臺灣新民報1940年11月
序號 | 標題 |
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01 | 高度國防國家建設へ 革新大正要綱は閣議決定後 國民に公表、方向明示 |
02 | 先づ財經政策から 基本國策を具體化 |
03 | 官廳事務再編成 豫算編成に間に合はす |
04 | 圖像:我佛印派遣軍西村部隊長は十月二十八日海防駐屯部隊を初度巡視閱兵をなした |
05 | 獨經濟使節團 モスクワ到着 |
06 | 伊軍希領內五粁進出 希軍の頑強な抵抗を排除して |
07 | 親獨伊分子に 大彈壓を加ふ ギリシヤ政府が |
08 | 獨機が大規模空襲 英の主要都市を攻擊 |
09 | □教育所 晴れの第一回卒業式 |
10 | 英が□雷敷設 アテネ南方に |
11 | 對英共同鬪爭の一翼 獨、伊支持を明かにす |
12 | 記念講演會を開催 |
13 | 墨國の對日通商 何等の變更なし カ大統領聲明を行ふ |
14 | 臺灣の新體制運動 產業再編成、南進方策など 小林總督東上車中談 |
15 | 赤松克麿氏 制□部長を受諾 |
16 | 共匪の本據を覆滅 滿洲國軍の精銳が |
17 | 中村中將 晴れの歸還 |
18 | 國民政府の 慶祝使節來朝 二日上海を出帆 |
19 | 圖像:大行山系の峻險を進擊する皇軍部隊 |
20 | 駐土獨大使 急遽歸國 |
21 | 對比人的資源 援助を應諾 宋子文重慶代表 |
22 | 米の放送局 戰爭撮音に苦心 |
23 | 郵船伏見丸 アイルランドへ 船內早くも異常な緊張 |
24 | ハル長官が否定 共和黨への留任說 余は默認し得ない |
25 | 米海軍補助船 三十一隻を購入 海軍長官が發表 |
26 | 東鐵各驛で 奉祝辨當を販賣 全國列車食堂も |
27 | 明日の天氣 |
28 | 水滸傳(257)/黃得時;榎本真砂夫 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 聖調を奉戴して 教育報國に邁進 教育者大會開かる |
02 | 圖像:全島教育者大會 |
03 | 街の經濟學 贅澤品さよなら あすから賣つてはならぬ(一) 禁止品をどう處分するか |
04 | 州議の選擧戰開幕 官選內示に臺北州新體制型 |
05 | 憧れの陸鷲に 本島二少年又合格 採用決定の快報來る |
06 | 臺北州官選議員 豫想される顏觸れ |
07 | 基隆市郡の官選議員 |
08 | 早くも一名出馬 新竹州下の逐鹿戰 |
09 | 上告せぬ 內田元鐵相らの 國鐵事件 |
10 | 競馬見物に 白衣の勇士招待 明日北投新馬場に |
11 | 聖地參拜團上陸 母國に憧れの第一步報社消息 |
12 | 臺北商業優勝 ホツケーで愛知商業を屠る |
13 | 宮木知事產業道路を視察 |
14 | 第四日の成績 |
15 | 南方進出に 現代青年が關心 歸臺した久宗臺拓副社長談 |
16 | 高雄州下市郡對抗 軟式野球大會 來月十六日より |
17 | 龍潭體育會 |
18 | 劇映畫の指導に積極策 |
19 | 精動の映畫事業足跡打診 |
20 | 定期航空 |
21 | 人事消息報社消息 |
22 | 街で拾ふ |
23 | 今夜の放送 |
24 | 商況 卅一日前場 |
25 | 今晚の映畫 |
26 | 民報案內報社消息 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(1)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 近く決定の國民食 階級による食の不均衡排し 國民全部に完全な食事を/中澤辨治郎 |
03 | パナマ帽子の しまひ方 |
04 | 言語障害と低能との見定め (下)幼兒精神發達のテスト問題 |
05 | 圖像:パパになつた鐵の肺 |
06 | 廢物の更生法 防寒足袋は古シヤツから ネクタイで美しい鼻緒 大妻高女の廢物展 |
07 | 油斷につけこむ(下) 風邪位ナンテ輕んずべからず/中山喜美雄 |
08 | 蒸し竈に薪の使ひ方 |
09 | 米人の徵兵嫌ひ 我國民には理解出來ぬ |
10 | 秋の拔毛に二種 放つて置けない病的脫毛 醫博長一夫氏談 |
11 | 新藁で藁布團を 軟かくする處置はこうして |
12 | 鯨肉の煮込み |
13 | 野菜炒り飯 |
14 | 教育相談 物覺えの惡い子供/田中寬一 |
15 | 新體制の秋をゆく 新體制圈外 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 兩陛下親臨 輝く聖紀の奉祝式典 愈愈あと數日後です |
02 | ひろがる歐洲大戰 イタリヤ軍‧ギリシヤ軍 國境で激戰 |
03 | 童話 梟の夜廻り/神戶雄一 |
04 | バルカン |
05 | 圖像:秋の陽あびて |
06 | 市が二つふえました 宜蘭市と花蓮港市 お市役所の組織も改正 |
07 | 國語力だめし(十四) |
08 | 正しい國語□教へる 良い本のお知らせ |
09 | 皇軍を迎へて 安南人大喜び (佛印ハイフオンにて) 本社山口特派員 |
10 | 讀者作品集 蛙つり(入賞)/陳鐘桐 |
11 | 柿と弟(入賞) 父のお土產赤い柿/蕭金堆 |
12 | 青年の室 隨想隨筆 迎合と反撥/櫻川秀峰 |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 海軍諸部隊が活躍 中支各地に於いて頭條新聞 【○○基地三十一日發同盟】中支艦隊報道部三十一正午發表 二十八、二十九、三十の三日間に亘り海軍航空部隊の一部は山岳地帶の低雲を冒して安徽省江南地區敵據點、敵部隊等を爆發又江上艦艇は漢口下流に於いて機雷の處分に任じ洞庭湖方面に於ては敵のトーチカを攻擊、漢口上流六十浬黃□□方面に於いて陸軍に協力殘敵を掃蕩し多大の戰果を收めたり |
02 | 安慶附近の敵に銃爆擊 |
03 | 水東市{雷州半島北部要衝}を爆碎 |
04 | 翼贊會初參與會議 支部構成の件を諒承 |
05 | 圖像:ビルマ國境滇緬路の巧果橋に我海鷲の爆擊 |
06 | 奉祝記念の 貯蓄債券賣出 |
07 | 議會前に連絡會議 議會局と來議會の運營 |
08 | 為替管理法を改正強化 けふ公布八日から施行 |
09 | 圖像:獨軍攻擊の目標 |
10 | 選擧制度の意見交換 議會局制度調查部會 |
11 | 新なる要許可事項 |
12 | 日本は唯一の棉花市場 ペルー紙、日秘貿易促進を說く |
13 | 北支の米人 續續引揚ぐ |
14 | 米國の對英援助 飛躍的に強化 ル大統領の選擧演說 |
15 | 新秩序建設に協力 ペタン佛主席が放送 |
16 | ル大統領が當選せば 明春戰爭に捲込れん ウイルキー氏、攻擊を集中 |
17 | 地方監督書記 大量書記長に任命 |
18 | 米海軍の軟式飛行 船六隻、建造開始 |
19 | ワシントン號 サンベドロに寄港 |
20 | 敕令公布 |
21 | 我南寧自主的撤退 妨害なく續行 |
22 | 原五郎中將逝去 |
23 | 南臺灣物資 配給會社を組織 南部の業者が計畫 |
24 | 總督府辭令 |
25 | 今日の天氣 |
26 | 日本郵船基隆出帆 |
27 | 大阪商船基隆出帆 |
28 | 辰馬汽船 |
29 | 大連汽船 |
30 | 東亞海運 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 島內經濟統制の再檢討社說 一 戰時下に於ける經濟統制の意圖とする所は軍需及び戰時必要物資の確保及生活必需品の合理的配給並に適正價格の維持等である事は言を俟たないが、凡ての物資に對して上記の目的に達せしめるべく統制する事は殆ど不可能な話であるから、其の統制方法も自ら重點主義を採らざるを得ないであらう。然るに統制の方法が若し宜しきを得されば却って經濟界に萎縮不振の影響を與へられ、稍もすれば必要物資の生產が計畫通り增加せず却って減少を齎らさんとする嫌ひなしとしない。此處に於て從來の統制方法に對して更に再檢討の必要ありと信ずるのである 二 飜って島內に於ける統制經濟發展の跡を見るに大體に於て肉地と同一歩調を採ってゐるが、中には島內の特殊事情に即してゐない點がないではない。而して統制の核心が專ら配給部面に力を注ぎ、それが如何に生產增減と有機的關聯を有するかは兎角閑却されてゐるものの如くである。今かかる問題を詳說する暇はないが、本島として戰時に必要な米や砂糖や甘蕉や黃麻や苧麻等の如き農產物及び石炭や金の如き鑛物其の他の工業生產品に對する兩三年來生產擴充の跡を見るに決して滿足な狀態だとは稱し得ないのである。就中米糖の如き大宗な農產物は天候其の他の關係で豫期通り收穫を擧げる事は出來ないが、從來の統制方法に對しても更に改善の必要なることを痛感する。即ち配給部面の統制は寧ろ第二次的意義しかなく、生產增加に對してもっと適切な方法を講ずべきことを強調したい。 三 次に最近各商品別に統制組合又は統制會社を漸次組織されて來たが、これが又稍もすれば濫設の嫌ひがある。即ち設立の必要あるものと、然らずして統制の波に便乘して生產若くは配給の獨立を為さんとするものがある。又各種組合及會社が設立されたため一商店が數多の團體に加入して居り、其の費用の負擔も決して僅少ではなくそれが結局商品の價格に轉嫁して低物價政策と相矛盾する結果を招來する。從って今後各種統制團體に對してはなるべく同性質の商品を取扱ってゐるものを統合すると共に、不必要な團體の濫設を阻止すべきである。監督官廳もかく統制團體が續出しては到底嚴正に監督する煩に堪えないから、其の統制方針も自ら重點主義を採らざるを得ざるは明かである。 四 最後に一言すべきは從來の統制方法は兎角既存の商業機構を無視して新たなる機構を以て之に代らしめんとしてゐる。勿論統制商品の性質によっては已むを得ざる場合もあるが、なるべくは在來の商人の知識を活用し且つ其の失業を最少限度に止めさせなければならない。最近內地に於ては中小商工業者の轉失業問題が重大化して來たから、本島に於ても緩慢ながら同一傾向がないではない。從って當局に於ては一般中小商工業者に徒らに萎縮感を與へざるやうもっと此の點に對して顧慮するところがなければならない。 要するに經濟統制は誠に困難な荊棘の道であるが、それが宜しきを得るか否かは戰時經濟に及ぼすところ極めて甚大である丈當局に於てはもっと大處高處に立って之をより合理的に運用すべき事を切望して止まない。 |
02 | 兩陛下の御仁慈 本島暴風雨の罹災民に 御內帑金下賜の御沙汰 |
03 | けふ興亞奉公日 銃後奉公の誠を致せ |
04 | 清水上等兵英靈 きのふ晴れの歸還 |
05 | 明治神宮鎮座 廿年祭前日の儀 きのふ嚴かに執行 |
06 | 三笠宮殿下も台臨 若人力鬪の繪卷展開 |
07 | 來年度の徵兵適齡者 今月中に屆出てよ |
08 | ホツケー初制霸 北商、愛知に快勝 |
09 | 州議逐鹿戰 臺北州下二名出馬 |
10 | 島都の下馬評 |
11 | 新竹州は三名 |
12 | 州議選擧事務協議 |
13 | 體育會大の成績(三十一日) |
14 | 圖像:堂堂成都空襲に向ふ海鷲の精銳部隊 |
15 | 戶別訪問を廢止 基隆市も自肅選擧 |
16 | 新竹市表町の 奉公班結成 |
17 | 宜蘭市の昇格祝賀 きのふ盛大に行はる |
18 | 海外同胞の献金 及慰問袋を献納 |
19 | 精動の實踐徹底 州當局、關係者と協議 |
20 | 宜蘭市議初選擧 きのふ一名屆出 |
21 | 時代の寵兒バルプ 臺灣では原料は無盡藏 |
22 | 航空映畫“燃ゆる大空” きのふ國際館で試寫 |
23 | 官選市議內示 |
24 | バツト‧チヱリー 改名 |
25 | 市內電報廢止 年賀電報も廢止されん |
26 | 木谷七段歡迎會 |
27 | 街庄協の補充 |
28 | 澎湖物資配給組合解散 |
29 | 遞信部辭令 |
30 | 鐵道部人事異動 |
31 | 定期航空 |
32 | 人事消息 |
33 | 基隆警察職員の射擊大會 |
34 | 訃文:林崇正 |
35 | 訃文:井上信太郎 |
36 | 訃文:戴許坤 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 石油配給統制規則 けふ公布即日實施 臺灣石油會社を統制會社に指定 |
02 | 麥の增產目標 千五百五十萬石 當局助成金を交付せん |
03 | 闇取引絕滅のため 罰則を改正強化 |
04 | 物價はどうなる(上) 停止令運營に過誤 價格と惡鬪の一年 |
05 | 農機具製造會社 業者中心に組織せん |
06 | 電話の開通申請 近く許可發表 東臺の實情を特に考慮 |
07 | 臺北州米穀商組合 解散に決定 昨日の臨時總會で |
08 | 全島各地業者を網羅 □黃統制組合を組織 臺南山農產物組合役員會で決定 |
09 | 臺灣棉花總會 重役の重新任を決定 |
10 | 林投等の纖維で 國民服用帽を考案 臺灣帽聯の新計畫 |
11 | 經濟手帳 |
12 | 臺北州 陶磁器、硝子器商 聯合組合近く結成 |
13 | 照明燈 |
14 | バナナ相場 |
15 | 市價及商況 卅一日 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 豪華な奉納催物で 旗山神設例祭賑ふ 廿九、卅日嚴かに執行 |
02 | 羅東神社大祭 奉祝行事決定 |
03 | 新化向陽會 釋放者保護に邁進 |
04 | 桃園郡 龜山庄奉公班 二百四班結成なる |
05 | 北斗郡聯青查閱 勇壯に執行はる |
06 | 能高郡下の 歡樂鄉新體制 |
07 | トラツク代用 新化產業組合で リヤカー運輸業經營 來月中旬業務開始 |
08 | 旗山華僑日語講習會 |
09 | 旗山郡小公學校 職員兒童體育會 |
10 | 出征軍人軍屬等 遺家族慰安大會 大溪公會堂で開催 |
11 | 新化郡下產組 九月末業績 |
12 | 新化林榮衿氏 改姓名を願出 |
13 | 若人の血は湧く 北斗郡聯青查閱 陽光燦たる神社外苑運動場で |
14 | 曾文郡下の 秋祭大清潔法 |
15 | 臺中州商工業組合中央會 南投支會發會式 |
16 | 定款變更等を可決 南投信組臨時總代會 |
17 | ローカルセクシヨン |
18 | 旗山聯青奉祝體育會 |
19 | 大溪溪西公體育會 |
20 | 奉祝楊梅公四十周年運動會 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 州議選擧戰の火蓋 きのふ全島一齊に切らる 官選議員も內示 |
02 | 教育敕語奉讀式 |
03 | 南方講座 佛印の產業資源(18) 玉蜀黍、煙草、棉花、甘蔗 |
04 | 臺中州軍援大會 きのふ臺中市公會堂で/村山武夫 |
05 | 時局突破に“皇民塾” 臺南州奉公班每に設置 |
06 | 米穀增產に鑑み 臺南州に期成同盟會設置 |
07 | 樹林郵便局竣工 きのふ盛大な開局式 |
08 | 皇國に役立つやう 銀翼の伜に‧祈る若鷲の母 |
09 | 高雄遺家族授產所 きのふ開所式擧行 |
10 | 花蓮港市長の 事務引繼ぎ |
11 | 坊主刈に純朴頭髮 臺南州男女青年團新體制 |
12 | 霧社事件十周年 きのふ現地で記念祭典 |
13 | タイブライタ講習終了 |
14 | 供米運動感謝狀授與式 |
15 | 暴風被害視察 高原花蓮港廳長 |
16 | 新高築港講演會(彰化) |
17 | 贅澤品ストツク 高雄州下廿四萬圓 |
18 | 柔道角力大會 花蓮港廳主催 |
19 | 豚の密屠殺 一味檢擧さる |
20 | 忌明に献金 |
21 | 葬儀費を節約献金 |
22 | 林霧峰庄長の令息逝去 |
23 | 人事‧往來 |
24 | 消息 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 木更津海軍航空隊司令に 久邇宮殿下が御就任 |
02 | 伊國軍の一大攻勢 一、兩日中に開始せん |
03 | 國境地帶を進擊中 カラマス河沿岸の地點に到達 |
04 | 圖像:戰火のギリシヤ |
05 | サロニカ 死の街と化す |
06 | 暗に中立表明 トルコ外相が |
07 | ギリシヤ軍は 第二線に後退 |
08 | 英軍、希臘領の 某島嶼に上陸 |
09 | 流動資金貸出調整 前年の實績を基準に |
10 | 襲爵 |
11 | ニユーデ□ールと(上) ウイルキー候補 |
12 | 澁澤事務總長 ク委員長と會見 双方委員問の交涉開始 |
13 | 小林商相神戶着 石本少將英靈も悲しき歸國 |
14 | 候補者合理的決定法 清瀨部長、私案を提出 |
15 | 中共の動向に變化 日、ソの國交調整で |
16 | 新體制下の奉公日 新しい臣道實踐へ 力強い步を踏出す |
17 | 駐米佛大使 ウ次官を訪問 |
18 | 明日の天氣 |
19 | 米、墨間極秘裡に 借款交涉進む |
20 | 水滸傳(258)/黃得時;榎本真砂夫 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 御下賜金を拜し 聖恩の宏大無邊に感泣 秋田拓務大臣謹話 |
02 | 基隆出身の勇士 けふ晴れの歸還 幾多の勳功を樹て |
03 | 奢侈品展示會 二日午後に公開 |
04 | 神宮大會 各宮殿下がお成り 競技一段精彩を放つ |
05 | 街の經濟學 “ガソリン一滴は血一滴” (二)一石二鳥だ“步け” |
06 | 臺北米統組合の總代選擧 |
07 | 本島經濟事情の懇談會 |
08 | 公設市場を統合 聯合會組織に着手 |
09 | けふ興亞奉公日 市職員に新體制實踐 塚本助役が強調 |
10 | 逐鹿戰活氣付く けふ四名名乘り上ぐ |
11 | 圖像:紹興縣占領の古賀部隊勇士 |
12 | 基隆の下馬評 |
13 | 幸運者は誰? 報國債券第四回抽籤 |
14 | 大眾ハイク |
15 | 新竹州議立候補屆出(一日) |
16 | “戰時だ‧步かう” 市民の實踐を要望 |
17 | 國語の家聯盟(新竹) 實踐事項決定さる |
18 | 烏來へ「ベタル」 ハイク |
19 | 第三高女體育會 |
20 | 產組高等講習會 來る四日修了式 |
21 | 倫敦を報復爆擊 卅一日晝夜に亘つて |
22 | 鄉軍屏東臺糖分會總會 |
23 | 豐岡產業部長着任 |
24 | 人事消息報社消息 |
25 | 街で拾ふ |
26 | 今夜の放送 |
27 | 商況 一日前場 |
28 | 今晚の映畫 |
29 | 民報案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(2)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 公定價格でも魔誤つく 地方によつて違ふ魚の名前 目方買ひにこの知識が必要 東京市市場課櫻井幸吉氏談 |
03 | 圖像:榮養食の献立配給所 |
04 | 煉炭の上手な使ひ方 |
05 | 朝夕の肌寒に 荒れを防ぐマツサージ テルミーハウス山本鈴子談 |
06 | 恐ろしい百日咳 豫防注射も安心出來ない |
07 | 脂肪分の補給には 胡桃を食べませう おてんその他調理法色色 |
08 | 胃腸に無裡があつても 風邪をひきます 特に子供にはこのご注意 |
09 | 染色や漂白は 雨水が一番いい 硬水では色がはつきりと あがらないのです |
10 | これから加る 冷え性の惱み 腰湯を使ふとよい |
11 | お八つミルサム |
12 | すき毛で靴 ずれ防止 |
13 | 廢物利用と手間 |
14 | 松茸料理の心得 |
15 | 銀杏の効き目 |
16 | 茶器についた 茶澁を除く法 |
17 | 馬鈴薯饅頭 |
18 | 大根の葉と 莖の“料理” |
19 | 新體制の秋を行く 蛙と星 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 特輯 私達の學校号 彰化女子公學校 わが校の生ひ立ち 古き聖堂の思ひ出 深綠の今の學園特輯 |
02 | 圖像:綠の聖域特輯 |
03 | 校歌/菊川孝行;高津敬次特輯 |
04 | 働く悅び 一粒の種子にも真心こめて 學校農園と私達特輯 |
05 | 校訓特輯 |
06 | 朝會特輯 |
07 | 兵隊さん有難う 或日の陸軍病院慰問特輯 |
08 | 田舍の子供/陳氏美鑾特輯 |
09 | 圖像:漫畫ノオ便リ特輯 |
10 | ゲンキナ ヘイタイサン リクグンビヤウヰンヘ オミマヒニイツタコト特輯 |
11 | むすばれる心と心 支那の友達と 手をとりあつて 仲良く進む興亞の子特輯 |
12 | 圖像:支那のお友だちから おくつて來た作品特輯 |
13 | 圖像:みんなでまごごろこめて慰問袋つくり特輯 |
14 | 力合せて百億貯蓄特輯 |
15 | お作法の時間特輯 |
16 | 防空演習 四列にならんて おさついて!特輯 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 資本と經營の分離 最も論議の中心 新體制下經濟理念常任總務會で討議頭條新聞 【東京一日發同盟】大政翼替會常任總會は一日午後眾議院內に開會、新體制下に於ける經濟理念の問題を中心として討議を重ねたが同會議に於いて先づ小畑企畫局長より經濟新體制の理念並に該政策、就中目下焦眉の問題とされてゐる中小商工業者の轉出業對策につき政府の方針を說明、質疑應答を重ねた、而して最も論議の中心となつた問題は資本と經營との分離で同問題に對して政府が如何なる態度方針を執らんとするかは一般經濟界に及ぼす影響の重大なるに鑑みこの際急速に政府の方針を確立されたいとの意見が各委員より開陳されたことは注目される |
02 | 指導の統一を確保 翼贊會各局部間の橫の 連絡を有機的ならしめん |
03 | 折衝は目下繼續中 小林代表きのふ神戶着 |
04 | 圖像:伊希遂に開戰 |
05 | 「谷風」進水 |
06 | 蚕糸業統制 法案 來議會に提出 |
07 | 建川駐ソ大使 モ委員と初會見 |
08 | ニユーテイルと(下) ウイルキー候補 |
09 | 國民服令けふ公布 |
10 | 米穀出荷を促進 帝農、政府の方策に協力 |
11 | 所望地域に集結 わが南寧自主的撤退 |
12 | 法幣の牙城潰ゆ 佛租界、軍票拂ひを認む |
13 | 國民服(甲號)禮裝を 着用し得る場合 |
14 | 初の司法記念日 長年勤續者を表彰 |
15 | 圖像:皇軍紹興占領 |
16 | 英を徹底的に粉碎 ラヴアル佛副首相憎惡 |
17 | 父祖三代以上の 教育者に譽れの表彰 教育敕語渙發五十周年に |
18 | 挾擊作戰戰を執る 要衝ヤニナ近郊に進出 |
19 | 獨佛協力を說明 ラ副首相が記者團に |
20 | 南支支那軍の 最初の閱兵式 日、支軍官民多數參列 |
21 | トルコ中立 |
22 | 全國總務部長會議 七日から開く |
23 | 羅國駐屯獨軍動向注視さる |
24 | 海運中央統制輸送組合 きのふ創立總會 |
25 | 總督府辭令 |
26 | 今日の天氣 |
27 | 日本郵船基隆出帆 |
28 | 大阪商船基隆出帆 |
29 | 辰馬汽船 |
30 | 大連汽船 |
