) 兒女笑庭前/藍蔭鼎 |
07 | 沈んで行く島島 |
08 | パルサル君虎 口を脫出 |
09 | 新年文藝募集/興南新聞社報社消息 |
10 | 心聲/黃可軒漢詩 謝兄尊五以七十書懷詩索和依韻賦應/傅鶴亭、謹次鶴亭同庚兄七十酬諸君子原韻/謝尊五、謝兄尊五次拙作歌韻見贈疊韻謹復/傅鶴亭、金山旅夜讀史有作/爾瞻 杜仰山 |
11 | 新年漢詩徵募報社消息 |
12 | 新刊介紹 |
13 | ラジオ |
14 | 都市放送 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 東久邇大將宮殿下 防衛總司令官に御就任頭條新聞 【東京發同盟】光輝ある皇國を外敵に一指も染めざらしめるため陸軍では去る九月內地、朝鮮、臺灣及び樺太の全國土防衞に任ずる防衞總司令部を創設、初代總司令官として教育總監山田乙三大將が敎育總監現任の儘親補されたが今日日米英開戰と共に國土防衞陣の統一强化は一段と重要性を帶び來つたので畏くも軍事參議官東久邇大將宮殿下が山田大將に代つて新たに防衞總司令官の重職に就かせられることとなつた、右に關し陸軍省より左の如く發表された 陸軍省發表(九日)本日左の如く發令せられたり 陸軍大將 稔彥王 補防衞總司令官兼軍事參議官 陸軍中將 小林淺三郞 補防衞總參謀長(十二月一日發令) 右に伴ひ防衞總司令官を兼任中なりし敎育總監陸軍大將山田乙三はその兼職を免ぜられたり |
02 | 北部マレー大要衝 ○○を完全攻略 作戰中の我陸軍部隊 |
03 | ウエーキ島を空襲 |
04 | マニラ飛行場爆擊 敵機と猛烈な空中戰 |
05 | ニコスル飛行場 徹底的に破壞 |
06 | わが荒鷲の大戰果 開戰第二日目、大本營海軍公表 |
07 | 首相から祝電 前線最高陸軍指揮官宛 |
08 | 決戰豫算閣議決定 六十二億千百二萬(歲出總額) 本年度より六億五千百萬減少 新規要求は悉く削除 |
09 | 防衛陣を御統率 一億國民齊しく感激 |
10 | 英公使、泰國に 最後通牒か |
11 | 南タイ方面の戰況 |
12 | 新總參謀長 小林中將の略歷 |
13 | 三國公使館前に 我軍立哨警戒 |
14 | 豫算の特色賀屋藏相談 |
15 | シヤトル 非常警戒を實施 |
16 | 堂堂たる皇軍の進駐振り ホツトしたバンコツクの模樣 國際電話で聽く |
17 | 野村、大使以下 大使館員保護 |
18 | 赫赫たる戰果 定例閣議で海相が說明 |
19 | 日本商社及び 銀行財產沒收 米財政長官發表 |
20 | わが新銳大部隊 バンコツクへ第二陣進駐 |
21 | マニラ恐怖のドン底 我大空襲ですつかり怯え切る |
22 | 敵船八萬噸を拿捕 |
23 | 支那方面艦隊 八日の大戰果 |
24 | 物資統制勅令案 昨日閣議正式で決定 |
25 | 三勅令案を諮問 けふ廿一回總動員審議會 |
26 | 三浦公使に 墨、旅券手交 資產凍結を命ず |
27 | 邦人約二萬五千名 比島當局に逮捕さる |
28 | 緊急全國警察 部長會議 來る十三日開く |
29 | 和蘭亡命政府 宣戰を布告 |
30 | 飯田カルカツタ 總領事監視さる |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 總力戰と國 民の覺悟社說 一 帝國政府が太平洋の平和に關しあらゆる隱忍と努力を拂つて來たにも拘はらず遂に米英と開戰せざるを得なくなつた事は結局白人の東亞に對する帝國主義的侵略と原則的に相反したるがためである。かうなれば帝國としては全東亞の運命を荷つて戰ふといふ聖なる目的の下に一億の國民が一心一體となつて最後の勝利に向つて突進すべきは言を俟たないが、相手は長く世界の大半を支配して來た米英の事であるから、必勝を期しつつ先づ如何なる長期戰をも乘切るだけの心構を堅持しなければならない。周知の如く近代戰は總力戰であり、第一線に立つてゐる我が忠勇無双な皇軍に全幅の信賴を持つてゐながらも銃後の國民が其の總力を擧ぐるにあらざれば最後の目的に達する事が出來ないのである。此處に於て國民の新たなる覺悟と奮起を促さざるを得ない。 二 斯の如く米英との開戰が旣に長期戰であると覺悟した以上は國民の總力が先づ擧げて經濟力の强化に集中すべきである。從來米英では常に我が經濟力に對して過少評價を為して來たのであるから、今後若し如何なる長期戰をも耐え得る力量を發揮すれば米英の狙ふ的が外れ其の戰意を沮喪するに違ひないからである。それ故銃後國民の總力は何よりも生產の擴充强化を圖ると共に貯蓄の推進及生活程度の切下げに努力しなければならない。卽ち多くの生產に對する少ない消費、其の剩餘を擧げて戰爭に必要な軍需に充當すれば百年戰爭と雖も耐え得られない事がないからである 三 次に國民貯蓄の必要は一方に尨大な戰費を賄ふ公債を消化するためであり、他方には購買力を抑壓して惡性インフレを防止せんとするためである。今や公債は戰費の大部分を負擔してゐるのであるから公債を十分に消化せざればこれも通貨の增發に依る惡性インフレを惹起する恐れがあるから貯蓄の增加は國民が擧つて經濟戰に臨むべく層一層努力しなければならない。これがために本年度の貯蓄額が內地では百三十五億圓より百七十億に引上げ本島に於ても二億五千萬圓から二億八千萬圓に引上げられたのである殊に本島に於ては明十一日より十日間を期して貯蓄實踐强調運動を展開されてゐるから、此の際本島六百萬の民眾が一錢たりとも貯蓄の增加を圖るべきである。 四 其の他低物價政策の維持、闇取引の絕滅を圖らなければ銃後國民生活の安定を期する事が出來ないのである。來る十五日より二十一日まで全島一齊に防犯週間を實施せんとしてゐるが、其の主要目的は經濟違反の防止である。政府としては國民の最低生活に對して萬難を排して保障しなければならないが、國民としても公定價格の勵行、闇取引の防止商品規格の適正、買溜賣惜を絕滅しなければ到底所期の目的を達する事が出來ないのである。之を要するに近代戰は總力戰であり、經濟戰であるから六百萬島民が上記の諸事項をよく實行すれば勝利の榮光は必ず我にありと確信して疑はないのである |
02 | “戰爭はこれからだ 兜の緒を締め最後の勝利へ” 伊藤海軍武官所信を語る |
03 | 詔書奉讀式を 擧行 |
04 | 全國民盡くが戰士 總力戰完全發揮へ 大本營陸海軍兩報道部長放送 大平陸軍報道部長 |
05 | 島民の名譽にかけ 築け防諜完璧陣 石田臺北憲兵隊長談 |
06 | 米英擊滅大會 十日より三日間鄉軍主催で開く |
07 | 前田海軍報道部長 |
08 | 戰時下女性の意氣 桔梗俱樂部員が職域奉公に挺身 |
09 | “鐵石の熱意”顯現 島民大會の意味で十三日に開催 第一回皇民奉公委員會 |
10 | 定例軍官連絡會議 昨日督府貴賓室で |
11 | 荒木副部長の 放送中止 |
12 | 防空對策に付 種種意見交換 市議員參集して |
13 | 日本の勝利を確信 盟邦中國、伊兩軍領事に感想を聽く |
14 | 臨時臺灣金融協議會 昨日臺銀で開かる |
15 | 放送陣、果敢な活躍 萬一に備へ交代で徹宵勤務 |
16 | 治安維持に挺身 有力者等署に申出で |
17 | 改作工事竣工 新築の兒童室も同時に落成 けふから從前通り開館 督府圖書館 |
18 | ときのこゑ |
19 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 輝く戰果に雀躍 必勝期する高雄市民 職域奉公に一路邁進 |
02 | これはすごい! ダバオ爆擊を聞いて 邦人二世元氣に語る |
03 | 總督諭告を傳達 職域奉公の誠強調 |
04 | 詔書奉讀式 終つて總督 諭告を傳達 |
05 | 白人の南方圈 侵略史を繙く(一) 巧緻を極めた植民政策 |
06 | 中一中查閱 對米決戰下に 一同意氣軒昂 |
07 | 鄉軍潮州分會 實彈射擊會 |
08 | 僻陬の地も 正しき認識を |
09 | 廳民鐵石の決意 市長、郡守、署長會議で強調 |
10 | 神社へ戰捷祈願 花蓮港市各團體が陸續と |
11 | 新竹州市街庄 事務研究會 |
12 | 消費米近く共販 庄、派出所單位に整理統合 |
13 | 献金熱に燃える 廳民の赤誠 |
14 | 奉公班通じて 味の素配給 |
15 | “市民に告ぐ” 中松市長名で印刷配布 |
16 | 佐野臺南州經濟 統制課長放送 |
17 | 中等校聯合 演習延期 |
18 | 時局認識講演會 森田知事も演壇に立つ |
19 | 食糧は心配無用 緩急に應ずる用意あり 藤垣臺中產業部長談 |
20 | 彰化郡勸業課 新廳舍へ引越す |
21 | 必勝態勢を整備 淵ノ上教育課長 州下各學校に指示 |
22 | 圖像:糖業試驗所十周年記念祝典 |
23 | 山の軍國乙女! 弟の巡查志願に早合點して 懇懇諭すハナ子さん |
24 | 金屬特別回收 實施計畫を打合 |
25 | 熱烈な心情吐露 桃園奉公委員會で |
26 | 關西團優勝 新竹郡壯丁檢閱 |
27 | 桃園街都市計畫 正式に認可さる |
28 | 彰化庭球大會 |
29 | 保甲役員會議 戰時下責務の完遂を決議 |
30 | 埔里街主催 部落體育會 |
31 | 北港國民校幼稚園 聯合運動會盛況 |
32 | 屏東秋季野球 大會第二日 |
33 | 各劇場に寸劇上演 |
34 | 人事・往來 |
35 | 地方便り |
36 | 今日の映畫 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 來年一期米生產目標 四百九十六萬石と決定 |
02 | 非常食糧部で 戰時食糧を綜合管理 |
03 | 清涼飲料水の 配給機構を改善 |
04 | バス合同手續解說 |
05 | 火藥類希望者は 來る十五日迄に申込め |
06 | 臺北商議所 第三回交通部會 |
07 | 產組令施行細則 愈愈十五日より公布 |
08 | 生必物資確保に 業者側の協力求む |
09 | 金融に萬全の措置 藏相が金融代表者を招致 |
10 | 屑米の精白化 近く配給開始せん |
11 | 臺灣金融協議會 戰時諸對策を懇談 |
12 | 灣糖埔里工場 壓搾開始 |
13 | 運營の具體的 實施要項を決定 |
14 | 日糖新竹工場 壓搾開始 |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(九日後場) |
17 | ラジオ |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇軍比島に上陸作戰 着着戰果を擴張中! |
02 | 再び新嘉坡を空襲 |
03 | 我空軍ナウル島爆擊 |
04 | 皇軍バンコツク附近に到着 |
05 | 敵潛水艦を擊沈 パラオ港外に於て |
06 | 米アジア艦隊所屬 緒戰の血祭にあぐ |
07 | パークフイールド(比島)猛爆 |
08 | 米水上機母艦を擊沈 |
09 | わが香港急襲狀況 |
10 | 對日國交斷絕 コロンビアと メキシコ |
11 | サントドミンゴ |
12 | 在ローマ大使館 重要書類を燒却 |
13 | パナマ考慮中 |
14 | 墨國正式に 宣戰布告 |
15 | 對日宣戰布告 ドミニカ共和國 |
16 | 皇軍ルソン島席卷 茲數日を出でずに |
17 | 開戰直後で米狼狽 建艦計畫の秘密相談 |
18 | 我鐵蹄下のマレー 外務省の小澤理事官に聽く |
19 | 極東から米國を 叩き出す第一步 |
20 | グワム島に上陸 敵の抵抗を排して |
21 | 例外承認の 新規要求 |
22 | 泰國緊急閣議 |
23 | 蝸牛防備の香港 |
24 | 真珠灣損害甚大 我が布哇攻擊情況 BBC放送の報道 |
25 | 特殊經費內容 |
26 | ウルグワイは 非交戰國宣言 |
27 | 獨、米に對し急調に 戰爭狀態へ突入か 東部大作戰の一時停止は當然 |
28 | 決死奉公、敵國粉碎 眾院各派の共同聲明 |
29 | 欽縣を猛爆 |
30 | 湖南省常德猛爆 |
31 | ブラジル新聞 公平の論調 |
32 | 邦人約千名逮捕 シンガポール當局 |
33 | 日本を強力支持 獨伊の對米方策 |
34 | 翼贊會補助 千二百萬圓 |
35 | 臺北市農務課長 浦田氏に決定 |
36 | 號外發行報社消息 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 決戰地方長官會議 十二日に召集決定 非常事態に萬全の策 |
02 | 府評議會員懇談會 十二日午後府正廳で |
03 | 修武臺御命名 記念碑除幕式 |
04 | 勳章傳達式 けふ軍司令部で擧行 |
05 | 頭圍庄分會代 表が祈願參拜 |
06 | 神前に挺身宣誓 神職會長各神社に通牒 |
07 | 明治神宮に 大勝の祈願 けさ足柄會員が |
08 | 決戰下の防空 臺北市防衛課、注意を發す |
09 | “輕擧妄動を慎め” 荒木副部長が放送 |
10 | 管內分會相互 の連絡を打合 宜蘭郡支會で |
11 | 米英擊滅大會 城南分會で火蓋を切つて 今夜公會堂で開催 |
12 | 基隆では午後から開始 |
13 | 圖像:皇軍の輝かしき大戰果 |
14 | 刑務所內の非 常時處分掌 |
15 | 驚異的大戰果に 在獨邦人只感激 伯林各紙皇軍を絕讚 |
16 | 輝く戰捷に感謝 武官府に赤誠献金殺到 |
17 | 預金支拂制限せぬ 大藏省が簡易支拂便法を講ず |
18 | 敢然挺身を誓ふ 島都食糧國防團、配給挺身隊 けふ嚴かに結成式擧行 |
19 | 赤誠の御楯志願 歷史的の日に一服役囚から |
20 | 犯罪は銃後の恥 絕滅を目指して 新竹大大的宣傳 |
21 | 宜蘭市羅東街の受付 |
22 | けふ公布實施 |
23 | 今夜の放送 |
24 | 商況(十日前場) |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 聯合艦隊司令長官に勅語賜ふ頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營海軍部發表(十二月十日午後四時) 本十日聯合艦隊司令長官山本五十六に左の勅語を賜りたり 聯合艦隊ハ開戰劈頭善謀勇戰大ニ布哇方面ノ敵艦隊及航空兵力ヲ擊破シ偉功ヲ奏セリ朕深ク之ヲ嘉尚ス將兵益益奮勵シテ前途大成ヲ期セヨ |
02 | 英極東艦隊主力全滅 戰艦ウエルス號とレ號擊沈 輝く我海鷲の大戰果 |
03 | 皇軍制空權を確保(英側發表) |
04 | 轟沈敵二戰艦の性能 |
05 | 赫赫の戰果(海軍將兵の精神力凝固) 全世界を驚倒さす |
06 | 輝く生存者死歿者論功行賞 |
07 | 企業許可制の勅令 いよいよけふ公布 |
08 | 軍令部總長と 海相の祝電 |
09 | 皇軍猛攻再開 新嘉坡當局報ず |
10 | マニラ市に爆彈多數投下 |
11 | ニコスル飛行場夜間空襲 |
12 | ニコルスは唯一の航空基地 |
13 | グアム島は米海軍の前進據點 |
14 | 米英の極東制霸 三日にして完全に覆滅 |
15 | 我戰果に對し 慶祝の意表す 獨伊陸空軍武官 |
16 | 圖像:ウエルス號 |
17 | 圖像:レパルス號 |
18 | 爪哇動員開始 |
19 | 樞府本會議 |
20 | 我輸送船二隻 損害を受く |
21 | 米陸海軍首腦者五名 軍法會議に附すべし 一議員要求を議會に提出 |
22 | 兩艦の擊沈 英海軍省も確認 |
23 | 重要外交案を決定 昨日緊急臨時閣議で |
24 | 內閣四長官會議 |
25 | 對日中立不變 ソ聯官邊が再確認 |
26 | 獨逸の態度 中外に闡明せん |
27 | 我方の損害は 三十八機 開戰以來の海鷲 |
28 | 國籍不明の飛 機東行 アリユーシヤン 列島を |
29 | 北部マレー ケランタン王 支配權英に引渡す |
30 | 重要外交案件 けふ發表 |
31 | トルコ政府は 中立を堅持 |
32 | 四勅令案要綱可決 昨日の總動員審議會 |
33 | 皇軍の比島 上陸放送 マニラ防衛司令官 |
34 | ル米大統領 懊惱の放送 |
35 | 米洲各國の協 同步調は困難 |
36 | 東亞禍根の芟除 堀情報局第三部長談 |
37 | 重慶の對三國 宣戰布告 國府一笑に附す |
38 | 英米の在本邦 利益保護 瑞、亞兩國が當る |
39 | 農林辭令 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 皇軍の赫赫 たる大戰果社說 一 暴戾不遜の敵性米英兩國に對する我が膺懲の大鐵槌が旣に下された。忠勇無双の我が皇軍將兵が一度び聖劍を拔くや、電光石火の勢を以て陸海軍の緊密なる連繫の下に、徹底的擊滅作戰が行はれ、僅僅一兩日にして驚異的な戰果を收め、陸に海に空に夫夫赫赫たる武勳を樹てられつつあることは、國民擧つて感激且つ感謝に堪へざるところである。この偉大なる戰果は、もとより御稜威の然しむるところであるが、年來皇軍が幾多の戰線に於て勇猛果敢に戰ひ、過去幾多の戰勝に輝く傳統と不斷の猛訓練の賜である。對米英開戰三日にして、無敵皇軍の真價を遺憾なく發揮し、比島上陸作戰、グワム島上陸成功、英極東艦隊の主力擊滅等世界を震撼せしむる大戰果を擧げ真に鎧袖一觸を思はせるものがある。併乍ら近代戰は科學戰、思想戰經濟戰を含んだ所謂總力戰、長期戰と謂はれて居り、戰はむしろこれからである。從つて國民は決して眼前の戰捷の酒に醉ふことなく、今後益益緊張して一致團結小敵と雖も侮ることなく、大敵と雖も決して恐れざるの態度をもつて現下の重大時局を克服し、協力一致國難打開に盡力しなければならない。 二 今や連戰連勝を續けてゐる我が勇武絕倫の皇軍は陸海空軍の緊密なる協同の下に、敵を徹底的に殲滅し盡さずんば已まざるの堅き決意と燃ゆるが如き必勝の信念を堅持し、かの傲慢不逞惡虐非道の代表宿敵米英兩國を一擧に粉碎打倒し、以て多年に亘る彼等の掠奪搾取から大東亞に於る諸民族を解放し、爰に理想に輝く共存共榮の新秩序を建設せんとする歷史的大戰の遂行に全力を傾倒してゐるのである然るに今度の聖戰は、帝國の興亡盛衰の繫る所如何なることがあつても、絕對に之に勝たなければならない。戰ひに戰ひ拔いて完全に勝つことが何よりも第一である。從つて我我國民たるものは、一心戮力銃後の護りを益益固くすると共に、宜しく忠勇無比なる我が皇軍に全幅的信賴を捧げ、泰然自若假令如何なる事態に直面しても決して徒らに興奮混亂することなく、當局の命ずるに從ひ、極めて冷靜沈着に處理し、堅忍持久、職域奉公の誠を盡して國家總力戰の遂行に協力し、戰爭終局の目的達成に邁進しなければならない。 三 惟ふに本島は帝國南端の基地として今度の歷史的大聖戰を遂行するに當り、自然的に人為的に負荷された使命たるや、實に重且つ大であることは、今更申すまでもないのである。我我本島在住六百萬島民は、臺灣軍司令官の挨拶にもある如く、斯く擴張せる臺灣の重大使命に直面し、必ずや死生を超越して勇躍萬難を克服する勇猛心を昂起し笑つて犧牲を忍び聖業完遂の礎石と為し、永く青史を飾るべきである。今や我我島民はその光榮ある尊き任務を果すべき時期が旣に到來したのである。今日こそ邦家に御奉公すべく、全島民擧つて勇躍蹶起し挺身此意義深き聖戰に參加すべき時である更に銃後に於ては六百萬島民よく渾然一體、第一線に於ける皇軍と同樣の精神と覺悟とを以て國土防衞の完璧を期し、如何なる事態が起らうとも之に依つて動搖せず、又稍もすれば起り勝ちな流言蜚語に惑はされることなく、言動を慎み買溜をせず、擧島一致生產力の擴充に最大の力を發揮し、長期戰によく耐へ、以て最後の榮冠を嬴ち得る樣に努めなければならない。 |
02 | 各宮妃殿下御八方 恤兵作業にいそしませ給ふ |
03 | 斷乎“米英擊滅”へ 擧島火の玉となつて突込め 鄉軍主催時局講演會 |
04 | 徒に戰捷に醉ふな ウエルス號の擊沈につき 白水海軍中佐語る |
05 | 臺中神社で 戰勝祈念祭 |
06 | 詔書奉讀式 奉公會中央本部 |
07 | 戰捷祝電を發す 總督、島民を代表して |
08 | 大詔奉讀式 臺中州で |
09 | 臺北刑務所の 戰勝祈願式 |
10 | 軍報道部移轉 軍司令部構內裏門際 |
11 | 滑走路多數の大穴 日本空軍の香港急襲につき クリツパ機長語る |
12 | 長崎丸の偉勳 首尾よく米船を拿捕 |
13 | 新嘉坡在住邦人 一千名逮捕監禁さる |
14 | 日米兩國在留民 ハル長官・交換引揚を要請 |
15 | 帝國在留米英人 二百七十名を保護收容 |
16 | 時局防空必携 帝都で配本開始 |
17 | “大鯨監視の嬉さ” 菅長崎丸船長語る |
18 | 總督にお祝の言葉 防衛團員打揃つて |
19 | 花蓮港市の 新年交禮會 |
20 | ウ號擊沈とレ號轟沈 帝都に滾るこの歡喜感激 |
21 | 一日で二萬四千圓 武官府扱ひの献金 |
22 | 感謝の外はない 伊藤武官語る |
23 | 戰時下の無駄追放 國婦愛婦が乘出す |
24 | 鹽の心配なし 督府鹽腦課長談話を發表 |
25 | 全島國語演習會 きのふ花蓮港高女で |
26 | ときのこゑ |
27 | 花蓮港報國推 進隊の查閱 |
28 | 非常袋 市役所で斡旋 |
29 | 臺北市農務課長 浦田氏に決定 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 空前の大戰果に 迸る銃後の愛國心 赤誠の献金者續續 |
02 | 戰捷祈願祭 阿猴神社大前で執行 |
03 | 米英擊滅大會 彰化鄉軍主催で開催 |
04 | 高雄鄉軍講演 多數來聽を希む |
05 | 圖像:泰國軍の偉容 |
06 | 桃園郡の 壯丁團檢閱 |
07 | 貯蓄・献金部隊 開戰と共に殺到 |
08 | 決戰の心構へ 坂口知事・總督諭告傳達 |
09 | 大勝の報聽いて 山の人人挺身を申出 |
10 | 本年二期米 新竹州下の初檢查 |
11 | 東石郡壯丁團 檢閱無期延期 |
12 | 市常會で打合 |
13 | 竹東臨戰座談會 防諜防犯等を懇談 |
14 | 貯蓄目標に驀進 實踐週間中の諸行事 |
15 | 白人の南方圈 侵略史を繙く(二) 比島人の比島は夢 |
16 | 臨時徵兵檢查 臺南は十五日より施行 |
17 | 新高郡實業科 農業研究會 |
18 | 奉公委員會 十五日開催に變更 |
19 | 隣人愛に愬ふ 臺中の社會事業強化週間 同情袋一萬個配布 |
20 | 嘉南二號普及と 堆肥增產に馬力 嘉義郡の米穀增產策 |
21 | 堆肥積込週間 南投郡で實施決定 |
22 | 圖像:田中國民學校馬献納式 |
23 | ボラの大群襲來? 鹿港では早くもお目見え カラスミ製造に新機軸 漁民出動待機 |
24 | 桃園吳太平氏 一千圓献金 |
25 | すくすく伸びる 嘉義郡愛國箆麻 近く品評會開催 |
26 | “大したものだ” 高雄丸新漁場發見 |
27 | 長期戰のシンボル お正月用糯米を配給 サア粘らう!!! |
28 | 桃園郡保正 會議終る |
29 | 防諜等の徹底 桃園郡の時局講演 |
30 | 產駒品評會 特等に輝く南投郡 |
31 | 酒類の接客業者 販賣價格認可 明日より實施 |
32 | 集集街街民 綜合體鍊大會 |
33 | 巷に雨降る如く あすから國際館 |
34 | 高雄商の 決戰態勢 |
35 | 地方便り |
36 | 今日の映畫 |
37 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇軍大勝利の飛報に 米英の株式暴落 |
02 | 米穀局米政課で 米以外の食糧を管理 |
03 | 日滿支連絡運輸會議 十六日より鐵道省で開催 |
04 | 補填公債の激減 十七年度豫算の三特色 |
05 | 轉換期の物價政策 (一)「低物價・生擴」座談會 |
06 | 各省の歲出豫算 |
07 | 食糧難は深刻 空爆下新嘉坡の苦悶 |
08 | 貯蓄實踐強調運動 戰爭突發で一時延期 |
09 | 管理米移出 農林省が直接買入 |
10 | 防犯週間に於ける 臨時統制協力會調查事項 |
11 | 非常物資部 第一回連絡會議 |
12 | 高雄港出砂糖 現行運用車で輸送 |
13 | 灣糖旗尾工場 壓搾開始 |
14 | 種籾消毒督勵班 近く各地方に派遣 |
15 | 明糖產糖 發送中止 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(十日後場) |
18 | ラジオ |
19 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 日泰攻守同盟締結 坪上大使、ピ首相意見一致 |
02 | 我が軍の比島攻擊 次第に激烈を加ふ |
03 | 馬來空軍基地攻擊 敵機多數を擊墜破 |
04 | 海軍國英の牙城搖ぐ 七つの海制霸の傳統既に終熄 |
05 | 圖像:アメリカ第一線主力を一擧血祭り、我が帝國 海軍の電擊的進擊(海軍貸下) |
06 | 司令長官に 勅語を賜はる 今回が二度目 |
07 | 海運統制令改正要綱 十日の總動員審議會で決定 |
08 | グワム島アプラ港 四周の要地を占領 |
09 | 英哨戒艦一隻を擊沈 |
10 | わが方の損害輕微(マレー沖海戰) |
11 | 海上作戰の革新を證明(獨紙絕讚) |
12 | ヒ總統國會を召集 重大宣言を行はん |
13 | 米英の驚愕振り 獨紙が興味深く報ず |
14 | 株式價格統制 案要綱 近日中に公布 |
15 | 兩戰艦の喪失 英首相も確認發表 |
16 | 英朝野始めて 我が真價を知る 英當局に非難囂囂 |
17 | 米軍陣容建直しに汲汲 |
18 | 皇軍の公正態度 泰國一般に感銘與ふ |
19 | 郵便物差出の 制限範圍擴大 防諜を徹底的に強化 |
20 | 爪哇動員完了 第五列警戒を布告 |
21 | 泰國全土に戒嚴令 |
22 | 廣西各地を猛爆 |
23 | 智利が對日 宣戰布告か |
24 | ウルグワイ國 邦人資產凍結 |
25 | 日本資產封鎖 ペルー政府布告 |
26 | 新聞統制勅令要綱 |
27 | 獨政府米人 記者を追放 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 宣戰御奉告の儀 勅使參向嚴かに執行はせらる |
02 | 新竹神社に 戰捷祈願 |
03 | “盟邦でかしたぞ” 英戰艦二隻擊沈の報に接し 獨逸國民萬歲を絕叫 |
04 | 詔書捧讀式 奉公會中央本部で擧行 |
05 | 翼贊會詔書 奉戴式 |
06 | 皇軍の威力に感歎 伊各紙大大的に報道 |
07 | 傷痍軍人記章傳達 |
08 | 新竹州勸業 課長會議 |
09 | 笑へぬ悲喜劇續出 眼の色を變へるヤンキー |
10 | 最初は半信半疑 次は顏を見合せて驚嘆 物淒い佛印の反響 |
11 | 國婦基隆市 分會の總會 |
12 | 同情袋を配布 各奉公班を通じ |
13 | 皇軍アメリカ兵營に入る |
14 | 帝都鄉軍三十萬 米英擊滅、意氣沖天 |
15 | 健全娛樂答申案(上) 委員會で正式決定 |
16 | 長期防護監視 市當局奉公班に通達 |
17 | 內臺一如で突進 基隆に奉公壯年團 |
18 | 戰捷の朗報に感激 國軍の若き學徒喜びを胸に 軍司令部で萬歲三唱 |
19 | ぽんと三萬圓 軍司令部、海軍武官府 軍援臺北市分會に献金 |
20 | 銀幕界から抹殺 米畫八支社愈よ廢業 |
21 | 宜蘭郡皇民 奉公班結成 |
22 | 臺灣文學 編輯會議 |
23 | 蘭印から引揚船 富士丸神戶に入港 |
24 | 紐育市は戰 戰兢兢 |
25 | 商況(十一日前場) |
26 | 水滸傳(558)/黃得時;榎本真砂夫 |
27 | 興南案內報社消息 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 獨伊、對米英戰に參加 單獨不媾和を約定す 世界新秩序建設へ 日獨伊新協定成立 きのふ伯林で調印頭條新聞 【ベルリン十一日發同盟】ドイツ政府は帝國政府の對米英開戰に鑑み樞軸國連帶性の根本原則に基きイタリア政府と共に對米參戰に決定、十一日ベルリンにおいて大島大使、リツベントロツプ外相及びアルフイエリ、イタリア大使の間に右に關する協定の調印を了した新協定は日獨伊三國の對米英單獨不媾和を約定したものである 【東京發同盟至急報】帝國政府は東亞に於ける帝國の自存と自衞のため去る八日敢然米英に宣戰を布吿せるが今回わが國の崇高なる世界的役割を理解しこれを絕對支持せる獨伊兩國との間に單獨不媾和並に世界新秩序建設のための協定を締結し右に關し十一日午後十一時情報局より次の如く發表した 對米英戰協同遂行單獨不媾和及び新秩序建設協力に關する日本國、ドイツ國及びイタリア國間協定締結につき情報局發表 獨伊兩國は今般對米參戰に決し本十一日ベルリンに於いて帝國全權大島大使、ドイツ國全權リツベントロツプ外相並に伊國全權アルフイエリ大使との間に對米英戰の協同遂行單獨不媾和及び新秩序建設協力を內容とする左の如き日獨伊間協定調印せられたり アメリカ合眾國及び英國に對する共同の戰爭が完遂せらるるまでは干戈を收めざるの確固不動の決意を以て大日本帝國政府、ドイツ國政府及びイタリア國政府は左の諸規定を協定せり 第一條、日本國ドイツ國及びイタリア國はアメリカ合眾國及び英國により强制せられたる戰爭をその執り得る一切の協力手段を以て勝利に終るまで遂行すべし 第二條、日本國ドイツ國及びイタリア國は相互の完全な諒解によるに非ざればアメリカ合眾國及び英國の何れとも休戰又は媾和を為さざるべきことを約す 第三條、日本國ドイツ國及びイタリア國は戰爭を勝利を以て終結したる後においても亦一九四◯年九月二十七日その締結したる三國條約會議における公正なる新秩序招來のため最も密接に協力すべし 第四條、本協定は署名と同時に實施せらるべく且つ一九四◯年九月二十七日の三國條約と同一期間有效たるべし、締約國は右有效期間の滿了前適當なる時機において爾後における本協定第三條に規定せられたる協力の態樣につき諒解を遂ぐべし 東鄉外相は日獨伊三國の間に米英に對する共同宣戰單獨不媾和及び世界新秩序建設に對する協定の成立したるを機會に十一日午後十一時これを慶祝し左の如き外相談を發表した 東鄉外相談 帝國が米英兩國に對し干戈を執り起つて間もなき本十一日ベルリンに於いて日獨伊三國間に米英に對する共同戰爭完遂單獨不媾和及び世界新秩序建設に對する協力を嚴肅に誓へる協定が急速に調印せられたる事は衷心より慶祝に堪えぬ所である、三國條約の誼により帝國と固く結ばるる獨伊兩國が本日米國に對し戰ひを宣し帝國と相呼應して蹶起對米戰爭に參加すると共に本協定により共同の戰爭を光輝ある勝利を以て終結するまで遂行すべき旨を明かにせる事は皇軍の驚異的戰果と相俟つて世界新秩序建設に邁進する帝國の國運真に前途洋洋たるを覺えしめ之偏に大御稜威の然らしむる所と感激を禁じ得ない次第である、目下世界は歷史上殆ど比類なき大轉換期に際會せる次第で茲に帝國が光輝ある戰勝の確信と覺悟とを固め盟邦獨伊方面との緊密なる協力の下に公正なる新秩序の建設並に道義的世界の樹立に邁進するのは欣快措く能はざる所である(寫真は東鄉外相) |
02 | 帝國海軍の大戰果 西南太平洋の制海權 今や帝國の手に歸す |
03 | 圖像:南方○○方面進擊中の我が陸軍先鋒精銳 部隊(現地○○部隊撮影空輸)陸軍省貸下 |
04 | グァム總督以下捕虜 邦人二十五名を救出 |
05 | ルソン島要衝を占領 |
06 | 米機四十五機を擊墜 |
07 | 敵二砲艦に直擊彈(香港附近) |
08 | 紐育港に機 雷を敷設 |
09 | 東鄉外相談 |
10 | 嶋田海相に祝電 レ獨海相長官から |
11 | 世界の分野明瞭 八紘一宇の世界建設を促進 松岡元外相は語る |
12 | 陸鷲、敵機卅を擊墜破(マレイ上空) |
13 | 日泰一體の關係實現 |
14 | 日、タイの關係 一千四百年前に始まる |
15 | 烈烈愛國の文字 全國民から海軍省へ感謝激勵 |
16 | 比島の敵航空兵力 開戰三日にして大半以上を失ふ |
17 | 國民の士氣 一段と昂揚 湯澤次官報告 |
18 | 桂林に巨彈の雨! 敵の空軍再建企圖を擊碎 |
19 | 新嘉坡當局 戰況を發表 |
20 | 英國の驚愕甚大 英戰艦二隻擊沈の快報 |
21 | 布哇、極東の敗戰 英も著しく自信失ふ |
22 | 比島海岸都市 交通通信遮斷 |
23 | 新嘉坡連續攻擊 飛行場の損害甚大 十日アリツプ通信による |
24 | ソ聯の單獨媾和說 プラウダ紙否定す |
25 | 若き學徒の叫び 今夜島都兩會場で |
26 | 米戰時內閣 |
27 | マゼラン海峽 要塞化計畫 |
28 | キ少將爆死 米第一戰隊司令官 |
