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臺灣新民報1939年10月

夕刊第1版
序號 標題
01 敗敵殲滅の態勢完成 わが湖南進擊各部隊 敵主要敗走路を遮斷
02 重慶、遂寧等を空襲 完膚なきまでに猛爆
03 王寵惠の調停要請聲明 國、共の激突に發展 各派間の激烈な論爭を惹起
04 在香支那人は大歡迎
05 宣戰の撤回を要望 平和會議を應諾の用意あり 獨政府が重大聲明
06 リ外相語る
07 斷じて受諾せず 佛側強硬決意を披瀝
08 鐵道運賃引下 近く又改正
09 リ外相歸還 ヒ總統と會見
10 廿八日來の戰況(獨軍發表) ワルソー入城式は二日の豫定
11 英機五機を擊墜 ゴ島を空襲して果さず 獨軍司令部發表
12 獨空軍を擊退 スコツトランド 空襲せんとして
13 英佛が慎重に檢討 獨ソの共同和平提唱に對し
14 英は到底應じ得ぬ
15 獨ソ共同で英佛と戰ふ 伊官邊の觀測密約の成立明白
16 獨ソ國境劃定並に 親善協定條件全文
17 獨の新領土統治 廻廊地方を本土に編入
18 英佛第三次戰時最高會議 兩首相以下が出席
19 天羽英二氏の駐伊大使發令
20 ぺ、エ兩國軍 國境で衝突 將來豫測し難し
21 獨、ル兩國の 經濟提携
22 イニシアチーブを 伊國は採らぬ 關係國が要求せぬ限り
23 モロトフ委員は 近く伯林を訪問 東南歐外相會議開かん
24 ソ、ブ兩國間に 通商條約締結?
25 督府判任官昇級
26 明日の天氣
27 愛の凱歌(55)/戶川貞雄;松田文雄
28 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 國民體力管理法來議會に提出 三千萬人の若人が目標
02 明年度砂糖供給協定 特に注目すべき事情
03 新たに三十二萬擔 糖聯から追加供給
04 新竹商工會議員の補缺選擧 上旬頃に施行
05 圖像:英空軍出動
06 ニツポン號 サントス安着
07 英靈慰靈祭 七日臺中で執行
08 市の體育施設を あす市民に解放 興亞奉公日・身心を鍛へ!
09 高物價に荒治療 (一)引上禁止令の發動
10 恤兵金を献納
11 一般、分類兩所得稅制と 國稅體系の改正 各委員異議なく承認
12 葬費節約寄附 賴德華氏の美擧
13 歡樂街の自肅 業者を集め打合會
14 身廻り品を親許へ 送り屆けて出動 ノモンハンで戰死した田谷上等兵の覺悟
15 基隆中水泳大會
16 慶珍醬油の慰勞會
17 倫敦・闇の恐怖 交通事故と盜難續出
18 鷄小舍に住む旦那樣
19 新公園演奏曲目
20 負傷兵は生埋め 支那軍の暴虐振り
21 人事‧消息
22 定期航空
23 制服の國、ドイツ 背廣は外國人ばかり
24 今夜の放送
25 商況 三十日前場
26 今日の興行
27 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(172)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 小學校の先生と結核 市部では十人の中二人
03 婦人お好みの オサツの菓子 おいしい二種を御紹介
04 家庭婦人の常識集
05 塗物家具の修理
06 圖像:中支へ往くバスガール
07 二十度以上の近視は 絕對に眼鏡が必要 掛けねば心身を極度に害ふ
08 倍以上長持ちすろ ワイシャツの更生法 木綿や麻はかうして大切に
09 蚊帳の洗濯と 縫ひ直し 是非お宅でしませう
10 ス・フ布巾の上手な使ひ方
11 ス・フ毛系の買ひ方 鮮やかな配色は避けたがよい
12 紙上病院
13 廣告
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 發展一路の南京 日本人早くも六千人を突破 小學生も三百餘名
02 圖像:英國軍備に大童
03 今日の歷史
04 ヒツトラーに 千人針を贈る 在京のドイツ婦人が
05 スポーツの上達法(上) 無理と獨り合點は禁物 解らない事は人に聞け
06 鷄が早く育つ 電燈のもとで飼ふと
07 圖像:新銳「鹿島」進水式
08 圖像:愛犬病院訪問
09 小學生の通學に 汽車賃を取らぬ 來年から滿鐵で
10 皆さんの作品を募集報社消息
11 郵便(上)/坪田讓治報社消息
12 廣告
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 ○○市を占領 敵兵團全く兩斷さる頭條新聞

【漢口三十日發同盟】二十八日朝要衝平江を屠つた殊勳の山村、藤田、武久部隊に引續き南進を續け二十九日正午過ぎ平江南方十二粁の敗敵集結據點○○市に殺到猛攻四時間にして敵に殲滅的損害を與へて午後四時同地を完全に手中に收めた。

【漢口三十日發同盟】我が精銳飯田、門脇部隊の○○街攻略によつて敵第九戰區萬洋山系以東以西の兩集團は連絡を斷ち切られて互に孤立するに至り敵に與へた戰略的打撃は深刻なものがある、即ち同地は敵第九戰區の抗戰動脈たる武寧、長沙公路の中間にあつて萬洋山系の堅壘を扼し楊森軍は頑強に我が進擊を阻止せんとしたが不撓不屈の我が猛攻に遂に潰滅し去つたものである

【漢口三十日發同盟】二十三日行動開始以來湖北、江西、湖南の省境に橫たはる峨々たる連山地帶に凄壯なる山嶽戰を續けること一週間、楊森の率ひる四川軍數個師に潰滅的猛撃を加へ二十九日午後五時遂に四川軍の本據○○街に突入これを攻略せる飯田、門脇兩部隊は更に息をもつかず敗敵を求めて南進に移つた、この日敵將楊森は我が○○街突入の直前まで同地に在つて前線よりの敗走部隊を收容してゐたが朝來一舉十數粁を突破して潮の如く肉薄した我軍の姿を見るや泡を喰つて幕僚數名と共に身をもつて南方に遁れ去つた敵の牙城を拔いて意氣軒昂たる我軍の敗敵急追撃は愈々急なるものがある。

02 我が各部隊○○線に進出
03 朝露を蹴つて南進 女兵士を交へた敵六十名投降
04 地方長官會議の日程
05 獨逸政府の聲明要旨
06 獨ソ新國境條約 附屬議定書
07 皇后陛下には昨日 東宮假御所に行啟 皇太子殿下と御對面
08 敵軍士氣沮喪
09 ム伊首相 和平を斡旋か
10 獨艦隊を空襲 英空軍省發表
11 獨、洪國制霸を斷行か 洪のナチス黨員壓迫に
12 ザール三角地帶を フランス軍が制壓
13 ユ國と物資補給交涉開始 獨通商代表が
14 ソ聯の對土要求
15 妥結の見込立□ 再開には□□□ぬ 日英會談□□□□國の態度
16 出征將兵慰問新聞報社消息
17 軍需資材その他で 米、英佛を援助せん 英佛も亦之を期待
18 貿易省設置は贊成 企畫院原案に反對 拓務省主腦部の態度
19 支那事變に對する 政策には變更なし 獨政府當局が聲明
20 最高米價の改訂 出廻りを促進するや否や疑問
21 米收穫豫想高 青森外十一縣の
22 映畫法施行に伴ふ 文部省の機構改革
23 總督府辭令
24 本日の天氣
25 大阪商船臺灣出帆
26 日本郵船基隆出帆
27 辰馬汽船
28 大連汽船
29 臺陽汽船基隆出帆
30 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 經濟事犯の根本的防止社說

政府當局の懸命的物價抑制にも拘はらず、諸物價は商工省以下關係當局並に銀行界調查の物價指數に示せる如く、續騰を辿る一方である。これは勿論物資不足を見越して、商人の賣惜みと消費者の多少の買溜めに因るものであるが、昨今の商界を見るに、製造元或は過去內地大手筋の問屋に信用地盤のない商人は殆んど商品を手に入れることが出來ない。而も商品さへ配給又は手に入れれば結構儲かる調子で、仕入値如何は更に問題にしてゐない。昔日の如きカタログを見て注文する仕入方は今日では殆んど通用しない。現金を懷にして大阪、神戶、名古屋、東京へと遙遙出かけ、製造元、販賣元に平身低頭哀願して辛く物を手に入れるのが最近の仕入實況である。八、九月に入ってからの內臺航路の船客の三分の二はこれ等商人で占められてゐることを見ても思ひ半ばに過ぐるものがあらう。而も歸臺した商人達は孰れも失望し、歎息するのみである。と云ふのは夜を日に繼ぐ活躍も効を奏せず、內地では却て品薄で、其上內地商人では商品の臺灣行きを餘り歡迎しないとのことである。それは取締かきついと云ふことで、この意味に於て內地より本島の取締が徹底してゐる理である。

然るに事變勃發以來の經濟事犯傾向を見るに一般刑法犯の減少に反し、經濟事犯が非常に激增してゐる。即ち昭和十二年度の二件――二人、同十三年上半期の五○件――八一人、同下半期の三六六件――四七二人、同十四年上半期の七九一件――九四九人にして去七月八月の二箇月間丈でも四二二件――四九七人の多數に上ってゐる。更に之を起訴率について見るに昭和十三年度は五六パーセント、同十四三年上半期は六一パーセント去七、八二箇月間では七一パーセントの高率を示してゐる。過日の全島刑事課長、高等課長合同會議に於て古山高等法院檢察官長が經濟事犯取扱に對し、特に訓示を與へたのも聖戰の大目的遂行上將又銃後の經濟力確保のため、是非共この種犯罪の減少又は絕滅を期すべきを強調したものである。

戰時下に於て經濟警察制の新公布、經濟警察協議會の創設、防犯協會の活用等形體こそ異れ何れも經濟諸法令の運用を圓滑にし、進んで經濟事犯遞增を喰止めるべく、あらゆる角度より不斷の努力を拂ってゐるがこの種犯罪は依然增加してゐる。しかもこの激增は島內のみならず內地も略同樣である。其證左には經濟取締、物價抑制の諸法令が益益微に入り細に亘って公布され取締の強化方策、犯罪者の嚴罰主義などは其間の消息を物語るものである然り而して吾吾は之を以て直ちに銃後國民が時局を認識せず、國策に反抗するものと斷定するのは早計である是は銃後國民が生活の安定を計るべく、熾烈に生活必需品を冀求するの餘り現はれた現象であって必ずしも國策に反するものとは考へられない。於是乎吾吾は經濟警察諸法令發布當時の鹽野法相の聲明せる溫情主義を第一義とし、內外地に於ける物資配給の合理化と代用品の使用價値向上を圖り、他方國の內外を問はず、適地適作主義を以て物資の生產擴充並に之が加工業の強化を計ることが經濟事犯防止の根本をなす所以のものと考へるのである。

02 擧國けふ興亞奉公日自肅 偲べ!戰線の勞苦 自肅自戒して一日戰死 鍛へて示せ興亞の意氣
03 東京と奉天間 聲の握手成る 昨日工事落成通話式
04 模擬選擧 十一日宜蘭で行ふ
05 太平町第一區 青年部 けふ結成式擧行
06 澤本侍從武官 空路東上す
07 總選擧ポスター 入選者發表さる
08 粒選りの強豪揮ひ 各種目で熱戰展開 全臺灣陸上競技(第一日成績)
09 豪雨を衝いて 急坂を下る 森岡長官一行タビト着
10 臺北州警察官 武道大會 柔道警務部團・劍道基隆郡團優勝
11 籠球選手權大會 八日一高女で
12 田中助役歡迎庭球
13 雲南の洪水 瀕死判明既に二百
14 圖書館曝書休館
15 新竹秋競馬 第二日の成績
16 對岸航路を回收し 東亞海運スタート けふから看板揭げて
17 川端ゴルフクラブ きのふ盛大に開場式
18 定期航空
19 蓬萊丸無電
20 ときのこゑ
21 今日の興行
22 廣告報社消息
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 一期米買上價格の 發表期を十一月に改訂
02 日本糖業聯合會 麻袋を自產自給 黃麻一萬甲を栽培計畫
03 全國米穀市場は 二日から業務を開始
04 小作料統制令 近く本島にも實施
05 甘蔗植付が順調 八月中三萬六千甲
06 時局下に於ける(四) 臺灣糖業政策 土井季太郎述
07 新米穀會社開業式は二日
08 輸出振興策に 泰國へ見本市 臺北商工會議所で計畫
09 府が二班に分け 內地より種馬購入
10 臺灣私鐵補助を 二十五年に延長 臺北鐵道の更生立つ
11 臺灣石炭商組合 前半期通常總會 終了後聯合委員會で格附を協議
12 前內閣以來の懸案 貿易省新設本極り
13 能澤臺電理事 近く廣東へ出張
14 產業組合の課稅 稅制調查會で宣明
15 下旬貿易出超一億餘圓
16 米穀配給統制法關係 二勅令公布
17 戰時海保損補制 閣議で豫備金支出決定
18 臺北食料品組合 海產物の統制會社を計畫
19 全島食鹽小賣人 けふ一齊に更新
20 紐育為替市場 磅下落
21 輕金屬事業委員會官制公布
22 照明燈
23 市價及商況 三十日
24 廣告
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 修養講話 亞細亞の復興/藤澤親雄
03 現地報告 新しき土
04 講談 馬の草鞋/小金井蘆州
05 園藝カレンダー 秋播草花の下種/岩本教義
06 朗讀 野戰郵便局/堀池重雄
07 料理/松本生子
08 圖像:工場武道大會
09 圖像:寶塚生徒慰問團歸る
10 「夕燒富士」 活殺篇着手
11 高木孝一監督 應援に乘出す 「夢ならぬ戀」 撮影最高潮
12 新興東京「母」で 葉山正雄と杉山美子の顏合せ
13 「白蘭の歌」の二主題歌
14 新興の軍國 日本感情譜 「父は九段の櫻花」完成
15 日活田口監督の「風と共に」
16 淚の名女優琴糸路 「聖なる審判」に主演
17 澁谷實監督の 新作「狐」 水戶光子主演で 總配役決定す
18 海外映畫短信
19 廣告
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 彰化市の空訓 前回に比し良好 きのふの早朝終了さる
02 軍事援護の完璧を期し 遺家族を慰問
03 軍事世話係打合會 四日彰化市に開催
04 圖像:後醍醐天皇六百年祭
05 竹東の空訓 九日より二日間
06 中壢郡の空訓 好成績裡に終了
07 觀音庄の空訓 二十八日に終了
08 彰化で野球大會の打合會
09 全島稅務打合會 屏東市にて開催さる
10 新營郡街庄協議員を增加
11 竹東郡でも 運送店の合同
12 新生廈門だより/一記者海外遊記

◆......廈門海港檢疫所は從来事務所を鼓浪嶼に設けてあったが今般之を接收し廈門市海後路第二十三號元中央銀行跡に事務所を置き九月二十三日より海港檢疫事務を取扱ふこととなった。隨って鼓浪嶼の事務所は九月二十二日限り之を閉鎖した。

◆......尚廈門海港檢疫所設置と同時に左記職員の任命があった

所長事務取扱 田村政太郎

醫官 橫山政明

秘書長 管野美能留

技術員 野村知大

事務員 陳文玉

◆......日本、臺灣兩居留民會は鼓浪嶼在留の內臺人に對し二十日より物資配給を開始したが一方禾山在留臺灣居留民は最近米の買入難に惱まされてゐるので代表者が前記鼓浪嶼と同樣物資配給を臺灣居留民會に要望して來た同民會もその實情を調查して直ちに米、薪炭の配給をなすことに決定した。

◆......鼓浪嶼工部局巡捕は最近の法幣暴落と物價騰貴では生活出來ぬを理由に二十一日增俸嘆願書を作製七十三名連署の上バス工部局長の手許に提出した。之は本年になってから既に二回の嘆願があった。今度は實に第三回の增俸嘆願である工部局では實情に即し前の嘆願に對して夫々增俸の必要を認めて容れる所となった。これによって鼓浪嶼に於ける物價騰貴法幣暴落の影響の一端が窺はれる。

◆......在廈門日本總領事館警察署では丹後署長就任して以來陣容の整備を圖りつゝあり、今般署內各係の入替をなし同時に各係の主任を次の如く配置した。

高等係 平山警部補

船舶係 山城部長

司法係 山本警部補

行政係 加藤部長

警務係 山出警部

◆......日本、臺灣兩居留民會は九月二十四日の秋季皇靈祭に際じ恒例に依り共同主催を以て午前十時より東本願寺に於て在留民物故者の追悼會を嚴肅に擧行された。

◆......廈門根據地隊宮下機關長は今般榮轉することとなり、二十三日出帆の香港丸にて臺灣經由赴任の途に上った同機關長は廈門攻略戰に參加爾來廈門に在勤し、今次の轉出は各方面から惜まられてゐる。

◆......殉職せられたる田村像備少尉は去る十六日盛大な告別式が執行され、その遺骨は二十三日基隆向け出帆の香港丸にて臺灣に歸還することとなった。

◆......市政府財政局事業科長林輝焜氏は今般臺灣出張のため二十三日出帆の香港丸にて出發したその要件は度量衡その他の視察をなすそうで三週間の豫定であると。

◆......市政府教育局では近く增設する小學校の教員採用試験は二十日午前八時より市立一中に於て實施された受驗者百三十四名の多きに上ったこの筆記試驗の合格者は更に口頭試驗を行ふ豫定である採用豫定人數は約三十名で受驗者四名中より一名は採用される割合になってゐる。

◆......廈門地方法院長認可の市內司法代書人は既に十名に達し今般業務上の連絡と親睦を圖る目的にて代書人組合を組織中のところ二十三日午後七時よりカフェー喜樂に於て創立總會を開催した。

◆......市政府は今般五百名以上に上る職員の為めに日常生活の必需品を供給すべく共同購買組合を設立計畫中であるこの購買組合の設立によって品は安價にしてかも不安なく買求められると云ふので市政府職員は頻りにその實現を要求してゐる。

13 圖像:第七回國家總動員審議會
14 新營青年學校 查閱好成績裡に終了
15 臺中州の定期昇給
16 ローカル・セクション報社消息
17 廣告
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 躍進花蓮港開港記念號(其一) 最豐富なる資源は 築港を機に開拓さる 昭和廿年には生產額二億に達せん 躍進花蓮港廳の全貌特輯

位置

花蓮港廳は東部臺灣の中央に位し東西約七里乃至十一里、南北三十五里餘の細長き矩形にて面積三百方里、本島全面積の八分の一を占め、西部廳境巍巍たる巨峯連なり又海に沿ひ海岸山脈走り出地は廳下の八割七分を敝ひ兩山脈に挾まれて帶狀の平野展開す。而して北回歸線南部を貫通し氣溫は年平均二十二、三度にして國立公園タロコ峽の如き天下の景勝に富むと共に本島中最も氣候良き地方と謂れてゐる。

人口は十二萬餘にして其の中內地人一萬六千餘人、本島人六萬餘人、高砂族四萬人、平埔族六千人より成り、內地人口の比率高きこと全島に其の比を見ず、就中廳都たると共に市制實施近き花蓮港街は人口二萬五千中內地人數七千四百人を超へてゐる南部の玉里街(人口一萬五千)及び中部の鳳林庄(人口二萬)は花蓮港街と共に郡役所の所在地である。

而して人口の大半即ち六萬六千人は農民にして田一萬一千甲步、畑一萬五千甲步、合計二萬六千甲步の農耕に從ひ其の中自作農は四十八%に達すると共に內地人農家七百七十二戶あり。官營移民村たる吉野村、豐田村、林田村の三村及び百五十九戶五百三十一人の瑞穂村內地人自由移民即ち是で自作農多きことと共に本廳下農業人口の特色を為すものである。

高砂族人口四萬は主として農業及び土木工事に從事す。

產業

廳下の產業は昭和十二年度に於て生產總額一千九百三十四萬圓にして其の內譯を示すと左表の如くなる。

昭和十二年

千圓

農產 八、一四〇

畜產 八二八

林產 九八四

水產 三五九

工產 八、八七五

鐵產 一五二

計 一九、三四〇

即ち廳下の產業は大正十五年花蓮港臺東間狹軌鐵道の開通花蓮港玉里間は大正六年度及び昭和六年の花蓮港蘇澳間臨海道路の開通により近年生產額年年百五十萬圓の累增を示し昭和十三年度に於ては砂糖一千百萬圓酒精百三十萬圓、米百三十萬圓、葉煙草七十萬圓、樟腦油五十萬圓檜材三十五萬圓其の他合計一千七百萬圓の移出を見るに至つた

昭和十三年

千圓

移出 一七、七七二

移入 八、四九九

差引 九、二七三

然し乍ら之等は無盡藏に包藏する廳下の大資源に對して未だ僅かに一指を染めたに過ぎず天與の寶庫は殆んど全く未開拓の狀態である

資源

西部臺灣の各地が既に開墾され盡されたる今日當廳下に於ては尚河川整理、水利施設、土地改良施設を加へ開墾せば可耕地となる集團用地約一萬一千甲步其の他畑作適地として容易に開墾し得べき百甲步以上の官有集團用地約二千甲步を有するのみならず、峨峨たる中央山脈より飜轉急落する廳下各河川には◯◯◯◯キロワツトを超ゆる白炭(水力電氣)を包藏する外廳下八割七分を埋むる山地四十二萬甲步には西部阿里山森林地帶に匹敵する針葉樹一億五千萬石濶葉樹二億萬石、合計三億五千萬石の林產資源あり。又橫堀博士に依り四十億圓以上と評價せられた砂金の外無盡藏の石灰石良質の銅鑛、硅石其の他の重要資源が廳下各地に埋藏せられ國家產業の無限の發展を期待するかの如く見えるのである。

更に築港の完成と同時に漁港及び水產諸施設の完備を見ることとなり近海に頗る豐富なマグロカジキ等の漁場あり水產業の將來も又頗る有望にして其の為め本年度より百戶、五百人の內地人漁業移民を行ふことになつてゐるのである。

然るに今や花蓮港第一期築港工事の完成と東臺灣電力興業株式會社の大電源開發に伴ひ之に參加する一群の重化學工業を始め各種の開發事業が澎湃として勃興し茲に廳下產業は未曾有の發展期を迎ふるに至つた。

築港

総督府の事業として昭和六年より九箇年繼續七百萬圓の經費を投じ陸地を掘鑿したるものにして岸壁荷役能力年二十萬噸、四千噸級船四隻、或ひは四千噸級船三隻、五百噸級船二隻を同時繋留の能力を有するも、築港に隣なる一百萬坪の工業地帶の發展に、應し第二期工事として總工事費一千萬圓、荷役能力百八十萬噸、而して六千噸級船十二隻、三千噸級船一隻を入れるる築港が計畫されつつある。

五、新興產業

東臺灣電力株式會社は築港の完成と共に「アルミニユーム」「マグネシユーム」を製出せんとする日本アルミニユーム株式會社(資本金三千萬圓)「ニツケル」精製を行はんとする東邦金屬製煉株式會社(資本金一千萬圓)及び「燐酸アンモニヤ」を製造せんとする東洋電化株式會社(資本金五百萬圓)並に廳下に無盡藏に包藏せる石灰石を原料とし尿素石膏を製造せんとする新興窒素工業株式會社(資本金五百萬圓)及び廳下の「バガス」及び木材を利用しパルプ製造に乘出せる新日本砂糖工業株式會社(資本金三千萬圓)の以上五社の自家用發電の共同化として誕生せるものにして、昭和十四年より向六箇年に〇〇〇キロワツト開發を目標とし廳下各河川に對し既に清水、初音銅門に於ては發電所建設工事に着手しており、知亞干溪、木瓜溪及びタツキリに溪に對しても本年度中に工事着手の豫定である而して各社の工場は主として臨港工業地帶に建設せらるるものにして、東邦金屬製煉株式會社に於ては本年十月、日本アルミニユーム株式會社に於ては昭和十五年三月、新日本砂糖工業株式會社に於ては昭和十六年三月而して同年七月には東洋電化株式會社、新興窒素株式會社も操業を開始すべく建設を急いでゐるのであつて、〇〇〇キロ電源開發の曉即ち昭和二十年には各社の生產額合計は一億八千萬圓に達する見込みである。

港灣を中心とし僅か數十キロの圈內に豐富なる電源開發を為し得ることは我國に於ても其の例少な我花蓮港の特色をなすと共に河川勾配四十分の一及びクワルス能高附近の五千粍を筆頭とし三千粍を超ゆる雨量は我電源をして我國中最も優秀なものたらしめてゐるのであるが、今や之等の優秀にして豐富且低廉なる當地の工業動力は島內資源は勿論廣大な南支南洋の資源開發に當り臺灣工業化と共に帝國南方政策の經濟根據地として重要な役目を果すこととなつたのである。

築港の完成、電源開發と共に上記重化學業會社の外今や各般の產業に亘り幾多の事業が擡頭しつつあり、花蓮港荷役株式會社、商業倉庫、東臺灣水產株式會社、臺灣煉瓦株式會社工場等既に創立を見又は見んとしてゐるが、茲に於て廳當局に於ては總督府の昭和十三年以降十箇年間九百八十七戶、五千六百廿三甲步開墾の內地農業移民計畫と共に、昭和二十年度に於ける工業生產二億其他の產業一億合計三億萬圓生產を目標とする產業の大擴充を期し、各產業の振興に大童の活動をなすと共に高砂族の山脚地帶移住を完遂し又企業家の熱帶特殊產物栽培を獎勵しつつあり。かくて廳下各地に於ても鹽水製糖株式會社、花蓮港木材株式會社の事業擴張の外臺灣拓殖株式會社の苧麻、日本樟腦株式會社の樟樹造林、杉原產業株式會社のハム工場及び苧麻、箆麻、柑橘、香料、臺灣農產工業株式會社の澱粉工場及び苧麻、キヤツサバ、柑橘、臺灣興業株式會社のパル資材造林、花蓮港物產株式會社の草、住田物產株式會社の珈琲、柏尾バナナ園等々の栽培事業の出現を見廳下產業は茲に大躍進のスタートを切るに至つたのである。

六、文化施設

產業の發展と共に廳下の人口は大激增を見るべく之に對應して廳に於ては社會施設の擴充を期しつつあるが、現在廳下に於ては中等學校施設として花蓮港に中學校一、女學校一及び吉野村に花蓮港國民農學校、玉里街に熱帶農業塾あり、工業の擡頭に對應し三箇年修業年限の工業學校の設立も計畫されつつあり。衛生施設としては總督府花蓮港醫院あり。

この外花蓮港及び玉里には夫夫街營の市場あり又國立公園には廳費を以て共同体泊所を設くると共に花港港には風光こよなき街營の公園あり。四時市民の遊步が絕えない。

02 發展しつつある 鳳林郡の素描 米、甘蔗が產物の大宗特輯

一、農業

(一)農產物

郡下に於ける重要農產物は米、甘蔗、煙草、落花生、甘藷等にして將來重要特殊產物として期待さるるものに柑橘類、芭蕉、珈琲、苧麻等あり昭和十三年度に於ける郡下主要農產物收量及價額を示せば次の如し

種類 作付面積 收量 價格

甲 石 圓

米 四、七三六・〇〇 五七、二一九 一、三六四、二五八

甘蔗 二、三二四・五〇 二四七、四四七、六九〇 一、二九四、七二七

甘藷 七五一・三 一二、二五一、六二〇 一〇〇、三九一

煙草 二三六・四三七 六三四、三八六 四三三、八四五

落花生 一、〇一八・六〇〇 二四、六九九 一八三、一四二

蔬菜 六五八・六七〇 一、三一七、八一八 三三七、九八六

珈琲 二八〇・〇〇〇 三〇、〇〇〇 二四、〇〇〇

キヤツサバ 一四八・六〇〇 三、四一九、四九四 二七、三五五

果物類 一九五・七五〇 二、八六三、六〇一 一〇九、九九〇

其他 九〇三・三四〇 三六、五七〇

計 二、二五三・二〇〇 三、九三、二六四

二、畜產

(一)馬

本郡の馬產事業は昭和四年林田に「ポニー」の貸付を受けたるに初り以後拂下馬無償交付馬等を移入し漸次馬產技術向上を見昭和十二年總督府より蕃殖牝馬の貸付を受け林田馬產組合の設立をなし產馬事業に一段の努力を拂ひし結果昨年秋より優良なる產駒を見るに至れり。

又產駒の增殖に對する施設として林田に鍛鍊馬場の設置を急ぎ居り此れが完成の上は產駒に充分なる鍛鍊馴致をなす外共同放牧場の設置をなし合理的馬產の遂行に努力しつつあり

(二)畜牛

牛は耕地の開發に伴ひ草源地の縮少を餘儀なくせられ漸減の傾向を示し其の頭數七、八七八頭にして水牛は大部分を占め他は黃牛耕種牛なり

(三)豚

養豚は郡下普遍的に行はれ其の戶數四、一四五戶頭數一四、五三一頭一戶當り約三・二頭の割合なるも一戶當五頭を目標に種牝豚の增殖を計り目下種牝豚購入助成の目的にて購入補助金の交付と仔豚育成競技會の開催と郡下に適應せる飼料標準を示し飼養管理の改善增殖に努め以て肉と自給肥料の增產を計ると共に豚の需給圓滑、豚價の統制家畜傳染病の防遏を計る目的にて家畜市場の開場及販賣斡旋事業を開始し以て健全なる養豚の遂行に努力を拂ひ居れり

三、林業

(一)林野面積及蓄積

郡下の林野面積は十萬二千甲にして內保安林六箇所面積三千五百六十甲あり蓄積は針葉樹二千四百四十一萬九千石濶葉樹七千三百九十九萬九千八百石、計九千八百四十萬八千八百石を算す

(二)林產物處分

森林地帶は一般に嶮峻にして搬出に不便なるが為地元建築家、家具用材、新炭材として利用せらるるに過ぎざる現狀なりしも目下臺灣興業株式會社に於ては王武塔山にパルプ原料を求め事業に着手中なり、又日本アルミニウム株式會社の進出に依り枠用堰板、宿舍用材並に木炭木材等相當需要多く林產額も又莫大に上るものと豫想せらる。

花蓮港築港開港を機とし現下時局の動向に伴ひ郡下十萬二千甲の林野も建築用材日常薪炭材諸兵器材、香料醫藥、染料單寧等多種部門より企業化せらるるものと豫想せらるるに至れり。

(三)造林

造林は官民有を合し約六百三十一甲にして內五百十五甲は營林所直營施業に係る官營造林なり昭和十三年度より林田山事業區內に廳直營として杉、樟を造林しつつあり、最近日本樟腦株式會社にては鳳林庄大和山に約六百四十甲に樟樹を臺灣興業株式會社にては鳳林庄富田、山崎、新社庄豐濱に約四千甲の廣葉杉琉球松の造林計畫成り造林を急ぎつつあり、其の他豪灣拓殖株式會社は瑞穂庄鶴岡山に油桐を杉原產業株式會社は鳳林庄山崎に廣葉杉油桐等植樹の計畫ありて愈愈郡下の造林事業も勃興の機運に向ひつつあり。