31 | 東亞海運 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 國民の士氣昂揚方策 民心明朗化が喫緊事社說 一 政府は去る廿九日の第六囘經濟閣僚懇談會に於て、奢侈生活抑壓方策に對應した國民士氣の昂揚に關し、家庭並に近隣を基礎とする娛樂慰安の施設及び戶外運動の獎勵等に依り健全明朗なる新生活樣式を創造し、國民體位の向上を圖るため差當りその應急措置として左の如き方針を決定し、直ちに關係各省で速かに實施にとりかかることとなったと東電が報じてゐるが、決定された國民體位向上及娛樂施設の應急措置は即ち一乳幼兒保育資材を確保し、二兒童學生都鄙青少年に對する武道並に運動の獎勵、三綠地公園運動場等の施設擴大、四健全なる國民娛樂殊に音樂を獎勵し、放送聽取施設の普及擴大、合唱に適する歌謠を選び、映畵演劇の巡回施設を獎勵する等であるが、要するに、ややともすれば萎微沈滯せんとする國民の士氣を昂揚振作し、以て明朗なる戰時國民生活を確保せんとするものであって、多少遲蒔の感がないでもないが、しかし誠に結構な措置であり、自覺でもあると云はねばならぬ。 二 今までの精動も經濟統制も聊か焦り過ぎた嫌ひがないでもない。ややもすれば、統制は即ち抑壓、公益優先は即ち國民生活無視でもあるかの如くに履き違へ、非常識な干渉や摘發を行って、國民に不當の壓迫感を與へたようなことが少なくなかったようである。この履き違ひに依る取締りの行過ぎに就ては、過日の閣議にに於ても東條陸相が指適した如く、技葉末梢方面に於ける些細なる干渉の結果、積極的協力の念を喪失せしめ却って民心を沈滯せしむる傾向あることは否むことが出來ない。國民に壓迫感を與へることは決して長期戰下に於ける士氣振作だ、民心明朗化の所以ではないのである。國家總力戰の今日、國民精神を總動員する必要は云ふまでもないが、しかしそれは國民が暢び暢びとした氣持で喜んで協力することを意味するのであって、決して戰戰兢兢としてついて來ることであってはならぬのである。革新といふことは、國民の精神的去勢を意味するものではない。國民があきらめ心理で厭厭ながら時局下に協力するような風潮が、若し少しでも生ずるやうなことがあってはならぬのである。それ故に、この際國民をして潑剌たる氣分で時局に邁進させ、明朗なる國民生活を確保せねばならぬのである。 三 我國は現に大規模な戰爭を行ってゐる。從って徒に華美に流れ、暖衣飽食が許されないのは當然である。多年の生業が基礎を失って、轉失業を餘儀なくされる者も多多あるのだ。この狀態に於て士氣を昂揚せしめ、人心を明朗ならしめるには、壓迫感を除き、健全な娛樂や運動の獎勵等で足りるものではない。更に目下進行しつつある事態を出來るだけ國民に理解せしめて、その負擔すべき使命を自覺せしめ、又犠牲負擔の公平を期し、而して生活の前途に對する希望を抱かしめるやうな對策をドシドシ實行せねばならぬ。かくせば如何なる物質的缺乏の中にも人心を滅入らせない明朗な生活を營むことが出來るであらう。全國民が明朗な氣分を失はず、試鍊に堪へて行くのでなければ、長期戰を戰へるものではないのである。 |
02 | 鎮座二十年祭 一日から嚴かに執行さる 明治神宮 |
03 | 明三日は明治節 帝都始め各地の奉祝行事 |
04 | 三笠宮殿下御成り 神宮競技を御覽あらせらる |
05 | 御神火を奉戴 東京市奉祝會 |
06 | 南洋神社鎮座祭 嚴かに執り行はる |
07 | 圖像:昆明附近を爆擊 |
08 | 第二日の州議戰 早くも定員の半數 島都の立候補都合四名 |
09 | 蘭陽の逐鹿戰 |
10 | 出版文化協會 近く創立總會 |
11 | 列車食堂の 献立時間改正 |
12 | 國民大會籌備委員 崇慶政府が任命 |
13 | 神宮體育大會 第六日目の成績 |
14 | 圖像:神宮體育大會第五日 |
15 | 續續と立候補 宜蘭市議戰活潑 |
16 | 赤堀知事來新 |
17 | 新竹市東門町 奉公班を結成 |
18 | 高雄州商組聯合會豫算總會 |
19 | 會の組織を強化 稻江大政翼贊協力會 委員、發起人を增加 |
20 | 臺灣軍活躍 弓道、庭球、卓球で |
21 | 聖地參拜團鹿兒島着 熊本を見學して報社消息 |
22 | 偲ぶ邦人南進の跡 南洋發展史展覽會 昨日がら博物館で開幕 |
23 | 奉祝青少年大會 十九日から開催 |
24 | 赤糖界の待望 アンベラ入る |
25 | 橫領詐欺で 英人訴へらる 基隆郡で取調中 |
26 | 隻眼勇士の更生 寫真師として再起 戰友を次から次へと寫す |
27 | 花蓮港軟式野球大會(あすより) |
28 | 文藝銃後講演會 菊池、久米、火野氏等が來臺 來月中旬全島各地で開催 |
29 | 第四回を献金レースに 臺北競馬第四日の成績 |
30 | 定期航空 |
31 | 人事消息報社消息 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 價格指定強行の為 物價調整事務進捗を計る 統制令延長期間內に |
02 | 臺灣硝子創立總會 社長赤司氏、專務近藤氏を選任 新竹に新式工場を建設 |
03 | 滿洲國における(上) 大豆及豆粕の值上 |
04 | 國民職業能力申告令 國民徵用令の改正に就て 府井田商工課長談 |
05 | 小工業轉業者を 滿洲開拓に轉換 拓務省の新計畫 |
06 | 盤谷見本市一行出發 |
07 | 地代家賃の調查 近く着手されん |
08 | 物價はどうなる(下) 必死に押へる勝勢 經濟體制大改革へ |
09 | 島內澱粉の滯貨 圓域への輸出を申請 |
10 | 臺拓臨時總會 來る廿二日に開催 |
11 | 臺灣製麻好成績 配當は一分增の一割 |
12 | 食料品組合臨時總會 事務所は南邦建築の二階に |
13 | 照明燈 |
14 | 商況 一日後場 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 祝花蓮港市制實施 東部の世紀的歡喜 地元民協力に期待 市制實施に當りて高原花蓮港廳長談特輯 |
02 | 將來性に富む 花蓮港市の全貌 市制實施で飛躍せん特輯 |
03 | 花蓮港市實業界展望 東部穀肥業界を 牛耳る花豐商事會社 最新式精米工場創設特輯 |
04 | 殖產報國に邁進 東臺灣殖產興業會社特輯 |
05 | 發展途上にある 東臺灣無盡會社特輯 |
06 | 業績躍進する 森茂木材會社特輯 |
07 | 製油業の王座 躍進の吉田公司特輯 |
08 | 廣告特輯 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺東中學校設立 愈愈來年實現か 豫算は中央で審理中 |
02 | 頭分神社例祭 多彩なる奉納催物 |
03 | 新化郡で 敕語奉讀式 |
04 | 馬公陸海軍人 慰問の夕 兩日共拍手喝采をうく |
05 | 圖像:南投商工協會主催紀元二千六百年南投社祭典奉祝演藝會狀況 |
06 | 新化郡各街庄 方委月例會 |
07 | 禁制纖維許可販賣の 認定基準近く決定 方針、大體內地に追隨 |
08 | 二千六百年奉讚七天大法會 |
09 | 北斗郡庶務勸業兩課の分列式 |
10 | 商工業組合中央會 能高郡支會成立 |
11 | 彰化國民貯蓄組合の打合會 |
12 | 沙山庄に獨立組合 設置要望の聲高し |
13 | 郡守歡送迎會 |
14 | 役馬利用競技會 東港街家畜市場橫で開催 |
15 | 南投郡體育會 來る十七日開く |
16 | 南投芳美公奉祝運動會 |
17 | ローカルセクシヨン |
18 | 頭分街長 新任披露宴 |
19 | 岡山高小運動會 |
20 | 有望な花蓮港廳 高度工業へ發展 逐年公共施設が完備 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 將兵一部召集解除 懷しの營門を後に |
02 | 白衣の勇士歸還 多數の出迎を受け |
03 | 白衣勇士を招待 花蓮港高女の学藝會 |
04 | 高雄州官選議員 |
05 | 嘉義神社御造營地鎮祭 一日嚴かに執行はる |
06 | 南方講座 佛印の產業資源(19) 珈琲、茶其他の農產物/村山武夫 |
07 | 臺南州勞務協會 きのふ發會式を擧行 |
08 | 給仕教養會 臺中州廳內の |
09 | 內地配合肥料 十日に初入荷 |
10 | 街庄吏員養成所 明治の佳節に開所式 |
11 | 圖像:火焰のロンドン |
12 | 署員に修養精神 友田彰化署長が叩込む |
13 | 全員が清掃作業 彰化郡の興亞奉公日 |
14 | 比島へ使節團(高雄) 商工獎勵館が派遣 |
15 | 選擧戰第二日 各地ともぼつく屆出 |
16 | 臺南州の協定事項 |
17 | 秋空に彩る律動美 臺中州奉祝體育大會 |
18 | 經濟相談 |
19 | 忠實に任務完遂 堀高雄警察部長の巡視談 |
20 | 新化業態別組合 聯合會支會役員會 |
21 | 人事、往來 |
22 | 消息 |
23 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | “蘭印は全く良い所 通商交涉は仲仲ねばるよ” 小林商相の土產話 |
02 | 圖像:獨伊兩巨頭會見 |
03 | けさ東京着 |
04 | 伊軍、カリバキに進出 ビ峠の希軍據點を大攻擊 |
05 | 既に七十九個村を占領 希臘は收拾し難い混亂狀態 |
06 | 佛印の反英色 急激に濃化 斷乎米船の出港を停止 |
07 | わが經濟使節團 對佛印交涉に入る |
08 | ドンダン(佛印國境)の 保稅倉庫發火 支那側の策動に依る |
09 | 米洲の防衛と(上) 米、墨の關係 |
10 | エビロス地方 主邑を占領 |
11 | 政府試案と議會局案に 相當の懸格あらん 根本は議員數と候補者推薦問題 選擧法改正 |
12 | 希軍の發表 |
13 | 紡聯統合案を決定 懸案の機構改革も可決 |
14 | 參戰意思なし イ土國大統領 議會で言明 |
15 | 英、米國に對し 船舶を多數注文 |
16 | 希臘二大要港を痛擊 |
17 | 危險水域を 無事に突破 伏見丸の動靜 |
18 | 明日の天氣 |
19 | 水滸傳(259)/黃得時;榎本真砂夫 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 明治神宮鎮座祭 第二日の儀 |
02 | 新體制の大綱決定 細目は更に審議 森岡總務長官語る |
03 | あす明治節 軍司令部で奉拜式 |
04 | 全島官選州議 內示者の顏觸れ |
05 | 圖像:禁制品展示會 |
06 | 街の經濟學 本屋さんの當り年 時局關係のものは飛ぶ樣 (三)本島人の讀書熱向上 |
07 | 七星郡國演會 |
08 | 島都‧更に三名出馬 |
09 | 式典參列團員の注意事項 |
10 | ヒトラー‧ユウゲント 代表輝く帝都入り 奉祝式典參列に來朝 |
11 | 新竹州下の 立候補屆出 |
12 | 天津租界工部局巡補罷業 待遇改善を要求して |
13 | 遺家族後援會に寄附 |
14 | 絢爛たる力戰熱鬪 第七日の神宮競□ |
15 | 圖像:臺北幼稚園の奉祝體育會 |
16 | 神宮競技成績(二日) |
17 | 紀元二千六百年 記念切手發行 |
18 | デリス栽培協會 盛大に創立總會を開催 |
19 | 川村知事上京 |
20 | 年豐棧移轉 |
21 | 不埓な木炭商 |
22 | 臺中州廳の 給仕教育會 |
23 | 井上部長の警察葬 |
24 | 人事消息報社消息 |
25 | 街で拾ふ |
26 | 今夜の放送 |
27 | 商況 二日前場 |
28 | 今晚の映畫 |
29 | 民報案內報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(3)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 お正月の慰問袋 今出さぬと問に合ひません 真心こめた手紙も忘れずに 陸軍省恤兵部調べ |
03 | 戰時に增加する不良兒 父親のない子を育てるには 母は無暗に叱つても駄目 厚生省兒童課森健藏氏談 |
04 | 圖像:榮養食の献立配給所(二) |
05 | 夜具は日光に當てる |
06 | 疊のへりに ブラシを |
07 | 花嫁の快速美容法 虛飾を捨てた真の美を 衿あしの生毛も剃つて |
08 | 婦人說苑 新體制と家庭/金子シゲリ |
09 | 解禁された 戰時下の狩獵 |
10 | 菊と大根の 落花生和へ |
11 | 餡かけ蒸し里芋 |
12 | 小鰺の味噌蒸 |
13 | 新體制の秋をゆく 依然舊體制です |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 御聖德を偲び奉る明日 菊薰る明治節 |
02 | 童話 梟の夜廻り/神戶雄一 |
03 | 明治神宮體育大會 今秋深き帝都で 行はれてゐます |
04 | 此頃の出來事 |
05 | 全國一齊に體操 明日午前十一時に |
06 | お爺さんも お父さんも 僕も入選 |
07 | 國語力だめし(十五) |
08 | 青年雜感/伊澤晃 |
09 | 佛印だより ベダロン見物 ハイフオンにて 本社山口特派員發 |
10 | 世界ニユース 電話で空襲警報 |
11 | 空襲で牛乳が惡くなる |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | わが荒鷲隊が猛爆 敵(南寧附近)の前進を阻止頭條新聞 【廣東二日發同盟】南支軍發表、軍の自主的南寧撤退は何等敵の妨害を受ける事なく既に所望の地域に集結を完了せり、南寧附近に現出する敵に對し虎視眈々○○基地に待機しありし我が飛行隊も二十九、三十の兩日脾肉の歎を託しつゝありしが三十一日に至り漸く敵は緩如なる前進を續けるを以って勇躍出動、戰々競々たる各所の敵に對し猛爆を加へ莫大なる損害を與へ忽ちにしてこれを潰亂せしめその前進を全く頓挫せしめたり |
02 | 先づ石油問題から 會談は終始友好裡に進む 小林商相東上車中談 |
03 | 故石本五雄少將 帝都に喪の歸還 |
04 | 晉冀掃蕩戰の華 坂口機、壯烈な自爆 |
05 | 圖像:雅俗山自宅で蘭印を語る使節小林さん |
06 | 選擧制度に對する 調查部會主な意見 |
07 | 產業報國會の創立 來る六日に準備委員會 |
08 | 全議員を審查部の 各分科に割當る 九日に審查部初總會を開く |
09 | 產報運動組織要綱 |
10 | 工業組合中央 統制協議會 きのふ初總會開く |
11 | 伊軍の對希作戰目標 伊軍事消息通が闡明 |
12 | 英船九隻を擊沈 獨空軍一日の戰果 |
13 | 英の軍用機註文 ル米大統領受諾を確認 |
14 | 全國水平社が 大和報國運動 |
15 | 統制會社を設立 纖維品輸出統制を強化 |
16 | 買付計畫の 內容 |
17 | 一般米人は迷惑 米政府の引揚げ措置 |
18 | 河田商相代理被免 |
19 | バ駐土獨大使 急遽歸國 利害調整に關聯 |
20 | 外務辭令 |
21 | 今日の天氣 |
22 | 日本郵船基隆出帆 |
23 | 大阪商船基隆出帆 |
24 | 辰馬汽船 |
25 | 大連汽船 |
26 | 東亞海運 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 明治維新の如く 明治節に當りて社說 一 聖戰下ここに三たび明治節を迎ふ、天寒うして松柏の操を知り、內外緊迫の折柄明治大帝の御鴻業を欽仰し奉るの情一層切なるものがある。明治大帝は幕末、一世の物情騷然たる時、幼少にして大統を紹ぎ給ひいはゆる黑船が我が國を包圍してゐる重壓の中にあらせられて維新囘大の大業を完遂し一君萬民の大義を顯現し給ふた。即ち一君萬民の大義を根抵とし政治に、軍事に、教育に、產業に御一新の大改革を斷行し以て世界に比類なき躍進明治文明を樹立あらせられた。これがため日清、日露戰役の大捷となり國威いよいよ振張興隆を見るに至った。 二 而して今や如何、今やわが國は國際正義再建のために、東亞新秩序建設のために未曾有の聖戰をつづけてゐる。國際情勢は黑船重壓時代の比ではない。こんな環境の下に於て日本が正義を行ふためには十分の力がなくてはならぬ。他の弱き兄弟民族を扶けて東亞新秩序を建設するには更らに強大なる力を必要とする。一億の國民は數に於て尠しとせぬ。而しながら從來のやうなバラバラな狀態では烏合の力とはいへぬまでも、未だ曾て經驗したことがない重壓の前には稍もすれば押しつぶされさらになる。然らばこの壓力をはね返し、叩きつぶすだけの力の發揮は如何にすべきであるか。大政翼賛運動が即ちその答へである。更に嚴密にいへば「國民的協力」による高度國防國家の建設がその求めらるる全部である。ここにいはゆる「國民的協力」とは皇室を中心とし國民的に一致し、國民的に團結し、世界に向って國民的に活動することである。全國民の智力と、財力と、體力とを合理的に結集した國家總力を最高度に運用し驅使することである。 三 わが建國の大理想はここに更めて說くまでもない。われわれはこの建國の理想を宇內に宣布する責務を帶びてゐる。この責務完遂にはわれわれはより正しく、より強くあらねばならない。強則ち善とはいへないが、強ならざれば善を行ふに由ない。われわれは今や歷史の分水嶺に立ってゐる。行く手は既に決ってゐるが前途には尚崢嶸の難路が起伏重疊してゐる。萬一足を辷らせば千尋の谷に墜落する危險さへある。列強のやうな權謀術數は取らぬところとはいへ、場合によっては南に主力を注ぐため北を釘付けとする作戰も亦必要ではあるまいか。かくて巍巍蕩蕩たる明治大帝の大御心を以て心となし、一切の古き心情と因緣とを捨てて大同團結、明治維新の如く昭和維新の大業に邁進しなければならない。新體制といひ、東亞新秩序の建設といひ、要は國民の心構へであり、進んで協力する積極性を示すことがこの際要望される臣道の實踐である。明治節にあたり島民の奮起を希ふて止まざるものである |
02 | けふ明治節の佳き日 宮中で明治節祭を御執行 |
03 | 午前九時一齊に宮城を遙拜 |
04 | 三笠宮殿下台臨 若人感激の熱戰展開 七種目を殘して霸權決定 神宮競技第七日目 |
05 | 光榮の式典參列者 けふ直航船で出發 |
06 | 各種競祭白熱!大會第七日の成績 |
07 | 海南島の隅隅まで 皇軍を慰問 臺北州派遣演藝團歸る |
08 | もう三四名出馬か 島都の市議站活氣を帶ぶ |
09 | 二區三區は激戰 新竹市內は鳴りを鎮む |
10 | 真劍さ溢る ヒトラーユーゲント 指導團ユ團長談 |
11 | 宜蘭市郡の 國語講習會 豆選手も熱演 |
12 | 宜蘭市議十名立候補 |
13 | 圖像:神宮體育大會第五日 |
14 | 紅裙連の赤誠 奉祝舞踊大會盛況 |
15 | 祝へ元氣に朗かに 濟んだら“さあ働かう” 生活指導部の真摯な活動 |
16 | 神宮大會參加の グライダー公開 秋空に見事な輪を描く |
17 | 精鍊せる業 柔道二位入勝の 岩淵五段の敢鬪 |
18 | 南方青年研究會 臣道實踐會を組織 けふ臺灣神社大前で宣誓 |
19 | 海底ケーブル障害 見事、防止策發見 世界に誇る裝置 |
20 | 寒さのために 實力が出ない 臺灣技術女子選手 |
21 | 巡補罷業解決 |
22 | 臺北秋競馬 第五日の成績 |
23 | 鐵槌投げに落合章 |
24 | 花蓮港鍛鍊馬場 竣工祝に產駒品評會 |
25 | 船便り 香取丸無電 |
26 | 今日の映畫 |
27 | 定期航空 |
28 | 總督府辭令 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 島內郵貯增佳(十月末) 五千萬圓に肉迫 本年中千萬圓增加せん |
02 | 二期米作見直す 四百萬石以上か |
03 | 經濟事情懇談會 昨日鐵道ホテルで |
04 | 滿洲國における(下) 大豆及豆粕の值上 |
05 | 來年度重要資材所用者は 十日迄に申告を要す 然らざる者は配給を受けざるべし |
06 | 臺灣乳製品移入 配給統制組合創立 理事長星野邦三郎氏 |
07 | 臺北區米穀納入組合 臨時總會で改組決定 |
08 | 泊交通局總長 けふ上京 |
09 | 石油販賣有限會社打合會を開く |
10 | 八月末生保契約 五億六千八百萬圓 |
11 | 麥粉販賣價格 全島均一に決定 |
12 | 本年バナナ輸移出 二百七十萬籠か 來年更に減少せん |
13 | 經濟展望 |
14 | 臺灣船渠會社 未拂込三百萬圓徵收 |
15 | 照明燈 |
16 | 市價及商況 二日 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 街民の熱誠を具現 大溪神社祭典賑ふ |
02 | 奉公班員等二千餘名 竹東小でラヂオ體操 奉公日に於ける行事 |
03 | 觀眾の喝采止まず 二重埔公奉祝體育會 |
04 | 東亞共榮圈確立と 拓務行政機構の整備 新情勢に適應する再組織が必要 |
05 | 北斗巴歌劇團 主演者留置さる |
06 | 鹿港施能達君 一千圓を寄附 |
07 | 山崎沙山庄助役 大城へ榮轉 |
08 | 懸賞募集中の 新營愛國青年隊歌 當選者並歌詞發表 |
09 | 新營青年學校 教練查閱を擧行 |
10 | 圖像:基隆郡貢寮庄時事畫報 |
11 | 大谷師の逍遙園落成 百人を收容しうる家庭防空壕 私邸の傍に塾舍あり 南進策の實踐 |
12 | 新營郡青年道場 入所生八十名を收容 昨日入所式を擧行 |
13 | 岡山愛婦が廢品回收 去る興亞奉公日に |
14 | 竹南射擊大會 來る十三日執行はる |
15 | ローカルセクシヨン報社消息 |
16 | 斗六公運動會 來る十日に開く |
17 | 莿桐、古坑兩庄 助役缺員、未補充 |
18 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 御聖德を偲び奉る けふぞ輝く明治節 各地で遙拜式執行 |
02 | 臺南州產業新體制 增產擴充五ケ年計畫 |
03 | 福永中尉歸還 多數の出迎へ裡に |
04 | 名譽の戰病死者 原隊より發表さる |
05 | 旭青年團宣閱 |
06 | 產組事務監查 |
07 | 花中體育大會 |
08 | 奉祝庭球大會 |
09 | 南方講座 佛印の產業資源(20) 養蠶は安南人の重要副業/村山武夫 |
10 | 緬甸ルートおぢゃん 我が荒鷲の猛爆擊で |
11 | 選擧戰第三日 |
12 | 一期作水稻用堆肥 新豐郡で增產計畫 |
13 | 贅澤品の追放 臺中署員業者を指導 |
14 | 高砂族自助會 けふ發會式擧行 |
15 | 高雄の堆肥陸揚改善打合 |
16 | 經濟相談 |
17 | 啟發宣傳映畫の指定上映 |
18 | 彰化市の奉公班 實踐事項決定さる |
19 | 人事往來報社消息 |
20 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 明治節の御儀 昨日宮中で行はせらる頭條新聞 【東京三日發同盟】明治節の佳き日二日宮中では森嚴なる明治節の御儀を行はせられた この日宮中三殿の神域は早旦から清められ三條掌典長以下掌典部員奉仕して神饌幣物を奉奠、三條掌典長祝詞を奏し奉り午前十時御代拜奉仕の德大寺侍從は恭しく拜禮終つて宮內省勅任官總代木下帝室會計審查局長官同奏任官總代權藤宮西技師の拜體あつて御儀は滯りなく終了した御恒例の御賀宴は催されなかつたがこの日明治神宮には掌典庭田重行伯を勅使として參向奉幣せしめられた、この佳辰に秩父宮妃殿下を始め奉り皇族方御參內、 天皇、皇后兩陛下に御恐悅言上遊ばされたが近衞首相以下文武百官は午前九時頃から相次いで參內參賀記帳をなし宮中を退下した。 |
02 | 神宮へ敕使が參向 敬虔な參拜者の群が終日續く |
03 | 敵を急襲、進路遮斷 南寧周邊左江で渡河準備中 |
04 | 虱潰しに爆擊敢行 |
05 | 轉失業對策三施策 翼贊會でも調查研究 |
06 | 週間評論 外交の勝敗 三國同盟の本質檢討/伊藤正德 |
07 | 國民生活の再檢討 內務省積極的に乘出す |
08 | 極東の情勢變らず 米の措置全然不可解 三國同盟の本質は既に闡明 |
09 | 皇軍占領地域の 軍管理工場の返還 中國側官民深く感謝 |
10 | 小林商相きのふ 近衛首相を訪問 經過を報告、種種要談 |
11 | 候補者推薦制度に 論議が最も集中 會議に現はれた意見 |
12 | カラマス溪谷に沿ひ 山岳地帶を進擊中 伊軍司令部發表 |
13 | 伊爆擊隊活躍 |
14 | 前田氏、首相訪問 二時間半に亘り要談 |
15 | 砲聲殷殷 |
16 | 希の戰略都市 十二を爆擊 |
17 | 和平の意思がない 伊、強硬態度を表明 |
18 | 大日本赤誠會 發會式を擧行 |
19 | 議會局貴院部の 構成方法決定 |
20 | 倫敦爆擊 |
21 | ハル長官の 選擧演說 ル大統領支持 |
22 | 英空軍、獨を空襲 |
23 | 今日の天氣 |
24 | 日本郵船基隆出帆 |
25 | 大阪商船基隆出帆 |
26 | 辰馬汽船 |