29 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 食糧對策は盤石の如し社說 一 頑迷暴戾なる米英膺懲の鐵鎚は遂に下された、開戰劈頭の先制空襲に依つてハワイ、グァム其他太平洋上の米海軍重要基地に致命的打擊を與へ、第三日目には早くも英極東艦隊を擊滅する等、古今東西戰史上に嘗つて見ざるほどの驚異的大戰果を收めると同時に目下比島、マレー半島等に上陸作戰を敢行中であることは旣に一般周知の通りである。斯くの如き我が海陸軍の偉大なる戰果は擧げて世界を驚倒せしめ、今更の如く我が皇軍の實力の前におびえ切つてゐる有樣であるが、しかしわれら國民は徒らに戰捷に醉ひしれることなく、勝つて兜の緖を締める譬への如く更に堅忍持久の心構へを以て聖戰の完遂に協力しなければならない。我が臺灣の如く軍事經濟的に一層の重要性を加へ、自ら負荷せられたる使命の遂行を完からしむるやう要請されてゐる島民に於ては特に然りである。しかも如何なる事態に於ても、島民生活の安定に萬端の用意が出來て居り、食糧對策は盤石の如きものがあることを島民は忘れてはならない 二 本島は農產物の寶庫であり、米糖の如き島內の消費をみたして尚餘りがあることは一般熟知の通りである。主要食糧たる米について云へば本年二期收穫豫想高は四百五十八萬石、十一月末現在の持越米七十萬石に明年一期米を平年作の四百四十五萬石と見て之を加へれば合計九百五、六十萬石となり洵に餘裕綽綽たるものがあるといはねばならない。米以外の代用食について見れば、甘藷が大宗であるが前年度の收穫高二十五億二千萬斤に比して本年度收穫高は實に三億斤の增收を見て居り、更に來年度の不急作物の作付轉換に依つて約六百四十三萬斤の增收を圖ることになつてゐるので、本島の食糧對策は文字通り盤石の重きを加へたと云つてよからう。其の外青果、蔬菜、豚肉、鮮魚、鹽干類、罐詰類等に對しても夫夫增產を圖り、些かも不安なきやう萬全の策が講ぜられてゐるのである。特に食糧の配給については、防空重要都市に於ける分散貯藏、各配給所に於ける精米貯藏等旣に遺憾なきを期せられてゐるのである 三 最近島內の一部で食鹽の買溜めらしきことが行はれてゐると傳へられてゐるが、洵に笑止千萬な話で、斯る迷へる徒輩に日本の鹽倉といはれる本島の鹽田否山と積まれた鹽のピラミツトを見せてやりたいものである。要するに前述の通り、本島に於ける食糧對策は、如何なる事態にならうとも些かの不安も心配もないやうに十二分の準備と手配を完了してゐることを銘記しなければならない。島民は食糧に關する限り何等氣に懸ける必要がなく、只管國策の線に沿ひ職域奉公を勵げめばよいのである。唯しかしながら長期戰に備へ、國民生活の切り詰めは更に一層强化しなければならないことは銃後國民の責務である。從つて戰時食糧に餘裕があるからといつて亂費は許されず消費規正は平時に比し更に强化されることは當然のことであつて、島民は深き理解を持たねばならない。これもしも當局を信賴せず徒らに不平不滿を洩し或は買溜や賣惜しみの如きことがあつては、旣に國民たるの資格なき者といはねばならない |
02 | 國威宣揚臨時大祭 けふから全國各神社で |
03 | 皇大神宮前で 臨時大祭 |
04 | 三陛下の御手許品 畏し御下渡しの御沙汰 |
05 | 擊て・人類の敵米英 鄉軍主催各地の雄叫び |
06 | 島民奮起の秋(上) |
07 | 畝傍山陵の奉 告の儀 |
08 | 靖國神社に 勅使參向奉告 |
09 | 大詔奉戴國 民大會 |
10 | 花蓮港市 |
11 | 果斷實行型の武人 山本聯合艦隊司令長官の横顏 武官府白水參謀に聽く |
12 | 戰勝に感謝の献金 |
13 | “自肅”に敢然挺身 近く全島婦人に呼掛く 愛婦・國婦 幹部の座談會 |
14 | 米軍の狼狽振り 味方機七十幾射落す |
15 | 培へ・一億の經濟力 強調週間の趣旨徹底に各市郡で講演會 |
16 | 全島支部長會議 けふ本部會議室に招集 |
17 | 週に二回の定例部課長會議 |
18 | 二千圓を献金 東京在住清水氏が |
19 | 緊急時局講演 宜蘭郡下で開催 |
20 | 角帽の決戰體制 臺大生の申合せ三つ |
21 | 戰況の漢譯刷 を各甲に配布 新竹署の試み |
22 | ときのこゑ |
23 | 蔬菜出荷配給 應急對策打合 |
24 | 人事・消息報社消息 |
25 | お斷り報社消息 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 宿敵米英擊滅 高雄市鄉軍鐵石の決意 |
02 | 徹底討滅を決議 臺南鄉軍米英擊滅大會 |
03 | 神宮大麻頒布始 奉告祭及頒布式 |
04 | 遵法協力を希む 經濟法令違反は反逆罪と同樣(上) 根井臺北州警察部長談 防犯週間實施に當り |
05 | 聽眾多大の感銘 臺中の時局講演會 |
06 | 米英擊滅大會 けふより員林溪湖 |
07 | 皇軍の戰勝祈願 市、署職員神社に參拜 |
08 | 總督諭告傳達式 |
09 | 火を吐く熱辯 娛樂館の講演會 |
10 | 11月中恤兵金品 臺灣軍司令部扱 |
11 | 中壢でも 時局講演會 |
12 | 對戰覺悟を宣言 決戰下の奉公委員會 |
13 | 殉國の決意で當れ 皇國民としての矜持を失ふな 宮木知事州民に告ぐ |
14 | 高雄市會 皇軍に感謝打電 |
15 | 新化、北門兩郡下に 千二百甲を水田化 嘉南大圳測量調查に着手 |
16 | 白衣勇士慰問 くろがね劇團公演 |
17 | 彰化射擊場 竣工式延期 |
18 | 嘉義の國民貯蓄 割當額を突破 |
19 | 皇軍の大捷に感激 南海自動車献金 |
20 | 農事講習會 十八日永靖で |
21 | 時局認識の徹底に 屏東郡下時局講演會 |
22 | 續く捷報に 老勇士感激 の献金 |
23 | 皇軍大勝に感激 國防献金 |
24 | 方委月例會 |
25 | 非常時食料ルートの確保 物資需給國防團結成 |
26 | 防犯趣旨を徹底 |
27 | 頭圍聯合部落會 常會開催 |
28 | 石炭小賣人 組合創立總會 |
29 | 貯蓄座談會延期 |
30 | 迷ひ子心當り の者はないか |
31 | 三芝產組北新庄 出張所開所式 |
32 | 沙山の強盜殺人 死刑を言渡さる |
33 | 人事 |
34 | 地方便り |
35 | 今日の映畫 |
36 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 鮮魚介の生產配給 統制規則を公布 |
02 | 屑米賣渡 最高價格發表 |
03 | 指定配給機關に 臺灣水產會社(假稱)設置 |
04 | 臺銀券發行高 又も新記錄へ 二億二千二百廿八萬圓となる |
05 | 株式引續き沸騰 東新の高值百四十五圓 |
06 | 全島水產會議 來る十五日府內で |
07 | 臨時客船連絡開始 蘇澳花蓮港間で |
08 | 基隆運送業團體 十五日に創立 |
09 | 臺北織物商組合 定例經濟常會 |
10 | 戰時災害者等に 郵便貯金拂戾す |
11 | 中瀨糖聯理事 十三日に上京 |
12 | 農林省齋藤氏 十四日着任 |
13 | 米穀問題に付 講演 近藤農博 |
14 | 島內マツチ需給 十分の見透つく |
15 | 郵貯依然遞增 島民貯蓄心動搖せず |
16 | 照明燈 |
17 | 增田臺電社長 一行十三日着臺 |
18 | 商況(十一日後場) |
19 | 水滸傳(559)/黃得時;榎本真砂夫 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 本島必勝態勢下の 諸施策に重大指示 けふ緊張裡に地方長官會議開く |
02 | 獨伊、對米宣戰布告(昨日) 米大使に對し通告 |
03 | 勝利斷じて我陣營に 東條首相談を發表 |
04 | 三國提携愈緊密化 ヒトラー總統獅子吼 |
05 | 施策に萬全期せよ 長谷川總督重大訓示 |
06 | 三國同盟、勝利保證 對米宣戰の意義ム伊首相の演說 |
07 | 我陸海軍精銳けさ ルソン島南部に上陸 挟擊攻略の態勢完成 |
08 | わが比島空襲狀況 |
09 | 現在までの戰果 |
10 | マニラとカビテ 損害甚大 |
11 | 掠奪、放火、暴行 英軍、ビルマ軍越境 英機南部タイ空襲 |
12 | 紐育と華盛頓 全く軍都と化す |
13 | 米、對獨伊宣戰布告 |
14 | ウ英印度軍司令官 極東總司令官に |
15 | 英機の性能 我陸鷲がマレー 上空で擊墜 |
16 | フ司令長官、ト艦長 艦と運命を共にす 英二戰艦擊沈の後報 |
17 | 米海軍の大損害 ア米大統領秘書確認 |
18 | 建川駐ソ大使 外務次長を訪問 |
19 | 米官憲獨伊人 多數を逮補 |
20 | 海關總稅務司 メーズを罷免 後任は岸本氏 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 東亞百年の大計 今ぞ決すべき秋 必勝體制既に成る 電擊的地方長官會議風景 |
02 | 地方長官打揃つて 臺灣神社に額づく 挺身難局突破を誓ふ |
03 | 詔書奉讀式 州下十萬青年の奮起を促す |
04 | 神前に決意宣誓 決戰島民常會開會に先立ち 本部長外代表神社參拜 |
05 | 圖像:地方長官一行神社參拜 |
06 | “只戰勝に醉ふな” 聖戰完遂に府一層職域奉公へ 風早要塞司令官語る |
07 | 簡素な午餐會 總督官邸で開催 |
08 | 我が“世紀の電波” 太平洋の怒濤を壓す 文化の尖兵・情報宣傳陣の激變振 |
09 | 長谷川大將に祝電 武部滿洲國總務長官から |
10 | 打倒米英目指し 軍司令部に志願者殺到 |
11 | 宿敵米英爆碎 けふ島都學生祈願大會 |
12 | 圖像:武官府で萬歲三唱 |
13 | 決戰下婦人の活動 新竹桔梗俱樂部挺身邁進 |
14 | 奉公に果敢挺身 港都壯年團十六日に結團式 |
15 | 輝く大戰果に感激 けふも軍司令部に献金部隊陸續 |
16 | 犯罪は銃後の恥 南北兩署の防犯行事 十五日から |
17 | “斷じて止めよ” 年末贈答忘年新年諸宴會 全市に實踐を呼掛く |
18 | 適齡兒童に朗報 大武崙か外木山に分教場新設 |
19 | 軍報道部出入 けふから許可 |
20 | 市內タクシー增車 十五日から基本料值上げ |
21 | 花蓮港廳で戰 時企劃部設置 重要事務確立に |
22 | 人事・消息 |
23 | 心聲/黃可軒漢詩 櫟社友灌園先生周甲壽言/鶴亭、祝灌園詞兄六秩晋一榮壽/梅樵 |
24 | 商況(十二日前場) |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 重ねて勅語を賜ふ我聯合艦隊司令長官に頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營海軍部發表(十二日午後七時半) 大元帥陛下には本日海軍幕僚長を召させられ聯合艦隊司令長官に對し左の勅語を賜はりたり 勅語 聯合艦隊航空部隊ハ敵英國東洋艦隊主力ヲ南支那海ニ殲滅シ威武ヲ中外ニ宣揚セリ朕太タ之ヲ嘉ス |
02 | 日佛印軍事協定成立 |
03 | 共同防衛より一步前進 |
04 | 意義は極めて重大 |
05 | 陸鷲、ペナン要港急襲 敵輸送船一隻を擊沈、四隻擊破 |
06 | 米戰鬪機の技倆 我軍に劣ること明確 |
07 | 敵の對空砲火奏効せず |
08 | 蘭印艦隊新嘉坡着 |
09 | 東條首相參內 |
10 | 英極東軍 の發表 |
11 | 太平洋の戰況 新嘉坡UP電悲觀的報道 |
12 | 相互に祝電を交換 |
13 | 覺醒を促すビラ撒布(香港の民眾に) |
14 | 米英聯合總司令部 創設の手配進め□□ |
15 | 閣議決定 “大東亞戰爭”と呼稱 支那事變をも含めて |
16 | 濠洲最初の 空襲警報 |
17 | 英極東艦隊 司令長官 ル中將を任命 |
18 | 英兩戰艦の擊沈狀況 外國記者の生生しい目擊談 |
19 | 紐育二回爆擊を受く 國籍不明の飛行機に依り |
20 | 正義の戰ひ遂行 オツト獨大使聲明 |
21 | 鼓浪嶼に上陸占領 |
22 | 定期敘勳 |
23 | 三人の子供を 犧牲する覺悟 ピブン首相の決意 |
24 | 友邦の征戰に協力 張滿洲國國務總理談 |
25 | 駐米ソ聯大使 ハル長官と會見 |
26 | 言論、出版、集會、結社臨時取締法案 臨時議會に提出せん |
27 | 各派共同決議案 |
28 | ノ米海軍長官 ホノルルに到着 |
29 | 議事運營方針 を決定 各派交涉會 |
30 | 議會提出の 法律案豫算案 |
31 | 一切質問行はず |
32 | 定例閣議 |
33 | ヒラヌマ戰 艦擊沈 米國慘敗糊塗 のデマ放送 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 斷乎新秩序 の建設へ社說 一 世界征霸の野心に燃え、自國の有する實力を實際以上に誇示して東洋の弱小國家を欺瞞し、積木細工にも等しき脆弱極るABCD對日包圍陣を構成して帝國を脅かさんとする頑迷暴戾な米英に對し、帝國は、自存自衞のため遂に勘忍袋の緖を切つて、去る八日、蹶然、正義の劍を振り翳して膺懲の聖軍を起し、疾風眼を蔽ふ間もなく、忽ちフイリツピン群島やグアム島に敵前上陸を敢行し、ハワイに猛爆を加へ、老英帝國の世界に誇る極東艦隊旗艦プリンス・オブ・ウエルス號と高速戰艦レパルス號を鮮かに屠つて海底の藻屑に叩き潰し、全世界に無敵帝國海軍の威容を再認識せしめたが、この聖戰に對し我が帝國の崇高な世界的役割を理解し、大東亞共榮圈の確立に協力せむがため、十一日には日タイ一體の關係が實現せられ、攻守同盟の締結につき全く意見の一致を見、また一方では、帝國政府の對米英開戰に鑑み、樞軸連體性の根本原則に基き、獨伊兩國との間に、單獨不媾和並に世界新秩序建設のため協定が締結せられ、同日ベルリンに於て正式調印が行はれた。 二 抑抑日本とタイ國との關係は遠く千四百年前欽明天皇の四年に始ると傳へられてゐるが、邦人が續續渡航して正式な國交を結んだのは天正の末から慶長の間であつた。特に彼の山田長政のシヤムに於ける活躍以來、我が國との關係が、さらに緊密を加へられ、明治初年にはシヤム鐵道建設のために我が國から鐵道人夫を送り、また三十年には日邏通商航海條約が締結せられた。本年五月には、帝國の調停によつてタイ佛印國境の劃定が成立し、多年の禍根が茲に芟除せられ、親日傾向が日に濃厚を加へるに至つた。かくて今回皇軍のバンコツク平和進駐となり、攻守同盟の實現を見た譯で、これによつて明治初年以來、稍もすれば、英佛侵略の魔手に苦しめられ、その搾取を恣にされてゐたタイ國は、敢然英佛の桎桔から脫して獨立を確保したばかりでなく、新東亞共榮圈確立のための力强い一員として雄雄しく參加し、滿洲國や國民政府と共に帝國の盟邦として力强き第一步を踏み出したのである。 三 獨伊に對しては、曩に三國同盟を締結して防共樞軸の外交を確立し、去る十一月廿五日又この協定をさらに五個年延長して三國の誓ひを益益固くしたが、今回再び對米英戰協同遂行單獨不媾和及び新秩序建設協力に關する協定が締結せられたのは、日獨伊三國にとり誠に慶賀に堪へないばかりでなく全人類のため甚だ喜ばしい次第である。同協定の第一條及び第二條によると日、獨、伊は米及び英により强制せられた戰爭をその執り得る一切の協力手段を以つて勝利に終るまで遂行し、且つ三國間は相互の完全な理解によるのでなければ、米英何れとも休戰又は媾和をしないことになつてゐる。これは明かに獨伊が對米英に宣戰したことを表示するもので、他の樞軸國家群も早かれ晚かれ、日獨伊と步調を共にし、同一目的の下に益益結束を固めるものと思はれる。斯くて全世界は名實共に舊秩序維持の國家と只管正しき新秩序建設の國家の二つの陣營に分かれ、茲に一大決戰が行はれるが、吾吾は飽くまでも世界平和の宿敵であり、人類幸福の阻害者である敵性國家米英の假面を剥ぐと共にこれを擊滅し最後の勝利は斷じて我が陣營の上にあるを固く信じ、タイ國並に獨伊との提携を益益緊密にし以て大東亞共榮圈の確立と世界新秩序の建設に邁進し、道義的世界の樹立に一路邁進すべきである。 |
02 | 皇太子殿下きのふ 明治天皇の大御前に戰勝を御祈念 |
03 | “鐵石の決意”を表明 府評懇談會昨日開かる |
04 | 重大責務の完遂に 全能力發揮へ 長谷川總督告辭要旨 |
05 | 各御陵に勅使 參向 |
06 | 臺南神社參拜 臺南市內の學徒 |
07 | 三國協定を祝して “誠に心強い限りだ ア伊太利名譽領事談 |
08 | 臺灣神社立柱 上棟祭延期 |
09 | 時局對處の方途 奉公會各州廳支部長打合會で 熱烈な意見を開陳 |
10 | 晝間送電を實施 ラジオ聽取者に福音 |
11 | 當然の歸結 荒木情報部副部長談 |
12 | 米英擊滅講演 島都四ケ所で開催 |
13 | 島民の指導啟發 稻江本島人有力者七十餘名 時局座談會を開催 |
14 | 大東亞戰大講演會 聽け愛國の大熱辯 あす午後公會堂で開催報社消息 |
15 | 紙芝居指導 者講習會 |
16 | 山積の廢品献納 蓬萊町青年團員が |
17 | 宣蘭市米英擊滅大會 |
18 | 銀幕に“敵性追放” 島都映畫街の決戰體制 米畫這這の態! |
19 | 基本指導部落の 宣誓式期日延期 |
20 | 奉公會花蓮支 部の婦人委員會 |
21 | 總督に感謝の 言葉 |
22 | 海軍への献金品 十二日受理の分 |
23 | ときのこゑ |
24 | 國婦基隆分會 第五回總會を開催 |
25 | 小使給仕募集 軍司令部副官部 |
26 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 皇軍大捷に感激し 志願兵熱愈よ高潮 村上青年學校から百一名志願 |
02 | 駈足で志願兵 お山の青年 戰勝に感奮 |
03 | 國債報國總進軍 花蓮港は完全消化 |
04 | 老若男女の 献金部隊殺到 |
05 | 詔書奉讀式 小國民戰捷祈願 |
06 | 遵法協力を希む 經濟法令違反は反逆罪と同樣(下) 根井臺北州警察部長談 防犯週間實施に當り |
07 | 市長郡守會議 總督諭告を傳達 |
08 | 勇士に慰問文 彰化市軍援から |
09 | 赤誠の献金 |
10 | 米英軍の擊滅必定 冷靜沈着、長期戰に耐へよ 坂口知事州民に訓話 |
11 | 聖戰完遂まで 月俸五%献金 屏東憲兵隊に 一無名氏から |
12 | 米英打倒を絕叫 聽眾いよいよ鬪志に燃ゆ 臺南鄉軍主催講演會 |
13 | 皇軍の戰勝に 感激して献金 |
14 | 米英の罪惡清算 石川少佐大獅子吼 |
15 | 朴子街で 時局講演會 |
16 | 東洋から毛唐追放 屏東米英擊滅大會 |
17 | 嘉南號‧在來種植換のみで 增產目標を達成 臺南州米作法を革新 |
18 | 屏東郡下大會 |
19 | 觀音庄内でも 時局講演會 |
20 | 板橋街の戰勝祈願 嚴肅に執行さる |
21 | 義憤に燃ゆる叫び 各地米英擊滅大會 |
22 | 屏東市會 電擊的に諸議案可決 |
23 | 遺家族慰問金 貧民救濟費 施金豆氏献納 |
24 | 大義親を滅す 母の危篤外□ 沈君職務完遂 |
25 | 前線のお年玉 嘉義愛婦から慰問袋 |
26 | 嘉農卒業生 賣り切にて候 卒業式は廿六日 |
27 | 難局突破を期し 竹東郡で時局講演會 |
28 | 日本人が大好き グワム島土人は溫順 思ひ出を語る岩尾氏 |
29 | 嘉義同情週間 昨日から開始 |
30 | 嘉義の共學 改姓名に優先權 |
31 | 地方便り |
32 | 北門郡農業青壯年 鍊成會修了式 |
33 | 今日の映畫 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 繁忙期輸送計畫 貨物輸送力增強に重點置く 十五日より愈愈實施 |
02 | 本年三月中の全島卸賣市場賣買高 七百萬圓を突破 |
03 | 九月市街地信組の 貯金減、貸附增 |
04 | 臺灣鮮魚介生產 配給等統制規則 |
05 | 二期米の納入 百十萬袋に上る 十日現在 |
06 | 米穀問題に就て (上)近藤農學博士講演 |
07 | 鮮魚配給統制 規則公布さる 高雄魚市會社對策を急ぐ |
08 | 米穀事務所長會議 |
09 | 嘉義乘合創 立總會 開業は來年元旦 |
10 | 新年用糯米 特別配給 |
11 | 照明燈 |
12 | 商況(十二日後場) |
13 | 水滸傳(560)/黃得時;榎本真砂夫報社消息 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 九龍一帶を完全占領 香港要塞の本防禦線を突破 |
02 | 英軍支那大陸から 完全に驅逐さる |
03 | 香港の運命旦夕に迫る 天然の要害をなす防備狀況 |
04 | 滿國皇帝陛下 に御答電 |
05 | 獨伊兩元首 に御答電 |
06 | ルソン島を終日爆擊 |
07 | 食糧の自給既に成る(農相放送) |
08 | 米國の南洋依存資源 我が交通路遮斷で杜絕せん |
09 | 圖像:偉勳の海鷲爆擊行 |
10 | 米國民は士氣沮喪 多數の艦艇損失を知つて |
11 | 濠洲空軍が 哨戒を擔當 |
12 | 對米英宣戰を布告 スロヴアキア、ルーマニア |
13 | 紐育株式取引所 臨時休業 |
14 | 敗戰責任者に對する 米國民の憤懣熾烈 |
15 | 墨、對獨伊外交關係斷絕 |
16 | 英、米へ援助 を申込む |
17 | 英極東艦隊旗艦に エヂンバラ號が登場 |
18 | アルゼンチン政府 對日金融取引禁止 |
19 | キンメル提督 爆死か |
20 | 海戰に重大變化 英首相下院で演說 |
21 | 英公使以下 盤谷より遁走 |
22 | 米遠征軍派遣 下院で可決 |
23 | 自國航空母艦 の擊沈誤認か ル大統領の放送 |
24 | 議會準備全く成る |
25 | 市町村議員の 選擧をも行ふ |
26 | 英國頻りに 對葡政府強要 |
27 | ヴイシー政府中立 |
28 | 言論の指導 次官會議で申合す |
29 | 常會徹底事項を 重點的に統制す |
30 | 初空襲受けた ペナンの概要 |
31 | 米が爆擊機 製造を焦せる 我赫赫たる戰果 |
32 | 米の放送は 全く虛構 |
33 | 濠首相登錄制を實施 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 勝算我にあり 只勇往邁進せよ (一)奉公委員會和知參謀長の口演 |
02 | 臺灣一家・島民一心 決戰下危局突破の誓も堅く 初の奉公委員會開催 |
03 | 圖像:米英擊滅島都學徒宣誓大會 |
04 | 飽迄も戰ひ拔け 六百萬島民打つて一丸となれ 長谷川總裁の告示 |
05 | 肚一杯に“斷” 臺灣一家翼贊常會 |
06 | 庶政順調民情平靜 拓相から總督に感謝電 |
07 | 一齊に常會開催 島都十五日を期し |
08 | 誓つて米英を擊滅 意氣沖天、學徒宣誓大會 |
09 | 誓ふ“若人一萬人” あす青年團大會開催 |
10 | 一躍千五百件 增えるラジオの申込 |
11 | 七十の老人も參加 建功神社に戰勝祈願 |
12 | 新竹州部課長會議 |
13 | “僕ら”の意氣 學童部隊一萬五千 十五日市內を行進 |
14 | 華僑も戰勝祈願 隊伍組んで神社に參拜 |
15 | 骨を埋める覺悟 增田臺電社長着任 |
16 | 防諜兒童劇 脚本集を頒布 |
17 | 新竹州下の赤 誠献金 |
18 | 生活文化基本 部落を設定 |
19 | 心聲/黃可軒漢詩 南都邀飲江山樓席上率成一律呈夢周暨在座諸君子郢政/杏庵、酬杏庵席上見贈大作/南都、南都招宴江山樓喜杏庵卽席有詩/夢周 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米主力艦擊沈は三隻 海軍部隊其後の戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營海軍部發表(十三日午後三時) 一、曩にハワイ海戰の戰果に付主力艦二隻擊沈せる旨發表せしところその後に至り擊沈せる主力艦は三隻なりしこと確實となれり 二、マレー沖海戰の戰果は曩に發表せる戰艦二隻の外更に大型驅逐艦一隻を擊沈せること確實なり 三、帝國海軍○○航空部隊は十一日の香港攻擊において左の戰果を收めたり 魚雷艇一隻擊沈、砲艦一隻、武裝商船三隻擊破 四、帝國海軍は十一日艦艇を以てウエーキ島を砲擊し殘存軍事施設に大なる損害を與へたりわが方も若干の被害を被りたり 五、帝國海軍○○航空部隊は十二日比島航空基地パタンガス、イバ、オロンガポ、クラークフイールドに對し猛烈な攻擊を加へたり戰果次の通り 擊墜八機地上水上銃爆擊破飛行艇十一機、陸上機十四機 【註】ハワイ海戰における曩に發表せし擊沈戰艦はオクラホマ、ウエスト・ヴアージニアの二隻なりしがその後に至り擊沈確實となれる他の一隻は第一戰艦戰隊旗艦アリゾナなりと推定せらる、ハワイ海戰において主力艦の擊沈せられしもの三隻なりとは米側において逸早く發表せしところなるがわが海軍においては充分慎重を期し各方面の報吿を俟つてその實證を確めたる上今回の發表を見るに至りたるものなり |
02 | 米の慘澹たる敗北(布哇海戰) |
03 | 敵軍香港外廓から退却 |
04 | ナウル島を四回に亘り爆擊 |
05 | バタンガス空軍基地爆碎 |
06 | 極東英空軍を制壓 開戰以來我陸鷲の綜合戰果 |
07 | 米の太平洋進攻作戰 全く一場の夢と化す |
08 | 樞府臨時本會議 |
09 | 英の戰況發表 マレー方面 |
10 | 英米資產を凍結 對英米外交斷絕せん ピブン泰國首相記者團に發表 |
11 | ピ首相信念を吐露 |
12 | 新聞事業令公布 |
13 | わが比島爆擊猛烈 米極東軍司令部發表 |
14 | 十一日の戰況 英極東軍の發表 |
15 | 圖像:九龍の全景 |
16 | 誠意と懇切を以て 職責を完ふせよ 警察部長會議で東條內相訓示 |
17 | 皇軍のルソン南部上陸 比島皇軍當局遂に蔽ひ切れず |
18 | “三國の實踐的協力 聖戰を戰ひ勝ち拔く” 三國新協定締結祝賀午餐會 外相挨拶 |
19 | 新嘉坡重要性 英軍當局說く |
20 | 比島敵航空 基地の地誌 |
21 | 東條首相に 慶祝の電報 ピ泰國首相より |
22 | 英國色一日にして 九龍から姿を消す |
23 | 桑港に空襲警報 |
24 | 米軍戰死傷者 公表を中止 |
25 | 重慶政權を否認 南部佛印四十萬の華僑 |
26 | 米船オ號沈沒 戰艦の攻擊を受けて |
27 | 米英の破廉恥デマ 僅か四百噸の掃海艦を 二萬九千噸戰艦と改竄 |
28 | 米海軍の大敗 記者の質問に ル大統領當惑 |
29 | ブ、ア、ペ三國の 資金移動制限 資金凍結とは異る |
30 | 全國警察部長 本省側と懇談 |
31 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 大東亞戰爭 と知識階級 大眾指導して 國難突破に當れ社說 一 帝國は東亞民族八億の平和と幸福を圖るために敢然として米英膺懲戰に起つた。開戰僅かに六日にして早くも米英の東亞勢力を大半驅逐した事は我が忠勇無双なる將兵の奮戰の賜であり一億國民の均しく感激する所である。世界各國ともその戰果の迅速なるに驚異の眼を向けて居る、頑迷なる米英はその有する豐富なる領土と資源を利用して長期戰を策するは見透いた常套手段であり、全國民は鐵石の如き決意を以て必勝態勢を整備し百年戰爭に對應する覺悟を持つべきである、近代戰爭は消耗戰であると共に神經戰である。卽ち銃後國民の決意と覺悟に依り聖戰完遂が左右される。從つて戰時下に於ける一般國民生活は平常時と異りそれこそ一億一心となつて國策の向ふ處を察知し總ゆる困苦缺乏に耐へる覺悟を持つと共に民心の安定に對し特に意を用ひねばならない政府當局に於いては戰時國民生活の指導啟發に對し力を入れて居るがその效果は實に一般民眾の時局認識の程度如何に依り支配されるのである、かかる觀點よりしても軍官民が真に上下心を合せるのでなければ國難の突破が出來ないのである 二 南方基地として重大なる使命を有して居る本島に於いては特に知識階級が現下の時局を充分に理解して國家に協力すると共に一般民眾の指導啓發に對して奮然として起たねばならない秋である。從來知識階級と言へば自己主義を盾として獨善主義者が多く社會や國家の為めには積極的に協力する氣槪がなく徒らに不平不滿を並べ立てて自ら高しと自惚れた時代もあつたが、今や東亞民族の興亡を決すべき大東亞戰爭に際會し個人の利害を忘れて國家の要請に應へて死生を超越した毅然たる態度を取るべき時が來たのだ、六百萬島民の一人一人をして戰時下に對處すべき國民的自覺と決意を持たせるのは實に島內に於ける知識階級の指導啓發に負ふ所が多い。斷じて躊躇すべきでなく與へられたこの好機會をしてその職責に向つて一途に前進すべきである、東亞の黎明が萠したのだ、この重大なる歷史的使命を果すのでなければ、何れの日にか又到來する日あらうか熱烈なる國民的意氣を以て島民をして一人殘らず國難突破の雄雄しい心構へを持たせると共に真に銃後國民生活を認識させるべき重大時機である。 三 滿洲事變勃發以來早くも十箇年を經過し支那事變を迎へてからも五年となり島民の時局認識は一段と徹底强化した事に對しては何人と雖も否む事が出來ないが局部的には未だに時局の重大性を認識せず、銃後國民として自覺を持たない分子が居る事は遺憾である。戰時下島民の務めるべき責務は多くそれを一人殘らず國策に沿はせる為めには島內有識者がこの機會を逸せず奮然として起つて島民を指導して行くべきである、近代戰は總力戰であり優秀なる兵器と裝備を要し忠勇果敢なる將士の戰鬪を必要とすると共に銃後の生產及び治安が一層堅固でなければならない。かかる見地よりしても島內知識階級に課せられた使命は大であり島民の決戰態勢を一時も早く整備させる為めに敢然として民眾の中に入り親身につて指導啓發すべきである |
02 | 勝算我にあり 只勇往邁進せよ (二)奉公委員會和知參謀長の口演 |
03 | 生存者に輝く恩賞 金鵄勳章授賜者六百七十五名 |
04 | 戰死、戰病死者 きのふ原隊から發表 |
05 | 恐懼感激の極み 鯉登行一中將語る |
06 | 赤柴中將夫人語る 喜びと決意の顏を輝かして |
07 | 神前に戰勝祈願 二班に分れ堂堂街頭を大行進 島都學徒隊 |
08 | 桔梗俱樂部員 の徽章授與式 |
09 | “米英擊滅”を誓ふ 帝都大詔奉戴國民大會 |
10 | 皇軍に赤心の感謝 軍司令部、武官府前で萬歲絕叫 |
11 | 宣言、決議、感謝文 |
12 | 新竹市桔梗俱 樂部の鍊成會 |
13 | 藻屑と消え果てた 敵旗艦アリゾナ號の性能 武官府福岡參謀に聽く |
14 | 陸海軍各位に對す る感謝文 |
15 | 大東亞戰大講演會 聽け愛國の大熱辯 けふ午後公會堂で開催報社消息 |
16 | 全市民・來り聽け! 講演者と演題決る |
17 | 各地の戰勝祈願 無敵皇軍に捧ぐ感謝 |
18 | 長谷川總督に 戰捷祝賀の言葉 けふ青年代表團訪問 |
19 | 同情袋を配布 花蓮港市の同情 週間 |
20 | 日に一萬圓超ゆ 本島人の大口献金陸續 |
21 | 開拓戰士養成講習會 |
22 | 戰局要圖を配布 本紙の愛讀者に報社消息 |
23 | 花蓮港憲兵分 遣隊取扱献金 |
24 | 島都奉公壯年團 愈十七日に晴の結成式 |
25 | 防犯映畫會 十五日第一劇場で |
26 | 奉公班結成式 |
27 | 紙芝居講習會 |
28 | ときのこゑ |
29 | 和田松壽氏 一萬圓を献金 |
30 | 自肅ポスター 各團體に配布 |
31 | カード階級に施米 |
32 | 新聞配達 員募集報社消息 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 島民の決意を表明 督府、軍司令部、武官府訪問 本島人府評、赤誠の感謝 |
02 | 米英打倒の狼火 全島各地に揚る |
03 | 戰捷祈願祭 學徒必勝の意氣に燃ゆ 森田知事覺悟促す |
04 | 米英擊滅祈願 若き學徒の聖なる誓ひ |
05 | 決戰下島民の心構へ(下) |
06 | 圖像:米英擊滅祈願祭 |
07 | 比島人が元の亞細亞に 還へる可き日到來 伊藤臺大教授語る |
08 | 香港の運命愈迫る 九龍の占領につき兩氏に感想を聽く 工藤耕一氏談 |
09 | 圖像:皇軍空爆下の比島 |
10 | 正しき時局認識 宣傳指導に皇民塾活用 |
11 | 東亞戰完遂國民大會 記者クラブ奉公壯年團共同主催 |
12 | 献金熱急騰 大勝に感激して |
13 | 幾何級數的激增 八日來臺中の献金熱 |
14 | ボラ漁に新機軸 潛水の達人廿名と 鹿港沖へ出漁 |
15 | 大捷の朗報に感激 志願兵を志願 |
16 | 員林生活部長 連絡打合會 |
17 | 青年藝能發表會 健全娛樂を獎勵 |
18 | 皇國農士養成 增產技術指導 |
19 | 常備消防手 臺南消防組で募集 |
20 | 地方便り |
21 | 今日の映畫 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 貯蓄及報國債券 早くも全部賣切 勸銀更に追加額申請 |
02 | 商工會議所改組で 當局對策を考究 |
03 | 十一月中會社新設 資金拂込の內容 |
04 | 轉換期の物價政策 (二)「低物價・生擴」座談會 |
05 | 嘉義乘合バス會社 十五日創立總會 |
06 | 自動車輸送力增強に 綜合對策を確立 |
07 | 林業講習會 十八日公會堂で |
08 | 新竹南部區バス合同 正式讓渡許可さる |
09 | 私鐵運賃值上と ラウンドナンバー制實施 |
10 | 市街地信組の 金融引續き硬化 |
11 | “棉花自給と臺棉” 臺拓が發行 |
12 | 日糖大林工場 壓搾開始 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(十三日前場) |