(四)林業團體

花蓮港廳林業組合、鳳林支部に於ては林業に鬪する講習、講話品評會造林の指導、林野被害の防止、購買販賣の斡旋等を主なる事業として郡下林業の開發發展に寄與しつつあり。

四、工業

郡下の工業としては鹽水港製糖株式會社大和工場に於ける砂糖精製、瑞穗產業株式會社の澱粉製造、臺灣興業株式會社萬里橋事業地のパルプ工業用材建築用材供給事業、住田物產株式會社、舞鶴珈琲園の市場珈琲の製造等主なるものとし、其の他は精米業を除き見るべきものなし。特種工業としては花蓮港電氣株式會社鳳林出張所ありて鳳林山麓に水力發電所設置せらる。

五、產業組合

郡下に於ける產業組合數は信用並信用兼營組合六、事業組合四計十なり、昭和十二年十二月產業組合鳳林郡部會設置せられ產業組合の指導啓發に一段の強化を圖り其の內容充實經營事業の擴充を期し一般民眾に對し產業組合精神を一層深く認識しめ未加入者解消を目的とし組合員の逐次增加を圖り以て其の進展を期しつつあり各產業組合最近の狀況左の如し、

組合名 貸付金 剩餘金 組合長 專務理事

鳳林信用販賣購買利用組合 一一二、三五九 四、四四七 饒永昌 吉井利一

林田村同 一六四、五九 一九五 浦田米吉 浦田米吉

上天和同 六一、四六〇 二、一二三 鄭榮霖 黃流

富田同 一二、四三一 ―― 安富福二郎 安田真一

瑞穗同 一九四、一九六 ―― 楊遠昌 劉昌隆

瑞穗相互同 二、三六九 二、九四九 橫川長太 近藤重太郎

馬太鞍電氣購買組合 ―― 一二一 三輪 十一 梁阿湖

豐濱畜生販賣利用組合 ―― 一、二一一 ツアンラ オホイ

新社同 ―― 二六九 李太郎

大港口同 ――六九三 林全盛 コラス

計 五六八、四〇五 一二、〇〇八

六、水產

當郡管內沿岸は旗魚、鱶、惣田、鰹等の魚族に惠まれ且つ有望なる漁場を有するも交通極めて不便にして港灣なく又陸送の便を缺きたるを以て發達せず僅かに惣田鰹の大敷網漁場を營み龜節を生產するに過ぎざる狀態にして漁場數四箇所、製造高一萬四千圓、他に養殖として鰱魚草魚約一千圓餘の微々たるものなるも目下開鑿中の海岸山脈を橫斷する上大和、豐濱道完成の曉は漁場も大いに進展し面目を一新するものと思考せらる。

移民

イ、林田(官營移民)

林田は廳下三移民村中最後に設けられたるものにして大正三年の建設なり、即ち南岡、北林、中野に數回に亘り移民を招致し大正六年三月迄に略略其收容を完了し林田村と稱せり。

昭和十三年末戶數百七十八戶、人口七百九十八人耕地田三百六十一甲畑三百八十一甲計七百四十二甲農產額四十五萬六千四百餘圓なり、內煙草十七萬六千九百圓にして首位を占め米十四萬七千九百圓甘蔗九萬七千六百圓蔬菜類一萬三千二百圓等を主なるものとす。

ロ、瑞穂(自由移民)

瑞穂は花蓮港專賣支局の指導斡旋に依り內地及廳下より煙草耕作を主として移住せし移民村にして昭和八年八月建設せるものなり。

昭和十三年末戶數四十一戶人口百六十九人耕地田三十甲畑三百甲計三百三十甲主產物は煙草にして十萬五千八百圓あり、他に米五千八百圓あり建設日尚淺きも比較的堅實なる基礎を築きつつあり。

ハ、上大和(自由移民)

昭和十二年自由移民として移住せるものにして總戶數二十七戶の內廿三戶迄は煙草耕作者なるも目下新設埤圳に依る耕地(水田)三十甲造成の計畫が着着進められつつあり。

教育概況

(一)學校教育

郡下の總人口三萬八千の中林田の移民村を含む內地人三千、大部分農耕を營む二萬五百の本島人及び一萬三千五百の高砂族の居住する本郡に於ては農業教育を重視すると共に本島人、高砂族の皇民的訓練に最も力を注いでゐる。

現在(昭和十四年四月末以下同)小學校は鳳林、林田、上大和、瑞穂の四校にして學級數十三、兒童數は二三三六女二六三計四九九であつて內地人學齡兒童の殆ど全部を收容してゐる。

公學校は鳳林、上大和、富田、白川、瑞穂、大港口、奇美の八校ありて學級數七三兒童數男二五九四女一、六六四計四、二八五其の就學步合は五八・三八%に過ぎないが近年皇民化運動の徹底と本島人高砂族の自覺により向學心は頓に旺盛となり入學希望者は逐年激增しつつある。加ふるに郡下の各種產業の開發に伴ひ西部方面よりの移住者も漸次多きを加へ學校の增設、學級の大增加を必要とするに至つてゐる

(二)社會教育

社會教育に於ては社會の改善發展の原動力たるべき青年の訓練には特に深甚の注意と努力を捕つてゐる。

林田男子(女子)青年學校は林田に在りて內地人移民の子弟を訓練してゐる。現在生徒六〇名を收容してゐる。

青年團は男女各各九團ありて團員一五〇〇を算し皇國青年としての修養研究に努め、又產業に對する指導を行ひ大いに成績の見るべきものがある郡下本島人高砂族の國語解者の百分率は本島人三九六八高砂族五四五八平均四五六八未だ良好ならされども「皇民化は先づ國語から」を標識とし郡下に六千五百人の會員を有する十五團の民風作興會及報國會その他の機關の活動と協力し國語の普及常用に力め以て國語常用の明朗なる郡の建設に邁進してゐる。

現在一般國語不解者に對する施設としては三十九の國語講習所があつて二千九百名に國語の講習を行つてゐる。部落全般の改善に就ては特に部落振興會を組織し鳳林庄林田字南岡、鳳林庄萬里橋、瑞穗庄瑞穂の三部落を指定し部落全般の改善振興を圖り以て他の模範となるべき理想部落を建設し他部落を之に倣はしめ以て郡下全般に及ぼしめんとし郡當局では指導委員會を設け之が積極的指導に當り着着その步を進めてゐる。

03 圖像:大魯閣仙寰橋特輯
04 躍進途上にある 鳳林郡下街庄特輯

昭和十二年十月東部臺灣に於ける制度改正に依り鳳林郡の管轄に屬し鳳林、瑞穂、新社の三庄を設置せられ僅か二年有餘にして文化教育施設の充實及產業擴充強化、衛生、交通の整備等異常なる躍進を發揮しつつあり

鳳林庄

庄長 饒永長氏

助役 山崎太郎氏

會計役 西野實氏

郡役所の所在地にして郡の北部に位し北は花蓮郡壽庄、南は本郡瑞穂庄に隣接し東は海岸山脈西は中央山脈相對峙す、東西二里一三町南北七里一八町帶狀に開け面積一三七、八八六方里、戶數三六七六戶にして人口二〇、七三三人あり、

昭和十四年度庄豫算は一一九七九八圓にして歲入中主なるものは稅收入にして地租割その六割を占む庄民の資擔程度は稅負擔額二〇五二四五圓其の他公課負擔額四四四七七圓計二四九、七二二圓にして一戶當六七圓九一人當一二圓〇四なり

瑞穗庄

庄長 渡邊文吾氏

助役兼會計役 蔡紅毛氏

郡の南方に位し玉里郡玉里街に隣接す、面積一二三、五四三方里戶數二、四一五戶、人口一三一、六二人にして六大學に分つ昭和十四年度庄豫算は四二、八〇八圓にして歲入中重なるものは稅收入にして地租割その大半を占む、庶民の負擔程度は稅負擔額八七、二二二圓其の他公課負擔額一八、八八四圓計一〇六、一〇六圓にして一戶當四三圓九四一人當八圓〇六なり。

新社庄

庄長 深城忠一氏

會計役 張吉祥氏

郡の東方に位し西に海岸山脈を負ひ太平洋に面す、山脚海邊に逼り耕地に乏し、面積一〇六五八二方里戶數四一四戶、人口三一〇四人にして七大字に分たる郡下街庄中最も財源に乏しき庄なども目下開鑿中の上大和より臺東廳に通ずる幹線道路の完成の曉は交通の便開け各種產業開設せられ庄勢一新するを豫期せらる。

05 馳名の精米、穀肥商 花豐商事株式會社 社長は黃珍氏、常務張、梁兩氏特輯

花豐商事株式會社は躍進花蓮港の新壯勢に對處して昭和十三年六月廿九日にその前身花豐公司の營業と一切の設備及地盤をその儘繼承し、元公司の經營者、黃珍、張石如、銀河三氏が中心となり、その外花蓮港廳下の主なる者を株主に網羅して創設されたもので花蓮港及び臺東兩廳下に於ける精米業及穀肥商の最右翼を為してゐる。總資本金四十萬圓にして設立と同時に四分の二の拂込濟で公司より讓り受けたる一切の營業設備は堅實なる計算の下に行はれた丈にその前途洋洋たるものがある。

同社の前身花豐公司は臺中州豐原郡豐原街現社長黃珍氏及現常務張石如、同梁銀河の三氏が昭和二年頃に來花し精米並に穀肥の取引を為すを業目として創始されたものであるが爾來三氏の良きコンビと商才人望に依つて米生產者及同業者取引關係者の信頼厚く為に業績益益高潮化し遂に去年膨張の為めの改組を餘儀なくされたのである。同會社の精米は年六萬俵の多きに上り地元消費に好評を博して居るは勿論、他地方への搬出米も亦常にその取引先から絕對の信用をつけられて居るその外肥料、落花生、ウドン粉の取引も盛で年取引額は六十萬圓を超過してゐる。而して此の多角的經營と經營者の手腕とが相俟つて同會社の業績を一層高め今や同業界では常盤石の巨步を占むるに至つたのである。常務從業員六十名臨時從業員六十名の大世帶であるが上下克く統制され而も協力一致業務に精勵してゐる、尚米管案施行された事態に處し移出米の生產を計らんと最新式の石拔機を据付ける新工場を增築すべく工場敷地購入並に建築彼此八萬圓を投じて工場大擴張にとりかからんとしてゐるので同會社の將來は益益躍進するものと觀測されてゐる。

同社の重役陣は前記の外、取締役劉守潭、江口豊次、許聰敏、張連水、監察役黃寬居、朱阿零、蔡為所諸氏である

06 世界的景勝の地 タロコ峽茲にあり 花蓮郡の概況特輯

位置、面積

本郡は花蓮港廳の北部に位し、其の廣表百二十八方里強にして全廳下の四割二分強を占む、山地面積廣大にして平地は全面積の一割三分即ち十六方里に過ぎず、東は太平洋に面し南は知亞干溪及海岸山脈を以て鳳林郡に境し、西は中央山脈を以て臺中州能高、東勢郡に北は大濁水溪に依り臺北州蘇澳、羅東郡と境す。

昭和十四年八月末郡下總戶數一三、九九九戶、人口六二、三七一人にして全廳下の約五割を占む、人口增加の趨勢を見るに近年一年間約二千人に達す、又管內內地人と本島人の比を見るに內地人人一に付本島人二人四にして殊に花蓮港街の如きは內地人一人に付本島人二人の割合なり、欺くの如きは全島中濁り當郡下のみに見る現象なり。

教育

初等教育(昭和十四年八月現在)

學校別 校數 學級數 兒童數 男 女 計不就學數 出席步合

小學校 七 四三 一、〇三五 一、二八〇 二、三一五 一 九八・〇〇

公學校 八 六六 二、六五一 一、七三三 四、三八四 二、四二七 九五・三四

計 一五 一〇九 三、六八八 六三、〇一三 六、六九九 二、四二八 九六・九六

右の中小學校へ共學者高砂族男八、女三、朝鮮人男一、公學校へ共學者內地人女一あり。

幼稚園(昭和十四年八月現在)

園名 園兒數 男 女 計 摘要

旭ケ丘幼稚園 八四 六四 一四八 內地人收容

若葉幼稚園 八八 五一 一三九 本島人收容

吉野幼稚園 一七 二二 三九 內地人

計 一八九 一三七 三二六

中等教育

花蓮港街に廳立花蓮港中學校及花港高等女學校並に私立中學校あり、花蓮港中學は昭和十一年六月一日設立したるものにして現在學級八生徒數四〇〇人を有し花蓮港高等女學校は五學級、生徒數二八〇人內本島人二十四人あり、私立中學校は畫間就學の餘暇なき子弟を夜間中等教育を施す目的に於て昭和二年四月花蓮港街に於て花蓮港中學會を設け、現在生徒數三十八人あり。

實業教育

吉野庄南埔に廳立花蓮港國民農學校あり生徒數百八十人にして內高砂族百十九人、本島人二十二人、內地人三十九人なり。

名勝舊蹟 

花崗山

街の東に當り一望豁然全市街を俯瞰し東方渺茫たる太平洋を望み、風光絕佳なる一丘陵あり花崗山公園と稱し、花蓮港街の施設に係る山上に表忠碑、公會堂、昭和記念館を建て陸上競技場、野球グラウンド、庭球コートを設く。

太魯閣峽

臺灣三國立公園の一にして次高タロコ國立公園區域內にあり外タロコ、內タロコ、奧タロコに分つ、タツキリ橋より深水溫泉に到る沿溪七里に亘る溪逕棧道は世界一の稱あり、峽口を入れば忽ち幽邃の風光眼前に開く、其れより步步觀を改め鐵線橋は中空に懸り、鳥道斷崖を橫絕し山容水熊蜀道の奇に似たり、溫泉は清澄にして萬病に救驗ありと稱せらる。

農業

郡下に於ける昭和十二年十二月末農產總額は三、九三三五四七圓三七錢にして米一七一六、五四一圓九二淺、甘蔗一、五七八、七六六圓〇三錢、葉煙草四五八、八六一圓四二錢、甘藷五九四九四圓、落花生二九、八二四圓等主なるものなり、其の豐凶は直ちに農業の六勢に影響すること甚大なり、而して農耕地面積は二一、八六七・六六甲畑、五〇三五・九六甲にして郡下面積の一割三分に當り、之を農家一戶當經營を見るに田二・一甲、畑二・五甲、計四・六甲に當るも尚現在各所に散在する未墾の原野及山腹傾斜地の開墾並に各河川流域に沿ひ適所に制水護岸工事を施すに於ては更に廣大なる耕地を造成し得べし。

畜產

氣候、地勢の關係上馬の飼養に適せる為め總督府に於ては馬政三十年計畫に基され之が蕃殖の目的にて吉野、豐田の移民村に種牝馬の貸付をなし、更に吉野牧場內に總督府殖產局附屬種馬所を設立し、貸付牝馬に種付をなし專ら獎勵中なり。現在に於ける頭數は吉野六十四頭、豐田二十四の貸付牝馬あり、其の他民有馬九三頭を合すれば一八一頭なり。

牛牛は水牛、黃牛、印度牛、洋牛、雜種牛にして其の飼養頭數は農家一戶當二頭の割合にして飼養頭數に於ては他地方に比し優るも大半は高砂族の飼育にして相當不良牛多數あり、故に數年前より產牛改良に盡力し其の成績良好なり。

林業

保安林

保安林、水源涵養林、土砂扞止、林飛砂防止林、防風林、風致林等あり。

造林

官營は保安林造林の外總督府殖產局營林所直營のものあり。

民行造林は其の見るべきものなし、故に民林の發達を計らんが為め種苗の無償配付、造林實行社に對し獎勵金の下付をなす等極力獎勵指導しつつありて漸次面積を增大し昭和十三年末に於て五八七甲あり。

鑛業

現在許可鑛區砂金三〇件、銅鐵一件、銅一件、石綿一件計三三件なり。

當郡下は砂金理藏量四十億と稱せらるるも其の採取方法は未だ適切なるものなく所謂猫流式に採取し居れり。

水產業

水產業は郡下沿岸線の概ね絕壁なる為め大敷網業の外殆んど見るべきものなきる現在工事中の築港完成の曉には本業の發達著しきものと思料す。

漁業

定置漁業、大敷網漁業にして漁場としては定置漁業、惣田鰹漁場二十六箇所あり、其の他には見るべきものなし。

昭和十四年度生產額及生產千圓當戶稅負擔額

生產額

生產千圓當戶稅負擔額

圓 圓

花蓮港街 三、八六八、九一〇 一一、一八

吉野庄 一、一八三、三九八 四、四〇

壽庄 一、四〇〇、一六〇 五、二一

研海庄 二五〇、〇五五 五、六〇

花蓮郡下各街庄概況

昭和十四年度資產額及資產一萬圓當戶稅負擔額

資產額

資產一萬圓

當負擔額

圓 圓

花蓮港街 一三、七四七、六九〇 一二、九〇

吉野庄 六、一二一、三五〇

壽庄 三、五八一、七五〇 六、八七

研海庄 八二一、九八〇 七、四七

昭和十四年度各街庄經費

經費額

花蓮港街 五□三、〇九三圓

吉野庄 四一、四八八

壽庄 五〇、一〇〇

研海庄 二七、四六六

人口

戶數

人口

花蓮港街 六、三〇九 二六、五〇〇

吉野庄 一、八七六 一〇、〇八八

壽庄 二、七八九 一一、一五八

研海庄 七七六 四、一八二

郡下主なる 信用組合

△花蓮港信用組合

東部臺灣に於る唯一の市街地信用組合として大正五年設立せられ二十四年間庶民金融機關として組合員の福利增進を圖り又市街地信用組合として一般商業者へ手形割引の便宜を得せしめ花蓮港街の發展には少からず貢献するところあり、營業內容極めて堅實にして貯蓄總額九十八萬二百五十八圓、貸付金額六十三萬一千六百二十圓、割引高六萬四千三百四十四圓を突破し遂年業績の向上を示せり、組合員三百六十三名、出資口數三千七百二十七口、拂込出資金七萬四千五百四十圓である。役員には組合長理事吉村佐平氏專務理事杉本伸三氏以下理事六名監事三名の堂堂たる陣容なり。

△東部信用組合

東部臺灣に於る產業組合として始めて設立されたるものにして花蓮港街に居住せる本島人のみ(四百八十一名)を以て組織され從來の高利貸借を一掃して庶民金融機關として十二分の活躍を為したる外事變以來國民貯蓄死藏金の賣却には顯著なる功績を表はしたり、出資口數四千百六十一口拂込出資金八萬百圓にして現在の貯金總額三十四萬六千七百六十七圓、貸付總額四十七萬四千二百九十四圓の好成績を舉げ血も營業內容亦堅實と云ふを得べし。許聰敏氏を以て組合長とし張石如氏を專務理事に据えて組合員の信頼を完全に把握せり。

△吉野村信用販賣購買利用組合

大正九年移民村吉野村居住者を以て設立せられたる四種兼營の特殊產業組合なり。設立當初一度び苦境に陥ったが最近益益業績舉り今では相當確實な□る經營を示すに至り移民村の發展にも亦各角度より□力し見る可き功績を舉げつつあり。組合員數三百七十名出資口數一千五百二十九口、拂込出資金二萬八千八百七十圓にして貯金總額三十五萬一千二百九十六圓、貸付金額四十七萬七千六百七十六圓の好成績を納めたり。組合長理事清水半平氏、專務理事西村建之助氏。

△庶民信用組合

名稱の示す如く一般庶民階級を組合員として昭和十二年一口五圓の出資金醵出に依つて設立せられたり。(組合員數一千四百五十二名)その經營方法堅實にして且つ庶民階級の金融機關として缺く可らざるものと思料されるに至れり。組合長東有恒氏、專務理事村田豐氏。

△壽信用販賣購買組合

昭和十一年部落民の眾望に依り設立せられたる農村產業組合なり、組合員數四百四十五名にして業績は年を遂ふて向上しつつあり、組合長細井治三郎氏。

△平野信用販賣購買利用組合

昭和十年七月に元平野區域管內を地域として設立されたるものなり、組合長吳阿慶氏。

△豐田村信用販賣購買利用組合

吉野村の夫と同樣豐田移民村に居住せる者に依り組織され一方金融機關として活躍を為す外移民振興の各種事業を行ひ今では業績極めて好調を續け居れり、組合長伊東道之助氏。

△有終建築信用利用組合

昭和十二年設立組合長福井公氏專務理事林遲氏。

07 材木商 陳金火氏特輯

陳金火氏は現在の所に大正七年の古きより製材及木材の取引を行つて來たが年年業績を舉げて一般の木材界に任してゐる。資本金凡そ三萬圓を以て今では山元より原木の伐採許可を得ては產地及島內產の各種材木取引を盛に行つてゐる。氏は溫厚篤實この士にして信用厚き故同業者は勿論一般花蓮港街內の人士と圓滑な交際を結び專ら事業に全力を傾注し堅實なる步みを續けてゐる。

第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 花蓮港廳の新廳協 けふ任命發令さる 街庄長退いて新顏登場
02 けふは興亞奉公日 嘉義市の娛樂機關自肅
03 臺中市の銃後後援週間
04 本島に國民徵用令施行(下)
05 屏東の二巡查表彰さる
06 臺中州の皇軍慰問團 三日壯途に上る 先づ白衣の勇士を慰問
07 皇民化指導講習 第二回臺南市で開催
08 一擧に八百名增募 屏東郡愛婦意氣込む
09 愛婦屏東分會 郡會議室で打合會
10 圖像:杉山大將奉告參拜 野村外相も親任奉告
11 全島一を誇る嘉義郵便局 愈よ十日落成式
12 高雄南方畫壇展 三日より開催
13 神宮參拜內地視察團員募集/臺灣新民報社報社消息
14 大港埔のバス運行 會社側誠意を披瀝
15 臺南商工會議所 議員總會を開催
16 彰化同志信組 理事四名を補充
17 體育大會開會式 きのふ臺中師範に於て
18 高雄州米穀商同業組合 臨時總會を開く 組織變更案可決さる
19 前科五犯の強か者 又檢擧さる
20 臺南州の定期昇給
21 臺灣山林會 一日遲れて開會 四日花蓮港高女で
22 火葬場落成式 きのふ盛大に執行
23 人事‧往來
24 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(9)/龍瑛宗;陳春德
02 モウパツサンの晚年 私の選集出版に就て (中)/近松秋江
03 龍骨車 ラヂオのせい 傑作の出ない理由
04 大戰と國際電話/松永忠男
05 圖像:南支名勝(一)六榕古塔
06 圖像:ヨツト競技終る
07 俳句鹽田地帶/王碧蕉
08 學藝消息 幼稚園で性教育
09 心聲漢詩

代柬答香林見招/翕庵、代柬謝雪庵兄送新竹餅時將赴松山詩會/翕庵

10 新刊紹介
11 廣告
第12頁
日刊第1版
序號 標題
01 抗日勢力は徹底的に これが潰滅を期す 西尾總司令官南京着頭條新聞

【南京一日發同盟】事變處理の大任を双肩に荷つて晴の赴任の途に就いた西尾支那派遣軍總司令官板垣總參謀長は二十九日午後相前後して上海着同地に一泊の後三十日午後○時三十分飛行機で大場鎮飛行場發午後一時すぎ南京入りをした飛行場には山田中支軍最高指揮官以下各部隊長、日支官民代表等多數出迎へ兩將軍は沿道を埋める小學校生徒、在鄉軍人、國防婦人會、居留民等の感激的歡迎に會釋しつゝ午後二時三十分○○に入つた

【南京一日發同盟】西尾總司令官は支那派遣軍總司令部編成の意義を明かにし皇軍出師の目的及び今後の新事態に對處する軍の決意を闡明し一日午後四時中外に對し左の正式聲明を發表した

支那派遣軍司令部發表支那派遣軍總司令官聲明

帝國は舊臘聲明せる事變處理の根本方針に基き終始一貫抗日政權の徹底的潰滅を圖ると共に道義を基調とする東亞新秩序の建設に向ひ邁進し來りしが更に時局に即應し支那事變處理の完璧を期するため今回特に支那派遣軍司令部を編成せられたり軍はその使命に鑑み在支諸軍を指揮し一貫せる方針の下に一意所期の目的を達成せんとすこれがため抗日殘存勢力は徹底的にこれが潰滅を期す然れども無辜の民を愛くしみ戰禍の恢復を圖り廣く同憂具眼の士と積極的に提携し以て新支那の建設に協力すべし、在支第三國の權益に對しては努めてこれを保護尊重すべく作戰行動中偶發すべき不幸なる事件に對しては誠意を以てこれが解決に當るべし、第三國に於ても特に軍が全力を舉げて廣汎なる作戰を遂行中の事實とこれに伴ふ必然の要請とを認識し事變下の現事態は事變後の將來を拘束せんとするものにあらざることを諒解し進んで我が目的の貫徹に協力參加し來らんことを希望するものなり、尚事變下に利敵行為を敢てし或は我が作戰行動を妨害するものあらば軍はこれに對し斷乎たる處置を講ずることに躊躇せざるべし、今や全支に亘り和平空氣澎湃として起り更生新支那建設の氣運愈よ昂まるの秋廣く內外各界の人士は須らく帝國出師の目的が真に東洋永遠の和平を求むるにあり又大陸に於ける皇軍の存在は實に道義に立脚するものなることを確認し東亞新秩序建設の大理想實現のため軍に對し戮力協力の實を舉げんことを望む、茲に不動の方針と決意とを聲明す

02 第十四回論功行賞(上) 總數四千廿名、殊勳甲百十六名
03 光榮の本島人六名
04 聖上の行幸を奏請 神宮國民體育大會に
05 裁判所の記念日にも 大審院に行幸を仰ぐ
06 羅國の外相も露都を訪問
07 王寵惠の腹臣魏 和平問題に付香港で 元老派と種種協議
08 愛國號の命名式 きのふ東京、大阪で 盛大に擧行さる
09 獨ソの進路漸く明瞭 イタリアの立場は 愈よ重大性を加ふ
10 國際會議提唱を協議 伊外相突如伯林を訪問
11 完全獨立を約束せよ 英が印度の援助を求むなら ガンヂー翁強調す
12 活潑なる砲擊(佛軍發表)
13 長沙へあと十八粁 我が湖岸上陸部隊猛進
14 南寧、潮州附近を襲ふ
15 奉節、恩施を急襲
16 出征將兵慰問新聞(一○○) けふの本紙寄贈者報社消息
17 パリで新內閣を組織 モ波蘭大統領辭職
18 波政權を承認せん 佛、前例に倣ひ
19 來週中に國會召集 ヒ總統、最後の決意發表
20 英機五、六機を擊墜(獨軍發表)
21 對ソ戰爭の場合 條約義務負はず 土國、英佛に重大通告か
22 我が練習艦隊 布哇、南洋を巡航
23 本日の天氣
24 廣告
第01頁
日刊第2版
序號 標題
01 新米穀市場省令要綱 一日から實施さる
02 轉業資金融通規程 舊米取引員に對する
03 蓬萊米及び丸糯の 格付表發表さる
04 香港丸入港
05 マラソンに新記錄 四百米障碍も記錄を更新 全臺灣陸上第二日
06 臺北、嘉義兩局の 本年度架設電話 六百三十本發表
07 ○○部隊の勇士 一部召集解除さる きのふ營庭で除隊式
08 基隆出身の 勇士らも歸還
09 森岡長官一行 きのふ花蓮港着 タロコの險を越えて
10 教育功勞者を表彰 きのふ樺山小で擧式
11 學童相撲大會 建成小、東園公が優勝
12 武昌丸初航海 花蓮港へ向ふ
13 蓬萊丸入港 關屋龍吉氏ら來臺
14 宜蘭公運動會
15 太平町第一區の 青年部結成式 きのふ盛大に擧行
16 彰化同志信組 組合長等決定
17 中農武道大會
18 高雄軟式野球
19 今週天體觀覽
20 新竹秋競馬 第三日、大穴續出
21 定期航空
22 人事‧消息
23 第三十九回營業報告書
24 大阪商船臺灣出帆
25 日本郵船基隆出帆
26 辰馬汽船
27 大連汽船
28 臺陽汽船基隆出帆
29 廣告報社消息
第02頁
日刊第3版
序號 標題
01 花蓮港開港式典 けふ盛大に擧行 東臺灣躍進譜の序曲
02 高雄市出身諸勇士 きのふ晴れの歸還 盛大な出迎裡に
03 銃後強化週間 高雄市の行事決定
04 麻豆街の行事
05 東臺灣の黎明 花蓮港開港に當りて/高原逸人
06 東石郡で戰歿軍人慰靈祭
07 馬公街の行事
08 淡水の興亞奉公日 郡下青年大會を開催
09 馬公の奉公日
10 常久氏の「繪と兵隊」展 三日から高雄で
11 代用皮革の花形 高雄に鮫皮試驗場 技術指導に田中氏近く着任
12 ラヂオ
13 嘉義市防空訓練 好成績裡に終る
14 學生服の統制 對策を協議 三市の同業者を糾合
15 全島師範體育會 水上は臺中、排球は臺南に凱歌
16 選擧事務再教育 北門郡の吏員講習會
17 暗黑街に巢喰ふ 一味檢擧さる 實妹賣り事件副產物
18 人事‧往來
19 消息
20 廣告
第03頁
日刊第4版
序號 標題
01 躍進花蓮港開港記念號(其二) 先見の明ありし為 今日の成功を招來 飛行士故楊清溪氏の令兄 發明研究所長楊仲鯨氏特輯

楊仲鯨氏は高雄州岡山郡左營庄右沖に生れ、前清朝の文秀才であり漢學者である紳章佩用者楊雲階翁を父に持ち、曾つて臺灣の生んだ鳥人として崇敬された飛行士故楊清溪氏の實兄である氏は明治四十五年舊城公學校を卒業したる後神戶市フリードリヒ・バーエル染料試驗株式會社に入り十ケ月間染料の研究を為したが遂に其技倆認められて福州方潤生氏經營に係る染料公司の技師として聘せられ大正二年に至り職を辭して福州英華書院に入學、英語を專攻し大正五年に渡米し間もなくカドレッド州立鑛業大學大學鑛物科に入學し鑛物に就き專攻研究の傍ら課外として發明科、美術科にも研究を重ね螢雪の功成りて大正十三年に同校を卒業したと云ふ千變萬化の經驗と生活を經たる海外留學の異才である。同年歸臺後たまたま東部臺灣の鑛物視察中花蓮港米崙の地に少からず趣味を寄せ遂同地の土地數十甲を買ひ入れて開墾事業に從事、米崙地先の開拓に少からず努力を拂つて來たが彼の氣力は益益溢れる許り昭和六年より、落花生脫殻機隻生ポンプ、肥料注入機、海浪力發動機その他二十餘種に亘る機械の發明に没頭し相當なる成功を納めた。