27 | 大連汽船 |
28 | 東亞海運 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 明治節 慶祝の誠を罩めて 一齊に宮城を遙拜 |
02 | 絕好の奉祝日和 各地で色とりぐの催し |
03 | 佳き日の島都 素晴らしい人出 |
04 | 神宮體育大會 きのふ幕を閉づ |
05 | 體育大會成績(最終日) |
06 | 新竹の奉祝 |
07 | 羅東神社例祭 御祭り氣分橫溢 |
08 | 再制霸は當然 中等軟式庭球優勝に就き 辛瑞慶氏語る |
09 | 晴れの榮冠獲得 臺灣からの弓道戰士 |
10 | 子寶家庭表彰式 きのふ全國一齊に擧行 |
11 | 全國一齊體操 |
12 | ユーゲント一行も 競技場へ |
13 | 府縣對抗戰の 順位 |
14 | 光榮の式典參列者 依行六百名、特別船高砂丸で きのふ晴の鹿島立 |
15 | 島都は定員突破 逐鹿戰漸く本調子 |
16 | 朝鮮の防空施設は 實に素晴しい 香取丸入港大越防空課長談 |
17 | 幼稚園兒が 奉祝旗行列 五日新公園で |
18 | 新竹中學の 奉祝體練會 |
19 | 宜蘭市議戰 既に定員突破 |
20 | 山口氏の令息 きのふ寄台 |
21 | 臺展の推薦三名 きのふ發表さる |
22 | 花蓮港市の昇格祝 きのふ盛大に擧行 |
23 | 別府に安着 本社聖地參拜團一行報社消息 |
24 | 臺北秋競馬 最終日の成績 |
25 | 潮汕密柑輸出 青果組合創設 |
26 | 定期航空 |
27 | 人事消息報社消息 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 忠靈塔建設の議 臺南市民間に纏る 副次的事業として國民道場を建設 |
02 | 奉祝二千六百年 十日に奉祝式典擧行 |
03 | 二千六百年式典 奉祝催物を協議 員林街役場會議堂で |
04 | 御下賜の奉公杖等 傳達式を花蓮港で擧行 |
05 | 鄉軍臺中分會總會を開催 |
06 | 喪費を節約し 四千圓献金、寄附 大理素封家邵機塘氏 |
07 | 明治節の佳辰を祝ふ 嘉義市で五千餘名參集擧式 |
08 | 臺中州では 御真影奉拜式 きのふの明治節に |
09 | 高雄市內ても 各所で奉祝式 |
10 | 宜蘭市制實施祝賀式に於ける 內務局長、州知事の祝詞 |
11 | 大甲街方委 陳嘉邦氏表彰さる |
12 | 大甲街防衛團員 新高山に登山 |
13 | 嘉義愛婦の赤誠 一錢献金が積つて五千餘圓 之で慰問袋を作成 |
14 | 聖紀紀念事業として 羅東商工專修校設置を運動 同地信組、基金に一千圓寄附 |
15 | 蘭陽各バス會社 回數、停留所を減少 ガソリン節約の為め |
16 | 彰化市呂世明氏 清水楊天賦氏出馬か |
17 | 碧空に描く律動美 克く觀眾を魅了 臺中市小公學校陸上競技 |
18 | 岡山街の吳瑞泰氏 推薦立候補に立つ |
19 | 人事‧往來 |
20 | 消息 |
21 | ローカルセクシヨン |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 海南島(十月中の)綜合戰果 殘敵の窮乏甚し投降者續出 |
02 | 敵を搜查痛爆(南寧東側) |
03 | 敵陣地を突破進擊 伊軍希臘方面の戰況 |
04 | 名目に過ぎぬ 英國の對希援助 |
05 | 英國の元軍 希臘に上陸 |
06 | 海外同胞東京大會 けふ日比谷で開催 代表千五百餘名參加 |
07 | 英、伊が海戰 コルフ島西方海上で |
08 | 英軍チラナを爆擊 アルバニア首都 |
09 | 全豫備兵召集 トルコ政府が四日附で |
10 | ローマ日本人俱樂部を設立 |
11 | 滿洲開拓民を斡旋 拓務省に轉業相談所 |
12 | 米洲の防衛と(下) 米、墨の關係 |
13 | 燒失官衙の 復舊成る |
14 | 圖像:地中海を制壓する伊太利海軍の威容 |
15 | ヒトラー總統が 和平條件提示說 米國務省筋では否定 |
16 | 樞軸側とソ聯の 利害關係を調整 獨伊兩外相の會談 |
17 | 對土策協議 |
18 | パ獨大使歸國 更に某地へ |
19 | “斷然勝利を確信” 徹底的にル大統領を攻擊 ウ候補最後の反擊 |
20 | 轉失業對策を協議 議贊會常任總務會で |
21 | 日、ソ關係好轉 東鄉前大使歸朝談 |
22 | 有望な石油礦區 熱河省で發見さる |
23 | 米太平洋艦隊 ハワイへ |
24 | 明日の天氣 |
25 | 水滸傳(260)/黃得時;榎本真砂夫 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 紀元三千六百年奉祝式 帝都の聖典に呼應し 島都でも嚴肅に擧行 |
02 | 島都の奉祝式と行事 |
03 | 明治神宮鎮座祭終る 五日間に亘る盛儀を滯りなく |
04 | 皇典講究所 創立五十年記念式擧行 |
05 | 街の經濟學 新體制型の買物 (四)奧樣方の協力要望 |
06 | 昨日の佳節に 假出所の恩典 模範囚百卅三名に |
07 | 牛嶋軍司令官上京 奉祝式典參列の為め |
08 | 圖像:ヒツトラー‧ユーゲント宮城を遙拜 |
09 | 州議逐鹿戰 島都更に一名出馬 |
10 | 選擧事務打合 |
11 | 本年度徵兵檢查 臺北市兵事課が注意事項發表 |
12 | 新竹州議立候補屆出 |
13 | 潮汕奧地の敵新兵 盜賊化、掠奪を働く |
14 | 敵兵が辻強盜 被害者は泣寢人り |
15 | 刑餘者の福音 前科抹消制度を確立 |
16 | 社會事業大會 廿四日中壢で開催 |
17 | 新竹鄉軍創立記念式擧行 優良會員を表彰 |
18 | 基隆鄉軍、國婦の射擊大會 |
19 | 豫想以上の戰績 臺灣軍總監督村橋氏語る |
20 | 禁制品展示會 六日大稻埕で開催 |
21 | 全島新人紹介音樂會(十五日) |
22 | 臺北市消費米配給區會總會 |
23 | 傳染病續出(基隆) 市民の用心要望さる |
24 | 三重埔壯丁團優勝 |
25 | 定期航空 |
26 | 人事消息報社消息 |
27 | 街で拾ふ |
28 | 今夜の放送 |
29 | 商況 四日前場 |
30 | 今晚の映畫 |
31 | 民報案內報社消息 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 亞細亞の旗(4)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 輝く二千六百年の 家庭奉祝要項 各家庭擧げて參加せよ |
03 | 赤ちやんには 不向きな煉乳 加熱で性質が變つて來ます |
04 | 圖像:閣議で正式決定した國民服甲乙號及帽子外套の圖 |
05 | 讀書と照明の注意 電球は部屋の廣さに應じて |
06 | 紅のつけ方 不自然にならぬ樣に |
07 | 圖像:ミス‧アメリカ |
08 | 茸に中毒したら 葡萄糖液を 新しい有效な解毒法 |
09 | 味を落さずに 一月は保ちます 簡單な松茸の保存法 |
10 | 絹の新しい用途 代用品としても活躍 |
11 | 入浴洗顏後に この手當が大切 ひび‧あかぎれ豫防は今から |
12 | 教育相談 文理科選擇に迷ふ 上級學校は何校が上よいか/田中寬一 |
13 | 鹿兒島高農を 受驗しなさい |
14 | 新體制の秋をゆく 嘆はしき青春 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 國語學習 兩陛下の御仁慈 本島暴風雨の罹災民に 有難い御沙汰 |
02 | 明治神宮 鎮座二十年祭 |
03 | 圖像:呆れた蔣介石 |
04 | 心の目を見開いて 新しい人生へのりだす 白衣の勇士たち |
05 | イタリヤ軍猛進擊 |
06 | ギリシヤは 英の家來だ イタリヤ政府の聲明 |
07 | どんな方法でやるか? 獨軍の英本土上陸 グライダーの空中列車 も考へられてゐます |
08 | 小林商相歸國 石本少將の英靈も |
09 | 明い新竹州建設めざす “國語の家聯盟” |
10 | 臺灣優勝 神宮大會の ホツケー戰 |
11 | 憧れの陸の荒鷲に 本島の二少年合格 |
12 | 遠い海の彼方から 慰問袋三萬個献納 |
13 | 讀者作品集 しりとり/黃氏金蓮 |
14 | 暴風雨/游氏秀鳳 |
15 | 今日の智識 このまへの歐洲大戰はいつはじ まつたのてすか。 |
16 | 青年 查閱と體育大會/藤間逸雄 |
17 | 青年の室 |
18 | 國語力だめし(十六) |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 高松宮殿下 奉祝會に台臨 總裁宮御代理として頭條新聞 【東京四日發同盟】光輝ある紀元二千六百年奉祝の秋來る十日の奉助式典並に十一日の奉祝會は畏くも 天皇 皇后兩陛下の臨御を仰ぎ綠濃き宮城前晴の式場において盛大に擧行されるが十一日奉祝會に際し奉祝會總裁に在す 秩父宮殿下には尚御靜養中のため台臨あらせられないことになり內閣の奏講に依り高松宮殿下が總栽宮御代理として台臨遊ばされることに御承諾あらせられた高松宮殿下には當日 天皇 皇后兩陛下に奉祝詞御奏上並に萬歲御發聲等總栽宮の榮ある御使命を御代行遊ばされる 秩父宮殿下には昭和十二年七月十日奉祝會總裁宮とならせられまた紀元二千六百年に因んで萬國博覽會總裁に御就任、東亞大會、銃後奉公祈誓大會、國民體育大會等の總裁とならせられ肇國の精神發揚に努めさせられたがこの夏以來肺炎のため御療養あらせられ御經過極めて御順調に渡らせられるが奉祝會に際しても尚引續き御靜養を續けさせられる御由に承はる |
02 | 日滿支經濟建設要綱 きのふ概要發表さる |
03 | 日滿支を一丸とする 自給自足經濟を確立 |
04 | 圖像:明治神宮鎮座二十周年大祭 |
05 | 陸軍經理學校 創立五十周年祝典 |
06 | 竹田宮、李鍵公兩殿下 大勳位に敘せらる |
07 | 物動計畫の見透と 中小商工業への影響 岸商工次官が說明 |
08 | 石井內務局長 勳三等に敘せらる |
09 | 山西の共軍を掃蕩 |
10 | 南寧附近の敵を猛爆 |
11 | ル大統領幾分有利か フオーチユン誌の選擧豫想 |
12 | 我方の申入を承認 希船の本邦向け航行を繼續 |
13 | 引揚邦人伏見丸で遙拜式 明治の佳節に |
14 | 根本的經濟策樹立 外交政策の具體的內容を聽取 大政翼贊會常任總務會の意見 |
15 | 政策局の各部長 きのふ正式に決定 |
16 | 金融新體制を協議 きのふ金融改善特別委員會で |
17 | 米下院議員の選擧 共和黨は何處まて進出するか |
18 | 政治的イツト人物 加藤前同盟華盛頓支局長に ウイルキー氏人物評を聽く |
19 | 上海米人引揚 四日上海を出帆 |
20 | 森林價格統制令を立案 農地二敕令と共に審議會に附議 |
21 | 文部辭令 |
22 | 英政府の抗議に ソ聯拒絕の回答 ドナウ河委員會に關し |
23 | 自動車資材の 配給統制強化 |
24 | 獨伊兩國にも 財務官駐在 |
25 | 商工省辭令 |
26 | 今日の天氣 |
27 | 日本郵船基隆出帆 |
28 | 大阪商船基隆出帆 |
29 | 辰馬汽船 |
30 | 大連汽船 |
31 | 東亞海運 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 臺北市內バス對策に就て 當局の一考を望む社說 一 事變以來公眾交通機關の輻輳情態は全國的である。之れは利用者の激增と燃料、資材の節約と相まって此の現象となってゐるのであるから戰時下國民としては十分の理解をもって不自由を忍ぶべき事は言ふまでもない事である。然し政府としては極力之等公眾交通機關の合理化に對し對策を講じ且つ能率增進に努力しなければならぬ。今島都臺北市について見るに人口約四十萬を有し郊外住宅地は市街の三方に延び地域的に見て臺北市は官廳會社が多く一般都市に比較して給料生活者が多い關係上住宅地が郊外へ延びるのは必然的であり從って人口の割合に地域が廣いのである。此の環境にある都市にして公眾交通機關としてバスのみしか無いのはおそらく全國に臺北市あるのみであらう。他の都市には必らず電車とバスがある。併し臺北市民は電車を要求してはゐない。何故ならば電車は近代公眾交通機關の王座を占めてゐるが、都市の美觀、氣分の上から見て好ましいものではない事は誰もが知ってゐる。殊に常夏の臺灣に於いてはレールと音響を想像するだに暑苦しさを感ずるのである。 二 臺北市街に電車を架設せずバスのみにしたのは當局の一見識としなければならない。併しバス利用者の激增とガソリン制限の今日に於ける臺北市內バスは極度の不足を告げてゐる。しかも其の狀態は日日深刻化してゐる事を誰よりもバズ階級が日日體驗してゐるのである。市當局に於いても之れが對策として乘替券廢止と云ふ苦肉の策を講ずるに至った。 抑抑人口四十萬を有し前述の如き條件下にある臺北市に此の現象を見るのは必然的である。殊に電車を有する都市に對するバスのガソリン制限と同樣の制限を電車なき臺北市が受けてゐるのであるから電車を有する都市が一擧に電車をやめてしまったも同樣である。此の制限其のものが甚だ矛盾してゐる。バスを唯一の公眾交通機關としてゐる臺北市としては當然電車を有する都市のガソリン制限とは一律にすべきものでなく特殊的配給をなすべきものであるから當局として此の點大いに對策を講ずべきである。 三 ガソリンの特殊配給と車數の增加對策を講ずる一方他に何等かの對策がなければならぬ。或者は成るべく歩くようにすれば好い、と云ふ之れも一方法である。又乘替券廢止も一方法である。併し之等の方法は極めて消極的であり、且つ今後益益利用者の增加する事を豫想しなければならぬ環境にあるのであるから最も現實的にして直ちに實行性ある對策が急務である。筆者は茲に一方策を提唱して當局の一考を煩したいのである。それは交通局經營の局營バスの一部を臺北市內へ提供する事である。局營バスは大體鐵道沿線を通ってゐる。尤も全然鐵道の無い場所も多少はあるが――元元局營バスは鐵道利用客の獲得を目指したもので所謂鐵道ブロックに發足したものである。併し今日の情勢は當時と全く一變した。そこで實際問題として取り上げたいのは臺北基隆間、臺北淡水間の局營バスは純然たる鐵道沿線線であるから此の線を廢止して臺北市內へ提供すれば市內交通の緩和は立どころに實現する。一方該線利用客は鐵道に乘替へれば何等の不便もないのである。然らば鐵道に該線利用客の收容能力が無いか、と云ふに筆者の調查によると十分收容能力のある事が認められる。局營バスは大型であり之れを改造すれば現在運轉されてゐる一般市內バスの二倍半の人員が乘れる。此の際市當局として是非共交通局當局と折衝して其の實現に努力してほしいのである。 |
02 | 榮の參列者五萬に 記念品と奉祝食饌 奉祝式典準備進捗 |
03 | 祝典偲ぶ在外同胞に 國際電話で喜ぴを頒つ |
04 | 一區二區二名超過 臺北州議の逐鹿戰活潑 |
05 | 運動員街頭進出 宜蘭市議戰白熱 あす舌比べの立會演說 |
06 | 圖像:神宮體育大會 |
07 | 沈默破つて 一名立候補 臺南市の□議戰 |
08 | 大政翼贊實踐に 青年團を總動員訓練 新竹州下の勤勞奉仕日割 |
09 | 全日本相撲 選士權大會 外苑相撲場で |
10 | 島都遺家族授產所 內部の施設を急ぎ 本月中旬頃に華華しく開所 |
11 | 改姓名に就いて(一)/桑田六郎 |
12 | 精神作興ハイク 市民多數の參加を希望 |
13 | 遞信團歌募集 |
14 | 臺灣グライダー俱樂部 いよく下旬に結成式を擧げ 滑空訓練を開始 |
15 | 臺灣航空談話會 今月中に發會式擧行 |
16 | 來年の國民體育大會 早くも體力局で準備 |
17 | 奢侈、禁制品判別指導 北署經濟係が總動員 |
18 | 柏原氏に 禁錮二ケ月の判決 |
19 | 全島國語演習會 來月十日彰化市で開催 |
20 | 西澤氏が特別放送 |
21 | 產婆學說合格者發表 十一月から實地試驗 |
22 | 產業部新設で 狹い臺北州 土木課、州會館に借家住ひ |
23 | 香奠返しに献金報社消息 |
24 | 訃文:小林惣次郎 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 漢口銀行を傘下に 正金と共に佛印支店も設置 臺銀、中南支に發展 |
02 | 管理米の輸移出 六百七十九萬餘袋 過去一個年の實績 |
03 | 高雄魚市十月糶高 七十二萬八千餘圓 |
04 | 砂糖の甘味噌進に 灣糖が率出研究 益田社長總會で說明 |
05 | 纖維工業はどこへ行く(上) 內外ともに沈滯勝ち |
06 | 鳥井臺灣取締役 退任後參與に就任 |
07 | 中小商工業と金融(上) 轉業對策と併行して 健全な業者の保護へ |
08 | 勞銀の統制で 工業勞働者の生計調查 |
09 | 淺野洋灰新工場 來年六月頃に竣工 豫定より多少遲延 |
10 | 產組高等講習會 昨日修了式擧行 |
11 | 事變公債 四億圓を發行 |
12 | 經濟手帳 |
13 | 市價及商況 四日 |
14 | 照明燈 |
15 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 短篇ラヂオ小說 ある畫家の母/北澤彪外 |
03 | 朝鮮だより 西鮮の卷 |
04 | 琵琶 「西鄉隆盛」/雨宮薰水 |
05 | 落語 高砂や/立川談志 |
06 | 子供時間 |
07 | 日獨伊の映畫提携 先づ日伊交換制が實現 |
08 | 大日本映畫協會が 全國の映寫機調べ |
09 | 婦人の時間 婦人常會體驗談/小林能婦 |
10 | 大政翼贊會の 映畫、演劇活用大綱 |
11 | 宣撫用に農民映畫 在支各機關が要望 |
12 | 映寫技士常備は 斷乎實施 違反者どしどし處罰 |
13 | 海外映畫だより |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 臺東臺北間空路 復活を認めらる 去る一日より每週三往復 |
02 | 竹山神社例祭 參詣者引きも切らず |
03 | 旗山郡では 吳見草氏出馬か 邱義生氏は形勢觀望 |
04 | 竹山郡では 氣乘り薄 |
05 | 岡山神社祭典 十四十五日に執行 |
06 | 州議選擧で 曾文郡大多忙 |
07 | 若鮎の潑刺さに 一同魅了さる 旗山郡奉祝體育會 |
08 | 多彩な奉納催物 桃園神社例祭賑ふ |
09 | 旗山郡聯青大會 終つて體育會を開く |
10 | 溪湖小學校で 奉祝體育會 |
11 | 大溪郡愛國女子 衛生看護團成立 團員は四ケ月間講習を要す |
12 | 大溪楠公銅像 盛大なる除幕式 |
13 | 新化自轉車組合臨時總會 |
14 | 北斗郡聯合體育會來る廿一、二日に開く |
15 | 剝皮除脂競技會 九日嘉義市で |
16 | 岡山小學校で 運動會を開催 |
17 | ローカルセクシヨン報社消息 |
18 | 新化郡警吏異動 |
19 | 岡山郡警吏異動 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 將兵一部召集解除 各自懷しの我が家へ |
02 | 花蓮港廳の 明治節奉拜式 |
03 | “市民に範を垂れよ” 那須臺南市長着任訓示 |
04 | “溫故知新で進め 臺南は本島第一の古都” |
05 | 南方講座 佛印の產業資源(21) 森林地帶は蓄積量豐富/村山武夫 |
06 | 農業生產に關する講演 |
07 | 鄉軍屏東分會非常召集 |
08 | 聯合野外軍事訓練 廿日より花蓮港平野で |
09 | 高雄州軍援大會諮問事項 |
10 | 屏東郡皇民會 興亞奉公日に發會式 |
11 | 花蓮港家庭養鷄組合 近く結成の運び |
12 | 擧州一致、勞務報國 臺南州勞務協會設立について 一番ケ瀨知事語る |
13 | 豪華“州民の祭典” 鬪魂溢るる臺南體育大會 |
14 | 柔道道場を建てる(臺南) |
15 | 選擧戰愈よ本腰 更に二名出馬 臺南州活氣づく |
16 | 高雄州稍稍動き出す |
17 | 臺中市は定員 第二區も定員に達す |
18 | 鶯歌街地主懇談會 けふ樹林と鶯歌で開く |
19 | 臺灣輕鐵總會 |
20 | 奉祝演奏會 |
21 | 全島盲人大會 けふ臺南で開催 |
22 | 人事‧往來報社消息 |
23 | 消息 |
24 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 日‧滿‧支經濟建設の 十個年計畫の內容 內閣情報部より公表 |
02 | 皇國の經濟をして 高く廣く強からしむ |
03 | 伊軍逐次戰果を擴大 |
04 | 伊、希兩國外交官 夫夫本國に引揚ぐ |
05 | 豫斷を許さぬ 米大統領の選擧戰 |
06 | クレタ島上陸 英□式に確認 |
07 | 希國、タンジールを接取 國際三機關の機能全く停止 |
08 | 圖像:獨掃海艇活躍 |
09 | モロトフ、ソ聯外相 近く伯林を訪問か |
10 | 參戰は絕對に避く ウイルキー氏婦人に愬ふ |
11 | ソ聯の近況 東鄉大使神戶着談 |
12 | 海運報國團を組織 九日に創立總會 |
13 | 佛の抗議泰國一蹴 |
14 | 豫備金支出 けふ閣議□決定 |
15 | 米艦佛屬領を警戒 |
16 | 經濟閣僚懇談會 |
17 | 定例閣議 |
18 | 千葉醫大學長更迭 |
19 | 今日の天氣 |
20 | 水滸傳(261)/黃得時;榎本真砂夫 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 奉祝式典準備成り 只晴れの日を俟つ けふ現場で豫行演習 |
02 | 神宮大麻頒布式 府正廳で嚴かに擧行 |
03 | 新生活の指導に 女性奉公隊登場 颯爽と新體制に參加 |
04 | 會社經理統制令 愈愈けふから實施 |
05 | 臺北州頒布式 |
06 | 家庭染色講習 吉田講師指導のもとに 基隆で開催 |
07 | 壯丁の訓練 九日岡山公で實施 |
08 | 奉納全日本力士選手權大會 双葉山優勝 |
09 | 幼稚園兒の二千六百年奉視 |
10 | 宮本知事出府 |
11 | 各區とも定員超過 第四區は激戰免れじ 臺北州議選擧戰愈愈本調子 |
12 | 勞働者營養表 厚生省から地方長官へ通牒 |
13 | 醫療用ゴム製品小賣商組合創立 |
14 | 又一名出馬 新竹州議立候補 |
15 | グワム島に 猛烈な颱風 |
16 | 祝へや!祝へ! 紀元二千六百年 けふ島都の幼稚園兒が旗行列 奉祝前奏曲 |
17 | 國防國家建設に ぽんと百萬圓 岩波書店の岩波氏 |
18 | 白晝の殺人 尾行して突刺す 犯人直ちに逮捕 |
19 | 市にス乘換廢止 二十日頃に實施 |
20 | 惡裁縫屋御用 |
21 | 定期航空 |
22 | 天才野球少年出現 |
23 | 總督府辭令 |
24 | 今夜の放送 |
25 | 商況 五日前場 |
26 | 今晚の映畫 |
27 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(5)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 當分停止される 不急要品の輸送 地方への贈物も控へませう 鐵道省事務官石井昭正氏談 |
03 | 圖像:新體制モンペ生花 |
04 | 幼兒の恐怖 ヂフテリヤの流行期迫る 絕對安全な豫防注射を 東京市防疫課立花次郎博士談 |
05 | 家庭婦人の常識集 |
06 | 圖像:ソフイア市街行進のブルガリヤ少女隊 |
07 | 秋の藥草ハイキング 貴重なハブやセンブリなど |
08 | 牛乳の不足を 山羊乳で補ふ 時宜を得た山羊の飼ひ方 |
09 | 薄くなる髮の惱み 中年の婦人はマツサージを 喰ひ止めるにはこれに限る |
10 | 秋のお化粧 |
11 | 塗り器具のお手入れ |
12 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 海の荒鷲部隊司令に 久邇宮殿下御就任 |
02 | 聖紀奉祝式典參列の 獨逸青少年代表(來朝) |