15 | 水滸傳(561)/黃得時;榎本真砂夫 |
16 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | けふ臨時議會召集 大東亞戰の目的と 完遂の決意を闡明頭條新聞 【東京發同盟】暴戾米英膺懲の大東亞戰完遂に邁進する政府當局鐵石の決意を表明し合せてこれに必要なる法律案豫算案の協賛を求める第七十八臨時帝國議會は空前の感激と緊張の裡に愈愈十五日を以て召集されるこの日貴眾兩院とも定刻までに全議員本會議場に參集議會成立の手續を了して十六日には畏くも天皇陛下の親臨を仰ぎ嚴肅なる開院式を擧行されるが政府が議會を通じて大東亞戰爭の目的使命とこれが遂行に對する決意を端的に闡明し全國民の奮起協力を促さんとしてゐるのに對し議會側に於いても愛國の至情に燃へて全幅的に政府を支持鞭撻せんとしてゐることは注目される貴眾兩院とも開院式終了後直ちに本會議を開き首、外、藏各相の施政方針演說陸海兩相の戰況報吿皇軍將士及び戰歿英靈に對する感謝敬弔決議の後直ちに軍事費豫算案及び法律案を上程急速審議を進めることに各派交涉會に於いて決定を見てゐる而して貴眾兩院とも同日中に一切の協賛を終りたい方針であり斯くて眾議院は十七日の本會議に於いてその規模目的ともに雄大なる今次大戰の目的完遂に邁進すべき國民的決意を表明し政府國民一體化の擧國體制を顯現する為め「世界新秩序建設決議案」を上程これを滿場一致可決斯くて歷史的戰時議會は僅かに二日間の日程を以て終了十八日閉院式を擧行されるが皇國の歷史的使命に應へる今次議會の意義は頗る大なるものがある |
02 | 馬來、緬甸を猛爆 我が陸鷲大擧して |
03 | 敵機四十四機擊破 |
04 | 圖像:香港へ進擊する我皇軍部隊 |
05 | 議會提出の法律案豫算案 |
06 | 九龍と香港島不氣味な對立 |
07 | 泰侵入の英軍を邀擊(泰軍發表) |
08 | 英領マレーに突入 |
09 | 我が空襲せるビルマ、マレー基地 |
10 | 山本司令長 官の返電 |
11 | けふの貴眾兩院 |
12 | 恐怖地獄の桑港市民 |
13 | 比島空軍既に全滅 我擊墜破實に二百四十六機 |
14 | イタリー大使 海相に祝辭 |
15 | 總額廿八億圓 臨時軍事費追加豫算案 |
16 | 新嘉坡の運命 八週間以內に在る |
17 | 香港總督に親書(英側拒否) 我が司令官が大義の勸告 |
18 | 交涉の武士的場面展開 歷史の一頁を飾るに相應しい一瞬 |
19 | 英敗戰を自認 BBCの放送 |
20 | 總額二百九十億圓 事變以來の臨時軍事費 |
21 | 戰爭保險法案要綱 |
22 | 我が軍使の案內役に 二英婦人買つて出る |
23 | 日本軍に對し 一層の友好態度 ピブン首相放送 |
24 | 公債發行限 度を增額 |
25 | プラウダ紙の 太平洋戰爭論 種種の臆測を生む |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 靖國神社に勅使參向 宣戰布告を御奉告 |
02 | 起て島民、時ぞ今 大東亞再建に怒濤の總進軍 決戰興國・必勝の雄叫び |
03 | 圖像:大東亞戰大講演會 |
04 | 明治神宮臨時 大祭 |
05 | 敵國懲伏祈願祭 臺灣神社と建功神社の大前で 國婦臺北支部が擧行 |
06 | 一の敵機來襲なし 擧島さらに油斷なきを要す 臺灣軍司令部發表(臺灣軍司令部十四日正午發表) |
07 | 五日間で三萬餘圓 宣戰以來・武官府への献金 |
08 | “誠に力強い限り” 伊藤海軍武官語る |
09 | 圖像:島都青年團大會(新公園の式場) |
10 | そぼ降る冷雨の中 誓ふ“若人兩萬人” 聖戰下・意氣天を吞む |
11 | 臺灣神社に參拜 總督官邸、軍司令部、武官府に 感激の萬歲三唱 |
12 | 島都南郊で遭遇戰 けふ直轄學校聯合演習 |
13 | 食糧品心配なし 林新竹州產業部長談 |
14 | 強力犯と惡質デマ 刑法改正で斷乎嚴罰 |
15 | 隊伍堂堂の行進 花蓮港市の中等生 |
16 | 公眾ラジオ設備 新竹市內四ケ所に |
17 | 百萬圓を献金 日本糖聯が |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 六百萬島民一體 奉公の大道に進め 中央奉公委員會で齋藤長官の口演 |
02 | 斷て、犯罪は銃後の恥 全島防犯週間けふから開始 |
03 | 戰捷祈願祭執行 臺南市內中等生徒等が |
04 | 高雄神社前で 戰捷祈願 |
05 | 一擧に五十六名志願 曙國民校訓導等の熱誠 盛り上る志願兵熱 |
06 | 臺南奉公壯年團 十六日に結成式 |
07 | 志願書及連名簿を提出 臺南魁挺身隊員九十七名が |
08 | 高雄青年挺身隊 第一回教練終了式 |
09 | 時局講演會 中壢公會堂で |
10 | 米英擊滅の烽火 津津浦浦に揚る |
11 | 朗かな迎春譜 糯米・砂糖等を特配 |
12 | 屏東市學徒 神前祈願大會 |
13 | 枋寮延長線 けふ營業開始 |
14 | 婦人デマ防止班 臺中市內で組織 |
15 | 臺南奉公委員會 |
16 | 嘉義奉公壯年團 近く結成式 |
17 | 今日の映畫 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 萬全を期せよ 決戰下の防空事務 三輪知事、百萬州民に告ぐ |
02 | 決戰下報道宣傳 情報部強化策を樹立 |
03 | 交通施設擴大強化 交通局大量增員實現 |
04 | 鐵道醫院の 官營委讓成る 從業員に一大福音 |
05 | 健全娛樂答申案(下) 委員會で正式決定 |
06 | 11月中國防献金 臺灣軍司令部扱 |
07 | 海外小話 白髮の新藥發 見さる |
08 | 新年文藝募集/興南新聞社報社消息 |
09 | 水滸傳(562)/黃得時;榎本真砂夫 |
10 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 英軍據點○○に迫る 馬來英空軍の損害百機以上 |
02 | 決戰議會態勢整ふ 貴眾兩院完全に成立 |
03 | “我等の決意”放送 小山、松平兩院議長 |
04 | 圖像:香港前衛本陣地を(九龍)砲擊する我○○ 砲隊(大本營陸軍部檢閱濟) |
05 | 大東亞戰に協力 在泰華僑申合す |
06 | 重慶政權を壓殺 畑總司令官、國府の協力を求む |
07 | 馬來制空權を掌握 陸鷲も素晴らしい活躍 |
08 | 隨所に英軍を擊破 |
09 | 泰軍逐次英軍を擊退 |
10 | 山西の殘敵を膺懲 殲滅戰の火蓋を切る |
11 | 佛政府重要協議 對英米強硬態度か |
12 | 山本司令長官 參謀總長に返電 |
13 | 大陸の癌英米系の 各種權益の接收狀況 |
14 | 圖像:我が砲火下の香上銀行 |
15 | 軍艦“多多良”と命名 降服米艦を我艦籍に編入 |
16 | マニラ空襲熾烈を極む |
17 | 比島セブ市爆擊さる |
18 | 香港總攻擊を開始 |
19 | 東部引揚げの獨空軍 英地中海艦隊猛爆か 英政府高官意見を發表 |
20 | 獨空軍英驅逐艦を爆破 ソ聯機百二十五機擊破 |
21 | 土國中立態度 を堅持 |
22 | 米にのみ非交 戰地位を附與 アルゼンチン 政府 |
23 | エクアドル國 樞軸國民に對す る壓迫漸次嚴重 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 勝利我にあり(3) 磐石不動の護り 西太平洋に正眼の構へ 奉公會委員會伊藤海軍武官口演 |
02 | 培ふ“鐵石の信念” 全島一齊に米英擊滅大會 十八日を期して決行 |
03 | 白き襷を誓ひ固し 國婦會員臺灣、建功神社で 敵國懲伏祈願祭 |
04 | 一擧に五十五名 賴母しい志願兵熱 |
05 | 圖像:國婦會員敵國懲伏祈願祭(臺灣神社大前で) |
06 | 臺北州參事會 |
07 | 臺北州下郡守 市長署長會議 |
08 | 長官から重大指示 けふの局部長會議 |
09 | 市長郡守署長 會議 |
10 | 奉公會臺北市 支會參與會 |
11 | 武官府へ感謝 の電報 |
12 | 臺中州米穀機二臺 軍司令部武官府に資金献納 |
13 | 八日間に七萬餘圓 軍司令部に献金續續 |
14 | 心強い熱誠 井上報道部長の感激 |
15 | 紊すな“銃後の步調” けふ防犯週間開幕 |
16 | 妾達の赤誠 軍司令部、武官府に 妲さん連續續献金 |
17 | 童心に湧く“萬歲” 一萬五千の學童大行進 |
18 | 出たぞボーナス 決戰下賴母し自肅の一色 |
19 | 基隆の華橋三千 神社前で戰勝祈願 |
20 | 敵性を“歌で痛爆” ルーズベルトの空廻りに 安住秘書官・破顏大笑! |
21 | 子寶家庭五百組 港都で近く表彰式 |
22 | 臺北州市のボーナス |
23 | 感謝貯蓄 全國に大運動 |
24 | 上田昌之助氏 |
25 | 花蓮港報國推 進對時局講演 |
26 | 人事・消息報社消息 |
27 | 心聲/黃可軒漢詩 青蓮劒窻過訪龍峒舊居爾瞻繼至遂成小會爾瞻却以妙□因果錄為贈/春潮、偕青蓮劍窻爾瞻漫步至覺修宮路經迂谷前輩舊宅卽景/春潮、劍窻五十懸弧贈詩/春潮、青蓮語我將就聘華僑總公會詩以勉之/春潮 |
28 | 商況(十五日前場) |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 香港島を反復爆擊 敵要塞摩星嶺を破壞頭條新聞 【九龍十五日發同盟】香港島を完全に包圍し鐵桶の攻撃陣を整へたわが軍は昨十四日に引續き十五日も早朝より攻撃の手を緩めず午前八時第一回香港島爆撃を皮切りに午前午後に亘り反復爆擊を敢行、香港は終日サイレンの音の裡に暮れた、一方わが砲兵隊は午前十時二十分より敵要塞摩星嶺に對し一齊砲撃を開始しこれを完全に破壞沈黙せしめ、次で香港東端軍事施設に巨彈を浴せ多大の損害を與へた |
02 | 終日我が猛攻の的! |
03 | 天皇陛下けふ親臨 嚴肅な開院式を御擧行 |
04 | 大東亞戰爭完遂議會 世紀に新紀元を劃す議事進行 |
05 | 外地事情を奏上 畏し・有難き御下間賜はる 井野兼任拓相謹話 |
06 | 議會演說につき奏上 首、外、藏三相きのふ參內 |
07 | 豫算案は即快可決 委員會に附託せず |
08 | 貴院各派交涉會 |
09 | 片端から敵據點を擊碎 敵范軍猛攻の我精銳 |
10 | 南寧に巨彈の雨 皇軍撤退後始めて |
11 | 比島馬來上陸部隊果敢な追擊 頑強なる敵の抵抗を擊碎 |
12 | 我增援部隊馬來上陸に成功 |
13 | 長老を網羅 勅使奉答文の 議事委員 |
14 | 一億の決意 山崎氏が提案 理由を說明 |
15 | 三國緊密に手を携へ 戰爭目的の遂行へ 三國協定祝賀午餐會催さる 嶋田海相挨拶 |
16 | けふの兩院 |
17 | 國民は一應全部 徵用され得る 徵用令一部改正けふ公布實施 |
18 | 英空軍の大醜態 基地陷落も知らずに着陸の剎那 我砲火を受け一機殘らず擊墜 |
19 | 醫療關係者徵用令 |
20 | ダカール、コンゴに 米、領事館新設 派兵の用意か |
21 | 英軍大困難に遭遇 ロイター、シンガポール電 |
22 | 皇軍に進擊振り マレー一外國記者報道 |
23 | 英武官の要求に對する 重慶の軍事措置 重慶軍を香港救援に派遣等 |
24 | 圖像:島都學童部隊の大行進 |
25 | 桑港上空を飛翔 國籍不明の飛行機 |
26 | カルカツタに 空襲警報 ボンベイにも |
27 | 比島防衛司令官の 週間戰況發表 |
28 | リトヴイノフ 「何も知らぬ」と答ふ 日ソ關係の質問に對して |
29 | 米の重要軍需 工場突如爆發 |
30 | 我空軍十三日 セブ島を爆擊 米陸軍省の發表 |
31 | マニラの婦女子 全部撤退す |
32 | 敗戰狀況を 語らず ノ海軍長官歸還 |
33 | エール海軍基地の 英米海軍提供論 |
34 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 大東亞戰 爭の意義社說 一 久しく隱忍自制を重ねた日米交涉が遂に破局の止むなきに至つたため去る八日より展開された大東亞戰爭は開戰するや否や我が忠勇無双な陸海軍が直ちに電擊的行動を開始し沖天の意氣を以て緊密な連絡の下に實に驚嘆に値ひする大戰果を嬴ち得た事は旣に一億國民が悉く感激措く能はざるところである。從來帝國が屢次聲明せし如く支那事變は斷じて支那の獨立を犯したり又は支那の民眾を敵としたりするのでなく、我が真意を理解せずして米英の傀儡たる重慶政權を打倒せんとする事に外ならず、今や更に百步を進めて遂に重慶政權の背後に隱れたる真正な敵に對して真正面に立ち上がつた事は我が聖戰の意義が一層顯揚せられた理である。言ふ迄もなく東亞の天地は久しく米英等の支配に依る搾取に喘ぎつつあるのであるから、一日も早く彼等の植民地或は半植民地の狀態から脫却せんとする事は東亞民族の齊しく待望して止まざるところである。又所謂東亞新秩序の確立及東亞共榮圈の建設は勢ひ米英と一戰を交へずして絕對に為し遂げられ得べきものでなく言はば行くべきところまで行つたものと斷ぜざるを得ない今回の對米英戰端開始に依つて東亞諸民族に與へた一大衝動は蓋し想像以上のものであらうと考へられる 二 尚大東亞戰爭は決して單に東亞民族に對する解放戰だけでなく帝國の生存自衞上將又高度國防確立上から見ても何うしても之を斷行せざるべからざる血路であるから我が國民の真劍な態度は現狀維持に汲汲たる米英と自ら異なり前線の將士と銃後の國民との鐵石の團結は旣に必勝の體勢を築き上げられたのである。さりながら米英兩國はいづれも近世の史上に於て長く霸を唱へて來た强大國家であり、旣に戰爭に於て我が精銳な陸海軍に敵すべくもないが彼等がさう安安と屈服するとは思はれず必ずやあらゆる謀策を弄しつつ長期經濟戰に導くであらう事は明かである。これに對し帝國としては一億の臣民を一體一心に結合せしめ物心兩方面の彈力を發揮し以て此の難局を乘超えるベく常に堅忍持久の心構えを据えなければならない。取分け本島の地位は南方作戰の據點として且つ兵站補給の基地としてこれ迄になき重大な任務を負はされてゐるのであるから、此の際六百萬の島民が真に一家の氣持になつて此の聖戰を荷ふ一員たる誇りを持ち互に協力すべき絕好の機會に逢着したのである 三 蓋し支那をして名實とも獨立國として盛立てるには先づ外國の租界を回收し其の他の治外法權をも撤廢せしめなければならないが我が皇軍は開戰後四五日を出でずして旣に上海、天津、廣東の沙面及コロンスの外國租界に進駐し且つ英領九龍を占領支那大陸から敵性國家の基地を一掃した意義は世界史上の一大事實と言はねばならない。今後更に香港マニラを攻略しシンガポールを占領すれば西南太平洋に於ける米英等の勢力の敗退と共に東亞共榮圈の建設が雄雄しく其の巨步を踏出される時期がさう遠くないのである。此處に於て帝國としては東亞諸民族と相提携して具體的に共榮圈建設の工作に入る一步手前に到來したのであるが、これら諸民族に對する適切な政策の樹立が戰爭の進捗と共に當然考慮されなければならない問題であらう。卽ち回天の大業とも言ふべき大東亞戰爭がよく八紘一宇の日本精神を發揮し東亞民族をして各各其の所を得せしめる具體的對策を今から慎重に構想すべきである。之を要するに如何に東亞諸民族の民心を收攬すべきかといふ百年の大計を樹立する事は今後の戰果を一層光大せしめる所以であると信じ此の戰勝の真只中に於て特に當局者の萬遺憾なき政策を期待して止まざる次第である。 |
02 | 天皇陛下御親拜 賢所御神樂の御儀 |
03 | 防諜上格別の留意 敵の謀略宣傳に迷されるな 陸軍當局國民の協力を喚起 |
04 | 一億“裂帛の氣魄” 大東亞戰時議會の議員さん テクシーで登院 |
05 | 詔書奉讀式と 戰勝祈願大會 基隆市聯青團で擧行 |
06 | 皇太后陛下の御仁慈 失明勇士に懷中時計御下賜 |
07 | 戰勝祈願祭を執行 十八日新竹神社大前で |
08 | 學童の戰勝祈願 |
09 | 總督、長官の 訓示を傳達 |
10 | 州議補缺選擧 |
11 | 市長郡守會議 昨日花蓮港廳で |
12 | 昨日の志願者 |
13 | 兩軍新店溪を挟み 淒絕なる戰鬪展開 直轄校聯合演習開幕 |
14 | 圖像:直轄校聯合演習 |
15 | 續く赤誠の献金品 |
16 | “決戰生活態勢へ” 元旦奉公日の道標決る |
17 | 殘月江上の勝鬨 軍使去つて卅分で姿を沒す 敵英艦擊沈の一瞬 上海現地報告 |
18 | ときのこゑ |
19 | 花蓮港廳下の 時局大講演會 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 會場は興奮感激の坩堝 大東亞戰完遂大會 集ふ聽眾・米英擊滅に殺氣立つ |
02 | 戰捷祈願 迸る愛國の至情 黎明から神前に額く |
03 | 十七日淡水 神社前で |
04 | 圖像:華僑が戰捷祈願 |
05 | 殉國の至誠披瀝 臣道實踐に驀進 臺南第一回奉公委員會で決議 |
06 | 大屯郡下組合長 祈願參拜 |
07 | 討夷の決意固し 銃後學徒の意氣軒昂 |
08 | 詔書奉讀式 馬公鄉軍の米英擊滅大會 |
09 | 米英擊滅講演會 全島各地で開かる |
10 | 今ぞ貯蓄報國の秋 麗しい臺南州のボーナス風景 |
11 | 11月中國防献金 臺灣軍司令部扱ひ |
12 | 時局對處講演會 |
13 | 皇軍の戰果に感激 潮州郡民續續献金 |
14 | 小國民の献金 大人に負けぬ心根 |
15 | 員林郡民も 續續献金 |
16 | 刻刻の大戰果に 皇國民たるの榮譽を痛感 華僑國籍獲得に躍起 |
17 | 貯蓄目標達成へ 彰化・勸獎班を組織 |
18 | 埤頭の黃愿賽 君恤兵金献金 |
19 | 捷報に感激 國防献金 |
20 | 州議懇談會 |
21 | 決戰の總進軍へ 市議區長奉公委員協議 |
22 | 彰化奉公會 實踐事項申合 |
23 | 國債賣出二萬圓を突破 嘉義のボーナスデー |
24 | 鰡の大漁 一時に數萬圓 |
25 | 各種行事を統制 郡民會合を排除 |
26 | 物價調查書配布 完璧期する高雄の防犯行事 |
27 | 防犯講演會 今日も引續き行ふ |
28 | 庶民生活を強化 隣保相扶の醇風を振起 |
29 | 全島中等野球 大會出場校 |
30 | 登校はモンペ姿 嘉義女戰時態勢 |
31 | 時局懇談會 竹山郡有志等が |
32 | 產組長會議 非常時金融 對策を指示 |
33 | 各商店飾窓に 防犯標語 嘉義の行事 |
34 | 石門庄臨時 協議會 |
35 | 地方便り |
36 | 今日の映畫 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 石炭增產運動展開 實施要項を決定 |
02 | 增產の第二次運動 |
03 | 配車の圓滑に 重要貨物を調查 |
04 | 轉換期の物價政策 「低物價・生擴」座談會(三) |
05 | 砂糖輸送は運用車で 當局主旨徹底を圖る |
06 | 荷役促進策を實施 貨物輸送低下防止に |
07 | 全島米穀事務 所長會議 |
08 | 火保の共濟制度 朝鮮金融組合で實施 吉原產協主事語る |
09 | 基隆港灣運送業會 昨日盛大に創立 |
10 | 照明燈 |
11 | 商況(十五日後場) |
12 | 水滸傳(563)/黃得時;榎本真砂夫 |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 聖上の親臨を仰ぎ 歷史的開院式擧行 |
02 | 優渥なる勅語賜はる |
03 | 大東亞解放の戰爭 米英の勢力を驅逐 東鄉外相演說 |
04 | 圖像:銀翼を連ね香港爆擊に向ふ陸鷲(陸軍省檢閱濟) |
05 | ボルネオに敵前上陸 けふ未明烈風衝いて |
06 | グワム島完全占領 |
07 | 桑港に照明彈投下(國籍不明の飛行機) |
08 | ニコルス飛行場周邊爆擊 |
09 | “太平洋の制海權 日本の手に歸せり” ラ、フレンケ紙十四日の所論 |
10 | 敵機、潛水艦に依る ゲリラ戰覺悟せよ 大本營陸海軍報道部長談 |
11 | 勿論日本の勝利 南京政府駐剳獨大使 スターマー氏は語る |
12 | 泰、武裝警察隊 最高指揮官を任命 |
13 | 泰國宣傳局長 更迭 輿論明朗化へ |
14 | 頗る巧妙を極む 日本空軍ハワイ攻擊 米海軍長官談 |
15 | 佛領のク島 墨領復歸考慮を 議會に要請 |
16 | 香港島を死守 ヤング總督豪語 |
17 | 緊急狀態宣言 全カリフオ ルニア州 |
18 | 重慶の動搖甚し 抗戰の前途に迷ふ |
19 | 眾院本會議 |
20 | 滿支の兩國 一層帝國を信賴 |
21 | リーイ提督 米艦隊建直しに 當らん |
22 | 南米在留邦人 多數逮補さる |
23 | 東株證據金を 引上ぐ |
24 | 鐵鋼需給 計畫化の方針 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 圖像:勳章授與式 |
02 | 輝く勳章授與式 けふ第三、第五部隊で擧行 恩賞に諸將士感激 |
03 | 國民の總意結集 議場灼熱の坩堝と化す |
04 | 詔書奉讀式 基隆の米英擊滅大會 十八日高砂公園で開く |
05 | 畏し外地に大御心 參內した井野拓相長谷川總督に通報 |
06 | 皇太后陛下御參內 |
07 | 大詔奉戴米英擊滅大會 十八日午後市公會堂で開催 |
08 | 山本司令長官 長谷川總督に返電 |
09 | けふの志願者 |
10 | 我海鷲の壯烈 な奮戰振躍如 布哇海戰の畫 成る |
11 | 泰、帝國に絕對信賴 開戰當時の生生しい現地狀況 |
12 | 海軍武官府に けふも献金部隊 |
13 | 壯烈な拂曉戰展開 劍尖に漲る、“必勝の學徒魂” 直轄校聯合演習終る |
14 | 花蓮港憲兵分 遣隊取扱献金 |
15 | 冬防警戒に完璧陣 週間第二日も防犯の一色 |
16 | 我が皇軍鐵蹄下の シンガポールの近況 最後の引揚船で歸臺の吉田氏に聽く |
17 | 基隆奉公壯 年團結團式 |
18 | 勇壯な分列式 |
19 | 盟邦ドイツから 最も力強い印象 山田わか女史の歸朝談 |
20 | 決戰態勢常會 昨日基隆市會議室で |
21 | 勤報青年新竹 州隊けふ上北 |
22 | 臺北訓練所の 第三次入隊式 十八日に擧行 |
23 | 廿三日に第一 回議員總會 花蓮港商議所で |
24 | 十八日に第一 回婦人鍊成會 花蓮港廳支部で |
25 | 劇と講演の會 あす第一劇場で |
26 | 心聲/黃可軒漢詩 銷寒/嘯庵、銷寒和前韻/黃景南、仰山詞友重營金鑛有感却寄/李嘯庵、次韻/杜仰山 |
27 | 大日本學徒 體育振興會 明春から新發足 |
28 | 村上氏當選 |
29 | 平均三箇月分 花蓮港廳ボーナス |
30 | 二百圓を献金 許大世界ホテル主 |
31 | 映畫館で戰況 ニユース放送 |
32 | ヤンキー映畫 姿を消す |
33 | 商況(十六日前場) |
34 | 新年漢詩徵募報社消息 |
35 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 殉國の精神を發揮 征戰の目的を完遂 東條首相演說頭條新聞 【東京發同盟】十六日の貴眾兩院に於ける東條首相の一般施政方針演說全文左の如し 本日開院式に當り特に優渥なる勅語を拜しましたことは誠に恐懼感激の至りで私は謹んで聖旨を奉體して一意專心奉公の誠を竭しこの前古未曾有の重大難局を克服し以て宸襟を安んじ奉りたいと存ずる、過般第七十七回帝國議會において私は國策遂行に關する政府の所信を率直に披瀝したがその後も政府は引續き米國に對し第三國が帝國の企圖する支那事變の完遂を妨害せず帝國を圍繞する諸國が帝國に對する直接軍事的脅威を行はざることは勿論經濟封鎖の如き敵性行為を解除し經濟的正常關係を回復すること及び歐洲戰が擴大して禍亂の東亞に波及することを極力防止することの目的を外交交涉によつて貫徹せんがため忍び難きを忍び耐へ難きを耐へあらゆる努力を重ねた、然るに米國は帝國の隱忍と自重とを以て組み易しとなし帝國の公正なる主張に耳を藉さざるのみならず從來の彼自身の提案すらもこれを裏切り密に英國と謀議して新に暴慢なる提案をなし來つた、而して帝國としても最も忍び得ざる點は (一)支那及び佛印より陸海空及び警察を含む一切の帝國軍隊を撤收する事 (二)重慶政府を除く如何なる政權をも軍事的政治的經濟的に支持せざる事 (三)第三國と締結し居る如何なる協定も太平洋全地域の平和確保に矛盾するが如く解釋せられざることに同意すること の三點にあり、之は換言すれば帝國の支那及び佛印よりの全面的撤兵、南京政府の否認、三國條約の破棄を要求するもので米國の意思は經濟斷交と武力脅威とを以て我に挑戰しこれにより帝國を屈從せしめんとするにあることが明かとなつた、若し我にして米國の要求に屈從せんか大東亞の安定のため傾注し來れる帝國積年の努力は悉く水泡に歸するのみならず帝國の存立すらも危殆に瀕し且つ又世界平和の克服に協力せんことを約したる盟邦との誓を放棄し帝國の信義の失墜をも强要せられるものである、斯の如きは帝國として斷じて忍ぶべからざるもので事茲に至つては如何なる平和愛好の念に燃ゆる帝國としてもその權威と自存とを擁護するため斷乎として起たざるを得なかつた、卽ち本月八日畏くも米國及び英國に對する宣戰の大詔が渙發せられた次第で聖慮の程を拜察して誠に恐懼感激に堪へぬ一度開戰と定まるや大命一下我が陸海軍の將兵は未だ旬日を出ずして忽ち敵の要衝を擊破しハワイを基地とする米國艦隊の大半を覆滅し英極東艦隊の主力を擊滅する等敵が誇張し宣傳し且つ脅嚇に努めてをつた對日包圍陣も隨所に突破せられ旣に崩潰の一途を辿りつつある、この偉大なる戰果は世界の警異の的となり國威を中外に輝かすに至つた、これ偏へに御稜威の然らしむる所で真に感激に堪へぬ、默默として隱忍自重積年鍊成の勞を重ねて今日あるの準備を整へ一度戰ひとなれば君國に殉ぜんがため靜觀を期せざるわが陸海軍の勇士の偉大なる力の發揮に對しては滿腔の感謝と崇敬とを禁じ得ざると共に銃後官民の責任の愈愈重大なるを痛感する、今や帝國の隆替は當にこの一戰に掛つてゐるわが同胞は一大國難に直面すれば必ず打つて一丸となりて殉國の精神を發揮し如何なる艱難をも克服して國威を中外に發揚し國運の隆昌を致して居りますことは明かに史蹟の示す所である、凡そ戰ひの要訣は必勝の信念にあり私は全國民がわが國體の本義に徹し建國以來二千六百年未だ嘗つて戰ひに敗れたることなき帝國の光榮ある史蹟を回顧して固き必勝の信念の下に如何なる艱苦も耐え忍び職域奉公に遺憾なきを期し必ず終局の戰勝の光榮を招來するに至らんことを確信する、然しながら敵は領土の廣大資源の豐富を誇りこれを以て世界制霸の野望を逞うせんとする米英兩國である、帝國は大東亞の禍亂を戡定すると共にこの强大なる敵を碎かなければならぬ、從つて長期戰は固より覺悟の前で帝國は今後幾多の困難に當面することあるべきを深く肝に銘じ敵兵力の殲滅に愈愈奮鬪努力して緒戰における赫赫たる戰果を擴充すると共に新たに參加する南方諸地域を加へて各般に亘る一大建設を行ひ以てこの長期戰に堪へ得る態勢を速かに整備せねばならぬ、戰ひは寧ろ今後にありわれら國民は茲の全勝に醉ふことなく又茲の現象を憂ふることなく愈愈正義を擴充して互に相倚り、相助け內は荒怠を戒め外は邪惡思想の滲透を防ぎ必勝の確信の下に飽くまで献身殉國を念とし誓つて征戰の目的を完遂せねばならぬ、この際滿華兩國が帝國との一心同體の關心愈愈厚く戰端一度開かるるや直ちに帝國に對して總ゆる協力を與へられつつあるに對し茲に滿腔の感謝の意を表する、尚帝國は曩に佛印と共同防衞の約を締結し今又タイ國と攻守同盟締結につき意見一致し之ら兩國が愈愈帝國との提携を固くし相共に新秩序建設の為に邁進しつつあることは欣快とする所である、抑抑帝國が今回南方諸地域に對し新たに行動を起すの已むを得ざるに至れるは米英の暴政を排除して大東亞諸地域を明朗なる本然の姿に復し新たなる大建設を行はんとするに外ならぬ、大東亞數億の住民も亦帝國の真意を諒解して無益の抵抗を行ふことなく寧ろわれらの同志として速かに帝國の企畫する大東亞共榮圈建設の聖業に參加するに至らんことを切望して已まぬ、この際重慶政權が尚抗戰を續けつつあることは甚だ遺憾である、若し彼にして今後も依然抗戰を繼續するにおいては帝國は今後と雖も毫も壓迫の手を弛めるものでない、其抵抗の根源も今や覆滅に瀕しつつあり禍亂の戡定も遠からずと思ふ、この秋に當り盟邦獨伊兩國が帝國の開戰と共に參戰し帝國と共に確固不動の決意を以て一切の强力手段を盡し世界平和のための共同の敵に對し勝利を得るまでは斷じて干戈を收めざることを誓ひ又相互の完全なる諒解に依るに非ざれば米英兩國の何れとも休戰又は媾和を為さざるべきこと及び公正なる新秩序招來のため將來益益密接に協力すべきことを約し日獨伊三國の締盟愈愈固きを加ふるに至つたことは真に同慶の至りで米英兩國を屈服せしむるまでは斷じて戈を攻めざる帝國の固き決意を茲に表明する、尚この機會において私は開戰以來の國民の熱誠溢るる愛國の至情に對し衷心よりの感激を表明する |
02 | 豫算案並に法律案 兩院本會議で即決可決 |
03 | 貴族院の奉答書 |
04 | 眾議院の奉答書 |
05 | 兩院感謝敬弔決議 |
06 | 米英主力艦を潰滅 海相、大戰果を報告 |
07 | 敵廿八機を擊墜破(比島馬來) |
08 | 大型敵船二隻を擊沈 |
09 | 陸海兩相挨拶 |
10 | 常に敵の機先を制し 隨處に奇襲上陸敢行 東條陸相戰況說明 |
11 | 蘭貢に巨彈 |
12 | 戒嚴令の實施は 努めて避けたい 東條兼攝內相言明 |
13 | 龍州を爆擊(廣西) |
14 | 貴院本會議 |
15 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 歷史的臨時 議會の使命社說 一 世界永遠の平和と人類の安寧幸福を求めるため、暴戾飽くなき米英兩國に對し、畏くも宣戰の大韶渙發せられ、我が無敵皇軍は勇躍奮戰、陸に海に空に旬日を出ずして赫赫たる驚異的大戰果が擧げられ、今こそ宿怨米英兩國を打倒粉碎して大東亞戰爭の目的完遂に勇往邁進の意氣に燃えつつある時更に一億國民がよく渾然一體、熱火鐵石の決意を結集せんとして召集された歷史的第七十八臨時議會は、去る十五日召集卽日貴眾兩院共に成立したので愈愈昨十六日天皇陛下の親臨を仰ぎ奉り、貴族院に於て嚴肅なる開院式が擧行された、謹承するに今回の第七十八臨時議會以前の緊急戰爭議會としては、明治二十七年日清戰爭の宣戰布吿直後に於ける第七議會を始め、同三十七年日露戰爭の第二十議會、次いで大正三年世界大戰に當つての第三十四議會があり、今次の臨時議會は之に次ぐものである、これのみを見ても如何に今度の大東亞戰爭の意義が重大であり、使命が悠遠であり、規模亦雄大であること嘗てその比を見ざるものであること思ひ爰に致す時誠に畏き極みである 二 この日の開院式に當り畏くも優渥なる勅語が賜はり、引續き貴眾兩院とも直ちに本會議が開かれ、先づ東條首相、東鄉外相、賀屋藏相から夫夫大東亞戰爭の目的使命と之が遂行に對する熱烈なる所信決意を極めて率直鮮明に披瀝されたと共に、一億國民の蹶起協力を促し、聖戰完遂に必要なる豫算案並に法律案の協賛を求める演說があり次いで東條兼攝陸相並に島田海相から夫夫開戰以來無敵皇軍が陸に海に空に於いて樹てられた赫赫たる武勳、電擊的大戰果を詳細に報吿すれば、貴眾兩院とも空前の感激と緊張の下に全員起立して皇軍將士並に戰歿英靈に對する感謝決議を滿場一致可決し、銃後全國民が一人殘らず大東亞戰爭必勝のため總ゆる困苦と缺乏を忍び、一億總進軍の堅き決意を端的に表明し、更に兩院は聖業翼賛の本分を盡し、積極的に政府を鞭撻激勵するため從來の因習を一擲して、直ちに總額二十八億圓に上る臨時軍事費追加豫算案と一般會計特別會計の各追加豫算案並に合計五件の戰時法律案を同日中に議了し僅か一日にして兩院を通過成立せしめたことは今次議會を通ずる決戰態勢の明白なる示現である 三 更に眾議院は本十七日の本會議に於てその規模の雄大にして使命の重大なる今次大東亞聖戰の目的完遂に勇往邁進すべき國民的決意を闡明し政府國民一體化の擧國體制を顯現するため世界新秩序建設決議案を上程滿場一致を以て可決し之を以て我我一億國民に負荷された尊き歷史的使命を遂行し協心戮力一路大東亞共榮圈を確立すべき旨の國民的信念を彌が上にも表明昂揚する筈である、斯くて今次の大東亞戰爭を飽くまで戰ひ拔く臨時軍事費追加豫算案と國民の總力を擧げる重大な戰時法律案並に東亞民族共榮圈及び世界平和維持の為世界新秩序の建設に對し飽く迄も邁進する國民的總意を表明する世界新秩序建設決議案を合せて僅かに二日間の日程を以て終了させ、世紀に新たなる紀元を劃すべき議事進行を以て明十八日この歷史的戰時議會の閉院式を擧行するが寔に大東亞悠遠の運命を決するこの一戰、皇國の歷史的使命に應へる今次議會の意義は頗る重大なるものがある、全國民は深く之を銘記し一億一心いよいよ總力の實を擧げるべく一路勇往邁進しなければならない。 |
02 | “搖ぐ泰”も確乎不動 佛印人は南畫風の繪を好む 彩管使節・藤田畫伯語る タイ佛印現地報告 |
03 | 油井四百七十(英領ボルネオ) 日產量二千五百瓲に上る 石崎、牧山兩技師談 |