彼の人為は極めて率直怜悧にして育英事業慈善事業には精神的物質的共に少からざるを犠牲を拂ひ地方發展には不斷なる努力を傾注して來たものである。現在では尚發明研究に努力し乍ら自ら近隣の子弟教育に當つてゐる尚最近氏は第一期米崙築港の完成、第二期築港工事、重工業の勃興、水產業の振興等、米崙一帶の新狀勢に絕大なる關心と意を拂ひ、將來出入の船舶が多く荷物が輻輳する港の殷賑を想ひ、右港灣兩岸の交通を便利ならしめんとして兩側岸壁より海底隧道を設計し一般江湖の士に之が實現方を強調してゐる。彼の言に依れば將來第二期築港擴張工事が行はれれば必然的に港內の交通が混雜を來し、岸壁兩側の物資運輸及交通は港內にては危險であり、また港灣陸上を遠廻りしては發展したる新狀態には不經濟な物であり、由つて一般人士に之を調すると。その成否如何は別としても氏のかかる研究と提案に對しては社會公共事業に實に犠牲を拂つてゐる點に於て大いに多とせねばならぬ。【寫真楊仲鯨氏】

02 多數の事業會社の 重役として活躍 吉村商店主吉村氏特輯

吉村商店の店主吉村佐平氏は明治二十九年原籍岐阜縣本巣郡合渡村に生れ、大正二年來花して今日に至り爾來克克各方面の事業に奮鬪し遂今では以下記する如く各種事業に關係する程の巨財を築いた外社會公共事業にも意を用ひ花蓮港否東部臺灣の發展に相當貢献するところがあつた。氏の直營又は關係事業を擧げれば一、黑金通一三番戶吉村商店の屋號の下にニツサン自動車、東京製鋼、關西ペイント、淺野セメント、日本エタニツトパイプ、丸善石油明電舍日本バルカー工業、臺灣鋼材、三菱商事各株式會社並に櫻井電氣鑄鋼所等の特約及代理店として鐵道用品、電氣器具材料、油類の卸取引を營む外丸吉株式會社社長花蓮港乘合自動車株式會社社長、臺灣日產株式會社社長、臺灣亦糖同業組合理事、東臺新報社專務取締役臺灣石油販賣統制組合理事、花蓮港廳故銅及鐵屑配給組合長、花蓮港電氣株式會社常任監查役、臺東澱粉株式會社長等有數なる事業會社に關係す、

一、吉村製鐵所は(黑金通三三番戶)花蓮港に於て最も古き歷史を有するものにして各種機械修繕建築金物、鐵道用品製作等最近特殊技術者を入所せしめて鐵骨組立、冷凍裝置の請負をしつつあつて非常時東臺灣に於ける重要なる工場なり一、吉村製糖所工場は臺東廳新港郡都廳及臺東郡大武の二個所にあって漸時植付擴張と共に增產計畫を為し、今期產糖高二萬擔以上となつてゐる。一、株式會社吉村組は東部臺灣に於ける主なる土木建築請負に從事す。以上の如く吉村氏は多角的な事業經營を以て完全なる「吉村」コンチエルンを組織して各事業共有利に導いてゐる。尚は氏は公職として花蓮港街協議會議員、花蓮港商工會副會長に在る外花港信用組合組合長として臺灣產業組合の為にも盡力してゐる。

03 廣源商店主 黃文喜氏特輯

黃文喜氏は原籍臺北州基隆郡員寮庄枋却の人にして明治三十八年に生れ大正十一年に頂双溪公學校を優秀なる成績を以て卒業したる後自宅にて雜貨卸小賣の手傳を行つて來たが昭和十三年六月に來花二三の同志と共に花蓮港街春日通りに今の廣源商店の店號を以て食料品雜貨類の卸小賣を經營し爾來同店をして他の同業老舗に伍して隆昌を極めしむる樣に至らしめた。同氏は溫厚の士乍ら機を見る眼銳く此度防水並にスフの補強劑である新興パラヂウムの東部販賣總代理店特約を臺灣總代理店と契約締結し新興パラヂウムの宣傳販賣に努力を拂はんとして居り廣源商店をして愈愈發展させるものと期待されて居る。

04 森茂木材常務 愛蘭家、劉福順氏特輯

劉福順氏は原籍臺北州蘇澳郡に坐れて早早より來花し最初は廳警務課衛生係マラリア防遏係員として長年風土病驅逐、國民保健に携つて來たが昭和七年頃職を辭して獨自の事業計畫を為しつつ兼ねて趣味の蘭栽培に意を用ひ後古麻袋の蒐集販賣を營むに至つて常に順調なるコースを辿つて向上し昭和十四年初頭森茂木材株式會社の常務取締役として今日に至る迄真面目に斯業の進展に努力を傾倒してゐる。尚氏は愛蘭家として內地方面でも氏の栽培に係る蘭花は高質を付けられ好評を博してゐるのが特筆される。

05 海運の便を助くる 花蓮港近海運輸 社長は敏腕の許聰敏氏特輯

花蓮港近海運輸株式會社は海運方面に多年の經驗を有する花蓮港街入船林桂興氏の奔走に依つて許聰敏氏以下廳下主なる內臺人の參加を得、去る八月二十六日創立されたもので總資本金十八萬圓(第一回四萬五千圓拂込濟)を以て主として北は蘇澳グークツカナガンより花蓮港を中心として南は水璉新社、大港口、新港を續ぐ海運を營むことになつてゐる。何しろ花蓮港廳東部海岸山脈一帶は莫大なる有用材藤、薯榔、樟腦、木炭等の資源有り、且つ又相當の農產物耕作が可能であるにも拘らず陸海共に交通が塞がれている有樣である為企業者は何れも躊躇して來たが遂今日迄同地方の資源產業の開發が遲遲として進捗しない結果となつてゐる。それ故に同會社は同地方の最も便利なる海運を拓き而してその資源、產業の開發を助け、更に積極的なる同地方の開發として海岸山脈地方に於ける農產物の栽培加工並に販賣、林產物及藩產物の販賣を附帶事業として經營して行く、然らば花蓮港廳下全體の產業開發計畫に依り海岸山脈地方も產業的に見て重要なる地點となるは必ずしも遠からず、此の曉に於ける物資の運輸を業とする同會社は實に前途洋洋たるものがあり且つ又花蓮港廳の產業開發に寄與するところ甚大なものがあると一般より期待されてゐる

06 時代の寵兒革製に代る 藤製サドル製作所 主人は青年實業家林永棟氏特輯

臺灣藤製サドル製作所は實用新案公告第八九三號藤製サドル即ち自轉車の藤製サドル製作販賢を行ふ目的の下に花蓮港街青年實業家林永棟氏が廳下の有力なる內臺人有志の支援を得て去る八月頃創業されたものである抑も現下の如き戰時體制下に在つて皮革の資源が不足を告げ各業界共極度に皮革製品並に用品を縮少するの已む無き狀態となり、而も從來は外國より多數の皮革類の輸入を仰いて居たのに對し輸入防遏の國策と云ふ見地より皮革使用の節約が大いに必要であると一般に考へられて居る折、同製作所で從來の革製サドルに代ふるに「藤製サドル」の製作販賣を發表したことは蓋し世人を驚歎せしめ又一般の歡迎を得たことは想像に難くないその事業計畫の當初に遡れば現在同製作所の製作主任として製作の指導に當つてゐる臺東生れの蕃傳旺君が事變勃發後間もなく「藤製サドル」製作の研究に苦心を重ね遂寫真の如き品物が出來上ることに成功し、之を特許局に實用新案の申請を提出したところ認められて上記の如く登錄を見る運びに至つたのであるがその間永棟氏が之が製作並に販賣一切の權利を掌握、由つて前記の如く一切の準備を進め開業するに至つた次第である目下花蓮郡田浦に工場を設置盛に製品を內地方面にどしどし送り出して居るがその商品の價格を低廉にせん為近く島內の藤の生產地各地方に分工場を設置しコストの低減を計つて「藤作サドル」製作の合理的經營に向ふ筈である。開業匆匆その製品に對し今既に海外並に國內の各商事會社、事業家より特約販賣の申迄が殺到し斯界の業者並に專門家より從來の革製サドルよりも品質優秀にして使用に耐え而も乘り心地が良い折紙を付けられ經營者をして次の如く力む程に意を強からしめて居る。

皮革類用品を節約せねばならぬ現在の時局下に自轉車サドルの革に替ふるに藤を以てし從來の如きサドルと云へば革と定つて居る觀念を打破してサドルと云へば藤製サドルであると云ふ樣に一般の觀念を改め以て現在の特殊時局下に處する皮革資源國策に副ふ許りでなく更に輸入防遏となり進んで本商品の輸出を計れば我が國の國際收支を改善することになると、

因に藤製サドルは革製の夫に比すれば價格遙かに低廉であり之が使用の一般普及疑なしと見て一箇年三十萬個の製作を目論んで居る。尚經營者の林永棟氏は臺北州羅東郡に生れ(明治三十九年)大正三年嚴父と共に來花大正九年に臺南商業專門學校を卒業した前途有望且つ有能なる青年實業家にして今では本事業の外東臺資源會社の常務取締役として活躍その他デリスの栽培藥材販賣、丸東輸送店等各方面の仕事に關係多忙を極めてゐる。【寫真は藤製サドルと林永棟氏】

07 タクシー經營等 よく商才を發揮 花蓮港の謝朝枝氏特輯

謝朝枝氏は明治三十七年生れの生粹な花蓮港子であり前途洋洋たる青年事業家である。

氏は昭和六年花蓮港築港工事開始と共に最初は饒永昌氏の事務員となり後永泉商會と改組しても尚その事務員として爾來人夫供給事業に於ける一部門の主任として活躍を續けて來た傍昭和七年より生れ付き時勢を見る銳敏なる頭腦を以て米崙に於ける舢舨荷役の許可を得て、東沿岸海運を業とする臺陽汽船の花蓮港に於ける搬出入荷物の荷役請負事業を同志の加入に依って築港開港の今日迄經營し益益地位を堅めて來た。併乍氏の事業慾は益益募り更に昭和十二年頃花港の發達と交通に着眼し花蓮港街に國產タクシーを個人經營にて開店しハイヤ營業を行ふ外貨物運輸にも携はり徐徐にその業績を舉げるので氏の名聲は高まりつつある。築港開港と共に舢舨荷役の事業を矢の已む無きに至ったが時代の線に沿ふて事業發案に特別な商才を持つ氏は今後如何なる新案な仕事を見付けてされるかは彼を知る人人の認むるところであるが兔に角今迄築いて來た財力と地盤を利用し事業方面に全力を傾倒せんか氏の發展は期して俟つ可きものがある。國語が流暢に使用出來且つ又世話好きである為米崙部落では若年乍ら尊敬されてゐるのが克く氏の全貌を說明することが出來よう。

08 和記商店の双璧 張、梁兩氏の活躍特輯

和記商店は昭和四年花豐商事株式會社常務取締役梁銀河同張石如兩氏の共同經營に依り主として金物の販賣を行ふ為に開店されたものであるが開業以來兩經營者の信用と力量に依り業績益益向上し今や花蓮港街に於いては堂堂たる金物卸小賣商として斷然頭角を表はしてゐる。建築用金物の外一切の金物があり商品常に豐富で、常取引十餘萬圓を算してゐるが更に同店は資生堂よりセンタクスの東部一手販賣特約店として指定され愈愈以て多角的經營の妙を得て居る。經營者の張氏は人の知る如く花豐商事の常務取締役として一般の信頼を獲得し花蓮港街業界には見逃すべからざる人物である。氏は又花蓮港街協議會員保正の地位に在つて社會公共事業の為にも盡力して居る。又梁氏も同樣花豐商事の双翼の人として商的手腕並に人格潔白を認められ有能なる事業家として注目を惹いてゐる。梁氏は前記以外に合資會社東部製粉の無限社員、花蓮港鑛業株式會社の重役その他多數の事業に關與し絕えざる進展を見せてゐる。兔に角張、梁兩氏は概して同樣な事業に關與し而も同地位に在つて完全なる協調を保つて居ることが和記商店をして金城鐵壁を誇らせる所以と云はれて居る。

09 東部木材界の雄 森茂木材會社の偉容 社長は元老許聰敏氏特輯

花蓮港森茂木材株式會社は昭和十二年一月に社長許聰敏氏の外花蓮港街內の主なる人人に依つて組織され、資本金十二萬圓を以て製材並に木材の取引を行ひ創立以來取引額が益益激增し業績も亦之に追從して向上の一途を辿りつつある。製材工場には三十馬力の原動機、帶鋸、丸鋸旋盤その他完全な設備が施されてその年製材數量は優に百萬圓を突破してゐる。內地杉材、花蓮港名物の檜材、本島雜木、楠仔、烏心石、苦苓、桐、櫸、樫等の木材取引が盛で、西部各地へは勿論遠く內の大阪、名古屋に販路を有し而も好評を得て業績彌が上に高まり今では東部木材界の雄となった。原木の生產場山元にはしつかりした地盤を把握し經營全體を更に有利圓滑に導いて居る人的陣容に於る社長は花蓮港街本島人の元老株と云はれる許聰敏氏、專務取締役として常に會社の職に當り、業務一切を擔當する責任者には十四年の春頃より街內の人氣物で而も溫厚な劉福順氏が有り、次いで主事に周錦江氏が居つて專務をよく輔佐する等從業員彼此數十名を算するも決して協力一致を缺かない。

同會社は創立後間も無く今次事變に遭ひ鐵材不足を補ふ可き木材資材の重要性が一段と大きくなつたのに鑑み、木材報國を標榜して低廉に仕入れては之を消費者に提供する等時局に步調を合はせて慎重なる取引を結んで來たがその間自らその信用と地盤は強化されその前途は益益大されんものと觀察されて居る

10 スタンダード石油代理店 砂糖、雜貨卸商 振興商行 行主は元老許聰敏氏特輯

明治二十六年臺中州彰化郡鹿港街に生れた許氏は早くより漢學を修め志を立てて大正三年に花蓮港草分けの一人として來花し間もなく振興商店を經營して着着業績を高め業目、販路を擴大して今ではスタンダード石油の東部販賣特約を把握し、花蓮港臺東兩廳下に於ける主なる糖廊生產の赤糖一手販賣を事業の中心とし砂糖、澱粉、飲料水、罐詰類その他の雜貨卸商を營んで廳下本島人商取引界の第一人者と目せられてゐる。尚許氏は個人經營に係る右振興商行以外に花蓮港木材、花蓮港近海運輪兩會社の社長たるの外、花豐商事等花蓮港街に於ける殆どの事業會社に關係して實業界に君臨して居る。他方氏は來花本島人の大成功者で有り乍ら官民各方面共圓滿なる態度を示して遂に本島人の元老と迄云はれ最近東部信用組合の專務から組合長に推されて產業組合進展の為に盡力することとなり公職として廳官選協議會員、花蓮港報國會花蓮郡支部長に推されて社會公共事業銃後奉公事業皇民化運動等をそれこそ公私共多忙を極めつつ活躍を續けてゐるので花蓮港築港開港を契機として躍進する花蓮港廳と共に氏の發展は目ざましきものがあると見られてゐる。

11 セメント瓦製造で 有名な永德公司 代表は王玉寶氏特輯

同氏は明治二十三年新竹州大溪郡に生れ、花蓮草分け組の一人として早くより來花し最初は雜貨商を營んで地步を堅め後間も無く海運事業に眼を轉じて泰記汽船花蓮港代理店豊隆商行を經營して大成を納め今日に至る事變中故從來花蓮港廳下に於る建築用の不可缺資材である屋根葺ブリキ板の配給が兔角圓滑を缺くに至りたる狀勢にヒントを得、同氏は有志を糾合して近代建築資材の王座を占むるセメント瓦製造工業を營む永德公司(資本金二萬四千圓全額拂込)を去四月に組織してその業務一切を擔當、南濱に三百坪の工場を設けて目下每日三十坪のセメント瓦を製造しては廳下に於る建築用に供給してゐる。何しろ花蓮港廳下に於けるセメント瓦製造工業は同公司を以て嚆矢とし而も創業匆匆乍ら品質良好である為同工業の將來は洋洋たるものがある。以上の如く王氏は物事には輕輕動じない沈着の好紳士である反面、時勢の變遷に伴ふ事業觀察に頗るするどく為に今日の如き經濟的地位と社會の聲譽を擔ふ樣に至った、現在花蓮港街官選協議會議員、保正、花蓮港廳報國會花蓮郡支部副支部長等の公職を擔つて實業方面に活躍しつつ社會公共事業又は銃後奉公事業、皇民化運動に不斷の努力を傾注してゐる。同氏は又泰記汽船花蓮港代理店豐隆商行主を兼ねてゐる(寫真セメント瓦工場)

12 洋雜貨盛進商行 主人陳溪木氏特輯

昭和十二年八月頃金光洋雜貨店を陳氏が讓り受けて店號を盛進商行と改稱し今日に至つて廳下に於る一流の洋雜貨商として卸小賣の取引を手廣く行つてゐる經營者陳氏は溫厚篤實の故を以て金融方面及販賣元の信頼厚く且つ資力豐富な為機を見て多くの商品を仕入れては薄利多賣を標榜して廳下の洋雜貨小賣店又は一般消費者に低廉商品を提供してゐる。

尚陳氏は保正、區總代の公職に携はりその上多數兄弟の協力を得てゐるので同店の發展は一般の認むるところである。

13 永樂料理店 代表者林萬全氏特輯

永樂料理店は街內主なる有力者有志が花蓮港街發展に副ふ可き好き社交場を作る意圖の下に昭和十三年創設されたものである現在の場所に一萬餘圓の巨費を以て十三年三月頃新築され同年七月八日より開店したが今日に至る迄案の定好個の社交場として繁昌を極めてゐる。和漢折衷の設備で衛生施設亦く店內は清楚感を與へる。建物全面積延坪百二十坪にして一度に二十桌の宴會を容るることが出來る經營代表者の林萬全君は溫厚であることとその他の料理業としての條件が揃つてゐるので同店の隆昌は店內の擴張を創業一年の今に計畫されてゐるのを以て窺ふことが出來る。

14 諸種の公共事業に 貢献する事多大 花蓮港廳阿片煙膏賣捌元名望家許屘輝氏特輯

許氏は明治三十四年基隆郡に生れ大正五年基隆公學校卒業後更に長年漢學を研修して大正八年に來花兄故許柳枝氏と共に酒類販賣並に大阪商船以外の社外船花蓮港取扱として海運業に從事して夙に商取引の經驗を積み少壯實業家として活躍を為し大正十一年頃花蓮港廳鳳林區鳳林に赴き昭和九年迄ずつと繼續して專賣局指定の酒類賣捌業に携はつて來たがその間生れ付きの怜悧と撥刺たる元氣が地方の好感を買ひ、鳳林住民會協議會員、鳳林新設消防組副組長、鳳林第一保保正等の公職に就いたこともあつた。昭和九年再び花蓮港街に戻り同志と共同して合資會金泰興商行を組織してその代表社員となり米穀移出商を營んで最近に至る。昭和七年六月花蓮港廳より廳下阿片煙膏賣捌を指定され現在の處花蓮港街に於て營業し來り最近は主として此の方面に努力を傾注してゐるが尚花蓮港森茂木材株式會社監查役、臺陽汽船商事株式會社監查役を兼ねる外多方面の事業に關係して前途洋洋たるものがある。事業の外花蓮港廳報國會花蓮郡支部役員の公職に在つて銃後奉公事業、皇民化運動に精進し花蓮港公學校父兄會の役員を擔つて育英事業には相當意を用ひてゐる。同氏は元元良家に生れ名望家であるが今尚春秋に富むを幸ひ自己伸張に孜孜として居るので大にその將來を囑望せられてゐる(寫真許屘輝氏)

15 東裕商行 代表者何東來氏特輯

東裕商行は去る八月下旬頃に代表者臺中州大屯郡烏日庄烏日何東來氏の外同州大屯郡霧峯庄吳厝劉火山、楊緒汀同州大屯郡大里庄大里李錫明諸氏等の共同出資にて籾摺、白米調製並にその取引を營む目的を以て創設せられたものである。資本金凡そ二萬圓程度であるが經營者は何れも西部に於てその筋の經營者である為創立日尚淺きと雖も相當の業績を挙げるものと觀られてゐる。米管案施行確定した今日に創設せられたものである故工場の設備も亦その新壯勢に對處すべく、產米の品質向上米調製技術上の改良に就き特に意を拂はれたので經營上從來の同業者が工場施設の改良を行ふよりも好條件にあると云はなければならぬ。此の好きスタートと西部に於る經驗と智識を以てすれば花蓮港廳產米には相當寄與するところがあると一般より期待されてゐる。

16 花蓮港拓殖會社 勞力供給に活躍 社長岩野仁一郎氏特輯

近時花蓮廳下には日本アルミ東邦金屬等の重工業勃興と各種產業の開發に依り之等の諸事業と不可分關係に在る勞力資源が著しき不足を告げて來たので之等の勞力供給を行ふ目的の下に昭和十三年六月現社長岩野氏、梅野卓氏以下有識者有志の發案に依つて設立されたのが花蓮港拓殖株式會社である。而して此の國策的事業又は地方振興事業の圓滑なると進展と逐行を側面的に援助するものと云はれる同社は設立後直ちに西部方面より勞務者の移入募集にかかり、相當な犠牲を拂つて前後八回に亘り百八十名の勞務者を花蓮港廳下に移入せしむるに成功し、爾着着所期の目的達成に邁進して來た、而して設立以來日本アルミ、東邦金屬の土木請負工事(彼此約三十萬圓)を合せ營みその募集に係る苦力は主として右工事に從事せしめてゐるが將來は以下記する募集方法に依つて餘力あれば他の事業へも供給し得る樣目下尚懸命な努力を以て西部より苦力移入の募集中である。同社の計畫してゐる勞働者移入方法として半勞半農、即ち勞働者の生活を安定せしむる為一定の土地耕作を附與し且つ又醫療から勞働者本人又はその家族の教育等一切の事項に亘り勞働者の世話を為す方針であるのでかかる方法を以てすれば花蓮港廳產業の振興に稍もすれば暗影を投する勞力の不足も同社の活躍に依つて打開されるものと期待されてゐる。社長岩野仁一郎氏專務取締役比嘉一正氏、常務取締役山田義行氏等の重役連は何れも此の方面に相當の經驗と經論を持つてゐることが又以て同社の發展を齎すに十分である。

17 誠意努力、以て 今日の大をなす 臺榮商行代表、張得成氏特輯

同君は臺北州淡水郡の生れにして昭和二年頃より臺北請負業楊泉組の代理人として一景觀を為す臨海道路の補修工事人夫供給に從事して花蓮港廳に緣を取り結び同工事完成の昭和五年に來花し同六年より研海庄北埔所在の三移民村神社所有地百十餘甲の贌耕契約(十ケ年間)を締結して家族の者と共に理想的農業を營みつつ、花蓮港築港工事には楊泉組の代理人として花蓮港街に着着地盤を築き各方面の信頼を博するに至る。昭和九年頃には臺陽汽船株式會社花蓮港代理店を經營する為に有志と語らひ表記背書の臺榮商行を組織してその代表者となり海運事業の為に献身の努力を拂ひ、益益聲望を高め財を築いて遂今日では臺陽汽船(取締役)の外花豐商事、森茂木材、花蓮港拓殖、東部製粉等の如き花蓮港街に於る主なる事業會社及その他の事業に關係し實業界に巨步を占むる樣になったが傍ら尚同君發展の基礎を為したる工事に對しては熱意と趣味を以て目下米崙に於るアルミ社宅敷地整地工事、東邦金屬工場敷地整地工事計十餘萬圓の仕事を請負ひ懸命に努力しつつある。同君は今三十三歲の青年であるが性溫純且つ篤實である點からして廳下各業界の人土とは極めて圓滑なる接觸を為してゐるのでその將來は相當期待されてゐる。

尚同君は十月築港開港の曉に於る新狀壯勢に對處して泰記汽船臺陽汽船の兩海運會社花蓮代理を一括して經營する共運組の組織に成功近く右業務の開辦を見るに至らしめたのである。(寫真張得成氏)

18 花屋料理店 主人劉水木氏特輯

花蓮港街の本島人料理店として花蓮港街の社交場である花屋料理店は昭和十二年頃現在の處に開店されて以來人氣を持續して來たもので店內全部安樂な座敷であるので本島人料理店の異色を為して居る。經營者の劉水木氏は新竹州の生れにして曾つては料理界に於ける名コツクでありその職に忠實で有り溫厚なる性格と共に人の信頼を獲得し遂に今日あるを得たのである。同料理店は四季に應じて變化のある料理を提供し而も衛生も亦行き渡つて居る為花屋フアンを多數作つて益益營業の向上と發展を齎して居る。その勢の赴く處近く店の擴張建築及改築、改裝を行ひ伸び行く花蓮港の線に沿ふ計畫の下に着着顧客にサーヴイスせんと腐心してゐる。

19 豐本洋服商行 主人邱豐本氏特輯

豐本商行は大正十二年右の場所に開店して滿十五ケ年間の古き歷史を有する洋服商である。現在では資本金二萬五千圓を以て多くの洋服材料である生地を低廉に仕入れることが出來、為に一般顧客には價格割安の洋服を提供し同店の隆昌を來しつつある主人邱氏は自身專門裁斷師であつて洋服仕立の一貫した仕事にはよく職人を指導し注文者には良き洋服を送つて好評を博して居る。生地の在庫高が多數あるので他店に比しハンディキツプを有してゐるのが強味である

20 廣告特輯
第04頁
夕刊第1版
序號 標題
01 兩將軍の南京入り 抗日勢力には青天の霹靂 中央政權樹立軌道に乘る
02 總司令官聲明大歡迎 夏維新政府外交部長は語る
03 敵遺棄死體一萬を突破 新墻河渡河戰の戰果
04 第十四回論功行賞(中) 總數四千廿名、殊勳甲百十六名
05 伊外相伯林着 ヒ總統と會談開始
06 地方長官會議開く 劈頭阿部首相が訓示
07 首相の訓示要旨
08 江西、廣西兩省を爆擊 海鷲が大戰果を擧ぐ
09 高郵を占領北進中 我陸海軍緊密な協力の下に
10 湖南省各機關 衡陽に移轉 陳誠重慶に歸着、蔣と協議
11 汕頭市商會を結成
12 平和覺束なし 英佛は伊の提案に應ぜぬ?
13 ヘラ半島の波軍 白旗を揭げて降服 獨の波蘭戰局終る
14 獨國會三日召集 ヒ總統の演說注目さる
15 和平提議斷乎應じ得ぬ 英首相下院で聲明せん
16 羅國の新首相 嚴正中立を表明
17 東西兩戰線の戰況 獨軍司令部一日公表
18 南支海軍合同慰靈祭 一日海口で擧行
19 明日の天氣
20 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 けふ花蓮港開港式 朝野の名士多數參列 空前の祝賀繪卷展開
02 戰歿英靈の慰靈祭 あす新公園で執行
03 後醍醐天皇六百年祭 吉野神宮で嚴かに執行
04 高砂丸出帆
05 陸上選手顏觸れ 神宮出場の本島代表
06 愛婦分會が勇士を慰安 天勝奇術に招待
07 ニツポン號 ネイロ安着
08 告諭朗讀式
09 交戰各國の戰略 米軍事專門家の見た
10 家庭の總親和部隊 郊外や街頭に氾濫 第二回興亞記念日風景
11 博徒一網打盡
12 法網を潛る奸商 切干藷を澱粉滓と稱し移出 斷乎鐵槌を加へん
13 歡樂街の自肅方案 三日から早速實施
14 外來藥の手當窮屈 歐洲戰で輸入杜絕
15 特別放送
16 桃園軌道株主總會
17 定期航空
18 人事‧消息
19 街で拾ふ
20 今夜の放送
21 商況 二日前場
22 今日の興行
23 民報案內報社消息
24 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(168)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 第一次大戰後の 恐慌を忘るな 今度の國內物價停止の意義 企畫院調查官阿部英明氏談
03 冬の敵、流感肺炎を 防ぐには今から 幼兒の身體を鍛へる秋/齊藤文雄
04 古典へ興亞の息吹き 銃後秋の染色
05 非常時局向きに 上品な秋の髮 五分間で結上げられます
06 簡單に出來る 麴利用を辛子漬 おいしくて營養豐富
07 身上相談
08 豆腐の榮養 價しらべ
09 素麵の茹で 汁で洗髮
10 廣告報社消息
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 來年のお正月から 子供は子供の映畫 お父さん達が入る映畫館には もう入れませんよ
02 圖像:愛犬病院訪問(其四)
03 今日の歷史
04 スポーツの上達法(下) 無理と獨り合點は禁物 解らない事は人に聞け
05 五代も續いた 犬と猫の仲 珍しい動物の愛情
06 圖像:倫敦の防空
07 圖像/賴尚同
08 來年の五輪大會 歐洲戰爭で中止決定
09 郵便(中)/坪田讓治
10 廣告
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 國防力、經濟力等の 基本國力を涵養充實 青木藏相の訓示要旨頭條新聞

【東京二日發同盟】二日の地方長官會議での青木藏相の訓示要點左の如し

一、今後の我財經政策は支那事變及び國際情勢の推移に對處し、國防力、經濟力等基本國力を涵養充實するを根本方針とすべきでこれが實現のためには日滿支を通する生產力擴充計畫を中心とし資金物資及び人、各種資源の綜合的活用を圖り、總動員體制を整備強化して行くことが最も必要である、昭和十五年度豫算は目下これが編成に當つて居り現下內外情勢に對處し施設すべきことは多いが重點主義に依り最も重要な政策實行に力を統合集中する方針である、又我財經現狀に鑑み、租稅增徵その他に依り普通歲入增加を圖る一方全經費につき一層嚴密な檢討を加へ、物資、勞力資金及び物價等に關する經濟諸政策との調和については特に意を用ひ、國家綜合經濟力に立脚せる戰時豫算を編成する

一、中央、地方を通ずる稅制の一般的改正については是非改正案を來議會に提出する考ヘである

一、我對外貿易の將來は多事多端となり、我國としては國防充實、生產擴充等のため、必要物資輸入に支障なからしむるを主眼とし同時に輸出貿易振興につき一層の努力を拂ひ國際收支改善、對外決濟力增強、為替相場維持を圖りたい我對外貿易狀況は本年既に四億の輸出超過となつてゐる。然し外貨獲得見地よりすれば第三國關係は多額の輸入超過となつて居り樂觀を許さないのである。