03 | 圖像:沙漠の騎兵隊 |
04 | 僕の發明私の考へ 全國生徒兒同創案展 |
05 | 愈愈今月行はれる 米國の大統領選擧 ル大統領とウイルキー氏が お互に惡口合戰をしてゐる |
06 | 世界一の國歌 “君が代のお話” 出來てから今年は 丁度六十年目です |
07 | 圖像:神宮體育大會 |
08 | 二千六百年をお祝ひする ハタギヤウレツ 臺北市の幼稚園 |
09 | 今日の智識 わが國が滿洲國を承認したのはいつごろてしたか |
10 | 圖像:ハノイに於ける佛人商店街 |
11 | 大騷ぎのギリシヤ 皇太子殿下をも監禁 アテネ市長も牢屋 |
12 | 東港郡に大旋風 お家十七軒を潰した |
13 | 國語力だめし(十七) |
14 | 青年 全國青年大會 晴れの臺灣代表 四十五名十二日出發 |
15 | 近況報告 先づ頭の新體制だ |
16 | 乙女心 |
17 | 青年の室 南洋へ 青年團員を派遣する |
18 | 揭示板 旗山聯合青年團 奉祝體育大會 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 三基部隊に感狀授與 佛印進駐に際し武勳赫赫頭條新聞 【東京五日發同盟】佛印北部國境に於ける進駐に際し中村部隊の挺身隊たる三基部隊は九月二十三日ドンダン附近の佛印軍陣地の夜間攻擊を敢行、忽ちにして數箇の堡壘を奪取し佛印軍守備隊長以下將兵全員を捕獲擊滅し、引續き翌二十四日には挺身してランソン陣地の左側背を迂廻し敵の抵抗と天嶮を突破して逆にクアンクに進出、ランソン・ハノイの聯絡を遮斷し主力のランソン突入を可能ならしめる拔群の武功を現はしたので九月三十日軍司令官より名譽の感狀を授與されたがこの旨畏くも上聞に達せられたので大本營陸軍部は五日午後四時左の如くこれを發表した △大本營陸軍部發表 佛印北部國境附近の衝突に際し武勳を樹てたる三基部隊に對し曩に軍司令官より感狀を授與せられ、今囘畏くも上聞に達せられたり |
02 | 經濟再編成を完成 日滿支の各分擔分野を明示 經濟各界の方向重視を要す |
03 | 三國一體の機構組成 |
04 | 強固金融機構を確立 |
05 | 杉山參謀總長 全支の第一線を視察 |
06 | 中支方面 汪主席と會見 |
07 | 華北を視察 張家口、太原、濟南へ赴く |
08 | 商業的貿易を修正 |
09 | 上思北方を猛爆 |
10 | 南支の我陸鷲活躍 |
11 | 適正小作料制確立へ 過少農形體を改善 |
12 | きのふ歸還 |
13 | 塚田中將歸還 |
14 | 綜合企畫委員會 滿洲國政府が新設 |
15 | 全華北擧げて 任務完遂へ 情報局見解發表 |
16 | 飯村中將歸還 今日入京の豫定 |
17 | 圖像:北支軍司令部の明治節奉祝 |
18 | 文化部今後の 活動方針 岸田部長は語る |
19 | 轉業金融對策 財團法人組織の 金融機關を設立 |
20 | 政府、議會局の懇談 尚三、四回の會合を要す 選擧制度改正 |
21 | 小林總督 首相擧を訪問 |
22 | シー‧アイ‧オー議長 ル氏、最後の攻擊 “ル大統領に投票するな” |
23 | 食糧問題を聽取 議會局農林分科會で |
24 | ル大統領の 最後の切札 爐邊夜話を發表 |
25 | 勤勞新體制案 經濟閣僚會議で承認 |
26 | 商工行政の 說明を聽く |
27 | 和平提議說を 獨外務省が否定 |
28 | 伊首相が激勵 空海軍の將士を |
29 | 海軍省先任副官更迭 |
30 | 伊希戰況 |
31 | 今日の天氣 |
32 | 日本郵船基隆出帆 |
33 | 大阪商船基隆出帆 |
34 | 辰馬汽船 |
35 | 大連汽船 |
36 | 東亞海運 |
37 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 本島糖業と將來の進路社說 本島二大產業の一つである製作糖業は支那事變を契機として食糧政策の達成上一層重大意義を加へて來て居る、即ち國內の需要を充すのみでなく滿洲及び支那方面に對しても供給せねばならない事となり、全國產糧高の殆ど九割方を占めて居る本島糖業の使命は一段と高揚されて來て居る譯である、その為めに本島に於ては產米と共に糖業の發達に對しては督府が總ゆる助長對策講じた結果今日見るが如き糖業の發達を招來したのである。食糧國策の上より見れば產米に次いで產糖に對して重大性を有して居るので本島に於ては糖業の發達と助長に對し官民とも力を入れて居り、その將來性は依然として洋洋たるものがある近年來米穀對策の為めに本島糖業の飛躍性が幾分阻止された傾向あるも、食糧對策の上では砂糖の增產は閑却されない問題である。本島に於ける甘蔗の耕作面積は水田との關係で急激なる擴大は期待されないとは言へ、山地や畑地への擴大に依って今後とも耕地は漸增傾向を辿るものと見るべきであらう、本年期の本島產糧額は八九月の打續く暴風雨の為めに相當被害を蒙って居るので一千五百萬擔の大減產を豫想して居るから本期の砂糖需給は前期より窮屈を免かれないが砂糖配給制度確立と消費規正が實施されてゐるからその前途は大して懸念することはないものであらう。問題は却って糖業の企業統制の如何に重大關心が拂はれて居る。 二 最近大日本製糖が帝國製糖を合併した事に對し糖界で相當注目を惹いて居る事である、その為めに現在島內に於ける新式製糖會社としては日糖、灣糖、明糖、鹽糖、臺東、新興、源成の七社となり企業統制の上から見れば、更に小會社が大會社に吸取合併する可き可能性があるから本島糖業の前途は一段と企業統制が強化されるべき情勢にあると觀測すべきである、從來新式製糖業と言へば高率利潤獲得企業として羨望の的となって居ったが、支那事變の進展と共に國內に於ける經濟統制が強化され、配給機構の整備と物價調整の實施とに依って砂糖企業も何時迄も黃金時代を持續する譯に行かず、強力なる企業統制を受ける事となったので、新式製糖業者に於いても時勢の推移を察知し逸早く大會社へ合併を斷行した事は賢明なる對策であらう、多年高率利潤企業として存續して來た新式製糖業の一大轉換期に直面しただけにその動向は今後の新體制企業の適應性如何を判斷される重要材料である。即ち糖業利潤の制約に依って弱體會社はこの際潔く合併される事が賢明であると觀測すべきである、今日の如く配給から價格に至る迄も一元的に統制を實施して居る際に於いては專賣制度と壁一重となって居り昔時の如く高率利潤を夢見る事は時代錯誤であると言はねばならない。糖業の黃金時代は最早昔の語草となって居る。 三 糖業將來の進路として考へるべき事は國家經營である、即ち□□專賣制度の實施である、本島糖業が今日見るが如き盛況を招いた事は官民絕大の後援があったと共に糖業企業家及び多數從業員の献身的努力の賜である。その功績に對しては永久に没却する事が出來ないものであり本島糖業發達史上に燦然としてて殘って居る。新東亞建設の聖業は一億國民の一致協力に依って着着として完遂されて來て居り銃後の護りを固める為めには更に一段と經濟統制を強化して行くべきである、この見地よりしても本島糖業も何時迄も民間企業として放任する譯に行かれないものである。殊に本島の知く米作を始めその他の有用作物との調整の上からしても糖業は國家管理に移行すべきである。最近の如く產業政策を計畫的に立てて實行せねばならない時代に於いては最早糖業も從來の如く自由企業として存置する事を許されない時代である。本島糖業もこの潮流に目覺めて企業の合同から更に一歩を進めて國家企業へ推進する必要があり、これが今後の本島糖業の進むべき新體制具現の目標であると共に將來の發達を期する根本方策である。 |
02 | 近江神宮御鎮座祭 七日御祭儀を執行 |
03 | 皇國の盛典愈よ近し 早も當日の前奏奏でらる |
04 | 艦船は悉く滿艦飾 海軍側莊嚴な儀禮 |
05 | 御下賜金の一部を 記念施設に當てしむ 全國三百十八の教化團體に傳達 |
06 | 圖像:明治神宮鎮座二十周年大祭 |
07 | 大麻頒布式 八日市會議室で |
08 | 宜蘭市議戰白熱化 ゴール目指して驀進 |
09 | 改姓名に就いて(二)/桑田六郎 |
10 | 新竹州下の 馬檢查を實施 |
11 | 全國町村長會 海軍省へ献金 |
12 | 年賀郵便の 特別取扱停止 正式に告示さる |
13 | 圖像:皇國の盛典準備成る |
14 | 基隆市の奉祝行事 |
15 | 州議逐鹿戰 昨日の立候補者一名 |
16 | 新竹州下活氣付く |
17 | 天下の秀才殺到 官吏採用試驗始まる |
18 | 基隆更に一名出馬 |
19 | “銃後映畫の夕” 今夕市公會堂で |
20 | 海外同胞奉祝大會(第二日) |
21 | 家庭に朗報 ミルクは相談所で斡旋 |
22 | 禁制品展示會 七日基隆市で |
23 | 陳公博氏が 上海市長兼任 廣東省主席には 陳耀祖氏が昇任 |
24 | 聖地參拜團大阪着報社消息 |
25 | 新體制に逆行 經濟違反者後を斷ず |
26 | 獨庭球選手歸國 昨日神戶出帆の船で |
27 | 事務官を一名宛增置 全國各府縣に |
28 | 臺南州方面委員會(九日) |
29 | 遞信團歌募集中止 |
30 | 定期航空 |
31 | 人事消息 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 需給圓滑を圖る為 生豚の配給を統制 來月一日より全局一齊に實施 |
02 | 船員給與統制令 きのふ公布實施 |
03 | 纖維工業はどこへ行く(下) 仲ぴんが為の屈身へ 企業內容の轉換必至 |
04 | 亞麻纖維試作擴張 全島一千四百五十甲 夫夫試作會社に指定濟 |
05 | 臺電電氣製鐵工場 昨日竣工式擧行 |
06 | 三千甲を目標に 臺南州 小麥栽培を獎勵 |
07 | 中小商工業と金融(下) 融資條件を寬大に 健全層を保護助成 |
08 | 明年度滿洲國の 重要問題を檢討 |
09 | トラツク、クイヤーの 運賃引上率決定 前者三割、後者二割五分 |
10 | 自動車用揮發油 消費規正對策成る 各地方廳宛通達 |
11 | 銀行等資金運用令に基く 資金融通審查委員會 五日の閣議で設置決定 |
12 | 十月局營バス運輸成績 |
13 | 滿洲への輸出茶 二百五十萬斤に減額 近く本契約を締結せん |
14 | 照明燈 |
15 | 商況 五日後場 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 新營青年研究所 來る廿五日開所 郡守の熱烈なる指導精神 |
02 | 神社參拜繼走大會 曾文通過路決定 |
03 | 海山神社例祭 多彩な催物終日大賑ひ |
04 | 榮冠を獲得すべく 武道特別講習會 新化郡で五日より實施 |
05 | 遺家族慰問劇で 得た金を献金 斗南聯合壯丁團の美擧 |
06 | 東港驛傳競走 明治節の佳辰に擧行 |
07 | 嶺腳寮橋を買收 高い通過料をとる 平溪庄 石炭業者に批難さる |
08 | 大屯郡張林兩氏改姓名許可 |
09 | 純真な童心の現れ 芎林記念體育會 二日盛大に擧行さる |
10 | 軍用叺製造競技會 楊梅庄で盛大に擧行 |
11 | 南投街消防組 近く結成されん |
12 | ローカルセクシヨン |
13 | 三重埔壯丁團が 賞金を國防献金 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 州下神社參拜繼走 臺南州の奉祝行事 |
02 | “心眼”で時局認識 盲人大會‧意氣天を衝く |
03 | 臺中市の奉祝會 十一日午前十時公會堂で |
04 | 南方講座 佛印の產業資源(22) 農產につぐ鑛山資源/村山武夫 |
05 | 報國校友會結成 嘉義市內の小公學校 |
06 | 遺族の弔問 鳳林郡守代理が |
07 | 奉祝體育大會打合(彰化郡) |
08 | 花蓮港市選擧事務座談會 |
09 | 奉祝演藝の夕盛況(彰化) |
10 | “大高雄州”建設に 赤堀知事經綸を吐露 |
11 | 國語演習會の高雄市出演者決定 |
12 | 大甲奉祝體育會 來る八日に開催 |
13 | 歐洲大戰に拾ふ 勝利の背後にあるもの |
14 | 舌の選士豫選會(花蓮港) |
15 | 服地、尺二圓以內 臺中州廳に“制服の事務員” |
16 | “働く者”の安息所 花蓮港に勞務會館建設 |
17 | 銀貨贋造の一味 疾風迅雷的に檢擧 |
18 | 臺中市一名超過 |
19 | 州議選擧 斗六郡無風狀態 |
20 | “步く”一萬圓當選 報國債券に絡る怪談 |
21 | 鳳林郡國語演習會盛況 |
22 | 鍛鍊馬場視察 高原廳長が |
23 | 高雄水上署 昨日盛大な開所式 |
24 | 經濟相談 |
25 | 選擧人名簿縱覽(花蓮港市) |
26 | 彰化庭球大會 |
27 | 臺中州の醬油清物製造組合 |
28 | 高雄州下郡勸業課長異動 |
29 | 人事‧往來報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 学藝 新體制と詩曲清掃 「家庭で歌へる流行歌」を提唱(上)/長田恒雄 |
02 | 書評 木山の「昔野」/逸見廣 |
03 | 珊瑚樹 うまさの噓 尾崎の「長い井戶」 |
04 | ラヂオ |
05 | 子供の時間 |
06 | 府‧州‧市公報輯錄 |
07 | 英京爆擊に 獨新銳機登場 |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 重慶政權重大岐路へ 茲數日の動き最も重大 |
02 | 英米の聯合と 太平洋の戰勢(上)/匝瑳胤次 |
03 | 樞府本會議開く 官制案等の本格的審議を行ふ |
04 | 圖像:伊機の爆擊行 |
05 | 神祇院官制案 外五件を可決 |
06 | メ防禦線突破せば 大勢は急速に決せん 伊軍の進擊 |
07 | 英軍のク島上陸新しからず |
08 | 米大統領の選擧戰 けふから開票午後で形勢決す |
09 | 日、佛印經濟交涉 一時間半に亘り協議 |
10 | フランコ西國大使 葡國首相と會談 |
11 | 獨、ソの友好は續く ソ聯の現狀東鄉前大使語る |
12 | “空前の出足” 今の處ル大統領優勢 |
13 | 各州の形勢 刻刻到着 夫夫優勢を示す |
14 | 海外同胞中央會(假稱) 母國との連絡機關として常置 |
15 | ル氏、當選を確信 |
16 | 豫想困難 際どい鍔競合ひか |
17 | 明日の天氣 |
18 | 水滸傳(262)/黃得時;榎本真砂夫 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 二千六百年奉祝の夕 府情報部主催十日夕市公會堂で |
02 | 青年劇と音樂會 十日午後公會堂で |
03 | 神宮大麻頒布式 けふ臺北州會議室で執行 |
04 | 圖像:紀元二千六百年奉祝典式場の準備成る |
05 | 牛嶋軍司令官 けふ空路上京 |
06 | 投票場に手押 車サーヴイス |
07 | 島都から更に 一名立候補 臺北州議の逐鹿戰 |
08 | 海上警報 |
09 | 防犯係員に金一封 |
10 | 奉贊美術展に 林君見事に入選 |
11 | 街の經濟學 遊蕩は銃後の恥 (五)棄てよ!享樂氣分 |
12 | 縱橫前後自由に飛ぶ飛行機 |
13 | 祝へ‧元氣に朗かに 曠古の式典を壽ぐ市民に 警視廳‧晝酒を許す |
14 | 地獄の一丁目 ドーバー 人口五萬から一萬に減少 |
15 | 新竹州警察の演習 今曉中壢附近で攻防戰 |
16 | メリケン‧ナンセンス |
17 | 獨は米國に 侵入するか 米國の輿論調查 |
18 | “緊張からの救ひ” 戰爭と喜劇映畫 |
19 | 乘換券廢止 廿日から實施決定 |
20 | 自轉車專門の賊御用 |
21 | 兵庫縣下に 二市誕生 |
22 | 山西丸無電 |
23 | 禁制品展示會 七日まて日延 |
24 | ネール氏禁錮四年 |
25 | 人事‧消息 |
26 | 街で拾ふ |
27 | 今夜の放送 |
28 | 商況 六日前場 |
29 | 今晚の映畫 |
30 | 民報案內報社消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(6)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 勤勞奉仕の精神 集團的訓練と精神の涵養/多田鐵雄 |
03 | 圖像:生れ出る國民娛樂「農村演劇隊」 |
04 | 產兒と育兒は興亞の源 母子保護の根本觀念は茲に 厚生省體力局市木鐵郎氏談 |
05 | 赤ちやんの 入浴 |
06 | 圖像:新體制モンペ生花 |
07 | 戰時下には特に 性病を警戒せよ 人口の自然減少に 拍車をかける大敵 |
08 | 始へぬ古筆 一寸の工夫で再生 |
09 | ラヂウム放射能は 印畫紙で知る 家庭で役立てるための實驗法 |
10 | 胸やけがして 空腹に鳩尾が痛む |
11 | 赤靴を簡單に 墨靴にする法 |
12 | 味噌雜炊 |
13 | 我が家の新體制 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 南寧めざす敵を 荒鷲部隊が殲滅 |
02 | 御代を讚へる舞曲 “昭和樂”の猛練習 |
03 | 頭がへんになつた アメリカの大統領 蔣介石に助けをたのむ |
04 | 日本人いよく引揚げ 伏見丸英國本土へ 水雷の海を進む日の丸 |
05 | 標語の作り方/橫尾一夫 |
06 | 良い日本人を作る 臺南州の“皇民塾” |
07 | カタカナ‧ヨミモノ シユンギク(一) ツチヤ‧ヒロシ |
08 | お月さま/陳千武 |
09 | 來てみてビツクリ 平和なふる里 タイ國から歸つて來た 支那人達目をバチクリ |
10 | オホテガラノ マメタンテイ三ニン |
11 | 給仕君の休養機關 臺中州廳で設けました |
12 | 讀者作品集 チビの死(入賞)/簡清亮 |
13 | 朝の神社/黃氏欣欣 |
14 | 隨想筆記 天の川/劉昌仁 |
15 | 秋深し/劉昌仁 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南津關突入占領 二萬の敵退却を開始頭條新聞 【西陵山にて六日發同盟】六日午後一時中井部隊の一部は長江の要衝南津關に突入同二時同地を完全に占領し感激の日章旗を□へした、南津關は長江右岸の要衝で重慶と交渉が頻繁に行はれた敵の前線基地であった 【西陵山六日發同盟】宜昌北が五粁のペトントーチカの陣地に依つて頑強に抵抗を續けてゐた敵に猛攻擊を敢行壯烈なるトーチカ奪取戰を行った橘、中井、鬼塚の諸精銳部隊は六日午前九時敵陣地を悉く粉碎して更に北進一方西陵山々脈を北流する長橋溪の敵前渡河に成功した柴田、會田の諸部隊と三百十高地山麓で遭遇感激の握手を交はし相協力して北方に潰走する敵を猛追中 【○○基地六日發同盟】西陵山北部の敵七千は續々山道傳ひに南津關(宜昌北部十二粁)方面に退卻中で午前十一時陸鷲是松部隊の精銳○○機は遁走する敵に巨彈の雨を降らせ大打撃を興へた尚是松部隊の偵察に據れば敵第百八十五師の約七千は南津關附近で佐藤、土橋部隊の追尾砲擊を受け潰滅しこれを知った南津關に來援の敵二萬は早くも浮足立ち退却を開始した |
02 | 洞庭湖の敵を掃蕩 |
03 | 共軍の掃蕩戰果 |
04 | 圖像:杉山參謀總長南京着 |
05 | ル大統領の三選と 米今後の外交政策 |
06 | 我方針に影響なし |
07 | 化學工業組織要綱 關係官民が討議決定 |
08 | 蘭印政府の態度 四日國民會議に闡明 日蘭會商 |
09 | 轉業金融機關 大藏省實施に乘出す |
10 | 支那事變關係で 重要協議を遂ぐ 兩軍務局長、翰長らが會合 |
11 | 獨政界一般の意向 |
12 | ル大統領大勝 四百三十三對九十八 |
13 | 審查部第七第八分科委員會 |
14 | ノ海軍長官談 |
15 | 何ら意に介せず ウ氏、ラヂオで國民に挨拶 |
16 | 下院議員も 民主黨リード |
17 | 東亞海運の重役會 |
18 | 完全翼贊會確立へ 部長會議で申合す |
19 | 從業者移動の關所 廿日から防止令實施 |
20 | 議會制度 改革小委員會 今週中初會合をなす |
21 | 總督府辭令 |
22 | 英客船ラ號 獨艦の砲擊を受く |
23 | 今日の天氣 |
24 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 宗教新體制への一考察社說 一 世界は今や非常な歷史的展開期に際會し、あらゆる舊秩序が生活の實體にそぐはなくなって居り、ここに秩序の大整理が行はれなければならないところに來てゐる。この世界的な舊秩序整理の一つの現はれとして國內的な整理としての新體制が叫ばれてゐると云ふことは決して無意味ではない。それは決して近衞公一人の獨創見によって創り出されたと見るべきものでなく歷史的必然の大なるあらはれである。老子の言葉で言ふならばこれ大いなる無為そのものである。巷間には新體制についてそれを或る個人の──又は集團の意志によるものの如く考へて、それらの人人の意見の中にこれが答へを見出さんとしてゐる人人がゐるがそは大なる謬見である。尤も個人又は大政翼賛會見たいな團體の中にも斯くの如く考へる人人があるかも知らぬがこれ又大いなる謬りである。新體制は老子の所謂有為であってはならぬ、即ち天下は神器為るべからずる為る者これを敗り、執る者これを失ふからである。從て新機制は計畫的作為的になさるべきものではなくて、吾吾の生活上に於ける體驗から自然と舊秩序を整理するといふ立場に於て考へらるべきものであること當然である。 二 今日宗教團體及宗教家等によって考へられてゐる宗教新體制は今日各宗教團體がもってゐる自己の利益特權をそのままにして置いて新しい社會にそのまま入ってゆける體制につくりなほさんとするのである。然るに今日ではむしろ各宗教團體がもってゐるところの特權利益を新しい秩序に於て整理してしまはねばならなくなったのである。つまり今日宗教團體のもつところの特權利益の中にはそれの存在が新體制社會建設の邪魔になりこれあるがため却て團體の秩序を紊すものもある。その害をなす部面をとり去ることが宗教の健全な發達を遂げる所以である。然らば今日の宗教として改めねばならないものはどう云ふ方面にあるか數ある中吾吾は先づ經濟的方面を第一に考へるのである。 三 宗教は言ふまでもなく、社會の生產面ではなくて消費面である。社會はそれが自立して行く為めには絕體に生產面をもたねばならぬ。如何に重要なるものと雖も消費面に屬する文化は生產面に屬する文化の許す範圍內に於てのみその存在性を保ち得ない、又保つべきものでない。宗教は自ら慎むべきものは社會の生產面を出來るだけ犠牲にしない樣に自らを生かすのでなくてはならない。 又政治家が宗教に對する態度も彼等をして出來る丈社會の生產面を害せずして存在せしめる社會的形式、制度を立てることにある。ところが今日ではこのことが全く考へられてゐない。今日の宗教がわが生產文化を阻害し、且つこれを自己の社會に益する代償よりも遙かに多く費消してゐることは餘りにも明らかである。 事實今日に於て宗教はその本來の使命であるところの聖なる行為による人心の精靜化、安心立命の道の宣布、さう云ふものよりはむしろ社會に公然と且つ傲然と寄食してゐるに過ぎない觀がある。新しい秩序、否宗教の新體制はこのやうな宗教界の弊風を一掃することでなくてはならぬ。 |
02 | 近衛首相の發聲で 全國民萬歲を奉唱 十日午前十一十二十五分 |
03 | 全市奉祝一色に 宜蘭の奉祝催物決定 |
04 | 萬華の奉祝 三日間を奉祝一色に 盛り澤山の行事決定 |
05 | 圖像:銃後映畫の夕 |
06 | 香取丸出帆 |
07 | 高雄要塞司令官 桂大佐あす着任 |
08 | タンニン工場 十三日起工式 |
09 | けふ審判の投票日 宜蘭市議の初選擧 |
10 | 禁制品展示會 七日まて日延 |
11 | 映畫報國の完遂 北署、劇場映畫館王に指示 |
12 | 新竹州國演會 十二日竹南公で開催 |
13 | 改姓名に就いて(三)/桑田六郎 |
14 | 一日働いて たつたの十錢 非道い佛印政廳の搾取 |
15 | 市バス路線變更 二十日から實施 右廻り左廻り循環線新設 |
16 | 昨日模擬選擧 |