04 | 續く銃後献金部隊 臺灣軍司令部受理 |
05 | 腰に大小を插す 我が古武士同然のホーロ人 玉手特產課長語る 思出のボルネオ |
06 | 新竹州男女青 年團查閱日程 |
07 | 地圖と首引き 昂る島民の時局關心 |
08 | 基隆憲兵分隊取扱ひ |
09 | “極東”の用語追放 次官會議で正式申合せ |
10 | ペナンの英米 人避難 |
11 | “そらツ、首相の放送だ” 六百萬島民・耳の一齊射擊 |
12 | 花蓮港憲兵分遣隊受理 |
13 | 百圓を献金 |
14 | 敵性郵便物取締を強化 けふ公布と共に實施 |
15 | 飛行機一臺献納 基隆保甲協會で決議 |
16 | 東門第二區奉 公班古鐵献納 |
17 | ときのこゑ |
18 | 新春門松 最高二圓五十錢 |
19 | 惠比壽顏出現 ボーナス貰つて |
20 | 文化映畫統合 問題解決 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 東亞民族の宿敵 米英擊碎の雄叫び |
02 | 小さき胸にも漲る 烈烈たる鬪志 國民校兒童の戰捷祈願祭 |
03 | 戰勝祈願祭 鶯歌街で執行 |
04 | 若き學徒 赤心の祈願 |
05 | 岡山の華僑等 皇軍戰勝祈願 |
06 | 奉公壯年團結成 和衷協力を宣言 |
07 | 勤報青年隊 淨汗奉仕の結晶 中央山脉橫斷 富士產金道路竣成 |
08 | “理想が高過ぎるね” 男性側が望む理想の女性は? 未婚者の結婚問題座談會 決戰下の人的資源 |
09 | “母”の心構を說く 森田知事、女子青年幹部に |
10 | 支會奉公委員會 市民館で開催 |
11 | 防犯運動に就て 滿富臺中州警察部長談 |
12 | 嘉義市奉公支會 十八日に講演 |
13 | 皇軍將兵に 感謝を決議 |
14 | 昂る献納熱 臺南市役所扱ひ |
15 | 最大限に收容 學齡兒童の七十五%を目標に 嘉義市の教育豫算 |
16 | 真摯なる協議 決戰下街庄長會議 |
17 | 勸業課長會議 |
18 | 諸共に臣道實踐 奉公班常會を一齊に開く |
19 | 臺中華僑献金 |
20 | 觀客に戰況周知 |
21 | 快報ボラの大群 三時間に三千尾の初漁 漁民に凱歌擧がる |
22 | 防空第一線に挺身 卅一日に在鄉隊を結成 |
23 | 時局講演會 恒春公會堂で |
24 | 產業警察關係官 打合會を常置 |
25 | 銃後國民の義務 米穀號資金献納 陳反氏感激を語る |
26 | 元旦を期し 高砂族青年奉公隊結成 |
27 | 新港庄の 臨時協議會 |
28 | 消費米取扱を畫策 南投郡下の各產組が |
29 | 布帛製品の規 格を單純化 |
30 | 11月中恤兵献金 臺灣軍司令部扱ひ |
31 | 北港產組が總代を選擧 |
32 | 罐詰配給組合 創立總會 |
33 | 地方便り |
34 | 今日の映畫 |
35 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 島內の石炭對策 優良炭增產に邁進 各地に貯炭場を增設 |
02 | 重要食糧確保に 打合懇談會開催 |
03 | 國防經濟力を強化 賀屋藏相演說の要旨 |
04 | 時艱を貯蓄で突破 貯蓄實踐強調運動 廿一日より廿七日迄 |
05 | 戰時保險を協議 臺北商議所金融部會 |
06 | 臺中米穀配給組合決算總會 |
07 | バナナ栽培面積 全島二萬八千餘甲 |
08 | 非常交通體制を協議 非常交通部會で |
09 | 府松川技師 石炭會社入り |
10 | 日糖竹山外三工 場壓搾開始 |
11 | 鹽乾魚販賣統制に 近く卸賣組合設立 |
12 | 船會社、遞信當局 の定例懇談會 |
13 | 臺灣青果會社 屏東に出張所設置 |
14 | 照明燈 |
15 | 私鐵現行運賃 調查出揃ふ |
16 | 商況(十六日後場) |
17 | 水滸傳(564)/黃得時;榎本真砂夫 |
18 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 大東亞戰目的を貫徹 眾院で決議文を可決 |
02 | 真摯且つ熱烈な審議 兩院全日程を終了 |
03 | 眾院本會議 |
04 | 圖像:西南太平洋を制壓 |
05 | マ島ジ島(ハワイ群島中)を砲擊 十六日晝夜に亘り |
06 | 香港淒慘の氣漂ふ |
07 | 敵艦擊沈破廿六隻 敵機損失四百六十四機以上 我が海軍の精銳 開戰以來の戰果 |
08 | 三國條約混合委員會 ドイツ外務省で初協議書 |
09 | 貴族院本會議 |
10 | 言論取締法案 委員會で可決 |
11 | デマ宣傳のペナン 放送局爆破か |
12 | 英米打倒の暴動 香港大混亂に陷る |
13 | 東亞打つて一丸 後宮支那派遣軍總參謀長談 |
14 | 廣九線の客貨車 三年の眠りから醒む |
15 | 反樞軸國と軍事同盟 重慶スポークスマンの言 |
16 | 圖像:抗日の據點香港上海銀行も上海陸戰隊に 接收された(臺灣軍報道部貸下) |
17 | 米陸軍省發表 |
18 | 追加軍事費 十億磅 英下院で可決 |
19 | 海外派遣の餘力 濠洲軍にはなし 英國側宣傳の矛盾を暴露 |
20 | 聯合軍最高軍事會議 英政府設置を提唱せん |
21 | 亞國の通牒 米政府筋の解釋 |
22 | 相次ぐ皇軍の 赫赫たる戰果 獨逸各紙讚嘆の聲 |
23 | 羅國對米宣戰 我國に傳達 |
24 | グワム島は 軍略上の重點 |
25 | 我がグアム島占領を確認 米海軍省が |
26 | 英軍代將を捕虜 獨軍北阿で反擊戰 |
27 | アフリカ戰線に 獨軍、新攻勢展開せん |
28 | 濠洲政府マレー 救援を增強 |
29 | 百億弗追加 軍事費 米下院で可決 |
30 | 米下院九十萬 噸建艦案可決 |
31 | 米大統領に 特別權限附與 |
32 | タイ國豫備 兵を召集 |
33 | 中米サ、コ二國 の資產を凍結 |
34 | 米太平洋岸の 住民避難 極度の周章狼狽 |
35 | 米國公使に 退去旅券交附 ハンガリー政府 |
36 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 銃眼へ“死の突入” 壯絕快絕・敵英旗艦の擊沈 嚴たり洋上の大和魂 |
02 | 唯一丸“火の玉” 決戰議會劇的シーン |
03 | “防犯週間に當りて” 荒木警務局長の放送 |
04 | 在鄉將兵に勳章傳達 けふ第三部隊で嚴肅に擧式 |
05 | 戰勝祈願參拜 新竹市の華僑 |
06 | 翼贊壯年團 全國的整備を促進 |
07 | 肉卵牛乳の確實な配給方法 |
08 | 米英擊滅大會 あす市公會堂で |
09 | 世界“屈指の古都” 忘れられぬ緬甸ルートの名 南方交通要衝“蘭貢” |
10 | 献金群目白押し けふも海軍武官府へ |
11 | 賣る者、買ふ者 協力で守れ經濟統制 |
12 | 嘉義の地震 死者一九〇 負傷一六四 |
13 | 震央は嘉義 氣象臺の觀測 |
14 | 贈答廢止 奉公班に飛檄 |
15 | 善後對策萬全 臨時局部長會議開かる |
16 | 心聲/黃可軒漢詩 睡起/步初、睡起 二/步初、次步初兄睡起韻/蒲園、次步初兄睡起韻 二/蒲園、次步初兄睡起韻/春林、次步初兄睡起韻 二/春林 |
17 | 被害中心は 嘉義市郡 |
18 | 災害狀況視察 總督を代理して 內務局長南下 |
19 | 鐵道の故障 悉く復舊 |
20 | 非常時金融對 策座談會 海山郡下產組 |
21 | 防犯講演會 けさ双連座で |
22 | 新竹商議會頭 林田氏を推戴か |
23 | 商況(十七日前場) |
24 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | ベ、ジ、マ三島(米の基地)攻擊 敵重要施設を破壞頭條新聞 【東京發同盟】大本營海軍部發表(十七日午後三時三十分) 帝國海軍艦艇は十一日米基地ベーカー島、十六日米基地ジヨンストン島を攻擊し敵重要軍事施設の大部分を破壞せり 【リスボン十六日發同盟】ワシントン來電によれば米海軍當局は十六日日本軍艦がハワイ群島中のマウイ島並にハワイ南西千七百粁の海上に在るジヨンストン島に對し過去二十四時間に亘り砲擊を行つたと發表した |
02 | ウエーク島っをも二回攻擊 |
03 | 全香港島を爆煙に包む |
04 | 香港攻擊の戰果(我が海軍) |
05 | けふ閉院式を擧行 重大使命を完ふして |
06 | 人類の敵米英擊滅 山崎氏の提案說明 |
07 | 圖像:轟轟銀翼を連ねて南の空を壓する陸鷲(陸軍省提供) |
08 | 首相以下議長議員等に けふ拜謁仰せつけらる |
09 | 英軍を南部に壓迫 ビルマとマレーの連絡遮斷 馬來について武田大尉放送 |
10 | 砲彈絕間なく落下 |
11 | マレーの英軍退却 |
12 | 皇軍ひた押しの進擊 ジヤングル地帶を物ともせず |
13 | 新嘉坡、ラングーンの 連絡完全に斷たる 我が要衝○○攻略の大戰果 |
14 | 議案全部を議了 掉尾の兩院本會議 |
15 | 樞府定例本會議 |
16 | 英侵略據點潰滅迫る |
17 | 純良な言論抑壓せぬ きのふ內相談を發表 |
18 | 新嘉坡は風前の燈火 馬來英軍司令部自認 |
19 | 政府の戰時諸施策 具體化に萬全を期す |
20 | ハワイ米海軍損害 ノ米海軍長官公表 |
21 | 言論出版結社等 臨時取締法案 廿日頃に實施 |
22 | 緊急狀態宣言 アルゼンチン政府 |
23 | 米國民唯唯愕然 米海軍の甚大損害に |
24 | 濠洲宣戰布告 |
25 | 怠業行為死刑 米下院で可決 |
26 | パナマラジオ 朝の放送禁止 |
27 | 死の孤島布哇 流言引切無し |
28 | 蘭印では未だ 戰鬪は行はず |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 大東亞戰爭 と志願兵制 本島青年の 蹶起を望む社說 一 東亞諸民族を米英の壓迫搾取から解放せんとする今次の大東亞戰爭は人類の正義と平和のため八紘一宇の大精神を顯現したのに他ならぬ。此の故にひとたび破邪顯正の矛執つて奮ひ起つ皇軍の前には敵なく文字通り鎧袖一觸瞬く間に西南太平洋海空陸を制壓して全世界を驚倒させ汎く皇軍の武威を中外に宣揚したことは決して故なしとしないのだ。生を臺灣に享けた六百萬島民は今更の如く帝國臣民たるの有難さに感激すると共に今日の名譽と光榮を荷へるの喜びに堪えない。大東亞戰爭に直接間接參加し得ることは國民無上の光榮である。此の國民的榮譽をば島民は一日も早く荷はなければならない。我らの前には志願兵制度といふ大道が明示せられてゐる。此の大道を驀らに邁進することこそ、六百萬島民の榮譽ある責務と云はねばならない。今こそ島民蹶起の秋である。過去四十年間浴し來れる廣大無邊の皇恩に報ひ奉るべき時期が遂に到來したのである。 二 顧みれば去る六月二十日、榮譽は燦として輝く我らの譽れの志願兵制實施の朗報が傳はるや、全島津津浦浦に捲起されたあの感激あの興奮は、永久に島民の腦裡を去らないものがあらう。特に青年大眾の欣喜雀躍殆んど身を置く所を知らぬ有樣は、全島的に繰り展げられた幾多の感激譜によつて今尚髣髴たるものがある。思ふに臺灣統治史上に不滅の金字塔を打建てた志願兵制の實施は、六百萬島民多年の熱望に應へると云ふよりも本島青年いな全島民の嚮ふべき大道を明示せられた所に重大意義があると云はねばならない。我らは何よりも大御心の畏さに深く思ひを致し、今日の榮譽を全うする覺悟を固めなければならぬ。日本臣民最高の名譽と大任を授けられ、陛下の股肱たる至上の榮譽を拜する島民の本望は之に過ぐるものあるを知らない。本島青年たるもの一人殘らず、軍旗の下に馳せ參じて盡忠報國の誠を披瀝する一大チヤンスが今や到來したのである。 三 洵に國家隆替の重大時機に際會して、本島青年は唯徒らに戰捷に醉ふことなく。うつぼつたる赤誠を披瀝する所があらねばならぬ。今日こそ島民にとつて正に再びとない一大チヤンスである、我らはこのチヤンスを逸してはならぬ。皇國民としての本分を盡し聖恩の萬分の一に報ひ奉るべき秋、我らは打つて一丸となり鐵石の團結を以つて如何なる事態に處しても自らの手で治安維持民心安定を確保し職域奉公を勵むと共に一朝御命令があれば何時なんどきでも挺身國家に報ひ國に殉ずる心構を堅持する必要がある。今や大東亞戰爭は必勝態勢下に着着と其の巨步を進ませつつあり、來る大勝利の結果南方に洋洋たる樂天地が開かれるが、その曉には本島民の活躍に俟つ所少なからぬものがあらう、しかしながら明日の輝く希望は今日の責務を完うすることに依つてのみ達成されるのだ。我らは此の一大機會に當つて奮然蹶起し自ら盛り上らねばならないのではあるまいか |
02 | 宣戰奉告と戰勝祈念の 臨時奉幣祭を執行 二十日に臺灣神社で |
03 | 鐵石の“一億國論” 山崎氏愛國の獅子吼 |
04 | 井野拓相參內 本島地震被害狀 況に付委屈奏上 |
05 | 皇軍の戰勝に感謝 昨日も献金部隊陸續 |
06 | 桔梗俱樂部員の 實彈射擊大會 來る廿一日三張犁で |
07 | 宜蘭市參事會 |
08 | 臺北州下產業 組合長會議 けふ市公會堂で |
09 | 迎ふ決戰下の新春 島民奉祝時間午前七點半に決定 |
10 | 物云はぬ戰士を慰問 ヨイ子供部隊人參を御馳走 |
11 | “前衛戰士として 敢然挺身を誓ふ” 昨日晴の結團式擧行 島都奉公壯年團 |
12 | 港都壯年團結團式 |
13 | 臺南州下の地 震被害詳報 |
14 | 食料品配給過程 港都更に一段の強化 |
15 | ときのこゑ |
16 | 斷層地震の 一部と判明 |
17 | 防犯講演映畫 會盛況 |
18 | 貧民救濟費に 映畫會を開催 |
19 | 歲末大賣出し 北署から禁止令 |
20 | 新竹市の歲末 同情週間 方面委員大活躍 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 寶島英領ボルネオ 皇軍上陸で鐵鎖を斷つ |
02 | 大麻頒布式 |
03 | “健康な男性が欲しい”(二) 女性側が持出す共通條件 未婚者の結婚問題座談會 |
04 | 戰捷に感激の献金 |
05 | 學校報國隊結隊式 廿一日臺中神社外苑で |
06 | 中等校聯合演習 學校報國隊の使命完遂を期し 森田知事統監の下に實施 |
07 | 臺中商議幹部 時局對策を打合 |
08 | 圖像:高雄大東亞戰完遂國民大會 |
09 | 戰勝祈願祭 彰化保甲民が |
10 | 献金熱熾烈化 |
11 | 屏東華僑献金 |
12 | 米英擊滅大會 鹿港で開かる |
13 | 魚の集りがよい 築磯後四、五年は續いて獲れる 臺南水產沿岸漁業に新機軸 |
14 | 高砂族懇談會 銃後の固めに |
15 | 地方便り |
16 | 座談會に家長會 桃園防犯週間の行事 |
17 | 臺中市奉公會 委員會を開く |
18 | ラジオ |
19 | 臺中の地震 被害は輕微 |
20 | 戶締を完全に 市民の注意要望 防犯週間 |
21 | 罹災者救護 萬全 パラツクで收容 |
22 | 街庄長打合 國策周知等協議 |
23 | 總督、知事の 訓示傳達 |
24 | 嘉義の小火 |
25 | 人事・往來 |
26 | 今日の映畫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 地方食糧事務所擴充 所長任命、業務を開始 臺北所長、大石碩氏に決定 |
02 | 四組合を統合して 臺南藥業組合創設 但し創立總會は開催せず |
03 | 臺中州罐詰配給 組合創立總會 |
04 | 銑鐵配給統制要綱 昨日發表さる |
05 | 臺北組合銀行預金 一億五千萬圓に肉迫 |
06 | 盤谷臺灣物產見本市 十八、十九日に開催 |
07 | 能高醬油公司 創立總會 |
08 | 米穀局に移管の 重要食糧品目決定 |
09 | 貯蓄座談會 |
10 | 遞信部經理課近く獨立 庶務課に厚生掛新設 |
11 | 橋本圭三郎氏 帝石總裁に決定 |
12 | 和田副頭取 廿日に着臺 |
13 | 戰捷祈願祭 全島產組一齊に執行 |
14 | 臺中市振興會 市內バス事業を讓受く |
15 | 照明燈 |
16 | 商況(十七日後場) |
17 | 水滸傳(565)/黃得時;榎本真砂夫 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | けふ閉院式擧行 |
02 | 勅語を賜はる |
03 | ボルネオ英軍退却 ケダー地方で激戰を展開 |
04 | マレー西方要衝危殆 |
05 | 英、皇軍のボル ネオ上陸公表 |
06 | 圖像:香港攻略戰海軍第一報 |
07 | 新嘉坡軍司令部の發表 |
08 | 米英の共同作戰 未だ確定に至らず |
09 | 首相以下議會關係者に 拜謁仰付けらる |
10 | 英軍に極めて不利 マレー半島の戰況 |
11 | 政府議員招待 |
12 | 全議員灼熱の赤心 東條首相談話を發表 |
13 | 新嘉坡立法會議 緊急議會召集 |
14 | 何れも日本側優勢 伯林到達の東亞戰局 |
15 | 伊船二隻自沈 |
16 | 海軍の能率的運營 わが船舶太平洋制壓 寺島遞相放送 |
17 | 國民、皇軍絕對信賴 心からなる感謝、聲援を送る 軍國議會の成果 |
18 | 米、タイヤ等 販賣を停止 |
19 | 布哇戰敗の 查問委員を任命 |
20 | 年末年始休暇廢止 次官會議で申合せ |
21 | 米、強制的檢閱 制度を實施 |
22 | 佛國船ノ號 米に押收さる |
23 | 獨ソ戰戰況 |
24 | 獨伊軍北阿で 英軍を擊退 |
25 | 敵產管理法 近く實施 |
26 | 英ソ協定實現か 共同戰線の第一步に |
27 | 建設的娛樂歡迎 東條首相、趣旨を闡明 |
28 | 泰藏相、攝政 委員會入り |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 「動かざる航空母艦」 必勝態勢下の本島の真姿を 第一線と內地に放送 |
02 | 皇太子殿下 靖國神社に御參拜 |
03 | 擧州戰捷祈願祭 米英擊滅の獅子吼 新竹州各街庄で一齊に擧行 |
04 | 市民の決意新た 基隆市民大會 |
05 | 英國の香港侵略史 阿片戰爭に依り(一) 支那から強奪占有 |
06 | けふの志願者 |
07 | 廢品の山・山・山 臺北市の古鐵回收 近く卅五萬市民に呼掛く |
08 | 十七日志願者 |
09 | 續く献金群 子供部隊で賑ふ武官府 |
10 | 時局確認を強調 興亞會館の講演會盛況 |
11 | “一億國民皆防空” 改正防空法廿日から實施 |
12 | 再起した傷痍軍人の献金 |
13 | 囹圄の人人の 赤誠の献金 |
14 | 今後の對策に 萬遺憾なきを 森部總督代理談 |
15 | 敵艦轟沈寫真 海軍省から貸下 |
16 | 鍛へよ鍊れよ 厚生省、體育を獎勵 |
17 | 金融交通機關 全く平常通復舊 |
18 | 督府內全職員 義捐金を醵出 |
19 | 晒木綿、半ネル入荷 七人以上の家族に優先配給 |
20 | 教護打合會 |
21 | 死傷者と破損 家屋の累計數 |
22 | 中園、水道町の 市營住宅落成 申込十八日から |
23 | 心聲/黃可軒漢詩 睡起/施子卿、睡起 二/施子卿、睡起/雲鶴、睡起 二/雲鶴、睡起/李秀瀛 |
24 | 商況(十八日前場) |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 米太平洋艦隊全滅 我が大戰果日と共に判明頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營海軍部發表(十八日午後三時) 一、ハワイ海戰の戰果に關しては確報接受の都度發表しありたる所攻擊實施部隊の目擊並に攻擊後の寫真偵察等により左の通りの綜合戰果を擧げ米太平洋艦隊並にハワイ方面敵航空兵力を全滅せしめたること判明せり (一)擊沈戰艦五隻カリフオルニヤ型一隻、メリーランド型一隻、アリゾナ型一隻、ユタ型一隻、艦型不詳一隻甲巡又は乙巡二隻、給油船一隻 (二)大破修理不能又は極めて困難なるもの戰艦三隻(カリフオルニヤ型一隻、メリーランド型一隻、ネバダ型一隻)輕巡二隻驅逐艦二隻 (三)中破(修理可能と認めるもの)戰艦一隻(ネバダ型一隻)乙巡四隻 (四)敵陸海軍航空兵力に與へたる損害、銃爆擊により炎上せしめたるもの約四百五十機擊墜せるもの十四機右の外擊破せるもの多數、格納庫十六棟を炎上せしめ二棟を破壞す 二、同海戰において特殊潜航艇を以て編制せるわが特別攻擊隊は警戒嚴重を極める真珠灣內に決死突入し味方航空部隊の猛攻と同時に敵主力を强襲或は單獨夜襲を決行し少くとも前記戰艦アリゾナ型一隻を轟沈したる外大なる戰果を擧げ敵艦隊を震駭せり 三、わが方の損害、飛行機二十九機、未だ歸還せざる特殊潜航艇五隻 四、八日擊沈せるも確實ならずと發表したる敵航空母艦は沈沒を免れ○○港內に蟄伏中なること判明せり |
02 | “體當り戰術”を敢行 我潛水艦技術の至妙發揮 |
03 | 我太平洋制海權成る 米第三流海軍國に顛落 |
04 | 我陸軍部隊猛進 各戰線の戰況大進展 |
05 | ウ英印度軍總司令 官ら重要協議 |
06 | 英軍マレーに增派 |
07 | 敵潛水艦三隻擊沈 |
08 | 英軍續續南方に敗走 |
09 | 大擧ペナン港を急襲!! |
10 | 我精銳更に強烈な猛攻(香港) |
11 | 緬甸ヴイクトリア地區を攻略 極めて重大意義を有す |
12 | 生存者に輝く恩賞 |
13 | 圖像:マレー沖海戰 |
14 | 香港總督に再度の勸告 頑迷にも又拒否の回答 |
15 | キ提督(米司令長官)罷免さる 後任にニミツツ提督を任命 |
16 | ニミツツ提督經歷 |
17 | 陵川周邊(山西)の戰果 |
18 | 昆明に巨彈の雨 |
19 | ソ聯に對日 宣戰要求せず 英外務次官言明 |
20 | 英支協同軍事行動實現 重慶駐剳英大使館の聲明 |
21 | ハワイ空軍 司令官 エ中將任命さる |
22 | キンメル少將 |
23 | 西國船を抑留 米の檢查局官憲 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 東亞諸民族 解放の聖戰 各民族の奮起 を促すべし社說 一 悠久の歷史と文化を誇る十億に近い東亞の諸民族は過去一世紀餘に亘つて、英米蘭等の西歐白色民族の武力支配と經濟搾取にさらされて來た。この事はアジアの地圖を開いて東亞の各地が殆んど全く西歐各國の色彩で塗り潰されて居る事を見れば一目瞭然たる所である。此の廣い地域に於て僅か泰國と中國のみが形式上の獨立國と稱し得るも實質上は英米の半植民地に過ぎない狀態である。政治、經濟、軍事等の各般に於て完全獨立を克ち得てゐるものは只我が日本帝國のみであるが、この東亞に於ける唯一の完全獨立國たる帝國と雖も過去に於ては勿論、現在までも英米の飽くことなき市場の獨占に依つて日本商品の進出は阻まれ、資源の輸入は禁ぜられる等經濟的不當壓迫の下に呻吟を續けて來た。東亞諸民族はかくして「英米的舊秩序」の桎梏に苦しみ、文化的向上と自らの進步を壓殺されて來た。この不當の侵略と支配に對し、東亞諸民族は屢屢勇敢なる鬪爭を試みた。印度、佛印、蘭印、緬甸比島各地方に於ける民族の覺醒に依る獨立運動は何れもそれであるが、何らの統一なく、確乎たる理念もなく、萬全の準備もなく、各個バラバラに鬪はれて來た為、今日まで何れもが成功の域に達することが出來なかつた。斯樣な東亞共通の運命に對して、決然とその解放の為に立ち上つたのは去る八日に於ける帝國の歷史的な對米英宣戰布吿である。 二 帝國は宣戰と同時に米國太平洋の中心的根據地たるハワイに痛快な一擊を喰はし、同時に米領比律賓と英領馬來に果敢な敵前上陸を敢行し、目下輝かしい戰果を擧げつつあるが、この比島は實に米國の東亞政策及び太平洋政策の最前線基地であつて米國外交史家グリス・ワールド教授が「一八九八年の米國の比律賓領有は米國外交の轉機を意味するものであつて、この時より米國は東亞に對し、積極的外交政策を採るに至つた」と言つてゐる如く、同年ハワイを併合し、更にウエーク、ミツドウエー及びグアム諸島を併呑して比島に至る架橋を造ると共に、翌年國務長官ジヨン・ヘイは支那に於ける門戶解放、機會均等を宣言し、爾來着着その侵略政策の實現に向つて努力して來た。殊に支那事變に際し、比島は米國の援蔣政策並びに我國に對する軍事的壓迫の基地として役立つて來たことは周知の通りである。而して英領馬來は世界交通の要衝に當り、新嘉坡に商港軍港を擁し、英國の東亞及び太平洋の基地として印度の經略に、濠洲大陸の維持に、南洋、支那の制壓に、重大役割を果して來たのである。茲に開戰と同時に英米の東亞侵略基地たる比島と馬來に一齊に皇軍の果敢なる上陸作戰敢行が極めて重大意義を有するものである。卽ちこの兩基地を潰滅さすことに依つて米英勢力を東亞の天地から驅逐することが出來、大東亞諸民族の共存共榮の理想鄉が茲に於て始めて建設し得られるのである。 三 帝國今次の大東亞戰爭は我が政府に於て旣に屢屢聲明せるが如く、領土的侵略、或は後進諸民族搾取を策するものではなく又强權支配を確立しようとするものでもない。對米英宣戰に於ける我が政府の聲明に「今次帝國が南方諸地域に對し、新たに行動を起すの已むを得ざるに至る。何等その住民に對し、敵意を有するものに非ず、唯英米の暴性を排除して東亞の明朗本然の姿に復し、相携へて共榮の樂を分たんと祈念するに他ならず」と闡明されてゐるが如く、英米の搾取的支配を排除して、東亞全民族の向上と進步とを恒常的に可能ならしめ、東亞全體の前進の為に共同の意識を喚起し、東亞諸民族の歷史性の上にその獨立を尊重して締盟し、その綜合力を東亞の共榮と安定の上に寄與せんとするものである卽ち地理的、人種的、文化的、經濟的に密接なる關係にある東亞諸民族が、東亞一體的運命觀の上に結合し、各民族はその自然的、地理的特性と政治的、歷史的特性及び民族的、文化的特性に應じて、各各その處を得、志を遂げ、相共に大東亞共榮圈を建設するのである。卽ち東亞の天地に於て英米の帝國主義的搾取の舊秩序を打破し、代りに共存共榮の新秩序を創造し、諸民族の繁榮福祉を增進するにある。これ大東亞戰爭の聖戰たる所以である。政府當局は宜しくこの點を充分東亞諸民族に徹底させ、英米驅逐戰にその奮起を促すべく適切有效な施策を取るべきであらう。 |
02 | 珠江に藁を流して 英船の航行を阻害 香港の攻略を前に偲ぶ英傑林則徐 |
03 | 本島蒼生に畏き大御心 長谷川總督謹んで語る |
04 | 私設優良社會事業團體に 特別御下賜金の恩命 |
05 | 遉がは山本の剛膽 陣中から狂歌の返電 |
06 | 睨む“南の水平線” 正は邪を制し、直は曲に勝つ 島都米英擊滅大會 |
07 | 迸る島民の赤誠 大戰果に感激の献金 |
08 | 勤行報國青年隊 きのふ入隊式を擧行 |
09 | 武官府に祝電 基隆市會議員 |
10 | 陸海軍各五百萬圓 金融協議會で献金決議 |
11 | 軍司令部馬場 きのふ盛大な馬場開き |
12 | 花蓮港市の米 英擊滅大會 |
13 | 宜蘭市役所 扱献金 |
14 | 花蓮港憲兵分遣 隊扱の献金 |
15 | ときのこゑ |
16 | 宜蘭米英擊 滅大會 |
17 | 嘉義地方震災 義捐金取次 日刊各社で取扱ふ報社消息 |
18 | 嘉義の大地震 死者累計三百三十七名 |
19 | 花蓮港愛國婦女團の献金 |
20 | 圖書館週間 一月十一日より |
21 | 森部內務局長 震害地を視察 |
22 | 臺北陸軍病院 雇傭人を募集 |
23 | 花蓮港婦人鍊成會 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 誓つて米英を粉碎 捷報に接する每に血湧き肉躍る 臺中米英擊滅市民大會 |
02 | 勳章傳達式 廿四日州會議室に於て |
03 | 圖像:英極東政策の據點新嘉坡 |
04 | 幟を先頭に旗行列 小國民の血は燃える |
05 | 兵隊さん有難う 各劇場一齊に公開 |
06 | 傷痍軍人が 戰捷祈願 |
07 | 屏東郡民の赤誠 献金者續出 |
08 | 女子衛生看護會 好成績收めて終了 |
09 | “お酒、煙草は適當に”(三) 大陸花嫁は親の理解が先決問題 未婚者の結婚問題座談會 |
10 | 宣言決議 |
11 | 鮮魚介類配給 統制規則打合 |
12 | 南投李火氏 貳百圓献金 |
13 | 市民の時局認識徹底に 特別常會を開催 奉公會協力會幹部等參集して |
14 | 彰化華僑献金 米英擊滅講演に 感激して |
15 | 港灣運送業會誕生 愈愈荷役に總力を發揮 |
16 | 南投常會指導 者講演會 |
17 | 十一月中恤兵献金 臺灣軍司令部扱ひ |
18 | 賴雲清氏献金 |
19 | 皇軍の勇敢に感激 志願兵願を提出 |
20 | 高雄シロツプ組合 機構擴大で改稱 |
21 | 蕃地の開發進捗 五ヶ年計畫を三ヶ年に短縮 生擴に勤しむ高砂族 |
22 | 防犯の徹底期し 南投で盛澤山の行事 |
23 | 三芝庄追加 豫算協議會 |
24 | 屏東市常會 |
25 | 馬利用競技會 |
26 | 復舊に意氣込む 近く打合會開催 |
27 | 震源地調查に 氣象臺技師入山 |
28 | 翕然集る義捐金 |
29 | 地方便り |
30 | 今日の映畫 |
31 | 新聞配達 員募集報社消息 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 滯炭近く一掃か 貯炭場の新設、資金融通等 石炭會社が一元的に運營 |
02 | 十組合共同產業會館を設立 綜合事務室を開設 |
03 | 鑛山統制會 創立總會を開催 |
04 | 基隆高雄兩驛に 旅行案內所設置 |
05 | 金屬品物價委員會 十八日に開催 |
06 | 十一月中製糖步留 例年に比し良好 平均一分五厘方上昇 |
07 | 勸業無盡開 會時間變更 |
08 | 鐵道醫院入院者に 共濟組合、便宜を供與 |
09 | 貨物運賃改正 鐵道當局で立案中 |
10 | 三和バス買收 價格決定 |
11 | 丸岡運輸課長 昨日南下 |
12 | 臺銀小異動 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(十八日後場) |
15 | 水滸傳(566)/黃得時;榎本真砂夫 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 香港島に敵前上陸 日下着着戰果を擴大 |
02 | ヂャーデン、看視山を占領 |
03 | 比島イロイロを爆擊 |
04 | ペナンの危機を確認(馬來總督) |
05 | 敗戰米英、陣營建直しに 種種の應急對策に狂奔 |
06 | 圖像:國境を越えて九龍街道から香港へ進擊す る皇軍精銳部隊 |
07 | 皇軍の戰果を 大大的に報道 伯林各紙 |
08 | 蘭濠軍、葡領チ島に上陸 |
09 | 臨時會議を召集 葡國朝野擧つて憤激 |
10 | 臨時軍國會議の成果(下) |
11 | 海相參內 |
12 | 大東亞戰爭の意義 臨時會議を通じて一層國民に徹底せらる |
13 | 牢記すべき聖戰議會 議員達は相次ぐ勝報に感激 |
14 | 暴擧を檢討 葡政府聲明を發表 |
15 | 國民の熱意を示す 小山議長感激を語る |
16 | 海務院官制に依る 海事行政機構大要 |
17 | 皇軍の澳門攻擊 英外務省の捏造 |
18 | 我が擊沈破せる 米主力艦の性能 |
19 | 西國政府、英蘭の チ島占領を重視 |
20 | 戰線地名解說 |
21 | 行方不明の クロス中尉 我が軍の捕虜となる |
22 | 英イラン條約內容 |
23 | 米布哇方面陸空 軍司令官更迭 |
24 | ヴイシー政府 日米戰に中立維持 |
25 | ブラジル政府 日米戰には中立 |
26 | 加州に非常 事態を宣言 |
27 | 墨國大統領議會に 米との協力案提出 |
28 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺南神社に參向 長谷川總督・勅使として |
02 | 臨終迫る“香港” どれだけ原形殘すかが問題 敵英國は拱手傍觀 |
03 | 前途慘澹たり 英首相の憔悴甚し |
04 | 譽れの勳章傳達式 けふ基隆市會議室で |
05 | 吉野庄献穀田 來春地鎮祭執行 |
06 | 總督官邸で午餐會 |
07 | 元旦奉祝時間 サイレン吹鳴取止 |
08 | 鼓浪嶼無血占領 陳廈門居留民副會長談 |
09 | 英國の香港侵略史 年三萬箱の阿片 (二)廣東から密輸入 |
10 | けふの志願者 |
11 | 白衣の勇士 內地へ轉療 |
12 | 銃劍道振興會 臺北市分會 全島に魁けて設立 |
13 | 邦人居住最適(ボルネオ) 日本製品が全市場を壓倒 菅村氏の回顧談 |
14 | 決戰に梵鐘一役 必勝に燃ゆる東西本願寺の赤誠 軍司令部へ大量献納 |
15 | モンペ部隊續續 軍司令部に古鐵献納 |
16 | 新竹署扱ひの 國防献金 |
17 | 國民の尊皇愛國 嶋田海軍大臣、永野軍令部總長 感謝の談話を發表 |
18 | 臺北市區長會議 けふホテル餘興場で |
19 | 死刑又は無期懲役 燈管下の強盜や暴行 |