一、今次歐洲戰爭が我輸出貿易に向上權を齎らす事ありとしても事態を樂觀し、戰爭景氣を謳歌するが如きは嚴に戒しむべき事であり又輸出品原材料入手難等から輸出減少を免れぬ方面も豫想され、又輸入方面では物資に依り輸入困難又は輸入不可能のものも考へられる、その結果新東亞建設生產力擴充計畫遂行等に多少の支障が豫想されるので結局一般民需の經濟統制を強化せざるを得ない場合をも生ずる要するに我國としては輸出振興の努力を緩めず、一段の緊張をなすとゝもに重要物資輸入は極力圓滑ならしめねばならね

一、金政策については今後とも金增產及び金集中は一層徹底して行ふ

一、支那事變の將來、新東亞建設の將來には尚種々の困難がある、又歐洲戰亂は我國も多大の影響を及ぼすものと考へられ、我國の前途は多事多端である、然し國民の愛國の至誠に信賴し、國民の協力に期待し未曾有の難局を突破し、聖戰窮極の目的貫徹に一路邁進の覺悟である。

02 成都二飛行場を襲擊
03 西安を銃爆擊
04 寧夏、蘭州を空襲 壯烈な空中戰を交ゆ
05 興化、泰縣等を空爆 陸軍部隊の攻略に協力
06 九龍國境線で 又も敗殘兵蠢動 各地に敵を捕捉殲滅
07 陸軍中央部の大異動
08 多角的綜合的對外政策を實行 野村外相の談話要旨
09 西南各省大恐怖 防備強化に汲汲
10 西部戰線で大空中戰
11 ヒ政權打倒まで 斷じて鉾收めず チヤーチル英海相放送
12 ラ國外相露都へ 兩國の懸案解決
13 廿から廿二才を現役に召集 英、緊急勅令發布
14 チアノ伊外相 ヒ總統と會談
15 英の揚子江艦隊 一部引揚に決定
16 出征將兵慰問新聞(一○一) けふの本紙寄贈者報社消息
17 瑞典の貨物船 獨艦が拿捕
18 丁抹の汽船 獨潛水艦が擊沈
19 土蘇兩外相重要會談す
20 米艦隊の一部を 近く布哇へ派遣 ブ司令長官公表
21 米豫想收穫高 農林第二次發表
22 本日の天氣
23 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 歐洲戰爭と臺灣の財界社說

今回第二次歐洲戰爭の勃發により內地財界への影響は大體に於て第三國輸出向產業に對して頗る好望の將來を約束するであらうが、國內向消費品の產業は各種經濟統制が今日の如く強化せられては決して無條件な樂觀を許さず、殊に重工業等は日支事變の軍需に應ずるのみにして到底輸出の餘裕なきは明かであるから、却って原料高の惡影響を受ける懸念なしとしない。然し上記の如き明暗兩樣の影響あるも、先づ光明面がより多いと言はなければならない。勿論第一次歐洲戰爭の如く產業界の全面的繁榮は到底望まれないのである。

翻って臺灣財界への影響を見るに內地程の好影響なく寧ろ悲觀すべき狀態にあるのである。蓋し本島產業の基幹は何んと言っても米糖兩大產業であるが、第一次歐洲戰爭の塲合は米糖とも豫想外の大暴騰を演じそれがために臺灣財界を潤した所が少なくない。然るに今回は米穀管理の實施によって臺灣米價は頗る安い位置に釘付けられ、砂糖價格も公定價格の決定で一般物價に比し可成割安な位置に壓えられたので、如何に海外の物價が暴騰しても前回の如き暴利を貪る事が出來ない譯である。殊に米穀生產費及び砂糖生產費とも日支事變以來著しく昂騰して來た所へ、更に歐洲戰爭による物價高に苦しまねばならない事は之を豫測するに難くない。

即ち本島の如く其の生產物の大部分は母國へ供給してゐる現狀では、第三國に於ける新市塲を新たに開拓する事が頗る困難であるからである。唯臺灣茶の如く對米為替の低落によってアメリカへの輸出が增加する可能性はあっても固より大した期待は望まれない。又鳳梨罐詰の如く食料品として第三國への輸出價格昂騰のため其の好影響を受ける可能性はあらうが、本島輸出品にして歐洲戰爭によって多望な將來を有するものは至極僅少であると言はねばならない。從って歐洲戰爭の臺灣財界に及ぼす影響は、寧ろ物價高によって却って苦境に陷る恐れがあるのである。

殊に本島の如く今後工業の發達を促がすには內地より□機械類其の他の資材が益益多く需用せんとするに際し、歐洲戰爭のため獨逸よりの機械類の輸入減少に伴ひ、間接に本島への供給も窮屈とならざるを得ず、從って臺灣工業化のテンポも大分緩慢になるのではないかと思はれる。現に新竹市外に硫安工塲を建設せんとする臺灣化學工業會社は遂に機械の入手難に惱んでゐるが如きは其の著例である。要するに今回の歐洲戰爭は臺灣財界に決して好影響を與へてゐないといふ事を常に念頭に置き所謂戰爭景氣に浮かれてはならない事を此處で一言注意を喚起したいものである。

02 けふから銃後後援強化週間 捧げよ赤誠の感謝 期間中正午を期して全市民默禱 「兵の家」守る島都の行事
03 總督の告辭 花蓮港開港式場で
04 從軍記念會を組織 軍夫、通譯、鍬の勇士らを網羅 十二月頃發會せん
05 圖像:聲に結ぶ日滿支
06 圖像:大臣校長祝賀會
07 豚肉饑饉襲來 肉豚の入荷遂に絕え 東都の肉屋總休業?
08 不逞分子を肅清 廣東方面の治安確保に 軍當局、徹底的檢擧
09 陸海軍に献金 留日東京理髮同組
10 第十四回論功行賞(下) 授賞者中將校以上の氏名
11 宜蘭中央市場 不許可で立消え 株募集のゴタゴタも鳧
12 新竹州米穀同組 臨時總會を開催 米管案實施で定款一部變更
13 強制出荷命令を 發する意志なし 米政策に付き農林次官發表
14 宜蘭街協議會 最後の月例會
15 盛場で盜む
16 小橋一太氏
17 加里肥料の再分配を斷行 應急措置實施
18 中島中將豫備役仰付らる
19 水上の猛獸狩
20 大和丸無電
21 總督府辭令
22 人事‧消息報社消息
23 ときのこゑ
24 大阪商船臺灣出帆
25 日本郵船基隆出帆
26 辰馬汽船
27 大連汽船
28 臺陽汽船基隆出帆
29 廣告
第06頁
日刊第5版
序號 標題
01 大□□□□□ □□□□□ 臺東廳協議會
02 國姓報國團結成 一日に盛大な發會式
03 新港郡の產業開發 方針愈愈確立さる 大大的に移民招致運動
04 □□□□銃後 後援強化週間
05 五十六粁餘の 道路鋪裝起工式 旗山神社前で擧行
06 □原府技師來東
07 蘇澳郡振興會總會開かる
08 ローカル・セクション
09 農產に加工する 綜合的產業會社 臺灣農產工業會社の輪廓
10 東部煉瓦工場 主人葉榮申氏
11 花蓮港電氣會社 東臺灣に光明を齎らす 社長は馳名の梅野氏
12 小川商店 主人小川浩氏
13 キヤサバ澱粉製造の 瑞穗產業株式會社 社長は加藤誠司氏
14 廣告
第07頁
日刊第6版
序號 標題
01 ラヂオ
02 「敬神を奉公」/吉田茂
03 管絃樂
04 童話劇 「善人村」
05 子供の時間 森林に助けられた少年達
06 料理/松本生子
07 圖像:戰線□□□□□
08 姉の秘密(大船映畫)
09 愛染かつら大會 二日よりタイゲキで公開
10 圖像:危い!歐洲海上に水雷浮遊
11 兒童映畫の 認定方針
12 滿映、國務總理指定の 「黎明曙光」の撮影開始
13 大船の大作 「女人新生」
14 「夢ならぬ戀」 主題歌
15 「笠守おせん」の配役決定
16 大船大庭監督 「姉の秘密」の抱負を語る
17 「夢ならぬ戀」箱根ヘロケ
18 「鍔鳴り浪人」 日活が獨占
19 オール・キネマの新作 「少年劍士」
20 海外映畫短信
21 廣告報社消息
第08頁
日刊第7版
序號 標題
01 餘興が人氣を呼び 花蓮港大賑ひ 開港祝賀第一日終る
02 森岡長官が臨場 式後街內各所を視察
03 銃後後援強化週間 嘉義市の實施要綱
04 圖像:皇軍急進
05 皇軍慰問演藝團の試演會
06 高砂族の風俗改善 男は斷髮、女は束髮
07 臺南市の慰靈祭 五日南門小校庭で
08 圖像:海の荒鷲重慶爆擊行
09 學生服の統制對策 業者が組合を結成
10 非常搜查の收穫 計五三三件、六○一人
11 森岡長官一行 四日來高
12 選擧宣傳標語 十五日當選發表
13 體操實技講習會 四日から臺中で開く
14 蔬菜栽培を獎勵 高雄市が市民に種子を無償配布
15 小梅大坪間自動車道路 愈愈修繕に着手
16 譽れの軍夫歸還 多數官民に迎へられて
17 高雄奉仕隊 雨中に敢行
18 近藤慰問使 彰化發壯途へ
19 鹿港街の防訓 何れも成績良好
20 南部中等學校庭球大會
21 國講講師入試
22 放火して盜む 一味檢擧さる 臺中州下を荒らす
23 高雄市で咯痰檢查
24 小心者の按摩 恐怖の投身
25 燒死體は他殺? 當局、再檢屍に急行
26 臺南市でハイク
27 臺東廳地方改良講習會
28 彰化食鹽小賣人指定書交付式
29 選擧制度講習會
30 記念品を贈呈 ボレロ四周年紀念
31 人事往來報社消息
32 廣告
第09頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(10)/龍瑛宗;陳春德
02 歷史小說の興味 私の選集出版に就て (下)/近松秋江
03 龍骨車 映畫博物館會議 紐育で開催さる
04 ペンを持つぬ心境 現地報告の一步 開拓通信/山田清三郎海外遊記

私は、內地を出る時友人たちから、次のやうな註文を浴せかけられた。小說は、二の次でよい。小說よりは開拓地の實相について是非書いてほしい、なるほど、これなら信用していゝといふものを、第一に書いて貰ひたい。小說だと、どこまでが作り話だか分らないし、どうも開拓地については、非常にいゝ宣傳と、全くその反對のものとが行はれてゐるから......といふのだ。

僕もさう思ってゐる......と、私は、誰にも答へたものだ。そして、その決心で、實は、現地にやって來たのである。そして三箇月......まさに百日

私は、小說はしきりに書きたいが現地報告そのものは、ちょっと億劫な感じである。來る時の氣持とは、全く逆に。これは、開拓地の實相が、ちょっとつかみ難いのに反して小說なら、任意の創造が出來るからだ。そして、小說がしきりに書きたいといふのは、現地生活の中で、その任意の創造的欲求が、旺んに動いてやまないからだ。しかし、だからといって、その小說が、なかなか書けないのである。書きたいが、書けない。部屋がない、時間がない。時間があっても、さういふ氣分にはちょっとなれない。そして、さうした條件のもとでは、報告の塲合だって、矢張り同じだ。

書きたくたって書けない。そしてさういふところに實は現地報告の一歩が開かれる。

私は、他の仕事もあって實はこの原稿を哈爾賓に出て來て書いてゐるのだ。開拓地にゐて筆を執るのには第一落ちついて机に向ふだけの、その塲所がなければならない。私は二ヶ月あまり永安屯とそれから哈達河に一週間ほどゐる間に自分の體が解放されたと感じたことは殆んどなかった。

山の種畜塲、小學校の寄宿舍、獸醫の家、病院の病舍――それらが私の夜の宿であった。そして書間、それは朝早くから九時頃までも外が明るい、おそい夕べまで私は畑を手傳ったり、緬羊の放牧に出たり、開拓團の集會を覗いたり、山に登ったりするのであった。そして雨の日は靜かに本でも讀みたいところを團員や幹部の人たちの話を聞いたりしなければならなかった。それでなければ開拓地には、三日と一箇所にはゐられないに違ひない。よく內地から來る視察旅行者の素通りといふことが責められるけれど、實地に現地に生活をしてみると、それも無理ではないことがよくわかるのである。

早い話が、視察者たちは、開拓團といふ水面に浮ぶ一粒の油滴に過ぎない。油滴自身が水となって中に融けこまない限りは、水が少し搖り動けば、油は彈き出されなければならない。そして、視察者は第一三度の食べ物からして、ちょっと水並にはなれないのである私は、一人の作家として現地に來てゐるのだから、團員たちの生活とは拘はりなく、原稿を書いてゐたって一向差之へはない筈である。しかし、假に、ゆっくり机に向ふ塲所を與へられたとしても、自分の氣持が許さない開拓民たちは每日真劍に働いてゐるのだ。まして、四月からは農繁期だ。四月から大體五月の下旬にかけて麥、大豆、高梁、野菜、瓜類に至る。北滿農業のすべての物の播種と移植が終る。そして、六七月が除草、(その間に、五月には牧草刈りがある)八月には野菜、瓜類が取れ出すし、それに麥秋だ。大豆、高梁の收穫もつゞく。麥秋の後始末が終るか終らないかに、今度は稲を刈らねばならない。そして、零下二十度三十度四十度といふ冬が、駈足で急いで來るのだ。さうした、春作も夏作も殆んどいっしよだ、眼の廻る開拓地の農繁期を眼の當りにして、どうして自分だけが、特權的に筆などをいぢくってゐられるだらう。(つゞく)

05 圖像:南支名勝(二)曇天の沙面
06 學藝消息 シヨウ翁の遺言
07 ナチスの宣傳學校
08 ミユラー君 三度目の結婚
09 名優ピトエフ つひに他界す
10 フオンテーヌ 近く華燭の典を
11 心聲漢詩

中秋觀月/劉聲儔、秋半與金聲清波二先生同遊碧山岩/蔣培中、秋半與金聲清波二先生同遊碧山岩 其二/蔣培中、己卯秋日重遊青草湖武侯廟/蕭献三、寄懷石華/小維摩

12 廣告
第10頁
夕刊第1版
序號 標題
01 獨伊會談の急速な 終幕は意見一致か 伯林政界消息通觀測
02 三日の獨國會召集延期さる
03 獨逸の和平提議 英議會は斷乎拒否
04 英、佛、土の相援條約 近く正式調印か 土國軍事使節、英を訪問
05 波國は依然存在 米ハル長官が聲明
06 ソ聯の波國占領 承認し得ず ハル長官言明
07 獨軍ワ市に入城 ヘラ半島の波軍も投降
08 獨佛國境戰況 佛軍司令部發表
09 盰眙に上陸占領す 江北大運河の啟開へ
10 株州を爆擊
11 蹶然和平を主張せよ 褚氏、元老李に書を寄す
12 瑞典汽船又も擊沈さる
13 怪潛水艦のため 英汽船擊沈さる
14 英白の經濟會談 四日から開始せん
15 驚異的な躍進人事 今次の陸軍異動評
16 ラ國の貨物船 獨艦に拿捕さる
17 ソ聯、フインランドと 相援條約を締結せん
18 英國空軍は伯林を偵察
19 海軍武官更迭
20 農政顧問の就任 四氏より正式に拒絕
21 外交顧問制を活用 出淵氏既に內諾
22 スイス公使 栗原氏起用
23 南支の糖業開發 現地、糖聯今週中に會談
24 農事金融合作社法を制定 滿國、國務院で決定
25 明日の天氣
26 愛の凱歌(56)/戶川貞雄;松田文雄
27 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 戰歿軍人慰靈祭 輝やく武勳を偲びつつ 新公園で嚴肅に執行
02 銃後後援強化週間 けふから力強く開始
03 督府の奉讀式 正廳で嚴肅に擧行
04 臺北州の奉讀式
05 基隆の奉讀式 正午一齊默禱
06 新竹の行事
07 墓地を清掃 愛婦新竹市分會
08 臺北愛婦が白衣勇士慰安 天勝一行を招聘
09 タロコの景觀は 天下の絕景 視察の森岡長官絕讚
10 圖像:戰歿英靈慰靈祭
11 鐵窓下の感謝 週間中の奉公行事
12 孟買の勞働者罷業 印度の參戰反對示威
13 戶水知事の 蕃地視察日程
14 テレビー界の大發明 劃期的「真空管」完成 來春から民間に試驗放送 科學日本にまた凱歌!
15 拾得金を献金
16 基隆金山間 バス運行を陳情 金山庄代表一行出北
17 海洋文藝家協會 いよいよ設立に決定
18 基隆市月例會
19 定期航空
20 街で拾ふ
21 今夜の放送
22 商況 三日前場
23 今日の興行
24 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(169)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 秋から冬への婦人服 スーツが主流をなす ふつくりした感じで 自然の美をあらはす
03 深刻な電力不足 水力を石炭で補ふ 血の出る樣な電氣を節約せよ/藤井崇治
04 洗ひ張りにはブラシを
05 うらなり物の食べ方
06 お手製ラード 簡單な作り方
07 風呂の湯加減を 急激に變化せぬ樣 血液の循環を妨げます
08 圖像:今秋冬の婦人帽(その一)
09 藏ふ前に入念に お洗濯をせよ 夏物の能率な洗ひ方
10 火傷をした時
11 ス・フにアイロン 用ひるには熱かげんに 注意しないと傷みます
12 日焦の殘つた顏の 健康化粧法 まづ大切な地肌の 美化工作はかうして
13 酷いニキビは薄れ 色の白い艷肌に/畑中キクヱ
14 色黑と小皺の肌が 若若しい色白顏に/小川マサ子
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 今度は英佛海峽に 海底トンネルを掘る イギリスの學者が研究中 果して出來るでせうか
02 圖像:中南支從軍青年團
03 今日の歷史
04 卅年も前から 學校で草履作り 廣島縣の河內小が
05 西部戰線のお話 ドイツ軍はここで 英佛聯合軍と對戰
06 百一歲の棚橋先生 御病氣で亡くなられた。
07 圖像:歐洲戰亂便り
08 圖像:愛犬病院訪問其五
09 毛を植ゑつける 町のお醫者さんが成功
10 皆さんの作品を募集報社消息
11 郵便(下)/坪田讓治
12 廣告
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 連日蠢動の敵を求め 殲滅的打擊を與ふ! 從化、花縣方面に於て頭條新聞

【廣東三日發同盟】南支派遣軍報道部發表

我が南支派遣軍は從化、花縣方面に於て九月攻勢を企圖しありし優勢なる敵に對し九月一日より行動を開始し機先を制して攻撃を敢行し連日敵に殲滅的打撃を與へたる外その他の方面に在りても我が第一線に近く蠢動する敵を求めこれを撃滅し大戰果を收めたりその九月中に於ける綜合戰果左の如し

一、交戰せし敵兵力約四三、○○○

二、敵に與へたる損害

1、確認せる敵遺棄死體 四、四二一

2、捕虜 二二八

3、鹵獲品の主なるもの

自動車二、重機三、輕機一二、小銃四四一、拳銃六七、銃劍三七、彈藥多數、飛行隊の爆撃に依る敵の死傷者及び破壞せし敵軍事施設軍需等多數

三、我方の損害、戰死七○戰傷一六○

02 敵包圍態勢を完成 東莞の支那軍の運命迫る
03 宜賓飛行場を初空襲 我が海鷲夜襲を敢行
04 寶應城に向け殺到
05 古鰲頭(溫州南方)に軍事行動 第三國艦船避難を勸告
06 高郵湖、邵伯湖の 清掃作業に從事 わが海軍遡江部隊
07 黃浦江上の 英二砲艦 香港方面に向ふ
08 ラトビア外相 モスクワ着
09 小國の外相 相次いで莫斯科へ ソ聯政府外交工作を積極化す 英佛側外交通の觀測
10 獨伊會談の內容 伊首相に和平斡旋要請
11 貿易省設置案要綱 企畫院原案を承認に決す 事務移管の根本方針確定
12 外務事務當局反對 松島通商局長が辭意を表明
13 準備委員會を設く 明年度より開設の方針
14 滿蒙國境紛爭事件の經過 地方長官會議に於いて陸軍當局發表
15 地方長官會議 各省との事務打合せ
16 バルチック三國 ソ聯の保護國とならん
17 重慶最近の敵情 種種和平の風說擡頭
18 外地貿易事務 拓相の讓步で圓滿解決
19 出征將兵慰問新聞(一○二) けふの本紙寄贈者報社消息
20 青木總裁らが協議
21 憲法審議の國民大會招集 重慶政府が正式に發表
22 カ英大使重慶へ
23 本日の天氣
24 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 施政方針と實際の運用 上の好むところ 下之れより甚し社說

昔の人に「政を為すは人に在り、其の人存すれば則ちその政擧り、其の人亡すれば則ちその政息む」と云はれたる如く、凡そ政治の方策は之れを行ふ程の者が居るときはその政績が大に擧げられるが、若し之れを行ふ程の者がなくなればその政道も消え失ふものである。故に如何に良き方針もまた良き制度も之れを行ふ者の運用如何に依っては善政ともなり、また失政ともなり得るのである。殊に上の好むところ下之れより甚しきものありとの人間社會に於て、上司の示す善き方策は下僚ややもすれば之れを推し行き過ぎて、却って人民の怨聲をきく失政となり易いことは強ち今日の非常時局下にのみ起り勝ちな事例ではなく、通常平時に於ても往往見るところである。

凡そ何事も過ぎたるは猶ほ及ばざるが如く、善き政治を行はむと努める當局者に於ても、その行き過ぎと不及とを慎むべきことは言ふまでもない。遠い過去の事はさておき、茲に卑近な一二例を擧げて見れば、先般死藏金の買上げに際し、或る處では事實上金を所持せざる者までが一定量の割當てを受けた結果無理にも窃かに公定價格より高く買入れて、その割當てられた責任額を提出せねばならぬ事實を見るが如きは即ち國策遂行上の行き過ぎの一例である。又從來文教當局の示す寺廟整理廢合方針は地方の郡、又は街庄當局の實行に移すと全滅方針となる處あり、現に桃園郡下の或る庄では既に庄下全寺廟の神佛像をかき集めて處分せむとしてゐるが如きも寺廟整理方針の行過ぎの一例であると云へよう。又現に臺中州下に施行しつつある集團的輪作計畫は固より輪作に依る增產を目的とするもので、決して經濟原則たる適地適作方針に逆行せむとするものではないが、然し事實上郡に依っては豐穰なる稻作水田にして蔗作に適せざる濕地までをも無理やりに蔗作せしめんとするが如きも增產計畫上の行過ぎの一例と云ふべきであらう。

上述の如く施政上の理想的方策も又は理想的制度も之れを行ふ當局者が真にその根本精神を把持して、その限界範圍を逸脫することなく、極めて適正に之れを勵行すれば、必ずや所期の最善な政績を擧げ得るに違ひないが、然し實行する當局者にして餘り功を急ぐか、又は獨善の見解を以て無理に推し通さうとするときは遂に良好な政績を收め得ざるに至るか、又はたとヘ得ても治績上多少の缺點を遺す虞れあるを免れないのである。本島に於ける從來の實例を見ても、當局の施政方策としては固より何等の非難すべき所はなくとも、唯地方當局の實施に當り往往適正の度を超へて行き過ぎたるの結果、一般に不安を抱かしめたり、民眾に煩悶を起さしめたりして、ついに明朗なる新臺灣建設上に謂はれなき疑問を殘すやうなわけになるのである故に政府當局の施政方針にして若し民眾と接觸せる第一線に在る官公吏及び地方有識者並びに一般民眾によく徹底せしめ而してその實際に行ふところは適正を得て過不及なく、完全に官民同一の理解の下に在るとすれば必ずや期せずして明朗なる新臺灣の建設を為し遂げ得るのみならず、新東亞の建設に協力する上に於て大きな任務を果し得ることと深く信じて疑はぬものである。

02 島內の有權者激增 昨年度の確定數
03 明治神宮で祈願祭 “銃後後援"第一日の行事
04 城內地區防衛團 綜合訓練 きのふ壯烈に實施
05 基隆炭鑛炭業報國聯合會 三日發會式を擧ぐ
06 炭業美談 支會結成式に感激の献金
07 森岡長官一行 きのふ臺東着 けふ高雄へ向ふ
08 真性コレラ保菌者 香取丸から五名 乘客分散後で大騷ぎ
09 宜蘭郡壯丁團 戰時下の查閱 一等はタダウラ團
10 第三高女改善助成會を解散
11 中支の復興目覺し 日高興亞院經濟部長視察談
12 日赤臨時救護看護婦募集
13 徐州海州間の 鐵道開通す 盛大に竣工式擧行
14 四割二分強の激減 朝鮮米第一回收穫豫想
15 第一回米穀收穫豫想高
16 “乘客虎の卷" 市營バス側から お客へ「お願ひ」集
17 基隆商議總會
18 海友勤勞奉仕隊 きのふ勇躍出發
19 士林で慰靈祭 窪田、西山伍長
20 第二種防調 新竹州で實施
21 大和丸入港 杉溪男ら來臺
22 定期航空
23 人事‧消息報社消息
24 ときのこゑ
25 大阪商船臺灣出帆
26 日本郵船基隆出帆
27 辰馬汽船
28 大連汽船
29 臺陽汽船基隆出帆
30 廣告
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 島內の標準物價 近く督府より告示 第二回委員總會で決らん
02 年產廿億本の 松山煙草工場完成近し 十五日より一部操業
03 東臺灣電力 商船ビルへ移轉
04 タイヤー配給 陳情座談會開催
05 臺電厚生會 一日より業務開始
06 時局下に於ける(五) 臺灣糖業政策 土井季太郎述
07 食糧問題の認識是正 帝國農會等が要望
08 マーク統一問題で 鈴木氏大連へ出張
09 新制度による 戰爭保險プール 本月中旬頃に開始
10 □□□商工會議所 □□□部會を開く
11 九月中米國の生糸需給統計
12 尼ケ崎人造石油會社を創立
13 照明燈
14 市價及商況 三日
15 廣告
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 圖像:戰時外交の中心莫斯科
02 歌謠組曲
03 松竹京都撮影所作品 風流深川唄
04 圖像:三浦光子と森川まさみ(姉の秘密の一場面)
05 歐洲各國の ラヂオ宣傳戰
06 廣告報社消息
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 阿緱神社祭典 打合會開催さる 神輿拜觀者の注意を喚起
02 皇軍將士、白衣勇士 慰安音樂舞踊會 屏東市各學校聯合主催
03 士林家庭防空講演會
04 兩勇士晴れの歸還 朴子驛歡呼の聲に滿つ
05 圖像:日韓合邦三十年記念
06 奇篤な庄長 峨眉庄民に示範
07 旗山青年團 一日に查閱
08 屏東市教職員 防諜團を結成 團長に坂上坪東女學校長
09 國姓庄報國團 盛大なる發會式を擧ぐ
10 旗山街景勝を紹介 撮影會を行ふ
11 銃後後援強化週間 屏東署の實施要項
12 圖像:湖南戰線より
13 麻豆二勇士 晴れの歸還
14 士林の奉公日
15 車城庄華僑國防献金報社消息
16 新社庄の保甲生擴始る
17 お目玉頂戴 二件
18 米穀納入組合 屏東郡が組織着手
19 麻豆第四保の國語演習會
20 新竹州の市街庄事務研究會 湖口公で開催
21 海山郡の產組事務研究會
22 生活難のため 青年が自殺
23 桃園漁業組合臨時總代會
24 ローカル・セクション
25 廣告報社消息
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 “同胞よ!速かに (三) 惡夢から覺めよ" 南洋華僑「憂國同志團」を組織 支那民眾に呼びかく
02 祖國を喰物に する第三國
03 圖像:敵前渡河戰惡路を敢行進擊の砲兵部隊
04 圖像:防空大會と愛國號命名式
05 中日衝突の 原因は何か?
06 石油工業界の革命 (上)屈曲自在油井穿鑿法
07 近づく新東亞の黎明
08 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 臺南州の米增產 具體的方策決定 府より八萬圓の補助金
02 臺南州米穀組合 改組案可決さる 事務所嘉義から臺南へ
03 臺中州の慰問團 きのふ華華しく出發
04 圖像:工業俱樂部閣僚招待會
05 彰化郡の 戊申詔書奉讀式
06 彰化郡の農務打合會
07 選擧有權者の 實地調查を開始 嘉義市は增加の見込み
08 軍人軍屬慰靈祭 高雄州きのふ嚴肅に執行
09 高雄市の行事
10 銃後強調週間 臺南市第一日の行事
11 彰化市の行事
12 銃後強化週間 彰化郡三日の行事
13 銃後後援強化週間 北門郡の行事
14 高雄州の警察異動
15 高雄勞働需給組合 あす總會開催
16 評議員會を開催 臺中州米穀組合にて
17 臺中州米穀商組合臨時總會を開催
18 臺南州の豫選會 嘉義公會堂に開催 全島國演愈よ迫る
19 臺南州方委總會
20 催物の豪華版展開 前日に劣らぬ花蓮港の賑ひ
21 日本小兒科學會臺灣地方會 八日臺南に開催 研究發表者決定
22 畜產物の取引 高雄州近く取締令を發布
23 嘉義露店行商人 節約して献金
24 高雄州國演會 高雄市湊小にて開催
25 貯銀嘉義支店 愈よ十日開業
26 ハドソン河を 見事に泳ぎ切る 六歲の子供が四十分で
27 神宮參拜內地視察團員募集/臺灣新民報社報社消息
28 人事往來報社消息
29 消息
30 訃文:張玉書
31 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(11)/龍瑛宗;陳春德
02 仲秋/黃有才
03 龍骨車 男で通つた女 廿三年間氣付かれずに
04 恐しい土の育成力 白い御飯の程度 開拓通信(2)/山田清三郎海外遊記

實際、開拓地の農繁期には、油斷も隙も、あったものではない。

私は大豆の播種をやった時に、驚いたのだが朝播いた種が、夕方に、ほぢくってみると倍位にふくらんでゐるのだ。そして翌朝には美事にもう、發芽さへしてゐるのである

恐ろしくテンポの早い、その育成力と、作物の成長!