17 | 觀眾の覺悟新た 軍人援護會臺北州支部主催の 銃後映畫の夕盛況 |
18 | 合理的な施肥が 農產物增產の鍵 本島の肥料□就き山岸技師語る |
19 | 全島時計眼卸商組合總會 |
20 | 聖地參拜團京都着 大阪見學を終へて報社消息 |
21 | 全島青年學校大會 三十日帝大で開催 |
22 | 市民の協力に待つ 改正に常り市當局語る |
23 | 米屋さんは叫ぶ 主要食糧を管理せよと 烈烈氣勢を擧ぐ |
24 | 特別回數券廢止 使用條令大改正 |
25 | 海上警報 |
26 | 新竹市西門町會奉公班を結成 |
27 | 二千六百年記念 煙草「八紘」發賣 |
28 | 火葬一寸待て チブス患者が肺炎で死亡 醫師取調べらる |
29 | 末廣町の火事 |
30 | ラサエ炭坑爆發 |
31 | 本社校閱課員王墉氏逝去報社消息 |
32 | 船便り 大和丸無電 |
33 | 大阪商船基隆出帆 |
34 | 東亞海運 |
35 | 辰馬汽船 |
36 | 大連汽船 |
37 | 日本郵船基隆出帆 |
38 | 人事‧消息 |
39 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 細軸マツチの販賣 近日中開始されん 販賣價格近く告示 |
02 | 臺灣バルプ工業 全能力で操業 製品も頗る好評 |
03 | 國民生活の明朗 健全化を圖る 內務省で對策を練る |
04 | 算盤無視の經濟壓迫 我が事變處理を牽制 日米貿易近狀通觀(上) |
05 | 艀船需給に萬全策 砂糖輸出冬の陣に備へ |
06 | 臺灣植物油配給組合 近く創立 |
07 | 週間經濟展望 |
08 | ガソリン歸正對策で 自動車經營合理化されん |
09 | 商品間利潤率の 調查を圖る 物價調整課にて |
10 | 來期產糖豫想 千六百萬擔見當か |
11 | 作柄は不良 高雄州下蓬萊米 |
12 | 經濟手帳 |
13 | 臺灣果菜輸移入 配給組合近く成立 |
14 | 照明燈 |
15 | 市價及商況 六日 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | ラヂオ |
02 | 講演 最近の國際環境と 我が經濟界/阿部賢一 |
03 | 映畫劇 「生きる強さ」/琴糸路 |
04 | 紀元二千六百年譜(四) 「長唄」楠公/松木和風 |
05 | 太陽の都(東寶映畫) 八日から國際館で |
06 | 群小製作者の 劇映畫 全面的に制限 |
07 | 喜劇映畫の 再認識 米映畫界に擡頭 |
08 | 英本土攻擊を天然色撮影 獨記錄映畫に新機軸 |
09 | 我國に不適な米畫 大藏省が申請書返還 |
10 | 海外映畫だより |
11 | 「國民進軍歌」 大流行 各文化面に氾濫 |
12 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 淡水神社祭典 來る十日に擧行 多彩な催物あり |
02 | 奉祝體鍊大會 大溪公で開催 |
03 | 臺東公學校 奉祝大運動會 |
04 | 殊勳の五刑事表彰さる |
05 | 鹿港第二公 廿周年記念祝賀 |
06 | 青年の意氣を 遺憾なく發揮 員林郡奉祝體育大會 |
07 | 新化奉祝野球戰 來る十日に開催 |
08 | 傷痍軍人 徽章傳達式 |
09 | 皇紀二千六百年奉祝記念擊鉢吟會 |
10 | 防犯映畫を 善化で上映 |
11 | 精動共勵會 講習會終了 |
12 | 新坡公體育會 |
13 | 新營郡立候補意外に沈滯 |
14 | 臺中州第四區 守田氏名乘あぐ |
15 | 新化野球チーム 近く結成されん |
16 | 寶山公體育會 好評裡に終了 |
17 | 新營信組十月中業態 |
18 | 曾文郡では 尚一名出馬か |
19 | 麟洛公創立廿周年記念 |
20 | 田中體育大會 盛大に開かる |
21 | 家政女運動場 埋立工事作業 大甲街民が奉仕 |
22 | 阿里山視察團 十三日に變更 |
23 | 學甲庄指導委員月例會 |
24 | 通信記者異動/臺灣新民報社報社消息 |
25 | 新錦雲第二劇團 當局より說諭さる |
26 | 松旭齋天華を招き 軍人遺家族を慰問 |
27 | ローカルセクシヨン報社消息 |
28 | 喪費を節約 國防献金 |
29 | 黃水千卅一頭を 密屠殺して御用 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 臺東縣愈よ復舊 十日より全線開通 |
02 | 臺中州下の奉公班 見事に結成式を終る |
03 | 祭粢料傳達式 |
04 | 南方講座 佛印の產業資源(24) 石炭の埋藏量も豐富/村山武夫 |
05 | 新に五保增設 花蓮港市に |
06 | 臺南の奉祝式典 十日州競馬場で執行 |
07 | 蕃地初巡視 赤堀知事が |
08 | 松尾上等兵 名譽の戰傷者 |
09 | 奉祝神社參拜繼走 式順並に要項決定 |
10 | 全延粁數二八九 二十六區間に分つ |
11 | “新進氣銳”が登場 花蓮港の市議選擧戰 |
12 | 斗六神社出發 八日午前七時 |
13 | “眼に訴へる赤誠” 彰化で軍事後援展開く |
14 | 奉祝假裝行列(彰化) 十六團參加時局一色 |
15 | 窓飾競技會 |
16 | 臺南の“州民祭典” 新記錄續出裡に閉會 |
17 | 不足の補充なる 花蓮港の小公教員 |
18 | 謎の水死美人 死因に取沙汰いろく |
19 | 庄協補缺選擧打合 |
20 | 郡當局に陳情 新大陸關の部落民が |
21 | 彰化市參事會 |
22 | 林業資源展覽會 五日より湊小で開催 |
23 | 一日に三名出馬 臺中市活氣づく |
24 | 大盜三人組(臺南) 倉庫放火の事實判明 |
25 | 清き一票の行使 花蓮港で假名講習會 |
26 | 臺中州市郡異動 |
27 | ダイクの名畫 無事元の所在地へ |
28 | 林柳新氏結婚式 |
29 | 人事‧往來報社消息 |
30 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 西貢の援蔣行為を絕滅 澄田委員長、佛印に要求 |
02 | 松宮ドクー第五次會談 |
03 | ル大統領三選と各國 今後の歸還を靜觀 帝國政府は既定方針 |
04 | 唯冷靜に今後の 政局展開を注視 獨の代辯者の意向 |
05 | 米は結局伊の敵 ローマ消息通の意向 |
06 | メキシコの觀測 |
07 | 佛政府は全く 無關心 |
08 | 六日午前九時 現在開票結果 |
09 | ル氏三選を謳歌 ハル國務長官 |
10 | 國際情勢に應じて 平和會議に乘出すか |
11 | 防城西南の敵を猛襲 |
12 | 五千の遊擊匪投降 今後綏靖軍として活躍 |
13 | 敵船擊沈七百萬噸 獨潛艦が開戰以來 |
14 | 英機廿一を擊墜 獨英機隨所で空中戰 |
15 | 圖像:神戶入港の扶桑丸で歸朝した東鄉前駐ソ大使及夫人(右)と令孃(中央) |
16 | C‧I‧O議長 ル氏引退せん |
17 | 大政翼贊會と憲法 前田局長、九日正式に說明 |
18 | 伊空海軍の活躍 |
19 | 勞働組合の 統一を考慮 ル大統領の一語 |
20 | 對日石油賣却問題 英米、蘭印と協議 バ英次官發表 |
21 | 強制引揚げ 命令を撤回 香港政廳正式聲明 |
22 | 永住證なき者 再渡航許さぬ 伯國政府布告 |
23 | 東亞大都市聯盟大會 東京市會議事堂で開かる |
24 | 定例參議會 |
25 | 土國境ソ聯軍 一部を撤退 |
26 | 產報會創立準備委員會 |
27 | 蠶糸業轉換の 具體策 |
28 | 英、希國に 借款供與 |
29 | 官吏制度の 改革案を審議 樞府審查委員會 |
30 | 總督府辭令 |
31 | 明日の天氣 |
32 | 水滸傳(263)/黃得時;榎本真砂夫 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 曠古の式典を祝ふ 空前の大旗行列 島都生徒兒童六萬人參加 |
02 | 歡喜感激を盛る 新竹市の奉祝行事 |
03 | 皇后陛下の御仁慈 戰傷病者に菊花を賜はる |
04 | 新饌田拔穗祭 十日大安公で擧行 |
05 | 快癒した勇士 懷しの內地へ歸還 |
06 | 伏見丸紐育へ 歐洲航路最終航 |
07 | 銃後島民の赤誠 國防献金恤兵金激增 |
08 | 白衣の勇士に 單行本を贈る 後援會臺北州支部から |
09 | 基隆新體制研究會 近く商工會議所內に組織 |
10 | 圖像:帝都の盛典準備 |
11 | 又一名出馬 島都の州議戰愈よ激戰 |
12 | 基隆高女の強步檢查 |
13 | 米鄉軍の 決議に反對論 |
14 | 日本酒を激賞 伯國陸海空軍大演習に 美しい日伯親善風景 |
15 | 官廳の用紙節約 規格制限來春一日實施 |
16 | 奉祝日本女性展 十日から北一女で開く |
17 | 空中火災を消す 高壓炭酸ガス消火器 |
18 | 赤誠の國防献金(一) 十月中軍司令部の取扱 |
19 | 改姓名愈よ本調子 第七回二百餘件許可 |
20 | 新しい氷の用途 |
21 | ロンドンに 失業者續出 獨空軍の連續爆擊で |
22 | ここ一兩日中 氣溫がぐつと下る |
23 | 賞金を献金 |
24 | 東海バスの御難 現金四百圓消ゆ |
25 | 瑞芳庄の小火 |
26 | 函館の火事 五十戶燒く |
27 | 定期航空 |
28 | 街で拾ふ |
29 | 今夜の放送 |
30 | 商況 七日前場 |
31 | 今晚の映畫 |
32 | 民報案內報社消息 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(7)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 出生率は世界一でも 殘念な嬰兒の死亡率の最高率 (中)厚生省體力局市木鐵郎氏談 |
03 | 圖像:生れ出る國民娛樂!農村演劇隊 |
04 | 木炭の上手な使ひ方 七輪には輕石を入れると 二割以上の節約になる 東京女專守谷磐村氏談 |
05 | 煙草のヤニは 酒精で溶かす |
06 | これから美味くなる蟹 上戶の喜ぶ甲羅酒や蟹の鹽辛 |
07 | 色のはげた 皮の再製法 |
08 | 結婚後十年は着られる 質實な花嫁衣裳 簡易婚禮服の試作會より 服飾研究會 |
09 | 近頃多い胃腸障害 味覺の秋も飽食は禁物です 醫學博士窪川經廣氏談 |
10 | 實りの秋の吹出物 松茸食ふナ俗說 皮膚衛生はまづ日光浴 |
11 | 美味しい鰯料理 而も榮養價は滿點 |
12 | 我が家の新體制 |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 準備も出來ました 島都の奉祝陣 聖紀の式典迄後三日 |
02 | 明治節の 荒鷲部隊 |
03 | 聖紀奉祝大式典 光榮の參列者に 尊い記念品を贈る |
04 | 圖像:ムツソリーニ首相 |
05 | カタカナ‧ヨミモノ シユンギク(二) ツチヤ‧ヒロシ |
06 | 明治神宮鎮座祭 |
07 | 秋と言ふのにまだ暑い 海南島に皇軍活躍 十月中の戰果 |
08 | 花の巴里に 人力車 |
09 | 紀元二千六百年奉祝 海外同胞大會 さる四日から帝都で |
10 | 國際電話で喜びを 海外同胞大會の三日目 二十六ケ國の邦人達へ |
11 | イタリヤギリシヤ戰線 づるい英國 ギリシヤを助けると 口さきだけの空宣傳 |
12 | イタリヤ軍側 戰況發表 |
13 | トルコも大騷ぎ |
14 | 英伊海戰 コルフ島沖で |
15 | イギリス側で 聲明 |
16 | 隨想隨筆 |
17 | 近況報告 新竹州下の 青年總動員 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 陸鷲、敵を發見猛爆 上思東北側と蘇虛に於いて頭條新聞 【○○七日發同盟】南寧撤退後蠢動する敵を壓制すべく我が南支陸鷲希代、田代等の各部隊は七日出動上思東北側並に蘇虛(南寧西南約三十五粁)近附的で敵部隊を發見これに猛爆を加へ多大の損害を與へ更に南寧東南方山岳地帶でも各所に散在する敵小部隊を粉碎した、又山口、秋山等の諸部隊は欽縣北方四十五粁及び同地西南方三十粁の山麓地帶に潛行して來つた敵部隊に反覆猛爆を加へて潰亂せしめた |
02 | 敵據點南津關を攻略 宜昌周邊の敵の蠢動を制壓 |
03 | 共產遊擊隊を覆滅 |
04 | 府縣と町村の間に 現地實行機關設置 真の官民一致具現へ |
05 | 御歷代各山陵に 侍從を御差遣參拜せしめらる |
06 | 海外同胞に 特別の思召し 顯忠府、御苑の 拜觀を差許さる |
07 | 一般的審議を 終る 官吏制度改革の 樞府審查委員會 |
08 | 豫算編成に關し 說明を廳取 議會局分科會で |
09 | 全國總務部長會議 昨日內務省で開かる |
10 | 外交經過を詳細說明 東條陸相、大橋外務次官が出席 熱烈な質疑行はる |
11 | 內相の訓示 |
12 | 圖像:密雲を縫ひ佛印國境を飛ぶ陸鷲鈴木部隊 |
13 | 隣保組織を急ぐ(中小都市) 翼贊會の最下部組織として發足 |
14 | 稅務關係の 一課を新設 各地方官廳に |
15 | 單科大學長會議 「大學新體制」を協議 |
16 | 方面委員を活動さす 內、厚兩省より通牒 |
17 | 米、中南米と 諒解を遂ぐ 基地使用につき |
18 | 家族手當の支給 三好財政課長が說明 |
19 | 日本艦隊の威力 ル大統領の太平洋意圖を粉碎 三選と國際的影響 伊側の批評 |
20 | 午後は計畫局關係 |
21 | 英は米の 參戰を好まぬ 三選は固より熱望 |
22 | ウ氏の得票內容 現政府に對する抗議批判 |
23 | 中農協試案を 中心に協議 懇談會を開く |
24 | 外務辭令 |
25 | 本日の天氣 |
26 | 大阪商船基隆出帆 |
27 | 東亞海運 |
28 | 辰馬汽船 |
29 | 大連汽船 |
30 | 日本郵船基隆出帆 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 社說 職分奉公と 婦人の役割 新生活運動の 指導者として社說 一 大政翼賛、臣道實踐の根本理念に基く國民生活の新體制を樹立し、これが普及指導のために大政翼賛會生活指導部では今囘指導者の養成に積極的に乘り出すこととなった。即ち養成せられた指導者を以て生活指導奉公隊を結成し、この隊員を以て生活革新の實踐運動を敢行せしめんとするものであるが、これら指導者を養成するところの「新生活體制指導者講習會」は、今月下旬開かれる東京講習會を皮切りに順次全國都市町村に及ぼすことになってゐる。而してこの講習會受講者は時局下男子の勞力濫用を防ぐため、原則として專ら女性に限ることになってゐるので、新生活指導奉公隊も自ら女性に依って組織されるわけであり、ここに大政翼賛職分奉公の理念から當然附與さるべき女性の實踐への道が明確にされたものとして重要視されるのである。殊にその講習會に於て大政翼賛運動の理念とその運動概要、生活刷新運動史、日本及外國の實踐方法として宣傳學、組織學、教道學等の政治教育が施されるは注目に値ひする一事と云はねばならぬ。 二 新體制運動がその發展過程に於ても又組織化された際に於ても、國民の半數を占めてゐる婦人が殆んど考慮されてゐないかの如く見ゆるは頗る遺憾とされたところである。とはいへ新體制運動は萬民翼賛、一億一心と呼ばれてゐるのを見ると、婦人も含まれてゐることは理の當然と云はねばならない。殊に事變以來國家の要請に伴ひ、各家庭はその厚い城壁を取壞し、國家の一細胞として、家庭の主婦も又家庭內の一私人から國民としての公的諸活動に動員されるに至ったのである。從って女性就中家庭の婦人は、國家目的の遂行に當り、特に統制經濟の進行に依って必然的に政治や經濟にも關心を持ち又持たざるを得ない情勢に置かれてゐると云へるであらう。故に新體制下婦人の地位並に役割は洵に大きな者があると云ふべく、所謂お臺所の聲を政治に反映せしめ、婦人が分擔すべき任務が現在の困難なる時局を克服し、國策完遂のために如何に重要であるかの再檢討、再認識から、そのための婦人の再組織が、即ち單なる家庭內の一私人から國家の一細胞として職分奉公體制への再編成が必至の要請と云はねばならない 三 今日婦人が分擔すべき任務で國家的に重要なものが二ツあるその一は國民生活の本據である家庭を主宰する即ち主婦としての任務である。これは婦人本來の任務で男子によって代替出來ないものである。その二は男子と共に生產に參加する所謂勞力としての任務である。これは特に現下に於ては勞力不足を補充する重要な任務なのである。この二ツの任務は共に新體制下の重要なる問題であるが、茲では專ら第一の任務について考慮したい。近衞內閣の基本國策の中に「國是遂行の原動力たる國民の資質、體力の向上並人口の增加、國民生活の刷新―真に忍苦十年艱難克服に適應する質實剛健なる國民生活」を確保するとあるが、このためには、婦人を舊體制のままに放任しては絕對に不可能なのである。茲に現下婦人の第一任務たる家庭主婦の地位役割が自ら再認識され、新體制に適應した職分奉公、即ち家庭生活の部面から翼賛の實を擧げ、公益優先の新態勢を確立せねばならないのである。この意味に於て今囘の婦人を以て組織する新生活指導奉公隊の養成は洵に當然の措置であり、併かも婦人に對して政治教育の必要性を示唆し、新生活の實踐に於て、明確に女性の新體制への參加を認めたこととして重視せねばならない。如上のことは獨り內地のみならず當然に本島にも適用實踐さるべき問題であるが故に、本島女性の深き再認識と覺悟を要請する所以である。と同時に從來殆んど凡ゆる公的活動部面に婦人をその埓外に放置して顧みなかった為政當局の一大猛省を促し、新しき婦人教育の徹底と新體制下婦人の持つべき地位と役割を充分活用せられんことを要望する次第である。 |
02 | 兩陛下親しく臨御 二千六百年式典、奉祝會に きのふ仰せ出さる |
03 | 式殿の修祓式執行 |
04 | 帙入圖書を献上 |
05 | 盛典の實況を撮影 十三日から全國一齊に公開 |
06 | 詔書奉讀式 十日基隆市役所 |
07 | 圖像:奉祝式典場成る |
08 | 參列者徽章出來上る |
09 | 祝典御模樣を全國中繼 |
10 | 盛儀終了後 式場を開放 |
11 | 奉祝旗行列 十、十一兩日基隆の催し |
12 | 圖像:二千六百年奉祝準備 |
13 | 赤誠の國防献金(二) 十月中軍司令部の取扱 |
14 | 三個月の貯蓄增加 卅億五千六百萬圓 |
15 | 宜蘭市の奉祝 軟式野球大會 參加團體は十二 |
16 | 白衣の勇士內地へ きのふ晴れの歸還 |
17 | 忠靈顯彰會に献金 新竹州から七千餘圓 |
18 | 宜蘭初市議 榮譽の當選者十二名 |
19 | 投票率九四%餘 |
20 | 大和丸入港 |
21 | 聖地參拜團奈良へ報社消息 |
22 | 慶祝船高砂丸到着 喜びを胸一杯に下船 |
23 | 廈門警察廳幹部 十日、視察に來台 |
24 | 加州大學の 女權擴張 |
25 | 候補者出揃ふ 臺北州議逐鹿戰 |
26 | 宜蘭二名屆出 |
27 | 自國機と誤認 敵機歡迎の希國高射砲 |
28 | マイアミの 軍擴風景 |
29 | 志波海軍大佐逝く |
30 | メリケン小話 |
31 | 總督府辭令 |
32 | 定期航空 |
33 | 人事消息報社消息 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 廣東の電氣事業 臺電で委任經營決定 近く事務所設置せん |
02 | 臺銀人事異動 本店支配人は吉原氏 |
03 | 北支輸入價格調整に 承認制を採用 |
04 | 武力に代る經濟封鎖 步一步禁輸の擴大へ 日米貿易近狀通觀(下) |
05 | 基隆火力發電所 本月中旬より運轉 |
06 | 臺電計畫の 電球會社遂に中止 松山工場を活用せん |
07 | 佐佐木農務課長 けふ上京 |
08 | 週間經濟展望 |
09 | 新竹州人力組合 クイヤー配給を陳情 |
10 | 北海道麥類 實收高 |
11 | 日鐵首腦部も 製鐵單一合同論を放棄 |
12 | 天然瓦斯バス 新竹舊港間に運行 |
13 | 砂糖荷役の改善 近く委員會を開く |
14 | 南海興業社長代理 各方面に設立挨拶 |
15 | 臺灣日報古田氏 南海興業入り |
16 | 照明燈 |
17 | 本月中に管理米 卅萬袋を移出せん |
18 | 經濟手帳 |
19 | 市價及商況 七日 |
20 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 南投消防組設置 經費五萬圓負擔方法決定 委員等郡守より指名 |
02 | 集鹿間の軌道 未だ復舊せず 住民至急開通を待望 |
03 | 國民更生金庫法案 轉廢業に國家が積極的補償 |
04 | 埔仔信組事務所 擴張工事着手 |
05 | 奉祝二千六百年 集集街で準備なる |
06 | 愛婦大甲分會 十一日總會 |
07 | 湖口茶業會社 近く創立されん |
08 | 圖像:(上)馬公記念觀兵式(下)馬公國語演習會 |
09 | 麻豆街で 方委月例會 |
10 | 台中產婆講習所 學說□格五十六名 |
11 | 新高蕃地十八丁溪 山崩れで湖水と化す |
12 | 聖紀奉祝式典 大肚庄準備成る |
13 | テイチクレコード 臺灣へ進出 |
14 | 沙山庄役場職員 事務所の美化作業 |
15 | 女教員が服毒自殺未遂 |
16 | 六つの子供 列車に轢殺さる |
17 | 洋裁の女師匠 服毒自殺を企つ |
18 | 大越商行小賣部を弟に讓る |
19 | 竹山、二水間 バス運行開始 |
20 | ローカルセクシヨン報社消息 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 白衣の勇士微笑む 花蓮港分院娛樂室竣工 |
02 | 颯爽!騎馬行進 臺中市の奉祝行事決る |
03 | 彰化市奉祝 祝賀會 |
04 | 對抗少年野球大會 十日臺南市野球場で |
05 | 花蓮港兒童陸上大會(十七日) |
06 | 銀盤の霸者結婚 |
07 | 配車の一元的統制 砂糖輸送繁忙期を控へ |
08 | 南方講座 佛印の產業資源(24) 錫、鐵、亞鉛、銀、金その他/村山武夫 |
09 | 臺南州依然低調 出馬定員半數に達せず |
10 | 臺中一區と五區 定員より夫夫二名超過 |
11 | 農業生產座談會 |
12 | 大戰に拾ふ |
13 | 一路理想選擧へ 花蓮港市座談會開催 |
14 | 海岸にトーチカ 臺中州の防風林造成計劃 |
15 | ビル荒しの驅逐 摩天街惱みにこの手 |
16 | 業者に物聽く會 高雄州商聯主催で開く |
17 | 圖像:大政翼贊會宣傳ポスター |
18 | 矢張“人の子” 大戰豫言の米國哲學者 |
19 | キリスト教信徒大會(高雄) |
20 | 不當貸付數萬圓 元嘉義信組の鮫島氏 |
21 | 慘!養女の虐待 鬼畜夫婦檢擧さる |
22 | 愛國青年研修所開所式 |
23 | 南屯庄競勵會 盛大に開催さる |
24 | 鄉軍青年學校の 聯合體育大會 |
25 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國務と統帥の調整 具體案につき 來週中首、陸、海三相同で協議 陸海軍間の成案成る |
02 | 勤勞新體制の要綱 けふ正式決定の上發表 |
03 | 徒らな風評言說 斷乎一掃す |
04 | 地方行政につき 意見交換を行ふ 總務部長會議第二日 |
05 | イ米內相辭表提出 |
06 | 蘭印交涉經過を 商相が敷衍說明 けふ經濟閣僚懇談會で |
07 | 廣東省銀行 けふ總會開く |
08 | 戰線有力に展開 伊軍司令部發表 |
09 | 親日安南人に對し 佛印官憲が狂的壓迫 現地軍當局推移を監視 |
10 | 東亞大都市聯盟大會(第二日) 議題を可決終了 |
11 | 獨政府が拒否 米の航行安全要請を |
12 | 圖像:佛新生の途へ |
13 | 日、支の全面的和平 三國同盟後の國際情勢 陳公博氏、見解を表明 |