20 | 震災の善後處置 臨時局部長會議で協議 |
21 | 見舞金七千圓 長谷川總督が醵出 |
22 | 南朝鮮總督から五千圓 |
23 | 白衣の勇士慰問 |
24 | 心聲/黃可軒漢詩 敬和鶴亭詞長小立瑤韻/洪元煌、夜坐/洪元煌、敬和少奇詞友小住瑤韵/洪元煌、關壯穆/莊脩禮、岳武穆/莊脩禮 |
25 | 第三回臺灣出張矯正會開く |
26 | 商況(十九日前場) |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 香港の命脈を制す 山嶽地帶に敗敵追擊頭條新聞 【九龍十九日發同盟】我が攻城軍巨砲陣の十二時間に亘る猛砲擊に掩護されて敢行された香港決死的敵前上陸は十八日午後九時五十分見事に成功感激の日章旗を靡かせつつ全島完全占領を目ざして奮戰中である、卽ち作戰準備完了した上陸軍は九龍側啟德飛行場附近に待機してゐたが同九時四十五分頭上を飛び交う彼我砲彈の閃光の下に敢然上陸行動に移り第一隊○○部隊は舟艇に乘り込み炎炎たる香港島の火の手に露出されることを避つつ急潮と戰ひ秘密裡に上陸地點太古ドツク左側プレーマーカド、ヂヤーデン觀視山下方の三上陸地點に接近L字型の鐵棒を連ねた灣岸陣地及びトーチカの連續する敵防禦陣の間隙を巧に見つけ舟艇をつけて上陸に移つたこの時迄氣附かずに居た英軍も上陸部隊を發見して狼狽白色の照明彈を打ち上げて三方より機銃の亂射を浴びせ更に前面トーチカより飛び出した敵兵は腰に輕機をあて掃射を加へる等死物狂ひの防戰を行つたが、我が軍は之に屈せず肉彈突擊により次次と敵トーチカを制壓壯烈極まる白兵戰を演じて上陸地點を擴大し同九時五十分赤色の上陸成功照明彈を感激裡に高高と打ち上げれば對岸に待機中の第二陣は○○○船で上陸地點に至り激戰中の先發部隊と協力ここに上陸作戰は劃期的な大成功を收めた上陸軍は直ちに南方山嶽地帶に敗敵を追擊中で香港島の命脈を完全に制した尚一番乘りは九龍突入一番乘りの野口部隊である |
02 | 全島の大半を制壓 |
03 | 空と海の日英立體戰 我陸鷲に凱歌擧がる |
04 | 圖像:日、泰兩國旗を揭げ皇軍歡迎の南泰○ ○に進駐する○○部隊 |
05 | 香港攻略の重大意義 |
06 | 戰勝の目的に集中 追加豫算編成分方針決定す |
07 | 本豫算と同時提出 我議會史上前例なし |
08 | 楠山少將殉職 陸軍中將に進級 |
09 | 「戰果印度の玄關へ」 英各紙敗戰を認め憂色深し |
10 | 比島各飛行場を連爆 |
11 | 英軍、要衝ペナン撤退 |
12 | マレー西北部、我が手中に |
13 | 蘭領ニユーギニア空襲(海鷲長驅) |
14 | 帝國と友好を持續 米英の惡宣傳に迷はされるな 南米の四國へ友好のメツセージ |
15 | 楠山中將略歷 |
16 | ケダー地區撤退 英當局も確認 |
17 | 通常議會の會期 極度に短縮せん |
18 | 英軍敗戰を自認 シンガポール放送 |
19 | 駐支大使に重光氏 |
20 | 極惡非道の米國軍 グワム島に毒ガス兵器を準備 皇軍の神速な作戰で全部鹵獲 |
21 | 現役大公使の 第一人者 對支外交に再登場 |
22 | 米の戰時閣議 |
23 | 閣僚、財界懇談會 熱心な質疑應答行はる |
24 | 戰時非常權利法に ル大統領署名 |
25 | 米の國防費 七百億弗に達す |
26 | 海務院人事發令 初代長官に原海軍中將 |
27 | 米は代表を 派遣せぬ 英、ソ首腦會談に |
28 | 濠洲東洋軍司令官 ダグラス少將任命 |
29 | 非交戰狀態を 西國政府宣言 |
30 | ペナンの人口 は約十五萬人 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 米太平洋艦 隊全滅社說 一 東亞平和の擾亂者であり、帝國百年の宿敵である米國が金城鐵壁として世界にその堅固さを誇り、これによつて日本、否全世界を征霸せむとして海軍力を擧げて集結した難攻不落のハワイも、銀箭一飛、東亞民族解放を目ざして蹶起した帝國海軍航空隊の為に、爆擊に爆擊を加へられ、數日ならずして真珠灣に集結せる太平洋艦隊及び同島守備の陸海軍航空兵力は、文字通り、完膚なき迄に叩き潰されたのである。卽ち僅僅十二日間で帝國海軍は、敵戰艦五隻、甲乙巡洋艦二隻を擊沈、戰艦四隻、乙巡洋艦二隻、輕巡洋艦二隻、驅逐艦二隻を大破又は中破し、敵航空兵力四百六十四機を擊破したことは、十八日午後三時の大本營海軍部の發表によつて明かな處であるが、それから一時間經つて四時には、帝國海軍が再び敵潜水艦三隻を擊沈した捷報が發表せられた。實に帝國海軍が一度び立てば行く處敵なしの感を今更ながら强く抱かしめるのである。斯て世界一の王座を占めてゐた米海軍は一朝にして第三位に轉落せしめられ、さしもの真珠灣港も、慘として聲なく米國は朝野を擧げて悲嘆のどん底に沈淪してゐる。 二 思へば、彼の華府會議やその他の會議に於て米國は、絕對不利な兵力を日本に押しつけ、日本が一步讓れば、米國は一步伸ばし、遂にハワイを以て世界最大の根據地となし「作戰十七號」として知られてゐる渡洋輪型陣卽ち主力艦群を中核に、巡洋艦驅逐艦をして周圍をめぐらせ、航空母艦および大型巡洋艦、潜水艦の大群より成る索敵部隊を前方或は後方に行動させ全艦隊を打つて一丸となす大きな楕圓形の航進體形で世界を征服せむと大言豪語して來た。そして世界の軍事評論家も、多かれ少かれこの大言豪語に騙され、日米海戰が起つても、双方の主力の遭遇は容易に見られず、せいぜい西南太平洋に於ける通商破壞戰と時時交換する要地の空襲、それが發展して日本の經濟的疲弊を招來する位が關の山といふ觀測をなし、日本海軍が渡洋爆擊をやるなど夢にも思つてゐなかつた。いや、日本には絕對にやれさうもないと多寡を括つてゐた其渡洋爆擊を帝國は敢然やつて除けたのだ。いや渡洋爆擊だけぢやない、潜水艦の「體當り戰術」まで敢行したのだ。しかも米國海軍が、難攻不落と世界に誇つてゐた太平洋艦隊の牙城をついたのだ。世界軍事評論家も、自分達の豫想の外れたのに驚いたと共に神出鬼沒の帝國海軍の作戰に顏を見合せて呆然自失したであらう。 三 渡洋爆擊といへば、吾吾は、昭和十二年八月十五日帝國の荒鷲が、折柄の嵐を衝いて支那本土を初空襲した當時の感激を思ひ起す。爾來、四百餘州の要所といふ要所は悉く我が銀翼下に蹂躪せられ、再起不能となつたたのである。吾吾は斯る輝かしき經驗と戰果をもつてゐるが、しかしそれは、今度のハワイ爆擊の比ではない。その作戰距離からして雲煙漂渺の、實にその幾千百里なるを知らず、その度胸といひ、その規模といひ、その迅速さと云ひ、實に古今稀れに見る壯擧である。斯くてハワイは完全に我が制海空權下に收められ、太平洋艦隊の全滅によつて主力艦の勢力は八隻となり、元保有量の半分にがた落ちし、マレー沖海戰の戰果と相俟つて大東亞戰爭史の第一頁を華華しく飾つたが、殘りの主力艦八隻と雖ども早晚我が荒鷲や潜水艦の餌となつて海底の藻屑と化し去ると共に、大東亞共榮圈の確立も意外に早く實現せられるものと確信する次第である。 |
02 | 戰捷を壽ぐ新春 宮中諸儀式仰出さる |
03 | 月明下、舳艫相銜む 壯烈鬼神も顏掩ふ敵前上陸 銃眼に肉彈の體當り |
04 | 大詔奉戴米英 擊滅大會開催 宜蘭市防衛團で |
05 | 預金引出しに銀行へ かけつけた外人の群 |
06 | 形なき秘密戰防衛に 完璧を期せよ 井上軍報道部長語る |
07 | 學科試驗を全廢 入學準備から兒童を解放 中等學校入試大改正 |
08 | 海鷲で巨艦を擊沈 從來の戰術論に大改訂 |
09 | 本島人至上の榮譽 皇軍と共に各作戰地域に於て 約一千名が勞務奉仕 |
10 | 改正防空法けふ施行 六百萬島民の自發的活動を期待 森部內務局長語る |
11 | 小林前總督 から見舞電 |
12 | 嬉しい迎春譜二つ 特免綿製品と足袋配給 |
13 | 南總督に謝電 長谷川總督より |
14 | 故梅田一等兵 鳳林街葬 |
15 | 自立復興に燃ゆ 賴母し罹災民の意氣 |
16 | ときのこゑ |
17 | 赤誠の特志 看護婦志願 |
18 | “臨時國民防 空”試寫會 |
19 | 臺灣鄉人八紘會 海外進出希望者を募る |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 銃後の備へ愈よ完し 非常時產業部組織 各郡別に食糧、物資、金融班結成 |
02 | 米穀增產を打合 州下勸業課長會議 |
03 | 鳳山郡時局對 處打合會開催 |
04 | 赤誠の献金續く 赫赫の戰果に感激 |
05 | “學歷よりも人物”(四) 結婚前適宜の交際は希しい 未婚者の結婚問題座談會 |
06 | ぽんと一萬圓 王愛惠氏赤誠の献金 |
07 | 大口献金者 續續と殺到 |
08 | 種籾消毒を完全に 督勵班廿五日より指導行脚へ |
09 | 麗しい行為 一匿名紳士 五百圓献金 |
10 | 廢品回收に一役 鳳山國民校のよい子供 |
11 | 兒童防諜作文 時局を反映し佳作多數 |
12 | 暴戾米英を滅せ 各地大會の雄叫び |
13 | 和牛飼養競技會 |
14 | 草屯街管內 時局講演會 |
15 | 斗六煙草耕作組合 獎勵金交付式擧行 |
16 | 經濟犯增加は 銃後市民の恥辱だ 防犯座談會で田子司法主任語る |
17 | 我らの手で建てた 病房二間竣工 タカヌア社の保健施設 |
18 | 桃園奉公壯年團 近く結成式 |
19 | 能高郡高砂族 農產品評授賞式 |
20 | 復興對策なる 市內は早や朗らかな氣分 |
21 | カラスミ製造 講習會を開催 新高漁業組合で |
22 | 復興委員會設置 |
23 | 罹災地調查に 府山田技師來南 |
24 | 罹災者に寄る 麗しい隣組精神 |
25 | 隣人愛の極致 民雄庄民から食 料品どつさり |
26 | 臺灣檳榔會 社創立 |
27 | 流言蜚語で 檢擧さる |
28 | 人事・消息 |
29 | 地方便り |
30 | 今日の映畫 |
31 | 新聞配達 員募集報社消息 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺鐵共濟組合 年金給付改正 來年四月より實施 |
02 | 商組聯旗山支會 出資組合設立を打合 |
03 | 轉換期の物價政策 (四)「低物價・生擴」座談會 |
04 | 農村信組業績良好 貯金一億三千萬圓突破 本年四月末現在 |
05 | 臺灣損害保險協會 來る卅日に創立總會 |
06 | 臺北州等外籾 買入規格標準決定 |
07 | 大晦日各銀行 營業時間延長 |
08 | 灣糖後壁林 工場壓搾開始 |
09 | 臺電人事異動 中村氏を理事に起用か |
10 | 小運搬業許可制 當局中央に疑義照會 |
11 | 學校の空閑地を 開墾、水田化 |
12 | 鵜川事務官 廿三日着臺 |
13 | 照明燈 |
14 | 商況(十九日) |
15 | 水滸傳(567)/黃得時;榎本真砂夫 |
16 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵機二十機を擊墜破 海軍航空部隊の戰果 |
02 | 皇軍の比島攻擊激化 |
03 | 我陸鷲英艦を擊沈 |
04 | 皇軍果敢な猛進軍 呂宋島北部の上陸作戰第一報 |
05 | 圖像:陸鷲の猛爆を受ける斷末魔の香港市街 (中央の公園前總督官邸)(航空隊貸下) |
06 | 香港の運命決す 英當局筋の辯明 |
07 | わが海鷲に遭つては 正に鎧袖一觸の脆さ 比島曉の空に展開の空中戰 |
08 | 圖像:租借進駐、軍報道部活躍 |
09 | 軍事施設に的確な砲擊 香港市街は少しも損傷されず |
10 | 水產新體制要綱 昨日閣議に附議決定 |
11 | 皇軍の戰果 獨宣傳相が稱讚 |
12 | 椰子下に急設の食桌 陸鷲達最大の樂しみ ○○基地一日の陣中生活 |
13 | 色彩の火煙噴上げ 宛然お花畑の景觀 ペナン要塞空襲同乘觀戰記 |
14 | 米太平洋海空軍全滅 獨紙最大の見出で報道 |
15 | 消防警防團員 他縣に應援出來る |
16 | ペナン撤退 公表 |
17 | 印度から 緬甸に援軍 |
18 | イーデン英外相 スターリンと協議 |
19 | 使節クーパーを 閣僚の地位に任命 |
20 | 在チ島邦人 上陸軍に抑留さる |
21 | 馬來方面の 英軍後退 部隊再編制中 |
22 | 東邦オース ランド省設置 ヒ總統令で |
23 | 屑米最高價格 全國的に統一 |
24 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 圖像:兩神社の臨時大祭 |
02 | 宣戰奉告臨時大祭 勅使として長谷川總督參向 けふ劍潭の聖域で嚴かに執行はる |
03 | 建功神社臨時大祭 |
04 | 愛婦七百名が 祈願參拜 終つて遺家族を慰問 |
05 | 稻荷神社の奉告祭 |
06 | 基隆神社臨時大祭 |
07 | 廿日の志願者 |
08 | 英國の香港侵略史 惡辣な貨幣政策で (完)支那人の膏血を吸ふ |
09 | 國婦會員を激勵 和知參謀長が金一封を寄附 |
10 | 基隆新年交禮會 |
11 | 特志看護婦志願者 |
12 | 奉公壯年團幹事會 |
13 | 古鐵献納のモンペ部隊 軍司令部構內清掃に汗の奉仕 |
14 | 戰捷に感激の赤誠 |
15 | 昂る國民の感激 米太平洋艦隊全滅發表の日献金の群殺到 |
16 | 米英擊滅大會 けふ稻江五會場で開催 |
17 | 敵國人取扱には 充分の措置 堀部長、外人記者團に言明 |
18 | 防空法施行令 |
19 | 入學申込みはお早く 六千名に對し僅か二千名 張り切つた學務課力拔け |
20 | 甘藷を大量購入 近く新竹市民に配給 |
21 | 軍援洋裁講 習會終了式 |
22 | 臺灣施行令 改正 勅令第千百三十九號 |
23 | 本社から千圓醵出 南部地方罹災民に報社消息 |
24 | 臺銀幹部異動 |
25 | 心聲/黃可軒漢詩 睡起/樑臣、睡起 二/樑臣、睡起/君山、睡起 二/君山 |
26 | 職務を惡用し て不正を働く 北署で三人摘發 |
27 | 商況(二十日前場) |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ミンダナオ島に上陸 我陸海軍協同の下に頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營陸海軍部發表(二十日午後五時三十分) 帝國陸海軍部隊は緊密なる協同の下に本二十日未明敵の抵抗を排除し新たにミンダナオ島に上陸し戰況有利に進捗中なり 【上海二十日發同盟】マニラ來電によれば米東亞軍司令部は二十日「日本軍は多數の日本人が在留するミンダナオ島○○に上陸し午前中激戰が繼續されたと信ぜらる」旨發表した 【リスボン二十日發同盟】ニユーヨークよりのAP電に依れば十九日夜日本軍はミンダナオ島に上陸二十日朝來激戰展開中と云はれる |
02 | 陷落寸間の香港 殘壘砲臺時折り火を吐く |
03 | ウエレズリー州占領(馬來) |
04 | マニラ、パナイ島を猛爆 |
05 | 比島カヴイテ海空軍基地爆擊 |
06 | 會期半分程度に短縮 再開期日を一月十日に繰上ぐ 通常會議戰爭目的に集中 |
07 | 世界戰史に先例なき 再度の降伏勸告 香港攻略戰皇道の宏大正明を中外に宣揚 |
08 | 眾議院の年內 議事日程 |
09 | ヒリツピン群島最南端 群島中第二の巨島 皇軍上陸のミンダナオ島 |
10 | 米英代表會議 |
11 | 小山眾院議長 辭職願を提出 田子副議長も |
12 | 樞府外交案件可決 |
13 | 議長の後任は 島田氏最有力 副議長内ケ崎氏 |
14 | 貴院、萬般の準備 |
15 | 官民合同の懇談會 三組合中央會主催で |
16 | 南洋の東京です ミンダナオ島の模樣 木原ダヴアオ領事談 |
17 | 英軍の鬼畜的妙案 “土人軍を鎖で繫いで抗戰さす” マレー攻略戰第二報 |
18 | 圖像:聖戰議會 |
19 | 英國の侵略 葡國首相聲明公表 |
20 | 四諮問案を審議 廿三日總動員議會 |
21 | 最も戰略的の 主要性を持つ |
22 | 濠蘭軍撤退要求 ポルトガル政府 |
23 | 英米更に侵略せん 大西洋のマ島を狙ふ |
24 | 英軍の宣傳 タイ國民の反感 愈よ募る |
25 | サ葡國首相 議會で說明 |
26 | 矢野總領事外 無事の模樣 |
27 | 印度問題 英朝野で論議の的 |
28 | メキシコ空軍 大西洋に乘出す |
29 | 野村、來栖兩大 使外一同無事 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 必勝態勢と 島民の覺悟社說 一 皇軍の對米英膺懲戰に起つてから僅か十餘日で米國の太平洋艦隊を擊滅し、英國の東亞侵略牙城香港の陷落も目睫に迫つて居る、東亞民族十億の為めに起つた帝國の解放戰に早くも赫赫たる戰果を擧げ得たのは御稜威のもとに我が忠勇なる將兵が愛國の氣魄に燃えて奮戰した賜であり銃後國民一億の均しく感激して居る所である、近代戰は武力戰であると共に經濟戰であり大東亞戰爭も長期戰爭であると覺悟すべきである、卽ち銃後國民の覺悟と協力に依り必勝態勢を確立し一時も早く米英勢力を東亞共榮圈內より驅逐せねばならないその為には軍需資材の生產に全力を傾注し、銃後產業をして益益增產を急速に計るべきである。之が現下に於ける責務であり長期作戰に耐へ得る準備を為す事が最も急務である、斯る重大緊急國策を樹立具現して行く為めには物的資材及び人的資材の確保に邁進するのが捷徑であるその運營施策には戰時經濟政策を圖る為めに多大なる國帑を活用せねばならないだけに國內に於るインフレーシヨンを防止し、銃後國民生活を安定し重要資材の增產を計らねばならないその對策としては產業經濟機構の合理化を斷行し國民貯蓄を喚起し浮動購買力を吸收せねばならないその為めには國家財源の確保と共にインフレを防止する為に購買力を抑壓する國策として增稅を斷行したのである 二 從つて過般實施した增稅は單なる國家財源の增收を圖るのみでなく、實に全國民をして一段と現下の重大化した國際情勢を認識させる手段の一つである事を深く理解せねばならない、今後の銃後國民生活に於いては國策の意圖する處を察知し、全力を擧げて重要產業の增產に邁進すると共にその日常生活に於いては出來る限り最低限度に切り詰めてその餘剩金を貯蓄し、國策の為めに役立たずべきである卽ち國民生活を合理化し、不必要なる購買力を自制的に規正し不用なる宴會や飯食と贈答を廢止し、一意專心國家の要請する高度國防國家の建設の為めに個人生活に多少の窮屈を受けても我慢して國策達成の為めに貢献する心構へを持たねばならない近代戰に於ける勝敗を左右するのは裝備の充實した軍隊であると共に實に銃後國民生活の緊張の程度に依つて支配されるのである、今回の增稅の主旨を充分に吟味し、國策の向ふ處を推察し、個人生活の戰時化を一時も早くその日常生活の上に具現せねばならない事を强調する。今後の國民生活の上に於いては從來の如き自由主義的觀念を捨て去り、現下の時局を充分に認識し、消費生活に於いては自分の金を自分が勝手に使ふと言ふ舊い考へ方を是正し、戰時下に於ける自覺のもとに個人生活を自肅すべきである 三 本島も內地と同時に國策的增稅を實施した事に對しては官民有識者間ではよくその趣旨を一般島民に徹底させる必要があると共に指導當局に於いては單に通達や口頭のみを以て國策を說明するのみでなく、その個人生活に於いては率先垂範を為し、民眾をして戰時下に於ける銃後國民の日常生活の自肅を喚起するのが必要である。一般島民生活の實情より觀察するに國策要請に應へて全島民ともよく時局の重大性を辨へ奉公生活に邁進しつつあるが、個人生活に於いては充分に消費節約の重大性を認識して居らない一部もあり、宜しく今後は內臺人が真に兄弟となつて國難突破の為に六百萬人が一身同體となつて國策達成に一意邁進せん事を念願するものである。全島民が消費生活に於いて從來の舊體制的理念を潔く一擲し、國家が意圖して居る方向を充分に認識し、不必要にて緊急を要しない購買力を阻止し、全力を擧げて必勝態勢に必要なる戰時資材の為めに個人生活を緊縮し規正せん事を提唱するものである。 |
02 | 偲ぶ“南進先驅者” 邦人斷然幅を利かすダバオ 古田氏感激を語る |
03 | 二十三才で勳八等 稻江出身の范、廖二青年 軍通譯として活躍 |
04 | 遺家族に金一 封贈呈 |
05 | 感激感謝の献金 二十日受理の分 |
06 | 陸軍服制の濫用 臺灣軍報道部發表一般の注意要望 |
07 | 香港陷落しても 各種慶祝催し行はず |
08 | 治安確保妨害者 斷乎嚴罰に處す 古山高等檢察官長談 |
09 | 古鐵大量献納 高雄日清日露從 軍會が |
10 | 國民歌大眾指導 「譽の志願兵」其他 |
11 | 花蓮港憲兵分 遣隊扱の献金 |
12 | 仁術の真髓を發揮 臺灣奉公醫師團結成 |
13 | 司法生活卅四年 伴野高等法院長勇退 |
14 | “早く公正に處理” 榮轉の池內地方法院長談 |
15 | 興亞商工業報國團 きのふ發會式擧行 |
16 | 運賃五割を減免 罹災者救恤品と復舊建築材料 |
17 | ときのこゑ |
18 | 法院人事異動 |
19 | ア伊國名譽領 事五十圓醵出 |
20 | 千圓を醵出 海山郡下の信組 |
21 | 建府青年團 の時局講演 |
22 | 特定郵便局長 異動 |
23 | ニュース映畫會 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 雨中を武裝行軍 決戰下青年學徒の士氣旺盛 臺中州下中等校の聯合演習 |
02 | 米英懲伏を祈願 國婦、愛婦總動員して |
03 | 斷乎、米英を擊て 各地大會意氣虹の如し |
04 | 健全な母から健全な兒(五) 美は配偶選擇の全部ではない 未婚者の結婚問題座談會 |
05 | 方委月例會 事業強化を協議 |
06 | 特別常會を開催 市民に時局認識を透徹 |
07 | 產米增殖實行品評會機構を擴大 街庄にも品評會新設 |
08 | 復興建設に邁進 委員會で諸般の措置 伊藤州總務長施策を發表 |
09 | 陸海軍各五千圓 彰化李丙戌氏感激の献金 |
10 | 李鵬儀氏 二千圓献金 |
11 | 震源地調查に 牧野技師中埔庄へ |
12 | 義捐金醵出 |
13 | 梵鐘もお役に 天后宮の金屬製品献納 |
14 | 芬園庄の献金 |
15 | 青年團の非常時 對策を打合せ |
16 | 嘉義市民平靜 |
17 | 機敏な掘出作業 一家六人奇蹟的に助る |
18 | 掘れば出る“町の鑛山” 加藤總務部長秘藏 の金屬製品献納 |
19 | 募る隣人愛 集る義捐金 |
20 | 礁溪郵便局開局日決定 |
21 | 地方便り |
22 | ラジオ |
23 | 今日の映畫 |
24 | 訃文:林李氏東玉 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 時艱の克服に 貯蓄實踐を強調 今日から全島に實施 |
02 | 本島海事行政機構 近く整備されん 副見交通局總長談 |
03 | 屏東の貯蓄 週間期日變更 |
04 | 轉換期の物價政策 (五)「低物價・生擴」座談會 |
05 | 島內工業の遊休施設 臺北商議所近く檢討 |
06 | 局鐵東海バスの 連絡取扱制限 |
07 | 內地向トマト 出荷對策を打合せ |
08 | 產業設備營團 理事內定 |
09 | 東株第五次 證據金引上げ 二十二日より實施 |
10 | 種子採取園設く 蔬菜類の增產を計る |
11 | 灣糖橘子頭工 場壓搾開始 |
12 | 臺灣皮革 廿二日臨時總會 |
13 | 島內製作機器 製作票提出の諸注意 |
14 | 高雄牛馬車製 造會社創立さる |
15 | 商況(二十日) |
16 | 水滸傳(568)/黃得時;榎本真砂夫 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 日、タイ攻守同盟 昨日バンコツクで 嚴肅裡に署名調印頭條新聞 【バンコック二十一日發同盟】日タイ兩國□□□□□□□協力を□□する日タイ攻守同盟條約の□□□□□二十一日午前十時(バンコック時間)新し□□□の首都バンコックの王宮ナイ□ット・プラケオ寺院內において□□□□□はれわか坪上大使とタイ國ピブン首相との間□□□□□□□公文書に□□署名調印を了し玆に日タイ□□□□關係□□に強固なる□□を□いた |
04 | 條約の內容(情報局の發表) |
05 | 軍事、經濟、文化 各委員會が成立 |
06 | ぺ島攻略更に進擊 シンガポール大打擊 |
07 | マレー要衝○○へ 我が世紀の大戰隊の 泰領○○上陸の模樣 |
08 | 圖像:香港攻略戰 |
09 | 陸鷲、英國砲艦を擊沈 |
10 | 陸鷲、香港上空に出動 |
11 | 香港島周邊の全海面制壓 |
12 | 敵潛水艦九隻擊沈(開戰以來) |
13 | 皇軍のマレー攻擊戰果擴大 |
14 | 比島の各地を猛爆 |
15 | 英軍の○○河撤退近し(新嘉坡□□電) |
16 | 比島戰況 米國側の發表 |
17 | 皇軍、ポ要塞線突破 マレー制空權を確保 某幕僚語る |
18 | 陸鷲、昆明を空襲! 敵機五機を擊墜す |
19 | 桂林飛行場急襲 |
20 | 劃期的な同盟條約 東鄉外相談を發表 |
21 | 坪上大使聲明 |
22 | カナダ政府豫備兵召集 |
23 | 陸海空立體戰の妙 香港島の運命迫る |
24 | 東條首相、東鄉外相と ピ泰國首相との祝電 |
25 | 蔣政權にも致命傷 わが軍のペナン攻略 |
26 | 主權回復案可決 サ首相、チ島不法占領を指摘 廿日のポルトガル會議 |
27 | 新嘉坡死守 英に強硬意見 |
28 | キング提督 三艦隊の最高指揮を掌握 |
29 | ラングーンを或種の海軍基地に |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “マレー沖海戰の勝利” 我海軍航空部隊に不朽の榮冠 英艦二隻擊沈の模樣 |
02 | 田中部隊戰歿者原隊發表 |
03 | 故梅田一等兵の鳳林街葬 昨日嚴肅に執行 |
04 | 皇軍の戰捷に感謝 武官府に續く赤誠の献金群 |
07 | 廿日陸海兩省への献金 |
08 | 花蓮港憲兵分遣隊取扱 |
09 | 泰人心から歡待 マレーへ向ふ皇軍を |
10 | 軍國乙女の意氣高し 桔梗俱樂部員の射擊大會きのふ 冷雨衝いて實施さる |
11 | 嚴肅なる高度の 精神涵養に効果 田中高級參謀の感想談 |
12 | 一望千里.麻又麻 勝田正之氏語る |
13 | 續くリヤカーの列 織物商業報國會の古鐵献納 |
14 | 心強い“決戰一色” 島都師走の街頭表情 |
15 | 信號機確認の裝置 “機關車の今村”又も新發明 |
16 | 香港在留邦人に 對岸から擴聲器で慰問 |
17 | 全島華僑の對米英擊滅大會 廿五日島都公會堂で |
18 | 內地便船入港 |
19 | 鹽糖後任社長に 齋藤茂一郎氏 近く總會召集し承認を求めん |
20 | 新竹市青年動員查閱好成績 |
21 | 建府青年團の米英擊滅大會 第一劇場で盛況 |
22 | 金瓜石の傷害致死事件 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺南神社に參向 長谷川總督勅使として明日 宣戰奉告戰捷祈願 |
02 | 臺中神社の奉告祭 |
03 | 敵國懲伏を祈願 神社に額く國婦の赤誠 |
05 | 譽の傷痍記章を胸間に 皇軍戰捷を祈願 |
06 | 鄉軍射擊會 |
07 | 宣戰詔書奉讀式 臺中市聯青團全員參集 |
08 | 米英擊つべし 毛唐亡びずんば東亞民族浮ばず |
09 | 農村慰安と五穀感謝祭 |
10 | 州廳前で分列式 決戰下青年學徒の意氣を顯揚 臺中學生報國隊結成 |
11 | 名間產組防護團結成式 |
12 | 要所に時局要圖 刻刻戰果を一目で周知 |
13 | 社會教化打合會 |
14 | 新埔奉公壯年結團式舉行 |
15 | 戰捷祈願後に「兵」志願 高雄青年挺身隊 陳隊長引率の下に憲兵分隊訪問 |
16 | 圖像:澎湖廳旭國民學校體育會 |
17 | 廣田氏献金 |
18 | 中等學校設置緊急打合會開く |
19 | 更生の意氣に感動 全力盡して罹災民を指導援助 復興策語る伊藤州總務部長 |
20 | 臺中信組總會 |
21 | 天災克服に邁進 自力更生に勤しむ罹災民 |
22 | 被害家屋を調查 |
23 | 電話全部復舊 |
24 | 赫赫の戰果に 若人の血は躍る 一舉に廿五名志願 皇國のみ楯 |
25 | 義捐金殺到 當局美意に感激 |
26 | 彰化市の義捐金 |
27 | 中南部は緣故深いとこ 石橋前檢察官長の退職感想談 |
28 | ラジオ |
29 | 今日の映畫 |
30 | 訃文:徐何氏良 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 集集方委月例會 |
02 | 防犯懇談會 |
03 | 貯蓄實踐を打合 |
04 | 員林在住華僑 感激の献金 |
05 | 變裝犯人探し 防犯意識を昂揚 |
06 | 地方便り |
07 | 水滸傳(569)/黃得時;榎本真砂夫 |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 香港要塞を擊碎 我陸鷲大戰果を收む |
02 | アナンバ島(新嘉坡の北東)を爆擊 |
03 | 我荒鷲マニラ急襲 |
04 | 比島戰最終階段へ 米軍の抵抗も當初の間だけ |
05 | 英、蘭貢の防 空設備に狂奔 |
06 | 東條首相參內 |
07 | 敗退の英軍 新陣地構築 |
08 | 重慶政權に大打擊 日、タイ攻守同盟成立 |
09 | 英假裝商船バンカ號沈沒 |
10 | 開戰初日の一擊で 敵機脆くも全滅 香港攻略陸の荒鷲座談會 |
11 | 外國人の拘禁 米司法省發表 |
12 | 日本側絕對有利 太平洋の軍事情勢 伯林消息筋の見解 |
13 | 圖像:香港攻略戰 |
14 | ベンガル灣に日章旗 殘存せる武器多數を鹵獲 |
15 | 議長の思ひ出 小山松壽氏は語る |
16 | 聯合總司令部 設置を急ぐ 反樞軸の諸國 |
17 | 瞬く間に突破 ペナン島攻略第一報 |
18 | 常夏のペナン島 大槻氏に當時の模樣を聽く |
19 | 印度洋の死命制す 皇軍のペナン島占領 フ英軍事討論家所論 |
20 | 太平洋佛領 總督を任命 |
21 | 埃及の對日方針 |
22 | ダヴアオの 狀勢一切不明 |
23 | 米、海岸地帶十三 を防備地區に指定 |
24 | キ大將をして 腕を揮はす意か |
25 | スピード兵器 魚雷艇とは |
26 | 武道綜合統制 團體を設立 明春強固な發足 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 赤誠の献金品に感謝 時局重大・打つて一丸となれ 和知臺灣軍參謀長談 |
02 | 皇軍の進駐に依り 沙面・昔日の姿一變 英米の各種權益接收 |
03 | 嚴かに宣戰奉告 幣帛供進使三輪知事參向 基隆神社臨時大祭 |
04 | 煉瓦造を勸める 粗雜過ぎる本島人の家屋 大倉府營繕課長談 |
05 | 新竹神社宣戰奉告祭 |
06 | 宜蘭市米英擊 滅大會 |
07 | 池內新伴野前 高等法院長 各方面に挨拶廻り |
08 | 總動員業務整備に 連絡協議會設置 定例局部長會議で協議 |
09 | 志願兵續續 けふ二十二名出願 |
10 | “日泰同盟は遲い位 東亞十億民族解放の日近し” 泰國兩青年喜びを語る |
11 | 時局講演會盛況 けふ萬華三會場で開く |
12 | 本島の地震史 昭和十年最も激しい |
13 | 技術檢定試驗合格證明書授與式 |
14 | 佃煮を大量寄贈 |
15 | 無敵海軍に感謝 けふも武官府に献金群 |
16 | 盜難皆無の好成績 賴母し決戰下の緊張 防犯週間閉幕 |
17 | 鐵壁の配給陣 基隆食糧配給挺身隊 隊則成り近く結成 |
18 | あす第一回會議を開催 臺灣住宅營團設立委員會 |
19 | 降雨で山崩れ 宜蘭線一時不通 |
20 | 簡易保險契約者へ |
21 | 流言蜚語防止 紙芝居 當選脚本發表 |
22 | 宜蘭市で清酒の 特配 |
23 | 商況(廿二日前場) |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 我陸軍大部隊上陸 ルソン島の新方面に頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營陸海軍部發表(二十二日午後三時十分)帝國陸軍大部隊は本二十二日未明以來強力なる我が海軍掩護の下に曩にルソン島南北に上陸進擊中の部隊に策應しルソン島新方面に續續上陸中なり |
02 | 比島軍の虛を衝く ワシントン方面も事態重視 |
03 | ニコラス、バレルを爆擊 |
04 | 米英戰鬪艦艇損害五十隻 船舶は四百三十隻上 敵機擊破七百七十六機 開戰兩週間の大戰果 |
05 | グアム島治安全く回復 皇軍の威容に住民讚嘆の聲 |
06 | 新嘉坡死守の 要を說く ロイター通信 |
07 | 英機南北泰を 空襲 何ら被害なし |
08 | 敵快速艇と一騎打 激鬪を續け無傷で敵艇を擊沈 香港攻略戰陸鷲の座談會 |