 ひとたび、地表の固い氷結から、春が來て解放されると、滿州の土は、そのやうに、農作物の偉大な母となるのである。

 この偉大な、大地の母は、天の父なる太陽と共に、一面また農作者に對しこの上もなく無慈悲な警告者であり審判者でもある。ちょっと油斷をしてゐると播種きの時期を逸してしまふし收穫を臺なしにしてしまふ。季節の一日が、內地の三日にも四日にも當るからだ。早い話が、花である。春のたんぽぽ、すみれあやめ、鈴蘭、夏の芍藥、姫百合、秋の桔梗、撫子、荻などが僅か二ヶ月の間に次々に咲いてしまふ。桔梗が咲き亂れてゐてそしてその山には鶯が啼いてゐる始末だ。

除草などと來た日には、天罰テキメンだ。一日怠ってゐると大豆畑など忽ち猛々しい雜草におつかぶさってしまふ。一日遲いだけで三倍の勞力が要り、そしてそれだけ雜草に大豆の成長が妨げられる。

 そんな工合だから、つい私なども出來ないながらも畑に出たくなってしまふ。

 かういふと、開拓地の農村は忙しいことは忙しいが、それだけにやり甲斐も大きく黃金の花も降る......といふやうな感じが讀者にはするかも知れない。そこが開拓地の報告のむづかしいところだ。

 なるほど、農作物は順調にゆけばよく取れるのは事實だらう而も無肥料である。西瓜などには施肥をしてゐるのもあるが、麥、米を始めすべて無肥料だ。穀物の反當りの收穫はすべて大體二石內外と見て間違ひないとは開拓民たちの話だから、充分信用してよい。

しかし天候の加減などから、不作もあるのである。昨年などは虎林線―東安省林口、虎頭間―は、雨季が後れて來て、八月下旬から九月中を殆んど降り續いたので、野菜を多く雨に腐らし、米作もよくなかったさうであるで、今年の端境期などは、持ち越し貯藏野菜がなくて、摘み草を隨分食ったほどだ。勿論私なども、每日御馳走にあづかった。

けれども、不作な時があっても、米だけは大體自給自足に、不足はないさうだ。尤も、耕土關係で、米作をあまりやらない開拓團もあるやうだが、全般的にいって、さういふことがいへるやうである。現に昨年は不作だったにも拘らず、永安屯でも哈達河でも、三度々々白い飯を食ってゐる。

さうだ、一口にいったら、北滿開拓民の生活は、三度々々白い御飯が頂ける程度―といったら、大體現狀を、さう大きな誤りはなく傳へることが出來るかと思ふ。

 私は、東北から來てゐる部落の人たちから屢々聞く言葉だが東北では、百姓たちは、三度々々白い御飯が頂けるといふ工合には、行かないさうだ。

副食物は、大體味噌汁に漬物だ。たまには鹽鮭などが膳に上る。味噌、醬油類は、どこの團でも本部の事業として釀造してゐる。そして、他の日用品や菓子類、鹽鮭類などと共に、購買組合を通じて買ってゐる。

北滿の雨季といふのは、大體六月から九月に至る期間をいふので、この間に、一年中の雨量の四分の三までが、降ってしまふ。だから、冬期は晴天が非常に多く、零下何十度といふ氣溫の割合には、凌ぎよいと誰れもがいってゐる。內地の梅雨期のやうに、大體一箇月といふ風に雨期がきまってゐるのと違ひ、六月に降るのか、九月に來るかわからないのが滿洲農民の惱みである。(をはり)

05 圖像:伜よ銃後は大丈夫
06 學藝消息 音樂と仕事の能率
07 自殺は治療出來る病氣
08 人類の發祥地 植物學から見た
09 圖像:南支名勝(三)四排樓
10 心聲漢詩

述病三十韵/純甫 張興漢、和辜菽盧先生秋興八首 其五/施教堂、和辜菽盧先生秋興八首 其六/施教堂、和辜菽盧先生秋興八首 其七/施教堂、和辜菽盧先生秋興八首 其八/施教堂

11 新刊紹介
12 廣告
第12頁
夕刊第1版
序號 標題
01 王寵惠突如辭表を提出 重慶政府に一大衝動
02 英は參戰を放棄せぬ ドイツ側の提案受諾し得ない 英首相下院で演說
03 英首相の戰況報告
04 伊緊急閣議 和平問題には觸れぬ
05 ラ、ル兩國に對する 英の通商政策 スタンレー商相言明
06 ソ聯、印度を窺ふ態勢 新疆省に正規兵派遣 英に多大の反響を與ふ
07 リトアニア外相 空路莫斯科到着 ソ聯の招請に依つて
08 盤谷丸入港
09 佛軍の發表
10 土、羅兩國外相 近く會見
11 今回の國會演說に ヒ總統慎重を期す 國會召集は週末前後
12 伊國の參戰は疑問 英國消息通の見解
13 山田最高指揮官 汪兆銘氏を訪問 私邸に於て主客懇談
14 貿易省に移管する 關係各省の行政部門
15 新中立法案を討議 米國上院本會議開く
16 我荒鷲が猛爆 芷江、黔陽、來鳳等を
17 第九戰區司令部 衡陽に移轉 中央軍は後方に集結
18 物品稅擴張 大藏省當局の方針
19 明日の天氣
20 愛の凱歌(57)/戶川貞雄;松田文雄
21 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 木造家屋新築を制限 統制規則近く公布(內地)
02 白衣の勇士たちが 尊き體驗談を一席 強化週間行事後援會の座談會
03 銃後後援講演會 州下各中等學校で開く
04 英靈の慰靈祭 南署の週間行事
05 藤重中佐某要職に榮轉
06 今曉の地震
07 麬團子で飢を凌ぐ 鼓浪嶼の物資缺乏甚し
08 汪兆銘政權と(上) 事變處理の指標
09 チフス續出 二師寄宿舍から
10 金動員の功勞者 新竹州で五百名表彰
11 空巢捕はる 全島を股に稼ぐ
12 林部隊 名譽の戰死者 けふ原隊から發表
13 家出少年
14 海軍軍樂演奏 あす公會堂で
15 喜劇“コレラ來る" 時三日、深更 場所州警務部
16 抱へ車夫が 大盡遊び
17 「自動車運輸」の基隆營業所落成
18 臨床座談會の十月例會
19 山東丸より
20 定期航空
21 人事‧消息
22 街で拾ふ
23 今夜の放送
24 商況 四日前場
25 今日の興行
26 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(170)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 經濟上手の主婦は 計量觀念の持主 不正商人にごまかされるな
03 新栗のお菓子
04 圖像:銃後娘の會發會式
05 ス・フとレーヨンを 使ひこなす米婦人 衣服所有數は少くても平氣/カサリン・ヘス女史
06 圖像:今秋冬の婦人帽(其二)
07 醬油の使ひ方を 知らぬ方が多い 味と香と色で見分けよ
08 へちま化粧水 そのとり方と作り方
09 肺炎になつたら 外出は絕對禁物 辛子湯の濕布がよい
10 梅干朝茶を召上れ 宿醉、寢不足にも忽ち効く/諸岡存
11 廣告報社消息
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 兄弟三人揃つて 小學校の校長に 死んだ父さんの訓へを守り 每月座談會を開く
02 獨眼龍で有名な 野村新外務大臣 小學校時代には「梅干」の綽名 水泳も仲仲お上手
03 今日の歷史
04 圖像:愛犬病院訪問(其六)
05 圖像/楊里卿
06 紙屑から洋服 夏は涼しく冬は溫い
07 大神樂 (上)/小林信二
08 空の地雷網 敵機を空中で爆發さす 獨逸の新兵器
09 廣告報社消息
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 敵遺棄死體二萬五千 第九戰區の包圍戰果頭條新聞

【漢口四日同盟】中支派遣軍は四日午前十一時敵第九戰區に對する今次包圍殲滅戰の輝しき戰果を左の通り發表した。

軍は汩水河畔に敵軍主力を潰滅し引續き所在に進攻撃滅戰を實行中にして三日までに判明せる戰果左の如し

一、交戰兵數及び與へたる打撃の概要

イ、徹底的打撃、中央直系六、同傍系四、雜軍四、

ロ、相當大なる打撃、中央直系一、同傍系一、雜軍五、

その他合計四十二個師

遺棄死體二萬五千

捕虜二千五百

二、鹵獲品、山砲一○○、迫撃砲三○、重機五◯、チェッュ機銃二◯◯、小銃四、◯◯ ○、迫撃砲彈三、○○○、重輕機彈各一◯、○○○、小銃三○、○○○

02 小龍坎を猛爆
03 我南北兩軍感激の握手 界首鎮附近に於いて
04 蘇北地區の掃蕩戰進捗
05 五百の敵を潰走せしむ 三函洞、涇河鎮で
06 上海抗日テロ團の 中樞部を突止む 一味三十名を總檢擧
07 圖像:○○部隊軍旗堂堂と汨水渡河進擊
08 樞府本會議
09 貿易省準備委員會 來週より具體的審議に入る
10 首相權限強化問題 樞府の意見を尊重
11 多額稅議員柴田氏 同和會に入會
12 野村外相の聲明 倫敦政界では頗る好感
13 天津の狀況は緩和 バ英外務次官答辯
14 出征將兵慰問新聞(一○三) けふの本紙寄贈者報社消息
15 伊太利は積極的な 和平提議行ふまい 中立堅持の聲が高い
16 ソ、リ兩國外相會談開始さる
17 獨の有力增援部隊 ライン上流に集結 アルプス東北を襲擊か
18 全力で英佛に當る ヒ總統演說で態度表明
19 英情報省改革
20 洪國もユ人の排斥法を發布
21 官吏制度の 全面的改革 速かに實現を期す
22 中立宣言を採擇 汎米會議幕を閉づ
23 ソ聯、英向けの石油輸出禁止
24 ニツポン號 米洲最後航程 翔破の途に就く
25 總動員關係の 勅令六件 十一日公布實施
26 柳川總務長官 廈門着 七日來北の豫定
27 英艦隊の引揚に 支那側大失望
28 本日の天氣
29 第二次三巨頭會談 本月中に開かれん
30 臺灣關係の勅令二件公布
31 廣告報社消息
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 歐洲は戰爭か平和か 獨逸の和平提議社說

獨政府は過日「獨ソ兩國の親善關係は茲に完全に樹立せられ第三國が東歐問題に容喙することは一切許されなくなった。兩國は和平克復を希望し英佛兩國が無意味にして且つ望みなき對獨戰爭を停止せんことを希望する」とて、英佛に對し宣戰の撤回を要望したが、更に伊國外相と重要會談を行ひ、その席上に於て、和平條件を提出して伊國の和平斡旋を懇請し、而して和平斡旋失敗後に於ける行動對策等に就き協議を行ったものであると傳へられてゐるが、伊國が若し獨の懇請に依り和平斡旋に乘り出した塲合、歐洲は愈愈和戰の重大岐路に立つわけで、此處數日間の推移が頗る注目されてゐるのである。

獨逸は波蘭攻略と共に英佛に向って和評提議をなすと傳へられたが、英佛の強硬態度に依って到底容れられる模樣なしとみるや、掌を返へして獨ソ不可侵協定を一步進めた連携の下に、現實を突き付けて有無を云はさず、英佛を屈服せしめようと打ったのが和平提議の手である。しかし獨逸自身も英佛の強硬態度よりみれば、この和平提議の實現には餘り期待してをらず、只戰爭の責任を英彿側に轉嫁せんとする意圖であると傳へられてゐる。要するに、自分の思ふ存分やって、波蘭を分割してから、これから戰爭をやめねば英佛の責任だと開き直ったと同樣であるが、これに對する英佛は果して如何なる態度に出るか、目前の戰爭回避か、衰亡か、その應手に依って、歐洲が本格的再大戰に陷るか、平和來かが決せられるのである。

元來、英佛が對獨宣戰したのは一波蘭の死活問題のみではない。獨波開戰すれば、波蘭が一たまりもなく蹂躪されるであらうことは、英佛も初めから知ってゐたので、波蘭のために火中の栗を拾ふ愚を敢へてしなかったのである。英佛の救波は單なる對獨宣戰の口實に過ぎない。英佛の對獨宣戰は即ちこの機會に獨逸の歐洲制覇を抑壓せんとするにあったのである。

ナチス政權出現以來、朝に一國を併呑し、夕に又一國を分割しまたたく間にその失地を回復してしまったしかも英佛の息のかかってる小國群が何れも英佛から離れんとするにあっては、英佛は默視することが出來なくなったのである。獨逸の進出は英佛を脅威する。今に獨逸を抑へなければ、その覇業が確立され英佛も遂にその軍門に屈せねばならなくなるであらう。英佛がその軍門に降れば、大英帝國の屋臺骨が揺らぐ恐れがあるからである。

英佛は獨逸の野望を粉碎せんために敢然對獨宣戰したのであるが、彼等の計畫に重大なる誤算があった。獨ソ提携に依るソ聯の進出とバルカン小國の向背である。獨ソの提携に依り獨の立塲が斷然有利になった。軍需資材の獲得、兵站線の確保に絕動的保證が得られ、しかも獨ソ兩國のバルカン工作が着着奏效したため、英佛側の形勢は全く非ならものがある。

若し英佛が伊の和平斡旋を拒絕した塲合、伊は當然獨ソ側について參戰するものとみねばならず、英佛は結局獨ソ伊を對手に戰ふ覺悟がなければならぬ。かくなれば、英佛に好意を寄せる米國の英佛側參戰の時機が益益早められ、世界戰爭への危機を孕むに至らう。長期戰に入れば獨ソの國內的惱みがあると同樣に、英國も植民地の惱みがあるので、英國は盛んに強硬放送してゐるが果して獨逸と乾坤一擲の爭霸戰を決行するだけの自信があるかどうかは見ものである。

02 銃後後援の完璧陣 けふ公會堂で遺家族懇談會
03 城西技藝指導所 第三回終了式を擧ぐ
04 バザーも開く
05 軍人慰安會 遺家族も招待して 九日盛大に開く
06 佐藤中尉以下の 戰歿者鐵道葬 九日西本願寺で執行
07 小林總督 開南丸に試乘
08 圖像:新市に突入
09 秋田子あす臺中へ 講演座談會に出席
10 一番ヶ瀨知事 陸軍病院を慰問
11 第一回興亞美術展 北京に於いて開く
12 練習艦隊壯途へ 四日朝いよいよ拔錨
13 長官一行高雄着 盛大な出迎裡に
14 近く許可されん 基隆金山間のバス運轉
15 蓬萊丸出帆
16 粟飯原前基隆 要塞司令官離臺 昨日盛大な見送裡に
17 避難邦人を乘せ 靖國丸出帆 一路故國に向ふ
18 西屯庄體育會
19 選擧事務講習會
20 汪精衛氏が献金 レコードの印稅を忠靈顯彰會へ
21 南北兩軍に分れて 宜蘭平野で拂曉戰 青年學校合同大演習決定
22 青年教育官 各道府縣に一名新設
23 コレラ疑ひの 大阪丸異狀なし
24 新竹州國演會 十一月十一日に開く
25 富士山に初雪 森林地帶は厚化粧
26 住吉公運動會
27 コレラ船乘客に臺灣關係者一名
28 詩人林幼春氏逝く報社消息
29 總督府辭令
30 ときのこゑ
31 大阪商船臺灣出帆
32 日本郵船基隆出帆
33 辰馬汽船
34 大連汽船
35 臺陽汽船基隆出帆
36 訃文:林幼春
37 訃文:林幼春報社消息
38 廣告報社消息
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 臺灣貿易が續進 七億七千萬圓突破 輸移出が急激增加
02 タイヤー配給を 商工拓務兩大臣へ陳情 臺灣自動車聯合會より
03 タイヤー配給の 陳情座談會開催
04 時局下に於ける(終) 臺灣糖業政策 土井季太郎述
05 時事經濟 米價騰勢の考察 (3)
06 米價抑制の影響
07 立體的增產の研究 鹽業試驗場を新設
08 泰國博覽會へ 臺灣物產を出品 臺北商議で參加方を決定
09 日鐵社債發行 三千五百萬圓
10 セメント配給統制 自主的機關設立
11 臺灣水產會主催 第一回水產大會 十一月二日花蓮港にて
12 照明燈
13 外國為替業務監督 大藏、貿易兩省共管
14 日滿支砂糖 供給協定大綱近く決定 糖聯が配給委員會設置
15 市價及商況 四日
16 廣告
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 浪花節 散るも散らぬも櫻花 (伊藤松雄作)/筑波雲
03 童話劇 お祭りの思ひ出
04 講演 銃後後援強化 週間に際して/岡田周造
05 謠曲 鵜飼/寳生重英
06 國民歌謠
07 料理/松本生子
08 子供の時間 うたのおけいこ やさしい日本の兵隊さん
09 圖像:濠比レスリング團入京
10 老巧勝つか 新銳が勝つか 「夢ならぬ戀」への期待
11 宇佐美淳火傷を負ふ
12 圖像:英國皇帝皇后兩陛下南ロンドンの防空土囊を御視察
13 大都「娘天晴れ國策型」 益田晴夫監督が撮影開始
14 大船本年掉尾の メロドラマ 「母は強し」 猪俣が脚色
15 寶塚映畫の第二彈 「雪割草」の配役
16 「殘菊物語」 完成迫る
17 彌次喜多 大陸道中 高田、藤井主演の笑殺篇
18 「新しき門出」 せめて音を…… 失明勇士達感激
19 海外映畫短信
20 廣告
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 季節風何物ぞ!恒春郡下に防風林 木麻黃五萬本を栽培
02 恒春郡の興亞奉公日
03 歸還勇士を圍み 白河庄で歡迎會
04 兩勇士歸る 恒春社に參拜後我家へ
05 專賣品業者が 將兵、白衣勇士慰問 屏東から慰問使二名を派遣
06 莿桐巷御遺跡所 七日に祭典執行
07 魚池庄の空訓 好成績に終了
08 各地の行事 銃後後援強化週間
09 總選擧を控へ 北門郡で巡回講演
10 豐原郡の有權者 前回より二千餘名增
11 無筆者の為めに 假名講習會開催 旗山郡各街庄で準備
12 圖像:日米會議出席の學生一行歸朝
13 斗南信用組合創立二十周年
14 旅館踏倒し專門 旗山警察課に擧げらる
15 豐原郡の自治講演會
16 “集團的輪作は 實情に副はない" 豐原郡の座談會で 地主連苦衷を披瀝
17 承諾せざる者は 覺書を提出
18 ローカル・セクション報社消息
19 廣告
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 科學 石油工業界の革命 (下)屈曲自在油井穿鑿法
02 圖像:陷落近き長沙
03 石炭の地下 ガス發生工業 非常な好成績を擧ぐ
04 ゼツト・ニツケル
05 人工ラヂウムの 治療の現狀
06 圖像:肉彈三勇士ドイツ版
07 人間の器官を 永久に活かす法
08 研磨鋼用の防銹劑
09 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 臺灣山林會の大會 きのふ盛大に開催 熱帶農林設置要望さる
02 林業展人氣を呼ぶ
03 祈願祭を執行 高雄市の銃後強調週間
04 映畫會を公開
05 戰死並に戰傷者 渡邊部隊の勇士
06 圖像:花蓮港開港式
07 白衣の勇士に雜誌を贈呈
08 高雄少年團蕃會例會
09 愛國北門號軍用機 來る十三日晴れの命名式
10 清水工兵大尉 名譽の戰死を遂ぐ
11 高雄南方研究會例會を開催
12 高雄市小公學校校長打合會を開催
13 南部中等學校野球大會開く
14 神宮大會出場の 臺中州選手決定 趙君外六名近く出發
15 臺南州方委總會 七日嘉義公會堂にて
16 防諜の意識完璧 臺中市古物商業者の 用心さに署當局喜ぶ
17 深夜の屏東に ハイヤーの身投 運ちゃん睡眠不足の為
18 闇の家に光り 一萬戶に窓を急造 西螺の大工總動員
19 新生廈門だより/一記者海外遊記

◆......中南支視察中の興亞院柳川務長官はいよいよ來る十月四日上海より新生廈門に御來着することゝなった柳川長官は親しく各方面を御視察になり十月八日廈門出帆の便船にて基隆經由歸朝するが短期間の視察と云へども在廈各關係當局が十分の視察を遂げられるやう萬遺漏なき手配があるから今回の視察によって相當の收穫が收められるであらう。

◆......興亞院廈門連絡部政務部第三班長喜多事務官は今回廣東總領事に命ぜられ三十日各方面の盛大の歡送裡に香港丸乘船臺灣經由赴任の途に上った喜多氏は元外務畑の出身で今回の廣東總領事榮轉はさぞ舊巢へ歸り咲くものゝ如くであらう。その如才なき外交振りは實に堂に入ったもので在廈各方面の氣受よく同氏の離廈が惜まれてゐる。

◆......在廈門總領事館警察署長丹後警部は今回警視に任ぜられた署長として任命された時に警視になるべき筈であったが定員の關係で今回その實現を見たわけである丹後署長は曾って福州に於て內田總領事の下に署長としてその抜群の手腕を揮ったことあり今にも內田總領事がその手腕を頻りに□揚してゐる程であるから丹後氏の為人は推して知るべしであらう。

◆臺北地方法院堀田判官は永らく廈門特別市政府法院顧問官として就任して來たが今や市政府法院の陣容は殆ど整へその基礎の確立も一段落を告げたのでいよいよ三十日出帆の香港丸にて歸臺することになった李市長や同法院はそれぞれ惜別の宴を催した同席上李市長や黃法院長より堀田顧問官の懇切なる指導に深甚なる感謝辭を呈した

◆......澤全閩新日報社長は二十九日午後八時カフェー蝴蝶と羽衣に在廈各社記者の月見の宴を催した澤社長の外に齋藤同盟、松田大每、石川臺日、高桑讀賣別所全閩、郭新民報などが一堂に集まり互に歡談して夜の更け行くのも忘る明月天にあり途上人跡が絕へた頃に一行解散して各自歸途に就き痛快な一夜を送った

◆――新生廈門に於ける仲秋節は從來の例に倣ひ市政府は休廳その筋の各機關及び一般市民も殆んど休業して慶祝した李思賢市長は同夜八時市政府幹部の商會役員その他有力者などを特に招待モーターボートに乘船廈門內に去來して仲秋の名月を賞し一夜の清遊を試みる

◆......廈門公園には廈鼓文藝協會主催の洋樂、南樂京樂などの演奏があるまた燈謎大會の催しもあって人出が非常に多く盛況であったその他一般市民にはそれぞれの希望の箇處に於て名所古蹟の地たる山や海へと出かけて觀月する者も尠しとせず誰人も餘裕綽々としてこの秋節を送る廈門の明朗さはこれによって知る

◆......第二回興亞奉公日たる十月一日は日本臺灣兩民會は前回よりその趣旨を一層徹底せしむべく全居留民に働きかけ今回は禁酒、節煙は勿論一日中人力車や自動車などに乘らぬことにしようと云ってゐる即ち廢車日とするこの奉公日に際し總領事を始めとして兩民會長は率先に模範を示すことになってゐるこれによって居留民も勵行するやうになるであらうと

◆......廈門鼓浪嶼その他各地より奧地へ押送された事變發生後引揚せざる臺灣人は福建省某地現地新聞全閩の通信に依れば現在崇安に居るが嚴重な監視を受ける之等の臺灣人は荒地開墾に從事する者二九二名農作に從事する者一○二名抗戰に參加を強要されて拉致された者四四名監視の抗日官憲に巨額の贈賄して釋放された者三八名合計四七六名になってゐる皆塗炭の日を送ってゐることは勿論である

20 青年學校聯合演習 來月末臺中に於て
21 嘉義署大清潔日割
22 森岡長官高雄へ 敷島村の移民を激勵
23 本社主催視察團 本日募集締切り報社消息
24 賣られて往く 水牛が暴れ出す 飼主突かれて即死
25 高雄州の兩警官 新南群島へ
26 偽富豪送局さる
27 前科者が又惡事 二千四百餘圓を騙取 目下彰化署にて取調中
28 龍潭庄の呂廷結氏美擧
29 彰化商議所の 簿記講習會終了
30 林園庄青年團の體育會
31 社告/臺灣新民報社報社消息
32 旗山郡警察課異動
33 古今書畫陳列 麗澤書畫會の主催
34 ケレンスキー氏が結婚
35 消息
36 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(11)/龍瑛宗;陳春德
02 最近の周作人 (一)/立野信之
03 重壓のない生活 內地的重壓から解放 開拓通信(3)/山田清三郎海外遊記

實際にその中に生活してみると、滿州の開拓地には問題が多いのに驚くのである。

先づ滿洲國建設の見地からいへば、民族協和の高い理想がある。開拓民たちと、この理想との關係は如何?民族協和の指導的民族は日本人であり、なければならぬ――と、抽象的に、當為を定義づけることは、きはめて簡單な話だ。さて、開拓地に於ける實際問題として、例へば原住農民と新來開拓民との間に必然的に、利害と感情の問題が生じるし、生ぜざるを得ない。これを、民族協和の高い理想の方向に、どう捌いてゆくか。

 次に、開拓地自身の、建設の問題がある。その中には、種々雜多のものを見出すことが出來る。農耕樣式と勞力の問題だ。これは、現在主として滿農のそれを踏襲的に學んでゐるか、將來はどうする、大機械化農業に押し進めて行くべきか、半機械化程度にするか、それとも、現狀のまゝを以て足れりとするのかこれは、自家並びに雇傭勞力との問題とも結びついて、開拓民の前に、大きく立ち塞がってゐる。

 視察者たちが、等しく口にするところの文化の問題、團長並に指導者の問題。これらもなかなかに重要なものだ。文化の問題を忘れて開拓地建設の完成はあり得ないし、指導者の善惡如何は、開拓團の消長を左右することが多い。實に、とんでもない人物が團長などになってゐたところもあるやうである。

それから、保健、衛生の問題がある。その觀點からの榮養の問題、住宅の構造と設備の問題そして私が今、最も痛感してゐるものに教育の問題がある。

私は、永安屯で、一週間ほど臨時先生をやり、また半月あまり兒童とその寄宿舍で起臥を共にした。開拓團には、「どうせ移民の子であり、百姓と百姓の嫁になれさへすればよい」といふ考へ方と、「移民團の子だって、人材教育を忘るべきではない」といふ見解とが、教育の問題に對して行はれてゐる。そして、これは、次代開拓民の教養と質の問題に關聯して、日常的には案外見落されてゐながら、實は非常に重要な意義を持ってゐるのである。更に、街村制の問題とそれに伴ふ政治の問題―等、等、等。

 しかしながら、それらは今日さういふ問題が、開拓地に存在して居り、そして問題は夫々各關係者の協力によって適正に解決されなければならないことを要請するものであるとはいへ、開拓民自體は、それらの問題にも拘らず、概していへば割合吞氣に、その日その日の生を營んでゐるといふことが出來る。

 私は北滿の開拓地は、どんな狀態か、開拓民たちの生活はどうか、うまく行ってるのか、ゐないのかといふ風に訊かれると即座には、何もいふことが出來ない。現地報告は書きづらいといふのも、何からどういっていゝのか、なかなか知ってゐることが少くないだけに困るのだだがしかし、開拓民たちのその日その日のくらしはどうかといふことなら彼等は割合ひ吞氣にやってゐると、躊躇なく答へることが出來る。

 何といっても、內地にゐる時から比べたならば、開拓民たちの現在の生活は、呑氣であり、心配ごとは少い。東北出身の人たちは三度々々白い御飯が頂けることを、喜んでゐるが全般的にいっても、借金や督稅の赤札に、神經を惱ますことはなく、地主の屋敷の方に、氣を兼ねる勞苦もなく、とにかくにも、四畑十町歩の自作農として、衣食住の心配だけはなく、過してゐるのである。勿論、滿拓公社への入植基金の返濟はあるが、それは、團の方で、適當にやってくれる。

 私は北滿開拓地の農村に就て考へることも多いが、先づこの一事だけは、太鼓判を押して確認してゐる。(哈爾賓にて)をはり)

04 龍骨車 大戰と日本文壇 どう影響するか
05 圖像:南支名勝(四)廣東市政府
06 詩 露の朝/黃雲萍
07 學藝消息 拇指を嚙む癖 萬更惡くない
08 オーケストラ 酸素パイプを利用
09 心聲漢詩

送洪君應召從軍/瘦菊、杏庵本擬春間赴粵慰軍嗣而延期遂經夏而秋迄今始將就道聞其行期定來八日乃賦一律以壯其行/瘦菊、楓葉/林子惠、鼓浪嶼遠眺/劉時懊、鼓浪嶼遠眺 其二/劉時懊、南普陀寺卽景/劉時懊、南普陀寺卽景 其三/劉時懊

10 新刊紹介
11 廣告報社消息
第12頁
夕刊第1版
序號 標題
01 米商船に無制限な 干涉は容認出來ぬ ハル米長官が聲明
02 米國の平和斡旋 ハル長官正式に否定
03 暴力の支配を根絕 世界の再建に當る 英外相が上院で言明
04 修水を占領す
05 貿易省案に反對 外務全課長、事務官が結束 野村外相の引責を迫る
06 反對は百も承知 國家のためと思つたから 野村外相語る
07 新任波大統領 英正式に承認
08 獨國會、六日に召集 ヒ總統歷史的聲明せん
09 ソ聯、相援條約を強要 バルカン、黑海沿岸諸國にも
10 英、戰時內閣を組織 各自治領代表者を入れて イ自治領相、下院で言明
11 リ國の外相 再び露都に赴かん
12 佛の政策は微動せず 佛首相閣議で闡明
13 伊は平和提案の 意圖なし ステフアニ通信の公表
14 土耳古は嚴正中立 モスクワ消息通の觀測
15 ソ聯、羅國に對し ベ地方返還要求 モスクワで專らの噂
16 寺內大將ローマ着
17 瑞典の貨物船 獨軍艦に拿捕さる
18 中北支を結ぶ 大運河啟開終る
19 興亞院出張所 漢口と廣東に
20 海軍異動
21 明日の天氣
22 愛の凱歌(58)/戶川貞雄;松田文雄
23 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 戰死者慰靈の日 參拜者神苑を埋む 額づく遺族も見えて一入嚴か 臨時大祭迫る靖國神社
02 國民體育管理案と 民族優性兩法案 いよいよ來議會に提出
03 臺灣物價答申案 原案通り一致可決 けふ第四回幹事會で
04 圖像:獨機に備へて
05 戰死者遺族を總督代理弔問
06 戰歿勇士慰靈祭 南署で嚴肅に執行
07 白衣の諸勇士 あす臺北驛着歸還
08 內臺海底線全通
09 全島高等課長會議 選擧取締りを打合せ
10 新竹商議主事山本氏に決定
11 ニツポン號 ナタールに安着
12 新竹州工業化の前提 工業用水調查に着手
13 各航路の船舶を 嚴重に檢疫 コレラの防遏萬全に
14 拘禁恐怖症
15 中島政友革新派總裁の 自動車に拳銃亂射 犯人その場から逃走
16 臺北州下一圓に 第二種防空訓練 九、十兩日に亘り實施
17 防空訓練打合 市會議室で開かる
18 香奠返しに寄附
19 アメリカの 反戰宣傳 慘禍を數字で擧げて
20 乏しい聖林の 英豫備兵
21 獨ソ提携に驚く 米國の勞働界 宣言應酬で大騷ぎ
22 障子紙でボル
23 定期航空
24 人事‧消息
25 街で拾ふ
26 今夜の放送
27 商況 五日前場
28 今日の興行
29 民報案內報社消息
30 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(171)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 事變下第四回目の 靖國神社臨時大祭 異境より偲べ故國の秋空 十月の家庭曆
03 便利な乾燥野菜 場所いらずに貯へられる 戰時下の主婦心得よ
04 圖像:大阪一の赤ちゃん選出 大阪公會堂で審查會
05 近視は思春期に 罹り易い 幼時は誰れでも遠視
06 離乳期に誤ると 偏食に陷る 「自然の味」を與へよ
07 鰺の燒き酢
08 圖像:秋の履物
09 第二次金集中運動 進んで參加しませう
10 おむつの洗濯法 アムモニアを利用しませう
11 少量で砂糖を效かせるコツ
12 簡易血止め法
13 石鹼の經濟
14 廣告
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 日埃の小學生が 圖畫を交換陳列 國際文化振興會の手で 百點を選んで送る
02 圖像:ソ聯鐵牛隊
03 今日の歷史
04 砲彈と爆彈には こんな種類がある 恐ろしい近代的立體戰は (上)みなこれに依る
05 辛い鹽水中で 平氣に生きる虫 邑久郡の鹽田で發見
06 圖像:事變下少年達の可愛い發明品
07 大神樂 (下)/小林信二
08 圖像:波蘭騎兵隊の渡河
09 ロシヤにお預け ドイツ動物園の動物
10 遊園地 便利な郵便函
11 卵がたの家
12 廣告
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 重慶を七夜連續夜襲 海鷲が會心の猛爆頭條新聞