14 | 南津關占領の わが大戰果 |
15 | シブラルタル 後方運河竣工 |
16 | 華盛頓新飛行場、近く完成 |
17 | 地方競馬整理審查會 第二回總會開く 答申案を協議決定 |
18 | 太平洋問題を協議 英、米、濠間で意見一致 |
19 | 中支日本輸入組合聯合會 興亞院で認可 |
20 | 大政翼贊會の 地方支部規定 |
21 | 明日の天氣 |
22 | 水滸傳(264)/黃得時;榎本真砂夫 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇后陛下 女高師及特設中等 教員養成所行啟 八日御內沙汰あらせらる |
02 | 島都の奉祝式 十日午前十一時に決定 |
03 | 勤續功勞者を表彰 十日の佳き日に |
04 | 神宮大麻頒布式 けふ樺山小講堂で |
05 | 神饌田の拔穗奈 |
06 | 功勞者慰靈祭 |
07 | 一千二百年前のアパート |
08 | 詔書奉讀式 十日臺北州、市で |
09 | 郵便業務の整理 年賀狀、集金郵便等一時停止 十六日より實施 |
10 | 三角巾の使用法 各防火團に指導 |
11 | 圖像:國民政府代表神宮參拜 |
12 | 寒波の襲來で 氣溫が急降下 但し十日頃には回復 |
13 | 新竹立候補者 |
14 | 白衣の勇士內地へ |
15 | 生活新體制の 映畫筋書募集 |
16 | 海外短信 |
17 | 我國に始めての 國立自動車研究所 將來の成果期待さる |
18 | 空襲も一つのお座興 ベルリン市民は常に餘裕綽綽 “防空壕祭り”を催す |
19 | 工學士引張り凧 米國□もエンヂニアー景氣 |
20 | 圖像:新任伊大使信任狀捧呈 |
21 | 祝賀禮拜 |
22 | 重慶側頻りに デマ宣傳 在香港邦人の引揚けを |
23 | 高千穗丸無電 |
24 | 定期航空 |
25 | 街で拾ふ |
26 | 今夜の放送 |
27 | 商況 八日前場 |
28 | 今晚の映畫 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(8)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 新體制下と生活に 健全な娛樂を獎む 朗らかな隣組の遠足いかが 佐藤新興生活主事中島朝雄氏談 |
03 | 實りの秋! ゆたかな果實を床の間に/中村如遊氏 |
04 | 炒り馬鈴薯 |
05 | アアリカに仁義しい施設 小產業戰士の職業教育 お母さん□步調を合せて |
06 | 七分搗の炊き方 |
07 | 國民食勞研饅頭 家庭で作れます/有本邦太郎氏 |
08 | 圖像:肇國奉公隊シヤベル行進 |
09 | 全女性の關心を育兒に 育兒上の迷信打破も肝心です 厚生省體育局市木鐵郎氏談 |
10 | 豆腐を作る これも生大豆の利用法 |
11 | 鯨肉の味噌漬 |
12 | 捨てておけない 乘物の醉ひ 想はぬ疾患が原因 |
13 | 我が家の新體制 |
14 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 佛印軍を打破つた 三基部隊に輝く感狀 |
02 | 圖像:沙漠の空を |
03 | 國民學校の教科書 一、二年用がきまりました 來春から使ふ |
04 | 嘉義旭小の 豆双葉山 |
05 | 全島國語演習會 來月十日彰化市で |
06 | もう始まつた來年の 國民體育大會準備 豫算四十萬圓で |
07 | 三十年前の偉業 南極探險隊表彰 |
08 | 樂しみ乍ら勉強□きる 面白い驛名探し |
09 | 圖像:秋二題 |
10 | 熱河に大石油礦 |
11 | 新公園の橘 |
12 | みんな注意しませう 傳染病が流行(基隆) |
13 | 私達の市長さん 立派な市にしませうと まづ赴任のごあいさつ |
14 | カタナカ‧ヨミモノ イキタツヱマウダウケン シヤウイグンジンノタメ ケナゲニツクスリタケン トヤマケン |
15 | 海底電線をしくのに 自分で働く基蟹 世界一‧愉快な新發明 またわが國に凱歌上る |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 梨本宮殿下を奉戴 大日本防空協會總裁に頭條新聞 【東京八日發同盟】防空思想を普及徹底し國士防空の完成に大きな役割を果してゐる財團法人大日本防空協會では此度 元帥陸軍大將 梨本宮守正王殿下から總裁御就任の聽許を賜つたので同協會では八日午後軍人會舘に殿下の台臨を仰ぎ嚴かに奉戴式を擧行した、この日 殿下には同會々長近衞首相、副會長安井內相、後藤理事長等の御出迎へを受けさせられ午後一時半會場に御着關係者に謁を賜り御少憩の後午後二時近衞首相、安井內相、東條陸相、及川海相等の關係者をはじめ來賓小林商相、村田遞相、杉山參謀總長等千數百名の御待ち申上げる式場に台臨、武典は先づ佐上常務理事の開式の辭に次ぎ後藤理事長が會況を言上申上げたが 殿下には畏くも別項の如き優渥なる令旨を賜り近衞會長は協心戮力一層精勵の誠を致す旨奉答申上げ次で總理、內務、陸軍、海軍等各大臣の祝辭があり萬歲を奉唱して午後二時半式を閉じ殿下には諸員奉送裡に御機嫌麗しく御歸還あそばされた |
02 | 令旨賜はる |
03 | 勤勞新體制を確立 外地も本要綱に順應せんむ きのふ閣議で決定 |
04 | 松岡外相參內 |
05 | 協力一體、最高度の 勤勞能力を發揮 金光厚相談 |
06 | 神祇院官制 けふ公布即日に實施 |
07 | 人事發令さる |
08 | 要綱の骨子 |
09 | 圖像:大都市聯盟結成式 |
10 | 地方常務委員の銓衡 大體廿日頃迄に決定 |
11 | 總務部長會議で 支部規定を說明 |
12 | 來議會の召集日 十二月廿四日に決定 |
13 | けふ議員總會 前田局長より運營方針說明 |
14 | 佛印軍の越境行為 泰國政府が抗議提出 |
15 | 配給機構の一元化 農林省の肥料對策 |
16 | 佛租界の中國法院 國府移管に決定 日佛の折衝意見一致 |
17 | 小林商相より 蘭印交涉聽取 經濟閣僚懇談會 |
18 | 全國經濟部長會議を開催 來る十二日に |
19 | 新東亞建設 東京懇談會 きのふ發會式を擧行 |
20 | 議事部の 役員總會 |
21 | 鈴木政務部長 重要報告 閣議の席上で |
22 | 新嘉坡の共同使用 未だ何ら決定されず 米國務省倫敦の報道を否定 |
23 | 希國船の入港に 凡る便宜を供與 |
24 | 木材需給の 根本對策確立 昨日統制委員會 |
25 | 木材統制會社を設立せん |
26 | 民主黨二六八 米下院議員選擧 |
27 | 張總理が謝電 朝鮮總督府の 醫療班派遣に |
28 | 今日の天氣 |
29 | 大阪商船基隆出帆 |
30 | 東亞海運 |
31 | 大連汽船 |
32 | 辰馬汽船 |
33 | 日本郵船基隆出帆 |
34 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 農業重點主義の再提唱社說 一 茲數年來臺灣に於ける農業政策は米穀以外の甘蔗、黃麻、棉花苧麻、萞麻等の農作物に對し極力獎勵して來たのみならず、昭和十四年殖產局より更に重要農作物增產十個年計畫を發表し、上記の政策を一層具體化した事は周知の通りである。然るに昨年來國內に於ける米穀需給に一大異狀を惹起し、島內に於ても此の新情勢に副ふために漸く臺灣米增產に力を注ぐ事となり、吾人もいち早く農業重點主義の必要あるを極力提唱したのである。然るにこれ迄各種特殊作物に對する獎勵の關係よりして新事態に適する農業生產の編成替は未だ緒に就かず、依然總花主義の惰性を持續してゐるので、茲に於て依然重點主義の新たなる出發を痛感せざるを得ない譯である。 二 尚重要農作物增殖各年豫想表を見れば昭和十五年には米九百六十八萬石、甘蔗百八十八億七千八百萬斤、甘藷卅二億六千萬斤黃麻五千八百萬斤、棉花千七百萬斤、苧麻五百萬斤、萞麻四百萬斤の生產を期待して凡ての計劃を立てる事になってゐるが、其の後の經過より見ていづれ事實の收量と多大な縣隔ある事は既に明かとなったのである。勿論天候、肥料、栽培技術其の他いくたの原因も存ずるであらうが、本島の如く限られたる土地を以て凡ての農作物の增產を急速に圖らんとする事は誠に至難な事である。從って現下の國家が何を最も強く要望するかといふ見地から何うしても重點主義を採らざるを得ない。 三 然らば本島農作物增產の重點は何う定めるべきかと言へば、先づ戰時食糧確保の建前から米、小麥(主として二期米の裏作)甘蔗、甘藷、蓖麻、苧麻等の如き順位で從來の十個年計畫に對して改修すべきである。就中未だ山とも海とも解らぬ棉花作に對しては一部の適地を除いて此際其の增產計畫を中止すべきである聞くところに依れば滿洲國では當初棉花の增殖に對して相當力を入れたが、其の後の經驗に徵し滿洲には不適な作物である事を發見し直ちに其の增產計畫を一層擲したさうである。即ち滿洲國では從來の政策に對して一旦其の非を悟れば、これ迄の行懸りをいち早く清算するだけの勇氣ある事を大に學ばなければならない。過去三ヶ年間に於ける棉花作は引續き天候に左右されて頗る豫想を裏切って減收したが、暴風雨地帶の本島としては之を常態と見なければならず、これがために僅かしか出來ない棉花作に對して強いて多大な土地を割く事に決して得策ではないと思はれる。 四 蓋し本島に於ける米麥增產の必要は今更喋喋する迄もなく解り切った事であるが、論者は或は滿洲に於て大に增產すべしと言ふかも知れない。然し滿洲に於ける增產は水利其の他の制約で直ちに急場に間に合はず、佛印からの輸入を講じても綿布其の他の物品を以て交易せねばならず、いづれも茲兩三年の重大時局を切拔ける良策とは考へられないから、最も容易に增產し得る本島の天惠を十二分に利用すべきは又本島に課せられたる重大な使命ではないかと信ずるのである。此の目的を達するには或は一部の雜作を犠牲に供せねばならないであらうし、或は嘉南大圳の三年輪作を二年輪作に切換えなければならないかも知れない。要は督府當局としては在來の行懸りを一掃して更に新たなる構想を以て再出發すべき事を熱望せざるを得ない |
02 | 圖像:奉祝式典修祓式 |
03 | 壽ぐ聖紀の感激!! 奉祝式典場準備整ひ 只明日の盛儀を待つ |
04 | 御下賜菊花を傳達 陸軍病院代表者に |
05 | 大政翼贊と地方 (上)下部組織の確立へ |
06 | 教學叢書 特輯號を献納 |
07 | 白仁警察部長 蕃地巡視日程 |
08 | 第五區から 一名立候補 臺南州議戰 |
09 | 中等學校辯論大會 けふ高校で開く |
10 | 勤續功勞者五千 あすの奉祝日表彰 |
11 | 肥料荷役組合 組織を準備中 |
12 | 本島代表選手 九日、十一日に歸台 |
13 | 碎身粉骨して 重大任務を遂行 桂高雄要塞司令官着任 |
14 | 佛印宛軍事郵便 十日から取扱開始 |
15 | 常設興行場組合 十九日創立總會 |
16 | 田中市長巡視 |
17 | 享樂面の時間繰上 實施せぬことに決定 |
18 | 鰯からガソリン 來春からいよく企業化 飛行機も飛ばせる |
19 | 「ポーランド進擊」試寫會 |
20 | 臺灣新體制聯盟奉祝藝能祭 十五日から開催 |
21 | 本が小さくなる 書籍、便箋紙等型を統一 |
22 | 鐵道運賃五割引 臨時特例傷痍軍人に |
23 | 交換孃の第五部隊 |
24 | 學生は心身武裝 慶大が踏出す新體制 |
25 | 特製丸割箸 |
26 | 新しい自動車の停車裝嚴發明 |
27 | 日本郵船重役會 |
28 | 善行省表彰 |
29 | 定期航空 |
30 | 人事消息報社消息 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 電氣等の委託經營は 日支提携の好標本 支那側は非常に滿足 能澤臺電理事語る |
02 | 北斗郡に移民村 香取村を新設 今計四村、四九二家族 |
03 | バナナ輸移出(十月) 九萬七千餘籠 前年に比し約半減 |
04 | 石炭プールの 完成と諸問題 |
05 | 島內時計眼鏡附屬品 卸商組合成立 |
06 | 海上保險概況 |
07 | 拓士訓練場生の 募集要綱近く發表 |
08 | 八月火保契約增加 八億五千百萬圓 |
09 | 島內各會社に 統制令を解說 臺灣商工會議所主催 |
10 | 廣東二製糖工場 南方開發組合へ委託 |
11 | 傷害保險 |
12 | 八月運送保險 |
13 | 經濟手帳 |
14 | 照明燈 |
15 | 市價及商況 八日 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 朝の修養 「建設の心」/大倉邦彥 |
03 | 北管四種 |
04 | 義太夫 |
05 | 草木にも冬の用意 剪定はこれからが好期 球根の□付も忘れるな/唐戶作治 |
06 | “隣組の合唱” 東寶映畫の特作 |
07 | 園藝 いま播く草花 移植するものしないもの |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 曾文郡官田神社 嚴かな鎮靈祭と 奉告祭を擧行 |
02 | 聖紀奉祝式 十日北斗街で擧行 |
03 | 善化產業組合が 精米工場を增築 |
04 | 圖像:正倉院御物展覽 |
05 | 集集產組 五百圓恤兵献金 |
06 | 律動美は繰展く 峨眉公奉祝體育會 |
07 | 新化市場で 五十餘圓紛失 |
08 | 竹山王美木氏 州議立候補を屆出 |
09 | 東埔蚋溪以西の籾 竹山へ運ぶことに決定 |
10 | 七十年の歷史を誇る 紡績企業の新體制 |
11 | 竹塘庄の篤農家 減租を言ひ渡す 暴風減收を憫れみ |
12 | 溪湖に第二出張所設置 米穀局、住民の便を圖る |
13 | 空閑地を利用し 甘藷大增產を企圖 員林郡の劃期的計畫 |
14 | 大甲郡大庄派出所 十一日盛大な落成式 |
15 | 沙鹿街民等が 汗の奉仕作業 |
16 | 竹南郡下關係者 南部糖業視察に |
17 | 兒童陸上競技 |
18 | ローカルセクシヨン |
19 | 圖像:奉祝舞樂「悠久舞」 |
20 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 吹荒ぶ寒風を衝き 一路‧神社から神社へ 臺南州の參拜繼走 |
02 | 各地の奉祝行事 |
03 | 南方講座 佛印の產業資源(完) 錫、鐵、亞鉛、銀、金その他/村山武夫 |
04 | 白衣の勇士歸還 赫赫たる武勳を樹て |
05 | 資金調達□ 映畫を上演 |
06 | 臺中州鑛油組合の總會 |
07 | 大戰に拾ふ |
08 | 屏東奉祝體育大會 |
09 | 奉祝記念植樹 臺南州の全職員が |
10 | 圖像:高雄州基督教信徒大會 |
11 | 臺南州方委總會 |
12 | 秘策を文書に載せ 臺中州選擧戰軌道へ |
13 | 高雄市依然低調 屏東市に出馬なし |
14 | 三百萬圓を突破 花蓮港廳の要求豫算 |
15 | 教員の妻縊死 |
16 | “椪柑”初出荷(十四五日ごろ) |
17 | 紫系統八種類 高雄藝妓の服裝模樣 |
18 | 稻住派出所管內當選保正 |
19 | 人事‧往來報社消息 |
20 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 常任參與會を設置 政府と翼贊會の連絡機關 |
02 | 眾院部の議員總會 豫算委員室で開かる |
03 | 連絡委員會設置 支部と地方廳の連絡 |
04 | 近衛首相參內 |
05 | 議會召集詔書公布 |
06 | 圖像:Uポート還る |
07 | 支部規定中の 一部を修正 |
08 | 經理統制令の適用 特に慎重を期す |
09 | 中堅青年層を 集めて訓練 支部指導者に |
10 | 我が天羽大使 伊外相と會談 |
11 | 特區法院接收に 重慶側大狼狽 |
12 | 神祇院官制公布さる |
13 | 伊希兩軍が激戰! |
14 | 英船十四萬噸擊沈 獨の對英作戰の重心 空襲から海上封鎖へ |
15 | 熾烈な倫敦空襲 |
16 | 佛印軍兵備を強化 |
17 | 伊空軍の 活躍 |
18 | 一夜倫敦に百噸投爆 |
19 | 獨の袖珍戰艦 大西洋に出線 |
20 | ヒ總統の大獅子吼 |
21 | 英、エールに對し 重大行動か ローマへの情報 |
22 | 從業者の移動防止令 けふ公布二十日實施 |
23 | チ伊外相も出席 ソ聯革命記念日 |
24 | 米、墨間にも 共防協定締結か |
25 | 配電管理調查委員會 |
26 | 廈門電氣通信會社を設立 日華合辦て |
27 | 諸般の失策を 一層強化 歸國王委員長談 |
28 | 帝糖定時總會 |
29 | 船員使用等統制令 けふ公布あす實施 |
30 | 英防空氣球のいたづら |
31 | 明日の天氣 |
32 | 水滸傳(265)/黃得時;榎本真砂夫 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | あす曠古の盛典 帝都は慶祝氣分橫溢 催し物屆出が警視廳に殺到 |
02 | 軍部の奉祝行事 あす夫夫皇居遙拜式擧行 |
03 | 式典日の陸、海軍 |
04 | 神宮大麻頒布式 十三日、基隆市役所で |
05 | 圖像:近江神宮鎮座祭敕使の參進 |
06 | 奉祝中繼放送準備成る |
07 | 生徒聯合演習(新竹州下) 廿一、二日間新竹で |
08 | 竹東圳補修工事起工事 |
09 | 基隆郡下壯丁團查閱日割 |
10 | 海外同胞代表 けふ參內記帳 |
11 | 大政翼贊と地方 (下)下部組織の確立へ |
12 | 橿原神宮に參拜 皇軍の武運長久を祈願 |
13 | 料理屑を捨てるな 新生活運動は手近な所から |
14 | 遺家族を慰問 榮座に招待 |
15 | 新竹州下は激戰 第三區更に一名出馬 |
16 | 弓道試驗施行 武德曾本部が出張 |
17 | レモンの大增產 島內需給と外貨獲得を目指す 高雄州五個年計畫 |
18 | 島都の被表彰者 あす表彰狀傳達式 |
19 | 書畫骨董展 |
20 | 桑港幼兒誘拐事件 |
21 | 湯爾和氏逝く |
22 | 定期航空 |
23 | 今夜の放送 |
24 | 商況 九日前場 |
25 | 今晚の映畫 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
---|---|
01 | 亞細亞の旗(9)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 中等學校へ進む 兒と親への言葉 六年間習つた事頭の中で整理 要はこれ丈の勉強 |
03 | 圖像:明治の佳節に全團一齊に體操 |
04 | 秋から冬に多い 耳‧鼻‧咽喉の病氣 (上)記憶力の惡くなる蓄膿症 |
05 | 秋茄子の料理 |
06 | 一戶一口を目標に 簡易保險に加入 案外知られない簡保の特典 簡易保險局中西錄次氏談 |
07 | 圖像:日枝丸で米國より歸朝したシルクガールの三井靜子さん |
08 | 理想的なお八つは お母さまのお手製 茶巾しほりやお團子など |
09 | 松茸の佃煮 |
10 | バンの味噌燒 |
11 | 中心の目印 |
12 | 貴女のお耳の まあ美しいこと 寒さに向つての注意 |
13 | するめの食べ方 |
14 | 我が家の新體制 |
15 | 民報案內報社消息 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 二千六百年奉祝日 午前十一時二十五分 |
02 | 祝へ!元氣に朗かに! 奉祝皇紀二千六百年 明日式典‧明後日奉祝會 |
03 | 湖北省の晚秋を 皇軍部隊猛進擊 逃出した二萬の敵 |
04 | 近頃の出來事 十月卅一日□十一月六日 |
05 | 圖像:愈愈明日式典 |
06 | ルーズべルト氏 三度大統領に當選 |
07 | 海外發展博物館と 拓殖神社を建立 |
08 | 圖像:明日の式典に參列する人たちにあたへられる參列證 |
09 | 活躍する 滿洲國軍 |
10 | さてどうなるでせう 日‧米のおつきあひ |
11 | 國語力だめし(十八) |
12 | 民主黨が 大勝利 |
13 | 青年 二千六百年奉祝 全島青年學校大會 |
14 | 青年の室 女子青年の皆樣へ/重野タカ子 |
15 | 苗二公生徒修學旅行 |
16 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇紀二千六百年 歡喜と感激籠めて 迎へる曠古の盛儀 仰げ!世界冠絕の國體頭條新聞 【東京十日發同盟】あゝ慶びの日は遂に來た、昭和十五年十一月十日今日ぞ全國津々浦々は素より滿洲支那北南米の海外同胞一億の蒼生が限り無き歡喜と感激籠めて迎へる曠古の盛儀紀元二千六百年式典の日である、はるけくも 紀元二千六百年連綿不斷の歷史に築かれた皇國日本の悠遠極大なるこの足跡、世界に冠絕するこの國體四海を光被する皇國日本未來永劫への渝る無き前進、この佳き歲この佳き日、政府主催紀元二千六百年式典は畏くも天皇 皇后兩陛下の行幸啓を仰ぎ宮城外苑廣場に設けられた式典場で莊重嚴肅に擧行される、この輝く歡喜の朝光榮の參列者五萬人の各府縣代表は大手町、日比谷に集合の上團體每に各受付から入場午前九時三十分迄に式殿前參列者席に整列、次いで原樞府議長陸、海軍大將以下親任官以上の重臣顯官松平、小山貴眾兩院議長及びオット獨大使以下外國使臣等が夫々夫人同伴式典所定の位置に整列、威儀整然と御待ち申上げる裡に午前十時四十八分 天皇陛下には陸軍御軍裝 皇后陛下には御洋裝を召されに御同乘、百武侍從長陪乘、松平宮相木戶內府以下側近等供奉申上げ自動車鹵簿にて宮城を發御高松宮 同妃兩殿下を始め奉り各皇族殿下近衞首相以下各閣僚の奉迎を受けさせられ式殿に着御、一旦便殿に入御各皇族方に賜謁次いで近衞首相以下に拝謁を賜る、斯くて陸海軍々樂隊の君が代奏樂裡に 兩陛下には式殿に出御、玉座に着かせらるれば近衞首相恭しく式殿正面階下に參進して式典開始の旨を奏上、諸員最敬禮續いて陸海軍々樂隊の奏樂に合せて全參列員は君が代を奉唱する、次いで近衞首相は正面階を上ぼり、玉座の御前に參進して恭しく一億民草を代表して赤誠を籠めた紀元二千六百年の壽詞を奏上申上げる、引續き陸海軍々樂隊の奏樂、東京音樂學校男女生徒に依る紀元二千六百年頌歌の齊唱がある、斯くて近衞首相式殿を降り階段前に參進 天皇陸下萬歲を奉唱、參列全員これに和して、三度萬歲奉唱、この時近衞首相の發聲はラヂオに依つて全國に放送せられ全國各地でもこの時刻ラヂオに合せて一齊に萬歲を奉唱する、斯くて諸員最敬禮の後近衞首相は式典終了の旨を奏上、曠古の式典はめでたく御終了 天皇 皇后兩陛下には君が代奏樂諸員奉送裡に入御午前十一時三十五分式殿發御、宮城に還御遊ばされる御豫定である |
02 | 深い意義を感得 近衛總理大臣謹話 |
03 | 我等國民の光榮 小林總督謹話 |
04 | 皇國大飛躍の歲 牛嶋軍司令官謹話 |
05 | 我が天羽大使 伊外相と會談 |
06 | 獨特の議會を確立 眾議院部議員總會前田局長の挨拶 |
07 | 友邦の慶祝を奉祝 張總理、丁部長談 |
08 | 敵の蠢動を斷つ! 欽寧道上の敵小部隊を擊退 |
09 | 山東蘇北地區 十月中の綜合戰果 |
10 | 主なる質疑應答 眾院審查部の初總會 |
11 | 敵影なし 蔣軍のデマ甚し |
12 | 重要外交問題など ル大統領記者團の質問に答ふ |
13 | 伊、大攻勢に轉ず ギリシヤ各戰線で |
14 | 獨佛協定の大綱 正式調印未だ行はぬ |
15 | 關係閣僚が協議 選擧法改正を慎重考慮 |
16 | 日本海運報國團 創立を完了 |
17 | 佛租界特區法院の接收 重慶に大反響 |
18 | 大阪商船基隆出帆 |
19 | 東亞海運 |
20 | 辰馬汽船 |
21 | 大連汽船 |