09 | 小山、田子正副議長 正式に辭職 |
10 | 印度各地空軍に 動員令を發す |
11 | 我が巨砲陣は唸る 香港の敵據點を猛擊 |
12 | 海鷲、敵掃海艇二隻に巨彈 |
13 | 英補助巡洋艦バ號を擊沈 |
14 | 香港斷末魔の敵に銃爆擊 |
15 | 陸軍總司令官に ヒ總統自ら就任 |
16 | 圖像:接收された廣東英領事館 |
17 | 馬來コタバルの 皇軍○○粁進出 |
18 | ピブン泰首相の答電 |
19 | 第三戰區顧軍に猛攻開始 |
20 | “英資本を驅逐せよ” 目覺しき文化戰部隊の活躍に 九龍住民白熱の歡迎 |
21 | 皇軍の澳門占領 全く事實無根 澳門政廳デマを粉碎 |
22 | 一月十日頃再開 年末年始自然休會 通常議會 |
23 | 大東亞戰に協力 九龍市民大會の決議 |
24 | 眾院各派交涉會 |
25 | 眾院年內議事 |
26 | チ英首相の 行方 |
27 | 工事入札公告 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 東亞共榮圈 建設と臺灣社說 一 大東亞戰爭の目標とするところは東亞共榮圈の建設にある事は旣に我が國民一般の常識となつたのであるが、假令此戰爭が短期間に我が決定的勝利に歸しても戰後の經營は相當長期間を要すべき大事業である事は明かである。而して東亞共榮圈建設の二大目的は周知の如く東亞に於ける廣域經濟の確立と東亞諸民族をして各各其の所を得せしめるに外ならないが、若し其の範圍の廣大なる事及び其の理想の高遠なる事を想到するならば蓋し古今東西の歷史上に於て曾て見なかつた劃期的意義を有する聖業であると言はねばならない。 二 ところが東亞共榮圈から一たび臺灣の地理的地位を一瞥すれば略其の中央に蟠つてゐるのであるから、今や臺灣は旣に帝國の最南端でなくなり言はば共榮圈內の心臟部に當つてゐると言ひ得るであらう。卽ち日清戰後の臺灣は帝國南端に於ける唯一の新領土であつたが、現在では旣に成年して帝國の重要な領土の一部を構成してゐるのみならず、今後建設さるべき共榮圈の中樞部に位してゐるのであるから、從來の臺灣に課したる使命以外に今後更に新たなる一大役割が加へられたと自覺すべきである。 三 旣に臺灣が東亞共榮圈の略中央に位してゐる以上は帝國將來の國防を考へる上に於て何うしても其の兵站基地たる資格を具へなければならない。言ふ迄もなく今後の帝國としては常に英米兩國を威壓するだけの一大海軍を維持せねばならないから、臺灣としては手近に其の軍需の一部を供給せねばならない。更に進んで南方諸地方との貿易を振興する上に於て何うしても輸出貿易品の製造を盛んにしなければならない。此の見地よりして臺灣の工業化は大東亞戰爭の勃發に依つて少しも其の重要性を失ふ事なく否寧ろ其の重要性を倍加されたと言ひ得るであらう。 四 斯くの如く臺灣今後の使命は重且つ大であるが、之を遺憾なく果し得るや否やは六百萬島民の一致努力如何に依るところが決して少なくない。ここに於て臺灣島民は宜しく此の新事態を充分に認識し其の氣宇を闊大にし其の心構を更新し以て帝國一大飛躍の素地を作らなければならない。之を要するに今後の臺灣は共榮圈建設の先鋒隊として世界の環視の下に雄雄しく立ち上がらなければならないから、官民共宜しく大局に眼を注ぎ此の際舊來の島國的封建的因習を逐次清算すべき事を望まざるを得ない。 |
02 | 皇太子殿下の御誕辰 御目出度第八回を迎へさせらる |
03 | 失明傷痍軍人に 懷中時計を御下賜 島都に輝く二拜受者 |
04 | 末代までの名譽 浦上郡太郎氏語る |
05 | 身に餘る名譽 感激の清水正男氏 |
06 | 宜蘭神社 あす臨時大祭 |
07 | 基隆憲兵分隊 取扱ひの献金 |
08 | 八日、十八日、廿八日 宣戰布告の八日を記念に勤勞奉仕 內地の鐵石總進軍 |
09 | 赤誠赤心の献金 二十二日受付の分 |
10 | 總額二百四十三萬圓 廿二日、陸海軍省への献金 |
11 | 奉公會新竹市 支會打合會 |
12 | 宜蘭市奉公壯 年團結成式 |
13 | 店頭競技會 入選者發表 |
14 | 義捐金七千圓 總督が臺南州 知事に手交 |
15 | 邦人は漁業に從事 ペナン島はマラツカ海峽の咽喉 濕度高いのが特色 |
16 | 共同炊事合理化 奉公會で調查研究 |
17 | 興亞教育の指針 文部省で參考資料編纂 |
18 | 宜蘭向陽信組 の創立總會 |
19 | 累計三萬餘圓 新竹州下の献金 |
20 | 五百圓を献金 新莊郡下の學童職員が |
21 | ときのこゑ |
22 | 傷痍軍人に餅 代を贈る |
23 | 九千五百圓 府扱ひ義捐金 |
24 | 決戰生活五訓 新春の常會で朗讀 |
25 | 中央舞臺の開演 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺中神社臨時大祭 對米英宣戰を奉告 |
02 | 長谷川總督來南 知事等の出迎へ裡に |
03 | 高雄州豫算案 最後の仕上げへ |
04 | 街庄長會議 |
05 | 勳章傳達式 けふ州會議室で擧行 |
06 | 討て・東亞百年の敵 頑米暴英を裁く日は來た |
07 | 嘉義神社の 宣戰奉告祭 |
08 | 米英懲伏を祈願 全員モンペ服に襷掛けて 愛婦、國婦神前に額く |
09 | 輝やく大戰果に 續く感激の國防献金 |
10 | 庶民生活強化に 方委の年末事業 |
11 | 臺中の傳達式 |
12 | 貯蓄運動に協力 預金受入れ時間を延長 |
13 | 手近な御奉公 報國挺身隊 金屬回收に一役 |
14 | 彰銀本店職員 戰捷祈願參拜 |
15 | 嘉南二號を植ゑよ 收量第一主義に米作方針決定 在來種は可及的減縮 |
16 | 圖像:御國のお役とあらば 何をか惜しむべき |
17 | 種子を確保 農務主任打合會 |
18 | 合同慰靈祭執行 震災犧牲者を懇ろに弔ふ |
19 | 高雄州警察部 企畫委員會開く |
20 | 麗しき隣保精神 各地の青年團復舊作業に來援 |
21 | 澎湖海洋少年團 雄雄しく結成さる |
22 | 義俠心は昂る 各地から義捐金續續 本社臺中支局扱ひ報社消息 |
23 | 高雄支局取扱ひ報社消息 |
24 | 林業講習會 |
25 | 一匿名青年 義俠的出捐報社消息 |
26 | 人事・消息報社消息 |
27 | 地方便り |
28 | 今日の映畫 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 中小商工業濫立防止に 近く許可制實施 本多府商工課長談 |
02 | 事變國庫債券 六億圓發行さる |
03 | 日傭賃銀 近く公定されん |
04 | 臺銀三十萬圓 國防献金 |
05 | 東臺各製糖所 續續壓搾開始 |
06 | 東亞海運高雄出張所 來年元旦より開業 |
07 | 官廳俸給日に 臺銀券又も躍進 發行高二億四千二百萬圓 |
08 | 臺北商議所 廿七日臨時總會 |
09 | 海運決戰體制へ 廣瀨中組支部長談 |
10 | 茶商公會總會 敵性國茶行四店を除名 |
11 | 南方洋灰工業 來年中に製品登場 |
12 | 給與振替實施 中央官廳全部に |
13 | 中央官衙吏員の 俸給振替拂ひに |
14 | 明糖南投工場 壓搾開始 |
15 | 日糖玉井工場 壓搾開始 |
16 | 橋子頭第二工場 壓搾開始 |
17 | 小麥、小麥粉、澱粉の 配給統制規則近く公布 |
18 | 開南航運設立 着着內容の充實へ |
19 | 皮革統制會社 臨時株主總會 |
20 | 商況(廿二日) |
21 | 米穀增產講演會 鹿島村で開催 |
22 | ラジオ |
23 | 水滸傳(570)/黃得時;榎本真砂夫 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 比島軍苦戰に陷る 我が重裝備部隊揚陸に成功 |
02 | 猛烈な攻防戰繼續(米軍發表) |
03 | マレー西北部の英軍退却 |
04 | 戰鬪はペラク州(馬來)に移る |
05 | 圖像:商務印書館香港分廠前を行進する 我が○○部隊 |
06 | 皇軍の迅速な進擊 倫敦新聞論調狼狽の色 |
07 | 四諮問案を審議 けふ總動員審議會を開く |
08 | 忠實、服從余に從へ ヒ總統の就任宣言 |
09 | 圖像:一變した運命に呆然たる丸腰の沙面英租 界印度人巡警 |
10 | 英軍退却成功 を發表 |
11 | 太平洋沿岸で米船 潛水艦に襲擊さる 米海軍當局に非難の聲囂囂 |
12 | 潛水艦の行動に 桑港住民大恐慌 |
13 | 歐洲樞軸國、中立國に 勝利と安堵感を與ふ 我が作戰大成功の影響 |
14 | 宗教團體決戰體制 有事の際寺院を開放 |
15 | ウエーク島を爆擊 |
16 | 夜間新嘉坡港 の出入を禁止 |
17 | チ英首相渡米 ル大統領と會談開始 |
18 | 敵產管理法を 公布 |
19 | 貴院各派交涉會 |
20 | 米國ゴム使用 制限を行ふ |
21 | 貿易業整備要綱 地方長官關係團體に通牒 |
22 | 英米ソ會談 近く結果發表されん |
23 | 英航空母艦擊沈(獨潛水艦) |
24 | 重要肥料の 價格は据置 |
25 | 重慶カルカツタ間 の定期航空路開設 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 御めでたき御誕辰 一億赤子擧げて慶祝 皇太子殿下 |
02 | 香港から俘虜團 義勇軍隊長ぺ少佐も混じる 皇軍の保護で一安心 |
03 | そらツ日本軍だ 英兵忽ち總崩れ 勇士歡迎馬來邦人の感激 |
04 | 皇室の彌榮を祈願 臺灣神社の大前で |
05 | 諸英靈內地 へ凱旋 |
06 | 臺灣奉公醫師團 けふ發起人會開催 |
07 | 新竹神社で奉 祝式典 |
08 | 賞賜物品傳達式 けふ新竹州會議室で |
09 | 各遺家族に 餅代を贈る |
10 | 臺灣住宅營團 設立委員會開かる |
11 | 大熊喜邦氏 藝術院會員を 仰せつけらる |
12 | 八千三十九圓 竹南郡民の献金 |
13 | 顧問會長決定 基隆の食糧挺身隊 |
14 | ぱッと咲いた美談 師走の島都に二つ |
15 | 小林前總督 拓南工業協會に 一萬圓を寄附 |
16 | 献金と慰問文 溪州國民校生が献納 |
17 | 英、蘭の海賊行為 既に十六世紀からの史實に歷然 |
18 | 續く赤誠部隊 廿六名志願兵志願 |
19 | 東亞旅行社 基隆案內所 近く店開き |
20 | テーブル掛に赤誠の刺繡 北二高女生が武官府で |
21 | 双葉山道場 土俵祭執行 |
22 | 同窓生十名 揃って志願申出 |
23 | リヤカー十臺 武官府へ古鐵献納 |
24 | 島民に時局認識 情報部「壁新聞」を發行 |
25 | 紙芝居 奉公會で無償配付 |
26 | 中壢郡經濟 警察協議會 |
27 | 心聲/黃可軒漢詩 鶴亭先生古稀壽言/陳渭雄、鶴亭先生古稀壽言/楊笑儂、鶴亭先生古稀壽言/楊雪峰、鶴亭先生古稀壽言/楊雲鵬 |
28 | 啟發宣傳調整 方策案を確立 |
29 | 防衛團用の提燈 基隆の酒井氏が考案 |
30 | 人事・消息報社消息 |
31 | 商況(廿三日前場) |
32 | 新聞配達 員募集報社消息 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ダバオ完全占領 ミンダナオ島の主邑頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營陸海軍部發表(二十三日午後五時五十分) 二十日未明ミンダナオ島に上陸せる帝國陸軍部隊はわが海軍と緊密なる協同の下に靱强なる敵の抵抗を粉碎し同日午後五時主邑ダバオを完全に占領せり、二十一日までに敵に與へたる損害は俘虜約六百、敵の遺棄死體約二百なり |
02 | マレー各地を爆擊 |
03 | 敵軍主力殲滅迫る 嚴寒の江南作戰進捗 |
04 | 大東亞戰爭下初の 通常議會けふ召集 |
05 | 企業整備等四勅令案 全員一致で可決答申 聖戰態勢完璧 總動員審議會 |
06 | 企業整備勅令案要綱 |
07 | 政府の對議會策決定 |
08 | 海運、港灣運送業等統制令の改正勅令案 |
09 | 香港攻略戰の鹵獲品 |
10 | 香港金馬倫山高地を占領 |
11 | 敵捕虜一千百十九名(香港) |
12 | 東龍島を反復銃爆擊 |
13 | 事前審議を行ふ 急速成立せしめる方針 |
14 | 提出法案の 處理方針決定 昨日の閣議で |
15 | 第二豫備金 支出決定 |
16 | けふの兩院 |
17 | 圖像:廣東沙面米總理事館前に 佈告文を貼る皇軍 |
18 | 皇軍の壓倒的進擊 ニユーヨークタイムス紙確認 |
19 | 痛烈に政府非難 英自由黨議員が |
20 | 我國の全生產力を 決戰態勢に集約す 岸商相、政府の方針を明示 |
21 | 根據法を確立 業者の自發態度に期待 |
22 | 比島防衛司令 部の發表 |
23 | 蔣英米陸軍聯 合軍を編制か 總司令に蔣介石 |
24 | 英蔣滇緬公路 共同防衛か 重慶の聯合會議 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 企業許可制と 南方進出問題社說 一 政府では戰時統制經濟下に於ける企業整備の促進並に勞務動員の圓滑を圖るため、國家總動員法第十六條の規定に基き、去る十一日附勅令を以て企業の許可制に關する件を公布、內地は去る十三日より實施、外地は來る二十六日より施行することになつたので、總督府では右勅令に基き、近く府令を以て企業許可制令施行規則を公布し、同日之を實施することとなつた。而して同令の全文を見るに、その目的とするところは、決戰態勢下に於ける國民經濟の總力發揮に資するため、先づ企業の整備統制の基礎を確立し、以て企業整備の促進並に確保を圖ることに重點が置かれてゐる。卽ち政府では統制經濟の運營を圓滑ならしめるため、從來生產配給の各部門に亘つて各種の整備統制方針を確立し之が實施を圖つて來たのであるが、現在の如く資金調整法の如く特別の事業法等に依るものを除く外、殆ど總べての事業の開始を自由に放任し、新たに事業を開始せんとする者に對し、之を抑制するの方途がなかつたために、折角苦心して整理統合を斷行した後でも、後から後からと新規業者のために、再び業界が混亂され徒らに整理統合を繰返さねばならぬ實狀にあつたのである 二 卽ち一方に於て强力なる統制を實施し乍ら、他方に於て從來の自由經濟主義時代の儘に放任せしめたところに矛盾が生じる。殊に現下の情勢に於ては、物資資材等が愈愈窮屈化し、而も之等の物資設備が動もすれば、亂雜に鼎立する虞れがあるので、之が混亂並に業者相互間の無用の競爭を防止し、以て統制經濟の運營を圓滑ならしめることは時局柄極めて緊要なことである。從つて速に之等の根因を除去し、企業の整理統合の基礎條件を確立して、一般業者に政府の整理方針を進んで協力せしめるためには、是非共企業の開始其の他に關し强力な許可制度が必要となるのである。次に大東亞戰爭の目的完遂に國家が最も要請せる生產力の擴充について之を見るに、同計畫の進捗に伴ひ勞働力の需要が可速的に增大することは申すまでもない。然るに之等の勞働力は、從來殆ど農村方面にその供給を求めて來たのであるが、近年農村自體でさへ勞働力の不足を訴へるに至つたので、最早や之以上期待をかけることは困難である 三 從つて政府では、之に代る勞務給源の一つとして、中小企業方面に補給を求めるの已むなきに至つたことは、旣に周知の通りである。卽ち政府は一面に於て中小企業の整理統合を實施し、之に依つて生ずる餘剩勞働力の活用を圖る外、更に企業許可制度の實施に依り之等勞働力の非生產的方面又は不要不急方面への流出を極力阻止し、以て之等を國家が最も要請せる生產力擴充方面に誘導して、戰時生產の遂行に支障なからしめんとするのが同令の第二の目的と見るべきである 本島に於ける中小企業の現狀を見るに內地に比し人口の割合に其數が少なく、且又內地の如く緊迫切實なる狀態に陷つてゐないが、併し將來企業の濫立並に之等業者間に於る混亂を防止する見地よりすれば、同制度實施の甚だ緊急を要するものがある。殊に統制經濟の運用が愈愈强化されるに伴ひ、今後中小商工業者の整理統合問題は、必然的に起るのであるが、總督府としては成るべく失業せしめない方針であるばかりでなく、之に依つて整理された者を速に生產力擴充方面へ振向けしめることになつてゐるので、寧ろ率先して國策遂行に協力することは勿論、更に一步を進めて大東亞共榮圈建設の一翼を擔ひ、希望に輝く南方へ進出することによつて、聖戰目的の完遂に邁進することが、我等島民に賦課された尊き任務であると信ずる。 |
02 | “これで土地問題も 永久に自然解決だ” 皇軍のダバオ完全占領に付佐藤佐氏語る |
03 | 臺南神社臨時大祭 長谷川總督勅使として參向 對米英宣戰を奉告 |
04 | 皇軍に赤心の感謝 續く島民の献金品群 |
05 | “麗しい內臺一體の 自力復興は心強い” 震災地を視察した長谷川總督語る |
06 | 蘇澳神社の 宣戰奉告祭 |
07 | 賞賜物件傳 達式を擧行 廿六日宜蘭市で |
08 | 宜蘭郡の傳達式 |
09 | 勳章傳達式 昨日大屯郡で |
10 | けふ急行で歸北 |
11 | 戰勝祈願祭執行 方委感謝の日に |
12 | 花蓮港商議所 第一回議員總會 |
13 | 茶業商の溜飲下る 敵國人四店の除名で |
14 | 物價統制實踐競 技會入賞者決定 |
15 | 桔梗俱樂部員 第三回鍊成修了式 |
16 | 厚生委員會全體會議 兩分科會の答申案を慎重審議 |
17 | “當然の措置” 玉手特產課長談 |
18 | 組合員の國民 的認識の現れ 朱阿西理事談 |
19 | 英米色の一掃へ 銀座街頭で材料を搜集 |
20 | 臺東廳豫算 最後案完成 |
21 | “海路から見たピナン” 濱崎郵船基隆支店副長語る |
22 | 街頭の花賣奉仕 赤誠女給群賣上を献金 |
23 | ときのこゑ |
24 | 新竹州水產會 臨時總代會 |
25 | 溫い救助の手 各方面篤志家の義捐金 |
26 | 張國威總領事 金一封を醵出 |
27 | 酒煙草值上げ 利益金献金 |
28 | 保甲設員の座談會 |
29 | 分團本部詰所竣工 |
30 | 中臺商事定時總會 |
31 | 不德劇團に鐵槌 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 高雄神社奉告祭 坂口幣帛供進使參向 |
02 | 鄉軍臺中州聯合 會查閱を執行 |
03 | 賞賜物品傳達式 きのふ州會議室で |
04 | 盛大な奉祝式 皇太子樣御誕辰の 佳き日を迎へ奉りて |
05 | 天機並御機嫌 奉伺電奉呈 一番ケ瀬知事から |
06 | 圖像:米英打倒車・現はる |
07 | 大溪壯年團 めでたく誕生 |
08 | 年賀狀は激減! 戰地への慰問狀は增加 郵便局窓口に見る自肅風景 |
09 | 勤行報國運動 鶯歌街で開始 |
10 | 圖像:武威は輝やく |
11 | 迫まる年の瀨に 氣遣はる細民達 屏東市の庶民生活強化運動 |
12 | 思ひ出は深し 大肚山上の合宿 女青鍊成會訓練を終了 |
13 | 11月中恤兵献品 臺灣軍司令部取扱 |
14 | 各機關連絡強調 潮州の貯蓄實踐週間 |
15 | レッテル貼換へてボル 肅清のメス一流料亭擧らる |
16 | 臺中州鹽干魚 組合目出度總會 を開く |
17 | 若人の意氣燃ゆ 新埔庄聯青查閱 |
18 | 圖像:廣東居留民の活躍 |
19 | 青年團角力大會 紀元節の佳辰に開催 |
20 | 燃ゆる隣人愛 本社各支局に義捐金續續報社消息 |
21 | 鯛味噌や福神漬 最高販賣價格改訂 |
22 | 十一月中國防献金 馬公海軍經理部取扱 |
23 | 教員養成所 第一回修了式 |
24 | 高雄鮮魚集荷所 州下に三ヶ所を指定 |
25 | ご存じですか? 蜘蛛は近代戰の軍需品 |
26 | 無料託兒所 罹災民の幼兒を世話 |
27 | 地方便り |
28 | 今日の映畫 |
29 | 訃文:姜鄧氏登妹 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 指定外作物の植付 全面的に禁止制限 近く農地作付統制規則を公布 |
02 | 府水產試驗所 獨立官制けふ公布 |
03 | 新竹中區バス合同許可 |
04 | 米穀納入協會 本日懇談會開催 |
05 | 轉換期の物價政策 (完)「低物價・生擴」座談會 |
06 | 臺灣米移出組合 臨時總會 |
07 | 島內バナナ纖維 來年度中千二百萬斤生產せん |
08 | 全島物價調整 連絡會議を開催 |
09 | 北部標準米 查定會開催 |
10 | 臺灣バルブ 例會を開催 |
11 | 東部米需給 推算打合會 |
12 | 輸入杜絕に對する 米の應急對策 |
13 | 冬粉製造組合 創立總會開催 |
14 | 來春匆匆 豆債券賣出 |
15 | 展南拓殖豐興 工場壓搾開始 |
16 | 照明燈 |
17 | 商況(廿三日) |
18 | 水滸傳(571)/黃得時;榎本真砂夫 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 長期戰完遂議會召集 廿六日開院式擧行 |
02 | ウエーキ島完全占領 我が陸戰隊敵前上陸 |
03 | 米海軍省事實を確認 |
04 | 米の觸手第二節切斷 我ウエーキ島攻略で |
05 | 圖像:敵前上陸後引續き香港市內を掃蕩する皇軍 |
06 | 貴族院成立す |
07 | “大東亞解放の為に 兩國最後まで戰ふ” 日泰攻守同盟成立記念慶祝交驩放送 |
08 | 勝利に一路邁進 東條首相の祝辭 |
09 | マレー戰最初の日英大空中戰 敵機十五機を全部擊墜 |
10 | 貴院部長理事 |
11 | 眾院議長、田子一民氏に 副議長、内ケ崎氏に決定 |
12 | 皇軍の攻擊猛烈 米比軍部の發表 |
13 | ラングーン大爆擊 激戰五分敵機を次次に擊墜 援蔣の策源地火の海と化す |
14 | 比島戰況 |
15 | “生死共にせん” ピブン首相の答辭 |
16 | 米英戰時會議 鳴物入りで宣傳し 敗戰の糊塗に躍起 |
17 | 白堊館の聲明 |
18 | 頹勢挽回に汲汲 ロンドン各紙の論調 |
19 | 蘭貢動搖 |
20 | カナダ派遣軍 司令官戰死 香港英軍大損害 |
21 | 伯國大統領 要塞設置令に署名 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “鬼神もなく壯烈さ” 皇軍コタバル上陸戰 |
02 | 新竹神社臨時大祭 對米英宣戰を奉告 |
03 | 圖像:臺南神社臨時大祭 |
04 | 進め!職域奉公へ 島都方面感謝日の行事 |
05 | 乙女の真心罩めて 我等の勇士に慰問狀 |
06 | けふの志願兵 志願者 |
07 | 戰捷祈願祭を執行 |
08 | 港都の同情週間 豫定額の四千圓突破 |
09 | ヨイ子供十則 校外教護聯盟ビラ配布 |
10 | 大東亞戰へ驀ら 大口の献金 軍司令部に殺到 |
11 | 決戰下の教會 慣例の聖誕祭を中止し 皇軍必勝祈禱會を執行 |
12 | 本島人の赤誠 武官府に感謝の献金 |
13 | 工夫せよ土角造り そうすれば被害は半分で濟む 震源地の調查から歸北した兩技師交交語る |
14 | 必勝敢鬪の姿(一) |
15 | 臺北州農會總會 |
16 | 軍事郵便用繪 葉書意匠圖柄 |
17 | 床し匿名献金 賞金をそつくり |
18 | 心聲/黃可軒漢詩 詣指南宮有作/蒲園、詣指南宮有作/芳菲、聞仙公夢靈應次蒲園韻/步初、同題次芳菲韻/步初 |
19 | 商況(廿四日前場) |
20 | 新聞配達 員募集報社消息 |
21 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 御仁慈の深きに感泣 懷中時計の御下賜に對し奉り 長谷川總督謹話頭條新聞 皇太后陛下におかせられては去る十五日軍事保護院關係の失明傷痍軍人に對し昨年に引續き失明者用の懷中時計を御下賜あらせられたが去る廿二日本島出身の臺北市川端町三七七浦上郡太郞、清水正男兩氏に對し御同樣の時計御下賜の御沙汰あり兩氏共に身に餘る光榮だと只管感激してゐるが井野拓相は長谷川總督宛に激勵電を寄せて來た、右に就き長谷川總督は二十四日左記の如く謹話した、皇太后陛下に於かせられましては失明せる傷痍軍人の上を不憫に思召されまして今次事變を初め遠く日清、日露兩戰役並に其他の事變に於て兩眼の明を失ひたる名譽の勇士に對し失明者用懷中時計を御下賜あらせられました本島に於きましては昨年拜受の光榮に浴したるものが一名あつたのでありますが今般は更に二名の傷痍軍人が之を拜受致したのでありまして洵に恐懼感激に堪へない次第であります之を拜受致しました勇士は申すに及ばず一般傷痍軍人も亦この御仁慈の厚く深きに感泣することで御座いませう吾等島民は此の有難き思召に感激し益益銃後奉公の誠を效し粉骨碎身以て洪恩の萬一に酬ひ奉らんことを期せねばならぬと存ずる次第であります |
02 | 敵機廿一機を擊墜 蘭貢第二次の攻擊 |
03 | 空中戰を展開、敵機を悉く擊墜(第一次の空襲) |
04 | 比島敵殘存航空兵力に巨彈 |
05 | 米の比島增援絕望 西南太平洋の進攻路を喪失 |
06 | 輸送船員に感謝狀 |
07 | 恩賞に輝く諸部隊 第二十三回生存者論功行賞 |
08 | 臨機乘組員の 果敢なる行動 陸軍報道部長談 |
09 | 無人の野を征く猛進 印度洋岸に日章旗飜へる ヴイクトリアポイント 攻略現地報告 |
10 | 東部軍司令官 中村大將親補さる |
11 | 一步一步覆滅へ(香港英軍最後據點) |
12 | 香港殘存施設を爆擊 |
13 | 南支陸鷲の戰果(廿三日まで) |
14 | 二百九機擊墜の部隊長 松村中佐外殊勳者二氏の功績 |
15 | 獨立の好機を摑め 印度國民會議派の巨頭聲明 |
16 | 正議長は田子氏 副議長には内ケ崎氏が當選 |
17 | “土民”の呼稱禁止 次官會議で申合せ |
18 | けふの兩院 |
19 | 重慶政權一部改造 外交部長に宋子文 |
20 | 英軍の裝備と兵力不足 ポパム大將敗北責任を轉嫁 |
21 | 臺灣住宅營團理事 殘りの二名松島常大事務官と 府稅務官高橋四郎氏に內定 |
22 | 小癪・英國機 タイに來襲 被害は輕微 |
23 | 米英共同コム ミユニケ發表 軍事會議終了後 |
24 | 香港在留邦人 ス半島に拘致さる |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 中等學校入試 學科試驗全廢 協力して國民 教育本旨貫徹社說 一 入試地獄、準備教育の弊害除去の根本策はもとより官公立中等學校の增設、私立中等學校の改善にあることは勿論であるが、殊に入學競爭の激しい本島に於ては、一層その感を强うするものがある。併し國費多用の戰時下一時にそれが不可能とあらば、やはり皮相乍ら從來の選拔に適當な變改を加へ、準備教育を誘發するが如き學科試驗の全廢は慥かにその一策であると云はなければならぬ。內地では旣に去年の春から學科試驗を全廢し、口頭試問の人物考查と體力試驗と國民學校側からの內申とに依る選拔方法を實施して來たが、その結果內申制度に絡まる情實の諸弊害、一時的人物考查の困難、或は入學兒童成績の低下等の諸理由から種種の異論も行はれてゐる樣であるが、皇國の道に則る國民學校制度の本旨を貫徹せんが為に、多少の弊害は伴ふものとしても、極力その弊害を最小限度に止める樣に工夫し、改正方法を繼續採用に決定したのである 二 從來入學競爭の特に甚しい本島に於いては文教當局も極力準備教育の排除に努めて來たが、未だ學科試驗全廢の方針採用を躊躇してゐた。所が去る六月二十日臺北二高女に於いて開かれた臺北州下中等學校長會議の席上、臺北州當局より提出された入學試驗制度改善案を繞つて、果然中等學校長側の賛否囂囂たる異論が起り、種種の波瀾を呼んで一時總督府にお預けすることになつたが、文教當局に於いても慎重檢討の結果皇道に則る國民學校制度の本旨を貫徹せんが為に、入學準備の重壓より兒童を解放し、明朗闊達なる心身の發達を促し、躍進日本を背負ふて立つべき將來有為なる國民の基礎的鍊成の完璧を期する趣旨から、斷然學科試驗を全廢することに決定し、人學者の選拔方法として國民學校長の證明、中等學校に於ける人物考查、身體檢查及び口頭試問に代るべき極めて簡易なる筆答試問の四者を綜合判定の上、合否を決定することとした。さすがに內地の選拔制度を詳さに檢討した上に、決定された右の選拔方法は當局の苦心の跡がありありと見え、今の所では殆んど理想に近い方法と稱してもよいであらう 三 卽ち證明書の作成及審查は夫夫委員會を設けて、慎重な審議と周到な審查を經て行ふことになつてゐるから、或る程度個人的な情實諸弊害を防止することが出來る。而して人物考查に於ても校長、教務主任その他の教諭若干名を陪席せしめて之に當るものであるから、比較的に公平に行ふことが出來る。殊に內地にない筆答試問の如きは、問題は全教科に亘り口頭試問に代るべき極めて簡易なものを選定するのであるから、準備教育の餘地を與へず、而も之に依つて內申成績の學校差と云ふものを或る程度判定することが出來るその上稍稍もすれば興奮狀態にある受驗兒童達に落着いて問題を考へさせる餘裕を與へるから、口頭試問の缺陷をも是正することが出來る。從つて今回決定された選拔方法は殆んど理想に近い案であると云つてもよいが、如何に理想的な制度でも運用にその人を得なければ、一層の弊害を生じないとも限らないであらう。この超非常時局に當り、最も重要な國策たる國民教育の圓滑なる發達の為め、學科試驗廢止と定まつた以上、兎に角すべての關係者は、之に賛成したものも、反對したものも、虛心坦懷、ひたすらいたい□□□□と國民教育の本義とに□する心構で、互に協心戮力して、新しい制度を出來る丈活かし、最大限の效果を收むるやう努力すべきである。 |
02 | 兩陛下の御仁慈 震災罹災者に御救恤金御下賜 |
03 | 聖恩廣大無邊 長谷川總督謹話 |
04 | “隣保精神”を發揮 嘉義地方の震災地を視察して 關川奉公會主事語る |
05 | 天皇陛下御親祭 けふ大正天皇祭 |
06 | 增加一途の献金 二十四日受付の分 |
07 | 長谷川總督 きのふ歸府 |
08 | 宜蘭神社で 宣戰奉告祭 |
09 | 硝煙下・死の脫出 悲壯、國境の鐵條網を潛つて 故國へ安堵の第一步 |
10 | 花蓮港神社 臨時大祭執行 |
11 | 奉公班を表彰 長谷川總裁より |
12 | 晝食に日の丸辨當 節約金を陸海軍に献金 |
13 | 義捐金二百圓 林瑞記商行が醵出 |
14 | “よくやつてくれた” 皇軍のダバオ完全占領を聽き 一女性感激の献金 |
15 | 古鐵の山また山 九日間で廿二噸献納 |
16 | 新竹州下の國 防献金 |
17 | 有終の美を為せ 井上報道部長語る |
18 | 東京風景が一變 大谷光瑞氏ら語る |
19 | 宜蘭市奉公壯 年團結成式 |
20 | ときのこゑ |
21 | 紙芝居の街頭 進出 |
22 | 同盟支局移轉 京町三ノ一に |
23 | 人事・消息 |
24 | 第三二期營業報告 |
25 | 廣告訂正 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 嘉義神社奉告祭 知事代理鶴產業部長參向 |
02 | 彰化神社の 宣戰奉告祭 |
03 | 我等は銃後の中堅 將兵に後顧の憂無らしめん 誓ふ・臺中市聯青團 |
04 | 時局對策を懇談 知事以下出席して |
05 | 屏東傷痍軍人會の 米英擊滅大會 |
06 | 臨時常會 |
07 | 大麻奉齋者 昨年に比し激增 |
08 | 阿緱神社臨時 大祭 |
09 | 家長を集めて 時局講演 |
10 | 戰捷の感激も朗かに 忠靈塔建設協贊會に續續献金 |
11 | 治安碓保を宣誓 竹東在鄉警察團總會 |
12 | 賞賜物件 傳達式を擧行 |
13 | 宣戰奉告臨時 大祭 |
14 | 元旦の祝賀會 豫定通り擧行 |
15 | 今ぞ顯す鄉土愛 各地の青年團陸續來援 復興作業は進む |
16 | 北斗で宣戰 奉告臨時大祭 |
17 | 大眾遙拜式 十時半に變更 |
18 | 消える「螢の光」 卒業式には別の歌撰定 東亞聖戰下に適せぬ懷想曲 除夜の鐘前の放送も中止 |
19 | 婦人を集めて 實踐事項懇談 |
20 | 北斗消費米組合 一千圓献金 |
21 | 籾摺機械の買收 價格調查に着手 |
22 | 會費なしの 新年交禮會 屏東市常會申合 |
23 | カラスミに等級 本年より檢查實施 |
24 | 五十圓添へて 防犯賞金を献納 |
25 | 婦人の手で婦人デマ封鎖 けふ一齊に防止班を結成 |
26 | 新高郡米穀 組合總會 |
27 | 名山產組 臨時總代會 |
28 | 籾代金の五割まで融資 農村金融に示す米穀組合の親心 |
29 | 淡水郡保正 會議終る |
30 | 圖像:臺中州學校報國隊結成式 |
31 | 南投郡警で 不時一齊搜查 |
32 | 罹災者に救援の手報社消息 |
33 | 嘉農卒業式 |
34 | 屏農卒業式 |
35 | 十萬圓の義捐金 區長會議で募集方法決定 |
36 | 臺東陶磁器 組合創立總會 |
37 | 人事・消息 |