【○○五日發同盟】わが無敵海鷲は五日遂に重慶七夜連續夜襲の輝やしきページを航空戰史に添へた前六夜に引續き海軍航空隊○○基地では五日午前三時十五分から一時間餘に亘り奧田大佐、淺野中佐、武田大尉の率ゆる○○機三隊は相前後して重慶西郊外の據點白市驛站飛行場を空襲敵は地上砲火に加へ戰鬪機數機をもつて妨害したがよく之等を排擊しつゝ猛爆を敢行地上機數機を炎上せしめ全機歸還又池田、鍋田兩大尉の率ゆる他の二隊は同じく四時半から一時間に亘り廣陽□飛行場を猛爆場內二ヶ所に大火災を生ぜしめ悠々全機無事歸還した

02 修水縣城に突入 城頭高く日章旗を揭ぐ
03 ○○に向け進擊中 敵遊擊隊司令部の所在地
04 我重圍下に敵大混亂 銃砲聲殷殷、九嶺山系に轟く
05 我軍蔣家霸で連絡 鎮江、淮河間の水運我手に歸す
06 楊森軍潰亂 全軍の半分死傷
07 我南下各部隊 敵を猛追
08 廣九線の天堂圍 柳頭方面を攻擊 陸鷲、中島部隊が協力
09 職業野球爭霸戰
10 復興へ建設へと 伸び行く潮汕地方 安居樂業に民眾陸續と復歸
11 田中部隊長壯烈な戰死 北支に活躍中
12 石河中佐戰死 海鷲として活躍中
13 貿易省案は變更せぬ 外務省官吏の行動は處置執る 首、外兩相は強硬意見
14 全課長、全事務官の 反對運動幹事會 辭表(約九十名)を取纏む
15 全局長が行動を俱にす
16 屬官も起つ 外務省は大臣次官を除いて 反對運動に乘出す
17 谷外務次官は行動俱にせぬ
18 谷次官自重を要望 三課長を招致して
19 農商相兼任問題 政治的考慮拂はれん
20 飽くまで戰爭を繼續 佛首相下院で決意を披瀝
21 ソ聯鉾を東南に轉ず アフガニスタンに 修交條約を提議か
22 英國、瑞典間に 戰時通商協定締結か
23 出征將兵慰問新聞(一○四) けふの本紙寄贈者報社消息
24 重慶政府は大狼狽 ソ聯兵の新疆進出に
25 學習院長後任 山梨海軍大將
26 米巡洋艦四隻 某方面に向ふ
27 河相情報部長轉出 村井タイ國公使を東京に召還 情報部長は須磨氏
28 本日の天氣
29 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 ソ聯に心を許す勿れ社說

ナチスの筏に便乘して、歐洲動亂に棹すソ聯は、モロトフの心臟外交の指導下に素晴しい發展を遂げつつある。革命以來ソ聯の世界赤化政策は英米に獨伊に挫跌の苦杯を嘗め、剩ヘファチストとナチスの反攻に會って八方塞りの憂目を見、その上國內事情の行詰りに惱んだ結果、遂に新經濟政策の實施となり、一國社會主義への退却を餘儀なくさせられたことは世人の記憶に尚新しいところである。その後資本主義國家群の陣營たる國際聯盟の末席に列ねて僅かに孤立の寂寞をまぎらはして來たが、國際的にはその最大級の誇稱と自負に拘らず、世間は病める白熊に對してさ程の脅威を感じないのみか、スペイン戰線からの脫退や張鼓峯事件に依って暴露されたその意外なる弱體振りに、列國は寧ろソ聯を見くびって來たのである。然るに獨ソ協定の締結に成功するや旬日を出てずして歐洲動亂の火蓋が切られ、東方にはその勁敵たる我國とノモハンの停戰に成功して後顧の憂を無くし、西方に於ては大軍を動員して敗殘のポーランドに進駐して漁人の利を占め、今や獨逸から德がられ、英佛から媚態を送られつつその一擧手一投足は真に世界の安危に繋はるが如く、歐洲の天地を睥睨して國際塲裡の立役者に成り濟してゐるのである。

複雜怪奇を極めてゐる歐洲の情勢に於て昨日の敵が今日の友になり、けふの盟邦が明日の敵國になる位の事は勿論不思議とするに足らない。然し他國の侵略がないのにソ聯軍が他國の領土を犯し、而かもその國體に照して當然極力これを排擊せねばならないドイツに對するクレムリンの態度はソ聯國民にすら納得の往かない多くの疑問を持ってゐるに違ひないこのところソ聯は主義も主張も屁ったくれない。チャーチル英海相の言ふ如くソ聯の端睨すべからざる行動を解く鍵は實にソ聯の國家的利害である。これは英佛側の希望的觀測であるにもせよ、ソ聯のポーランド進駐やドイツに對する態度は依然として謎に包まれた行動である。ソ聯近來の外交を見て共產主義への反逆と見做すことは恐らく誤謬であらう。最近の消息としてソ聯が援蔣政策の不變を聲明したのみならず、新たに多數のソ聯正規軍が抗日戰線に配置され、日ソ停戰協定成立以來ソ聯の態度にヤキモキして來た蔣政權をして安堵の胸をなで下したとのことである。一方新疆廸化に數萬の赤軍を集結し、印度を窺ふ態勢を示して甚だしくイギリスの神經を刺戟してゐることも傳へられてゐる。

要するにソ聯は歐洲に於て如何なる奇怪の手を打ってゐても、又我が國に對して如何なるゼスチュアをなすにしてもソ聯は依然として赤い國である。水は低きに向って流れる如く、ソ聯の世界赤化工作は先づ抵抗の支弱い那や印度にその鋒先を向けることは當然であり、況して敗戰に喘ぐ支那や英國の統治に隙の漸く多からんとする印度に赤化の魔手を伸ばすことは正に絕好の機會と云はなければならない。一方歐洲の戰爭が長期に亘り、ナチス政權に搖ぎの見えるときでも來ればドイツもボルシェヴィキの藥籠中のものになり得ることは確かにクレムリンの胸算用の及ぶところである何れにしてもソ聯はスラブ民族獨特の氣長さを以て各國の疲弊を待ちつつその隙を縫ふて一步步步赤化の工作を進めて往かんとする腹は今も昔も變らない筈である。我が國はソ聯のゼスチュアに應じて停戰協定を締結した今後も事情に依っては一步進めて國交の調整に乘出すかも知れぬ。これは勿論國民も異議はない筈である。只だソ聯の本當の正體を見屆かない限り、換言すればその世界赤化政策少なく共支那赤化の工作を放棄せざる限り我が國民は夢にもソ聯に心を許すべきでないことを決意せねばなるまい。

02 本島義務教育案 昨日幹事會で採擇 昭和十八年から實施
03 「勞働奉仕」の 御題を賜ふ 月並歌會御通題に
04 財源捻出方法 內務局、萬全の對策
05 教員養成に力瘤 師範新設、增級を斷行
06 傳達機關故障時の 連絡方法を決定 市の防空訓練打合會
07 高雄は南進の據點 各施設の一層充實が必要 巡視を終へて森岡長官談
08 海軍軍樂の 演奏會 滿場の市民恍惚
09 城西技藝指導所 きのふ第三回修了式
10 小公兒童が建國體操 來年の建國祭當日に
11 遺家族に記念品 小冊子と文箱を贈呈
12 皇軍慰問書畫展 興亞書畫協會が開く
13 戰歿軍人慰靈祭 基隆公會堂で嚴修
14 白衣の勇士を慰問 銃後後援強化週間軍事後援會の行事
15 集ふ十三強豪 八日の學生卓求戰
16 日本藥理學會 廿一日から臺大で開催
17 職工大火傷
18 柳川興亞院總務長官 八日香港丸で寄臺 臺北に於ける日程決定
19 慰問新聞寄贈者 五日受付の分報社消息
20 小公兒童に課外運動を獎勵
21 高千穗丸無電
22 定期航空
23 人事‧消息
24 ときのこゑ
25 大連汽船
26 臺陽汽船基隆出帆
27 大阪商船臺灣出帆
28 日本郵船基隆出帆
29 辰馬汽船
30 廣告
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 本年二期作面積 三十七萬甲に擴大 前年同期より四%增加 米穀局發表
02 島內煙草消費高 一割四芬方の激增 上半期千四百萬圓突破
03 日糖異動
04 代用燃料國策の 樹立に督府乘出す ガス發生爐販賣統制を圖る
05 時事經濟 米價騰勢の考察 (完)
06 新公定米價は据置か
07 臺灣瓦斯發生爐會社 創立總會を開催
08 島內米價調節で 業者の自肅を求む 近く引下を斷行せん
09 食糧全體の問題 根本對策が必要 南鮮地方視察の拓相車中談
10 故銅鐵屑指定商組合 きのふ創立總會 組合長に松本氏就任
11 貿易省設置 準備委員初會合 外相決意を披瀝
12 川崎造船總會
13 旱害對策協議
14 原皮の買入價格 五日に決定承認
15 對滿供給砂糖 百七十萬ピコル見當
16 照明燈
17 市價及商況 五日
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 吹奏樂 海軍軍樂隊 指揮樂長內藤清五
03 國民歌謠
04 料理/松本生子
05 圖像:農林協議會懇談會
06 素晴しき彼女スター 江戶ツ子三人大船入り
07 美鳩まり主演 「街の花賣娘」
08 歌にもなる「母」 セツト撮影着手
09 「島の船唄」完成
10 「淚痕」前篇青春血淚篇 後篇天災地異篇
11 圖像:入試學科全廢確定
12 「愛染かつら」 完結篇 慎重裡に脚本製作着手
13 大庭監督第三彈 「感激の唄」 三宅、槙、三原主演で製作
14 海外映畫短信
15 廣告報社消息
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 愛國秣の尊き犧牲 力泳及ばず遂に溺死 納期迫る旗山街の痛事
02 遺家族慰安會 けふ大溪公にて開催
03 汪氏和平運動の 支持講演會開催 桃園華僑烽火を擧ぐ
04 恒春郡祈願祭
05 北港郡祈願祭
06 新化郡藥業組合創立總會
07 北港郡の慰靈祭
08 廢品回收 長興庄愛婦の手で
09 觀音庄不正事件二件
10 岡山郡雜貨組合 十日總會を開催
11 北港大日本製糖所人事異動
12 新竹州北部三郡 武道爭霸戰 柔道は中壢、劍道は桃園が優勝
13 街庄庶務研究會 新營公會堂にて開催
14 豫想される 官民選の顏觸れ 竹東郡下の選擧序曲
15 淡水街の祈願祭
16 屏東公四十週年 四日盛大なる記念行事行はる
17 ローカル・セクション報社消息
18 廣告
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 科學 宇宙線の傾向 世界研究學の一致點
02 圖像:海軍勤勞奉仕隊出發
03 無痕種痘法の詳報
04 人工心臟 米人カ博士が完成
05 銃後の家庭
06 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 臺南市の慰靈祭 きのふ嚴肅且つ盛大に執行 州下各郡も夫夫擧行
02 勇士晴れの歸還
03 勇士の一部○○へ
04 慰問品展頗る盛況 會期九日まで延期
05 圖像:飯田中將晴れの歸還
06 和波中將一行 臺東へ
07 三日の屏東市 銃後後援色全市に橫溢
08 花蓮港空前の賑ひ 交通機關は超滿員 平素の數倍の客が殺到
09 高雄の視察を終へ 森岡總務長官一行歸北
10 廣東の皇軍慰問 中川校長一行歸る
11 闇の花に檢擧の嵐 員林郡下一齊に開始
12 新生廈門だより/一記者海外遊記

◆......市政府社會科に於ては廈門鼓浪嶼間の青年を打って一丸とする廈門青年會を組織中であり一方我が方の居留民會に於ても居留民青年からなる日本青年會を組織する計畫もある何れも近くその設立を見るに至るものと見られるかくて從來日華の青年を組織した鷺江青年會はいよいよ解散することに決定近く解散の宣言を發表することゝなった

◆......市政府警察廳は警士教練所第九期練習生の修了式も近く擧げられることになり次いて來る中旬頃第十期警士練習生を募集することになってゐる市當局は警士の素質向上を圖るために待遇を改善し昇進の路を拓くことにした有為の士ほどしどし應募せられたいとは當局者の希望である

◆......廈門市婦女會は組織中のところ九月三十日の準備委員會に於て役員を推擧したその陣容は會長は李市長夫人、副會長金、張兩局長夫人、理事長陳股長の母吳瑣雲女史、理事盧、林兩局長夫人、盧科長夫人、蕭部長夫人、李處長夫人、陳科長夫人、市政府職員陳其解女史の外全部市政府の職員でなければその夫人である。

◆......市政府財政局市營公典及び小本借貸處の經理兼主任施子賢君は開設以來銳意其使命達成のために奮闘しつゝ一般市民の便宜を圖る目的を以て夜間の營業を斷行しまたその經營の趣旨と經營の方針を一般市民に理解せむるべく十月二日夜廈門放送局を通じてその一端を語ったやがて相當の好成績を擧げ得られるであらう

◆......在廈門のわが居留民は第二回興廈奉公日十月一日を迎へて前回に於ける禁酒節煙の他に廢車のことも實施したその成績は頗る佳良であるそうな恰かも當日は料理屋飲食店の公休日ではある禁酒には之れもあづかって力があったが居留民の自覺に待つところも多いであらう

◆......新生廈門はわが占領地の內尤も治安の行き届いた所とは誰人も異議しないであらうが曾っては戰地であったとは他と變はらないのだそれでわが居留民中には獨身男が斷然多く一日三回の食事は殆ど之らの飲食店料理屋でとってゐるのでこの公休日には食事するところがなくて困る位いだ何分の善處があってほしいと獨身者連が頻りに叫ぶ

◆......廢車のこともよく勵行しるこれはまた丁度日曜日でサラリーマンの多くは朝から日の丸辨當を腰にさげてピクニックに出かける者が多い在廈門の諸官衙の役人も公用車をソッチ除けに歩行するし一般民間の人達も車を利用しないので街路上には往來する車の數が實に尠くなってゐるこの廢車のことを知らぬ辻の車夫は今日どうしてこんなにお客がないのかと□ぶやくこれに依っても廢車の項は如何に勵行してゐるかが窺はれる。

◆......在廈門の中國々民黨員は突如十月一日正午市內某所に於て黨員大會を嚴肅に催し參會者約四十名に達した。先づ開會を宜し各會員の意見發表次いて國民黨福建省黨部の成立を決議同時に役員の選擧を行はれ九名の執行委員を決定して散會した。尚執行委員會を開催今後の具體的和平運動方法を協議し汪主席宛に左の激勵電を打電した

◆......艱難を辭せず和平を唱導し以て黨國を愛護したる主席に對しては全國民の齊しく欽仰おく能はざる所なり福建全省黨員と民眾を率ひ主席の主張を徹底的に擁護せんことを謹んて誓ふ

福建省黨部臨時辨事處

13 防諜、防犯ポスター 當選者の發表 應募者に臺南州當局感激
14 金密輸出犯人一味 臺南州に檢擧さる 金運動のどさくさ紛れに乘じ 金品を入手して廈門へ
15 山林大會(第二日)
16 高雄州米穀組合臨時總會を開催
17 全島水利大會 來る十八日より臺中市
18 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(12)/龍瑛宗;陳春德
02 最近の周作人 (二)/立野信之
03 戰爭とパン/高木和男
04 龍骨車 文學の轉換 支那事變を契機に
05 圖像:英國艦隊の俊英
06 詩 湖上の月/T・S・トウ
07 初戀
08 圖像:南支名勝(五)中山記念堂
09 學藝消息 英國の空襲醫療對策
10 英國に對抗する獨の思想戰
11 心聲漢詩

秋日重過怡園/王了庵、秋日重過怡園/張笏山、秋日重過怡園/陳魯詹、秋日重過怡園/廖居仁、秋日重過怡園/陳雪滄、秋日重過怡園/蔡說劍、秋日重過怡園/林植卿

12 新刊雜誌
13 廣告
第12頁
夕刊第1版
序號 標題
01 海鷲寶慶、芷江を猛爆 衡陽後方の敵航空基地
02 ヒ總統ワルシヤワへ 晴れの入城式統監 將兵に對し感謝布告を發す
03 ダンチヒに於いて 獨國會が開かれん
04 獨ソの北歐諸國壓迫 ソ聯はバルチックの諸國 獨はスカンジナビア諸國
05 獨蘇勢力範圍を確定 バルチックとバルカンにおいて
06 ソ、ラ國境に大軍を集結 ソ聯が強壓手段
07 蘇、ラ相互援助條約 正式に調印を了す
08 私財寄附者表彰
09 英國商船の被害は漸減 情報省發表
10 獨ソ細目協定 假議定書に調印を了す
11 伊は現在の態度繼續 機會到來に至るまで
12 ソ土會談 再び開始す
13 獨もトルコ抱込みに奔走
14 何等意見疏通を見ず 野村外相と事務當局代表との 會見は遂に物別れ 貿易省案反對問題
15 課長事務官の全體會議開く
16 絕對に承認し得ず 四代表、首外相に上申書手交
17 方策は出來てゐる 會見後外相は語る
18 英空陸相が聲明を行ふ 來週下院に於て
19 共產黨代議士の 肅清を決行 佛政府、續續召喚令發す
20 佛議會閉會
21 瑞典は軍艦で 領海を警戒
22 佛、ボルグ森を占領 パリ軍事消息通觀測
23 ヘリゴラント島で 海戰行はる?
24 ソ聯の官憲が 英、瑞船を抑留
25 明日の天氣
26 愛の凱歌(59)/戶川貞雄;松田文雄
27 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 明治節の奉祝要綱 精動委員會で決定
02 秋風新學士明朗譜 各學部共申込み二倍
03 ○○部隊勇士歸還 軍官民盛大な出迎裡に
04 英靈無言の凱旋 あす臺北驛を通過
05 高千穗丸入港
06 新竹州知事一行來基 陸軍病院慰問
07 ニツポン號 愈よ大西洋橫斷
08 明治神宮國民體育秋季大會 愈よ廿九日から開幕
09 ダカール安着
10 路上で斬らる 加害者も就縛
11 躍る新竹相思樹木炭 今度は大阪から引合
12 綠町の晝火事 住家三棟烏有に歸す
13 偽刑事はキ印か
14 臺車に轢かれ即死
15 刑事講習會
16 臺灣物價第二回委員會 けふ督府正廳で開催
17 カーバイトでボル 手段もまた惡辣
18 甜菜增產計畫 滿洲國產業部具體案を樹立
19 定期航空
20 人事‧消息
21 街で拾ふ
22 今夜の放送
23 商況 六日前場
24 今日の興行
25 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(172)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 結核豫防は秋から 婦人に多い胸式呼吸の害 醫學博士岡田道一氏談
03 ベルベット全盛な 秋のシヨール 房のない處が新味
04 殘り物の野菜で 刻み漬けの壜詰法 有り合せの壜を利用して
05 秋の拔け毛 夏まけや不潔の後に來る 手入れと食餌が大切
06 ス・フは縮む!? 地のしをしつかり やれば心配はない
07 圖像:押し寄せた倫敦女子義勇航空兵の群
08 柿には解毒作用 ジヤムにすれば乙な物
09 頭髮の刈り方
10 洋服のボタンの取合せ
11 鰯の國策料理 珍らしい頂き方四種 形と味に變化つけよ
12 美容と肉食 同時に野菜を澤山召上れ
13 井戶水を綺麗に 鐵氣除くには? 汲みあげた水の濾し方
14 お藥になる秋の果實 柿、無花果、さくらなど
15 廣告
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 戰車や飛行機を燒く おそろしい光線 ドイツの殺人光線研究者 ウーレ氏が發明
02 圖像:世界一の大タイヤ
03 今日の歷史
04 砲彈と爆彈には こんな種類がある 恐ろしい近代的立體戰は (下)みなこれに依る
05 激流に飛込んで 教へ子を救ふ 責任の強い校長先生
06 圖像:事變下少年達の可愛い發明品
07 圖像:伯林郊外の高射砲
08 千軒廻りの婆さん 一錢づづ貰つて献金
09 倫敦動物園で 毒蛇を殺す ドイツ軍の空襲に備へ
10 皆さんの作品を募集報社消息
11 廣告報社消息
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 修水河に沿ふて進擊 東方○○要衝に肉薄頭條新聞

【修水六日發同盟】五日拂曉江南戰線の敵が最大の防禦線と侍む修水縣城に突入した飯田、門脇等の各部隊は城內外の敵敗殘兵を剿滅して最後の抵抗を排除し明けて六日意氣益々軒昂、引續き修水河に沿つて進撃を開始し同午前十一時修水東方の要衝○○に肉薄一舉に殘敵を殲滅すべく果敢なる猛進を續行中である

【南昌六日發同盟】九嶺山系の峻嶮を突破し修水河谷に殺到した長崎、旗生各部隊は六日早曉修水東方十粁武寧、長沙公開南側○○附近において約三十騎の敵乘馬部隊を發見急襲して內二十三騎を斃した敵負傷者の言に依ると九嶺山系峻峰○○山の山嶽戰に敵十五師の司令部も殲滅的打撃を受けたが惡運強き師長汪之斌は部下數名と共に南方に脫走したことが判明した

02 石岐市全く破壞
03 ○○に向け急追中 長崎部隊、修水盆地に進出
04 敵約三千を潰亂せしむ 木島、宇賀各部隊
05 海鷲興化攻擊
06 山田中支最高司令官 きのふ武勳輝く歸還
07 暫定的に土田氏を東亞局長に
08 國民體育大會に 天皇陛下行幸 式典次第內定さる
09 栗原東亞局長 瑞西公使に任命
10 事變國庫債券二億圓を發行 下旬より賣出す
11 國際會議を提唱 ヒ總統きのふ國會で
12 米船イ號擊沈されん ドイツ側より米政府に警告 米、大センセーション
13 ドイツ政府宣傳に大童 ス半島諸國に對し
14 圖像:山田中將晴れの歸還(上海大連碼頭にて)
15 英佛、最終の勝利迄 戰爭を止めない ペルチナツクス氏の觀測
16 獨通商代表團 八日露都へ
17 蘇、駐伊大使を任命
18 出征將兵慰問新聞(一○五) けふの本紙寄贈者報社消息
19 谷次官、三局長を招き 鎮撫方協力を求む 妥協案三箇條を提示
20 貿易省問題を閣議に報告 野村外相より
21 課長事務官の 上申書の理由書
22 協和會、決議文を 日、支、蒙疆に送る 新秩序建設につき
23 十月分の砂糖供給量
24 ソ、ラ相援條約內容
25 小麥實收高 一千百七十七萬石
26 總督府辭令
27 本日の天氣
28 大阪商船臺灣出帆
29 日本郵船基隆出帆
30 辰馬汽船
31 大連汽船
32 臺陽汽船基隆出帆
33 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 義務教育の實施準備社說

內外事情の推移に即應し多年の懸案たる本島義務教育制實現に向って本格的調查を行ふべく去る八月下旬總督府臨時教育調查會が組織され、森岡長官を委員長として夫夫委員幹事等が任命され、九月上旬來文教局案を中心に幹事會が開かれ、協議を重ねた結果、五日の最終幹事會で最後の成案を得たので近く開かれる委員會に附議決定の上いよいよ義務教育が昭和十八年から實施される運びとなった。元來義務教育問題は、叫ばれてから年久しく一向に實現されさうにもなかったものが、幹事會の通過によって兎に角實現の曙光を見たことは何よりである。もとよりこれは時勢の要求によるが、本島教育制度確立に邁進する當局の熱意の程を示したものと云ってよい。

義務教育實施期に□する交教局の原案なるものは、傳ふるところによれば、昭和十八年案と昭和二十年案ともう一つは昭和二十年以後の三つの案があり、幹事會が第一案を採用したのは早急實施に賛成したことは云ふまでもない。ここに幹事諸公の時勢に棹さす努力が見られる。曾って本欄に於て述べた樣に義務教育の實施期については第一案によらずして第二案若くは第三案によるとすれば、各地方の努力により市街地は數年を出でずして義務制施行を挨たずとも殆ど之れに近き實績を擧げうる現狀にあるから、第二、第三案は遲きに失すると云ふべく、昭和十八年實施案の採用は、大局から見て妥當な措置と云ふべきである。義務教育の實施如何は今日、最早や時期云云の問題ではなく實施の根幹をなす財政負擔の具體的技術問題のみにあると云はねばならぬ。

文教局の調查したところによれば、義務教育實施に要する臨時費は總額一千三、四百萬圓を要するがこれは四箇年繼續事業であり年額にすれば三、四百萬圓程度となり、經常費たる國庫半額補助(教員俸給費)さへ努力すればさほどの困難事でもない。惟ふに時局に處する本島の重大使命は、いよいよ島民資質の醇化向上を必須の時務として要望するや切である。本島第二の國民として心身共に國家の負荷に堪えるには、教育の普及を措いて外にはない。これ教育制度確立の急を叫ばれる所以である。教育のみでなく凡そ制度の改革は、時勢の力によるものであるから、機會の力が働いてゐる間に改革が斷行されなければならぬ。今日の教育制度は新衣を着んことを欲してゐる。されば時の勢によりこれが改革を成し遂げるべきであらう。

02 七分又は五分搗に 米の消費節約を斷行 法令と精神運動で徹底化
03 興亞の兵の家の集 きのふ公會堂で開かる 山城中佐が激勵訓示
04 圖像:戰歿勇士の慰靈祭
05 中島上等兵 昨日無言の凱旋
06 臺南市から 榮ある三遺族 靖國神社臨時大祭に參列
07 輪作式耕作法說明
08 基隆商議議員總會
09 曾氏暗殺犯人 三名に懲役七年の判決
10 廣東治維會視察團來南
11 汪兆銘政權と(下) 事變處理の指標
12 國防献金
13 ラヂオ許可料を 五十錢に半減 十一月二日省令で公布
14 圖像:遺家族座談會
15 高雄州移民 協會評議員會
16 東洋文學會講演會
17 勇壯な奉納催し 近づく宜蘭神社大祭
18 昨夜堀江町の火事 アルテクス工場全燒
19 珊瑚漁場の 繩張り爭ひ 折衝に大熊技師一行沖繩へ
20 武昌丸就航披露宴
21 自動車運輸會社 基隆營業所落成
22 双葉山一行 きのふ神戶を出發
23 海上警報
24 日の丸藝術 コンクール
25 新竹秋競馬 第四日目の成績
26 蘇澳ピ社蕃人 一家四名自殺 調查に白木警部急行
27 奇勝石門を探る
28 定期航空
29 ときのこゑ
30 訃文:邱黃氏甚
31 廣告
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 島內米穀配給と 米價調節に乘出す 米配規則公布に際し米政課長語る
02 米穀配給統制 規則をけふ公布
03 十月卅日限蓬萊米 一擧四十二錢暴騰 米管買上值に比し 二圓四十八錢も高い
04 圖像:新機構の米穀取引市場二日開場
05 各物資別の 物價答申概要(一)
06 紐育市場磅低落
07 本年上半期の 官鐵收入は激增 千五百萬圓を突破
08 棉作技術員養成 講習會終了
09 島內酒の消費 二割七分を激增 六箇月で千七百萬圓
10 經濟豆本 生糸相場の「值幅」
11 クロス動搖と 我が為替暫定措置
12 千二百二十四點の 最高標準販賣價格決定 臺灣物價委員會閉會
13 農漁用石油配給 統制實施細目決定 全漁聯は尚不滿を表明
14 照明燈
15 市價及商況 六日
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 講演 最近に於ける 臺灣產業の發表/永田清
03 朝の修養 一日一訓 交り絕つとも惡聲を出さず/小山松吉
04 講演 秋空晴れたり 田村西男作/一龍齊貞丈
05 家庭醫事常識 マラリアと姙娠/德永幹雄
06 漫談 「映畫四十年」/德川夢聲
07 子供の時間 童話劇 祖國の土
08 料理/松本生子
09 問題の「土と兵隊」 撮影第三段階に入る
10 海外映畫短信
11 群集は叫ぶ
12 廣告
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 生擴計畫に基き 農山漁村を振興 桃園郡で座談會開催
02 鹿港神社鎮座祭 來る十日に執行
03 圖像:銃後強化週間の第一夜
04 優良防衛團員 竹南郡守より表彰
05 戰歿者慰靈祭 蘇澳公會堂で嚴修
06 彰化郡で選擧事務研究會
07 戰歿軍人慰靈祭 東石郡嚴肅に執行
08 竹南三灣庄に原蠶飼育場
09 屏東郡の道路品評會 來る廿三日より開催
10 潮州街の選擧講話
11 金賣却の功勞者 竹東街十三氏を表彰
12 金製品を一掃! 北門郡で第三次金總動員
13 不謹慎な花柳界 南投某組合幹部も非難さる
14 屏東郡馬事訓練所開所式
15 多年の宿望達成 五里林道路竣工 來る八日に開通式
16 葬費を節約献金
17 桃園郡壯丁團幹事講習會
18 ローカル・セクション
19 廣告
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 臺灣標準物價(一) 督府より告示さる
02 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 傷痍軍人懇談會 銃後後援強化週間第四日 高雄市の催し
02 歸還將兵座談會 嘉義市公會堂で開催
03 戰歿勇士慰靈祭 六日嘉義市で嚴修
04 白衣の勇士歸還
05 彰化署の 慰靈祭
06 圖像:銃後後援強化週間「慰靈の日」
07 海軍協會 高雄分會を設置
08 高雄州の視學打合會
09 時局大講演會 今夕彰化公會堂で
10 臺中州教育課長 彰化郡下を視察
11 彰化郡下で模擬選擧
12 臺中州の防空訓練 警戒管制は明るく空襲管制は暗く 十三日より實施
13 新竹州知事一行 高雄衛戍部隊を慰問
14 花蓮港廳米穀 同業組合成立 近く設立認可を申請
15 臺中署、業者と打合 物價抑制の徹底を期す
16 廣東視察團 九日來臺、十二日內地へ
17 圖像:軍人家族慰安會
18 軍馬慰靈祭 廿四日臺南で執行
19 彰化郡農務打合會
20 嘉義市の電話 今夜から切替 待望の自働式出現
21 東京大相撲 十八、九兩日 高雄で興行
22 山林大會(第三日) 林業座談會を開く
23 臺南市に「山の會」 每月ハイクを計畫
24 和美信組常務理事に吳氏就任
25 臺南の流腦撲滅策 在來家屋に窓取付獎勵
26 軍事世話係打合會 四日彰化市で開催
27 彰化野球大會豫演會
28 屏東公の音樂舞踊會盛大
29 知事、郡守に陳情 豐原郡下の地主が
30 何傳氏の美擧 金一萬圓を國防献金
31 老人「虎の子」を 盜まる
32 嘉義支局電話番號變更報社消息
33 潮州本願寺主催 第二回佛教講習會 選拔された道士二十名
34 彰化署異動
35 人事往來報社消息
36 廣告報社消息
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(14)/龍瑛宗;陳春德
02 最近の周作人 (三)/立野信之
03 ロシヤの學生 遺傳學を毛嫌ふ
04 龍骨車 「なまけもの」 最高時速一哩
05 學藝消息 黑ん坊は何故黑いか
06 デイツケンスの原稿競賣
07 圖像:南支名勝(六)海珠橋
08 心聲漢詩