22 | 日本郵船基隆出帆 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 奉祝紀元二千六百年社說 一 光輝ある紀元二千六百年式典は天皇皇后兩陛下の行幸行啓を仰ぎ奉りけふ宮城外苑に於て嚴かにもまた晴れやかに擧行される。參列の光榮を荷ふ各界の代表實に五萬餘名、近衞首相が恭しく奏上する壽詞に次いで咽喉もさけよと聖壽萬歲を奉唱する、洵に曠古の盛儀、歷史の大典である。中には感極まりて聲も得出さず、ただ打おののく老大官もあらう、一世一代歡喜と感激に胸ふさがりて双頰を涙に濡らす地方代表もあるであらう。この日全國津津浦浦に於ても一齊に式典を擧行、首相發聲のラヂオを合圖に聖紀の萬歲を奉唱し一億國民の火と燃ゆる意氣を中外に宣揚する。 二 惟ふに神代一百七十九萬二千四百七十年(—日本皇紀による神皇正統記には一百七十八萬二千四百六十八年とある)の幽遠なる太古は暫く別とし神武天皇の創業以來悠久二千六百年。百年を世紀とし人生を五十とせば今日の如き意義ある世紀の年に廻り合ふことは稀といはねばならぬ。每年一囘づづ迎ふる新年に於てさへ自ら感慨淺からざるを思へば、この佳き年奉祝には國を擧げて祝ひ壽ぐもなほ足らざるを覺ゆる。もちろん國家は古いだけが誇りではない。また世界には日本より古い舊國もある。しかしながら易姓革命、今日忽然として現出し明日水泡の如く消滅する社稷と、皇統連綿、一君萬民の日本帝國とは全く比較にもならない。本年の紀元節に當り賜りたる詔書を拜するに 朕惟フニ神武天皇惟神ノ大道ニ遵ヒ一系無窮ノ寶祚ヲ繼キ萬世不易ノ丕基ヲ定メ以テ天業ヲ經綸シタマへリ歷朝相承ケ上仁愛ノ化ヲ以テ下ニ及ホシ下忠厚ノ俗ヲ以テ上ニ奉シ君民一體以テ朕カ世ニ逮ヒ茲ニ紀元二千六百年ヲ迎フ と詔はせられてゐる、日本こそ新渡戶博士のいはゆる「地上に於ける天の現身の代表」であり萬邦無比、金甌無缺の神國である。われ等は神國の民として天祐を保有する歷史的事實を自覺しその責務を竭さねばならない。 三 神聖なる皇室中心主義、尊嚴なる國體觀――日本國民はこの信念に生き、この信念に死する二千餘年間磨きに磨かれたこの信念は切れ味の銳い日本精神を育成した。日本精神は日本刀に象徵される。日本刀は殺人劍に非ずして活人劍である。八紘一宇の理念は世界に平和を光被するを理想とする。日本は今や大陸に、大洋に、運命的な前進を起し堂堂步武を進めてゐる。さつと上げられたシグナルは南を指してゐる。赤道もすぐ目睫に迫った。この大行進は堰がれても、阻まれても止むことがない。それは運命の流れであるからである。二千六百年式典に當り謹みて寶祚の無窮を壽ぎ奉ると共に皇運の彌榮を祈り奉る。 |
02 | 皇紀二千六百年 輝く曠古の盛典 けふ島都で執行 擧島‧奉祝の坩堝 |
03 | 國民の感激一入深い 高松宮殿下の萬歲御發聲 ラヂオ放送を差許さる |
04 | 「紀元」制定の建白者 津田真道氏の傳記 令孫の手で近く上梓 |
05 | 光榮の功勞者(五千餘名) けふ總督より表彰 |
06 | 北京の奉祝 |
07 | 華僑新民會 皇居の遙拜式 |
08 | さア朗らかに祝へ 奉祝の喜び帝都に漲る |
09 | 府情報部主催で 紀元二千六百年奉祝の夕 |
10 | 式典後の享樂面 取締が一層嚴重 |
11 | 奉祝藝術祭 永樂座で擧行 |
12 | 奉祝の花電車 |
13 | 大日本青年團大會 廿一日から三日間開く |
14 | 真塾敢鬪精神で 體育大會に新體制 川上庭球監督の歸臺談 |
15 | 臺北州第一區の 州議戰は激戰か |
16 | 市營バス奇禍 運轉手が負傷 |
17 | 本社募集論文と標語 慎重審查を開始 當選者を近く發表報社消息 |
18 | 刑務協會 關係職員を表彰 |
19 | 島都映畫館で 統制組合を創立 |
20 | 新竹商議主催で 禁止品展示會 |
21 | 宜蘭商工協會 禁止品展示會開く |
22 | 宜蘭醫院の 改造工事始る |
23 | 定期航空 |
24 | 今日の映畫 |
25 | 訃文:李王氏研 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 外國為替管理 更に改正強化 鹽見金融課長要點を說明 |
02 | 農林省令で 米管規則を實施 代金の即拂が緊切 |
03 | 船舶用材配給統制 本島も重點注意採用 弱小業者合同を慫□ |
04 | 海運統制令改正 近く府令で公布 |
05 | 奢侈禁制品の 小賣期間を延期 近く認定協議を開始 |
06 | 郵貯の激增で 國家資本愈よ優位 |
07 | 洋灰等需要者は 十五日迄に申込まれたし |
08 | 戰鬪型大甲帽子 更に改善を要す 業者の注意を喚起 |
09 | 本期赤糖豫想 卅八萬擔見當か 前期に比し二十萬擔激減 |
10 | 金屬品物價專門委員會を開催 |
11 | 大日本產報會 廿三日創立總會 綱領等は作成中 |
12 | 新化郡 木炭生產組合 近く創立されん |
13 | 經濟手帳 |
14 | 照明燈 |
15 | 市價及商況 九日 |
16 | 北濱雜觀 |
17 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 旗行列祝賀會等 奉祝の繪卷を展開 竹東街數數の行事 |
02 | 二千六百年式典 岡山街奉祝行事 |
03 | 東石神社で 奉祝臨時祭 |
04 | 溪湖街での 奉祝行事 |
05 | 興亞の原動力 武漢戰線を行く(四)/薛慧子海外遊記 一一、老いた百姓 早いうちから床を跳ね起ると寫真機を手にして大冶の市街をかけ廻はつて見た。百姓達は我我一行をいぶかしさうに見つめながらひそひそと私語をしてゐる利巧さうな一人が「あれは寫真機といふものだ」と誇らしげにしやべるので、私は走り寄つて握手を求め、大冶へ來た目的を傳へると鞠躬如として禮を交はした。 真白な長髮の老人が獨り靜然として石段の上に坐り、さながら活佛の樣に泰然とかまへてゐるいやに落ちつき拂つてゐるこの老人の歲はと問ふて見るに七十七だと答へ、「あなたがたは南京から遙遙來られたさうだが、路は穩かであつたか」と記者に質問し、更に言葉を續けて「大冶地方は殊に悽慘だつた。戰爭の時は我等百姓達は逃げる道もなく、歸るべき家もなく殆ど難民區でやうやく命をつないでゐた程であつたよ。」「現在の難民區はどんな狀態ですか」と記者が問ふと、老た百姓は莞爾として笑つて曰く「先生…私を見て下さい現在の百姓達は殆どのんきに暮し各各職業があつて商賣するとか農耕にいそしむとか工人になるとか、大冶の人とは勞働になれてゐるから、苦境にはなれてゐたものだ。 この老人が語つたこれらの言葉は十分に中國人が苦難の中に於いて成長して來た事をよく述べて居り、真に敬ふべく又愛すべきである。 大冶縣は鐵產を除いても一年中の農產收穫は少なからず每年豐收米の產額などは每年約十萬餘石に登り每擔の價格は四元以下三元以上、大麥產額は約四千餘石、每石の値段は六元小麥の產額は約八千餘石每石の價格は十元棉花の產額は約八千餘擔、每擔四十元苧麻の產出は約一萬餘擔每擔二十五元、紅詔の產額は約十萬餘擔、每石價格は二元、產物は長江をつたつて取引されてゐる 一二、大冶鐵山 道のりは幾十里となく、象鼻山のふもとで車を捨てて大地に下り立つと累累として悉く鐵塊鐵屑でさながら砂の樣だ。間もなく「象鼻山官鐵廠」の大門につく象鼻山上の鑛石は含鐵量が多く火成岩、玄武岩、粉岩、玉岩、角、粘土、悉く鐵を含んで居り、ぢつとふもとを見下して居ると、大きな鐵塊を積んだ列車が一列一列と數多く列んでゐる向ひは獅子山で、兩山の間には一條の鐵橋がかけられてあつて實に壯觀だ。 溶鐵廠は山のふもとにあつて爐の火は年がら年中休まずに煌煌と輝いてゐる。そこで働いてゐる職員は手と云はず足と云はず流汗淋灘として背を洗つてゐるのに、さも事なげに溶鐵工作に從事してゐる。鐵鑛の技術家の談によれば「大治にある鐵礦の埋藏量は測り知れない程莫大なもので現在千五百名の人夫が採鑛に從事してゐるこれら鑛夫の一人當りの勞賃は三十錢から八十錢、ここから出る鐵鑛は六〇パーセントの良質なものであると」云云。 記者は技師の說明を聽きながら火のやうに熱い太陽の下を半日もかけ廻つてゐたせいか、咽喉がかはいてゐたのでそこらにあつた鉛タンクの水を一杯乾して見たが、鐵分を含んだ滋味がほんのりと覺られて、うらやましくてたまらなかつた 鐵廠の石段の下に停車場がある石灰窟行きの汽車に乘つて約三十分、車窓には棕櫚の樹がレールに沿ふて繁り、この鑛區の夏日の暑さを蔽へる樣に生ひ茂つてゐる。田、畑には紅い袴や綠衫の女達が大きな傘をかぶつて麥の刈入れに忙しんでゐる、農村では女子は男子と同じ樣に一人前の勞働をやつてゐるので體格も非常に强健であり、顏は漆黑に輝いて南國娘の樣な美しさである |
06 | 北斗錻力銅業者 愈愈組合を創立 |
07 | 南投燒の名聲回復に 郡當局が肝煎り 業者全部を網羅會社を組織 |
08 | 忠魂碑招魂祭 |
09 | 歡樂街の闇助長 嚴重取締を要望 |
10 | 北斗家政女設立 愈愈具體化す |
11 | 漳和公學校奉祝学藝會 |
12 | 奉祝體育大會 岡山神社外苑で執行 |
13 | 南投 奉祝軟式庭球大會 來る廿三日に擧行 種類方法等決定 |
14 | 奉祝職員體育會 開催要項決定 南投郡 |
15 | 國民學校制度講習會 臺東廳五名出席 |
16 | 曾文佛教學修會 今日より一週間麻豆で |
17 | 內門庄國民大會 七日同庄公校校庭で |
18 | 竹山兒童競技大會 純真な童心現はる |
19 | ローカルセクシヨン |
20 | 埤頭公の 奉祝大運動會 |
21 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇圖の宏遠を思ひ 聖業扶翼の臣道を實踐せよ 臺中州知事奧田達郎謹話 |
02 | 八紘一宇の大理想 州を擧げて顯現に邁進せよ 高雄州知事赤堀鐵吉謹話 |
03 | 悠久!二千六百年 けふぞ聖紀の感激 祝へ!原迄に朗かに |
04 | 表彰狀傳達式(けふ臺中州て) |
05 | 盛り澤山の行事(桃園) |
06 | 彰化市詔書奉讀式 |
07 | 高雄州表彰式 |
08 | 奉祝卓球大會 |
09 | 第一位は虎尾郡 神社參拜繼走終る |
10 | 野營と行軍 鄉軍臺中分會で |
11 | 彰化郡體育會 |
12 | 奉祝陸上運動會 |
13 | 敬神優良部落表彰(臺南) |
14 | 舌端花を散らす 立板に水‧臺中國語演習會 |
15 | “舌の戰士”熱鬪 花蓮港廳も大盛況 |
16 | 皇軍の電擊進駐で 佛印明朗氣分橫溢 |
17 | 將兵の送迎へ(臺中) 心得て欲しい要項 |
18 | 臺南州方委總會 きのふ臺南公會堂で |
19 | 臺中州保育研究會 |
20 | 臺南州第一區 やつと定員に達す |
21 | 臺中州第三區 定員より一名超過 |
22 | 高雄州三區四區定員に達す |
23 | 山地開發組合 臺南州で近く結成 |
24 | 陸軍病院慰問 高雄州基督信徒 |
25 | 彰化郡體育研究會 |
26 | 嘉義市尚一名足らず |
27 | 彰化鄉軍射擊會 |
28 | リズ將軍逮捕さる |
29 | 行商人の加入 特に便宜を與ふ |
30 | 街路工事着手 |
31 | からすみ組合創立 |
32 | 高雄港灣協會の月例會 |
33 | 人事‧往來報社消息 |
34 | 消息 |
35 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 兩陛下の親臨を仰ぎ 一億蒼生赤誠を捧ぐ 感激の二千六百年式典頭條新聞 【東京十日發同盟】皇紀まさに二千六百年!日出づる國一億赤子の胸は十日、この日たゞ歡喜と感激の渦に高鳴った、そして國家は炳として宏大、崇高悠遠に八紘一宇に輝いてゐるのだ、恰かも、大東亞建設の秋、銃後も、大陸の前線も、わが皇室と國家の彌榮を壽ぐ「千秋萬歲」の歡呼が津々浦々から世界の涯までとゞけよと怒濤となつて轟いて行ったのである――意義深い昭和十五年十一月十日、曠古の盛儀たる紀元二千六百年式典が畏くも 天皇 皇后陛下の行幸啓を仰ぎ、千歲の綠をたゝへる宮城外苑廣場式典場でいとも莊重嚴肅に擧行された 爽涼たる秋晴れの空のもと、旭日燦として端氣と歡喜天內山のほとりに滿ちあふれるこの佳き日、まことに絕好の式典日和である、全國各地はもとより海外まで各階層から選ばれた光榮の參列者五萬餘は歡喜の胸をふくらまし地方代表は大手町、日比谷に豫備集合、その他も早朝より各團每に集合して整然と行幸道路馬場先門、祝田町通りの裝飾塔をくゞり菊花馥郁と香る順路を式場へ式場へと續々と詰めかける、モーニング、フロックコート、國民服、協和會服――と綺羅を飾らぬ堅實な興亞風俗とりぐに參進する すがくしく淨められた式場には――杉皮葺、黃白色、寢殿造りの式殿が秋空に一きは映えてゐる、その兩翼から廻廊を紫地に白く菊花御紋を染め抜いた幔幕が華麗に張りめぐらされてゐる本屋の奧白地の絹に桐模樣を彩った壁代でも鮮かにくつきり見える、すべては典雅だ、式殿正面に「萬歲額」庭上兩側には萬歲旛、日象月象旛、金鵄旛等大小八旒の錦旛が鉾の銀色一段と光芒をはなつてゐる、式殿の前庭北側には海軍儀仗隊、南側には陸軍儀仗隊夫々威儀を正し、一般參列者は續々と席を埋めてゆく、それがやがて滿場となってゆく、たゞこれ赤誠の民草の群である、慶祝に遙々渡って來た人達だ 原樞府議長、町田、林、安保各參議、阿部大使、陸海軍大將その他親任官以上の有資格者貴眾兩院議長等重臣顯官夫々威儀を正して夫人同伴式殿內に進み玉座に向って左側所定の位置に整列、オツトー獨大使、インデルリ伊大使、盟邦の外國使臣同夫人等は玉座右側の夫々の位置につく、やがて午前十時四十八分森嚴としづまりかへる大內山の一角二重橋の方に莊重な□叭「君が代」の音が響き渡ったいまぞ兩陸下の行幸啓を仰ぎ奉るのである、この日畏くも 天皇陸下には、御凛々しき陸軍御軍裝に大勳位副章をはじめ各種勳章御佩用御麗はしき御洋裝の 皇后陛下と御同乘百武侍從長御陪乘松平宮相木戶內府以下側近等供奉の自動車鹵簿は肅々と二重橋正門から式場に進ませ給ふ崇高さに息づまる一瞬である、かくて 天皇 皇后陛下 には式場御車寄に著御遊ばさるや 高松宮同妃兩殿下をはじめ奉り各宮殿下近衞首相以下各大臣の奉迎を受けさせられて便殿に入御、各皇族殿下に御對面近衞首相以下國務大臣等に拜謁仰せつけられた やがて式場二重橋側に位置した內藤樂長指揮の陸海軍々樂隊の國歌君が代の奏樂のうちに 皇后陛下 には、首席國務大臣金光厚相の御先導にて 各宮妃殿下御後に扈從のもとに式殿に出御玉座階下にて 天皇陛下を御迎へ遊ぼさるれば天皇陛下には近衞首相の御先導にて各宮殿下供奉して式殿に出御、中央一段高き玉座に昇御、御椅子に著かせられる、次いで 皇后陛下には 天皇陛下の御左の御椅子に著御、各皇族殿下に玉座の南側、各宮妃殿下には北側の御所定の位置に順次御著き遊ばされた、拜すれば玉座背面、四曲一双の金屏風の前に玉顏殊に御麗はしく今ぞ五萬餘の民草は咫尺に御姿を拜したのである、森嚴、崇高、得もいはれぬ感激に參列諸員肅然として水の如き靜けさ、やがて近衞首相莊重な足どりで式殿南側階階段を降り正面階下前に參進して恭々しく式典開始の旨を奏上申し上ぐ、この聲が擴聲器を流れて五萬の參列者に傳はる 「最敬禮!」の聲に諸員一齊に深く頭を垂れる、畏くも 兩陛下にはこのとき立御遊ぼされ參列諸員の捧げ奉る最敬禮を御受け遊ばされる、次いで大沼樂長の指揮による陸海軍々樂隊の奏樂に合せて、全參列諸員の君が代奉唱がはしまつた、兩陛下の御面に歌ひまつる「君が代」の莊嚴さよ、感激よ皇國の民の幸を思ふのであった 奉唱の終るをまつて近衞首相は歩一歩、正面階段を靜かに昇り玉座の御前に參進、恭々しく全國民の赤誠をこめた壽詞を□上した、感激と光榮に昂まる□は森として參列席の隅々までも□き渡る……一億民草の捧げまっる奉祝の赤誠に、 兩陛下にはいと御滿足氣に拜されたが、この時、畏くも 天皇陛下には優渥なる勅語を下し賜つた、朗々たる玉音は神韻をおびて式殿內より洩れ拜され、最敬禮の五萬の諸員はたゞ感激するばかりであつた、やがて式場南側から莊重に湧き上る樂の音!陸海軍軍樂隊の奏樂に合せて東京音樂學校男女生徒四百名が高らかに奏でる 紀元二千六百年頌歌だ― 「遠すめろぎの、かしこくも、はじめ給ひしおは大和……」 「大わたつみの、八潮路の、めぐり行き合ふ八紘」歌聲は一億同胞の胸を高鳴らせて秋の大氣が流れて行く……綠の大內山の空をふるわせ錦旛さへもが感激にゆらめくかのやうだ、身じろきもせぬ威儀の人々、そして息づまる感激の裡に頌歌は終ったのである、近衞首相は再び式殿を下り正面階段前に參進、威容を正すや天にも徹れとばかり熱誠至情の聲高く「天皇陛下萬歲」を奉唱すれば全參列員は、これに和して「萬歲」續いて「萬歲」また「萬歲」空に高らかに赤子十萬の手が歡喜、感激をたゞよはせる萬歲の轟きは限りなき餘韻を引いて行く、時に午前十一時二十五分!この聲はラヂオによって全國に放送され津々浦々に至るまで萬歲にどよめいた感激の時であつたこの時海軍は品川沖に碇泊する代表儀禮艦沖の島が在泊艦艇と共に陸軍は三宅坂から各々禮砲を放ち殷々たる砲聲は海陸呼應して式場に轟いたかくて諸員は三度び最敬禮を捧げまつり近衞首相謹んで式典終了の旨を奏上 天皇、皇后兩陛下には天機並びに御機嫌いよく御麗はしく「君が代」奏樂裡に一旦便殿に入御かくて各皇族方をはじめ奉り近衞首相以下諸員奉送裡に午前十一時三十五分式場發御宮城に還御あらせられた、莊重雄偉、森嚴華麗なる國家最高の紀元二千六百年式典はこゝにめでたく終了したのであつた、光榮に感激した五萬の參列諸員はなほ去りがたく聖戰下意義一入深く壽ぎ奉った曠古の盛儀に酔へるが如く眸をうるませるのであつた |
02 | 優渥なる敕語賜ふ |
03 | 內閣總理大臣壽詞 |
04 | 玉音朗朗神韻を帶ぶ |
05 | 聖恩の無邊に感泣(首相謹話) |
06 | 青年層を訓練 |
07 | 圖像:式典場の夜景 |
08 | ああ感激の一瞬! 參列者寂として頭を垂れる |
09 | 民族の唱和を捧ぐ |
10 | けふ奉祝會 再び行幸啟に映えて |
11 | 民間功勞者に敘位敘勳 |
12 | 陣中光輝ある祝典を迎ふ 西尾總司令官謹話 |
13 | 深い感銘を受く オ獨大使の感激談 |
14 | “無上の感激だ” 各國代表通信員交交語る |
15 | 今日の天氣 |
16 | 臺灣關係の分 |
17 | 大阪商船基隆出帆 |
18 | 東亞海運 |
19 | 辰馬汽船 |
20 | 大連汽船 |
21 | 日本郵船基隆出帆 |
22 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 擧島歡喜に滿つ 紀元二千六百年奉祝 仰ぐ無比の國體 高鳴る世紀の感激 待望の喜び島都の奉祝式典 |
02 | 皇太子殿下御參內 御祝詞を言上遊ばさる |
03 | 學習院女子學習院奉祝式 |
04 | 臺灣神社奉祝祭典 參拜者二萬を突破 |
05 | 軍司令部奉祝式 上村參謀長が講話 |
06 | 滿洲國の慶祝 全滿擧げて祝賀一色 |
07 | 基隆神社の臨時祭典 |
08 | ニユーヨークの奉祝 |
09 | 歡喜湧く島都 奉祝氣分全市に溢る |
10 | 圖像:島都の奉祝 |
11 | 吹奏樂大行進 路軍病院で慰問演奏 白衣の勇士に歌びを湧かす |
12 | “奉祝の夕”盛況 森岡長官、上村參謀長、酒井海軍武官 滿場の聽眾に熱辯 |
13 | 督府の表彰式 二九七名を表彰 |
14 | 北支の奉祝 |
15 | 支那派遣軍 總司令部式典 |
16 | 新竹の提燈行列 長蛇の列、一萬人參加 |
17 | 伊勢神宮に額く 聖地參拜團名古屋着報社消息 |
18 | 圖像:奉祝の夕 |
19 | けふ帝都入り 伊行橫濱到着報社消息 |
20 | 青年劇音樂大會 數千の觀眾を魅了 |
21 | 基隆華僑新民公會の赤誠 |
22 | 賑ふ宜蘭市 |
23 | 船は滿船飾 基隆の旗行列 |
24 | 臺灣參列者の 感激の言葉 |
25 | 又四名出馬 島都の州議戰白熱 |
26 | 蘭陽の立候補 |
27 | 立候補を辭退 |
28 | 萬華の奉祝 |
29 | 女性の龜鑑 三節婦表彰さる |
30 | 大和丸出帆 |
31 | 富士丸無電 |
32 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 悠久!二千六百年 偲ぶ“肇國本然の姿” いざ祝へ聖紀の佳日 |
02 | 圖像:帝都の奉祝式場 |
03 | 第三部隊の奉祝式 熱戰火花を散らす 對抗劍術競技大會 |
04 | 第五部隊の奉祝式 |
05 | 詔書奉讀式を擧行(高雄市) |
06 | 臺中市詔書奉讀式 |
07 | 臺北陸軍病院の奉祝式 |
08 | 家庭防空群 施設資材點檢 |
09 | 輝やく表彰式 きのふ各地で執行 |
10 | 更に一名屆出 嘉義市□員に |
11 | 大戰に拾ふ |
12 | 花蓮港で模擬選擧 |
13 | 圖像:萬華龍山寺の奉祝 |
14 | 高雄郵便局 |
15 | 記念土俵建設打合 |
16 | 屏東学藝展 |
17 | 敬老會を開催 |
18 | 新高郡奉祝野球會 |
19 | “出來合教育”追放 米國の理想市民養成 |
20 | 桃園街祭祀聯盟結成式 |
21 | 三百萬弗の手形 但し、地獄で見せろ |
22 | 麟洛公創立記念式 |
23 | 水里公奉祝體育會 |
24 | 自轉車泥擧げらる |
25 | 人事往來報社消息 |
26 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 君臣和樂の大盛宴 畏し再び行幸啟 紀元二千六百年奉祝會 |
02 | 渦卷く日の丸の波 帝都の街から街へ奔流 |
03 | ヒトラー獨總統 御祝電を發送 |
04 | 御下賜金を拜受 金光厚相謹話 |
05 | モロトラ‧ソ外相 昨日べルリに向ふ |
06 | 學習院初等科 奉祝式 |
07 | 獨逸の聲明 |
08 | 圖像:海軍儀仗隊式場に於ける豫行 |
09 | 江南(第三戰區)の綜合戰果(十月) |
10 | 新四軍歸順し來る 楊團長以下五百名 |
11 | 中央機關を設置 海外同胞中央會で決定 |
12 | 勢力圈の確立か モ委員の伯林訪問 |
13 | 英軍需工業は立遲れ チヤ英首相が確認す |
14 | 運營の圓滑を期す 經理統制令事務當局が協議 |
15 | 板垣□參謀長首相と要談 |
16 | 獨佛會談 佛政府聲明發表 |
17 | 劉公島からも 英警備兵引揚ぐ |
18 | 移動調查班を組織 國民生活實情を調查 |
19 | 獨空軍の戰果擴大 |
20 | ソ伊參謀次長 希方面軍總司令に任せらる |
21 | 今日の天氣 |
22 | 水滸傳(266)/黃得時;榎本真砂夫 |
23 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇后陛下の御仁慈 臺灣各陸軍病院に菊花御下賜 けふ軍司令部で傳達式擧行 |
02 | 赤誠こめて奉祝 歷史的島都の奉祝會 |
03 | 皇帝陛下には 御遙拜遊ばさる |
04 | 黃太子殿下には 花軍車を御覽遊ばさる |
05 | 五彩輝く不夜城 歡喜爆發する帝都 |
06 | 高砂族の奉祝 社眾千五百名を動員 |
07 | 新竹の旗行列 |
08 | 無上の光榮に浴す 四表彰者の感激 |
09 | 行賞の光榮に輝く 本島の功勞者篤行者 |
10 | 基隆の奉祝會 |
11 | 壯丁訓練 圓山公校庭に於いて |
12 | 圖像:島都の奉祝會と旗行列 |
13 | 行進歌も高らかに 六萬學童歡呼の旗行列 |
14 | 光榮に浴した 海外發展者 |
15 | 萬丈の氣焰吐いた 我等の選手歸のへる 弓道、庭球、ホツケー等元氣一杯に |
16 | 學生を震はせた 街の與大物就縛 ルンバの長吉とマボロシの秀\ |
17 | 通商功勞者を表彰 |
18 | 死傷三千を出す 慘澹ブカレストの激震 |
19 | 海南島の奉祝 |
20 | 武漢の奉祝 |
21 | 伯林大使官邸の祝賀式 |
22 | ワシントン 大使館奉祝式 |
23 | 北支の奉祝 |
24 | 石井局長の特別放送 |
25 | チ英前首相 |
26 | ビツトマン氏 |
27 | 總督府辭令 |
28 | 人事報社消息 |
29 | 街で拾ふ |
30 | 今夜の放送 |
31 | 今日の映畫 |
32 | 民報案內報社消息 |
33 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(10)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 戰時經濟は先づ 家計簿の刷新から 一本のマツチは三度に使ふ 甫守ふみ女史談 |