38 | 地方便り |
39 | 今日の映畫 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 總動員法に基き 企業許可令公布 廿六日本島に實施 |
02 | 企業許可令適用 (上)指定事業四百餘種 |
03 | 內臺鮮間直通貨物運賃打合會 來年一月七日臺鐵で開く |
04 | 臺南州罐詰配給 組合創立總會 |
05 | 貨車荷役增進に 臺鐵糖聯協同調查 |
06 | 南送炭の增送に 空車廻送を強化 |
07 | 州廳別椪桶柑 配給割當決定 |
08 | 增田臺電社長大甲溪視察 |
09 | 蘭陽區バス合同 廿六日創立總會 |
10 | 臺電萬大發電所 來年末頃竣工せん |
11 | 赤糖同業組合 評議員會開催 |
12 | 北部標準米決定 昨日の查定會で |
13 | 砂糖貯藏で 各社と協議 |
14 | 照明燈 |
15 | 鐵道部で 課長會議 |
16 | 商況(廿四日) |
17 | 水滸傳(572)/黃得時;榎本真砂夫 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 聖上開院式に親臨 けふ嚴肅に擧行頭條新聞 【東京發同盟】東亞悠久の運命を決すべき征戰に國家の總力を擧げ一億鐵石の決意を闡明すべく第七十九帝國議會は二十五日成立を見たので天皇陛下には二十六日貴族院に行幸開院式に親臨あらせられる旨廿五日仰出された、當日陛下には御軍裝に大勳位副章御佩用、百武侍從長陪乘松平宮相、蓮沼侍從武官長以下供奉の略式自動車鹵簿にて午前十時四十分宮城御出門貴族院に行幸兩院議員奉迎裡に松平貴族院議長の御先導にて一旦便殿に入御御先着の各皇族殿下に御對面の後東條首相以下各閣僚、原、鈴木樞密院正副議長以下各顧問官並に松平、田子、佐佐木、內ケ崎貴眾兩院正副議長に拜謁仰付けられ同十一時開院式場に臨御あらせられ優渥なる勅語を賜はり茲に第七十九通常議會開院式は嚴かに終了陛下には諸員奉送裡に同十一時十五分議事堂發御、還幸の御豫定と承る |
02 | 香港の敵遂に降服 我が軍停戰を命ず |
03 | 我が白兵夜襲戰法 非常な偉功を奏す |
04 | 圖像:皇軍に攻略された香港市街 |
05 | 眾議院も成立 |
06 | 各戰線有利に進展 大本營陸軍部發表 |
07 | 更にルソン島東部に 後續陸軍部隊上陸 |
08 | 五方面よりマニラを挾擊 |
09 | 皇軍○○の要地奪取(比島) |
10 | 眾院の部長理事 |
11 | 政府議會渾然一體 必勝不敗の信念固む |
12 | マニラの非武裝宣言 米極東軍司令官で考慮 |
13 | 武勳輝く海の勇士 行賞の恩典に浴す |
14 | 法律案七十三 の件名を決定 きのふ臨時閣議 |
15 | 香港方面最高指揮官 酒井陸軍中將と新見海軍中將 |
16 | 米陸海軍省 の發表 |
17 | 一千四百名(米兵)を捕虜 ウエーク島攻略の戰果 |
18 | 獨空軍赤都 を空襲 |
19 | マニラから 前線へ向ふ マ米軍司令官 |
20 | 企畫院次長心得 發令 |
21 | 剛毅果斷の 武人 井上軍兵務部長談 |
22 | 歐羅巴戰史の 大家 福岡中佐語る |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 聖上陛下御親祭 きのふ大正天皇祭 |
02 | 廻る“榮枯の水車” ダリヤ紅し・外人俱樂部に挽歌 白髮老人・落葉を掃く 淡水河畔夢果てて |
03 | 率先陣頭に立つ 功五拜受の音羽侯 |
04 | 大正天皇の御仁慈 島都方委で感謝式典 |
05 | 東亞百年の宿恨 一朝にして晴らす 香港降服・廣瀨商船臺北支店長談 |
06 | “仕事がやり易い” 佛印大使館首席隨員栗山氏語る |
07 | 賞賜物件傳達式 花蓮港勇士二百卅名に |
08 | 盟邦に絕對信倚 全島華僑大會で決議 |
09 | 矢野總領事以下 邦人廿八名無事救出 |
10 | 貯へた小遣を 國防献金 感心な李姉弟 |
11 | 幼き瞳に大決意 續く子供の廢品献納部隊 |
12 | ルンペンは昔の話 飛ぶ樣に賣れる臺大出の新學士 初任級ザツト百廿圓 |
13 | 城內地區防衛團 正副團長の命課布達式 |
14 | 花蓮港本年度 武道納め大會 |
15 | 桔梗俱樂部員 陸軍病院で繃帶卷き |
16 | 島都新年交禮會 申込今日五時迄 |
17 | 宮本武之輔氏 逝去 |
18 | コンクリート 學の權威 |
19 | 議同總務部長 は三好英之氏 |
20 | 訃文:吳老周 |
21 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 大正天皇祭遙拜式 各地で嚴肅に執行 |
02 | 各地宣戰奉告祭 |
03 | 赤誠の献金續く |
04 | 臺南市の 宣戰奉告祭 |
05 | 圖像:我軍の猛攻に擊沈された敵砲艦 |
06 | 桃園神社で 宣戰奉告祭 |
07 | 屏東市で賞 賜物件傳達式 |
08 | 支那事變行賞 賞賜物件傳達 |
09 | 對米英宣戰布告 詔書奉讀式を擧行 |
10 | 南投街でも 傳達式擧行 |
11 | 彰化各青年團 宣戰大詔奉讀式 |
12 | 嘉義合同慰靈祭 今次震災犧牲者の為に 廿八日執行さる |
13 | 鹽埔庄米英 擊滅大會 |
14 | 譽の勳章傳達式 臺南市內で擧行 |
15 | 奉公壯年團結成式 各地に於て擧行 |
16 | 嘉義郡役所 市役所の被害 |
17 | 嘉義震災義捐金 續續申込まる |
18 | 員林青年道場の 敷地整地作業に奉仕 |
19 | 員林郡下の青年 更に六十名志願兵志願 |
20 | 圖像:竹山郡鹿谷青年造林家邱淵君の桐造林 |
21 | 高雄市の交 通安全週間 |
22 | 臺中婦人デマ 防止班成る |
23 | 北港街助役 の後任內定 |
24 | 高雄州官吏 定期昇給 |
25 | 高雄州異動 |
26 | 人事・消息 |
27 | 地方便り |
28 | 今日の映畫 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 企業許可令適用 (中)指定事業四百餘種 |
02 | 比島の實相 政治、經濟、軍事 |
03 | 經濟手帳 中小共助團體補助金 |
04 | 水滸傳(573)/黃得時;榎本真砂夫 |
05 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 天皇陛下けふ親臨 開院式に勅語賜はる |
02 | 東亞から白人追放 香港陷落の重大意義 |
03 | 重臣に午餐の 御陪食仰付けらる |
04 | 圖像:ポルネオ攻略寫真第一報 |
05 | 如何なる堅壘も忽ち擊碎 無敵皇軍の赴く所 |
06 | 英國の惡業を清算 香港陷落‧齋藤情報部長談 |
07 | 眾院奉答文議事 |
08 | 國民政府大喜び |
09 | 英百年の東洋侵略據點 開戰十八日目に我軍門に降る |
10 | 蘭貢第三次大爆擊 敵機四十八を擊墜破 |
11 | 勅語奉答文 眾院の起草委員 |
12 | 定例閣議 |
13 | わが軍首腦部と 膝を交へて會談 ヤ香港總督とモ陸軍司令官 |
14 | 我戰況の進展情況 比島、マレー、英領ボルネオ等 |
15 | 皇軍マニラへ進擊 既にバギオを攻略 |
16 | わが爆擊機隊 マニラ上空を廣範に飛翔 |
17 | マニラ無防備宣言 米軍、防衛の自信なし |
18 | 果敢なる進攻作戰 廣西省、湖南省地區に |
19 | 敵早くも潰走 |
20 | 全米を震駭 皇軍のマニラ肉薄 |
21 | 拓務次官更迭 後任、植場鐵三氏を起用 川村拓南局長辭任發令 |
22 | 米船ア號擊沈 |
23 | 比島の戰況 米國側の發表 |
24 | 植場新拓務次 官の略歷 |
25 | 燃料特別配給 緊要部面に 重點實施 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 堅壘香港・手を擧げた日 地軸搖がす“萬歲” 旗よ破れよ、敵英よ思ひ知れ 繰展ぐ島都旗行列 |
02 | 覆面脫いだ兩將軍 歡喜留守宅に爆發 |
03 | 宣戰大詔奉讀式 愛婦臺灣本部で擧行 |
04 | 圖像:香港陷落島都の祝賀旗行列 |
05 | 愉快な國際佳話 香港攻略の背後に |
06 | 新開業や店鋪擴張 けふから一一許可を要す |
07 | 基隆奉公壯年 團祝賀大會 |
08 | 文學者愛國大會 ペンに依る米英擊滅を誓ふ |
09 | 列をなす献金者 二十五日受理の分 |
10 | 若き學士巢立つ 臺大晴れの卒業式 |
11 | 良書の選出 文部省で考究中 |
12 | 一戰を一錢で戰ひ拔け 一錢を疎んずる國は一戰に破る |
13 | 婦人時局講演 第二回を開催 |
14 | 前線銃後の感激譜 聖戰書翰集收錄の手紙文募集 |
15 | 必勝敢鬪の姿(二) |
16 | 年末年始非常事務 臺北州處理方を通牒 |
17 | 新加坡風前の燈火 マレーから決死の脫出 |
18 | 謝報君滿洲國 の高文に合格 |
19 | 支部設置打合會 |
20 | 人事・消息報社消息 |
21 | 商況(廿六日前場) |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 十將軍、四提督に恩賞 きのふ親授式行はせらる頭條新聞 【東京發同盟】畏き邊りでは支那事變下大陸に洋上に部隊長としてわが精銳を統率赫赫の武勳を樹てた土肥原大將以下陸軍十將軍、海軍四提督に對し二十六日論功行賞の御沙汰あらせられた、天皇陛下にはこの日午後二時鳳凰間に出御、東條首相侍立の下に勳章親授式を行はせられたが同日午後三時內閣賞勳局から左の如く發表した、尚事變行賞に關し親授式を行はせられたのはこの度が御初めてのことであらせられる 陸軍 旭一 中將 七田一郞 功二重光同 上月良夫 功二旭二少將(現中將) 小林恒一 功二重光同(同) 岡田資 功二旭一中將 篠原誠一郞 功二旭一同 波田重一 功三大綬同 田中靜壹 旭一 同 百武晴吉 旭一 同(現大將) 土肥原賢二 功二瑞一同 本多政□ 海軍 功二重光中將 近藤英次郞 功二重光少將(現中將) 草鹿任一 功二重光同(同) 戶塚道太郞 功二重光同 寺田幸吉 右の內陸軍上月、本多兩中將を除くその餘りの者に對しては本日午後二時より宮中に於いて東條總理大臣侍立の上勳章御親授式を擧行せられたり |
02 | ボルネオ(英領)各地占領 待望の第一報來る |
03 | 英マレー軍司令部も上陸を公表 |
04 | 皇軍、壓迫を強化 比島政府移轉、改組を斷行 |
05 | 海軍部隊の戰果(香港攻略) |
06 | 敵商船廿一隻 を抑留(香港) |
07 | 新嘉坡急援 を叫ぶ ロイター倫敦電 |
08 | 歷史的香港開城會議 凋落し行く英國の姿 |
09 | けふ敬弔感謝決議 年內の議事を終了 |
10 | 多大の戰果を擧ぐ(蘭貢爆擊) |
11 | マレー英軍基地を猛攻 |
12 | 眾議院奉答文 |
13 | 市河駐イ公使 ホ外相と會見 |
14 | 上海敵性宣傳 機關を拂拭 |
15 | 異民族を犧牲にす 大本營陸軍報道部員談 老獪英の遣口 |
16 | けふ奉呈 |
17 | 無所屬の議員 第一控室結成 |
18 | 敵、陣地を放棄退却 關王橋、鹿角を占領 |
19 | 陷落の經緯 英植民省の發表 |
20 | けふの兩院 |
21 | 南佛印の華僑 四十萬 重慶と絕緣通電 |
22 | 英米侵略より解放 東亞搾取據點覆滅の意義 岩崎派遣軍報道部長闡明 |
23 | 拓務省の人事 全面的刷新斷行されん |
24 | 畑總司令官 北支方面を視察 |
25 | チモール島の 邦人無事 |
26 | 英蔣軍事同盟 成立 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 嘉義地方震災 の偉大な教訓社說 一 去る十七日の拂曉突如嘉義地方を襲つた地震は、近年稀に見る激震であるため、被害頗る甚大でしかも多數の死傷者を出したが、畏くも天皇皇后兩陛下に於かせられてはいたく御軫念あそばされ、御救恤の思召を以て、御內帑金を御下賜あらせられた。聖恩の廣大無邊なるまことに恐懼感激の至りに堪えない。謹んで拜するに聖上陛下に於かせられては時局柄御政務御多端の折柄、小事故とも申すべき今次の震災を天聽に達するだに恐れ多い極みであるが、一億民草の上を常に御軫念遊ばされる大御心の宏遠なる畏くも罹災民の上に垂れさせ給ふてその上に御內帑金御下賜の御沙汰まで拜したことは、獨り罹災民のみならず本島在住民の深く恐懼感激措く能はざる處であり、我らは限りなき聖慮の有難さに唯唯感泣の外はないのである。優渥なる聖旨を奉戴して、我ら島民は聖慮の萬分の一にも副ひ奉らんことを期さなければならない。 二 由來震災なるものは、勿論全く豫期することの出來ない又人力では如何ともなし難い不時の災厄であるが、今次の嘉義地方の震災が真暗な拂曉を衝いて襲ひ來り、市街や村落に相當甚大な被害があつたにも拘らず、住民の死傷が割合に輕少で濟んだことは全く不幸中の幸であつた。殊にあれだけの被害を蒙つたにも拘らず、人心が非常に安定して些かの動搖の跡もないばかりか、豫想外にも頗る朗らかな氣分で早くも跡片附けや復舊工事に懸命な努力を續けてゐる有樣は真に驚くばかりである。それと同時に青年團、壯丁團、中等學校上級生らが率先出動して避難救護に或は復舊整理に、連日淨汗を流してゐる狀況も洵に淚ぐましいものがあつた。長谷川總督が現地視察の結果、目のあたりに之等の狀況を觀るに及んで痛く感激、此の如きは獨り嘉義地方だけでなく全島何處もさうであらうと非常な感銘を受けた通り、洵に心强くも賴母しき情景であつた。 三 更に特筆すべきは震災地一帶に於ける復興氣分の橫溢してゐることであり、奉公班の目覺ましい活動ぶりである。前述の如くあれだけの被害を蒙つたにも拘らず、人心が非常に安定し忽ちにして震害復舊に逞ましい活動を開始出來た理由は色色擧げられようが何と云つても奉公班の活躍が最も大なる役割をなしてゐる。避難救護に或は跡片附け整理に或は復舊工事に、文字通り內臺一體となつて相互扶助の隣保精神を發揮し、役所に賴らず他人の手を借らず殆んど自力を以て孜孜營營、復興更生の意氣に燃えてゐる有樣は、正に長谷川總督をして美はしい內臺一如の顯現、力强き奉公精神の發露だと叫ばしめた程顯著なものがあつた。而して斯くの如きならば、今後如何なる非常事態に直面しても本島の防衞、治安は些かの心配もないだらう、といふ長谷川總督の心强い感想が其のまま我らの確信となし得ることを今次の震災は如實に示してくれたのである。 |
02 | 恃む香港陷ちて 米英愈秋を知る 井上軍報道部長談 |
03 | 堂堂の武步高かに 皇軍の香港進駐完了 |
04 | 訪れる“新しい朝” 東亞の門戶として本然の姿に立返る |
05 | 我方の制海、制空權 愈よ磐石の重きへ 伊藤海軍武官語る |
06 | 圖像:香港陷落祝賀旗行列 |
07 | 傷痍軍人の鍊成 けふ各班長の懇談會で決定 |
08 | 全殘留邦人無事 |
09 | “幽囚生活十八日” 矢野總領事感想を語る |
10 | 決戰下の婦道實踐上 和知國婦本部長銃後婦人に呼掛く |
11 | 新竹州下の旗行列 |
12 | 馬公街の祝賀式 |
13 | 高砂公園で祝 賀式を擧行 |
14 | 亞細亞より斷乎 米英勢力一掃へ 臺灣大亞細亞協會聲明書を發表 |
15 | 祝賀音樂大行進 けふ島都街頭を練廻る |
16 | 各地陸軍病院 を懇ろに慰問 本社林專務が報社消息 |
17 | 花蓮港市の旗行列 |
18 | 屏東分院を慰問報社消息 |
19 | 臺灣陸軍病院慰問報社消息 |
20 | 陸海軍に一 萬圓を献金 老義發材木商 |
21 | 糧道を斷たれた 新嘉坡に致命傷 田邊商船庶務主任談 |
22 | ときのこゑ |
23 | サイドカー 一臺を献納 呂芳慶氏の美擧 |
24 | 昨日の志願者 |
25 | 奉公推進員合宿訓練 |
26 | ニュース映畫會 |
27 | 訃文:陳張氏釵 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇太子樣御誕辰に 各地で御安泰祈願 |
02 | 兜の緒を締めよ 徒らに戰捷に醉ふこと勿れ 皇軍の善鬪に感謝 香港陷落に際り 森田知事語る |
03 | 勳章傳達式 嘉義女講堂で |
04 | 賞賜物件傳達式 古賀少尉以下三十一勇士 譽の金鵄勳章に輝く |
05 | 光榮の賞賜 物件拜受者 |
06 | 大正天皇祭に 各地で遙拜式擧行 |
07 | 彰化神社で 遙拜式 |
08 | 賞賜物件傳達式 鳳山郡で擧行 |
09 | 臺南臨時市會 |
10 | 新高郡でも 傳達式擧行 |
11 | 復興資材を確保 御下賜金は被害調查の上傳達 市長、郡守會議で協議 |
12 | 潮州郡警察 後援會成立 |
13 | 彰化神社の 年末年始行事 |
14 | 嘉義郡役所借住ひ 民雄庄移轉は暫く預り |
15 | 皇軍の戰果に感激 各地の献金熱昂揚 |
16 | 祝へ!諸人 今日こそは 堅壘落ちて 全市旗の波 高雄市の祝賀行列 |
17 | 香港陷落の幟先頭に 祝賀旗行列 若き學徒米英擊滅に燃ゆ |
18 | 廢品を回收して 屏東のよい子供達献金 |
19 | 飛び立つ喜び 香港占領と聞く二世達 |
20 | 低利資金を融通 郡部には產組を通じて |
21 | 「志願兵の歌」 臺中奉公會支部の依囑で 毛利氏が普及指導 |
22 | お山の人人も 陸海軍に献金 |
23 | 旅先で感激献金 |
24 | 藤垣產業部長 小麥作を視察 |
25 | 彰化商議役員會 |
26 | 自力更生に支援 本社臺南支局取扱報社消息 |
27 | 屏東支局取扱ひ報社消息 |
28 | 震災義捐金を醵出報社消息 |
29 | 震災義捐金醵出報社消息 |
30 | 大越商行主 震災義捐金醵出報社消息 |
31 | 銃後の固めに 員林郡保正會議 |
32 | 讚へ!戰捷の春 松の內は興行制限を緩和 |
33 | 人事 |
34 | 地方便り |
35 | 今日の映畫 |
36 | 訃文:陳培英 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 食糧公社(假稱)を設立 食糧管理法案の骨子 |
02 | 臺銀券發行高 二億五千萬圓に肉薄 |
03 | 臺灣米移出組 合臨時總會 |
04 | 米穀納入協會 會員懇談會 |
05 | 企業許可令適用 (下)指定事業四百餘種 |
06 | 臺灣青果の北支輸出 一層圓滑を來さん 元山技師歸來談 |
07 | 私設鐵道會議 昨日開催 |
08 | 臺南鮮魚介配給 新機構決定さる |
09 | 鹽糖壽工場外 二工場壓搾開始 |
10 | 鋼材素材配當 申請注意事項 |
11 | 臺北州農會 臨時總會 |
12 | 照明燈 |
13 | 臺灣ボールト 錨釘工業に改稱 |
14 | 臺中州パイン組 合役員指定さる |
15 | 商況(廿六日) |
16 | 水滸傳(574)/黃得時;榎本真砂夫 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 赫赫たる大戰果 東條陸相の戰況報告 |
02 | 米比軍損害甚大 皇軍の壓迫愈よ急! |
03 | マニラの危急布告 米軍撤退に先立ち悲痛な戰況發表 |
04 | 比島政府移轉開始 ケソン大統領聲明 |
05 | 感激裡に年內行事終了 |
06 | 貴族院奉答文 |
07 | 兩議院長奉答文捧呈 重ねて優渥な勅語賜はる |
08 | 貴族院本會議 全院委員長に 德川公當選 |
09 | 圖像:ラングン大爆擊 |
10 | 英米蔣軍事會議を開催 廿三、四日重慶で |
11 | 日本軍猛攻を續く 比島戰況米陸軍省發表 |
12 | ポ馬來軍司令官罷免さる 後任パ中將任命 |
13 | 我マレー進攻進捗 |
14 | 大慌てのペ島英側 權益、物資その儘遁走 |
15 | 友邦諸國の歡聲 東條首相に祝電殺到 |
16 | 香港俄に甦へる 「英軍降伏」口から耳へ傳ふ |
17 | 中國解放の黎明 南洋華僑に徐大使が放送 |
18 | 片肺で無事歸還 大武准尉蘭貢空中激戰を語る |
19 | 香港に特使派遣 國府、同志同胞を慰撫 |
20 | 東亞の戰況 スイスの綜合情報 |
21 | 個人企業認めず 南洋諸地域の資源開發 南方金融統制機關設置 |
22 | 國民的思想運動 情報局中心に活潑推進 |
23 | 水產講習所卒業式 |
24 | 眾議院の分野 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰爭には休日なし “皇軍將兵の心”を心とせよ 總督府政納式長谷川總督挨拶 |
02 | 宜蘭市の賞賜 物件傳達式 昨日市長公室で |
03 | 圖像:日泰攻守同盟成立記念 |
04 | 休暇中にも平常通出勤 決戰下督府內職員の非常職務 |
05 | 總督の垂範 三日まで官邸で執務 |
06 | 齋藤長官は 平常通り登廳 |
07 | 羅東郡の傳達式 |
08 | 恒例の年賀受 付時間を廢止 總督長官兩官邸 |
09 | 年末年始の執務 長官から研究指示 |
10 | 交通局御用納式 |
11 | 故乃木大將 母堂墓前祭 |
12 | 爆發するこの感激 香港占領の日‧献金群殺到 |
13 | 全市民の歡呼裡に 祝賀音樂隊堂堂行進 |
14 | 在臺華僑の感激 府、軍司令部武官府を訪問 祝の言葉を述ぶ |
15 | 決戰下の婦道實踐下 和知國婦本部長銃後婦人に呼掛く |
16 | 新竹州壯丁團 幹部の祈願祭 |
17 | “戰勝感謝の夕” 今夜新竹署管內各甲で |
18 | 羅東郡取扱の 赤誠の献金品 |
19 | 日華青年學者の 真摯な研究に敬服 北京から歸臺した神田臺大教授談 |
20 | 大詔捧讀式と 戰勝祈願祭執行 廿八日新竹市青年團で |
21 | 武官府に祝電 中師生徒□□□ |
22 | 錫の燭臺を献納 永樂町第一區第二、三分區で申合せ |
23 | 二萬圓國防献金 |
24 | 必勝敢鬪の姿(三) |
25 | 宜農卒業式 |
26 | 私立開南商卒業式 |
27 | デマ防遏講演會 |
28 | 瑞光新劇團 元旦より永樂座で開演 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 優渥なる勅語賜ふ 支那派遣軍總司令官並に 支那方面艦隊司令長官に頭條新聞 【東京發同盟】大本營陸海軍部發表(十二月二十七日午後六時) 大元帥陛下には本日陸海軍幕僚長を召させられ支那派遣軍總司令官並に支那方面艦隊司令長官に對し左の勅語を賜はりたり 勅語 支那派遣軍及支那方面艦隊ハ緊密ナル協同ノ下ニ開戰劈頭適切ナル措置ヲ以テ在支敵國權益ヲ處理スルト共ニ迅速果敢ニ香港ヲ攻略シ英國ノ重要ナル根據ヲ覆滅シタリ朕深ク之ヲ嘉尚ス |
02 | 大纛下統帥部を御激勵 午餐の御陪食仰せつけらる |
03 | ペラ州(北半)完全制壓 マレー進擊の我精銳 |
04 | 新戰法で英人部隊急襲 |
05 | 印度兵皇軍に投降 英人將校を射殺して |
06 | ポパム線突破 英印兵間に同志討ち |
07 | 見よこの大戰果! 嶋田海相詳細に報告 |
08 | 陸海軍の主なる殊勳者 |
09 | ジヤングル戰展開 急追又急追の快進擊 覆面を脫いだ 最初の從軍記 |
10 | 皇軍へ協力の態勢 避難中のケダー州國王歸る |
11 | 眾院感謝、敬弔決議 |
12 | 陸海兩相が挨拶 眾議院本會議 |
13 | 貴族院の香港 攻略祝電 |
14 | 皇軍に感謝電文 昨日の貴族院本會議 |
15 | 年末夕刊、年始朝刊無休/興南新聞社報社消息 |
16 | 東條首相の祝電 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 香港陷落と 重慶政權社說 一 開戰以來十八日、日本武士道の真髄を發揮した皇軍再度の降伏勸告を退けて頑迷にも無意義な抵抗を續けてゐた香港總督ヤングも、遂に刀折れ矢盡き愴惶として廿五日夕刻、手を擧げて城下の誓ひを結ぶべく我が軍門に降つた。同島の面積は僅か七方粁余に過ぎない一孤島であるが、英國は、領有以來、同島を擧げて要塞化する目的の下に同島の地形に適するやうに側防陣地を設け、さらに強力無比な要塞を島內各處に構築し、陸海空如何なる方面よりする猛攻にも耐へ得る準備を完成し、對岸の九龍半島には要塞本防禦線を構築し、英兵、カナダ兵及びインド兵よりなる約一萬八千の兵力を以つて固め、金城鐵壁として全世界にその堅固さを誇つてゐた。その香港が遂に兜を脫いたのだ。真にこれ皇軍の行く所、如何なる難攻不落の堅壘も忽ち之を撃碎して完膚なからしめるのである。 二 支那の近代史、否支那が「睡れる獅子」から「睡れる豚」に轉落したのは、彼の阿片戰爭に始まると云はれてゐるが、全くその通りである。卽ち英國は十七世紀、ヨーロツパ諸國の東洋侵略の波に乘り、逸早く印度に東印度會社を設けて印度を領有し、續いて同會社の栽培した阿片を廣東から支那に輸入した。モルヒネやその他の猛毒を含み、激しい麻醉作用を營む阿片は、健康上は勿論、人道上から見ても、斷じて吸食を許さるベきでないことは、今更述べるまでもないことで、當時(一八三九年、今から二百二年前)兩廣の總督であつた欽差大臣の林則徐が義憤に驅られて敢然英商を廣東の十三行商舘に監禁し、阿片二萬餘箱を提出させて燒き拂つた。英國は待つてゐたと云はんばかりに、すぐ軍艦を廣東に派遣して所謂阿片戰爭をおつ始め、續いて一八四二年八月の南京條約で、英國は、支那に香港を割讓せしめ且つ廣東、厦門、福州、寧波、上海の五港を開かしめ、償金一千五百萬ドル、燒却阿片の代價六百萬ドルを支拂はしめた。下つて一八六◯年には清國の衰微に乘じて對岸の九龍半島を租借するに至つた。爾來百餘年、英國は、香港を根據地として盛んに支那搾取、否東亞侵略の魔手を伸ばし、吸血鬼として經濟的にも、政治的にも、また軍事的にも、東亞を我が物顏に振舞つた。 三 支那事變が始つてからは援蔣政策の據點として、または抗日分子の溫床として、或は、沒落重慶政權の出店として、事每に我が東亞新秩序の建設を妨害し、また最近ではABCD對日包圍陣の策源地として、ますます露骨にその暴慢振りを發揮したのである。この魔性の香港、吸血鬼の香港が、皇軍の手によつて亞細亞本然の姿に立ち還る日を迎へた。そしてこの香港の陷落によつて、英國百年の積恨を清算し、白人を東亞の天地から追放する第一步を踏出したばかりでなく、シンガポール、マニラと共に米英の東亞侵略の三大軍事據點の一つを粉碎したのだ。この際重慶政權も、百年前支那が淚を呑んで英國に割讓を餘儀なくされた香港が今や帝國の手によつて奪回されたことを思ひ起して宜しく帝國に感激感謝し、過去四年有餘に於ける無意義な抗戰を謝罪しつつ、帝國と步調を揃へて大東亞共榮圈確立の聖業に雄雄しく參加し敵性米英を擊滅すべきである。斯くしてこそ始めて重慶政權の生きる路があり、引いては支那四百餘州の蒼生を救ひ、南洋八百萬の華僑に光明を與へることができると信ずる。 |
02 | 殊勳甲の御沙汰 和知鷹二少將以下十名に對し 金鵄勳章を御授賜 |
03 | 全く部下の手柄だ 地下の英靈に見せてやりたい 和知軍參謀長語る |
04 | 吸血鬼敵英を埋歿 基隆壯年團で絕叫 |
05 | 身に餘る光榮 終生忘れられない感謝感激 功四瑞二井上少將の喜び |
06 | 圖像:香港陷落祝賀音樂行進 |
07 | 志願兵と特志 看護婦 |
08 | 督府扱義捐金 總計九千六百圓 |
09 | 香港陷落の朗報に 四萬二千圓の献金 廿七日軍司令部扱 |
10 | 白衣の勇士に 餅代 華僑新民總公 會が贈る |
11 | 新竹奉公壯年 團の初召集 |
12 | 淡水ゴルフリンク 會員自發的にプレーを中止 公務奉公に一路邁進 |
13 | “戰捷を壽ぎて” 乙女の喜びを歌に |
14 | 決然奉公の壯途へ 親の葬儀を親戚に托し |
15 | さア、戰捷の新春だ 三十萬市民、元氣で迎へよ 酒、豚肉は萬萬歲 |
16 | 陸海軍に六萬圓 酒煙草賣捌人組合が |
17 | 昨日臺中陸軍 病院を慰問 林本社專務が報社消息 |
18 | 嘉義市の復興 狀況を視察 |
19 | 總督と長官 年末年始の行動 |
20 | 市政の調查研究 基隆市議七組に分けて |
21 | 結核豫防會に 金二百圓寄附 |
22 | ときのこゑ |
23 | 廣東南大洋行 梁加升氏の美擧 |
24 | 宜蘭郡奉公壯 年團結成日割 |
25 | 訃文:黃廖氏教 |
26 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 聖恩宏大に感泣 御下賜金を拜して 一番ケ瀬知事謹話 |
02 | 譽の勳章傳達式 東勢郡役所で擧行 |
03 | 宣戰奉告祭 海山神社で執行 |
04 | 圖像:接收された英租界水道タンク |
05 | 決戰生活の新工夫 婦人懇談會で實踐事項熟議 |
06 | 勳章傳達式 桃園郡で執行 |
07 | 高雄州政納式 執務は平常通り |
08 | 歡聲天に轟きん 全市に漲る祝賀氣分 |
09 | 感激の献金續出 戰果と共に 急增する献金 |
10 | 臺中州政納式 |
11 | 臺中警察署 |
12 | 全州下に時局 講演會を開く |
13 | 掘出す「町の鑛山」 どしどし献納申出 |
14 | 遺家族を慰問 吉田臺南兵事部長來高 |
15 | 秘められた隣人愛 後世の龜鑑に震災美談を蒐集 |
16 | 彰化奉公壯年團 香港陷落の日に誕生 |
17 | 地方からも 義捐金の寄附 |
18 | 曾文郡の貯蓄 週間好成績 |
19 | 豐原郡も好成績 |
20 | 鄉軍曾文後援會 通常總會 |
21 | 麻豆奉公壯年團 晴の結成式擧行 |
22 | 義捐金を寄附 |
23 | 香港降服に感激 桃園青年「つはもの」志願 |
24 | 奉公會鳳山分會 常會を開催 |
25 | 毛利氏來南 直ちに歌の指導 |
26 | 桃園郡婦人 保甲團幹部會 |
27 | 潮州郡道路品 評會授賞式 |
28 | 若人の意氣示現 竹東郡聯青查閱 |
29 | 防犯窓飾競技會 入選者發表 |
30 | 遊興稅引上で 闇の花擡頭 |
31 | 砂糖購入券交附 |
32 | 中壢郡聯青 查閱を執行 |
33 | 臺中警察署 一齊搜查 |
34 | 高工卒業式 |
35 | 霧峰林竹山翁 |
36 | 人事・往來 |
37 | 人事 |
38 | 地方便り |
39 | 今日の映畫 |
40 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 大甲溪電源開發と 新高築港の關聯性 增田臺電社長の視察談 |
02 | 兩港灣運送業會 役員任命さる |
03 | 臺灣損害保險 協會近く設立 |
04 | 臺南州水稻 豐凶考照試驗 |
05 | 灣糖阿緱外二工場壓搾開始 |
06 | 臺北州產業會館 昨日開設式擧行 |
07 | 鹽鹹魚の移入 相當數量を確保 真室府水產課長談 |
08 | 臺南州鹽乾魚 卸商組合創立 |
09 | 增田氏を顧問に推選 臺北商議所臨時總會 |
10 | 屏東果菜荷受出荷 組合解散總會 |
11 | 竹山郵便局 新築に決定 |
12 | 照明燈 |
13 | 商況(廿八日前場) |
14 | ラジオ |
15 | 水滸傳(575)/黃得時;榎本真砂夫 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 晴れの香港九龍入城式 「我が軍勝てり」の歡喜最高潮頭條新聞 【香港二十八日發同盟】開戰以來僅に十八日徹底的に英軍を叩きのめし勝利の榮光燦として輝く我が攻城軍晴れの香港九龍入城式は昨日迄の暖氣に引き換へ寒氣に身の締る曇天の二十八日香港灣頭を壓して堂堂擧行されたこの日午後二時酒井攻城軍陸軍最高指揮官、新見南支方面海軍最高指揮官は晴れの日の感激に泣いて堵列する將士の閱兵式を先づ九龍界限街に擧行次で午後三時香港側プレーマー角第三棧橋に上陸自動車で攻略戰中の最激戰地ドラ灣入口に至り馬に乘り換へて香港の心臟部ヴイクトリヤ市の入城式に移つた同灣入口からへネシーロード、皇后大路にかけて最右翼海軍部隊軍樂隊○○隊本部の順で堵列の將兵は苦鬪を物語る戎衣を身に纒ひ胸を張つて司令官の入城を待つ陸海軍樂隊の奏樂が嚠喨とヴイクトリヤ灣にこだまするや○○部隊長の先導で酒井陸軍、新見海軍兩最高指揮官の閱兵が開始されたヘネシーロードから皇后大路へ英國百年の侵略を物語る高等法院、香港上海銀行等の高層ビルを尻目に一閃將士の敢鬪を閱する行進は續く、カメロン競馬場の激鬪に華と散つた英靈も岐立する太平山の絕壁からこの感激に咽び泣いたことであらう、一方午後二時空からは香港爆擊に偉勳を樹てた陸海荒鷲部隊の大編隊が九龍香港の上空を堂堂と壓して羽搏き陸の閱兵式に呼應“我が軍勝てり”の歡喜は最高潮に達した太平山北麓で閱兵を終つた陸海最高指揮官一行は午後四時香港政廳官邸に入り聖壽萬歲奉唱裡に勝利の乾杯を行ひ感激の日の幕を閉じた |
02 | ペラ全州を席卷 |
03 | 要衝○○に突入(マレー東海岸) |
04 | ペラ州イボー婦女子引揚げ |
05 | 皇軍に全面的協助 全マレー聯邦九人のサルタン王 |
06 | 佐伯部隊の輝く武勳 |
07 | 圖像:ボルネオ攻略戰 |
08 | 英印度軍總司令宮 ビルマ防衛に |
09 | 米海軍省の 戰況發表 |