題黃景南潜廬/林述三、贈李逸樵先生/小寒山、潜廬秋夜/黃景南、潜廬秋夜/杜仰山、潜廬秋夜/李世昌、潜廬秋夜/王天奎、潜廬秋夜/李嘯峯、潜廬秋夜/周湧津、潜廬秋夜/杜世平、潜廬秋夜/白星星

09 新刊雜誌
10 廣告
第12頁
夕刊第1版
序號 標題
01 敵前奇襲上陸 中山縣城の外廓に達す
02 修水河谷の剿滅戰 輝く我軍の綜合戰果
03 圖像:地方長官會議
04 強情の李漢魂も 遂に泣言を述ぶ
05 青幫の首領常玉清 汪兆銘擁護の通電を發す
06 ヒ總統の演說要旨
07 大島駐獨大使に歸朝命令
08 寺內大將けふ歸國の途へ ナポリ發米經由で
09 圖像:西尾支那派遣軍總司令官記者團と初會見
10 餘り問題にならない 英の對ヒ總統演說聲明
11 佛首相、拒否の演說
12 英佛軍首腦協議
13 米國では不評
14 蘇の對英佛木材輸送 必らずしも非友誼ならず 獨政府當局言明す
15 伊太利は平和を希望
16 和蘭では好感 白耳義は冷淡
17 バルカン諸國反響なし
18 ソ聯は好感
19 英自治領が承知すまい 西國新聞の論調
20 ソ聯は暫らく聯盟に留まる
21 經濟部長事務打合會
22 明日の天氣
23 愛の凱歌(69)/戶川貞雄;松田文雄
24 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 酒造米、半減の方針 白米禁止の節約と合せて 四、五百萬石を捻出
02 亞歐連絡の神風號 鵝鑾鼻海岸に不時着 操縱士負傷、機關士行方不明
03 燃料缺乏のためか
04 小池機關士の行方を搜查
05 輝く勳章傳達式 けふ嚴肅に擧行
06 無言の戰士を慰む 最初の軍馬祭 廿四日新公園で擧行
07 遭難を急報 負傷の川崎操縱士から
08 浮袋を發見 小池氏使用のものか
09 事故調查に 二機現場へ飛ぶ
10 藤重中佐 けふ大和丸で離臺
11 英靈內地へ凱旋
12 遺家族慰安會 銃後後援強化週間臺北市の催し
13 遺家族慰問運動會 けふ新竹で開催
14 遺家族招待映畫會
15 臺北孔子廟祭典
16 森岡總務長官 烏溪治水工事竣功式に臨場
17 我が空襲に怯えて 重慶政府要人逃避 宋美齡も視察に藉口雲隱れ
18 壯丁市外訓練 あす北投で運動會
19 辻井氏が献金
20 基隆の防空訓練 愈愈あす實施 家庭防火群も參加訓練
21 本社主催內地視察團 十日まで申込受付報社消息
22 臺北州國語演習會 來月十八日公會堂で
23 新竹商議議員補缺選擧
24 市內小公學校運動會日割
25 ニツポン號 アガヂルに向ふ
26 長沙丸入港 嚴重に檢疫
27 私立臺北中學同窓會
28 音樂堂演奏曲目
29 海上警報
30 定期航空
31 人事‧消息
32 街で拾ふ
33 今夜の放送
34 商況 七日前場
35 今日の興行
36 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(173)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 婦人の分野から 國家に協力せよ 銃後後援強化週間を迎へ 川崎ナツ女史談
03 子供の視力を守れ 電力節約時代には 合理的に無駄を省け 工學博士伊藤奎二氏談
04 食器中毒御用心 鉛や綠青な漆などで よくやられる事がある
05 秋の草履は 帶地應用が流行 レザーの質も向上した
06 圖像:赤十字に參加するフランス婦人達
07 ネクタイの若返り法
08 今は正に薄着の 習慣をつける秋 赤ちゃんの皮膚は 何すれば強くなる
09 漂白パツクの話 むやみに行ふと 肌をかへつて荒す
10 身上相談
11 廣告
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 大會戰後はや一年 徐州は支那の天國 皆さんと仲好くしませうと 支那兒童、勉強に大童
02 圖像:銃後後援強化週間
03 今日の歷史
04 自分達が作った歌を 自分達が歌ふ 朝鮮の小學校で
05 美しい內地の秋 樹樹は紅葉に燃え 田圃には黃金の花が咲く
06 圖像:歐洲戰亂だより
07 圖像/黃駿遒
08 日本贔屓の米人 赤十字へ切手を寄附
09 前線の勇士へ 銃後の小國民より 日本と支那事變/林德成
10 盲の生徒さんが 勇しい夜間演習 新潟市の盲學校
11 廣告報社消息
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 中山縣城占領 感激の日章旗を揭ぐ頭條新聞

【廣東七日發同盟】南支派遣軍報道部午後一時四十五分發表中山縣城の敵はわが猛攻を支ふることを得ず本七日午後一時二十分林、秋富、大西、重久の諸隊は雪崩を打つて縣城に突入これを占領せり、敵が北方に潰走附近の丘陵に退却するや周圍より追撃す、全滅は單に時間の問題となれり

【○○にて七日同盟特派員發】七日正午中山縣城外廓に達したわが陸の精銳諸部隊は午後一時二十分一齊に縣城に突入、炎熱灼くが如き秋陽を浴びて城頭高く感激の日章旗を揭げた、實に行動開始以來十三時間二十分の記錄的スピード攻略である。

02 城內の掃蕩を完了 民眾に何等の損害を與へず
03 陸鷲が機銃掃射
04 城內民眾にビラ撒布
05 皇軍の意氣天を衝く
06 我寬大な處置に增長 南支派遣軍報道部長談
07 私財寄附者に對し 褒狀下賜の御沙汰 賞勳局から特例公布
08 カー大使一行 空路重慶へ
09 敗敵を爆擊
10 米大統領は 休戰提議しまい 英佛が調停案受諾の 公式保障がない限り
11 伊は依然靜觀態度 獨國會演說に對し沈默
12 英佛熟慮の機會 ヒ總統の演說を取上げて 伊半官通信紙論ず
13 外相が輕擧を戒む 高瀨幹事長ら十八名と會見し 修正新妥協案を提示
14 解決案の趣旨 外務省に通商部設置
15 不備の諸點 事務當局が指摘
16 內閣側と折衝 次官、三局長ら意見交換
17 米需給問題に集中 經濟部長事務打合會第二日の 主なる質疑應答
18 出征軍人慰問新聞 (106)けふの本紙寄贈者報社消息
19 聯盟の平和機構 機能完全に停止 英政府通牒で指摘
20 英波融資協定 英、正文を發表
21 英國陸軍部隊は 續續佛に向け輸送 英情報省六日の發表
22 小部隊の衝突 佛軍側の發表
23 チエツコ亡命政府 佛國內に再建を計畫 ベ前大統領らパリ着
24 山梨學習院長 きのふ正式發令
25 柳川長官一行 廈門視察終る
26 本多子が當選 子爵議員補缺選擧
27 縣會議員選擧の結果
28 張群、賀耀祖を ソ聯に派遣せん 和戰問題に付ソ聯の意向打診か
29 四川分割理由 反蔣運動激化せん
30 砂糖共販會社 糖聯で檢討中
31 石炭の增產 商相閣議で說明
32 本日の天氣
33 大阪商船臺灣出帆
34 日本郵船基隆出帆
35 辰馬汽船
36 大連汽船
37 臺陽汽船基隆出帆
38 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 屬僚政治への爆彈 外相よ毅然たれ社說

貿易省出現を繞って外務省にお家騒動が起って居る。一億一心下に於いて誠に苦苦しい事である、併し革新期に於ける自然現象であるから敢へて失望する必要は無い。外務省事務當局としては貿易省出現は外政一元化にもとるものとして反對根據を此處において居るようである、つまり外政一元化の名のもとに貿易省設置反對を理論化しようとして居るのであるが實際は外務省の權限が縮少される事を反對して居るのである、尤も屬僚的イデオロギーとして吾人は彼等の反對に對し十分理解も出來るし同情するにやぶさかではない。併し國政變革の緊急時下に於いて一省の權限縮大など物の數ではないのである、抑抑外政一元化を堅持した外務省が過去に於いて如何なる外政を行ったかと問ひたいところである。所謂外務省イデオロギーと云ふか外務省型と云ふか之れに對する根本的是正の必要については多年論議されて來たのであった。一言で云へば此處十數年間の外交は失敗の連續であったと云ふよりも、むしろゼロであったと云へよう。

貿易省設置が必要であるか無いかの理論は別として既に閣議に於て決定された政治問題に對し事務當局が黨を組んで反對すると云ふ事それ自體が官吏として思ひ上った行為であるのみならず反對理由が一元化云云と云ふ抽象論である事だ、要するに自己の權限縮少に反對して居るのであるが、抑抑外務省のために外政を必要とし外政の一元化を必要として居るのでは無いのである。政治上必要に迫れば外務省が廢止されても好いのである。考へても見よ滿州問題、前上海事變、今次支那事變等を顧るとき外務省は果して何んの面目あって今頃外政の一元化を叫ぶ資格があるか今は謹慎して外務省の根本的改革の來らん事を望むべきである。

野村外相が述べて居る如く、一一事務當局と相談したり事務當局の滿足するようにして居ったんでは何一つ思ひ切った事は出來ない。多少の動搖が起るのは止むを得ない。誠に其の通りである。政府が『革新政策斷行』を強調して以來幾つかの內閣が更迭して居るが未だ實現しないのは屬僚的政治を清算し切れないからである。たとへば官吏制度改革問題でも近衞內閣があれ程主張しながら遂に一步も手をつけなかったのは一部の反對を恐れたからである。併し時局は部分的反對に氣を取られて居る程呑氣なものでは無い。

外務省事務當局と政治當局の紛爭をして屬僚政治への爆彈たらしめたいと吾人は望んで居る若し野村外相が事務當局に屈したり其の進退を輕輕に行ふが如き事あらば吾人の野村外相に對する期待が裏切られるのみならず、ひいては興亞大業遂行上に多大の不安を感ずるのである。此の際野村外相は毅然として外務省の惡弊を一掃し真に外務省をして國民の信頼に足るものに更生せしむるべきである。幸ひ課長事務官が辭職を欲して居る事はねがったり、かなったりで外務省陣容建置しの絕好のチャンスである。

02 あすから第二種防訓 一人の無關心は百萬人の恐怖 統監部の希望事項
03 統監部の編成
04 標旗の揭揚場所
05 臺北辯護士會 時局講演會 外務紛爭爆擊
06 靖國神社臨時大祭 祭典委員の第一回委員會開く 杉山委員長謹話
07 特別放送 演題─糖業令
08 鮭罐詰でボル 嚴重戒告處分
09 歸還勇士の慰安會 宜蘭で盛大に開催
10 座談會を開く
11 基隆船舶通信組合 きのふ結成式を擧行
12 自動車屋と娼妓の失踪事件 バラバラの白骨姿で 海底から發見さる 一年振りで謎は解決
13 督府警邏船開南丸 きのふ盛大な竣功式
14 五十名珠數繫ぎ 「賭博市場」に手入れ
15 激浪の飜弄と死鬪 濱の窪地に一夜 案外元氣な川崎操縱士遭難談 不時着の神風號
16 破損程度
17 小池氏の死體か 沖で溺死體發見
18 海上警報 東、南部船舶警戒
19 發火原因に不審の數數
20 慶應が連勝 慶立第二回戰
21 明大が先勝
22 產組特別講習 申込全部採用 十八日會場に集合
23 騙取して遊興
24 新竹秋競馬 第五日の戰績
25 定期航空
26 今日のメモ
27 人事‧消息
28 ときのこゑ
29 今日の興行
30 廣告
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 價格引上禁止令に對應 圓ブロツクヘの輸出を抑制 督府近く律令を公布
02 十六年度 臺灣米の增產 更に五十萬石か 甘蔗等調整免かれぬ
03 工場プール委員會で 實行細目決定 火保再保調整に乘出す
04 各物資別の 物價答申概要(二)
05 臺電社長內定 廿日過に任命か 林安繁氏が有力
06 臺北商工會議所 臨時總會を招集
07 滿國新物動計畫 日滿支會議を開催 歐洲動亂に對處の為
08 全國經濟部長打合會 きのふ農相官邸に開催
09 轉職座談會 來る十日に開く
10 臺灣工業化に拍車 南日本化學工業愈よ新設 來る廿一日に創立總會
11 正米市場取組 空前の巨額に上る
12 村松、原田兩氏 支店開設で嘉義へ
13 府農務課長 七日新竹へ
14 金利平準化に對し 關係官會議を開く 來る十三日財務局主催で
15 共販會社を設立 砂糖の一元的販賣を具現 各社マークも單一化
16 照明燈
17 市價及商況 七日
18 廣告
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 講演 東洋畫と描線/金原省吾
03 全國中繼 ラヂオ風景 稻江夜曲
04 お話と音樂
05 十分間演藝 ほがらか日記 報恩感謝の卷
06 料理/杉本生子
07 子供の時間 童話劇 時化
08 圖像:映畫法實施記念慰靈祭
09 大船大作「花嫁競爭」 佐佐木康監督に決定
10 新興の漫才映畫 「お染久松」
11 「長脇差東海しぐれ」 中島寶三監督が完成
12 大都の大眾篇 槍供養
13 「土と兵隊」 泥撮影
14 新興東京の十二月作 「岩に咲く花」
15 廣告報社消息
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 三百戶を突破 新港郡、移民招致に凱歌
02 無筆棄權を絕滅 豐原郡下で講習會
03 能高郡米穀商組合創立總會
04 圖像:練習艦隊輝く出港
05 屏東郡の國演 盛況裡に初日終了
06 臺東廳下三郡 地租完納
07 豐原郡吳服組合 九日創立總會
08 煙草實行組合相互會 二林庄で創立總會
09 北斗警察異動
10 新港郡の奇現象 木炭山積の木炭飢饉 搬出勞力不足が原因
11 國講講師講習會
12 能高郡下の献金熱旺盛
13 坡心庄助役任命
14 能高郡の國講講師合格者
15 報國總動員團 大甲で結成式を擧ぐ
16 北斗西螺線運行開始
17 能高寺で葬儀作法講習會
18 精神異狀老人 埤圳に飛込む
19 麻袋窃盜犯檢擧さる
20 前科三犯の女 純綿を萬引
21 ローカル・セクション
22 廣告報社消息
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 臺灣標準物價(二) 督府より告示さる
02 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 英靈の冥福を祈る 戰歿將兵慰靈祭 臺中州主催きのふ嚴肅に執行
02 遺家族援護を強化 屏東市の各代表懇談會
03 遺家族を慰問 屏東の鄉軍分會が
04 防諜、銃後後援座談會 けふ屏東會館で開催
05 知事代理が遺家族慰問
06 圖像:江南戰線(桃樹港附近)
07 血書で軍夫志願 歸還軍夫の感化で
08 白衣勇士を 慰問 高雄兩公生徒が
09 高雄神社奉贊會理事會
10 彰化市助役が弔問
11 誠心こめた献金 高砂族六千の壯擧
12 臺南州方委大會 きのふ嘉義で開催
13 香奠返しに寄附
14 築港は出來たが 荷役賃は下らぬ 關係業者、對策を協議
15 圖像:山田中支軍最高指揮官、汪兆銘氏を公式訪問激勵す
16 宜蘭神社祭典奉納 商品陳列競技會 十五日商協主催で
17 屏東鄉軍分會の實彈射擊
18 圖像:日伯法曹界初の握手
19 高雄商議の 商工調查 好成績、豫定より早く終了
20 畜牛結核檢查 臺南州下で實施
21 物價調查打合 臺南市で開催
22 彰化同志信組役員會
23 戰爭に不可缺の物資 廿種の中、英は只一つ
24 新高公敷地に 父兄側が反對 當局、代案あれば考慮
25 臺南州畜產會に 乘馬練習所設置 馬事思想普及に乘出す
26 バス顛落 乘客二名負傷
27 屏東市國演 二十二日に開催
28 祝賀庭球大會、野球大會
29 恩を仇で還へす 青年の盜癖癒らず
30 臺南州警務部異動
31 參宮道路建設の為 「半月池」を取壞す
32 彰化隣保館建築に一千圓を寄附
33 老人の變死體 愛寮溪で發見
34 古月園が高賓閣に身賣
35 故張玉書氏告別式
36 人事往來報社消息
37 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(15)/龍瑛宗;陳春德
02 最近の周作人 (四)/立野信之
03 ホトトギス雜詠の色彩 一愛撫の念と淡淡たる風貌/黃朝木
04 龍骨車 秋江文學の價値 どういふ處にあるか
05 詩 友の死
06 圖像:南支名勝(七)中山記念塔
07 學藝消息 藝は身を助けず
08 白國の記者と作家達 戰爭終結を提唱
09 心聲漢詩

秋日遊凌雲寺聯吟題壁、秋日遊凌雲寺聯吟題壁、詣聖廟/張揚善、呈臺北帝大總長三田醫博恩師/張揚善、哭張笏山丈/說劍

10 新刊雜誌
11 廣告
第12頁
日刊第1版
序號 標題
01 中山縣城の無瑕占據 爆彈、砲彈一個も見ず頭條新聞

【中山七日發同盟特派員】中山縣城に向ひ猛進撃を開始した右翼部隊は各所に微弱な敵の抵抗を排除して中山縣城東側よりまた中山河東岸を北上した林部隊の各部隊は南側より七日午後二時一齊に城內に突入し午後四時完全に占領、久しく廣東南方敵遊擊作戰の據點だつた中山は茲に陸海空一體の緊密なる協力下に一發の爆彈も放たず又一個の砲彈も見ず孫中山を偲ぶ由緒の地中山縣城は茲に其まゝ皇軍の佔據下に治安を確保された

02 中山縣廳で 歷史的交驩 陸海軍兩部隊長
03 海軍部隊も大活躍 中山縣城より潰走する 敵の退路を完全に遮斷
04 敵密集部隊を砲擊 東莞江方面に於いて
05 中山縣作戰の 我が大戰果
06 ○○山脈の險に據る 殘敵を捕捉擊滅 修水東方○○に突入
07 敵は樊崧甫麾下 十個師約四萬九千餘
08 英國空軍の活動 ニ空軍參謀長公表
09 西部戰線戰況 獨軍最高司令部の發表
10 外國潛水艦出現 フロリダ州海岸に
11 通商協定交涉を開始 ソ、フ兩國間で
12 如何なる對獨回答 英政府は頗る慎重檢討を續行 否定的聲明とならん
13 リ國外相再度モスクワ訪問
14 英佛の回答を期待 ドイツ政府氣長に待つ
15 ソ聯のエ國壓迫 再び新要求を提出
16 フインランド政府 豫備兵召集開始 ソ聯の代表派遣要請に對し 目下慎重研究中
17 最後案承服せねば 辭表提出を求めん 野村外相の態度強硬
18 解決案を拒否 外相の再考善處を要請 課長、事務官の全體會議開く
19 米の軍備擴充 流線型師團四個師團の 新戰鬪兵團新設を要請
20 獨少數民族返還 外交交涉申入れ フ獨公使、ラ政府に對し
21 戰略要地の 要塞化を急ぐ ソ聯、動員を續く
22 ソ聯の中國邊境工作 最近頓に露骨となる
23 出征軍人慰問新聞 (107)けふの本紙寄贈者報社消息
24 圖像:辭表は幹事長の手許へ
25 對英、米為替相場協定 一部修正を實施
26 縣議選擧結果 高知縣と熊本縣
27 山梨縣の分
28 石炭、纖維對策成る 愈愈けふ總會に附議
29 寺內大將ナポリ出發 ニューヨークへ
30 戰時保險料率 大巾引下げ 貸物保險協和會
31 富士丸無電
32 今日の天氣
33 廣告
第01頁
日刊第2版
序號 標題
01 新東亞建設の巨步 着着として進捗す 柳川興亞院總務長官寄臺
02 柳川長官臺北着 總督、軍司令官を訪問
03 雨の北投運動場で 戰時色豐かな競技 壯丁の市外訓練終了
04 飛ぶ樣に賣れる 城西技藝指導所主催バザー 白衣の天使に慰問文
05 圖像:臺灣神社參拜の柳川興亞院總務長官
06 長沙丸情報
07 海國日本の躍進 貨物船總數千二百餘隻 昨年同期に比し八五隻增 八月一日現在
08 和波中將の講演盛況
09 四百名が大搜查 小池氏の行方判明せず 機體引揚作業に着手
10 臺北州下籠球選手權大會
11 全員一體の活躍 家庭防火群の協力目覺し 基隆市の防空訓練
12 銃後の奉公 この一票 選擧標語圖案當選發表
13 復安製革工場全燒
14 米國の對戰民意 フオーチユン誌調查
15 ニツポン號 カサブランカ安着
16 明大が先勝
17 早大雪辱
18 臺北工業再勝 大每主催中等相撲臺灣豫選
19 特別放送 演題─糖業令
20 戰爭と小麥 各國の收穫調べ
21 海上警報
22 定期航空
23 新竹秋競馬 最終日の成績
24 大阪商船臺灣出帆
25 日本郵船基隆出帆
26 辰馬汽船
27 大連汽船
28 臺陽汽船基隆出帆
29 廣告報社消息
第02頁
日刊第3版
序號 標題
01 空の脅威に備へる 高雄州の防空訓練 來る廿一日より一晝夜
02 戰傷見舞金を割き 前線から銃後に寄附 彰化市役所出身の城戶伍長
03 清水大尉の慰靈祭 きのふ高雄湊小で執行
04 北商、北一女が制霸 中等水上競技大會終幕
05 花蓮港の野球 降雨で中止
06 彰化郵便局の野球試合
07 候補者一人に對し 五百四十餘の得票 高雄市の有權者調查終る
08 強化週間に献金 竹山の新民公會
09 忌明に献金 溪湖の佐藤氏
10 移民の土地分割
11 管理米輸送打合
12 新顏、相當に登場 期間の關係で人物難 市制を控へる花蓮港の選擧
13 遺家族慰安會 高雄市の強化週間第六日
14 愛婦臺中支部の 慰安運動會 八日盛大に開催
15 嘉義の慰安會
16 遺家族の子供に やさしい慰問品 彰化高女の愛國女子團
17 本社主催內地視察團 十日まで申込受付報社消息
18 遺家族を訪問 慰問袋を贈呈 高雄旭公の心盡し
19 農民に捺印を勸誘
20 斗南信組の廿週年記念式
21 ポスター展(第五日) 開會以來の最高賣行
22 廈門皇軍慰問の 臺中州派遣團 今日の晝急行で歸着
23 林幼春氏告別式報社消息
24 彰化市の強化週間
25 善行者を表彰 けふ高雄市で
26 廣告
第03頁
日刊第4版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(16)/龍瑛宗;陳春德
02 ラヂオ
03 講演 重大時局に際會して 傷痍軍人の所信を述ぶ/蒲穆
04 ラヂオ小說 勇士、村に還る/小杉勇外
05 府縣めぐり 鳥取縣の卷
06 童話 「吉田先生と正男君」/永井隆
07 朝の修養 藝術に現はれた日本精神(一)/野口米次郎
08 子供の時間 秋が來た
09 詩吟
10 十分間演藝 ほがらか日記 大和協力の卷
11 料理/松本生子
12 新映畫 明治演劇團を背景の 殘菊物語 松竹本年度の大作
13 「その前夜」の 字幕 岩田畫伯が執筆
14 薩南大評定 前篇が完成
15 心聲漢詩

秋日重過怡園/王竹修、秋日重過怡園/尤人鳳、秋日重過怡園/張子民、恭和蘇鴻飛詞兄秋日客思/張德豐、恭和蘇鴻飛詞兄秋日客思 其二/張德豐、偕友人過天狗庵訪蔡誠仁君雜詩/小維摩、偕友人過天狗庵訪蔡誠仁君雜詩 二/小維摩、偕友人過天狗庵訪蔡誠仁君雜詩 三/小維摩、偕友人過天狗庵訪蔡誠仁君雜詩 四/小維摩、偕友人過天狗庵訪蔡誠仁君雜詩 五/小維摩、不日將赴粤慰軍、瘦菊舅父以詩見示謹次其原韻/杏庵

16 廣告
第04頁
夕刊第1版
序號 標題
01 英佛、開戰目的を闡明 平和條件を開陳か 紐育タイムス報道
02 獨の軍事地位は有利 ソ聯海軍機關紙の論評
03 東フ列島附近で海戰か
04 佛軍發表の戰況
05 獨軍發表の戰況
06 南支海軍最高指揮官 近藤中將あす歸還
07 土國の英佛依存の 政策放棄を要求 獨逸、側面から重壓
08 𣏌縣一帶に出沒の 千二百の敵を殲滅
09 廣西省全省を爆擊
10 人造牛酪とラード 英軍需省が徵發令
11 英、白の經濟交涉一時中止
12 獨ソ經濟締結の 具體化を協議 獨使節團露都に着く
13 ソ聯、バ海黑海の 制霸を目指す 懷柔、強壓策に狂奔
14 西尾總司令官上海で 傷病兵を慰問 及川司令長官以下を訪問
15 蘭米汽船のヒ號擊沈さる
16 佛、共黨議員を彈壓 被檢擧議員二十六名
17 元首相パ氏をソ聯に派遣 芬蘭、ソ聯と交涉
18 六代表、外相を訪問 再考善處を要望 外相提示の案受諾し得ず
19 事務當局側 代案を提出
20 明日の天氣
21 “吾人の主張" 外務事務當局が發表
22 在外公館からも 續續合流し來る
23 カー英大使重慶着
24 愛の凱歌(61)/戶川貞雄;松田文雄
25 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 世界捕鯨の爭霸戰 霸權目指す我第一陣 六十餘隻近く出動
02 愛國の熱誠輝やく 三戰鬪機の命名式 臺中(十二日)と臺南(十三日)で擧行
03 圖像:軍馬、軍犬献納式 大阪市學童らの赤誠
04 續く赤誠の献金 九月分は六千七百餘圓 海軍武官府の取扱
05 臺北州下の防訓開始 各地區の防衛團員に伍し 通信連絡に鳩隊活躍
06 訪日廣東視察團 颱風のため十一日寄臺に變更
07 部局長會議
08 森岡長官出發 烏溪治水工事 竣工式に列席
09 双葉山大相撲一行 けふ賑かに來臺
10 內地優良農村視察團を派遣 新竹州農會から
11 ニツポン號 スペインに安着 歐洲に第一步を印す
12 時局を喰ふ男 官有地拂下げに名義詐稱 憲兵隊で檢擧取調
13 衣類泥棒檢擧
14 海上警報
15 今週の天體觀覽
16 人事‧消息
17 街で拾ふ
18 今夜の放送
19 商況 九日前場
20 今日の興行
21 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(174)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 抵抗力が弱つて 故障が起り易い 特に初姙婦の方へ 姙婦の衛生
03 家庭婦人の常識集
04 帽子と髮の調和 ネツトはむやみに附けるな 飾の多い程調和は難しい
05 圖像:白衣の勇士に人形製作指導
06 網の上手な 使ひ方
07 營養が完全なら 風邪などは平氣 營養の平均に努めよ
08 凡ゆる病氣に効く 日光の中の紫外線 貧血、皮膚病、外傷等等
09 廣告報社消息
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 輝く二千六百年を 壽ぐ元旦の諸行事 萬國無比な國體を仰ぎ 益益勉強しませう
02 圖像:慰問品を贈りませう
03 今日の歷史
04 美しい內地の秋 樹樹は紅葉に燃え 田圃には黃金の花が咲く
05 小屋を建てて泊る
06 圖像:モノ淒い地上射擊
07 前線の勇士へ 銃後の小國民より 南の島から祈る/賴炎墩
08 圖像/陳呈祥
09 乾草を献納 往復四十粁の道を 兒童が行軍
10 物識博士
11 民報案內報社消息
12 廣告
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 敵軍を捕捉潰滅す 抗日支那の武力に大鐵槌 大本營陸軍部發表 湖南作戰戰果頭條新聞

【東京九日發同盟】大本營陸軍部では九日午後五時今次湖南作戰の意義並に戰果を左の如く發表した

一、岳州、南昌間我が前線當面の敵は第九戰區薛岳の指揮する中央軍約三十個師(別に四川、雲南の傍系軍十數個師)四十萬にして岳州、武漢失陷以來我が第一線と近く相對峙し附近一帶の要害を恃んで堅固なる數線陣地を設施し我が軍の進攻を阻むと共に時々我方の占領地域內に潛入蠢動して執拗なる後方遊撃治攪亂を企圖せり

二、軍は即ち當面の敵主力を捕捉殲滅してその企圖を挫折封止更に崩壞の一途を辿る抗日支那の武力に對し一大鐵槌を與ふる目的を以て茲に今次作戰の展開を見るに至りしなり即ち本作戰は長沙占領等地域要地の占據を目的とするものに非ずして敵軍の捕捉潰滅を期したるものなり

三、即ち軍は九月中旬有力なる部隊を以て先づ南昌方面より行動を開始し瞬時の間高安附近に敵要地を葬り次で同月下旬有力部隊を以て新墻河通城の線を進發大舉して南下別に一部隊を洞湖上に進めて長驅汩水南岸敵の背後に急襲上陸を敢行し果敢突進せしめ爾來東西呼應陸空緊密なる協同の下に各方面隨所に頑敵を撃破して猛進擊を續け僅々旬日にして浙贛鐵道北側一帶の地區を席卷この間汩水、修水兩岸の各要衝を我が手に收め狼狽敗退彷徨の殘敵を省境の山岳地帶に包圍潰滅しこゝに參加將兵の勇戰奮鬪により輝しき戰果を獲得せり