03 | 圖像:地下にもぐつたロンドン |
04 | 結婚は廿歲前後に 生めよ!殖せよ!早婚獎勵 だか、これ丈は注意しませう |
05 | 秋から冬に多い 耳‧鼻‧咽喉の病氣 (二)高熱の出る扁桃腺炎 |
06 | 圖像:ブルガリヤ中部高原地方薔薇園の花を摘む農村の乙女達 |
07 | 干菊の作り方 |
08 | 菜漬の切り方 |
09 | 傷み易い近頃の靴 濕氣と熱が大禁物 婦人靴は犬や馬皮製が多い |
10 | 烏賊の詰燒 |
11 | 型のくづれ易い ス‧フ洋服の取扱ひ方 アイロンよりは敷押しを |
12 | 虫干後の防虫劑 然し用ひ方が惡いと 効果が發揮しません |
13 | 色を變へない 野菜の茹で方 |
14 | 松茸の柚子酢 |
15 | 蒸し豆腐 |
16 | ハイキング用の おいしいお遲り |
17 | 我が家の新體制 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 國語學習 兩陛下臨御 聖紀の奉祝式典 昨日宮城外苑式場で 嚴に執行はれました |
02 | 美談‧兵士の軍帽 純情兵士の感激物語 |
03 | ギリシヤに 軍資金を |
04 | 戰時だ步きませう 臺北ては皆さんの 割引回數券も廢止 |
05 | 佛印政府と安南人 安南人が日本人と仲よく するのを恐れてビクぐ |
06 | 圖像:素敵な發明 |
07 | 皇紀二千六百年の秋! 七生報國の覺悟を胸に 私達の誓ひ 強く正しく明るく 興亞の少年少女 |
08 | 新竹州國語演習會 十二日竹南公で |
09 | 獨逸軍に備へて |
10 | 國語力だめし(十九) |
11 | ミンナヲワラハセタ アウムクンノコトバ |
12 | 押すなくの盛況 苗栗神社大祭終る |
13 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 世界に誇る大饗宴 畏し‧玉盞をあげさせらる頭條新聞 【東京十一日發同盟】燦々と降り注ぐ秋陽に面を輝かせて胸一杯の喜びに五萬二千の參列者は會場にはち切れそうである、參列者前の卓上には佳き日を壽ぐ食饌と記念品がぎっしり並べられてゐる、やがて一時五十分紺碧の大空をこだまして轟く煙火一發 兩陛下再度の行幸啓である、一同頭を垂れて御迎へ奉る裡を兩陛下出御紀元二千六百年總裁御代理 高松宮殿下には海軍御軍裝姿も御凛々しく奉祝詞を御奏上遊ばされた御聲の若々しさ力籠つてラウドスピーカーを流れるを拜すは真に萬邦に比類なき我國體の精華、並び伏す參列者只感激に振へるばかりであった續いてグルー米大使が奉祝詞を奏上 陛下には重ねて優渥なる御勅語を賜つた斯くて宴に入る、參列者は卓上の食饌を開き杯を舉げて聖壽の萬歲を祝し牽る、拜すれば 雨陛下の御卓に御饌が進められ 陛下に御躬ら杯を御手に屢々傾けさせ民草とともに今日の佳き日、萬民の慶祝を受けさせ給ふ真に君臣和樂世界に誇る一大饗宴である、□て式場に流れる笙、太鼓古き世界の姿も斯くやとばかり四人の舞人絢爛の衣裳、秋陽に燦めき立ち、立ら舞ふ手振りも壯麗典雅、折柄大內山の方より悠々鵄一羽式場の上空に泳ぎ出て真に悠久を象る如くである軍樂隊の奏樂、全國學生代表三千の合唱 天皇陛下には終始玉盞をあげさせられつゝ和樂の宴は酣なる頃 高松宮殿下前庭中央舞臺に參進して 「天皇陛下萬歲」を御發聲五萬二千の萬歲はこれに續いて秋空に爆發した、かくて 兩陛下には御機嫌麗しく還御遊ぼされた、參列者は夫々食饌記念品を白布に二日間に亘る盛儀の感激と共に包んで名残りおしみつゝ退場したのであった |
02 | 再度敕語を賜はる |
03 | 高松宮殿下の奉祝詞 |
04 | 御提灯を御手に 赤子の萬歲に應へさせ給ふ 皇后陛下 |
05 | 御內帑金を御下賜 優良社會事業團體に |
06 | 圖像:紀元二千六百年奉祝式典 |
07 | 尊き御姿を再拜し 五萬の草民は唯感激に打震ふ |
08 | 皇后陛下には けふ御參內 |
09 | 外地蒼生齊しく 秋田拓務大臣謹話 |
10 | 司法大臣謹話 |
11 | この光榮、この慶び 阪谷委員長老眼をしばたたく |
12 | 外國使臣首席の奉祝詞 |
13 | 獨、ソ兩外相が會談 けふダンチヒで |
14 | 獨ソ利害調整 極東にも影響 ツアイツング紙論說 |
15 | 祝賀大晚餐會 我駐ソ大使館で |
16 | 式殿の拜觀 一般國民に差許さる |
17 | 選擧制度部の 第二回總會 |
18 | 伊厚生團代表首相を訪問 參列の挨拶を述ふ |
19 | 日ソ關係改善の一路 反英共同戰線現實へ |
20 | 陪審法再檢討へ 廢止論有利に擡頭 |
21 | 江蘇省北部の 敵匪討伐狀況 |
22 | 伊人總べて知己 赴任の堀切伊大使談 |
23 | 中共の黨員 多數暗殺さる 北福建の崇安で |
24 | 四銀行上海引揚げ |
25 | 今日の天氣 |
26 | 大阪商船基隆出帆 |
27 | 東亞海運 |
28 | 辰馬汽船 |
29 | 大連汽船 |
30 | 日本郵船基隆出帆 |
31 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 社說 ル氏の三選と その對外政策 全面のに積極化社說 一 亂戰を傳へられた米國大統領選擧は去る六日開票の結果四百三十三票對九十八票の壓倒的大差をもってルーズベルト大統領の劃期的三選と決定したことは米國憲政史上空前といふのみならず、國際政局に曾ってなき米國の對外政策決定に極めて重大意義を有するものである。ルーズベルト第三次政府今後の外交政策は、その民主主義を強化且つ擁護する建前から恐らく全面的に積極化するであらうとみられてゐる。米國政府が曾って言明した如く、歐洲戰爭に對しては參戰に至らざる程度に於て出來る限りの對英援助を行ふであらうことは明らかである。即ち一意國防國家の體制確立に邁進すると共に、戰爭の一歩手前に踏み止まりつつ八方積極主義に出るであらう。獨逸が現在の如く英國を壓迫し續けて行くならば、米國は一層軍擴に拍車をかけるばかりでなく、米洲保全の建前から勢ひカリブ海その他の佛國屬領問題などに絡んで著しく戰爭に接近するであらうとは推測するに難くないのである。 二 米國の對外政策を決定する重要な鍵は獨英戰爭である。英米が堅く連携し、もって全體主義國家群に對抗する方針である以上、獨英戰爭の展開如何に依ってその對外政策が變るばかりでなく、極言すれば、米國の對外政策は米國自身で決定するよりも英國の意思に依って支配されると云っても差支ないのであるから、獨英戰の如何に依り、英國の意思に依ってその對歐洲策も變れば又その對極東策も變るとに留意せねばならぬのである。それ故に、歐洲で英國が些かでも立ち直れば兎も角、さもなければ現在の米國の對極東政策が緩和されるとは殆んど絕望に近いものであらう。殊に獨伊と提携した我國の南進政策が米國最大の頭痛の種であって、蘭印問題の發展如何に依っては米國は直ちに報復的に措置として、全面的對日經濟斷交を決行し、更に進んで米洲保全の名目で米洲諸國に壓力を加へ、對日經濟封鎖に協力せしめることを強要するであらうことも考へられないことはないのである。米國がその從來の對日壓迫を繼續し、殊に經濟壓迫が強化されるであらうが、しかし米國の對日態度が現在より以上に全面的に惡化することは先づあるまいとみられてゐる。 三 ルーズベルト三選の裏面には彼の對英授助政策に飽くまでも頼らんとする英國並にこれと緊密な利害關係を有するユダヤ財閥の暗躍畫策が與って力があったことは否まれぬであらう。從って米國の今後の對英對蔣援助強化は益益拍車をかけられるものとみるべきであらう。又ル氏が改めて就任後も米國政府は現在の延長に過ぎず、對日強硬派が依然その席を占めるべく。民主黨勝利の餘勢をかつて反日性格を益益露骨に現はずであらう米國の對外政策の根本的轉換が絕望である以上、その極東對策もハル、スチムソン等の如き對日強硬派が依然頑張ってゐる限り、米國政府に對する我國の執るべき態度、國民の抱くべき感情は今更繰り返す必要はあるまいであらう。 |
02 | 誠に恐懼感激 御內帑金下賜の御砂汰を拜し 小林總督謹話 |
03 | 島都の慶祝 到る處歡喜の大合唱 |
04 | 橿原神宮 八紘祭を執行 參拜者引きも切らず |
05 | 圖像:御下賜菊花傳達式 |
06 | 奉祝音樂の夕 觀眾市公會堂に溢る |
07 | 鑛業功勞者表彰 |
08 | 森岡長官奉祝晚餐會 |
09 | 憲兵隊本部 本廳舍改築成る 昨日から復歸事務開始 |
10 | 古義真言宗で 國民服着用 |
11 | 光榮の赤ちやん お母さんの背におんぶされて 「天皇陛下萬歲」を奉唱 |
12 | 優勝裏の苦心感激 派遣選手の招待祝賀會席上 各部監督が交交語る |
13 | 圖像:奉祝音樂演藝の夕 |
14 | 廈門警察幹部一行 本島視察のため來臺 |
15 | 宮城を遙拜 聖地參拜團帝都に入る報社消息 |
16 | 滿國代表二少女 參列の光榮に浴す |
17 | パルカン東部の大地震 ブカレスト罹災民五百萬 |
18 | 東寶社長來臺 愛知の視察團も同船 |
19 | 圖像:本島代表選手一行歸臺(きのふ臺北驛にて) |
20 | 廈門中學設立の 具體的運動開始 準備委員を委囑 |
21 | 藁工品商組合創立 |
22 | 南京臺灣公會 先月設立さる |
23 | 住吉青年團(新竹) 每日訓練 |
24 | 基隆の湯錢 一錢万值上げ |
25 | 竹南郡壯丁團查閱 |
26 | 機關庫長任命 (十一月九日附) |
27 | 定期航空 |
28 | 人事 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 移入木材の統制で 團體組織計畫さる 關係業者頗る注目 |
02 | 茶況頗る不振 上茶五圓乃至十圓安 秋茶減收說あり |
03 | 米の增產は興亞の礎(一) 稻作法に大改革を加へよ 革新稻作法實驗座談會 |
04 | 十月中の茶價 平均七十九圓卅四錢 |
05 | 旗山市場共濟組合通常代議員會 |
06 | 肥料配給打合會 けふ市內公會堂で |
07 | 公債投資力強化に 信組預金利下げ 大藏、農林當局で協議 |
08 | 經理統制令の前進(一) 公益の具體化 |
09 | 臺拓理事の後認 川村知事頗る有力 |
10 | 生鮮食料品の 配給統制會議 あす市內公會堂で |
11 | 會社經理統制令講習後 一般質疑に應答 |
12 | 紡聯共販制を實施 先づ二十ジンスに適用 |
13 | 至急善處を要望 高雄市の倉庫不足 |
14 | 臺北州產米庫協會の總會 |
15 | 木炭組合創力打合(臺南州) |
16 | 經濟手帳 |
17 | 照明燈 |
18 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | ラヂオ |
02 | 子供の時間 紀元二千六百年記念奉祝週間第三日お話「國史に輝く人人」 花見朔己 |
03 | 映畫演劇音樂の 統制指導 情報局第四、五部で強化 |
04 | 圖像:獨機の土產は劇しい |
05 | 農山漁村への 文化工作 映協が官民大評定開摧 |
06 | 明年度の 劇映畫製作總數 長篇二七六、小品一三八 |
07 | 權三と助十 松竹京都撮影所作品 |
08 | 文化映畫八本 伊太利へ發送 |
09 | 日獨伊間の映畫輸送 關係各國が改善研究 |
10 | 海外映畫だより |
11 | 第七回映畫展の賞盃 盟邦伊太利から屆く |
12 | 廣告報社消息 |
序號 | 標題 |
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01 | 津津浦浦まで 輝く聖紀を祝ふ 全島は感激の坩堝 |
02 | 新高郡郡坑住民 分教場設立を陳情 郡守、協力の旨約束 |
03 | 新竹郡壯丁團檢閱式を擧行 |
04 | 中壢郡下 受表彰者 |
05 | 竹山加走寮溪橋 八千圓で架設決定 |
06 | 櫻井鑄鋼所內 八榮神社鎮座祭 |
07 | 鹿港幼稚園記念體育會 |
08 | 楊梅名產 椪柑初出荷 |
09 | 大甲郡醫師會臨時總會 |
10 | 馬耕大競技會 |
11 | 南洲書畫協會 書畫展を開催 |
12 | ローカルセクシヨン |
13 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 八紘に歡喜爆發 帝都に響け“南の叫び” |
02 | 植樹も“新秩序”で 全島一を誇る臺南新競馬場 |
03 | 御下賜の祭粢料 近く花蓮郡で傳達式 |
04 | 南洋人種相1 東亞共榮圈の南域 其限界と人種研究史 南方講座/宮內悅藏 |
05 | 佳日に献金 旗山新民公會 |
06 | 火龍冰ぐ港都{高雄市の奉祝} |
07 | 奉祝驛傳達競走(屏東市で) |
08 | 呼物假裝行列 |
09 | 農地開拓に本腰 花蓮港廳の米穀政策 |
10 | 拔劍“呪咀の舞” 自然の暴威に倒る男 |
11 | 花蓮港の記念講演 |
12 | 大混戰免れず 臺中州各區定員超過 |
13 | 臺南州第四區 一名出馬で定員に |
14 | 華僑も提燈行列參加 |
15 | 屏東市始めて 一名出馬 |
16 | 花蓮港の市議 愈よけふ選擧告示 |
17 | 米國版“結婚青書” 1+1=4 新時代の夫婦哲學 |
18 | 密屠殺者大檢擧 臺中州で百數十名 |
19 | 木炭の一元化 檢查規則の公布に當りて 奧田臺中州知事談 |
20 | 三區四區超過 高雄州下では |
21 | 大屯郡の表彰式 |
22 | 六百圓の盜難 五ケ月振りで御用 |
23 | 愛婦嘉義分會總會 |
24 | 管內初巡視 堀之內署長が |
25 | 未婚孃に魅力なし 天下の奇觀米國で競艷 |
26 | 拳鬪世界選手權挑戰試合 |
27 | 人事往來 |
28 | 消息報社消息 |
29 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 学藝 八重山嶋(沖繩印象その一)/川平朝申海外遊記 歌と詩と踊、そしてその風光人情のあふるるばかりに豐な美しい私の故鄉琉球へ此の夏十七年振に歸省をした。 少年時代のいろいろな思ひ出を抱いて故鄉へ旅をする私の心はまるで母の懷に乳をもとめてゐる幼兒の樣な感傷で一杯であつた。黑潮の香りのたかい沖繩の海は不思議な位に美しく、また綠濃き亞熱帶植物の繁茂する島島の美しさは都會の生活に疲れた私の眼を魂を癒すに充分であつた。私はかくも美しい故鄉を持つてゐる事をしみじみ幸せに思つた。 私達を乘せた湖南丸(一千七百噸)が西表(イリウムテ)に入港したのが翌朝早早であつた。臺北高等學校の松村、木藤兩教授も同船である。其の他に臺北高商の庄司助教授の紹介で同行の仲間になつた高商の學生K君にN君、それに歸省する學生が多勢居て、船は相當な賑かさであつた。高商生のK君とN君は沖繩の「賴母子」「もあい」の硏究の為めであつた。ところが柔道二段とも云ふK君が基隆を出港して二、三時間も經つたかと思ふと胃痙攣をおこしたといつて私のキヤビンに轉がり込んで來た。船は相當にゆれて居た妻は初めの間はいろいろと看護の勞をとつてゐたが、とうとう異狀有りと鼻をハンカチでおさへたまま橫になつて仕舞つた。二等船客とはいへ、あちらこちらで無體裁に小間物店を擴げ初めてゐるK君は相當に苦しんだ私は咽喉までむくむくと上つて來る奴をぐつと呑み込んで幾度となくボーイを起しサイダー瓶に熱い湯を入れて貰つて湯タンポ代用にしてK君にあてがつておいたそれで隨分助かつたらしい。船醫の居ない此船は私達をしてどんなに不安を感ぜしめたか知れなかつた、K君は西表の炭坑醫務室で診察をして貰ひ三日分の藥を貰つて歸つた、これで私達も先づ安心する事が出來た西表では石炭の積込みで一日を費し夜中ここを出帆して八重山の石垣港に入港したのは二日目の午前六時半であつた私達の沖繩の旅の第一夜はK君の胃痙攣ですつかりすり消えてしまつたが石垣港の明け方の美しい風光は一行をどんなに喜ばしたかしれなかつた。なだらかな綠の島が黃金の太陽に輝き影の部分が濃いウルトラマリンに染まつて遠く船から見る八重山島は全く美しく、何かしら歌と踊りと詩の豐なものを感じた。しばらくすると「途中上陸の準備が出來ました」とボーイが案內に來た。石垣町には沖繩鄉土硏究會「南島」の同人や會員も澤山居るので、すつかり心安い氣持で迎へのランチに乘つた、ところがランチが定員以上に成つたと云ふので、妻や松村教授等はおいてけぼりになつた、財布は妻が持つてゐるので大變な事になつた、しかも私はランチに乘り移る時の心遣ひから妻のパラソルを持つてやつたがそのままパラソルだけ持つて石垣町に上陸しなければならない事になつたエノケンやエンタツの映畵そつくりである。幸ひ波止場には同人の宮良氏が迎へに出て居た、氏に案內されて八重山民謠の硏究家として知られてゐる喜舍場永珣氏の宅を訪れた、道道の珊瑚嶼の石垣、赤い屋根、茅屋根にかぶされたヘヤーネツト(これは颱風の為めに要心深く綱をかぶせてゐる)これらは、すつかり私をして噎せかへる樣な詩的興奮を覺しめた。この島に來て十七年も懷しく胸に秘めてゐた私のノスタルヂアーはすつかり消えてしまつた。私はこの町の赤い屋根や珊瑚嶼で積み上げられた石垣や茶褐色の芭蕉布をまとつた琉裝の婦人達に會つて限りない懷しさにひたり、那霸や首里に對する憧憬を寂しくしてしまつた。 八重山は昔から民謠と踊りの發達した島である、この人情あふるるばかりに豐な島には今も尚昔ながらの歌や踊りが數かぎりなく殘されて居る。私は八重山鄉土硏究會長の喜舍場さんの磯の香のぷんと鼻をつく東向の書齊で八重民謠の話を聞く、この人は八重山民謠の外地紹介に隨分骨を折つた方である。 八重山群島の舞踊や民謠に喜びを感ずることは、これらが、彼等のあらゆる勞働や生產や生活の間から生れ創作されたと云ふ點である。彼等は常に夜空の星や月を讃へ、歌ひ或ひは雲に風に波にさまざまな思ひを托して田植えや草かりにいろいろと勞作の感情を述懷し、そしてそれらの凡てを自分の肉體の一部として極く親しく歌ひこなしてゐる、昔八重山の人人は誰でも詩を作り、作曲をし、振付をしてゐたのである、さうした藝術の黃金時代であつた八重山の生活は今もかすかに殘されてゐる樣に感じられた。今春日劇のダンシングチームの幹部達(音樂の若山浩一、舞踊の中井正子、巖きみ子等)が八重山の島島を訪れて、歲老いし婦人等(上流家庭)から民謠や舞踊の指導を受け、五月それが「八重山群島」となつて公開され帝都の市民に南海に散在するこのヱキゾチツクな島島の美しさが紹介されたるは全く喜ばしい事であつた。喜舍場さんは蒲葵扇を私にすすめながら得意になつて話された、しばらくして、喜舍場さんのお宅を辭し、低氣壓の中心で有名な石垣側候所を訪ねた。そこで「南島」の會員瀨名波さす、辰木さんにお會ひした。皆思つたより立派な人人であつた。しばらくすると測候所に電話があつた、妻からである。次のランチで上陸したらしい、石垣署から掛けてゐるのだ、(署長は父の後輩で以前から親しくしてゐるT警部である、第二便のランチはT署長のお骨折りで出して貰つたらしい)まもなく妻は松村、木藤兩教授等を案內して來た。明るい廣廣とした測候所の庭で一同記念撮影をするこの測候所創立以來數十年勤續したと云ふ、天文學者であり昆虫學者であり考古、土俗學者として學界に知られ亦島民から「天文臺の爺さん」と親まれて四年前世を去つた岩崎卓爾翁の胸像の前で松村、木藤兩教授の撮影をして、喜舍場さん宮良さんに町を案內して頂く、步いてゐて、屋敷屋敷の珊瑚嶼の石垣は實に立派な藝術品であると感ぜずには居られなかつた、この石垣の曲線の美しさは私をしばしば立止まらせた。家家から三味線(蛇皮)の音が、しのびやかに流れて來る、この島は真當に音樂なくては生活せないのかもしれない……。 ラヂオが發達し、レコードが普及されジヤンジヤン流行歌が鳴り響くこの島ではあるが、この都から込入つて來る流行歌や新舞踊はこの島の藝術を蠶食する事はとても出來ない事である。この島の民謠や舞踊は何れも生活に根を深くおろしてゐる生活そのものが歌であり舞踊となつてゐるのである、私達は町を步いてゐて町の光と音がすべてリズミカルに感じられた。沖繩では、いろいろな行事、祝ひ、宴會、落成式、豐年祭、出征凱旋等には大がかりに、かうした民謠と舞踊の會が開かれるのである。 島の人人は一と船延ばして、ゆつくりそれらの民謠や舞踊を觀て那霸に行く樣にと、すすめられたが日定の都合で、この八重山の美しい舞踊や歌をおしみつつ西陽射す石垣町の波止場で島の人人にお別れの挨拶をした私達の湖南丸はその日夕刻石垣港を拔錨して宮古島へ向つた。 (つづく) (筆者は琉球民俗誌「南島」の編輯員臺灣文藝家協會員) |
02 | 病氣と現實と(中)/德永直 |
03 | 珊瑚樹 文學再建の夢 橫光らしい言振 |
04 | 圖像:八重山舞踊(布晒し) |
05 | 新體制と詩曲清掃(下)/長田恒雄 |
06 | 海霧/孔雀椰子 |
07 | 心聲漢詩 敬步陳寄生先生瑤韻並似步雲家駒紉秋諸詞兄/鮑樑臣、龍泉寺覽勝/王獎卿、將遊滿鮮留別樂天會諸君子即用劍泉瑤韻/臺南 杏庵 |
08 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 皇太后陛下御參內 天皇 皇后兩陛下に御對面 御祝詞を交させらる |
02 | 師團長會議開かる 牛嶋軍司令官出席 |
03 | 參列者は續續退京 生涯の感銘を深く胸に刻んで |
04 | 杉山參謀總長參內 |
05 | 週間評論 新體制とは何ぞ 否定的消極的主義を排す/清澤洌 |
06 | 一般拜觀者の群 續續詰めかく |
07 | 定例閣議 |
08 | 圖像:紀元二千六百年奉祝式典 |
09 | 米上院外交委員長の後任 ジヨージ氏決定 |
10 | 寺圖等三氏 企畫院へ轉出 滿洲國から |
11 | 日、支大同團結こそ 難局打開の唯一の道 |
12 | 獨、ソ會談愈よ開始 世界的重要問題を討議 我大陸政策にも好影響 |
13 | モロトフ氏一行 けふ伯林に到着 |
14 | ドクー佛印總督 辭意を表明 |
15 | 總督府辭令 |
16 | 明日の天氣 |
17 | 蜂谷公使歸國の途に就く |
18 | 水滸傳(267)/黃得時;榎本真砂夫 |
19 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 戰歿勇士の告別式 十七日第五部隊營庭で |
02 | 臺北市葬執行 十九日新公園で |
03 | 白衣勇士內地へ あす晴れの歸還 |
04 | 大淵畫伯個展 |
05 | 大麻頒布式 十六日新竹で |
06 | 圖像:紀元二千六百年奉祝式典 |
07 | 木原市長 十六日歸北 |
08 | 鍬の戰士(四十四名)出發 宮城外苑で勤勞奉仕 |
09 | 花蓮港市議 選擧告示さる 內示された官選顏觸 |
10 | ク號橫濱寄港 引揚木人を乘せ |
11 | 廈門臺灣居留 民會創立記念式 旭瀛書院で盛大に擧行 |
12 | 老將星喜びの集ひ 南さん中心に懷古談 |
13 | 富士山上に降雪 例年より七、八月早い |
14 | 日本と米洲諸國(上) 孤立に惱むアメリカ |
15 | 新體制研究會(基隆) 十一日發會式を擧行 |
16 | 州議逐鹿戰白熱化 臺北州各區とも定員突破 |
17 | 赤十字デー{十五日より三日間} 新竹州下の催し |
18 | 新竹の立候補 |
19 | 鳥尖連峰ハイク |
20 | 文教局長更迭 後任は梁井淳二氏 |
21 | 學生義勇軍報國會 |
22 | 定期航空 |
23 | 人事 |
24 | 街で拾ふ |
25 | 今夜の放送 |
26 | 商況 十二日前場 |
27 | 今晚の映畫 |
28 | 廣告 |
序號 | 標題 |
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01 | 亞細亞の旗(11)/小栗虫太郎;坂本仁 |
02 | 家庭と婦人 溫し過ぎる一人子 勉強はするが成績が上らぬ 教育相談/田中寬一 |
03 | 子供自らの力で やらせること |
04 | 圖像:中等學生神宮奉拜式 |
05 | 甘藷で飴を作る法 砂糖の不足を嘆く家庭へ 子供に與へる甘味に好過 糧食學校入江治二氏談 |
06 | 子供向の即席菓子 麥粉と黑砂糖で出來る |
07 | 圖像:再建のフインランド |
08 |