10 | 魔の河を敵前渡河 敗敵追擊、猛進を續行 |
11 | 感激的な固い握手 我が陸海の首腦部が |
12 | マニラ情勢緊迫 米陸軍省の發表 |
13 | 皇軍、米軍を急追 マニラ街道を猛進 |
14 | 香港全島占領公表 |
15 | 聯合國代表の圓卓會議 華府で開催か |
16 | わが軍絕對的優位 馬來戰局、劃期的進展 |
17 | 聯合國の脆弱暴露 カ濠洲首相のステートメント 英米の責任を糾彈 |
18 | 陸鷲も入城式 に參加 |
19 | 華盛頓會議 民主主義國統一 の誇示に汲汲 |
20 | 英艦艇の損害甚大 擊沈、一日一隻の割合 |
21 | 我工兵部隊活躍 |
22 | 英が宣戰せば 泰も直ちに應ず |
23 | 抗爭は無益 ピ泰首相、蔣介石宛放送 |
24 | 汨水北岸へ進出 |
25 | 武寧を拔く |
26 | オルドスにも 進擊 |
27 | 俘虜情報局設置 けふ公布即日實施 |
28 | ブルガリアと 戰爭狀態存在 英國政府發表 |
29 | 橫山氏に決定 翼贊會事務總長 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 輸血部隊押掛く 賴母し・若人の純情 |
02 | 麗しい銃後の赤誠 大坪院長感激して語る |
03 | 新竹神社で戰 捷祈願祭執行 新竹市青年團 |
04 | 圖像:“香港陷落”の快報に感激の古鐵献納 學童部隊 |
05 | 香港陷落に祝電 昨日長谷川總督から |
06 | 基隆神社年末 年始の祭儀 |
07 | 岩村楠雄氏 壯烈な戰死 |
08 | 花蓮港廳市 長郡守會議 |
09 | 前線へお年玉 鳳林愛婦・慰問袋を贈る |
10 | 銃後治安の重 責に全的協力 鄉警臨時總會 |
11 | 大戰果に昂る感謝 昨日武官府取扱の献金 |
12 | 花蓮港市奉公 壯年團結團式 昭和記念館で |
13 | 九粁の水防道路 郡民の勤勞奉仕で完成 |
14 | 頭圍礁溪兩庄奉 公壯年團結成式 |
15 | 私設官衙團體 交換孃の赤誠 武官府に献金 |
16 | “英國恃むに足らず” 在京印度志工が絕叫 |
17 | 不法重罪犯と同待遇 ペナン島邦人監禁獄中日記の拔萃 |
18 | 第二次生產 力擴充計畫 須田企畫部長談 |
19 | 自肅の中に明朗性 島都の決戰下歲末風景 |
20 | 奉公會尖兵 の講習會 |
21 | 高商卒業式 |
22 | 寢臺料金の值上 來年二月一日から實施 |
23 | 軍馬慰問 第五部隊訪れて |
24 | 其後の蘭印事情 歸臺した吳守權氏語る |
25 | 震災罹災民に溫い手 本社取扱廿六日迄の義捐金報社消息 |
26 | 滿洲宛電報料 元旦より值上げ |
27 | 向陽信組の 創立總會 |
28 | 廿八日本社蘭陽 支局取扱の分報社消息 |
29 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 武勳青史に輝く 各地勳章、賞賜物件傳達式 |
02 | 漲ぎる力を發揮 桃園郡の青年動員 |
03 | 勤勞奉仕で過さう お休みなんて贅澤だよ! 新春に挑む・若き學徒 |
04 | 森田知事 農村を視察 |
05 | 故渡邊一等兵の 街葬を執行 |
06 | 奉公會新高分會 幹部鍊成會 |
07 | 彰化の献金熱 市兵事課取扱ひ |
08 | 農務打合せ |
09 | 再度來援を約しつつ! 敢鬪の淨汗を拭ふ 各地の青年團一應歸鄉 |
10 | 震災犧牲者慰靈祭 東門國民校で執行 |
11 | 夜間荷役を勵行 決戰下の輸送陣完璧 |
12 | 屏東道路品評會 |
13 | 高雄州鳳梨同業 組合認可さる |
14 | 全快祝ひとして 那須臺南市長献金 |
15 | 志熊檢察官長 着任 |
16 | 鳳山煙草耕作 獎勵金交付 |
17 | 杵臼は博物館へ! お山に籾摺臼を獎勵 杵唄は悠暢なれど 非能率を奈何せん |
18 | 官田信組献金 |
19 | 沸る義俠心 彰化支局扱ひ |
20 | 新水國民校 義捐金を醵出 |
21 | 米英の真似御法度 街頭から英字看板追放 |
22 | 壯丁團長の献金 |
23 | 物資は愛護すべし 旗幟赤襷は差控へられたし |
24 | 盛場建設を檢討 經營に會社組織 |
25 | 豆新聞を讀聞かす 州民に正しいニユースを周知 |
26 | 農村に健全娛樂 青年に藝能獎勵 |
27 | 年末年始の贈答 廢止を通知 |
28 | 東園皇民劇好評 |
29 | こそ泥豚箱入り |
30 | 楠瀨競翁 |
31 | 地方便り報社消息 |
32 | 今日の映畫 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ○○市街に突入 ペラ河の南岸地區に日章旗 マレー戰第二段階へ |
02 | チエモールに入る |
03 | 高級幕僚を御召し 御陪食仰付けらる |
04 | 新嘉坡重大危機 マレー英軍損害甚大 |
05 | 吹雪衝いて敗敵殲滅 高安澧溪拔いて猛進 |
06 | 日章旗の波が殺到 隨所に喚聲どよめく 世界戰史に不朽の名!比島電擊上陸戰詳報 |
07 | ペラ河下流突破に成功 |
08 | サラワク地域我手中に |
09 | マニラ港灣地區爆擊 |
10 | 皇軍壓迫增大 米比軍の發表 |
11 | 米、アラスカ の軍備に狂奔 |
12 | 皇軍の戰果を絕讚 リ獨外相の講演要旨 |
13 | 圖像:香港陷落第一報 |
14 | 益陽を爆擊 |
15 | 獨空軍活躍 |
16 | 壯烈な立體戰 嚴寒オルドスを壓す |
17 | 全く自由寬大 歐洲各國とは雪泥の相違 俘虜收容、堀內中將談 |
18 | 公正、武士道的に取扱ふ |
19 | ワシントン軍事會議 根本方針意見一致か |
20 | カ濠洲首相 危機を強調 生產擴充を說く |
21 | 米船擊沈 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | “一億火の玉となれ 弱敵たりともこれを侮らず” 馬公警備府山本司令長官談 |
02 | 神社に戰捷祈願 新竹州壯丁團決意新た 大詔奉讀式 |
03 | 天機並御機嫌 奉伺電を奉呈 長谷川總督から |
04 | 皇太后陛下の 御下賜品傳達式 けふ知事公室で擧行 |
05 | 歸還勇士に勳章 各市長郡守へ傳達 |
06 | 臺灣神社の大 前戰捷祈願 壯年團員二日に |
07 | 遺家族を訪問 慰問金を贈呈 |
08 | 母親學校近く誕生 國家總力の發揮は家庭教育から |
09 | 軍官連絡會議 けふ督府貴賓室で開催 |
10 | 銃後の心強さ 武官府に献金品部隊 |
11 | 執務に率先垂範 政納式後第一日の齋藤長官 平日より忙しい陣頭指導 |
12 | 圖像:香港陷落第一報 |
13 | 香港島の治安回復 一部電話早くも開通 |
14 | 銃後大講演會 基隆で大獅子吼 |
15 | 迎春に一段の自肅 そして元氣明朗で行きませう |
16 | 阿里山線の復舊工事に 山の青年達懸命な汗の奉仕 |
17 | 拉致された邦 人唯一の女性 澤田さんの遺書 |
18 | 四萬六千餘圓 花蓮港憲兵分遣隊取扱 開戰以來の累計 |
19 | 百五十圓献金 |
20 | 二萬圓を寄附 基隆市の玉福氏 |
21 | 基隆憲兵分隊 扱の献金 |
22 | 必勝敢鬪の姿(4) |
23 | 心聲/黃可軒漢詩 小春重遊網溪賦呈楊嘯霞先生/蔣培中、還曆自題小照/葉逸園、壽逸園先生花甲/林述三、壽逸園伯花甲/黃景南、壽逸園伯花甲 其二/黃景南 |
24 | 晝酒は勿論 紋付も罷ならぬ 決戰下歡樂境の自肅正月 |
25 | 迎春用の豚肉 一戶に一斤配給 |
26 | 蘭陽バス合同 會社準備委員會 |
27 | “笑の快速隊” 大世界の新春 特別興行 |
28 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 中原沁河作戰部隊に感狀 畏くも上聞に達せらる頭條新聞 【東京發同盟】大本營陸軍部發表(十二月二十九日) 中原作戰及び沁河作戰に參加して不拔の偉勳を樹てたる左記部隊に對し曩に軍司令官より感狀を授與せられしが今般畏くも上聞に達せられたり、 感狀 井關(仞)部隊同配屬部隊(一部缺)右は中原會戰に於いて軍が張馬(垣曲)の線以西黃河北岸の敵を殲滅し敵第三十四師長以下多數の俘虜及び戰利品を獲得し更に遠く轉進し高平北方に於いて頑敵を屠り偉大なる戰果を收めたり、仍て茲に感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 安達(二)部隊同配屬部隊(一部缺)右は中原會戰に於いて安達(二)部隊長統率の下に神速果敢堅陣を突破し晝夜兼行峻嶮を突破し迅速に外側包圍圈を完成して軍の作戰企圖達成の基礎を確立すると共に包圍圈內の敵を殲滅し、且つ多數の俘虜及び戰利品を獲得し偉大なる戰果を收めたり、仍てに感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 清水(規)部隊同配屬部隊(一部缺)右は中原會戰に於いて清水(規)部隊長統率の下に堅陣を突破し神速に黃河渡河點を奪取すると共に外側包圍圈を完成し軍の作戰企圖達成の基礎を確立すると共に包圍圈內の敵を殲滅し且つ敵第九十四師長劉明夏以下一萬三千名に上る俘虜及び多數の戰利品を獲得し偉大なる戰果を收めたり、仍て茲に感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 池ノ上部隊(一部缺)同協力部隊右は中原會戰に於いて池ノ上部隊長統率の下に仇敵第一線陣地方面に反轉し包圍圈內の敵を隨所に撃破し、就中土嶺附近及び店頭村附近に於いて敵大集團部隊を擊滅し更に敵を黃河に壓迫掃蕩し偉大なる戰果を收めたり、仍て茲に感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 松元(總)挺身隊右は中原會戰に於て松元總三郎指揮の下に外側包圍部隊たる安達部隊中挺身隊となり神速果敢なる突進により敵に先立ち外側包圍圈完成の為め據點を占領して敵完全包圍の目的を達成し爾後隨所に積極放膽なる殲滅戰を敢行し軍の作戰企圖遂行に至大の貢献を效り以つて茲に感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 酒井挺身隊、右は中原會戰において酒井正義指揮の下に外側包圍部隊たる清水部隊挺身隊となり堅陣突破後寡弱なる兵力を以て一晝夜にして敵中五十餘粁を突進し神速に外側包圍圈の據點を占領して敵完全包圍の目的を達成し軍の作戰企圖遂行に多大の貢献を效せり、仍て茲に感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 廣中(豐)挺身隊右は中原會戰に於て廣中豐指揮の下に外側包圍部隊たる清水部隊の挺身隊となり寡弱の兵力を以て突進開始以來一晝夜にして克く敵中五十粁の山道を踏破し力攻策併せ用ひ隨所に敵を突破しつつ前進を強行し遂に敵主力の退却に先立ち黃河最大の渡河點たる垣曲附近の敵退路を完全に遮斷すると共にその抗戰企圖を擊碎し以てその重任を完遂せり仍て茲に感狀を授與す 昭和十六年六月十五日 軍司令官 感狀 井關(仞)部隊同配屬部隊、同協力部隊(一部缺)右は井關(仞)部隊長統率の下に昭和十六年六月二十日より同年十月二十日に亘る沁河河畔より反轉して清水(規)部隊と共にこれを完全に包圍し晝夜兼行神速に包圍圈を壓縮し挺身部隊の急襲及び機宜に適せる飛行隊の攻撃と相俟ち第九十八軍長武士敏、第四十二師長王克敬等同軍首腦部以下三千名に垂んとする敵を俘虜と為し且つ多數の兵器等を鹵獲して茲に第九十八軍を殲滅せり、仍て茲に感狀を授與す 昭和十六年十一月三日 軍司令官 |
02 | クチン(ボルネオ首都)を占領 大本營陸海軍部發表 |
03 | 英領ボルネオ全體を制壓 |
04 | 蘭印に次ぐ石油產地 |
05 | 邦人二百名程居る ブ國王も日本に相當の憧憬 谷口領事にクチンを聽く |
06 | 敵船舶十隻を擊沈 我潛水艦米本土沿岸ハワイ方面に作戰 |
07 | マレー英軍 焦土戰術 |
08 | 馬來イポー市を攻略 |
09 | 全面的大追擊戰へ |
10 | 我が荒鷲敗走混亂の英軍猛爆 |
11 | 敵機八機を擊墜破(比島空戰) |
12 | 一步も退かない日本軍 AP通信の比島戰線從軍記 |
13 | 俘虜情報局 長官 上村中將に決定 |
14 | “大東亞戰と我技術” 八田鐵相が放送 |
15 | 汨水を強硬渡河 |
16 | 陸鷲五原を急襲 |
17 | 紐育市民意氣銷沈 皇軍連戰連勝の報に |
18 | 比島米側の報道は 寂しいものばかり |
19 | 米英敗戰會談 の內容 |
20 | 卅一日に臨時 閣議を開く |
21 | 會議は繼續 ル大統領の聲明 |
22 | 日泰に協力決議 在タイ華僑總商會 |
23 | 太平洋戰況に 米紙は憂色 |
24 | 英ソ會談意見 一致 |
25 | 陸海軍首腦部 と重要協議 ル米大統領が |
26 | 英帝國の滅亡 佛紙が論評 |
27 | 米、芬蘭船接收 |
28 | 總務局長熊谷氏 近く正式に辭任 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 共榮圈內の 臺灣糖業社說 一 大東亞戰爭勃發以來僅かに二旬しか經過しなかつたにも拘はらず此の間我が陸海空軍が香港を攻略し旣に馬來半島及菲律賓を始め、布哇等を制壓したのであるから、之に依つて南方地域を含む東亞共榮圈の經濟建設が愈よ具體化する事となつた。就中本島と最も關係ある最大問題は何んと言つても糖業の問題であらう。從來本島の糖業は旣に國內の自給を充たし其の餘力を以て滿洲支那市場へ供給し殊に日支事變以後はこれらの地方は槪ね本島糖業に依存して來たのであるが、今後爪哇及菲律賓群島等を共榮圈內に編入する事となれば如何に臺灣の砂糖業を再編制すべきかは真先に解決すベき課題であらう。現在爪哇一箇年の產糖高は約百五、六十萬瓲であるが、之は供給過剩に依る生產制限の結果であつて一九三◯年の如きは三百萬瓲に近き產額を擧げたのであるから、今後これ以上の生產制限を加へる事は困難であらう。菲律賓の年產額は本島と大同小異で一箇年百十萬瓲內外であるが、其の七◯%の約八十五萬瓲はアメリカへ輸出してゐる狀態である。現在爪哇、菲律賓とも夥しき滯貨を擁してゐる樣だから、今後兩地の砂糖を如何に捌くべきかが當面の問題として登場して來るに違ひない。 二 ところが共榮圈內では砂糖の輸入國は主として支那及滿洲しかないが、最近其の輸入高は、資金等の關係で精精年二三十萬瓲しかなく到底大量の砂糖を消化する事が出來ない事は明かである。勿論戰後となればアメリカや共榮圈以外の地域へも輸出し得ない事はないし、支那四億の人口の購買力が恢復すれば一九三◯年の如きは旣に七八十萬瓲の輸入があるから將來はすばらしい市場とならないとも限らない。然し當面の問題として共榮圈の砂糖が先づ供給過剩の破目にある事は爭はれないのである。此處に於いて臺灣糖業を如何に編成替すべきかといふ問題が大寫しにされた譯である。吾人の見るところに依れば旣を共榮圈に於ける適地適業をモツトウとする以上は本島よりも砂糖業に適してゐる南方地域の現產業を或る程度まで維持しなければならない義務がある。從つて本島としては從來の如く砂糖業を最重要產業とする必要がなくなり、寧ろ工業建設へ一路邁進して南方地域への工業品供給に轉換すべきである。先づ考へ得る事は濁水溪以北の米作適地の砂糖工場を漸次海南島や又は南方地域への移轉を必要とする時代がさう遠くないのではないかと思はれる。勿論糖業自身としては更に南方地域へ進出する可能性が開かれたが、之に伴ふて本島糖業の重要性が著しく輕減されるべきは之を豫測するに難くない。 三 幸に本島の耕地は天惠に富んでゐるため甘蔗以外の國策的農作物へ轉換する事は易易たるところであるから、本島としては砂糖工業に換ふるに南方地域の原料を利用して重工業乃至化學工業等を建設すれば前途洋洋たる未來を有する事と思はれる。今や本島の地位は共榮圈の心臟部として斯かる歷史的變革期に當面して如何に今後の新事態に處すべきかは今から豫め各種の計劃を樹立する必要があらう。就中製糖會社に於ても從來の如き島內糖業强化方針を適宜に修正して南方地域へ如何に國家的立場から進出すべきかを構想すべきであると共に永年積蓄して來た豐富な資力を以て更に他の關係工業へ積極的に投資しなければならない。要するに南方地域を含む共榮圈の建設に關聯して本島糖業將來の方針に對して此の際徹底的再檢討を加ふべき必要があるから、本島官民とも宜しく東亞全體の大局に立脚して本島糖業の再編成を合理的に處理せられん事を望まざるを得ない |
02 | 手段を選ばぬ英國 支那を毒殺して香港を奪ふ 阿片戰爭を語る神田臺大教授 |
03 | 相次ぐ献金献品 二十九日受付の分 |
04 | 迎春も決戰態勢で “戰爭に休日なし”を地で行く 軍司令部と武官府 |
05 | 國家の目的に沿ひ 有機的一元組織へ 青少年團の設置要綱公布 |
06 | 青少年の全生活 國家奉仕に集中 齋藤總務長官語る |
07 | 戰歿勇士慰靈祭 九龍啟德飛行場で執行 |
08 | 正月四日郵便 局の特別奉仕 |
09 | 恤兵金二千圓 林獻堂氏が献金 |
10 | 全共榮圈內に放送 元旦期し・日滿支三巨頭が |
11 | 擧げて祝へ戰捷の春だ 午前七時半が元旦奉祝時間 |
12 | 決戰下・“油斷は禁物” 昨夜帝都防衛の猛訓練 |
13 | 共に赤子の一人だ 差伸べよ“哀れな家”に暖い手 愛愛寮のけふ此頃 |
14 | 南海を睨んで蹶起 宣戰以來志願兵四百八十名 |
15 | 震災義捐金報社消息 |
16 | 花蓮港支局扱ひ報社消息 |
17 | さあ滑べらう 圓山遊園地にスケート |
18 | ときのこゑ |
19 | “力強いもの” 國民校の生徒 が歌を献納 |
20 | 驛名呼稱 明瞭にはつきりと |
21 | 市バス卅一日 終夜運轉實施 |
22 | 新竹消防組 の出初式 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 銃後の赤心結晶 献金二萬五千圓に上る 廿九日迄臺南市役所取扱ひ |
02 | 空箱献金 なんと三千圓 專賣臺中支局の赤誠 |
03 | 恩賜の榮に輝く 上田邦廣君 |
04 | 臺南市臨時市會 數多の重要議案を一氣可決 |
05 | 美事に天災克服 市內はさつぱりした師走氣分 各地青年團續續歸鄉 |
06 | 臺灣青少年團設置要綱 |
07 | 鳳山郡街庄長 打合會を開催 |
08 | 圖像:沙面中央公園收容英米人、中 央啣英領事 |
09 | 竹東壯年團 結成式を擧行 |
10 | 林全福氏献金 |
11 | 紙芝居宣傳隊 中師生休暇中 に兩郡下巡演 |
12 | 生立ちこそ異なれ!愛國心に變りはなし 高砂族の青年男女赤心披瀝 |
13 | 蘇澳奉公壯年團 結團式を擧行 |
14 | 竹南奉公壯年團 雄雄しく誕生 |
15 | 溪湖街民 新正月勵行 |
16 | 祝へ!皇國の春 戰捷の喜びを反映して 新年祝賀參加者急增 |
17 | 奉公會馬公分會 奉公委員會開催 |
18 | 高雄鹽干魚卸組合 創立委員會を開く |
19 | 中農卒業式 |
20 | 高雄米穀納入組合 きのふ臨時總會開催 |
21 | 優良部落表 彰鳳山で擧行 |
22 | 美談の調查依賴 |
23 | 新水國民校兒童 震災義捐金醵出 |
24 | 震災見舞金出捐 |
25 | 漏れなく酒配給 新春祝酒として |
26 | 高雄商議所會頭 中村翁危篤狀態 |
27 | 人事報社消息 |
28 | 地方便り報社消息 |
29 | 今日の映畫 |
30 | 訃文:楊黃氏彩鳳 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 敵產管理法施行規則 昨日公布即實施 |
02 | 臺灣產業組合(二) 規則施行細則 |
03 | 高雄港艀船新運賃 二十七日より實施 |
04 | 日糖二結外兩 製糖壓搾開始 |
05 | 州下產組役職員 戰捷祈願祭執行 |
06 | 鐵道部課長 會議を開催 |
07 | 國產コルク 工業創立 |
08 | 豆債券割當 島內十萬圓 |
09 | 大石技師 廿八日着任 |
10 | 水滸傳(577)/黃得時;榎本真砂夫 |
11 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 蘭貢の空に散る 壯烈・臼井部隊長の戰死 |
02 | 悠悠たる態度 渥美部隊長暗然語る |
03 | 敵のペラ河防禦線 完全に畫餅に歸す |
04 | 一番列車で○○へ 北部馬來住民日章旗に喫驚 |
05 | 香港戰蹟を巡る |
06 | 圖像:援蔣ビルマルートの崩潰 |
07 | シンガポール に特別警戒令 |
08 | 山縣中將戰病死 兩將軍の進級發令 |
09 | クチン街を占領 |
10 | 空から敵の窮狀觀察 比島敵要塞コ島爆擊同乘記 |
11 | 戰死兩將軍 略歷 |
12 | 米側發表の比島戰戰況 |
13 | 翼贊會の外廓團體 翼贊壯年團案成る 一月早早機構並に人事を決定 |
14 | 日本海軍の待遇に感謝 敵潛水艦乘組外人捕虜語る |
15 | 米驅逐艦を空襲 |
16 | 英軍司令部の 戰況發表 |
17 | 來栖大使一行 ホツトスプリングスへ |
18 | 英外相以下 露都より歸還 |
19 | 我が潛水艦の 歷史と強み 和波海軍中將語る |
20 | 適正株價の維持 不當なる昂騰を防止する樣 取引所側の自肅要望 |
21 | 布哇海戰寫真 元旦號各新聞に 揭載の豫定 |
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序號 | 標題 |
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01 | 四百五十萬圓突破 事變以來の國防、恤兵献金 戰勝日本・この意氣で |
02 | 賑ふ献金者の群 昨日一日で一萬九千圓 |
03 | 勅諭、勅語の 奉讀式 |
04 | 湧出量は無盡藏 北ボルネオ島の石油產出に就き 山下府鑛務課長語る |
05 | 全島一齊に新年式 正月中旬國婦各支部や分會で執行ふ |
06 | 增產計畫に拍車 奉公會產業戰士を表彰 |
07 | 湧出量は豐富 池上日石地質部長語る |
08 | 遊興飲食には 領收書を忘れずに 財務局稅務課當局談發表 |
09 | 勳八等を拜受 從軍功勞者感激 の献金 |
10 | 感謝決議文 軍司令部に寄す |
11 | 張切る本島表玄關 基隆官廳街の決戰振り |
12 | 五圓、二百圓紙幣 正月早早意匠變へ |
13 | 馬公奉公青年 訓練所修了式 |
14 | 一世帶に百圓 引揚邦人に扶助金 |
15 | 日本魂、頭にあるぞ 生んだのは親、育てたのは國だ 若人の志願兵熱 |
16 | 傳染病防遏 懇談會 |
17 | 高雄州民の赤 誠献金 |
18 | お山の青年だち 出征軍人遺家族を慰問 |
19 | 赤糖白糖兩用の 砂糖配給券交附 |
20 | 高雄市北野派 出所の竣工式 |
21 | 廣谷廳長遺家 族を慰問 |
22 | 心聲/黃可軒漢詩 和黃韜氏吊吳應培先生韻/寄生、頭痛吟/寄生、次幸庵病齒韻/臺南 瘦菊 |
23 | 慰問袋を贈る 臺銀花蓮支店 の女事務員 |
24 | 臺中武德殿に 於て武道納會 |
25 | 必勝敢鬪の姿(完) |
26 | 慰藉金を國防献金 |
27 | 府評中村一造 氏逝去 |
28 | 馬來語講習會 基隆稅關の試み |
29 | 金屬類特別回 收打合會 |
30 | 人事報社消息 |
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序號 | 標題 |
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01 | 海鷲、各所に活躍 赫赫たる大戰果頭條新聞 【東京發同盟至急報】大本營海軍部發表(二十日午後三時三十五分) 一、帝國海軍航空部隊は連日に亘り比島及び英領ボルネオの各航空基地に分散逃避せる敵機を掃蕩すると共に南支那海(スルー海、セレベス海等の洋上並に沿岸を索敵攻擊中にして二十二日以後二十八日までの期間において敵飛行機合計五十六機を擊墜又は擊破せり、戰果詳細左の通り (一)比島方面、空戰擊墜大型六機(內飛行艇四機)小型三機、地上銃爆擊破大型六機(內飛行艇四機)小型二十一機 (二)英領ボルネオ方面、空戰擊墜大型四機(內飛行艇一機)小型七機、地上銃爆擊大型一機、小型一機 (三)南支那海セレベス海、スルー海方面空戰擊墜大型二機(何れも飛行艇) (四)比島英領ボルネオ方面に在る多數の敵飛行基地を攻擊し格納庫その他軍事施設多數を爆碎せり 尚右作戰において我が水上機も各所に活躍せり 二、帝國海軍航空部隊はルソン島に在る敵の海上退路を遮斷する目的をもつて連日に亘りマニラ灣內の敵艦艇船舶を攻擊中なりしが二十八日までに收めたる戰果左の通り (一)二十五、二十六兩日驅逐艦一隻擊沈潜水艦二隻擊沈、船舶六隻大破 (二)二十七日船舶十四隻大破(傾斜沈沒に瀕せるもの七隻) (三)二十八日船舶六隻大破 三、二十二日以後二十八日までの期間における我方飛行機の損害自爆せるもの一機、未だ歸還せざるもの一機 |
02 | 敵潛水艦十六隻擊沈(開戰以來) |
03 | 雄渾なる必勝擊滅戰 我各方面の戰況と綜合戰果 大本營陸軍 報道部長談 |
04 | 圖像:○○に進擊する我が海軍部隊 |
05 | わが軍破竹の進軍 南ペラ州の廣闊地帶に進出 |
06 | 新嘉坡夜間大空襲 |
07 | 陸鷲、マレー軍軍用列車と 二停車場を徹底的に爆擊 |
08 | 皇軍マニラ東南へ |
09 | 滿身創痍の比島 「マニラの敵性」平櫛少佐放送 |
10 | 轟然たる炸音 敵兩停車場木葉微塵 マレー戰線 |
11 | 我攻擊の神速果敢 敵潛水艦應戰の暇もなし |
12 | 比島商船大損害 三日間の我空爆で 擊沈破損が十七隻 |
13 | “日本と艱苦を共に” 汪主席海外華僑に呼びかく |
14 | 馬來占領地區の華僑 續續南京政府支持を表明 |
15 | “新香港の建設へ” 酒井陸軍最高指揮官 空路○○へ晴の歸還 |
16 | セブ島セブ市 なほ燃え續く |
17 | 重光大使 昨日赴任の途へ |
18 | 羅家集を猛攻粉碎 松毛店、寥家堊に進出 |
19 | 英外相の使嗾に ソ聯は應諾せぬ 對日戰參加の態度を示さず |
20 | 報道責任者を 各支部に設置 翼贊會で計畫 |
21 | 新嘉坡救援の 急務を繰返す 新嘉坡放送局 |
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序號 | 標題 |
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01 | 社說 長期戰必勝 の道へ進め 戰爭に休日なく 島民の覺悟喚起社說 一 昭和十六年を送らんとするに際し島民の新しい覺悟を喚起するものである。本月八日帝國が東亞十億民族の為めに毅然として米國及び英國に對し宣戰の大詔を渙發あらせられ忠誠勇武なる我が陸海空軍は大命を拜して起つや電光石火、僅かに二十餘日にして各地に於て逸早く敵を粉碎し世界戰史上未曾有の赫赫たる戰果を收め敵國を始め世界各國をして震駭瞠目せしめたのは前線に於て日夜奮戰力鬪せられつつある皇軍の賜であり皇軍將士に對し一億國民が深甚なる感謝を捧げるものであり併せてその武運長久を祈念する、思ふに近代戰は武力戰であると共に經濟戰である、老獪なる米英敵國はその有する資源を利用し長期戰に依りゲリラ戰を繰返す事は軍當局の警吿して居る如くであり全國民とも百年戰爭に對處する覺悟を持つて火の玉となつて銃後を守るのが長期戰必勝への道である。その為めには國策の要請に應へて銃後を守る國民の一人一人が戰時下に於ける使命を果しその個人生活に於いても必勝の信念を敢鬪して行くとの意氣込みを堅持し實踐して行くべきである。 二 過去一箇年間に於ける本島の國策協力を顧るに時局の重大化の要請に應へて全島民六百萬とも克く時局の重大性を認識し、その職務に精勵し、軍官民が異身同體となつて國策遂行の為に邁進し皇國民としての職責を果しつつあることは識者の均しく欣喜する所である。卽ち大政翼賛體制として誕生した皇民奉公會は全島各地にその普及を見て居り着着として銃後島民としての公務奉公を推進して居り更に島民が多年待望して居つた志願兵制度の發表に依り帝國臣民として最高の榮譽である兵役に服する事の出來るのも六百萬島民の歡喜する所である。銃後國民の重大使命である食糧品及び農產物に對しては一意增產に邁進して居りその他の戰時國策に對してもよくその趣旨を辨へ烈烈たる殉國の熱誠を以て時艱突破に一意邁進して居る大東亞戰爭が開戰されるや敵國を擊滅せずんば止まない不退轉の勇猛心を振起し必勝の信念の下に皇軍の威武と政府の施策に信倚し國策に協力して職域奉公の誠を竭し全島が動かざる航空母艦となり官民が一丸となつて最後の必勝を目指して東亞永遠の平和確立の尖兵として立つて居る 三 銃後島民の進むべき道は多多ありその中でも特に覺悟を固めねばならない事は戰爭は休日のない事を深く認識し公益優先を理念として一意專心國策の要請に應へて銃後を守る國民的氣魄を以て總ゆる困苦缺乏を克服し東亞十億同胞の解放戰に參加する榮譽に感激して多難なる昭和十六年を送ると共に新たなる覺悟を以て新年を迎へる事を强調するものである、殊に本島は長期に亘るべき大東亞戰に於いて敵性國家群より最短の□內にあり地理的關係よりして南方□□及び工作の心□□□□にあり□の重大使命を果す□□□島民□負□した國策達成への職責は倍加されて居るを認識すべき秋である。 |
02 | 論功行賞の御沙汰 山西省肅清討伐戰參加者多數 臺灣關係者は二名 |
03 | “我が無敵皇軍の華” 重傷を負ふた海鷲が果敢にも 最後まで任務を完遂 |
04 | 大祓式を執行 大晦日に島都各神社で |
05 | 圖像:堂堂盤谷に進駐の我が精銳部隊 |
06 | 昂まる島民の赤誠 大東亞戰以來の諸献金三十七萬圓突破 |
07 | 輝く大戰果に感謝 三十日受付の諸献金 |
08 | 賞賜物件傳 達式を擧行 昨日花蓮港廳で |
09 | 官選商議二名補充 |
10 | 覺悟を新たにし “必勝態勢”で總進軍 新年を迎へる 島民の心構へ |
11 | 皇軍將兵慰問金 島內五日刊紙が募集に乘出す 一月一日を期して |
12 | 休暇に汗の奉仕 第三部隊で北二中生七百名が |
13 | 献金狀況を視察 和知參謀長軍報道部へ |
14 | 臺灣軍將兵から義捐金 嘉義地方罹災者に溫い慰問 |
15 | 本社蘭陽支局取扱報社消息 |
16 | 臺灣神社に 五千圓を寄進 本社から大吊燈籠調製費に報社消息 |
17 | 皇軍の強さに吃驚 投降した比島某步兵少佐談 |
18 | ときのこゑ |
19 | 軍馬の慰問に 人參を献納 臺北武德會から |
20 | 林獻堂氏を本社顧問□□□報社消息 |
21 | 吃音矯正の 街頭練習 |
22 | 藤木氏官選市議に |
23 | 臺中州土地改 良課長異動 |
24 | 鄭松溪氏の美擧 |
25 | 真鍋教授逝去 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 竹東公會堂で |
02 | 「志願兵」の道しるべ 全州下に指導座談會 |
03 | 準備は出來ました マニラ陷落祝賀會 公報あり次第國威宣揚旗行列 |
04 | 職域で賴もしい自肅 このとこ市民は朗かな氣分 |
05 | 除夜祭を執行 |
06 | “飛機魚雷の初實驗”(一) 大東亞戰爭と帝國海軍座談會 |
07 | 埔里奉公壯年團 結成式擧行 |
08 | 北港郡で 賞賜物件傳達 |
09 | 百七十億は譯ない 沸き上る貯蓄熱 更に簡保加入率の向上に邁進 |
10 | 勳章傳達式 |
11 | 献金熱愈愈昂る |
12 | 榮□ 廿七日に擧行 |
13 | 各課長も宿當直する 元旦は宮本警察課長が當番 |
14 | 奉公史上に異彩 警護、作業に敢鬪する若き學徒 復興に描く內臺一如 |
15 | 旗山聯青の 藝能研究會 |
16 | 今ぞ一死報國の秋だ 兵隊になつた氣持で働け 龜山炎亭氏島人の心構を說く |
17 | 細民への思やり 例年と變りなし |
18 | 陳葉兩家の お目出度 |
19 | 大膽な盜み方 終ひ警察の御厄介 |
20 | 人事報社消息 |
21 | 地方便り報社消息 |
22 | 今日の映畫 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 石炭の需給圓滑に 非常對策を決定 |
02 | 島內郵貯好調 未曾有の增加示現 |
03 | 小麥、小麥粉、澱粉 檢查規則制定中 |
04 | 第四・四半期起 債計畫決定 |
05 | 米國の對日經濟壓迫 直接間接の兩方針を併用 |
06 | 貯金管理所 元旦に開所式 |
07 | 臺灣產業組合 規則施行細則(完) |
08 | シ國代表者協議 |
09 | 臺灣損害保險協會 雄雄しく誕生 會長は藤江醇三郎氏 |
10 | 臺中州第四區バス 合同會社近く開業 |
11 | 臺銀券更に新記錄 遂に二億五千萬圓突破 |
12 | 米穀初荷の 祝式擧行 |
13 | 水滸傳(578)/黃得時;榎本真砂夫 |
14 | 廣告 |