四、右作戰の目的を貫遂したる軍は直ちに各方面とも反轉行動を開始し山岳地帶に蟄伏する殘敵掃蕩を實施して敵將來の蠢動完封を期しつゝあり

五、本作戰における戰果概要左の如し

1、交戰せし敵師團數は中央系約十五個師その他約十個師にしてその內潰滅的打撃を與へたるもの中央系十個師その他四個師、相當の打撃を與へたるもの中央系三個師、その他三個師以上の外戰場に現出せし敵の師號は十九を算するをもつて敵の參戰數は正に四十四個師に上り敵將薛岳はその麾下第九戰區の全力を舉げて必死の抵抗を試みたるものと判斷ぜらる

2、十月六日までに判明せる綜合戰果、遺棄死體二八、六五◯、捕虜二、六四◯、野山砲六、速射砲一、迫撃砲一三、重機關銃一五四、小銃三、一二四山砲彈藥九四、二五七、迫擊砲彈一、四八◯、重機彈藥六、三◯◯、輕機彈藥五、七五◯、小銃彈七七、八六◯、手榴彈四、七八◯

中口徑砲の鹵獲數僅少なるは武漢攻略戰後敵の該裝備頓に劣惡貧弱となれることを示すものなり

3、十月六日まで判明せるわが方の損害戰死五四五、負傷一、九九四

六、本作戰間海軍部隊は洞庭湖を遡江して新墻河々口附近その他敵前上陸を敢行して陸軍部隊に協力更に湘江の啓開を實施せり

02 集結中の敵を攻擊 大瀨戶部隊、陸鷲と協力
03 大部を殲滅 敵を中山縣北境 水道の線に壓迫
04 支那軍の內訌益益擴大す
05 外務省紛擾は急轉直下 圓滿解決の曙光見ゆ 事務當局の最後案 政府側も考慮す
06 天皇陛下には二十日 靖國神社に行幸 十八日、廿三日には勅使を御差遣
07 日滿支經濟評議會 きのふ企畫院に開かる
08 島田佐賀警察部長 上海駐在領事に
09 四勅選議員 同成會に入會
10 圖像:湖南戰線より
11 事務當局案を採擇 問題は外相と政府の折衝
12 ドイツ少數民族問題 近くエストニアとも返還折衝 徹底的解決行はれん
13 獨ソ經濟提携 急速、廣範圍に實現せん
14 ソ聯はエ島に駐兵 來週中到着の豫定
15 掃海艇十隻の購入豫算要求 スエーデン政府
16 共產黨議員廿六名を檢擧 佛政府正式發表
17 出征軍人慰問新聞 (108)けふの本紙寄贈者報社消息
18 ベネシユ氏パリ着 亡命政府を組織
19 潮州善後委員會 成立式典擧行さる
20 芬蘭は強硬な態度 對ソ交涉豫備兵を召集
21 伊、ユ、洪の三國會談 バルカンに重大影響
22 伊國、ユハ兩國と 相援條約締結か
23 生產力擴充が急務 日本工業招待會で青木藏相が演說
24 ル、ハ兩國の撤兵協定成立
25 羊毛統制實施 英政府が發表
26 大阪商船臺灣出帆
27 日本郵船基隆出帆
28 辰馬汽船
29 大連汽船
30 臺陽汽船基隆出帆
31 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 臺灣糖業令と運用問題社說

臺灣米穀移出管理法の實施に並行して立案中であった臺灣糖業令は豫定より遲れて去る十月三日付を以て公布實施を見た事は本島二大產業である米糖產業を確立する上に重大意義を有するものである。本島糖業が約四十年間の經營に依って今日の盛況を招いたのは言ふ迄もなく糖業資本の偉力であると共に官民より多大の支援があった事は見逃せない事である。然るに過去に於ける糖業に對する督府の監督權は簡單なる法令に依って取締って居る為めに監督機能を充分に發揮する事が出來ない嫌ひがあり、米管法の實施に依って糖業に對しても強力なる統制を取る事となったので、臺灣糖業令の公布を見たのである。之れに依って督府の糖業に對する指導權も確保される事となったが、更に實施後の運用の巧拙如何に依ってその効果が期待される譯である從來臺灣糖業は單に糖業資本家の投資事業として自由に經營して來たが非常時局下に於いては國家的見地よりして糖業の經營に對し強力なる指導權と監督權を確保する事が急務であり、それが今後の臺灣糖業の發達を圖る根本對策である。

飜って臺灣糖業の戰時下に於ける使命を檢討して見るにその責務は極めて重大であり、國內の供給を圖るのみでなく滿洲支那の圓ブロックへも供給せねばならないからその生產額も必然的に一大增產を圖らねばならない、更に燃料國策を確立する為めに無水酒精を生產する事となって居り、パルプ國策の為にはバカスパルプ工業も勃興せんとして居る之れより見れば臺灣糖業の前途は益益使命が重大であると言はねばならない營利會社として經營して來た糖業資本が糖業令の實施に依って督府がその經營に對し、監督を強化する事となったとは言へ、米管法の實施に依って危惧されて居る事は甘蔗原料の買收價格問題である。如何に表面上買收價格を引下げないにしてもその檢收に當って種種なる手段を用ひて甘蔗を安く買上げて居る事は見逃す事が出來ない事である。今後の糖業は糖業資本家と蔗農の協力に依ってのみ達成されるから農民の生命線とも言ふべき原料買收價格の制定に對しては餘程農民の立塲を考慮してその生產□を精查して買上價格を認可すべきである

糖業令の公布實施に依って今後の臺灣糖業に對する指導と監皆權を確保する事となるがその効果は一に督府の同法に基いて適切なる運用を圖る事にある、生產擴充を樹立せんとすれば、蔗農をも喜んで協力させるのが捷徑である。即ち生產者をして甘蔗を栽培させても他の農產物よりも採算が取れると言ふ事が先決問題である然るに現在の糖業から見るに、各製糖會社とも販賣價格を抑制されて居るとは言へ、尚も一擔に對し三圓から四圓近くの利益を擧げて居り、圓ブロックへの輸出糖は十圓位の利益を收めて居る。土井技師の言ふ如く工業利益は果して斯く高率なる利益を收める事が出來るであらうか?この見地よりして糖業令を公布實施したからとて安心して製糖會社の思ふままに任せる事は出來ない、真に臺灣糖業の為めに百年の大計を立てんとすれば、督府がこの機會に更に適切なる糖業對策として糖業專賣制度を樹立せねばならないであらう。

02 風雨雷鳴下の防訓 手動サイレンや鳩君の一役 無氣味な燈管の一夜
03 家庭防火群も出動 新竹州下の防空訓練
04 蘭陽地方も 猛訓練
05 部員戰歿者の鐵道葬 きのふ嚴肅に執行
06 圖像:臺北州第二種防空訓練
07 醫學部に凱歌 全臺灣學生卓球
08 大相撲一行きのふ來臺
09 定期航空の 冬期ダイヤ 十日から實施さる
10 柳川長官を 小林總督が招待 官邸で午餐會を開催
11 歡迎茶話會 島都官民主催
12 保正壯丁團長會議 九日臺南署で
13 法的拘束力はないが 違反者は社會的制裁 警務局の取締方針 戶別訪問
14 林部隊の戰傷者 きのふ原隊から發表
15 新高郡下に 旋風
16 農務主任會議
17 上海溝橋又流失 地元民、當局の架設を要望
18 文句は筋違ひ 桑港放送混信問題 日本放送協會が言明
19 小濱大佐らの 記念碑を建立 シラムリンで除幕式
20 香奠返しに 國防献金
21 米粉を盜む
22 海上警報
23 總督府辭令
24 人事‧消息
25 ときのこゑ
26 廣告
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 買上米の割當で 各州に委員會新設 きのふ米穀局で協議
02 節米運動本格化 總動員法第八條を發動
03 北支開發債券 募集條件發表
04 正米市場續騰 取組は益益增大
05 繁忙期に備へ 荷主協議會を招集 十一月上旬臺北で開催
06 電力動員實施の意義(上) 渴水と石炭不足 から電力飢饉來る
07 海南製粉 七十萬圓に減資
08 七月の火保概況 六億五千萬圓突破
09 各物資別の 物價答申概要(完)
10 船價公定に乘出す 遞信省の方針決定
11 照明燈
12 市價及商況 九日
13 運送店の統制 九割五分を解決 本月末で整理終らん
14 廣告
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 大相撲觸太鼓
03 講演 歐洲動亂と 米國の態度/鶴見祐輔
04 朝の修養 藝術に現はれた日本精神(二)/野口米次郎
05 管絃樂
06 講演 金屬廢品の回收と配給/柴田雄三
07 十分間演藝 ほがらか日記 勤勞奉公の卷/山縣直代他
08 圖像:海軍に献納のパステル畫
09 庭球王バツヂの戀仲 軍屬志願 此程ニュヨーク出發
10 果物籠や吊花器に 風雅な竹の皮細工 道具も要らず極く簡單です
11 圖像:英巡洋艦の潛水艇擊沈演習
12 大船新人原保美 野心的演技を以て活躍
13 結婚適齡期の娘心を描く 東寶佐藤武の「若い仲間」
14 海外映畫短信
15 廣告
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 “八千代村"を建設 觀音庄村民を募集中
02 埔里小の學藝會
03 北斗の勤行報國 郡下青壯年を動員
04 遺家族慰安の夕 大溪で盛大に開催さる
05 圖像:全日本號献納命名式
06 溪湖公體育會
07 青年團員の體力調查 勞働報國に北門郡乘出す
08 大甲合同運送開業
09 南屯庄の部落對抗體育大會
10 鑛業報國會 海山支部結成式を擧ぐ
11 龍泉寺秋孝法會
12 臨濟宗秋季巡教 高雄州下各地へ
13 小梅青年團檢閱
14 國講研究會 埔里街に擧行さる
15 ローカル・セクション
16 廣告
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 臺灣標準物價(三) 督府より告示さる
02 圖像:羅水へ進擊
03 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 銃後後援強化週間終る 善行者の表彰式 南少尉未亡人に記念品
02 高雄市の表彰式
03 強化週間 第六日目の彰化市
04 輝やく金鵄勳章 故福永曹長遺族に傳達
05 皇軍慰問の使命を 果して慰問團歸る 臺中州派遣の一行歸着
06 圖像:地方長官會議第一日
07 米穀改組に 彰化郡下業者同意
08 臺南市の慰問團 勇躍壯途に上る
09 國語常用聯盟 高雄市各區單位に結成
10 水泳臺灣新記錄 北一女江間孃が樹立
11 式典の豫行演習 鹿港神社鎮座祭
12 臺中州米穀商同業組合 臨時總會を開催
13 選擧有權者激增 嘉義市六千餘名に上る
14 新生廈門だより/一記者海外遊記

◆......興亞院柳川總務長官は四日入港の華山丸にてわが在廈の主なる軍官民の出迎へ裡に上陸、一行頗る元氣であった先づ連絡部長官々邸に入り次いて廈門連絡部に於て市內官民の訪禮を受け終って連絡部長官の報告ありそれより根據地隊司令部總領事館市政府の答訪、事務打合せを行ふた

◆......柳川總務長官は五日水戶連絡部長官その他關係當局者の案內で市內の視察を行ひ市立第一中學校博愛會醫院、日語講習所、南興公司煙草工房、市立小學校廈門大學、發電所、刑務所、海軍農塲及び戰跡の視察をなした尚同日午後七時長官々邸に廈門記者團を引見その感想談を試みた

◆......六日廈門に於ける柳川長官は午前中は水戶長官の案內で連絡部專用ランチ「興亞」に乘船廈門港內の視察を行ひ午後より長官は鼓浪嶼日本小學校、旭瀛書院の生徒に出迎へられて總領事官邸に入り後內田領事の案內にて鼓浪嶼の視察に赴き次いて普育小學校を參観、日光巖へ登り望遠鏡によって遙か廈門大陸方面を視察した

◆......廈門視察の日程を終へた柳川長官は七日午前十一時半在廈の主なる軍官民多數の見送裡に香港丸乘船臺灣經由歸京の途についた、一行は頗る元氣旺盛で今回の視察によって何かの收穫があったものゝ如く廈門が地域的にまとまってゐるし指導に當る海軍當局總領事館及び興亞院などがよく一致協力にやってゐることは甚だ結構であるとの感想の一端を語ってゐた。

◆......臺中州皇軍慰問團と慰問演藝團一行が五日入港の香港丸にて着頗る元氣です上陸すると同時に司令部を訪問慰問袋と州下中等學校小公學校生徒の作文圖畵手藝品など多數を贈った同午後から海軍集會所を振り出した第一回慰問演藝會を開催次いで各所で催し海軍サン皆大喜びです

◆......臺中州皇軍慰問團は特に在廈門居留民のために時間を割いて六日午後七時半より旭瀛書院講堂にて慰安演藝會を開催內臺居留民は大入满員の盛況を呈し拍手喝采の聲が絕え間なかった演藝團の引率者林肇氏はニコニコ顏です演藝團一行は次ぎは高雄より廣東へ參ることになってゐると語る

◆......安溪保安隊二十數名は數日前脫走して當地へ來着われわれは安溪に於て平和に生活しつゝあったが先般徵發され第七五師保安隊に編入去る九月上旬以來廈門對岸に於て警備を命ぜられたるも秋夜靜思默考するに兵士になるのはわれわれの本意に非らずと悟り直ちに同感の者二十數名と銃を捨てゝ當地へ脫走して來た噂さに違はず平和な生活を見て脫走は更新の絕好機會だと語ってゐる。

◆......廈門市立各小學校の生徒は七月分の二千百九十九名に比して實に一千二十八名の激增を示し現在總計三千二百二十七名の多數に上るその內男生徒一千九百三十八名女生徒は一千二百九十九名で新生廈門に於ける初等教育が如何に躍進的に發達してゐるかが窺はれるであらう

15 圖像:經濟部長事務打合會
16 愛婦東港支會打合會
17 嘉義市大相撲 二十一日より興行
18 彰化市國語講習會 八日盛大に擧行さる
19 休業工場謎の火事 警察で原因を追究中
20 獨身宿舍失火 原因はアイロンの過熱からか
21 本社主催內地視察團 十日まで申込受付報社消息
22 馬事講習會 後里產馬牧場で
23 貯銀嘉義支店 きのふ開店披露式
24 選擧の主旨宣傳 臺中市尹壇上へ
25 物價引上禁止令の說明 彰化警察署で
26 故緒方大尉一周忌 扶助會遺族を弔問
27 苦力賃を詐取 不良縛に就く
28 萬華驛運輸株式會社創立
29 寺廟整理の講演會
30 大使引揚げ ゴシツプ
31 和氣靄靄の避難船
32 人事‧往來
33 消息報社消息
34 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(17)/龍瑛宗;陳春德
02 文藝時評(1) 鏡花の文學/青野季吉
03 ホトトギス雜詠の色彩(二) 征服慾と滋文の情愛/黃朝木
04 龍骨車 小說家を否定 川端の「母の讀める」
05 詩 黃昏/葉雲洋
06 提灯
07 心聲漢詩

輓玉書宗兄千遍古/簡荷生、輓林幼春先生千古/簡荷生、詣指南宮即景/安平 邱嘯雲

08 廣告
第12頁
夕刊第1版
序號 標題
01 龐炳勛の兵に大鐵槌 頑敵五萬を猛攻殲滅
02 蒲縣占領、敗敵を掃蕩 敵約三萬の殲滅を期す
03 江亢虎が和平提唱 汪派と共に新中國建設に邁進 中國社會黨の暫定綱領を發表
04 重慶政府に影響甚大 江氏の中央政權樹立運動參加
05 ニユーライフ創造 和平實現と立憲政府の適用 汪氏、英文聲明を發表
06 地方部長異動
07 北海空襲 軍事施設を爆擊
08 圖像:湖南戰線より
09 臨時政府の治安軍 所在地とその集團長
10 近藤海軍中將 門司に歸還
11 小規模の戰鬪のみ 西部戰線依然一進一退
12 九日の戰況 佛軍司令部發表
13 八日の戰況
14 英、獨兩艦隊が 活潑な戰鬪 九日北海東北方面で
15 英佛共同聲明を考慮中 英首相下院で答辯
16 ヒ總統の提案を支持 ソ聯紙の論評英、佛の態度を痛擊
17 緊急國務會議開く リトアニア政府が 兩遣ソ代表を迎へて
18 ソ聯が芬蘭に 三項の要求
19 獨は介入せぬ ソ聯の芬蘭壓迫に
20 清酒最高價格 石炭增產計畫の答申 中央物價委員會で可決
21 上旬貿易
22 明日の天氣
23 愛の凱歌(62)/戶川貞雄;松田文雄
24 廣告
第01頁
夕刊第2版
序號 標題
01 分與稅の財源は五億 地方稅種目別の稅率
02 惡天候にも拘らず 成績は概ね良好 訓練を終へて州統監部發表
03 圖像:柳川總務長官歡迎茶話會
04 防訓第二日(新竹) 好成績を收め終了
05 臺電社長後任に 林安繁氏を任命 十日付で正式發令
06 丸裸になり就任 泊交通局總長談
07 淡水街の醜態 戶水統監の眼前で 禁制のサイレン吹鳴
08 “外務役人の行動は 為にする蠢動でない" 有田前外相語る
09 海南島視察團 あす來臺 島內視察の日程
10 ニツポン號 セヴイラ發 ローマに向ふ
11 羅馬に安着
12 全島華僑大會 廿五日島都公會堂で開催 和平促進の氣勢を擧ぐ
13 平溪線不通 昨夜來の豪雨で
14 高千穗丸出帆
15 管制中に消灯せぬ 注意した巡查に暴行 基隆の不屆者豚箱へ
16 修養團講演會
17 自轉車泥棒 二十數臺を窃取
18 芋蔓式に摘發 カーバイト暴利商人を
19 板橋公四十周年
20 後宮信太郎氏 百萬圓を寄附 南方資料館建設資金に
21 東京大相撲 島都の初日は十二日
22 新竹は十七日
23 神宮派遣蹴球選手 廿日大和丸で出發
24 東商會頭に八田氏推戴
25 利益金處分案查定
26 臺灣製糖の決算重役會
27 人事‧消息
28 街で拾ふ
29 今夜の放送
30 商況 十日前場
31 今日の興行
32 廣告
第02頁
夕刊第3版
序號 標題
01 大陸一代娘(175)/小栗蟲太郎;中島喜美
02 家庭‧婦人 中等學校入試の廢止 新しい考查法を基準とする これからの子供の勉強法/佐佐木秀一
03 荒れ性のお方は 食物の注意が大切 大切な脂肪分とヴイタミン
04 絹の新しい用途 羊毛や皮革の代用ともなる 日本中央蠶糸會副會長岡本英太郎氏談
05 いやな表情は 若さの敵です 惡例六ツ早速やめませう
06 圖像:成長した代用品
07 「張板」を買ふ時の御注意
08 本や軸物の保存法 次の三ツを完全になさい!
09 廿年も經つと あんな婆さんに 花嫁の母親に幻滅
10 整腸・サツマ芋 燒いて食べるが一番
11 食品の最も豐かな 日本人が粗食 榮養的には鮎より鰯を
12 食道の喜ぶ 蛤の蒸燒
13 廣告
第03頁
夕刊第4版
序號 標題
01 新民報國語學習新聞 先生を兒童と間違へ 勇士から優しい便り 慰問袋の取持つ奇緣に 全クラスいとも朗か
02 圖像:學童達の尊い献納(一)
03 今日の歷史
04 小鯨を生捕る 長さ一米、重さ卅七瓩
05 趣味の數學物語 油屋の數學(一)/鐘淵稔
06 北歐に產する 珍らしい苔 高知縣で發見さる
07 圖像:ロンドン塔の守備
08 フランス童話 慾深い樵夫/青柳瑞穗
09 コーヒ代用品 薩摩芋からとる
10 戰線の兵隊さんへ 兒童の慰問繪葉書
11 ソ聯の北極航空路
12 廣告
第04頁
日刊第1版
序號 標題
01 細目協定の審議終る 來週、協定文を交換 鼓浪嶼の問題內田總領事が聲明頭條新聞

【慶門十日發同盟】鼓浪嶼問題交涉細目協定審議は同問題が租界問題のテストケースであるため極めて慎重な態度を期し數次の會談を重ねたが九日の總領事官邸において我が內田總領事と租界側代表との間に行はれた會談を以て愈々審議を終了するに至り遲くとも來週初めには協定交交換を行ふ段取となつた同會談後內田總領事は次の如きムミュニケを發表した

鼓浪嶼問題細目協定交涉第四次會談は九日午務四時より七時まで續行、細目協定文全部討議終了し殆んど意見の一致を見たので日本側は協定全文につき中央に報告しその承認を求め租界側は十三日參事會議に上程日本側はその承認を求むることになつた

02 湖南四飛行場を急襲 潰滅的損害を與ふ
03 武陽鎮附近の敵陣を爆擊
04 牟平の匪軍を徹底的に討伐
05 我が出師の目的達成 皇軍、中山縣引揚を聲明
06 南支派遣軍報道部發表
07 報道部長談
08 東歐に大變動起らん 英佛和平提唱に應諾の色なし ラトビア外相が豫言
09 ソ、ラ相援條約締結の動機 ラトビア外相談
10 輝く感狀授與部隊
11 全國學務部長會議
12 定例閣議
13 汪氏の聲明要旨
14 ユ國貿易相を英公使が訪問 重要會談を行ふ
15 獨軍の行動積極化 フランス軍の發表
16 ポルトガル嚴正中立聲明
17 商務官任命權問題 貿易省案意見尚一致せず
18 事務當局の對案の要旨
19 出征軍人慰問新聞 (109)けふの本紙寄贈者報社消息
20 斷じて讓步せず 盲動せば懲戒免官 外相閣議で所信を披瀝
21 食糧局を新設 戰時食糧審議會を設置 伍堂農相が意圖
22 海軍の異動
23 本日の天氣
24 廣告
第05頁
日刊第2版
序號 標題
01 社說 官民一致の理解と協力 總力體制の先行的要件社說

阿部首相は去る二日、全國地方長官會議に於て行はれたる訓示のうち、「殊にこの際注意したきは或は各種體制の整備強化といひ、經濟統制、消費節約といひ、官憲の指導強化を加ふるに從ひ、往往にして徒らに國民に壓迫感を昂め、國民の士氣を阻むの虞れなしとしない、諸君は特にこの點に留意し各種法令の運用をなすに當っては懇切丁寧もってその徹底をはかり、つとめて國民真實の聲を聽き、國民の十分なる理解と徹底せる信頼とのもとに我が國戰時經濟の圓滑なる運營が行はるるやう格別の努力を願ひたい」といふ一節があり、是れ言ふまでもなく、阿部首相の地方長官に對し、事變處理と東亞建設を遂行するため、適正にして過誤なき施政を求めるところにして、中央、地方を通じ、官たると民たるとを問はず、須く擧國一體となり、その全智全能全力を擧げて、強力日本の新建設に邁進すべき官民の指針を示すものである。

また小原內相の同會議に於ける訓示のうちにも國策遂行の衝に當る官吏の獨善的行動を戒めて「往往にして官吏は國民の時局認識の足らざるを責め、國民は官吏の態度の無理解なるを難ずるものあり、殊に國策遂行の衝に當る官吏中、時には獨善的行動をなすものあるが為め國民の積極的協力を阻み官廳相互間の意見の不一致は國內における對立の因子をなすこと絕無とは云ひ難い、官吏の權限は今後益益廣汎となり、職權の行使は直接に國民の利害に重大な關係を有するものであるから、官吏は深く自制して自己の行跡に對する他人の批判は常に謙虚の態度を持って之れを聽き、過誤は速かに之れを改め、非違を強行するが如きことなきやう期する」と訓示されたが、現下に於ける戰爭並に建設の兩方面に向って各般の總動員體制の整備強化に努めつつ真に擧國一致の實を擧げるため、官民ともに時局下における各自の使命を深く自覺して協力戮力、新東亞建設に勇往邁進せねばならぬ重大時機に際し洵に嚴正にして明朗なる施政上の訓言である。

阿部內閣では、擧國一體たるの實を擧げるため、官吏の獨善的行動を戒めることは上述の如く極めて嚴明であるが、わが本島においても去る四月、森岡長官が全島地方長官に對し、地方行政に參與する官公吏は一層自蕭自戒、獨善を慎み、民眾をして由らしむべし、知らしむべからずと言ふが如き態度は嚴に戒めねばならぬと訓示されたことがあり、いま新に同一主旨たる官吏獨善を戒める小原內相の訓示を示されて、一層本島官民もますます自肅自戒すべきことを痛感するものである。殊に阿部首相の求むる所の擧國一體たるの實を擧げるためには決して內地たると外地たるとを問はず、官民一致の理解と協力とを以て總力體制の先行的要件と為さねばならないと信ずる。

然るに從來本島に於ける各般の施政は官吏の獨善に傾き民眾の理解を缺くところ、必ずしも絕無とは云へないのであるから茲に敢へて官民の自肅自戒と協力一致の緊要痛切なる注意を新に喚起したいものである。

02 蔣政權の在外正貨 將に枯渴の限界點 銀の輸送激減の一途
03 佛印經由支那向け 軍需品輸送を制限 佛印當局が再び斷行
04 軍人傷痍記章傳達式
05 森岡長官歸北
06 圖像:勇士の喜び
07 青年團長打合
08 長沙丸けふ出帆
09 時局下に鍛へる 基隆市民體操大會 近く高砂公園で開催
10 宜蘭郡の 國民體育大會 相撲と長距離競走
11 花蓮港地方豪雨 各河川增水して被害續出 臺東線遂に不通
12 北濱護岸堤防決潰 壯丁團總出動浸水警戒 干潮で大事に至らず
13 軍人遺家族 就職處遇座談會 和波中將を迎へて開催
14 純正國民黨の機關紙 廣東に「中山日報」 社長に汪精衛氏夫人
15 小公學校教員ハイキング
16 和蘭汽船イ號 水雷に觸れ爆沈す
17 余漢謀の毒殺か 師長、譚邃突如死亡 廣東、香港で專らの噂
18 發火原因を 實地調查 後甲製革工場の火事
19 米旗艦ア號に 怠業事件惹起 時局緊迫の折柄大衝動
20 双葉山一行 けふ基隆で初興行
21 行方不明百十二名 アセニア號被害公表
22 臺車線路を 夜間無斷で撤去 監理人、新竹署に留置
23 颱風遠ざかる 汕頭方面へ向ふ
24 高砂丸無電
25 ときのこゑ
26 大阪商船臺灣出帆
27 日本郵船基隆出帆
28 辰馬汽船
29 大連汽船
30 臺陽汽船基隆出帆
31 廣告
第06頁
日刊第3版
序號 標題
01 林新社長を迎へ 臺電更始一新せん 加藤恭平氏が語る
02 島內新式製糖 五大會社に併合か 糖業更に統制強化せん
03 突如正米市場が 最高米價を改訂 蓬萊、丸糯共四十錢引下
04 電力動員實施の意義(下) 電力飢饉克服は 相當長期を要せん
05 船腹擴充計畫に 造船聯合會邁進 船鐵交換の方針決定
06 私鐵運賃船賃の抑制 運賃統制令公布(十一月上旬)
07 開封に於ける 通貨工作進捗
08 照明燈
09 滿洲主要糧穀配給統制 十一月一日より實施
10 市價及商況 十日
11 廣告報社消息
第07頁
日刊第4版
序號 標題
01 ラヂオ
02 特輯講演 時局と農村/有馬賴寧
03 子供の時間 對話 ラヂオ理科教室 地球の身體檢查
04 唱歌
05 十分間演藝 ほがらか日記 時間嚴守の卷
06 圖像:戰地で喜ばれる慰問品
07 圖像:譽れの六氏表彰式
08 水泳選手の 名探偵ぶり
09 「怪談千羽屋騷動」 クランクを開始
10 廣告
第08頁
日刊第5版
序號 標題
01 有權者八百餘名增加 廿日選擧人名簿を縱覽に供す 選擧色濃厚の彰化市
02 蔗作懇談會 新高郡集集庄にて開催
03 旗山街國語演習會
04 八卦山運動場 一般に開放さる
05 遺家族の慰安會 彰化小で盛大に開催
06 圖像:氣も清澄の第二回目興亞奉公日
07 算術講習會 旗山郡教育會で
08 ス・フ洗濯實演
09 賭博事件暴露 關係者の一人遂に自殺
10 彰化神社の祭典 市會議室にて打合會
11 陸上競技大會 竹南公に擧行さる
12 賭博犯を檢擧
13 ローカル・セクション
14 廣告報社消息
第09頁
日刊第6版
序號 標題
01 臺灣標準物價(四) 督府より告示さる
02 廣告
第10頁
日刊第7版
序號 標題
01 烏溪治水工事 盛大に竣工式 秋雨煙る臺中公園にて
02 小林總督の告辭
03 內務局長の式辭
04 工事報告
05 圖像:第一回貿易委員會
06 聖域作業奉仕隊 一行きのふ臺南に歸着
07 臺中州民献納 飛行機の命名式 寄附者の參列を切望
08 高雄州下の青年學校查閱
09 白衣勇士慰安會 十四日臺中市娛樂館にて
10 新高公校舍の敷地 市當局の再考を望む/嘉義・一記者
11 圖像:物靜かな山梨新學習院長
12 暴風雨の被害續出 高雄州下降雨尚息まず
13 嘉義郵便局落成式 きのふ盛大に擧行さる
14 臺中の慰問品展 好成績を擧げて終了 慰問袋の賣上げ一萬箇を突破
15 烈風で海水侵入 安平鯤鯓等に浸水騷ぎ
16 阿里山に暴風
17 臺南市の有權者 前回に比し千五百餘名增加
18 郵便局長會議 三十日遞信部にて開催
19 最後の月例會 臺中市議けふ會合
20 臺中州警務部異動
21 物價調查講話會
22 女教員の懇談會
23 秋季野球爭霸戰 旗山街運動場で擧行
24 消息
25 奉祝鹿港神社鎮坐祭
26 廣告
第11頁
日刊第8版
序號 標題
01 趙夫人の戲畫(18)/龍瑛宗;陳春德
02 文藝時評(2) 文藝論の低迷/青野季吉
03 ホトトギス雜詠の色彩(三) 若い志士達/黃朝木
04 龍骨車 歐洲大戰と聖林 どう影響するか
05 學藝消息 「我が鬪爭」で獨機に備ふ
06 心聲漢詩

中秋望月/林春懷、中秋望月 其二/林春懷

07 受贈雜誌
08 廣告
第12頁